森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

日光浴ノート2017☆イタリア大使館別荘記念公園

2017-10-31 17:32:28 | お出掛け日記

2015年に日光に来た時も、本当はここにも来たかったのです。

だって名前が素敵じゃないですか。

そこで優雅に珈琲なんかを頂くとか、想像しただけで楽しいと言うものです。

と言うわけで、今回は行ってきました。

優雅に珈琲を頂く映像的イメージこそは違ってはいたものの、やはり素敵な場所でした。

因みに珈琲はいただけますが、紙コップで飲むと言う方式で、まあ、旅の途中なのだから仕方がないと言う事で。

だけど決して美味しくないと言うわけではありません。

珈琲が飲みたかったので、嬉しかったです。

星子さんが言いました。

「ゆがみガラスが好き。」

と。

そう。

私も好き。

なんでかな~。

古き良き時代のノスタルジックな感傷が呼び起こされるからでしょうか。

 

ガラスを意識して撮らなかったので、ゆがみガラス(手延べ板ガラス)とは分からないと思います。

 

 

外側からイタリア大使館別荘を見ると、ちょっと分かるかもしれません。

 

中禅寺湖の良いところに建てましたね。

上の画像の白い階段を下りて行った先の桟橋にて。

 

 

 

 

水は凄く澄んでいて、泳ぐ魚の姿も見えました。

 

振り向けば、秋の日の詩のある風景と言う感じ。

八方出島も目の前です。

やっぱりここだけはイマイチな感じです。

きらきら光って欲しかったなあ。

向こうから遊覧船がやって来ました。

この時はもう、庭の丘の上に居たのですが、何やら注意喚起のアナウンスが入りました。

何かしらと思ったら、さっきまで私たちがいた桟橋は、遊覧船が通り過ぎた時に来る大波でずぶ濡れになっていたのです。

凄く穏やか雰囲気を醸し出していると言うのに・・・。

遊覧船が、あんなに大きな水しぶきを上げるなんて、知らない事でした。

ざばーんんん !!!

ってな感じ。

まだあそこに立っていたら、大変な悲劇に見舞われたと思います。

 

 

ああ、秋の日はやっぱり

 

 ロマンチックよね。

 

そして次は、

「イタリア」に行くんだから「イギリス」にも当然行くでしょう。

しかも二つ合わせたチケットは、300円と、別々に買うより100円もお得です。

と言うわけで、次の「日光浴ノート」は英国大使館別荘です。

 


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日光浴ノート2017☆半月山展望台から

2017-10-30 15:08:14 | お出掛け日記

中禅寺湖バスターミナルからバスに乗って、次は「半月山展望台」に下車しました。

このバスルートは本数が少ないので注意が必要です。

本当は、その手前の「イタリア大使館別荘記念公園」の所で降りるはずでした。

でも星子さんが、そっちまで行くとバスの中で言いました。

何の問題もないので、もちろんok.

いや、むしろ、行って大正解でした。

今度の旅行の心の満足は、この風景から得る事が出来たと思うのです。

 

この場所での滞在時間は、乗っていたバスが、先に行って折り返してくるまでの20分です。

でもそれで十分です。

あるのは美しい景色だけですから。

他には何もありません。

トイレもありませんから、そこは要注意です。

 

それから、この旅行記の中にも、なんとなく行き当たりばったり感が漂っていると思うのですが、

「もう今回はここだけのルートね。」

と、最初から決めていれば、バスターミナルから

すべて歩くと言う手段もあったようです。

なんかそれも良いような気がします。

次にこのルートに来る事があれば、今度は歩きが良いね、星子さん、愛子さん。

そう思わない?

って、読んでくれるかな~?

 

雲が動いて、そのたびに風景が変わります。

本当は同じ景色なのに、心のテンションもあがったり下がったりです。

 男体山!!

