カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

スミダガワ 1

2014-07-23 | ナガイ カフウ
 スミダガワ

 ナガイ カフウ

 1

 ハイカイシ ショウフウアン ラゲツ は イマド で トキワズ の シショウ を して いる じつの イモウト をば コトシ は ウラボン にも たずねず に しまった ので マイニチ その こと のみ キ に して いる。 しかし ヒザカリ の アツサ には さすが に ウチ を でかねて ユウガタ に なる の を まつ。 ユウガタ に なる と タケガキ に アサガオ の からんだ カッテグチ で ギョウズイ を つかった ノチ そのまま マッパダカ で バンシャク を かたむけ やっと の こと ゼン を はなれる と、 ナツ の タソガレ も イエイエ で たく カヤリ の ケムリ と ともに いつか ヨル と なり、 ボンサイ を ならべた マド の ソト の オウライ には スダレゴシ に ゲタ の オト ショクニン の ハナウタ ヒト の ハナシゴエ が にぎやか に きこえだす。 ラゲツ は ニョウボウ の オタキ に チュウイ されて すぐに も イマド へ ゆく つもり で コウシド を でる の で ある が、 その ヘン の スズミダイ から コエ を かけられる が まま コシ を おろす と、 イッパイ キゲン の ハナシズキ に、 マイバン きまって ラチ も なく はなしこんで しまう の で あった。
 アサユウ が いくらか すずしく ラク に なった か と おもう と ともに たいへん ヒ が みじかく なって きた。 アサガオ の ハナ が ヒゴト に ちいさく なり、 ニシビ が もえる ホノオ の よう に せまい イエジュウ へ さしこんで くる ジブン に なる と なきしきる セミ の コエ が ひときわ みみだって せわしく きこえる。 8 ガツ も いつか ナカバ すぎて しまった の で ある。 イエ の ウシロ の トウモロコシ の ハタケ に ふきわたる カゼ の ヒビキ が ヨル なぞ は おりおり アメ か と あやまたれた。 ラゲツ は わかい ジブン したい-ホウダイ ミ を もちくずした ドウラク の ナゴリ とて ジコウ の カワリメ と いえば いまだに ホネ の フシブシ が いたむ ので、 いつも ヒト より サキ に アキ の たつ の を しる の で ある。 アキ に なった と おもう と ただ ワケ も なく キ が せわしく なる。
 ラゲツ は にわか に うろたえだし、 ヨウカ-ゴロ の ユウヅキ が まだ ましろく ユウヤケ の ソラ に かかって いる コロ から コウメ カワラマチ の スマイ を アト に てくてく イマド を さして あるいて いった。
 ホリワリヅタイ に ヒキフネ-ドオリ から すぐさま ヒダリ へ まがる と、 トチ の モノ で なければ ユクサキ の わからない ほど ウカイ した コミチ が ミメグリ イナリ の ヨコテ を めぐって ドテ へ と つうじて いる。 コミチ に そうて は タンボ を うめたてた アキチ に、 あたらしい カシナガヤ が まだ アキヤ の まま に たちならんだ ところ も ある。 ひろびろ した カマエ の ソト には おおきな ニワイシ を すえならべた ウエキヤ も あれば、 いかにも イナカ-らしい カヤブキ の ジンカ の まばら に たちつづいて いる ところ も ある。 それら の ウチ の タケガキ の アイダ から は ユウヅキ に ギョウズイ を つかって いる オンナ の スガタ の みえる こと も あった。 ラゲツ ソウショウ は いくら トシ を とって も ムカシ の カタギ は かわらない ので みて みぬ よう に そっと たちどまる が、 タイガイ は ぞっと しない ニョウボウ ばかり なので、 ラクタン した よう に そのまま アユミ を はやめる。 そして ウリチ や カシヤ の フダ を みて すぎる たびたび、 なんとも つかず その ムナザンヨウ を しながら ジブン も フトコロデ で オオモウケ が して みたい と おもう。 しかし また タンボ-ヅタイ に あるいて ゆく うち ミズタ の トコロドコロ に ハス の ハナ の みごと に さきみだれた サマ を ながめ あおあお した イネ の ハ に ユウカゼ の そよぐ ヒビキ を きけば、 さすが は ソウショウ だけ に、 ゼニカンジョウ の こと より も キオク に サンザイ して いる コジン の ク をば じつに うまい もの だ と おもいかえす の で あった。
 ドテ へ あがった とき には ハザクラ の カゲ は はや おぐらく ミズ を へだてた ジンカ には ヒ が みえた。 ふきはらう カワカゼ に サクラ の ワクラバ が はらはら ちる。 ラゲツ は やすまず あるきつづけた アツサ に ほっと イキ を つき、 ひろげた ムネ をば センス で あおいだ が、 まだ ミセ を しまわず に いる ヤスミヂャヤ を みつけて あわてて たちより、 「オカミサン、 ヒヤ で 1 パイ」 と コシ を おろした。 ショウメン に マツチヤマ を みわたす スミダガワ には ユウカゼ を はらんだ ホカケブネ が しきり に うごいて ゆく。 ミズ の オモテ の たそがれる に つれて カモメ の ハネ の イロ が きわだって しろく みえる。 ソウショウ は この ケシキ を みる と ジコウ は ちがう けれど サケ なくて なんの オノレ が サクラ かな と キュウ に イッパイ かたむけたく なった の で ある。
 ヤスミヂャヤ の ニョウボウ が フチ の あつい ソコ の あがった コップ に ついで だす ヒヤザケ を、 ラゲツ は ぐいと のみほして そのまま タケヤ の ワタシブネ に のった。 ちょうど カワ の ナカホド へ きた コロ から フネ の ゆれる に つれて ヒヤザケ が おいおい に きいて くる。 ハザクラ の ウエ に かがやきそめた ユウヅキ の ヒカリ が いかにも すずしい。 なめらか な ミチシオ の ミズ は 「オマエ どこ ゆく」 と ハヤリウタ にも ある よう に いかにも なげやった ふう に ココロモチ よく ながれて いる。 ソウショウ は メ を つぶって ヒトリ で ハナウタ を うたった。
 ムコウガシ へ つく と キュウ に おもいだして キンジョ の カシヤ を さがして ミヤゲ を かい イマドバシ を わたって マッスグ な ミチ をば ジブン ばかり は アシモト の たしか な つもり で、 じつは だいぶ ふらふら しながら あるいて いった。
 そこここ に 2~3 ゲン イマドヤキ を うる ミセ に わずか な トクチョウ を みる ばかり、 いずこ の バスエ にも よく ある よう な ひくい ジンカ ツヅキ の ヨコチョウ で ある。 ジンカ の ノキシタ や ロジグチ には はなしながら すずんで いる ヒト の ユカタ が うすぐらい ケントウ の ヒカリ に きわだって しろく みえながら、 アタリ は イッタイ に ひっそり して どこ か で イヌ の ほえる コエ と アカゴ の なく コエ が きこえる。 アマノガワ の すみわたった ソラ に しげった コダチ を そびやかして いる イマド ハチマン の マエ まで くる と、 ラゲツ は マ も なく ならんだ ケントウ の アイダ に トキワズ モジトヨ と カンテイリュウ で かいた イモウト の イエ の ヒ を みとめた。 イエ の マエ の オウライ には ヒト が 2~3 ニン も たちどまって ナカ なる ケイコ の ジョウルリ を きいて いた。

 おりおり おそろしい オト して ネズミ の はしる テンジョウ から ホヤ の くもった ロクブシン の ランプ が ところどころ ホウタン の コウコク や ミヤコ シンブン の シンネン フロク の ビジンガ なぞ で ヤブレメ を かくした フスマ を ハジメ、 アメイロ に ふるびた タンス、 アマモリ の アト の ある ふるびた カベ なぞ、 8 ジョウ の ザシキ イッタイ を いかにも うすぐらく てらして いる。 ふるぼけた ヨシド を たてた エンガワ の ソト には コニワ が ある の やら ない の やら わからぬ ほど な ヤミ の ナカ に ノキ の フウリン が さびしく なり ムシ が しずか に ないて いる。 シショウ の オトヨ は エンニチモノ の ウエキバチ を ならべ、 フドウソン の カケモノ を かけた トコノマ を ウシロ に して べったり すわった ヒザ の ウエ に シャミセン を かかえ、 カシ の バチ で ときどき マエガミ の アタリ を かきながら、 カケゴエ を かけて は ひく と、 ケイコボン を ひろげた キリ の コヅクエ を ナカ に して こなた には 30 ゼンゴ の ショウニン らしい オトコ が チュウオン で、 「そりゃ ナニ を いわしゃんす、 いまさら アニ よ イモウト と いう に いわれぬ コイナカ は……」 と 「コイナ ハンベエ」 の ミチユキ を かたる。
