カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ノビジタク

2016-07-22 | シマザキ トウソン
 ノビジタク

 シマザキ トウソン

 14~15 に なる タイガイ の イエ の ムスメ が そう で ある よう に、 ソデコ も その トシゴロ に なって みたら、 ニンギョウ の こと なぞ は しだいに わすれた よう に なった。
 ニンギョウ に きせる キモノ だ ジュバン だ と いって オオサワギ した コロ の ソデコ は、 イクツ その ため に ちいさな キモノ を つくり、 イクツ ちいさな ズキン なぞ を つくって、 それ を おさない ヒ の タノシミ と して きた か しれない。 マチ の オモチャヤ から ヤスモノ を かって きて すぐに クビ の とれた もの、 カオ が よごれ ハナ が かけ する うち に オバケ の よう に きみわるく なって すてて しまった もの―― ソデコ の ふるい ニンギョウ にも いろいろ あった。 その ナカ でも、 トウサン に つれられて シンサイ マエ の マルゼン へ いった とき に かって もらって きた ニンギョウ は、 いちばん ながく あった。 あれ は ドイツ の ほう から シンニ が ついた ばかり だ と いう イロイロ な オモチャ と イッショ に、 あの マルゼン の 2 カイ に ならべて あった もの で、 イコク の コドモ の ナリ ながら に あいらしく、 カクヤス で、 しかも ジョウブ に できて いた。 チャイロ な カミ を かぶった よう な オトコ の コ の ニンギョウ で、 それ を ねかせば メ を つぶり、 おこせば ぱっちり と かわいい メ を みひらいた。 ソデコ が あの ニンギョウ に はなしかける の は、 いきて いる コドモ に はなしかける の と ほとんど カワリ が ない くらい で あった。 それほど に すき で、 だき、 かかえ、 なで、 もちあるき、 マイニチ の よう に キモノ を きせなおし など して、 あの ニンギョウ の ため には ちいさな フトン や ちいさな マクラ まで も つくった。 ソデコ が カゼ でも ひいて ガッコウ を やすむ よう な ヒ には、 カノジョ の マクラモト に アシ を なげだし、 いつでも わらった よう な カオ を しながら オトギバナシ の アイテ に なって いた の も、 あの ニンギョウ だった。
「ソデコ さん、 おあそびなさい な」
と いって、 ヒトコロ は よく カノジョ の ところ へ あそび に かよって きた キンジョ の コムスメ も ある。 ミツコ さん と いって、 ヨウチエン へ でも あがろう と いう トシゴロ の コムスメ の よう に、 ヒタイ の ところ へ カミ を きりさげて いる コ だ。 ソデコ の ほう でも よく その ミツコ さん を み に いって、 ヒマ さえ あれば イッショ に オリガミ を たたんだり、 オテダマ を ついたり して あそんだ もの だ。 そういう とき の フタリ の アイテ は、 いつでも あの ニンギョウ だった。 そんな に ホウアイ の マト で あった もの が、 しだいに ソデコ から わすれられた よう に なって いった。 それ ばかり で なく、 ソデコ が ニンギョウ の こと なぞ を イゼン の よう に オオサワギ しなく なった コロ には、 ミツコ さん とも そう あそばなく なった。
 しかし、 ソデコ は まだ ようやく コウトウ ショウガク の 1 ガクネン を おわる か おわらない ぐらい の トシゴロ で あった。 カノジョ とて も ナニ か なし には いられなかった。 コドモ の すき な ソデコ は、 いつのまにか キンジョ の イエ から ベツ の コドモ を だいて きて、 ジブン の ヘヤ で あそばせる よう に なった。 カゾエドシ の フタツ に しか ならない オトコ の コ で ある が、 あの きかない キ の ミツコ さん に くらべたら、 これ は また なんと いう おとなしい もの だろう。 キンノスケ さん と いう ナマエ から して オトコ の コ-らしく、 シモブクレ の した その カオ に エミ の うかぶ とき は、 ちいさな エクボ が あらわれて、 あいらしかった。 それに、 この コ の よい こと には、 ソデコ の イウナリ に なった。 どうして あの すこしも じっと して いない で、 どうか する と ソデコ の テ に おえない こと が おおかった ミツコ さん を あそばせる とは オオチガイ だ。 ソデコ は ニンギョウ を だく よう に キンノスケ さん を だいて、 どこ へ でも すき な ところ へ つれて ゆく こと が できた。 ジブン の ソバ に おいて あそばせたければ、 それ も できた。
 この キンノスケ さん は ショウガツ ウマレ の フタツ でも、 まだ いくらも ヒト の コトバ を しらない。 ツボミ の よう な その クチビル から は 「ウマウマ」 ぐらい しか もれて こない。 ハハオヤ イガイ の したしい モノ を よぶ にも、 「チャアチャン」 と しか まだ いいえなかった。 こんな おさない コドモ が ソデコ の イエ へ つれられて きて みる と、 ソデコ の トウサン が いる、 フタリ ある ニイサン たち も いる、 しかし キンノスケ さん は そういう ヒトタチ まで も 「チャアチャン」 と いって よぶ わけ では なかった。 やはり この おさない コドモ の よびかける コトバ は したしい モノ に かぎられて いた。 もともと キンノスケ さん を ソデコ の イエ へ、 はじめて だいて きて みせた の は ゲジョ の オハツ で、 オハツ の コボンノウ と きたら、 ソデコ に おとらなかった。
「チャアチャン」
 それ が チャノマ へ ソデコ を さがし に ゆく とき の コドモ の コエ だ。
「チャアチャン」
 それ が また ダイドコロ で はたらいて いる オハツ を さがす とき の コドモ の コエ でも ある の だ。 キンノスケ さん は、 まだ よちよち した おぼつかない アシモト で、 チャノマ と ダイドコロ の アイダ を いったり きたり して、 ソデコ や オハツ の カタ に つかまったり、 フタリ の スソ に まといついたり して たわむれた。
 3 ガツ の ユキ が ワタ の よう に マチ へ きて、 ヒトバン の うち に みごと に とけて ゆく コロ には、 ソデコ の イエ では もう ミツコ さん を よぶ コエ が おこらなかった。 それ が 「キンノスケ さん、 キンノスケ さん」 に かわった。
「ソデコ さん、 どうして おあそび に ならない ん です か。 ワタシ を おわすれ に なった ん です か」
 キンジョ の イエ の 2 カイ の マド から、 ミツコ さん の コエ が きこえて いた。 その ませた、 コムスメ-らしい コエ は、 ハルサキ の マチ の クウキ に たかく ひびけて きこえて いた。 ちょうど ソデコ は ある コウトウ ジョガッコウ への ジュケン の ジュンビ に いそがしい コロ で、 おそく なって イマ まで の ガッコウ から かえって きた とき に、 その ミツコ さん の コエ を きいた。 カノジョ は べつに わるい カオ も せず、 ただ それ を ききながした まま で イエ へ もどって みる と、 チャノマ の ショウジ の ワキ には オハツ が ハリシゴト しながら キンノスケ さん を あそばせて いた。
