カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

コウフク の かなた

2013-01-20 | ハヤシ フミコ
 コウフク の かなた

 ハヤシ フミコ

 1

 ニシビ の さして いる センタクヤ の せまい 2 カイ で、 キヌコ は はじめて シンイチ に あった。
 12 ガツ に はいって から、 めずらしく ヒバチ も いらない よう な あたたかい ヒ で あった。 シンイチ は しじゅう ハンカチ で ヒタイ を ふいて いた。
 キヌコ は ときどき そっと シンイチ の ヒョウジョウ を ながめて いる。
 ながらく の ビョウイン セイカツ で、 イロ は しろかった けれども すこしも クッタク の ない よう な カオ を して いて、 ミミタブ の ゆたか な ヒト で あった。 アゴ が シカク な カンジ だった けれども、 ニシビ を まぶしそう に して、 ときどき カベ の ほう へ むける シンイチ の ヨコガオ が、 キヌコ には なんだか ムカシ から しって いる ヒト で でも ある か の よう に シタシミ の ある ヒョウジョウ だった。
 シンイチ は きちんと セビロ を きて マド の ところ へ すわって いた。 ナコウド カク の ヨシオ が、 はげた アタマ を ふりながら ブキヨウ な テツキ で スシ や チャ を はこんで きた。
「キヌコ さん、 スシ を ヒトツ、 シンイチ さん に つけて あげて ください」
 そう いって、 ヨシオ は ヨウジ でも ある の か、 また シタ へ おりて いって しまった。 スシ の ウエ を にぶい ハオト を たてて おおきい ハエ が 1 ピキ とんで いる。 キヌコ は そっと その ハエ を おいながら、 すなお に スシザラ の ソバ へ にじりよって いって コザラ へ スシ を つける と、 その サラ を そっと シンイチ の ヒザ の ウエ へ のせた。 シンイチ は サラ を リョウテ に とって あかく なって いる。 キヌコ は また ワリバシ を わって それ を だまった まま シンイチ の テ へ にぎらせた の だ けれども、 シンイチ は あわてて その ハシ を おしいただいて いた。
 ふっと ふれあった ユビ の カンショク に、 キヌコ は ムネ に やける よう な アツサ を かんじて いた。
 シンイチ を すき だ と おもった。
 ナニ が どう だ と いう よう な、 きちんと した セツメイ の シヨウ の ない、 みなぎる よう な つよい アイジョウ の ココロ が わいて きた。
 シンイチ は サラ を ヒザ に おいた まま だまって いる。
 ガラスド-ゴシ に ビール-ガイシャ の たかい エントツ が みえた。 キヌコ は だまって いる の が くるしかった ので、 コザラ へ ショウユ を すこし ばかり ついで、 シンイチ の もって いる スシザラ の スシ の ヒトツヒトツ へ テイネイ に ショウユ を ぬった。
「いや、 どうも ありがとう……」
 ショウユ の カオリ で、 ちょっと シタ を むいた シンイチ は また あかく なって もじもじ して いた。 キヌコ は シンチイ を いい ヒト だ と おもって いる。 ナニ か いい ハナシ を しなければ ならない と おもった。 そうして ココロ の ナカ には イロイロ な こと を かんがえる の だ けれども、 ナニ を はなして よい の か、 すこしも ワダイ が まとまらない。
 シンイチ は うすい イロメガネ を かけて いた ので、 ちょっと メ の わるい ヒト とは おもえない ほど ゲンキ そう だった。 キヌコ は イッショウ ケンメイ で、
「ムライ さん は ナニ が おすき です か?」
 と きいて みた。
「ナン です か? たべる もの なら、 ボク は なんでも たべます」
「そう です か、 でも、 いちばん、 おすき な もの は ナン です の?」
「さあ、 いちばん すき な もの…… ボク は ウドン が すき だな……」
キヌコ は、
「まあ」
 と いって くすくす わらった。 ジブン も ウドン は だいすき だった し、 ニノミヤ の イエ に いた コロ は、 オジョウサマ も ウドン が すき で、 キヌコ が ほとんど マイニチ の よう に ウドン を ウスアジ で にた もの で あった。
 ウドン と いわれて、 キュウ に オマエザキ の しろい ナミ の オト が ミミモト へ ちかぢか と きこえて くる よう で あった。 キヌコ と シンイチ は ドウキョウジン で、 シンイチ は キヌコ とは ナナツ チガイ の 28 で ある。 キョネン センジョウ から カタメ を うしなって もどって きた の で あった。

 2

 ささやか な ミアイ が すむ と、 1 シュウカン も たたない で フタリ は ケッコン の シキ を あげた。 チクサ-チョウ の エキ に ちかい ところ に イエ を もった。 イエ を もつ と すぐ、 ルス を ヨシオ に たのんで フタリ は オマエザキ の キョウリ へ かえって いった。
 シンイチ の イエ は ハンノウ ハンギョ の イエ で まずしい クラシ では あった が、 チチ も アニフウフ も ヒジョウ に よい ヒト で あった。 シンイチ の ハハ は シンイチ の おさない とき に なくなった の だ そう で ある。
 ある バン、 シンイチ は キヌコ へ こんな こと を いった。
「ボク は ね、 イエ が まずしかった から、 チュウガク を でたら イチグン に ひいでた カネモチ に なりたい と いう の が リソウ だった ん だよ。 ――だけど、 とうとう ガクシ も つづかず チュウガク を チュウト で やめて しまって ナゴヤ の トウキ-ガイシャ へ トウコウ に はいって しまった。 そして、 コンド の センソウ に ゆき カタメ を うしなって もどって きた…… ウンメイ だ とは おもう が、 まあ、 イノチビロイ を した の も フシギ な ウンメイ だし、 キミ と イッショ に なった の も これ も フシギ な ウンメイ だね……」
 シンイチ は とおい ムカシ を おもいだした よう に コタツ に カオ を ふせて いた。 ナミ の オト が ごうごう と ひびいて きこえた。
 シンイチ の ジッカ では コダクサン で イエ が せまい ので、 キンジョ の トウダイ の ソバ の チャミセ の イッシツ を かりて おいて くれた ので、 シンイチ たち は ここ で キガネ の ない ヒ を すごした。
 ヨル に なる と トウダイ の ヒ が トオク の カイメン を コガネイロ に そめて いる。 ぎらぎら する よう な しろい コウボウ が くらい ソラ の ウエ で ススキ の ホ の よう に ゆらめく とき が ある。 アメ の バン の トウダイ の ヒ も きれい だった。

 キヌコ は ムラ の コウトウ ショウガク を でる と、 すぐ ナゴヤ へ でて、 シンルイ の ヨシオ の セワ で メンプ-ドンヤ の ニノミヤ-ケ へ ジョチュウ-ボウコウ に すみこんで いた の で あった。
 オジョウサマ-ヅキ だった ので、 キヌコ は なんの クロウ も なし に 21 まで くらして きた の だ けれども、 オジョウサン が、 コトシ の ハル トウキョウ へ えんづいて いって しまう と、 キヌコ は ニノミヤ-ケ を さって シンルイ の ヨシオ の イエ へ ヤッカイ に なって いた の で あった。
 キヌコ は うつくしく は なかった けれども、 アイキョウ の いい ムスメ で、 オオガラ で のんびり して いる の が ヒト に コウイ を もたれた。 キヌコ は ニノミヤ-ケ に いた アイダ に、 2 ド ほど エンダン が あり、 イチド は むりやり に ミアイ を させられた こと が あった けれども、 キヌコ は その オトコ を すかなかった。 アイテ は メリヤス ショウニン で、 もう そうとう オンナアソビ も した オトコ らしく、 キヌコ に むかって も、 ハジメ から いやらしい こと を いって きいろく なった ハ を だして タバコ ばかり すって いた。
 キヌコ は いや だった ので すぐ その エンダン は ことわって もらった。
 キヌコ は ケッコン と いう もの が、 こんな に センパク な もの なの か と いや で いや で ならなかった。 そのくせ なにかしら、 ジブン の カラダ は あつく もえさかる よう な クルシサ に おちて ゆく ヒ も ある。
 ヨシオ から シンイチ の ハナシ を もって こられた とき には、 キヌコ は ホントウ は あまり キノリ が して いなかった と いって いい。 イチド ミアイ を して こりて も いた し、 ショウニン とか ショッコウ とか は キヌコ は あまり すき では なかった の だ。 カイシャイン の よう な ところ へ ヨメ に ゆきたい の が キヌコ の リソウ だった の だ けれども センジョウ から カタメ を うしなって きて いる ヒト と いう こと に なんとなく ココロ を さそわれて、 キヌコ は シンイチ に あって みた の で ある。
 はじめて あった とき も いい ヒト だ とは おもった けれども、 ケッコン を して みる と、 シンイチ は オモイヤリ の ふかい よい ヒト で あった。
 キヌコ は、 アサ、 メ が さめる と すぐ おおきい コエ で ウタ を うたう シンイチ が おかしくて シカタ が なかった。
 シンイチ は きまって コドモ の うたう よう な ウタ を マイアサ うたった。

