カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

スペイン イヌ の イエ

2016-05-05 | サトウ ハルオ
 スペイン イヌ の イエ
   (ユメミ-ゴコチ に なる こと の すき な ヒトビト の ため の タンペン)

 サトウ ハルオ

 フラテ (イヌ の ナ) は キュウ に かけだして、 ヒヅメカジヤ の ヨコ に おれる キロ の ところ で、 ワタシ を まって いる。 この イヌ は ヒジョウ に かしこい イヌ で、 ワタシ の ネンライ の トモダチ で ある が、 ワタシ の ツマ など は もちろん ダイタスウ の ニンゲン など より よほど かしこい、 と ワタシ は しんじて いる。 で、 いつでも サンポ に でる とき には、 きっと フラテ を つれて でる。 ヤツ は ときどき、 おもい も かけぬ よう な ところ へ ジブン を つれて ゆく。 で チカゴロ では ワタシ は サンポ と いえば、 ジブン で どこ へ ゆこう など と かんがえず に、 この イヌ の ゆく ほう へ だまって ついて ゆく こと に きめて いる よう な わけ なの で ある。 ヒヅメカジヤ の ヨコミチ は、 ワタシ は まだ イチド も あるかない。 よし、 イヌ の アンナイ に まかせて キョウ は そこ を あるこう。 そこで ワタシ は そこ を まがる。 その ほそい ミチ は だらだら の サカミチ で、 ときどき ひどく まがりくねって いる。 オレ は その ミチ に そうて イヌ に ついて、 ケシキ を みる でも なく、 かんがえる でも なく、 ただ ぼんやり と クウソウ に ふけって あるく。 ときどき、 ソラ を あおいで クモ を みる。 ひょいと ミチバタ の クサ の ハナ が メ に つく。 そこで ワタシ は その ハナ を つんで、 ジブン の ハナ の サキ で におうて みる。 なんと いう ハナ だ か しらない が いい ニオイ で ある。 ユビ で つまんで くるくる と まわしながら あるく。 すると フラテ は ナニ か の ヒョウシ に それ を みつけて、 ちょっと たちとまって、 クビ を かしげて、 ワタシ の メ の ナカ を のぞきこむ。 それ を ほしい と いう カオツキ で ある。 そこで その ハナ を なげて やる。 イヌ は ジメン に おちた ハナ を、 ちょっと かいで みて、 ナン だ、 ビスケット じゃ なかった の か と いいたげ で ある。 そうして また キュウ に かけだす。 こんな ふう に して ワタシ は 2 ジカン ちかく も あるいた。
 あるいて いる うち に ワレワレ は ひどく たかく へ のぼった もの と みえる。 そこ は ちょっと した ミハラシ で、 うちひらけた イチメン の ハタケ の シタ に、 とおく どこ の マチ とも しれない マチ が、 クモ と カスミ との アイダ から ぼんやり と みえる。 しばらく それ を みて いた が、 たしか に マチ に ソウイ ない。 それにしても あんな ホウガク に、 あれほど の ジンカ の ある バショ が ある と すれば、 いったい どこ なの で あろう。 ワタシ は すこし フ に おちぬ キモチ が する。 しかし ワタシ は この ヘン イッタイ の チリ は いっこう に しらない の だ から、 わからない の も ムリ では ない が。 それ は それ と して、 さて ウシロ の ほう は と チュウイ して みる と、 そこ は ごく なだらか な ケイシャ で、 トオク へ ゆけば ゆく ほど ひくく なって いる らしく、 なんでも イチメン の ゾウキバヤシ の よう で ある。 その ゾウキバヤシ は かなり ふかい よう だ。 そうして さほど ふとく も ない タクサン の キ の ミキ の ハンメン を てらして、 ショウゴ に マ も ない やさしい ハル の ヒザシ が、 ニレ や カシ や クリ や シラカバ など の メバエ した ばかり の さわやか な ハ の スキマ から、 ケムリ の よう に、 また ニオイ の よう に ながれこんで、 その ミキ や ジメン や の ヒカゲ と ヒナタ との カゲン が、 ちょっと クチ では いえない シュルイ の ウツクシサ で ある。 オレ は この ゾウキバヤシ の オク へ はいって ゆきたい キモチ に なった。 その ハヤシ の ナカ は、 かきわけねば ならぬ と いう ほど の ふかい クサハラ でも なく、 ゆこう と おもえば ワケ も ない から だ。
