森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

相棒season12「第3話原因菌」

2013-10-31 09:18:01 | ドラマ(相棒)

このお話、多くの人がなんかタイムリーだなと感じたのではないでしょうか。

私も思いました。

「相棒」、時々そういう事がありますよね。やっぱり「相棒」の中でも社会派的なシナリオを書く櫻井さんの作品でした。

 

冒頭、人々が倒れていくシーン、怖かったですね。

今までなんとなくテレビで「集団食中毒」というニュースが流れてきても、イヤダな~と感じても凄く怖いという感じには伝わってこなかったかもしれません。

「テロじゃないのか。」と言う言葉が出る様な出来事なんですよね。

 

死者がでたり、死者が出ればその周りにいる人々の人生も変わってしまうわけです。

私的に凄いなと感じたのは、この「原因菌」というタイトルです。

菌は、誰の目にも見えないものだし、それが体内に取り込まれなければ誰も気が付かないモノ。

事件の真相を突き止めていくと、物に対しての過信、大丈夫だという油断、そして狡さ、何事も問題が起きなければ、そのままズルズルといってしまったものばかりかもしれません。だけどそこには菌のように猛威を振るうものを潜在的に含んでいた・・・・。

 

食中毒と殺人、二つの事件を解明しようと、それぞれの部署の男たちのぶつかり合いも良かったですよね。そんな中で右京さんもカイトも自分たちの琴線に触れた事件を自由に調べているような気がして

「特命っていいよな。自由で。」ってそれが一番感じた感想だったかも。

この後の「リーガル・ハイ」のテーマが嫉妬。

警視庁のみんなが、その力を認めざるをえないような特命に対して相変わらず風当たりが強いのは、もしかしたらそこにはこの自由さへの嫉妬があるんじゃないかなと横道逸れて思ってしまったのでした。

 

ツイッターでは白衣萌えで盛り上がっていたように思います。そう、白衣って萌えるのよね。

というわけで薄い内容ですが、今回は以上で。

 

ついでー。

なんか、食品偽装のリアル事件のことを思うとムカムカする。最初「誤表示」とか言ったり、テレビでもニュースが
「『誤表示』の問題で」なんて言ったり。「誤表示」なんかじゃないちゅうの。

うっかりなんてものでもないじゃない。利益優先の偽装に他ならなかったと思うし、100歩譲って 悪意なかったというのなら、それはまさに「まあいいか、このぐらい問題ない。」という甘い個人の独断であったと思う。

食べ物に関しては「まあ、いいか、」はナシにして欲しい。

食べ物に付いているいろいろな表示に信用がなくなっていったなら、それは凄く恐ろしいことだと思うの。

月9の決まりゼリフじゃないけれど「ちゃんとして!」って言いたいよね。

 

視聴率は、15.9

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劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」&教室日記

2013-10-30 10:26:20 | 観劇・コンサート日記

今年も後63日になってしまいました。

書ききれてなかった分の、今年観たお芝居の振り返り感想日記です。

 

※        ※         ※

劇団四季の「サウンド・オブ・ミュージック」は今年1月26日に観ました。完全に終了してしまったお芝居の感想を書くならば、それはちょっと自己満足にしかならないかもしれませんが、このお芝居は11月24日まで新名古屋ミュージカル劇場にて上演しています。だからと言っても、何も私の感想が役に立つってことはないないのでしたが。

 

子供の頃から何度も映画で観た「サウンド・オブ・ミュージック」。

この物語は観た年代によって、印象に残るシーン感動ポイントが違かったと思います。その事は映画ブログ「近未来二番館」にてこの映画の感想を書いていて、その事についても書いていますので合わせてお読みいただくと助かります。→「サウンド・オブ・ミュージック」

そして今回も感動ポイントが違いました。

私が今回〈今回と言っても1月ですが〉、一番印象に残ったのはなんと「ドレミの歌」だったのです。

音楽の基本、音階を知らない子供たちに、マリアは工夫をこらし歌で教えます。それが「ドレミの歌」。その時のマリアは全身で渾身のパワーで体当たりという感じで、ほんとうに素晴らしかったのです。キラキラ輝くマリアに思わず涙腺が緩みました。

またちょっと固い感想ですが、教育とはこうあらねばと感じたのも本音です。

 

舞台を観る数日前か数週間前か忘れましたが、ある時私は家に来ている、その時は小学校5年生二人の男子と学校での話を話をしていました。お話が舞台感想から逸れるようですが、以下のエピソードは私にはこのお芝居の感想には外せないものなのです。

 

「僕たち、吹けるけれどちゃんと出来ない。苦手なんだ、リコーダー。」と少年が言いました。
「リコーダーは吹けば音が出るわけだから、苦手なのは楽譜を読むことなんじゃないのかな。」と私。
「うん。そうだよ。楽譜読めないんだ、僕。」
「あれは一回ゆっくりちゃんとやれば、全く難しくないんだよ。じゃあ今教えてあげるよ。」

