森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

手賀沼のほとりを歩く その2

2020-05-28 00:52:11 | お散歩&写真日記

「あのね、ルート君。あたし、手賀沼はもっと違う所を歩きたかったように思うの。

ほら、ここよ、ここ。」と彼に地図を見せて、またも25日の日に連れて行ってもらいました。

すっかりお散歩仲間になった息子(無理やり !)

《5月13日のお散歩日記は→手賀沼のほとりを歩く》

 

 

やっぱり水辺の風景は美しくて、テンションが上がりました。

 

そして、手賀沼では白鳥に普通に出会えることを、私は既に知っていました。

 

途中で石碑とかもあります。

 

えっ!?      「箕輪城」!?

わぁ、行ってみたいなぁ。

と前を見ても、ルート君ははるか前にいる。

まあ、いいや。帰りにねと思ったのに、数メートル歩いたら忘れてしまいました。

だって、

 

こんな風景を見ながら歩いていたら、それは忘れても仕方がないと言うものですね。

もちろん、「箕輪城」と言ってもお城があるわけではないですよ。城址跡と言う石碑もないみたいで、あるのは堀や土塁ぐらいなんですが、困った事にそう言う所にときめく私。ちょっとお友達とかお誘い辛いものがありますよね。

この下の画像のヒドリ橋まで行き往復しました。ちょっと今の体力では手賀沼1周は自信がありませんから。

祖のヒドリ橋の上から見た風景です。

あっちと

こっち

 

よく見ると白鳥が泳いでいたり、黒い鳥が佇んでいたりしていました。

そして、帰りはヨロヨロしながら、それでもまたもいろいろな風景を楽しみながら元来た道をトボトボと帰りました。

本当に人慣れしている白鳥さん。傍に人が多くいても全く動じません。

 

 

 そして、お食事。お昼を過ぎてしまいましたので、「道の駅」で頂きました。

この日は10400歩でした。

この後、私はほんのちょっとのお仕事があり、ルート君も電話がかかって来て仕事に行きました。

なにげに満足度の高い一日になりました。

 

だけど写真をたくさん撮ってしまいました。手賀沼散策日記は「野の花編」に続きます。

ところで夜にブログ周りをしていたら、10年前の今日の記事をリンクしている所があって、良いアイデアだと思いました。思わず私も10年前の今日のブログを読んでしまいました。それは、5月26日(水)のつぶやき

と言うツイッターのおまとめ記事で26日のつぶやきを載せているものなのですが、私は10年前の26日の日に見た「あさイチ」の冷蔵庫の掃除術を今も実践しています。ちょっと「へぇ」と思いました。

しかし10年も前の事がおととい当たりの事のように感じます。

やだわ~、それって。

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WOWOWドラマ「太陽は動かない―THE ECLIPSE―」

2020-05-27 01:00:16 | テレビ・ラジオ

5月24日の日曜日から、楽しみに待っていた「太陽は動かない」が始まりました。

言っても仕方がない事ですが、本当だったら5月15日に映画の方も公開され、先にそちらを見て、この鷹野と田岡はこんな風にバディになっていったのねと、後からドラマでしみじみ思ったと言う流れだったのかも知れませんね。

ベテランと新人のバディは、新人の成長を見守る楽しみもあって、その新人のせいでピンチになったり振り回されたりするけれど、それをベテランの方がクールに解決して行くと言う定番の楽しみ方があるじゃないですか。

「定番の」などと書くと、あまり褒めてないような感じですが、それは私の表現力に問題があるだけで、そこは大事なポイントだと思うのですよね。

この王道の設定が、凄く良かったのですよ。

物語も凄く面白かったです。

あっと言う間に終わってしまいました。

このドラマは映画と同時に一緒に作られていたのですってね。

だからドラマと言えども、クオリティが高いなと感じました。

メイキングも見たのですが、鋼太郎さんが「普段の話し方とギャップが大きいから・・・」と。

知ってます。「三回道」を見たばかりですから。

その役になり切った時の集中力が凄くて、ある種の才能だとも言っていましたよね。

そうなんですよね。たとえ、このドラマを見る直前に「三回道」を見たとしても、もうそこにいるのは鷹野なんですよ。

そしてすでにもう鷹野も田岡も大好き。

全6回。これを毎週見られるなんて幸せです♪

 

爆弾解体のシーンで田岡が最後の線を切るのをためらうと、

「大丈夫だ。」と鷹野が励ますじゃないですか。

「死ぬときは一瞬で済むから。」

えっ?

