カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

フガク ヒャッケイ 1

2013-05-21 | ダザイ オサム
 フガク ヒャッケイ

 ダザイ オサム

 フジ の チョウカク、 ヒロシゲ の フジ は 85 ド、 ブンチョウ の フジ も 84 ド くらい、 けれども、 リクグン の ジッソクズ に よって トウザイ および ナンボク に ダンメンズ を つくって みる と、 トウザイ ジュウダン は チョウカク、 124 ド と なり、 ナンボク は 117 ド で ある。 ヒロシゲ、 ブンチョウ に かぎらず、 タイテイ の エ の フジ は、 エイカク で ある。 イタダキ が、 ほそく、 たかく、 きゃしゃ で ある。 ホクサイ に いたって は、 その チョウカク、 ほとんど 30 ド くらい、 エッフェル テットウ の よう な フジ を さえ えがいて いる。 けれども、 ジッサイ の フジ は、 ドンカク も ドンカク、 のろくさ と ひろがり、 トウザイ、 124 ド、 ナンボク は 117 ド、 けっして、 シュウバツ の、 すらと たかい ヤマ では ない。 たとえば ワタシ が、 インド か どこ か の クニ から、 とつぜん、 ワシ に さらわれ、 すとん と ニッポン の ヌマヅ アタリ の カイガン に おとされて、 ふと、 この ヤマ を みつけて も、 そんな に キョウタン しない だろう。 ニッポン の フジヤマ を、 あらかじめ あこがれて いる から こそ、 ワンダフル なの で あって、 そう で なくて、 そのよう な ゾク な センデン を、 いっさい しらず、 ソボク な、 ジュンスイ の、 うつろ な ココロ に、 はたして、 どれだけ うったえうる か、 その こと に なる と、 たしょう、 こころぼそい ヤマ で ある。 ひくい。 スソ の ひろがって いる わり に、 ひくい。 あれ くらい の スソ を もって いる ヤマ ならば、 すくなくとも、 もう 1.5 バイ、 たかく なければ いけない。
 ジッコク トウゲ から みた フジ だけ は、 たかかった。 あれ は、 よかった。 はじめ、 クモ の ため に、 イタダキ が みえず、 ワタシ は、 その スソ の コウバイ から ハンダン して、 たぶん、 あそこ アタリ が、 イタダキ で あろう と、 クモ の イッテン に シルシ を つけて、 その うち に、 クモ が きれて、 みる と、 ちがった。 ワタシ が、 あらかじめ シルシ を つけて おいた ところ より、 その バイ も たかい ところ に、 あおい イタダキ が、 すっと みえた。 おどろいた、 と いう より も ワタシ は、 へんに くすぐったく、 げらげら わらった。 やって いやがる、 と おもった。 ヒト は、 カンゼン の タノモシサ に せっする と、 まず、 だらしなく げらげら わらう もの らしい。 ゼンシン の ネジ が、 たわいなく ゆるんで、 これ は おかしな イイカタ で ある が、 オビヒモ といて わらう と いった よう な カンジ で ある。 ショクン が、 もし コイビト と あって、 あった トタン に、 コイビト が げらげら わらいだしたら、 ケイシュク で ある。 かならず、 コイビト の ヒレイ を とがめて は ならぬ。 コイビト は、 キミ に あって、 キミ の カンゼン の タノモシサ を、 ゼンシン に あびて いる の だ。
 トウキョウ の、 アパート の マド から みる フジ は、 くるしい。 フユ には、 はっきり、 よく みえる。 ちいさい、 まっしろい サンカク が、 チヘイセン に ちょこんと でて いて、 それ が フジ だ。 なんの こと は ない、 クリスマス の カザリガシ で ある。 しかも ヒダリ の ほう に、 カタ が かたむいて こころぼそく、 センビ の ほう から だんだん チンボツ しかけて ゆく グンカン の スガタ に にて いる。 3 ネン マエ の フユ、 ワタシ は ある ヒト から、 イガイ の ジジツ を うちあけられ、 トホウ に くれた。 その ヨル、 アパート の イッシツ で、 ヒトリ で、 がぶがぶ サケ のんだ。 イッスイ も せず、 サケ のんだ。 アカツキ、 ショウヨウ に たって、 アパート の ベンジョ の カナアミ はられた しかくい マド から、 フジ が みえた。 ちいさく、 マッシロ で、 ヒダリ の ほう に ちょっと かたむいて、 あの フジ を わすれない。 マド の シタ の アスファルト ミチ を、 サカナヤ の ジテンシャ が シック し、 おう、 ケサ は、 やけに フジ が はっきり みえる じゃ ねえ か、 めっぽう さむい や、 など ツブヤキ のこして、 ワタシ は、 くらい ベンジョ の ナカ に たちつくし、 マド の カナアミ なでながら、 じめじめ ないて、 あんな オモイ は、 ニド と くりかえしたく ない。
 ショウワ 13 ネン の ショシュウ、 オモイ を あらた に する カクゴ で、 ワタシ は、 カバン ヒトツ さげて タビ に でた。
 コウシュウ。 ここ の ヤマヤマ の トクチョウ は、 ヤマヤマ の キフク の セン の、 へんに むなしい、 ナダラカサ に ある。 コジマ ウスイ と いう ヒト の ニホン サンスイロン にも、 「ヤマ の スネモノ は おおく、 この ツチ に センユウ する が ごとし」 と あった。 コウシュウ の ヤマヤマ は、 あるいは ヤマ の、 ゲテモノ なの かも しれない。 ワタシ は、 コウフ シ から バス に ゆられて 1 ジカン。 ミサカ トウゲ へ たどりつく。
 ミサカ トウゲ、 カイバツ 1300 メートル。 この トウゲ の チョウジョウ に、 テンカ-ヂャヤ と いう、 ちいさい チャミセ が あって、 イブセ マスジ シ が ショカ の コロ から、 ここ の 2 カイ に、 こもって シゴト を して おられる。 ワタシ は、 それ を しって ここ へ きた。 イブセ シ の オシゴト の ジャマ に ならない よう なら、 リンシツ でも かりて、 ワタシ も、 しばらく そこ で センユウ しよう と おもって いた。
 イブセ シ は、 シゴト を して おられた。 ワタシ は、 イブセ シ の ユルシ を えて、 とうぶん その チャヤ に おちつく こと に なって、 それから、 マイニチ、 いや でも フジ と マショウメン から、 むきあって いなければ ならなく なった。 この トウゲ は、 コウフ から トウカイドウ に でる カマクラ オウカン の ショウ に あたって いて、 ホクメン フジ の ダイヒョウ カンボウダイ で ある と いわれ、 ここ から みた フジ は、 ムカシ から フジ サンケイ の ヒトツ に かぞえられて いる の だ そう で ある が、 ワタシ は、 あまり すかなかった。 すかない ばかり か、 ケイベツ さえ した。 あまり に、 オアツライムキ の フジ で ある。 マンナカ に フジ が あって、 その シタ に カワグチ-コ が しろく さむざむ と ひろがり、 キンケイ の ヤマヤマ が その リョウソデ に ひっそり うずくまって ミズウミ を だきかかえる よう に して いる。 ワタシ は、 ヒトメ みて、 ロウバイ し、 カオ を あからめた。 これ は、 まるで、 フロヤ の ペンキ-ガ だ。 シバイ の カキワリ だ。 どうにも チュウモンドオリ の ケシキ で、 ワタシ は、 はずかしくて ならなかった。