 3

 キョウ も ヒル の ゴハン が すむ と、 トウダイ の ヨコ から フタリ は コンクリート の ダンダン を おりて ナギサ の ほう へ あるいて いった。 さむい ヒ では あった けれども あまり カゼ も なく マワリ は しんかん と して いる。 エビ を とり に ゆく フネ が、 オキ へ アミ を はり に いって いった。
 キフク の ゆるい スナ の ウエ には しろい アミ が ほして ある。 シンイチ と キヌコ は アミ を しまう ワラゴヤ の カベ へ もたれて スナ の ウエ へ すわった。 マワリ が しずか なので ナミ の オト が ハラ の ソコ に ひびく よう だった。 ナマリイロ の ウミ を ふいて くる クウキ には くすりくさい よう な シオ の ニオイ が して いた。
「うんと、 この クウキ を すって かえりましょう ね」
 キヌコ が こどもらしい こと を いった。 シンイチ は ナミ の オト でも きいて いる の か しばらく だまって いた が、 ふっと おもいだした よう に、 マユ を うごかして キヌコ の ほう へ むいた。
「タバコ を つけて あげましょう か?」
 キヌコ が ハンカチ の ツツミ の ナカ から タバコ と マッチ を だして、 タバコ を シンイチ の ヒザ へ おいた。
「ねえ、 ボク は イチド、 キミ に たずねて みよう と おもった けれど、 ――ヨシオ さん は、 いったい ボク の こと を どんな ふう に いった の かねえ?」
「どんな ふう って……」
「いや、 ボク の ミノウエ の こと に ついて さ……」
「ミノウエ って、 どんな こと でしょう……」
「ヨシオ さん は、 なんだか、 ボク の こと を かばって、 キミ には なんにも はなして いない よう だね……」
「だって、 どんな こと を きく ん です の…… べつに、 アナタ の ミノウエ の こと なんか、 いまさら どうでも いい じゃ ありません か……」
「いや、 きいて いない と する と よく は ない さ……」
 キヌコ は なんの こと だろう と おもいながら マッチ を すった。 あおい ヒ が ユビサキ に あつかった。 シンイチ は うまそう に タバコ を すった。 しろい ケムリ が すぐ ウミ の ほう へ きえて ゆく。
「ボク に コドモ が ある こと を ヨシオ さん は はなした かな」
 キヌコ は、
「えっ」
 と イキ を のんで シンイチ の カオ を みつめた。
「それ ごらん、 ――ヨシオ さん は、 その こと を キミ に はなさなかった ん だね?」
 シンイチ は そう いって、 だまって たちあがる と、 ヒトリ で ナギサ の ほう へ ゆっくり ゆっくり あるいて いった。 キヌコ は しばらく その ウシロスガタ を ながめて いた けれども、 なんだか シンイチ が ウソ を ついて いる よう で シカタ が なかった。 でも、 コドモ が ある と いえば、 シンイチ の ヘヤ には たしか に コドモ の シャシン が あった と おもえる。 ツクエ の ウエ だった かしら、 カベ だった かしら、 キヌコ は シンイチ が イチド ケッコン した ヒト だ とは かんがえて も いなかった ので、 そんな シャシン には フチュウイ だった の かも しれない。 ちらと メ を かすめた コドモ の シャシン は、 オンナ の コ の カオ の よう だった。
 キヌコ は シンイチ の アト を おって、 すぐ はしって ゆきたかった の だ けれども、 なんとなく シンイチ を そのまま ほうって おきたい キモチ に なって いた。
 あの ヒト に コドモ が ある…… どうしても キヌコ には しんじられなかった。 ドテラ を きて インバネス を きて ツエ を ついて いる ウシロスガタ が たよりなく ふらふら して いた。
 キヌコ は タバコ や マッチ を ハンカチ に つつんで たちあがる と、 さむい ウミカゼ の ナカ を よろよろ と シンイチ の ほう へ あるいて いった。 シンイチ は ちいさい コエ で クチブエ を ふいて いた。
「いや よ、 そんな に ヒトリ で あるいて いったり して……」
 ワラゴヤ の ソバ に いる とき は、 そんな に さむい とも おもわなかった けれども、 ナギサ の ほう へ でて みる と はっと イキ が とまりそう な さむい カゼ が ふいて いた。
「カゼ を ひく と いけない から もどりましょう」
 キヌコ が シンイチ の インバネス の ソデ を つかんで ちいさい コエ で いった。 ダレ も いない ハマベ は サバク の よう に こうりょう と して いる。 ハマベ ちかく そそりたって いる オカ の ウエ には しろい トウダイ が くもった ソラ へ くっきり と うきたって いる。 キヌコ は、 シンイチ に たとえ コドモ が あった ところ で、 それ が ナン だろう と おもった。
 シンイチ も、 キヌコ に ソデ を にぎられた まま すなお に モト の ワラゴヤ の ほう へ もどって きて くれた。

 4

 シンイチ は 22 の とき に ナゴヤ へ でて、 トウキ-ガイシャ の ジムイン に つとめて いた の だ。 ユシュツムキ の トウキ を セイゾウ する ところ で、 ヒジョウ に いそがしい カイシャ だった が、 シンイチ は 1 ネン ばかり も する と すこし ばかり の チョキン も できた ので、 キョウリ から ツマ を もらった。 コガラ な オシャベリ な オンナ だった が、 コドモ が うまれる と まもなく、 この ツマ は コドモ を おいて シンイチ の トモダチ と マンシュウ へ にげて いって しまった の だ。
 シンイチ は ツマ に さられて、 コドモ を かかえて こまって しまった。 アサ おきる と すぐ コドモ の セワ を して キンジョ へ あずけて カイシャ へ かよわなければ ならない。 ユウガタ は アズケサキ から コドモ を うけとって かえる、 この ニッカ が 1 ネン ちかく も つづいた で あろう。 シンイチ は コドモ が かわいくて シカタ が なかった。 ギュウニュウ だけ で、 そだてる コドモ の ニクタイ は、 イッタイ に よわい の が おおい と いう シンブン キジ を みる と、 シンイチ は、 ニンジン や ホウレンソウ を うでて、 それ を ウラゴシ で こして は ギュウニュウ と まぜて のまして みた。 ときには ランボウ にも、 ニボシ を スリバチ で すって、 ギュウニュウ に まぜて のましたり する こと も ある。 だけど コドモ は フシギ に ぐんぐん おおきく なり、 キンジョ の ヒト から は ムライ さん の とこ の ユウリョウジ さん と いう よう な アダナ が ついたり して きた。
 ムツキ の セワ から、 キモノ の ツクロイ まで シンイチ は ヒトリ で しなければ ならなかった。 コウフク な こと には イチド も イシャイラズ な コドモ で、 ちょっと ハラグアイ を わるく して も、 シンイチ が かえって みて やれば すぐ コドモ の ビョウキ は よく なる の で ある。
 シュッセイ する ジブン には コドモ は もうはや はう よう に なって いた けれど、 コンド だけ は キンジョ へ あずけて ゆく わけ にも ゆかない ので、 シンイチ は コドモ を サトゴ に だす こと に して シュッセイ した の で あった。
 サトゴ に だして しまえば、 あるいは もう このまま コドモ とは イキワカレ に なる かも しれない と シンイチ は おもって いた。 ひょいと して、 ジブン は イノチ ながらえて もどって くる と して も、 コドモ は いきて は いない だろう と おもわれる の で あった。 ギュウニュウ や、 オモユ で そだてる こと さえ も タイヘン な テカズ で ある ところ へ、 シンイチ の コドモ は セケン イッパン の イクジホウ と ちがって、 ニンジン や、 ホウレンソウ や、 リンゴ の シボリジル を たべさせなければ ならない。 シンイチ は チョキン を ゼンブ おろして それ を コドモ へ つけて やった。 オマエザキ の イナカ へ あずける クフウ も かんがえない では なかった けれども、 アニ は 4 ニン も コドモ を もって いた ので シンイチ は かえって タニン の ウチ へ サトゴ に だす こと に した の で ある。