 どうした ハズミ から か、 その ヒ、 ソデコ は キンノスケ さん を おこらして しまった。 コドモ は ソデコ の ほう へ こない で、 オハツ の ほう へ ばかり いった。
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
 オハツ と コドモ は、 ソデコ の マエ で、 こんな コトバ を かわして いた。 コドモ から よびかけられる たび に、 オハツ は 「まあ、 かわいい」 と いう ヨウス を して、 おなじ こと を ナンド も ナンド も くりかえした。
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
 あまり オハツ の コエ が たかかった ので、 そこ へ ソデコ の トウサン が エガオ を みせた。
「えらい サワギ だなあ。 オレ は ジブン の ヘヤ で きいて いた が、 まるで、 オマエタチ の は カケアイ じゃ ない か」
「ダンナサン」 と オハツ は ジブン でも おかしい よう に わらって、 やがて ソデコ と キンノスケ さん の カオ を みくらべながら、 「こんな に キンノスケ さん は ワタシ に ばかり ついて しまって…… ソデコ さん と キンノスケ さん とは、 キョウ は ケンカ です」
 この 「ケンカ」 が トウサン を わらわせた。
 ソデコ は テモチ ブサタ で、 オハツ の ソバ を はなれない で いる コドモ の カオ を みまもった。 オンナ にも して みたい ほど の イロ の しろい コ で、 やさしい マユ、 すこし ひらいた クチビル、 みじかい ウブゲ の まま の カミ、 こどもらしい オデコ―― すべて あいらしかった。 なんとなく ソデコ に むかって すねて いる よう な ムジャキサ は、 いっそう その こどもらしい ヨウス を あいらしく みせた。 こんな イジラシサ は、 あの セイメイ の ない ニンギョウ には なかった もの だ。
「なんと いって も、 キンノスケ さん は ソデ ちゃん の オニンギョウ さん だね」
と いって トウサン は わらった。
 そういう ソデコ の トウサン は ヤモメ で、 チュウネン で ツレアイ に しにわかれた ヒト に ある よう に、 オトコ の テ ヒトツ で どうにか こうにか ソデコ たち を おおきく して きた。 この トウサン は、 キンノスケ さん を ニンギョウ アツカイ に する ソデコ の こと を わらえなかった。 なぜかなら、 そういう ソデコ が、 じつは トウサン の ニンギョウ ムスメ で あった から で。 トウサン は、 ソデコ の ため に ニンギョウ まで も ジブン で みたて、 おなじ マルゼン の 2 カイ に あった ドイツ-デキ の ニンギョウ の ナカ でも ジブン の キ に いった よう な もの を もとめて、 それ を ソデコ に あてがった。 ちょうど ソデコ が あの ニンギョウ の ため に イクツ か の ちいさな キモノ を つくって きせた よう に、 トウサン は また ソデコ の ため に ジブン の コノミ に よった もの を えらんで きせて いた。
「ソデコ さん は かわいそう です。 イマ の うち に あかい ハデ な もの でも きせなかったら、 いつ きせる とき が ある ん です」
 こんな こと を いって ソデコ を かばう よう に する フジン の キャク なぞ が ない でも なかった が、 しかし トウサン は ききいれなかった。 ムスメ の ナリ は なるべく セイソ に。 その ジブン の コノミ から トウサン は わりだして、 ソデコ の きる もの でも、 モチモノ でも、 すべて ジブン で みたてて やった。 そして、 いつまでも ジブン の ニンギョウ ムスメ に して おきたかった。 いつまでも コドモ で、 ジブン の イウナリ に、 ジユウ に なる もの の よう に……
 ある アサ、 オハツ は ダイドコロ の ナガシモト に はたらいて いた。 そこ へ ソデコ が きて たった。 ソデコ は シキフ を かかえた まま モノ も いわない で、 あおざめた カオ を して いた。
「ソデコ さん、 どうした の」
 サイショ の うち こそ オハツ も フシギ そう に して いた が、 ソデコ から シキフ を うけとって みて、 すぐに その イミ を よんだ。 オハツ は タイカク も おおきく、 チカラ も ある オンナ で あった から、 ソデコ の ふるえる カラダ へ ウシロ から テ を かけて、 ハンブン だきかかえる よう に チャノマ の ほう へ つれて いった。 その ヘヤ の カタスミ に ソデコ を ねかした。
「そんな に シンパイ しない でも いい ん です よ。 ワタシ が よい よう に して あげる から―― ダレ でも ある こと なん だ から―― キョウ は ガッコウ を おやすみなさい ね」
と オハツ は ソデコ の マクラモト で いった。
 オバアサン も なく、 カアサン も なく、 ダレ も いって きかせる モノ の ない よう な カテイ で、 うまれて はじめて ソデコ の ケイケン する よう な こと が、 おもいがけない とき に やって きた。 めった に ガッコウ を やすんだ こと の ない ムスメ が、 しかも ジュケン マエ で いそがしがって いる とき で あった。 3 ガツ-らしい ハル の アサヒ が チャノマ の ショウジ に さして くる コロ には、 トウサン は ソデコ を み に きた。 その ヨウス を オハツ に といたずねた。
「ええ、 すこし……」
と オハツ は アイマイ な ヘンジ ばかり した。
 ソデコ は モノ も いわず に ねぐるしがって いた。 そこ へ トウサン が シンパイ して のぞき に くる たび に、 シマイ には オハツ の ほう でも かくしきれなかった。
「ダンナサン、 ソデコ さん の は ビョウキ では ありません」
 それ を きく と、 トウサン は ハンシン ハンギ の まま で、 ムスメ の ソバ を はなれた。 ヒゴロ カアサン の ヤク まで かねて キモノ の セワ から ナニ から イッサイ を ひきうけて いる トウサン でも、 その ヒ ばかり は まったく トウサン の ハタケ に ない こと で あった。 オトコオヤ の カナシサ には、 トウサン は それ イジョウ の こと を オハツ に たずねる こと も できなかった。
「もう ナンジ だろう」
と いって トウサン が チャノマ に かかって いる ハシラドケイ を み に きた コロ は、 その トケイ の ハリ が 10 ジ を さして いた。
「オヒル には ニイサン たち も かえって くる な」 と トウサン は チャノマ の ナカ を みまわして いった。 「オハツ、 オマエ に たのんで おく がね、 ミンナ ガッコウ から かえって きて きいたら、 そう いって おくれ―― キョウ は トウサン が ソデ ちゃん を やすませた から って―― もしか したら、 すこし アタマ が いたい から って」
 トウサン は ソデコ の ニイサン たち が ガッコウ から かえって くる バアイ を ヨソウ して、 ムスメ の ため に いろいろ コウジツ を かんがえた。
 ヒル すこし マエ には もう フタリ の ニイサン が ゼンゴ して イセイ よく かえって きた。 ヒトリ の ニイサン の ほう は ソデコ の ねて いる の を みる と だまって いなかった。
「おい、 どうした ん だい」