 ワタシ が、 その トウゲ の チャヤ へ きて 2~3 ニチ たって、 イブセ シ の シゴト も イチダンラク ついて、 ある はれた ゴゴ、 ワタシタチ は ミツトウゲ へ のぼった。 ミツトウゲ、 カイバツ 1700 メートル。 ミサカ トウゲ より、 すこし たかい。 キュウザカ を はう よう に して よじのぼり、 1 ジカン ほど に して ミツトウゲ チョウジョウ に たっする。 ツタカズラ かきわけて、 ほそい ヤマミチ、 はう よう に して よじのぼる ワタシ の スガタ は、 けっして みよい もの では なかった。 イブセ シ は、 ちゃんと トザンフク きて おられて、 ケイカイ の スガタ で あった が、 ワタシ には トザンフク の モチアワセ が なく、 ドテラスガタ で あった。 チャヤ の ドテラ は みじかく、 ワタシ の ケズネ は、 1 シャク イジョウ も ロシュツ して、 しかも それ に チャヤ の ロウヤ から かりた ゴムゾコ の ジカタビ を はいた ので、 われながら むさくるしく、 すこし クフウ して、 カクオビ を しめ、 チャミセ の カベ に かかって いた ふるい ムギワラボウ を かぶって みた の で ある が、 いよいよ ヘン で、 イブセ シ は、 ヒト の ナリフリ を けっして ケイベツ しない ヒト で ある が、 この とき だけ は さすが に すこし、 キノドク そう な カオ を して、 オトコ は、 しかし、 ミナリ なんか キ に しない ほう が いい、 と コゴエ で つぶやいて ワタシ を いたわって くれた の を、 ワタシ は わすれない。 とかく して チョウジョウ に ついた の で ある が、 キュウ に こい キリ が ふきながれて きて、 チョウジョウ の パノラマ ダイ と いう、 ダンガイ の ヘリ に たって みて も、 いっこう に チョウボウ が きかない。 なにも みえない。 イブセ シ は、 こい キリ の ソコ、 イワ に コシ を おろし、 ゆっくり タバコ を すいながら、 ホウヒ なされた。 いかにも、 つまらなそう で あった。 パノラマ ダイ には、 チャミセ が 3 ゲン ならんで たって いる。 その ウチ の 1 ケン、 ロウヤ と ロウバ と フタリ きり で ケイエイ して いる ジミ な 1 ケン を えらんで、 そこ で あつい チャ を のんだ。 チャミセ の ロウバ は キノドク-がり、 ホントウ に あいにく の キリ で、 もうすこし たったら キリ も はれる と おもいます が、 フジ は、 ほんの すぐ そこ に、 くっきり みえます、 と いい、 チャミセ の オク から フジ の おおきい シャシン を もちだし、 ガケ の ハシ に たって その シャシン を リョウテ で たかく ケイジ して、 ちょうど この ヘン に、 この とおり に、 こんな に おおきく、 こんな に はっきり、 この とおり に みえます、 と ケンメイ に チュウシャク する の で ある。 ワタシタチ は、 バンチャ を すすりながら、 その フジ を ながめて、 わらった。 いい フジ を みた。 キリ の ふかい の を、 ザンネン にも おもわなかった。
 その ヨクヨクジツ で あったろう か、 イブセ シ は、 ミサカ トウゲ を ひきあげる こと に なって、 ワタシ も コウフ まで オトモ した。 コウフ で ワタシ は、 ある ムスメ さん と ミアイ する こと に なって いた。 イブセ シ に つれられて コウフ の マチハズレ の、 その ムスメ さん の オウチ へ おうかがい した。 イブセ シ は、 ムゾウサ な トザンフク スガタ で ある。 ワタシ は、 カクオビ に、 ナツバオリ を きて いた。 ムスメ さん の ウチ の オニワ には、 バラ が たくさん うえられて いた。 ボドウ に むかえられて キャクマ に とおされ、 アイサツ して、 その うち に ムスメ さん も でて きて、 ワタシ は、 ムスメ さん の カオ を みなかった。 イブセ シ と ボドウ とは、 オトナ ドウシ の、 ヨモヤマ の ハナシ を して、 ふと、 イブセ シ が、
「おや、 フジ」 と つぶやいて、 ワタシ の ハイゴ の ナゲシ を みあげた。 ワタシ も、 カラダ を ねじまげて、 ウシロ の ナゲシ を みあげた。 フジ サンチョウ ダイ フンカコウ の チョウカン シャシン が、 ガクブチ に いれられて、 かけられて いた。 まっしろい スイレン の ハナ に にて いた。 ワタシ は、 それ を みとどけ、 また、 ゆっくり カラダ を ねじもどす とき、 ムスメ さん を、 ちらと みた。 きめた。 タショウ の コンナン が あって も、 この ヒト と ケッコン したい もの だ と おもった。 あの フジ は、 ありがたかった。
 イブセ シ は、 その ヒ に キキョウ なされ、 ワタシ は、 ふたたび ミサカ に ひきかえした。 それから、 9 ガツ、 10 ガツ、 11 ガツ の 15 ニチ まで、 ミサカ の チャヤ の 2 カイ で、 すこし ずつ、 すこし ずつ、 シゴト を すすめ、 あまり すかない この 「フジ サンケイ の ヒトツ」 と、 へたばる ほど タイダン した。
 イチド、 オオワライ した こと が あった。 ダイガク の コウシ か ナニ か やって いる ロウマン-ハ の イチ ユウジン が、 ハイキング の トチュウ、 ワタシ の ヤド に たちよって、 その とき に、 フタリ 2 カイ の ロウカ に でて、 フジ を みながら、
「どうも ゾク だねえ。 オフジ さん、 と いう カンジ じゃ ない か」
「みて いる ほう で、 かえって、 てれる ね」
 など と ナマイキ な こと いって、 タバコ を ふかし、 その うち に、 ユウジン は、 ふと、
「おや、 あの ソウギョウ の モノ は、 ナン だね?」 と アゴ で しゃくった。
 スミゾメ の やぶれた コロモ を ミ に まとい、 ながい ツエ を ひきずり、 フジ を ふりあおぎ ふりあおぎ、 トウゲ のぼって くる 50 サイ くらい の コオトコ が ある。
「フジミ サイギョウ、 と いった ところ だね。 カタチ が、 できてる」 ワタシ は、 その ソウ を なつかしく おもった。 「いずれ、 ナ の ある セイソウ かも しれない ね」
