《河童》の旅メモ

富雄川流域探索

平城京を歩く「朱雀門5」

2010年07月30日 | Weblog
入母屋屋根だったのか、寄せ棟屋根だったのかの判断には疑問もあるようだが、重層の入母屋屋根で再建され二階は飾りとなっている。恭仁京から難波の宮へ移されたときの朱雀門は単層だった。中国では寄せ棟、日本では入母屋のほうが格式が高い建物とされている。再建された大極殿を初め朱雀門にも鴟尾が乗っているが、平城京跡からは鴟尾瓦などは見つかっていないので疑問が残る。今後の発掘が待たれる。
(今日の歴史=1912年大正天皇が即位し、大正と改元する)