森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

「るろうに剣心 京都大火編」

2014-09-27 15:18:24 | 映画

8月7日に観に行った「京都大火災編」の感想です。映画ブログ「近未来二番館」が現在諸々ありまして頓挫してますので、しばらくこちらで書こうと思います。

もちろん後編である「伝説の最後編」も見てきました。前後編で一つのお話にまとまっているので、一緒に感想を書こうか別に書こうか悩んでいるうちに日にちばかりが経っていくので、とりあえず別に書くことにしましたが、前後編で言いたいことは同じような気がしますので、前篇だけで感じたことを主に書いておきたいと思います。

 

※      ※        ※

 

初日に観に行けなかったのですが、その間に入ってくる評判はすこぶる良いものばかりで期待値がガンガン上がりました。

そしてその期待は裏切られなかったのでした。

お芝居も映画も冒頭でどれだけ観ている者の心を掴むのか、それが問題だと思います。

力が入っていました。

恐ろしいシーンなのに、映像美を感じてしまったほどです。ちょうどこの映画を見ていた時でしょうか。「家族狩り」と言うドラマがあって、刑事などが、その犯行現場を不謹慎ながら「美しい~」と感じてしまった、それに近いと思います。

作り手の力の入れようが伝わってきました。

そのシーンと言うのは、火の海のような場所で捕まってしまった警官たちが吊るされて、志々雄と斎藤が対峙するところです。

〈シーン的ネタバレはしてますよ〉

既に時間がたちすぎているのでセリフなどは不正確極まりないので書きませんが、志々雄が齋藤にこちら側の人間になれと誘います。

血の戦いを経て新政府が作り上げたものは、所詮は理想のものとは程遠く結局は新たな権力争い、違った形の国盗りにほかならなかった・・・・なんてことは言ってなかったか。あっ、それ、もしかしたら私の考えかな?

時間をあの時に戻し、またその国盗りをしようと言うような趣旨の事を言ったような言わなかったような・・・・

その後が、あまりにもインパクトが強く恐ろしいシーンだったのでなんか忘れてしまったような気がします。

とにかくこっちゃ来いと言ったのよね。

もちろん、「はい、そうですね。」と斎藤が動くわけはないのですが、

この時志々雄、どんな気持ちで齋藤と対峙したのかと思ってしまいました。

「来るわけないや。」

でもせっかくだから楽しく〈志々雄的に〉遊んでやろう。

もしくは

「齋藤ならば、少しは心が動くかもしれぬ。」だったのか。

やっぱりどう考えても、斎藤があの状況で「うむ」と言うわけがないのですが、あっちこっちと言う前に彼らは全く同じ土俵の上に立っているなと、私は感じてしまいました。

返事次第では、人が死ぬ。分かっていながら、斎藤からはためらいが感じなかったのです。それは強さゆえか。

でも私には同族だからにしか感じないー。

同族なのに右と左に分かれてしまった。

そこにどうしようもない宿命と言うか運命があったから。

 

敵が強ければ強いほど、このような物語は面白くなると思います。

志々雄とその仲間たちはその強さは最強で、面白さを冒頭から約束されたようなものです。

 

その最初のシーンで、物語の内容とは全く関係はありませんが、「乾いて候」と言う物語のタイトルを思い出してしまいました。

ちょっと前にも「渇き」と言う映画を見ましたが、やっぱり時代劇なので「乾いて候」。

この映画の中には、そんな乾いている人たちがたくさん出てきました。

その中で剣心たちだけが違うと言う点を際立って感じました。

 

後は世間様のおっしゃる通り、殺陣が本当に面白いし凄いと思いました。

戦い方にみな個性があって、殺陣の監督は力を入れましたね。

神木君の宗次郎。もともと宗次郎は人気が高いのですが、あんなに低く走って剣をふるうなんて事が出来るんだなとすこぶる感心しました。

 

前篇の物語は、漫画・アニメで、そこまでは知っていました。

蒼紫には全く共鳴できないのですが、宗次郎といい、みんなあの幕末で半端ない出来事があり、そしてそれぞれの中の何かが壊れてしまったようです。もちろん志々雄も。

 

前篇のみの感想と書きましたが、書き出してみると、あれやこれやとシーンが浮かんできてしまいました。

〈今から、ちょっと実家に帰るので、またも時間切れになってきました。残りは来週に後編の感想と共に書こうと思います。〉

 

藤原君はずっと包帯男かと思ったら、綺麗な顔でちょっとだけ登場。

フフフと思った私。

では皆さん、ごきげんよう。

 

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家から巣立つ子供

2014-09-23 16:48:36 | 梢は歌う(日記)

≪なんでだか、9月20日の夕日にはみんな心惹かれるものがあったようです。いつもは夕日などをアップしないブログなどにもアップしていたのが印象的でした。私も夕日の画像を久し振りに載せてみました≫

※         ※          ※

私の母があれやこれや未だに子供たちに言うような細かいことの注意を言い、既に中年真っ盛りの私達姉妹が思わずニヤニヤしてしまうと
「いいの。あなた達はずっと私の子供たちなんだから、私はずっと言い続けるの。」と言います。

このブログを始めた頃、ラッタくんは大学生でした。あれから何年もこのブログを続けているわけですから、彼はもういい歳の大人です。でも私は彼とルートくんのことを子供たちと呼びます。いい歳の大人なのに「子供」と呼ぶのはどうなのかと時々思ったりもするのですが、そんな時私は母のその言葉を思い出すのです。「息子」という言い方もあり、時々そう書いていますが、はっきり言って好みではないのです。

それにいくつになってもその母と子の関係は変わらないのですから。

ラッタ君。

あなたは私の子供です。

 

だけれどとうとうその子供が家を出て行くことになりました。

家から遠い学校も経済的な理由で自宅から通わせました。

仕事場も家から近く、ロードバイクにハマっていた彼はチャリ通。

だから私の家から子供が出て行くのははじめての経験です。

それにそれは子供がもし学生時代に通学のために別の所に住まわせたとしても、それとは若干というかかなり意味が違うと思いました。

つまり巣立ちです。

 

