森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

八重桜の頃

2019-04-24 02:34:32 | 梢は歌う(日記)

昔、八重桜って、あまり好きじゃなかったんです。

ソメイヨシノが儚げなのに、八重桜は、もう元気溌剌の象徴みたいな感じだったから。

でも今は、そんな元気溌剌なものに憧れ惹かれます。

 

そんな私の今日この頃。

 

昨日歯医者に行ったとです。

「と」を入れると、何気にあの人みたいですね^^

奥歯の治療で、冠を外し根の治療をし土台を作り型を取るまでして、20分。

ほんとーーーに、拷問でした!

もう、これ以上歳を取ってからの奥歯の治療は出来ないわと思いました。

休み休みやってくれないと、喉も辛いけれど鼻まで詰まって来て、息が出来なくなって死ぬかと思いました。

自分でも心拍数が上がっちゃってるのが分かるし、血圧っていつも低めなのですが、どうも違うなと感じました。

 

昔は、あのキーンって音が嫌なのよと贅沢な事を言っていましたが、今なんかそんな事はどうでも良くて、生きるか死ぬかの問題になって来たと言ったら大袈裟なのでしょうね^^

 

遣ることが一杯あるとです。

入っているマンションのサークルで、お茶会兼説明会的なイベントをやります。

こんな感じでやると言うのが、頭の中で止まっています。

とうとう昨日夢にまで見てしまいました。

これは果たしていい事なのか迷う10連休。

ラッタさんが帰って来るはずなので、お掃除をしなくてはなりません。

息子が帰って来るだけなのですが、久しぶりに今の我が家を見たら、新鮮に汚く見えるに違いありません。

見慣れる事が大事なのですよ~。

ちっとも進みません。

ランチばっかりしているからだなと、自覚はあるものの、でもそれも私にとっては大事な事なんです。

だけど私はギリギリウーマン。

今日配布するチラシを朝作り、今日掲示するミニポスターを、やはり朝作る。

へっちゃら、へっちゃら。

今週中に何とかするわ。

と、思っていたのに、これは相当危険な計画でした。思わぬ伏兵がいたのです。

 

申し訳ないけれど、こんなに人を振り回してしまう人っているんだなと思いました。ブンブンブンと振り回され、午前中が全滅です。

久しぶりに心の底から腹が立ちました。だけど後から感謝していますと言われたら、ちょっとその気持ちがすぅっと引きました。それが言葉だけであってもです。やはり言葉は大切です。

昨年は言葉も心もない人と同じ自治会のお仕事をしていましたから、特にそう思うのかも知れません。

そんな事を言いながら、夕方、その昨年ご一緒だったその方とすれ違った時に、お互いに気持ちの良い挨拶をかわしました。

やはり申し訳ないけれど、その人と寄り添う事など出来ないし、戦友のような親しみを感じる事もありません。それでも縁した繋がりは切れるものではないのですよね。

ああ、だけど綺麗事など言わない、本当の私は私に言います。

「くわばらくわばら」

あまり近づきたくはありません。

(って言うか、終わるのかな。イべント準備に中掃除)

 

バイト先でのストレスが半端ないとです。

人間相手のお仕事なので、いろいろな事があるのです。だけど勉強になります。

せっかく学んでいるのだから、その学んだ事生かせるように、長生きしなくちゃなとか思います。

ストレスで体を痛めつけながら、長生きをしようと決意する、そんなお仕事の場所。

考え方によってはとってもありがたい事ですね。

 

ああ、そうそう。唐突ですが、絶対値みたいなものですね。

マイナスかプラスかなんて関係なくて、ゼロまでの距離が絶対値。

毎日の出来事の中には、マイナスかプラスかは関係なくて、その距離(大きさ)が大事って事があるんじゃないかしら。

 

マイナス×マイナスはプラスだしね。

 

気持ちが明るくなったところで(私の)、ぐ・ない

明日も良い日でありますように(あっ、もう今日でした^^)

 

 

 

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いだてん第15回「あゝ結婚」

2019-04-21 23:39:48 | ドラマ (大河)

この「あゝ結婚」で連想するのは、やはりソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニのイタリア映画だと思います。この作品は1964年の物で、子供頃、テレビで見ました。

多感な頃でハンカチを絞るほど泣きました。

今回の「いだてん」には涙は不要でしたが、それでも幾江さんとスヤへの想いにはジーンとするものがありました。

 

息子を失ってその妻も去った家で、もう自分も死んでしまいたいと思った幾江。彷徨いながらたどり着いたのはスヤの家でした。そこで力一杯に鍋を洗うスヤの姿を見て、この人は生きようとしていると感じました。死に向かって彷徨っていた幾江にとって、生に向かって乗り越えようとしているスヤは、たまらなく魅力的に感じた事でしょう。

