森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

ある種の豊作

2020-03-05 01:46:42 | お散歩&写真日記

昨日は、友人と近所のファミレスでランチをし、その帰りに小さな公園の中を通って帰ってきました。

冬枯れの木々ばかりではなく、ブロッコリーのような緑に包まれた木などもあって、私は思わず微笑みながらその公園の中の道を歩いて行きました。

そして思いました。

私の幸せのハードルは、いたって低い。だからこんな風景を見ても、とっても幸せに感じるのだなと。

ここに載せた梅の花なども、私の低いハードルゆえの幸せな花の写真です。

 

2月21日の金曜日。

パンが無くなってしまったので、コンビニに行きました。本当は何処にも出かけたくはなかったのです。

引き籠る時は徹底して引き籠りたい私です。

 

それでイヤイヤ夕方近くにコンビニに行ったのです。

帰りは、なーんとなくいつもと違う道を通りました。

そう、なーんと無くなんです。

 

そうしたら咲いていたのですよ。梅林に梅の花が !!

何を当たり前の事をと言う感じですが、私、ここの梅林の梅を初めて見たように思いました。

ここは商業用の梅林で「見せる」を目的にしていないと思います。

それでなのか、いつもこの場所の事をまったく意識せず、梅の季節にここに来ることもなく、そう言えばと思い出した頃には、いつも梅の花など咲いていなかったのです。

 

だからとっても嬉しかったのです。

私はやっぱり梅の花が好きなんだなと思います。

 

 

そしてふと足元を見ると、小さな野の花が咲いていました。

野の花マニアの私なので、この花たちの写真を撮れて、思わず

「なんか、豊作って感じじゃん。」と呟いたのでした。

春はもうすぐそこに。

 

そしてオマケのお話。

この話の最初は、「「麒麟がくる」のロケ地、小目沼橋へ !」

です。その次からの写真日記の下に続きを書いて、そしてこのお話も終わりです。

 

【長い話・最終回】

《しばらくの間と言う時間は》

26日にルート君と出掛けた私は、帰りの車の中で彼にその日の朝に起きた「ジャムの蓋事件」を語りました。

「もうね、お母さん、パパに感謝しかないね。だからしばらくは彼の悪口は言わない事にしたの。」

と言いましても、私は子供には夫殿の悪口は言いません。基本的にはね。

だけど、ちょっと「まったく~。」と零れちゃう時ってあるでしょ。だいたい私と子供の意見は同意見で、「分かるよ。あの人はそうだよな。」的な答えが返ってくることが多いのです。言うなれば立場的に子供と言う言葉を使っていますが、彼らはもう大人なんですよね。

これはまた逆の場合も然りと言うところもあるので、まあまあのオアイコと言うところです。

だから露骨には悪口は言わなくても、少々は愚痴る人なのだと理解しているようで、ルート君にはこの話は受けました。

「圧倒的感謝!!」とか言い、笑いながら運転をしていたのです。ところが話は弾み、彼が何か言ったのですよね。

もう何を言ったのか覚えていませんが、単なる思い出話です。

だけどその時、その思い出話の中の夫殿の記憶にろくでもない事があって・・・・・

「あの時、あの人ったら~ !!!!」とむしゃくしゃして叫ぶ私。そして、

「あれっ?  確かワタクシ、先ほど、と云うか3分くらい前に、『しばらくは悪口を言わない』などと言っていたような気がするな。」

「そうだな、確かな。」

「分かった !

『しばらく』と言うのは、朝のその時間から、たった今までの間って事よ。だから、『しばらく』は終了~!!!」

 

と言うわけで、私の改心の時間『しばらく』は短かったのか、それとも長かったのか・・・・?

 

※ 主婦の話の着地点は、意外と予想外だったりするのですよね。

 

コメント (2)

「椿寒桜」も満開でした♡

2020-03-04 01:40:40 | お散歩&写真日記

2月27日の河津桜を見にお散歩に行った時、公園に着いて最初に目に飛び込んできたのがこの桜です。

これは河津桜ではないみたい・・・・・

と、思いました、これは「椿寒桜」と言うのですって。

2月の終わりに満開なのですから、やはり今年はいつもの年より早いのではないでしょうか。

やっぱりピンクは可愛いです。

だけどお友達は、あまり好きではなかったみたいです。

このもじゃもじゃの髭のような花弁を嫌ったのかしら。

以下は河津桜ですが、ひとつ前の記事にアップした河津桜とは離れた所にある桜です。

 