それはいきなりやってきたのだけれども、その前にその時までの私の中にあったモヤモヤしていた部分を聞いてくださいね。

 

私は若い時、そして子供たちがもっと小さな子供だった時に、友達が言う所の

「結婚は30ぐらいまでにして欲しいけれど、もししていなくても、そのくらいになったら家から出て行ってもらうわ。」と言う考えには共鳴するものがありました。この考えは特殊な考えではなく意外と昔の一般的な考えだったのではないでしょうか。

なぜならこの夏に一緒にお食事した方の御子息は、いまだに独身貴族だと言いましたが、ずっと昔に30になった時に家から独立させたのだと言っていました。

珍しい考え方ではなかったのです。

だけれど、私はこの5,6年の間に考えが変わりました。

今の世は、私たちが歩んできた道とは違うのです。

終身雇用は夢幻になり、高学歴ワーキングプワが巷にあふれているのが今の現実なのですよ。

 

私たちの時代にも不運な人はいました。何がいけなかったのかは知りませんが、やたら見えないレールがいろいろ敷かれていた世の中で、そのレールから逸脱し、好きな言い方ではありませんが所謂「負け組」になってしまった人たち。

そういう人たちに、私はいつも優しい眼差しをしていられたか、今となっては疑問です。

だけど今の世の中でたまたま自分の子供たちがすこぶる順調に行き、自分たちの過去の時代をなぞるように生きている子供たちの親が、私たちの時代にはあった見えないレールなどがとっくにぶっ壊れていることも知らないで、右に左に大きく揺れながら進む子供たちに辛口な事を言うのを聞くと、

「少し黙ってろよ。」と言う気分になるのは正直な本音です。

 

3.11以降は家に対する価値観なども変わってしまいました。

そんなこんなで、私の中でも何かが変わっていき、

「こうであらねばならない」と言う考えだけは捨てる勇気が持てたように思うのです。

 

だけどだからと言って、気持ちは結構複雑です。

単純に、したくないのならまたは縁がないのなら結婚もしなくても良いし、家にいたいなら世間の人がなんと言おうとも、30になろうが40になろうが、または50になっても居ればいいじゃないと思う反面、やはり親は先に死ぬもので老いていくばかりです。そうなればいつの間にか世話をする立場が逆転し負担をかける事は目に見えているのです。

「みんなで肩寄せ合って生きていこう。」と思いつつ

「親なんか姥捨て山に捨てて、自分の人生を生きろ。」とも思うー。

ああ、そうですね。この「親なんか姥捨て山に捨ててー。」は少々の解釈付きでないと誤解を招くかもしれません。

この場合の親とは、自分の子供たちから見た親、つまり私たちの事であって自分たちの親は含まれてないのですよ。自分の親に対してそんな風に思ったことなんかないのです。でも私たちの親だって、こんな「姥捨て山」なんて言いまわしはしないけれど、私たちの事はどうでも良いから、自分たちの事を一番に考えてって思っていたと思います。

今思うと、そのような親たちだからこそ、私たちも彼らを大事に思っていたし、今も思っているのかもしれないとも思います。

と、ここまでがつい最近までの親の、つまり私の心の中のモヤモヤしていた気持ちの部分です。

 

ところが私は私でいろいろ考えていたけれど、彼は彼でいろいろ考えていたのです。

大人ですから。

そして家から出ていくことが決まってから、たった二十日しかありませんでした。ちょっと蛇足ですが、やっぱり日記は大事です。それがいつの事だったのか、「ええと」と思っても書いてあるのですから。

今回はここに書いてありました。→「果樹園のティータイム/きっと、良いこと!

 

ほとんど彼は全部自分でやっていましたが、怒涛の買い物には付き合いました。付き合っただけなのにドドドと疲れました。

引っ越しの時は

「えっ、来なくていいんじゃん。」とか言っていたけれど、どんなところかも見たかったので夫と一緒に引っ越しの車が出てから少し遅れて追いかけるように行きました。

因みに新しく買った大型家電や寝具、大きな家具ははそのまま配達でその他は便利屋さんをラッタ君は選択しました。かなり一人の引っ越しには便利でした。

 

便利屋さんと言っても、荷物を置いて帰ってしまったので、場所をもっと確認しないと決められないと言っていた食器戸棚などは、近くのホームセンターに夫とラッタで買いに行き組み立てたりしたのですが、なんと部品が足りなかったりで朝出かけていき、夕方近くに帰ることになってしまいました。

私は食器を洗ったり、その辺を拭いたり、一番頑張ったのは段ボールだたみです。

これ、昔から夫は絶対にやらないー・・・。

何回も引越ししたのに、やってきたのは私ばっかり。

段ボールはみんな持って帰ってやることにしたのですが、大きな机が届いたときは、そんなダンボールは持って帰れないなんて事を思わず夫が言ってしまったのは知らないからだなと思いました。

こういう大きいやつのダンボールはへなちょこが多くて、コンパクトに折れるんだよと紐でくくりながら思いましたが、だからと言って段ボールをたたまない夫に今回ばかりは不満なんかありません。

食器戸棚の組み立てが、結構大変だったのです。それに往復の車だって運転しなくちゃならないのですから。

―ああ、私たち本当に若くないなーって、これ、実感です。

 

帰りの駐車場で段ボールを積み込んで、私は思わず言いました。

「私、今日結構働いた。」

 「うん、そうね。」と余計な言葉挟まずそう素直にうなずくラッタ君。

母と子供の会話は時には呪文。私にはその「そうね。」が「ありがとう。助かったよ。」に聞こえてくるのです。

だけどー。

「あのおじさんも結構働いたな。」

おじさんとは夫の事です。

「うん。そうね。」

「私は、いいからさ。あの方には一言言って頂きたいな。」

「ああ、うん・・・」

それから彼は、少し離れたところにいた夫に言いました。

「あっ、今日はどうも・・・ありが。。。。」

「おっ、じゃな。」とそっけない夫。

 