 ワタシ の ユウジン の フラテ も ワタシ と おなじ カンガエ で あった と みえる。 カレ は うれしげ に ずんずん と ハヤシ の ナカ へ はいって ゆく。 ワタシ も その アト に したごうた。 ヤク 1 チョウ ばかり すすんだ か と おもう コロ、 イヌ は イマ まで の アルキカタ とは ちがう よう な アシドリ に なった。 キラク な イマ まで の マンポ の タイド では なく、 おる よう な イソガシサ に アシ を うごかす。 ハナ を マエ の ほう に つきだして いる。 これ は ナニ か を ハッケン した に ちがいない。 ウサギ の アシアト で あった の か、 それとも クサ の ナカ に トリ の ス でも ある の で あろう か。 あちらこちら と きぜわしげ に ユキキ する うち に、 イヌ は その ゆく べき ミチ を ハッケン した もの らしく、 マッスグ に すすみはじめた。 ワタシ は すこし ばかり コウキシン を もって その アト を おうて いった。 ワレワレ は ときどき、 コウビ して いた らしい コズエ の ヤチョウ を おどろかした。 こうした ハヤアシ で ゆく こと 30 プン ばかり で、 イヌ は キュウ に たちとまった。 ドウジ に ワタシ は せんかん たる ミズ の オト を ききつけた よう な キ が した。 (いったい この ヘン は イズミ の おおい チホウ で ある) イヌ は ミミ を カンショウ-らしく うごかして 2~3 ゲン ひきかえして、 ふたたび ジメン を かぐ や、 コンド は ヒダリ の ほう へ おれて あゆみだした。 おもった より も この ハヤシ の ふかい の に すこし おどろいた。 この チホウ に こんな ひろい ゾウキバヤシ が あろう とは かんがえなかった が、 この グアイ では この ハヤシ は 200~300 チョウブ も ある かも しれない。 イヌ の ヨウス と いい、 いつまでも つづく ハヤシ と いい、 オレ は コウキシン で いっぱい に なって きた。 こうして また 20~30 プン-カン ほど ゆく うち に、 イヌ は ふたたび たちとまった。 さて、 わっ、 わっ! と いう ふう に みじかく フタコエ ほえた。 その とき まで は、 つい キ が つかず に いた が、 すぐ メノマエ に 1 ケン の イエ が ある の で ある。 それにしても タショウ の フシギ で ある、 こんな ところ に ただ ヒトツ ヒト の スミカ が あろう とは。 それ が スミヤキゴヤ で ない イジョウ は。
 うちみた ところ、 この イエ には べつに ニワ と いう ふう な もの は ない ヨウス で、 ただ トウトツ に その ハヤシ の ナカ に まじって いる の で ある。 この 「ハヤシ の ナカ に まじって いる」 と いう コトバ は ここ では いちばん よく はまる。 イマ も いった とおり ワタシ は すぐ メノマエ で この イエ を ハッケン した の だ から して、 その エンボウ の スガタ を しる わけ には いかぬ。 また おそらくは この イエ は、 この チセイ と イチ と から かんがえて みて さほど トオク から みとめえられよう とも おもえない。 ちかづいて の この イエ は、 ベツダン に かわった イエ とも おもえない。 ただ その イエ は クサヤネ では あった けれども、 フツウ の ヒャクショウヤ とは ちょっと オモムキ が ちがう。 と いう の は、 この イエ の マド は すべて ガラスド で セイヨウフウ な コシラエカタ なの で ある。 ここ から イリグチ の みえない ところ を みる と、 ワレワレ は イマ たぶん この イエ の ハイゴ と ソクメン と に たいして たって いる もの と おもう。 その カド の ところ から 2 ホウメン の カベ の ハンブン ずつ ほど を おおうた ツタカズラ だけ が、 いわば この イエ の ここ から の スガタ に タショウ の フゼイ と キョウミ と を そなえしめて いる ソウショク で、 タ は イッケン ごく シツボク な、 こんな ハヤシ の ナカ に ありそう な イエ なの で ある。 ワタシ は はじめ、 これ は この ハヤシ の バンゴヤ では ない かしら と おもった。 それにしては すこし おおきすぎる。 また わざわざ こんな イエ を たてて バン を しなければ ならぬ ほど の ハヤシ でも ない。 と おもいなおして この サイショ の ニンテイ を ヒテイ した。 ともかくも ワタシ は この イエ へ はいって みよう。 ミチ に まようた モノ だ と いって、 チャ の 1 パイ も もらって もって きた ベントウ に、 ワレワレ は ワレワレ の クウフク を みたそう。 と おもって、 その イエ の ショウメン だ と おもえる ほう へ あゆみだした。 すると イマ まで メ の ほう の チュウイ に よって わすれられて いた らしい ミミ の カンカク が はたらいて、 ワタシ は ナガレ が チカク に ある こと を しった。 さきに せんかん たる スイセイ を ミミ に した と おもった の は この キンジョ で あった の で あろう。
