森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

心が貧しい人☆秋を探して《その3》

2018-09-23 00:29:01 | お散歩&写真日記

径のある風景が好きだ。

マネの絵もモネの絵も径を描いている小作品から好きになった。

ただ前に進むしかない小さな径。

それは生きていく道と同じ一本道だからなのだろうか。

 

引き返し禁止。

 

だから時には苦しむのだ。

振り返れば、時には遠くにまたは近くに、

あまりにも愚かな自分の残像が見えるから。

 

忘れるしかないんだ。

 

いや、許してあげるのだ。

過去の愚かなわたしを。

 

お散歩&写真日記とお喋り。

木の根の野の仏。

気持ち悪いけれど、なんか好き。

 

水辺の野の花たち。

いったいどれだけの種類があるのでしょう。

私はこの花に、

私はこんな実をつけましょう。

そんな決め事をして、この世に誕生してくるのでしょうか。

 

オフェーリアは何処 ?

いつもここに来るとそんな事を想ってしまいます。

 

小さな秋、見つけたの ?

草の陰から花たちのささやきが聞こえます。

 

水辺にはいろんな花が、誰かの評価など関係なしに咲いています。

「私は生きる」

そんな姿勢に、やはり私は勇気づけられるのでした。

 

出来るものならば、そんな花のように美しく生きたいものです。

先を生きる素敵な人たちを手本として。

 

だけれど、時には残念ながら反面教師になってしまう人もいるのですよね。

 

9月17日の事です。

私は横浜から帰って来る電車の中で、一番端の席に座ってうつらうつらしていました。

電車が揺れたのか、通路から「すみません」と言う声が聞こえてきました。

揺れた時に女性が誰かとぶつかったのかも知れません。

よくある光景だし、関係のない事には過剰反応はしないようにしています。

そのままウツラウツラを続行です。

 

東京駅に着いた時に、

いきなりバーンという衝撃を感じました。

驚いて目を覚ますと、

隣の隣に座っていた男の人が飛び降りていくところでした。

降りる時に隣の席の女性にぶつかったんだなと思いました。

 

だけど「バーン」と言う衝撃を私が感じるほどですよ。

少しは気休めになるかと思ってお声を掛けました。

「大丈夫ですか。しかしあの方、眠っていて寝ぼけて焦って飛び起きたのかしら。

それでぶつかっちゃったのかしら。」

すると彼女は

「ううん。あの人、降りる時に仕返しをしていったのよ。さっき私がぶつかったから。謝ったのだけれどね。」

と言ったのです。

「・・・・・!?」

更に私は心の中で

「えええええええ !??」

と叫んでしまいました。

 

つまりあの「すみません。」の声はこの女性の声だったのです。

私の隣に座るときに揺れた電車で、隣の人の肩にでもぶつかってしまったのでしょう。

 

たとえその時に少々痛くても、謝られたら、

「まあ、仕方がない。」という気持ちになるものなのではないのでしょうか。

打ち身になるくらいに、または骨が折れるくらいの被害でも無ければですよ。

そしてむしろ、そんなに若くは見えないこの女性に気遣って、

「大丈夫ですか。」ぐらい思ったり言ったりするのではないでしょうか。

これが私の知っている常識と言うものです。

 

東京駅で飛び降りて行った男性の常識は、

「遣られたらやり返せ」なのでしょうか。

どう見ても自分より弱者の女性に対しても。

 

意志があってぶつかったのなら(または殴った)のなら、痛みは結構あったかと思い、

改めて聞きなおしてしまいました。

「本当に大丈夫 ?」

「ええ。大丈夫だけど・・・。」

そう答えた彼女が本当に痛かったのは、

たぶん心だったと思いました。

 

私はこんな花を咲かせこんな実をつけよう。

そんな風にわざわざ思わなくても、

人々は毎日を普通に暮らし人生の季節を歩んでいっているのだと思います。

だけど

あの男の人の人生の秋は、きっと寂しく貧しい秋に違いないと、

私は秋葉原の雑踏の中を歩きながら、そう感じていたのでした。

 