と言うような言葉だけど、ちょっと私痺れました。(セリフは不正確です。)

 

かっこ良かったですが、第一回は負けスタートのような感じですか。あの世界博のメイン会場の爆発シーンは凄かったですよね。

あー、当たる当たると心配してしまいましたが、冷静になってみれば当たるわけないじゃない(^_^;)

はいはい。私は感情移入度が高いものだから・・・(笑)

 

あらすじとか書かなくてすみません。

だけど1話は無料で視聴できます。→こちらから

 

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緊急事態宣言解除。少しずつ移り行く季節

2020-05-26 00:13:50 | 梢は歌う(日記)

「緊急事態宣言」が解除されましたね。やはり記録しておこうと思ったので、あえてタイトルに入れましたが、難しい事や、役に立つ解説などを書くわけではないので、あしからず・・・・です^^;

だけど解除されても、油断禁物ですよね。

先週の土曜日、姉妹たちとラインで話したことですが、

「もうすぐ、この緊急事態宣言は解除されると思うの。でも念のため6月には会わないで様子を見ようね。そして7月の後半に会うということを目標にしようか。」と言うことになりました。

4月に自由が丘で会おうと言う事になっていたけれど、もちろんそれは延期になっていました。

「2波が怖いからね。私もすぐに出る気にはなれないわ。」と妹のスノウさんが言いました。

まだ彼女は抗がん剤の治療中です。

だけど私たち姉妹は皆それぞれに病気を持っていて、誰がコロナに感染してしまっても、とても軽症で済むとは思えません。年齢的な事もあるので、やはり気を付けて行きたいと思っています。

 

ところでトップ画像は、マンションの紫陽花です。

こんな風に色づいていたのはほんのちょっとだけでしたが、

ふと気が付いたら、いつの間にやら紫陽花たちが

 

すぐにやって来る、自分たちの出番を待っていました。

「紫陽花の季節」が凄く楽しみです。

 

そしてまだまだ続いている「薔薇の季節」も。

 これはこれから咲くマンションのアーチの薔薇です。

 

そして17日の日曜日に、閉じられている公園の薔薇園をまた覗きに行ったのです。

考えてみたら、こんな風に誰も居ない薔薇園を写したことなどなかったかもしれません。

 

 

これはこれで、なんか良いかも。

この薔薇園も6月1日から開くかもしれませんね。

毎年、会いに行っているこの薔薇たちと、もっと近く出会えるかも。

と言っても、密になるようなら入りませんよ。

でもね、ここ、平日も多くの人がやってきているけれど、やっぱりちょっとカントリーってところが良いのか、元々ワイワイと混みあった事などないですからね。

あっ、今脳内で、「ちょっとカントリー」または「ちょっと田舎」とも言うけれど、そう言う所ってやっぱ、イイよねって再確認してしまいました。^^

ついでですが

 

「春から秋にかけてずっと紅葉しているのが特徴」と言うノムラモミジの名前を、この日に初めて知りました。

この木はずっと昔からここにあったと思うのに、この日に初めて意識したのだと思います。赤く綺麗だったから。

「知らないことが一杯あるから、新しく知る事が出来て、だから楽しい。」とまた思いました。

 

そしてこれはマンションに咲いていた野の花。

「アメリカフウロ」

私、ついつい最近知ったのですが、スマホの画像から花の名前を教えてくれるアプリがあって、フォトの中にいつの間にか入っていました !

あんなに色だとか季節だとかで検索しながら、名前に辿り着いていたと言うのにびっくりです。

凄いですねぇ。

 

移っていくのは季節のみにあらず。

着いて行く事にフゥフゥ言っている毎日です^^

 

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麒麟がくる第十九回「信長を暗殺せよ」

2020-05-25 02:59:30 | ドラマ (大河)

土田御膳が泣いている。

愛する息子、信勝の亡骸の前で。

当たり前よね。息子なんだから。

ああ、何で。今日の朝までこんなことになるなんて思わなかったのに。なんで、どうして。

そんな事を思って泣いていたのかな。

信長と向き合う土田御膳。

「母上、申し訳ありません。」

そう言いながら、信長は母にも本音で迫っていく。

同じ息子でありながら、なぜ母は私を遠ざけたのだと。

「幼き時から、いつも私の大事なものを奪い続けた。可愛がっていた小鳥を殺し、茶器を壊し・・・、

信勝はいつも私の心を癒してくれた。」

 

だってさ、皆さん。

あなた様が元凶よね。

そう思われた普通のお母さまたち、多数いらっしゃいませんでしたか。

男の子って破壊神の弟子みたいな子もいるじゃない。

信長って、ある種の破滅型天才で、今の世の中だったら多動性の学習障がい児とか言われるものだったかもしれないかも。

だけど土田御膳、母になる覚悟とか無かったのか。

 

この部分、確かアバンよね。

だけど物凄く心を持って行かれました。

なぜなら私も二人の男の子の母だから。

「そなたはまたも私の大事なものを奪ったのじゃ。弟を殺しただけでなくこの母も殺したのだ。」

とか言っていたように思うけれど、このシーンは、確かに信長が信勝を再び許し、そして今度こそ真の兄弟になって行くかもしれないと言う可能性に掛けると言う選択肢は確かにあった。だけど、たいがいはどちらかが死ぬと言う二者選択だったように思う。

もしも信長が見舞いの水を飲み死んだとしたら、土田御膳は何と言ったのだろうか。

あれっ ?