 ラゲツ は ケイコ の すむ まで エン-ヂカク に すわって、 センス を ぱちくり させながら、 まだ ヒヤザケ の すっかり さめきらぬ ところ から、 ときどき は われしらず クチ の ナカ で ケイコ の オトコ と イッショ に うたった が、 ときどき は メ を つぶって エンリョ なく オクビ を した ノチ、 カラダ を かるく サユウ に ゆすりながら オトヨ の カオ をば なんの キ も なく ながめた。 オトヨ は もう 40 イジョウ で あろう。 うすぐらい ツルシ ランプ の ヒカリ が やせこけた コヅクリ の カラダ をば なおさら に ふけて みせる ので、 ふいと これ が ムカシ は リッパ な シチヤ の かわいらしい ハコイリ ムスメ だった の か と おもう と、 ラゲツ は かなしい とか さびしい とか そういう ゲンジツ の カンガイ を とおりこして、 ただただ フシギ な キ が して ならない。 その コロ は ジブン も やはり わかくて うつくしくて、 オンナ に すかれて、 ドウラク して、 とうとう ジッカ を シチショウ まで カンドウ されて しまった が、 イマ に なって は その コロ の こと は どうしても ジジツ では なくて ユメ と しか おもわれない。 ソロバン で オレ の アタマ を なぐった オヤジ に しろ、 ないて イケン を した シロネズミ の バントウ に しろ、 ノレン を わけて もらった オトヨ の テイシュ に しろ、 そういう ヒトタチ は おこったり わらったり ないたり よろこんだり して、 アセ を たらして あきず に よく はたらいて いた もの だ が、 ヒトリヒトリ ミナ しんで しまった キョウ と なって みれば、 あの ヒトタチ は この ヨノナカ に うまれて きて も こなくて も つまる ところ は おなじ よう な もの だった。 まだしも ジブン と オトヨ の いきて いる アイダ は、 あの ヒトタチ は フタリ の キオク の ウチ に のこされて いる ものの、 やがて ジブン たち も しんで しまえば いよいよ なにもかも ケムリ に なって アトカタ も なく きえうせて しまう の だ……。
「ニイサン、 じつは 2~3 ニチ うち に ワタシ の ほう から オジャマ に あがろう と おもって いた ん だよ」 と オトヨ が とつぜん はなしだした。
 ケイコ の オトコ は コイナ ハンベエ を さらった ノチ おなじ よう な オツマ ハチロベエ の カタリダシ を 2~3 ド くりかえして かえって いった の で ある。 ラゲツ は もっともらしく すわりなおして センス で かるく ヒザ を たたいた。
「じつは ね」 と オトヨ は おなじ コトバ を くりかえして、 「コマゴメ の オテラ が シク カイセイ で トリハライ に なる ん だ とさ。 それで ね、 しんだ オトッツァン の オハカ を ヤナカ か ソメイ か どこ か へ うつさなくっちゃ ならない ん だって ね、 4~5 ニチ マエ に オテラ から オツカイ が きた から、 どうした もの か と、 その ソウダン に ゆこう と おもってた のさ」
「なるほど」 と ラゲツ は うなずいて、 「そういう こと なら うっちゃって も おけまい。 もう ナンネン に なる かな、 オヤジ が しんで から……」
 クビ を かしげて かんがえた が、 オトヨ の ほう は ちゃくちゃく ハナシ を すすめて ソメイ の ボチ の ジダイ が ヒトツボ いくら、 テラ への ココロヅケ が どうの こうの と、 それ に ついて は オンナ の ミ より も オトコ の ラゲツ に バンジ を ひきうけて とりはからって もらいたい と いう の で あった。
 ラゲツ は もと コイシカワ オモテマチ の サガミヤ と いう シチヤ の アトトリ ムスコ で あった が カンドウ の スエ ワカインキョ の ミ と なった。 ガンコ な チチ が ヨ を さって から は イモウト オトヨ を ツマ に した ミセ の バントウ が ショウジキ に サガミヤ の ショウバイ を つづけて いた。 ところが ゴイッシン コノカタ ジセイ の ヘンセン で しだいに カウン の かたむいて きた オリ も オリ カジ に あって シチヤ は それなり つぶれて しまった。 で、 フウリュウ-ザンマイ の ラゲツ は やむ を えず ハイカイ で ヨ を わたる よう に なり、 オトヨ は ソノゴ テイシュ に しにわかれた フコウ ツヅキ に ムカシ ナ を とった ユウゲイ を サイワイ トキワズ の シショウ で クラシ を たてる よう に なった。 オトヨ には コトシ 18 に なる オトコ の コ が ヒトリ ある。 レイラク した オンナオヤ が コノヨ の タノシミ と いう の は まったく この ヒトリムスコ チョウキチ の シュッセ を みよう と いう こと ばかり で、 アキンド は いつ シッパイ する か わからない と いう ケイケン から、 オトヨ は 3 ド の メシ を 2 ド に して も、 ゆくゆく は ワガコ を ダイガッコウ に いれて リッパ な ゲッキュウトリ に せねば ならぬ と おもって いる。
 ラゲツ ソウショウ は ひえた チャ を のみほしながら、 「チョウキチ は どう しました」
 すると オトヨ は もう トクイ-らしく、 「ガッコウ は イマ ナツヤスミ です がね、 あそばしといちゃ いけない と おもって ホンゴウ まで ヤガク に やります」
「じゃ カエリ は おそい ね」
「ええ。 いつでも 10 ジ すぎます よ。 デンシャ は あります がね、 ずいぶん トオミチ です から ね」
「コチトラ とは ちがって イマドキ の わかい モノ は カンシン だね」 ソウショウ は コトバ を きって、 「チュウガッコウ だっけ ね、 オレ は コドモ を もった こと が ねえ から トウセツ の ガッコウ の こと は ちっとも わからない。 ダイガッコウ まで ゆく にゃ まだ よほど かかる の かい」
「ライネン ソツギョウ して から シケン を うける ん でさあ ね。 ダイガッコウ へ ゆく マエ に、 もう ヒトツ…… おおきな ガッコウ が ある ん です」 オトヨ は なにもかも ヒトクチ に セツメイ して やりたい と ココロ ばかり は あせって も、 やはり ジセイ に うとい オンナ の こと で たちまち いいよどんで しまった。
「たいした カカリ だろう ね」
「ええ それ あ、 タイテイ じゃ ありません よ。 なにしろ、 アナタ、 ゲッシャ ばかり が マイゲツ 1 エン、 ホンダイ だって シケン の たんび に 2~3 エン じゃ ききません し ね、 それに ナツフユ ともに ヨウフク を きる ん でしょう、 クツ だって ネン に 2 ソク は はいて しまいます よ」
 オトヨ は チョウシ-づいて クシン の ホド を イチバイ つよく みせよう ため か コエ に チカラ を いれて はなした が、 ラゲツ は その とき、 それほど に まで ムリ を する なら、 なにも ダイガッコウ へ いれない でも、 チョウキチ には もっと ミブン ソウオウ な リッシン の ミチ が ありそう な もの だ と いう キ が した。 しかし クチ へ だして いう ほど の こと でも ない ので、 ナニ か ワダイ の ヘンカ を と のぞむ ヤサキ へ、 シゼン に おもいだされた の は チョウキチ が コドモ の ジブン の アソビ トモダチ で オイト と いった センベイヤ の ムスメ の こと で ある。 ラゲツ は その コロ オトヨ の ウチ を たずねた とき には きまって オイ の チョウキチ と オイト を つれて は、 オクヤマ や サタケッパラ の ミセモノ を み に いった の だ。
「チョウキチ が 18 じゃ、 あの コ は もう リッパ な ネエサン だろう。 やはり ケイコ に くる かい」
「ウチ へは きません がね、 この サキ の キネヤ さん にゃ マイニチ かよって ます よ。 もう じき ヨシチョウ へ でる ん だ って いいます がね……」 と オトヨ は ナニ か かんがえる らしく コトバ を きった。
「ヨシチョウ へ でる の か。 そいつ あ ゴウギ だ。 コドモ の とき から ちょいと クチ の キキヨウ の ませた、 いい コ だった よ。 コンヤ に でも あそび に くりゃあ いい に。 ねえ、 オトヨ」 と ソウショウ は キュウ に ゲンキ-づいた が、 オトヨ は ぽんと ナガギセル を はたいて、
「イゼン と ちがって、 チョウキチ も イマ が ベンキョウザカリ だし ね……」
「ははははは。 マチガイ でも あっちゃ ならない と いう の かね。 もっとも だよ。 この ミチ ばかり は まったく ユダン が ならない から な」
