カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ガラスド の ウチ 2

2018-02-19 | ナツメ ソウセキ
 9

 ワタクシ が コウトウ ガッコウ に いた コロ、 ヒカクテキ したしく つきあった トモダチ の ナカ に O と いう ヒト が いた。 その ジブン から あまり オオク の ホウユウ を もたなかった ワタクシ には、 しぜん O と ユキキ を しげく する よう な ケイコウ が あった。 ワタクシ は たいてい 1 シュウ に イチド くらい の ワリ で カレ を たずねた。 ある トシ の ショチュウ キュウカ など には、 マイニチ かかさず マサゴ-チョウ に ゲシュク して いる カレ を さそって、 オオカワ の スイエイジョウ まで いった。
 O は トウホク の ヒト だ から、 クチ の キキカタ に ワタクシ など と ちがった ドン で ゆったり した チョウシ が あった。 そうして その チョウシ が いかにも よく カレ の セイシツ を ダイヒョウ して いる よう に おもわれた。 ナンド と なく カレ と ギロン を した キオク の ある ワタクシ は、 ついに カレ の おこったり げきしたり する カオ を みる こと が できず に しまった。 ワタクシ は それ だけ でも じゅうぶん カレ を ケイアイ に あたいする チョウシャ と して みとめて いた。
 カレ の セイシツ が オウヨウ で ある ごとく、 カレ の ズノウ も ワタクシ より は はるか に おおきかった。 カレ は つねに トウジ の ワタクシ には、 カンガエ の およばない よう な モンダイ を ヒトリ で かんがえて いた。 カレ は サイショ から リカ へ はいる モクテキ を もって いながら、 このんで テツガク の ショモツ など を ひもといた。 ワタクシ は ある とき カレ から スペンサー の ダイイチ ゲンリ と いう ホン を かりた こと を いまだに わすれず に いる。
 ソラ の すみきった アキビヨリ など には、 よく フタリ つれだって、 アシ の むく ほう へ カッテ な ハナシ を しながら あるいて いった。 そうした バアイ には、 オウライ へ ヘイゴシ に さしでた キ の エダ から、 キイロ に そまった ちいさい ハ が、 カゼ も ない のに、 はらはら と ちる ケシキ を よく みた。 それ が ぐうぜん カレ の メ に ふれた とき、 カレ は 「あっ さとった」 と ひくい コエ で さけんだ こと が あった。 ただ アキ の イロ の クウ に うごく の を うつくしい と かんずる より ホカ に ノウ の ない ワタクシ には、 カレ の コトバ が ふうじこめられた ある ヒミツ の フチョウ と して あやしい ヒビキ を ミミ に つたえる ばかり で あった。 「サトリ と いう もの は ミョウ な もの だな」 と カレ は その アト から ヘイゼイ の ゆったり した チョウシ で ヒトリゴト の よう に セツメイ した とき も、 ワタクシ には ヒトクチ の アイサツ も できなかった。
 カレ は ヒンセイ で あった。 オオガンノン の ソバ を マガリ を して ジスイ して いた コロ には、 よく カラザケ を やいて わびしい ショクタク に ワタクシ を つかせた。 ある とき は モチガシ の カワリ に ニマメ を かって きて、 タケ の カワ の まま ソウホウ から つっつきあった。
 ダイガク を ソツギョウ する と まもなく カレ は チホウ の チュウガク に フニン した。 ワタクシ は カレ の ため に それ を ザンネン に おもった。 しかし カレ を しらない ダイガク の センセイ には、 それ が むしろ トウゼン と みえた かも しれない。 カレ ジシン は むろん ヘイキ で あった。 それから ナンネン か の ノチ に、 たしか 3 ネン の ケイヤク で、 シナ の ある ガッコウ の キョウシ に やとわれて いった が、 ニンキ が みちて かえる と すぐ また ナイチ の チュウガク コウチョウ に なった。 それ も アキタ から ヨコテ に うつされて、 イマ では カバフト の コウチョウ を して いる の で ある。
 キョネン ジョウキョウ した ツイデ に ヒサシブリ で ワタクシ を たずねて くれた とき、 トリツギ の モノ から メイシ を うけとった ワタクシ は、 すぐ その アシ で ザシキ へ いって、 イツモ の とおり キャク より サキ に セキ に ついて いた。 すると ロウカヅタイ に ヘヤ の イリグチ まで きた カレ は、 ザブトン の ウエ に きちんと すわって いる ワタクシ の スガタ を みる や いなや、 「いやに すまして いる な」 と いった。
 その とき ムコウ の コトバ が おわる か おわらない うち に 「うん」 と いう ヘンジ が いつか ワタクシ の クチ を すべって でて しまった。 どうして ワタクシ の ワルクチ を ジブン で コウテイ する よう な この アイサツ が、 それほど シゼン に、 それほど ぞうさなく、 それほど こだわらず に、 するする と ワタクシ の ノド を すべりこした もの だろう か。 ワタクシ は その とき トウメイ な いい ココロモチ が した。

 10

 むかいあって ザ を しめた O と ワタクシ とは、 ナニ より サキ に タガイ の カオ を みかえして、 そこ に まだ ムカシ の まま の オモカゲ が、 なつかしい ユメ の キネン の よう に のこって いる の を みとめた。 しかし それ は あたかも ふるい ココロ が あたらしい キブン の ナカ に ぼんやり おりこまれて いる と おなじ こと で、 うすぐらく イチメン に かすんで いた。 おそろしい 「トキ」 の イリョク に テイコウ して、 ふたたび モト の スガタ に かえる こと は、 フタリ に とって もう フカノウ で あった。 フタリ は わかれて から イマ あう まで の アイダ に はさまって いる カコ と いう フシギ な もの を かえりみない わけ に いかなかった。
 O は ムカシ リンゴ の よう に あかい ホオ と、 ヒトイチバイ おおきな まるい メ と、 それから オンナ に てきした ほど ふっくり した リンカク に つつまれた カオ を もって いた。 イマ みて も やはり あかい ホオ と まるい メ と、 おなじく ほねばらない リンカク の モチヌシ では ある が、 それ が ムカシ とは どこ か ちがって いる。
 ワタクシ は カレ に ワタクシ の クチヒゲ と モミアゲ を みせた。 カレ は また ワタクシ の ため に ジブン の アタマ を なでて みせた。 ワタクシ の は しろく なって、 カレ の は うすく はげかかって いる の で ある。
「ニンゲン も カバフト まで ゆけば、 もう ユクサキ は なかろう な」 と ワタクシ が からかう と、 カレ は 「まあ そんな もの だ」 と こたえて、 ワタクシ の まだ みた こと の ない カバフト の ハナシ を いろいろ して きかせた。 しかし ワタクシ は イマ それ を みんな わすれて しまった。 ナツ は たいへん いい ところ だ と いう こと を おぼえて いる だけ で ある。
 ワタクシ は イクネン-ぶり か で、 カレ と イッショ に オモテ へ でた。 カレ は フロック の ウエ へ、 トンビ の よう な ガイトウ を ぶわぶわ に きて いた。 そうして デンシャ の ナカ で ツリカワ に ぶらさがりながら、 カクシ から ハンケチ に つつんだ もの を だして ワタクシ に みせた。 ワタクシ は 「ナン だ」 と きいた。 カレ は 「クリマンジュウ だ」 と こたえた。 クリマンジュウ は さっき カレ が ワタクシ の ウチ に いた とき に だした カシ で あった。 カレ が いつのまに、 それ を ハンケチ に つつんだろう か と かんがえた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。
「あの クリマンジュウ を とって きた の か」
「そう かも しれない」
 カレ は ワタクシ の おどろいた ヨウス を バカ に する よう な チョウシ で こう いった なり、 その ハンケチ の ツツミ を また カクシ に おさめて しまった。
 ワレワレ は その バン テイゲキ へ いった。 ワタクシ の テ に いれた 2 マイ の キップ に キタガワ から はいれ と いう チュウイ が かいて あった の を、 つい まちがえて、 ミナミガワ へ まわろう と した とき、 カレ は 「そっち じゃ ない よ」 と ワタクシ に チュウイ した。 ワタクシ は ちょっと たちどまって かんがえた うえ、 「なるほど ホウガク は カバフト の ほう が たしか な よう だ」 と いいながら、 また シテイ された イリグチ の ほう へ ひきかえした。
 カレ は ハジメ から テイゲキ を しって いる と いって いた。 しかし バンサン を すました アト で、 ジブン の セキ へ かえろう と する とき、 ダレ でも やる とおり、 2 カイ と 1 カイ の ドアー を まちがえて、 ワタクシ から わらわれた。
 おりおり カクシ から キンブチ の メガネ を だして、 テ に もった スリモノ を よんで みる カレ は、 その メガネ を はずさず に とおい ブタイ を ヘイキ で ながめて いた。
「それ は ロウガンキョウ じゃ ない か。 よく それ で とおい ところ が みえる ね」
「なに チャブドー だ」
 ワタクシ には この チャブドー と いう イミ が まったく わからなかった。 カレ は それ を タイサ なし と いう シナゴ だ と いって セツメイ して くれた。
 その ヨ の カエリ に デンシャ の ナカ で ワタクシ と わかれた ぎり、 カレ は また とおい さむい ニホン の リョウチ の キタ の ハズレ に いって しまった。
 ワタクシ は カレ を おもいだす たび に、 タツジン と いう カレ の ナ を かんがえる。 すると その ナ が とくに カレ の ため に テン から あたえられた よう な ココロモチ に なる。 そうして その タツジン が ユキ と コオリ に とざされた キタ の ハテ に、 まだ チュウガク コウチョウ を して いる の だな と おもう。

