以前にも紹介した『自灯明法灯明』であります。
ざっと、おさらいいたしますと、お釈迦様の死期が近づいてきた時
弟子が、『あなたが亡くなったあと、何を頼りに生きればよいのですか』
との弟子の問いにお釈迦様は、
『自らを頼りとし、法を頼りとして生きなさい』
と言われたそうです。
人生の灯明と言ったところでしょうか。
私と言えば最近、うつを楯にして来た様に思います。
つまりは言い訳に使っていたのですね。
やはり、原点に立ち返り自分を頼りとして、
自分の正しいと思う規範に従い生きるべきだと・・・。
原点とは何か?
それは、私の両親が離婚したとき小学生ながら
『もう頼るべきものは無いのだ』と、思い生きてきたのです。
うつが顕在化する前までは・・・。
現在と言えば、何かしらに頼ろうとしてすがりつこうとしている自分が居る。
情けない話です
少なくとも精神的に自立する自分を目指さなければ
うつと、どう向き合うかも含めて。
考え処です
自分の人生の荷物は自分で背負わなければ・・・
こんな糞重い荷物誰にも担げません。申し訳ないです。
自分で背負って立ちますよ
やや迷走気味ですが、とりあえずの決意です。
ざっと、おさらいいたしますと、お釈迦様の死期が近づいてきた時
弟子が、『あなたが亡くなったあと、何を頼りに生きればよいのですか』
との弟子の問いにお釈迦様は、
『自らを頼りとし、法を頼りとして生きなさい』
と言われたそうです。
人生の灯明と言ったところでしょうか。
私と言えば最近、うつを楯にして来た様に思います。
つまりは言い訳に使っていたのですね。
やはり、原点に立ち返り自分を頼りとして、
自分の正しいと思う規範に従い生きるべきだと・・・。
原点とは何か?
それは、私の両親が離婚したとき小学生ながら
『もう頼るべきものは無いのだ』と、思い生きてきたのです。
うつが顕在化する前までは・・・。
現在と言えば、何かしらに頼ろうとしてすがりつこうとしている自分が居る。
情けない話です
少なくとも精神的に自立する自分を目指さなければ
うつと、どう向き合うかも含めて。
考え処です
自分の人生の荷物は自分で背負わなければ・・・
こんな糞重い荷物誰にも担げません。申し訳ないです。
自分で背負って立ちますよ
やや迷走気味ですが、とりあえずの決意です。