森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

年末ですが、やはりドラマのまとめなどを。

2015-12-28 00:10:37 | テレビ・ラジオ

すべての2015年秋ドラマが終わってしまって、年末&新年の特番ばかりになってきました。〈新年はもちろんまだですが^^ 〉

 

特番はつまらないなと思いながら、なんでだかこの記事を書き始めた今は大食いのなんかを見ています。

見てると言っても「ながら見」です。

 

なんだか通常の家事でやる事が終わりません。

 

日曜日なんかだと、いろいろと夫殿がやってくれていることがあって、それを一人でやってると、結構大変だなあって思います。

平日なんかは普通に一人でやってるし、加えて仕事までしていると言うのに、この違いは何だろうかと思います。きっと「甘え」の構造があるのかも知れませんね。でも、ああ、なんか疲れた~。

疲れたと言いながら、年末だと言うのに、秋ドラマの一言感想をしておきたいと思います。

まあ、あまり意味もない事だとは思いますが。

 

月曜日はドラマ時間なし。

火曜日はNHKの「デザイナーベイビー」が終わってしまった後は、別に他のドラマを見なくても良かったのですが、惰性で「結婚式の前日に」を見ていました。

「デザイナーベイビー」は面白いと言う表現をして良いものかと思いますが、見ごたえがありました。そして胸が痛かったです。上の子供のドナーにするために次の子供を産むと言うのは、実際にあった出来事ですし映画でもありました。道義的にどうのこうのと言うより、自分だったらどうするのかと思ったら、誰にも問われていないのにオロオロするような気持ちになり、ドラマにも感情移入しました。

「結婚式の前日に」は死ぬシーンなどはない優しいドラマでした。これはこれで良いドラマだと、私は思いました。

 

水曜日はドラマディでしたね。

「偽装の夫婦」は録画で「無痛」をリアルで見ていました。無痛治療は人類の夢だと思います。だけれども心が無痛になる事はなく、その痛みを捨ててしまったら、人間以外のものになってしまうのだと思いました。敵役と言う言葉は当てはまらないかもしれませんが、それに当たる医師を〈調べないともう名前を忘れました。〉伊藤英明が演じ、このドラマの格をあげているなあと感じました。ほんのちょっとだけ「相棒」の感想の中でもこのドラマの事は触れました。

「偽装の夫婦」は、笑わせながら泣かせると言う遊川脚本。ものすごく面白かったです。

でも最終回のラストのラスト。なんだかかんだで結ばれたヒロとちょうじ。二人のインタビューシーンで、ちょうじはこっそりとたびたび浮気していると言う。ヒロとちょうじにはそう言う関係はない・・・・。

なぜ浮気を許す?

これはやっぱりライターさんが男だからなのかなと思ってしまったところです。男は性のさがには逆らえず、女が一番大事にするものは「心」の愛だとでも?

思わず心の中で

「オフェーリアよ、尼寺に行け。」とか言ってしまった・・・・。

とにかくゲイの人をパートナーに選ぶと言う事は、私はありだと思うのですが、それは女にとってある意味修行であるなと思ったのも事実。そしてそれなのに、ちょくちょく浮気するちょうじは、調子のいいヤローだなとラストのラストでポイントを下げました。

 

木曜日は「遺産争続」。

見る気はなかったのですが、夫が見ていたのをチラ見をしていたら、思わず嵌りました。

最終回はけっこう残酷。いや、醜い争いの元であったお金が無くなって、逆にみんなの心が一つになってハッピーエンド風・・・・。

でもやっぱり人のお金と言えども、あのような大金が燃えてしまうことには胸が痛みます。

そして、ラストシーン。

ややや、このドラマはここから始まるんじゃないのかって終わり方。向井理、一時期ちょっと嫌いな役者さんに入っていたのですが、好きに変わりました。

微笑よりもさらに微かに笑うって、難しいですよね。

 

金曜日は「コウノドリ」。

このドラマは、本当に毎回泣きました。

コウノドリ先生が「赤ちゃんもお母さんも両方助けるよー。」と言うだけで、ジーンとしました。

このドラマで自分の事の何かと重なって見てしまった人も多いのではないかと思います。出産の現場には星の数ほどのドラマがあると思います。時には声をあげて泣きました。

続編希望です。大好きでした、このドラマ。

そしてやっぱり綾野剛は好き♡

 

土曜日は「掟上今日子の備忘録」。

これは意外と丁寧な謎解きミステリーだと思いました。

加えて新垣結衣が可愛すぎる。更に加えて厄介と今日子のちょっとだけ進む恋のゆくえも気になり見ていました。

 

日曜日はやっぱり「下町ロケット」。

以前wowowで三上博史が佃航平を演じ、それがあまりにも面白かったので、最初はあまり見る気がしなかった「下町ロケット」でしたが、6話からは「ガウディ計画」と第二部に突入するとかで、そのちょっと前から見始めました。

やっぱり面白かったですね、このドラマ。

 

大河と朝ドラはこのリストから抜いてあります。

 

そして今日、水曜日が最終回だった「おかしの家」をやっと見る事が出来ました。

このドラマは、本当に良かったです。

美しすぎるオダギリジョー。でももう彼はイケメン俳優だなんて言ってはいけないような気がします。

脚本家として成功した三枝。でも彼は何かを見失って太郎に絡みます。

第二話で藤原竜也演じる武蔵が

「お前たちはそれで良い。」と言うような事を言ったじゃないですか。「さくらや」の裏庭で、意味もなく時間を過ごしていたあの時代。その時間がいかに大切なものであったか、失ったものはいつも輝いて見えるのでしょうか。