 11

 ある オクサン が ある オンナ の ヒト を ワタクシ に ショウカイ した。
「ナニ か かいた もの を みて いただきたい の だ そう で ございます」
 ワタクシ は オクサン の この コトバ から、 アタマ の ナカ で イロイロ の こと を かんがえさせられた。 イマ まで ワタクシ の ところ へ ジブン の かいた もの を よんで くれ と いって きた モノ は ナンニン と なく ある。 その ナカ には ゲンコウシ の アツサ で、 1 スン または 2 スン ぐらい の カサ に なる タイブ の もの も まじって いた。 それ を ワタクシ は ジカン の ツゴウ の ゆるす かぎり なるべく よんだ。 そうして カンタン な ワタクシ は ただ よみ さえ すれば ジブン の たのまれた ギム を はたした もの と こころえて マンゾク して いた。 ところが センポウ では アト から シンブン に だして くれ と いったり、 ザッシ へ のせて もらいたい と たのんだり する の が ツネ で あった。 ナカ には ヒト に よませる の は シュダン で、 ゲンコウ を カネ に かえる の が ホンライ の モクテキ で ある よう に おもわれる の も すくなく は なかった。 ワタクシ は しらない ヒト の かいた よみにくい ゲンコウ を コウイテキ に よむ の が だんだん いや に なって きた。
 もっとも ワタクシ の ジカン に キョウシ を して いた コロ から みる と、 タショウ の ダンリョクセイ が できて きた には ソウイ なかった。 それでも ジブン の シゴト に かかれば ハラ の ナカ は ずいぶん タボウ で あった。 シンセツズク で みて やろう と ヤクソク した ゲンコウ すら、 なかなか ラチ の あかない バアイ も ない とは かぎらなかった。
 ワタクシ は ワタクシ の アタマ で かんがえた とおり の こと を そのまま オクサン に はなした。 オクサン は よく ワタクシ の いう イミ を リョウカイ して かえって いった。 ヤクソク の オンナ が ワタクシ の ザシキ へ きて、 ザブトン の ウエ に すわった の は それから まもなく で あった。 わびしい アメ が いまにも ふりだしそう な くらい ソラ を、 ガラスド-ゴシ に ながめながら、 ワタクシ は オンナ に こんな ハナシ を した。――
「これ は シャコウ では ありません。 おたがいに テイサイ の いい こと ばかり いいあって いて は、 いつまで たったって、 ケイハツ される はず も、 リエキ を うける わけ も ない の です。 アナタ は おもいきって ショウジキ に ならなければ ダメ です よ。 ジブン さえ ジュウブン に カイホウ して みせれば、 イマ アナタ が どこ に たって どっち を むいて いる か と いう ジッサイ が、 ワタクシ に よく みえて くる の です。 そうした とき、 ワタクシ は はじめて アナタ を シドウ する シカク を、 アナタ から あたえられた もの と ジカク して も よろしい の です。 だから ワタクシ が ナニ か いったら、 ハラ に こたえ べき ある もの を もって いる イジョウ、 けっして だまって いて は いけません。 こんな こと を いったら わらわれ は しまい か、 ハジ を かき は しまい か、 または シツレイ だ と いって おこられ は しまい か など と エンリョ して、 アイテ に ジブン と いう ショウタイ を くろく ぬりつぶした ところ ばかり しめす クフウ を する ならば、 ワタクシ が いくら アナタ に リエキ を あたえよう と あせって も、 ワタクシ の いる ヤ は ことごとく アダヤ に なって しまう だけ です」
「これ は ワタクシ の アナタ に たいする チュウモン です が、 そのかわり ワタクシ の ほう でも この ワタクシ と いう もの を かくし は いたしません。 アリノママ を さらけだす より ホカ に、 アナタ を おしえる ミチ は ない の です。 だから ワタクシ の カンガエ の どこ か に スキ が あって、 その スキ を もし アナタ から みやぶられたら、 ワタクシ は アナタ に ワタクシ の ジャクテン を にぎられた と いう イミ で ハイボク の ケッカ に おちいる の です。 オシエ を うける ヒト だけ が ジブン を カイホウ する ギム を もって いる と おもう の は まちがって います。 おしえる ヒト も オノレ を アナタ の マエ に うちあける の です。 ソウホウ とも シャコウ を はなれて カンパ しあう の です」
「そういう ワケ で ワタクシ は これから アナタ の かいた もの を ハイケン する とき に、 ずいぶん てひどい こと を おもいきって いう かも しれません が、 しかし おこって は いけません。 アナタ の カンジョウ を がいする ため に いう の では ない の です から。 そのかわり アナタ の ほう でも フ に おちない ところ が あったら どこまでも きりこんで いらっしゃい。 アナタ が ワタクシ の シュイ を リョウカイ して いる イジョウ、 ワタクシ は けっして おこる はず は ありません から」
「ようするに これ は ただ ゲンジョウ イジ を モクテキ と して、 ウワスベリ な エンカツ を シュイ に おく シャコウ とは まったく ベツモノ なの です。 わかりました か」
 オンナ は わかった と いって かえって いった。

 12

 ワタクシ に タンザク を かけ の、 シ を かけ の と いって くる ヒト が ある。 そうして その タンザク やら ヌメ やら を まだ ショウダク も しない うち に おくって くる。 サイショ の うち は せっかく の キボウ を ム に する の も キノドク だ と いう カンガエ から、 まずい ジ とは おもいながら、 センポウ の イウナリ に なって かいて いた。 けれども こうした コウイ は エイゾク しにくい もの と みえて、 だんだん オオク の ヒト の イライ を ム に する よう な ケイコウ が つよく なって きた。
 ワタクシ は スベテ の ニンゲン を、 マイニチ マイニチ ハジ を かく ため に うまれて きた もの だ と さえ かんがえる こと も ある の だ から、 ヘン な ジ を ヒト に おくって やる くらい の ショサ は、 あえて しよう と おもえば、 やれない とも かぎらない の で ある。 しかし ジブン が ビョウキ の とき、 シゴト の いそがしい とき、 または そんな マネ の したく ない とき に、 そういう チュウモン が ひきつづいて おこって くる と、 じっさい よわらせられる。 カレラ の オオク は まったく ワタクシ の しらない ヒト で、 そうして ジブン たち の おくった タンザク を ふたたび おくりかえす こちら の テスウ さえ、 まるで ガンチュウ に おいて いない よう に みえる の だ から。
 その ウチ で いちばん ワタクシ を フユカイ に した の は バンシュウ の サコシ に いる イワサキ と いう ヒト で あった。 この ヒト は スウネン-ゼン よく ハガキ で ワタクシ に ハイク を かいて くれ と たのんで きた から、 その つど ムコウ の いう とおり かいて おくった キオク の ある オトコ で ある。 その ノチ の こと で ある が、 カレ は また シカク な うすい コヅツミ を ワタクシ に おくった。 ワタクシ は それ を あける の さえ メンドウ だった から、 つい ソノママ に して ショサイ へ ほうりだして おいたら、 ゲジョ が ソウジ を する とき、 つい ショモツ と ショモツ の アイダ へ はさみこんで、 まず ていよく しまいなくした スガタ に して しまった。
 この コヅツミ と ゼンゴ して、 ナゴヤ から チャ の カン が ワタクシ-アテ で とどいた。 しかし ダレ が なんの ため に おくった もの か その イミ は まったく わからなかった。 ワタクシ は エンリョ なく その チャ を のんで しまった。 すると ほどなく サコシ の オトコ から、 フジ トザン の エ を かえして くれ と いって きた。 カレ から そんな もの を もらった オボエ の ない ワタクシ は、 うちやって おいた。 しかし カレ は フジ トザン の エ を かえせ かえせ と 3 ド も 4 ド も サイソク して やまない。 ワタクシ は ついに この オトコ の セイシン ジョウタイ を うたがいだした。 「おおかた キチガイ だろう」 ワタクシ は ココロ の ナカ で こう きめた なり ムコウ の サイソク には いっさい とりあわない こと に した。
 それから 2~3 カゲツ たった。 たしか ナツ の ハジメ の コロ と キオク して いる が、 ワタクシ は あまり ランザツ に とりちらされた ショサイ の ナカ に すわって いる の が うっとうしく なった ので、 ヒトリ で ぽつぽつ そこいら を かたづけはじめた。 その とき ショモツ の セイリ を する ため、 イイカゲン に つみかさねて ある ジビキ や サンコウショ を、 1 サツ ずつ あらためて ゆく と、 おもいがけなく サコシ の オトコ が よこした レイ の コヅツミ が でて きた。 ワタクシ は イマ まで わすれて いた もの を、 まのあたり みて おどろいた。 さっそく フウ を といて ナカ を しらべたら、 ちいさく たたんだ エ が 1 マイ はいって いた。 それ が フジ トザン の ズ だった ので、 ワタクシ は また びっくり した。
 ツツミ の ナカ には この エ の ホカ に テガミ が 1 ツウ そえて あって、 それ に エ の サン を して くれ と いう イライ と、 オレイ に チャ を おくる と いう モンク が かいて あった。 ワタクシ は いよいよ おどろいた。
 しかし その とき の ワタクシ は とうてい フジ トザン の ズ など に サン を する ユウキ を もって いなかった。 ワタクシ の キブン が、 そんな こと とは はるか かけはなれた ところ に あった ので、 その エ に チョウワ する よう な ハイク を かんがえて いる ヒマ が なかった の で ある。 けれども ワタクシ は キョウシュク した。 ワタクシ は テイネイ な テガミ を かいて、 ジブン の タイマン を しゃした。 それから チャ の オレイ を いった。 サイゴ に フジ トザン の ズ を コヅツミ に して かえした。