 ショウメン へ まわって みる と、 そこ も イチメン の ハヤシ に めんして いた。 ただ ここ へ きて ヒトツ の キイ な こと には、 その イエ の イリグチ は、 イエ ゼンタイ の ツリアイ から かんがえて ひどく ゼイタク にも リッパ な イシ の カイダン が ちょうど 4 キュウ も ついて いる の で あった。 その イシ は イエ の タ の ブブン より も、 なぜか ふるく なって ところどころ コケ が はえて いる の で ある。 そうして この ショウメン で ある ミナミガワ の マド の シタ には イエ の カベ に そうて イチレツ に、 トキ を わかたず さく で あろう と おもえる あかい ちいさな ソウビ の ハナ が、 ワガモノガオ に みだれさいて いた。 それ ばかり では ない。 その ソウビ の クサムラ の シタ から オビ の よう な ハバ で、 きらきら と ヒ に かがやきながら、 ミズ が ながれでて いる の で ある。 それ が イッケン どうしても その イエ の ナカ から ながれでて いる と しか おもえない。 ワタシ の ケライ の フラテ は この ミズ を さも うまそう に したたか に のんで いた。 ワタシ は イチベツ の うち に これら の もの を ジブン の ヒトミ へ きざみつけた。
 さて ワタシ は しずか に イシダン の ウエ を のぼる。 ひっそり と した この アタリ の セカイ に たいして、 ワタシ の クツオト は セイジャク を やぶる と いう ほど でも なく ひびいた。 ワタシ は 「オレ は イマ、 インジャ か、 で なければ マホウツカイ の イエ を ホウモン して いる の だぞ」 と ジブン ジシン に たわむれて みた。 そうして ワタシ の イヌ の ほう を みる と、 カレ は べつだん かわった フウ も なく、 あかい シタ を たれて、 オ を ふって いた。
 ワタシ は こつこつ と セイヨウフウ の トビラ を セイヨウフウ に たたいて みた。 ウチ から は なんの ヘントウ も ない。 ワタシ は もう イッペン おなじ こと を くりかえさねば ならなかった。 ウチ から は やっぱり ヘントウ が ない。 コンド は コエ を だして アンナイ を こうて みた。 いぜん、 なんの ハンキョウ も ない。 ルス なの かしら アキヤ なの かしら と かんがえて いる うち に ワタシ は たしょう ブキミ に なって きた。 そこで そっと アシオト を ぬすんで ――これ は なんの ため で あった か わからない が―― ソウビ の ある ほう の マド の ところ へ たって、 そこ から セノビ を して ウチ を みまわして みた。
 マド には この イエ の ガイケン とは にあわしく ない リッパ な シナ の、 くろずんだ エビチャ に ところどころ あおい セン の みえる どっしり と した マドカケ が して あった けれども、 それ は ハンブン ほど しぼって あった ので ヘヤ の ナカ は よく みえた。 めずらしい こと には、 この ヘヤ の チュウオウ には、 イシ で ほって できた おおきな スイバン が あって その タカサ は ユカ の ウエ から 2 シャク とは ない が、 その マンナカ の ところ から は、 ミズ が わきたって いて、 スイバン の フチ から は フダン に ミズ が こぼれて いる。 そこで スイバン には あおい コケ が はえて、 その フキン の ユカ ――これ も やっぱり イシ で あった―― は すこし しめっぽく みえる。 その こぼれた ミズ が ソウビ の ナカ から きらきら ひかりながら ヘビ の よう に ぬけだして くる ミズ なの だろう と いう こと は、 アト で かんがえて みて わかった。 ワタシ は この スイバン には すくなからず おどろいた。 ちょいと イフウ な イエ だ とは サキホド から キ が ついた ものの、 こんな イタイ の しれない シカケ まで あろう とは ヨソウ できない から だ。 