太郎に、三枝をあの時のようにハグしてあげて欲しかったと思いました。

そしてこのドラマもまるで映画のようにラストシーンが美しかったです。

具合が悪くなってしまった祖母の所へ駆けつける太郎と礼子。

きっと彼女は・・・・。

でもそのシーンはなくて、今は無くなってしまった「さくらや」の店先で

「今日もお客はさっぱり来ないね。お茶でも飲む?」と二人で微笑み合うところで終わるのです。

 

今期のドラマは、まるで秋の豊作祭りのような秀作が多かったと思います。

どれも好きでしたが、もしも一つだけ選ぶとしたら、私はこの「おかしの家」が一番だったと言うかもしれません。

 

ドラマ制作の裏側は、相当バタバタしてるかもしれませんが、ドラマには映画とは違ったドラマの良さがあると思います。それでもドラマの褒め言葉の一つには「まるで映画のようだった。」と言うのがあると思うんです。

その言葉を人が発するのはどうのような時なのかと思うと、そんなところに良作へのヒントがあるのかも知れませんね。

 

そしてまた来期も、ドラマ好きな私たちを楽しませていただきたいものです。

期待しています。

 

エッセイとは言いづらいものがありますが、押してくださると助かります。

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やっと。

2015-12-27 02:06:47 | 梢は歌う(日記)

やっと昨日で一応お仕事納め・・・のはずなのですが、

「後で連絡があるから、来週電話しますね。」などと言ってしまったので、終わったと言う感じがせず、中途半端な気持ちです。

それでも一応と言えば一応は終わりで、後は今年の締めと来年に向けてのあれやこれやですね。

 

この1週間で今年が終わり新しい年が来てしまうなんて、なんだかそれも不思議な気持ちになりますが、しっかりまとめて新しい目標を決めていきたいと思います。

そう言えばその新しい年が来ると、私のブログ生活も10周年を迎えるので、何気に今までそのまとめ記事も織り込んできて、出来れば10周年前に一応の終わりを見たかったのですが、なんたって年末にダブってしまう訳で、この辺は得意の「まっ、いいか。」と言う路線で行く事にしました。

無理なものは無理なんですものね。

ただこの為に作ったカテゴリーの「メモリーズ」は年を超えても続けていきたいと思います。

過ぎた日々を想うのは、ただ懐かしく感じるばかりではなく、そこに未来へのヒントが存在すると思うからです。

 

ふと、それで思い出したのですが、ブログを始めた頃、そんな定番の言葉があるのかと驚いたものの一つには

「歴史に『もしも』はない。」と言うやつ。

この言葉には最初から「へぇ」と言うのと「ええっ?」という二つの感情がありました。そんな細かい事も含めて書いていきたいメモリーズの記事なんです。

 

今はもう真夜中。

いつもはけっこう眠いのに起きていることが多いのですが、今日はまったく眠くないので起きています。

きっとそれは、昨日の最後に起きた事の反省と言うか後悔と言うか、そんな気持ちが理由だと思います。

 

それは猫たちの事なのですが・・・・・

油断して二匹に走らせてしまったのです。マンションなので猫の真夜中の運動会は厳禁です。

失敗しました。

 

あんずが来てからちょうど3週間になりました。

二匹の猫たちは結構うまくやっています。

それはもも吉の受難か。

の続きは別ブログに書き始めました。

「ももちゃんも。」と言うタイトルのブログで、以前から主にピグのゲーム日記とごく稀にもも吉の事をアップしていたのですが、少々ピグのゲームも飽きてきましたので、そこを「ももとあんずのSpring has come」とタイトル名も変えて、猫中心&時々ピグ日記に再スタートさせました。

 

その後の猫たちが気になる方はぜひ来てくださいね。→ここです。

 

お待ちしています。

 

今年も一年いろいろな事がありました。

でもラストはこのやんちゃすぎる猫がやって来たことで、2015年が終わろうとしているわけで、昨年も結構すさまじい一年だったなと思ったのに、今年も劣らない変化に富んだ一年になりました。

 

今日、朝がやってきたら、とにかく家の事を頑張ります。

そしてその合間合間に、一年の振り返りをやって行きたいと思います。

 

〈夫殿がインフルエンザで伏せっています。大掃除と言う雰囲気ではない我が家です。やるべきことは基本のお掃除と出来る限りのゴミ捨てと、新年を迎えるための準備と言う所でしょうか…。後、年賀状・・・。私、これからです^^:〉

 

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冬の日差しの中を歩く

2015-12-22 00:19:29 | お散歩&写真日記

12月19日、耳鼻科の息がつまるような待合室から抜け出して、近くの公園を散歩しました。

 

今年の紅葉はいつかいつかと待っているうちに、気が付けば終わっていました。見つけた「赤」に走り寄っても、その「赤」はちっとも美しくないような気がします。

だけれど、この波のようにうねる葉の流れはいかがでしょうか。

ひっそりと我が季節を享受しているかのような紅葉ー。

 

葉を落とすと、その木の美しい枝ぶりも見えてくると言うものですね。

そしてお散歩に青空は一番のごちそうと言うか、いろいろなものが美しく見えるのが嬉しいのです。

 

ありがとう。

私の美しい散歩道。

 

 

ありがとう、おひさま。

 

そう思っているのは人ばかりではないはず。

 

 

 

 