だけれど帰りの高速を少し走ったところで

「ああいう時、あいつはいつもちょっと照れるんだよなあ。」

と嬉しそうに言いました。

 

 私はにんまりとほくそ笑んで窓の外を見ると、スカイツリーの向こう側の空が夕日に染まっていくのが見えました。

その時友達に電話をかけた時の事を思い出しました。他のおしゃべりと一緒に子供の独立の事を言うと、

「じゃあ、今は寂しくて泣いてしまっていたりするんじゃないですか。」

「いやいや、泣いたりしませんよ。涙は無縁です。一つ親としての仕事が終わると言うか、しっかり見届けたいと思います。」

こんな風にはちゃんと言わなかったけれど、そんな気持ちでいました。

 

 

けれど、窓の外の夕日の風景を見ていたら、私は「ALWAYS三丁目の夕日64」の最後のシーンを思い出してしまいました。

茶川と淳之介の別れのシーン。

「いいから早く行けよ。」と冷たく突き放す茶川の背中に

「おじさん、全部わかっていますから。今までありがとうございました。」と涙ながらに去って行く淳之介。

ああ、いいシーンだな。思い出すだけで泣けちゃうわ。

 

思わず私は「ふっ」と息を漏らして笑いました。

なんで、何で今この映画を思い出しちゃうわけ。勘違いしちゃうじゃない。

そう思いながら、さり気なく横を向き夫に悟られないように涙をそっと拭ったのでした。

 

 

 トップ画像の夕焼けの反対側の窓には虹がー。

 

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ST赤と白の捜査ファイル 第十話

2014-09-19 11:21:57 | テレビ・ラジオ

≪最近やたら気になっていた田中哲司さん、なんと昨日仲間由紀恵さんとの結婚のニュースでまたまた驚かせてくれましたね。おめでとうございます ≫

 

今回の原作は・・・・。

ST 桃太郎伝説殺人ファイル 警視庁科学特捜班 (講談社文庫)
今野 敏
講談社

桃太郎侵略者説、何でか一応私、知ってました。

だから山吹さんに

「そんな常識も知らんのか。」って叱られずに済むなって思いました。

しかし「赤城さんの真似です。一度やってみたかったんです。」と言うシーンの山吹さんは可愛かったですね^^

 

こんな風に小ネタ満載で、こういう部分の感想は書ききれないわって思ってます。

もう一回見直してから書こうかなと思いつつ、今日は見られなかったんでST小ネタ伝説の部分は、今寝ぼけた頭で蘇るものだけ拾うことにします。〈昨日の夜、書き始めたのです。疲れたので、途中で挫折。朝、また書き始めました。〉

 

そう言えば冒頭での藤原君のセリフ、凄かったですね。

あれはセリフだけ声で聴いてると、そのすさまじさが分かりますよ。橋田寿賀子もビックリの長台詞でしたよねぇ。

なんで声だけ聴いているとって言うのかと言うと、ちょっと夕方、気持ちが凹むことがあってちょうどその頃疲れて横になっていたからなんです。

「始まったよ~。」って夫が教えてくれたけれど、録画もしてあるので、布団の中でぐずぐずしていました。するといつになく大人しくチーム行動のSTメンバーが登場して〈見てないけれどそのようなセリフが聞こえてきたので〉

そして先に書いたような竜也君のセリフが聞こえてきたのです。

最後は俺様赤城になってしまうわけだけれど、このシーン、何気に見せ場の一つだったのではないかしら。

 

思わず起きてきましたよ。

 

五芒星に隠された謎。

次に狙われるのは百合根か赤城か。

木か土かと言う所だけれど、なかなか赤城といえども犯人の正解にたどり着けなくて面白かったですね。

だけれど最後に、ずっと自分が謎をなぜ解く事に拘るのか、それは犯人の気持ちを知りたいからなのか、そのためには人を殺してみたいと思っている自分がいるのかと悩み続けた赤城が答えを出すところは感動的でしたね。

―赤城さんはモンスターになんか絶対にならない。僕が止めますから。―と言っていた百合根が犯人湯原に

「赤城さんが謎を解くのは、みんなが喜ぶからだ。みんなの為に解いているんだ。」と熱く語るシーンは良かったし、それを受けて赤城がほとんど同じセリフで、自分の答えを見つけたことを言うのも良かったです。

謎を解くことでしか自分の存在価値が見つけられなかったから、謎を解く事に拘り続けた・・・・。

もちろんセリフはいろいろ違うのですが〈毎度です〉、趣旨はそのような事と勘弁してください。

赤城の答えを百合根はとうの昔に知っていたのですね。

 

だけれど銃を百合根に押し付けられては、望まなくても赤城は湯原を撃たないわけにはいかないくなってしまうのかとドキドキしたところでうまい具合に警察がなだれ込んできて助かったかなと思ったらもみ合って百合根は撃たれてしまいます。

「キャップ―!!!」って、後は、なんていうか、お約束のコントってな感じで可愛かったですよね。だってさ、撃たれたの腕だし、かなり痛くても死なないと思いますよ、フツー。

だけど赤城は思う存分「キャップ―」を連呼出来て嬉しかったかも♡

 

なぜなら、私的ツボは・・・

なんでか呼び方にこだわるSTメンバー。キャップと呼ぶべきなのか、それともミスターと呼ぼうか。

「僕としてはキャップと呼んでほしいですね。」と言ったら

「じゃあミスターで決まりー。」となってしまいました。

でももちろんキャップと言い慣れているのですから、赤城が

「きゃ・すたー」って言ってしまうのもわかりますよね。

それをすかさず桃子が

「えっ。キャスター?」って突っ込むところ、すこぶる自然で笑えました。

 