 

どんなふうな経緯で、他家に嫁いだスヤが四三の妻になるのかと思っていましたが、四三が養子に入りそしてその妻になると言う展開だったのですね。

好きあった二人が夫婦になったと言うのに、ちょっとと言うかだいぶぎこちない二人でしたね。

それでも離れていても、心を通わせる二人。

だけどちょっと寂しいね。

すべてすべてがオリンピックのためですよね。

・・・・・、だけどな。時代がな。ふぅ。

 

真夏の砂浜で、暑さに強くなるための特訓の走りをする四三。

そんなテレビに向かって、夫殿は言いました。

― 鍛えれば良いってもんじゃないんだ。水分の取り方とか・・・・・

そこに至るまでに、長い年月がかかったんじゃないの。

― だって私たちの子供の頃、いいえ、高校生の頃にだって、まだまだ体育では馬鹿なこと言われて苦しめられたじゃないの。

と、私。

試行錯誤がたくさんあって今に至ったのだと思います。

 

新しく河童軍団が出てきましたね。

その中から、また未来のオリンピック選手が出てくるのですって。

ワクワクしますね。

孝蔵は浜松でその河童軍団と出会います。後のオリンピック選手はやはりあの寄席に良く来ていた少年なのでしょうか。

確かに孝蔵の「付き馬」は、あまり面白くなかったですよね。(そう言う演出だから良いのですが。)

それを「そんな長いセリフを、ちゃんと覚えて偉いね。」などと言うちっとも褒めたことにならない感想を言われてもねぇ。孝蔵パートも面白くなってきましたね。

 

というわけでまた次回に。

 

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令和に会おう☆その2

2019-04-19 23:35:53 | 梢は歌う(日記)

最初に「黙々とやり遂げた人」をたくさんの方にお読みいただいて、ありがとうございます。母にその記事と頂いたコメントなどを見せた所、「涙が出ちゃう。」と申し喜んでいました。改めてありがとうございました。

 

昨日はピアノのお稽古の日でした。

私のお稽古は、既に単なる脳トレのようなもので、そしてまた先生のおうちのグランドピアノの音をポオンと鳴らして、その音の綺麗さに贅沢な幸せを感じると言うようなものなのです。

だけど昨日のお稽古なんかは侮りすぎました。メッチャクチャ・・・・。あああ・・・・・・。

何をやっても中途半端。

なんか嫌いよ、今の自分が。

なんか最近、全体的に冴えなくてさとブツブツ言っています。

でもね、中高年は頑張らないのが良いのよ。別に吉田拓郎氏の歌に感化されているわけではないのですよ。

拓郎氏の歌って言うのはね、

「ガンバラないけどいいでしょう~♪」って言うあれ。

本当にすぐに疲れちゃうのだから。

疲れちゃうってのはさ、肉体ばかりでなく心もね。

 

おとといはね、そんな心も体も疲れちゃったと言うお友達とランチをしてきました。

いろんなお話を聞いたりしてきました。

お友達は、自分では鬱になってしまったかと思ったようですが、違いました。それに快方に向かっているから、薬も出さないとお医者様に言われたそうです。詳しい事は書けない事ですが、彼女と過ごした時間は楽しいものでしたし、学ぶこともたくさんありました。

心の病も風邪と同じように、別に特別な人がかかると言うわけではありません。

日頃からの軽い知識が、自分を助ける事がたくさんあると思います。軽い知識と言うのは、別に浅はかな知識と言う事ではなくて、日頃からの友人との軽いおしゃべりからとかドラマや映画からとか、ちゃんとした本からの勉強ではなくても、雑誌とかの読み物の中からとか得た知識と言う意味です。

 

「それにさ、そう言う時には出口を持っていると良いのよね。例えば、絵を描くとか。」

「それ、私には無理。」

「何かを書く。あっ、日記でも良いのよ。」

「そんなの書けないしヤダ。」

「歌うとか・・・」

「カラオケは嫌いだけど、歌うこと自体はイイナ。」

「お友達とおしゃべりするとか。」

「あっ、それが一番いいな。」

「だよねぇ~」

ってな会話もあったりしたのですが、だけど本当に心が落ち込んだ時には、上に書いたような事のすべてのやる気を失ってしまうのだと思います。

そうなる一歩前が大事って事でしょうか。

 