 13

 ワタクシ は これ で イチダンラク ついた もの と おもって、 レイ の サコシ の オトコ の こと を、 それぎり ネントウ に おかなかった。 すると その オトコ が また タンザク を ふうじて よこした。 そうして コンド は ギシ に カンケイ の ある ク を かいて くれ と いう の で ある。 ワタクシ は そのうち かこう と いって やった。 しかし なかなか かく キカイ が こなかった ので、 つい ソノママ に なって しまった。 けれども しつこい この オトコ の ほう では けっして ソノママ に すます キ は なかった もの と みえて、 むやみ に サイソク を はじめだした。 その サイソク は 1 シュウ に イッペン か、 2 シュウ に イッペン の ワリ で きっと きた。 それ が かならず ハガキ に かぎって いて、 その カキダシ には、 かならず 「ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も」 と ある に きまって いた。 ワタクシ は その ヒト の ハガキ を みる の が だんだん フユカイ に なって きた。
 ドウジ に ムコウ の サイソク も、 イマ まで ワタクシ の ヨキ して いなかった ヘン な トクショク を おびる よう に なった。 サイショ には チャ を やった では ない か と いう コトバ が みえた。 ワタクシ が それ に とりあわず に いる と、 コンド は あの チャ を かえして くれ と いう モンク に あらたまった。 ワタクシ は かえす こと は たやすい が、 その テカズ が メンドウ だ から、 トウキョウ まで とり に くれば かえして やる と いって やりたく なった。 けれども サコシ の オトコ に そういう テガミ を だす の は、 ジブン の ヒンカク に かかわる よう な キ が して あえて しきれなかった。 ヘンジ を うけとらない センポウ は なお の こと サイソク した。 チャ を かえさない なら それでも よい から、 キン 1 エン を その ダイカ と して おくって よこせ と いう の で ある。 ワタクシ の カンジョウ は この オトコ に たいして しだいに すさんで きた。 シマイ には とうとう ジブン を わすれる よう に なった。 チャ は のんで しまった、 タンザク は なくして しまった、 イライ ハガキ を よこす こと は いっさい ムヨウ で ある と かいて やった。 そうして ココロ の ウチ で、 ヒジョウ に にがにがしい キブン を ケイケン した。 こんな ヒ-シンシテキ な アイサツ を しなければ ならない よう な アナ の ナカ へ、 ワタクシ を おいこんだ の は、 この サコシ の オトコ で ある と おもった から で ある。 こんな オトコ の ため に、 ヒンカク にも せよ ジンカク にも せよ、 イクブン の ダラク を しのばなければ ならない の か と かんがえる と なさけなかった から で ある。
 しかし サコシ の オトコ は ヘイキ で あった。 チャ は のんで しまい、 タンザク は なくして しまう とは、 あまり と もうせば…… と また ハガキ に かいて きた。 そうして その ボウトウ には いぜん と して ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も と いう モンク が キソク-どおり くりかえされて いた。
 その とき ワタクシ は もう この オトコ には とりあうまい と ケッシン した。 けれども ワタクシ の ケッシン は カレ の タイド に たいして なんの コウカ の ある はず は なかった。 カレ は あいかわらず サイソク を やめなかった。 そうして コンド は、 もう イチド かいて くれれば、 また チャ を おくって やる が どう だ と いって きた。 それから コト いやしくも ギシ に かんする の だ から、 ク を つくって も いい だろう と いって きた。
 しばらく ハガキ が チュウゼツ した と おもう と、 コンド は それ が フウショ に かわった。 もっとも その フウトウ は クヤクショ など で つかう きわめて やすい ネズミイロ の もの で あった が、 カレ は わざと それ に キッテ を はらない の で ある。 そのかわり ウラ に ジブン の セイメイ も かかず に トウカン して いた。 ワタクシ は それ が ため に、 バイ の ユウゼイ を 2 ド ほど はらわせられた。 サイゴ に ワタクシ は ハイタツフ に カレ の シメイ と ジュウショ と を おしえて、 フウ の まま センポウ へ ギャクソウ して もらった。 カレ は それ で 6 セン とられた せい か、 ようやく サイソク を ダンネン した らしい タイド に なった。
 ところが 2 カゲツ ばかり たって、 トシ が あらたまる と ともに、 カレ は ワタクシ に フツウ の ネンシジョウ を よこした。 それ が ワタクシ を ちょっと カンシン させた ので、 ワタクシ は つい タンザク へ ク を かいて おくる キ に なった。 しかし その オクリモノ は カレ を マンゾク させる に たりなかった。 カレ は タンザク が おれた とか、 よごれた とか いって、 しきり に カキナオシ を セイキュウ して やまない。 げんに コトシ の ショウガツ にも、 「シッケイ もうしそうらえど も……」 と いう イライジョウ が ナナ、 ヨウカ-ゴロ に とどいた。
 ワタクシ が こんな ヒト に であった の は うまれて はじめて で ある。

 14

 つい このあいだ ムカシ ワタクシ の ウチ へ ドロボウ の はいった とき の ハナシ を ヒカクテキ くわしく きいた。
 アネ が まだ フタリ とも かたづかず に いた ジブン の こと だ と いう から、 ネンダイ に する と、 たぶん ワタクシ の うまれる ゼンゴ に あたる の だろう、 なにしろ キンノウ とか サバク とか いう あらあらしい コトバ の はやった やかましい コロ なの で ある。
 ある ヨ 1 バンメ の アネ が、 ヨナカ に コヨウ に おきた アト、 テ を あらう ため に、 クグリド を あける と、 せまい ナカニワ の スミ に、 カベ を おしつける よう な イキオイ で たって いる ウメ の コボク の ネガタ が、 かっと あかるく みえた。 アネ は シリョ を めぐらす イトマ も ない うち に、 すぐ クグリド を しめて しまった が、 しめた アト で、 イマ モクゼン に みた フシギ な アカルサ を そこ に たちながら かんがえた の で ある。
 ワタクシ の オサナゴコロ に うつった この アネ の カオ は、 いまだに おもいおこそう と すれば、 いつでも メノマエ に うかぶ くらい あざやか で ある。 しかし その ゲンゾウ は すでに ヨメ に いって ハ を そめた アト の スガタ で ある から、 その とき エンガワ に たって かんがえて いた ムスメザカリ の カノジョ を、 イマ ムネ の ウチ に えがきだす こと は ちょっと コンナン で ある。
 ひろい ヒタイ、 あさぐろい ヒフ、 ちいさい けれども はっきり した リンカク を そなえて いる ハナ、 ヒトナミ より おおきい フタエマブチ の メ、 それから オサワ と いう やさしい ナ、 ――ワタクシ は ただ これら を ソウゴウ して、 その バアイ に おける アネ の スガタ を ソウゾウ する だけ で ある。
 しばらく たった まま かんがえて いた カノジョ の アタマ に、 この とき もしか する と カジ じゃ ない か と いう ケネン が おこった。 それで カノジョ は おもいきって また キリド を あけて ソト を のぞこう と する トタン に、 1 ポン の ひかる ヌキミ が、 ヤミ の ナカ から、 シカク に きった クグリド の ナカ へ すうと でた。 アネ は おどろいて ミ を アト へ ひいた。 その ヒマ に、 フクメン を した、 ガンドウ チョウチン を さげた オトコ が、 バットウ の まま、 ちいさい クグリド から オオゼイ ウチ の ナカ へ はいって きた の だ そう で ある。 ドロボウ の ニンズ は たしか 8 ニン とか きいた。
 カレラ は、 ヒト を あやめる ため に きた の では ない から、 おとなしく して いて くれ さえ すれば、 ウチ の モノ に キガイ は くわえない、 そのかわり グンヨウキン を かせ と いって、 チチ に せまった。 チチ は ない と ことわった。 しかし ドロボウ は なかなか ショウチ しなかった。 イマ カド の コクラヤ と いう サカヤ へ はいって、 そこ で おしえられて きた の だ から、 かくして も ダメ だ と いって うごかなかった。 チチ は ふしょうぶしょう に、 とうとう ナンマイ か の コバン を カレラ の マエ に ならべた。 カレラ は キンガク が あまり すくなすぎる と おもった もの か、 それでも なかなか かえろう と しない ので、 イマ まで トコ の ナカ に ねて いた ハハ が、 「アナタ の カミイレ に はいって いる の も やって おしまいなさい」 と チュウコク した。 その カミイレ の ナカ には 50 リョウ ばかり あった とか いう ハナシ で ある。 ドロボウ が でて いった アト で、 「ヨケイ な こと を いう オンナ だ」 と いって、 チチ は ハハ を しかりつけた そう で ある。
 その こと が あって イライ、 ワタクシ の イエ では ハシラ を キリクミ に して、 その ナカ へ アリガネ を かくす ホウホウ を こうじた が、 かくす ほど の ザイサン も できず、 また クロショウゾク を つけた ドロボウ も、 それぎり こない ので、 ワタクシ の セイチョウ する ジブン には、 どれ が キリクミ に して ある ハシラ か まるで わからなく なって いた。
 ドロボウ が でて ゆく とき、 「この ウチ は たいへん シマリ の いい ウチ だ」 と いって ほめた そう だ が、 その シマリ の いい ウチ を ドロボウ に おしえた コクラヤ の ハンベエ さん の アタマ には、 あくる ヒ から カスリキズ が イクツ と なく できた。 これ は カネ は ありません と ことわる たび に、 ドロボウ が そんな はず が ある もの か と いって は、 ヌキミ の サキ で ちょいちょい ハンベエ さん の アタマ を つっついた から だ と いう。 それでも ハンベエ さん は、 「どうしても ウチ には ありません、 ウラ の ナツメ さん には たくさん ある から、 あすこ へ いらっしゃい」 と ゴウジョウ を はりとおして、 とうとう カネ は イチモン も とられず に しまった。
 ワタクシ は この ハナシ を サイ から きいた。 サイ は また それ を ワタクシ の アニ から チャウケバナシ に きいた の で ある。