そう言えば、ここ数日「梅の花」で検索して、私の梅の花の画像が載っている記事にたどり着いた方が数名いらっしゃるような気がします。たぶんそれは「狂い咲き」を目撃して検索されたのかも知れません。どこかでは、季節を勘違いして一輪二輪かは分からない事ですが、咲いてしまった梅と言う言葉が目に触れたような気がします。

でもこの公園の梅の木は、新しい枝を伸ばし、次の季節の訪れをじっと待っているかのようでした。

 

 

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「とりあえず、お父さん」、見てきましたよ~♪

2015-12-20 20:36:40 | 観劇・コンサート日記

トップ画像はお土産に買ってきたファイルです。

12月17日の木曜日にマチネで鑑賞。

時間にして2時間弱ではありますが、年の瀬の幸せな暖かい時間が持つことが出来ました。

 

下のは、ツイッターの「とりあえず、お父さん」のアカウントの呟きです。

 

12月19日

とりおは!さあ、今日から東京での最後の週末です。本日は1時と6時の2回公演。当日券のご用意もございますので、ぜひ銀河劇場へ。芝居は確実に進化しています。これほどまでお客様に気持ちよく笑っていただける舞台をとりPは経験したことがありません。2015年のラストはとりあえずこの舞台で!

 

東京での公演は、今週でとうとうラストなんですね。それから地方に行くわけですが、地方で待っている方々、ご期待下さい。とっても楽しい舞台なんですよ。柄本、浅野、本仮屋、藤原、キャストは皆最高です♪

ツイッターの呟きの

>芝居は確実に進化しています。

なんですが、これは私のように1回しか見てない者には分からない事なんですが、ツイッターからの情報によると、柄本さんの「ぽぽぽ」や竜也さんの舞台から・・・の所がミソのようです。

叶うならばリピーターになってもう一回行きたいところですが、残念ながら無理(/_;)

 

進化する。

そしてそれを体感する。

これが生の舞台の醍醐味だと思います。

それにこの楽しいコメディ体験が、また竜也さんの幅を広げ進化していくんだろうなと思うと、それもまた楽しみです。

 

画像の下はたいした事がないのですが、一応ネタバレしています。

 

 パンフと

 

 エコバッグ

エコバッグはいくつも持ってるし、ちゃんとチラシ用の袋を持っていったのに、このおしゃれな感じに負けて買ってしまいました。

 

今回の舞台美術は二つのシーンでしたが、その二つとも凄く綺麗に出来ているなと思いました。

そのチェンジも見事でしたね。

映像で繋がりと言うか、物語の進行を見せて、その間に舞台チェンジと物語を進めるなんて、とっても粋ではないですか。

その映像の中で

これに似た映像がなかったですか。

これ、画像をコピーして貼ってしまったのですが、安心してください。

私が昔撮った自分の画像ですから。ここはバイブリ―という村なのですが、シーラとフィリップの住んでいる村ってこんな感じのイギリスの素敵な田舎なんだろうなって感じました。

二人の作った庭の舞台は素敵でしたね。

 

曖昧な言葉が誤解を生みに生み、だけれど最後はちゃんと落ち着くところに落ち着いて。

代名詞は気を付けなくちゃいけませんよね。

おばさんの会話は、結構「あれこれそれ」で成り立っているじゃないですか。

「ねっ、あれはさ。」

「うん、あれよね。」で通じちゃうエイリアン会話。

でももしかしたら、あれってお互いに違うことを言ってるのかもね。

 

そして落ち着くところに落ち着いてみると、フィリップはちょっと寂しい結果になってしまいました。若いジニィとグレッグはハッピーエンドに。

でも・・・・・

スリッパ、怖いよ~。

誰の!?

何も知らないってある意味幸せな事なんですね。

純粋で優しくて、チョピッと軽い感じのグレッグは最高でした。

 

〈えへへ。可愛かったし。〉

 

エッセイではありませんが、ここに参加していますので、気が向いたら押してください。

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 ※ お芝居には何の関係はありませんがバイブリ―の記事は→コッツウォルズへ<バイブリー>

 

 

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素敵な毎日

2015-12-18 01:18:36 | 梢は歌う(日記)
 
ドラムか縦型か
毎日更新は、やっぱりと言うか、とうとう昨日挫折しました。だって、昨日、マジ忙しかった~。 うちのマンションは古いデザインのもので廊下が結構広いんです。何も置か...
 

 

上の囲みは、昨年の12月17日に投降した記事です。昨年の今頃は洗濯機が壊れ、そのために右往左往した毎日を数日過ごしていました。半強制的ではありましたが、何気に12月をお片付け強化月間と考えると、それなりに頑張っていたように思います。

今年も、実は地味にやっています。

11月に初めていらっしゃるお客様をお迎えしたので、ちょっと気合を入れてお片付けをしました。その後もちょっとずつやっています。普通の家事は好きではありませんが、お片付けは楽しい。

いっきにやりたい気分になる時もありますが、12月は仕事の量も微かに増えてちょっとした外出も多かったものですから、いっきにやるのは難しい所です。加えてセカンド猫ちゃんを迎えました。この猫ちんがまた頗るやんちゃで、まだ10日しか過ぎていないのに私はヘトヘトです。

ー 孫は若いうちじゃないと看る事が出来ない。

そう言うけれど、きっとそれ本当ですよ。猫でこんなに疲れてしまうのですから。

 

そうなんです。最近の私は少し疲れています。今日も電車に乗っている時に、自分の中に命の塊のようなものがあるとすれば、それがきゅっと小さくなっているように感じました。

人はそんな感覚を繰り返し老いていくのかしら。

その命の塊って、生命力と言うものだと思うのです。

 