「バカ いうな よ。 コジキ だよ」 ユウジン は、 レイタン だった。
「いや、 いや。 ダツゾク して いる ところ が ある よ。 アルキカタ なんか、 なかなか、 できてる じゃ ない か。 ムカシ、 ノウイン ホウシ が、 この トウゲ で フジ を ほめた ウタ を つくった そう だ が、――」
 ワタシ が いって いる うち に ユウジン は、 わらいだした。
「おい、 みたまえ。 できて ない よ」
 ノウイン ホウシ は、 チャミセ の ハチ と いう カイイヌ に ほえられて、 シュウショウ ロウバイ で あった。 その アリサマ は、 いや に なる ほど、 みっともなかった。
「ダメ だねえ。 やっぱり」 ワタシ は、 がっかり した。
 コジキ の ロウバイ は、 むしろ、 あさましい ほど に ウオウ サオウ、 ついには ツエ を かなぐりすて、 とりみだし、 とりみだし、 イマ は かなわず と タイサン した。 じつに、 それ は、 できて なかった。 フジ も ゾク なら、 ホウシ も ゾク だ、 と いう こと に なって、 イマ おもいだして も、 ばかばかしい。
 ニッタ と いう 25 サイ の オンコウ な セイネン が、 トウゲ を おりきった ガクロク の ヨシダ と いう ほそながい マチ の、 ユウビンキョク に つとめて いて、 その ヒト が、 ユウビンブツ に よって、 ワタシ が ここ に きて いる こと を しった、 と いって、 トウゲ の チャヤ を たずねて きた。 2 カイ の ワタシ の ヘヤ で、 しばらく ハナシ を して、 ようやく なれて きた コロ、 ニッタ は わらいながら、 じつは、 もう 2~3 ニン、 ボク の ナカマ が ありまして、 ミナ で イッショ に オジャマ に あがる つもり だった の です が、 いざ と なる と、 どうも ミナ、 シリゴミ しまして、 ダザイ さん は、 ひどい デカダン で、 それに、 セイカク ハサンシャ だ、 と サトウ ハルオ センセイ の ショウセツ に かいて ございました し、 まさか、 こんな マジメ な、 ちゃんと した オカタ だ とは、 おもいません でした から、 ボク も、 ムリ に ミナ を つれて くる わけ には、 いきません でした。 コンド は、 ミナ を つれて きます。 かまいません でしょう か。
「それ は、 かまいません けれど」 ワタシ は、 クショウ して いた。 「それでは、 キミ は、 ヒッシ の ユウ を ふるって、 キミ の ナカマ を ダイヒョウ して ボク を テイサツ に きた わけ です ね」
「ケッシタイ でした」 ニッタ は、 ソッチョク だった。 「ユウベ も、 サトウ センセイ の あの ショウセツ を、 もう イチド くりかえして よんで、 いろいろ カクゴ を きめて きました」
 ワタシ は、 ヘヤ の ガラスド-ゴシ に、 フジ を みて いた。 フジ は、 のっそり だまって たって いた。 えらい なあ、 と おもった。
「いい ねえ。 フジ は、 やっぱり、 いい とこ ある ねえ。 よく やってる なあ」 フジ には、 かなわない と おもった。 ねんねん と うごく ジブン の アイゾウ が はずかしく、 フジ は、 やっぱり えらい、 と おもった。 よく やってる、 と おもった。
「よく やって います か」 ニッタ には、 ワタシ の コトバ が おかしかった らしく、 ソウメイ に わらって いた。
 ニッタ は、 それから、 イロイロ な セイネン を つれて きた。 ミナ、 しずか な ヒト で ある。 ミナ は、 ワタシ を、 センセイ、 と よんだ。 ワタシ は マジメ に それ を うけた。 ワタシ には、 ほこる べき なにも ない。 ガクモン も ない。 サイノウ も ない。 ニクタイ よごれて、 ココロ も まずしい。 けれども、 クノウ だけ は、 その セイネン たち に、 センセイ、 と いわれて、 だまって それ を うけて いい くらい の、 クノウ は、 へて きた。 たった それ だけ。 ワラ ヒトスジ の ジフ で ある。 けれども、 ワタシ は、 この ジフ だけ は、 はっきり もって いたい と おもって いる。 ワガママ な ダダッコ の よう に いわれて きた ワタシ の、 ウラ の クノウ を、 いったい イクニン しって いたろう。 ニッタ と、 それから タナベ と いう タンカ の ジョウズ な セイネン と、 フタリ は、 イブセ シ の ドクシャ で あって、 その アンシン も あって、 ワタシ は、 この フタリ と いちばん なかよく なった。 イチド ヨシダ に つれて いって もらった。 おそろしく ほそながい マチ で あった。 ガクロク の カンジ が あった。 フジ に、 ヒ も、 カゼ も さえぎられて、 ひょろひょろ に のびた クキ の よう で、 くらく、 うすらさむい カンジ の マチ で あった。 ドウロ に そって シミズ が ながれて いる。 これ は、 ガクロク の マチ の トクチョウ らしく、 ミシマ でも、 こんな グアイ に、 マチジュウ を シミズ が、 どんどん ながれて いる。 フジ の ユキ が とけて ながれて くる の だ、 と その チホウ の ヒトタチ が、 マジメ に しんじて いる。 ヨシダ の ミズ は、 ミシマ の ミズ に くらべる と、 スイリョウ も フソク だし、 きたない。 ミズ を ながめながら、 ワタシ は、 はなした。
「モウパスサン の ショウセツ に、 どこ か の レイジョウ が、 キコウシ の ところ へ マイバン、 カワ を およいで あい に いった と かいて あった が、 キモノ は、 どうした の だろう ね。 まさか、 ハダカ では なかろう」
「そう です ね」 セイネン たち も、 かんがえた。 「カイスイギ じゃ ない でしょう か」
「アタマ の ウエ に キモノ を のせて、 むすびつけて、 そうして およいで いった の かな?」
 セイネン たち は、 わらった。
「それとも、 キモノ の まま はいって、 ズブヌレ の スガタ で キコウシ と あって、 フタリ で ストーヴ で かわかした の かな? そう する と、 かえる とき には、 どう する だろう。 せっかく、 かわかした キモノ を、 また ズブヌレ に して、 およがなければ いけない。 シンパイ だね。 キコウシ の ほう で およいで くれば いい のに。 オトコ なら、 サルマタ ヒトツ で およいで も、 そんな に みっともなく ない から ね。 キコウシ、 カナヅチ だった の かな?」
「いや、 レイジョウ の ほう で、 たくさん ほれて いた から だ と おもいます」 ニッタ は、 マジメ だった。