 15

 ワタクシ が キョネン の 11 ガツ ガクシュウイン で コウエン を したら、 ハクシャ と かいた カミヅツミ を アト から とどけて くれた。 リッパ な ミズヒキ が かかって いる ので、 それ を はずして ナカ を あらためる と、 5 エン サツ が 2 マイ はいって いた。 ワタクシ は その カネ を ヘイゼイ から キノドク に おもって いた、 ある コンイ な ゲイジュツカ に おくろう かしら と おもって、 あんに カレ の くる の を まちうけて いた。 ところが その ゲイジュツカ が まだ みえない サキ に、 ナニ か キフ の ヒツヨウ が できて きたり して、 つい 2 マイ とも ショウヒ して しまった。
 ヒトクチ で いう と、 この カネ は ワタクシ に とって けっして ムヨウ な もの では なかった の で ある。 セケン の トオリソウバ で、 リッパ に ワタクシ の ため に ショウヒ された と いう より ホカ に シカタ が ない の で ある。 けれども それ を ヒト に やろう と まで おもった ワタクシ の シュカン から みれば、 そんな に アリガタミ の フチャク して いない カネ には ソウイ なかった の で ある。 うちあけた ワタクシ の ココロモチ を いう と、 こうした オレイ を うける より うけない とき の ほう が よほど さっぱり して いた。
 クロヤナギ カイシュウ クン が チョギュウカイ の コウエン の こと で みえた とき、 ワタクシ は ハナシ の ツイデ と して ひととおり その リユウ を のべた。
「この バアイ ワタクシ は ロウリョク を うり に いった の では ない。 コウイズク で イライ に おうじた の だ から、 ムコウ でも コウイ だけ で ワタクシ に むくいたら よかろう と おもう。 もし ホウシュウ モンダイ と する キ なら、 サイショ から オレイ は いくら する が、 きて くれる か どう か と ソウダン す べき はず でしょう」
 その とき K クン は ナットク できない と いった よう な カオ を した。 そうして こう こたえた。
「しかし どう でしょう。 その 10 エン は アナタ の ロウリョク を かった と いう イミ で なくって、 アナタ に たいする カンシャ の イ を ひょうする ヒトツ の シュダン と みたら。 そう みる わけ には ゆかない の です か」
「シナモノ なら はっきり そう カイシャク も できる の です が、 フコウ にも オレイ が ふつう エイギョウテキ の バイバイ に シヨウ する カネ なの です から、 どっち とも とれる の です」
「どっち とも とれる なら、 この サイ ゼンイ の ほう に カイシャク した ほう が よく は ない でしょう か」
 ワタクシ は もっとも だ とも おもった。 しかし また こう こたえた。
「ワタクシ は ゴゾンジ の とおり ゲンコウリョウ で イショク して いる くらい です から、 むろん フユウ とは いえません。 しかし どうか こうか、 それ だけ で コンニチ を すごして ゆかれる の です。 だから ジブン の ショクギョウ イガイ の こと に かけて は、 なるべく コウイテキ に ヒト の ため に はたらいて やりたい と いう カンガエ を もって います。 そうして その コウイ が センポウ に つうじる の が、 ワタクシ に とって は、 ナニ より も たっとい ホウシュウ なの です。 したがって カネ など を うける と、 ワタクシ が ヒト の ため に はたらいて やる と いう ヨチ、 ――イマ の ワタクシ には この ヨチ が また きわめて せまい の です。 ――その キチョウ な ヨチ を フショク させられた よう な ココロモチ に なります」
 K クン は まだ ワタクシ の いう こと を うけがわない ヨウス で あった。 ワタクシ も ゴウジョウ で あった。
「もし イワサキ とか ミツイ とか いう ダイフゴウ に コウエン を たのむ と した バアイ に、 アト から 10 エン の オレイ を もって ゆく でしょう か、 あるいは シツレイ だ から と いって、 ただ アイサツ だけ に とどめて おく でしょう か。 ワタクシ の カンガエ では おそらく キンセン は もって ゆくまい と おもう の です が」
「さあ」 と いった だけ で K クン は はっきり した ヘンジ を あたえなかった。 ワタクシ には まだ いう こと が すこし のこって いた。
「オノボレ か は しりません が、 ワタクシ の アタマ は ミツイ イワサキ に くらべる ほど とんで いない に して も、 イッパン ガクセイ より は ずっと カネモチ に ちがいない と しんじて います」
「そう です とも」 と K クン は うなずいた。
「もし イワサキ や ミツイ に 10 エン の オレイ を もって ゆく こと が シツレイ ならば、 ワタクシ の ところ へ 10 エン の オレイ を もって くる の も シツレイ でしょう。 それ も その 10 エン が ブッシツジョウ ワタクシ の セイカツ に ヒジョウ な ウルオイ を あたえる なら、 また ホカ の イミ から この モンダイ を ながめる こと も できる でしょう が、 げんに ワタクシ は それ を ヒト に やろう と まで おもった の だ から。 ――ワタクシ の ゲンカ の ケイザイテキ セイカツ は、 この 10 エン の ため に、 ほとんど メ に たつ ほど の エイキョウ を こうむらない の だ から」
「よく かんがえて みましょう」 と いった K クン は にやにや わらいながら かえって いった。

 16

 ウチ の マエ の ダラダラザカ を おりる と、 1 ケン ばかり の オガワ に わたした ハシ が あって、 その ハシムコウ の すぐ ヒダリガワ に、 ちいさな トコヤ が みえる。 ワタクシ は たった イチド そこ で カミ を かって もらった こと が ある。
 ヘイゼイ は しろい カナキン の マク で、 ガラスド の オク が、 オウライ から みえない よう に して ある ので、 ワタクシ は その トコヤ の ドマ に たって、 カガミ の マエ に ザ を しめる まで、 テイシュ の カオ を まるで しらず に いた。
 テイシュ は ワタクシ の はいって くる の を みる と、 テ に もった シンブンシ を ほうりだして すぐ アイサツ を した。 その とき ワタクシ は どうも どこ か で あった こと の ある オトコ に ちがいない と いう キ が して ならなかった。 それで カレ が ワタクシ の ウシロ へ まわって、 ハサミ を ちょきちょき ならしだした コロ を みはからって、 こっち から ハナシ を もちかけて みた。 すると ワタクシ の スイサツドオリ、 カレ は ムカシ テラマチ の ユウビンキョク の ソバ に ミセ を もって、 イマ と おなじ よう に、 サンパツ を トセイ と して いた こと が わかった。
「タカタ の ダンナ など にも だいぶ オセワ に なりました」
 その タカタ と いう の は ワタクシ の イトコ なの だ から、 ワタクシ も おどろいた。
「へえ タカタ を しってる の かい」
「しってる どころ じゃ ございません。 しじゅう トク、 トク、 って ヒイキ に して くだすった もん です」
 カレ の コトバヅカイ は こういう ショクニン に して は むしろ テイネイ な ほう で あった。
「タカタ も しんだ よ」 と ワタクシ が いう と、 カレ は びっくり した チョウシ で 「へっ」 と コエ を あげた。
「いい ダンナ でした がね、 おしい こと に。 イツゴロ おなくなり に なりました」
「なに、 つい コノアイダ さ。 キョウ で 2 シュウカン に なる か、 ならない くらい の もの だろう」
 カレ は それから この しんだ イトコ に ついて、 いろいろ おぼえて いる こと を ワタクシ に かたった スエ、 「かんがえる と はやい もん です ね ダンナ、 つい キノウ の こと と しっきゃ おもわれない のに、 もう 30 ネン-ぢかく にも なる ん です から」 と いった。
「あの そら キュウユウテイ の ヨコチョウ に いらしって ね、……」 と テイシュ は また コトバ を つぎたした。
「うん、 あの 2 カイ の ある ウチ だろう」
「ええ オニカイ が ありましたっけ。 あすこ へ おうつり に なった とき なんか、 ホウボウサマ から オイワイモノ なんか あって、 たいへん ごさかん でした がね。 それから アト でしたっけ か、 ギョウガンジ の ジナイ へ オヒッコシ なすった の は」
 この シツモン は ワタクシ にも こたえられなかった。 じつは あまり ふるい こと なので、 ワタクシ も つい わすれて しまった の で ある。
「あの ジナイ も イマ じゃ たいへん かわった よう だね。 ヨウ が ない ので、 それから つい はいって みた こと も ない が」
「かわった の かわらない の って アナタ、 イマ じゃ まるで マチアイ ばかり でさあ」
 ワタクシ は サカナマチ を とおる たび に、 その ジナイ へ はいる タビヤ の カド の ほそい コウジ の イリグチ に、 ごたごた かかげられた シカク な ケントウ の おおい の を しって いた。 しかし その カズ を カンジョウ して みる ほど の ドウラクギ も おこらなかった ので、 つい テイシュ の いう こと には キ が つかず に いた。
「なるほど そう いえば タガソデ なんて カンバン が トオリ から みえる よう だね」
「ええ たくさん できました よ。 もっとも かわる はず です ね、 かんがえて みる と。 もう やがて 30 ネン にも なろう と いう ん です から。 ダンナ も ゴショウチ の とおり、 あの ジブン は ゲイシャヤ ったら、 ジナイ に たった 1 ケン しきゃ なかった もん でさあ。 アズマヤ って ね。 ちょうど そら タカタ の ダンナ の マンムコウ でしたろう、 アズマヤ の ゴジントウ の ぶらさがって いた の は」
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ガラスド の ウチ 3