そこで ワタシ の コウキシン は、 いっそう チュウイ-ぶかく イエ の ナイブ を マドゴシ に カンサツ しはじめた。 ユカ も イシ で ある、 なんと いう イシ だ か しらない が、 あおじろい よう な イシ で ミズ で しめった ブブン は うつくしい アオイロ で あった。 それ が ムゾウサ に、 きりだした とき の シゼン の まま の メン を リヨウ して ならべて ある。 イリグチ から いちばん オク の ほう の カベ に これ も イシ で できた ファイヤプレイス が あり、 その ミギテ には タナ が 3 ダン ほど あって、 なんだか サラ みた よう な もの が つみかさねたり、 ならんだり して いる。 それ とは ハンタイ の ガワ に―― イマ、 ワタシ が のぞいて いる ミナミガワ の マド の ミッツ ある ウチ の いちばん オク の スミ の マド の シタ に おおきな シラキ の まま の ハダカ の タク が あって、 その ウエ には…… ナニ が ある の だ か カオ を ぴったり くっつけて も ガラス が ジャマ を して のぞきこめない から みられない。 おや まて よ、 これ は もちろん アキヤ では ない、 それ どころ か、 つい イマ の サキ まで ヒト が いた に ソウイ ない。 と いう の は その おおきな タク の カタスミ から、 スイサシ の タバコ から でる ケムリ の イト が ヒジョウ に しずか に 2 シャク ほど マッスグ に たちのぼって、 そこ で ヒトツ ゆれて、 それから だんだん ウエ へ ゆく ほど みだれて ゆく の が みえる では ない か。
 ワタシ は この ケムリ を みて、 イマ まで おもいがけぬ こと ばかり なので、 つい わすれて いた タバコ の こと を おもいだした。 そこで ジブン も 1 ポン を だして ヒ を つけた。 それから どうか して この イエ の ナカ へ はいって みたい と いう コウキシン が どうも おさえきれなく なった。 さて つくづく かんがえる うち に、 ワタシ は ケッシン を した。 この イエ の ナカ へ はいって ゆこう。 ルスチュウ でも いい はいって やろう、 もし シュジン が かえって きた ならば オレ は ショウジキ に その ワケ を はなす の だ。 こんな かわった セイカツ を して いる ヒト なの だ から、 そう はなせば なんとも いうまい。 かえって カンゲイ して くれない とも かぎらぬ。 それ には イマ まで ニヤッカイ に して いた この エノグバコ が、 オレ の ドロボウ では ない と いう ショウニン と して やくだつ で あろう。 ワタシ は ムシ の いい こと を かんがえて こう ケッシン した。 そこで もう イチド イリグチ の カイダン を あがって、 ネン の ため コエ を かけて そっと トビラ を あけた。 トビラ には べつに ジョウ も おりて は いなかった から。
 ワタシ は はいって ゆく と いきなり フタアシ ミアシ アトスダリ した。 なぜか と いう に イリグチ に ちかい マド の ヒナタ に マックロ な スペイン イヌ が いる では ない か。 アゴ を ユカ に くっつけて、 まるく なって イネムリ して いた ヤツ が、 ワタシ の はいる の を みて ずるそう に そっと メ を あけて、 のっそり おきあがった から で ある。
 これ を みた ワタシ の イヌ の フラテ は、 うなりながら その イヌ の ほう へ すすんで いった。 そこで リョウホウ しばらく うなりつづけた が、 この スペイン イヌ は あんがい ニュウワ な ヤツ と みえて、 リョウホウ で ハナヅラ を かぎあって から、 ムコウ から オ を ふりはじめた。 そこで ワタシ の イヌ も オ を ふりだした。 さて スペイン イヌ は ふたたび モト の ユカ の ウエ へ ミ を よこたえた。 ワタシ の イヌ も すぐ その ソバ へ おなじ よう に ヨコ に なった。 みしらない ドウセイ ドウシ の イヌ と イヌ との こうした ワカイ は なかなか えがたい もの で ある。 これ は ワタシ の イヌ が オンリョウ なの にも よる が しゅとして ムコウ の イヌ の カンダイ を ショウサン しなければ なるまい。 そこで オレ は アンシン して はいって いった。 