 3 ネン-メ に センソウ から もどって きて も、 コドモ は ジョウブ に そだって いた。 シンイチ が あい に いって も、 コドモ は シンイチ の くろい メガネ を こわがって なかなか なついて は こない の で ある。 ――サトゴ の ウチ でも、 シンイチ の コドモ を ジブン の コドモ の よう に かわいがって いて くれた せい か、 コドモ を かえして くれ と いわれる の が つらい と いって オカミサン が ないて シンイチ に うったえる の で あった。
 シンイチ は キヌコ と ケッコン して から も コドモ の こと が わすれられなかった。 わすれよう と おもえば おもう ほど、 コドモ と たった フタリ で つらい セイカツ を した かつて の ヒ の こと を おもいだす の で ある。 さった ツマ の こと は すこしも おもいださない のに、 わかれた コドモ の こと だけ は、 ユメ の ナカ でも ナミダ を こぼす くらい に こいしくて ならなかった。
 ニンジン を かって きて、 ヨル おそく それ を うでながら、 コドモ と フタリ で あそんだ。 コドモ は すこしも なかない ジョウブサ で、 タタミ に ほうって おいて も もぐもぐ と クチビル を うごかして ヒトリ で ねころんだ まま あそんで いて くれた。
 うでた ニンジン を スリバチ で すって、 ギュウニュウ で どろどろ に のばして、 その ビン を アカンボウ の ソバ へ もって いって やる と、 アカンボウ は かわいい アシ を ぱたぱた させて よろこんだ もの だ。
 シンイチ は、 きゃっきゃっ と ヒトリ で わらって いる アカンボウ の ソバ で すこし ばかり サケ を のむ の が ムジョウ の タノシミ で あった。 ウデノコリ の ニンジン に ショウユ を つけて サケ の サカナ に したり した。
 センジョウ へ でて いて も、 シンイチ は コドモ の シャシン を みる と、 オエツ が でる ほど かなしく せつなかった。 めめしい ほど コドモ に あいたくて シカタ が なかった の だ。 オウバイ の はげしい タタカイ の とき で あった、 シンイチ は ショウガッコウ の マド から そっと テキ の ジョウセイ を ながめて いた。 たって いて は いまに あぶない よ。 オトウサン あぶない です よっ と、 さかん に、 クウチュウ で アカンボウ の やわらかい テ が ジブン の ほう へ およいで くる よう に みえた。 センソウ サナカ には アカンボウ の こと なぞ は わすれて しまって いる はず だ のに、 さかん に アカンボウ の スガタ が はげしく タマ の とんで くる クウチュウ に うかんで いる。
 シンイチ は どんどん うった。
 コドモ の テ なぞ は はらいのけながら、 マド へ カオ を だして どんどん うった が、 キュウ に アタマ の ウエ へ ナニ か どかん と おちかかる オト が した か と おもう と、 シンイチ は ガンメン を あつい カタナ で きられた よう な カンジ が した。
 くらい アナ の ナカ へ カラダ が めりこむ よう だった。
 アカンボウ の ナキゴエ が はげしく ミミ に ついて いる よう で あった が、 そのまま シンイチ は キ が とおく なって しまって いた の だ。
 コドモ の やわらかい コエ が ウズ の よう に チ の ソコ から ひびいて くる。 その オト に さそわれる よう に シンイチ は ぐんぐん チ の ソコ へ おちこんで いった。
 ナイチ の ビョウイン へ もどって くる と、 マンシュウ へ いって いた はず の ツマ が ひょっこり ビョウイン へ たずねて きた。 シンイチ は ハラダチ で クチ も きけなかった。 シンイチ が だまって いる ので、 ツマ は サイゴ に コドモ の いる ところ を おしえて くれ と いった。 シンイチ は ツマ に たいして は もう なんの キモチ も なかった けれども、 コドモ の こと を いわれる と ミョウ に ハラ が たって きて シカタ が なかった。

 5

「ブツモン の コトバ に、 ボンノウ は ムジン なり、 ちかって これ を たたん こと を ねがう と いう コトバ が ある が、 ボク は イマ、 この コドモ の こと だけ は どうしても ボンノウ を たちがたい の だ…… これ を しっかり と キヌコ さん に はなして、 よかったら きて もらって ください と、 ボク は くれぐれも ヨシオ さん へ いって おいた ん だ…… セケン の ヒト は、 きずついて もどって きた ウワベ の ボク だけ に ドウジョウ を して くれて、 なにもかも ホントウ の もの を かくして イチジ を とりつくろって くれる ん だ けれど、 ――ボク は、 そんな こと は ショウライ に いたって、 オタガイ の フコウ だ と おもう……。 と いって、 キミ と ケッコン して しまって いまさら、 こんな こと で どうにも ならない けれど…… それにしても、 ケッコン の ハジメ に、 ボク は ホントウ は、 キミ に この ハナシ を、 ボク の クチ から もう イチド して おこう と おもった。 ヨシオ さん が、 ひょいと したら、 キミ に いわない かも しれない とは おもわない でも なかった ん だ けど…… でも、 ボク も なんだか よわい キモチ に なって いて、 キミ が ほしくて シカタ が なかった ん だろう……。 キミ は この キモチ を わらう だろう が、 これ が ニンゲン の ココロ と いう もの さ…… スシ に ショウユ を つけて くれた の が、 ボク は とても うれしかった。 ショウユ の ニオイ が ナミダ の でる ほど なつかしかった……」
 シンイチ は はなして しまう と ほっと した よう に、 スナ を つかんで いた テ から、 しめって あつく なった スナ を ヒザ の ウエ へ こぼして いる。
 キヌコ は ウミ の ウエ へ いっぱい くろい カラス が まいおりて いる よう な サッカク に とらわれて いた。 ワタシ の オット には かつて ツマ が あり コドモ が ある……。 シンイチ の イエ へ ついた バン に、 シンイチ と アニ が ナニ か ひそひそ はなしあって いた こと が あった けれども…… キヌコ は、 ジブン の ゼント が うすぐらく なった よう な キ が しない でも ない。
 キヌコ は しばらく ウミ の ムコウ を みつめて いた。
 コドモ と フタリ で ニカイズマイ を して、 ニンジン や ホウレンソウ で アカンボウ を そだてて いた と いう シンイチ の わびしい セイカツ の クラサ は、 ゲンザイ メノマエ に いる シンイチ には すこしも うかがえなかった。
「ねえ……」
「うん……」
 うん と こたえて くれた シンイチ の コトバ の ナカ には にじみでる よう な あたたかい もの が ある。 キヌコ は どう すれば いい の か わからなかった。 16 の トシ から ホウコウ を して いて、 タイケ の おくふかい ところ に つとめて いた せい か、 キヌコ は ジブン が イッソクトビ に フコウ な フチ へ たった よう な キ が しない でも ない の で ある。
「アカチャン は イクツ なの?」
「もう ヨッツ だ。 ウタ を うたう よ」
「あいたい でしょう?」
「うん……」
「オクサマ は こっち なん でしょう?」
「さあ、 どこ に いる ん だ か しらない ねえ…… そんな もの は どうでも いい さ……」
「だって……」
「キミ は、 ボク と ケッコン した こと を コウカイ してる ん じゃ ない だろう ね……」
「……」
 キヌコ は そっと ハンカチ を といて、 また タバコ と マッチ を だした。 「ヒカリ」 の ハコ から チョーク の よう な タバコ を 1 ポン だして シンイチ の クチビル に くわえさして やる と、 シンイチ は キュウ に あつい テ で キヌコ の ユビ を つかんで、 ヒトサシユビ だの、 ナカユビ、 クスリユビ、 コユビ と じゅんじゅん に キヌコ の ツメ を ジブン の ハ で かんで いった。
 キヌコ は あふれる よう な ナミダ で、 ノド が ぐうっと おされそう だった。