【長い話その4】

その3はひとつ前の記事の下。その2はまたひとつ前の下にあります。

《心の底から感謝しました》

義母から栗ジャムを頂いたその翌日の26日の朝、私はいそいそと起きて、その瓶の蓋を開けようとしました。

―うんうん(力を入れる声)、開かないわ。

瓶の蓋などが開かないのは、まあよくある話だと思います。

「開かないなら、貸してみ。」と夫殿。

「えっ? パパが ?大丈夫なの ?」

普通、妻に開けられなければ夫に渡す。これは自然の流れだと思います。だけど我が家の場合、私の方が怪力と言うわけではなくて、夫殿がリュウマチと言う病気になって以来、不用意に指先に力を入れて、また痛みが再燃してもらっては困ると言う想いの方が強いのです。

だけど近頃はクスリが効いていて、そのような事はないみたいで、その瓶を渡したのですが・・・・・

歯が立ちませんでした。

で、ふたを開ける為のグッズなるものを使いましたが、ダメで、本当はジャムなので遣りたくはないなと思ったのですが、熱湯を蓋の方に掛けました。普通はそこでパカッと開くものなのですよ。

が、開かない。

なんて強者の蓋なの !

ここまでの話を、友人たちにしたら直火にかけるとか、逆さにしてお湯につけると言うアイデアを教えてもらいましたが、その時はそのような発想もなく、「もう今日はいいか~。」みたいな気持ちになって来てしまいました。

 

すると夫殿がその瓶を玄関の方に持って行ったので、何をするのかと思ったら、ワニ口と言う工具で開けて来てくれたのです。

 

「嬉しい~ !!   これを楽しみに起きてきたものだから。」と私が言うと、

「だと思ってさ。」と彼は言ったのでした。

 

彼はこれから仕事に行くわけで、朝の貴重な時間をジャムの蓋を開けるために使ってくれたのかと思うと、申し訳ない気持ちになり、そして心の底から感謝したのでした。

近頃の私は、

心の中で夫殿の悪口を言っていることが多いなと感じていました。

それで思わず誓いました。

今しばらくは、夫殿の悪口を言うのは止めにしましょうって。

 

と言うわけで、私が改心しさらに良き妻になったように見えた所で、次回につづく。

コメント

河津桜が満開でした♪

2020-03-03 09:14:23 | お散歩&写真日記

この場所の一輪二輪と咲いていた2月14日の記事は→「河津桜が咲いていました♪」です。

26日にルート君と出掛け、その帰りに車の中から河津桜の並木を見た時に、明日は公園の河津桜を見て来ようと決めました。

それでも、今日は夕方からほんのちょっとのお仕事だからとのんびりと姉などと長電話などしていました。

そこへ仕事が忙しくてなかなか会えないお友達から連絡が入り、急きょ会う事になりました。

ランチのお誘いかと思ったら、お散歩のお誘いでした。

そう言えば彼女のお連れ合いの方は、次のお仕事を探しているのでリタイアと言うわけではないのですが、今は家に居るのでした。だからランチではなくお散歩だったのだなと思いましたが、私的にはその方が助かります。なんたって前日はウナギのお昼だったので、毎日散財するわけにはいきませんから。

お散歩と言う事で、予定していた河津桜を二人で見に行きました。

 

ピンクが可愛らしい。

吊るしびな展なんかも公園内の事務所のある建物の中でやっていました。

「では、お茶など頂いて帰りましょう。」とやって来た茶室前に咲いていた黄色い花。

遠目に見た時

「なんで今頃ロウバイが?」と近づいたら違いました。

「サンシュユ」と言うのだそうです。

私はこの時に初めて花の名前を知ったのですが、その後であちらこちらの皆さんのブログで、この花を見ました。

春の代表的な花なのでしょうね。

 

またも花より団子タイム。

なんと、トルコのお土産のお返しだとかで奢って頂きました。

ラッキー♡

お友達は、この公園にこんな花が咲いていることも茶室でお茶や甘味が頂けることも知らなかったし、茶室がある事自体も知らなかったのですって。そして彼女の旦那さんは、彼女のこういう新しい発見の話を聞くのが好きなんですって。

