イッペイソツ
タヤマ カタイ
カレ は あるきだした。
ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい、 アルミニウム-セイ の カナワン が コシ の ケン に あたって かたかた と なる。 その オト が コウフン した シンケイ を おびただしく シゲキ する ので、 イクタビ か それ を なおして みた が、 どうしても なる、 かたかた と なる。 もう いや に なって しまった。
ビョウキ は ホントウ に なおった の で ない から、 イキ が ヒジョウ に きれる。 ゼンシン には アクネツ オカン が たえず オウライ する。 アタマ が ヒ の よう に ねっして、 コメカミ が はげしい ミャク を うつ。 なぜ、 ビョウイン を でた? グンイ が アト が タイセツ だ と いって あれほど とめた のに、 なぜ ビョウイン を でた? こう おもった が、 カレ は それ を くい は しなかった。 テキ の すてて にげた きたない ヨウカン の イタジキ、 8 ジョウ ぐらい の ヘヤ に、 ビョウヘイ、 フショウヘイ が 15 ニン、 オトロエ と フケツ と ウメキ と おもくるしい クウキ と、 それに すさまじい ハエ の グンシュウ、 よく ハツカ も シンボウ して いた。 ムギメシ の カユ に すこし ばかり の ショクエン、 よく あれ で ウエ を しのいだ。 カレ は ビョウイン の ウシロ の ベンジョ を おもいだして ぞっと した。 キュウゴシラエ の アナ の ホリヨウ が あさい ので、 シュウキ が ハナ と メ と を はげしく うつ。 ハエ が わんと とぶ。 イシバイ の ハイイロ に よごれた の が ムネ を むかむか させる。
あれ より は…… あそこ に いる より は、 この ひろびろ と した ノ の ほう が いい。 どれほど いい か しれぬ。 マンシュウ の ノ は こうばく と して なにも ない。 ハタ には もう じゅくしかけた コーリャン が つらなって いる ばかり だ。 けれど シンセン な クウキ が ある、 ヒ の ヒカリ が ある、 クモ が ある、 ヤマ が ある、 ――すさまじい コエ が キュウ に ミミ に はいった ので、 たちどまって カレ は そっち を みた。 サッキ の キシャ が まだ あそこ に いる。 カマ の ない エントツ の ない ながい キシャ を、 シナ クーリー が イクヒャクニン と なく よって たかって、 ちょうど アリ が おおきな エモノ を はこんで ゆく よう に、 えっさら おっさら おして ゆく。
ユウヒ が エ の よう に ナナメ に さしわたった。
サッキ の カシ が あそこ に のって いる。 あの イチダン たかい コメ の カマス の ツミニ の ウエ に つったって いる の が キャツ だ。 くるしくって とても あるけん から、 アンザン テン まで のせて いって くれ と たのんだ。 すると キャツメ、 ヘイ を のせる クルマ では ない、 ホヘイ が クルマ に のる と いう ホウ が ある か と どなった。 ビョウキ だ、 ゴラン の とおり の ビョウキ で、 カッケ を わずらって いる。 アンザン テン の サキ まで ゆけば タイ が いる に ソウイ ない。 ブシ は アイミタガイ と いう こと が ある、 どうか のせて くれ って、 たって たのんで も、 いう こと を きいて くれなかった。 ヘイ、 ヘイ と いって、 スジ が すくない と バカ に しやがる。 キンシュウ でも、 トクリジ でも ヘイ の おかげ で センソウ に かった の だ。 バカ め、 アクマ め!
アリ だ、 アリ だ、 ホントウ に アリ だ。 まだ あそこ に いやがる。 キシャ も ああ なって は オシマイ だ。 ふと キシャ―― トヨハシ を たって きた とき の キシャ が メノマエ を とおりすぎる。 テイシャジョウ は コッキ で うずめられて いる。 バンザイ の コエ が ながく ながく つづく。 と こつぜん サイアイ の ツマ の カオ が メ に うかぶ。 それ は カドデ の とき の ナキガオ では なく、 どうした バアイ で あった か わすれた が ココロ から かわいい と おもった とき の うつくしい ワライガオ だ。 ハハオヤ が オマエ もう おおき よ、 ガッコウ が おそく なる よ と ゆりおこす。 カレ の アタマ は いつか コドモ の ジダイ に とびかえって いる。 ウラ の イリエ の フネ の センドウ が ハゲアタマ を ユウヒ に てかてか と ひからせながら、 コドモ の ヒトムレ に むかって どなって いる。 その コドモ の ムレ の ナカ に カレ も いた。
カコ の オモカゲ と ゲンザイ の クツウ フアン と が、 はっきり と クカク を たてて おりながら、 しかも それ が スレスレ に すりよった。 ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい。 コシ から シタ は タニン の よう で、 ジブン で あるいて いる の か いない の か、 それ すら はっきり とは わからぬ。
カツイロ の ドウロ―― ホウシャ の ワダチ や クツ の アト や ワラジ の アト が ふかく いんした まま に イシ の よう に かわいて かたく なった ミチ が マエ に ながく つうじて いる。 こういう マンシュウ の ドウロ には カレ は ほとんど アイソ を つかして しまった。 どこ まで いったら この ミチ は なくなる の か。 どこ まで いったら こんな ミチ は あるかなくって も よく なる の か。 フルサト の イサゴミチ、 アメアガリ の しめった カイガン の イサゴミチ、 あの なめらか な ココチ の いい ミチ が なつかしい。 ひろい おおきい ミチ では ある が、 ヒトツ と して なめらか な たいらか な ところ が ない。 これ が アメ が 1 ニチ ふる と、 カベツチ の よう に やわらかく なって、 クツ どころ か、 ながい スネ も その ナカバ を ぼっして しまう の だ。 ダイセッキョウ の センソウ の マエ の バン、 くらい ヤミ の デイネイ を 3 リ も こねまわした。 