森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

真田丸第8回「調略」

2016-02-29 10:21:13 | ドラマ (大河)

「策」と言うものは、いつの時代も単純ではなく恐ろしいものなのかも知れない。

だけれど戦国のそれも、命がけ。

昌幸の本当の狙いが分かった時に、本当に凄いと思いました。だけど、信繁が言ったように

「私にはあの人たちが恐ろしい。」、そう私も思いました。

 

良く好きな時代に行けるとしたらどこに行ってみたいかという質問に、「戦国時代」と言うのはかなりの人気スポットだと思います。(時空観光旅行と言うか)。でもそれは高みの見物をしようと思うからですよね。

ど真ん中で生きている者には、本当に恐ろしい時代だといつも思ってしまうのでした。

 

人が駒のように動かされ、国盗りの物語は進んでいくのです。でもその駒には生の血が流れ、義を感じる心や想い出を慈しむ心を持っているのです。そう分かっていながら、策を講じて裏切るのはその世の流れとして受け入れていかなければならない生き方なのでしょう。

真田はずっと昔から大好きな武将です。

でもそれは見るべきものを見てこなかったからだと思います。もしも真田が主人公側で無ければ、どれだけ真っ黒な人たちなのだろうかと思ってしまうかもしれません。

やっぱり戦国は恐ろしい時代です。

 

だけれど、その感傷的な部分に蓋をして今回の昌幸の策を思うと、まったく見事としか言えませんよね。

 

信繁は昌幸の弟の信伊を尊敬しています。その信伊は

「信繁 ! わしのようになりたいと言っておったな。 これだけは言っておく わしのようにはなるな。」と言い捨てます。その時は信繁には意味が分かっていませんでした。

北条氏直の海津城の城主を確約すると言う手紙を見て、しみじみと嬉しく思い感激しているところを背後から殺害してしまう事に驚く信繁。

それを手紙と共に彼を裏切り者として成敗したと差し出し、春日は磔になってしまいます。

 

きっと本当の歴史の中では、調略したもバレテしまったと言う所なのかも知れません。

でもドラマの中ではサスペンスのような、ああなってこうなってと裏があったわけで、うなるべき展開ですよね。

 

氏直を、春日を調略した・ばれた・敵の人数は多しと口先三寸で転がし、闘わずして信濃から北条の兵を引かせてしまったのでした。

 

弱小であるがゆえに、守るべきものを守るためには、すべてをかなぐり捨てているような昌幸は、ザワザワするけれど、覚悟の人だと思います。

先週、信繁に「お前は勘で動きすぎる。わしもそうじゃ。」と言っていた昌幸。経験値が高いから、お前とは違うと言っていましたが、これは経験が積んだ勘だけじゃないですよね。本当に知略の人だったんだなと言う見せ場でしたね。

 

今回もキャストさんたちがイキイキと良かったですよね~。

北条氏政の高嶋さんのたぬっきぷり(タヌキは家康の専売かと思ったけれど、そうとばかりは言えませんね。〉は、安定って感じです。そして今回輝いていたのは、息子の氏直の細田善彦さん。今まで氏政と一緒のシーンが多かったので、なんとなく従順で大人しく良い息子っぷりしか醸し出していなかったのに、出ましたね。氏直の父ちゃんいない所ではチョー傲慢な二面性。そしてあほっぷり。

すっごく良かったです。こうでなくちゃ、細田君じゃないよんって思ってしまいました。

 

あっ、急に閃いちゃったのですが、『相棒』にどれだけの未来があるのか分かりませんが、次の相棒はこの人が良いんじゃない。この二面性キャラ、凄く面白いドラマが作れそうですよ。

と、どうでも良い事はさておいて、家康チームはいつもほのぼの。だけど遠い所に居ても昌幸の真意を見抜いて、そのせいでうちらが北条と戦うのかとうんざりと言う雰囲気に、思わず笑ってしまいました。

上杉チームはいつも美しく悲しいー。

 

バランスの良いドラマですよね。

今週のきりちゃん。

脱出劇を自分に都合よく脚色してうめに語るきり。

この時、演出が上手いなって思いました。うめは一度も顔をあげずに、きりがのろける様に話しているのに、どのような顔をして聞いているのか視聴者には見せません。このシーンは、次のドラマ展開に何の関係もないと言う事なんですよね。

そんなうめちゃんの今回の冴えた一言。

出陣する兄を見送るうめは、兄の一言に

「違います、兄上!!