なんだかちょっと羨ましい。だってきっとこの後いつか、二人でお花見&お茶室でお茶なんて事をしそうな感じだったから。

この時いろいろな話をしたのですが、二人でだいたいいつもしてしまうのは、ガリガリの痩せの人とデブな人は等しく健康的にはダメだと言う話。

彼女曰く

「この前体調崩しちゃって、37になってしまったので・・・・」

何を言っているのか理解するのに3秒かかってしまいました。

「えっ!? 37って体重でしょ。ダメだよ~。小学生の体重じゃん。」などと、体重過多の私が言ってもなと言うところ・・・・。

何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」ですね。

 

そして本文も長いのに、オマケのお話。

【長い話その3】

《私がちょっとキレタわけ》

その1】【その2】の続きです。大した話ではありません。

スマホの手続きは2時からの予約で、すべて終了したのは4時半でした。12時半に義母と待ち合わせをし、家を出たのはその1時間前でしたから、一日これに費やす結果になったわけですが、それはあらかじめそうなると思っていたので、なにも問題のない事でした。

この後、夕方からの仕事の時間が差し迫っていましたが、それでも喉がカラカラでお茶などを頂いてから帰る事にしたのです。

もちろん義母の奢りです。

「一日、付き合ってくれてありがとう。」と義母は言い、

「ごちそうさま。ありがとう。」と私は言い、お互いに「ありがとう。」と言い合って気持ち良く今日が終わるのですよね。

この時義母が「本当はお昼も出してあげたかった・・・・。」と呟きました。

私は、「いえいえいえ、これで十分よ。」

義母の気持ちは分かっていたし、なんかホッコリしました。

だけど、この前来た時に買い忘れたからと言って、義母は栗ジャムを買い求めました。その時、私にも買ってくれたのです。

お値段が、聞こえてきました。なんたって栗ですからね。お安くはなかったのです。

でも私は栗ジャムなど食べた事もなかったので、とっても嬉しく思いました。

実はこの時、待ち合わせの前に「白雪ふきん」なるものを買っていました。一枚義母にもあげようと三枚買っておいたのですが、栗ジャムを頂いた後にそれを出すと、なんかタイミングが悪いような気がしてしまって、これは次回会う時に渡そうと思いました。

 

夜になりました。

夫殿に今日の出来事として、義母とのスマホを買いに行った話をしました。そして栗ジャムを頂いたことを言うと、

「気を使う事ないのにな。」と彼は言ったのです。

「いやいや、これは私の一日に対してのお礼だから。」と私は言いましたが、夫殿は私が何を言ったのか分からなかったのではないかと思いました。

この話、世の夫族には分からない話なのかも知れませんが、奥様族には頷かれる方も多いのではないかと思います。

爪の垢ほどもこの出来事に参加していないと言うのに、なんだか妻の仕事は自分のやった事のように思うのでしょうか。

そして自分の母に妻に気を使う事ないのにと、その妻に言ってしまう迂闊さ。そしてその事にまったく気が付かないと言う・・・・・

まっ、いいか。

どうせそんな奴さ。

 

と、こんなブラックなシーンで終わる今日のおまけのお話。次回に続きます。この話が終わるまで、写真日記でいこうと思います。

 

 

コメント (2)

温室の花たちと水辺の野の花

2020-02-17 15:58:24 | お散歩&写真日記

2月14日に行ったお散歩日記の続きです。

たまには温室と室内の写真なんかも撮ってみました。

 

温室の外では季節の花などを追いかける事があっても、この中ではあまり関係がないような気がしてしまうのは、私があまりに素人だからだと思います。

温室の花たちにも、きっとそれぞれの季節があるのでしょう。

また根強い人気がある蘭の仲間ですよね。

 

人気と言えばバナナもですね。

そこを出て、水辺までやって来ました。

こちらはひとつ前の記事の公園内の池ではなく、池の周りもわざと整備されていません。

あの公園のように、近くに腰かけてパンなど食べられないと思います。

鴨やカラスや鯉にカメの襲撃に遭うこと間違いなしです。

襲撃と言っても取り囲まれるだけですが、トリだけに。

そして私は、水辺にてまた名も知らない花に出会うのです。

特別に美しくもなく、感嘆されることもない。

もしかしたら、梅や桜よりも蘭よりも、この世界に何らかの形で、人知れずに貢献しているかもしれません。だけれど、まったく知らなくても問題がないと言うように、誰にも評価されないのです。

 

自分だけが分かっているー。

自分がいなかったら、それは動き出す事もなく誕生してくることもなかったー。

誰にも分かってもらえないって事は、確かにそれは寂しい事ですよ。

 