 下の画像は「八方出島」。

日光なのに日光不足。

ここはちょっと晴れ間が見えて日が差し込んだら、本当に綺麗だったと思います。

 左側に小さく見える丸い島は「上野島」

 

注:「同じじゃない?」は禁止です(笑)

 

 

そして再びバスに乗り、次は前から行ってみたかった「イタリア大使館別荘記念公園」に向かったのでした。


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1000日。

2017-10-29 02:59:14 | 梢は歌う(日記)

2020年の東京オリンピックまで10月28日で1000日になりました。

オリンピック開催に関しては、いろいろと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、私は、多くの外国からのお客様を迎えるビッグイベントでもあり、かつての元気だった頃の日本の幻影を追い求めるわけではありませんが(少々、ありかも)、やっぱり成功して欲しいです。

このオリンピック開催が決定した時に、ちょっとある年代以上の人は思ったのではないでしょうか。

「生きていたいな。」と。

 

若い君らには分かるまいー。 ^^

 

だけど命ばかりは、その有る無しはみな平等に明日の事は分からない事なのですが、若い年代の人には同じようには思ってもらいたくはないです。やはり縁起が悪いような気がしてしまうと言うか、生きる力のみを信じて生きて欲しいと思うのです。

 

ただ、中年しかもそれの後半(見栄を張って後半の入り口)に居て、加えて病気持ちにもなってくると、そうとばかりは言えないのですよね。

あえて使わせていただきますが「ご老人」と同じような気持ちになってくるのです。

だけど「生きていたい。」と言うのが目標とは、マックス高い目標でもありながら、少々微妙なような気もしないでもありません。

 

1000日とは、なんとカウントしやすい目標を立てやすい数字ではありませんか。

例えば英語のセンテンスを、毎日2個ずつ暗記するでも2000センテンスを覚える事が出来るわけですし(人間は忘却する生き物であると言う事は、この際忘却の彼方に押しやることにする)、毎日1首、歌を詠めば、それこそ1000首になるのです。

そんなに大きなチャレンジをしなくても、今毎日やってることを継続させても良いですよね。

毎日撮った一番好きな写真をブログにアップし続けるとか。

一日6000歩の計算で1000日なら、600万歩歩いたことになるし、いろいろと楽しい計画も立てられそうな気がします。

一日過ぎてしまいましたが、それはどこかで補完して、この1000日を自分なりに楽しむと言うのはどうでしょうか。

自分自身の、裏オリンピックみたいなものですね。

 

※       ※         ※

 

今週もいろいろと頑張りました。

フゥフゥと言いつつバタバタしてるまに10月も終わりに近づいてきました。

ちょっと気持ちが焦りだしました。

 

 


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日光浴ノート2017☆ドウダンツツジは真っ赤だけど

2017-10-27 01:27:23 | お出掛け日記

しかし人間の旅心などは渡り鳥のそれとは意味も違うし、まして葉っぱが赤くなったからと言って気持ちが動かされるなんて、人間だけの感情に相違ないと思います。そして特にその感情は、年を重ねるほどに顕著になっていったのではないでしょうか。子供の頃や若い時は、綺麗だなとは思う事はあっても、感動まではいかなかったように思います。

つまり

「今年の紅葉を見なければならぬ。」と言う想いに駆られるのは、(中年の)人間の証ともいえるかも知れません。

中禅寺温泉バスターミナルのドウダンツツジは、燃えるような赤でした。上の画像の前で、かなり長い時間写真を撮っているペアもいたほどです。

だけど別に日光で見なくてもと言うのも、ほんのちょっぴりな本音です。

それでも赤いとついつい写真なんか撮ってしまうのですよね~。

 

 

 

バスターミナルの観光案内所を背にして、右に行けば「華厳の滝」で左に言えば「中禅寺湖」になります。どちらにしてもここから数分の所にあります。

最初に「華厳の滝」を見に行ったので、次は中禅寺湖です。ほんの数分です。

 