というわけで、手描きで雑な五線譜とト音記号を書き、基本のドレミの場所を教えてあげたのです。

教えてあげたって、何だそんなことかと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな基本のことが分かっていないから、その基本の上に新たなる知識を教えてもらっても受付ないのです。そして歌は上手に歌えるものだから、楽器を弾くなどのそれ以上のことを求めなければ、あまり問題視されていないのですよね。

その後、「ドミソ」とか「ドファラ」とか音符を書いて読ませて
「何だ、簡単だったんだ。」と少年に言わせて終了・・・・・・・とはいかなかったのです。

一人の少年はそう言いました。 だけどもう一人の少年は、ポッカーン、モジモジの繰り返し。

正直、ちょっとイライラしました。

こんなに丁寧に簡単な言葉を選んで話してるのに、なんで分からないのと思ったのです。子供は大人のイライラに敏感です。イライラ封印。私は朝ドラ「ごちそうさん」の西門さんのように顎に手を当てて考えました。そして閃いたのです。

でもまさか・・・
うっそー・・・

とか思いながら、彼に聞きました。
「音を付けなくていいから『ド』から順番に言ってみて?」と。 

思ったとおり彼は言えませんでした。そこから分からないのに、おたまじゃくしを書かれても受け付けなかったというわけなのですね。

 

大人でも「今さら人には聞けない家事の基本」という本もあるじゃないですか。
子供にだって小学5年生になれば、今さら聞けないってものがあるんじゃないかなと思うのです。このような少年はそんなには居ないと思います。それでも私には少々衝撃的な出来事だったのです。

彼らはもちろん「ドレミの歌」も知りませんでした。

この「サウンド・オブ・ミュージック」の映画は何十年経っても色褪せない名作で、その物語はこのような舞台などで生き続けているのです。

「ドレミの歌」も本当に子供たちが楽しく簡単にドレミを覚える歌として、ずっと学校などでもロングセラーで居てもらいたい歌だと思ったのでした。

 

そして話題は舞台の話に戻ります。

「私のお気に入り」はいつもお気に入り。

トラップ大佐が歌う「エーデルワイス」。映画ではかなりの泣きのポイントですが、出来たら本当に会場、つまり私達も巻き込んでの「エーデルワイス」であって欲しかったと思いました。

映画のように大佐が会場に向かって「一緒に」というポーズを取ってくれたら、喜んで歌ったのになと思ってみたり・・・・・。

やっぱり感動するのはラストの「すべての山に登れ」。頑張ろうという気持ちになります。

 

それから尼僧さんの中に際立って声が綺麗で歌のうまい人がいるなと思いました。

知っているお話ですが、かなりの充実した素敵な時間を過ごせました。

 

トップ画像は買ってきたおみやげのファイルです。

それから4種類の絵柄が入っているメモ帳。

 

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ゲキ×シネ「髑髏城の七人」

2013-10-28 14:34:29 | 観劇・コンサート日記

今年もあと、65日です。

いろいろな面で整理総括していかなくてはならないと思うのですが、ブログにおいても記録帳として見るならば書ききれてないものがあるので、少しずつ補っていきたいと思います。最初は「観劇・コンサート日記」からです。

♡       ♡        ♡

 

劇団☆新感線の「髑髏城の七人」は、昨年の2012年にBSプレミアムで「劇団☆新感線 三十年の疾走」という番組を見てから、ずっと観たいと思っていたお芝居でした。

研ぎ師が傍で剣を研ぎまくりながらの伝説の殺陣、観たいじゃないですか。〈一応、その番組の感想は→こちら

もちろん観たのは小栗旬主演のゲキ×シネです。

 

私がこの映画〈お芝居〉を観に行くと言ったら、夫が「珍しいね。」と言いました。
まあそれは私が彼のファンじゃないからなんですが、ファンじゃなくても別に嫌いと言うわけではないのでいそいそと1月23日に出かけて参りました。水曜日のレディースデイであっても別に安くはなりませんが、週が変わると公開時間が夜だけになってしまうので、もうこの日しかないと結構張り切って、しかしなんでもギリギリの人なので、自転車飛ばしゼイゼイハアハアとギリギリのお時間にたどり着いたわけですが、頑張って行った甲斐がありました。〈文が長い・・・)←このへんが詳しいのは、実は冒頭だけ少々書いてあったからです。

 

凄く偉そうな言い方で申し訳ありませんが、小栗旬君、頑張ったなあとラストに行くほど、それを感じました。

 舞台ってやっぱりデッカイブタイ。

それを何だかんだといっても主役の人が肩に背負って突っ走るような気がするのです。それは脇が助けるというより、共演が強い個性を放せば放すほど逆に負けないオーラが必要になるのかと思います。そのオーラというのはひとえに演技力かと思ったりもするのですがどうでしょうか。