だけど地球が回転をし続けて、かつてあったものは、殆どがそこにはないのです。

何も無い所にまた新しい何かがあるだけ。

そしてその新しい何かはまた、寂しく自分の仕事を誰にも顧みられずにこなしていくのです。

苦しみながら・・・・・。

 

やはり野の花は、私に多くを語りかけてくれるような気がします。

 

あっ、そろそろ、うちも三月バージョンの飾りにしなくちゃな♪

コメント

河津桜が咲いていました♪

2020-02-15 15:30:00 | お散歩&写真日記

たまには、スマホから投稿してみようかなと思って、チャレンジしてみました❗

朝、写真だけ入れておいたのです🎵


昨日も、星子さんと一緒に午後からお散歩をして来ました❗

「お手植の桜」の話を彼女がしましたが、私はそんなものがあったことすら知らなかったのです。

皇室は嫌いではありません。でも、そんな程度の私なんです。

ホンのわずかばかりが咲いていました❗

何て可愛いピンクなのでしょうね🎵

パンを買って水辺に腰かけていただきました。星子さんが

「たまには、こんな時間も必要よね。」

と言いました。

本当に、そうですよね。

ボー❗❗❗

その後、少々のお散歩タイムです。

椿は意外と薔薇の花のようで綺麗ですね。その花の横に咲いていた花❗

名前を見たら、それも河津桜でした。

それで、じゃあ、お手植の桜も咲いているかと、行ってみたのがトップの画像なんです。

フムフムと写真を撮っていたら、足が写り込んじゃうよと星子さんか言いました。「大丈夫❗私はこういうのが、むしろ好きだから。」と答えると

「じゃあ❗」といっの写真がしたのものです。

全体的に、まだまだですが、ここがピンクに染まるのが楽しみになりました❗

ピンクの梅を発見❗❗❗

やはりピンクは可愛いですね。

だけど

思わずお団子なんてものを食べたくなってしまった私です。


妹の退院祝いに横浜の実家に来ています❗

さあ、次が降りる駅です🎵

コメント

きっと、春はここから

2020-02-14 08:47:49 | お散歩&写真日記

毎年、同じ場所の梅の花が咲くのを楽しみに待っているのです。

12日の夕暮れ一歩前に行ったので、画像はちょっと暗いです。

 

 

12,13日は千葉県の公立高校の受験日でした。

みんなずっと頑張ってきた力を大いに発揮できたかなあ。

 

私の12,13日は両日ともお友達とランチで、楽しい時間を過ごしていました。

でも本当は、12日は近所のお友達三人と、都営荒川線のミニ旅をする予定だったのです。

ところが前日、お友達のお母さんの危篤の知らせが入り中止にしました。

だって誰かが大変な想いをしているのに、二人で楽しんでもねえ・・・・ということで。

だけどせっかくだからとランチ&お茶だけはしたのです。

この「せっかくだから」と言うのは、やっぱりこの日のためにお休みとかそれなりの準備をしていたからなんです。

お母さんの元に駆けつけたお友達はどうしているだろうと思いつつ、それでも二人だけになってしまったランチ時間は、かなり充実していて楽しい時間だったのです。

田舎の盛大なお葬式のお話なんか、凄く為になりました。

遺産分与で揉めた人たちの話も。

 

公園に梅の花を見に行ったのは、この日、お友達と別れた後にどうしても行きたくなって行ってみたのです。

 

そして13日は別のグループと。

ランチが多過ぎのように感じられるかもしれませんが、それはたまたま続いただけです。

昔はもっと友達も多かったのだけれど、鬼籍の人になったり、病気で会えなくなったり、何でか離れて行ってしまった人もいたりで、それでも今、私とお付き合いをしてくださる方も少々は要るわけで、その人たちを大事にしたいなと心から思っているのです。

そんな想いはみんなも同じなのかも知れません。

別れ際に、

「次も絶対に会ってくださいね。誘ってくださいね。」などと言う友あり。

「何をこの人は言ってるの。」と私は当たり前でしょと言う風に笑って言ったけれど、

なんとなく寂しいんだなと感じたりもしたのです。

 

そうなんですよね。

 

時に主婦は、寂しさを友にして毎日を過ごしている時があるのですよ。

 

「私、鬱なのかな。」とその友達は言いました。

「違うと思うわ。」と私は医者でもないのにキッパリと言いました。

「だってさ、本当の鬱になったら、『会わない?』と言う誘いにも、これと言って用もないのに、気力が無くって会えないらしいよ。」

「そうか。じゃ、違うよね。」

 