この スペイン イヌ は この シュ の イヌ と して は かなり おおきな カラダ で、 レイ の この シュ トクユウ の ふさふさ した ケ の ある おおきな オ を くるり と シリ の ウエ に まきあげた ところ は なかなか リッパ で ある。 しかし ケ の ツヤ や、 カオ の ヒョウジョウ から おして みて、 だいぶ ロウケン で ある と いう こと は、 イヌ の こと を すこし ばかり しって いる ワタシ には スイサツ できた。 ワタシ は カレ の ほう へ セッキン して いって、 この トウザ の シュジン で ある カレ に エシャク する ため に、 ケイイ を ひょうする ため に カレ の アタマ を アイブ した。 いったい イヌ と いう もの は、 ニンゲン が いじめぬいた ノライヌ で ない カギリ は、 さびしい ところ に いる イヌ ほど ヒト を なつかしがる もの で、 ミズシラズ の ヒト でも シンセツ な ヒト には けっして ケガ を させる もの では ない こと を、 ケイケン の ウエ から ワタシ は しんじて いる。 それに カレラ には ヒツゼンテキ な ホンノウ が あって、 イヌズキ と イヌ を いじめる ヒト とは すぐ みわける もの だ。 ワタシ の カンガエ は マチガイ では なかった。 スペイン イヌ は よろこんで ワタシ の テノヒラ を なめた。
 それにしても いったい、 この イエ の シュジン と いう の は ナニモノ なの で あろう。 どこ へ いった の で あろう。 すぐ かえる だろう かしら。 はいって みる と さすが に キ が とがめた。 それで はいった こと は はいった が、 ワタシ は しばらく は あの イシ の おおきな スイバン の ところ で チョリツ した まま で いた。 その スイバン は やっぱり ソト から みた とおり で、 タカサ は ヒザ まで くらい しか なかった。 フチ の アツサ は 2 スン ぐらい で、 その フチ へ もってって、 また ほそい ミゾ が サンポウ に ある。 こぼれる ミズ は そこ を ながれて、 スイバン の ソトガワ を つとうて こぼれて しまう の で ある。 なるほど、 こうした チセイ では、 こうした ミズ の ヒキカタ も カノウ な わけ で ある。 この イエ では かならず これ を ニチジョウ の ノミミズ に して いる の では なかろう か。 どうも タダ の ソウショク では ない と おもう。
 いったい この イエ は この ヘヤ ヒトツ きり で なにもかも の ヘヤ を かねて いる よう だ。 イス が ミナ で ヒトツ…… フタツ…… ミッツ きり しか ない。 スイバン の ソバ と、 ファイヤプレイス と それに タク に めんして と おのおの ヒトツ ずつ。 いずれ も ただ コシ を かけられる と いう だけ に つくられて、 べつに テ の こんだ ところ は どこ にも ない。 ミマワリ して いる うち に ワタシ は だんだん と ダイタン に なって きた。 キ が つく と この しずか な イエ の ミャクハク の よう に トケイ が フンビョウ を きざむ オト が して いる。 どこ に トケイ が ある の で あろう。 こい カバイロ の カベ には どこ にも ない。 ああ あれ だ、 あの レイ の おおきな タク の ウエ の オキドケイ だ。 ワタシ は この イエ の イマ の シュジン と みる べき スペイン イヌ に すこし エンリョ しながら、 タク の ほう へ あるいて いった。
 タク の カタスミ には はたして、 マド の ソト から みた とおり、 イマ では しろく もえつくした タバコ が 1 ポン あった。
 トケイ は モジバン の ウエ に エ が かいて あって、 その ガング の よう な シュコウ が いかにも この ヘヤ の ハンヤバン な ヨウス に タイショウ を して いる。 モジバン の ウエ には ヒトリ の キフジン と、 ヒトリ の シンシ と、 それに もう ヒトリ の オトコ が いて、 その オトコ は 1 ビョウ-カン に イチド ずつ この シンシ の ヒダリ の クツ を みがく わけ なの で ある。 ばかばかしい けれども その エ が おもしろかった。 その キフジン の ヒダ の おおい ササベリ の ついた おおきな スソ を チ に ひいた グアイ や、 シルク ハット の シンシ の ホオヒゲ の ヨウシキ など は、 ガイコク の フウゾク を しらない ワタシ の メ にも もう ハンセイキ も ジダイ が ついて みえる。 さて かわいそう な は この クツミガキ だ。 