 その ケンマク に おそれて、 ソデコ は なきだしたい ばかり に なった。 そこ へ オハツ が とんで きて、 いろいろ イイワケ を した が、 なにも しらない ニイサン は ワケ の わからない と いう カオツキ で、 しきり に ソデコ を せめた。
「アタマ が いたい ぐらい で ガッコウ を やすむ なんて、 そんな ヤツ が ある かい。 ヨワムシ め」
「まあ、 そんな ひどい こと を いって、」 と オハツ は ニイサン を なだめる よう に した。 「ソデコ さん は ワタシ が やすませた ん です よ―― キョウ は ワタシ が やすませた ん です よ」
 フシギ な チンモク が つづいた。 トウサン で さえ それ を ときあかす こと が できなかった。 ただただ トウサン は だまって、 ソデコ の ねて いる ヘヤ の ソト の ロウカ を いったり きたり した。 あだかも ソデコ の コドモ の ヒ が もはや オワリ を つげた か の よう に―― いつまでも そう トウサン の ニンギョウ ムスメ では いない よう な、 ある まちうけた ヒ が、 とうとう トウサン の メノマエ へ やって きた か の よう に。
「オハツ、 ソデ ちゃん の こと は オマエ に よく たのんだ ぜ」
 トウサン は それ だけ の こと を いいにくそう に いって、 また ジブン の ヘヤ の ほう へ もどって いった。 こんな なやましい、 いう に いわれぬ イチニチ を ソデコ は トコ の ウエ に おくった。 ユウガタ には オオゼイ の ちいさな コドモ の コエ に まじって レイ の ミツコ さん の かんだかい コエ も イエ の ソト に ひびいた が、 ソデコ は それ を ねながら きいて いた。 ニワ の ワカクサ の メ も ヒトバン の うち に のびる よう な あたたかい ハル の ヨイ ながら に かなしい オモイ は、 ちょうど ソノママ の よう に ソデコ の ちいさな ムネ を なやましく した。
 ヨクジツ から ソデコ は オハツ に おしえられた とおり に して、 レイ の よう に ガッコウ へ でかけよう と した。 その トシ の 3 ガツ に うけそこなったら また 1 ネン またねば ならない よう な、 ダイジ な ジュケン の ジュンビ が カノジョ を まって いた。 その とき、 オハツ は ジブン が オンナ に なった とき の こと を いいだして、
「ワタシ は 17 の とき でした よ。 そんな に ジブン が おそかった もの です から ね。 もっと はやく アナタ に はなして あげる と よかった。 そのくせ ワタシ は はなそう はなそう と おもいながら、 まだ ソデコ さん には はやかろう と おもって、 イマ まで いわず に あった ん です よ…… つい、 ジブン が おそかった もの です から ね…… ガッコウ の タイソウ や なんか は、 その アイダ、 やすんだ ほう が いい ん です よ」
 こんな ハナシ を ソデコ に して きかせた。
 フアン やら、 シンパイ やら、 おもいだした ばかり でも キマリ の わるく、 カオ の あかく なる よう な オモイ で、 ソデコ は ガッコウ への ミチ を たどった。 この キュウゲキ な ヘンカ―― それ を しって しまえば、 シンパイ も なにも なく、 ありふれた こと だ と いう この ヘンカ を、 なんの ユエ で ある の か、 なんの ため で ある の か、 それ を ソデコ は しりたかった。 ジジツジョウ の こまかい チュウイ を のこりなく オハツ から おしえられた に して も、 こんな とき に カアサン でも いきて いて、 その ヒザ に だかれたら、 と しきり に こいしく おもった。 イツモ の よう に ガッコウ へ いって みる と、 ソデコ は もう イゼン の ジブン では なかった。 ことごとに ジユウ を うしなった よう で、 アタリ が せまかった。 キノウ まで の アソビ の トモダチ から は にわか に とおのいて、 オオゼイ の トモダチ が センセイ たち と ナワトビ に マリナゲ に キギ する サマ を ウンドウジョウ の スミ に さびしく ながめつくした。
 それから 1 シュウカン ばかり アト に なって、 ようやく ソデコ は アタリマエ の カラダ に かえる こと が できた。 あふれて くる もの は、 すべて きよい。 あだかも ハル の ユキ に ぬれて かえって のびる チカラ を ます ワカクサ の よう に、 シトナリザカリ の ソデコ は いっそう いきいき と した ケンコウ を カイフク した。
「まあ、 よかった」
と いって、 アタリ を みまわした とき の ソデコ は なにがなし に かなしい オモイ に うたれた。 その カナシミ は おさない ヒ に ワカレ を つげて ゆく カナシミ で あった。 カノジョ は もはや イマ まで の よう な メ で もって、 キンジョ の コドモ たち を みる こと も できなかった。 あの ミツコ さん なぞ が くろい ふさふさ した カミノケ を ふって、 さも ムジャキ に、 イエ の マワリ を かけまわって いる の を みる と、 ソデコ は ジブン でも、 もう イチド なにも しらず に ねむって みたい と おもった。
 オトコ と オンナ の ソウイ が、 イマ は あきらか に ソデコ に みえて きた。 さも ノンキ そう な ニイサン たち と ちがって、 カノジョ は ジブン を まもらねば ならなかった。 オトナ の セカイ の こと は すっかり わかって しまった とは いえない まで も、 すくなくも それ を のぞいて みた。 その ココロ から、 ソデコ は いいあらわしがたい オドロキ をも さそわれた。
 ソデコ の カアサン は、 カノジョ が うまれる と まもなく はげしい サンゴ の シュッケツ で なくなった ヒト だ。 その カアサン が なくなる とき には、 ヒト の カラダ に さしたり ひいたり する シオ が 3 マイ も 4 マイ も の カアサン の ヒトエ を シズク の よう に した。 それほど おそろしい イキオイ で カアサン から ひいて いった シオ が ――15 ネン の ノチ に なって―― あの カアサン と セイメイ の トリカエッコ を した よう な ニンギョウ ムスメ に さして きた。 ソラ に ある ツキ が みちたり かけたり する たび に、 それ と コキュウ を あわせる よう な、 キセキ で ない キセキ は、 まだ ソデコ には よく のみこめなかった。 それ が ヒト の いう よう に キソクテキ に あふれて こよう とは、 しんじられ も しなかった。 ユエ も ない フアン は まだ つづいて いて、 たえず カノジョ を おびやかした。 ソデコ は、 その シンパイ から、 コドモ と オトナ の フタツ の セカイ の トチュウ の ミチバタ に いきづき ふるえて いた。
 コドモ の すき な オハツ は あいかわらず キンジョ の イエ から キンノスケ さん を だいて きた。 がんぜない コドモ は、 イゼン にも まさる かわいげ な ヒョウジョウ を みせて、 ソデコ の カタ に すがったり、 その アト を おったり した。
「チャアチャン」
 したしげ に よぶ キンノスケ さん の コエ に カワリ は なかった。 しかし ソデコ は もう イゼン と おなじ よう には この オトコ の コ を だけなかった。
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ヨアケマエ (ジョ の ショウ)