と、その時、また別のお友達が

「私もこの前病院に行って来たんだ !」と、話すタイミングを、ずっと待っていたかのように言いました。いや、本当にずっと言いたかったお話を、「今だ!!」と話し始めたのですよ、きっと。

複数で会う時って、こういう事ってあるでしょう。

「しっかり、その話を聞くよ。」と私たちは耳を澄ましました。

 

「でも診察したら、全然大丈夫だったみたいで薬も何もなかったの。」と彼女は言ったのです。だけど体に痛みは今も本当にあると言ってました。彼女は誰かのアドバイスを受けて「線維筋痛症」と言う名前の病気を疑って受診したのでした。

その場でスマホで調べてみました。

「『・…脳の機能障害が原因・・・・全身の強い痛みやこわばり、睡眠障害・鬱状態など様々な症状がでる・・・・・』

あらまっ、大変じゃん ! とりあえずもしも、これ以上進んで『鬱になる~』って思った時は電話くださいね !」

 

鬱状態と気持ちが深く落ち込む事は、確か同じではなかったと思います。

鬱と言う病気は、脳の病だったはず・・・?

だから脳の機能障害が原因と書いてあるのですよね。

 

「電話をください。」はお門違いな発言だったかもしれません。それでも、何か言わずにはいられないのですよ。

 

これが奥様ランチが大事な理由なのですからね。

 

子供も大人も、皆それぞれの季節を生きているんだよね。

去年の梅の花の記事は→時は徒には過ぎぬです。

昨年は2月19日からブログを封印していました。

公立高校の前期受験の発表があって、ちょっと気合を入れようと決意することがあったのです。でもこの気合の為にブログ封印と言うのは、いわゆる「御茶断ち」のようなもののような気がします。

その時の中学生のお子さんは、見事に桜の花を咲かせました。

プライドが高く、自分のちょっとした過ちを許せない彼は、小学生の時からよくべそをかいていました。性格からして前期試験で受からなければ厳しくなると思っていましたが違いました。

悲しことに、山の上まで登った大人はそこから下りる道を辿っています。だけど子供たちは上る坂道。初めて見る風景は美しいばかりではなく、経験のない道も時には困難な道に感じるでしょう。

だけど知らず知らず、体も、そして心も成長をしていて、その時の彼は前期試験で受からなくても、1歩も引かなかったのです。

「全然平気です。」とファイティングポーズ。

 

私は彼のその成長に、思わず感動していました。

 

「大丈夫 !」

何も根拠がなくても、その言葉は時には魔法の言葉です。

「私は大丈夫です !」

不安に駆られたら、そんな魔法の言葉を口にするー。

そんな言葉が光を引き寄せる事もあるのでは。

 

閉じられている薔薇園を隙間から覗いてみました。

綺麗にお世話をされて、次の季節を待つ薔薇たちです。

 

12日は春のように暖かかったけれど、この冬木立は美しい。

やはりどんな季節もそれなりの美しさがあって、その風景を楽しめる人で私はいたいと思います。

コメント (2)

次の季節を想う

2020-01-28 02:30:26 | お散歩&写真日記

次に何を書こうか考えていました。

「3分後に死んでいたかも知れない話」にしようか
「病院で、気になる所はありませんかと言われ、お×ぱ×が痛いと言ったら・・・」の話を書こうか、
それとも先日見た藤原竜也の古いドラマの感想を書こうか、三谷幸喜の舞台の話を書こうか・・・・・。

それとも・・・・と思っていたら、飛び込んできた知人からのメール。

ちょっと座ってもいられない事になってきたので、今日は簡単な14日のお散歩写真日記です。

 

こんな風景を見ていると、

「ちょっとで良いから、静かにしてくれませんか。」

とか言いたくなっちゃう。

 

そう言えばさ、あの夫婦の事は、ほっといてあげなよなんて事を思ってるよ、私。

 

子福ザクラや十月桜がまだ咲いていました。

冬桜は息が長いのが特徴なんですよね。

 

だけど

次の季節へと、そっと力をためて待っている木々の姿が素敵だなと思いました。

 

近くで見ると感じませんが、遠くから見ると、そこだけなんとなく色づいているのです。

 