カレ は この ヘイセイ な イエ の ナカ の、 その また ナカ の ちいさな ベッセカイ で ヨル も ヒル も こうして ヒトツ の クツ ばかり みがいて いる の だ。 オレ は みて いる うち に この タンチョウ な フダン の ドウサ に、 ジブン の カタ が こって くる の を かんずる。 それで トケイ の しめす ジカン は 1 ジ 15 フン―― これ は 1 ジカン も おくれて いそう だった。 ツクエ には チリマミレ に ホン が 50~60 サツ つみあげて あって、 ベツ に 4~5 サツ ちらばって いた。 なんでも エ の ホン か、 ケンチク の か それとも チズ と いいたい ヨウス の タイサツ な ホン ばかり だった。 ヒョウダイ を みたらば、 ドイツ-ゴ らしく ワタシ には よめなかった。 その カベ の ところ に、 ゲンショクズリ の ウミ の ガク が かかって いる。 みた こと の ある エ だ が、 こんな イロ は ウィスラー では ない かしら…… ワタシ は この ガク が ここ に ある の を サンセイ した。 でも ニンゲン が こんな サンチュウ に いれば、 エ でも みて いなければ セカイ に ウミ の ある こと など は わすれて しまう かも しれない では ない か。
 ワタシ は かえろう と おもった、 この イエ の シュジン には いずれ また あい に くる と して。 それでも ヒト の いない うち に はいりこんで、 ヒト の いない うち に かえる の は なんだか キ に なった。 そこで いっそ の こと シュジン の キタク を まとう と いう キ にも なる。 それで スイバン から ミズ の わきたつ の を みながら、 イップク すいつけた。 そうして ワタシ は その わきたつ ミズ を しばらく みつめて いた。 こうして イッシン に それ を みつづけて いる と、 なんだか トオク の オンガク に ききいって いる よう な ココロモチ が する。 うっとり と なる。 ひょっと する と この フダン に たぎりでる ミズ の ソコ から、 ホントウ に オンガク が きこえて きた の かも しれない。 あんな フシギ な イエ の こと だ から。 なにしろ この イエ の シュジン と いう の は よほど カワリモノ に ソウイ ない。 ……まて よ オレ は、 リップ ヴァン ウィンクル では ない かしら。 ……かえって みる と ツマ は ババア に なって いる。 ……ひょっと この ハヤシ を でて、 「K ムラ は どこ でした かね」 と ヒャクショウ に たずねる と、 「え? K ムラ そんな ところ は この ヘン に ありません ぜ」 と いわれそう だぞ。 そう おもう と ワタシ は ふと はやく イエ へ かえって みよう と、 ヘン な キモチ に なった。 そこで ワタシ は トグチ の ところ へ あるいて いって、 クチブエ で フラテ を よぶ。 イマ まで イッキョ イチドウ を チュウシ して いた よう な キ の する あの スペイン イヌ は じっと ワタシ の かえる ところ を みおくって いる。 ワタシ は おそれた。 この イヌ は イマ まで は ニュウワ に みせかけて おいて、 かえる と みて わっ と ウシロ から かみつき は しない だろう か。 ワタシ は スペイン イヌ に チュウイ しながら、 フラテ の でて くる の を まちかねて、 オオイソギ で トビラ を しめて でた。
 さて、 カエリガケ に もう イッペン イエ の ナイブ を みて やろう と、 セノビ を して マド から のぞきこむ と レイ の マックロ な スペイン イヌ は のっそり と おきあがって、 さて オオヅクエ の ほう へ あるきながら、 オレ の いる の には キ が つかない の か、
「ああ、 キョウ は ミョウ な ヤツ に おどろかされた」
と、 ニンゲン の コエ で いった よう な キ が した。 はてな、 と おもって いる と、 よく イヌ が する よう に アクビ を した か と おもう と、 ワタシ の マタタキ した マ に、 ヤツ は 50-カッコウ の メガネ を かけた クロフク の チュウロウジン に なり オオヅクエ の マエ の イス に よりかかった まま、 ゆうぜん と クチ には まだ ヒ を つけぬ タバコ を くわえて、 あの オオガタ の ホン の 1 サツ を ひらいて ページ を くって いる の で あった。
 ぽかぽか と ホントウ に あたたかい ハル の ヒ の ゴゴ で ある。 ひっそり と した ヤマ の ゾウキハラ の ナカ で ある。