その生命力を培うものって、もちろん健康と言うのが第一なのですが、毎日の生活とちゃんと向き合って感謝しながら生きると言うことかもしれないなと思いました。

好きなものがたくさんある私の毎日。

花の飾りを習いに行ったり、下手なピアノを猫に聴かせたり、お芝居を見に行ったり絵画展に行ったり、友達とお食事して楽しい会話に花を咲かせたり、仕事を介して若い人や子供たちと会話をしたり、私の毎日ってなんて贅沢なんだろう。

それなのに時々、私、一人の部屋でとってもつまらない顔をして座っています。そしてなかなか立ち上がれないでいます。それはきっと今の生活よりも先の不安で心が満たされているからじゃないかと思うのです。

見えない未来の不安より今の自分の生活をしっかりと受け止め感謝することにいたしましょう。

だけど、見えない未来を想うことは決して悪い事じゃないとも思うのですよ。

 

先日夢を見ました。

いつも夢は長いのです。でも覚えているのはたいがいラストの所だけです。

「スターウォーズ」の新作の試写会に当たった夢です。観に会場に向かうと奇想天外な事件に巻き込まれ〈かなり面白かったのに覚えていません。。〉とうとうその映画を見る事は出来ませんでした。諦めてラウンジのレストランに一人で来ました。

どの席も埋まっていて、やっと大きな花瓶の横に空いている席を見つけました。二人席と、カウンターでもないのに椅子が一つしかない席と。

私は一人でしたが二人席に座ろうとしました。

「お客様。」

その時お店の人が焦ってやって来て、そちらの一人席に移って欲しいと頼まれたのです。

仕方がないなと席を移ると、お店の人は言いました。

「すみません。ここにジョージ・ルーカスがインタビューを受けに来るものですから。」

「ええっ!!じゃ、もしかしたらここはカメラさんの席でしたか?」

「いいえ、違います。そのおひとり様の席はラッキー席なんですよ。」

― えっ、それ、企画のひとつかな。じゃ、話しかけてもいいんじゃないかしら。新作、見ましたとか言っちゃう?あっ、新作、彼が監督じゃないじゃん。じゃ、「私はあなたの映画のファンです。」でいいか。それ英語で言うと・・・・

本当にワクワクしました。

夢は彼が来る前に覚めてしまいました。でも私はその日はずっと幸せな気持ちでいたのです。

 

朝、目が覚めて一日が始まると、それはジョージ・ルーカスが隣の席に座る・・かも知れない素敵な一日の始まり。

 

明日も素敵な一日でありますように。

 

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相棒14「第9話 秘密の家」

2015-12-17 10:36:19 | ドラマ(相棒)

面白かったけれど違和感を感じたと言うのが今回の感想です。

 

正直な気持ちで言うなら、私も右京の正義は時々暴走していると思う。

自分のスタンスを貫くからこそ右京。だけど罪を隠して幸せになどなれないと言うような事を言うけれど、そうとも言えない場合はたくさんあるんじゃないかしら。

 

ちょっと比較しちゃうんだけれど、この後の番組で「無痛」と言うのがあったじゃないですか。

その最終回だって、私、言いたい事はあるんです。最終回に主役に演説させちゃいけないんだよって。でも、彼は最後にイバラ君の顔に犯因症を見て彼が何をするのかが分かったんだけれど、彼らの望んでいる事をさせちゃうんだよね。

それだって、裁かれることの無い罪じゃないかと思うんです。

それを誰も暴こうとはしない。裁かれることの無い罪なんだから当たり前かって思うかもしれないんだけれど、誰にも暴かれなくても、罪を背負って生きていく人ってたくさんいると思うんです。

 

不自然に残された一枚の絵から犯罪を暴いていった導入と経過は見事だし、時にはこういう警官が本当にいて欲しいと切に思うのです。

そして「誘拐」は凄く大きな犯罪で間違いのない事だし、娘にトラウマを残したくないと思えるのに妻はどうでも良いのかと犯人に対して憤りは感じます。やっぱり暴かなくてはならなかった罪だとは思うのですよね。でもなんか、お財布からお金を盗み取っていく子供に悩むお母さんの悩み的なドラマ印象を受けてしまったのは本音です。まあこのような感覚は、私ぐらいなものかも知れませんね。

 

そうは言っても、途中はワクワクしました。

と言うのは、右京が

「いろいろと見えてきました。」とか「分かってきました。」とか言ったじゃないですか。

その時私…さっぱり分からなくて、私はこういうさっぱり分からないドラマが大好きなんです。

だけど、娘を誘拐しなかった理由をトラウマを残したくなかったと言うのなら、どうせ帰って来るんだから、母親の誘拐の事も隠しとけばよかったのにって思ってしまいました。

 

なんか文句が多いな、私。

凄く楽しく見た方たちに申し訳がない。この記事夜中に書きはじめて、もっと辛辣だったので朝まで待ったのですが、その続きから書きはじめたら、こうなってしまいました。

まっ、面白かったんですよ。

 

だけどその真夜中、タイトルチェックなんかの為に、ちょっと検索とかしていたんですよね。前回、ちょっと視聴率が悪かったじゃないですか。そしたらもうその事が記事になってるんですよね。

 

なんか私、思っちゃったんですよね。

今季、「相棒」は「相棒」であろうとして、そのプレッシャーに押しつぶされそうになってんじゃないかと。

奇を衒う必要はないんじゃないかな。普通の推理劇を丁寧に描けばすごく面白い「相棒」が出来ますよ。小ネタ部分はレギュラーが頑張りますよ。

それに視聴率が悪い回って、その回がつまらないんじゃなくて、その前がつまらないんじゃないの?