 

さてさて、夏ドラマがすべて終わってしまいましたね。

次回はドラマのお話でもしましょうか。

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颯爽と歩く人☆秋を探して《その2》

2018-09-22 01:59:53 | お散歩&写真日記

ああ、秋の散歩道、綺麗だなー。

 

             ※

 

散歩&写真日記とお喋りです。

 

 

そう言えば、マンションの園芸サークルで、花壇の一角に曼珠沙華が群れて咲いたら良いなと思ってちょっと提案しかけたのだけれど、話している傍から、その提案を引っ込めました。

聞いていた人の思わしくないような顔色を見たからではなく、ある事を思い出したからなのです。

この花の根には毒があり、また花粉にもアレルギーを起こす人がいるのです。

うっかり被害にあう人が出たら、洒落にもなりませんものね。

それに私もひとつ前の記事の中で使ったように、この花の別名は彼岸花で、あまりいい印象を持たない人も多いのかも知れません。私は逆に、その記事内で「彼岸花」と打った時に、「そうだわ。お義父さんのお墓参りはいつ行こうかな。」と、この季節の行事を思い出させてくれたので、この花の名前の役割には、そんな意味もあるのかもなんて思ったりもしたのです。

 

長々ブログをやっていますが、2007年9月29日に投稿した「秋の気配ー曼珠沙華」は、友達から聞いたアレルギーの話からいろいろと調べて(主にウキ様のまとめ)、この花の奥深さを知りました。

2009年9月24に投稿した「彼岸の岸辺には・・・」、あまり好きではなかったこの花が、知ることによって好きになったと書いてあります。

自分の過去記事を読むのは、けっこう面白い事ですよね。

時には、本当に胸が痛くなりますよ。

 

>日本には100歳を超えた人が4万人を超えている。
先日テレビで、それらの元気な人の姿をニュースで見た。音楽を教えている人、現役の書道の先生、アスリートまで。
凄いなあ。
そうでなくても80歳過ぎてもキラキラと生きる人も多い。私の義母もそう。
私の父もそう。私の母もそう。(70代だけれど)
あなた達の元気が私の幸せ。
短く簡潔に書くと、偽善っぽく聞こえるかしら。だけど、本音。

 

なんたって2009年の記事なんだから、私の母もとうに85歳で、義母は90越えですよ。そして父はいない・・・・か。

また私だって・・・・・・って、そこはまあ、いいか。

 

だけど義母、いまだに颯爽と歩きます。人ごみだと、ひょいひょいと人をかわして歩く名人なので、私の方が付いて行くのが大変なくらい速いのです。そんな人でもやっぱり一回り小さくなって、そしてやっぱり長くは歩けなくなってしまうのですよ。

先を歩く人は、後から行くものの目安になるものなのかもしれませんね。

 

先日の敬老の日は、もちろん義母にも何も無し。

だけど樹木希林さんが亡くなって、さぞやショックだろうとメールを送った事は、「9月16日の別れ」の中で書きました。

「昨日の樹木希林さんの訃報には吃驚もしたし、ショックでしたね。彼女の生きる姿勢からは学ぶことがたくさんあったように思います。そんな彼女の素晴らしい映画を、今年、沢山、見る事が出来たのはお母さんのお蔭だと思います。ありがとうございました。  また、ご一緒させてくださいね。」

その義母からのお返事。もちろん全文ではありませんが

「メール有難う。昨日は1日希林さんのニュースにかじりついていて、がっかりで力が抜けてしまいました。来月13日から最後の映画が公開されます。『日々是好日』、また誘ってください。本当に惜しい名優でしたね。まだまだ生きて名演技、見せて欲しかったのに。」

文末の修正はちょっとだけ入れましたが、内容はそのままです。

 