「そう かも しれない ね。 ガイコク の モノガタリ の レイジョウ は、 ユウカン で、 かわいい ね。 すき だ と なったら、 カワ を およいで まで あい に いく ん だ から な。 ニッポン では、 そう は いかない。 なんとか いう シバイ が ある じゃ ない か。 マンナカ に カワ が ながれて、 リョウホウ の キシ で オトコ と ヒメギミ と が、 シュウタン して いる シバイ が。 あんな とき、 なにも ヒメギミ、 シュウタン する ヒツヨウ が ない。 およいで ゆけば、 どんな もの だろう。 シバイ で みる と、 とても せまい カワ なん だ。 じゃぶじゃぶ わたって いったら、 どんな もん だろう。 あんな シュウタン なんて、 イミ ない ね。 ドウジョウ しない よ。 アサガオ の オオイガワ は、 あれ は オオミズ で、 それに アサガオ は、 メクラ の ミ なん だし、 あれ には たしょう、 ドウジョウ する が、 けれども、 あれ だって、 およいで およげない こと は ない。 オオイガワ の ボウグイ に しがみついて、 テントウサマ を、 うらんで いた ん じゃ、 イミ ない よ。 あ、 ヒトリ ある よ。 ニッポン にも、 ユウカン な ヤツ が、 ヒトリ あった ぞ。 アイツ は、 すごい。 しってる かい?」
「あります か」 セイネン たち も、 メ を かがやかせた。
「キヨヒメ。 アンチン を おいかけて、 ヒダカガワ を およいだ。 およぎまくった。 アイツ は、 すごい。 モノ の ホン に よる と、 キヨヒメ は、 あの とき 14 だった ん だって ね」
 ミチ を あるきながら、 バカ な ハナシ を して、 マチハズレ の タナベ の シリアイ らしい、 ひっそり ふるい ヤドヤ に ついた。
 そこ で のんで、 その ヨル の フジ が よかった。 ヨル の 10 ジ-ゴロ、 セイネン たち は、 ワタシ ヒトリ を ヤド に のこして、 おのおの ウチ へ かえって いった。 ワタシ は、 ねむれず、 ドテラスガタ で、 ソト へ でて みた。 おそろしく、 あかるい ツキヨ だった。 フジ が、 よかった。 ゲッコウ を うけて、 あおく すきとおる よう で、 ワタシ は、 キツネ に ばかされて いる よう な キ が した。 フジ が、 したたる よう に あおい の だ。 リン が もえて いる よう な カンジ だった。 オニビ。 キツネビ。 ホタル。 ススキ。 クズノハ。 ワタシ は、 アシ の ない よう な キモチ で、 ヨミチ を、 マッスグ に あるいた。 ゲタ の オト だけ が、 ジブン の もの で ない よう に、 タ の イキモノ の よう に、 からん ころん からん ころん、 とても すんで ひびく。 そっと、 ふりむく と、 フジ が ある。 あおく もえて ソラ に うかんで いる。 ワタシ は タメイキ を つく。 イシン の シシ。 クラマ テング。 ワタシ は、 ジブン を、 それ だ と おもった。 ちょっと きどって、 フトコロデ して あるいた。 ずいぶん ジブン が、 いい オトコ の よう に おもわれた。 ずいぶん あるいた。 サイフ を おとした。 50 セン ギンカ が 20 マイ くらい はいって いた ので、 おもすぎて、 それで フトコロ から するっと ぬけおちた の だろう。 ワタシ は、 フシギ に ヘイキ だった。 カネ が なかったら、 ミサカ まで あるいて かえれば いい。 そのまま あるいた。 ふと、 イマ きた ミチ を、 その とおり に、 もう イチド あるけば、 サイフ は ある、 と いう こと に キ が ついた。 フトコロデ の まま、 ぶらぶら ひきかえした。 フジ。 ツキヨ。 イシン の シシ。 サイフ を おとした。 キョウ ある ロマンス だ と おもった。 サイフ は ミチ の マンナカ に ひかって いた。 ある に きまって いる。 ワタシ は、 それ を ひろって、 ヤド へ かえって、 ねた。
 フジ に、 ばかされた の で ある。 ワタシ は、 あの ヨル、 アホウ で あった。 カンゼン に、 ムイシ で あった。 あの ヨル の こと を、 イマ おもいだして も、 へんに、 だるい。
 ヨシダ に イッパク して、 あくる ヒ、 ミサカ へ かえって きたら、 チャミセ の オカミサン は、 にやにや わらって、 15 の ムスメ さん は、 つんと して いた。 ワタシ は、 フケツ な こと を して きた の では ない と いう こと を、 それとなく しらせたく、 キノウ イチニチ の コウドウ を、 きかれ も しない のに、 ヒトリ で こまか に いいたてた。 とまった ヤドヤ の ナマエ、 ヨシダ の オサケ の アジ、 ツキヨ フジ、 サイフ を おとした こと、 みんな いった。 ムスメ さん も、 キゲン が なおった。
「オキャクサン! おきて みよ!」 かんだかい コエ で ある アサ、 チャミセ の ソト で、 ムスメ さん が ゼッキョウ した ので、 ワタシ は、 しぶしぶ おきて、 ロウカ へ でて みた。
 ムスメ さん は、 コウフン して ホオ を マッカ に して いた。 だまって ソラ を ゆびさした。 みる と、 ユキ。 はっと おもった。 フジ に ユキ が ふった の だ。 サンチョウ が、 マッシロ に、 ひかりかがやいて いた。 ミサカ の フジ も、 バカ に できない ぞ と おもった。
「いい ね」
 と ほめて やる と、 ムスメ さん は トクイ そう に、
「すばらしい でしょう?」 と いい コトバ つかって、 「ミサカ の フジ は、 これ でも、 ダメ?」 と しゃがんで いった。 ワタシ が、 かねがね、 こんな フジ は ゾク で ダメ だ、 と おしえて いた ので、 ムスメ さん は、 ナイシン しょげて いた の かも しれない。
「やはり、 フジ は、 ユキ が ふらなければ、 ダメ な もの だ」 もっともらしい カオ を して、 ワタシ は、 そう おしえなおした。
 ワタシ は、 ドテラ きて ヤマ を あるきまわって、 ツキミソウ の タネ を リョウ の テノヒラ いっぱい とって きて、 それ を チャミセ の セド に まいて やって、
「いい かい、 これ は ボク の ツキミソウ だ から ね、 ライネン また きて みる の だ から ね、 ここ へ オセンタク の ミズ なんか すてちゃ いけない よ」 ムスメ さん は、 うなずいた。
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フガク ヒャッケイ 2

2013-05-05 | ダザイ オサム
