佐村河内さんは全聾の作曲家で現代のベートベンとまで言われていたが、彼は曲を18年前から他人に頼んでつくってもらっていたと本人と代わりに作曲をしていた当人の新垣さんが発表して問題となった。
これらの方々のした行為は簡単には許されるようなものではなかろう。コマーシャリズムに走ったことはあまりほめられたことではない。だが、ここでは彼らのしたことを断罪することが目的ではない。
一つの考え方として言いたいのだが、佐村河内さんの作曲と称する交響曲「Hiroshima」が賞賛されたのにはマスコミでほめられたということも少なからずある。
ストーリ性もあり、話題になるということもあったろうが、NHKにしても他のマスコミにしても音楽がわからない人たちばかりであるということはなかろう。そうだとすれば、やはりいくばくかのよさをこの交響曲がもっていたはずである。
もしそうだとすれば、当面この曲を演奏することは交響楽団も自粛すべきではあろうが、何年かの停止期間の後にストーリ性とかとは別に再度演奏するときがきてもいいのではなかろうか。
その演奏停止の期間が10年なのか、20年なのか、30年なのか私には判断がつかないが、いつか曲を曲として純粋にストリー性とは別にして鑑賞できるときが来ることを願っている。
このことがまず第1点である。第2点はストーリ性とから離れて”交響曲「Hiroshima」”を本当のところはどう評価していたのだろうかということである。これは私のような素人の出番ではないが、音楽の玄人である、専門家はいるはずである。それらの方々の判断はどうだったのであろうか。
クラシックとしてはCDが18万枚も破格に売れたということである。NHKの放送を見た後で私もCDを購入して聞こうかと心が動いたが、私自身は音楽に暗いのとあまりCD店に行くこともないので、そのうちに忘れてしまっていた。
これはCDを買って聞いた人がどう思ったのか。率直にどう思ったのか知りたいところである。私自身の判断ではNHKの放送で部分的に聞いた限りではそう悪くはなかったと思う。
言いたいのはウソをつくのは悪いが、曲そのものがいいなら、ある期間をおいた後に復権の機会が与えられてしかるべきだということである。
(注) 音楽業界に詳しくないので、著作権とか何かの問題とか要するに経済的な収益の問題があるのかもしれない。
こういう場合に著作権等がどうなるのか知らないので、何とも言えないが、著作権とかのすべての権利をCD製作会社とか作曲者が放棄するとかいう処理のしかたもあるのかもしれない。
だが、この点については全く疎いので、もしかしたらとても大きな問題があるのかもしれない。その場合には私のようなあまちょろい意見は通らないことはいうまでもない。
自分が聾だと偽って世間の同情を買うわけです。精神障害ですから普通人にはちょっと理解できない精神状態からきていますので本人も苦しいと思います。
社会問題になってしまいましたのでいずれ結末はわかるでしょう。
コメント有難うございます。
病気のこと等はわかりませんが、そういうこととは無関係に曲そのものについての意見があった方がいいのではないかと思っています。
単にストーリ性だけでは18万枚もCDは売れないと思います。
そうだとすれば、やはり曲それ自身によさがあるのだろうと判断しています。
もしそうでなくて、単なるストーリ性だけでCDをみんなが買ったとすれば、世の多くの音楽ファンの鑑賞能力を疑わなければならないということになります。
しかし、やはり何らかのよさが曲にあったと今のところ判断しています。