見た人が「もう『相棒』はいいや。」って思うから、その次が悪いんじゃないの。

私、これいつも思うのだけれど。

もちろん、予告編で引っ張れない部分もあるとは思うのだけれど、それだけじゃないと思うんですよね。

このようなシリーズ物は、視聴率が悪くて犯人探しをすると言うのなら、一個前のドラマを検証すべきなんじゃないの?

 

 と言うわけで、なんだかさっぱり爽やかじゃない今年最後の「相棒」の感想は終わりです。

ああ、今年最後だったのか。

最後の感想がこれか…・・ああ、なんか申し訳ない・・・・。

 

でもさ、新年が、また「赤いカナリヤ」さんだよ。なんか不安なんだけれど。

 

それでも感想は書くと思います。

 

「相棒」ファンの皆さま、今年最後の感想を「面白かったよ」と言いながら、ほっぺがちょっと膨らんでいるような感想を書いている私ですが、来年もよろしくお願いいたします。

 

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東京駅周辺ミニ散歩

2015-12-16 01:09:31 | お出掛け日記

 

 

そう言えば、今年の2月に申し込んだ東京駅100周年のスイカがマイナンバーが来た少し前に届きました。別にマイナンバーとは関係はないのですが、チャイムが鳴ってマイナンバーが来たのかと思って玄関に出たら、こっちだったと言うことがあったものですから。

少し前の事ですから今頃ではないのですが、思っていた通り忘れた頃に届きました。

でも私東京駅ラブな人なので、嬉しかったです。届いたら普通にガンガン使おうと思ったのに、やっぱり勿体なくて使えません。他の人達はどうしているのかしら。

 

そのスイカはしまい込んで、9日の日は「三菱1号館美術館」に普通のパスモを使って行きました。

前の「プラド美術館展に行きました」の記事には書き忘れてしまったのですが、「三菱一号館美術館」にはいつもこんなコーナーがあって楽しめます。自分がポスターの一部になれたような気がしていいと思うのですが、子供だっているわけですから、いや、はっきり言って、私のようなおチビさんだっているわけですから踏み台のようなものが欲しかったです。

こんなバランスの悪い絵を描く画家さんなんか居ないって。

 

 

美術館を出ると、そこは冬だけれど秋の風景ー。

 

 

だけれどやっぱり12月なんだなあ。

「KITTE」の中のツリーは、ちょっと素敵でした。

 

 「KITTE」では三度目の正直で、ようやく入れた「インターメディアテク」。〈月曜日の休館日に行ってしまった&臨時休館の日に行ってしまったなど。〉

ここ、本当に面白かったです。だけれど、ちょっと時間がなくてあまりゆっくり見る事が出来なかったのが残念。でも入場無料なので、何度でも行こうと思いました。

 

 

 そしてまたこの東京駅の風景です。

これはランチを頂いた時に窓辺のカウンター席だったので、そこから写したものなんです。

 

 

 そして、ランチです。洋食ビストロ ドンピエールハートにて。

 

 「KITTE」のお店を長々とゆっくり全制覇しようと目論んでいたのですが、二件目にしてちょっと考えてしまいました。

味の問題ではなくて、もっとゆっくりと落ち着いて食べたいお年頃ですから、私。

 

そして食後のお茶は、ステーションホテル内の「TORAYA TOKYO」で頂きました。ここも二回目です。

私が二個食べたのではなくて、一個はお友達のですからね。

「TORAYA TOKYO 」はお気に入りの場所になりつつあります。

 

その日は夕方からお仕事が入っていたので、お友達とは9時45分〈細かい〉に待ち合せて、午後2時過ぎにお別れしました。

短い時間でしたが、楽しい充実した時間が持てました。

 

 

 お友達からお土産を頂きました。

この可愛い猫のファイルについては、また別の機会にてお話することがあるかもしれません。

 

会えない年もあったけれど、お友達とはブログで知り合って、会う時はいつも美術館をご一緒させていただきました。

ほんのちょっとのお付き合いでも積み重ねる事で想い出がたくさんできました。

 

今までありがとう。そしてこれからもよろしくです。

 

 

 

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「プラド美術館展」に行きました。

2015-12-15 08:36:20 | お出掛け日記

三菱一号館美術館で開催中の「プラド美術館ースペイン宮廷美への情熱」に、9日の日に行ってまいりました。

この美術展はノーチェックだったので、何も予備知識もなく行きましたが、すこぶる見応えがあって満足度が高かったです。

14世紀から19世紀、宗教画からキャビネットペインティングまでと多岐にわたって、見る事が出来ます。

 

トップ画像がこの美術展のチケットですが、そこに描かれているのは、アントン・ラファエル・メングスの「マリア・ルイサ・デ・ヘルマ」です。美人とは思えませんが、その意志の強そうな表情や、愛くるしい唇にとても魅力があると思います。

この女性・・・・

なんとゴヤの「カルロス4世の家族」の真ん中にいる女性です。〈今回は未展示〉

ああ、時は残酷。

 

ゴヤと言えば、今回は「酔った石工」と「傷を負った石工」を含めて6作品が展示されていました。

「酔った石工」は「傷を負った石工」と構図が同じの下絵です。でもその石工を助ける二人の男の表情がまったく違います。ほんのちょっとの違いで、まったく違う印象の絵になる面白さを味わうことが出来るのです。

一番下に比べられるところを見つけておきましたので、リンクを貼っておきますね。

 