 ことさら に、 ツキミソウ を えらんだ ワケ は、 フジ には ツキミソウ が よく にあう と、 おもいこんだ ジジョウ が あった から で ある。 ミサカ トウゲ の その チャミセ は、 いわば サンチュウ の イッケンヤ で ある から、 ユウビンブツ は、 ハイタツ されない。 トウゲ の チョウジョウ から、 バス で 30 プン ほど ゆられて トウゲ の フモト、 カワグチ コハン の、 カワグチ ムラ と いう モジドオリ の カンソン に たどりつく の で ある が、 その カワグチ ムラ の ユウビンキョク に、 ワタシ-アテ の ユウビンブツ が とめおかれて、 ワタシ は ミッカ に イチド くらい の ワリ で、 その ユウビンブツ を ウケトリ に でかけなければ ならない。 テンキ の よい ヒ を えらんで ゆく。 ここ の バス の オンナ シャショウ は、 ユウランキャク の ため に、 かくべつ フウケイ の セツメイ を して くれない。 それでも ときどき、 おもいだした よう に、 はなはだ サンブンテキ な クチョウ で、 あれ が ミツトウゲ、 ムコウ が カワグチ-コ、 ワカサギ と いう サカナ が います、 など、 ものうそう な、 ツブヤキ に にた セツメイ を して きかせる こと も ある。
 カワグチ キョク から ユウビンブツ を うけとり、 また バス に ゆられて トウゲ の チャヤ に ひきかえす トチュウ、 ワタシ の すぐ トナリ に、 こい チャイロ の ヒフ を きた あおじろい タンセイ の カオ の、 60 サイ くらい、 ワタシ の ハハ と よく にた ロウバ が しゃんと すわって いて、 オンナ シャショウ が、 おもいだした よう に、 ミナサン、 キョウ は フジ が よく みえます ね、 と セツメイ とも つかず、 また ジブン ヒトリ の エイタン とも つかぬ コトバ を、 とつぜん いいだして、 リュックサック しょった わかい サラリーマン や、 おおきい ニホンガミ ゆって、 クチモト を ダイジ に ハンケチ で おおいかくし、 キヌモノ まとった ゲイシャ-フウ の オンナ など、 カラダ を ねじまげ、 イッセイ に シャソウ から クビ を だして、 いまさら の ごとく、 その ヘンテツ も ない サンカク の ヤマ を ながめて は、 やあ、 とか、 まあ、 とか まぬけた タンセイ を はっして、 シャナイ は ひとしきり、 ざわめいた。 けれども、 ワタシ の トナリ の ゴインキョ は、 ムネ に ふかい ユウモン でも ある の か、 タ の ユウランキャク と ちがって、 フジ には イチベツ も あたえず、 かえって フジ と ハンタイガワ の、 ヤマミチ に そった ダンガイ を じっと みつめて、 ワタシ には その サマ が、 カラダ が しびれる ほど こころよく かんぜられ、 ワタシ も また、 フジ なんか、 あんな ゾク な ヤマ、 みたく も ない と いう、 コウショウ な キョム の ココロ を、 その ロウバ に みせて やりたく おもって、 アナタ の オクルシミ、 ワビシサ、 みな よく わかる、 と たのまれ も せぬ のに、 キョウメイ の ソブリ を みせて あげたく、 ロウバ に あまえかかる よう に、 そっと すりよって、 ロウバ と おなじ シセイ で、 ぼんやり ガケ の ほう を、 ながめて やった。
 ロウバ も なにかしら、 ワタシ に アンシン して いた ところ が あった の だろう、 ぼんやり ヒトコト、
「おや、 ツキミソウ」
 そう いって、 ほそい ユビ で もって、 ロボウ の 1 カショ を ゆびさした。 さっと、 バス は すぎて ゆき、 ワタシ の メ には、 イマ、 ちらと ヒトメ みた コガネイロ の ツキミソウ の ハナ ヒトツ、 カベン も あざやか に きえず のこった。
 3778 メートル の フジ の ヤマ と、 リッパ に アイタイジ し、 ミジン も ゆるがず、 なんと いう の か、 コンゴウリキソウ と でも いいたい くらい、 けなげ に すっくと たって いた あの ツキミソウ は、 よかった。 フジ には、 ツキミソウ が よく にあう。
 10 ガツ の ナカバ すぎて も、 ワタシ の シゴト は ちち と して すすまぬ。 ヒト が こいしい。 ユウヤケ あかき ガン の ハラグモ、 2 カイ の ロウカ で、 ヒトリ タバコ を すいながら、 わざと フジ には メ も くれず、 それこそ チ の したたる よう な マッカ な ヤマ の コウヨウ を、 ギョウシ して いた。 チャミセ の マエ の オチバ を はきあつめて いる チャミセ の オカミサン に、 コエ を かけた。
「オバサン! アシタ は、 テンキ が いい ね」
 ジブン でも、 びっくり する ほど、 うわずって、 カンセイ にも にた コエ で あった。 オバサン は ホウキ の テ を やすめ、 カオ を あげて、 フシンゲ に マユ を ひそめ、
「アシタ、 ナニ か おあり なさる の?」
 そう きかれて、 ワタシ は きゅうした。
「なにも ない」
 オカミサン は わらいだした。
「おさびしい の でしょう。 ヤマ へ でも おのぼり に なったら?」
「ヤマ は、 のぼって も、 すぐ また おりなければ いけない の だ から、 つまらない。 どの ヤマ へ のぼって も、 おなじ フジ-サン が みえる だけ で、 それ を おもう と、 キ が おもく なります」
 ワタシ の コトバ が ヘン だった の だろう。 オバサン は ただ アイマイ に うなずいた だけ で、 また カレハ を はいた。
 ねる マエ に、 ヘヤ の カーテン を そっと あけて ガラスマド-ゴシ に フジ を みる。 ツキ の ある ヨル は フジ が あおじろく、 ミズ の セイ みたい な スガタ で たって いる。 ワタシ は タメイキ を つく。 ああ、 フジ が みえる。 ホシ が おおきい。 アシタ は、 オテンキ だな、 と それ だけ が、 かすか に いきて いる ヨロコビ で、 そうして また、 そっと カーテン を しめて、 そのまま ねる の で ある が、 アシタ、 テンキ だ から とて、 べつだん この ミ には、 なんと いう こと も ない のに、 と おもえば、 おかしく、 ヒトリ で フトン の ナカ で クショウ する の だ。 くるしい の で ある。 シゴト が、 ――ジュンスイ に ウンピツ する こと の、 その クルシサ より も、 いや、 ウンピツ は かえって ワタシ の タノシミ で さえ ある の だ が、 その こと では なく、 ワタシ の セカイカン、 ゲイジュツ と いう もの、 アス の ブンガク と いう もの、 いわば、 アタラシサ と いう もの、 ワタシ は それら に ついて、 いまだ ぐずぐず、 おもいなやみ、 コチョウ では なし に、 ミモダエ して いた。