2014-09-23 | シマザキ トウソン
 ヨアケマエ

 シマザキ トウソン

 ジョ の ショウ

 1

 キソジ は すべて ヤマ の ナカ で ある。 ある ところ は ソバヅタイ に ゆく ガケ の ミチ で あり、 ある ところ は スウジッケン の フカサ に のぞむ キソガワ の キシ で あり、 ある ところ は ヤマノオ を めぐる タニ の イリグチ で ある。 ヒトスジ の カイドウ は この ふかい シンリン チタイ を つらぬいて いた。
 ヒガシザカイ の サクラザワ から、 ニシ の ジッキョク トウゲ まで、 キソ 11 シュク は この カイドウ に そうて、 22 リ-ヨ に わたる ながい ケイコク の アイダ に サンザイ して いた。 ドウロ の イチ も イクタビ か あらたまった もの で、 コドウ は いつのまにか ふかい ヤマアイ に うずもれた。 なだかい カケハシ も、 ツタ の カズラ を タノミ に した よう な あぶない バショ では なくなって、 トクガワ ジダイ の スエ には すでに わたる こと の できる ハシ で あった。 シンキ に シンキ に と できた ミチ は だんだん タニ の シタ の ほう の イチ へ と くだって きた。 ミチ の せまい ところ には、 キ を きって ならべ、 フジヅル で からめ、 それ で カイドウ の せまい の を おぎなった。 ながい アイダ に この キソジ に おこって きた ヘンカ は、 いくらか ずつ でも ケンソ な ヤマサカ の おおい ところ を あるきよく した。 そのかわり、 オオアメ ごと に やって くる カスイ の ハンラン が リョコウ を コンナン に する。 その たび に タビビト は モヨリ モヨリ の シュクバ に トウリュウ して、 ドウロ の カイツウ を まつ こと も めずらしく ない。
 この カイドウ の ヘンセン は イク-セイキ に わたる ホウケン ジダイ の ハッタツ をも、 その セイド ソシキ の ヨウジン-ブカサ をも かたって いた。 テッポウ を あらため オンナ を あらためる ほど リョコウシャ の トリシマリ を ゲンジュウ に した ジダイ に、 これほど よい ヨウガイ の チセイ も ない から で ある。 この ケイコク の もっとも ふかい ところ には キソ フクシマ の セキショ も かくれて いた。
 トウサンドウ とも いい、 キソ カイドウ ロクジュウキュウツギ とも いった エキロ の イチブ が ここ だ。 この ミチ は ヒガシ は イタバシ を へて エド に つづき、 ニシ は オオツ を へて キョウト に まで つづいて いって いる。 トウカイドウ ホウメン を まわらない ほど の タビビト は、 いや でも オウ でも この ミチ を ふまねば ならぬ。 1 リ ごと に ツカ を きずき、 エノキ を うえて、 リテイ を しる タヨリ と した ムカシ は、 タビビト は いずれ も ドウチュウキ を フトコロ に して、 シュクバ から シュクバ へ と かかりながら、 この カイドウスジ を オウライ した。
 マゴメ は キソ 11 シュク の ヒトツ で、 この ながい ケイコク の つきた ところ に ある。 ニシ より する キソジ の サイショ の イリグチ に あたる。 そこ は ミノ-ザカイ にも ちかい。 ミノ ホウメン から ジッキョク トウゲ に そうて、 まがりくねった ヤマサカ を よじのぼって くる モノ は、 たかい トウゲ の ウエ の イチ に この シュク を みつける。 カイドウ の リョウガワ には 1 ダン ずつ イシガキ を きずいて その ウエ に ミンカ を たてた よう な ところ で、 フウセツ を しのぐ ため の イシ を のせた イタヤネ が その サユウ に ならんで いる。 シュクバ-らしい コウサツ の たつ ところ を チュウシン に、 ホンジン、 トイヤ、 トシヨリ、 テンマヤク、 ジョウホコウヤク、 ミズヤク、 シチリヤク (ヒキャク) など より なる 100 ケン ばかり の イエイエ が おも な ブブン で、 まだ その ホカ に シュクナイ の ヒカエ と なって いる コナ の ヤカズ を くわえる と 60 ケン ばかり の ミンカ を かぞえる。 アラマチ、 ミツヤ、 ヨコテ、 ナカノカヤ、 イワタ、 トウゲ など の ブラク が それ だ。 そこ の シュクハズレ では タヌキ の コウヤク を うる。 メイブツ クリコワメシ の カンバン を ノキ に かけて、 オウライ の キャク を まつ オヤスミドコロ も ある。 ヤマ の ナカ とは いいながら、 ひろい ソラ は エナ-サン の フモト の ほう に ひらけて、 ミノ の ヘイヤ を のぞむ こと の できる よう な イチ にも ある。 なんとなく ニシ の クウキ も かよって くる よう な ところ だ。
 ホンジン の トウシュ キチザエモン と、 トシヨリヤク の キンベエ とは この ムラ に うまれた。 キチザエモン は アオヤマ の イエ を つぎ、 キンベエ は、 コタケ の イエ を ついだ。 この ヒトタチ が シュクヤクニン と して、 エキロ イッサイ の セワ に なれた コロ は、 フタリ とも すでに 50 の サカ を こして いた。 キチザエモン 55 サイ、 キンベエ の ほう は 57 サイ にも なった。 これ は トウジ と して めずらしい こと でも ない。 キチザエモン の チチ に あたる センダイ の ハンロク など は 66 サイ まで シュクヤクニン を つとめた。 それから カトク を ゆずって、 ようやく インキョ した くらい の ヒト だ。 キチザエモン には すでに ハンゾウ と いう アトツギ が ある。 しかし カトク を ゆずって インキョ しよう なぞ とは かんがえて いない。 フクシマ の ヤクショ から でも その サタ が あって、 いよいよ インタイ の ジキ が くる まで は、 まだまだ つとめられる だけ つとめよう と して いる。 キンベエ とて も、 この ヒト に まけて は いなかった。