敵は北条じゃなくて上杉です!!!」

 

みんなブンブンと振り回されていました。

 

 

 

 

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相棒14「第17話 物理学者と猫」

2016-02-28 00:18:29 | ドラマ(相棒)

なんだか一つ前の「シュレーディンガーの猫」と言うタイトルの記事を書いたら、「相棒」の感想を書く気が失せていましたが、ふと気が付くと、なんだかんだとシーズン14も17話になっていたのですね。例年通りでしたら、後2話で終わりですよ。

このシーズン14は、寝ぼけた頭で見続けて文句ばかり言っていたように思いますが、何気に感想が今までの所オヤスミしてないんです。そう思うと皆勤賞を目指して頑張ろうかなって思ったりもしますよね。

 

今回の「物理学者と猫」を見て、私は「さすが『相棒』だな。」と思いました。

だてに14年も続いていないのですよね。これだけ続いているから、このような自由な作品にチャレンジできると言うものですよ。

これは刑事ドラマの姿を借りたSFでありヒューマンドラマであり、そして黒猫がらみのちょいオカルトですよ。

しかもですよ、長年の「相棒」ファンにとっては、今シーズンが面白いか否かが問題であっても、世間的には視聴率がどうのこうのとうるさい今にこのチャレンジですよ。

「さすがだな。」って思わないわけにはいかないでしょう。

 

実験中の女性の殺人の謎解きがされて、准教授・堀井が

「誰が一体そんな事を。」と言い、右京が

「それはあなたですよ。」と言った時、

私が思うにはテレビ前で、思わず時計を見た方の確率は80パーセント以上であったのではないでしょうか。

吃驚しました。

えっ、もう、ここで犯人が分かってしまったわけ!?

後の45分はどないすんねん。

って、思いましたよ。

 

― だけど、それは堀井の妄想の世界か・・・・・

右京が指を鳴らし、違う世界から呼び戻された堀井は違う可能性の世界に。

敬愛していた物理学者の成田知子の夫を殺す世界。

又は返り討ちに遭ってまさに自分が死んでいく世界。

堀井の意識はパラレルワールドの時間の旅を繰り返すー。

だけどいずれにしても、それは知子が居ない世界の絶望から救われるものではなかったのですね。

返り討ちに遭った堀井を助けようと救急車を呼ぼうとする右京を留め、

復讐を果たしても果たさなくても彼女は居ない救いのない絶望を語る堀井に胸が痛くなり、グッときました。

その絶望の世界では、復讐よりも救急車は間に合わずに彼が消えてしまう事が一番の正解にさえ思えてしまったのでした。

 

だけれど、そこで再び右京の指が「パチン」となります。

 

私、このお話、凄くすごく好きです。

優しいし、暖かい。

ただ細かい事が気になるのは右京ばかりではないのですよね。

「パチン」と指がなって巻き戻されるのなら、戻る場所がみな違うのはなぜなのかとちょっとだけ思ってしまったのでした。

「パチン」なんだから、やっぱりあそこからじゃなくちゃダメだろうって拘ってしまったりしたけれど、ドラマ的にすっきりと綺麗にまとまったんだから、まっいいか~って・・・^^

 

「RT」 、ツイッター民が「リツイート」だってワイワイ言っていましたが、私も「拡散」って事かなって、即思ってしまったのでした。近頃、何を語っていいのか分からなくなって、すっかりツイッター離れをしている私ですが(昔と比べてね。)、それでもそんな風に思ってしまうとは、見慣れたものへの反応と言うのは恐ろしい事ですね。

でもその文字から成田の死の真相を突き止めた右京。

真実は時には残酷です。でもその真実と向き合う事によって、絶望しかなかった堀井に数式を完成させると言う新しい世界が開けたのでした。

再生の道を歩きだした事を見届けたかのように、いなくなってしまった黒猫。

やっぱり猫は堀井を見守っていた知子の化身だったのでしょうか。

ちょいオカルトと言うより、ファンタジーのようでしたね。

 

「この黒猫はいつからいるんですか。」って質問は右京らしくないような気もするのですが、何気に右京は自覚がないだけでオカルト体質であることは、シーズン11の「BIRTHDAY」で証明済みですね。(あれ、感想を書いてなかった(/_;)

 

 なにげに「パチン」が頭の中に居座ってしまいました。

暗示にかかりやすいので、催眠術とかの番組は見ないようにしていたのですが、ドラマなので油断しました。

「パチン」と指がなるシーンを思い出してしまったら、最善の世界を私は生きているのだと信じる事にしようと思います。

 