私、90過ぎてもこんなメールの返信を送って来る姑は凄いと思うんです。

「負けたくないわぁ」って、負けじ魂にも火が付くってものですよ。

 

そして私にとって「敬老の日」って言うのは、たぶん、母は凄いな、義母は凄いな、近所のあの人は深いな、またあの人は何でも知っているな、この人は頼りになるなと、ちょっと歳を重ねた人たちを敬う日なんじゃないかなって思うのです。

 

ってなわけで来年もプレゼントは無しの方向で・・・・・って、おいおい。

 

 

オマケみたいになってしまった写真日記^^

秋薔薇は、まだみたい。

一部は咲いているけれど、ウエルカムでない事は通路を見れば分かりますよね。

微かに色づいて、秋の気配を感じます。

これは、萩かしら。

相変わらず花の名前が分かりません。

 

 ※ 

 先日、電車の中で信じられないような事がありました。

次回はそのお話です。

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白秋を生きる人☆秋を探して《その1》

2018-09-21 10:44:22 | お散歩&写真日記

新しい自転車を買ったので、練習も兼ねて9月18日の日に公園まで行きお散歩をしてきました。自転車の練習と書いたのは、自転車乗らず歴2年以上になってしまったからなのです。

お散歩&写真日記に気ままなお喋りを聞いて下さね。

 

その日はまだ蒸し暑くて、名残りの夏と言う感じ。でもやっぱり秋は静かに近づいて来ていたのですね。

秋と言えば彼岸花。

今年は特にこの花の為にどこかに行こうとは思わないのですが、

この公園の彼岸花スポットを知っていたので、来てみたのです。

と言っても、それほどの所と言うわけではありませんが。

それでも木々の間と彼岸花は相性がいいですね。

 

今では珍しいわけでもない白い彼岸花。

今時はピンクもあるそうですね。

 

ところで、下の囲みは昨年の20日の日に投稿したものです。

「敬老の日」の事をさりげなく書いていました。

私はどうもこの日が苦手です。

だから今年はー。

 

 
やたら、いろいろとお喋りしたい気分です♪ 今年の敬老の日はスルー!
 猫草を買いに。雨が続く毎日。9月の長雨は、6月の梅雨よりもなんだか寂しさを伴うから嫌いよ。それに9月の長雨と言うと、シトシトと言う感じがして、それはそれで風情など......
 

 

はっきり言って、まったく意識無しでした。

だけどたまたま、みんなで「みなとみらい万葉の湯」に行き、敬老の地域イベントに参加した母は遅れて参加し、そしてワイノワイノと夕食を食べて、楽しい時間を持ちました。こう書くと、じゃあ、そのお母さんのお食事代はみんなで持ったのねとなると思いますが、敬老の日をすっかり忘れていた私たちは、いつもの通りお食事代は母の奢りです。

≪ああ、「まあ、なんて酷いの !?」と言う、世間様の声が聞こえてきそうです(^_^;)≫

 

母と出掛ける時、私たちはいつも母の子供に戻るのです。

母はいつも私たちの心配をしています。だから今でも時々小うるさい事を言う事があって、煩そうな顔をしていると

「いいの。あなたたちはずっと私の子供たちなんだから、私は言うのよ !!」などと言うのですが、本当の事を言うと、それはとても好きな言葉なんです。

母の子供でいられると言う安心感と言うより、同じ言葉を私も使いたいなと感じるからなんです。

もうおじさんになりつつあるラッタさん。

だけどあなたは私のずっと子供です。

もう大人なのでほとんど口も出さず、何かを助けてあげる事もほとんどない、だけどこの親子であると言う関係だけは変わらないと言うのは、私にとっては幸せ・・・・。

何でもないようなささやかな事を老いた人から学ぶことって、まだまだたくさんあると私は思っているのです。

 

母は楽しそうにしている私たちを見るのが大好きだけど、私たちも楽しそうにしている母を見るとホッとするのでした。そして私たちも急速に老いていく母の事を心配しています。