 2

 ヤマザト へは ハル の くる こと も おそい。 マイネン キュウレキ の 3 ガツ に、 エナ サンミャク の ユキ も とけはじめる コロ に なる と、 にわか に ヒト の オウライ も おおい。 ナカツガワ の ショウニン は オクスジ (ミドノ、 アゲマツ、 フクシマ から ナライ ヘン まで を さす) への ショ-カンジョウ を かねて、 ぽつぽつ トナリ の クニ から のぼって くる。 イナ の タニ の ほう から は イイダ の ザイ の モノ が サイレイ の イショウ なぞ を かり に やって くる。 ダイカグラ も はいりこむ。 イセ へ、 ツシマ へ、 コンピラ へ、 あるいは ゼンコウジ への サンケイ も その コロ から はじまって、 それら の ダンタイ を つくって とおる タビビト の ムレ の ウゴキ が この カイドウ に カッキ を そそぎいれる。
 ニシ の リョウチ より する サンキン コウタイ の ダイショウ の ショ-ダイミョウ、 ニッコウ への レイヘイシ、 オオサカ の ブギョウ や オカバンシュウ など は ここ を ツウコウ した。 キチザエモン なり キンベエ なり は タ の シュクヤクニン を さそいあわせ、 ハオリ に ムトウ、 センス を さして、 ニシ の シュクザカイ まで それら の イッコウ を うやうやしく でむかえる。 そして ヒガシ は ジンバ か、 トウゲ の ウエ まで みおくる。 シュク から シュク への ツギタテ と いえば、 ニンソク や ウマ の セワ から ニモツ の アツカイ まで、 ヒトツウコウ ある ごと に シュクヤクニン と して の ココロヅカイ も かなり おおい。 タニンズウ の シュクハク、 もしくは オコヤスミ の ヨウイ も わすれて は ならなかった。 ミト の オチャツボ、 コウギ の オタカカタ をも、 こんな ふう に して むかえる。 しかし それら は フツウ の バアイ で ある。 ムラカタ の ザイセイ や サンリン デンチ の こと なぞ に カンショウ されない で すむ ツウコウ で ある。 フクシマ カンジョウショ の ブギョウ を むかえる とか、 キソヤマ イッタイ を シハイ する オワリ ハン の ザイモクカタ を むかえる とか いう ヒ に なる と、 タダ の オクリムカエ や ツギタテ だけ では なかなか すまされなかった。
 タカン な コウケイ が カイドウ に ひらける こと も ある。 ブンセイ 9 ネン の 12 ガツ に、 クロカワ ムラ の ヒャクショウ が ロウヤ ゴメン と いう こと で、 ミノ-ザカイ まで ツイホウ を めいぜられた こと が ある。 22 ニン の ニンズウ が シュクカゴ で、 アサ の イツツドキ に マゴメ へ ついた。 シワス も もう トシ の クレ に ちかい フユ の ヒ だ。 その とき も、 キチザエモン は キンベエ と イッショ に ユキ の ナカ を ホンソウ して、 ムラ の 2 ケン の ハタゴヤ で ヒルジタク を させる から クニザカイ へ みおくる まで の セワ を した。 もっとも、 フクシマ から は 4 ニン の アシガル が つきそって きた が、 22 ニン ともに のこらず コシナワ テジョウ で あった。
 50 ヨネン の ショウガイ の うち で、 この キチザエモン ら が キオク に のこる ダイツウコウ と いえば、 オワリ ハンシュ の イガイ が この カイドウ を とおった とき の こと に トドメ を さす。 ハンシュ は エド で なくなって、 その リョウチ に あたる キソダニ を コシ で はこばれて いった。 フクシマ の ダイカン、 ヤマムラ シ から いえば、 キソダニ-ジュウ の ギョウセイジョウ の シハイケン だけ を この ナゴヤ の ダイリョウシュ から たくされて いる わけ だ。 キチザエモン ら は フタリ の シュジン を いただいて いる こと に なる ので、 ナゴヤ-ジョウ の ハンシュ を ビシュウ の トノサマ と よび、 その ハイカ に ある ヤマムラ シ を フクシマ の ダンナサマ と よんで、 「トノサマ」 と 「ダンナサマ」 で クベツ して いた。
「あれ は テンポウ 10 ネン の こと でした。 まったく、 あの とき の ゴツウコウ は ゼンダイ ミモン でした わい」
 この キンベエ の ハナシ が でる たび に、 キチザエモン は ヒゴロ から 「ホンジン-バナ」 と いわれる ほど おおきく ニクアツ な ハナ の サキ へ シワ を よせる。 そして、 「また キンベエ さん の ゼンダイ ミモン が でた」 と いわない ばかり に、 トシ の ワリアイ には つやつや と した イロ の しろい アイテ の カオ を ながめる。 しかし キンベエ の いう とおり、 あの とき の ダイツウコウ は まったく モジドオリ ゼンダイ ミモン の こと と いって よかった。 ドウゼイ およそ 1670 ニン ほど の ニンズウ が この シュク に あふれた。 トイヤ の クダユウ、 トシヨリヤク の ギスケ、 ドウヤク の シンシチ、 おなじく ヨジエモン、 これら の シュクヤクニン ナカマ から クミガシラ の モノ は おろか、 ほとんど ムラジュウ ソウガカリ で コト に あたった。 キソダニ-ジュウ から よせた 730 ニン の ニンソク だけ では、 まだ それでも テ が たりなくて、 1000 ニン あまり も の イナ の スケゴウ が でた の も あの とき だ。 ショホウ から あつめた ウマ の カズ は 220 ピキ にも のぼった。 キチザエモン の イエ は ムラ でも いちばん おおきい ホンジン の こと だ から いう まで も ない が、 キンベエ の スマイ に すら フタリ の ゴヨウニン の ホカ に ジョウゲ あわせて 80 ニン の ニンズウ を とめ、 ウマ も 2 ヒキ ひきうけた。
 キソ は タニ の ナカ が せまくて、 タハタ も すくない。 カギリ の ある コメ で この タニンズウ の ツウコウ を どう する こと も できない。 イナ の タニ から の ツウロ に あたる ゴンベエ カイドウ の ほう には、 ウマ の ふる スズオト に チョウシ を あわせる よう な マゴウタ が おこって、 コメ を つけた バヒツ の ムレ が この キソ カイドウ に つづく の も、 そういう とき だ。

