森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

花燃ゆ第16回「最後の食卓」第17回「松陰、最後の言葉」

2015-04-29 16:15:28 | ドラマ (大河)

いわゆる第1ステージのクライマックス。

16回は不在でしたので土曜日の再放送で見ました。

「われらはわれらを生きねばならぬ。」と

「寅次郎がいなくなっても、残された者はみな自分の人生を生きていかなければならないのだ。」

と、父に諭されても、文は戸惑うばかりです。

 

文の今までは常に松陰とともにありました。彼を助け彼を支え、文の人生は松陰と同化していたのかもしれません。

今朝は祝日なのでNHK はいつもの番組はナシで、「花燃ゆ」の今までの総集編がありました。

それをまた見てみますと、文は本当に兄を支えていました。ある時には彼から学び、でもある時にはその兄を叱咤して。

松陰との別れは、間違いなく文のまた家族一人一人の新しい一歩を踏み出す幕開けになる事と思います。

 

江戸に送られることが決まった松陰は、肖像画を依頼します。

昨年、山口に旅行に行ったときに、バスガイドさんが肖像画を見ながら

「松陰先生、おいくつに見えますか?」と聞きました。

でも

「年齢を知ってるから。」と答えると、その先の

「でもその年には見えずに老けて見える。」と言う私の言葉を待たずに、嫌な顔をして

「そッ、知ってる。あっそう、知ってるのか。」と彼女が言ったことが印象的でした。

 

このバスガイドさんは最後は心も通じ快く別れたものの、なんかメッチャ気が強くて、この人は東京のはとバスあたりのバスガイドになんかレベルが高すぎて絶対になれないなと、心の中で私はひそかに思っていたのでした。

「でもその年には・・・」と言ったのは、私の気遣いです。こっちがバスガイドに気を遣う・・・ああ、疲れちゃったわ、もう、と言う所です。

要するに、松陰先生の肖像画、とても29歳の青年には見えないのですよね。

そして松陰は幕末などの歴史好きには常識的に有名であっても、少々学校の授業などをさぼった人にはかなりマイナーな人物で、この老けた肖像画の人が29歳と言うのはある意味ガイドさんの落としどころなんだと思います。

だけれど、「花燃ゆ」は、ここが素晴らしかったですね。

伊勢谷松陰を描くと、違和感がまったくなく、

老けていると感じていたあの肖像画が似ているとさえ感じたのでした。

結構有名な肖像画は

この肖像画は6枚残っていて見比べるのも楽しいかもしれません。

それは→こちら

文の家に飾られていたのは、やはり吉田家の伝わっているものをモデルにしたのかもしれませんね。

 

江戸に送られる前に松陰は野山獄の福川の計らいで家に戻ってくることが出来ました。

そこではいつも通りの家族の触れ合いと笑いがありました。

人が望む幸せとは、かくのごとくのようなものかもしれません。

でもそれは松陰の望むべきものではないのです。

 

16回と17回は「生きる」とはと言うテーマでビンビン来ましたね。

家に戻って来た兄松陰に、逃げてと言う文。

このシーンをまどろっこしいな、そんなわけないじゃんと思う方もいるかなと私は思いました。

でも私は、「ああ、そうか~。」としみじみと思いました。

なぜそのように思ったのかと言うと、この二つの回にまたがったクライマックスの私の感想は、萩の松陰神社に訪れた時の感想とほぼ同じなのです。だけれどそこで私はある言葉で締めました。

一応、その記事は→「松下村塾&萩城下町

萩の雰囲気や松下村塾、高杉邸の画像などを見る事が出来ると思います。ついでにちょっとノーメイクの10代の時の私の画像など堂々と載せてしまったので恥ずかしい限りですが、10代の若いものが松陰などの熱き血潮の人にどのように影響を受けるのか、今思うといい例になっているなと思うのです。

 

でもこちらに締めた文だけセルフ引用させていただきます。

「松陰の辞世の句は「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」 が有名だと思うのですが、もう一つその死罪が言い渡された時に作った歌があるのです。