頭の中で、何か違ったドラマのセリフが鳴り響く。

「お前が死ねば良かったのよ。」

何だっけ、これは。

だけど信長を責める土田御膳の長きセリフは、言い換えればこれにあたるじゃないのか。

 

恐ろしいな。

「父を亡くし弟を殺め、母をも失ってしまった。」

寂しそうに呟く信長に、帰蝶は(あの金魚の前にずっといたのかしら?)優しくそっと微笑むのでした。

良かったね、帰蝶が居てくれて。私は本当に心からそう思ったのでした。

 

終り。

 

じゃないですよね。

と言うわけで本編の感想ですが、寂しい人が二人出てきました。

ひとりは京に戻って来た足利義輝。京から離れていた年月と実際に何の力を持っていないと言う現実が、彼から夢や希望を奪ってしまったのでしょうか。

覇気もなく、対今川の策として義輝を頼った信長に対して官位を与え、力のない将軍から与えられた官位が上位だから歯向かわないと言う理屈でしか答える事が出来ずに、彼を失望させるのでした。

 

その信長上洛のおり、斎藤義龍らからの信長暗殺計画が出ていると噂されていました。

それを松永を頼って回避させた光秀。この事はちゃんと信長に伝わったのかしら。

その松永が義龍のところにやって来た折り、義龍は光秀を呼びつけます。

 

「今度会ったら首を跳ねると言っていたのに、どうしたのだ。」と命を奪われるかもしれない相手の心配をする光秀。

義龍は、母を亡くし弟を殺し父を殺し、恐ろしさゆえなのか、今彼の周りにはイエスマンしかいなくなってしまったと嘆きます。

「悔いているのか。」との問いに、

「悔いている・・・・・」「と答えたら、戻って来てくれるのか。」と彼は言うのですが、彼は悔いていたのだと思います。涙なく寂しさと悲しみを表現する伊藤さんが凄く好きです。

それでもお主にはつかぬと突っ張る光秀。

だけどその理由をちゃんと語ります。「大きな国」を作るため。美濃の国を大きく豊かにする夢を抱く義輝には着いて行かないと言う事なのですね。

本当に彼は光秀を慕っていたのではないかと思います。肉親の愛を切り捨てた後も、光秀にはいて貰いたかったのでしょう。信長に帰蝶がいたように。

光秀が席を立って行く時、私は思わず先走って「さらば友よ。」と言ってしまいました。すると義龍も「さらば、もう会う事もないだろう。」と言いました。

本当に「さらば」と言う言葉がぴったりのシーンでしたね。

彼は2年後に病死だとナレ死。でも血を見過ぎたと疲れた顔をしていた彼には、その死が相応しいような気がしてしまったのでした。

 

なんだか今回は短い時間にいろいろな事が詰まっていて、あっという間に終わったようにも感じたし、意外と長くにも感じました。

越前での浪人生活は、イイ感じでしたね。塾を開き子供たちに読み書きと礼儀を教える。繁盛しているようですし、そして熙子はご懐妊。その喜ぶ姿が微笑ましかったです。

 

と言うわけで、また次回も楽しみです。

 

 

 

 

 

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藤原竜也の「三回道」は楽しかったですね♪

2020-05-24 13:19:33 | テレビ・ラジオ

なんだかこの番組に触れないと、私のこのブログ的には先に進めないような気がしてきました。

そんなには期待されていないと思うのですが、やはり中には「なーんだ~」ぐらいは思われている方もいらっしゃるかもしれないなと、勝手に思ってみたり・・・・・(^_^;)

実は毎週は見ていなかったのです。

近頃、いろんなことに疲れちゃって、録画を毎週すると言う事が嫌だなと感じたからなんですが、言葉にそれを直すと、なんか何かの重症みたいな感じですね。「何かの」が何かは知りませんが。

で、パラビ(paravi)で数回に分けて見ました。

毎回声を出して笑ってみてました。

 

勘九郎さんとの陸上のガチバトル。

「走り幅跳び、負けたことがない。」などと言うけれど、勘九郎さんの4メートル越えの記録には遠く及ばず。

強気の事を言っても、さりげないPさんの「いつも言うんだよ。」的な言葉が聞こえてきたりで、意外と肩の凝らない現場じゃないかなと感じるのですね。だから見ている方も、けっこう竜也さんが言いたい放題の時があってもヘラヘラして見ていられる感じです。