その日はイベント二つだったし(敬老会&万葉の湯)、シャトルバスに乗れなくて桜木町まで歩かねばならなかったわけですが、私が17日に横浜から帰るとき、また別の敬老の日イベントに、母は近くのさらに高齢の人の手を引いて参加していました。それでも疲れは後から出るものかもと思って、別の日に電話をしたところ、まったく大丈夫でした。

 

数か月前にちょっと転んでしまって、足をちょっと引きずっているなと思っていましたが、思わず「やるじゃん、お母さん。」と私はホッとしました。

母が急速に老いていってると感じるのは、たぶん歩き方のせいなのかも知れないなと思いました。まだまだ頑張って欲しいと思います。

 

長くなってしまったので、もう一人の颯爽といまだに歩いている、もう一人の母、義母の話はまた次回にしようと思います。

 

 

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君は偉いね。

2018-07-22 15:05:55 | お散歩&写真日記
 
うちなる命の煌めき
歳が五つ、六つ、七つのそのあたりの私の心配事は、私は他のみんなと同じようにちゃんと死ねるのだろうかと言うものでした。私は昔から信心深い子供でしたので、何かの折には神仏に手を合わ......
 

上の囲みは昨年の7月21日に投稿したものです。

過去のブログの記事は、未来の、今の私への手紙だなと思いました。

「うんうん。」「そうかそうか。」と頷きながら、私は自分の記事を読みました。

(goo様、ありがとう。)

 

そしてまた、ちゃんと丁寧に生きたいものだと思ったのでした。

 

ところでおとといの20日の日は金曜日でしたので、短い時間のバイトですが、1時間ほど間が空いてしまうので、近頃はその時間にスーパーのイートインコーナーで、コーヒーなどを頂きながら読書タイムを取らせていただいています。

そこに向かう道で、幾分暑さも和らいだような気もさせる夜風が吹いてきました。

その道をスタスタと歩いていましたら、ふと、自分の中の命が輝いているような気持ちになりました。

今日と言う日をちゃんと生きる。今日と言う日を、ちょっとだけ頑張って生きる。ただそれだけで、そのような気持ちになれたのかも知れません。

 

 

またその日の月は、半月でありながらとっても美しく輝いていたのですよ。

私はそのように美しい月などを見ると、やはり自分の中の命も輝くような気持ちになるのです。

帰り道、美しい月の光と一緒に軽い足取りで歩いていた時、ふと私の眼の中に飛び込んできた夜のひまわり。

なんともドラマチックな光景じゃないですか。

このヒマワリは昨年の花の種が落ちて勝手に育ったノラひまわりですよ。

昨年あたりまでこの柵の中は、ひまわりとコスモスが競演するように咲き乱れていたのです。でもその時もたぶん咲き乱れていた者たちは、勝手に育ったノラさんたち。

前に管理したり手を加えていた人の名残りか、それともここなら良いかと種を捨てていく人もいたのか、その二つの花ばかりではなく、時々他の花たちも紛れていました。だけど雑草もいっぱい。

それでも道行く人を楽しませていたのです。

手を加えられなくなって持ったのは昨年までがぎりぎりだったのかも知れません。

今年は見るも無残な雑草ばかりの空き地です。

 

ここを綺麗にしていた人たちは最初はきっと張り切っていたと思うのです。少々不愉快な感じの小さな看板まで立てて自己主張までしていましたから。

だけどこういう善意は、永遠とは続かない事だと思います。人の肉体や気持ちの若さはずっと同じと言うわけにはいかないからです。それは仕方がない事だと思うし、「今まで」を評価し感謝しても良い事だと思うのです。

だけど自己主張の看板もそのまま放置。

引き際と言うものはよく言われることですが、それは「時」を指すよりも「所作」を指して大事だと言われるものかも知れませんね。

なんたって週に三日もこの道を通るので、ちょっといろいろと考えてしまう事も多かったのです。

 