それは「親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん」でその石碑がこの松陰神社にはありました。

子供が親を思っている以上に親は子を思っている。今日、その知らせ(死罪の)聞いて親は何と思うだろうと言うようなもので、嘆く親の心情を思ったものだと思います。

10代の私にはおじさんに感じた松陰は、今ここにまた来てみると、わが愚息とさして年の違わない青年なのでした。

私はしみじみと子供を思うように哀れで切ない事だと思ったのでした。

その石碑の文字を見つめながら、
―違う道はなかったのだろうか、逃れる方法はなかったのだろうか。なんとしてでも生きのびて叶わなかった夢の続きをやらせてあげたかった
などと、思っても仕方のないようなことを考えていたのでした。」

 

ほらね。

と言うのも変ですが、この最後の2行の感想は、まさに文の行動に繋がっていくようなものではないでしょうか。

まったく分かってないなあと思えるような文の「お逃げください。」は家族ならするよねと言うアクションだったのだと思いました。

 

死罪の後、魂だけが帰ってきた松陰。

風呂の沸かし口で母と語る彼。また父に「お腹が空いた」と語る松陰。

塾生と文を優しく見守る松陰。

何度見ても泣けてしまいます。

 

何も語らなければ遠島と言う罪になり、再び生き延びたのだと思います。でも彼はたった一つの命をここで使ったのだと思いました。

命の使い道というー。

 

松陰の家族に残した言葉には

「人の命とは歳月の長さではない。私は30歳ですが、収穫の時を迎えたのだとと思います。もし同志の中で私の心を継いでくれる人がいたら私の実は空ではない。

どうか一粒のモミとしてとして次の年の春の種になれますようー。」とありました。

 

種になるために松陰は、命を使ったんだなと思いました。

そして家族は、そして文は

「われらはわれらを生きねばならぬ。」と、おのれの道を歩きだし、第2ステージへと物語は進んでいくのでした。

 

ワタクシ、伊勢谷松陰亡き後は、仁先生、すなわち大沢さんの小田村が引っ張っていくのかと思いましたが、予告編を見ていると、そうではなく若手台頭ですね。

東出君や高良君がメインで引っ張ってくれそうで、これはこれで楽しみです。もちろん文さんはヒロインですから、彼女以外にと言う意味ですよ。

 

 

 

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スタンレー公園ミニ散歩

2015-04-27 00:26:07 | バンクーバー旅日記

〈バンクーバー旅の記録4〉

ほんのちょっぴりのバス観光、ウォーターフロントの次はスタンレー公園です。

この公園は森林を切り開いて作られたもので、自転車などを借りてまわっても3時間、徒歩で廻ると一日かかるそうです。それを一部だけ訪れて行った気分になるツアー。

まあバスのツアーはそんなものです。

 

ここで有名なのは、トーテムポール広場です。

   

このトーテムポールにはちゃんと意味などがあって、ガイドブックを書き写そうと思ったのですが、ちょっとたくさんあってうんざり~と思っていたら、ちゃんと説明してくれている素晴らしいサイトがありました。興味のある方は是非。→「スタンレーパークのトーテムポールについて

 

しかしここから見た風景が素晴らしくて、ほんのちょっとの滞在時間でも、ちゃんと行った気分になりました。

この公園には、本当に自転車が良く似合うと思います。

そして向う岸に見えるちょっと変わったテントのような建物は「カナダ・プレース」だと思います。

 

ライオンズゲート橋。対岸のノース・バンクーバーを結ぶ橋で美しく見ごたえがあります。

と言うわけで、以下はあらゆる視点から見た橋の風景です。少々しつこいです。

 

 

画像に黒い点が見えてしまうと思いますが、これは皆さまのパソコンが汚れているわけではありませんので、ご安心ください。

いわゆる家に帰ってから気が付いた一つの悲劇と言うか(/_;)

 

水辺ではない別の風景。

誰ですか。ここなら家の近所の公園と同じだわって言った人は!?