赤鳥居の横。

そこから見えるサンライズピアで、誰かがプロ―ポーズをしていました。

今時風ですね。

しっかり撮影していました。きっと結婚式の時に、その映像なんかを使うのかなと思いました。

結婚式は盛り上がりそう。

でも私はなーんか詰まらないような気がしたな。

それで思わず

「プロポーズした途端に、パアァと晴れて日の光が湖中にさす・・・。

そのくらいの演出が欲しいね。」

などと言ってしまいました。

 

それと言うのも、日の光のない湖は、なんか寂しかったのです。

 

 

 

 

 

ほんのちょっぴり、幻想的ではあったのですが。

 

その後私たちはバスに乗り込んで次の所に移動したのです。

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日光浴ノート2017☆霧の中の華厳の滝

2017-10-26 02:10:32 | お出掛け日記

今年も心の日光浴をしたいと思い、大好きな「日光」に行ってまいりました。

山は確かに燃えていました。心の日光浴はOK。

だがしかし、リアルお日様はかなりの不足。

お日様~。どこ~!!!

 

今回の旅は日帰り。

メンバーは近頃いつもご一緒の星子さんと愛子さんと、このワタクシ花子の三人でした。

あっ、そういえば、このブログ内での私のハンドルネームはkiriy なのですが、どうしてもこのトリオの時は、私は花子じゃなくては都合が悪いのです。なんたって

「天には星  地上には花  人には愛が不可欠である」から取った名前なのですから。

―まあ、美しい私たち♡ ・・・・・名前が。

 

そしてこのお仲間は、やっぱりどこか私と共通点があると思っていたら、やっぱりそうだったんだと近頃うすうす気が付てきたことがあるんです。

つまり、何気にこの人たちは無自覚でありながら「たどりつけない女」の仲間だわよ。

この「たどり着けない女」って言うのはね、結局はたどり着いてメデタシメデタシになるのですが、ただそこに行くまでにドラマが生まれちゃう女って事なのですが・・。

今回の旅でもね・・・・って、それは最後に書きますね。

 

そんなわけで(どういうわけじゃ。)、見る予定のなかった華厳の滝に行ってきました。

日光と「華厳の滝」ってセットだと思うのですが、どうも子供の時に見たその滝の印象が悪かったのか、ちっとも魅力を感じていなかったのです。

ところが台風の通過の翌日で、水量が半端なく多く滝壺に落ちて行く様の見ごたえ十分で、華厳の滝を見て初めて感激したように思いました。

 

但し濃霧発生中。

まったく見えない時には迫力のある音に耳を澄ませていました。

 

 

私的には、ケッコウ頑張った方じゃないかと思います。

 

 

しばらく、日光の写真お出掛け日記が続きます。

 

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ちょっと早めのハロウィーン♪

2017-10-23 01:18:03 | 梢は歌う(日記)

自宅での仕事を「>」のように自然消滅するまでと縮小させてきました。

それで10数年続けてきた自宅でのハロウィーンイベントも無くなって、とうとう昨年は飾付すらしませんでした。

その記事は→「ハロウィンナッシング

でも今年は子供会の子供たちが回ってくると言うので、

玄関に飾付をしました。

 

 

だけど外に飾ったのは、当日の朝。やはりその前から外にアピールするのは、ちょっと躊躇いがあるものです。

最初は、外のリース以外は家の玄関の中にだけ飾っていました。

影で不気味になっています。↓

なんだかんだと言って、上のマットは今年買ったのですよね。

このどうでも良いように飾ってある花の飾りは、子供たちが見る事はないのですが、

やっぱり季節を楽しむ余裕を持ちたいと言うのは、今年の私のささやかな決意でもあったので、ちょっと玄関の模様替えとして買ったのでした。

その前はこれ↓

「ザ・夏」と言う感じでしょう。好きだったけれど仕舞いました。

この時、模様替えをしていると必ずやってくるあんずさんです。

 

このオレンジのタペストリーはインパクトが強いので、玄関になんか飾ったら夫とかに嫌がられるかと思ったけれど、

何も言われなかったのでそのまま飾っておきました。

 

そして当日の朝、外に出したのです。

 