しかしこのお友達は凄い人なんです。

私たちは近所の公園に来たわけでもなく、また近所の病院に来たわけではありません。バスに乗ってモールに来たと言うのに、そこで出会った知人が6人。

別に過疎っている村とかだと分かりますよ。でもそうじゃないんだもの、この数字は凄すぎます。

思わず最後に私は言ってしまいました。

「真っすぐ、歩けないじゃないか !」って。

だってまるで障害物競走みたいなんですもの。

 

このお友達の顔の広さは、前から凄いなと思っていたけれど、改めて凄いと思いました。そして口々に挨拶と共に、彼女の事を気遣っている言葉が飛び出していました。

「あのね、私なんか姉妹が三人とそれにプラス2ぐらいだと思う。こんな時に心配してくれる友達って。あなた凄いね。素晴らしい事だね。」ってしみじみと思い言いました。

「本当だね。有り難い事だと思ってる。だけど、あなただって2って事はないよ。」

「じゃあ、あなた、私の所に駆けつけてくれる ?」

「駆けつけるよ。」

「じゃあ、プラス3ぐらいって事で。」

 

このお友達とも、次に会うのは令和だと最後に言い合いました。

どこがどうと言うのではないのですが、平成最後に会って次に会うのは令和。

いつもどおり来月も会いましょうって事なのですが、そこには何か見えない川が流れているようなそんな感覚に襲われるのです。

 

平成最後のピアノのお稽古も終わって、次回は令和。気持ちも切り替えて、少しは頑張りましょうね、自分。

トップ画像は、先生のお庭です。お稽古日にスマホを忘れ、撮って送っていただいたものなんです。

素敵な画像だと思いました。

 

 ←その日のランチ。

 

 

 

 

 

 

 

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黙々とやり遂げた人

2019-04-17 22:55:43 | 家族スナップ

母は、ちょうど昭和が平成になった頃、自治会館の管理を地域のボランティアとして始めました。

確かに年度の終わりには、もうすぐお別れになる諭吉殿を三枚ほどは頂いていたかも知れませんが、母は365日、ほぼ休みなくその場所を管理していたので、地域ボランティア、例えば自治会役員の謝礼のようなものだと思います。

そのお仕事を30年やり遂げました。

管理というのは、その場所の貸し借りの申し込みを受け、鍵の管理をすると言うのは通常の事でしたが、毎朝、鍵と窓を開けて風を通し、かび易いその場所を守りました。

そこは中途半端に広い公園の一角に建っていたので、油断すると不行き届き者たちのたまり場にもなりかねない場所でしたので、しっかりと戸締りをし、それでも朝、真夜中に明かりに群がる虫のようにその玄関の所で集まっていた人たちのまき散らしたゴミなども片づけていました。

日帰りでどこかに出掛けても、自治会館の戸締りの時間を気にする母を、時には私はあまり良く思えない時も、実はあったのです。

遣りすぎてしまえば、次の人が困るに違いないからです。

だけど次の人など現れることもなく、母はまるでその場所の主のように貢献していました。

 

そして30年も経てば、50代で中年だった母も80代となり、立派な老人です。

こんな風にトンカラトンカラと朝に窓を開け夕に窓を閉める生活を規則正しくやって来てしまうと、それを止めた時に母はどうなってしまうのだろうかと、私たちの中に新たなる懸念が生まれてきたのでした。

だけど3月31日をもって、そのお仕事から解放された母はどうも清々しているようです。

それでもその前を通り過ぎる時には、真夜中の良からぬ頭だけガキンチョで図体だけ大きい人たちのトッ散らかしたゴミなどは気に掛けているようです。ごみが散乱して片付いていなければ、その場所は荒れる事が必定だからです。

普通の当たり前の風景の中に、当たり前では済まない人々の努力がある事を私は忘れてはいけないと、私はこの母(または父)から学んだように思うのです。

 

そして母は、自治会の総会で30年間のお仕事に対して感謝状を頂きました。

同じくその総会の場所にいた姉が言うには、その時の母の挨拶も立派だったそうです。

写真などが夕方、ラインで姉から送られてきました。

 

それに対しての妹からのコメントに、私は心を打ちました。

「本当に30年間お疲れ様でした🥳お母さんの挨拶は、恒例お正月の挨拶でも分かるように、何時も素敵で、素晴らしい挨拶だから今日も、さぞかし感動するスピーチだったと思います。本当に長い間お疲れ様でした。後は、ゆっくり遊んで暮らそう✌️

明日から会館間違って行かないように、管理していてね。😉習慣は意外と怖い…"」

 

はっきり言って、私は身内馬鹿です。

いえ、これは我が一族の特徴です。

身内同士で褒め合っていると言う幸せな一族なのですが、それでもやはり私は母や姉妹を誇りに思っているのです。

 