※ 遅れて書いたので視聴率が出ていました。 14.1でした。

 

 

 

 

 

 

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シュレーディンガーの猫

2016-02-25 17:30:32 | 家族スナップ

 昨日の「相棒」、面白かったのですが難解でしたね。

〈「相棒」の感想は、遅れてまた書く予定です。〉

 

仕事から遅く帰って来たルート君、食事の頃にちょうどドラマは半分というか、その辺りでした。

チョロチョロっと見て、

「『シュレーディンガーの猫』がテーマか~。」と言いました。

ドラマは途中だったので、そんな言葉の説明があった事を彼は知りません。

「えっ!? これの事知ってるの!?」と私。

とっても失礼なお母さんです。←私。

「量子力学のあれでしょ。知ってるだろ、普通。」

「げげ、なにそれ。まるで知っている事が常識であるかのような発言は!?」

 

この「家族スナップ」のルート君シリーズ(勝手にシリーズ化)をご存知の方は、いつもと会話が逆転してることに気が付かれると思います。

世間で俗に言われる「ゆとり世代」のルート君、知らない事がいっぱいです。でもよくよく考えてみると、私が唐突に出している問題は歴史とか文学関係で文系の問題なんですよね。

 

それで私は言いました。

「凄いね、やっぱり君、理系の人だったんだ。」と。

 

そしたら言わなきゃいいのに、ルート君。

「いや、ナニね、仕入れ先はアニメなんだけれどね。」

 

ちゃんちゃん。

 

いやいや、別に良いのです。

私だってどれだけ漫画で知識を仕入れた事か。

漫画家様が、何十冊もの資料や小説などを読んで作品を仕上げ、それを読むことで間接的にたくさんの知識を知らないうちに身の内に取り込むと言う事はあると思います。

 

だけどこの「シュレーディンガーの猫」って、シュレーディンガーと言う名前がカッコいいからなんだと思うのですが、なんか「猫」が付くとさらにかっこ良く感じませんか。

 

このカッコいいネーミングの猫の事が知りたい方は→こちらです。

 

ところでワタクシ、量子力学などと言う「学」はありませんが、こう言うことって数式には出来ないけれど、考えるよなって思ったりもします。

言うなれば可能性の世界。

例えば事故や災害で命が断たれてしまった場合、実は間一髪で助かったと言う可能性がそこに存在するとするでしょう。

断たれた方の命の記憶はそこで止まってしまうけれど、助かったと言う可能性の世界の人はその先の世界が続いていくのです。

ゆえに死なないのですよね。

(言ってること分かる?)

こうして、自分以外の人は死んでいくけれど、自分自身は可能性の世界の自分の記憶が受け継がれていくので、ほとんどの人が自分の寿命を全うしているのかもしれないなって、時々私は思うのですよ。

例えば私自身も、あの時、この時と死んでいて、助かったと言う可能性の世界で目覚めているのではないのだろうかと思う事があるのです。そしてまた懐かしいあの人やあの人も、ちゃんと可能性と言うパラレルワールドの世界で、何もなかったかのように、そこの世界の私と笑い合っているのかもしれないとも思うのでした。

 

何わけの分からない事を言っちゃってるんだ、この女は !?

って、思いましたか?

そうだろうなって思います。

だけど私は、こういう事を星屑さえも見えるような、そんな夜空を見ながら考えるのです…と書いたらどうでしょうか。

きっと満天に降り注ぐ星の数に圧倒されたことのある人の中には、

「あっ、分かる。何となく。」って思う方もたくさんいらっしゃるのではと思えるのです。

 

※     ※     ※

 

私たちは何処から来てどこに行くのだろうー。

ただ分かっている事は、本当は何も私たちは分かっていないのだと言う事だけなのではないでしょうか。

 

 

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猫の日だから

2016-02-22 22:22:22 | 猫のもも
 
もも吉祭り
今日は「猫の日」ということで、私の三つのブログでも「もも吉祭り」をやってます。ももちゃんも。→「2月22日だから」果樹園のティータイム→「猫の日だから」...
 

 

上の囲みの「もも吉祭り」は、昨年の2月22日の記事です。

今年も2月22日の猫の日には、うちの猫たちの画像を載せないわけにはいきませんね。

 

昨年の12月にやって来たあんずは、本当にやんちゃ姫です。

 

 

あんずさん、あんずさん、どこにいるの ?