今回、展示されている事も知らずに部屋に入ってその絵があり、すこぶる得した気分になったのはピーテル・ブリューゲルの「バベルの塔の建設」。

― あれっ、だけどこの絵、ちょっと・・・・

と思ったら、音声ガイドに説明がありました。この絵は同じ名前の長男が父の絵を模写したものだったのですね。彼は父の作品を多く模作したことでも知られているそうです。

私のブログの中では、この「バベル」と言う言葉はたびたび登場しています。ブログ内検索をしていただくと分かることなのですが、またその検索で出てくる記事が一つ増えたようなものです。

 

因みにブリューゲル一家は、長男は父と同じ名前で次男がヤン・ブリューゲル。その息子がまた、ヤン・ブリューゲル。ややこしいです。

その息子の方の、つまり2世のヤン・ブリューゲルの「地上の楽園」はなかなか見ごたえがある作品です。

同じ画家の「豊穣」は一見綺麗な絵のように見えますが、良く見ると気持ちが悪い・・・・・

これは一緒に行った友人にも言うと、

「長く見ていたくない絵だ。」と言っていました。

 

↓  下のは、長く見ていたい方の「地上の楽園」です。

 

 

この絵は、HPにてジュニア向け見どころガイドがありますよ。

 

好きだなと思った作品はたくさんありました。

難を言えば、絵葉書の種類が少なかったことなんです。

だから一番好きだった作品の絵葉書を買ってきたわけではないのですが、このヤン・ファン・ケッセルの「静物 花」はとても綺麗な作品だと思いました。狭い世界を描きながら、地上に春が来たことを暗示しているようなそんな絵だなと思ったのです。

 

  

〈絵葉書は拡大版と二枚セットです。面白い企画ですね。 〉

 

だけど同じ画家の描いた「アジア」はさっぱり分かりません。解説もないし・・・。こういうのに解説は付けて欲しいと思いました。

 

アジア繋がりと言うわけではないですが「日本式広間にいる画家の子供たち」

 

 

この絵も出口近くにある人気投票によると、第3位と人気が高かったです。

2位は初来日のボス「愚者の石の除去」

こちらの絵はHPの展示作品で見てみてくださいね。なんとも言えないユーモアのある絵だと思います。

こちら

 

1位は「ロザリオの聖母」バルトロメ・エステバン・ムリーニョ

宗教画にはあまり心が動かない私ですが、この絵はセオリー通り愛を表す赤と真実を表す青を纏ってはいるけれど、マリアと言うよりは美しく逞しい母の肖像に私には思えるのです。

素晴らしい絵だと思います。

 

 

赤と青。

知らない画家の方も多数いたこのプラザ美術館展でしたが、エル・グレコはその展覧会にも言ったので知っていました。同じような赤と青でも、なんとなくエル・グレコカラーがあるような気が私にはしました。〈こちらもHPの展示作品で見てくださいね。〉

 

見どころがいっぱいのプラド美術館は1月31日までです。

 

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あっ、忘れる所でした。ゴヤの二枚の絵の比較は→ここで

 

 

 

 

 

 

 

 

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花燃ゆ 最終回「いざ、鹿鳴館へ」

2015-12-14 09:54:49 | ドラマ (大河)

なんでだか、最終回の感想は書く事になっているのです。大河の感想を、そんなこんなで一年で二三回しか書かない時があったとしても、10年ドラマを見続けて10年感想を書いてきました。〈たぶん〉

その最終回の感想を書くとき、時々

「終わってホッとしました。」と言う言葉を使うものもありました。

大河を見る事は好きでも、時には辛く感じるドラマ展開もあったからです。〈はっきり言って「江」と「天地人」ですけれど。ファンだった方すみません。〉

 

でもこの「花燃ゆ」は、なんでしょうか。なーんにもない。

ホッともしないし、終わった感もないです。来週またやりますと言われたら、そうかなと思ってまた見ます。

こういうのを惰性の法則と言うのでしょうか。

 

この「花燃ゆ」、始まった時から途中までは本当に好きでした。世間的な評価などは私には関係がありません。登場人物もみなイキイキとして、それらを見続け見届けるものとしてのヒロインも立ち位置がはっきりしていました。

松陰の妹なんて、かなり特異な立場だと思いますが、それでも歴史の中では無名に近い者としての幕末を生きると言う大河に期待しました。

伊勢谷松陰は魅力的でした。

若い松陰は、それなりに未熟。大人の目から見ると、天才と狂気の人は紙一重。

「あんたの兄さんに殺される。」と文の友達は、自分の兄が感化されることを恐れます。

そして一人、時代からも普通の人たちからも飛び出てしまっている松陰と言う家族を持つ者たちの、そこには優しく暖かい家族の毎日がありました。

松陰をこんな風に描くなんて、やっぱり「花燃ゆ」は面白いと思っていたのです。

 

だけれどその松陰が居なくなった後、「花燃ゆ」は失速してしまいました。

裏ではライターさんの交代劇があったとか。

ベテランさんが〈準備不足のまま〉ピンチヒッターとして頑張ったとか。

でもそんな裏の事情なんかを、本来は知る必要なんかないんじゃないですか、私たち。

どうのような事が裏で起きていたとしても、レベル下げずに良いドラマを見させ続けて頂きたかったです。

 