子供たちがやって来て玄関が開いたら、魔女の帽子なんかを被っている私が出てきて、ちょっと吃驚したかも。

これが10年ぐらい前だったら、

「魔女の家に来たのはだあれ。」

なーんて言える若さがあったのだけれど、もう無理だわ、さすがに。

 

 

               

で、その時に先日押入れ前の棚を整理して、プレゼント用に買ってあった鉛筆がたくさん出てきたので、

「鉛筆もあげます !」と一本ずつかぼちゃの入れ物から取ってもらって、

小学生の子供たちには凄く喜んでもらえたのだけれど、

まだ就学前の小さな子供が

「お菓子じゃなかった~!!」と泣き出して・・・・

ゲゲゲ

あげる順番、間違えた~と思いました。

 

最後に「ありがとうございました~」と声を揃えて子供たちは言い、

お菓子を貰えないといたずらをしちゃうような子供はいませんでした^^

 

お母さんたちにもお礼を言われたけれど、

楽しい時間をプレゼントされたのは私の方です。

 

「ありがとう、子供たち。」

 

 

 


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池とおじさん

2017-10-22 15:06:50 | お散歩&写真日記

真夜中に書いた「昨日まで、今日まで、そして明日は」もよろしくお願いいたします。

今日は選挙です。まだの方はぜひ今から行きましょう。

※            ※             ※

また明日からの1週間、あれやこれやと詰まっているので、これまでの事で書きそびれている事を、わいのわいのと更新してみたいと思います。

(と言っても、いつもそうそうは更新できないのですが、まあ、とにかく頑張りたいかな。)

 

最近と言うか、ずっと細々ではありますが、私のブログ内で読まれ続けている記事に「植木等の「花とおじさん」」があります。

植木さんがモデルのドラマをやっていたからかもしれませんね。私は見そびれちゃって残念です。

先日の「世にも奇妙な物語」の「夜の声」は、その「植木等の・・・」の記事内の書いたショートショートと同じような雰囲気があるなあと感じてしまいました。もちろん20世紀が生んだ天才様の作品と「同じような」と言うのはおこがましきことであり図々しい事ではあるなとは十分に分かっている事であります

あのショートショートは植木さんの追悼の意味で「花と小父さん」の歌のイメージで書いたものなので、気が付いてはいたけれどあえて書かなかったのですが、少女は何処に葬られたのかと言う事は自分的には凄く気になっていたことだったのです。

少女は花の精霊とでも思えれば、それでもいい事なのですが、本当はもう何者にもなりたくなかった者で、どこからか逃げて来た者だったのかもしれません。

そして最後は何処の誰かも分からないまま、つまりどこのだれかと言う事から解放されて何者でもない少女になって死んでいったのかもしれない少女。

だけどその最後に日々だけは幸せだったのです。・・・・なんてことをぼんやりとセルフ補てんしています。

そんなことを思っていたら、思わずこの記事のタイトルが「池とおじさん」になってしまいました。(笑)

 

私の愛する街の中の森、10月12日に「こんぶくろ池」にまたまた行ってきました。

街の中にありながら、あまりに普段ひっそりとしているので一人では行ってはいけないと姉や友人に言われるようになってしまいました。この日はお友達と一緒。久しぶりの「こんぶくろ池」でした。

自分たちだけかとはしゃぎながら入って行くと、男の人がそこで電話をかけていてドキリとしました。

すると電話を切った男の人が、手招きをするじゃないですか。

 

男の人は「こんぶくろ池」を綺麗にしたり観察したり、保全に努めるボランティアの方でした。

危険なので、この池でザリガニ釣りは禁止です。でもザリガニは定期的に駆除しないと増えてこの池の自然が守られないそうです。そのザリガニ釣りに来ていたのですが、その時に飛んでもないものが掛かったと言って見せてくれたのです。それはこれ↓

 

 

なぜこれが飛んでもないものかって言うと、(私は詳しくないので、今では全くこれこれこうとは語れませんが、)、どうもこの辺によくいる外来種ではなかったみたいなのです。