ちょっと緊張した顔のあんずさん。

 

 

あんずさんはこんな所にいます。

上っても自分では降りて来ることが出来ません。

ニャーコラニャーコラと煩いので、昨日は

「知ーらないよ !」としばらく放っておいたら、ふわりとムササビのように降りてきました。

 

逞しいあんずさんです。

あんずはたくましいやんちゃ姫。

思わず「さん」付けで呼んでしまいます。

 

でっぷり太ったももちゃんは、いつまでたっても「ちゃん」なのにね。

 

「ももちゃん ♪」

- にゃんですか。

 

「猫の日だから、画像を載せるよ。」

- もっとたくさん載せてくださいよ。いつもパチパチ撮ってるんだから。

 

「だって、ももちゃん。いつも同じ顔なんだもん。」   

(- -)  

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真田丸第7回「奪回」

2016-02-22 14:57:33 | ドラマ (大河)

奪回出来ませんでした!!

 

私は昭和生まれの古い女・・・・いや、安土桃山に比べたら新しい女かも知れませんが、いやはや疲れました。

昌幸父ちゃんに。

よっぽど昭和生まれの私の方が、頭の固い古い女に感じました。でも力を持たない小国で国と民を守らなければ…いや、違うか、家の存続を図ろうと思ったら、舌を二枚も三枚も使って生きなくてはならないのですね。

 

「城を返すよ。」などと言う滝川が、なんだか良い人に見えちゃって、気の毒にさえ思えてしまったのです。

「ああ、もうちょっと待ってれば良かったかのう」と、滝川が北条と争っているすきに上州の沼田城と岩櫃城を取り戻した昌幸は嘆きます。

この人はいつもそう。

それなのに、小諸城で祖母とりの奪回に失敗した信繁を勘で判断するからミスるなどと責めるのでした。

きっとテレビ前、

「あんたに言われたくないわい。」と思った方は多数と思いました。

でもちゃんと父ちゃんは分かっていました。

「わしもそうだ。」と言いますが、わしは経験値が高いからOKと言うのですが、思わずワタクシ「そうかしら?」って首を傾げちゃった。

 

それでも勘で動く源二郎は面白くて、用意周到に動く源三郎はつまらないと言います。そして、二人は二人でひとりみたいなことを・・・・。

なんだか私、その言葉が今後にずっと響いていくような気がして、ちょっと胸が熱くなりました。

 

それから滝川の事を良い人のような気がしたと言いましたが、彼だって城は返すが、人質はもうちょっと預かるよんと言いました。

信濃を出るまでと言うのは、万が一の時に人質を道具のように使うと言う事であって(結局、木曽との取引に使ったわけで)、みんな似たり寄ったりなんですよね。

結局滝川も清須会議に間に合わず、ナレだけで消えていきました。

でもやっぱりキャラ的に惹かれるものがあったので、梅雪の時と違って感慨深いものがありました。

 

戦国の歴史は、どうしても覇者の歴史のような気がしてしまうのですが、もしかしたらこのようにナレーションだけで消えていく敗者の歴史なのかも知れません。

 

次回は北条と上杉のはざまでうごめく真田のお話ですね。

ああ、ドキドキするー。

予告編の磔になっている人は誰なの?

 

と言うわけで次回も楽しみです。

 

と〆た後でも、やっぱり書かずにいられないのは、今週のきりちゃん。

小諸城で、さあ逃げようとした時に大切なものを忘れたからと取に行くきり。いざという時に忘れちゃうものなんか大切じゃないよって思ってしまうのですが、それよりも悲しかったのは、きりが手に取った櫛を見た時の源二郎のうんざりした顔。大切な物ってこんなものかみたいな。こんな物どうでも良いじゃないかみたいで、きりと源二郎の温度差は歴然と言う事を、再確認させられ続ける視聴者。

だけど「嫌な女だな。あっちに行け。」「やーよ。」ってやり合っている姿は、ドラマ内の第三者にはイチャイチャしているように見えるのでしょうか。

あまりにもひどい状況なので、梅ちゃんよりもきりとの今後が気になってしまう私なのでした。

 

大河にこういう話は要らないと言う方も多いかもしれませんが、私的には、ちと嵌っている部分です。

だけど今回、コメディ色が強いような気がして、逆に楽しめない部分もありました。

源三郎の嫁と母とのお食事シーンは要らなかったんじゃないかと・・・・

 

まっ、いいか。

梅も無理やり出した感がしましたし。

と言うわけで、本当に終わりです。

 

 

