対話とモノローグ

        弁証法のゆくえ

エンゲルスの贈り物

2007-06-17 | 弁証法

 「ラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法 」をまとめたあと、更新履歴を書いていたら、「贈り物」という表現が出てきた。

 三浦つとむが引用していたエンゲルスがきっかけだった。これまで、気にもしなかったのである。不思議な気分である。また、エンゲルスが、熱素説をヘーゲル弁証法に位置づけ、ラボアジェ説を合理的弁証法に位置づけているのも、不思議である。まるで、わたしへの贈り物ではないかという気になるのである。

 「贈り物」という表現は、わたしの見解を展開できる場所はエンゲルスによって与えられたという感謝の気持ちから、出てきたものと考えられる。

 熱素説の力学的熱理論に対する、フロジストン説のラヴォアジェ説に対する関係とちょうど同じものが、ヘーゲル弁証法の合理的弁証法に対する関係である。( 『反デューリング論』)

 エンゲルスは、ヘーゲル弁証法の合理的弁証法に対する関係の例を別々に二つとりあげた。わたしは、この二つは密接に関係していると考え、一つにまとめ、それを歴史上のラボアジエの燃焼理論と対応させた。それは、フロギストンは排除しているが、熱素を導入した理論だったのである。そしてラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法を重ね、次のように述べた。

 唯物弁証法のヘーゲル弁証法に対する関係は、燃焼理論におけるラボアジェ説のフロギストン説との関係である。

 これは、次の二つの主張を基礎づけるものである。

  • 唯物弁証法はヘーゲル弁証法の合理的核心を捉えておらず、合理的弁証法への過渡的な形態である。
     

  • 燃焼理論において、撚素や熱素が歴史のエビソートになったのと同じように、弁証法の理論において、弁証法と矛盾の関係は、いずれ歴史のエピソードになるだろう。

 これらは、エンゲルスの贈り物に対するわたしなりのお礼のことばである。

  ラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法

 エンゲルスからの贈り物はこんどだけではなかった。30年前にも、もらっていたのである。わたしがいうのは、エカ・アルミニウムの発見と海王星の発見の対比のことである。エンゲルスは『自然弁証法』のなかで、次のように述べていたのである。

今日のわれわれは「元素の化学的性質が原子量の周期函数であること」したがってその質が原子量という量によって制約されていることを知っている。そしてこれに対する検証はみごとになしとげられた。メンデレーエフは、原子量の順に配列された同族元素の系列中には種々の空隙が存在すること、そしてこの空隙はその箇所に新しい元素がさらに発見されなければならないことをしめすものであることを指摘した。彼は、これらの未知の元素のひとつで、アルミニウムにはじまる系列中にあってこれにつぐものであるところからエカアルミニウムと彼が命名したところの元素についてその一般的な化学的性質をあらかじめ記述し、さらにその比重と原子量ならびに原子容の近似的な値を予言した。数年後ルコック・ド・ボアボードランがこの元素を現実に発見したが、メンデレーエフの予言は、まったく些少なずれをのぞいては適中していた。エカアルミニウムはガリウムとして実現した。量から質への転化にかんするヘーゲルの法則の無意識的な適用によって、メンデレーエフは未知の遊星、海王星の軌道の計算におけるルヴェリエの業績とも堂々と比肩しうる科学的業績をなしとげたのである。

 これは「周期律の形成について」のきっかけになったものである。ルヴェリエは、ニュートン力学の形成史において本質論的段階に位置づいていたのではないか。これに対して、メンデレーエフは周期律の形成史において実体論的段階に位置づけるのが妥当なのではないだろうか。こんなふうにわたしの考察は始まった。「ラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法」では、エンゲルスが別々にあげていた熱理論と燃焼理論を結合して、自説を展開した。これに対して、「周期律の形成について」では、エンゲルスがただ一つあげていた対比を、周期律の形成過程とニュートン力学の形成過程とに分離して、自説を展開したといえるだろう。

  周期律の形成について
  海王星と冥王星と

 エンゲルスからの二つの贈り物。どうして、わたしに、だったのだろうか。ふしぎな気持ちになる。エンゲルスとわたしの関係を、次のように考えておくことにしよう。―――縁があるス。

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スフィンクスの謎と弁証法

2007-06-10 | 案内

 スフィンクスの謎。「朝は四本足、昼になると二本の足となり、夜には三本足となるものとはなにか?」その答え。「人間。人間は赤ん坊のとき這って歩くので四本足、大きくなると立ち上がって二本足、老いては杖をついて三本足で歩く。」これは幼いころから知っていた表現である。オリジナルはどのような表現だったのだろうか。気になって調べてみた。スフィンクスの謎と弁証法が結びつきそうな気がしていたのである。

 「弁証法試論」補論11として、「スフィンクスの謎と弁証法の構造」をまとめた。

 目次は、次のようになっている。

   はじめに  
   1 スフィンクスの謎
   2 弁証法の構造
   3 「4―2―3」という進展の形式
   4 「4―2―3」の例――電磁波の存在
   5 新しいスフィンクスの謎とその答え

 「スフィンクスの謎と弁証法の構造

一つの声をもち、二つ足にしてまた四つ足にしてまた三つ足なるものが
地上にある。
それがもっとも多くの足に支えられて歩くときに、
その肢体の力はもっとも弱く、その速さはもっとも遅い。

おまえがいうのは弁証法、地を這うときは
腹から生まれたばかりの四つの自己表出と指示表出。
時が経ち、二つの混成モメントが立ち上がる。
時が満ちれば、三つ目の「論理的なもの」で身を支え、
重い首をもたげ、老いた背を曲げる。

   参考文献

    ソポクレス・藤沢令夫訳「オイディプス王」 岩波文庫 1967年
    川島重成「『オイディープス王』を読む」講談社学術文庫 1996年

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