 3

 ヤマ の ナカ の フカサ を おもわせる よう な もの が、 この ムラ の シュウイ には かずしれず あった。 ハヤシ には シカ も すんで いた。 あの ヨウジン-ぶかい ケモノ は ムラ の トウナン を ながれる ほそい オリサカガワ に ついて、 よく そこ へ ミズ を のみ に おりて きた。
 ふるい レキシ の ある ミサカゴエ をも、 ここ から エナ サンミャク の ほう に のぞむ こと が できる。 タイホウ の ムカシ に はじめて ひらかれた キソジ とは、 じつは その ミサカ を こえた もの で ある と いう。 その ミサカゴエ から イクツ か の タニ を へだてた エナ-サン の スソ の ほう には、 キリガハラ の コウゲン も ひらけて いて、 そこ には また コダイ の マキバ の アト が とおく かすか に ひかって いる。
 この ヤマ の ナカ だ。 ときには あらくれた イノシシ が ジンカ の ならぶ カイドウ に まで とびだす。 シオザワ と いう ところ から でて きた イノシシ は、 シュクハズレ の ジンバ から ヤクシドウ の マエ を とおり、 それから ムラ の ブタイ の ほう を あばれまわって、 ババ へ トッシン した こと が ある。 それ イノシシ だ と いって、 ミナミナ テッポウ など を もちだして さわいだ が、 ヒグレ に なって その ユクエ も わからなかった。 この イキオイ の いい ケモノ に くらべる と、 ムコウヤマ から シカ の とびだした とき は、 イシヤ の サカ の ほう へ ゆき、 シチマワリ の ヤブ へ はいった。 オオゼイ の ムラ の ヒト が あつまって、 とうとう ヒトヤ で その シカ を いとめた。 ところが トナリムラ の ユブネザワ の ほう から コウギ が でて、 シマイ には コウロン に まで なった こと が ある。
「シカ より も、 ケンカ の ほう が よっぽど おもしろかった」
 と キチザエモン は キンベエ に いって みせて わらった。 ナニ か と いう と フタリ は ムラ の こと に ひっぱりだされる が、 そんな ケンカ は とりあわなかった。
 ヒノキ、 サワラ、 アスヒ、 コウヤマキ、 ネズコ―― これ を キソ では ゴボク と いう。 そういう ジュモク の セイチョウ する シンリン の ほう は ことに ヤマ も ふかい。 この チホウ には スヤマ、 トメヤマ、 アキヤマ の クベツ が あって、 スヤマ と トメヤマ とは ゼッタイ に ソンミン の たちいる こと を ゆるされない シンリン チタイ で あり、 アキヤマ のみ が ジユウリン と されて いた。 その アキヤマ でも、 ゴボク ばかり は キョカ なし に バッサイ する こと を きんじられて いた。 これ は シンリン ホゴ の セイシン より でた こと は あきらか で、 キソヤマ を カンリ する オワリ ハン が それほど この チホウ から うまれて くる よい ザイモク を おもく みて いた の で ある。 トリシマリ は やかましい。 すこし の オコタリ でも ある と、 キソダニ-ジュウ 33 カソン の ショウヤ は アゲマツ の ジンヤ へ よびだされる。 キチザエモン の イエ は ダイダイ ホンジン ショウヤ トイヤ の サンヤク を かねた から、 その たび に ショウヤ と して、 セギリ の ゲンキン を おかした ソンミン の ため イイヒラキ を しなければ ならなかった。 どうして ヒノキ 1 ポン でも バカ に ならない。 ジンヤ の ヤクニン の メ には、 どうか する と ニンゲン の イノチ より も おもかった。
「ムカシ は この キソヤマ の キ 1 ポン きる と、 クビ ヒトツ なかった もの だぞ」
 ジンヤ の ヤクニン の オドシモンク だ。
 この ヤクニン が ギンミ の ため に ムラ へ はいりこむ と いう ウワサ でも つたわる と、 イノシシ や シカ どころ の サワギ で なかった。 あわてて フヨウ の ザイモク を やきすてる モノ が ある。 かこって おいた ヒノキイタ を ヨソ へ うつす モノ が ある。 タブン の キ を ぬすんで おいて、 イタ に へいだり、 うりさばいたり した ムラ の ヒト など は ことに ロウバイ する。 セギリ の ギンミ と いえば、 ムラジュウ ヤサガシ の ヒョウバン が たつ ほど ゲンジュウ を きわめた もの だ。
 メアカシ の ヤヘイ は もう ながい こと ムラ に タイザイ して、 バクフ ジダイ の ひくい 「オカッピキ」 の ヤクメ を つとめて いた。 ヤヘイ の アンナイ で、 フクシマ の ヤクショ から の ヤクニン を むかえた ヒ の こと は、 イッショウ わすれられない デキゴト の ヒトツ と して、 まだ キチザエモン の キオク には あたらしくて ある。 その ギンミ は ホンジン の イエ の モンナイ で おこなわれた。 のみならず、 そんな に タクサン な ケガニン を だした こと も、 ムラ の レキシ と して かつて きかなかった こと だ。 マエニワ の ジョウダン には、 フクシマ から きた ヤクニン の トシヨリ、 ヨウニン、 カキヤク など が いならんで、 その ワキ には アシガル が 4 ニン も ひかえた。 それから ムラジュウ の モノ が よびだされた。 その トガ に よって コシナワ テジョウ で シュクヤクニン の ウチ へ あずけられる こと に なった。 もっとも、 ロウネン で 70 サイ イジョウ の モノ は テジョウ を めんぜられ、 すでに シボウ した モノ は 「オシカリ」 と いう だけ に とどめて トクベツ な レンビン を くわえられた。
 この コウケイ を のぞきみよう と して、 ニワ の スミ の ナシ の キ の カゲ に かくれて いた モノ も ある。 その ナカ に キチザエモン が セガレ の ハンゾウ も いる。 トウジ 18 サイ の ハンゾウ は、 メ を すえて、 ヤクニン の する こと や、 コシナワ に つながれた ムラ の ヒトタチ の サマ を みて いる。 それ に キチザエモン は キ が ついて、
「さあ、 いった、 いった―― ここ は オマエタチ なぞ の たってる ところ じゃ ない」
 と しかった。
 61 ニン も の ソンミン が シュクヤクニン へ あずけられる こと に なった の も、 その とき だ。 その ウチ の 10 ニン は キンベエ が あずかった。 マゴメ の シュクヤクニン や クミガシラ と して これ が みて いられる もの でも ない。 フクシマ の ヤクニン たち が ユブネザワ ムラ の ほう へ ひきあげて いった アト で、 「オシカリ」 の モノ の シャメン せられる よう に と、 フコウ な ソンミン の ため に イチドウ オヒマチ を つとめた。 その とき の オフダ は 1 マイ ずつ ムラジュウ へ ハイトウ した。
 この デキゴト が あって から ハツカ ばかり-スギ に、 「オシカリ」 の モノ の のこらず テジョウ を めんぜられる ヒ が ようやく きた。 フクシマ から は 3 ニン の ヤクニン が シュッチョウ して それ を つたえた。
 テジョウ を とかれた コマエ の モノ の ヒトリ は、 ヤクニン の マエ に すすみでて、 おずおず と した チョウシ で いった。
「おそれながら もうしあげます。 キソ は ゴショウチ の とおり な ヤマ の ナカ で ございます。 こんな タハタ も すくない よう な トチ で ございます。 オヤクニン サマ の マエ です が、 ヤマ の ハヤシ に でも すがる より ホカ に、 ワタクシドモ の タツセ は ございません」