バタヤンの、やっぱり走り幅跳びで竜也さんに勝った時、竜也さんがマジにテンションが下がってしまった時に、凄く嬉しいけれど、何気に気を使うと言うじゃない。だけどそれを番組内で言えちゃうのですよ。気は使っても、それを番組内で言えちゃうのって凄いと思うのですよね。

で、その後ビリビリをバタヤンにしかけて来て、それにノッテあげると(たぶん、気を使って^^)、元気になって、「あっ、機嫌が直った。」みたいなことを言われていて、なにげに「子供か!!」って可笑しくなってしまいました。

言葉は、まだぜんぜんパラビで見る事が出来るわけで、確認できるのですが、確認しないで書いてすみません。

 

あんなに電流を浴びて良いのかと、老婆心で思ってしまったりもするのですが、フフフ、(⌒▽⌒)アハハ!と笑っていました。

「三回道」はオープニングにも凝ってなかったし、6回と言う短さと言うのは、やはりコロナのせいだと思います。だけどこのユルユルさなら、「四回道」も「五回道」も出来ると思うので期待しています。

印象に残った事を最後にいくつか書きたいと思います。

沖縄の「狭い遺産」のお店で、結婚式間近のカップルと出会って、そのカップルの彼女が竜也さんの印象に残っている番組を語ったでしょう。デートの番組。これは私も覚えているのですが、その頃は、そんなには竜也さんの事を応援はしてなかったような気がします。でもいい感じだったのですよね、そのデート。

「好感度が上がりました。」と言い発言だったのですが、ぼそっとチッチャナ声でちょっとだけ出た彼の本音、

「何だ、バラエティか・・。」。別に深刻な感じではないから、フフと言う感じで次には

「前にそう言う番組に出たんですよ。」みたいないい感じの会話にはなったのですが、私的には心に残った一言だったのですよね~。

だって彼は俳優さんですからね。タレントさんではないのですよね。

 

今日からドラマが始まるのが、やっぱり楽しみです。

私がこれからもたくさん見たいのは、ドラマに映画に舞台なんだなと、その一言で感じてしまったのでした。

 

そして2回目の時でしたっけ。

お買い物に出ている竜也さんを追いかけて、バタヤンこと溝端淳平さんが竜也さんと勘九郎さんを追いかけるじゃないですか。

その時、高校生の恐ろしい発言。

「勘九郎さんと、後誰だっけ。」

わざと「小栗旬 ?」と言うと

「そうそう、勘九郎さんと小栗旬。」

で、それが普通に放送されちゃう・・・・・。

ちょっと竜也さんのみでなく小栗氏にも失礼な話じゃないですか。

これ、本当に仲間内のノリと言うもので作られている番組だと感じちゃうのは、こう言うところなんですよね。

きっと誰も怒らないのですよね。

(注:批判ではありません。)

でも私はちょっとだけ驚いてしまいました。

 

だけどその前に、竜也さんと勘九郎さんの会話が、その前振りだったと思います。

17歳は、もう俺らじゃないんだよね。、と言うやつ。

福士蒼汰とか・・・後誰って言ったけな・・・・松坂桃李も違うと言っていましたね。

もちろん私たちだってそうなんだけれど、時代と共にいろいろなものと何気に闘っていかなくてはならないのは、今を時めく俳優さんたちも同じ事なんですよね。

「松潤はどうなの。」と勘九郎さん。

彼は幅広いよと竜也さんは言いましたが、それはあなたたちだって同じよと私は心の中で言いました。

なんたってこのワタクシ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(・が多いよ !)・・・、まっ、イイか。

 

最後のこれからも良い番組を作っていかなければと言う、彼の挨拶は良かったですね。

 

そして今日は、wowowで10時から「太陽は動かない」です。

youtubeでもやっていますが、そう言うのはよく分からないと言う方もいらっしゃると思うし、テレビに取り込めない方もいらっしゃると思います(我が家もそうなんです(/_;))。

1話目は無料放送ですので、どうぞテレビの画面で !