セ の ウエ から アタマ の カミ まで ハネ が あがった。 あの とき は ホウシャ の エンゴ が ニンム だった。 ホウシャ が デイネイ の ナカ に おちいって すこしも うごかぬ の を おして おして おしとおした。 ダイ 3 レンタイ の ホウシャ が サキ に でて ジンチ を センリョウ して しまわなければ アシタ の タタカイ は できなかった の だ。 そして シュウヤ はたらいて、 ヨクジツ は あの センソウ。 テキ の ホウダン、 ミカタ の ホウダン が ぐんぐん と いや な オト を たてて アタマ の ウエ を なって とおった。 90 ド ちかい あつい ヒ が ノウテン から じりじり と てりつけた。 4 ジ-スギ に、 テキミカタ の ホヘイ は ともに セッキン した。 ショウジュウ の オト が マメ を いる よう に きこえる。 ときどき しゅっしゅっ と ミミ の ソバ を かすめて ゆく。 レツ の ウチ で あっ と いった モノ が ある。 はっと おもって みる と、 チ が だらだら と あつい ユウヒ に いろどられて、 その ヘイシ は がっくり マエ に のめった。 ムネ に タマ が あたった の だ。 その ヘイシ は よい オトコ だった。 カイカツ で、 シャダツ で、 ナニゴト にも キ が おけなかった。 シンシロ マチ の モノ で、 わかい カカア が あった はず だ。 ジョウリク トウザ は イッショ に よく チョウハツ に いったっけ。 ブタ を おいまわしたっけ。 けれど あの オトコ は もはや この ヨノナカ に いない の だ。 いない とは どうしても おもえん。 おもえん が いない の だ。
カツイロ の ドウロ を、 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ が ぞろぞろ ゆく。 ラシャ、 ロシャ、 シナジン の オヤジ の うおうお ういうい が きこえる。 ながい ムチ が ユウヒ に ひかって、 イッシュ の オト を クウキ に つたえる。 ミチ の デコボコ が はげしい ので、 クルマ は ナミ を うつ よう に して がたがた うごいて ゆく。 くるしい、 イキ が くるしい。 こう くるしくって は シカタ が ない。 たのんで のせて もらおう と おもって カレ は かけだした。
カナワン が かたかた なる。 はげしく なる。 ハイノウ の ナカ の ザッピン や タマブクロ の タマ が けたたましく おどりあがる。 ジュウ の ダイ が ときどき スネ を うって とびあがる ほど いたい。
「おーい、 おーい」
コエ が たたない。
「おーい、 おーい」
ゼンシン の チカラ を しぼって よんだ。 きこえた に ソウイ ない が ふりむいて も みない。 どうせ ろく な こと では ない と しって いる の だろう。 イチジ おもいとまった が、 また かけだした。 そして コンド は その サイゴ の 1 リョウ に ようやく おいついた。
コメ の カマス が ヤマ の よう に つんで ある。 シナジン の オヤジ が ふりむいた。 マルガオ の いや な カオ だ。 ウム を いわせず その クルマ に とびのった。 そして カマス と カマス との アイダ に ミ を よこたえた。 シナジン は シカタ が ない と いう ふう で うおー うおー と ウマ を すすめた。 がたがた と クルマ は ゆく。
アタマ が ぐらぐら して テンチ が カイテン する よう だ。 ムネ が くるしい。 アタマ が いたい。 アシ の フクラハギ の ところ が おしつけられる よう で、 フユカイ で フユカイ で シカタ が ない。 ややともすると ムネ が むかつきそう に なる。 フアン の ネン が すさまじい チカラ で ゼンシン を おそった。 と ドウジ に、 おそろしい ドウヨウ が また はじまって、 ミミ から も アタマ から も、 シュジュ の コエ が ささやいて くる。 コノマエ にも こうした フアン は あった が、 これほど では なかった。 テン にも チ にも ミ の オキドコロ が ない よう な キ が する。
ノ から ムラ に はいった らしい。 こんもり と した ヤナギ の ミドリ が カレ の ウエ に なびいた。 ヤナギ に さしいった ユウヒ の ヒカリ が こまか な ハ を ヒトハ ヒトハ あきらか に みせて いる。 ブカッコウ な ひくい ヤネ が ジシン でも ある か の よう に ドウヨウ しながら すぎて ゆく。 ふと キ が つく と、 クルマ は とまって いた。 カレ は クビ を あげて みた。
ヤナギ の カゲ を なして いる ところ だ。 クルマ が 5 ダイ ほど つづいて いる の を みた。
とつぜん カタ を おさえる モノ が ある。
ニホンジン だ、 わが ドウホウ だ、 カシ だ。
「キサマ は ナン だ?」
カレ は くるしい ミ を おこした。
「どうして この クルマ に のった?」
リユウ を セツメイ する の が つらかった。 いや クチ を きく の も いや なの だ。
「この クルマ に のっちゃ いかん。 そう で なくって さえ、 ニ が おもすぎる ん だ。 オマエ は 18 レンタイ だな。 トヨハシ だな」
うなずいて みせる。
「どうか した の か」
「ビョウキ で、 キノウ まで ダイセッキョウ の ビョウイン に いた もの です から」
「ビョウキ が もう なおった の か」
ムイミ に うなずいた。
「ビョウキ で つらい だろう が、 おりて くれ。 いそいで ゆかんけりゃ ならん の だ から。 リョウヨウ が はじまった でな」
「リョウヨウ!」
この イチゴ は カレ の シンケイ を ジュウブン に シゲキ した。
「もう はじまった です か」
「きこえん か あの ホウ が……」
サキホド から、 テンマツ に イッシュ の トドロキ が はじまった そう な とは おもった が、 まだ リョウヨウ では ない と おもって いた。
「アンザン テン は おちた です か」
「オトトイ おちた。 テキ は リョウヨウ の テマエ で ヒトフセギ やる らしい。 キョウ の 6 ジ から はじまった と いう ウワサ だ!」