あっ、そうそう。

三枝さんの事ですが、予想はほとんど当たりましたと、後出しじゃんけんしますよ。〈まあ、皆様も分かっていた方多数だと思われますので、偉そうに書くことでもないのですが^^〉

彼も相当怪しい雰囲気を醸し出していたけれど、それはフェイクで潜入捜査だと思っていました。

だけれど湯原も三枝の事を信用しきることが出来なくて、三枝抜きで犯行に及んでいたのでした。

湯原には近づけたけれど、結局は犯行は止める事は出来ていなかったわけですが、「抜き」でと言う点では、三枝は助かったなあと私はちょっと思ってしまいました。いかに悪人達であっても、その時から仲間に引き込まれていたら、結構大変な展開になってしまったと思いますから。意外とシナリオ、細かい所もちゃんとしてるんですよね。

警察を辞めたのも、実は「ふり」で辞めていなかったわけですから、映画では理事官復活なのかしら。

 

そう言えば、良いなと思った印象的なシーンがまだありました。

それは屋上での青山と赤城の会話です。

「僕たちのリハビリの時間は終わったんだよ。」

「僕、キャップにちゃんとお礼が言いたい。」

STメンバーに振り回されているように見える百合根でしたが、みんな彼の事が分かっていて、とっても感謝していたのですよね。

 

でも最後の挨拶の時は、ちょっとだけしんみりした会話の後に青山が

「じゃ、送別会はおわりー。」ってかなりドライ。

ドアの外には花を持った菊川が待っていました。でも中での会話の様子に・・・・

その時、赤城から電話が入ります。

「赤城さん、どこにいるんですか?」

・・・・・・。

 

なぜやたら「・・・・。」なのかと言うと、その後の映像がショックで、あまり覚えていないのです。〈後でチェックね。〉

な、なぜ赤城左門が・・・・!!

逮捕?

殺人ーーー!?

で、映画へGO!!!!

ですね。

 

ツイッターで書き込んじゃったので、見た方も居られたかもしれませんが、夫が

「映画はいつだ。」って聞いてきたんです。それで

「来年の一月十日です。」と言うと

「来年なのかよ~!忘れちゃうじゃないか!」と夫。

忘れはしませんが、できたら来週見たかったです。

でもそんな本音は隠してですね、夫殿に言いましたよ。

「だって、劇場を抑えたり宣伝したりで大変なのよ。映画だからね。」

「そりゃそうだね。」と彼。

 

まあ、順番ってものもあるじゃない。

「るろうに」でしょ。「ジュリアス・シーザー」でしょ。そして「ST」でしょ。それから「ハムレット」よね。♪♪

といきなりミーハーブログになってきました。

 

最後に我が家のトータル的感想を言うと、日本のドラマはどんなに面白くても10話かその辺で終わっちゃって、3か月ワンクールと言っても2か月半しかないんですよね。勿体ないし、それでは「相棒」のような根付いていくドラマを作るのは無理だなと言うもの。確かに主役級の役者さんを半年抑えるのは難しいとは思うのです。それに万が一役者さんをドーンと揃えても一桁視聴率になってしまったら、それで半年と言うわけにはいかず打ち切りと言う形になってしまうと思うのですよね。それは嫌だけれども、この「ST」なんかは、原作一冊分をほぼ一話で作っていてかなり勿体ないと思うのです。

最終話もその最初の発端は、証拠のねつ造事件なんですよね。そのああなってこうなってがセリフで作られているんですよね。

アップテンポでスピーディなシナリオは面白くて良かったけれども、もっともっと枠さえあれば作り込んでいくことが出来たように思いました。

視聴者側は作品が良ければ、視聴率は関係がないと言えるんだけれど、制作側はそうは思えないですよね。

ラスト9話10話になって二ケタに復活して安心しました。

って、何で、私が安心するのかしら!?

 

因みに9話は11.4%

10話は12.2%。平均視聴率は11.3でした。

 

次は映画ですね。

映画のHPが出来てました。

ここです

 

 

 

 

 

 

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ST赤と白の捜査ファイル 第九話

2014-09-17 18:55:41 | テレビ・ラジオ

≪今日はいよいよ最終回。いろいろ生の番宣を見ようと思ったら、なんと『zip』の時に二度寝。それで凹んでいたけれど、『スッキリ!』は見ましたよ。竜也君が丁寧に熱く語っていましたが、聞き取りづらかったです。でも最後はとんでもない展開になり、そのまま映画へと続いていくのだそうです。10分拡大。うっきゃー楽しみでーす。←テンション高め^^≫

≪あっ、そうそう。なんで『スッキリ!』しか見られなかったかと言うと、志々雄様を見に行ったからなんです。評判、凄く良いけれどその評判通りでした。瞬きしたらまつ毛が濡れました。だってさ…って、これはまた別のオハナシですね。≫

 

八話でもろに怪しい瞬きをしていた三枝さん。

このドラマのメンバーは、怪しい動作や仕草をする時、明らかに視聴者に分かるようにするのが特徴です。前に赤城が口を押えて本当の事を言っていないと言う動作をした時も、結構わざとらしかったですよね。そう言えば「スッキリ!」で岡田君と竜也君の二人が決められた立ち位置に立った時に、竜也君が口を手で隠したんですよ。思わず、私、

「えっ、竜也君、これから何か大ぼらでも吹くのかな。」って思っちゃった^^

 

と、また横道に話がそれましたが、「モモタロウ」の文字が刻まれた死体が・・・・。

因みに、筒井桃子の名前の由来は桃太郎から♪

桃子とSTの会話、8話からどんどん良くなってきましたよね。

そのメッセージから、なんとなく犯人は鬼退治気取りなのは分かるような気がします。

この事件、その現場に次の犯行の場所のヒントが隠されていました。それを赤城は見つけるのでしたが、柏の花火会場と言う場所の名前が出てきた時に、ちょっと私テンション上がりましたよ~。