 

 

 

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自分の中の

2020-05-22 00:47:58 | 詩、小説

ちっぽけな私がいる

ちっぽけな私が怒っている

怒っている私をじっと見ているもうひとりの私がいる

怒っている私をじっと見ているちっぽけな私がいる

 

同じちっぽけな私なのに

悟ったような顔をして

「まあまあ」なんて言うんだよ。

 

ちっぽけな私がいる

ちっぽけな私が笑っている

笑っている私をじっと見ているもうひとりの私がいる

笑っている私をじっと見ているちっぽけな私がいる

 

同じちっぽけな私なのに

泣き女のように涙を流しながら

「無理するなよ」なんて言うんだよ。

 

ある時私は泣いていた。

理由もなく泣きたいから泣いていた。

涙が手のひらに溜まるほど泣いていた。

 

ちっぽけなもうひとりの私が

「君はほんとうにちっぽけね。」なんて言うんだよ。

だから私も「あなたもね。」と言い、

そして私と私、

にっこり微笑んで今日と言う日の旅に出るんだ。

 

 

 

 

 

 

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名探偵ポワロ第2話「ミューズ街の殺人」

2020-05-21 00:56:12 | 海外ドラマ

第1話の時も関係のない画像を載せたので、今回も載せます。まったくお話とは関係のない記事の賑やかしです。

またも閉じられている薔薇園の前を通りかかったので、門の隙間から撮った盛りの薔薇たちです。

※         ※

気まぐれに感想を書いて行こうと始めた、大好きな「名探偵ポワロ」の感想ですが、まだ第2話「ミューズ街の殺人」Murder in the Mews です。

NHKのHPからあらすじを・・・。

『祭りの夜、ミューズ街に住むアレン夫人がピストル自殺した。彼女は自室で、左手に銃を持ち、左頭部を撃ち抜いて倒れていた。しかし、同居する友人によると、夫を亡くしていたアレン夫人は新たな婚約者もいて、自殺する理由がなく、しかも彼女は右利きだという。また、部屋からアレン夫人が銀行からおろしてきたばかりの現金がなくなっていた。ポワロが調査を進めると、その夜、夫人を訪ねてきた男の存在が浮かび上がる。』

ミューズ街と言うのは何処にあるのかなと調べてみましたが、どうしてもそれが見つからないので、架空の街かしら。知っている方がいたら教えてくださいね。

だけどこの「祭りの夜」と言うのは、どんなお祭りか調べてみました。ドラマとはほとんど関係がない事ですが、ちょっと気になってしまったので。

ユリウス暦の1605年11月5日に「火薬陰謀事件」と言う政府転覆未遂事件があって、国会議事堂を爆破して国王ジェームズ1世らを爆殺しようとしていたもの。その首謀者がガイ・フォークスで、その後「ガイ・フォークスナイト」として花火を打ち上げるお祭りとして300年続いているのですって。

今では花火だけなのですが、昔はガイ・フォークスの人形を市中引き回して、最後は燃やしたと言う過激なものだったようです。国民は本当に王室に愛を感じているのかもしれませんね。

それにしても、そんなお祭りが300年も続いているなんて、理解不能と思ったけれど、日本人だって恨んで死んでいった人を神に祭り上げ神社を立てドカドカと人々にお参りに行かせってな所は海外の人に理解が出来るか否かってなこともあるので、国それぞれですね。

で、ドラマのお話ですが、ヘイスティングスがこんな夜は殺人にもってこいな夜と言うじゃないですか。騒音が銃の音を消すからです。

アガサもきっと、花火のドカンドカンと言う音を騒音と感じて、この物語を作ったのかしら。

私、「科捜研の女」は少々やり過ぎで万能すぎるのではないかしらと思ってしまうのですが、「ポワロ」の場合は「この時代では」と、過去の時代の限界を理解しつつ見ないとダメだなと思います。

今では通用しないだろうなと思う事もあるからです。

だけど、「ミステリーの基本はすべてここから」的な物語を数多く紡いでいったアガサはやっぱり素敵ですね。

 

以下はネタバレしています。

死んでしまったアレン婦人の周りにいる男がすべてろくでもない男で、本当に彼女が気の毒になってしまいました。

死ぬことなんかなかったのではと思います。あれではお友達の女性の想いを遂げさせてあげたいようにも思ってしまうのですが、ポワロの言ったように、それは法を利用した殺人ですものね。

しかしたった一人でも、そこまで思ってくれる友達がいたことが救いだったのではないでしょうか。

 

ゴルフ場でクラブを壊しながら、藪の中に捨てていくと言うシーンは、なんとなく好きです。

だけど、これは普通にゴミとして処分とか出来なかったのかしらとか、細かい事が気になる私です。

しかも、あんな工作をして(ろくでもない)男を陥れたと言うのに、彼女は何の罪にも問われないのでしょうか。

何とはなしに、本編では微妙なモヤモヤが残りました。

本編以外の歯医者のキャンセル、クリーニングトラブルの話は面白かったのですが。

これは「自殺に見せかけた他殺」の裏を行く、「他殺に見せかけた自殺」と言う点がポイントの古典なのだと思います。

第3話の感想も気まぐれに~。

 

 

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雨耕晴読

2020-05-20 12:06:25 | 物と私と片付けと掃除

やはり「おうちピカピカ大作戦 ♪」と言う記事が読まれ続けています(ありがとうございます。)