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「海底の君へ」

2016-02-22 00:29:44 | テレビ・ラジオ

ドラマを見ながら、私は思わず考えてしまいました。

ドラマを見る前日の金曜日に私が子供たちと話した事は、さながらドラマの事を先取りしての会話のように感じたのでした。

たまたま偶然。でも彼らとの会話があったからこそ、このドラマの更なる奥に踏み込んで行けたようにも思いました。

その記事は→「軽いけれど重い」です。

 

HPの演出の石塚さんの言葉に

>精神科医の斎藤環さんから「人薬(ひとぐすり)」という言葉を教わった。心に負った傷は、人とのかかわりの中で、愛で癒すのだ、と。
ラブストーリイを作ろう、そのとき腹を決めた。

 

「心に負った傷は、人とのかかわりの中で、愛で癒す」

それこそが海底から浮かび上がることが出来ないでいる人たちへのメッセージなのかも知れません。

でも正直な心の想いを吐いてしまうと、その人薬が手に入らないからこそ、皆海の底でもがき苦しんでいるのではないでしょうか。

ただ海の底から普通に戻りたくて光に煌めく海面を眺めているあなたに、私は言いたいー。

必ずその人薬は手に入ります。必ず分かってくれる人がいます。

普通に戻りたいー。

戻れますよ。

本当です。

ドラマの中で医師が言っていた通り時間はかかるかもしれません。でも立ち直っていけますよ。

私は、そういう人を知っているのです。

 

ドラマの感想ー。

いじめ後遺症で苦しむ前原茂雄。藤原竜也の存在感がこのドラマを重厚なものに仕上げたと思いました。

今も海底で息が出来ぬまま苦しむ茂ちゃんに、テレビ前で皆応援してしまったのではないでしょうか。

 

いじめられた側は生活を崩壊させてしまっているのに、いじめた側はなんでか弁護士や医者になっている。なんだか嫌な感じです。

いじめのリーダー格だった立花がいじめを認めたシーンなどで、その後弁護士事務所から解雇されたり、同僚からいじめに合うと言うシーンがまったくなかったことが残念でした。

でもこれは復讐劇ではないのですよね。

茂ちゃんの再生の物語だったわけで、「私のために生きて」と言った真帆の為に生き抜いていこうと歩き出したところで終わったのは良かったです。

 

だけどまたここでもスっごく正直な事を言っちゃいますね。

今の世の中、過去のトラウマで苦しんでいない普通に暮らしている青年男女、何でかあぶれている人がいっぱいです(私の周りには。)あぶれているんだから、トランプのカードのように組み合わせてみたいけれど、そうはいかないのが男女の中だと思うんですよね。

そんな世の中で茂ちゃん、真帆ちゃんGETでラッキー・・・って・・・

世の中の人が、すこぶる真面目に見ていらしたと思うのに、私、本当にちょっと思っちゃった(^_^;)

それからもう一か所、くだらない感想が・

同窓会で茂雄が入って行った時、「誰?」みたいな空気が流れたけれど、こういってはまったくの失礼な発言に他ならないのだけれど、凡庸な容色のメンツの中に、彼のようなハンサムな人が登場したら、少なくても女子は「まあ、だあれ?」みたいな感覚になるんじゃないのかって。

 

まあ、そのような低レベル感想はさておいてですが、しかしこの物語、大人の気配のあまりないお話でした。

もちろん登場人物は真帆の弟以外は皆大人ですが、彼らが少年だった時に大人だった人が、父と通りすがったような立花の上司と、昔の雇い主ぐらい。

その頃の教師の姿もなければ、一番の防波堤になってくれるだろう母親は、真っ先に逃げ出していると言う設定です。

この保護者であるべき大人のいない世界は、まさに茂雄の世界観なのだと思い悲しくなりました。

 

いろいろな事を考えさせられる良いドラマだったと思います。

 

そのドラマの重さにちょっと疲れてしまい、夜の転寝タイムを持ってしまいました。

 

その時に一瞬だけ見た夢に、鶴瓶さんのような学校の先生が出てきました。

「先生な、アンパン買い過ぎてしまったんや。先生をデブゥにしたくなかったら、これ一緒に食うて。たのむわ~。」と、茂雄と一緒に笑い合っていました。

 

手を差し伸べていけるのは、家族と縁した大人たちだけ。

 

でもいじめは子供たちの専売と言うわけではなく、大人の世界にもあるのですよね。

ネットの世界にも。

自分がいじめる側になっていないか、心の内に聞いてみると言う時々のセルフチェックは必要な事かもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