 ※        ※

画像は今日、一緒にお出掛けしたお友達の親戚の家に咲き乱れていたチューリップ。

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平成最後の花桃の花見

2019-04-16 23:20:58 | お散歩&写真日記
あちらこちらで「平成最後の桜」とか「平成最後の花見」とか言う言葉をお見掛けしました。
今年の桜は春になっての寒さのお蔭で長く咲き続けたと思いますが、それでも葉桜になりつつありますね。
 
私はこの季節には、もう一つの大好きな花を見なければ春が来たような気持ちになれません。
それでは私も言ってみましょう。「平成最後のお花見」と。
但し、「平成最後の花桃」です。
 
 
 
 
この季節になると、「ああ、そうだった。」と近所の小さな公園に出掛けて行きます。猫の額のような小さな公園。
だけどこの花だけは毎年咲き誇っているのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今年も綺麗に咲いてくれて、ありがとう。
 
ところで私のマンションにも、いつの間に、この木が植えられていたのですよ。
たぶん一昨年からかしら。だからとっても小さな木なんです。
 
 
紅白で植えられているのですが、もう紅色の方は、流石に終わりです。
だけど白の方は少々息も長いようです。
 
 
じゃあ、源平はないのかと言うと、実はあったのですよ~。
好きだ好きだと言いながら、自分のマンションの庭にあるなんて、まったく知らなかったのです。
気が付いたのは、やはり一昨年だったからかしら。
 
だけど昨年、その花を見ていたら、ある人が、この木は病気だなと言いました。
木の病気だなんてまったく分かりません。
そしたら今年、この木は上の方の木をバッサバッサと切られていました。
花もちっとも咲きませんでした。
それでもようやく咲きました。
 
 
 
可愛いよ、君。
また来年も頑張って咲いてね。
 
 
咲き乱れる花もあり、若くこれから伸びていく木もあり、そして病の木もあります。
だけどみんな、今の季節を忘れずにちゃんと咲いているのでした。
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「Sky presents 藤原竜也のラジオ」12&13

2019-04-16 08:29:02 | テレビ・ラジオ

 どうでも良い事だけれど、「いだてん」は本当に人気が無いんだなあって時々思います。夫は単に内容に、つまりオリンピック話というテーマに興味が持てないんだと言います。作品レベルで言ったら最上級なのに、勿体ない事です。

なんで時々このような事を思うのかと言うと、これもまたブロガー視点という如何にも私らしいものなのですが、普通、今までは「大河」の感想を書いたりすると、私の記事のレベルが如何に低い物であったとしても、アクセス数が1.5倍ぐらいに跳ね上がったりすることがままあったのですが、今は「いだてん」の感想を書くと、だいたい80%ぐらいになってしまうのですよね。これはずっとなんですよ。

見ていないドラマの感想なんか読まないですものね。

だけど作品のレベルが本当に高いので、私はこの先も応援して行きたいと思っています。

「がんばれ、『いだてん』!」「走り抜け、『いだてん』♪」

 

そして13回の「藤原竜也のラジオ」でも、その主演である中村勘九郎さんに対してのエールソングが流れましたね。

流れて的には、「二回道」のDVDのCMから、その「二回道」の想い出、「三回道」もやろう、その時のゲストにまた出てもらおう、でも今は撮影が大変だ、だからエールの歌をと言うものだったと思います。

だけどいつもちゃんと思ってる。

そんな所が素敵だなと思いました。

 

しかし今回、つまり13回は、楽しかったけれど、ちょっとバタバタ感が半端なかったですね。

もう少し流れをちゃんと作ってやって欲しいなと、スタッフさんにお願いしたいと思いました。

名前すら紹介されないあなた様が、肝心な所を抑えているのですよ、実は・・・・・。

と、ここに書いても届かないだろうなぁ。

 

これ、勘九郎さんに届けばいいなぁと思った竜也さんと同じかしら・…違うか(笑)

 

「北風小僧の貫太郎」は下に貼っておきますね。

そうそう。この場合はやっぱり「勘太郎」の方が良いですよね。

 

それとひとつ前の「12」。

間が空いてしまったら、ほとんど忘れてしまったのですが、あの「効かないよ」の話はとっても怖かったので、それは忘れられませんよ。

先日友達に会った時に、この話をして盛り上がったのです。いや、みんなで盛り上がったかどうかは不明。少なくとも私のテンションは上がっていたと思います。→「令和」に会おう

いろんなものが「恐怖症」の竜也さん。怖いものの一つに、「怖い物」がある…って、分かり辛い書き方ですね。地方なんかに良く行く機会のある役者さんたちは、けっこう同じような経験をしているのではないですか。