それは意外と私のお片付けの励みになっています。確かに「散歩ばかりしている」と言う記事内で、散歩ばかりしていてお片付けが進んでいないと書きましたが、それでもです。ペンを整理したりノートを整理したり・・・・

細々と。

しかしこのコロナ禍のステイホームで、皆が断捨離をやりだし大きなゴミがいつも以上にたくさん出て、ゴミを集める方々が悲鳴をあげ、大きなゴミなどの「ステイホーム」をお願いしたと言うお話を聞き、「そうだろうな~」と思いました。

それは「今じゃない !」って事なのでしょうね。

だから「細々」がちょうどいいのかも知れません。←言い訳。

いつも最初に袋などの整理をするのですが、その順番が私には正解のような気がしました。その整理した袋から大きめの袋を選んで、ゴミ箱セットでゴミ出しするようにしています。今、スーパーの袋は新しく入って来ませんから、どんどん消費されて行くのと節約にもなっています。

それが出来るのはちゃんと整理したからなんですね。

「捨てるのは基本ゴミだけ」と私が考え実践しているのは、あと20年は死ぬもんかぐらいに、私が思っているからなんですね。

私がある日唐突に死んだら、すべてすべてがゴミ。

あの人、あんなことを言っていたのになと哀れに思われること間違いのない事ですね。

そしてそれは、さながら喜劇。

ゴミで考える、人生の悲劇と喜劇。奥が深いわぁ~。いや、嘘々、何も考えてなんかいませんよ(^_^;)。

ゴミって、使えなくなったものはもちろんそうですが、使わなくなったものも、もちろんそれにあたると思います。私はこの使わなくなった物たちのステイホーム期間が長いと言うのが、弱点なのですね。

「あー、それダメダメよ~ !!」と、

なぜかシーンとした私ひとりしかいないはずの部屋なのに、それらの声があちらこちらからたくさん飛んできたような気がしたのは、なぜ !?

だけど「うーん、これ使えるけれど、処分しよ。」と思ったものの中に、けっこう

「あ、あれ、捨てっちゃったんだよなぁ。今使いたかったのになあ。」ということが結構あるじゃないですか。

 

だけど、「さよならだけが人生さ」って言うじゃないですか。

「踏ん切り」、大事よね。

 

と言うわけで今日のお話。

土曜日と火曜日、雨でしたのでベランダのお片づけとお掃除を頑張りました。

ベランダのお掃除って雨の日にやるのが良いと言うでしょう。雨の日は隣の家などの洗濯物も出ていないし、窓も閉められていることが多いので、埃&音対策になるからですよね。

そう言えば、お隣のマイペースな住人は(今はいない)、早朝の5時半から一家総出でベランダの片づけをはじめ、ガッチャンガッチャンと音を立て、飛び起きた事がありますよ。マンションの場合、ベランダは一軒家の庭のようには言えないような所もあるのですね。

 

昨年の「未曽有の」とか「かつてない」と言う前置きが付いていた台風の時に、ベランダにあるもののほとんどを家の中に入れました。その時ベランダのお掃除もやったのですが、それからすでに何か月もたっているじゃないですか。冬って寒いから、あまりベランダとはお友達になれなくって・・・・(^_^;)

要はサボって来たのです。お掃除はやりがいがありました・・・・トホホ

 

しかし土を作ったり花を入れ替えたりプランタを退けてお掃除したり、ベランダで遣る事はたくさんありますよね。

今回は床は掃き掃除と水を流しただけになってしまって、モップでゴシゴシと洗えなかったので、それは次回の雨の日にやりたいなと思いました。

それにお花も、アレをやってコレをやってと、やりたい事がたくさん出てきてしまいました。

もうこれからは、雨が降ったらいつもベランダで土を篩に掛けたり、要らないプランタとお別れしたりいろいろとしようと思いました。

これからの季節は、晴れたら晴れたでお日様がピカピカしちゃうし、むしろ家に居た方が良いじゃないですか。

だからベランダがお庭でもあるわが家は、晴耕雨読ならぬ、雨耕晴読。

 

これからも頑張ろうと思います。

(だけどスタミナ不足は否めない。昨日、ちょっと頑張ったら夕方から眩暈を起こしてしまいました。頑張ると言いつつ、ゆるゆるとやろうと思います。要はユルユルと頑張ると言う事で。)

 

紫のアゲラタムの前にショボショボと出ているのは、ガザニアの苗です。捨てると言うような苗を貰ってきて植えました。これが上手くいくと、ガザニアは大きくなるので、植え替えておいた方が良いのですよね。

↑ 日曜日に買ってきたお花。これの為に土曜日に土を作っておいたのですが、詰めが甘い人なので、上手く行くかしら。ガーデニングをせっせとやるのは久しぶりです。

↓ これ、知らなかったのですが、植える時に株を分けるのですって。

どうりで植えた途端に横に広がったなと思いました。

 

↑ 助長したパンジーは処分してしまったのですが、緑のところをチョキチョキ切って入れました。

パンジーにだけ虫がたくさんついていました。風が強い日どこからか飛んできて、ベランダの花達が被害に遭ったりするのですが、今年はパンジーが全部受け止めてくれたようです。切った緑の部分も、全部バケツの水で水洗いして虫たちを落しました。

最後の日々を、ちょっとだけスッキリ過ごして欲しいから。

どうも頭の中が、お花畑になっている私ですね(^_^;)

 

 

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シミュレーション !?

