「うつせみ和尚」のお説教

『うつせみ和尚の日記』二件の事故が元で『(複雑性)PTSD/鬱』になって
闘病、障害当事者として活動している者です。

『区別という差別』-様々な角度から

2015年11月28日 06時55分50秒 | 「うつせみ和尚」のお説教
人は、例えば隣人と「差」をつけたがる。

そうして、「自分の優位さ」を知らず知らず求めてしまう。

どの様なことで差別が出てくるのだろうか?

ちょっと、例を挙げてみよう。

・職業(身分)

・思想

・人種

・性別

・年齢

・身体-精神-知的など体にまつわる障害

・肌の色

・体形

・貧富の差

・住んでいる場所

・出来る、出来ないetc...

パッと考えただけでもこんな感じで、世界では「身分制度」が構築されていった。

日本では主に「職業」を『持つ・持たない』や『住み暮らす場所』で身分形成されていき、

固定化されていった。

その問題は今なお、現代に影を落としていると言える。

つまりは、昔からの下層の身分に置かれた人々は今なお「蔑視」の対象であり、

例えば、太平洋戦争中でも軍隊内でも差別は横行していた。

それは、隊長か誰かがその「出自」を知っていたからだろう。

差別は、戦後も続き、訴訟も各地で起きている。

今、私が調べているのは、その「差別に至った元」の話である。

今のところ、牛馬の死骸処理やその革製品の加工を忌み嫌ったのを

ごく身分の低いものに、つまり当時は「農工商」だから、農民の下の下くらいの

土地を持たない者に「押しつけた」形になったが、

後年その仕事が彼らの「無くてはならぬ仕事」になったわけである。

そのようなを『皮田村(かわたむら)』といって、

例えば、「摂津には『皮田村』が二十ヶ村ある~」など、古文書などにある。

しかし、今でも田舎に行くと「業」というのは忌み嫌われたりする。

そのくせ、おいしそうにすき焼き食ってたりするから面白い。

人間って、ほんと好き勝手だと思う。

普通に話をしていて、「精神疾患者」だと話すと、急に顔色が変わったりする。

引くんですね。

噛みつきやしないのにね・・・






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