 

それからこれも。

このお魚は・・・

この池の魚と金魚とのミックスみたいなんです。

「金魚 !? 」と聞いて吃驚しましたが、きっとここに金魚を放しに来た人は、その先にどんなことが起きるのかを思う事など出来なかった事で罪の意識などもない普通の人だったと思いました。例えば幼稚園児のお母さんとかも可能性としてありだったかも。

男の人は二度ほど、この池に金魚などを捨てに来た男を捕まえた事があると言っていました。同じ男です。その人は分かってやっているので、ふと心の中で妄想した幼稚園児のお母さんとは違います。

「こんぶくろ池」はあるがままの自然を大切にしている場所なので、決して飼いきれなくなった金魚やカメなどを放しに来てはいけない場所です。

 

嬉々として話、仕事する男の人は、まるで少年のようでした。

 

私はこのボランティアを前から知っていました。と言うのも、やりたいなあと思っているからです。

友達から「やりたいことがいっぱいあるのね。」と言われましたが、確かに確かにと言う所です。

だけど今はお出掛けが多くなりすぎてしまうので、ちょっと我慢しています。

 

今回の新しい発見は、この「湧水口」です。

 

 

 

 

 

だけど綺麗なところだと思いませんか。

 

   

 

私「もう、どこにも行かなくてもいいんじゃない?」

星子さん「植わってる木の種類が違うでしょ。!」

 

なるほどな。

ここの木々の深い秋の姿はどうだったのかしら。またその頃来てみたいと思います。


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昨日まで、今日まで、そして明日は

2017-10-22 02:44:53 | 梢は歌う(日記)
 
あけぼの山☆コスモス2016
千葉県柏市にある「あけぼの山」には何回か行きましたが、タイミングが凄く良かったのか、今までで一番綺麗なコスモスの風景に会えたような気がしました。昨日は秋晴れ。夫と一緒に行っ......
 

上の囲みは昨年の10月21日に投稿したものです。

昨年の今頃、夫は退職して家に居ました。普段は花などに興味のない夫を誘って行った秋のお花見です。

今年の今の生活を思うと、あれは昨年の事だったのかとはまったく思えない、遠い昔のような気がします。

ここまで書いた、たった今、もも吉が来ました。まったく、もう。ママの真夜中ひとりまったりタイムを奪わないでよ。

昨日は、日曜日は選挙なので「選挙に行こうキャンペーン」の記事を長々と途中まで書き込んでいたと言うのに、結局、ももがキィボードを枕に寝ちゃうもんだから挫折。

もう日付が変わってしまったので、本当は昨日と書くところですが、就寝前なので「今日」と言う事で話させていただきます。

 

昨日、途中で終わった記事を今日書くことは叶いませんでした。

と言うのも、今日は一日、かなり頑張ったからです。

毎日毎日が朝から晩までと言うわけではありませんが、そんな日が週の中に数日入っていると、主婦はなんたって夕食を作らなくてはいけないので、結構大変です。

今週と来週、あえて言えば11月も乗り越える・乗り切るという気持ちが少々。

と言っても、別に誰かにやらされているわけでもなくて、ゼイゼイ言っているけれど好きな仕事、フゥフゥ言っているけれど自分で望んだボランティア、ブーブーと言っているけれど意外と達成感がある自治会の仕事、そして後はワーイワーイと楽しみにしている遊びです。(その隙間に家事(^_^;))

ただスケジュールが重なると「何か生き急いでないか、私」とか感じてしまう時もあるのですよね。

 

確かに一日はあっという間に過ぎて行ってしまうけれど、一日の終わりには、あれやこれやとその日の出来事が思い起こされて、意外と一日は長いなと感じるのでした。

 

※         ※        ※

今週の私、もしくは昨日までの私はー。(単なる自身の備忘録なので、どうぞスルーなさってくださっても良いですよ。)