柏の花火は会場までは見に行ったことはないのですが、家から辛うじて見えたりするものですから、「いつ、ロケに来たの~!?」とか思っちゃったんですよね。でも、その場所を見たら、どうも柏じゃないなあって分かってしまいました。ただの川辺なのに、ちゃんと風景が違うのですね。あの川辺は埼玉だって誰かが言っていたような・・・・。うーん、ちゃんとメモしておけば良かったかな。最初の犯行現場でロケをしたのかもね。

 

で、その川辺で赤城さんの

「ばかばかばか」の大連発に、捜査員たちがじわりじわりと寄ってくるところが面白かったですね。

そこで百合根が

「彼は猛獣。そして私がその猛獣使いなんです。」のようなことを言うじゃないですか。それに対して赤城さんの反論がないのが、なんかいい感じね。

 

その百合根、STでの実績が認められて警察庁刑事局特殊犯罪対策室の室長に抜擢となり移動は1週間後。

急に赤城はつれない態度になるのですが、その本心は黒崎に伝えられます。

要するに、いなくなってしまった時のショックを和らげるために、先に絶交しておくと言うようなもの。

なーんか、それ小学生っぽくないかしらwwwww←思わず芝生が生えますよ。

 

百合根の後任は池田管理官です。林遣都さん、あまり見せ場がなくて勿体ないなあと思っていたら、今回はありましたね。とびっきりの見せ場が。

かっこ良かったです。

何気に同時に二つの事件が起きましたが、思いがけず繋がっていたと言うか。

このスポーツクラブでの事件でも、ちょっと思うこともあり黒崎が物凄く雄弁だったことも印象的でしたね。

ただ、事件切れです。←〈最終回、終わった後に読み返したら、・・・・・!なんだろ、事件切れって。時間切れの間違いなんだけれど、相当頭の中はSTに染まっちゃってたよ^^〉

夕飯を作る時間になってしまいました。

書ききれなかった分は追記ではなく最終回の感想で書くことにします。

 

三枝さんについては、ちょっとだけ推理している部分もあるんだけれど、外れた場合は「テヘッ」って言えばいいのですが、当たってしまうと先に語っているにもかかわらずネタバレになって感じが悪いんですよね。当たっていたら後出しじゃんけんのように語るかもしれません。

さて、やることをやって待機しまーす。

ごきげんよう。

 

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ST赤と白の捜査ファイル 第八話

2014-09-17 01:17:45 | テレビ・ラジオ

《最終回を前に、書けていなかった回の感想を書いています。ところで昨日の地震、結構大きくて怖かったですね。この辺は震度3とか聞いたのですが、揺れ方からしてそうは思えないんですよね。同じ震度でもガタガタガタと揺れるのと、ドスンユサユサユサと長く揺れるのでは体感が違うのかもしれません。そして動揺が大きかったのでブログの計画が崩れました。昨日のうちにこの記事はアップしておきたかったな。だってとうとう今日の夜が最終回なんですよ。追いついてないじゃないですか。焦る~》

 

捜査ファイルのお話は、メンバーのあれやこれやを愉しむのがメインです。

サスペンス部分を中心に見ちゃ、アカンのよ。

 

実はこういうお話、結構苦手です。

だってさ、犯人さんの気持ちの方が分かっちゃうもんね。

そして私も架空上の悪人になってしまうわけですよー。

報復殺人なんか許されるわけがないんだけれど、もしも自分がこの立場だったらってドラマでも思ってしまうわけなのです。

これが交換殺人なのはすぐに分かってしまったことなんだけれど、この母親たちの接点や言動に嘘がない点をどのように暴いていくのかなかなか面白かったと思います。

だけど私的に正直なところを言っちゃうと、「殺す」と言う言葉が出てきた段階で相当、動揺しちゃうと思うんだけれどどうよー?

あっ、すみません。つまらない事を言っちゃった(;'∀')

だけど最後の百合根のお説教も、正論なんだけれど心に響かなかったな。

報復殺人は新たなる被害者家族を生むって、そんなの知るかって言うのが子供を殺された親の気持ちなんじゃないかな。

そんなシリアスなドラマじゃないから、そんな事を求めちゃいけないのだけれど、親の気持ちって言うのは、そんなガキを育てやがってと言うのが本音だと思うよ。

そこの部分はやっぱりどんなドラマでも露骨にやるものは見当たらないけれど、そこにあえて挑戦すると「告白」のような傑作が生まれるのだと思います。

 

ただこのドラマで言いたかった事は親の気持ち云々ではなく、人はなぜBorderを超えてモンスターになってしまうのかと言う部分だったと思いました。

なんだかcafé3の三枝さんが怪しい雰囲気に・・・・・

そしてBorder・・・・・

えええ、あのドラマとテーマがかぶっていたのか?

でもあちらは死人、こちらはいきいきとした、そして決して見捨てないと言っている仲間が相棒なんですから、きっと明るい展開になると思いますが―。

 

今回はラストのcafé3での二人のイチャイチャのシーン、赤城さんの風船割りなど楽しいシーンがありましたが、なんたって菊川捜査官の栄転による移動が気になりましたね。

と言うことは彼は映画には・・・・どうなの?