イッシュ の とおい かすか なる トドロキ、 シサイ に きけば なるほど ホウセイ だ。 レイ の いや な オト が ズジョウ を とぶ の だ。 ホヘイタイ が その アイダ を ぬって シンゲキ する の だ。 チシオ が ながれる の だ。 こう おもった カレ は イッシュ の キョウフ と ドウケイ と を おぼえた。 センユウ は たたかって いる。 ニホン テイコク の ため に チシオ を ながして いる。
シュラ の チマタ が ソウゾウ される。 サクダン の ソウカン も ガンゼン に うかぶ。 けれど 7~8 リ を へだてた この マンシュウ の ノ は、 さびしい アキカゼ が ユウヒ を ふいて いる ばかり、 タイグン の ウシオ の ごとく すぎさった ムラ の ヘイワ は イツモ に ことならぬ。
「コンド の センソウ は おおきい だろう」
「そう さ」
「1 ニチ では カチマケ が つくまい」
「むろん だ」
イマ の カシ は ナカマ の ヘイシ と ホウセイ を ミミ に しつつ しきり に かたりあって いる。 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ 5 リョウ、 シナ クーリー の オヤジ-レン も ワ を なして ナニゴト を か しゃべりたてて いる。 ロバ の ながい ミミ に ヒ が さして、 おりおり けたたましい ナキゴエ が ミミ を つんざく。 ヤナギ の かなた に しろい カベ の シナ ミンカ が 5~6 ケン つづいて、 ニワ の ナカ に エンジュ の キ が たかく みえる。 イド が ある。 ナヤ が ある。 アシ の ちいさい としおいた オンナ が おぼつかなく あるいて ゆく。 ヤナギ を すかして ムコウ に、 ひろい こうばく たる ノ が みえる。 カッショク した オカ の レンゾク が ゆびさされる。 その ムコウ には むらさきがかった たかい ヤマ が えんえん と して いる。 ホウセイ は そこ から くる。
5 リョウ の クルマ は いって しまった。
カレ は また ヒトリ とりのこされた。 カイジョウ から ヒガシ エンダイ、 カンセンホ、 この ツギ の ヘイタンブ ショザイチ は シンタイシ と いって、 まだ 1 リ ぐらい ある。 そこ まで ゆかなければ やどる べき イエ も ない。
ゆく こと に して あるきだした。
つかれきって いる から ナンギ だ が、 クルマ より は かえって いい。 ムネ は いぜん と して くるしい が、 どうも イタシカタ が ない。
また おなじ カツイロ の ミチ、 おなじ コーリャン の ハタケ、 おなじ ユウヒ の ヒカリ、 レール には レイ の キシャ が また とおった。 コンド は クダリザカ で、 ソクリョク が ヒジョウ に はやい。 カマ の ついた キシャ より も はやい くらい に めまぐろしく タニ を こえて はしった。 サイゴ の シャリョウ に ひるがえった コッキ が コーリャン-バタケ の タエマ タエマ に みえたり かくれたり して、 ついに それ が みえなく なって も、 その シャリョウ の トドロキ は きこえる。 その トドロキ と まじって、 ホウセイ が しっきりなし に ひびく。
カイドウ には ひさしく ソンラク が ない が、 セイホウ には ヤナギ の やや くらい シゲリ が いたる ところ に かたまって、 その アイダ から ちらちら ハクショク カッショク の ミンカ が みえる。 ヒト の カゲ は アタリ を みまわして も ない が、 あおい ほそい スイエン は イト の よう に さびしく たちあがる。
ユウヒ は モノ の カゲ を すべて ながく ひく よう に なった。 コーリャン の たかい カゲ は 2 ケン ハバ の ひろい ミチ を おおって、 さらに ムコウガワ の コーリャン の ウエ に おおいかさなった。 ミチバタ の ちいさな クサ の カゲ も おびただしく ながく、 トウホウ の オカ は うきだす よう に はっきり と みえる。 さびしい かなしい ユウグレ は たとえがたい イッシュ の カゲ の チカラ を もって せまって きた。
コーリャン の たえた ところ に きた。 こつぜん、 カレ は その マエ に おどろく べき チョウダイ なる ジコ の カゲ を みた。 カタ の ジュウ の カゲ は とおい ノ の クサ の ウエ に あった。 カレ は キュウ に ふかい ヒアイ に うたれた。
クサムラ には ムシ の コエ が する。 フルサト の ノ で きく ムシ の コエ とは に も つかぬ。 この につかぬ こと と ひろい ノハラ と が なんとなく その ムネ を いためた。 イチジ とだえた ツイカイ の ジョウ が ながるる よう に みなぎって きた。
ハハ の カオ、 わかい ツマ の カオ、 オトウト の カオ、 オンナ の カオ が ソウマトウ の ごとく センカイ する。 ケヤキ の キ で かこまれた ムラ の キュウカ、 ダンラン せる ヘイワ な カテイ、 つづいて その ミ が トウキョウ に シュウギョウ に いった オリ の ワカワカシサ が おもいだされる。 カグラザカ の ヨル の ニギワイ が メ に みえる。 うるわしい クサバナ、 ザッシテン、 シンカン の ホン、 カド を まがる と にぎやか な ヨセ、 マチアイ、 シャミセン の オト、 あだめいた オンナ の コエ、 あの コロ は たのしかった。 こいした オンナ が ナカチョウ に いて、 よく あそび に いった。 マルガオ の かわいい ムスメ で、 イマ でも こいしい。 この ミ は イナカ の ゴウカ の ワカダンナ で、 カネ には フジユウ を かんじなかった から、 ずいぶん おもしろい こと を した。 それに あの コロ の ユウジン は ミナ ヨ に でて いる。 コノアイダ も ガイヘイ で ダイ 6 シダン の タイイ に なって いばって いる ヤツ に でっくわした。