だけどこのヒマワリを見よ。

川の流れのように押し流されて行ってしまう人の思惑や人の時間。

みんな関係ない。

このヒマワリは、ただ自分の命を全うさせようとしているだけ。

しかもまだ柵の内側だったら守られることも多いのに、あえて柵の外に生まれてきてしまうとは。

だけど立派なヒマワリになりました。

 

 

私はにっこりほほ笑んで、じっとヒマワリとそして遠くに輝く月を見て、なんだか勇気のようなものを貰ったような気がしたのです。

 

そして思わず私は言ってしまいました。

 

君は偉いね。

って。

 

 

 

 

 

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薔薇の季節 2018

2018-05-22 14:18:27 | お散歩&写真日記

時間と言うものは、年を重ねれば重ねるほど加速していくように感じるものらしい。確かに1週間はあっという間に過ぎていく。またそれらの日々に予定が立て込んでいたりすると、更に加速感は高まると言うものだろう。

だけれどその予定していた出来事をもろもろと体験し積み重ねていき、そして過ぎてきた時間を振り返ると、加速されたように感じた時間とは相反して、その時間には濃密な密度が生じているか、もしくは想い出の体積が増大している事に気が付くのだ。

だからそれを数式にするとだな・・・・・

 

って、やるわけないけどね。

 

               ※           ※          ※

 

5月13日、午後からは雨が降ると予想されていましたが、その前に柏の葉公園の薔薇園に行ってみたのです。

その数日前は、まだつぼみが多かったらしいのですが、まさに一番の見頃を迎えていました。

しかも薄曇り。

桜の花などは青空が一番似合うと言うものです。だけど地から咲き乱れる花などは、ぎらぎらの晴れた空よりも美しく写真に納まるそうですね。

またも撮りすぎてしまったので、二回に分けてアップしようと思います。

ついでながら、ささやかなお喋りも聞いてくださいね。

 

 

薔薇の花たちを、美しい美しいとはしゃぎながら、何枚も撮ってしまいますが、毎年同じような事をしていると思います。

もしかしたら昨年撮った花をここに貼っても、まったく分からないのではないかと思います。

 

 

 

ただ見ている側の私が違うかもしれません。ある時は一人で、ある時はあの友達と、ある時はまた別のお友達と、もっと遠い記憶をたどれば、今はいない犬のココちゃんとここを訪れたと思います。

またある時は花の盛りが過ぎてしまっていたり、ある時には写真が失敗してしまったり・・・・・。

 

それでも毎年ここを訪れて、花の美しさを褒め称えるのです。

 

 

 

大切な事は、写真に撮れば同じにしか見えないような薔薇の花であっても、それでも「今年の薔薇を見たぞ。」と思う事なのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

「今年の薔薇を見た !」

 

 

 

 下の画像は、まだこんな感じなのが珍しく感じたので撮りました。「アイスバーグ」は大きく育ちますよね。

 

 

 

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桜と坂の東京散歩 その2《胸突坂》

2018-04-15 00:04:07 | お散歩&写真日記

桜と坂の東京散歩 その1」の続きです。

撮り忘れてしまった藤寺の画像を頂いたので、追記しましたので、そちらも見てくださいね。

お昼も頂いて、エネルギーも充填したした私たちは、次には「胸突坂」を下って行きました。

もちろん「関口フランスパン本店」の目の前が、その坂と言うわけではなく、

その坂を目指してテクテクと歩いたわけなのですが、

その頃、私は少々「東京散歩」を舐めていたことを思い知らされつつあったのです。

何をかって言うと・・・

靴が・・・。

 

だって「東京」って言ったら

大都会。

騙されてはいけないのですよ。

山あり谷ありのその場所の上に、アスファルトで塗り固めコンクリートの城を建てまくり

そして都を築いてしまった。それが「東京」なのだと言えなくはないのでは。

そんな所に歩きやすいけれど普通のタウンシューズを履いて来てしまったのでした。

 