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「あさイチ/プレミアムトーク☆竜也」

2016-02-21 16:52:18 | テレビ・ラジオ

― 情けない事に、私の場合は常に「予定は未定であり確定ではない。」に終わってしまう事が多い事です。

昨日の私の(ブログの)予定。午後に「あさイチ」の記事を書いて、夜には「海底の君へ」の感想を書くと言うものでした。いわゆる竜也祭りの予定・・・・・

だけど近頃全体的に気力不足と言っていますが、家事をこなす能力に欠けて、午後から入れていたお仕事までに自由時間が持てず、夜はドラマの重さに疲れてグーグーと夜寝をしてしまいました。異常に早起きの猫どもの事を考えなければ、真夜中に書くところですが、明日の生活を思うと出来ませんでした。

と言うわけで、間抜けチックに遅れて、世間様の風の吹き方を無視しまして粛々と予定通りに行く予定です。―

 

 ※        ※        ※

ところがですね、ちゃんと書こうと思ったので再び見直ししてみたのですが、こちらも中身が濃くて40分の本編をまとめられません。見た方も多いと思うので詳しく書く事もないかと思うのですが、いつもなんとなく見逃してしまった方を念頭に置いて、ちょっとはお役に立ちたいなと思っているのです。でも今回の中身の濃いトークは無理かなと思いました。

本当は今回ばかりでなく、もうまとめる能力が低下しているのかも知れませんね。

 

その中で印象に残った事を拾っていくと、彼は「秩父の悪魔」と呼ばれていたと言う事です。

やんちゃだった中学生時代。

その悪戯っぷりは2009年の「A-Studio」の中で暴露されていたことを思い出してしまいました。具体的な悪戯っぷりは後々に残ってはと思って書き込んでいないのですが、本当はちょっとは覚えています。その記事は一応ここです。→「「A-Studio」☆竜也

しかしあの番組を見てニヤニヤしていた時から、早くもほぼ7年・・・・うっそー!!

これはいったいどうしたことか。時がたつのが早すぎる。きっとこれも秩父の悪魔の仕業に違いない・・・・(妄想)

 

演劇の話になって、

「今度御一緒にいかがですか?」と竜也さんが言うと、イノッチの手ぶりが飲むと言うジェスチャー。

「いや、舞台で。」

有働さんに

「話の流れでどう考えてもそっちでしょう。なんでそうなるの。」とたしなめられましたが、いやー、愉快でしたね。

イノッチ大好きですよ。

 

有働さんとイノッチの司会ぶりは素晴らしいですね。

最近感激したことはという質問に、とっさに応える事が出来ないと言うと、すぐに自分たちの感激した話を入れて、ゲストに考える時間を与えるなんて。流石だなと思いました。

その短い間で「高校野球や高校サッカーを見る事が好きで感激してる。」と言うような事を言っていましたが、

最近感激したことはという質問で、パッと閃いたのが他局の番組関係だったりすると、どこまで話していいのか迷い、かえって思い浮かばないような気がしてしまうと思うのですよね。

- 最近、すぐに感動したりするのですがいきなり言われると思い浮かばない、というからくりはそこにあると思うのです。

「世界遺産」の話なんか出来ないですよね、NHKで。

 

私は剛太郎さんとの喧嘩の話は凄く好きなんです。本気でしていましたよね、二年間。でも世界の蜷川さんが間に入って手打ち。

蜷川さんは二人を同じ舞台で使いたかったのじゃないかしら。

おいおい、めんどくせいな、ふたり。もういい加減に仲直りしてくれよ~、ってな感じだったんじゃないかしら。

 

そして二人の再びの共演が、「ムサシ」だったのですよね。

間違えていたら申し訳ないのですが、確かそうじゃなかったかと思います。違う場合は「ちがう」と教えてくださいね。

でも何も知らないで見ていた「ムサシ」。記憶の中のそのお芝居の二人にスポットライトが当たります。そうだったのか、ムサシ~。

でも仲直りしてからの二人って凄く良いですよね。やんちゃ仲間のような気がします。

 

他のトーク番組で、剛太郎さんの竜也さんのカラオケが下手という発言にまじに怒ってみたり、それでも大阪公演での「ハムレット」を剛太郎さんが絶賛していたり、竜也さんの自主特訓に彼が付き合ったりと、二人の友情は素敵ですね。(プレミアムトーク以外でのお話です。)

 

