目次
はじめに
複合論の概略
複合のアインシュタインモデル
はじめに
これまでに、アインシュタインがソロヴィーヌへ送った手紙のなかで示した思考モデルについて、考えてきた。思考モデルにおける自己表出と指示表出の軸、悟性と理性の関係、「論理的なもの」と「経験的なもの」の違い、下向(原理の発見)と上向(構成的努力)、発見的思考(伊東俊太郎)とテマータ(G・ホルトン)の関係などである。
これらは複合論と関連しているが、複合論そのものではなく、もっと広い認識論であり、いわば複合論の背景だった。ここでは、複合論そのものを、アインシュタインが示した思考モデルを利用して、図示してみようと思う。まず、複合論を確認し、次に図を示そう。
複合論の概略
複合論は弁証法の新しい理論である。「矛盾と止揚」のヘーゲル弁証法に対して、複合論は「対話と止揚」の弁証法である。ヘーゲル弁証法は論理学・存在論・認識論にまたがる巨大なものである。これに対して、複合論は認識の領域だけに位置づく小さな道具(方法・技術)である。反対する人は多いと思われるが、わたしは認識に限定した方が弁証法(ディアレクティケー)の核心は捉えられると考えているのである。
複合論の基礎にある考え方は、ヘーゲルが「論理的なもの」に想定した悟性・否定的理性(弁証法)・肯定的理性(思弁)という三側面(三段階)を解体して、「論理的なもの」に「自己表出と指示表出」を想定していることである。また、ヘーゲルでは直列につながっている否定的理性と肯定的理性を切り離して、二つの理性の並列構造を想定していることである。
わたしが想定している「論理的なもの」とは、なにかについての認識を表現してあるものを指している。例えば、理論、命題、法則、主張、規定、見解、意見、公式などである。
複合論の特長の一つは、モデルを提示していることである。
「論理的なもの」を複素数をモデルにして表示する。例えば、A =a+bi という式で、ある特定の「論理的なもの」を表現する。実数部分が自己表出、虚数部分が指示表出である。
複合論は、複素数のかけ算をモデルとして、対立物を統一する過程を表現する。
この過程は二つの「論理的なもの」の選択から始まり、否定的理性と肯定的理性(二つの理性の同時進行が推論である)によって進展していく。
二つの「論理的なもの」の対話を表現したものが、弁証法の共時的構造(対話の四肢構造)である。
c ← bi + a → di
↑ ↓
bi ← c + di → a
中央にある bi + a と c + di は、選択された二つの「論理的なもの」である。垂直方向の矢印は推論を示している。推論によって四隅に、第三の要素が出現する。
そして、第三の要素は結合すると想定する。
c ← bi + a → di
+ ↑ ↓ +
bi ← c + di → a
右側の a + di と左側の c + bi である。これらは異なる二つの「論理的なもの」の、一方の自己表出と他方の指示表出で構成される。混成モメントである。
対立物の統一の過程は、選択・混成・統一という三段階をたどる。これが弁証法の通時的な構造である。
1(選択) 複数の「論理的なもの」の中から、対象の把握に関連がありそうな「論理的なもの」を二つ選択する段階。
2(混成) 二つの「論理的なもの」を対立させ、出現するモメントを混成する段階。
3(統一) 混成した二つの規定を統一することによって、対象に対応する一つの「論理的なもの」を確定する段階。
この三段階は、ヘーゲルの「論理的なものの三側面」に対置する過程である。ヘーゲルの弁証法は、「正反合」である。一つの「論理的なもの」の内在的否定によって進展していく。これに対して、複合の弁証法は、「正々反合」である。二つの「論理的なもの」の対話によって進展していく。記号で表示すれば、次のようになる。
1(選択) A =a+bi
A' =c+di
2(混成) A×A' =(a+bi)×(c+di)
≒(a+di)×(c+bi)
3(統一) =(ac-bd)+(ab+cd)i
=x+yi
=B
共時的な構造の中央にある bi + a と c + di は、通時的な構造の2(混成)の上部( a + bi )×( c + di )に対応している。また、共時的な構造の両側の a + di と c + bi は、2(混成)の下部( a + di )×( c + bi )に対応している。
共時的な構造の中央にある bi + a と c + di は、両側の a + di と c + bi を混成することによって役割を終えて、ここの段階で「止」まる。そして、混成モメントは次の統一の段階へと「揚」がる。この事態が、弁証法の「止揚」を表わすと考えている。
混成の段階(a+bi)×(c+di)≒(a+di)×(c+bi)において、=ではなく≒で表記しているは、この過程が論理的な過程ではなく、何らかの形で飛躍を含んでいるからである。また、混成モメント(a+di)×(c+bi)の後が、ふたたび=(等号)にもどるのは、この過程は論理的な過程だからである。
AとA' のかけ算は、(a+bi)×(c+di)=(ac-bd)+(ad+bc)iである。一方、混成モメントのかけ算は (a+di)×(c+bi) =(ac-bd)+(ab+cd)i である。前者(ac-bd)+(ad+bc)i と 後者(ac-bd)+(ab+cd)iの差が、複合(弁証法)によって創造されたものを表わしている。例えば、相対性理論に関連させていえば、前者はローレンツのローレンツ変換を表わしている。後者はアインシュタインのローレンツ変換を表わしている。