ロケ先の旅館なんかで、テレビつけっぱなしや電気つけっぱなしで寝たりするときは怖い時みたいなことを、その時滞在していたお寺の住職に言ったら、指を鳴らして何かを唱えるとだいたいの雑霊は去ると教えてもらった。

そしてある時の真夜中、クローゼットの中のハンガーがカタンカタンと鳴りだして、そうだ、あれだと実行したら、耳元で「効かないよ」と声がした・……と言うお話だったと思います。

最後のオチの所で、本当に「キャー」って思いましたよ^^

私から聞いたお友達も、最後に「コワーイ」って言ってました。

 

今回(13)も、お便りでラップ音の怖いお話が有りましたが、私、これは空調に関係のある、ある種の家鳴りだと思っているんです。以前竜也さんのお芝居を観に、初めて一人旅をした時のホテルでのパッキーン、バーンという音が、本当に半端なかったですよ。で、空調をつけたり止めたりして、何分後にその音が鳴るのか測ってみたら・・・・・って話は、水を差すようなものなので止めておきます。

だけどね、世の中には本当にあるよ、本当に怖いなぁって思う出来事がね。

 

こわこわこわ・・・・・ってなわけで、また次回。

 

 

 

 

そして、「12」で流れたこの曲も貼っておきます。昔から、ちゃんと聴いたことがなかったのですが、ちゃんと聴いてみたら、いい歌だったのですね。↓

 

前略、道の上より 一世風靡セピア

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いだてん第14回「新世界」

2019-04-15 00:30:31 | ドラマ (大河)

平成から令和に元号が変わろうとしている今、一足早く「いだてん」の世界では明治から大正へと元号が変わっていました。

今回の二階堂トクヨの登場、良かったですね。

彼女の発言、またはその師である永井道明の言葉は突き刺さるものがありましたが、かなり正論で共鳴できました。

敗因をあげれば、すべて言い訳になってしまうと言う考え方は、日本人には多く見られる思考だと思います。だけどそこで敢えて、「敗因は何か。」と問う二階堂に、「敗北から学ばなければ意味が無い。」という永井。

それに彼女を囲んで詰め寄る男子に、牡丹餅とカツを入れるのも痛快でした。たまたま男子に生まれただけで…と言うシーンです。

このシーンは、男の人から見ると、意外と決まりきった表現の仕方に感じるかもしれませんが、このセリフひとつで、私なんかは二階堂が凄く好きになりましたよ。

私は大河を見た日のかなり遅い時間になってしまいますが、ツイッターでいろいろな事を補完させていただいています。自分では気が付かなかったことがいろいろあるからです。

例えば

かな ドラマ鑑賞アカさんの
『@kanadorama
歌舞伎の家に女として生まれた名女優が、歌舞伎役者の主役を叱り飛ばす二重構造に思わずニヤリ』

とか、深いですよね。

ところで今回のテーマは、やはり新しい時代の変化でしょうか。
または帰還と旅立ちとか。

皆の変化の有様が様々で、ひとつひとつが印象的で、またまたすべてを書く事なんか出来ません。

とりあえず二階堂はイギリスに旅立ち、新しい女子体育の道を切り開くのですね。この人はホッケーなどを日本に紹介した人らしいので、女子にばかり貢献したわけでもないかも知れませんね。一応検索して分かった事を簡単に書いたのですが、検索してさらに分かってしまったのは、意外と早死にだったんだなあと言う事です。と言っても40代50代でなくなるわけではありませんが。

そして今日、感動的な旅立ちをしたのは孝蔵。新橋駅で駆け付けた円喬との別れのシーンは胸を打ちましたね。
去る円喬は、ずっと走って来たものだから、足がフラフラでしたね。
彼が孝蔵を手放したのは、彼の病気に関係があるのでしょうか・・・。

この時、円喬にたけしの物真似をさせて、クスリと視聴者を笑わせたのもクドカンらしいと思いました。

そう言えば、ツイッターで思い出したのですが、9時くらいにツイッターを覗いたら、「ドッジボール」の事しかTLに並んでいなかったですよ~。
可児徳先生の唯一の功績が、日本にドッチボールを広めた事らしいのですが、どうも皆さんに恨まれてしまったみたいですね。
「可児先生のせいだったのか。」って。