この捨之介という役は小栗くんにはぴったりな役だったと思いました。

だけど最初の方では、古田新太さんに脳内変換して困りました。なんか伝わってくる同じ空気があるのです。と言うことは似てるのかな二人は・・・・えっと・・・あれっ?・・・・

 

 この「髑髏城の七人」についての物語とキャストの解説は、HPに詳しく載っていたので、それで手を抜こうとしたら、いつの間にか消えていました。それで知ったのですが、新感線は消すんですね、HP。

 

でも簡単な解説はこちらに→「髑髏城の七人」作品紹介

この作品の評論は残っていました。その記事には大変共鳴し、ほとんど同じ感想でしたのでリンクさせていただきますね。→ここ

えっ、やっぱり手抜きですって・・・。

まあ、なんたって1月に見たものの感想ですから。

 

でも小池栄子さんの「なんで~!!」と言う悲痛の叫びは心の中に残っているのです。

 

そう言えばこのゲキ×シネ公開前に、小栗・森山・早乙女くんが何かの番組でインタビューを受けていましたが、質問で
「今後、皆さんは正義の者か悪か、どちらを演じたいですか。」というものに、小栗くんと早乙女くんが
「悪というものも良いですね。」みたいなことを言うと、一人森山くんだけが
「正義です。今回の天魔王を、彼の視点から見たらそれは正義になるわけで、常にその者の正義を演じたい。」と言うような優等生的お返事をした所、
「あっ、じゃ、僕らも正義ってことに。」とすこぶる軽く考えを変える小栗くん。

このインタビュー、笑えました。

 

今10周年記念でゲキ×シネ祭りをやっていますよね。

この作品はやりませんが、「アオドクロ」「アカドクロ」は上映しますね。

興味のある方はゲキ×シネHPの作品ラインナップから確認して下さいね。→ここ

 

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あなたの知らない世界

2013-10-27 00:09:08 | 梢は歌う(日記)

注:ホラーじゃないです。

今日、インパクトがあった出来事。

ラッタさんが、明日台風でも映画に行くのだと言いました。

何をアホなことをのたまっているのかと思いましたが、まあ今回はなんとなく直撃ではないようなので晴れではないにしろ出かけて行くんだなと思いました。

好奇心はあったものの、その時は何の映画かと聞きもしませんでした。でも朝パソコンを開いたら、お気に入りのブログがこの映画の感想を書いていて、それで、ハハーンと思ったのです。

この映画、予告編は何回も見ました。

秘めた力を眼帯の奥に隠したアニメ声の可愛い女の子の物語―そんなイメージ。

イマドキ風のアニメで面白そうだなとは思っていました。

 

朝、強い雨ではなかったのですが、ちょうど私達も買い物に行くので行きだけ送ってやることにしました。甘いっちゃあ甘いんだけれど、どうせ同じ所に行くわけですし時間を合わせて行ったって別に問題はないわけです。

 

でもお店開店まで少々時間があったので映画館のロビーで待つことにしたのです。

が・・・・

行ってみて、チョ~がつくほどビックリしました。

私、失礼な言い方ですが、この映画館のロビーにこんなに人がいるのを見たことがありませんでした。

既に入場が始まっているというのに、チケットを持っている人たちがシアター内に入るのに長蛇の列。パンフとかグッズを買い求める売店前にも長蛇の列。コンセッションの・・・・ってしつこい。

 

ポカーンとしていたらラッタさんが言いました。

「この世には、あなたの知らない世界がたくさん存在しているのだよ。」

 

誰もが列に並んでいるので座っている人はいなくて、ロビーの椅子は空いていたのでタバコを吸いに行った夫をそこで座って待っていました。

遅れてやってきた夫も
「すごいな~、こんなの、ここで始めて見たよ。」と言いながらやって来ました。

でもその時の椅子に座っていた私の顔が、何やら凄く楽しそうな顔をしていたらしいのです。それで彼が言いました。

「どうしたの?」と。

 

 で、私言いました。

「私の知らない世界を堪能している所です。」って。

 

 

夕方、ラッタさんが言いました。

「アニメ、面白いよ。一度見てみたら。」

即、あの列の中にいる自分の姿を想像してしまった私は「ムリムリムリ」と即答。
「あっ、でもおばさんも見に来てたりするの ?」ッて一応聞いてみたりして。

「いや、アニメ。テレビでやっている方。」

あっ、テレビかって思わずホッとした私。

なんで?

