記号には、記号外のなんらかのものと関係をもっているものと、記号同士を結びつける働きをする別の記号がある(沢田充茂『現代論理学入門』参照)。前者は事物に関係する働きをもつ記号で、例えば「名詞」「動詞」「形容詞」などである。また、後者は接着剤の働きをする記号で、「助詞」「助動詞」「接続詞」などである。この2種類の記号は、時枝文法でいえば「詞」と「辞」に対応する。
「論理的なもの」は、何らかの認識が言語や記号で表現されたもので、例えば、主張、規定、見解、理論、法則、公式などである。これらの「論理的なもの」にも記号のもつ2つの側面を認めることができる。「論理的なもの」には、「論理的なもの」の外の対象と関係をもち、その指示を表出する側面がある。また、「論理的なもの」同士を結び付け対象に対する関係を表出する側面がある。前者を「論理的なもの」の指示表出、後者を「論理的なもの」の自己表出とよぶ。
例えば、周期律(「論理的なもの」)をみる場合、元素の性質やその周期性の記述、原子の構造が指示表出にあたる。これは周期律の「詞」とみることができる。他方、個々の元素の構造や性質を関連させ、法則として統一させる周期表やパウリの排他原理が自己表出にあたる。これは周期律の「辞」である。
対象を理解する能力が悟性で、その理解をもとに推論を行うのが理性である。これによれば、指示表出は悟性(understanding)に基づいている。また自己表出は理性(reasoning)に基づいているということができる。
指示表出と自己表出を、著名な科学者の考えのなかで確認しておこう。アインシュタインは新しい理論をつくるときの観点(基準)として、1「外からの検証」と2「内からの完成」を想定している(「自伝ノート」)。1は「理論は経験事実と矛盾してはならない」ことを指している。また2は観測データとの関係ではなく、理論の前提そのものの「自然さ」「単純性」「対称性」などと関係している。1「外からの検証」は指示表出、2「内からの完成」は自己表出と対応しているといえるだろう。
「論理的なもの」は、何らかの認識が言語や記号で表現されたもので、例えば、主張、規定、見解、理論、法則、公式などである。これらの「論理的なもの」にも記号のもつ2つの側面を認めることができる。「論理的なもの」には、「論理的なもの」の外の対象と関係をもち、その指示を表出する側面がある。また、「論理的なもの」同士を結び付け対象に対する関係を表出する側面がある。前者を「論理的なもの」の指示表出、後者を「論理的なもの」の自己表出とよぶ。
例えば、周期律(「論理的なもの」)をみる場合、元素の性質やその周期性の記述、原子の構造が指示表出にあたる。これは周期律の「詞」とみることができる。他方、個々の元素の構造や性質を関連させ、法則として統一させる周期表やパウリの排他原理が自己表出にあたる。これは周期律の「辞」である。
対象を理解する能力が悟性で、その理解をもとに推論を行うのが理性である。これによれば、指示表出は悟性(understanding)に基づいている。また自己表出は理性(reasoning)に基づいているということができる。
指示表出と自己表出を、著名な科学者の考えのなかで確認しておこう。アインシュタインは新しい理論をつくるときの観点(基準)として、1「外からの検証」と2「内からの完成」を想定している(「自伝ノート」)。1は「理論は経験事実と矛盾してはならない」ことを指している。また2は観測データとの関係ではなく、理論の前提そのものの「自然さ」「単純性」「対称性」などと関係している。1「外からの検証」は指示表出、2「内からの完成」は自己表出と対応しているといえるだろう。