何気ない風景の中に、次の季節への想いを感じる事の出来る散歩道でした。

だけど今日は、冷たい雨の中、お出掛けしてきます。

コメント

しっかりと冬を見る。

2020-01-21 00:39:29 | お散歩&写真日記

最近ちょっと、小さなことでのうっかりミスが多く、あまりにさりげなく普通に「老い」と言うものは近づいてくるのだなと実感している私です。

振り向いたら彼らはそこに居た。それが「老い」と言うやつら。

 

バーンと派手な音を立ててはやって来ないので、うっかりと気が付かない事もある肉体以外の衰え。だから「老い」は怖いのだなと思います。

感性が死んでいく、そんなレベルの問題ではないのですよ。

記憶を留めて置けないとか、理解能力が欠けていく。今まで簡単に出来ていたことが出来なくなっていく・・・・。

そしてその自覚に欠ける・・・・。

あなおそろしや。

 

年齢や自分の「老い」を意識すると言う事は、決して「もう私はこんな年齢になってしまったのだからダメだ。」と、イコールではないのだと思います。

己を知って、傾向と対策を立てる為の重要な認識なのではないでしょうか。

 

「しっかりと冬を見る」などと言うと、さながらそんな初老に差し掛かった季節を見よというような感じですが、このタイトルは、本当にズバリ、「冬を見よ」と言うものなんです。

もしも私が認知の病にかかったら、たぶん私は日付感覚が結構危うくなるような気がするのです。

 

お仕事がピークだった頃、月の初めに月の終わりまでの予定が埋まると、意識の中でその月が終わってしまったように感じたものです。

またその感覚は、今でも私の中では引きずっていて、いつ夏が終わり秋が素通りして行き、また冬がいったいいつやってきたのだろうかと言う感覚にもなるのです。

ただそれは季節の移ろう速さに、ついていけてないだけなのかも知れません。

 

今は咽るように濃い緑の季節でもなく

色づく季節でもなく

まだ純白に覆い隠された季節にはなっていないのです。

しっかりと、今の季節を見よう。

しっかりと、今の私を見よう。

 

しかし冬の木々は、丸裸で自らをさらけ出しイサギが良いな。

あんがい、冬は良い季節だなって思っています。

 

 

コメント

痛み ≪秋薔薇と十月桜≫

2019-10-19 02:40:36 | お散歩&写真日記

台風19号の爪痕は深く、今もなおその苦しみと向き合っている方も多いと思います。

起きてしまった多くの悲劇の心の傷跡は、そうそうは癒える事はないと思います。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、残された方々の心の平安、また一刻も早くの街の復旧をお祈り申し上げます。

 

※        ※        ※

昨日の朝、私は異常に早く起きてしまいました。それと言うのもその前日は深夜族である私が23時半には就寝してしまったからなのです。

目が覚めて、「痛くない !!」と感じた私は気分も爽やかに起き上がりました。

この十日ほど、毎日毎日歯の痛みと闘っていました。

その前日に早く寝てしまったのは、その戦いに心身共に疲れてしまったからに他なりません。

この歯の治療は継続中でもあり、この体験談を語ると攻撃文章になることは予想できる事なので、今の段階では書かない予定です。

ただ私は思いました。

「痛みのない世界、バンザーイ。」と。

そして放置してあった、台風のせいでザラザラになってしまっていた玄関とポーチのお掃除、洗面所の片づけと掃除にと勤しみました。

痛みに耐える事だけで疲れ果てていた私は、この数日、何かをやる気力も失せていたのです。

 

たった1本の歯の痛みにも、日常は奪われてしまいます。

これが死に至る病の痛みなら、もう何が出来るのか分かりません。ただひたすらに痛みに耐えるか、もしくは意識を失っても強い痛み止めを処方してもらうか、その選択を迫られる日は、約束のようにいつか来てしまうのでしょう。

死ぬまで生きていたいと願っている私ですが、それはそんなに簡単な事ではないのかも知れません。

動けるうちになんでもやろう。欲を出して生きよう。

 

そんな事を思いながら、あれやこれやと家事に精を出しました。

 

遡って9日水曜日。

歯が痛くて、決められた予約日以外に、また予約を取り歯医者に行きました。そこに行くまでは帰りにパン屋に寄ると言うのも嫌だと思いました。ところが治療が終わって、一時的に痛みの引いた私は、急にやる気が出て来て自転車で近くの公園に行ってみようと思いました。

公園に着くと、ふと薔薇園はどうなっているのだろうかと思い立ちました。

昨年以前のブログ記事を見てみると、いつもは11月過ぎにここに訪れているみたいなので、

いつもよりも早い薔薇園訪問でした。

 