あっ、私か。

 

バスでぐるっと回って、プロスペクトポイントへ。そこには展望台などがあり、ライオンズゲート橋が美しく見えたり

 

このような風景を見る事も出来るのです。

そこはこんな感じです。

 

 ここでは美味しいとすすめられたメープルとナッツとソフトクリームを買い求め頂きました。一人一個の気分ではなかったので、一個を三人で頂いたのですが、一個を買ってスプーンを三個貰っている私。

でもお店の人はいい笑顔。

親切な人で愛想のいい人が多い街だと思いました。

もちろんソフトクリームは美味しかったです♪

 

スタンレー公園を後に走り出したバスの中から、大木のてっぺんに止まっている大鷲を運転手さんが見つけ教えてくれました。

なんだかカナダに来たな~とちょっぴり思った私でした。

 

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ウォーターフロント、後からしみじみ。

2015-04-25 16:31:58 | バンクーバー旅日記

〈バンクバー旅の記録3〉

このツアーには、ほんのちょっぴりバス観光が付いています。

はっきり言って、空港からホテルに向かうまでのおまけのようなものなのですが、翌日には行かない予定だった所に行けたのが嬉しかったです。

前の記事の街の風景も、実はこのウォーターフロント周辺の街並みです。

 

 この街のビル街が美しさは、鏡のようなビルの窓にその秘密があると思います。

 

下の画像は、バンクーバーオリンピックの聖火台です。

因みにバンクーバーオリンピックは2010年2月に行われた冬季オリンピックです。

これを見た時、私はただ単に「へえ」と思いました。ただ「へえ」と。

だけど今この画像を見ながら、そう言えばバンクーバーオリンピックの時、食い入るようにテレビを見て選手たちに応援し、そして感動し泣いたなと言う事を思い出しました。

その時の記事は→「過ぎていく日々【オリンピック】」

あの時、それはこの街で起きていた事で、そして試合をリアルで見ようとこの街に訪れた人たちが見た風景は、まさにこの風景だったのですね。

 

その時は鈍感で何も感じなくても、視界に収めたり情報としてただ単に聞いておくと言う事は意外と大切な事だったりすると思います。

後からゆっくり消化されることもあるのですから。

 

以下はウォータフロントから見た風景です。

 

 

 

 

 

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長い一日の始まり

2015-04-24 01:23:01 | バンクーバー旅日記

〈バンクーバー、旅の記録2〉

海外旅行に不慣れな者には、いろいろな事がその不慣れだったりするわけですが、だんだん歳を取ってくると、その事にちゃんと向き合えなくて鈍感になってしまう部分も私の場合は多々あったと思います。

これは何を言っているのかと言うと、その一つは時差について。

成田を17時5分に出発しました。バンクーバーまでは約8時間45分なんです。

普通に時を刻めば、17時から8時間後は午前1時で、いつもならバリバリ起きている時間です。

もちろん普通に時は刻まないし、「いつもなら」を持ち込んではいけないのだとは分かっていたのです。

それなのにあまり何も考えなくて「眠る」と言う努力を怠ってしまいました。

ワタクシ、はっきり言って映画バカ。

「バンクーバーの朝日」と言う映画の後に、「バードマン」を見始めてしまったら最後まで見ないわけにはいかないじゃないですか。

8時間あると言っても、2回の食事やお友達とのおしゃべりなどであっという間です。

さすがに少し寝ようとウトウトしかかっても、通路側にいたので隣の席の人のご用のたびに席を立ち〈これはお互い様〉、映画の「バンクーバーの朝日」の時に意識が相当飛んだと前の記事で書きましたが、その転寝タイムがその日の睡眠タイムになってしまいました。

映画バカのみならず、相当のバカだなと自分でも思いましたが、非日常の旅のシーンでは、そう言うこともあるなとB型人間はお気楽です。

 

バンクーバーには出発した日の午前9時50分に着きました。

ふと私は映画の「スーパーマン」で彼が時間を戻すために光よりも早く地球をぐるぐる回ると言うシーンを思い出してしまいました。

また繰り返す同じ日の時間。

ちょっと不思議な感覚です。

そして長い一日の始まりでもあったのです。

 