 

 

 

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相棒season12「第2話 殺人の定理」

2013-10-24 13:01:14 | ドラマ(相棒)

今日の「相棒」、なんだかお話が「大きいのに小さい」または「小さいのに大きい」、そんな感じがしてしまいました。

例えば∞と簡単な記号で書ける無限大のようなと言えば良いのでしょうか。

一つの殺人が起きた。

ただ、その殺害の理由にはとんでもない秘密があったのでした。世界が崩壊してしまうような・・・

たった一人の頭の中で導かれた素数の真実。それを明かせば現存する世界のシステムは崩壊してしまうという、ちょっと捉えようによってはSFチックなお話にも感じましたが少々ピンとこなかったというのは本音。

それは脳という小さな世界の中の果てしない大きな宇宙を感じることが出来るか否かに依るものなのかもしれません。

 

そして物語は比較的単純で簡単な話、だって彼以外に犯人は考えられないし、なのに難解にも感じるという錯覚が起きたのは、あれやこれやの数学の専門用語。右京さんが早口で説明をしてくれたアレヤコレヤはわかります。だけどもう一度それをブログに書き写すなんてことはやりたくないし出来ない。だってそれやったら、ドラマ鑑賞じゃなくてお勉強ですよね。

しかし私思っちゃたので書きますが、数学博士ってみな
「これほど美しい数式を見たことがない。」とか
「なんて美しい数式だと思わないか。」のようなことをうっとりした感じで言うのでしょうか。

確か「博士が愛した数式」と言う映画の中にもそんなセリフがあったような気がするのですよね。

 

それは詩を愛する人が他の人の詩であっても、美しい言葉に打ち震えるような感動を覚えるのと同じってことでしょうか。

 

ただ私、素数にはそんな奥深いものがあったのかと、すこぶる感心してしまいました。

以前から私は「素数」が好きで、2,3,5なんていうのには何も感じないのですが、7,11,13,19辺りからワクワクしてくるのですね。

素数は小学校5年生でも習うけれど、素因数分解をやるので、中3でもまたやり直します。

中3だと100以下ぐらいの素数は書き出します。

参考までに

2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97

意味もなく素数にテンション上がるのは、私には全く関係のないような深い深い奥底に隠された謎が存在するからなのかもしれません。

あっ、そうそう。

この素数、もうちょっと知りたくて検索しました。

そこを読むと右京さんの言ったアレヤコレヤが復習出来ますよ。→「素数 wikipedia」

そこを下の方まで読まれる方は頭痛薬を用意した方がいいですよって、それあちきのことか。

 

ところでドラマの感想です、はい。

肥後教授が解き明かした素数の数式を燃やしてしまった事を知って、カイトが庭に飛び出しました。

私も思わず「あああ」と思ってしまいました。

燃やした方がいい。

それは分かります。物語の流れとしてはそうでしょう。

でも裁判の時、それいるんじゃないかな~って、思うのですよ。

でなければこの稀代の天才は、妄想の末の殺人を犯したと言われ兼ねないと思うからです。

100年解けなかったファーガスの定理を解いた天才。その彼の妄想と暴走に依る殺人と思う人だってたくさんいるんじゃないかなと・・。。

証拠がないわけで、しかもこの真実を彼は法廷で語らないのではないかとも思うのです。

もしも語ったならば、彼は堀の中に居たほうが、この先安心ですよね。

 

肥後教授はなんだか悟っちゃった人のような雰囲気がありました。そんな雰囲気を岡田義徳君、かなりの好演。

 

 トリオを解散したイタミンたちは捜一コンビとして健在。だけど芹沢くんも若手という感じではなく、良い感じの貫禄がついてきましたよね。

 

最後に「 a drink」のダイイングメッセージのことですが、ちゃっかし肥後教授自信に解かせるなんて、右京さんは怖いですね、やっぱり。

How I want a drink, alcoholic of course, after the heavy lectures involving quantum mechanics!
3. 1 4 1 5 9 2 6 5 3 5 8 9 7 9 (14桁)

a drinkのところを日本語の覚え方と照らし合わせると

産医師異国に向う産後厄無く産婦御社に虫散々闇に鳴く後礼には早よ行くな
(さんいしいこくにむこうさんごやくなくさんぷみやしろにむしさんざんやみになくごれいにははよいくな)

うっ??

あっ、これじゃなかった。

妻子肥後の国=「3141592」
この「15」とはすなわち「肥後」のことを指していたというもの。

凄く面白いと思いました。

円周率の覚え方はたくさん在るみたいで、「産医師・・」と言うのが結構有名らしいです。

そっちを思いついてしまったら、この推理アウトなわけで、

ライターさんも刑事さんもいろんなことを知っていなければならないというお話だったなと思いました。

 

 視聴率は17.0

 

 

 

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百鬼夜行抄22

2013-10-20 12:36:16 | 漫画・マンガ・まんが

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百鬼夜行抄 22 (Nemuki+コミックス)
今 市子
朝日新聞出版

百鬼夜行抄も22巻となれば、そのお付き合いもかなり長くなってまいりました。箱庭からやって来た三郎さんの鶏さんのメタモルフォーゼのような別れはあっても、「相棒」のようにはっきりとした退場は今まであまりなかったように思います。そうすると、この長き連載の間にはライトが当たる人日陰に回る人が出てくるわけで、毎回レギュラー総出演というわけには行きませんね。