2018-02-04 | ナツメ ソウセキ
 17

 ワタクシ は その アズマヤ を よく おぼえて いた。 イトコ の ウチ の つい ムコウ なので、 リョウホウ の モノ が デハイリ の たび に、 カオ を あわせ さえ すれば アイサツ を しあう くらい の アイダガラ で あった から。
 その コロ イトコ の イエ には、 ワタクシ の 2 バンメ の アニ が ごろごろ して いた。 この アニ は だいの ホウトウモノ で、 よく ウチ の カケモノ や トウケンルイ を ぬすみだして は、 それ を ニソク サンモン に うりとばす と いう わるい クセ が あった。 カレ が なんで イトコ の イエ に ころがりこんで いた の か、 その とき の ワタクシ には わからなかった けれども、 イマ かんがえる と、 あるいは そうした ランボウ を はたらいた ケッカ、 しばらく ウチ を おいだされて いた かも しれない と おもう。 その アニ の ホカ に、 まだ ショウ さん と いう、 これ も ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ が、 そこいら に ぶらぶら して いた。
 こういう レンジュウ が いつでも ヒトツトコロ に おちあって は、 ねそべったり、 エンガワ へ コシ を かけたり して、 カッテ な デホウダイ を ならべて いる と、 ときどき ムコウ の ゲイシャヤ の タケゴウシ の マド から、 「こんちわ」 など と コエ を かけられたり する。 それ を また まちうけて でも いる ごとく に、 レンジュウ は 「おい ちょいと おいで、 いい もの ある から」 とか なんとか いって、 オンナ を よびよせよう と する。 ゲイシャ の ほう でも ヒルマ は ヒマ だ から、 3 ド に 1 ド は ゴアイキョウ に あそび に くる。 と いった フウ の チョウシ で あった。
 ワタクシ は その コロ まだ 17~18 だったろう、 そのうえ タイヘン な ハニカミヤ で とおって いた ので、 そんな ところ に いあわして も、 なんにも いわず に だまって スミ の ほう に ひっこんで ばかり いた。 それでも ワタクシ は ナニ か の ヒョウシ で、 これら の ヒトビト と イッショ に、 その ゲイシャヤ へ あそび に いって、 トランプ を した こと が ある。 まけた モノ は ナニ か おごらなければ ならない ので、 ワタクシ は ヒト の かった スシ や カシ を だいぶ くった。
 1 シュウカン ほど たって から、 ワタクシ は また この ノラクラ の アニ に つれられて おなじ ウチ へ あそび に いったら、 レイ の ショウ さん も セキ に いあわせて ハナシ が だいぶ はずんだ。 その とき サキマツ と いう わかい ゲイシャ が ワタクシ の カオ を みて、 「また トランプ を しましょう」 と いった。 ワタクシ は コクラ の ハカマ を はいて しかくばって いた が、 カイチュウ には 1 セン の コヅカイ さえ なかった。
「ボク は ゼニ が ない から いや だ」
「いい わ、 ワタシ が もってる から」
 この オンナ は その とき メ を やんで でも いた の だろう、 こう いいいい、 きれい な ジュバン の ソデ で しきり に うすあかく なった フタエマブチ を こすって いた。
 ソノゴ ワタクシ は 「オサク が いい オキャク に ひかされた」 と いう ウワサ を、 イトコ の ウチ で きいた。 イトコ の ウチ では、 この オンナ の こと を サキマツ と いわない で、 つねに オサク オサク と よんで いた の で ある。 ワタクシ は その ハナシ を きいた とき、 ココロ の ウチ で もう オサク に あう キカイ も こない だろう と かんがえた。
 ところが それから だいぶ たって、 ワタクシ が レイ の タツジン と イッショ に、 シバ の サンナイ の カンコウバ へ いったら、 そこ で また ぱったり オサク に であった。 こちら の ショセイ スガタ に ひきかえて、 カノジョ は もう ヒン の いい オクサマ に かわって いた。 ダンナ と いう の も カノジョ の ソバ に ついて いた。……
 ワタクシ は トコヤ の テイシュ の クチ から でた アズマヤ と いう ゲイシャヤ の ナマエ の オク に ひそんで いる これ だけ の ふるい ジジツ を キュウ に おもいだした の で ある。
「あすこ に いた オサク と いう オンナ を しってる かね」 と ワタクシ は テイシュ に きいた。
「しってる どころ か、 ありゃ ワタクシ の メイ でさあ」
「そう かい」
 ワタクシ は おどろいた。
「それで、 イマ どこ に いる の かね」
「オサク は なくなりました よ、 ダンナ」
 ワタクシ は また おどろいた。
「いつ」
「いつ って、 もう ムカシ の こと に なります よ。 たしか あれ が 23 の トシ でしたろう」
「へええ」
「しかも ウラジオ で なくなった ん です。 ダンナ が リョウジカン に カンケイ の ある ヒト だった もん です から、 あっち へ イッショ に ゆきまして ね。 それから まもなく でした、 しんだ の は」
 ワタクシ は かえって ガラスド の ウチ に すわって、 まだ しなず に いる モノ は、 ジブン と あの トコヤ の テイシュ だけ の よう な キ が した。

 18

 ワタクシ の ザシキ へ とおされた ある わかい オンナ が、 「どうも ジブン の マワリ が きちんと かたづかない で こまります が、 どう したら よろしい もの でしょう」 と きいた。
 この オンナ は ある シンセキ の ウチ に キグウ して いる ので、 そこ が テゼマ な うえ に、 コドモ など が うるさい の だろう と おもった ワタクシ の コタエ は、 すこぶる カンタン で あった。
「どこ か さっぱり した ウチ を さがして ゲシュク でも したら いい でしょう」
「いえ ヘヤ の こと では ない ので、 アタマ の ナカ が きちんと かたづかない で こまる の です」
 ワタクシ は ワタクシ の ゴカイ を イシキ する と ドウジ に、 オンナ の イミ が また わからなく なった。 それで もうすこし すすんだ セツメイ を カノジョ に もとめた。
「ソト から は なんでも アタマ の ナカ に はいって きます が、 それ が ココロ の チュウシン と オリアイ が つかない の です」
「アナタ の いう ココロ の チュウシン とは いったい どんな もの です か」
「どんな もの と いって、 マッスグ な チョクセン なの です」
 ワタクシ は この オンナ の スウガク に ネッシン な こと を しって いた。 けれども ココロ の チュウシン が チョクセン だ と いう イミ は むろん ワタクシ に つうじなかった。 そのうえ チュウシン とは はたして ナニ を イミ する の か、 それ も ほとんど フカカイ で あった。 オンナ は こう いった。
「モノ には なんでも チュウシン が ございましょう」
「それ は メ で みる こと が でき、 モノサシ で はかる こと の できる ブッタイ に ついて の ハナシ でしょう。 ココロ にも カタチ が ある ん です か。 そんなら その チュウシン と いう もの を ここ へ だして ごらんなさい」
 オンナ は だせる とも だせない とも いわず に、 ニワ の ほう を みたり、 ヒザ の ウエ で リョウテ を すったり して いた。
「アナタ の チョクセン と いう の は タトエ じゃ ありません か。 もし タトエ なら、 マル と いって も シカク と いって も、 つまり おなじ こと に なる の でしょう」
「そう かも しれません が、 カタチ や イロ が しじゅう かわって いる うち に、 すこしも かわらない もの が、 どうしても ある の です」
「その かわる もの と かわらない もの が、 ベツベツ だ と する と、 ようするに ココロ が フタツ ある わけ に なります が、 それ で いい の です か。 かわる もの は すなわち かわらない もの で なければ ならない はず じゃ ありません か」
 こう いった ワタクシ は また モンダイ を モト に かえして オンナ に むかった。
「すべて ガイカイ の もの が アタマ の ナカ に はいって、 すぐ せいぜん と チツジョ なり ダンラク なり が はっきり する よう に おさまる ヒト は、 おそらく ない でしょう。 シツレイ ながら アナタ の トシ や キョウイク や ガクモン で、 そう きちんと かたづけられる わけ が ありません。 もし また そんな イミ で なくって、 ガクモン の チカラ を かりず に、 テッテイテキ に どさり と オサマリ を つけたい なら、 ワタクシ の よう な モノ の ところ へ きて も ダメ です。 ボウサン の ところ へ でも いらっしゃい」
 すると オンナ が ワタクシ の カオ を みた。
「ワタクシ は はじめて センセイ を おみあげ もうした とき に、 センセイ の ココロ は そういう テン で、 フツウ の ヒト イジョウ に ととのって いらっしゃる よう に おもいました」
「そんな はず が ありません」
「でも ワタクシ には そう みえました。 ナイゾウ の イチ まで が ととのって いらっしゃる と しか かんがえられません でした」
「もし ナイゾウ が それほど グアイ よく チョウセツ されて いる なら、 こんな に しじゅう ビョウキ など は しません」
「ワタクシ は ビョウキ には なりません」 と その とき オンナ は とつぜん ジブン の こと を いった。
「それ は アナタ が ワタクシ より えらい ショウコ です」 と ワタクシ も こたえた。
 オンナ は フトン を すべりおりた。 そうして、 「どうぞ オカラダ を ゴタイセツ に」 と いって かえって いった。