バンクーバーは街も綺麗。〈トップ画像〉

以下は車窓から写した街並みや中華街。

 

 

 

 

 

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バンクーバーの夕陽

2015-04-21 16:42:09 | バンクーバー旅日記

姉に電話で、

「その件は、私がバンクーバーから帰って来てから決めよう。」と言い、ふと

―、あれっ、今なんか私・・・と思い

「今、なんか私カッコいい事を言ったような気がする。」と姉に伝えました。

「うん。聞いていてカッコいいなと思ったよ。」と姉が言い、二人で笑いあいました。

 

私には海外に何度も旅行に行き旅慣れた友達がいて、いつかご一緒したいと思っていました。

それが今年になるとは予想外の事でしたが〈なんたって私の新年の目当てのようなものには、今年は地味になどと言うような事が書かれているわけですから。〉、誘って頂いた時がチャンスと思って、思い切って4月16日から20日まで出かけてまいりました。

 

言葉の響きと言うものは不思議なもので、「バンクーバー」と言う響きは、何かカッコいいようなそんな何かを持っているような気がしました。

その事を友人に言いますと、

「そうそう、そう思う、私も。伸ばすところにそう感じるものがあるのかも。『イスタンブール』とか。」と答えてくれました。」

「うん、それも感じる。」

「マレーシアとか・・・。」

「いや、それは・・・・?」

『マレーシア』の国自体がどうとかの問題ではありません。言葉の響きの話題なのですが、『バンクーバー』と聞いた時に、その響きに惹かれたのは長音と濁音の組み合わせにあったのかもしれないと、その時に感じたのでした。

 

ヨシ!そこに行こうと決めた後、テレビでその都市の特集があり見てみる事にしました。

その番組を一緒に見ていた妹が、ニヤニヤして

「ここになぜ行こうと思ったの?
マイナーな所が好きなのね。」と言いました。

実はそのテレビを見ながら一番眠くなってしまっていたのは私だったので、何も反論も出来ませんでした。

・・・・ギャスタウンの蒸気時計と、ええと、つり橋と、ええと・・・・

 

歴史的な名所旧跡と言うものが、ここにはないのかしらー?

そう言う所が好きな私にとっては、そのテレビの特集は、結構テンションを下げる結果になってしまいました。

でも名所旧跡古い町並み以外にも、私は自然の美しい所は大好きなんです。

海も好きですが森も好き。

バンクーバーはきっとそんな場所がたくさんあると思い気持ちを盛り立てました。

 

その街から帰って来て今思うことは、バンクーバーは本当に美しい街だったと言う事です。

―何もない、だけどいっぱいある。

そんななぞなぞのような言葉がぴったりな街、バンクーバー。

 

そんな街を訪れた旅の記録です。

タイトルを見て映画「バンクーバーの朝日」を思い出す方も多いかと思います。その映画は飛行機の中で見ましたが、なんといっても意識が飛ぶことが多かったので、映画の感想を書くことは出来ません。でもこの映画タイトルには意識してしまうものがあるのです。

朝日が昇って夕日が沈むー。

それを遠い過去に日本からこの地にやって来た人や、その子供たちはこの地で見たのです。

日常の生活の中で毎日のように見る夕日は、家の窓から見る事が多い私です。

でもこの数日だけは、このバンクーバーで見たのです。

同じ太陽の沈んでいくシーン。

それを見る日常と非日常。

日常の生活に戻って、その非日常を懐かしみながらゆっくりと書いていけたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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花燃ゆ第15回「塾を守れ!」

2015-04-15 01:02:30 | ドラマ (大河)

夫殿が言いました。

「松陰亡き後、この大河の本当のピンチがやってくる。」

どう見ても吉田寅次郎の最後の時が近づいてきているのは、物語の展開からも分かります。

あまりにも伊勢谷さんの吉田寅次郎がぐいぐいときて、物語のど真ん中にいるので、その彼がいなくなってしまった後、誰がこの大河を引っ張っていくと言うのだろうと夫は言ったのでした。