今回は、少し前まで何処に行ってた感が少々していた司ちゃんが戻ってきた感じです。

そして年下ボーイフレンドの星野くんは・・・・

って、この先はネタバレになるので書きませんが^^

 

今回収められているのは、
「鬼の帰館」「一番背の高い木」「美貌の箪笥」「二つ穴」「忘れられた宴」「遊戯の季節」

今回はどれもホラー色が強かったように思いました。

しみじみジーンという物語がなかったのが、少々残念な所です。
とは言っても、実はなかなか奥が深い。

今の世の中、大学を出ても昔のようなレールの上を走れない人も多数いて、開さんの生きる道の周囲のアレヤコレヤは決して遠い世界の他人ごとには思えません。
「人を呪わば穴二つ。」
どうしても人はその二つの穴を掘らないわけにはいかない・・・・・。

そんな事をいろいろ考えさせられたりもしました。

ああ、そう言えば、一番とは言いませんがかなり共鳴したのはおまけの「夜行するガーデニング」です。

私もこぼれた花の種に感動したり、雑草を何の花になるかと楽しみに育てたり、今先生と同じことやっているんだなと笑えました。

 

ところでこれも毎回言っていることなのですが、今回も言います。言わないと、心の中がスッキリとしません。

この作品は映像にしたら生きてくるんじゃないかな~、って。

なぜなら作者の今さんの脳内もそれの構成でコマ割りが出来ていってるような気がするからです。

だから毎回分かり辛い。

数ページの逆戻し、やっているのは私だけではないはずです。

そのシーンは、映像なら
「ああ、そうか。そうだったのか。」というようなシーン。だけど漫画だと。
「あー、なんだってー?あー、なる~。」とまた読み返して、そうなるわけ。

でももうそれには慣れてしまったというのが本音です。

そうすると、映像希望という願望が残るのです。だけど作り方によっては陳腐になる可能性もあるわけで、もしも願いが叶って映画とかになる場合は気を使ってお金も使って作ってもらいたいと思います。

 

ついでですので、私の妄想的キャスト。

お付き合いが長いので、ずっと昔に律にと思っていた人は三十路になってしまいました。

って書いたら誰のことかわかりますよね。

昔はネ、律は藤原竜也で赤目が玉木宏。

でも今は赤目が藤原くんかな。律は・・・えーと、神木くんとか・・。

 

というわけで22の感想はとんでもない所に着地しました。

雨も強くなってきました。。。。。。。

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「小さい秋」ってどんな秋

2013-10-19 01:01:29 | 思いつくまま

 

「小さい秋みつけた」という歌を聞く度に、その秋はどんな秋なんだろうって思うのです。

歌とは離れて、じゃあ大きい秋ってなんだろうとか、それなら小さい春もあるのかしらとか想いはいろいろ飛ぶのです。

ところで先日、公民館での歌う会でこの歌の簡単な説明がありました。

「この歌を作ったサトウハチロー氏が病気で臥せっている子供の視点で作った歌」というのがそれです。
部屋から小さな窓を通して見つけた秋の気配。


この歌はほんとうに素敵な歌だと思います。そして何かを感じる時、または見つける時はやはり5感でというのもポイントなのかと思いました。

1番の歌詞
>すましたお耳にかすかにしみた
よんでる口笛もずの声

2番の歌詞
>お部屋は北向き 曇のガラス
うつろな目の色 溶かしたミルク
わずかな隙から秋の風

3番の歌詞
>むかしのむかしの風見の鶏の
ぼやけたとさかにはぜの葉ひとつ
はぜの葉赤くて入り日色


空気が澄んで口笛やもずの声が空高く響く・・・・

北向きのお部屋で熱のある少年が頂こうとしているのは温めたミルク。溶かしたとあるからスキムミルクなのかもしれません。そこからは湯気がたっていて、手のひらにはその暖かさを感じているのにミルクの湯気を揺らすすきま風はひんやりと冷たい・・・・

年月を重ねた風見鶏の色ははげていて、そこには風で吹き上げられた葉っぱが一枚絡んでいる。その葉っぱは夕日の色と同じに真っ赤・・・

と、ここまで書いたら、なんとなく裏のメッセージを感じてしまいました、私。

 

なぜなら少年の寝ている部屋は曇のガラス、つまり曇ガラスという透明じゃないガラスの窓なのです。その窓からは風見の鶏も、そして色鮮やかなはぜの葉も見ることは出来ないのではないでしょうか。

つまり少年は湯気の向こうにある記憶の中の秋を見ているのです。だから少年の目は焦点のあっていないうつろな目をしているのではないですか。

そしてこの「ぼやけた」という言葉から来る印象が、それを感じさせませんか。

記憶というのは常にぼやけたもの。くっきりと映像のように見ることは出来ないのです。だけど、そのぼやけた記憶の中に鮮明に蘇ってくる記憶が彼の中にある。それはずっと昔に家を出て行ってしまった母との記憶だったかも。