グンタイ セイカツ の ソクバク ほど ザンコク な もの は ない と とつぜん おもった。 と、 キョウ は フシギ にも ヒゴロ の よう に ハンコウ とか ギセイ とか いう ネン は おこらず に、 キョウフ の ネン が さかん に もえた。 シュッパツ の とき、 この ミ は クニ に ささげ キミ に ささげて イカン が ない と ちかった。 フタタビ は かえって くる キ は ない と、 ムラ の ガッコウ で おおしい エンゼツ を した。 トウジ は ゲンキ オウセイ、 シンタイ ソウケン で あった。 で、 そう いって も もちろん しぬ キ は なかった。 ココロ の ソコ には はなばなしい ガイセン を ゆめみて いた。 で ある のに、 イマ こつぜん おこった の は シ に たいする フアン で ある。 ジブン は とても いきて かえる こと は おぼつかない と いう キ が はげしく ムネ を ついた。 この ヤマイ、 この カッケ、 たとえ この ヤマイ は なおった に して も センジョウ は おおいなる ロウゴク で ある。 いかに もがいて も あせって も この おおいなる ロウゴク から だっする こと は できぬ。 トクリジ で センシ した ヘイシ が その イゼン カレ に むかって、
「どうせ のがれられぬ アナ だ。 おもいきり よく しぬ さ」 と いった こと を おもいだした。
カレ は ヒロウ と ビョウキ と キョウフ と に おそわれて、 いかに して この おそろしい サイヤク を のがる べき か を かんがえた。 ダッソウ? それ も いい、 けれど とらえられた アカツキ には、 コノウエ も ない オメイ を こうむった うえ に おなじく シ! されば とて ゼンシン すれば かならず センソウ の チマタ の ヒト と ならなければ ならぬ。 センソウ の チマタ に いれば シ を カクゴ しなければ ならぬ。 カレ は イマ はじめて、 ビョウイン を タイイン した こと の グ を ひしと ムネ に おもいあたった。 ビョウイン から コウソウ される よう に すれば よかった…… と おもった。
もう ダメ だ、 バンジ きゅうす、 のがれる に ミチ が ない。 ショウキョクテキ の ヒカン が おそろしい チカラ で その ムネ を おそった。 と、 あるく ユウキ も なにも なくなって しまった。 トメド なく ナミダ が ながれた。 カミ が コノヨ に います なら、 どうか たすけて ください、 どうか ニゲミチ を おしえて ください。 これから は どんな ナンギ も する! どんな ゼンジ も する! どんな こと にも そむかぬ。
カレ は おいおい コエ を あげて なきだした。
ムネ が しっきりなし に こみあげて くる。 ナミダ は コドモ でも ある よう に ホオ を ながれる。 ジブン の カラダ が この ヨノナカ に なくなる と いう こと が ツウセツ に かなしい の だ。 カレ の ムネ には これまで イクタビ も ソコク を おもう の ネン が もえた。 カイジョウ の カンパン で、 グンカ を うたった とき には ヒソウ の ネン が ゼンシン に みちわたった。 テキ の グンカン が とつぜん でて きて、 イチ ホウダン の ため に しずめられて、 カイテイ の モクズ と なって も イカン が ない と おもった。 キンシュウ の センジョウ では、 キカンジュウ の シ の サケビ の タダナカ を チ に ふしつつ、 いさましく すすんだ。 センユウ の チ に まみれた スガタ に ムネ を うった こと も ない では ない が、 これ も クニ の ため だ、 メイヨ だ と おもった。 けれど ヒト の チ の ながれた の は ジブン の チ の ながれた の では ない。 シ と あいめんして は、 いかなる ユウシャ も センリツ する。
アシ が おもい、 けだるい、 ムネ が むかつく。 ダイセッキョウ から 10 リ、 フツカ の ミチ、 ヨツユ、 オカン、 たしか に ジビョウ の カッケ が コウシン した の だ。 リュウコウ チョウイネツ は なおった が、 キュウセイ の カッケ が おそって きた の だ。 カッケ ショウシン の おそろしい こと を ジカク して カレ は センリツ した。 どうしても まぬかれる こと が できぬ の か と おもった。 と、 いて も たって も いられなく なって、 カラダ が しびれて アシ が すくんだ。 ――おいおい なきながら あるく。
ノ は ヘイワ で ある。 あかい おおきい ヒ は チヘイセン-ジョウ に おちん と して、 ソラ は なかば コンジキ なかば アンペキショク に なって いる。 コンジキ の トリ の ツバサ の よう な クモ が ヒトヒラ うごいて ゆく。 コーリャン の カゲ は カゲ と おおいかさなって、 こうりょう たる ノ には アキカゼ が わたった。 リョウヨウ ホウメン の ホウセイ も イマ まで さかん に きこえて いた が、 いつか まったく とだえて しまった。
フタリヅレ の ジョウトウヘイ が おいこした。
すれちがって、 5~6 ケン サキ に でた が、 ヒトリ が もどって きた。
「おい、 キミ、 どうした?」
カレ は キ が ついた。 コエ を あげて ないて あるいて いた の が きはずかしかった。
「おい、 キミ?」
ふたたび コエ は かかった。
「カッケ な もん です から」
「カッケ?」
「はあ」
「それ は こまる だろう。 よほど わるい の か」
「くるしい です」
「それ あ こまった な、 カッケ では ショウシン でも する と タイヘン だ。 どこ まで ゆく ん だ」
「タイ が アンザン テン の ムコウ に いる だろう と おもう ん です」
「だって、 キョウ そこ まで ゆけ は せん」
「はあ」
「まあ、 シンタイシ まで ゆく さ。 そこ に ヘイタンブ が ある から いって イシャ に みて もらう さ」
「まだ とおい です か?」
「もう すぐ そこ だ。 それ ムコウ に オカ が みえる だろう。 オカ の テマエ に テツドウ センロ が ある だろう。 そこ に コッキ が たって いる、 あれ が シンタイシ の ヘイタンブ だ」
「そこ に イシャ が いる でしょう か」
「グンイ が ヒトリ いる」
ソセイ した よう な キ が する。
で、 フタリ に ついて あるいた。 フタリ は キノドク-がって、 ジュウ と ハイノウ と を もって くれた。