2020-05-19 03:19:08 | お散歩&写真日記

申し訳ありませんが、画像的にはあまり新鮮味もなければ面白味には欠けると思います。

なぜなら「緑・緑・緑」で、そして「きんさん・ぎんさん」なんで。

あー、また、あそこに行って来たのねって思われたかしら ?

実は違うのです。

私がある日サークルの友人に、いつも行っている(と、行っても今シーズンは3回ほど)あの「街の中の森」に、キンランとギンランが咲いていたよと言ったら、それなら「古墳公園」にも咲いているわよと教えてくれたのです。

そう言われると、行ってみたくなるのが私です。

 

この公園には、子供たちが小さい頃は好んで行った場所です。そのころ住んでいた家がここから近かったこともあったし、子供たちが喜ぶ遊具もあったので、横浜から姉とその子供たちが遊びに来た時は、ここに案内し遊んだ思い出もある場所でした。

周りが住宅地で広場があったり市民プールがあったり、今では図書館もあるので、近隣の人に愛されている公園だと思います。

ここに来たのは本当に久しぶりです。

 

子供たちが幼くて、ここに連れて来ていた頃は、雑木林のような所には入って行きませんでしたので、この場所も何やら新鮮に感じました。

左側の下に「古墳」の文字が見えるでしょう。囲まれている中は古墳なんですよね。古墳は全部で12基あるのです。

画像を見ていて、また少々記憶が蘇えってきました。昔はこんなには緑が茂っていない古墳もあったのです。

不謹慎にも、小高く盛られたような小さな丘を駆け上がったり下りたり出来た時代もあったように思うし、昔はそのような丘がボコボコともっと分かりやすく存在していたように思いました。

ただこの場所は、カブトムシなどを捕まえる少年たちの聖地だったと思います。だから昔から森はあったのでしょう。

だけどそれでもこの美しい森を作って行ったのは、人々に愛され続けた年月だったのかもしれないと思いました。

 

 

このブログに訪問頂いている皆さんで、今までキンラン・ギンランを知らなかった方も、きっとついには覚えてしまわれたと思います。こんなにこの花を見た事はなかったです。

キンランに

 

ギンラン

 

これって、絶滅危惧リストに載っている花なんですってね。キンランはたくさん咲いていましたが、ギンランは確かに見つけるのが大変でした。

 

そしてやっぱり美しい木漏れ日の森。

 

星子さんが言いました。

「今年は自分の街の良さを再発見する年だね。」

「そうだね。」と頷く私。

 

頷いて、ふとある事に気が付きました。

自慢じゃないけれど家計管理が、ザルですくって丼に開けているような生活。年金だけの生活になったらどうするのかと自分に問うと、それなりで生活すればいいじゃないと甘い考え。だってそれ、本当に仕方がないじゃない。

(いやいや、ちょっとは考えているし、もっと考えよう・・・とは思ってますよ~(^_^;))

だけどこんな話を友達とする時に、

「だから私はそうなったら、フラフラと近所の公園を歩き回り四季を楽しむことにするわ。だってさ、良いところこの辺は一杯あるじゃん。そしたらさ、もう私、あまりランチとかも行かないから。コンビニでおにぎりとか買って公園で食べたら良いんじゃない。」などと言っていたのです。

 

あれっ ???

今の毎日って、まさにその生活じゃないの !?

 

これって、図らずも、老後生活のシミュレーションじゃない !!