それでワタクシ、言って差し上げましたわ。

「何をおっしゃるの。仁先生を侮ってもらっては困るわ。松陰亡き後は大沢さんがいるじゃん。」と。

 

それはともかく、第15回は見ていて胸が苦しくなりました。

松陰の苦悩。

ドラマ的には理解できますが、共鳴できない自分がお気楽ドラマ視聴に水を差します。

上の一文は上手く表現できていませんが、多分同じように感じた人はたくさんいたのではないかと思います。

共鳴できないのは当たり前なのです。

なぜなら松陰が塾生たちに指示しているのは、暗殺計画なのですから。〈家では寅次郎ではなく松陰と呼んでいるので、そのまま書かせていただきます〉

日本の今を憂いてそして未来の為に思考する―。

そこには共鳴しても、その具体的行動の指示には、今と言う時代を生きる私たちが共鳴など出来るわけないのです。

 

ゆえに苦悩する松陰に胸が痛いと思い、また微妙な薄い怒りすら感じるのでした。

その怒りは、塾生の親にでもなったような気持から湧き出たものなのかも知れません。

 

私が彼らの親なら、勇気と力と知恵を出し、何をまずするのかと言ったら、松陰を野山獄から脱獄させてあげたいと思います。

そして言い放つのだ。

「自分でやれよ!」

 

何をお門違いな感想をと思う人も居るかもしれません。

でも感情移入度が、それだけ高いと思って頂きたいところです。

 

揺れます、心が。

 

具体的指示への共鳴と言う話は置いといて、国を憂いてと言う点で松陰の心に寄り添いたいとも思います。

 

でも一番「そうだな」と感じたのは、

九一の妹すみが言った

「このままじゃあんたの兄上に殺される!」と言う言葉だったのです。

 

もしも獄に繋がれるものでなかったら松陰は、私などに「自分でやれ」などと言われる筋合いもなく、自ら旗を振って動いたのかもしれません。

彼の嘆きからそれは分かります。

「口先だけは立派な事を言うて何の行動もなせず…。
そういう人間を 僕は最も憎む。
僕も同じじゃ。
憎む! 僕は 僕を憎む!
何の役にも立たん!」

また

「何もなせずに生きる事が…恐ろしいんじゃ。」

胸が痛くなるようなセリフが続きます。

 

そして私は思いました。幕府が最も恐ろしかったのは、実行者よりも扇動するものだったのだと。

 

「文。 兄は死にたいんじゃ。
こねな僕でも 死んでみせれば心を動かして 立ち上がる人間もおるじゃろう。
僕が そうしてみせなければどれだけ待ったところで志を持った者たちが決起する事は永遠に来ん。
僕は もう…死ぬ事でしか生きられん。」

 

この想いが、松陰の未来を決めてしまうのだと思い切なく感じました。

 

文さんの

「みんな 寅兄が大好きなんです。
どうか帰ってきて…生きてつかぁさい。
私たちと一緒に。」

みんな寅兄が大好き。

でも逆回転時計はないのですー。

 

 

 

 

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野田市散策日記その4

2015-04-12 16:07:23 | お散歩&写真日記

野田市は、我が街というわけではありませんが、近隣の親しみのある街でもあります。そうは言っても今までは訪れる場所も限られていたと思います。

近頃講座とか研修会等で訪れる機会が多くなって来たのでこの際なので、この街をウロウロしています。

遠い街にも憧れる私ですが、近隣再発見というのも私的テーマなのです。

 

「古文書入門講座3回目」に行ってきました。

その帰り道は前回発見したリサイクル店に立ち寄って、またスカートを一点買い求めました。野田市の図書館のカードも作りました。

もう満足で、今日はそのまま帰ろうと思いました。

 

道を歩いていて、ふと路地の方に目が行くと、

 

何やら由緒がありそうな黒い塀。

 

何かしらと、思わず大きく周りをぐるりと回ってしまいました。

 