フタリ は マエ に たって はなしながら ゆく。 リョウヨウ の キョウ の センソウ の ハナシ で ある。
「ヨウス は わからん かな」
「まだ やってる ん だろう。 エンダイ で きいた が、 テキ は リョウヨウ の 1 リ テマエ で ヒトササエ して いる そう だ。 なんでも シュザンポ とか いった」
「コウビ が たくさん ゆく な」
「ヘイ が たりん の だ。 テキ の ボウギョ ジンチ は すばらしい もの だ そう だ」
「おおきな センソウ に なりそう だな」
「イチニチ ホウセイ が した から な」
「かてる かしらん」
「まけちゃ タイヘン だ」
「ダイ 1 グン も でた ん だろう な」
「もちろん さ」
「ひとつ うまく ハイゴ を たって やりたい」
「コンド は きっと うまく やる よ」
と いって ミミ を かたむけた。 ホウセイ が また さかん に きこえだした。
シンタイシ の ヘイタンブ は イマ ザットウ を きわめて いた。 コウビ リョダン の 1 コ レンタイ が ついた ので、 レール の ウエ、 カオク の カゲ、 ヒョウロウ の ソバ など に グンボウ と ジュウケン と が みちみちて いた。 レール を はさんで テキ の テツドウ エンゴ の エイシャ が イツムネ ほど たって いる が、 コッキ の ひるがえった ヘイタン ホンブ は、 ザットウ を かさねて、 ヘイシ が クロヤマ の よう に あつまって、 ながい ケン を さげた シカン が イクニン と なく でたり はいったり して いる。 ヘイタンブ の 3 コ の オオガマ には ヒ が さかん に もえて、 ケムリ が ハクボ の ソラ に こく なびいて いた。 1 コ の カマ は メシ が すでに たけた ので、 スイジ グンソウ が おおきな コエ を あげて、 ブカ を シッタ して、 あつまる ヘイシ に しきり に メシ の ブンパイ を やって いる。 けれど この 3 コ の カマ は とうてい この タスウ の ヘイシ に ユウメシ を ブンパイ する こと が できぬ ので、 その ダイブブン は ハクマイ を ハンゴウ に もらって、 カクジ に メシ を つくる べく ノ に ちった。 やがて ノ の トコロドコロ に コーリャン の ヒ が イクツ と なく もやされた。
イエ の かなた では、 テツヤ して センジョウ に おくる べき ダンヤク ダンガン の ハコ を キシャ の カシャ に つみこんで いる。 ヘイシ、 ユソツ の ムレ が イッショウ ケンメイ に ホンソウ して いる サマ が ハクボ の かすか な ヒカリ に たえだえ に みえる。 ヒトリ の カシ が カシャ の ニモツ の ウエ に たかく たって、 しきり に その シキ を して いた。
ヒ が くれて も センソウ は やまぬ。 アンザン テン の バアン の よう な ヤマ が くらく なって、 その ムコウ から ホウセイ が ダンゾク する。
カレ は ここ に きて グンイ を もとめた。 けれど グンイ どころ の サワギ では なかった。 イッペイソツ が しのう が いきよう が そんな こと を とう バアイ では なかった。 カレ は フタリ の ヘイシ の ジンリョク の モト に、 わずか に 1 ゴウ の メシ を えた ばかり で あった。 シカタ が ない、 すこし まて。 この レンタイ の ヘイ が ゼンシン して しまったら、 グンイ を さがして、 つれて いって やる から、 まず おちついて おれ。 ここ から マッスグ に 3~4 チョウ ゆく と ヒトムネ の ヨウカン が ある。 その ヨウカン の イリグチ には、 シュホ が ケサ から ミセ を ひらいて いる から すぐ わかる。 その オク に はいって、 ねて おれ との こと だ。
カレ は もう あるく ユウキ は なかった。 ジュウ と ハイノウ と を フタリ から うけとった が、 それ を せおう と あぶなく たおれそう に なった。 メ が ぐらぐら する。 ムネ が むかつく。 アシ が けだるい。 アタマ は はげしく センカイ する。
けれど ここ に たおれる わけ には ゆかない。 しぬ にも カクレガ を もとめなければ ならぬ。 そう だ、 カクレガ……。 どんな ところ でも いい。 しずか な ところ に はいって ねたい、 キュウソク したい。
ヤミ の ミチ が ながく つづく。 トコロドコロ に ヘイシ が ムレ を なして いる。 ふと トヨハシ の ヘイエイ を おもいだした。 シュホ に いって かくれて よく サケ を のんだ。 サケ を のんで、 グンソウ を なぐって、 ジュウエイソウ に しょせられた こと が あった。 ミチ が いかにも とおい。 いって も いって も ヨウカン らしい もの が みえぬ。 3~4 チョウ と いった。 3~4 チョウ どころ か、 もう 10 チョウ も きた。 まちがった の か と おもって ふりかえる―― ヘイタンブ は トモシビ の ヒカリ、 カガリビ の ヒカリ、 ヤミ の ナカ を ゆきちがう ヘイシ の くろい ムレ、 ダンヤクバコ を はこぶ カケゴエ が ヨル の クウキ を つんざいて ひびく。
ここら は もう しずか だ。 アタリ に ヒト の カゲ も みえない。 にわか に くるしく ムネ が せまって きた。 カクレガ が なければ、 ここ で しぬ の だ と おもって、 がっくり たおれた。 けれども フシギ にも マエ の よう に かなしく も ない、 オモイデ も ない。 ソラ の ホシ の ヒラメキ が メ に はいった。 クビ を あげて それとなく アタリ を みまわした。
イマ まで みえなかった ヒトムネ の ヨウカン が すぐ その マエ に ある の に おどろいた。 イエ の ナカ には トモシビ が みえる。 まるい あかい チョウチン が みえる。 ヒト の コエ が ミミ に はいる。
ジュウ を チカラ に かろうじて たちあがった。
なるほど、 その イエ の イリグチ に シュホ らしい もの が ある。 くらい から わからぬ が、 ナニ か カマ らしい もの が コガイ の カタスミ に あって、 マキ の モエサシ が あかく みえた。 うすい ケムリ が チョウチン を かすめて あわく なびいて いる。 チョウチン に、 シルコ 1 パイ 5 セン と かいて ある の が、 ムネ が くるしくって くるしくって シカタ が ない にも かかわらず はっきり と メ に えいじた。