失礼ながらあの年齢にして進化していく蜷川さんのお芝居。それに付いて行く事を要求される竜也さん。

作品に向き合って、ずっと頭から離れられずに苦しむことの連続だと語ります。

「何をやってもうまくいかないと感じる時がある。」

「幕が上がって観客が目の前にいる時も・・・。」

 

「ジュリアスシーザー」の時、楽屋でそんな事を言っていました。

ブルータスは凄い。ブルータスは正義の男だ。と言いながら群衆をブルータスの敵に回してしまう演説は、そんな苦しみの中から生まれていたのかと、しみじみと思いました。

 

「酔った藤原さんがどうなるのか映像を入手しました。」と有働さん。

「そんなものがあるわけない。」と竜也さんが言いましたが、出てきたのは「一回道」の映像。

 

どんなに良い事を格調高く語った後でも、「一回道」が出てきちゃったら、アウチですよね。

でもそれで良いのだ!!

それを含めて、藤原竜也っていう俳優が好きなんだから。

 

3月19日から始まる「精霊の守り人」、ロン毛の帝役の竜也さん、楽しみですね。

   

 

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「世界遺産 オーストラリアスペシャル」をゆっくりと。

2016-02-20 18:10:17 | テレビ・ラジオ

今日の夜には藤原竜也主演で「海底の君へ」をやるので、この際、書き逃していた彼の番組の感想を軽く書いておこうと思います。

1月10日と17日に放送された「世界遺産、オーストラリアスペシャル」はサラーッとは見ましたが、なんか可愛いな、なんか綺麗だな、なんか・・・・と思っているうちに2日ともあっという間に終わってしまいました。

そうだそうだと思って、しみじみとゆっくりと見てみました。

 

しかしあれですね。

 

ゆっくり見るとですね、今度は細かくあれやこれやと感心して「へえ」「ふーん」「むむ」と、ちゃんと記録しておこうなどととても無理なお話のような気がしてしまいました。恐るべし、「世界遺産」。勉強になります。

やっぱり、クジラを見て興奮している竜也さん、マンタと泳ぐ竜也さん、カンガルーにミルクをあげる事にはしゃぐ竜也さんなどにニヤニヤして見てましたと言うミーハー記事を書くのが無難なような気がしてしまいます。

 

しかし映像的にも見応えがありましたね。

ああ、行きたいなあ、オーストラリアって思いました。

 

このままだと本当にメモみたいなので、もう少しだけ書き加えますと、世界最長のサンゴ礁ニンガルー・コーストの巨大マンタの名前はウーピー。そのマンタの推定年齢が30歳ぐらいなんですってね。

人間に換算しないで考えると、生きてきた時間は竜也さんやうちの子供たちと近いわけで、私はそのマンタをなんか愛おしく感じました。

私たちがあんなこと、こんな事と生きてきた30年をこのマンタはこの海で、やはりこんな事あんな事と生きてきたのでしょうか。

「マンタと泳ぐと幸せになれる。」と言われているそうです。

 

もしもこの先、私がオーストラリアに行くチャンスが訪れる事があっても、マンタと泳ぐことはあり得ないことで、その海の中の映像は、幸せのおすそ分けを貰ったように感じたのでした。

エアーズロックにブルーマウンテン、みんな素敵な映像でした。

52度傾斜のトロッコに乗ってみたいし、青く霞んだ森の風景も見てみたいです。

でもこの先にそこを訪れる事が出来なかったとしても、この番組のそれらの映像でも良しとしようかなー。

 

そう言えば、続けて「あさイチ」の事を書こうと思っているのですが、

「高い所と水がもともと苦手」だった竜也さん。

それだとセスナ&マンタは、本当はけっこう勇気だして撮影していたのかしらと、ふと思ってもみたり・・・・ ^^

 

    

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軽いけれど重い

2016-02-20 00:41:34 | 梢は歌う(日記)

金曜日の夜はボランティアのお仕事に行きます。

寒さが和らいでくると、帰り道のバス待ちも楽な気分になってきます。寒いと、「早くバスよ、来い」と念じる事に終始してしまいますが、今日ぐらいの暖かさであれば、ぼんやりと待っていられるので嬉しいです。

今日読んでいた雑誌によれば、ぼんやりする時間は決して無駄な時間ではなく、ボーっとした状態で寧ろ活性化している脳の部分があるのですって。

隙間時間を有効利用しようとキュッキュッと詰めて生きる事が素晴らしいとは言えないって事ですね。

 

書きたいことが溜まってしまったので消化しようと、今日はブログ記事を複数回アップしようと思ったのですが、けっきょくは今日と言う日の日記ばかりになっているように思います。

でも今日と言う日の分はたまらなくていいかって所ですね。

 

夫殿が退院してきてから、私のポケポケぶりってないです。

なんか疲れちゃってと言うのもそうですが、なんか気力が戻ってきません。なので最低限の外出だけで引きこもっています。1月はほとんど毎日お出掛けしていたので(病院に・涙)、もう本当に家にしがみついていたいのです。

どこにも遊びにすら行きたくないような感じ。

それじゃだめだなと、行きたいところを思い描いてみました。

大江山・・・とか?