あっ、ここはきっと。

 

 

 

野田市はお醤油の街。

お醤油というとキッコーマンを思い出すと思います。その工場の画像は「野田市散策日記その2」にちょっとだけ載せました。

 

でも野田市のお醤油工場はキッコーマンだけではないんです。

 

「キノエネ醤油」です。

ウキ様によれば

野田においては古くから醤油製造が盛んだったが、多くの業者が共同出資によりキッコーマンに集約した後も、独立を維持してきた唯一のメーカーである。本社社屋の建物群は「近代産業遺跡としての歴史的価値が高い」と評されている。」途中略 

 なんだか歴史を感じさせる門です。

 

 

 

グルっと回って、はい、1周です。

 

 

ふらっと歩いても、このような場所にぶつかるなんて、侮れない街ですね。

 

そしてこの街は、まだまだ森が多いのです。

森には次の季節がそっと近づいていました。

 

 

(なんだか私は野田市の宣伝委員みたいな人になってきてしまいました (^_^;)    )

 

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春は花の祭り2015

2015-04-11 14:50:58 | お散歩&写真日記
 
春は花の祭り 《その2》
私の住んでいる街では、街路樹の桜も綺麗です。そしてこの街路樹を植えた人はすごいセンスの人だと、毎年思っています。桜の花だけではなく、その間に紫木蓮の木を植えるなんて凄いと思...
 

 

たぶん桜の花を美しく撮る一番の秘訣は、青空を背景に撮る事なのではないかと思うのですが、毎年なぜか小雨や曇天の日に出かけている私です。

今年は桜の一番の盛りは買い物などに行く途中の車窓の中から見る事が多かったと思います。

その盛りの時を過ぎても、やはり桜の花はまだまだ綺麗だなと思います。

 

でもやっぱり雨の日は寂しい感じー。

 

 

確かに一番美しい時は過ぎてしまいました。

 

 

でもね、ほらね、

 

人の想いなど関係のない事。

「私はまだまだ咲いてます。誇らかに。」

そう桜の木は言っているような気がします。

 

 桜の絨毯も綺麗です。

 

そして花などが少し寂しくなったその横に緑は、すでに新緑の季節を思わせる色を見せていました。

 

 

もちろん春の花は桜ばかりではありません。

野に咲く花も

 咲き乱れているのです。

 このような脇役のような花たちも「個」を見るつもりで見てみると

 なんて綺麗な色でしょう。

 

 可愛いピンクは桜だけのものではないと、ハナカイドウの花は言っているような気がしました。

春は花たちの祭り―。

まだまだいろいろな花たちの春を満喫する姿を留めたいと思いますが、ちょっとやらねばならぬ事が多々あって、それすらできるか怪しい所です。

 

まあ、いつものケセラセラで行こうと思います^^

 

 

 

 

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ボヨヨヨーン !!!

2015-04-09 01:05:40 | 梢は歌う(日記)

ずっと前に見た夢の話だ。

でもいつか誰かに聞いてもらいたかった話かもしれない。

 

モノにはすべて適正なる大きさがあるんだ。
モノじゃないけれど、たとえば虫などは、あの大きさだからこの地球の上で人間と共存できるわけで、あれが10倍になった程度でかなり怖いと思う。

想像してみて欲しい。10倍の大きさになった蟻。10倍の大きさになったセミ。10倍の大きさになったゴ…。いや、そこは省略。

 

それが人間の3分の一程度の大きさになってしまったら、すでにSFの世界。

後味の悪さで常にランクインしている、映画の「ミスト」にはそんな虫がたくさん出てくる。

 

人間よりも巨大化したら、やつらは武器を持つかもしれない。なんかそんなやけに面白いB級映画があったよね。

 

暑い夏の日、ベランダに出てプランタに水やりと花殻摘みをしていたんだ。前かがみになっていた私の肩に何か物がとまった気配。そっと横を向くと、バレーボールより一回りも大きい蚊だったんだよ、それが。