 19

 ワタクシ の キュウタク は イマ ワタクシ の すんで いる ところ から、 4~5 チョウ オク の ババシタ と いう マチ に あった。 マチ とは イイジョウ、 そのじつ ちいさな シュクバ と しか おもわれない くらい、 コドモ の とき の ワタクシ には、 さびれきって かつ さむしく みえた。 もともと ババシタ とは タカタ ノ ババ の シタ に ある と いう イミ なの だ から、 エド エズ で みて も、 シュビキウチ か シュビキソト か わからない ヘンピ な スミ の ほう に あった に ちがいない の で ある。
 それでも クラヅクリ の ウチ が せまい チョウナイ に 3~4 ケン は あったろう。 サカ を あがる と、 ミギガワ に みえる オウミヤ デンベエ と いう ヤクシュヤ など は その ヒトツ で あった。 それから サカ を おりきった ところ に、 マグチ の ひろい コクラヤ と いう サカヤ も あった。 もっとも この ほう は クラヅクリ では なかった けれども、 ホリベ ヤスベエ が タカタ ノ ババ で カタキ を うつ とき に、 ここ へ たちよって、 マスザケ を のんで いった と いう リレキ の ある イエガラ で あった。 ワタクシ は その ハナシ を コドモ の ジブン から おぼえて いた が、 ついぞ そこ に しまって ある と いう ウワサ の ヤスベエ が クチ を つけた マス を みた こと が なかった。 そのかわり ムスメ の オキタ さん の ナガウタ は ナンド と なく きいた。 ワタクシ は コドモ だ から ジョウズ だ か ヘタ だ か まるで わからなかった けれども、 ワタクシ の ウチ の ゲンカン から オモテ へ でる シキイシ の ウエ に たって、 トオリ へ でも ゆこう と する と、 オキタ さん の コエ が そこ から よく きこえた の で ある。 ハル の ヒ の ヒルスギ など に、 ワタクシ は よく うっとり と した タマシイ を、 うららか な ヒカリ に つつみながら、 オキタ さん の オサライ を きく でも なく きかぬ でも なく、 ぼんやり ワタクシ の イエ の ドゾウ の シラカベ に ミ を もたせて、 たたずんで いた こと が ある。 その おかげ で ワタクシ は とうとう 「タビ の コロモ は スズカケ の」 など と いう モンク を いつのまにか おぼえて しまった。
 この ホカ には ボウヤ が 1 ケン あった。 それから カジヤ も 1 ケン あった。 すこし ハチマンザカ の ほう へ よった ところ には、 ひろい ドマ を ヤネ の シタ に かこいこんだ ヤッチャバ も あった。 ワタクシ の ウチ の モノ は、 そこ の シュジン を、 トンヤ の センタロウ さん と よんで いた。 センタロウ さん は なんでも ワタクシ の チチ と ごく とおい シンルイ ツヅキ に なって いる ん だ とか きいた が、 ツキアイ から いう と、 まるで ソカツ で あった。 オウライ で ゆきあう とき だけ、 「いい オテンキ で」 など と コエ を かける くらい の アイダガラ に すぎなかった らしく おもわれる。 この センタロウ さん の ヒトリムスメ が コウシャクシ の テイスイ と いい ナカ に なって、 しぬ の いきる の と いう サワギ の あった こと も ヒトギキ に きいて おぼえて は いる が、 まとまった キオク は イマ アタマ の どこ にも のこって いない。 コドモ の ワタクシ には、 それ より か センタロウ さん が たかい ダイ の ウエ に コシ を かけて、 ヤタテ と チョウメン を もった まま、 「いー やっちゃ いくら」 と イセイ の いい コエ で シタ に いる オオゼイ の カオ を みわたす コウケイ の ほう が よっぽど おもしろかった。 シタ から は また 20 ポン も 30 ポン も の テ を イチド に あげて、 ミンナ センタロウ さん の ほう を むきながら、 ロンジ だの ガレン だの と いう フチョウ を、 ののしる よう に よびあげる うち に、 ショウガ や ナス や トウナス の カゴ が、 それら の フシブト の テ で、 どしどし どこ か へ はこびさられる の を みて いる の も いさましかった。
 どんな イナカ へ いって も ありがち な トウフヤ は むろん あった。 その トウフヤ には アブラ の ニオイ の しみこんだ ナワノレン が かかって いて カドグチ を ながれる ゲスイ の ミズ が キョウト へ でも いった よう に きれい だった。 その トウフヤ に ついて まがる と ハンチョウ ほど サキ に セイカンジ と いう テラ の モン が こだかく みえた。 あかく ぬられた モン の ウシロ は、 ふかい タケヤブ で イチメン に おおわれて いる ので、 ナカ に どんな もの が ある か トオリ から は まったく みえなかった が、 その オク で する アサバン の オツトメ の カネ の ネ は、 イマ でも ワタクシ の ミミ に のこって いる。 ことに キリ の おおい アキ から コガラシ の ふく フユ へ かけて、 かんかん と なる セイカンジ の カネ の オト は、 いつでも ワタクシ の ココロ に かなしくて つめたい ある もの を たたきこむ よう に ちいさい ワタクシ の キブン を さむく した。

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 この トウフヤ の トナリ に ヨセ が 1 ケン あった の を、 ワタクシ は ユメウツツ の よう に まだ おぼえて いる。 こんな バスエ に ヒトヨセバ の あろう はず が ない と いう の が、 ワタクシ の キオク に カスミ を かける せい だろう、 ワタクシ は それ を おもいだす たび に、 キイ な カンジ に うたれながら、 フシギ そう な メ を みはって、 とおい ワタクシ の カコ を ふりかえる の が ツネ で ある。
 その セキテイ の アルジ と いう の は、 チョウナイ の トビガシラ で、 ときどき メクラジマ の ハラガケ に あかい スジ の はいった シルシバンテン を きて、 ツッカケ ゾウリ か ナニ か で よく オモテ を あるいて いた。 そこ に また オフジ さん と いう ムスメ が あって、 その ヒト の キリョウ が よく ウチ の モノ の クチ に のぼった こと も、 まだ ワタクシ の キオク を はなれず に いる。 ノチ には ヨウシ を もらった が、 それ が クチヒゲ を はやした リッパ な オトコ だった ので、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 オフジ さん の ほう でも ジマン の ヨウシ だ と いう ヒョウバン が たかかった が、 アト から きいて みる と、 この ヒト は どこ か の クヤクショ の ショキ だ とか いう ハナシ で あった。
 この ヨウシ が くる ジブン には、 もう ヨセ も やめて、 シモウタヤ に なって いた よう で ある が、 ワタクシ は そこ の ウチ の ノキサキ に まだ うすぐらい カンバン が さむしそう に かかって いた コロ、 よく ハハ から コヅカイ を もらって そこ へ コウシャク を きき に でかけた もの で ある。 コウシャクシ の ナマエ は たしか、 ナンリン とか いった。 フシギ な こと に、 この ヨセ へは ナンリン より ホカ に ダレ も でなかった よう で ある。 この オトコ の ウチ は どこ に あった か しらない が、 どの ケントウ から あるいて くる に して も、 ミチブシン が できて、 イエナミ の そろった イマ から みれば ダイジギョウ に ソウイ なかった。 そのうえ キャク の アタマカズ は いつでも 15 か 20 くらい なの だ から、 どんな に ソウゾウ を たくましく して も、 ユメ と しか かんがえられない の で ある。 「もうし もうし オイラン え、 と いわれて ヤツハシ なん ざます え と ふりかえる、 トタン に きりこむ ヤイバ の ヒカリ」 と いう ヘン な モンク は、 ワタクシ が その ジブン ナンリン から おすわった の か、 それとも アト に なって ハナシカ の やる コウシャクシ の マネ から おぼえた の か、 イマ では コンザツ して よく わからない。
 トウジ ワタクシ の ウチ から まず マチ-らしい マチ へ でよう と する には、 どうしても ジンカ の ない チャバタケ とか、 タケヤブ とか または ながい タンボミチ とか を とおりぬけなければ ならなかった。 カイモノ-らしい カイモノ は たいてい カグラザカ まで でる レイ に なって いた ので、 そうした ヒツヨウ に ならされた ワタクシ に、 さした クツウ の ある はず も なかった が、 それでも ヤライ の サカ を あがって サカイ サマ の ヒノミヤグラ を とおりこして テラマチ へ でよう と いう、 あの 5~6 チョウ の ヒトスジミチ など に なる と、 ヒル でも いんしん と して、 オオゾラ が くもった よう に しじゅう うすぐらかった。
 あの ドテ の ウエ に フタカカエ も ミカカエ も あろう と いう タイボク が、 ナンボン と なく ならんで、 その スキマ スキマ を また おおきな タケヤブ が ふさいで いた の だ から、 ヒノメ を おがむ ジカン と いったら、 イチニチ の うち に おそらく ただ の 1 コク も なかった の だろう。 シタマチ へ ゆこう と おもって、 ヒヨリ ゲタ など を はいて でよう もの なら、 きっと ひどい メ に あう に きまって いた。 あすこ の シモドケ は アメ より も ユキ より も おそろしい もの の よう に ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。
 その くらい フベン な ところ でも カジ の オソレ は あった もの と みえて、 やっぱり マチ の マガリカド に たかい ハシゴ が たって いた。 そうして その ウエ に ふるい ハンショウ も カタ の ごとく つるして あった。 ワタクシ は こうした アリノママ の ムカシ を よく おもいだす。 その ハンショウ の すぐ シタ に あった ちいさな イチゼンメシヤ も おのずと メサキ に うかんで くる。 ナワノレン の スキマ から あたたかそう な ニシメ の ニオイ が ケブリ と ともに オウライ へ ながれだして、 それ が ユウグレ の モヤ に とけこんで ゆく オモムキ など も わすれる こと が できない。 ワタクシ が シキ の まだ いきて いる うち に、 「ハンショウ と ならんで たかき フユキ かな」 と いう ク を つくった の は、 じつは この ハンショウ の キネン の ため で あった。

