カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

タデ くう ムシ 6

2020-03-05 | タニザキ ジュンイチロウ
 その 10

ナイム ショウ メンキョ  アワジ ゲンノジョウ オオシバイ
                    スモト チョウ モノベ トキワバシ-ヅメ
     ミッカ-メ デモノ
   ショウウツシ アサガオ ニッキ
□ショマク ウジ の サト ホタルガリ の ダン
□アカシ フナワカレ の ダン
□ユミノスケ ヤシキ の ダン
□オオイソ アゲヤ の ダン
□マヤガタケ の ダン
□ハママツ コヤ の ダン
□エビスヤ トクエモン ヤドヤ の ダン
□ミチユキ の ダン
タイコウキ ジュウダンメ (オイダキ)
オシュン デンベエ (オイダキ)
(オイダキ)
ドモ の マタヘイ
  オオサカ ブンラク   トヨタケ ロタユウ
 1 ニン-マエ 50 セン キンイツ、 ただし
 ツウケン ゴジサン の カタ は 30 セン

「おはよう ございます、 よろしゅう ございます か、―――」
 と、 ロウカ に たちどまって コエ を かける と、
「ええ、 かまいません、 さあさあ」
 と いう ので、 オモテ の ザシキ へ はいって みる と、 ヤド の ユカタ に イチマツ の ダテマキ スガタ で カガミ の マエ に すわりながら、 マゲ の アタマ を スキグシ で なでて いる オヒサ の ソバ に、 ロウジン は ビラ を ヒザ の ウエ に のせて、 ロウガンキョウ の ケース を あけた ところ で ある。 はれわたった ウミ は じーっと みつめる と ヒトミ の マエ が くろずんで くる ほど マッサオ に ないで、 フネ の ケムリ さえ うごかない よう な カンジ で ある が、 それでも ときたま ソヨカゼ を はこんで くる らしく、 ショウジ の ヤブレ が タコ の ウナリ の よう に なって、 ヒザ の ウエ の ビラ が かすか に あおられる。
「オマエ、 『オオイソ アゲヤ の ダン』 と いう の を みた こと が ある かい?」
「なんの キョウゲン どす、 それ は?」
「アサガオ ニッキ だよ」
「みた こと おへん。 ―――そんな とこ おす やろ か」
「だから さ、 こういう ところ は ブンラク アタリ じゃあ めった に ださない ん だ と みえる ね。 ツギ には 『マヤガタケ の ダン』 と いう の が ある」
「そら、 ミユキ が かどわかされる とこ と ちがいます か」
「ふん、 そう か そう か、 かどわかされて、 それから ハママツ の コヤ に なる。 ―――と する と 『マクズガハラ の ダン』 と いう の が ありゃ しなかった かい?……… ねえ、 オマエ、………」
「………」
 ヒカリ の ハンシャ が ザシキ の シホウ を きらり と ヒトマワリ した。 オヒサ が スキグシ を クチ に くわえて、 イッポウ の テ の オヤユビ を ミギ の ビン の フクラミ の ナカ へ いれながら、 アワセカガミ を した の で ある。
 カナメ は じつは まだ この オンナ の ホントウ の トシ を しらなかった。 ロウジン の コノミ で、 フウツウ だ とか、 イチラク だ とか、 ごりごり した クサリ の よう に おもい チリメン の コモン だ とか、 もう イマ の ヨ では はやらなく なって しまった もの を ゴジョウ アタリ の フルギヤ だの キタノ ジンジャ の アサイチ など から さがして きて は、 その ほこりくさい ボロ の よう なの を いやいや ながら きせられて、 ジミ に ジミ に と つくって いる ので、 いつも 26~27 に みえる の だ けれど、 ―――そして ロウジン との ツリアイジョウ、 きかれれば その くらい に こたえる よう に いいふくめられて いる らしい けれど、 ―――カガミ を ささえた ヒダリ の テ の、 シモン が ぎらぎら ういて いる サクライロ の ユビサキ の ツヤツヤシサ は、 あながち カミ の アブラ の せい ばかり では なかろう。 カナメ は カノジョ の こういう スガタ を みせられる の は はじめて で ある が、 ウスギ の シタ に ほぼ アリドコロ が うかがわれる カタ や シリ の むっちり と した シシオキ は、 この ジョウヒン な キョウ ウマレ の オンナ には キノドク な くらい ワカサ に はりきって、 22~23――― と いう トシゴロ を はっきり かたって いる の で ある。
「それから 『ヤドヤ の ダン』 の アト に 『ミチユキ の ダン』 が あります ね。―――」
「ふん、 ふん」
「アサガオ ニッキ の ミチユキ と いう の は ハツミミ です が、 シマイ に ミユキ の オモイ が かなって、 コマザワ と タビ でも する ん です か」