まさにSFホラーの始まりかって思ったんだけれど、そうはならなかったんだ。

「きゃああああああああ」って悲鳴は上げたよ。ホラーチックに。

でも、こういう時なんでか冷静なんだよ、私。

蚊の正しいやっつけ方って言うのをとっさに考えたんだ。

パチンと叩く。

それしかないでしょ。

で、やってみた。

その蚊、どういう割合で大きくなったのか分からないんだけれど、蚊と認識をするのが難しいくらいボール状になっていたわけ。

パチンと叩いたら、、イヤ実際にはパチンとはならなかったわけで、どうしてかって言うと、叩いたらポヨヨヨーンって、手が跳ね返ってきちゃったわけ。

でも肩から落ちたので、凄く嫌だったけれど、「ごめんね」とか言いながらそこにあったスコップで

「エイッエイッ」とやっつけたわけ。

見かけ倒しの凄く弱い奴だった。

 

だけどその蚊を倒したら、ベランダは血まみれになってしまったんだ。

よく蚊を叩くと、手に血が付くことがあるでしょ。あれは吸われてしまった血なのよね。

と言う事は、この血は人間の血・・・・!

 

えっ、私の血なのかと思ったけれど、どうも違うみたいだ。

恐る恐る倒れている蚊のお腹に触ると、やっぱりポヨヨヨーンとしている。

こんなものに血を吸われて、気が付かないでぼんやりしている人っているのかな。

 

巨大化してベランダを血で染めて倒れている蚊は、どう見てもモンスターだ。

ポヨヨヨーンに騙されてはいけないんじゃないかしら。

 

ふとベランダの外に目をやると、遠くの方であっちにもこっちにも、巨大化された蚊が飛んでいた。

こんな奴らいくらでもやっつけられるわと思いながら私は思わずスコップを握り締め、そっと部屋の中に逃げ込んだのだった。

 

いったい何がどうしたと言うのだろう。

さっぱり分からない。

 

※         ※          ※

だから夢の話だって言ったじゃん。

でもさ、何かがそっと始まる時、こんな風にそれらは近づいてきて、さっぱり何なのかが分からないように始まるものなのかもしれないね。

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花燃ゆ第10回「躍動!松下村塾」から第14回「さらば青春」

2015-04-08 01:13:40 | ドラマ (大河)

近頃すっかりご無沙汰になってしまった「花燃ゆ」の感想ですが、ドラマは毎週かなり楽しみに見ています。

このドラマのああなってこうなっての流れ的なものが、けっこう私好み。それはとっても自然に流れているように感じるからで、また枝葉が分かれて物語が進んでいるように見えるのに、それが微妙に絡んでいくところがとっても良いと思うのです。

タイトルは乱暴にも10回から14回までの感想を書くかのごときですが、そんな事は無理なので今思っている事だけを書かせていただきますm(__)m

 

友人が言いました。

「今年の大河は、とっても勉強になるよね。」

私もそう思います。

吉田松陰も松下村塾も知っていましたが、教科書レベルで言ったら中学高校で5行程度の知識がせいぜい。今までの大河で勉強していても、吉田松陰とその塾生のエピソードはそんなになかったのではと思います。確かに「八重の桜」では脱藩して東北に見聞を広め、江戸での松陰の姿など貴重なエピソードが描かれていて「花燃ゆ」ではそこはセリフのお話で終わってしまったので頭の中で合体させたように思います。

「八重の桜」の小栗松陰は、ちょっと甘いマスクゆえに癖のある塾生の先生と言うものには見えなかったところが厳しかったようにも思うのですが、年齢的にはどんぴしゃりで、なぜ彼は死罪になったのかを分かりやすく見せてくれたように思います。

そのシーンを「花燃ゆ」はいかに見せてくれるのかも、ある意味見どころかもしれませんね。

 

第14回のタイトル「さらば青春」。私は凄く良いなあと思いました。

もう文が思うような松下村塾の一つの時代は終わりを告げてしまったのです。

 