「ホント さ。 オマエサン」 オトヨ は クビ を ながく のばして、 「ワタシ の ヒガメ かも しれない が、 じつは どうも チョウキチ の ヨウス が シンパイ で ならない のさ」
「だから、 いわない こっちゃ ない」 と ラゲツ は かるく ニギリコブシ で ヒザガシラ を たたいた。 オトヨ は チョウキチ と オイト の こと が ただ なんとなし に シンパイ で ならない。 と いう の は、 オイト が ナガウタ の ケイコ-ガエリ に マイアサ ヨウ も ない のに きっと たちよって みる、 それ をば チョウキチ は かならず まって いる ヨウス で その ジカン-ゴロ には ヒトアシ だって マド の ソバ を さらない。 それ のみ ならず、 いつぞや オイト が ビョウキ で トオカ ほど も ねて いた とき には、 チョウキチ は ヨソメ も おかしい ほど に ぼんやり して いた こと など を イキ も つかず に かたりつづけた。
 ツギノマ の トケイ が 9 ジ を うちだした とき とつぜん コウシド が がらり と あいた。 その アケヨウ で オトヨ は すぐに チョウキチ の かえって きた こと を しり キュウ に ハナシ を とぎらし その ほう に ふりかえりながら、
「たいへん はやい よう だね、 コンヤ は」
「センセイ が ビョウキ で 1 ジカン はやく ひけた ん だ」
「コウメ の オジサン が オイデ だよ」
 ヘンジ は きこえなかった が、 ツギノマ に ツツミ を なげだす オト が して、 すぐさま チョウキチ は おとなしそう な よわそう な イロ の しろい カオ を フスマ の アイダ から みせた。

 2

 ザンショ の ユウヒ が ひとしきり ナツ の サカリ より も はげしく、 ひろびろ した カワヅラ イッタイ に もえたち、 ことさら に ダイガク の テイコ の マッシロ な ペンキヌリ の ハメ に ハンエイ して いた が、 たちまち トモシビ の ヒカリ の きえて ゆく よう に アタリ は ゼンタイ に うすぐらく ハイイロ に ヘンショク して きて、 みちくる ユウシオ の ウエ を すべって ゆく ニブネ の ホ のみ が まっしろく きわだった。 と みる マ も なく ショシュウ の タソガレ は マク の おりる よう に はやく ヨル に かわった。 ながれる ミズ が いやに まぶしく きらきら ひかりだして、 ワタシブネ に のって いる ヒト の カタチ を くっきり と スミエ の よう に くろく そめだした。 ツツミ の ウエ に ながく よこたわる ハザクラ の コダチ は こなた の キシ から のぞめば おそろしい ほど マックラ に なり、 イチジ は おもしろい よう に ひきつづいて うごいて いた ニブネ は いつのまにか 1 ソウ のこらず ジョウリュウ の ほう に きえて しまって、 ツリ の カエリ らしい コブネ が ところどころ コノハ の よう に ういて いる ばかり、 みわたす スミダガワ は ふたたび ひろびろ と した ばかり か しずか に さびしく なった。 はるか カワカミ の ソラ の ハズレ に ナツ の ナゴリ を しめす クモ の ミネ が たって いて ほそい イナズマ が たえまなく ひらめいて は きえる。
 チョウキチ は サッキ から ヒトリ ぼんやり して、 ある とき は イマドバシ の ランカン に もたれたり、 ある とき は キシ の イシガキ から ワタシバ の サンバシ へ おりて みたり して、 ユウヒ から タソガレ、 タソガレ から ヨル に なる カワ の ケシキ を ながめて いた。 コンヤ くらく なって ヒト の カオ が よく は みえない ジブン に なったら イマドバシ の ウエ で オイト と あう ヤクソク を した から で ある。 しかし ちょうど ニチヨウビ に あたって ヤガッコウ を コウジツ にも できない ところ から ユウメシ を すます が いなや まだ ヒ の おちぬ うち ふいと ウチ を でて しまった。 ひとしきり ワタシバ へ いそぐ ヒト の ユキキ も イマ では ほとんど たえ、 ハシ の シタ に ヨドマリ する ニブネ の トモシビ が ケイヨウジ の たかい コダチ を サカサ に うつした サンヤボリ の ミズ に うつくしく ながれた。 カドグチ に ヤナギ の ある あたらしい ニカイヤ から は シャミセン が きこえて、 ミズ に そう ひくい コイエ の コウシド ソト には ハダカ の テイシュ が すずみ に ではじめた。 チョウキチ は もう くる ジブン で あろう と おもって イッシン に ハシムコウ を ながめた。
 サイショ に ハシ を わたって きた ヒトカゲ は くろい アサ の コロモ を きた ボウズ で あった。 つづいて シリハショリ の モモヒキ に ゴムグツ を はいた ウケオイシ らしい オトコ の とおった アト、 しばらく して から、 コウモリガサ と コヅツミ を さげた まずしげ な ニョウボウ が ヒヨリ ゲタ で イロケ も なく スナ を けたてて オオマタ に あるいて いった。 もう いくら まって も ヒトドオリ は ない。 チョウキチ は せんかたなく つかれた メ を カワ の ほう に うつした。 カワヅラ は サッキ より も イッタイ に あかるく なり きみわるい クモ の ミネ は カゲ も なく きえて いる。 チョウキチ は その とき チョウメイジ ヘン の ツツミ の ウエ の コダチ から、 たぶん キュウレキ 7 ガツ の マンゲツ で あろう、 アカミ を おびた おおきな ツキ の のぼりかけて いる の を みとめた。 ソラ は カガミ の よう に あかるい ので それ を さえぎる ツツミ と コダチ は ますます くろく、 ホシ は ヨイ の ミョウジョウ の たった ヒトツ みえる ばかり で ソノタ は ことごとく あまり に あかるい ソラ の ヒカリ に かきけされ、 ヨコザマ に ながく たなびく クモ の チギレ が ギンイロ に すきとおって かがやいて いる。 みるみる うち マンゲツ が コダチ を はなれる に したがい カワギシ の ヨツユ を あびた カワラヤネ や、 ミズ に ぬれた ボウグイ、 マンチョウ に ながれよる イシガキ シタ の モグサ の チギレ、 フネ の ヨコバラ、 タケザオ なぞ が、 いちはやく ツキ の ヒカリ を うけて あおく かがやきだした。 たちまち チョウキチ は ジブン の カゲ が ハシイタ の ウエ に だんだん に こく えがきだされる の を しった。 とおりかかる ホーカイブシ の ダンジョ が フタリ、 「まあ ごらん よ。 オツキサマ」 と いって しばらく たちどまった ノチ、 サンヤボリ の キシベ に まがる が いなや あてつけがましく、
  ♪ショセイ さん ハシ の ランカン に コシ うちかけて――
と たちつづく コイエ の マエ で うたった が カネ に ならない と みた か うたい も おわらず、 モト の イソギアシ で ヨシワラ ドテ の ほう へ いって しまった。
 チョウキチ は いつも シノビアイ の コイビト が ケイケン する サマザマ の ケネン と まちあぐむ ココロ の イラダチ の ホカ に、 なんとも しれぬ イッシュ の ヒアイ を かんじた。 オイト と ジブン との ユクスエ…… ユクスエ と いう より も コンヤ あって ノチ の アシタ は どう なる の で あろう。 オイト は コンヤ かねて から ハナシ の して ある ヨシチョウ の ゲイシャヤ まで でかけて ソウダン を して くる と いう こと で、 その ドウチュウ をば フタリ イッショ に はなしながら あるこう と ヤクソク した の で ある。 オイト が いよいよ ゲイシャ に なって しまえば これまで の よう に マイニチ あう こと が できなく なる のみ ならず、 それ が バンジ の オワリ で ある らしく おもわれて ならない。 ジブン の しらない いかにも とおい クニ へ と ふたたび かえる こと なく いって しまう よう な キ が して ならない の だ。 コンヤ の オツキサマ は わすれられない。 イッショウ に 2 ド みられない ツキ だなあ と チョウキチ は しみじみ おもった。 あらゆる キオク の カズカズ が デンコウ の よう に ひらめく。 サイショ ジカタマチ の ショウガッコウ へ ゆく コロ は マイニチ の よう に ケンカ して あそんだ。 やがて は ミンナ から キンジョ の イタベイ や ドゾウ の カベ に アイアイガサ を かかれて はやされた。 コウメ の オジサン に つれられて オクヤマ の ミセモノ を み に いったり イケ の コイ に フ を やったり した。