 21

 ワタクシ の イエ に かんする ワタクシ の キオク は、 そうじて こういう ふう に ひなびて いる。 そうして どこ か に うすらさむい あわれ な カゲ を やどして いる。 だから イマ いきのこって いる アニ から、 つい こないだ、 ウチ の アネ たち が シバイ に いった トウジ の ヨウス を きいた とき には おどろいた の で ある。 そんな ハデ な クラシ を した ムカシ も あった の か と おもう と、 ワタクシ は いよいよ ユメ の よう な ココロモチ に なる より ホカ は ない。
 その コロ の シバイゴヤ は みんな サルワカ-チョウ に あった。 デンシャ も クルマ も ない ジブン に、 タカタ ノ ババ の シタ から アサクサ の カンノンサマ の サキ まで アサ はやく ゆきつこう と いう の だ から、 タイテイ の こと では なかった らしい。 アネ たち は ミンナ ヨナカ に おきて シタク を した。 トチュウ が ブッソウ だ と いう ので、 ヨウジン の ため、 ゲナン が きっと トモ を して いった そう で ある。
 カレラ は ツクド を おりて、 カキノキ ヨコチョウ から アゲバ へ でて、 かねて そこ の フナヤド に あつらえて おいた ヤネブネ に のる の で ある。 ワタクシ は カレラ が いかに ヨキ に みちた ココロ を もって、 のろのろ ホウヘイ コウショウ の マエ から オチャノミズ を とおりこして ヤナギバシ まで こがれつつ いった だろう と ソウゾウ する。 しかも カレラ の ドウチュウ は けっして そこ で オワリ を つげる わけ に ゆかない の だ から、 ジカン に セイゲン を おかなかった その ムカシ が なおさら カイコ の タネ に なる。
 オオカワ へ でた フネ は、 ナガレ を さかのぼって アズマバシ を とおりぬけて、 イマド の ユウメイロウ の ソバ に つけた もの だ と いう。 アネ たち は そこ から あがって シバイ-ヂャヤ まで あるいて、 それから ようやく モウケ の セキ に つく べく、 コヤ へ おくられて ゆく。 モウケ の セキ と いう の は かならず タカドマ に かぎられて いた。 これ は カレラ の ナリ なり カオ なり、 カミカザリ なり が、 イッパン の メ に よく つく ベンリ の いい バショ なので、 ハデ を このむ ヒトタチ が、 あらそって テ に いれたがる から で あった。
 マク の アイダ には ヤクシャ に ついて いる オトコ が、 どうぞ ガクヤ へ オアソビ に いらっしゃいまし と いって アンナイ に くる。 すると アネ たち は この チリメン の モヨウ の ある キモノ の ウエ に ハカマ を はいた オトコ の アト に ついて、 タノスケ とか トッショウ とか いう ヒイキ の ヤクシャ の ヘヤ へ いって センス に エ など を かいて もらって かえって くる。 これ が カレラ の ミエ だった の だろう。 そうして その ミエ は カネ の チカラ で なければ かえなかった の で ある。
 カエリ には もと きた ミチ を おなじ フネ で アゲバ まで こぎもどす。 ブヨウジン だ から と いって、 ゲナン が また チョウチン を つけて むかえ に ゆく。 ウチ へ つく の は イマ の トケイ で 12 ジ くらい には なる の だろう。 だから ヨナカ から ヨナカ まで かかって カレラ は ようやく シバイ を みる こと が できた の で ある。……
 こんな はなやか な ハナシ を きく と、 ワタクシ は はたして それ が ジブン の ウチ に おこった こと かしらん と うたがいたく なる。 どこ か シタマチ の フユウ な チョウカ の ムカシ を かたられた よう な キ も する。
 もっとも ワタクシ の イエ も サムライブン では なかった。 ハデ な ツキアイ を しなければ ならない ナヌシ と いう チョウニン で あった。 ワタクシ の しって いる チチ は、 ハゲアタマ の ジイサン で あった が、 わかい ジブン には、 イッチュウブシ を ならったり、 ナジミ の オンナ に チリメン の ツミヤグ を して やったり した の だ そう で ある。 アオヤマ に デンジ が あって、 そこ から あがって くる コメ だけ でも、 ウチ の モノ が くう には フソク が なかった とか きいた。 げんに イマ いきのこって いる 3 バンメ の アニ など は、 その コメ を つく オト を しじゅう きいた と いって いる。 ワタクシ の キオク に よる と、 チョウナイ の モノ が ミンナ して ワタクシ の イエ を よんで、 ゲンカ ゲンカ と となえて いた。 その ジブン の ワタクシ には、 どういう イミ か わからなかった が、 イマ かんがえる と、 シキダイ の ついた いかめしい ゲンカンツキ の イエ は、 チョウナイ に たった 1 ケン しか なかった から だろう と おもう。 その シキダイ を あがった ところ に、 ツクボウ や、 ソデガラミ や サスマタ や、 また ふるぼけた バジョウ-ヂョウチン など が、 ならんで かけて あった ムカシ なら、 ワタクシ でも まだ おぼえて いる。

 22

 この 2~3 ネン-ライ ワタクシ は たいてい ネン に イチド くらい の ワリ で ビョウキ を する。 そうして トコ に ついて から トコ を あげる まで に、 ほぼ ヒトツキ の ヒカズ を つぶして しまう。
 ワタクシ の ビョウキ と いえば、 いつも きまった イ の コショウ なので、 いざ と なる と、 ゼッショク リョウホウ より ホカ に テ の ツケヨウ が なくなる。 イシャ の メイレイ ばかり か、 ビョウキ の セイシツ ソノモノ が、 ワタクシ に この ゼッショク を よぎなく させる の で ある。 だから ヤミハジメ より カイフクキ に むかった とき の ほう が、 よけい やせこけて ふらふら する。 1 カゲツ イジョウ かかる の も おもに この スイジャク が たたる から の よう に おもわれる。
 ワタクシ の タチイ が ジユウ に なる と、 クロワク の ついた スリモノ が、 ときどき ワタクシ の ツクエ の ウエ に のせられる。 ワタクシ は ウンメイ を クショウ する ヒト の ごとく、 シルク ハット など を かぶって、 ソウシキ の トモ に たつ、 クルマ を かって サイジョウ へ かけつける。 しんだ ヒト の ウチ には、 オジイサン も オバアサン も ある が、 ときには ワタクシ より も トシ が わかくって、 ヘイゼイ から その ケンコウ を ほこって いた ヒト も まじって いる。
 ワタクシ は ウチ へ かえって ツクエ の マエ に すわって、 ニンゲン の ジュミョウ は じつに フシギ な もの だ と かんがえる。 タビョウ な ワタクシ は なぜ いきのこって いる の だろう か と うたがって みる。 あの ヒト は どういう ワケ で ワタクシ より サキ に しんだ の だろう か と おもう。
 ワタクシ と して こういう モクソウ に ふける の は むしろ トウゼン だ と いわなければ ならない。 けれども ジブン の イチ や、 カラダ や、 サイノウ や―― すべて オノレ と いう もの の オリドコロ を わすれがち な ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は しなない の が アタリマエ だ と おもいながら くらして いる バアイ が おおい。 ドキョウ の アイダ で すら、 ショウコウ の サイ で すら、 しんだ ホトケ の アト に いきのこった、 この ワタクシ と いう ケイガイ を、 ちっとも フシギ と こころえず に すまして いる こと が ツネ で ある。
 ある ヒト が ワタクシ に つげて、 「ヒト の しぬ の は アタリマエ の よう に みえます が、 ジブン が しぬ と いう こと だけ は とても かんがえられません」 と いった こと が ある。 センソウ に でた ケイケン の ある オトコ に、 「そんな に タイ の モノ が ぞくぞく たおれる の を みて いながら、 ジブン だけ は しなない と おもって いられます か」 と きいたら、 その ヒト は 「いられます ね。 おおかた しぬ まで は しなない と おもってる ん でしょう」 と こたえた。 それから ダイガク の リカ に カンケイ の ある ヒト に、 ヒコウキ の ハナシ を きかされた とき に、 こんな モンドウ を した オボエ も ある。
「ああして しじゅう おちたり しんだり したら、 アト から のる モノ は こわい だろう ね。 コンド は オレ の バン だ と いう キ に なりそう な もの だ が、 そう で ない かしら」
「ところが そう で ない と みえます」
「なぜ」
「なぜ って、 まるで ハンタイ の シンリ ジョウタイ に シハイ される よう に なる らしい の です。 やっぱり アイツ は ツイラク して しんだ が、 オレ は だいじょうぶ だ と いう キ に なる と みえます ね」
 ワタクシ も おそらく こういう ヒト の キブン で、 ヒカクテキ ヘイキ に して いられる の だろう。 それ も その はず で ある。 しぬ まで は ダレ しも いきて いる の だ から。
 フシギ な こと に ワタクシ の ねて いる アイダ には、 クロワク の ツウチ が ほとんど こない。 キョネン の アキ にも ビョウキ が なおった アト で、 3~4 ニン の ソウギ に れっした の で ある。 その 3~4 ニン の ナカ に シャ の サトウ クン も はいって いた。 ワタクシ は サトウ クン が ある エンカイ の セキ で、 シャ から もらった ギンパイ を もって きて、 ワタクシ に サケ を すすめて くれた こと を おもいだした。 その とき カレ の おどった ヘン な オドリ も まだ おぼえて いる。 この ゲンキ な クッキョウ な ヒト の トムライ に いった ワタクシ は、 カレ が しんで ワタクシ が いきのこって いる の を、 ベツダン の フシギ とも おもわず に いる とき の ほう が おおい。 しかし おりおり かんがえる と、 ジブン の いきて いる ほう が フシゼン の よう な ココロモチ にも なる。 そうして ウンメイ が わざと ワタクシ を グロウ する の では ない かしら と うたがいたく なる。