 

秋薔薇はなんだか美しくて気高くて、そしてなぜか寂しい・・・・。

9日のこの日は、まだ私は友人の死を知りませんでした。

それでも私は、その人の事をぼんやり考えていました。私は、まだ彼女が頑張って闘病している最中なのだと信じていたのです。

その前の週に会った別の友人が、彼女の近況を伝えてくれました。

「旦那さんが病室に行くと、彼女が『痛い、痛い』と苦しんでいたので、いたたまれずに早々に帰ってきたって言ってたよ。」

私はその話に胸が苦しくなるような感覚を覚えました。

居たたまれずに帰れる人は良いけれど、残された人はその痛みから逃れられるわけでもないんだよなー。

痛みはその人だけの苦しみ。近くで「分かるよ。」「苦しいよね。」「辛いよね。」と言っても、それ、どうなのだろうか。やはりむしろひとりで闘っていた方が楽なのだろうか。それとも少しは気が晴れるのだろうか。

歯痛程度の痛みだと、夫に「分かるよ。」「酷いね。」と言われると、ほんの微かに気持ちが救われたような気がしました。それは痛みの度合いによるものなのかしら・・・・・?

 

 

 

12日の嵐の夜は、私は既に友達の死を知っていました。

外で吹き荒れる風の音を聞きながら、たった一人で家に居るだろう、彼女のお連れ合いの事をふと思ってしまいました。

我が家ではその日の朝、夜に備えてベランダにあるもののほとんどを家の中に入れていました。

たった一人でやったわけではありません。

夫と私の二人三脚で、嵐を迎い入れる準備に間に合いました。

そして深夜のうなる風の音を聞きながら、仲が良くてどこに行くのにも二人だったあの片割れの人は、ひとり何をしているのだろうかと、親しい人でもないのに思ってしまったのでした。

 

薔薇園を見て、さあ帰ろうと思った時、今度はふと

「そう言えば、十月桜はどうなのかしら。」と急に思いだし、ぐるりと回って行ってみる事にしました。

十月桜は毎年みる事になっているのに、なんだかすっかり忘れていました。

 

 

 15日。友達4人で集まってお食事をしました。

その時、彼女のお連れ合いから連絡を貰った友達が語りました。

「旦那さんが言ったの。『私はこれからどうやって生きて行けば良いのでしょう。』って。」

私はちょっと驚いて耳を澄ませました。

誰かに言いたかったんだわ、そんな言葉をと、私は思いました。残された人の寂しさを深く感じました。

「それであなたは何て言ったの ?」

「私、泣いちゃって・・・・・。『きっとそばで見守り続けてくれますよ。』って言うのが精いっぱいだったの。」

それを聞いて

「そのお役目、本当にあなたで良かったわ。」と、私は頷きながら心を込めて言いました。

 

もしも私だったら、泣き虫の癖にこういう場面ではまったく泣けない私だし、いつでも正直すぎるので、きっと言ってしまったでしょう。

「私には分かりません。」って。

「だけどそれでも生きて行かなくちゃいけないんですよ。」って。

 

自分の痛みには耐えるのみ。

だけど人の痛みに寄り添う事は、本当に難しい事だなとしみじみと思ったのでした。

 

子福桜

コメント

夏の暮らし《散歩の達人を目指す》

2019-09-01 10:07:17 | お散歩&写真日記
 
日付が変わってもう9月になってしまったけれど、8月31日に書き始めたものを載せますね。
(と、真夜中に書きだしましたが、途中で挫折して結局朝に続きを書きました。)
 
 
いつものお散歩日記ではありますが、サブタイトルはなんとなくの今の自分の気持ち。
だけど「散歩の達人」って何だろう・・・・・
「太鼓の達人」じゃあるまいし^^
 
 
トルコから帰って来て、足が痛かったりお腹の具合が悪かったりなどもあって、加えて雨つづき、その次は猛暑と言うこともあって、予定していたお出掛け以外の日は引き籠り度が高かった今年の夏なんです。
 
あまりにも引き籠っていたので、先日は図書館に行くついでにお散歩に行ってきました。
 
「セミの声を聞きに行く」の第二弾の様なものです。→「奴らの気配がする」
 
公園の入口にある大きな松ぼっくりが出来る松。
その実は青々しく、今からと言う感じです。
 
 
 