私は時々日本の映画やドラマには香川さんが全部出ているんじゃないかと思えてしまう時があるのです。

でもそれを言ったら、田中哲司さんだってかなりのものですよね。

先日思わず感想を書いた「軍師官兵衛」の村重もそうですが、昨日たまたまWOWOWで「ATARU」をやっていたのですが、そこにも出ているのを見て、そう言えばあのドラマにもこのドラマにも出ているなと思ったのでした。

先日の官兵衛の記事に頂いたコメントの中でも田中さんが良い役者さんだと書かれており、私もそう思うとお答えしました。思わずこの感想を書きながら再確認してしまいました。

 

急速に眠くなってしまったので、そろそろ書ききれてなくても終了ですが、去って行く菊川捜査官、ちょっぴり寂しそうでしたね。

 

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ST赤と白の捜査ファイル 第七話

2014-09-15 15:34:33 | テレビ・ラジオ

〈最終回前に書かなかった分の感想を書いています。でも。昨日はラッタ君のお引越し。目は窪み疲れております。〉

 

4話の感想の中で、山吹の強い口調の問答に心惹かれたと言っていた体の内外の病と闘っている知人の話を書きました。その人が続けて言ったことは、

「今は藤原君の『謎は解けてしまった~!』のシーンを見るのが凄く楽しみなんだ。なんか元気が出るよね~!!」

だったのです。

 

「赤と白の捜査ファイル」はコメディ調で描かれている刑事ドラマで、いろいろ突っ込みどころはあるような気がしますが、

やっぱり「面白い・楽しい加えて可愛い」と言う感情は、元気の元だと思いました。

 

7話の「謎は・・・」のシーンも面白かったですね。あそこはアドリブなんでしょうか。

ホワイトボードの所に行き貼ってある資料に手をかける・・・・

いや、これは先週やったな・・・・〈と、思ったかどうかは定かではないが〉

その手を放して机に回り込む・・・・

そこにあった資料ファイルで、自分を責めながら頭を殴り続ける・・・・

百合根が

「自分を責めるのはもういいから、早く教えてくださいよ。」といい感じで止めるけれど、その自然さを思うと、アドリブか否か迷う所でもあるのでした。

 

しかしちょっと赤城が自分を責めたくなるような気持になったのもわかるのです。

なぜならあの密室トリック・・・・

うっ!

ムム。

なーんだ。

ってな感じ。

なんだか、小学生とか中学生の頃、いや大人になってからだったっけな、そういうミステリートリック本〈ミステリーの基本の謎をクイズのように説いていく本〉で結構遊んだけれど、そこに載っていたような基本的な密室トリックだなと思いました。

だけれど、じゃあ途中で、「あの、犯人、分かっちゃったんですけれど。」と答え合わせを待機していたかと言うと、そうでもありません。

 

なんか「相棒」だと、右京さんと勝負をするのが好きなんです。途中で結構推理して、外れたりすると逆に嬉しかったりするんですね。

 

STの場合は、ただぼーっと赤城左門が謎を解いてくれるのを待っています。

なぜなら。

それは、そっちの方が楽しいからなんですよー。

 

7話は結城翠、つまり緑の章。

原作は

ST警視庁科学特捜班 緑の調査ファイル (講談社文庫)
今野 敏
講談社

 

でも、この回で翠と松戸理事官との確執が分かり、ある意味松戸紫織、紫の回でもあったような気がします。

この回を過ぎてみると、なんだか紫さんはかなりSTのメンバーの能力に理解を示し良い人になっちゃっていて、これこそミステリーでありイリュージョンだったと思います。今まではどう見ても敵対という態度。過去の因縁も憎しみ合うようなものではなかったのでしたね。

かなり自分勝手なキツイ言葉と言い、報告書を踏みつけていく態度と言い、いったいあれはなんだったのかとちょっとだけ思ってしまったのでした。

だけれどこの回以降、立ち位置が変わったので紫さんを安心してみていられるようになりました。

 

だけどお話自体はとっても面白かったです。

事件を解決できなければSTを解散すると言ってしまった百合根の暴走や、それに対するみんなの態度とか。

最後のチームワークで犯人を追い詰め逮捕。

だけれど、自分勝手なメンバーはそのまま立ち去って、ひとり百合根が

「壊したバイオリンはどうするんですか?」とまともなことを言っていたのにも笑えましたね。

 

 

 

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ST赤と白の捜査ファイル 第四話

2014-09-13 15:52:38 | テレビ・ラジオ

とうとう次回は最終回になってしまいました。

うわ~ん、寂しいよ。これから何を楽しみに水曜日を生きていけばいいんだ。

あっ、「相棒」が始まるんだった・・・・・・・^^;

まあ、それはさておいてサボっていた感想を書こうと思います。

まずは欠番となっていた四話の感想から書こうと思います。

 

印象に残ったのは須藤理彩さんと言う女優。

この方を金曜日、テレビ東京の「ラスト・ドクター」の第五話で続けてお見かけしたからです。

しかもお母さんではないけれど、お母さんと言われてもいい年齢での役柄です。

なんだか年齢にふさわしい役をやっているような感じがして好感が持てたのですが、この方、いろいろなドラマで良くお見かけする女優さんのようなきがするのです。だけど、なんか、この方私的に大事な役をかつてやっていたような・・・・

と思っていたらですね、この世の中って、もしかしたら私中心に回ってるんじゃないの~!?

って、思うような事が・・・・

だって次の週だったか4時からの「相棒」の再放送がシーズン2の「ベラドンナの赤い罠」で、そこでの彼女を見て、そうそうこの人よって再確認したのでした。なんで私の疑問に答えるようにこの話を再放送したのかって思ってしまいました。シーズン2は2003年の作品で今から11年前。彼女も20代の終わり。この11年間で彼女の落ち着きっぷりって凄いなと感じました。

私はやっぱり「相棒」というドラマが好きで、そこでのゲストで良かった人は俳優さんの名前を覚えたりしないくせに、あれに出ていた人、こんな役をやっていた人みたいに覚えているんです。

しかし1週間で過去ドラマといえども三回もお見かけしちゃって、売れっ子じゃないですか。

 

そしてドラマの感想に戻りますが、役者さんの使い方が上手いなってちょっと思ったのです。普通彼女が出てくると、
「あっ、この人が犯人。」と分かってしまうと思うんです。でもこの人の場合犯人とばかりは言えなくて、フェイクの場合もあるでしょ。そして鈴木一真さんもそう。犯人かと思うとフェイク。彼の場合、最近そのフェイクが多いかも。松田悟志さんも同じ。