複合論は、二つの「論理的なもの」の固有の自己表出と指示表出を基点として、これまでになかった自己表出と指示表出をつくり上げ、新しい一つの「論理的なもの」が形成されていく過程を表わしているのである。
複合のアインシュタインモデル
それでは、ホルトンがテマータを示した図を基にして、複合の過程を描いていくことにしよう。
ホルトンが示した図は次のようなものであった。ここで、Eは経験、Jは飛躍、Aは公理、Sは命題を表わしている。また、θはテマータ(発見的思考)を表わしている。
アインシュタインの思考モデル
作図のポイントは、以下の5点である。
1 テマータは、J(飛躍)を方向づけるものである。複合(弁証法)はテーマ(テマータの単数)だから、1つのJ(飛躍)を描くことによって、ホルトンの図からテマータ(θ)の四角形を消去する。
2 複合の出発点は2つの「論理的なもの」(AとA')である。図のSとSの白丸を利用する。そのために、AからSとS'に向かう実線の矢印を消す。そしてSとS'をAとA'に置きかえる。
3 J(飛躍)の起点を右方向にずらし、AとA'(SとS')の中央にして、起点をB'と記入する。これは、様相性と複合論の関係を考察したときに導入したB'と同じものである。すなわち、B'はAとA'の邂逅を反映する特異点である。
4 J(飛躍)の終点、少し大きめの白丸は、Aと示されているが、これをB"に置きかえる。このB"は、ここではじめて導入するものである。混成モメントの形成を反映する特異点である。
5 到達点はBである。これはS"を利用する。実線の矢印をそのまま利用して、S"をBに置きかえる。
以上を基に作図したものが、複合のアインシュタインモデルである。
複合のアインシュタインモデル
B' は(a+bi)×(c+di)、B" は(a+di)×(c+bi)、B は(ac-bd)+(ab+cd)i と対応する。また、J(飛躍)の過程は、弁証法の共時的構造(対話の四肢構造)と対応する。すなわち、
c ← bi + a → di
↑ ↓
bi ← c + di → a
である。
複合の過程は、B' ― J ― B" ― B と表示できる。縮めれば、B' ― B" ― Bである。これが「選択―混成―統一」に対応する。B' ― J ―B" が下向(原理の発見)である。B" ― B が上向(構成的努力)である。
相対性理論はどのような複合によって形成されたのかは、別稿で展開する予定である。ここでは、これまでに示した複合の例を一つだけ確認して終わることにする。構造と過程がはっきりしているマクスウェルの複合である。
マクスウェルの弁証法において、B'(AとA' )は「アンペールの法則」(電流は、回転的な磁場を作る)と「ファラデーの法則」(磁場の変動は、回路に電場を作る)である。
B" は「マクスウェル法則」(電場の変動は、回転的な磁場を作る)と「ファラデーの法則」(磁場の変動は、回転的な電場を作る)である。
またB は「磁場のみが現れる式」(横波に対する波動方程式の形)と「電場のみが現れる式」(横波に対する波動方程式の形)である。
参考記事
一般法則論
わたしは複合論を、「ひらがな」で次のように表現しています。
あれとこれと、
ひらいて、むすんで、
ふたつを、ひとつに、
つなぐわざ
これは、複合の三段階(通時的構造・正々反合)と対応します。
あれとこれと――選択
ひらいて、むすんで、――混成
ふたつを、ひとつに、――統一
「ひらがな弁証法」は、子供にもわかることばで表現したものです。複素数のかけ算(高校数学)をモデルにして表現した複合論と同じ精神が流れています。やさしいことばで述べたからといって、わかりやすくなるとはかぎりませんが、理解のきっかけになればと思います。
いまはこのような対応がよいと思っていますが、最初に「ひらがな弁証法」を提起したときはこれとは違った位置づけでした。
あれとこれと、――ヘーゲル弁証法(あれもこれも)とキルケゴールの弁証法(あれかこれか)に対照した複合論の特徴
ひらいて、むすんで、――複合(弁証法)の共時的構造
ふたつを、ひとつに、――複合(弁証法)の通時的構造
つなぐわざ ――結合する技術
わたし自身の例を示してみましょう。
わたしの弁証法の考え方は、中埜肇の弁証法と上山春平の弁証法に大きな影響を受けています。――「弁証法試論」(試論2003)参照。2つの弁証法を関連させることによって、複合(弁証法)の共時的構造は中埜の弁証法(「対話をモデルとした思考方法」)から、複合(弁証法)の通時的構造は上山の弁証法(「認識における対立物の統一」)から形成されたのではないかと考えております。
次のような対応がいえると思います。
選択(あれとこれと)――中埜肇の弁証法と上山春平の弁証法
混成(ひらいて、むすんで)――共時的構造と通時的構造の定式化
統一(ふたつを、ひとつに)――複合論
わたしの複合は小さなものです。しかし、この過程は、例えば、マクスウェルの大きな複合と同じ構造をもっていると考えています。
選択(あれとこれと)――「アンペールの法則」(電流は、回転的な磁場を作る)と「ファラデーの法則」(磁場の変動は、回路に電場を作る)
混成(ひらいて、むすんで)――「マクスウェル法則」(電場の変動は、回転的な磁場を作る)と「ファラデーの法則」(磁場の変動は、回転的な電場を作る)
統一(ふたつを、ひとつに)――「磁場のみが現れる式」(横波に対する波動方程式の形)と「電場のみが現れる式」(横波に対する波動方程式の形)