因みに私の・・・・・って聞きたいですか、それ。
たぶんどうでも良い事だと思うので、以下三行ぐらいはスルーしてくださって良いですよ。えっ、話すのかいっておっしゃられるかもしれませんが、話したいでしょう、ドッチボールの想い出ですよ。そりゃあねぇ。
私、何でかボールを取ったり交わしたりするのはなんだか得意だったみたいで、だけどちゃんと投げられないんですよ。人になんかぶつけられないし、敵の陣地を超えて味方にもボールを渡せないんです。要するに戦力外。だけど最後まで生き残っちゃうんです。その時の敵にも味方にも「あーつまんない。」と言う顔をされて・・・・なんか惨めだったな。
ああ、やっぱり
「可児先生のせいだ !!」


書ききれない今日の見どころシーンは、
帰還した治五郎の窓際。
大森の哀しい帰還。
天狗党解散。
三島弥彦と共にオリンピックの映画を見に行く。
などなど。

もちろんスヤとの突然の見合いには驚きを隠せません。
「時間が無い。続きは来週。」と言う、幾江さんに思わず笑って次回ですね。
ついでながらなるほどなツイートをまた載せておきますね。

藤緒さんの
『@_elze しのぶに始まりしのぶに終わる』
 
それから
ひぞっこさんの
『@musicapiccolino
【フラがある】「フラ」というのは「生まれ付き持つ不思議な魅力、おかしみや親しみを感じる雰囲気」のこと。 落語用語辞典では「理屈では説明できない、天性の不思議なおかしさ」と説明されている。「フラがある」というのは 落語家としては最高の褒め言葉だそうだ。』

フムフム。
ありがとうございます♪

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2019年の4月1日は月曜日

2019-04-14 01:48:47 | 梢は歌う(日記)
 
2018年の4月1日は日曜日
 2017年の4月1日は土曜日。 2016年の4月1日は金曜日。 今年の4月1日は水曜日。 4月1日、火曜日 4月1日、月曜日。今朝実家にて「今日は4月1日だ。」と......
 

上の囲みは昨年の4月7日に投稿したもので、2013年からの同じタイトルのツリーになっています。

なぜ今頃その記事を書いているのかと言うと、それはですね、すっかり忘れてしまっていたからなんですよ。

2013年の4月1日の記事には、その年が最後の4月1日だった父とのエイプリールフールの応酬をしていました。

その父との思い出や、エイプリールフールの日の出来事を語っていたこの「4月1日」の記事。

 

それなのに忘れてしまったのです。

 

今年の5月には父の7回忌があります。

私たち姉妹は、決して父の事を忘れたわけではありませんし、事あるごとに思い出話を語ったりします。

だけど、時にはあの瞬間が特別なものに思えた過去のある時間が、日常の中に溶け込んでいってしまう事は、このようにある事なんだなと思いました。

今年の4月1日に選んだエイプリールフールネタは、2015年の「たくちゃん」のお話。→「吉田拓郎ラジオでナイト」で悔いる事は、

そのメールも、本当にたまたま見つけたのですよ。

本当はその日に、そのメールを見つける事に意味があったのかも知れません。

でも近頃ぼんやりと生きている私には、送られてきていたメッセージを受け取ることが出来なかったのでしょう。

 

何やら怪しい書き方。

 

私は、見えない者たちに語りかけられ守られているんだと信じている方。何かメッセージを送られても、こちらの受信機の調子が悪ければ受け取る事なんか出来なくて、いわばそれを感性ともいうのですよね。

 

だけどブログのお蔭で、あの時の父との楽しい会話を思い出すことが出来ました。

 

そしてもう一つ、4月に入って大事な事は、「四月はもう一つの新年だ。」と思い、自分の目当てや生活の再チェックをすることです。

 

ああ、やってないな・・・・。

いや、微妙にやって居ると言えるのでしょうか。

こんな事ではいけないとか、こんな事をしたいとか、時々モアモアと考えています。

でもモアモアとした感覚ではダメで、ちゃんと具体的に上げて行かないと何一つ実行して行かないのですよね。

 

とにかく4月はお片づけ月間です。だけど何とはなしに進まないのは、何かをしながら録画消化なんかしているからで、家に居たら居たらで楽しい事優先させてしまう私。

それでは進まないのは無理もない事ですよね。

何事も覚悟と具体的な計画が必要なんですね。

 

とりあえず今日は、午前中が研修会ですっかり疲れてしまったので、スマホ内の整理をしていました。

もうどこもかしこもとっ散らかっている感じがして、遣り甲斐があります・・・・ふぅ。

 

因みに今年の4月1日は何をしていたのかと言うと、新しい元号が発表になるので、お出掛けもしないでその時間にワクワクしてテレビ前で待機していたのでした。

その日は何をしたかなあと、すぐには思い出せなかったのですが、今年の4月1日は大きな一日だったといえるのでしょうね。

 

 

 