 4

 シン チャヤ に、 マゴメ の シュク の いちばん ニシ の ハズレ の ところ に、 その ミチバタ に バショウ の クヅカ の たてられた コロ は、 なんと いって も トクガワ の ヨ は まだ ヘイワ で あった。
 キソジ の イリグチ に あたらしい メイショ を ヒトツ つくる、 シナノ と ミノ の クニザカイ に あたる イチリヅカ に ちかい イチ を えらんで カイドウ を オウライ する タビビト の メ にも よく つく よう な なだらか な オカ の スソ に オキナヅカ を たてる、 ヤマイシ や ツツジ や ラン など を はこんで いって シュウイ に キュウソク の オモイ を あたえる、 ツチ を もりあげた ツカ の ウエ に オキナ の クヒ を おく―― その たのしい カンガエ が、 ヒゴロ ハイカイ なぞ に あそぶ と きいた こと も ない キンベエ の ムネ に うかんだ と いう こと は、 それ だけ でも キチザエモン を おどろかした。 そういう キチザエモン は いくらか フウガ の ミチ に タシナミ も あって、 ホンジン や ショウヤ の シゴト の かたわら、 ミノ-ハ の ハイカイ の ナガレ を くんだ クサク に ふける こと も あった から で。
 あれほど ヤマザト に すむ ココロモチ を ひきだされた こと も、 キチザエモン ら には めずらしかった。 キンベエ は また イシヤ に わたした シゴト も ほぼ できた と いって、 その つど クヒ の コウジ を み に キチザエモン を さそった。 フタリ とも ヤマガフウ な カルサン (チホウ に より、 モンペイ と いう もの) を はいて でかけた もの だ。
「オヤジ も ハイカイ は すき でした。 ジブン の いきて いる うち に オキナヅカ の ヒトツ も たてて おきたい と、 クチグセ の よう に そう いって いました。 まあ、 あの オヤジ の クヨウ に と おもって、 ワタシ も こんな こと を おもいたちました よ」
 そう いって みせる キンベエ の アンナイ で、 キチザエモン も コウサク された イシ の ソバ に よって みた。 ヒ の ヒョウメン には、 ヒダリ の モジ が よまれた。

  おくられつ おくりつ ハテ は キソ の アキ   ハセヲ

「これ は タッシャ に かいて ある」
「でも、 この アキ と いう ジ が ワタシ は すこし キ に いらん。 ノギヘン が くずして かいて あって、 それに ツクリ が カメ でしょう」
「こういう カキカタ も あります さ」
「どうも これ では キソ の ハエ と しか よめない」
 こんな ハナシ の でた の も、 ヒトムカシ マエ だ。
 あれ は テンポウ 14 ネン に あたる。 いわゆる テンポウ の カイカク の コロ で、 ヨノナカ タテナオシ と いう こと が しきり に ふれだされる。 ムラカタ イッサイ の ショ-チョウボ の トリシラベ が はじまる。 フクシマ の ヤクショ から は コウエキ、 フシンヤク が のぼって くる。 オワリ ハン の ジシャ ブギョウ、 または ザイモクカタ の ツウコウ も つづく。 マゴメ の アラマチ に ある ソンシャ の トリイ の ため に ヒノキ を セギリ した と いって、 その シマツショ を とられる よう な こまかい カンショウ が やって くる。 ソンミン の シヨウ する タバコイレ、 カミイレ から、 オンナ の カンザシ まで、 およそ ギン と いう ギン を もちいた タグイ の もの は、 すべて ひきあげられ、 フウイン を つけられ、 メカタ まで あらためられて、 ショウヤ アズケ と いう こと に なる。 それほど セイジ は こまかく なって、 クヒ ヒトツ も うっかり たてられない よう な ジセイ では あった が、 まだまだ それでも シャカイ に ユトリ が あった。
 オキナヅカ の クヨウ は その トシ の 4 ガツ の ハジメ に おこなわれた。 あいにく と くもった ヒ で、 ヤツハンドキ より アメ も ふりだした。 マネキ を うけた キャク は、 おもに ミノ の レンジュウ で、 テミヤゲ も イナカ-らしく、 センス に ヨウカン を そえて くる モノ、 ナマジイタケ を さげて くる モノ、 センダイ の すき な カシ を ブツゼン へ と いって わざわざ タマアラレ ヒトハコ ヨウイ して くる モノ、 それら の ヒトタチ が キンベエ-カタ へ あつまって みた とき は、 クニ も フタツ、 コトバ の ナマリ も また フタツ に いれまじった。 その ナカ には、 トウゲ ヒトツ おりた ところ に すむ リンシュク オチアイ の ソウショウ、 スサボウ も まねかれて きた。 この ヒト の セワ で、 ミノ-ハ の ハイセキ-らしい シコウ の 『サンチョウ の ズ』 なぞ の カベ に かけられた ところ で、 やがて レンジュウ の ツケアイ が あった。
 シュジンヤク の キンベエ は、 ジブン で ゴジュウイン、 ないし ヒャクイン の ナカマイリ は できない まで も、
「これ で、 さぞ オヤジ も よろこびましょう よ」
 と いって、 ベントウ に サケサカナ など ジュウヅメ に して だし、 まねいた ヒトタチ の アイダ を アッセン した。
 その ヒ は あらた に できた ツカ の モト に イチドウ あつまって、 そこ で ギンセイ クヨウ を すます はず で あった。 ところが、 キネン の イッカン を まきおわる の に ヒグレガタ まで かかって、 ギンセイ は キンベエ の タク で すました。 クヨウ の シキ だけ を シン チャヤ の ほう で おこなった。
 ムカシカタギ の キンベエ は ボウフ の カタミ だ と いって、 その ヒ の ソウショウ スサボウ へ チャジマ の ワタイレ ハオリ なぞ を おくる ため に、 わざわざ ジブン で オチアイ まで でかけて ゆく ヒト で ある。
 キチザエモン は キンベエ に いった。
「やっぱり キミ は ワタシ の よい トモダチ だ」