少年はそっと呟いてみる。

―お母さん

暖かい春の日ばかりではない人生の秋を、少年は感じていたのかもしれません。

 

もちろんそれは私の妄想的解釈。

だけど「小さい秋みつけた」という可愛らしい言葉の歌なのに、歌うと何故か刹那く胸がきゅーんと締め付けられるような気持ちになるのは、そんな思いが込められているからなのかもしれないと思ってみたりしたのでした。

 

 

※ 画像は18日朝の空です。

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相棒season12「1話ビリーバー」

2013-10-17 12:47:05 | ドラマ(相棒)

なんかお話が、ラストで全部ぶっ飛んでしまいました。

それぐらい私的には衝撃があったのでした。

シーズン12といえば、12年じゃないですか。12年といえば子供が小学校に入ってそして高校を卒業しちゃう年月なんですよ。(一話に出たからシーズン12も無理やり数に入れちゃう。)

その間、時に「警部殿~。」と困ったように言う地味なキャラながら、しっかり捜一トリオを締めていました。別に含蓄深いことを言う訳ではないけれど、暴走しがちなイタミンに「落ち着け」と諭し、時には共に怒って猛心をおさめてきました。怖い顔はイタミンに劣らず、だけど結構お茶目だった三浦さん。

足に刺されたナイフは深くて自分の力でも抜けませんでした。太ももは太い動脈があるので、万が一抜いてしまったら血が吹き出してしまうのかとドキドキしました。

「死ぬのか。」なんて三浦さんも言うし、まさか退場フラグが立っているのかってその時思いましたが、命が助かってもやはり三浦さんの退場の回になってしまいました。

最近はトリオと言っても出てこない回も結構あったので、いろいろ事情があるのかもしれませんね。

体調が悪いのかななんて余計な心配もちらりとしちゃったのだけれど、体調悪くて退場する人に「死ぬのか」というセリフ、もしくはアドリブでもそのようなシーンを持ってこないんじゃないかなと、勝手に推理しました。

三浦さん役の大谷亮介んが所属している「「ファーザーズコーポレーション」のHPを見ると、その先の舞台のスケージュールが書き込まれていました。→

それを見てホッとしました。

事務方にだって残ることが出来たと思うのに、それを選択しなかった三浦警部補。デカ魂、もしくはプライドがそうさせたのでしょうか(物語の中では)

だったらこの先、ゲスト出演っていう可能性もあるわけで、それはそれで楽しいんじゃないかと思います。それに「相棒」を卒業するとお仕事がバージョンアップするという、私が勝手に思い込んでいるジンクスもありますし。

三浦さんがベッドで言った
「それは素晴らしい刑事生活でした。」は、←のようなもの。たった一日で忘れちゃったセリフ。今度はメモもしくは録画します((^_^;)

とにかくそのようなセリフは、すなわち「相棒」に関わった時間はという意味だったと思います。

 

ところで懐かしい名前、思いがけないところで出ましたね。

「亀山薫」

視聴者サービス、忘れてませんねええ。

彼もゲストで出てくる日も近づいて来たと思いたいものです。

 

 ところで本編の感想ですが、カイトとカイトパパの確執の理由は今までも描かれていませんでした。それはオイオイなのかもしれませんが、なんか反発しあう二人に時々不自然なものを感じていたりもしたのです。その理由は未だわからないままですが、今回やはり心の底辺では自分の父親を信じているカイトの姿が浮かび上がりましたね。

「人に自分の父親をクズ呼ばわりされるのは、いい気分はしない。」と怒るカイト。

犯人が編集してしまった映像は、自分が助かりたいゆえに裏取引も自分のためにはして欲しいような印象を与えるものでした。

だけど本当はそんなものは何も期待していなくていつでも覚悟ができている父なのでした。

彼は警察が捜査によって自分のいるところを突き止めて助かりたいと言ったのです。

映像の編集ってほんとうに怖いなと思いつつ、カイトパパ、カッコ良かったですね。

評判なんかすぐに忘れちゃうさというパパ。

だけど息子だけは(右京さんもだけど)その真実を知っているわけだから、なんか救われました。

 

私的には日の丸大王の怪しい生活をもっと楽しませて欲しかったのですが、意外と淡々と物語は進行してしまいました。細かいことを言うようですが「ジェームズ」と「ボンド」。それにしたって日の丸大王、「おや、お二人はお知り合いですか?」のようなセリフも欲しかったかな。

今回華がないって言えばなかったように思うのです。

そしてたった一人を除けば、みんな真実かどうかわからない妄想を信じてしまった人ばかりで大した悪人じゃなかったのも、なんだか悲しくてそして怖いような気もしたのです。火の玉大王の綾辻すらも。

 

たった一人のネジ曲がった主犯の男は真実を伝えるべきマスコミの人間になっていました。だけれど彼は「真実」というものを何一つ信じていない人になっていたのです。

彼に
「開き直るんじゃない! !」と久しぶりの右京炸裂。

「父親を見殺しにされリャ、分かる。」と彼は言いましたが、言葉を操って自分を信じていた人間に二度も毒を飲ませて殺すという残酷なことをしているわけですから、彼だって誘拐犯と何ら変わりのない人殺しなのです。