 6

 フタリ が オマエザキ から ナゴヤ へ かえって きた の は 1 シュウカン-ぶり で ある。
 クレ ちかい マチ の スガタ は センジ と いえど も さすが に いそがしそう な ケハイ を みせて いた。
 フタリ の シンキョ は ヨンケン ナガヤ の いちばん ハジ の イエ で、 まだ たった ばかり なので キ の カ が マワリ に ただようて いた。 シン の やわらかい タタミ だった けれども、 それでも タタミ が ぎゅうぎゅう と なった。
 フタリ は まるで ながい アイダ つれそった フウフ の よう に、 なにもかも うちとけあって いる。
 シンイチ は ムカシ の トウキ-ガイシャ へ ツトメ を もつ よう に なった。 そして カイシャ では うすぼんやり した カタメ の シリョク を タヨリ に マイニチ ロクロ を まわして はたらいて いた。
 キヌコ が ケッコン を した シラセ を ニノミヤ へ しらせて やる と、 トウキョウ の オジョウサン から うつくしい ちいさい キョウダイ が おくりとどけられた。 そうして そえられた テガミ の ナカ には、 キヌ さん の よう な コウフク な ヒト は ない と おもう、 ジブン は ケッコン して はじめて、 ジッカ に いた とき の ナンジュウバイ と いう クロウ を して います。 もう、 ふたたび ムスメ に もどる こと は できない けれども、 あの とき が なつかしい と おもいます と いう こと が かいて あった。 うつくしい オジョウサン では あった けれども、 ケッコン した アイテ の ヒト は、 なかなか の ドウラクカ で、 オジョウサン も やつれて しまわれた と ミセ の ヒト が キヌコ に はなして いた。
 2 カイ が 6 ジョウ ヒトマ に、 シタ が 6 ジョウ に 4 ジョウ ハン に 3 ジョウ。 それに ちいさい フロバ も ついて いた し、 せまい ながら も コギク の さいて いる ニワ も ある。
 チクサ-チョウ の エキ も ちかかった し、 この ヘン は わりあい ブッカ も やすかった。
 キヌコ は ジブン ヒトリ で シンイチ の コドモ に あい に いって みよう と おもった。 シンイチ が なにも いわない だけ に シンイチ の サビシサ が ジブン の ムネ に ひびいて きた し、 オマエザキ の スナハマ での こと が はっきり と ムネ に うかんで くる の で ある。
 コドモ は オオゾネ と いう ところ の ザッカヤ に あずけて あった。
 キヌコ が ヒトリ で オオゾネ まで コドモ に あい に いって みたい と いう と、 シンイチ も イッショ に いこう と いいだして、 フタリ は クレ の せまった ある ニチヨウビ に、 デンシャ へ のって オオゾネ-チョウ へ いった。 デンシャ の ナカ は わりあい すいて いた。 キヌコ と シンイチ の コシ を かけて いる マエ には、 3 ニン の コドモ を つれた フウフ が コシ を かけて いた。 いちばん ウエ の コ は チュウガクセイ らしく、 ムネ に キンボタン の いっぱい ついた ガイトウ を きて いる。 ナカ は ショウガッコウ 6 ネンセイ ぐらい、 シタ は 2 ネンセイ ぐらい で でも あろう か、 3 ニン の オトコ の コ たち は、 チチ と ハハ の アイダ に コシ を かけて アツタ ジングウ へ オマイリ を した ハナシ を して いた。 チチオヤ は 45~46 サイ ぐらい の ネンパイ で、 カタ から シャシンキ を ぶらさげた まま ウデグミ を して ねむりこけて いた。 ハハオヤ は よく こえた ガラ の おおきい フジン で、 マタ を ひらいた よう に して マド へ ソリミ に なって もたれて いる。 ちいさい コドモ が、 ツリカワ へ ぶらさがったり する の を、 ときどき たしなめて は しかって いた が、 コドモ たち は ときどき ハハオヤ の クビ へ テ を かけて は ナニ か ムコウ へ ついて から の こと を ねだって いる ふう で ある。 みて いて、 ほほえましく なる フウケイ で あった。 キヌコ は、 セナカ に アセ が にじむ よう な、 くすぐったい もの を かんじた。 ジブン たち の ショウライ も、 あの ヒトタチ の よう に コウフク に うまく ゆく かしら と かんがえる の で ある。
 シンイチ は、 ソウガイ の ほう へ カオ を むけて うつらうつら して いた。
 キヌコ は マエ の オヤコ を ながめて いる の は たのしかった。
 ねむって いた オット は、 メ を つぶった まま の スガタ で、 ポケット から ハナガミ を だす と、 おおきい オト を させて ハナ を かんだ。 ハナ を かんで から も、 テイネイ に ハナ を ふいて、 その ハナガミ を メ を つぶった まま ジブン の ヒザ の ところ へ もって ゆく と、 ヨコアイ から こえた サイクン が たくましい ウデ を コドモ の ヒザゴシ に にゅっと つきだして その ハナガミ を とって ジブン の タモト へ いれて しまった。
 キヌコ は まるで、 ジブン が した こと を ヒト に みられて でも いる か の よう に あかく なりながら ビショウ して いた。 ゴシュジン は、 ハナガミ を サイクン に わたして しまう と、 また、 テ を ヒザ の ウエ へ だらり と さげて よく ねむって いる。 コドモ たち は はしって ゆく ソウガイ を ながめながら、 きゃっきゃっ と ふざけあって いた。
 ふとった サイクン は マタ を ひらいた まま の シセイ で、 いかにも、 3 ニン の コドモ の ハハ-らしい カンロク を みせて ゆうゆう と して いた。
 キヌコ は ふっと、 シンイチ の ほう へ クビ を むけた。 あかるい セケン へ でる と、 ナニ か に ヒゲ して しまって いる、 そんな さびしげ な シンイチ の スガタ を みる と、 キヌコ は、 ジブン の メノマエ に いる オクサン の よう に、 おおしく シンイチ を かばって、 これから も すえながく セイカツ して ゆかなければ ならない と おもう の で あった。 この シンイチ を すてて いって しまった オンナ の ヒト へ はげしく むくいる ため にも……。
 キヌコ は ジブン も やがて イクニン か の コドモ を うんで、 あの オンナ の ヒト の よう に マタ を ひろげて コシ を かける ヒ の こと を かんがえる と ほほえましい キモチ で あった。 その スガタ が すこしも いやらしく は みえなかった し かえって 3 ニン の ハハ と して たのもし さえ みえた。 キヌコ は ジブン も そっと ゲタ を はなして ソリミ に なって みた けれども、 わかい キヌコ には それ は なんだか ミョウ な もの で ある。 キヌコ は、 むしょうに おかしく なって きて、 カタ で シンイチ の カラダ を 2~3 ド つよく おしつけた。 なにも しらない シンイチ は ソウガイ の ほう を むいた まま クチモト で くすくす わらって いる よう で あった。
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ブンチョウ