 サンジャ マツリ の オリ オイト は ある トシ オドリヤタイ へ でて ドウジョウジ を おどった。 チョウナイ イチドウ で マイトシ シオヒガリ に ゆく フネ の ウエ でも オイト は よく おどった。 ガッコウ の カエリミチ には マイニチ の よう に マツチヤマ の ケイダイ で まちあわせて、 ヒト の しらない サンヤ の ウラマチ から ヨシワラ タンボ を あるいた……。 ああ、 オイト は なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だろう。 ゲイシャ なんぞ に なっちゃ いけない と ひきとめたい。 チョウキチ は ムリ にも ひきとめねば ならぬ と ケッシン した が、 すぐ その ソバ から、 ジブン は オイト に たいして は とうてい それ だけ の イリョク の ない こと を おもいかえした。 はかない ゼツボウ と アキラメ と を かんじた。 オイト は フタツ トシシタ の 16 で ある が、 コノゴロ に なって は チョウキチ は ことさら に ヒイチニチ と オイト が はるか トシウエ の アネ で ある よう な ココロモチ が して ならぬ の で あった。 いや サイショ から オイト は チョウキチ より も つよかった。 チョウキチ より も はるか に オクビョウ では なかった。 オイト チョウキチ と アイアイガサ に かかれて ミンナ から はやされた とき でも オイト は びくとも しなかった。 ヘイキ な カオ で チョウ ちゃん は アタイ の ダンナ だよ と どなった。 キョネン はじめて ガッコウ から の カエリミチ を マツチヤマ で まちあわそう と もうしだした の も オイト で あった。 ミヤト-ザ の タチミ へ ゆこう と いった の も オイト が サキ で あった。 カエリ の おそく なる こと をも オイト の ほう が かえって シンパイ しなかった。 しらない ミチ に まよって も、 オイト は ゆける ところ まで いって ごらん よ。 オマワリサン に きけば わかる よ と いって、 かえって おもしろそう に ずんずん あるいた……。
 アタリ を かまわず ハシイタ の ウエ に アズマ ゲタ を ならす ヒビキ が して、 コバシリ に とつぜん オイト が かけよった。
「おそかった でしょう。 キ に いらない ん だ もの、 オッカサン の ゆった カミ なんぞ」 と かけだした ため に ことさら ほつれた ビン を なおしながら、 「おかしい でしょう」
 チョウキチ は ただ メ を まるく して オイト の カオ を みる ばかり で ある。 イツモ と カワリ の ない ゲンキ の いい はしゃぎきった ヨウス が この バアイ むしろ にくらしく おもわれた。 とおい シタマチ に いって ゲイシャ に なって しまう の が すこしも かなしく ない の か と チョウキチ は いいたい こと も ムネイッパイ に なって クチ には でない。 オイト は カワミズ を てらす タマ の よう な ツキ の ヒカリ にも いっこう キ の つかない ヨウス で、
「はやく ゆこう よ。 ワタイ オカネモチ だよ。 コンヤ は。 ナカミセ で オミヤゲ を かって ゆく ん だ から」 と すたすた あるきだす。
「アシタ、 きっと かえる か」 チョウキチ は どもる よう に して いいきった。
「アシタ かえらなければ、 アサッテ の アサ は きっと かえって きて よ。 フダンギ だの いろんな もの もって ゆかなくっちゃ ならない から」
 マツチヤマ の フモト を ショウデン-チョウ の ほう へ でよう と ほそい ロジ を ぬけた。
「なぜ だまってる のよ。 どうした の」
「アサッテ かえって きて それから また あっち へ いって しまう ん だろう。 え。 オイト ちゃん は もう それなり ムコウ の ヒト に なっちまう ん だろう。 もう ボク とは あえない ん だろう」
「ちょいちょい あそび に かえって くる わ。 だけれど、 ワタイ も イッショウ ケンメイ に オケイコ しなくっちゃ ならない ん だ もの」
 すこし は コエ を くもらした ものの その チョウシ は チョウキチ の マンゾク する ほど の ヒシュウ を おびて は いなかった。 チョウキチ は しばらく して から また トツゼン に、
「なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だ」
「また そんな こと きく の。 おかしい よ。 チョウ さん は」
 オイト は すでに チョウキチ の よく しって いる ジジョウ をば ふたたび くどくどしく くりかえした。 オイト が ゲイシャ に なる と いう こと は 2~3 ネン いや もっと マエ から チョウキチ にも よく わかって いた こと で ある。 その オコリ は ダイク で あった オイト の チチオヤ が まだ いきて いた コロ から オフクロ は テナイショク に と ハリシゴト を して いた が、 その トクイサキ の 1 ケン で ハシバ の ショウタク に いる ゴシンゾ が オイト の スガタ を みて ぜひ ムスメブン に して ユクスエ は リッパ な ゲイシャ に したてたい と いいだした こと から で ある。 ゴシンゾ の ジッカ は ヨシチョウ で ハバ の きく ゲイシャヤ で あった。 しかし その コロ の オイト の ウチ は さほど に こまって も いなかった し、 ダイイチ に かわいい サカリ の コドモ を てばなす の が つらかった ので、 オヤ の テモト で せいぜい ゲイ を しこます こと に なった。 ソノゴ チチオヤ が しんだ オリ には さしあたり タヨリ の ない ハハオヤ は ハシバ の ゴシンゾ の セワ で イマ の センベイヤ を だした よう な カンケイ も あり、 バンジ が キンセンジョウ の ギリ ばかり で なくて ソウホウ の コウイ から しぜん と オイト は ヨシチョウ へ ゆく よう に タレ が しいる とも なく きまって いた の で ある。 ヒャク も ショウチ して いる こんな ジジョウ を チョウキチ は オイト の クチ から きく ため に シツモン した の で ない。 オイト が どうせ ゆかねば ならぬ もの なら、 もうすこし かなしく ジブン の ため に ワカレ を おしむ よう な チョウシ を みせて もらいたい と おもった から だ。 チョウキチ は ジブン と オイト の アイダ には いつのまにか たがいに ソツウ しない カンジョウ の ソウイ の しょうじて いる こと を あきらか に しって、 さらに ふかい カナシミ を かんじた。
 この カナシミ は オイト が ミヤゲモノ を かう ため ニオウモン を すぎて ナカミセ へ でた とき さらに また たえがたい もの と なった。 ユウスズミ に でかける にぎやか な ヒトデ の ナカ に オイト は ふいと たちどまって、 ならんで あるく チョウキチ の ソデ を ひき、 「チョウ さん、 アタイ も じき あんな ナリ する ん だねえ。 ロチリメン だね きっと、 あの ハオリ……」
 チョウキチ は いわれる まま に みかえる と、 シマダ に ゆった ゲイシャ と、 それ に つれだって ゆく の は クロロ の モンツキ を きた リッパ な シンシ で あった。 ああ オイト が ゲイシャ に なったら イッショ に テ を ひいて あるく ヒト は やっぱり ああいう リッパ な シンシ で あろう。 ジブン は ナンネン たったら あんな シンシ に なれる の かしら。 ヘコオビ ヒトツ の イマ の ショセイ スガタ が いう に いわれず なさけなく おもわれる と ドウジ に、 チョウキチ は その ショウライ どころ か ゲンザイ に おいて も、 すでに タンジュン な オイト の トモダチ たる シカク さえ ない もの の よう な ココロモチ が した。
 いよいよ ゴシントウ の つづいた ヨシチョウ の ロジグチ へ きた とき、 チョウキチ は もう これ イジョウ はかない とか かなしい とか おもう ゲンキ さえ なくなって、 ただ ぼんやり、 せまく くらい ロジウラ の いやに おくふかく ユクサキ しれず まがりこんで いる の を フシギ そう に のぞきこむ ばかり で あった。
「あの、 ヒイ フウ ミイ…… ヨッツメ の ガス-トウ の でてる ところ だよ。 マツバヤ と かいて ある だろう。 ね。 あの ウチ よ」 と オイト は しばしば ハシバ の ゴシンゾ に つれて こられたり、 または その ヨウジ で ツカイ に きたり して よく しって いる ノキサキ の アカリ を さししめした。
「じゃあ ボク は かえる よ。 もう……」 と いう ばかり で チョウキチ は やはり たちどまって いる。 その ソデ を オイト は かるく つかまえて たちまち こびる よう に よりそい、