歯医者に通院。自治会の新聞を作って発行・配布完了(やれやれ)。←今週はこれがメイン。

電話がなかなか通じなくなってしまった病気の友達の近況が知りたくて、情報通の知人に電話をして2時間近くも話してしまった。久しぶりの電話はそれなりに楽しかったのだけれど、電話代が怖い。

もっと怖いのは、私と電話でおしゃべりをしたことが、その翌日には違う人との話題になっていたこと。(やっぱり彼女って・・・。)

なんでそれを知っているのかと言うと、その違う人が私に教えてくれたから。(なんていうか狭い世界で生きている私。)

火曜日以外、毎日仕事に行っていた。しかも時間が長め。(次回お給料日が楽しみだ。)

押入れ前の棚の片づけをした。

衣替えをした。(衣替えをしない生活を目指して着々と進めてきたので、今回はあっという間に終わった。衣替えをしない生活まであとわずか。)

新しく始まったドラマは皆面白そうだ。

ってな感じかな。

 

そして今日は、子供会の子供たちが早めのハロウィーンでやって来た。(別記事に書こう)

その後買い物。三日分&ニャンコ分。台風対策でまとめ買いしたようなもの。昼食後にコインランドリーにまたも行った。(思う事あり。)

その後、乾いた洗濯物を片付けてから、今日は一か月一回のボランティアに行ってきた。行く前はスキルがないのでいつも憂鬱になる。だけど帰りは「やった感」で満たされて足取りも軽くなる。帰り道、いつも腹ペコ猫と遭遇する。貰ったカステラを半分分けてあげた。猫と話していたので、電車に一本乗り遅れる。

夜は鍋。

そんなものを食べていると、一人で暮らすラッタ君は何を食べているのかと気にかかる。

 

また明日は、誰も歓迎していないのでいらっしゃらなくても良いと言うのに、台風さんがやってくるらしい。

だけど明日は選挙 !!!

民主主義の本当の敵は「無関心」なんだって思うよ。

 

 

 

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相棒16/第1話「検察捜査」

2017-10-19 00:32:39 | ドラマ(相棒)

あるシーンで、思わず犯人の平井にちょっとだけ同情してしまった。

子供の時に家に居た家政婦のキヨ(?)。 彼女に子供の時に可愛がられたと言う平井。キヨは自分の事を心配しているだろうと思う・・・・。

だけど本当は彼女は心配するどころか、悪しざまに彼の事を罵倒していたのだった。

本当にろくでもないやつだった。まともな大人になんかなれないと思っていた。誰かを殺したと聞いても驚かないと。

99歳の老婆のこの発言には、微妙な説得力があった。

だけれど、かつて家に居た年老いた女性に乳母のような幻影を抱く平井に、右京は本当の事は言わない。そのことは事件の本筋には関係ないから。

 

だけどそこに平井の本当の妻殺しの動機があるように感じてしまったのだった。

要らなくなったものは、とにかく燃やす。バンバン燃やす。要らなくなった妻。それらを燃やすことに固執した平井は、彼女たちを燃やすために殺したのだと推理されている。

ある種のサイコパスとの対峙。

なかなか面白い。

 

でも彼がだしてみたと言う告訴状(脅迫によって自白させられた)に、青木の日下部の、そして衣笠の思惑が絡む。

捜査権を持たない特命の捜査を立証して、特命をつぶそうとする。

これは好みの問題だけれど、ドラマと言うパラレルワールドの中では科捜研や温泉の女将だって捜査しちゃうんだから、別にいいじゃんと思ってしまう。

だけれどいつも「相棒」はリアルと被る。

「相棒」の後のニュース番組の中で、自白は強要されたものでゆえに無実と主張する男の事が報道されて驚かされた。

 

今回は拡大スペシャル。二時間のスペシャルではなく、なんとなく半端な感じがしたが続きものだった。次回も15分の拡大スペシャル。

いや、まてよ。

HPには「9:00~10:09」と書いてある。なのに『15分拡大スペシャル』とはこれいかに。

 

アラっ、ごめんなさい。細かい事が気になるのは、私の悪い癖なの。

 