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「令和」に会おう

2019-04-13 01:16:50 | 梢は歌う(日記)

昨日、ブログ生活4848日目だった。

 

こういう数字が好き。4も8も私の好きな数字だし。

ああ、でも「シワシワ」とも言うのか。いや、待てよ。「しわ」がダブルなんだから「しわあわせ」、つまり「しわわせ」って事でいいんじゃないかな。

まあ、うちの夫殿なんかに、もしもこんなことを言ったなら、

「そりゃ、『しあわせ』って言うんだ。」などと実も蓋もない事を言いそうだ。

あー、やだやだ。

 

ところで昨日、妹は抗がん剤治療に備えて、髪をベリーショートにしてきた。

長い髪で抜けると怖いからと言っていた。

言われて初めて気が付いた。

想像すると本当に怖い。日本古来の怪談のシーンになってしまう。

経験しないと分からない事は一杯あるよね。

新しい髪形も、凄く彼女に似合っていて、送られてきた写真の中の彼女は素敵な笑顔。

なんて強い子なんだろうかと、尊敬の気持ちが芽生えたよ。

 

だけどお姉ちゃんは、って、私の事だけれど、きょう申請しておいたパスポートを取りに行き、10年前の古いパスポートの写真と比べたりしていたよ。

確かに10年前は若いな。当たり前の事だけれど。

だけど今の顔だって嫌いじゃないや。

それが大事よね。

 

そうは言っても夕方になった頃、私はすっかり疲れてしまい、中学生の前で

「もう人生に疲れました。」と言ったら、

「この前読んだ本に、人が一日一回ぐらい死にたいと思うのは普通の事なんだと書いてありました。」

ー いやいや、死にたいなんて言っていないんだけれど・・・・・

と思ったけれど、死んじゃっても良いやぐらいは結構思う人。

「うんうん、なるほどね。でも私はシガラミも多くて、今はとても死んじゃいられないと思っているから安心してね。というか、死にたいと思う事は普通の事でも、君たちは絶対に死んではダメですからね。」

と、たった一言の愚痴からもお話は広がってしまうのだけれど、そう言う事も大事な事かなって思う。

 

その前の日、月一ぐらいで集まるお友達とランチをしてきた。言うなれば「平成最後の奥様ランチ、その1」と言う感じかな。最後と言いながら「その1」^^

お友達が、このブログを読んでくれて、

「今まで藤原竜也とか吉田拓郎の事なんて話したことあったっけ。」などと言うので、思わず

「藤原竜也のラジオ」の話や、藤原竜也のあれやこれやと思わず暴走してしまった。

で、「あっ、すみません。ついつい、熱く語ってしまったよ。」と謝る私。

だけどすごく楽しい時間だったな。

本当はこの奥様ランチ、書こうと思ったらなかなかネタもあるのだけれど、キリもないし、深く考えて書かなくちゃと言う所だけれど、真夜中で頭も停止気味だから止めておこう。

それで、別れ際に

「じゃあ、次に会う時は『れいわ』だね。」と私が言うと、一瞬きょとんとした友達。

「次に会うのは5月だからもう令和でしょって事よ。」

「ああ、本当だねぇ。」「早いよね~。」

 

そう。いつだって思う。時の走り去る速さを。


 

 

 

 

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丘と谷と中華しかない

2019-04-11 21:17:23 | 家族スナップ

《トップ画像は実家にあったチューリップです。》

昨日はルート君が免許書き換えとかで久しぶりの平日休みでした。

それで二人で本当にこれもお久しぶりにランチに行きました。

比較的近い所にあるピザとパスタのお店です。

 こんな前菜が付くので結構お腹がいっぱいになります。

そしていつもここでは肝心のピザの写真を撮り忘れてしまいます。

二枚のピザをシェアして、

 食後にドルチェと珈琲を頂いたらお腹も一杯になりました。

 

震えるほど寒い雨の日だったので、この後少々買い物つきあってもらい帰宅しました。

 

このように食べたものなどを記録していると、こりゃ絶対に痩せるわけがないなとは思うのですが、続く時には続くのです。

 

 

先日横浜に帰ったのは7日で、だいたい横浜に帰った日の夜は、ラッタさんと会う事にしています。

7日の日の昼は中華街に行って、中華を食べたわけですが、その日の夜はなんと横浜東口アソビルの崎陽軒の「シウマイBAR(バル)」に行ったのです。

昼間のお食事の画像は→母の過去を辿るミニ旅

そして夜は

昼間も焼シュウマイを食べたと言うのに・・・・・。

 