「アシタ か アサッテ、 ウチ へ かえって きた とき きっと あおう ね。 いい かい。 きっと よ。 ヤクソク して よ。 アタイ の ウチ へ おいで よ。 よくって」
「ああ」
 ヘンジ を きく と、 オイト は それ で すっかり アンシン した もの の ごとく すたすた ロジ の ドブイタ を アズマ ゲタ に ふみならし ふりかえり も せず に いって しまった。 その アシオト が チョウキチ の ミミ には いそいで かけて ゆく よう に きこえた、 か と おもう マ も なく、 ちりん ちりん と コウシド の スズ の オト が した。 チョウキチ は おぼえず アト を おって ロジウチ へ はいろう と した が、 ドウジ に いちばん チカク の コウシド が ヒトゴエ と ともに あいて、 ほそながい ユミハリ-ヂョウチン を もった オトコ が でて きた ので、 なんと いう こと なく チョウキチ は キオクレ の した ばかり か、 カオ を みられる の が イヤサ に、 イッサン に トオリ の ほう へ と とおざかった。 まるい ツキ は カタチ が だいぶ ちいさく なって ヒカリ が あおく すんで、 しずか に そびえる ウラドオリ の クラ の ヤネ の ウエ、 ホシ の おおい ソラ の マンナカ に たかく のぼって いた。
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スミダガワ 2

2014-07-07 | ナガイ カフウ
 3

 ツキ の デ が ヨゴト おそく なる に つれて その ヒカリ は だんだん さえて きた。 カワカゼ の シメッポサ が しだいに つよく かんじられて きて ユカタ の ハダ が いやに うすさむく なった。 ツキ は やがて ヒト の おきて いる コロ には もう のぼらなく なった。 ソラ には アサ も ヒルスギ も ユウガタ も、 いつでも クモ が おおく なった。 クモ は かさなりあって たえず うごいて いる ので、 ときとして は わずか に その アイダアイダ に ことさららしく イロ の こい アオゾラ の ノコリ を みせて おきながら、 ソラ イチメン に おおいかぶさる。 すると キコウ は おそろしく むしあつく なって きて、 しぜん と しみでる アブラアセ が フユカイ に ヒト の ハダ を ねばねば させる が、 しかし また、 そういう とき には きまって、 その キョウジャク と その ホウコウ の さだまらない カゼ が トツゼン に ふきおこって、 アメ も また ふって は やみ、 やんで は また ふりつづく こと が ある。 この カゼ や この アメ には イッシュ トクベツ の そこぶかい チカラ が ふくまれて いて、 テラ の ジュモク や、 カワギシ の アシ の ハ や、 バスエ に つづく まずしい イエ の イタヤネ に、 ハル や ナツ には けっして きかれない オンキョウ を つたえる。 ヒ が おそろしく はやく くれて しまう だけ、 ながい ヨ は すぐに しんしん と ふけわたって きて、 ナツ ならば ユウスズミ の ゲタ の オト に さえぎられて よく は きこえない 8 ジ か 9 ジ の トキ の カネ が アタリ を まるで 12 ジ の ごとく しずか に して しまう。 コオロギ の コエ は いそがしい。 トモシビ の イロ は いやに すむ。 アキ。 ああ アキ だ。 チョウキチ は はじめて アキ と いう もの は なるほど いや な もの だ。 じつに さびしくって たまらない もの だ と ミ に しみじみ かんじた。
 ガッコウ は もう キノウ から はじまって いる。 アサ はやく ハハオヤ の ヨウイ して くれる ベントウバコ を ショモツ と イッショ に つつんで ウチ を でて みた が、 フツカ-メ ミッカ-メ には つくづく とおい カンダ まで あるいて ゆく キリョク が なくなった。 イマ まで は マイネン ながい ナツヤスミ の おわる コロ と いえば ガッコウ の キョウジョウ が なんとなく こいしく ジュギョウ の カイシ する ヒ が ココロマチ に またれる よう で あった。 その ういういしい ココロモチ は もう まったく きえて しまった。 つまらない。 ガクモン なんぞ したって つまる もの か。 ガッコウ は オノレ の のぞむ よう な コウフク を あたえる ところ では ない。 ……コウフク とは ムカンケイ の もの で ある こと を チョウキチ は ものあたらしく かんじた。
 ヨッカ-メ の アサ イツモ の よう に 7 ジ マエ に ウチ を でて カンノン の ケイダイ まで あるいて きた が、 チョウキチ は まるで つかれきった タビビト が ミチバタ の イシ に コシ を かける よう に、 ホンドウ の ヨコテ の ベンチ の ウエ に コシ を おろした。 いつのまに ソウジ を した もの か アサツユ に しめった コジャリ の ウエ には、 なげすてた きたない カミキレ も なく、 アサ はやい ケイダイ は イツモ の ザットウ に ひきかえて ミョウ に ひろく こうごうしく しんと して いる。 ホンドウ の ロウカ には ここ で ヨアカシ した らしい ウサン な オトコ が いまだに イクニン も コシ を かけて いて、 その ナカ には あかじみた ヒトエ の サンジャクオビ を といて ヘイキ で フンドシ を しめなおして いる ヤツ も あった。 コノゴロ の ソラクセ で ソラ は ひくく ネズミイロ に くもり、 アタリ の ジュモク から は むしばんだ あおい まま の コノハ が たえまなく おちる。 カラス や ニワトリ の ナキゴエ ハト の ハオト が さわやか に ちからづよく きこえる。 あふれる ミズ に ぬれた ミタラシ の イシ が ひるがえる ホウノウ の テヌグイ の カゲ に もう なんとなく つめたい よう に おもわれた。 それ にも かかわらず アサマイリ の ダンジョ は ホンドウ の カイダン を のぼる マエ に いずれ も テ を あらう ため に と たちどまる。 その ヒトビト の ナカ に チョウキチ は グウゼン にも わかい ヒトリ の ゲイシャ が、 クチ には モモイロ の ハンケチ を くわえて、 ヒトエバオリ の ソデグチ を ぬらすまい ため か、 マッシロ な テサキ をば ウデ まで も みせる よう に ながく さしのばして いる の を みとめた。 ドウジ に すぐ トナリ の ベンチ に コシ を かけて いる ショセイ が フタリ、 「みろ みろ、 ジンゲル だ。 わるく ない なあ」 と いって いる の さえ ミミ に した。
 シマダ に ゆって よわよわしく リョウカタ の なでさがった コヅクリ の スガタ と、 クチジリ の しまった マルガオ、 16~17 の おなじ よう な トシゴロ と が、 チョウキチ を して その シュンカン あやうく ベンチ から とびたたせよう と した ほど オイト の こと を レンソウ せしめた。 オイト は ツキ の いい あの バン に ヤクソク した とおり、 その ヨクヨクジツ に、 それから は ながく ヨシチョウ の ヒト たる べく テニモツ を とり に かえって きた が、 その とき チョウキチ は まるで ベツ の ヒト の よう に オイト の スガタ の かわって しまった の に おどろいた。 あかい メレンス の オビ ばかり しめて いた ムスメスガタ が、 とつぜん たった 1 ニチ の アイダ に、 ちょうど イマ ミタラシ で テ を あらって いる わかい ゲイシャ ソノママ の スガタ に なって しまった の だ。 クスリユビ には もう ユビワ さえ はめて いた。 ヨウ も ない のに イクタビ と なく オビ の アイダ から カガミイレ や カミイレ を ぬきだして、 オシロイ を つけなおしたり ビン の ホツレ を なであげたり する。 ソト には クルマ を またして おいて いかにも いそがしい タイセツ な ヨウケン を ミ に おびて いる と いった ふう で 1 ジカン も たつ か たたない うち に かえって しまった。 その カエリガケ チョウキチ に のこした サイゴ の コトバ は その ハハオヤ の 「オシショウ さん の オバサン」 にも よろしく いって くれ と いう こと で あった。 まだ いつ でる の か わからない から また ちかい うち に あそび に くる わ と いう なつかしい コエ も きかれない の では なかった が、 それ は もう イマ まで の あどけない ヤクソク では なくて、 よなれた ヒト の じょさいない アイサツ と しか チョウキチ には ききとれなかった。 ムスメ で あった オイト、 オサナナジミ の コイビト の オイト は コノヨ には もう いきて いない の だ。 ミチバタ に ねて いる イヌ を おどろかして イキオイ よく かけさった クルマ の アト に、 えも いわれず たちまよった ケショウ の ニオイ が、 いかに くるしく、 いかに せつなく ミウチ に しみわたった で あろう……。