だいたい、途中で「新」なんかをつけて、巻き返しみたいな決意を感じさせたのも頂けない。巻き返すぞという決意は、裏でやってくださいよ。巻き込むなと思いました。

大奥編からシナリオが変。

それに気がついたのは、父が病で倒れた時に美和が奥を去って戻らないかもしれないと言う時に、姫が

「ほんとうにのう、よくぞのう、やってくれました。」と心を込めて言うのですが、なまじ姫の演技が上手なものだから、その時美和のよくぞやった事なんかちっとも思い浮かばなくて、ライターさんのみではなくても演出にも不満がわきました。

シナリオが変だったのは、もっと前からだったのかも知れませんが、気がついたのがそこからだったわけで、思い返すと、みんなが久坂久坂と言う割には、彼がそこまでみんなに慕われる下地を感じる事も出来なかった事を思い出してしまいました。

高杉の大事なエピソードも切っちゃうし、作り手さんたちは、本当にこのドラマを愛してるのかと思ってしまったのは本音です。

 

久坂を失って、家名も失って、椋梨には足蹴にされて、それ、武士の妻なら一生の恥辱。忘れるわけがないのです。彼が言った言葉だってその後の彼女の原動力になったのではないかと思うのですが。

「女なんかに何が出来るんだ。おのれの無力を知れ。」と椋梨は言ったのです。

だから美和は出来る所で出来る事をしに行ったのだと思います。

家を再興させるチャンスを狙うために。

だからどんなことでもした。

養子に取った息子と別れる所でも、「継がせる家がないのです。短い間でも母と呼んでくれたのに本当に申し訳ない。でも母は母なりに戦います。あなたも勉学の道に励んであなたの戦いをするのですよ。」とか涙ポイントを作る事が出来たと思います。

そして奥に上がった美和を助けたものは、兄の傍で学び続けた教育だった・・・・。

と言う展開になってれば、群馬に行っていきなり女子教育に萌えた美和さんの行動にも説得力が出たと思います。

椋梨が失脚して久坂家が再興した時、いろいろなドラマを作る事が出来たと思います。しょせんこの「花燃ゆ」はほとんどがフィクションなんですから。だけれどこれ以上、私の妄想が暴走しても仕方がないですものね。まったくもって意味のない事です。

 

少々の不満を抱えながらも見続けていたのは、感動とは無縁になってしまったドラマですが、単純化された歴史絵巻もそれなりに面白かったし〈歴史大河ファンには怒りを買っていましたが〉、群馬篇になってからはいち地方の歴史を垣間見るのも楽しかったからです。

今まではシルクと言うと、貿易の中心になった私の故郷の横浜を連想していました。それを作っていた所に思いを馳せることなどはあまりなかったことです。

群馬篇になってからはきっと群馬では視聴率も上がったのではないかと思います。

 

群馬篇の三田佳子さん、凄く良かったです。この人は二回の大河の主役を演じましたが、命削ったと言っていました。大河のヒロインって大変なんですね。その三田さんがヒロインだった「花の乱」は、やはり視聴率は最悪で評判もイマイチだったらしいのですが、私にとっては最高のお宝大河です。毎回見終わった後にぼんやりと余韻に浸っていました。

チョー余談ですが、もしもネット社会の今、この作品がリアルで流れていたら、私は影響されて違う感想になってしまったのでしょうか。とてもそうは思えません。せいぜいツイッターに「佐野さんだけ、現代劇のようなセリフの言い回し。違和感バリバリ。でも萬屋錦之助と萬歳に挟まれてよく頑張ってると思う。」と書き込む程度だと思います。

その三田さん、やっぱり演技が上手いなと思いました。最終回の美和たちとの別れのシーンを凄く助けていましたよね。

 

萩では兄が松下村塾を引き継いで子供たちに勉強を教えていました。その妻は

「ご飯ですよ~。」とかつて美和がやっていたようにおにぎりを結んでやって来ます。

母はいつものようにお風呂を焚いています。

動乱の時が去って、静かな時代が来ていました。

 

ここまで生き抜いた人が勝ったのだと私は思いました。

いや、勝ち負けなどはないのですよ。ただ無名な者は無名なりの時代の使命があったのだと思うのです。

 

萩に戻って来た楫取と美和。

ラスト5分はちょっと感動しました。

過ぎていった松下村塾のみんな。彼らは時代の渦に飲み込まれ、ほとんどが鬼籍の人になってしまいました。でもみんなの顔がイキイキと輝いていました。

松陰の「一粒の籾(もみ)となり、種となる」と言う言葉を胸に霧の中に、未来に美和はまた歩いていくのです。

 

彼女は松陰の妹。紛れまない事実で、まったく世間には知られていなかったけれど、久坂の妻でもありそれなりの波乱万丈ぶり。だから大河の主役として取り上げられたのだから、松陰亡き後も常に彼の言葉とともにドラマがあったならば、もっと感動できたかもしれません。

と言いましても、打ち震えるような美しさだと思ったオープニングで松陰の言葉は毎回歌われていたんですよね。

だけど言っては何だけれど、歌詞、まったく聞こえてきませんでした。いつも素敵な音として聴いていました。

それでもう終わりなのでちゃんと調べようと思いました。

歌詞はHPに載っています。リンクしても数か月したら消えてしまうので、HPのよくある質問のページにありますよ。

 

元なるものは、留魂録の「愚かなる吾れをも友とめづ人はわがとも友とめでよ人々」から、その歌は出来ていたのですね。

意味は「愚かな私を友として大事に思ってくれる人がいるとしたら、私の友についても、私と同様に大事に思って欲しい」 というもの。

ああ、すっきりした。

遅すぎましたね、もう終わってしまいました。

 