2013-01-05 | ナツメ ソウセキ
 ブンチョウ

 ナツメ ソウセキ

 10 ガツ ワセダ に うつる。 ガラン の よう な ショサイ に ただ ヒトリ、 かたづけた カオ を ホオヅエ で ささえて いる と、 ミエキチ が きて、 トリ を おかいなさい と いう。 かって も いい と こたえた。 しかし ネン の ため だ から、 ナニ を かう の かね と きいたら、 ブンチョウ です と いう ヘンジ で あった。
 ブンチョウ は ミエキチ の ショウセツ に でて くる くらい だ から きれい な トリ に ちがいなかろう と おもって、 じゃ かって くれたまえ と たのんだ。 ところが ミエキチ は ぜひ おかいなさい と、 おなじ よう な こと を くりかえして いる。 うむ かう よ かう よ と やはり ホオヅエ を ついた まま で、 むにゃむにゃ いってる うち に ミエキチ は だまって しまった。 おおかた ホオヅエ に アイソウ を つかした ん だろう と、 この とき はじめて キ が ついた。
 すると 3 プン ばかり して、 コンド は カゴ を おかいなさい と いいだした。 これ も よろしい と こたえる と、 ぜひ おかいなさい と ネン を おす カワリ に、 トリカゴ の コウシャク を はじめた。 その コウシャク は だいぶ こみいった もの で あった が、 キノドク な こと に、 みんな わすれて しまった。 ただ いい の は 20 エン ぐらい する と いう ダン に なって、 キュウ に そんな たかい の で なくって も よかろう と いって おいた。 ミエキチ は にやにや して いる。
 それから ぜんたい どこ で かう の か と きいて みる と、 なに どこ の トリヤ に でも あります と、 じつに ヘイボン な コタエ を した。 カゴ は と ききかえす と、 カゴ です か、 カゴ は その ナン です よ、 なに どこ に か ある でしょう、 と まるで クモ を つかむ よう な カンダイ な こと を いう。 でも キミ アテ が なくっちゃ いけなかろう と、 あたかも いけない よう な カオ を して みせたら、 ミエキチ は ホッペタ へ テ を あてて、 なんでも コマゴメ に カゴ の メイジン が ある そう です が、 トシヨリ だ そう です から、 もう しんだ かも しれません と、 ヒジョウ に こころぼそく なって しまった。
 なにしろ いいだした モノ に セキニン を おわせる の は トウゼン の こと だ から、 さっそく バンジ を ミエキチ に イライ する こと に した。 すると、 すぐ カネ を だせ と いう。 カネ は たしか に だした。 ミエキチ は どこ で かった か、 ナナコ の ミツオレ の カミイレ を カイチュウ して いて、 ヒト の カネ でも ジブン の カネ でも しっかい この カミイレ の ナカ に いれる クセ が ある。 ジブン は ミエキチ が 5 エン サツ を たしか に この カミイレ の ソコ へ おしこんだ の を モクゲキ した。
 かよう に して カネ は たしか に ミエキチ の テ に おちた。 しかし トリ と カゴ とは ヨウイ に やって こない。
 そのうち アキ が コハル に なった。 ミエキチ は たびたび くる。 よく オンナ の ハナシ など を して かえって ゆく。 ブンチョウ と カゴ の コウシャク は まったく でない。 ガラスド を すかして 5 シャク の エンガワ には ヒ が よく あたる。 どうせ ブンチョウ を かう なら、 こんな あたたかい キセツ に、 この エンガワ へ トリカゴ を すえて やったら、 ブンチョウ も さだめし なきよかろう と おもう くらい で あった。
 ミエキチ の ショウセツ に よる と、 ブンチョウ は ちよちよ と なく そう で ある。 その ナキゴエ が だいぶん キ に いった と みえて、 ミエキチ は ちよちよ を ナンド と なく つかって いる。 あるいは チヨ と いう オンナ に ほれて いた こと が ある の かも しれない。 しかし トウニン は いっこう そんな こと を いわない。 ジブン も きいて みない。 ただ エンガワ に ヒ が よく あたる。 そうして ブンチョウ が なかない。
 そのうち シモ が ふりだした。 ジブン は マイニチ ガラン の よう な ショサイ に、 さむい カオ を かたづけて みたり、 とりみだして みたり、 ホオヅエ を ついたり やめたり して くらして いた。 ト は ニジュウ に しめきった。 ヒバチ に スミ ばかり ついで いる。 ブンチョウ は ついに わすれた。
 ところへ ミエキチ が カドグチ から イセイ よく はいって きた。 トキ は ヨイ の クチ で あった。 さむい から ヒバチ の ウエ へ ムネ から ウエ を かざして、 うかぬ カオ を わざと ほてらして いた の が、 キュウ に ヨウキ に なった。 ミエキチ は ホウリュウ を したがえて いる。 ホウリュウ は いい メイワク で ある。 フタリ が カゴ を ヒトツ ずつ もって いる。 その うえ に ミエキチ が おおきな ハコ を アニキブン に かかえて いる。 5 エン サツ が ブンチョウ と カゴ と ハコ に なった の は この ハツフユ の バン で あった。
 ミエキチ は ダイトクイ で ある。 まあ ごらんなさい と いう。 ホウリュウ その ランプ を もっと こっち へ だせ など と いう。 そのくせ さむい ので ハナ の アタマ が すこし ムラサキイロ に なって いる。
 なるほど リッパ な カゴ が できた。 ダイ が ウルシ で ぬって ある。 タケ は ほそく けずった うえ に、 イロ が つけて ある。 それ で 3 エン だ と いう。 やすい なあ ホウリュウ と いって いる。 ホウリュウ は うん やすい と いって いる。 ジブン は やすい か たかい か はんぜん と わからない が、 まあ やすい なあ と いって いる。 いい の に なる と 20 エン も する そう です と いう。 20 エン は これ で 2 ヘン-メ で ある。 20 エン に くらべて やすい の は むろん で ある。
 この ウルシ は ね、 センセイ、 ヒナタ へ だして さらして おく うち に クロミ が とれて だんだん シュ の イロ が でて きます から、 ――そうして この タケ は イッペン よく にた ん だ から だいじょうぶ です よ など と、 しきり に セツメイ を して くれる。 ナニ が だいじょうぶ なの かね と ききかえす と、 まあ トリ を ごらんなさい、 きれい でしょう と いって いる。
 なるほど きれい だ。 ツギノマ へ カゴ を すえて 4 シャク ばかり こっち から みる と すこしも うごかない。 うすぐらい ナカ に マッシロ に みえる。 カゴ の ナカ に うずくまって いなければ トリ とは おもえない ほど しろい。 なんだか さむそう だ。
 さむい だろう ね と きいて みる と、 その ため に ハコ を つくった ん だ と いう。 ヨル に なれば この ハコ に いれて やる ん だ と いう。 カゴ が フタツ ある の は どう する ん だ と きく と、 この ソマツ な ほう へ いれて ときどき ギョウズイ を つかわせる の だ と いう。 これ は すこし テスウ が かかる な と おもって いる と、 それから フン を して カゴ を よごします から、 ときどき ソウジ を して おやりなさい と つけくわえた。 ミエキチ は ブンチョウ の ため には なかなか キョウコウ で ある。
 それ を はいはい ひきうける と、 コンド は ミエキチ が タモト から アワ を ヒトフクロ だした。 これ を マイニチ くわせなくっちゃ いけません。 もし エ を かえて やらなければ、 エツボ を だして カラ だけ ふいて おやんなさい。 そう しない と ブンチョウ が ミ の ある アワ を いちいち ひろいださなくっちゃ なりません から。 ミズ も マイアサ かえて おやんなさい。 センセイ は ネボウ だ から ちょうど いい でしょう と たいへん ブンチョウ に シンセツ を きわめて いる。 そこで ジブン も よろしい と バンジ うけあった。 ところへ ホウリュウ が タモト から エツボ と ミズイレ を だして ギョウギ よく ジブン の マエ に ならべた。 こう イッサイ バンジ を ととのえて おいて、 ジッコウ を せまられる と、 ギリ にも ブンチョウ の セワ を しなければ ならなく なる。ナイシン では よほど おぼつかなかった が、 まず やって みよう と まで は ケッシン した。 もし できなければ ウチ の モノ が、 どうか する だろう と おもった。
 やがて ミエキチ は トリカゴ を テイネイ に ハコ の ナカ へ いれて、 エンガワ へ もちだして、 ここ へ おきます から と いって かえった。 ジブン は ガラン の よう な ショサイ の マンナカ に トコ を のべて ひややか に ねた。 ゆめに ブンチョウ を しょいこんだ ココロモチ は、 すこし さむかった が ねぶって みれば フダン の ヨル の ごとく おだやか で ある。
 ヨクアサ メ が さめる と ガラスド に ヒ が さして いる。 たちまち ブンチョウ に エ を やらなければ ならない な と おもった。 けれども おきる の が タイギ で あった。 いまに やろう、 いまに やろう と かんがえて いる うち に、 とうとう 8 ジ-スギ に なった。 シカタ が ない から カオ を あらう ツイデ を もって、 つめたい エン を スアシ で ふみながら、 ハコ の フタ を とって トリカゴ を アカルミ へ だした。 ブンチョウ は メ を ぱちつかせて いる。 もっと はやく おきたかったろう と おもったら キノドク に なった。