 ホンドウ の ナカ に と きえた わかい ゲイシャ の スガタ は ふたたび カイダン の シタ に あらわれて ニオウモン の ほう へ と、 スアシ の ユビサキ に つっかけた アズマ ゲタ を ウチワ に かるく ふみながら あるいて ゆく。 チョウキチ は その ウシロスガタ を みおくる と また さらに うらめしい あの クルマ を みおくった とき の イッセツナ を おもいおこす ので、 もう なんと して も ガマン が できぬ と いう よう に ベンチ から たちあがった。 そして しらずしらず その アト を おうて ナカミセ の つきる アタリ まで きた が、 わかい ゲイシャ の スガタ は どこ の ヨコチョウ へ まがって しまった もの か、 もう みえない。 リョウガワ の ミセ では ミセサキ を ソウジ して シナモノ を ならべたてて いる サイチュウ で ある。 チョウキチ は ムチュウ で カミナリモン の ほう へ どんどん あるいた。 わかい ゲイシャ の ユクエ を みきわめよう と いう の では ない。 ジブン の メ に ばかり ありあり みえる。 オイト の ウシロスガタ を おって ゆく の で ある。 ガッコウ の こと も なにもかも わすれて、 コマガタ から クラマエ、 クラマエ から アサクサバシ…… それから ヨシチョウ の ほう へ と どんどん あるいた。 しかし デンシャ の とおって いる バクロ-チョウ の オオドオリ まで きて、 チョウキチ は どの ヨコチョウ を まがれば よかった の か すこしく トウワク した。 けれども ダイタイ の ホウガク は よく わかって いる。 トウキョウ に うまれた モノ だけ に ミチ を きく の が いや で ある。 コイビト の すむ マチ と おもえば、 その ナ を いたずらに ロボウ の タニン に もらす の が、 ココロ の ヒミツ を さぐられる よう で、 ただ ワケ も なく おそろしくて ならない。 チョウキチ は しかたなし に ただ ヒダリ へ ヒダリ へ と、 イイカゲン に おれて ゆく と クラヅクリ の トンヤ らしい ショウカ の つづいた おなじ よう な ホリワリ の キシ に 2 ド も でた。 その ケッカ チョウキチ は はるか ムコウ に メイジザ の ヤネ を みて やがて やや ひろい オウライ へ でた とき、 その とおい ミチ の ハズレ に カワジョウキセン の キテキ の オト の きこえる の に、 はじめて ジブン の イチ と マチ の ホウガク と を さとった。 ドウジ に ヒジョウ な ツカレ を かんじた。 セイボウ を かぶった ヒタイ のみ ならず アセ は ハカマ を はいた オビ の マワリ まで しみだして いた。 しかし もう イッシュンカン とて も やすむ キ には ならない。 チョウキチ は ツキ の ヨ に つれられて きた ロジグチ をば、 これ は また いっそう の クシン、 いっそう の ケネン、 いっそう の ヒロウ を もって、 やっと の こと で みいだしえた の で ある。
 カタガワ に アサヒ が さしこんで いる ので ロジ の ウチ は ツキアタリ まで みとおされた。 コウシドヅクリ の ちいさい ウチ ばかり で ない。 ヒルマ みる と イガイ に ヤネ の たかい クラ も ある。 シノビガエシ を つけた イタベイ も ある。 その ウエ から マツ の エダ も みえる。 イシバイ の ちった ベンジョ の ソウジグチ も みえる。 ゴミバコ の ならんだ ところ も ある。 その ヘン に ネコ が うろうろ して いる。 ヒトドオリ は アンガイ に はげしい。 きわめて せまい ドブイタ の ウエ を ツウコウ の ヒト は たがいに ミ を ナナメ に ねじむけて ゆきちがう。 ケイコ の シャミセン に ヒト の ハナシゴエ が まじって きこえる。 アライモノ する ミズオト も きこえる。 あかい コシマキ に スソ を まくった コオンナ が クサボウキ で ドブイタ の ウエ を はいて いる。 コウシド の コウシ を 1 ポン 1 ポン イッショウ ケンメイ に みがいて いる の も ある。 チョウキチ は ヒトメ の おおい の に キオクレ した のみ で なく、 さて ロジウチ に すすみいった に した ところ で、 ジブン は どう する の か と はじめて ハンセイ の チイ に かえった。 ひとしれず マツバヤ の マエ を とおって、 そっと オイト の スガタ を かいまみたい とは おもった が、 アタリ が あまり に あかるすぎる。 さらば このまま ロジグチ に たって いて、 オイト が ナニ か の ヨウ で ソト へ でる まで の キカイ を まとう か。 しかし これ も また、 チョウキチ には キンジョ の ミセサキ の ヒトメ が ことごとく ジブン ばかり を みはって いる よう に おもわれて、 とても 5 フン と ながく たって いる こと は できない。 チョウキチ は とにかく シアン を しなおす つもり で、 おりから キンジョ の コドモ を トクイ に する アワモチヤ の ジジ が から から から と キネ を ならして くる ムコウ の ヨコチョウ の ほう へ と とおざかった。
 チョウキチ は ハマチョウ の ヨコチョウ をば しだいに ミチ の ゆく まま に オオカワバタ の ほう へ と あるいて いった。 いかほど キカイ を まって も ヒルナカ は どうしても フベン で ある こと を わずか に さとりえた の で ある が、 すると、 コンド は もう ガッコウ へは おそく なった。 やすむ に して も キョウ の ハンニチ、 これから ゴゴ の 3 ジ まで を どうして どこ に ショウヒ しよう か と いう モンダイ の カイケツ に せめられた。 ハハオヤ の オトヨ は ガッコウ の ジカンワリ まで を よく しりぬいて いる ので、 チョウキチ の カエリ が 1 ジカン はやくて も、 おそくて も、 すぐに シンパイ して うるさく シツモン する。 むろん チョウキチ は なんと でも たやすく いいまぎらす こと は できる と おもう ものの、 それ だけ の ウソ を つく リョウシン の クツウ に あう の が いや で ならない。 ちょうど きかかる カワバタ には、 スイレンバ の イタゴヤ が とりはらわれて、 ヤナギ の コカゲ に ヒト が ツリ を して いる。 それ をば トオリガカリ の ヒト が 4 ニン も 5 ニン も ぼんやり たって みて いる ので、 チョウキチ は いい ツゴウ だ と おなじ よう に ツリ を ながめる フリ で その ソバ に たちよった が、 もう たって いる だけ の チカラ さえ なく、 ヤナギ の ネモト の ササエギ に セ を よせかけながら しゃがんで しまった。
 サッキ から ソラ の タイハン は マッサオ に はれて きて、 たえず カゼ の ふきかよう にも かかわらず、 じりじり ヒト の ハダ に やきつく よう な シッケ の ある アキ の ヒ は、 メノマエ なる オオカワ の ミズ イチメン に まぶしく てりかがやく ので、 オウライ の カタガワ に ながく つづいた ドベイ から こんもり と エダ を のばした シゲリ の カゲ が いかにも すずしそう に おもわれた。 アマザケヤ の ジジ が いつか この コカゲ に あかく ぬった ニ を おろして いた。 カワムコウ は ヒ の ヒカリ の つよい ため に たちつづく ジンカ の カワラヤネ を ハジメ イッタイ の チョウボウ が いかにも きたならしく みえ、 カゼ に おいやられた クモ の レツ が さかん に バイエン を はく セイゾウバ の ケムダシ より も はるか に ひくく、 うごかず に ソウ を なして うかんで いる。 ツリドウグ を うる ウシロ の コイエ から 11 ジ の トケイ が なった。 チョウキチ は かぞえながら それ を きいて、 はじめて ジブン は いかに ながい ジカン を あるきくらした か に おどろいた が、 ドウジ に この ブン で ゆけば 3 ジ まで の ジカン を クウヒ する の も さして かたく は ない と やや アンシン する こと も できた。 チョウキチ は ツリシ の ヒトリ が ニギリメシ を くいはじめた の を みて、 おなじ よう に ベントウバコ を ひらいた。 ひらいた けれども なんだか キマリ が わるくて、 ダレ か みて い や しない か と きょろきょろ アタリ を みまわした。 さいわい ヒル-ぢかく の こと で みわたす カワギシ に ヒト の オウライ は とだえて いる。 チョウキチ は できる だけ はやく メシ でも サイ でも みんな ウノミ に して しまった。 ツリシ は いずれ も モクゾウ の よう に だまって いる し、 アマザケヤ の ジジ は イネムリ して いる。 ヒルスギ の カワバタ は ますます しずか に なって イヌ さえ あるいて こない ところ から、 さすが の チョウキチ も ジブン は なぜ こんな に キマリ を わるがる の で あろう オクビョウ なの で あろう と われながら おかしい キ にも なった。