「シルコ は もう オシマイ か」
と いった の は、 その マエ に たって いる ヒトリ の ヘイシ で あった。
「もう オシマイ です」
と いう コエ が ウチ から きこえる。
ウチ を のぞく と、 あきらか なる ヒカリ、 セイヨウ ロウソク が 2 ホン ハダカ で ともって いて、 ビンヅメ や コマモノ など の ヤマ の よう に つまれて ある マンナカ の イチダン たかい ところ に、 ふとった、 クチヒゲ の こい、 にこにこ した サンジュウ オトコ が すわって いた。 ミセ では ヒトリ の ヘイシ が タオル を ひろげて みて いた。
ソバ を みる と、 くらい ながら、 ひくい イシダン が メ に はいった。 ここ だな と カレ は おもった。 とにかく キュウソク する こと が できる と おもう と、 いう に いわれぬ マンゾク を まず ココロ に かんじた。 しずか に ヌキアシ して その イシダン を のぼった。 ナカ は くらい。 よく わからぬ が ロウカ に なって いる らしい。 サイショ の ト と おぼしき ところ を おして みた が あかない。 2 ホ 3 ポ すすんで ツギ の ト を おした が やはり あかない。 ヒダリ の ト を おして も ダメ だ。
なお オク へ すすむ。
ロウカ は つきあたって しまった。 ミギ にも ヒダリ にも ミチ が ない。 こまって ミギ を おす と、 とつぜん、 ヤミ が やぶれて ト が あいた。 シツナイ が みえる と いう ほど では ない が、 そこ と なく ホシアカリ が して、 マエ に ガラスマド が ある の が わかる。
ジュウ を おき、 ハイノウ を おろし、 いきなり カレ は ヨコ に たおれた。 そして おもくるしい イキ を ついた。 まあ これ で アンソクジョ を えた と おもった。
マンゾク と ともに あたらしい フアン が アタマ を もたげて きた。 ケンタイ、 ヒロウ、 ゼツボウ に ちかい カンジョウ が ナマリ の ごとく おもくるしく ゼンシン を あっした。 オモイデ が みな きれぎれ で、 デンコウ の よう に はやい か と おもう と ウシ の アエギ の よう に おそい。 しっきりなし に ムネ が さわぐ。
おもい、 けだるい アシ が イッシュ の アッパク を うけて トウツウ を かんじて きた の は、 カレ ミズカラ にも よく わかった。 フクラハギ の トコロドコロ が ずきずき と いたむ。 フツウ の イタミ では なく、 ちょうど コムラ が かえった とき の よう で ある。
しぜん と カラダ を もがかず には いられなく なった。 ワタ の よう に つかれはてた ミ でも、 この アッパク には かなわない。
ムイシキ に テンテン ハンソク した。
コキョウ の こと を おもわぬ では ない、 ハハ や ツマ の こと を かなしまぬ では ない。 この ミ が こうして しななければ ならぬ か と なげかぬ では ない。 けれど ヒタン や、 ツイオク や、 クウソウ や、 そんな もの は どうでも よい。 トウツウ、 トウツウ、 その ゼツダイ な チカラ と たたかわねば ならぬ。
ウシオ の よう に おしよせる。 アラシ の よう に あれわたる。 アシ を かたい イタ の ウエ に たてて たおして、 カラダ を ミギ に ヒダリ に もがいた。 「くるしい……」 と おもわず しらず さけんだ。
けれど ジッサイ は また そう くるしい とは かんじて いなかった。 くるしい には ちがいない が、 さらに おおいなる クツウ に たえなければ ならぬ と おもう ドリョク が すくなくとも その クツウ を かるく した。 イッシュ の チカラ は ナミ の よう に ゼンシン に みなぎった。
しぬ の は かなしい と いう ネン より も この クツウ に うちかとう と いう ネン の ほう が キョウレツ で あった。 イッポウ には きわめて ショウキョクテキ な なみだもろい イクジ ない ゼツボウ が みなぎる と ともに、 イッポウ には ニンゲン の セイゾン に たいする ケンリ と いう よう な セッキョクテキ な チカラ が つよく よこたわった。
イタミ は ナミ の よう に おしよせて は ひき、 ひいて は おしよせる。 おしよせる たび に クチビル を かみ、 ハ を くいしばり、 アシ を リョウテ で つかんだ。
ゴカン の ホカ に ある ベッシュ の カンノウ の チカラ が くわわった か と おもった。 くらかった ヘヤ が それ と はっきり みえる。 アンショク の カベ に そうて たかい テーブル が おいて ある。 ウエ に しろい の は たしか に カミ だ。 ガラスマド の ハンブン が やぶれて いて、 ホシ が きらきら と オオゾラ に きらめいて いる の が みとめられた。 ミギ の カタスミ には、 ナニ か ごたごた おかれて あった。
ジカン の たって ゆく の など は もう カレ には わからなく なった。 グンイ が きて くれれば いい と おもった が、 それ を つづけて かんがえる ヒマ は なかった。 あたらしい クツウ が ました。
ユカ ちかく コオロギ が ないて いた。 クツウ に もだえながら、 「あ、 コオロギ が ないて いる……」 と カレ は おもった。 その アイセツ な ムシ の シラベ が なんだか ゼンシン に しみいる よう に おぼえた。
トウツウ、 トウツウ、 カレ は さらに テンテン ハンソク した。
「くるしい! くるしい! くるしい!」
ツヅケザマ に けたたましく さけんだ。
「くるしい、 ダレ か…… ダレ か おらん か」
と しばらく して また さけんだ。
キョウレツ なる セイゾン の チカラ も もう よほど おとろえて しまった。 イシキテキ に タスケ を もとめる と いう より は、 イマ は ほとんど ムチュウ で ある。 シゼンリョク に おそわれた コノハ の ソヨギ、 ナミ の サケビ、 ニンゲン の ヒメイ!