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相棒14『第8話 最終回の奇跡』

2015-12-13 00:49:07 | ドラマ(相棒)

〈書きかけて、しばらく放置していたら遅くなってしまいました…〉

 

今回の「相棒」は、私的にはかなり満足度が高いお話でした。

「神は細部に宿る」

その言葉を敢えて右京に言わせ、その言葉の反応から真犯人を導いていったこのシナリオを書きながら、ライターさんはかなり自分でも、その言葉に耳を傾け意識したのではないでしょうか。

このライターさんのシナリオは細かくいろいろな事の絡み合いで成り立っています。パズルのパーツが小さいのです。だから見ていて、そのパーツが最後に収まった後には、高い満足度が得られるのだと思います。

 

このライターさんと言うのは、藤井清美さんの事で、この方は前のシーズンの「学び舎」を書かれた方なんです。

その時の私の感想を読み直すと、……かなりきついです。

でもこうも書いている。

>「ああなってこうなって」の部分が凄く面白い。

>主軸のお話は、本当に良かったです。

 

今回と同じような事を言っているのですね。

私的細かいエピソードは、最終回の絵柄がデビュー作の頃と同じになっているのはなぜだったのかと言うところ。

友達が居ない妹に漫画を描く事を教えた姉は、ずっと変わらずに妹の事を想っていました。体が不自由になってからは彼女を助け復活の手助けをし、漫画家として復活する時にもアシスタントとして支えました。妹が犯人かも知れないと思った姉は庇って自分がやったと言うのです。物語が美しく感じたのは、この姉妹愛があった事も一因かもしれません。

 

犯人の青年は、あの階段の上でぶつかってしまった後、すぐに自首したら過失傷害で済んだと思います。でもあまりにも怪我した人の損傷が大きく、その後の生活が破たんするような事態に陥ってしまったとしたら、たとえ刑法で罪を裁かれたとしても贖罪の気持ちは消えなかったと思います。それでも右京に謝るべきだったと言われた彼の謝罪までの時間は秒の単位。ずっと謝りたかったのでしょう。そして本当に謝るには3年の時間がかかったのだと思います。

 

それと同じように、漫画家の咲良にもこの3年間は大きくて、彼女の漫画家としての熱情を高め人間としても成長させたものは、再起までの苦しい道のりを歩んだその歳月だったと思います。

それが神が舞い降りて描かせたとも言える、最後の一ページを描かせたのかも知れません。

咲良は青年に「ありがとう。」と言い、青年は少しは救われたような気持ちになったかもしれませんが、彼が犯してしまったのは殺人。あまりにも大きすぎる代償だったのではないでしょうか。

 

「最終回の奇跡」とは、なぜ漫画家は殺人の予知のような漫画を描くことが出来たのかと言う事を指していたのかも知れませんが、私には、殺人も暴いた奇跡の一枚を指していたように感じました。

でも一番の奇跡は、間違い探しのように違いを見つけて、それを確認するために

「神は細部に宿る」をどう思うかと尋ね、彼女の漫画を描くスタンスを確認し、そこから推理し犯人を導いた右京さんの推理力だと思います。

なんたって彼、細かいですから。

 

だけど私、思っちゃったんですけど。

「神は細部に宿る」って、誰もが知ってる言葉じゃないじゃねって。

それでね、どうでも良い事をもう一つ言いますと、その「神は細部に・・・」を打とうとすると、マイパソコンは「髪は細部に宿る」って出るんです。

あっ、リアップかって・・・^^

 

なんだかこの記事、最初の書き出しとラストの雰囲気が変わって来てしまいました。日付を空けるとこうなる事もあると言う例ですかね。

 

ところで今回、今シーズン中では一番視聴率が振るわず、12.9でした。

だけど私は、今シーズンの今までの中では、これが一番好きだなと思ったんですよ。

 

そしてこのライターさんは、楽しみにしているお芝居の「とりあえず、お父さん」の日本語版を手掛けているんです。

細かい所にもちゃんとこだわっていそうで、楽しみが増しました。

 

 

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あらすじ〈HPより〉

大怪我から復帰した女流漫画家が殺人事件を予言!?
最終回のラストシーンに未来の出来事が描かれていた!

 人気漫画家・箱崎咲良(玄理)のマネジメントを担当する会社の社長・原田(内田健介)が、刺殺される事件が発生。現場は特徴的な建物付近の階段で、遺体 の近くには花びらが散らばっていた。警察が到着する前に、その様子を複数の一般人がスマホで撮影しており、SNSに多数の現場写真がアップされるという騒 動も起こる。そんな中、咲良の人気漫画を掲載する漫画雑誌編集部が、発売前である最終回のラストシーンと原田の遺体写真が、まったく同じ状況であることを 公表。事件があったとき、咲良は編集部の人間によって缶詰状態でまさに最終回を執筆中だったといい、「天才漫画家が殺人事件を予言した」と触れ回った。咲 良の大ファンである米沢(六角精児)は、咲良に疑いの目が向けられることを避けるため、特命係に捜査を依頼。事件に興味を持った右京(水谷豊)は、亘(反 町隆史)と共に咲良を訪ねると、彼女は3年前の事故から車椅子生活で、姉のますみ(原田佳奈)のサポートで生活していた。

天才漫画家はなぜ殺人を“予言”することができたのか?
伝説的な人気漫画の最終回をめぐる愛憎とは…!?
右京と亘が予言殺人に秘められた謎を解き明かす!

ゲスト:玄理 原田佳奈

脚本・監督

脚本:藤井清美
監督:池澤辰也

 

 

 

 

 

 

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