 リョウゴクバシ と シン オオハシ との アイダ を ヒトマワリ した ノチ、 チョウキチ は いよいよ アサクサ の ほう へ かえろう と ケッシン する に つけ、 「もしや」 と いう イチネン に ひかされて ふたたび ヨシチョウ の ロジグチ に たちよって みた。 すると ゴゼン ほど には ヒトドオリ が ない の に まず アンシン して、 おそるおそる マツバヤ の マエ を とおって みた が、 ウチ の ナカ は ソト から みる と ヒジョウ に くらく、 ヒト の コエ シャミセン の オト さえ きこえなかった。 けれども チョウキチ には ダレ にも とがめられず に コイビト の すむ ウチ の マエ を とおった と いう それ だけ の こと が、 ほとんど ハテンコウ の ボウケン を あえて した よう な マンゾク を かんじさせた ので、 これまで あるきぬいた ミ の ヒロウ と クツウ と を チョウキチ は ついに コウカイ しなかった。

 4

 その シュウカン の ノコリ の ヒカズ だけ は どうやら こうやら、 チョウキチ は ガッコウ へ かよった が、 ニチヨウビ 1 ニチ を すごす と その あくる アサ は デンシャ に のって ウエノ まで きながら ふいと おりて しまった。 キョウシ に さしだす べき ダイスウ の シュクダイ を ヒトツ も やって おかなかった。 エイゴ と カンブン の シタヨミ をも して おかなかった。 それ のみ ならず キョウ は また、 およそ ヨノナカ で ナニ より も きらい な ナニ より も おそろしい キカイ タイソウ の ある こと を おもいだした から で ある。 チョウキチ には テツボウ から サカサ に ぶらさがったり、 ヒト の タケ より たかい タナ の ウエ から とびおりる よう な こと は、 いかに グンソウ アガリ の キョウシ から しいられて も ゼンキュウ の セイト から イッセイ に わらわれて も とうてい できう べき こと では ない。 ナニ に よらず タイイク の ユウギ に かけて は、 チョウキチ は どうしても タ の セイト イチドウ に ともなって ゆく こと が できない ので、 しぜん と ケイブ の コエ の ウチ に コリツ する。 その ケッカ は、 ついに イチドウ から いじわるく いじめられる こと に なりやすい。 ガッコウ は たんに これ だけ でも ずいぶん いや な ところ、 くるしい ところ、 つらい ところ で あった。 されば チョウキチ は その ハハオヤ が いかほど のぞんだ ところ で イマ に なって は コウトウ ガッコウ へ はいろう と いう キ は まったく ない。 もし ニュウガク すれば コウソク と して ハジメ の 1 ネン-カン は ぜひとも キョウボウ ムザン な キシュクシャ セイカツ を しなければ ならない こと を ききしって いた から で ある。 コウトウ ガッコウ キシュクシャ-ナイ に おこる イロイロ な イツワ は はやく から チョウキチ の キモ を ひやして いる の で あった。 いつも ガガク と シュウジ に かけて は ゼンキュウ ダレ も およぶ モノ の ない チョウキチ の セイジョウ は、 テッケン だ とか ジュウジュツ だ とか ヤマトダマシイ だ とか いう もの より も まったく ちがった タ の ホウメン に かたむいて いた。 コドモ の とき から アサユウ に ハハ が トセイ の シャミセン を きく の が だいすき で、 ならわず して シゼン に イト の チョウシ を おぼえ、 マチ を とおる ハヤリウタ なぞ は イチド きけば すぐに キオク する くらい で あった。 コウメ の オジ なる ラゲツ ソウショウ は はやくも メイジン に なる べき ソシツ が ある と みぬいて、 チョウキチ をば ヒモノ-チョウ でも ウエキダナ でも どこ でも いい から イチリュウ の イエモト へ デシイリ を させたらば と オトヨ に すすめた が オトヨ は だんじて ショウダク しなかった。 のみならず イライ は チョウキチ に シャミセン を いじる こと をば くちやかましく キンシ した。
 チョウキチ は ラゲツ の オジサン の いった よう に、 あの ジブン から シャミセン を ケイコ した なら、 イマゴロ は とにかく イチニンマエ の ゲイニン に なって いた に ちがいない。 さすれば よしや オイト が ゲイシャ に なった に した ところ で、 こんな に みじめ な メ に あわず とも すんだ で あろう。 ああ じつに トリカエシ の つかない こと を した。 イッショウ の ホウシン を あやまった と かんじた。 ハハオヤ が キュウ に にくく なる。 たとえられぬ ほど うらめしく おもわれる に はんして、 ラゲツ の オジサン の こと が なんとなく とりすがって みたい よう に なつかしく おもいかえされた。 これまで は なんの キ も なく ハハオヤ から も また オジ ジシン の クチ から も たびたび きかされて いた オジ が ホウトウ-ザンマイ の ケイレキ が コイ の クツウ を しりそめた チョウキチ の ココロ には すべて あたらしい ナニ か の イミ を もって カイシャク されはじめた。 チョウキチ は ダイイチ に 「コウメ の オバサン」 と いう の は もと キンペイ ダイコク の オイラン で メイジ の ハジメ ヨシワラ カイホウ の とき コウメ の オジサン を たよって きた の だ と やら いう ハナシ を おもいだした。 オバサン は コドモ の コロ ジブン をば ヒジョウ に かわいがって くれた。 それ にも かかわらず、 ジブン の ハハオヤ の オトヨ は あまり よく は おもって いない ヨウス で、 ボンクレ の アイサツ も ほんの ギリ イッペン-らしい こと を かまわず ソブリ に あらわして いた こと さえ あった。 チョウキチ は ここ で ふたたび ハハオヤ の こと を フユカイ に かつ にくらしく おもった。 ほとんど ヨノメ も はなさぬ ほど ジブン の オコナイ を みまもって いる らしい ハハオヤ の ジアイ が キュウクツ で たまらない だけ、 もし これ が コウメ の オバサン みた よう な ヒト で あったら ――コウメ の オバサン は オイト と ジブン の フタリ を みて なんとも いえない ナサケ の ある コエ で、 いつまでも なかよく おあそび よ と いって くれた こと が ある―― ジブン の クツウ の ナニモノ たる か を よく さっして ドウジョウ して くれる で あろう。 ジブン の ココロ が すこしも ヨウキュウ して いない コウフク を アタマ から ムリ に しい は せまい。 チョウキチ は グウゼン にも ハハオヤ の よう な ただしい ミノウエ の オンナ と コウメ の オバサン の よう な ある シュ の ケイレキ ある オンナ との シンリ を ヒカク した。 ガッコウ の キョウシ の よう な ヒト と ラゲツ オジサン の よう な ヒト と を ヒカク した。
 ヒルゴロ まで チョウキチ は トウショウグウ の ウラテ の モリ の ナカ で、 ステイシ の ウエ に よこたわりながら、 こんな こと を かんがえつづけた アト は、 ツツミ の ナカ に かくした ショウセツボン を とりだして よみふけった。 そして アシタ だす べき ケッセキ トドケ には いかに して また ハハ の ミトメイン を ぬすむ べき か を かんがえた。