「くるしい! くるしい!」
その コエ が しんと した ヘヤ に すさまじく ただよいわたる。 この ヘヤ には ヒトツキ マエ まで ロコク の テツドウ エンゴ の シカン が キガ して いた。 ニホン ヘイ が はじめて はいった とき、 カベ には くろく すすけた キリスト の ゾウ が かけて あった。 サクネン の フユ は、 マンシュウ の ノ に ふりしきる フウセツ を この ガラスマド から ながめて、 その シカン は ウオッカ を のんだ。 ケガワ の ボウカンフク を きて、 コガイ に ヘイシ が たって いた。 ニホン ヘイ の なす に たらざる を いって、 ニジ の ごとき キエン を はいた。 その ヘヤ に、 イマ、 スイシ の ヘイシ の ウメキ が ひびきわたる。
「くるしい、 くるしい、 くるしい!」
せき と して いる。 コオロギ は おなじ やさしい さびしい チョウシ で ないて いる。 マンシュウ の こうばく たる ノ には、 おそい ツキ が のぼった と みえて、 アタリ が あかるく なって、 ガラスマド の ソト は すでに その ヒカリ を うけて いた。
キョウカン、 ヒメイ、 ゼツボウ、 カレ は ヘヤ の ナカ を のたうちまわった。 グンプク の ボタン は はずれ、 ムネ の アタリ は かきむしられ、 グンボウ は アゴヒモ を かけた まま おしつぶされ、 カオ から ホオ に かけて は、 オウト した オブツ が イチメン に フチャク した。
とつぜん あきらか な コウセン が ヘヤ に さした と おもう と、 トビラ の ところ に、 セイヨウ ロウソク を もった ヒトリ の オトコ の スガタ が ウキボリ の よう に あらわれた。 その カオ だ。 ふとった クチヒゲ の ある シュホ の カオ だ。 けれど その カオ には にこにこ した サキホド の アイキョウ は なく、 マジメ な あおい くらい イロ が のぼって いた。 だまって ヘヤ の ナカ に はいって きた が、 そこ に うなって ころがって いる ビョウヘイ を ロウソク で てらした。 ビョウヘイ の カオ は あおざめて、 シニン の よう に みえた。 オウト した オブツ が そこ に ちらばって いた。
「どうした? ビョウキ か?」
「ああ くるしい、 くるしい……」
と はげしく さけんで テンテン した。
シュホ の オトコ は テ を つけかねて しばし たって みて いた が、 そのまま、 ロウソク の ロウ を たらして、 テーブル の ウエ に それ を たてて、 そそくさ と ト の ソト へ でて いった。 ロウソク の ヒカリ で ヘヤ は ヒル の よう に あかるく なった。 スミ に おいた ジブン の ハイノウ と ジュウ と が カレ の メ に はいった。
ロウソク の ヒ が ちらちら する。 ロウ が ナミダ の よう に だらだら ながれる。
しばらく して サキ の シュホ の オトコ は ヒトリ の ヘイシ を ともなって はいって きた。 この ムコウ の イエ に ねて いた コウグンチュウ の ヘイシ を おこして きた の だ。 ヘイシ は ビョウヘイ の カオ と アタリ の サマ と を みまわした が、 コンド は ケンショウ を シサイ に けんした。
フタリ の タイワ が あきらか に ビョウヘイ の ミミ に はいる。
「18 レンタイ の ヘイ だな」
「そう です か」
「いつから ここ に きてる ん だ?」
「すこしも しらん かった です。 いつから きた ん です か。 ワタシ は 10 ジ-ゴロ ぐっすり ねこんだ ん です が、 ふと メ を さます と、 ウナリゴエ が する、 くるしい くるしい と いう コエ が する。 どうした ん だろう、 オク には ダレ も いぬ はず だ が と おもって、 フシン に して しばらく きいて いた です。 すると、 その サケビゴエ は いよいよ たかく なります し、 ダレ か きて くれ! と いう コエ が きこえます から、 きて みた ん です。 カッケ です な、 カッケ ショウシン です な」
「ショウシン?」
「とても たすからん です な」
「それ あ、 キノドク だ。 ヘイタンブ に グンイ が いる だろう?」
「います がな…… こんな おそく、 きて くれ や しません よ」
「ナンジ だ」
みずから トケイ を だして みて、 「もっとも だ」 と いう カオ を して、 そのまま ポケット に おさめた。
「ナンジ です?」
「2 ジ 15 フン」
フタリ は だまって たって いる。
クツウ が また おしよせて きた。 ウナリゴエ、 サケビゴエ が たえがたい ヒメイ に つづく。
「キノドク だな」
「ホントウ に かわいそう です。 どこ の モノ でしょう」
ヘイシ が カレ の ポケット を さぐった。 グンタイ テチョウ を ひきだす の が わかる。 カレ の メ には その ヘイシ の くろく たくましい カオ と グンタイ テチョウ を よむ ため に タクジョウ の ロウソク に ちかく あゆみよった サマ が うつった。 ミカワ ノ クニ アツミ-ゴオリ フクエ ムラ カトウ ヘイサク…… と よむ コエ が つづいて きこえた。 フルサト の サマ が いま イチド その ガンゼン に うかぶ。 ハハ の カオ、 ツマ の カオ、 ケヤキ で かこんだ おおきな イエ、 ウラ から つづいた なめらか な イソ、 あおい ウミ、 ナジミ の ギョフ の カオ……。