 5

 あつい ナツ が きた。 キュウレキ 5 ガツ の ヒ の あたった カイドウ を ふんで、 イナ の ホウメン まで マユカイ に と でかける ナカツガワ の ショウニン も とおる。 その クサイキレ の する あつい クウキ の ナカ で、 ノボリクダリ の ショ-ダイミョウ の ツウコウ も ある。 ツキ の スエ には マイネン フクシマ の ほう に たつ ケヅケ (ウマイチ) も ちかづき、 カクソン の コマアラタメ と いう こと も あらた に カイシ された。 トウジ バクフ に セイリョク の ある ヒコネ の ハンシュ (イイ カモン ノ カミ) も、 ヒサシブリ の キコク と みえ、 スハラ-ジュク-ドマリ、 ツマゴ シュク チュウジキ、 マゴメ は オコヤスミ で、 キソジ を とおった。
 6 ガツ に はいって みる と、 うちつづいた カイセイ で、 ひにまし テリ も つよく、 ムラジュウ で アマゴイ でも はじめなければ ならない ほど の はげしい ショキ に なった。 アラマチ の ブラク では すでに それ を はじめた。
 ちょうど、 トウゲ の ウエ の ほう から ウマ を ひいて カイドウ を おりて くる ムラ の コマエ の モノ が ある。 フクシマ の ウマイチ から の モドリ と みえて、 アオゲ の オヤウマ の ホカ に、 トウサイ らしい 1 ピキ の コウマ をも その アト に つれて いる。 キ の みじかい トイヤ の クダユウ が それ を みつけて、 どなった。
「おい、 どこ へ いって いた ん だい」
「ウマカイ よ なし」
「この ヒデリ を しらん の か。 オマエ の ルス に、 タンボ は かわいて しまう。 アラマチ アタリ じゃ ボンデンヤマ へ のぼって、 アマゴイ を はじめて いる。 ウジガミサマ へ いって ごらん、 オセンドマイリ の サワギ だ」
「そう いわれる と、 イチゴン も ない」
「さあ、 この オテンキ ツヅキ では、 イセギ を ださず に すむまい ぞ」
 イセギ とは、 イセ ダイジングウ へ キガン を こめる ため の シンボク を さす。 こうした ふかい ヤマ の ナカ に ふるく から おこなわれる アマゴイ の シュウカン で ある。 よくよく の トシ で なければ この イセギ を ひきだす と いう こと も なかった。
 6 ガツ の ムイカ、 ソンミン イチドウ は カマドメ を もうしあわせ、 アラマチ に ある ウジガミ の ケイダイ に あつまった。 ホンジン、 トイヤ を ハジメ、 シュクヤクニン から クミガシラ まで のこらず そこ に サンシュウ して、 ウジガミ ケイダイ の ミヤバヤシ から モミ の キ 1 ポン を モトギリ に する ソウダン を した。
「1 ポン じゃ、 イセギ も たりまい」
 と キチザエモン が いいだす と、 キンベエ は すかさず こたえた。
「や、 そいつ は ワタシ に キフ させて もらいましょう。 ちょうど よい モミ が 1 ポン、 ウチ の ハヤシ にも あります から」
 モトギリ に した 2 ホン の モミ には シメ なぞ が かけられて、 その マエ で ネギ の キトウ が あった。 この セイジョウ な シンボク が ヒグレガタ に なって ようやく トリイ の マエ に ひきだされる と、 サユウ に わかれた ソンミン は コエ を あげ、 ふとい ツナ で それ を ひきあいはじめた。
「よいよ。 よいよ」
 たがいに きそいあう ムラ の ヒトタチ の コエ は、 アラマチ の ハズレ から マゴメ の チュウオウ に ある コウサツバ アタリ まで ひびけた。 こう なる と、 ショウヤ と して の キチザエモン も ホネ が おれる。 キンベエ は ジブン から すすんで シンボク の モミ を キフ した カンケイ も あり、 ユウハン の シタク も そこそこ に また マゴメ の チョウナイ の モノ を ひきつれて いって みる と、 イセギ は ずっと シン チャヤ の ほう まで アラマチ の ヒャクショウ の チカラ に ひかれて ゆく。 それ を とりもどそう と して、 ミツヤ オモテ から タタミイシ の ヘン で ソウホウ の モミアイ が はじまる。 とうとう その バン は イセギ を アラマチ に とめて おいて、 イチドウ つかれて イエ に かえった コロ は イチバンドリ が ないた。

「どうも コトシ は トシマワリ が よく ない」
「そう いえば、 ショウガツ の ハジメ から フシギ な こと も ありました よ。 ショウガツ の ミッカ の バン です、 この ヤマ の ヒガシ の ほう から ひかった もの が でて、 それ が ニシミナミ の ホウガク へ とんだ と いいます。 みた モノ は ミナ おどろいた そう です よ。 マゴメ ばかり じゃ ない、 ツマゴ でも、 ヤマグチ でも、 ナカツガワ でも みた モノ が ある」
 キチザエモン と キンベエ とは フタリ で こんな ハナシ を して、 イセギ の シマツ を する ため に、 ソンミン の あつまって いる ところ へ いそいだ。 ヤマザト に すむ モノ は、 すこし かわった こと でも みたり きいたり する と、 すぐ それ を ナニ か の アンジ に むすびつけた。
 ミッカ-ガカリ で ムラジュウ の モノ が ひきあった イセギ を オチアイガワ の ほう へ ながした アト に なって も、 まだ ゴリショウ は みえなかった。 トウゲ の モノ は クマノ ダイゴンゲン に、 アラマチ の モノ は アタゴヤマ に、 いずれ も 108 の タイマツ を とぼして、 おもいおもい の キガン を こめる。 シュクナイ では フタクミ に わかれて の オヒマチ も はじまる。 アマゴイ の キトウ、 それに ミズ の ハイシャク と いって、 ムラ から は スワ タイシャ へ フタリ の ダイサン まで も おくった。 シンゼン への オハツホリョウ と して キン 100 ピキ、 ドウチュウ の ロヨウ と して ヒトリ に つき 1 ブ 2 シュ ずつ、 160 ケン の ムラジュウ の モノ が 19 モン ずつ だしあって それ を ブンタン した。
 トウカイドウ ウラガ の シュク、 クリガハマ の オキアイ に、 クロフネ の おびただしく あらわれた と いう ウワサ が つたわって きた の も、 ムラ では この アマゴイ の サイチュウ で ある。
 トイヤ の クダユウ が まず それ を ヒコネ の ハヤビキャク から ききつけて、 キチザエモン にも つげ、 キンベエ にも つげた。 その クロフネ の あらわれた ため、 にわか に ヒコネ の ハンシュ は バクフ から ゲンバ の ツメヤク を めいぜられた との こと。
 カエイ 6 ネン 6 ガツ トオカ の バン で、 ちょうど スワ タイシャ から の フタリ の ダイサン が ムラ を さして オオイソギ に かえって きた コロ は、 その かわききった ヨル の クウキ の ナカ を ヒコネ の シシャ が ニシ へ いそいだ。 エド から の タヨリ は、 ナカセンドウ を へて、 この ヤマ の ナカ へ とどく まで に、 ハヤビキャク でも ソウオウ ニッスウ は かかる。 クロフネ とか、 トウジンブネ とか が おびただしく あの オキアイ に あらわれた と いう こと イガイ に、 くわしい こと は ダレ にも わからない。 まして アメリカ の スイシ テイトク ペリー が 4 ソウ の グンカン を ひきいて、 はじめて ニホン に トウチャク した なぞ とは、 シリヨウ も ない。
「エド は タイヘン だ と いう こと です よ」
 キンベエ は ただ それ だけ を キチザエモン の ミミ に ささやいた。
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