やっぱり欲を持つ事が大切な事なんですよね。

 

夕方、今日のお仕事以外のボランティアの方からお電話がありました。ずっと研修をしていて、そのボランティアデビューをしようと思っていた昨年、病気になり延期になっていたのです。そして復活と思ったら夫の入院。そしてまた延期。

その復活予定のお電話だったのですが、それで思い出したのですが、なんと昨日、それの研修会があったのでした。すっかりポンと記憶から抜けていました。

大丈夫か、私。

その予定を手帳に書き込んだ時、私は嬉しかったし楽しみにしていたんですよ。

でもきっと、昨日思い出したとしても行かなかったかも知れません。引きこもっていたいので。

 

そんな私なので、今日のお仕事も家を一歩出るまでは、あまり乗り気にはなれないのですが、行くと楽しいそんな場所です。

 

中学三年生の男子は皆受験も終わりお気楽ムードでした。

でもその時にかわされた会話はいじめについてでした。ちょっと難しい子供たち。みんないじめられた経験があって、そして学校の先生の無理解にも苦しんでいました。

もちろんこの話も詳しくは書けません。

でもひとりの少年が今日あった嫌だった話をしました。するとそれを聞いていた少年が、そんなやつは階段から突き落としちゃえばいいよと言ったのです。その時、その場には私と他の少年が二人いたのでしたが、その過激な言葉を聞いて、「えええ」と言う感じ。

すると話していた少年が

「そんなことできるわけないじゃん。」と言いました。

三人揃って、うんうん、そうだよなあと納得しながら聞いていると、その少年は

「だって俺らの教室、一階じゃん。階段無いから。」

 

思わず三人コケマシタ~!!!

「そこか~!!?」って。

 

今日は一日イライラしてたと言う少年。

でも最後にみんなで笑い合えてすっきりしたみたいです。

 

別の少年がやはり体験談を語りました。

いつの間にかみんなに殴られる存在になってしまった。でもそれよりも辛かったのは学校の先生に無視されることだった。まるで今、起きている事がないかのようにふるまう担任だったと。

「だけど次の学年の先生が僕の事を好きになってくれたんです。僕はそれが嬉しくて、それで救われて変われたんだ。」

 

それは犯罪だろうと言うような事も、「いじめ」と言う便利な言葉でくくってしまう特別な社会である学校。

そんな狭い社会の中で、いじめにあっている子供は自分では解決など出来る事は稀だと思います。

 

やはりそこで力を発揮できるのは大人の力だと思うのですが。

それなのに逆にその守ってくれる大人に無視という形で苦しめられている子供たち。

 

「先生が僕の事を好きになってくれたんだ。」

 

今日、その言葉は私の心に深く残る言葉になりました。

 

 

 

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お散歩&名言じゃん

2016-02-19 15:58:11 | 梢は歌う(日記)

季節は春ー。

桜の季節はこれからでも、「今」を見逃すところでした。

今日は、まだ自宅療養中の夫とランチはお好み焼き屋さんに行って、お腹いっぱい食べてきました。

最近過食気味で非常にマジィ状況に陥っています。

 

ええと、今日の夕方からダイエット、また頑張ろうと思います。

行き帰りはお散歩しながら帰ってきました。

 

どこかに行かなくても、また公園などを散歩に行かなくても、花は街を彩っていました。

 

 

畑の中の梅。

この樹は一番の盛りの時は過ぎてしまったように感じました。

 

でも個を見れば、まだまだいけると思います。

 

老いていく女。

だけれどその人の中には、まだまだ花は咲き誇っていて決して枯れてなんかいない。

そんな感じがしたのでした。

 

ところで私、最近「なるほど !」と思った事があるのです。

礼儀正しい子供は今も昔もいて、無礼なやつも今も昔もいると思います。

これはその礼儀正しい方の子供の一言です。

 

「ありがとうございます。この御恩は忘れるまで忘れません。」

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