 ソボク な、 シゼン の もの、 したがって カンケツ な センメイ な もの、 そいつ を さっと イッキョドウ で つかまえて、 ソノママ に カミ に うつしとる こと、 それ より ホカ には ない と おもい、 そう おもう とき には、 ガンゼン の フジ の スガタ も、 ベツ な イミ を もって メ に うつる。 この スガタ は、 この ヒョウゲン は、 けっきょく、 ワタシ の かんがえて いる 「タンイツ ヒョウゲン」 の ウツクシサ なの かも しれない、 と すこし フジ に ダキョウ しかけて、 けれども やはり どこ か この フジ の、 あまり にも ボウジョウ の ソボク には ヘイコウ して いる ところ も あり、 これ が いい なら、 ホテイサマ の オキモノ だって いい はず だ、 ホテイサマ の オキモノ は、 どうにも ガマン できない、 あんな もの、 とても、 いい ヒョウゲン とは おもえない、 この フジ の スガタ も、 やはり どこ か まちがって いる、 これ は ちがう、 と ふたたび おもいまどう の で ある。
 アサ に、 ユウ に、 フジ を みながら、 インウツ な ヒ を おくって いた。 10 ガツ の スエ に、 フモト の ヨシダ の マチ の、 ユウジョ の イチ ダンタイ が、 ミサカ トウゲ へ、 おそらく ネン に イチド くらい の カイホウ の ヒ なの で あろう、 ジドウシャ 5 ダイ に ブンジョウ して やって きた。 ワタシ は 2 カイ から、 その サマ を みて いた。 ジドウシャ から おろされて、 イロ サマザマ の ユウジョ たち は、 バスケット から ぶちまけられた イチグン の デンショバト の よう に、 ハジメ は あるく ホウコウ を しらず、 ただ かたまって うろうろ して、 チンモク の まま オシアイ、 ヘシアイ して いた が、 やがて そろそろ、 その イヨウ の キンチョウ が ほどけて、 てんでに ぶらぶら あるきはじめた。 チャミセ の テントウ に ならべられて ある エハガキ を、 おとなしく えらんで いる モノ、 たたずんで フジ を ながめて いる モノ、 くらく、 わびしく、 みちゃ おれない フウケイ で あった。 2 カイ の ヒトリ の オトコ の、 イノチ おしまぬ キョウカン も、 これら ユウジョ の コウフク に かんして は、 なんの くわえる ところ が ない。 ワタシ は、 ただ、 みて いなければ ならぬ の だ。 くるしむ モノ は くるしめ。 おちる モノ は おちよ。 ワタシ には カンケイ した こと では ない。 それ が ヨノナカ だ。 そう ムリ に つめたく よそおい、 カレラ を みおろして いる の だ が、 ワタシ は、 かなり くるしかった。
 フジ に たのもう。 とつぜん それ を おもいついた。 おい、 コイツラ を、 よろしく たのむ ぜ、 そんな キモチ で ふりあおげば、 サムゾラ の ナカ、 のっそり つったって いる フジ-サン、 その とき の フジ は まるで、 ドテラスガタ に、 フトコロデ して ごうぜん と かまえて いる オオオヤブン の よう に さえ みえた の で ある が、 ワタシ は、 そう フジ に たのんで、 おおいに アンシン し、 きがるく なって チャミセ の 6 サイ の オトコ の コ と、 ハチ と いう ムクイヌ を つれ、 その ユウジョ の イチダン を みすてて、 トウゲ の チカク の トンネル の ほう へ あそび に でかけた。 トンネル の イリグチ の ところ で、 30 サイ くらい の やせた ユウジョ が、 ヒトリ、 なにかしら つまらぬ クサバナ を、 だまって つみあつめて いた。 ワタシタチ が ソバ を とおって も、 ふりむき も せず ネッシン に クサバナ を つんで いる。 この オンナ の ヒト の こと も、 ついでに たのみます、 と また ふりあおいで フジ に おねがい して おいて、 ワタシ は コドモ の テ を ひき、 とっとと、 トンネル の ナカ に はいって いった。 トンネル の つめたい チカスイ を、 ホオ に、 クビスジ に、 てきてき と うけながら、 オレ の しった こと じゃ ない、 と わざと オオマタ に あるいて みた。
 その コロ、 ワタシ の ケッコン の ハナシ も、 イチトンザ の カタチ で あった。 ワタシ の フルサト から は、 ぜんぜん、 ジョリョク が こない と いう こと が、 はっきり わかって きた ので、 ワタシ は こまって しまった。 せめて 100 エン くらい は、 ジョリョク して もらえる だろう と、 ムシ の いい、 ヒトリギメ を して、 それ で もって、 ささやか でも、 ゲンシュク な ケッコンシキ を あげ、 アト の、 ショタイ を もつ に あたって の ヒヨウ は、 ワタシ の シゴト で かせいで、 しよう と おもって いた。 けれども、 2~3 の テガミ の オウフク に より、 ウチ から ジョリョク は、 まったく ない と いう こと が あきらか に なって、 ワタシ は、 トホウ に くれて いた の で ある。 コノウエ は、 エンダン ことわられて も シカタ が ない、 と カクゴ を きめ、 とにかく センポウ へ、 コト の シダイ を あらいざらい いって みよう、 と ワタシ は タンシン、 トウゲ を くだり、 コウフ の ムスメ さん の オウチ へ おうかがい した。 さいわい ムスメ さん も、 ウチ に いた。 ワタシ は キャクマ に とおされ、 ムスメ さん と ボドウ と フタリ を マエ に して、 シッカイ の ジジョウ を コクハク した。 ときどき エンゼツ クチョウ に なって、 ヘイコウ した。 けれども、 わりに すなお に かたりつくした よう に おもわれた。 ムスメ さん は、 おちついて、
「それで、 オウチ では、 ハンタイ なの で ございましょう か」 と、 クビ を かしげて ワタシ に たずねた。
「いいえ、 ハンタイ と いう の では なく」 ワタシ は ミギ の テノヒラ を、 そっと タク の ウエ に おしあて、 「オマエ ヒトリ で、 やれ、 と いう グアイ らしく おもわれます」
「ケッコウ で ございます」 ボドウ は、 ヒン よく わらいながら、 「ワタシタチ も、 ゴラン の とおり オカネモチ では ございませぬ し、 ことごとしい シキ など は、 かえって トウワク する よう な もの で、 ただ、 アナタ オヒトリ、 アイジョウ と、 ショクギョウ に たいする ネツイ さえ、 オモチ ならば、 それ で ワタシタチ、 ケッコウ で ございます」
 ワタシ は、 オジギ する の も わすれて、 しばらく ぼうぜん と ニワ を ながめて いた。 メ の あつい の を イシキ した。 この ハハ に、 コウコウ しよう と おもった。
 カエリ に、 ムスメ さん は、 バス の ハッチャクジョ まで おくって きて くれた。 あるきながら、
「どう です。 もうすこし コウサイ して みます か?」
 キザ な こと を いった もの で ある。
「いいえ。 もう、 タクサン」 ムスメ さん は、 わらって いた。