 

それで少し考えました。

ちょっとコロナの事は棚の上に置いておいて、自分の生活エリアを楽しんで生きていく生活に、どのくらいの満足度と不満があるのかどうか。その不満な部分の対策を考えておくには良いチャンスなのではないかしら。

やっぱり25%くらい不満があるような気がします。今はコロナのせいだけれど、自由に実家に帰れないから、会いたい家族に会えないでしょう。やっぱり私はそれが凄くつまらないと感じているのですね。

老後に、近所の公園ウロウロ生活では25%の不満足あり。やはり自由に実家などに帰り姉妹たちに会えるぐらいのお金や健康を保持しないとなと思います。

 

ってな話を星子さんにしたら、

「えーっ!?」と言うので、

「わずかばかりでも貯金していくから、貯まったら、また海外に連れて行ってね。」と言いました。

星子さんの話していた企画が、とってもワクワクするものなので、いつか本当に行けたら良いなと思っています。

老後になる前にね。

「1000円でも2000円でも良いのだから貯めてね。」と言うので、先ほど500円玉貯金をチャリンチャリンと入れておきました。

 

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麒麟がくる 第十八回「越前へ」

2020-05-18 00:40:40 | ドラマ (大河)

「逃げて生き延びよ。」

光安叔父さんの言葉がなぜか、今回の方が胸に響きました。

落城する光景を遠目で眺め

「あの中に光安殿が・・・・」と、母、牧殿が言いました。

光秀はその光景を目に焼き付け、叔父の、またそれは父の言葉であり、それを胸に美濃を逃れて行ったのでした。

 

やっぱり良く出来たシナリオです。

あそこで駒が駆けていなければ、伊呂波大夫が現れた時に、あんなに素直には彼女について行く事は出来なかったと思うのです。だけどそこで駒が「大丈夫です。」と言うので、行動が速やかに行ったと思うのです。

 

ところで今日、結構みんなの細かい表情が面白かったですね。

駒が現れた時、熙子は「誰この人?」みたいな顔をしたように、私には見えました。

また伊呂波大夫を強く意識する菊丸の顔とか。

同業は同業で何か感じるのでしょうか(何の同業かは定かに非ず。ただ裏とか陰で暗躍する人たちとも言えるかな。)正体がバレルと意識したのでしょうか。

それからこれは、勝手な私の思い込みで感じた事ですが、藪の枝で腕を傷つけた熙子の手当てをする駒を見て、菊丸は何かを思ったと思うのです。

ただ単純に、光秀に言った通り、ずっと着いて行きたかったけれどもう帰らなければならないと思っただけなのでしょうか。今これを書いていて、ああ、やっぱりそれだけだったんじゃないかなと思えてきました。

だけど見て居た時、菊丸は駒に対して、なんて健気なんだろうと思ったように感じてしまったのでした。

光秀を思っていた駒の気持ちは秘められたものになったのか、それとも遠い過去の思い出になったのでしょうか。いずれにしても優しく速やかに、彼の妻の腕を治療のために手に取る駒に健気さを感じてしまったのは、菊丸ではなく私だったのでしょうか。

駒の命の恩人は、思った通り光秀の父でした。

牧と駒の話を聞いていて、そして今までの事をいろいろと想い、父との馬の想い出を思い出し、光秀はこれから生きていく気持ちの柱のようなものを見つけたのだと思います。

誇り高く生きると。

 

駒の恩人が父と分かり、光秀が父の事を思い出したら、父が顔出しするようになりましたね。今までお父さんの顔は出てこなかったように思うのですが、どうだったでしょうか。

 

ところで、ユースケ・サンタマリアの朝倉義景、良かったですね。

命からがらで逃げて来て、お金がないだろうなと気付く気遣いはあっても、「くれてやる」と言う。

居ても良いと言いながら、あばら家を渡す。掃除には細かく煩い。貴族の妻との間には子が無く、関係は微妙。

おもしろい !!

 

気遣いと言えば、熙子の質に駒と一緒に行った本当の理由が良かったですよね。

「私も質を知っておいた方が良いので。」と言いましたが、光秀が質草にした父の形見の数珠を守るためだったとは。良い妻ですね~。

 

さて、逃げ延びた光秀パートがほっこりしても、やはり織田パートは相変わらず真っ黒クロスケパートでした。

柴田勝家が尾張の未来を思って、主君である信勝を裏切り信長に進言しに来ました。

 

会って顔見てから、どうすればいいのか決めればよいと言う帰蝶の言葉に従って、信長は信勝に会う事にします。

病気見舞いに訪れる信勝。

病気見舞い→殺害

もうこの構図が脳内で出来上がって、「ああ」と思いました。

と言いましても、いろいろなドラマからすでに規制の事実として結論は知っていて、「どうなるの~」と言うのは無いわけですが、それでもどのような展開になるのだろうかと食い入りました。

 

兄弟で腹を割って、涙ながらにお互いに妬んでいたと話せたあの瞬間が、この兄弟の本当の兄弟になりえた時間であったのかも知れません。

だけど、高政と通じ合い信長を亡き者にしようと思っていた、ほんの数分前までの過去を消す事は出来ず、見舞いに持参した体に良いとされる水を自ら飲む羽目になり、そして息絶えるたでした。

 

※ 「麒麟がくる」は6月7日の第21回の放送を持って、しばらくは休止になりました。

あと3回 !!

早くコロナが終息しますように。

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