 ブンチョウ の メ は マックロ で ある。 マブタ の マワリ に ほそい トキイロ の キヌイト を ぬいつけた よう な スジ が はいって いる。 メ を ぱちつかせる たび に キヌイト が キュウ に よって 1 ポン に なる。 と おもう と また まるく なる。 カゴ を ハコ から だす や いなや、 ブンチョウ は しろい クビ を ちょっと かたぶけながら この くろい メ を うつして はじめて ジブン の カオ を みた。 そうして ちち と ないた。
 ジブン は しずか に トリカゴ を ハコ の ウエ に すえた。 ブンチョウ は ぱっと トマリギ を はなれた。 そうして また トマリギ に のった。 トマリギ は 2 ホン ある。 くろみがかった アオジク を ほどよき キョリ に ハシ と わたして ヨコ に ならべた。 その 1 ポン を かるく ふまえた アシ を みる と いかにも きゃしゃ に できて いる。 ほそながい ウスクレナイ の ハシ に シンジュ を けずった よう な ツメ が ついて、 テゴロ な トマリギ を うまく かかえこんで いる。 すると、 ひらり と メサキ が うごいた。 ブンチョウ は すでに トマリギ の ウエ で ムキ を かえて いた。 しきり に クビ を サユウ に かたぶける。 かたぶけかけた クビ を ふと もちなおして、 こころもち マエ へ のした か と おもったら、 しろい ハネ が また ちらり と うごいた。 ブンチョウ の アシ は ムコウ の トマリギ の マンナカ アタリ に グアイ よく おちた。 ちち と なく。 そうして トオク から ジブン の カオ を のぞきこんだ。
 ジブン は カオ を あらい に フロバ へ いった。 カエリ に ダイドコロ へ まわって、 トダナ を あけて、 ユウベ ミエキチ の かって きて くれた アワ の フクロ を だして、 エツボ の ナカ へ エ を いれて、 もう ヒトツ には ミズ を 1 パイ いれて、 また ショサイ の エンガワ へ でた。
 ミエキチ は ヨウイ シュウトウ な オトコ で、 ユウベ テイネイ に エ を やる とき の ココロエ を セツメイ して いった。 その セツ に よる と、 むやみ に カゴ の ト を あける と ブンチョウ が にけだして しまう。 だから ミギ の テ で カゴ の ト を あけながら、 ヒダリ の テ を その シタ へ あてがって、 ソト から デグチ を ふさぐ よう に しなくって は キケン だ。 エツボ を だす とき も おなじ ココロエ で やらなければ ならない。 と その テツキ まで して みせた が、 こう リョウホウ の テ を つかって、 エツボ を どうして カゴ の ナカ へ いれる こと が できる の か、 つい きいて おかなかった。
 ジブン は やむ を えず エツボ を もった まま テノコウ で カゴ の ト を そろり と ウエ へ おしあげた。 ドウジ に ヒダリ の テ で あいた クチ を すぐ ふさいだ。 トリ は ちょっと ふりかえった。 そうして、 ちち と ないた。 ジブン は デグチ を ふさいだ ヒダリ の テ の ショチ に きゅうした。 ヒト の スキ を うかがって にげる よう な トリ とも みえない ので、 なんとなく キノドク に なった。 ミエキチ は わるい こと を おしえた。
 おおきな テ を そろそろ カゴ の ナカ へ いれた。 すると ブンチョウ は キュウ に ハバタキ を はじめた。 ほそく けずった タケ の メ から あたたかい ムクゲ が、 しろく とぶ ほど に ツバサ を ならした。 ジブン は キュウ に ジブン の おおきな テ が いや に なった。 アワ の ツボ と ミズ の ツボ を トマリギ の アイダ に ようやく おく や いなや、 テ を ひきこました。 カゴ の ト は はたり と ひとりでに おちた。 ブンチョウ は トマリギ の ウエ に もどった。 しろい クビ を なかば ヨコ に むけて、 カゴ の ソト に いる ジブン を みあげた。 それから まげた クビ を マッスグ に して アシ の モト に ある アワ と ミズ を ながめた。 ジブン は ショクジ を し に チャノマ へ いった。
 その コロ は ニッカ と して ショウセツ を かいて いる ジブン で あった。 メシ と メシ の アイダ は たいてい ツクエ に むかって フデ を にぎって いた。 しずか な とき は ジブン で カミ の ウエ を はしる ペン の オト を きく こと が できた。 ガラン の よう な ショサイ へは ダレ も はいって こない シュウカン で あった。 フデ の オト に サビシサ と いう イミ を かんじた アサ も ヒル も バン も あった。 しかし ときどき は この フデ の オト が ぴたり と やむ、 また やめねば ならぬ、 オリ も だいぶ あった。 その とき は ユビ の マタ に フデ を はさんだ まま テノヒラ へ アゴ を のせて ガラスゴシ に ふきあれた ニワ を ながめる の が クセ で あった。 それ が すむ と のせた アゴ を いちおう つまんで みる。 それでも フデ と カミ が イッショ に ならない とき は、 つまんだ アゴ を 2 ホン の ユビ で のして みる。 すると エンガワ で ブンチョウ が たちまち ちよちよ と フタコエ ないた。
 フデ を おいて、 そっと でて みる と、 ブンチョウ は ジブン の ほう を むいた まま、 トマリギ の ウエ から、 のめりそう に しろい ムネ を つきだして、 たかく ちよ と いった。 ミエキチ が きいたら さぞ よろこぶ だろう と おもう ほど な いい コエ で ちよ と いった。 ミエキチ は いまに なれる と ちよ と なきます よ、 きっと なきます よ、 と うけあって かえって いった。
 ジブン は また カゴ の ソバ へ しゃがんだ。 ブンチョウ は ふくらんだ クビ を 2~3 ド タテヨコ に むけなおした。 やがて ヒトカタマリ の しろい カラダ が ぽいと トマリギ の ウエ を ぬけだした。 と おもう と きれい な アシ の ツメ が ハンブン ほど エツボ の フチ から ウシロ へ でた。 コユビ を かけて も すぐ ひっくりかえりそう な エツボ は ツリガネ の よう に しずか で ある。 さすが に ブンチョウ は かるい もの だ。 なんだか アワユキ の セイ の よう な キ が した。
 ブンチョウ は つと クチバシ を エツボ の マンナカ に おとした。 そうして 2~3 ド サユウ に ふった。 きれい に ならして いれて あった アワ が はらはら と カゴ の ソコ に こぼれた。 ブンチョウ は クチバシ を あげた。 ノド の ところ で かすか な オト が する。 また クチバシ を アワ の マンナカ に おとす。 また かすか な オト が する。 その オト が おもしろい。 しずか に きいて いる と、 まるくて こまやか で、 しかも ヒジョウ に すみやか で ある。 スミレ ほど な ちいさい ヒト が、 コガネ の ツチ で メノウ の ゴイシ でも ツヅケザマ に たたいて いる よう な キ が する。
 クチバシ の イロ を みる と ムラサキ を うすく まぜた ベニ の よう で ある。 その ベニ が しだいに ながれて、 アワ を つつく クチサキ の アタリ は しろい。 ゾウゲ を ハントウメイ に した シロサ で ある。 この クチバシ が アワ の ナカ へ はいる とき は ヒジョウ に はやい。 サユウ に ふりまく アワ の タマ も ヒジョウ に かるそう だ。 ブンチョウ は ミ を サカサマ に しない ばかり に とがった クチバシ を きいろい ツブ の ナカ に さしこんで は、 ふくらんだ クビ を オシゲ も なく ミギヒダリ へ ふる。 カゴ の ソコ に とびちる アワ の カズ は イクツブ だ か わからない。 それでも エツボ だけ は せきぜん と して しずか で ある。 おもい もの で ある。 エツボ の チョッケイ は 1 スン 5 ブ ほど だ と おもう。
 ジブン は そっと ショサイ へ かえって さびしく ペン を カミ の ウエ に はしらして いた。 エンガワ では ブンチョウ が ちち と なく。 おりおり は ちよちよ とも なく。 ソト では コガラシ が ふいて いた。
 ユウガタ には ブンチョウ が ミズ を のむ ところ を みた。 ほそい アシ を ツボ の フチ へ かけて、 ちいさい クチバシ に うけた ヒトシズク を ダイジ そう に、 あおむいて のみくだして いる。 この ブン では 1 パイ の ミズ が トオカ ぐらい つづく だろう と おもって また ショサイ へ かえった。 バン には ハコ へ しまって やった。 ねる とき ガラスド から ソト を のぞいたら、 ツキ が でて、 シモ が ふって いた。 ブンチョウ は ハコ の ナカ で ことり とも しなかった。
 あくる ヒ も また キノドク な こと に おそく おきて、 ハコ から カゴ を だして やった の は、 やっぱり 8 ジ-スギ で あった。 ハコ の ナカ では とうから メ が さめて いた ん だろう。 それでも ブンチョウ は いっこう フヘイ-らしい カオ も しなかった。 カゴ が あかるい ところ へ でる や いなや、 いきなり メ を しばたたいて、 こころもち クビ を すくめて、 ジブン の カオ を みた。
 ムカシ うつくしい オンナ を しって いた。 この オンナ が ツクエ に もたれて ナニ か かんがえて いる ところ を、 ウシロ から、 そっと いって、 ムラサキ の オビアゲ の フサ に なった サキ を、 ながく たらして、 クビスジ の ほそい アタリ を、 ウエ から なでまわしたら、 オンナ は ものうげ に ウシロ を むいた。 その とき オンナ の マユ は こころもち ハチ の ジ に よって いた。 それ で メジリ と クチモト には ワライ が きざして いた。 ドウジ に カッコウ の よい クビ を カタ まで すくめて いた。 ブンチョウ が ジブン を みた とき、 ジブン は ふと この オンナ の こと を おもいだした。 この オンナ は イマ ヨメ に いった。 ジブン が ムラサキ の オビアゲ で イタズラ を した の は エンダン の きまった 2~3 ニチ アト で ある。