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 ひとしきり マイニチ マイヨ の よう に ふりつづいた アメ の アト、 コンド は クモ ヒトツ みえない よう な セイテン が イクニチ と カギリ も なく つづいた。 しかし どうか して ソラ が くもる と たちまち に カゼ が でて かわききった ミチ の スナ を ふきちらす。 この カゼ と ともに サムサ は ひにまし つよく なって しめきった イエ の ト や ショウジ が たえまなく がたり がたり と かなしげ に うごきだした。 チョウキチ は マイアサ 7 ジ に はじまる ガッコウ へ ゆく ため おそくも 6 ジ には おきねば ならぬ が、 すると マイアサ の 6 ジ が、 おきる たび に だんだん くらく なって、 ついには ヨル と おなじく イエ の ナカ には トモシビ の ヒカリ を みねば ならぬ よう に なった。 マイトシ フユ の ハジメ に、 チョウキチ は この にぶい きいろい ヨアケ の ランプ の ヒ を みる と、 なんとも いえぬ かなしい いや な キ が する の で ある。 ハハオヤ は ワガコ を はげます つもり で さむそう な ネマキスガタ の まま ながら、 いつも チョウキチ より は はやく おきて あたたかい アサメシ をば ちゃんと ヨウイ して おく。 チョウキチ は その シンセツ を すまない と かんじながら ナニブン にも ねむくて ならぬ。 もう しばらく コタツ に あたって いたい と おもう の を、 むやみ と トケイ ばかり キ に する ハハ に せきたてられて フヘイ だらだら、 カワカゼ の さむい オウライ へ でる の で ある。 ある とき は あまり に セワ を やかれすぎる の に ハラ を たてて、 チュウイ される エリマキ を わざと ときすてて カゼ を ひいて やった こと も あった。 もう かえらない イクネン か マエ ラゲツ の オジ に つれられ オイト も イッショ に トリ の イチ へ いった こと が あった…… マイトシ その ヒ の こと を おもいだす コロ から まもなく、 コトシ も キョネン と おなじ よう な さむい 12 ガツ が やって くる の で ある。
 チョウキチ は おなじ よう な その フユ の コトシ と キョネン、 キョネン と その ゼンネン、 それ から それ と イクネン も さかのぼって なにごころなく かんがえて みる と、 ヒト は セイチョウ する に したがって いかに コウフク を うしなって ゆく もの か を あきらか に ケイケン した。 まだ ガッコウ へも ゆかぬ コドモ の とき には アサ さむければ ゆっくり と ねたい だけ ねて いられた ばかり で なく、 カラダ の ほう も また それほど に サムサ を かんずる こと が はげしく なかった。 さむい カゼ や アメ の ヒ には かえって おもしろく とびあるいた もの で ある。 ああ それ が イマ の ミ に なって は、 アサ はやく イマド の ハシ の しろい シモ を ふむ の が いかにも つらく また ヒルスギ には いつも コガラシ の さわぐ マツチヤマ の ロウジュ に、 はやくも かたむく ユウヒ の イロ が いかにも かなしく みえて ならない。 これから サキ の イチネン イチネン は ジブン の ミ に いかなる あたらしい クツウ を さずける の で あろう。 チョウキチ は コトシ の 12 ガツ ほど ヒカズ の はやく たつ の を かなしく おもった こと は ない。 カンノン の ケイダイ には もう トシ の イチ が たった。 ハハオヤ の モト へ と オセイボ の シルシ に オデシ が もって くる サトウブクロ や カツブシ なぞ が そろそろ トコノマ へ ならびだした。 ガッコウ の ガッキ シケン は キノウ すんで、 ヒトカタ ならぬ その フセイセキ に たいする キョウシ の チュウイガキ が ユウビン で ハハオヤ の テモト に おくりとどけられた。
 ハジメ から カクゴ して いた こと なので チョウキチ は だまって クビ を たれて、 ナニカ に つけて すぐに 「オヤ ヒトリ コ ヒトリ」 と あわれっぽい こと を いいだす ハハオヤ の イケン を きいて いた。 ヒルマエ ケイコ に くる コムスメ たち が かえって ノチ ヒルスギ には 3 ジ すぎて から で なくて は、 ガッコウ-ガエリ の ムスメ たち は やって こぬ。 イマ が ちょうど ハハオヤ が いちばん テスキ の ジカン で ある。 カゼ が なくて フユ の ヒ が オウライ の マド イチメン に さして いる。 おりから とつぜん まだ コウシド を あけぬ サキ から、 「ごめんなさい」 と いう ハデ な オンナ の コエ、 ハハオヤ が おどろいて たつ マ も なく アガリガマチ の ショウジ の ソト から、 「オバサン、 ワタシ よ。 ゴブサタ しちまって、 オワビ に きた ん だわ」
 チョウキチ は ふるえた。 オイト で ある。 オイト は リッパ な セル の アズマ コート の ヒモ を ときとき あがって きた。
「あら、 チョウ ちゃん も いた の。 ガッコウ が オヤスミ…… あら、 そう」 それから つけた よう に、 ほほほほ と わらって、 さて テイネイ に テ を ついて オジギ を しながら、 「オバサン、 オカワリ も ありません の。 ホント に、 つい ウチ が でにくい もの です から、 あれっきり ゴブサタ しちまって……」
 オイト は チリメン の フロシキ に つつんだ カシオリ を だした。 チョウキチ は アッケ に とられた サマ で モノ も いわず に オイト の スガタ を みまもって いる。 ハハオヤ も ちょっと ケム に まかれた カタチ で シンモツ の レイ を のべた ノチ、 「きれい に オナリ だね。 すっかり みちがえちまった よ」 と いった。
「いやに ふけちまった でしょう。 ミンナ そう いって よ」 と オイト は うつくしく ほほえんで ムラサキ チリメン の ハオリ の ヒモ の とけかかった の を むすびなおす ツイデ に オビ の アイダ から ヒビロウド の タバコイレ を だして、 「オバサン。 ワタシ、 もう タバコ のむ よう に なった のよ。 ナマイキ でしょう」
 コンド は たかく わらった。
「こっち へ およんなさい。 さむい から」 と ハハオヤ の オトヨ は ナガヒバチ の テツビン を おろして チャ を いれながら、 「いつ オヒロメ した ん だえ」
「まだ よ。 ずっと おしづまって から ですって」
「そう。 オイト ちゃん なら、 きっと うれる わね。 なにしろ きれい だし、 ちゃんと もう ジ は できて いる ん だし……」
「おかげさま で ねえ」 と オイト は コトバ を きって、 「あっち の ネエサン も タイヘン に よろこんでた わ。 ワタシ なんか より もっと おおきな くせ に、 それ あ ずいぶん できない コ が いる ん です もの」
「この セツ の こった から……」 オトヨ は ふと キ が ついた よう に チャダナ から カシバチ を だして、 「あいにく なんにも なくって…… ドウリョウ サマ の オメイブツ だって、 ちょっと おつ な もの だよ」 と ハシ で わざわざ つまんで やった。
「オッショサン、 こんちわ」 と かんだか な イッポン チョウシ で、 フタリヅレ の コムスメ が そうぞうしく ケイコ に やって きた。
「オバサン、 どうぞ オカマイ なく……」
「なに いい ん です よ」 と いった けれど オトヨ は やがて ツギノマ へ たった。
 チョウキチ は ミョウ に キマリ が わるく なって シゼン に うつむいた が、 オイト の ほう は いっこう かわった ヨウス も なく コゴエ で、
「あの テガミ とどいて」
 トナリ の ザシキ では フタリ の コムスメ が コエ を そろえて、 サガ や オムロ の ハナザカリ。 チョウキチ は クビ ばかり うなずかせて もじもじ して いる。 オイト が テガミ を よこした の は イチ の トリ の マエ ジブン で あった。 つい ウチ が でにくい と いう だけ の こと で ある。 チョウキチ は すぐさま わかれた ノチ の ショウガイ を こまごま と かいて おくった が、 しかし まちもうけた よう な、 おりかえした オイト の ヘンジ は ついに きく こと が できなかった の で ある。
「カンノンサマ の イチ だ わね。 コンヤ イッショ に いかなくって。 アタイ コンヤ とまってって も いい ん だ から」
 チョウキチ は トナリザシキ の ハハオヤ を キガネ して なんとも こたえる こと が できない。 オイト は かまわず、
「ゴハン たべたら むかい に きて よ」 と いった が その アト で、 「オバサン も イッショ に いらっしゃる でしょう ね」
「ああ」 と チョウキチ は チカラ の ぬけた コエ に なった。
「あの……」 オイト は キュウ に おもいだして、 「コウメ の オジサン、 どう なすって、 オサケ に よって ハゴイタヤ の オジイサン と ケンカ した わね。 いつ だった か。 ワタシ こわく なっちまった わ。 コンヤ いらっしゃれば いい のに」
 オイト は ケイコ の スキ を うかがって オトヨ に アイサツ して、 「じゃ、 バン ほど。 どうも オジャマ いたしました」 と いいながら すたすた かえった。
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