「いや、 そう じゃ ない、 ワタシ は こりゃあ みた こと が ある。 ―――ほれ、 『ヤドヤ』 の ツギ が オオイガワ の カワドメ で、 あれ から ミユキ が カワ を わたって、 コマザワ の アト を おいながら トウカイドウ を くだる ん だよ」
「ミチユキ の アイテ は いない ん です か」
「いや、 それ が ほら、 カワドメ の ところ へ クニモト から かけつけて くる ナニスケ とか いう ワカトウ が あった ね、―――」
「セキスケ どす やろ」
 もう イチド カガミ が きらり と ひかって、 クセナオシ の ユ を いれた カナダライ を カタテ に、 オヒサ は たって ロウカ へ でた。
「そうそう セキスケ、 ―――あれ が ついて いく こと に なる、 つまり シュジュウ の ミチユキ だな」
「もう その とき は ミユキ は メクラ じゃあ ない ん です ね」
「メ が あいちまって、 モト の サムライ の ムスメ に なって、 きれい な ナリ を して いく んで ね。 センボンザクラ の ミチユキ に にて いる ちょっと はなやか な いい もん だよ」
 シバイ は この マチハズレ の アキチ に コヤガケ を こしらえて、 そこ で アサ の 10 ジ-ゴロ から バン の 11 ジ、 ―――どうか する と 12 ジ-スギ まで やって いる。 とても ハジメ から ゴラン に なる の は タイヘン だ から、 ヒノクレ から が ちょうど よろしゅう ございます と ヤド の バントウ が そう いう の を、 いいえ、 ワタシ は これ が モクテキ で きた ん だ から、 アサゴハン を すましたら じきに でかけます、 オヒル と バン は この ジュウバコ に ヨウイ して もらいましょう と、 それ を タノシミ の ヒトツ に して いる ロウジン は レイ の マキエ の ベントウバコ を あずけて、 マクノウチ に、 タマゴヤキ に、 アナゴ に、 ゴボウ に、 ナニナニ の ニシメ に、 ………と、 オカズ の チュウモン まで やかましく いって、 それ が できて くる と、
「さあ、 オヒサ や、 シタク を しな」
 と、 せきたてる の で あった。
「ちょっと、 ここ を きつう に しめと おくれやす」
 ごわごわ した、 オリメ から きれて ゆきそう な ジ の しっかり した ハッタン の アワセ の ウエ に、 これ も ソウトウ に こわばった もの らしく ケサ の よう に ざくざく する オビ を、 いわれない うち に シメナオシ に かかって いた オヒサ は、 そう いいながら ロウジン の ほう へ ムスビメ を むけた。
「どう だね、 この くらい かね?」
「へえ、 もう ちょっと、………」
 マエノメリ に なろう と する の を コシ で ねばって うけとめて いる オヒサ の ウシロ で、 ロウジン は ヒタイ に アセ を うかした。
「どうも こいつ は つっぱって いる んで、 しめにくい ったら ない。………」
「そない おいやした かて、 アンタ が こうて おいでた ん や おへん か。 ワテェ かて かなわん わ、 しんどうて。………」
「だが いい イロ を して います な」
 と、 おなじ よう に ウシロ に たちながら、 カナメ は カンタン の コエ を はっした。
「なんと いう イロ だ か、 コノゴロ の もの には あんまり みない じゃ ありません か」
「なあに、 やっぱり モエギ の ケイトウ なんで、 イマ の もの にも ない こと は ない ん だ が、 こう イロ が さめて ふるく なった んで アジ が でた のさ」
「ナン です か、 モノ は?」
「シュチン だろう ね。 ムカシ の オリモノ は なんでも この とおり ごりごり して いる、 イマ の は どんな もの だって たいがい ジンケン が はいってる ん だ から、………」
 ノリモノ で ゆく ほど でも ない ので メイメイ が ジュウバコ や オリヅメ の ツツミ を さげながら でかけた が、
「もう ヒガサ が いります なあ」
 と、 オヒサ は てりつけられる の を おそれて テ を かざした。 ヒ は その うすい テノヒラ の バチダコ の ある コユビ の ニク を カサ の カミ ほど に あかく とおして、 くらく かげって いる カオ が ヒ の あたって いる アゴ の サキ より も いっそう しろい。 どうせ コンド は マックロ に やける、 カサ なぞ もって こない が いい と いわれながら、 テサゲ の ソコ へ しのばせて きた アンチソラチン を デガケ に そっと、 カオ、 エリ、 テクビ、 アシクビ に まで ぬって いる の を みた カナメ は、 この キョウオンナ が キヌゴシ の ハダ を いたわる クシン を いじらしく も ショウシ にも かんじた が、 ドウラク の つよい ロウジン は こまかい こと に キ が まわる よう で いて、 ジブン が こう と いいだしたら あんがい そういう オモイヤリ が とぼしい の で ある。