 エツボ には まだ アワ が 8 ブ-ドオリ はいって いる。 しかし カラ も だいぶ まじって いた。 ミズイレ には アワ の カラ が イチメン に ういて、 いたく にごって いた。 かえて やらなければ ならない。 また おおきな テ を カゴ の ナカ へ いれた。 ヒジョウ に ヨウジン して いれた にも かかわらず、 ブンチョウ は しろい ツバサ を みだして さわいだ。 ちいさい ハネ が 1 ポン ぬけて も、 ジブン は ブンチョウ に すまない と おもった。 カラ は きれい に ふいた。 ふかれた カラ は コガラシ が どこ か へ もって いった。 ミズ も かえて やった。 スイドウ の ミズ だ から たいへん つめたい。
 その ヒ は イチニチ さびしい ペン の オト を きいて くらした。 その アイダ には おりおり ちよちよ と いう コエ も きこえた。 ブンチョウ も さびしい から なく の では なかろう か と かんがえた。 しかし エンガワ へ でて みる と、 2 ホン の トマリギ の アイダ を、 あちら へ とんだり、 こちら へ とんだり、 たえまなく ゆきつ もどりつ して いる。 すこしも フヘイ-らしい ヨウス は なかった。
 ヨル は ハコ へ いれた。 あくる アサ メ が さめる と、 ソト は しろい シモ だ。 ブンチョウ も メ が さめて いる だろう が、 なかなか おきる キ に ならない。 マクラモト に ある シンブン を テ に とる さえ ナンギ だ。 それでも タバコ は 1 ポン ふかした。 この 1 ポン を ふかして しまったら、 おきて カゴ から だして やろう と おもいながら、 クチ から でる ケブリ の ユクエ を みつめて いた。 すると この ケブリ の ナカ に、 クビ を すくめた、 メ を ほそく した、 しかも こころもち マユ を よせた ムカシ の オンナ の カオ が ちょっと みえた。 ジブン は トコ の ウエ に おきなおった。 ネマキ の ウエ へ ハオリ を ひっかけて、 すぐ エンガワ へ でた。 そうして ハコ の フタ を はずして、 ブンチョウ を だした。 ブンチョウ は ハコ から でながら、 ちよちよ と フタコエ ないた。
 ミエキチ の セツ に よる と、 なれる に したがって、 ブンチョウ が ヒト の カオ を みて なく よう に なる ん だ そう だ。 げんに ミエキチ の かって いた ブンチョウ は、 ミエキチ が ソバ に い さえ すれば、 しきり に ちよちよ と なきつづけた そう だ。 のみならず ミエキチ の ユビ の サキ から エ を たべる と いう。 ジブン も いつか ユビ の サキ で エ を やって みたい と おもった。
 ツギ の アサ は また なまけた。 ムカシ の オンナ の カオ も つい おもいださなかった。 カオ を あらって、 ショクジ を すまして、 はじめて、 キ が ついた よう に エンガワ へ でて みる と、 いつのまにか カゴ が ハコ の ウエ に のって いる。 ブンチョウ は もう トマリギ の ウエ を おもしろそう に あちら、 こちら と とびうつって いる。 そうして ときどき は クビ を のして カゴ の ソト を シタ の ほう から のぞいて いる。 その ヨウス が なかなか ムジャキ で ある。 ムカシ ムラサキ の オビアゲ で イタズラ を した オンナ は エリ の ながい、 セイ の すらり と した、 ちょっと クビ を まげて ヒト を みる クセ が あった。
 アワ は まだ ある。 ミズ も まだ ある。 ブンチョウ は マンゾク して いる。 ジブン は アワ も ミズ も かえず に ショサイ へ ひっこんだ。
 ヒルスギ また エンガワ へ でた。 ショクゴ の ウンドウ-かたがた、 5~6 ケン の マワリエン を、 あるきながら ショケン する つもり で あった。 ところが でて みる と アワ が もう 7 ブ-ガタ つきて いる。 ミズ も まったく にごって しまった。 ショモツ を エンガワ へ ほうりだして おいて、 いそいで エ と ミズ を かえて やった。
 ツギ の ヒ も また おそく おきた。 しかも カオ を あらって メシ を くう まで は エンガワ を のぞかなかった。 ショサイ に かえって から、 あるいは キノウ の よう に、 ウチ の モノ が カゴ を だして おき は せぬ か と、 ちょっと エン へ カオ だけ だして みたら、 はたして だして あった。 そのうえ エ も ミズ も あたらしく なって いた。 ジブン は やっと アンシン して クビ を ショサイ に いれた。 トタン に ブンチョウ は ちよちよ と ないた。 それで ひっこめた クビ を また だして みた。 けれども ブンチョウ は ふたたび なかなかった。 ケゲン な カオ を して ガラスゴシ に ニワ の シモ を ながめて いた。 ジブン は とうとう ツクエ の マエ に かえった。
 ショサイ の ナカ では あいかわらず ペン の オト が さらさら する。 かきかけた ショウセツ は だいぶん はかどった。 ユビ の サキ が つめたい。 ケサ いけた サクラズミ は しろく なって、 サツマ ゴトク に かけた テツビン が ほとんど さめて いる。 スミトリ は カラ だ。 テ を たたいた が ちょっと ダイドコロ まで きこえない。 たって ト を あける と、 ブンチョウ は レイ に にず トマリギ の ウエ に じっと とまって いる。 よく みる と アシ が 1 ポン しか ない。 ジブン は スミトリ を エン に おいて、 ウエ から こごんで カゴ の ナカ を のぞきこんだ。 いくら みて も アシ は 1 ポン しか ない。 ブンチョウ は この きゃしゃ な 1 ポン の ほそい アシ に ソウミ を たくして もくねん と して、 カゴ の ナカ に かたづいて いる。
 ジブン は フシギ に おもった。 ブンチョウ に ついて バンジ を セツメイ した ミエキチ も この こと だけ は ぬいた と みえる。 ジブン が スミトリ に スミ を いれて かえった とき、 ブンチョウ の アシ は まだ 1 ポン で あった。 しばらく さむい エンガワ に たって ながめて いた が、 ブンチョウ は うごく ケシキ も ない。 オト を たてない で みつめて いる と、 ブンチョウ は まるい メ を しだいに ほそく しだした。 おおかた ねむたい の だろう と おもって、 そっと ショサイ へ はいろう と して、 イッポ アシ を うごかす や いなや、 ブンチョウ は また メ を あいた。 ドウジ に マッシロ な ムネ の ナカ から ほそい アシ を 1 ポン だした。 ジブン は ト を たてて ヒバチ へ スミ を ついだ。
 ショウセツ は しだいに いそがしく なる。 アサ は いぜん と して ネボウ を する。 イチド ウチ の モノ が ブンチョウ の セワ を して くれて から、 なんだか ジブン の セキニン が かるく なった よう な ココロモチ が する。 ウチ の モノ が わすれる とき は、 ジブン が エ を やる ミズ を やる。 カゴ の ダシイレ を する。 しない とき は、 ウチ の モノ を よんで させる こと も ある。 ジブン は ただ ブンチョウ の コエ を きく だけ が ヤクメ の よう に なった。
 それでも エンガワ へ でる とき は、 かならず カゴ の マエ へ たちどまって ブンチョウ の ヨウス を みた。 タイテイ は せまい カゴ を ク にも しない で、 2 ホン の トマリギ を マンゾク そう に オウフク して いた。 テンキ の いい とき は うすい ヒ を ガラスゴシ に あびて、 しきり に なきたてて いた。 しかし ミエキチ の いった よう に、 ジブン の カオ を みて ことさら に なく ケシキ は さらに なかった。
 ジブン の ユビ から じかに エ を くう など と いう こと は むろん なかった。 おりおり キゲン の いい とき は パン の コ など を ヒトサシユビ の サキ へ つけて タケ の アイダ から ちょっと だして みる こと が ある が ブンチョウ は けっして ちかづかない。 すこし ブエンリョ に つきこんで みる と、 ブンチョウ は ユビ の ふとい の に おどろいて しろい ツバサ を みだして カゴ の ナカ を さわぎまわる のみ で あった。 2~3 ド こころみた ノチ、 ジブン は キノドク に なって、 この ゲイ だけ は エイキュウ に ダンネン して しまった。 イマ の ヨ に こんな こと の できる モノ が いる か どう だ か はなはだ うたがわしい。 おそらく コダイ の セイント の シゴト だろう。 ミエキチ は ウソ を ついた に ちがいない。
 ある ヒ の こと、 ショサイ で レイ の ごとく ペン の オト を たてて わびしい こと を かきつらねて いる と、 ふと ミョウ な オト が ミミ に はいった。 エンガワ で さらさら、 さらさら いう。 オンナ が ながい キヌ の スソ を さばいて いる よう にも うけとられる が、 タダ の オンナ の それ と して は、 あまり に ぎょうさん で ある。 ヒナダン を あるく、 ダイリビナ の ハカマ の ヒダ の すれる オト と でも ケイヨウ したら よかろう と おもった。 ジブン は かきかけた ショウセツ を ヨソ に して、 ペン を もった まま エンガワ へ でて みた。 すると ブンチョウ が ギョウズイ を つかって いた。
 ミズ は ちょうど カエタテ で あった。 ブンチョウ は かるい アシ を ミズイレ の マンナカ に ムナゲ まで ひたして、 ときどき は しろい ツバサ を サユウ に ひろげながら、 こころもち ミズイレ の ナカ に しゃがむ よう に ハラ を おしつけつつ、 ソウミ の ケ を イチド に ふって いる。 そうして ミズイレ の フチ に ひょいと とびあがる。 しばらく して また とびこむ。 ミズイレ の チョッケイ は 1 スン 5 ブ ぐらい に すぎない。 とびこんだ とき は オ も あまり、 アタマ も あまり、 セ は むろん あまる。 ミズ に つかる の は アシ と ムネ だけ で ある。 それでも ブンチョウ は きんぜん と して ギョウズイ を つかって いる。