そんな靴では

少々甘かったのですね。

 

足の裏が痛い・・・。

 

だけどね、まさかトレッキングシューズで来るわけにもいかないじゃないですか。

こういう時はどうんな靴が良いのかしら。

いろいろ課題ってありますよね。

 

課題があるから、頭を使う。

だからお出掛けって、やっぱり良い事なんじゃないかなって私は思います。

 

それに街を歩くと、いろいろな

「えっ、これは何 ?」

と言う事にも出会うでしょう。

 

例えば

何かしら。ここは。

 

門から見えた風景は、ひっそりとしていて素敵なのですが。

ここが何かと言うのは、後から別の道を歩いていたら説明のプレートと出会ってその謎は解けたのです。

東京都内の大学生と大学院生のための男子寮でした。

本館は旧細川侯爵邸とかなり趣深い感じがしましたし、お庭も。

だけど男子寮だったのですものね、

おばさん、その雰囲気に惹かれてフラフラ入って行かなくて良かったわ~。

 

しばらく行くと

こちらは思わずフラフラと入って行きました。

だってやっぱり素敵な雰囲気なのですものね。

 

だけど今回はその中の展示は見ないで、肥後細川庭園散策に留めました。

小高い丘になっている所から

外を見ると

 

神田川の桜ロードが見えました。

トップ画像は、後からその風景を撮ったものです。

 

今年の都内のお花見ポイントで、「目黒川」がかなりの人気だったみたいですが、他だって負けていなかったのですよ。

 

この公園では、公園内にある松聲閣(しょうせいかく)を見学したり、

そこで貸し出している和傘を使ってお友達と撮影会などをして遊びました。

 

そこを後にして

予定していた「胸突坂」まで戻ってきました。

肥後細川庭園内を散策すると、その坂の下の道まで来ていたのです。

 

その坂の麓に近い所には「関口芭蕉庵」があるのです。

ここは「かつて松尾芭蕉
が神田上水の改修工事に携わった際に住んでいた住居跡が元になっている。
」のだそうです。

 

ここは侘び寂びのきいた小さな庭園が良いのらしいけれど、この時すでに4時。

足も少々不安。

来た、見た、制覇した

と言う流れで退場しました。

だけど、「胸突坂」は見どころがいっぱいでした。

 

で、出てきたところで、お友達が

「次はこの坂を上って、そして・・・」と言いました。

 

 

 

えっ、上る ?

分かんない、日本語が・・・

 

ってなわけにも行かず、

この後私たちは、いや、私だけかもしれないけれど

気合と根性を友にして

上って降りて上って降りてを繰り返したのですよ。

 

 

もはや「散歩には有らず、東京トレッキング」

「その3」は何処に行けばそんな楽しい事が出来るのかの記録です・^^;

ふぅ。

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同じ春の季節でも同じ春ではない

2018-04-08 00:41:43 | お散歩&写真日記
 
つかの間の桜の季節を楽しみましょ♪
2014年から「東武アーバンパークライン」などとカッコよさげな名前に変わったみたいなんだけれど、どうもまったく馴染めないで未だに私にとっては「東武野田線」。いや、むしろ「東武野......
 

 

今週はとにかく予定変更の連続でした。ボランティアをサボり、美容院に行く事を先延ばしにして、直接映画館にて買おうと思っていたライブビューイングのチケットもネットで済ましました。だけどサボれないものもあります。図書館にて本の返却と予約本の受け取りです。

「よし、行こう ! ついでにまた『運河』あたりのお散歩をしてこよう。」と思いました。

そう思っていましたら、グーグルフォトが「この日の思い出」と昨年の画像を送ってくれました。過去からのデーターを送ってくれるのは、gooのブログばかりではありません。

そして私は吃驚しました。昨年の同じ日(4月6日)に私は同じように運河に訪れていたのです。

因みに上の囲みは、昨年の4月7日に投稿したもので、運河散歩の記事です。

 