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世にも奇妙な物語「夜の声」

2017-10-17 21:54:08 | テレビ・ラジオ

かなり遅れてしまいました。 (^_^;)

※     ※

前にも書いたことだけれど、我が家ではもう「世にも奇妙な物語」は見ない。

「今日も何も見るべきテレビがない。」とその日夫が断言したので、「あっ、そう。」と見逃すところだったのをふと思い出し、しっかりと録画予約を入れたのだった。

「俺、昔は見ていたのに、いつの間にか嫌いになっちゃったんだよなあ。」と彼は言う。

たぶんそれは悲劇や後味の悪い作品が多いからだと思う。番組の性質上、そうなることはやむを得ない。中にはホンワカする物語もあったと思うけれど。

 

だから藤原竜也がこれに出ると聞いた時、ドキドキしたのだった。悲劇や嫌な結末になったら嫌だなあと思ってしまったからだ。

 

結局その時間になると、夫殿はちゃんとそのチャンネルに合わせてくれたわけで、久しぶりに見た「世にも…」は結構面白かった。

CMに入る前に「ついに藤原竜也登場」みたいな言葉が入り、ちょっと笑ってしまった。

言うなれば、今回の「世にも」の見せ所ってなわけなんだな。

「看板」と言うべきなのか。こういう時なんて言うのだっけな。近頃、知っていた言葉もサラッとでなくなって危ないったらないな。

 

そしてこの「夜の声」、ラストを飾るにふさわしい内容だったと思う。

 

自己申告でバラシているわけだけれど、私は相当泣き虫。だから「泣きました。」と言っても、あまり評価には役には立たない。だけど本当に心の芯に届くと、私はひとしきり泣く。思い出してはまた涙する。「夜の声」はそういう作品だった。

 

「ユリ、あの暮らしは楽しかったね。」

 

この最後の手紙に書いた言葉は原作通り。これが脳内で藤原竜也の声で再生されると、私はやっぱり涙が出てきてしまう。

死は逃れる事が出来ないすべての者の約束事である。死自体が悲劇と言うわけではない。

土下座する者にさえ冷酷であった若きCEOの男は週末だけホームレスになると言う変わった趣味を持っていた。そこに彼が求めていたのは、透明人間のようだと感じる事だったのか。笑いさえ、その時の彼には乾いたような笑い方しかできなかった。

だけどユリと出会いって、週末だけ一緒に暮らして・・・・・・。

 

男にとっては、その場所は虚構の世界。だけどユリにとってはその場所こそが真実の世界。

結婚することによって、自分にとっては虚構の世界であるそこからユリを引きずり出しても、男の真実の世界はユリにとっては虚構の世界。

よく見れば分かるだろうと言う事は意味をなさない。

二人はねじれの関係のように交わることが出来ずに、とうとう悲劇が起きてしまう。

 

だけどこれは悲劇なのか。

男は最後の力を振り絞って自分を刺した女の為に、自殺したかのように遺書を書く。そしてユリが自分がいなくなってしまった事を少しでも嘆くことがないようにと手紙を書くのだった。それはまた、決して彼女が自分の愛する人を、自分で手をかけてしまったと分からぬようになのかも。

 

ホームレスの仲間が、その手紙を家があった場所に届けに行くと、二人で幸せに暮らす幻影が・・・・・。

あの演出、凄く良かったね。

凄く良かったよ。

二回も同じことを言っちゃったっ^^

だって、思い出したら、また涙が出てきてしまったから。

 

幸せだったあの時間は、決して消える事がない永遠の時間なんだよね。

 

それはね、あのドラマの中の話のみではなく、誰の人生にもある事なんだよね。

 

そしてこのお話は、氷のような心で乾いた世界に生きていた青年の、短い人生であっても、愛する他者を想うようになって行った成長譚だったのかもしれない。

原作も回想であっても、晴れ晴れとした表情でビルの隙間の青空を見上げるホームレス姿の男のシーンで終わるのだから。

 

 

 

 

 

 

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