 

そんな狂ってしまった人間になってしまったのも、信じるべきものを信じて成り立っているこの世界を信じることができなくなってしまったからでしょうか。

 

 

初回の視聴率が出ましたね。

19.7だそうです。

まあまあ良かったじゃないかと思います。
「リーガル・ハイ」と重ならなくて良かったなとちょっと本音は思っっちゃったりして・・・・・^^

あっ、でも「リーガル」は視聴率を二回目は落としたらしいです。

「相棒」が引き伸ばしたのが影響したのかな。今回は「相棒」を最後まで見て「リーガル」は録画した人が増えたってことじゃないかなと思います。

 

みなさま、また今シーズンもよろしくお願いします。

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お片づけ大作戦

2013-10-16 14:13:02 | 梢は歌う(日記)

最近記事の一気書きが出来なくてちまちま書いてるのですが、この記事を書いている時にやなせたかし氏の訃報がテレビから流れてきました。94歳で生涯現役。素晴らしかったと思います。生前の彼の映像からアンパンマンの生まれた経緯を知りました。日中戦争で経験した飢餓。A国もB国もなく飢えて苦しんでいる人の所に飛んで行くヒーローとして生まれたアンパンマン。

やなせ氏が引退をしようとした時に3.11が起き、こんな時に引退なんか申し訳なくて出来ないと最後まで頑張り続けた彼。

彼の化身がアンパンマンだったのか。それとも彼こそがアンパンマンの化身だったのか―。

そのアンパンマンについてはかなり前ですが書いたことがあります。飢えなど知らない今の時代の私と息子のお気楽な会話で成り立っているその記事ですが、読みなおして、思わず私は泣きました。

「さあ、僕の顔を食べたまえ。」

その記事はこちらです→「もしも三日前のアンパンマンが来たら」

やなせさん、どうぞ安らかにお眠りください。

 

※          ※           ※

中学生の頃数学の先生が、ってこの場合学科名は関係ないのだけれど、日本人はやたら「大」の字を付けるのが好きだとおっしゃられました。

「『大運動会』って言うからさ、どんなのかと思ったら、そのへんの草むらのような公園でやっている町内会の運動会だったりしてね。」って。

その時、本当にそうだなあと思って笑ったのでした。だからこの記事のタイトルに「大」の字がついてるからって本が書けるほどのお片づけに挑戦しようってわけではありませんて。←そこが言いたかったの。

 

あっ、でもさ、ヤッパシ上の話からはちょっと思うことあります。

昔は運動会って春と秋の二回やっていたのですよ。春は練習時間もあまり取れなくて、家族も呼ばない小規模なもので「小運動会」と呼ばれ、その対比として秋のは「大運動会」と呼ばれたのですよね。だから町会の運動会といえども、秋にやる場合は「大運動会」と呼ばれるようになっただけだと思うのです。例としては、そんなに良いとは言えないかも。

だけど「大」という文字に限らず、日本人は「大」と「小」と何を基準にしたらいいのかわからないものにもその文字をつけるのが好きだと思います。今書いたこの文も実はちょっといい加減です。なぜなら他の国のことはあまり知らないから「日本人は」というのは如何なものかってもんです。

要するに説得力のある言葉とか文章とかは、多少のハッタリも必要なのかということですよね。他の国のことは分からなくて比較検証カットでも、実際に思い当たることが二つ三つあれば「日本人は」と言い切ってしまう。すると聞いている方も二つ三つ思い当たることがあるものだから「ふむふむ」と思う。

このタイトルだって「お片づけ作戦」というよりは、そこに「大」がついただけで、「よっしゃ、やるぞ。」と言うのが伝わってくるってものです。(ハッタリでも)

 

って、いったいどこから本題の「お片づけ大作戦」の作戦とか戦略の話になるのかって「怪しいぃ」ッて思ってる?

うん。

正直に言うとだね、タイトルを打ち込んだところで、今日は終わり・・・・なんちゃって。

もう今年やることはこれですよっていう宣言です。

 

今年は、日常的な決まっている仕事や外出以外の私的イベントは後二つ。

それ以外の昼間の時間をこの「お片づけ」につぎ込もうと思っています。

 

今年はちょっと確かにいろいろあってバタバタしていたのです。そしていろんなことを後回しにしていたのも確か。

そのいろいろが一応終って、さあ、家の中のざわつきを一掃しようと思ったら、膝がやられました。

この膝、「いたーい」のレベルじゃなくて「歩けなーい」のレベルでしたので、家の中でも座っていました。

この膝の話、いつかちゃんと体験談を書きますね。もっと良くなって、誰かの役に立つかなと思うことができたらですが。

 

