怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「下町ロケット」池井戸潤

2014-06-28 08:46:59 | 
今や原作として作品がどんどんテレビドラマ化されている池井戸潤。
これは直木賞受賞作でいわば出世作。今更なのですが一気に読んでしまいました。

宇宙科学開発機構の研究員だった主人公の佃はロケット打ち上げ失敗の責任を取る形で退職し、父の後をついで佃製作所の社長となる。以来、技術開発に力を注ぎ順調に業績を伸ばしていく。
そうした中、大口取引先から取引を停止され、資金繰りに苦しんでいるその時に大手企業のナカシマ工業から特許侵害で訴えられる。中小企業では知的財産権に対してガードが甘くまともな訴訟対応もできないことを見越して、優秀な弁護士を雇い言いがかりに近い訴訟を起こして、資金繰りに苦しんでいることを利用して最後には会社を乗っ取ろうという魂胆。足元を見て裁判を長引かせ資金ショートになるのを待っている。
理不尽な訴えに呻吟しながら、有能な弁護士に出会い対抗訴訟を起こして逆に和解金を勝ち取っていく。ここまでで十分感情移入でき胸のすく展開で一遍の小説になっているのだが、ここまではどちらかというと本論のいくための前段。
佃製作所が持っているバルブに関する特許が国産ロケットを開発している帝国重工に先んじており、新しいロケットのためには絶対に必要な特許になっていた。
最初はその特許を20億円で買う交渉をするのだが社長の佃は拒否。特許利用の提案も拒否して、製品を収めたいという。自分の夢として国産ロケットに会社の製品を組み込みたいと。自社開発を方針として何とか特許利用で収めたい重工のからめ手も含めたなりふり構わないやり方。
佃の社内でも特許利用契約のほうが資金繰りも楽になるしリスクも小さいので製品納入にこだわることに異論が多い。
正直言うと私もこの社長の方針には疑問を持つ。特許で得た資金で新たな技術開発を進めることができる。製品を作ることにこだわらず技術開発を会社の方針とするというのは、岡野製作所の例を出すまでもなく十分ありでしょう。でもそれでは夢を追う小説にはなりませんね。ホンダでも一介の町工場から自分のところで優れた製品を開発して作っていくという夢があってここまで来たんですよね。
それでも大企業の帝国重工には理解できないのだが、まじめにモノづくりに取り組んでいる中小企業には確たる技術があり力がある。大企業の上から目線でではわからない現場力がある。
製品納入のための検査の場面では、日本のモノづくりの強さの秘密が何か所か出てくる。
職人の手作業で正確に穴をあけ削り出す。機械のほうが正確だと思われがちだが熟練した職人のほうが正確に仕事をこなす。ミクロン単位の非常に細かい作業では鉄でも微妙な温度や湿度で膨張したり縮んだりしてしまう。その時の条件を感覚で読み込んで微調整できるのは人間の熟練です。
試作品はすべて手作業で作る。手作業だと機械でやるのと比べて考えるヒントが生まれる。くみ上げる前に設計のまずいところがわかったりする。結果的に手作業のほうが試作工程の効率を上げることになる。
小池和夫先生の著書にあるように日本のモノづくりの強さは製造現場の声が設計者に反映され、現場で設計の手直しさえすることにある。設計したマニュアル通りに作るだけでなく現場の意見を取り得ながら絶えず改善されていくことが日本の製造業の強さです。帝国重工が見下していた中小企業の佃製作所の現場には優れた品質とプライドがあったのです。
作者の池井戸潤は銀行員からコンサルになっているのですが、中小企業の現場のことをよく知っています。そして日本の中小企業の力を高く評価していると思います。それにしても「空飛ぶタイヤ」では三菱自動車、この本では三菱重工がモデルと思いますが、財閥系の大企業の硬直した姿にはなんか敵意を感じます。銀行員時代によほど嫌な記憶があったのでは。
最後はハッピーエンドと分かっていても、これでもかと何回も妨害や試練が待っていて、まさにこれはルーズベルトゲーム。ハラハラドキドキして途中でやめることができませんでした。読後感はさわやかですけどね。
コメント
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