だから途中までは決めつけないでちゃんと耳を澄まして見ていましたよ。

 

4話は山吹の物語。

静かで穏やかな人のその内面が本当に静かだとは限らない―。

彼の悲しい過去の出来事(救えなかった恋人)も分かり、ひとりひとりのキャラの魅力がまた増したなと思いました。

 

先日知人に会った時に―今その人は自分の内面の弱さと戦っているさなかで―あの時の山吹と町田智子(須藤)の強い口調の問答に、すごく心惹かれたと言っていました。人は時には強く誰かに導いて欲しいのかもしれません。

そして殺してしまった人数を思うと、裁きは結構厳しいと思うのです。だけれど山吹の支えがあればかなりその魂は安らぎ救われると思うのです。それは罪を償った後の後の人生ではなく、今、まさに塀の中においてです。

未来の希望というのも大切なことではあるけれど、やっぱり今がどうなのかということが一番大切なことなのかもしれないと、私はちょっとしみじみと思いました。

 

と、「ST」の感想のわりにまじめにまとめちゃいましたね。

録画を見返したら、またこっそり追記するかもしれませんが、この時のたっちゃんの・・・

ああ、赤城さんでしたね。

あの寝ながらの「謎は、謎は全て解けてしまった!!」で、お尻をぽんって、もう、おじさんっぽいなあって大笑いしちゃいました。

でも翌日、ふと家の猫のもも吉を見ると

 

 

「ああああ、ナゾハナゾハスベテトケテシマッタニャン」と真似していました。

 

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9月11日、木曜日。

2014-09-11 23:50:10 | 梢は歌う(日記)

最近、自分の中の老いと向き合わなければならないこともあり、今日という日の朝のバタバタもあり、ためている書きたいドラマ記事もありで、さて何から書こうかと思ってツイッターのトレンドワードに目が行った時に、思わずドキリとしました。

そこには「9.11」とあったのです。

私の中の風化っぷり・・・・・・。

なにげにショックでした。

風化させてはいけないのです。あの悲劇からたった13年しか経っていないのですから。

たった13年。

だけれど自分の中の13年はあっという間ではあってもたった13年とはいえない大きな13年だったかもしれません。

 

それでもあの時、ふとアメリカという国に感じた疑念に共鳴してくれた友達との会話やまた別に正義のためなら多少の犠牲も仕方がないと言った知人に、裏付けが取れていない報復に何が正義だと声を荒らげて反論したなど、あの事件の後の日々が昨日のことのように蘇ります。

記憶というのはインプットし直すから忘れないらしいですよ。

世の中には、報復のためにはなんの罪などない一般人、つまり子供も殺しても仕方がないという考え方をする人がいるんですよ。

それがどういうことなのか分かりやすく言おうとして、

「自分たちは何もしていなくて普通に暮らしていたら、ある日マンションの裏に爆弾が落ち始める。それと同じことなのよ。そんなことになったらどう思うの?」と言ったら

「バカバカしい。実際にマンションの裏に爆弾なんか落ちないのに下らないことを言うな。」と言われたけれど、私はこの会話にならない会話にお口あんぐり。

申し訳ないけれど、私の中でお馬さんが走って行き、そして鹿さんが通り過ぎて行きました。

何かの話を挟んだ後、私はにっこり笑って言いました。

「大丈夫よ。男女平等の世の中になったのですから、次に戦争が起きたら女の子もちゃんと戦争に行けるから。」

もちろん彼女は女の子のお母さんだったのです。

戦争というのは大概正義の旗のもとに開戦されてしまうというのがままあることだと思います。

正義のためなら多少の犠牲もしかたがないんでしょ、ふん、てな感じです。私のそんな嫌味も通じていたかは疑問です。

以前の職場には顔も体格も迫力があって、言葉も強い人がたくさんいました。その人たちはその全体の醸しだす強さから自分の主張を剛力で正しいんだというふうに持っていくのです。

それまではほぼ家でのほほんと子どもと暮らしていた私には、いろいろ考えさせられるものがありました。それはもしかしたら社会の縮図なのかと。

その彼女たちの剛力パワーが私に向けられたことはなく嫌な思いをしたこともなかったのですが、だから傍観者的にそのパワーの行方を見ていたのかもしれません。

ただ私は思っていました。

強さ=その意見が正しいと言うのはナシ。

そういう世の中であってはならないんだと。

それは今も昔もー。

 

花や虫は地球のリーダーが人間だなんて思っているわけもなく、その命の営みをただ淡々と継続し続けているのです。

だけれどやっぱり私達人間の地球への影響力は大きくて、計らずとも地球生物のリーダーとしての自覚という観点からものを見るということも大切なことなのではないかと思います。

そんなわけで花と虫の画像添付です。

 

以前の9.11の記事は→「9月11日、日曜日」です。

 

 

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月見ると・・・

2014-09-10 13:09:32 | 梢は歌う(日記)

《ちっともドラマ感想が書けなくて、そんな感じで足踏みしています。みなさまのところも足あとも残せないで読み逃げばかりですみません。〉

 

ところで昨日のスーパームーンは綺麗でしたが、雲間に隠れてしまうまでがあっという間で残念ちゃあ残念だったような気がします。

思わず一句。

「お団子を食べる場合じゃないんだぞ スーパームーンすぐに雲間に」

 だけどたまたまルートくんがコンビニで買ってきたみんなのおやつというのがお団子だったので頂きました。

だけど昨日は、9月9日でいわば重陽の節句だったわけですよね。

重陽の節句というのは五節句の一つで詳しくは→こちらでどうぞ。

じゃあ、季節のものということで

 栗の甘露煮などを頂きましょう。

 

昼間もお友達とゴージャスランチだったのですが、ちょっと・・・・(*_*;   食べ過ぎですよね・・・・・・・^^;

コホン。

まあ、それはともかく上の句がチョー適当だったので、ちゃんと詠んでみました。

 

重陽の月は姿を隠せけり 雲の打ち掛け一重二重と

 

またまたところで昨日、日が落ちると早くも月が気になった私は、ベランダに出て月はどこかと探しました。

いましたよ、あそこに。

 

森の木々の向こう側です。

オレンジ色に輝いていました。森の向こうの住人は、既にオレンジ色の月を見上げているかもしれません。

 

そして6時45分ぐらいの月がトップ画像です。

私のカメラではこんな程度で限界なのですが、それでも私は満足なのです。ただ月を単体で撮ると、ただの光の球体なので雲や森の影が入ったほうが画像的には素敵な場合もありますよね。

それで引いてみました。

 

森の影がもう少し濃いと良いのだけれど、そうそううまくは行きませんよね。

と、ここで、アレッって思いました。

下の球体はなあに?