 23

 イマ ワタクシ の すんで いる キンジョ に キクイ-チョウ と いう マチ が ある。 これ は ワタクシ の うまれた ところ だ から、 ホカ の ヒト より も よく しって いる。 けれども ワタクシ が イエ を でて、 ホウボウ ヒョウロウ して かえって きた とき には、 その キクイ-チョウ が だいぶ ひろがって、 いつのまにか ネゴロ の ほう まで のびて いた。
 ワタクシ に エンコ の ふかい この マチ の ナ は、 あまり ききなれて そだった せい か、 ちっとも ワタクシ の カコ を さそいだす なつかしい ヒビキ を ワタクシ に あたえて くれない。 しかし ショサイ に ヒトリ すわって、 ホオヅエ を ついた まま、 ナガレ を くだる フネ の よう に、 ココロ を ジユウ に あそばせて おく と、 ときどき ワタクシ の レンソウ が、 キクイ-チョウ の 4 ジ に ぱたり と であった なり、 そこ で しばらく テイカイ しはじめる こと が ある。
 この マチ は エド と いった ムカシ には、 たぶん ソンザイ して いなかった もの らしい。 エド が トウキョウ に あらたまった とき か、 それとも ずっと ノチ に なって から か、 ネンダイ は たしか に わからない が、 なんでも ワタクシ の チチ が こしらえた もの に ソウイ ない の で ある。
 ワタクシ の イエ の ジョウモン が イゲタ に キク なので、 それ に ちなんだ キク に イド を つかって、 キクイ-チョウ と した と いう ハナシ は、 チチ ジシン の クチ から きいた の か、 または ホカ の モノ から おすわった の か、 なにしろ イマ でも まだ ワタクシ の ミミ に のこって いる。 チチ は ナヌシ が なくなって から、 イチジ クチョウ と いう ヤク を つとめて いた ので、 あるいは そんな ジユウ も きいた かも しれない が、 それ を ホコリ に した カレ の キョエイシン を、 イマ に なって かんがえて みる と、 いや な ココロモチ は とくに きえさって、 ただ ビショウ したく なる だけ で ある。
 チチ は まだ その うえ に ジタク の マエ から ミナミ へ ゆく とき に ぜひとも のぼらなければ ならない ながい サカ に、 ジブン の セイ の ナツメ と いう ナ を つけた。 フコウ に して これ は キクイ-チョウ ほど ユウメイ に ならず に、 タダ の サカ と して のこって いる。 しかし このあいだ、 ある ヒト が きて、 チズ で この ヘン の ナマエ を しらべたら、 ナツメザカ と いう の が あった と いって はなした から、 コト に よる と チチ の つけた ナ が イマ でも ヤク に たって いる の かも しれない。
 ワタクシ が ワセダ に かえって きた の は、 トウキョウ を でて から ナンネン-ぶり に なる だろう。 ワタクシ は イマ の スマイ に うつる マエ、 ウチ を さがす モクテキ で あった か、 また エンソク の カエリミチ で あった か、 ヒサシブリ で ぐうぜん ワタクシ の キュウカ の ヨコ へ でた。 その とき オモテ から 2 カイ の フルガワラ が すこし みえた ので、 まだ いきのこって いる の かしら と おもった なり、 ワタクシ は そのまま とおりすぎて しまった。
 ワセダ に うつって から、 ワタクシ は また その モンゼン を とおって みた。 オモテ から のぞく と、 なんだか モト と かわらない よう な キ も した が、 モン には おもい も よらない ゲシュクヤ の カンバン が かかって いた。 ワタクシ は ムカシ の ワセダ タンボ が みたかった。 しかし そこ は もう マチ に なって いた。 ワタクシ は ネゴロ の チャバタケ と タケヤブ を ヒトメ ながめたかった。 しかし その コンセキ は どこ にも ハッケン する こと が できなかった。 たぶん この ヘン だろう と スイソク した ワタクシ の ケントウ は、 あたって いる の か、 はずれて いる の か、 それ さえ フメイ で あった。
 ワタクシ は ぼうぜん と して チョリツ した。 なぜ ワタクシ の イエ だけ が カコ の ザンガイ の ごとく に ソンザイ して いる の だろう。 ワタクシ の ココロ の ウチ で、 はやく それ が くずれて しまえば いい のに と おもった。
「トキ」 は チカラ で あった。 キョネン ワタクシ が タカタ の ほう へ サンポ した ツイデ に、 なにげなく そこ を とおりすぎる と、 ワタクシ の イエ は きれい に とりこわされて、 その アト に あたらしい ゲシュクヤ が たてられつつ あった。 その ソバ には シチヤ も できて いた。 シチヤ の マエ に まばら な カコイ を して、 その ナカ に ニワキ が すこし うえて あった。 3 ボン の マツ は、 みる カゲ も なく エダ を かりこまれて、 ほとんど キケイジ の よう に なって いた が、 どこ か ミオボエ の ある よう な ココロモチ を ワタクシ に おこさせた。 ムカシ 「カゲ しんし マツ サンボン の ツキヨ かな」 と うたった の は、 あるいは この マツ の こと では なかったろう か と かんがえつつ、 ワタクシ は また イエ に かえった。

 24

「そんな ところ に おいたって、 よく コンニチ まで ブジ に すんだ もの です ね」
「まあ どうか こうか ブジ に やって きました」
 ワタクシタチ の つかった ブジ と いう コトバ は、 ナンニョ の アイダ に おこる コイ の ハラン が ない と いう イミ で、 いわば ジョウジ の ハンタイ を さした よう な もの で ある が、 ワタクシ の ツイキュウシン は カンタン な この イック の コタエ で マンゾク できなかった。
「よく ヒト が いいます ね、 カシヤ へ ホウコウ する と、 いくら あまい もの の すき な オトコ でも、 カシ が いや に なる って。 オヒガン に オハギ など を こしらえて いる ところ を ウチ で みて いて も わかる じゃ ありません か、 こしらえる モノ は、 ただ オハギ を オジュウ に つめる だけ で、 もう げんなり した カオ を して いる くらい だ から。 アナタ の バアイ も そんな ワケ なん です か」
「そういう わけ でも ない よう です。 とにかく ハタチ すこし-スギ まで は ヘイキ で いた の です から」
 その ヒト は ある イミ に おいて コウダンシ で あった。
「たとい アナタ が ヘイキ で いて も、 アイテ が ヘイキ で いない バアイ が ない とも かぎらない じゃ ありません か。 そんな とき には、 どうしたって さそわれがち に なる の が アタリマエ でしょう」
「イマ から ふりかえって みる と、 なるほど こういう イミ で ああいう こと を した の だ とか、 あんな こと を いった の だ とか、 いろいろ おもいあたる こと が ない でも ありません」
「じゃ まったく キ が つかず に いた の です ね」
「まあ そう です。 それから こちら で キ の ついた の も ヒトツ ありました。 しかし ワタクシ の ココロ は どうしても、 その アイテ に ひきつけられる こと が できなかった の です」
 ワタクシ は それ が ハナシ の オワリ か と おもった。 フタリ の マエ には ショウガツ の ゼン が すえて あった。 キャク は すこしも サケ を のまない し、 ワタクシ も ほとんど サカズキ に テ を ふれなかった から、 ケンシュウ と いう もの は まったく なかった。
「それ だけ で コンニチ まで ケイカ して こられた の です か」 と ワタクシ は スイモノ を すすりながら ネン の ため に きいて みた。 すると キャク は とつぜん こんな ハナシ を ワタクシ に して きかせた。
「まだ シヨウニン で あった コロ に、 ある オンナ と 2 ネン ばかり あって いた こと が あります。 アイテ は むろん シロウト では ない の でした。 しかし その オンナ は もう いない の です。 クビ を くくって しんで しまった の です。 トシ は 19 でした。 トオカ ばかり あわない で いる うち に しんで しまった の です。 その オンナ には ね、 ダンナ が フタリ あって、 ソウホウ が イジズク で、 ミウケ の カネ を セリアゲ に かかった の です。 それに ソウホウ とも ロウギ を ミカタ に して、 こっち へ こい、 あっち へ ゆくな と ギリゼメ にも した らしい の です。……」
「アナタ は それ を すくって やる わけ に ゆかなかった の です か」
「トウジ の ワタクシ は デッチ の すこし ケ の はえた よう な もの で、 とても どうも できない の です」
「しかし その ゲイシャ は アナタ の ため に しんだ の じゃ ありません か」
「さあ……。 イチド に ソウホウ の ダンナ に ギリ を たてる わけ に いかなかった から かも しれません が。 ……しかし ワタクシラ フタリ の アイダ に、 どこ へも ゆかない と いう ヤクソク は あった に ちがいない の です」
「すると アナタ が カンセツ に その オンナ を ころした こと に なる の かも しれません ね」
「あるいは そう かも しれません」
「アナタ は ネザメ が わるか ありません か」
「どうも よく ない の です」
 ガンジツ に こみあった ワタクシ の ザシキ は、 フツカ に なって さびしい くらい しずか で あった。 ワタクシ は その さびしい ハル の マツ の ウチ に、 こういう あわれ な モノガタリ を、 その ネンガ の キャク から きいた の で ある。 キャク は マジメ な ショウジキ な ヒト だった から、 それ を はなす にも、 ほとんど つやっぽい コトバ を つかわなかった。
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