その部分もいろいろあって、一応普通には歩けるようにはなったのです。

そうすると見えてくるのは、ゴミ屋敷予備軍のような我が家。

いやいや、ゴミ屋敷ではまだないですよ。だって、子どもといえども人は頻繁に訪ねてくるわけですし、ごくまれに父兄様もこちらからお呼びだてもするわけですからね。無理をして姉妹や友人も「来ない?」なんてお誘いもしちゃうわけですからね。

ああ、だけどその度にやっている密かなミニ引越しがあるのだよ。

 

リビングに人が来る時は、積んであるあれやこれやが和室に移動し寝る時にはリビングに戻り、両方同時に使う時はどうするんだって。コホッコホッ

うっううん。←咳払い。

 

まあ、とにかくやるさ。

今から・・。

 

「いつやるの?」

「今でしょ。」って言うと思ったでしょ?

 

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ゲキ×シネ「シレンとラギ」

2013-10-14 07:26:37 | 観劇・コンサート日記

舞台でも見た「シレンとラギ」、映画館のゲキ×シネで観て参りました。先週の日曜日10月6日に早々と観てきたのですが、続きで書いていたものがあったので感想アップが今日になりました。

ちなみに舞台の感想はこちらです→「『シレンとラギ』を観てきました」

 

舞台とゲキ×シネは同じお芝居であってもちょっと違うということを再確認してきました。

どちらが良いというのではなく、どちらも良いというのがその結論です。

私は、妹などが若い頃舞台の端に立つ人だったので、未だに舞台を見る時、全体を見て主役を観て、そして端に立つ人ずっと後ろの人の陰に立つ人などを見る習慣が残っています。時にはそれで、主役の人のある瞬間を見逃したりもするなんてことがあるのがリアル舞台なのですが、ゲキ×シネの場合は物語の本筋から外れるような映像などあるわけもなく、更にアップ映像などから感情移入度が高かったです。

この舞台、じんわり泣けました。その涙の数も舞台よりも多かったように思います。

お芝居で見た時には、『I'M FLASH!』『日の浦姫物語』以前だったので、教団の教祖、母との近親愛ということから、藤原竜也の先の仕事を連想してしまったのですが、それらも観た後の今では余計な雑念に囚われることなかったのも、物語に心酔した理由かもしれません。


ただ全体の舞台を観た時に感じた、シレンとラギの出会いのシーンに『ロミオとジュリエット』の出会いの舞踏会シーンに重なって感じたというようなことはなかったように思いました。

全体の舞台からしか感じられないものも、実は確かにあるのですよね。

って、それがなければ逆にちょっと寂しいというものです。

 

だけどやはり回数を重ねてお芝居を観に行くことは困難ゆえに、ゲキ×シネはありがたいです。

見せたいシーンがストレートで入ってくるので、今度は見逃さなかったというシーンがありました。

それはシレンがラギの子供を身ごもっているのではないかと思われる所です。何の説明もセリフもないのですよね。だけど何気ない仕草から、もしかしたらと思わせるものを感じました。

ゲキ×シネを観に行くからと言って、自分のブログ記事を読むなどの復習とかは全くしていきませんでした。この記事を書こうと思って読みなおしてみたら、舞台を観た時には全く見過ごしてしまっていた事を思い出しました。

コメントで教えて頂いたのでした。

多分私のことだから一瞬舞台の端っこの方を見ていたのだと思います。

今度はカメラで見せていただいたので、見逃しませんでしたよ~、S様。

 

感動ポイントは、当たり前のことかもしれませんが、同じ。

永作博美のシレンと藤原竜也のラギ、二人は本当にほんとうに美しく、切ないアイの物語でした。

そして脇を固めた人々のシーンで泣けた場所も同じ。

教団を支えたシンデンの敗れた夢を語るシーンには、「ああ、本当にそうだったら良かったのに。」と気持ちが共鳴してしまうがゆえに響いたのでした。

もしかしたらあったかもしれない別の人生、別の幸せ・・・・・・。

 

それからアップで見たら予想外に美しかったモンレイの娘。下品な役をやるのって綺麗で楚々とした役をやるより大変 な事だと思います。だけど記憶に残る良いセリフを貰えたから報われるというものかしら。

やっぱり心に残りました。

「そうこなくっちゃ、お母様。それでこそお母様よ。今は海の水で隠れているだけ。潮が引けばあさりもしじみも取り放題よ。」

 

時待てば、必ずまたチャンスは巡ってくるのだと、なんか励まされてしまったのでした。

 

そしてこのHPのあらすじのページに
>作中島かずきが「このラストが書きたい」という願いを込めて世に発した『シレンとラギ』は、いのうえ歌舞伎に新たな歴史を刻んだ作品となった。
とあるように、救済の未来に向かって去っていく二人の姿はとっても印象深かったです。 

 

その「シレンとラギ」のHPは→こちらです。

 

 

 トップ画像は映画館で配布されたカードです。

 

 

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