「ナニ か、 シツモン ありません か?」 いよいよ、 バカ で ある。
「ございます」
 ワタシ は ナニ を きかれて も、 ありのまま こたえよう と おもって いた。
「フジ-サン には、 もう ユキ が ふった でしょう か」
 ワタシ は、 その シツモン には ヒョウシヌケ が した。
「ふりました。 イタダキ の ほう に、――」 と いいかけて、 ふと ゼンポウ を みる と、 フジ が みえる。 ヘン な キ が した。
「なあん だ。 コウフ から でも、 フジ が みえる じゃ ない か。 バカ に して いやがる」 ヤクザ な クチョウ に なって しまって、 「イマ の は、 グモン です。 バカ に して いやがる」
 ムスメ さん は、 うつむいて、 くすくす わらって、
「だって、 ミサカ トウゲ に いらっしゃる の です し、 フジ の こと でも おきき しなければ、 わるい と おもって」
 おかしな ムスメ さん だ と おもった。
 コウフ から かえって くる と、 やはり、 コキュウ が できない くらい に ひどく カタ が こって いる の を おぼえた。
「いい ねえ、 オバサン。 やっぱし ミサカ は、 いい よ。 ジブン の ウチ に かえって きた よう な キ さえ する の だ」
 ユウショク-ゴ、 オカミサン と、 ムスメ さん と、 かわるがわる、 ワタシ の カタ を たたいて くれる。 オカミサン の コブシ は かたく、 するどい。 ムスメ さん の コブシ は やわらかく、 あまり キキメ が ない。 もっと つよく、 もっと つよく と ワタシ に いわれて、 ムスメ さん は マキ を もちだし、 それ で もって ワタシ の カタ を とんとん たたいた。 それほど に して もらわなければ、 カタ の コリ が とれない ほど、 ワタシ は コウフ で キンチョウ し、 イッシン に つとめた の で ある。
 コウフ へ いって きて、 2~3 ニチ、 さすが に ワタシ は ぼんやり して、 シゴト する キ も おこらず、 ツクエ の マエ に すわって、 トリトメ の ない ラクガキ を しながら、 バット を 7 ハコ も 8 ハコ も すい、 また ねころんで、 コンゴウセキ も みがかずば、 と いう ショウカ を、 くりかえし くりかえし うたって みたり して いる ばかり で、 ショウセツ は、 1 マイ も かきすすめる こと が できなかった。
「オキャクサン。 コウフ へ いったら、 わるく なった わね」
 アサ、 ワタシ が ツクエ に ホオヅエ つき、 メ を つぶって、 サマザマ の こと かんがえて いたら、 ワタシ の ハイゴ で、 トコノマ ふきながら、 15 の ムスメ さん は、 しんから いまいましそう に、 たしょう、 とげとげしい クチョウ で、 そう いった。 ワタシ は、 ふりむき も せず、
「そう かね。 わるく なった かね」
 ムスメ さん は、 フキソウジ の テ を やすめず、
「ああ、 わるく なった。 この 2~3 ニチ、 ちっとも ベンキョウ すすまない じゃ ない の。 アタシ は マイアサ、 オキャクサン の かきちらした ゲンコウ ヨウシ、 バンゴウジュン に そろえる の が、 とっても、 たのしい。 たくさん おかき に なって おれば、 うれしい。 ユウベ も アタシ、 2 カイ へ そっと ヨウス を み に きた の、 しってる? オキャクサン、 フトン アタマ から かぶって、 ねてた じゃ ない か」
 ワタシ は、 ありがたい こと だ と おもった。 おおげさ な イイカタ を すれば、 これ は ニンゲン の いきぬく ドリョク に たいして の、 ジュンスイ な セイエン で ある。 なんの ホウシュウ も かんがえて いない。 ワタシ は、 ムスメ さん を、 うつくしい と おもった。
 10 ガツ スエ に なる と、 ヤマ の コウヨウ も くろずんで、 きたなく なり、 トタン に イチヤ アラシ が あって、 みるみる ヤマ は、 まっくろい フユコダチ に かして しまった。 ユウラン の キャク も、 イマ は ほとんど、 かぞえる ほど しか ない。 チャミセ も さびれて、 ときたま、 オカミサン が、 ムッツ に なる オトコ の コ を つれて、 トウゲ の フモト の フナツ、 ヨシダ に カイモノ を し に でかけて いって、 アト には ムスメ さん ヒトリ、 ユウラン の キャク も なし、 イチニチジュウ、 ワタシ と ムスメ さん と、 フタリ きり、 トウゲ の ウエ で、 ひっそり くらす こと が ある。 ワタシ が 2 カイ で タイクツ して、 ソト を ぶらぶら あるきまわり、 チャミセ の セド で、 オセンタク して いる ムスメ さん の ソバ へ ちかより、
「タイクツ だね」
 と オオゴエ で いって、 ふと わらいかけたら、 ムスメ さん は うつむき、 ワタシ が その カオ を のぞいて みて、 はっと おもった。 ナキベソ かいて いる の だ。 あきらか に キョウフ の ジョウ で ある。 そう か、 と にがにがしく ワタシ は、 くるり と まわれ ミギ して、 オチバ しきつめた ほそい ヤマミチ を、 まったく いや な キモチ で、 どんどん あらく あるきまわった。
 それから は、 キ を つけた。 ムスメ さん ヒトリ きり の とき には、 なるべく 2 カイ の ヘヤ から でない よう に つとめた。 チャミセ に オキャク でも きた とき には、 ワタシ が その ムスメ さん を まもる イミ も あり、 のしのし 2 カイ から おりて いって、 チャミセ の イチグウ に コシ を おろし ゆっくり オチャ を のむ の で ある。 いつか ハナヨメ スガタ の オキャク が、 モンツキ を きた ジイサン フタリ に つきそわれて、 ジドウシャ に のって やって きて、 この トウゲ の チャヤ で ヒトヤスミ した こと が ある。 その とき も、 ムスメ さん ヒトリ しか チャミセ に いなかった。 ワタシ は、 やはり 2 カイ から おりて いって、 スミ の イス に コシ を おろし、 タバコ を ふかした。 ハナヨメ は スソモヨウ の ながい キモノ を きて、 キンラン の オビ を せおい、 ツノカクシ つけて、 どうどう セイシキ の レイソウ で あった。 まったく イヨウ の オキャクサマ だった ので、 ムスメ さん も どう アシライ して いい の か わからず、 ハナヨメ さん と、 フタリ の ロウジン に オチャ を ついで やった だけ で、 ワタシ の ハイゴ に ひっそり かくれる よう に たった まま、 だまって ハナヨメ の サマ を みて いた。 イッショウ に イチド の ハレ の ヒ に、 ――トウゲ の ムコウガワ から、 ハンタイガワ の フナツ か、 ヨシダ の マチ へ ヨメイリ する の で あろう が、 その トチュウ、 この トウゲ の チョウジョウ で ヒトヤスミ して、 フジ を ながめる と いう こと は、 ハタ で みて いて も、 くすぐったい ほど、 ロマンチック で、 その うち に ハナヨメ は、 そっと チャミセ から でて、 チャミセ の マエ の ガケ の フチ に たち、 ゆっくり フジ を ながめた。 アシ を X-ガタ に くんで たって いて、 ダイタン な ポーズ で あった。 ヨユウ の ある ヒト だな、 と なおも ハナヨメ を、 フジ と ハナヨメ を、 ワタシ は カンショウ して いた の で ある が、 まもなく ハナヨメ は、 フジ に むかって、 おおきな アクビ を した。