「アンタ、 はよう いかん と 11 ジ どす え」
「ふん、 まあ ちょっと まちな」
 と、 ときどき ロウジン は コットウヤ の マエ で たちどまる。
「ホンマ に キョウ は ええ オテンキ どす な」
 と、 カナメ と イッショ に そろり そろり サキ へ ゆきながら、 オヒサ は はれわたった ソラ を あおいで、
「こういう ヒ には ツミクサ が しとうて、………」
 と、 フヘイ-らしく クチ の ウチ で いった。
「まったく、 シバイ より は ツミクサ に もってこい と いう ヒ だ」
「どこ ぞ ここら ヘン に ワラビ や ツクシ の はえてる とこ おす やろ か」
「さあ、 この ヘン は しらない が、 シシガタニ の キンジョ の ヤマ に いくらだって ある でしょう」
「へえ、 へえ、 たあんと はえて ます。 センゲツ は ヤセ の ほう まで つみ に いて、 フキノトウ を ぎょうさん とって かえりました」
「フキノトウ を?」
「へえ、 ―――フキノトウ が たべたい おいやす けど、 キョウト では イチバ へ いた かて おへん、 ダアレ も あの にがい もん よう たべる ヒト おへん よって」
「トウキョウ だって ミンナ が ミンナ たべる わけ じゃあ ありません がね。 ―――それで わざわざ そいつ を つみ に いった ん です か」
「へえ、 これ ぐらい の カゴ に いっぱい、―――」
「ツミクサ も いい が、 イナカ の マチ を ぶらぶら あるく の も わるく ない です な」
 アオゾラ の シタ を まっすぐ のびて いる ヒトスジミチ の マチドオリ は、 オウライ の ヒトカゲ が サキ の サキ まで かぞえられる ほど ほがらか に、 たまに すれちがう ジテンシャ の ベル の オト さえ のどか で ある。 べつに トクチョウ の ある マチ では ない が、 カンサイ は どこ へ いって も カベ の イロ が うつくしい。 ロウジン の セツ だ と、 カントウ は ヨコナグリ の フウウ が つよい ので、 イエ の ソトガワ は みな イタガコイ の シタミ に する。 しかも その イタ が どんな ジョウトウ な キ を つかって も じきに くろく よごれて しまう から ゼンタイ が ヒジョウ に きたない。 トタン ヤネ に バラック の イマ の トウキョウ は ロンガイ と して、 キンケン の ショウトカイ など、 ふるければ ふるい なり に イッシュ の サビ が つく はず で ある のに、 ただ もう すすけて インキ な ばかり だ。 そこ へ もって きて たびたび の ジシン や カジ で、 やけた アト に たてられる の は ホッカイマツ や ベイザイ の ツケギ の よう に しらっちゃけた イエ か、 アメリカ の バスエ へ いった よう な ヒンジャク な ビルディング で ある。 たとえば カマクラ の よう な マチ が カンサイ に あった と したら、 ナラ ほど には ゆかない と して も、 もっと おちついた、 しっとり と した オモムキ が あろう。 キョウト から ニシ の クニグニ の フウド は シゼン の メグミ を さずかる こと が ふかく、 テン の ワザワイ を うける ド が すくない ので、 ナ も ない マチヤ や ヒャクショウヤ の カワラ や ドベイ の イロ に まで、 タビビト の ツエ を とどめさせる に たる フゼイ が ある。 ことに ダイトカイ より も ムカシ の ジョウカマチ くらい な ちいさな トシ が いい。 オオサカ は もちろん、 キョウト で さえ も シジョウ の カワラ が あんな ふう に かわって ゆく ヨノナカ に、 ヒメジ、 ワカヤマ、 サカイ、 ニシノミヤ、 と いった よう な マチ は、 いまだに ホウケン ジダイ の オモカゲ を こく のこして いる。………
「ハコネ や シオバラ が いい なんて いったって、 ニホン は シマグニ の ジシンコク なん だ から、 あんな ケシキ は どこ に でも ある。 ダイマイ が シン ハッケイ を つのった とき に 『シシイワ』 と いう の が ニホンジュウ に イクツ あった か しれない そう だ が、 じっさい そんな もの だろう よ。 やっぱり タビ を して おもしろい の は、 カミガタ から シコク、 チュウゴク、 ―――あの ヘン の マチ や ミナト を あるく こと だね」