うむむ~。

分かりません。

200倍にしてみたら、顔のようにも見えてそれはそれで怖かったです。

300倍にする勇気はないなあ・・・・。

何かしらね。

 これ。

 

ああ、それはねって分かる方がいらしたら、是非教えて下さいね。

 

なんとなくとんでも無いところに着地したっていう感じがしますが、昨晩のお月見報告でした。

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なんだか落ち着きません。

2014-09-07 18:05:27 | 梢は歌う(日記)

9月に入って、早くも1週間が経ってしまったのですね。

近頃、こちらのブログに足が向きませんでした。

足…ではなく手だったか。

今の私の生活は毎日が日曜日と半日働くような土曜日の繰り返しのようなものなのに、最近まったく落ち着きません。

なんだか今年全体がそんな感じであっという間に9月ですものね。

この辺でいろいろ引き締めて、仕切り直しもしなくっちゃっ!!

 

ブログは実は書いていたのです。

カレンダーに書き留めるようなメモ程度の日記ブログ「果樹園のティータイム」は出来るだけ続けて書こうと思っています。

そのブログをなんで開いたのかは、いつか仕事に使おうかなと思って今から開拓と考えていた時代があったと言うような事を前にちょっとだけ触れたことがあると思うのですが、その後考えが変わって、今の段階ではブログで仕事を展開をするような意欲に欠ける事が分かったので放置か削除かと軽く悩みつつ、結局今のようなブログにして残したのです。

イメージ的には上に書いたことの繰り返しですが、昔の女性雑誌に載っていたような一か月カレンダーの素敵なメモ書き記事のようなものにしたいと思っています。

でも…素敵になるかどうかは…疑問ですが('◇')ゞ

 

今年は毎月いろいろな事があって落ち着かないのですが、9月のザワザワの原因は・・・・・

 

ああ、なんと、とうとうラッタさんが家を出ていくことになったんですねえ。

それも突然に決まったんですよ。

もう彼はとっくに大人なのでいつ来てもおかしくない出来事だったのですが、とうとう私にも子供と言うポジションの人の巣立ちを見送ることになったんです。

早い遅いは関係のない事だと思います。

ゆっくりと遅い別れの時が、足早にやって来ているのです。

 

だからと言って感傷に浸って落ち着かないのではないのですよ。〈ちょっとはそれもあり〉

雑用がいっぱい。

何も彼の為にだけヒーヒーと働いているわけではないのですが、家の片づけもずっとやっているので落ち着かないのです。

 

家事と雑用と仕事をちょっとやって、その隙間時間にピグのゲームで遊んで、日記ブログを書くと、もう夜も遅い時間で、なんだか頭がぼーっとして眠くなっちゃう。

思ったことを書くこのブログは「まっ、良いか。明日で。」ってなことを繰り返していました。

でも生活が変わらない限り、そんな事をやっていたら長々続けてきたことが自然消滅してしまうと思うので、ちょっとは頑張ろうと思います。

 

ところで私、家の片づけは頑張ってるって書いたのですが、地道にやっているのです。

で、気になっていたサボテンの植え替えをようやくやったんです。

この季節にやると言うのも間違えているかもしれないのですが、先週は涼しい日もあったのでやってみたのです。

その中の小さなハートの形のサボテンの名前はなんて言うのかと、急に気になって調べてみたら「コノフィツム」と言うのだと分かりました。

自分のブログ内検索で「サボテン」で検索したら、そのサボテンたちを買った画像が出てきました。

 

→記事はここです。

植え替えた画像は、またそのうちにアップしようと思います。上手くいくか少々不安なのです。

ハート形の果肉部分がこの小さな鉢の中で11個になっていました。鉢から出すときにほとんどが根なしになってしまったのですが、サボテンの植え替えはそれでも良いのらしいのですよね。

上手く根付いてくれますように。

 

それでこの検索でたどりついた自分のブログの記事を読んで、しみじみとしたんです、私。

ブログってそういう所が良いのですよね。

あんな風に私の退院祝いに駆けつけてくれた家族との楽しいひと時は、まるでつい最近の出来事のように感じるのに2011年の出来事だったのですよ。

そこには

>私の勝手な勘違いかも知れませんが、私と姑は仲良しです。

元気と言えば、私の両親も元気です。

私の幸せを支えてくれているのは、この少々高齢になってしまった人たちが元気でいてくれている事だと思っています。

と言う文が綴られていたのです。

 

2011年。

私は退院し、妹は病気ではなく、父は元気でいたのです。

 

ああ。

変化なき日々はないのだ、月が満ち欠けていくように。

 

老いた人は静かに地上から去って行き、自分の中の若かった細胞は徐々に朽ちていき、そして次の世代の人は巣立っていくのです。

ずっとずっと繰り返されている当たり前の出来事なんですね。

 

まあ、そんな感じが私の近況って言えば近況です。

また続けてアップできたら良いなと思っています。

記事は書きませんが、今から官兵衛さんを見なくては。少々テンションが下がっています。視聴率も下がっているみたいですね。

視聴率と言えば・・・・

ああ、あれっ、ちょっと気になるなあ・・・・。

 

 

 

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