昨年の同じ日の運河は、まだまだ桜日和でした。

だけど今年はソメイヨシノの花は、完全に終わっていました。

まだ咲いているかなどまったく思っていなかったので、あまり残念にも思わず、それでも水辺の春の風景の美しさを楽しんでまいりました。

 

今回はふと閃いた思い付きでしたので、ひとりでのお散歩でした。

 

それでもまずは昼食です。

そこは昨年と同じ場所で。昨年は時間が遅かったので終了してしまっていたランチを、今年はゲットできました。

食後は梅ジュースのホットで。

今年初めてのたけのこご飯でした。

窓から見た風景。

近くに座っていたおばさまたちの声が聞こえてきました。

「本当に桜が満開の頃来ていたら、ここからの風景は絶景ね。」

確かに近くも遠くも皆ピンク。素敵だったと思いました。だけどもう一人のご婦人の言っていたことに、私は心の中で頷きました。

「その頃来ても、ここも混んじゃって座ってその風景なんか見られなかったと思うわ。」

 

このお店のすぐ近くに咲いていた菫です。

 

 

ハナニラも群れて咲いていると、なかなか綺麗ですね。

春に群れて咲いて綺麗の代表格はやっぱり

季節は早くも次へと進んでいます。

 

葉桜になって赤く染まった桜を大量に見続けているうちに、どうせふらりと来る事が出来るなら(いや、いつだって一人でふらりは得意なのですが。)、来年はやっぱり花の盛りに来てもいいのではないかなと思ってしまいました。

 

この後私は図書館に向かい、夕方からはバイト先に出かけたので12865歩歩きました。

 

夜はルート君の誕生日でしたので、とりあえずのケーキ。

 

 

私も含めてだけれど、皆データって結構好きですよね。昨年はどうだったのかとか今まではどうだったのかとか。

でも本当に大事な事は、データよりナウじゃないかと思いました。

つまり今現在の情報です。

意外とそれは何にでも当てはまることなのかも知れませんね。

 

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春は花の祭り2018《猫と猫と私》

2018-04-04 16:11:30 | お散歩&写真日記

久しぶりに「めまい」の症状が出てしまい、土日に何とか歩けるように回復させて

病院に行きました。その途中の花たちをゆっくり見ながら歩いていたら、なんだか元気になって行ったと言うことを

ひとつ前の「春は花の祭り2018《それが、花の力なのか?》

に、書きました。

 

それの続きです。

とぼとぼと歩く病院までの道。

それは春の花の祭りの続く道でした。

もしも花を見る事が、私のクスリだったとしたら、

そりゃ、あなた・・・

1本2本、または少々の花見では、そんなことは(元気回復)起きないと思います、私。

 

それはたぶん「圧倒的な」花の量にもよったかもしれません。

 

なんと言う素晴らしい季節でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

家を出てから病院横の薬局を終えるまで、4時間半掛かりました。

めまいと聴力検査。

両方とも、OKでした。

なんでこの人来たのと言う感じ・・・・。

 

いつも病気の事は詳しく書かないけれど、

本当は1週間前からわずらわしくなっていた耳鳴りの事は気になっていたので、

聴力検査をクリアしたのはホッとしました。

めまいは、本当に待ち時間の間に治ったと言う感じです。

 

だけど・・・・

治ったと思ったのは、ちょっと違ったみたいです。

 

もう大丈夫かと、昨日の火曜日は、いつも出掛けているあるボランティアに参加しようと思っていました。

ところがお昼ご飯を食べた後、急に疲れを感じてお昼寝タイム。

ここ最近は、お昼寝自体もあまりしなかったのですが、ひとたび寝たらぐっすりと1時間モードです。

お昼寝したとしてもいつもなら15分ぐらいで目が覚めるのに、やっぱり調子悪いんだなと思いました。

 

それでも起きようと思ったら、いつの間にか猫のももちゃんがやって来て、私の真横でぐるぐる言っています。

画像は昨年の12月のものなのですが、こんな感じです。

幸せそうなももちゃん。

 

 

じゃあ、あんずさんは何処に ?