 ジブン は キュウ に カエカゴ を とって きた。 そうして ブンチョウ を この ほう へ うつした。 それから ジョロ を もって フロバ へ いって、 スイドウ の ミズ を くんで、 カゴ の ウエ から さあさあ と かけて やった。 ジョロ の ミズ が つきる コロ には しろい ハネ から おちる ミズ が タマ に なって ころがった。 ブンチョウ は たえず メ を ぱちぱち させて いた。
 ムカシ ムラサキ の オビアゲ で イタズラ を した オンナ が、 ザシキ で シゴト を して いた とき、 ウラニカイ から フトコロカガミ で オンナ の カオ へ ハル の コウセン を ハンシャ させて たのしんだ こと が ある。 オンナ は うすあかく なった ホオ を あげて、 ほそい テ を ヒタイ の マエ に かざしながら、 フシギ そう に マバタキ を した。 この オンナ と この ブンチョウ とは おそらく おなじ ココロモチ だろう。
 ヒカズ が たつ に したがって ブンチョウ は よく さえずる。 しかし よく わすれられる。 ある とき は エツボ が アワ の カラ だけ に なって いた こと が ある。 ある とき は カゴ の ソコ が フン で いっぱい に なって いた こと が ある。 ある バン エンカイ が あって おそく かえったら、 フユ の ツキ が ガラスゴシ に さしこんで、 ひろい エンガワ が ほのあかるく みえる ナカ に、 トリカゴ が しんと して、 ハコ の ウエ に のって いた。 その スミ に ブンチョウ の カラダ が うすしろく ういた まま トマリギ の ウエ に、 ある か なき か に おもわれた。 ジブン は ガイトウ の ハネ を かえして、 すぐ トリカゴ を ハコ の ナカ へ いれて やった。
 ヨクジツ ブンチョウ は レイ の ごとく ゲンキ よく さえずって いた。 それから は ときどき さむい ヨル も ハコ に しまって やる の を わすれる こと が あった。 ある バン イツモ の とおり ショサイ で センネン に ペン の オト を きいて いる と、 とつぜん エンガワ の ほう で がたり と モノ の くつがえった オト が した。 しかし ジブン は たたなかった。 いぜん と して いそぐ ショウセツ を かいて いた。 わざわざ たって いって、 なんでも ない と いまいましい から、 キ に かからない では なかった が、 やはり ちょっと キキミミ を たてた まま しらぬ カオ で すまして いた。 その バン ねた の は 12 ジ-スギ で あった。 ベンジョ に いった ツイデ、 キガカリ だ から、 ネン の ため いちおう エンガワ へ まわって みる と――
 カゴ は ハコ の ウエ から おちて いる。 そうして ヨコ に たおれて いる。 ミズイレ も エツボ も ひっくりかえって いる。 アワ は イチメン に エンガワ に ちらばって いる。 トマリギ は ぬけだして いる。 ブンチョウ は しのびやか に トリカゴ の サン に かじりついて いた。 ジブン は アシタ から ちかって この エンガワ に ネコ を いれまい と ケッシン した。
 あくる ヒ ブンチョウ は なかなかった。 アワ を ヤマモリ いれて やった。 ミズ を みなぎる ほど いれて やった。 ブンチョウ は イッポンアシ の まま ながらく トマリギ の ウエ を うごかなかった。 ヒルメシ を くって から、 ミエキチ に テガミ を かこう と おもって、 2~3 ギョウ かきだす と、 ブンチョウ が ちち と ないた。 ジブン は テガミ の フデ を とめた。 ブンチョウ が また ちち と ないた。 でて みたら アワ も ミズ も だいぶん へって いる。 テガミ は それぎり に して さいて すてた。
 ヨクジツ ブンチョウ が また なかなく なった。 トマリギ を おりて カゴ の ソコ へ ハラ を おしつけて いた。 ムネ の ところ が すこし ふくらんで、 ちいさい ケ が サザナミ の よう に みだれて みえた。 ジブン は この アサ、 ミエキチ から レイ の ケン で ボウショ まで きて くれ と いう テガミ を うけとった。 10 ジ まで に と いう イライ で ある から、 ブンチョウ を ソノママ に して おいて でた。 ミエキチ に あって みる と レイ の ケン が いろいろ ながく なって、 イッショ に ヒルメシ を くう。 イッショ に バンメシ を くう。 そのうえ アス の カイゴウ まで ヤクソク して ウチ へ かえった。 かえった の は ヨル の 9 ジ-ゴロ で ある。 ブンチョウ の こと は すっかり わすれて いた。 つかれた から、 すぐ トコ へ はいって ねて しまった。
 あくる ヒ メ が さめる や いなや、 すぐ レイ の ケン を おもいだした。 いくら トウニン が ショウチ だって、 そんな ところ へ ヨメ に やる の は ユクスエ よく あるまい、 まだ コドモ だ から どこ へ でも ゆけ と いわれる ところ へ ゆく キ に なる ん だろう。 いったん ゆけば むやみ に でられる もの じゃ ない。 ヨノナカ には マンゾク しながら フコウ に おちいって ゆく モノ が たくさん ある。 など と かんがえて ヨウジ を つかって、 アサメシ を すまして また レイ の ケン を カタヅケ に でかけて いった。
 かえった の は ゴゴ 3 ジ-ゴロ で ある。 ゲンカン へ ガイトウ を かけて ロウカヅタイ に ショサイ へ はいる つもり で レイ の エンガワ へ でて みる と、 トリカゴ が ハコ の ウエ に だして あった。 けれども ブンチョウ は カゴ の ソコ に そっくりかえって いた。 2 ホン の アシ を かたく そろえて、 ドウ と チョクセン に のばして いた。 ジブン は カゴ の ワキ に たって、 じっと ブンチョウ を みまもった。 くろい メ を ねぶって いる。 マブタ の イロ は うすあおく かわった。
 エツボ には アワ の カラ ばかり たまって いる。 ついばむ べき は ヒトツブ も ない。 ミズイレ は ソコ の ひかる ほど かれて いる。 ニシ へ まわった ヒ が ガラスド を もれて ナナメ に カゴ に おちかかる。 ダイ に ぬった ウルシ は、 ミエキチ の いった ごとく、 いつのまにか クロミ が ぬけて、 シュ の イロ が でて きた。
 ジブン は フユ の ヒ に いろづいた シュ の ダイ を ながめた。 カラ に なった エツボ を ながめた。 むなしく ハシ を わたして いる 2 ホン の トマリギ を ながめた。 そうして その シタ に よこたわる かたい ブンチョウ を ながめた。
 ジブン は こごんで リョウテ に トリカゴ を かかえた。 そうして、 ショサイ へ もって はいった。 10 ジョウ の マンナカ へ トリカゴ を おろして、 その マエ へ かしこまって、 カゴ の ト を ひらいて、 おおきな テ を いれて、 ブンチョウ を にぎって みた。 やわらかい ハネ は ひえきって いる。
 コブシ を カゴ から ひきだして、 にぎった テ を あける と、 ブンチョウ は しずか に テノヒラ の ウエ に ある。 ジブン は テ を あけた まま、 しばらく しんだ トリ を みつめて いた。 それから、 そっと ザブトン の ウエ に おろした。 そうして、 はげしく テ を ならした。
 16 に なる コオンナ が、 はい と いって シキイギワ に テ を つかえる。 ジブン は いきなり フトン の ウエ に ある ブンチョウ を にぎって、 コオンナ の マエ へ ほうりだした。 コオンナ は うつむいて タタミ を ながめた まま だまって いる。 ジブン は、 エ を やらない から、 とうとう しんで しまった と いいながら、 ゲジョ の カオ を にらめつけた。 ゲジョ は それでも だまって いる。
 ジブン は ツクエ の ほう へ むきなおった。 そうして ミエキチ へ ハガキ を かいた。 「ウチ の モノ が エ を やらない もの だ から、 ブンチョウ は とうとう しんで しまった。 たのみ も せぬ もの を カゴ へ いれて、 しかも エ を やる ギム さえ つくさない の は ザンコク の イタリ だ」 と いう モンク で あった。
 ジブン は、 これ を だして こい、 そうして その トリ を そっち へ もって ゆけ と ゲジョ に いった。 ゲジョ は、 どこ へ もって まいります か と ききかえした。 どこ へ でも カッテ に もって ゆけ と どなりつけたら、 おどろいて ダイドコロ の ほう へ もって いった。
 しばらく する と ウラニワ で、 コドモ が ブンチョウ を うめる ん だ うめる ん だ と さわいで いる。 ニワソウジ に たのんだ ウエキヤ が、 オジョウサン、 ここいら が いい でしょう と いって いる。 ジブン は すすまぬ ながら、 ショサイ で ペン を うごかして いた。
 ヨクジツ は なんだか アタマ が おもい ので、 10 ジ-ゴロ に なって ようやく おきた。 カオ を あらいながら ウラニワ を みる と、 キノウ ウエキヤ の コエ の した アタリ に、 ちいさい コウサツ が、 あおい トクサ の ヒトカブ と ならんで たって いる。 タカサ は トクサ より も ずっと ひくい。 ニワゲタ を はいて、 ヒカゲ の シモ を ふみくだいて、 ちかづいて みる と、 コウサツ の オモテ には、 この ドテ のぼる べからず と あった。 フデコ の シュセキ で ある。
 ゴゴ ミエキチ から ヘンジ が きた。 ブンチョウ は かわいそう な こと を いたしました と ある ばかり で ウチ の モノ が わるい とも ザンコク だ とも いっこう かいて なかった。
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