「あら!」
 と ハイゴ で、 ちいさい サケビ を あげた。 ムスメ さん も、 すばやく その アクビ を みつけた らしい の で ある。 やがて ハナヨメ の イッコウ は、 またせて おいた ジドウシャ に のり、 トウゲ を おりて いった が、 アト で ハナヨメ さん は、 サンザン だった。
「なれて いやがる。 アイツ は、 きっと 2 ド-メ、 いや、 3 ド-メ くらい だよ。 オムコサン が、 トウゲ の シタ で まって いる だろう に、 ジドウシャ から おりて、 フジ を ながめる なんて、 はじめて の オヨメ だったら、 そんな ふとい こと、 できる わけ が ない」
「アクビ した のよ」 ムスメ さん も、 チカラ を こめて サンイ を あらわした。 「あんな おおきい クチ あけて アクビ して、 ずうずうしい のね。 オキャクサン、 あんな オヨメサン もらっちゃ、 いけない」
 ワタシ は トシガイ も なく、 カオ を あかく した。 ワタシ の ケッコン の ハナシ も、 だんだん コウテン して いって、 ある センパイ に、 すべて オセワ に なって しまった。 ケッコンシキ も、 ほんの ミウチ の 2~3 の ヒト に だけ たちあって もらって、 まずしく とも ゲンシュク に、 その センパイ の オタク で、 して いただける よう に なって、 ワタシ は ヒト の ジョウ に、 ショウネン の ごとく カンプン して いた。
 11 ガツ に はいる と、 もはや ミサカ の カンキ、 たえがたく なった。 チャミセ では、 ストーヴ を そなえた。
「オキャクサン、 2 カイ は おさむい でしょう。 オシゴト の とき は、 ストーヴ の ソバ で なさったら」 と、 オカミサン は いう の で ある が、 ワタシ は、 ヒト の みて いる マエ では、 シゴト の できない タチ なので、 それ は ことわった。 オカミサン は シンパイ して、 トウゲ の フモト の ヨシダ へ ゆき、 コタツ を ヒトツ かって きた。 ワタシ は 2 カイ の ヘヤ で それ に もぐって、 この チャミセ の ヒトタチ の シンセツ には、 しんから オレイ を いいたく おもって、 けれども、 もはや その ゼンヨウ の 3 ブン の 2 ほど、 ユキ を かぶった フジ の スガタ を ながめ、 また チカク の ヤマヤマ の、 しょうじょう たる フユコダチ に せっして は、 これ イジョウ、 この トウゲ で、 ヒフ を さす カンキ に シンボウ して いる こと も ムイミ に おもわれ、 ヤマ を くだる こと に ケツイ した。 ヤマ を くだる、 その ゼンジツ、 ワタシ は、 ドテラ を 2 マイ かさねて きて、 チャミセ の イス に こしかけて、 あつい バンチャ を すすって いたら、 フユ の ガイトウ きた、 タイピスト でも あろう か、 わかい チテキ の ムスメ さん が フタリ、 トンネル の ほう から、 ナニ か きゃっきゃっ わらいながら あるいて きて、 ふと ガンゼン に まっしろい フジ を みつけ、 うたれた よう に たちどまり、 それから、 ひそひそ ソウダン の ヨウス で、 その ウチ の ヒトリ、 メガネ かけた、 イロ の しろい コ が、 にこにこ わらいながら、 ワタシ の ほう へ やって きた。
「あいすみません。 シャッター きって ください な」
 ワタシ は、 へどもど した。 ワタシ は キカイ の こと には、 あまり あかるく ない の だし、 シャシン の シュミ は カイム で あり、 しかも、 ドテラ を 2 マイ も かさねて きて いて、 チャミセ の ヒトタチ さえ、 サンゾク みたい だ、 と いって わらって いる よう な、 そんな むさくるしい スガタ でも あり、 たぶん は トウキョウ の、 そんな はなやか な ムスメ さん から、 ハイカラ の ヨウジ を たのまれて、 ナイシン ひどく ロウバイ した の で ある。 けれども、 また おもいなおし、 こんな スガタ は して いて も、 やはり、 みる ヒト が みれば、 どこかしら、 きゃしゃ な オモカゲ も あり、 シャシン の シャッター くらい キヨウ に テサバキ できる ほど の オトコ に みえる の かも しれない、 など と すこし うきうき した キモチ も てつだい、 ワタシ は ヘイセイ を よそおい、 ムスメ さん の さしだす カメラ を うけとり、 なにげなさそう な クチョウ で、 シャッター の キリカタ を ちょっと たずねて みて から、 わななき わななき、 レンズ を のぞいた。 マンナカ に おおきい フジ、 その シタ に ちいさい、 ケシ の ハナ フタツ。 フタリ ソロイ の あかい ガイトウ を きて いる の で ある。 フタリ は ひしと だきあう よう に よりそい、 きっと マジメ な カオ に なった。 ワタシ は、 おかしくて ならない。 カメラ もつ テ が ふるえて、 どうにも ならぬ。 ワライ を こらえて、 レンズ を のぞけば、 ケシ の ハナ、 いよいよ すまして、 かたく なって いる。 どうにも ネライ が つけにくく、 ワタシ は、 フタリ の スガタ を レンズ から ツイホウ して、 ただ フジ-サン だけ を、 レンズ いっぱい に キャッチ して、 フジ-サン、 さようなら、 オセワ に なりました。 ぱちり。
「はい、 うつりました」
「ありがとう」
 フタリ コエ を そろえて オレイ を いう。 ウチ へ かえって ゲンゾウ して みた とき には おどろく だろう。 フジ-サン だけ が おおきく おおきく うつって いて、 フタリ の スガタ は どこ にも みえない。
 その あくる ヒ に、 ヤマ を おりた。 まず、 コウフ の ヤスヤド に イッパク して、 その あくる アサ、 ヤスヤド の ロウカ の きたない ランカン に よりかかり、 フジ を みる と、 コウフ の フジ は、 ヤマヤマ の ウシロ から、 3 ブン の 1 ほど カオ を だして いる。 ホオズキ に にて いた。
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