 とある ヨツツジ を カギノテ に まがって いる わびた アラカベ の ヘイ の ヤネ の、 マルガワラ の ウエ から のぞいて いる ウツギ の ハナ を ながめた とき、 カナメ は ロウジン の この コトバ を おもいだした。 アワジ と いえば チズ の ウエ では ちいさい シマ だし、 そこ の ミナト の こと だ から、 たぶん この マチ は イマ あるいて いる イッポンミチ で つきる の で あろう。 ここ を どこまでも マッスグ に ゆく と カワ の ナガレ へ でる、 ニンギョウ シバイ は その ムコウガシ の カワラ で やって いる の だ と、 バントウ は いって いた から、 カワ まで ゆけば ヤナミ が おわって しまう の だろう。 キュウバク の コロ には なんと いう ダイミョウ の リョウチ で あった か、 むろん ジョウカ と いう ほど の もの では なかった だろう が、 マチ は その ジブン の アリサマ と そう かわって も いない よう に おもえる。 いったい トシ の ヨソオイ が キンダイテキ に なりつつ ある と いう こと は、 クニ の ドウミャク を なす よう な ダイトカイ に おける ゲンショウ で あって、 そんな トカイ は ヒトツ の コッカ に そう タクサン は ある もの では ない。 アメリカ の よう な あたらしい トチ は ベツ と して、 ふるい レキシ を もつ クニグニ の イナカ の マチ は、 シナ でも ヨーロッパ でも、 テンサイ チヘン に みまわれない かぎり ブンカ の ナガレ に とりのこされつつ、 ホウケン の ヨ の ニオイ を つたえて いる の で ある。 たとえば この マチ に して も、 デンセン と、 デンシンバシラ と、 ペンキヌリ の カンバン と、 トコロドコロ の カザリマド と を キ に しなければ、 サイカク の ウキヨ-ゾウシ の サシエ に ある よう な マチヤ を いたる ところ に みる こと が できる。 ノキ の タルキ まで も シックイ で つつんだ ドゾウヅクリ の ミセ の カマエ、 ふとい カクザイ を オシゲ も なく つかった ガンジョウ な デゴウシ、 おもい マルガワラ で どっしり と おさえた ホンブキ の イラカ、 「ウルシ」 「ショウユ」 「アブラ」 など と しるした モジ の きえかかって いる ケヤキ の カンバン、 ドマ の ツキアタリ に つって ある ヤゴウ を そめぬいた コンノレン、 ―――ロウジン の イイグサ では ない けれども、 そういう もの は どんな に ニホン の ふるい マチ に ジョウシュ を あたえて いる か しれない。 カナメ は アオゾラ を ウシロ に して しろく さえて いる カベ の イロ に、 しみじみ ココロ が すいとられる よう な キ が した。 それ は あたかも オヒサ の コシ に まかれて いる シュチン の オビ と おなじ こと だ。 すんだ ウミベ の クウキ の ナカ で ながい アイダ フウウ に さらされ、 シゼン に ツヤ を けされた イロ で ある。 ほっかり と あかるく、 はなやか で ありながら シブミ が あって、 じっと みて いる と ムネ が やすまる よう に なる。
「こういう ムカシフウ の イエ は オク が マックラ で、 コウシ の ムコウ に ナニ が ある やら まるで わかりません ね」
「ヒトツ は オウライ が あかるすぎる ん だね、 この ヘン の ツチ は この とおり しらっちゃけて いる から。………」
 ふと カナメ は、 ああいう くらい イエ の オク の ノレン の カゲ で ヒ を くらして いた ムカシ の ヒト の オモザシ を しのんだ。 そう いえば ああいう ところ に こそ、 ブンラク の ニンギョウ の よう な カオダチ を もった ヒトタチ が すみ、 あの ニンギョウ シバイ の よう な セイカツ を して いた の で あろう。 ドンドロ の シバイ に でて くる オユミ、 アワ の ジュウロベエ、 ジュンレイ の オツル、 ―――など と いう の が いきて いた セカイ は きっと こういう マチ だった で あろう。 げんに イマ ここ を あるいて いる オヒサ なんか も その ヒトリ では ない か。 イマ から 50 ネン も 100 ネン も マエ に、 ちょうど オヒサ の よう な オンナ が、 あの キモノ で あの オビ で、 ハル の ヒナカ を ベントウヅツミ を さげながら、 やはり この ミチ を カワラ の シバイ へ とおった かも しれない。 それとも また あの コウシ の ナカ で 「ユキ」 を ひいて いた かも しれない。 まことに オヒサ こそ は ホウケン の ヨ から ぬけだして きた ゲンエイ で あった。

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