10回のタイトルは「躍動!松下村塾」、身分は低いけれど志の高い吉田稔麿を江戸に送り出すまでの物語でした。

「何のために学ぶのか」と問う寅次郎も素敵だけれど、青年たちを見守り、実はそっと導いていた小田村も素敵でした。

そして寅次郎は、

「諸君 !  狂いたまえ。」ですものね。

「思う存分、自分の思った通りにやってごらん。」なんて事は言わないんですよね。

吉田稔麿は文に淡い恋心を持っていましたが、とうとうそれを告げずに江戸に旅立っていきます。

髪に絡まった落ち葉に自分の気持ちを重ねて言うばかり。

「文さんの事が好きなのかな。」

しかしお約束のごとく、何も気が付かない文なのでした。

 

そして次の回ではその文と久坂の恋のお話。

つかの間の華やいだ時間だったと思いました。

祝言の時の文はとっても美しかったのに、

「あの手の顔は好みではない」と照れで言った言葉を高杉に持ち出され、むっとした文。なんだか散々な祝言になってしまったように感じました。

だけれど二人の時間は本当に短くて、久坂もまた江戸に去って行ってしまいます。

文の事を思って冷たい言葉を投げかけて去って行こうとする久坂でしたが、彼の本当の心を知った文は待っていると食い下がり塾生に頼み別れの会をするのでした。

このまとめ方の何と雑な事か。

でもああなってこうなってと流れるように進むので、書ききれないのでこれで良い事に。

 

胸がキューンとなると言う経験をした文。

恋を知って、そして妻になった文。

遠くで離れて暮らし始めた夫の安否を気遣い、手紙を待つ文。

普通の暮らしとは言えないけれど、そこにはその時代をけなげに生きている一人の女性の姿が描かれていていたと思います。

 

私が「花燃ゆ」で好きな所はそこなんです。

歴史を学ぶ時、または感じる時、まずは想像力でイメージを作り上げる事をしたりすると思うのですね。

 

維新の志士をたくさん生んだ松下村塾。

そう思うと、そこはさながら英知の集まった場所で男臭さがプンプンと言う私のイメージを覆してくれたのがこのドラマだったのです。

考えてみれば、年頃の娘が共に暮らしている吉田家なんですものね。

塾生は日本の未来を憂いながら真剣に松陰の言葉に耳を澄まし、そして時々家の奥の方の気配にも耳を澄ましたりしていたんじゃないかと思うんです。

だって

「人間だもん」

 

そしてそれから松陰、寅次郎の描き方も好きです。青年寅次郎。優秀であっても若さゆえに未熟で真っ直ぐ。

10代の頃の私から見れば、29歳の男性と言ったら、立派なおじさんに見えていたわけです。だから子供だった頃、人材を輩出した松下村塾って凄いな、その人たちを育てた松陰って凄いなと尊敬していました。だけれど今この年になってみると、もう仰ぎ見るように尊敬するようなことはなく、むしろ若い人を見守るような気持ちになってくるから不思議です。

 

だからあのシーンは好きなシーンでした。

河原での地雷の実験をする時に、足が地に着かなければいいと小野が背負い河原に向かいますが、途中でその背を降りて走って行くシーンです。

何と晴れ晴れとした顔だったのでしょうか。

「諸君!狂いたまえ。」

それは自分に言った言葉に他ならなかったのではないのかと思ってしまった私です。

 

そしてその対比のように、黒煙を見て不安を感じる文なのでした。

 

「さらば青春」はもう一気に過激な思想に加速していく松下村塾を描いていました。

子供の頃、松陰も赤穂の殿様も朱子学と言うものを学んでいたと聞きました。思った事=行動をする。それはとっても危ない思想だとも。

寅次郎を見ていると、まさにそうだなと感じてしまいます。

 

だけれど時代は様々な時を経て、今を作り上げてきたのです。

危ない男、寅次郎はどうなっていくのだろう。塾生たちはどうしていくのだろう。

その時は文は何を見て何を考えていくのでしょうか。

 

今後も楽しみな「花燃ゆ」ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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