「以前にもこんな事があったな。」と私は言いました。

以前と言うのは昨年の11月の事で、父の誕生日近くにいつも墓参りに行っている我が一族。

生前父が、墓参りに来るときはついでにみんなで遊んで帰ると良いよと言っていましたが、その言いつけだけは守っている私たちでした。

 お馴染みの街中温泉に行って、

お昼はこんなものを頂いたのですが、お昼も参戦していたラッタさんは途中で前日の寝不足がたたり、お昼目タイムになりデザートも食べず、夕方にはすっかり腹減らしになっていました。

因みにこの日のお風呂では、ボジョレ―ヌーヴォー解禁にちなんでワイン風呂があり、皆でそのお風呂を楽しみました。ワインの継ぎ足しが、凄く面白かったのですよ。みんなの手の中にワインを注ぐのです。ほとんどがお風呂の中に零れてしまうのですが、手の中に残ったワインを頂きそして顔などにもピシャピシャして楽しむのです。

一緒に行った叔母とか姉などは「いいよいいよ」と尻込みしてしまったのですが、意外な事に母などは積極的に楽しんでいたのが、なぜか嬉しかったです。

「やるじゃん、お母さん。」ってな感じでしょうか。

 

そしていったん解散した後、再び横浜駅で待ち合わせをした私とラッタさんは

 こんなメニューをシェアして頂きました。主に腹減らしのラッタさんメインだったと思いますが、なかなか庶民的な感じの味のお店だったと思います。

店名を載せないと、あまり情報にはなりませんね。

ええと、たぶん「龍王」だと思います。(なんかここにまた行きたくなりました。安いしね。)

 

ところが翌日、母がお昼に連れて行ってくれたのはやはり中華のお店。

私は母が、いつも

「私はたくさん食べられないから、ちょっとでいいの。」と言う言葉が気に入りません。

母はそれでいつもこのお店で「お子様ランチ」を食べるようになっていたのです。それはどんな味なのかなと、前に私も食べてみました。子供用なので塩分控えめなのは良いのですが、半ラーメンにポテト。それでは大人のお食事には栄養的に不足ですよね。

それで姉と母と私でシェアしたのがこれです。

 

実はこれに餃子もついていたのです。

なんか取り分け易いと言う理由で、このメニューになってしまったのですが、

私は心の中で・・・・・

「何か、何かが間違えているような気がする。」と呟いていました。

別に横浜中のお店のチャーハンや焼きそばを極めたいわけでもあるまいしね (^_^;)

 

母は「私はちょっとで良い」と言いながら、少しずつ分けると、ちゃんと全部食べられるから多くはダメと思い込んでいるのかも知れないなと思っています。

 

老いた人には、栄養は取っていただかなくてはなりませんよね。(私はまだ控えめにしなくては・・・・ふぅ)

 

それはともかく、話を元に戻して7日の夜のラッタさんとの会話の続き・・・。

「なぜいつもいつもこういうような事が起きるんだ。」と私が言うと、

「仕方がないよ。横浜には丘と谷と中華しかないんだから。」とラッタさんが笑いながら言ったのでした。

「海もあるじゃない。」と私が言うと、

「海が見えるのは一部だけで、殆どどこに行っても見えないし、美しい風景を普通に暮らしている横浜で見たことが無いな。」とまた言いました。もちろんそんなにマジメに言っているのではなく、私の中華続きの食事をちゃかして言っているにすぎないので、嘆いているわけではありません。

だけど「中学の時、ずっと海を見ていたよ。」と言って、私は考えてしまいました。

以前、家の近くの坂をずっと歩いて上がって行った時、どんどん道幅が狭くなり、行ってみたかった尾道体験はここでも出来るなと思った私でしたが、確かにそこを登り切っても、海など見えないのが横浜と言う所です。

見えるのは、向こうのお山の上にある団地群です。

 

ああ、なるほど~とその時私は思ったのですが、

でもね、ラッタさん。

普通の暮らしの中の美しい風景は、やっぱりどこに行ってもあるよ。

 

11月の横浜の帷子川の風景です。

 

ところで翌日の8日のお昼の話ですが、母が連れて行ってくれるのはいつもの中華屋さん。

御馳走してくれるのに、何も文句などありません。ところが母が言いました。

「もうすぐ年金が入るから、気持ちが大きくなってるのよ。もっと良いところでご馳走してあげる。」

本音を言うと、「助かったな。」と思いました。中華三連は、やっぱりなって誰だって思うでしょ。

で、

 

 秋葉原駅のはなもも。

 家の近くの駅の風景。

だけど季節は次の新緑の季節に向かっていますね。

 

だから寒さよ、飛んで行け~~!!

 

 

 

 

 

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