下の画像はイイギリです。
赤くない実がたわわに実っていました
 
 
なんだかイメージが相当違うなと感じました。
私が知っているイイギリは
 
 
上の画像は自分の過去記事から持ってきました。その記事は「束の間の過ぎた日を想って」なのですが、そこには今の旅や東京散歩など諸々の相棒である星子さんの事が書いてあるのですが、その頃は年に一回か二回しか会わなかったのですね。なんだかしみじみとするものを感じます。
 
 
そしてこの道で、虫の鳴き声に耳を澄ましてみました。やはり8月の初めに聞いた虫たちとは違う音色の様な気がして、ゆく夏が名残惜しくて、思わずビデオ撮影で音を拾ってしまいました。
 
 
 

紅葉にはかわいい赤ちゃんが。

 
 
草ボーボーの中に埋もれてしまっていても、萩は可愛いですね。
 
 
ええと、下のは何だっけなぁ。確か蝋を取ってたと書いてあったからハゼの仲間だと思います。(要確認)
 
 
そして見つけました。椿の実。
 
 
これもたわわに実ってました。
 
 
思わず、落ちていないかと地面に視線を落してしまいましたが、一個も落ちていませんでした。
まあ、一個二個拾っても椿油が取れるはずもない事なのですが。
 
帰って来ましたら、マンションに遅咲きの紫陽花が二つ咲いていました。
もう頭を落そうかなと思いましたが、あと少し咲いていて貰おうとカメラに収めました。
 
 
そして昨日は、8月も終わりという事で、また少々歩いてきました。
 
今はオシロイバナの季節でもあるんですよね。この花も昔はあちらこちらの家の庭で咲いていましたが、その強い生命力が逆に災いしたのか、今は路地や空き地で見かける事が多くなってきました。
 
 
私はこの場所が結構好きなのですが、群生しているからと言って、誰もここにこの花を楽しみに訪れると言う事もなく、もう少しすると何処かに依頼されたオジサンが草刈機の機械を持って、一斉に刈り取りに来るのです。一輪も残さず刈り取られますが、それでも毎年同じ状態になるのは、種を零すからと言うだけではなく、オシロイバナは種で芽を出しますが、二年目以降は球根になり毎年芽を出す宿根草なのです。
 
と言う事を、私はここから種を持って行って、自分のベランダで育ててそれを学んだのです。
 
 
時間も遅くなってきました。
小さな公園の前を通ったら、エゴノキがたくさんの実をつけていました。
そう言えば私はこのエゴノキの花を、今年はまったく見ませんでした。何か他の事に気を取られていたのかも知れません。
 
 
その時ふと思い出したのは、サークルのお仲間の人が、昔、子供だった頃エゴノキの事を消しゴムの木と言っていたのですって。「へぇ」と思ったので検索してみても何もそのような情報もなかったのです。
 
それで(ちょっと叱られてしまいそうですが)、その実を3粒だけ頂いてきました。
 
家で消えるかどうかやってみました。
 
 
き、消えた~!!
いやいや、これは文字は消えても、ノートとしてはアウトでしょう。これは水分を含んだ実の摩擦でノートをこそぎ落としているようなものなんですね。そう言えば昔の品質の悪い消しゴムってこんな感じじゃなかったかしら。ノートが黒くなったり破れたりしちゃってね。
 
昔々の子供たち、これとそれが同じだって気が付いて遊んでいたのかも知れませんね。
 
 
オシロイバナを少々頂いてきました。
 
 
花の色が豊富でしょう。
 
 
 
「散歩の達人」って、本当は散歩を持続させる人を言うのだと思うのです。
毎朝、マンションのオジサンたちはよく歩いています。
 
「今はこれが俺の仕事なんだ。」と言うのです。皆ちょっと厳しい病気の経験者だったりするのですね。
だけどその気持ち大事ですよね。そしてそのオジサンたちが、あそこの花がここの花がといろいろと情報を持っているのです。
 
継続と好奇心が大事なポイントですね。
 
カメラ片手に野の花マニアの私は、けっこう「散歩の達人」の素質もあるような気もしないではないですが、
あとは継続ですね。
 
そうそう花摘みは、たとえ雑草であってもヤタラはダメでそこは要注意です。で、その代わりにカメラが、私には必需品です。
えっ、エゴノキの実はって・・・・・(^_^;)(^_^;)(^_^;)
 
そこは 消しゴムで消しておいてください!!!  m(__)m
コメント (2)