居ました。

私の足元に。

これまたぐるぐる言いながらのお昼寝で、なんか幸せそうです。

 

この猫さんたちの幸せを破ってはいけないと、

更に30分はお布団の中でぬくぬくとしていました。

所謂

「猫あるある」ですね^^

 

猫と猫と私の、静かで幸せな午後のひとときでした。

 

それで、結局昨日はお出掛け休止。

そしてそれは今日も。

まあ、当初の計画通り、

溜まっていた自治会のお仕事をゆっくりだけど、ひとつずつ片づけて、

お仕事だけは休まずに行くと言う事で良いと自分に言い聞かせています。

そう言う時もあるよね。

 

だけど明日辺りは、ちょっとね、行きたいところがあるのです。

(遊びのご用には、ちょっと萌えるワタクシなのですが^^;)

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春は花の祭り2018《それが、花の力なのか?》

2018-04-03 00:10:45 | お散歩&写真日記

何か昨日、

「体調復帰するまで休みます。」

とか言ってなかった、私 ?

だってね、体調、復活しちゃったのですよ。

 

めまいって、経験ある方は分かると思うのですが、

結構厳しいのですよ。

重症だと、トイレに行くだけでも吐きそうになってしまうし、

それはもう大変なんです。

そんな経験を何度かして、

どうすれば良いのかなんて事も

ちょっとだけ知識を生かせるようになったのも良かったのかもしれません。

 

昨日は厳しかったので、

これは3日はダメだなと思ったのです。

 

それで月曜日の今日、病院に行く事にしました。

とぼとぼと歩いて行きました。

 

うちのマンション、

源平花桃なくて寂しいなと思っていたら

有ったのですよ。

えっー!!

いつから君は居たの !?

 

これはたぶん今年から。

ああ、凄く嬉しいな♪

 

トップ画像は、病院に行く道すがら、

空き地に咲いていた

スノードロップ(?)

 

そして菜の花

 

 

↑ これはこぶしの花でいいのかな。

 

 

うちの方は結構のどかな風景が広がっていたりします。

そんな場所にも

はまももが咲いていました。

そして

ハナニラ。

 

遠くに見える

民家の山桜。

 

花を見ながらゆるゆると病院に着きました。

あらッ、私、なんか元気が出てきたような気がする・・・・

 

しかし私の第二の故郷である我が町は、

客観的に見てみると、

けっこう田舎ですね。

だけどまたそこが良いと、私には思えるのです。

 

花の画像の写真日記、続きます。

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春なんだもの、街を歩こう

2018-03-30 23:14:04 | お散歩&写真日記

先日、黄昏時に写真を撮って

黄昏時の春の日」と言う記事に源平ももをアップしましたが、

今日は午前中は歯医者に行き、その帰りにぐるりと遠回りして、

またその写真を撮ってきました。

 

やはり花には青空が似合うのです。

 

街の中の小さな公園。

その中で

この季節にみんなを楽しませてくれる1本の木。

「あなたは立派だねぇ。」

と、心の中で話しかけてしまいます。

ただ花を見ているだけなのに

幸せな気持ちになる

そんな春の日。

 

 

 

 

近所のお散歩する夫婦とここですれ違いました。

帽子にサングラスに大きなマスク。

いったい誰かと思ってしまいました。

(だけど夫婦で仲良くお散歩なんて、ちょっと羨ましいような気もします。)

 

私も歯医者で、ちょっと鼻が詰まり気味になって、

「く、苦しい~。」と、少々の我慢をしながらの治療でした。

 

目がかゆくなったり、くしゃみが出たり、鼻がムズムズしたり・・・・

でもこのつかの間の花の祭りを見逃したくはないものです。

 

 

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