フタリ は だまって たって いる。 その カオ は あおく くらい。 おりおり その ミ に たいする ドウジョウ の コトバ が かわされる。 カレ は すでに シ を あきらか に ジカク して いた。 けれど それ が べつだん くるしく も かなしく も かんじない。 フタリ の モンダイ に して いる の は カレ ジシン の こと では なくて、 ホカ に ブッタイ が ある よう に おもわれる。 ただ、 この クツウ、 たえがたい この クツウ から のがれたい と おもった。
ロウソク が ちらちら する。 コオロギ が おなじく さびしく ないて いる。
アケガタ に ヘイタンブ の グンイ が きた。 けれど その 1 ジカン マエ に、 カレ は すでに しんで いた。 イチバン の キシャ が カイロ カイロ の カケゴエ と ともに、 アンザン テン に むかって ハッシャ した コロ は、 その ザンゲツ が うすく しらけて、 さびしく ソラ に かかって いた。
しばらく して ホウセイ が さかん に きこえだした。 9 ガツ イチジツ の リョウヨウ コウゲキ は はじまった。
タヤマ カタイ
カレ は あるきだした。
ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい、 アルミニウム-セイ の カナワン が コシ の ケン に あたって かたかた と なる。 その オト が コウフン した シンケイ を おびただしく シゲキ する ので、 イクタビ か それ を なおして みた が、 どうしても なる、 かたかた と なる。 もう いや に なって しまった。
ビョウキ は ホントウ に なおった の で ない から、 イキ が ヒジョウ に きれる。 ゼンシン には アクネツ オカン が たえず オウライ する。 アタマ が ヒ の よう に ねっして、 コメカミ が はげしい ミャク を うつ。 なぜ、 ビョウイン を でた? グンイ が アト が タイセツ だ と いって あれほど とめた のに、 なぜ ビョウイン を でた? こう おもった が、 カレ は それ を くい は しなかった。 テキ の すてて にげた きたない ヨウカン の イタジキ、 8 ジョウ ぐらい の ヘヤ に、 ビョウヘイ、 フショウヘイ が 15 ニン、 オトロエ と フケツ と ウメキ と おもくるしい クウキ と、 それに すさまじい ハエ の グンシュウ、 よく ハツカ も シンボウ して いた。 ムギメシ の カユ に すこし ばかり の ショクエン、 よく あれ で ウエ を しのいだ。 カレ は ビョウイン の ウシロ の ベンジョ を おもいだして ぞっと した。 キュウゴシラエ の アナ の ホリヨウ が あさい ので、 シュウキ が ハナ と メ と を はげしく うつ。 ハエ が わんと とぶ。 イシバイ の ハイイロ に よごれた の が ムネ を むかむか させる。
あれ より は…… あそこ に いる より は、 この ひろびろ と した ノ の ほう が いい。 どれほど いい か しれぬ。 マンシュウ の ノ は こうばく と して なにも ない。 ハタ には もう じゅくしかけた コーリャン が つらなって いる ばかり だ。 けれど シンセン な クウキ が ある、 ヒ の ヒカリ が ある、 クモ が ある、 ヤマ が ある、 ――すさまじい コエ が キュウ に ミミ に はいった ので、 たちどまって カレ は そっち を みた。 サッキ の キシャ が まだ あそこ に いる。 カマ の ない エントツ の ない ながい キシャ を、 シナ クーリー が イクヒャクニン と なく よって たかって、 ちょうど アリ が おおきな エモノ を はこんで ゆく よう に、 えっさら おっさら おして ゆく。
ユウヒ が エ の よう に ナナメ に さしわたった。
サッキ の カシ が あそこ に のって いる。 あの イチダン たかい コメ の カマス の ツミニ の ウエ に つったって いる の が キャツ だ。 くるしくって とても あるけん から、 アンザン テン まで のせて いって くれ と たのんだ。 すると キャツメ、 ヘイ を のせる クルマ では ない、 ホヘイ が クルマ に のる と いう ホウ が ある か と どなった。 ビョウキ だ、 ゴラン の とおり の ビョウキ で、 カッケ を わずらって いる。 アンザン テン の サキ まで ゆけば タイ が いる に ソウイ ない。 ブシ は アイミタガイ と いう こと が ある、 どうか のせて くれ って、 たって たのんで も、 いう こと を きいて くれなかった。 ヘイ、 ヘイ と いって、 スジ が すくない と バカ に しやがる。 キンシュウ でも、 トクリジ でも ヘイ の おかげ で センソウ に かった の だ。 バカ め、 アクマ め!
アリ だ、 アリ だ、 ホントウ に アリ だ。 まだ あそこ に いやがる。 キシャ も ああ なって は オシマイ だ。 ふと キシャ―― トヨハシ を たって きた とき の キシャ が メノマエ を とおりすぎる。 テイシャジョウ は コッキ で うずめられて いる。 バンザイ の コエ が ながく ながく つづく。 と こつぜん サイアイ の ツマ の カオ が メ に うかぶ。 それ は カドデ の とき の ナキガオ では なく、 どうした バアイ で あった か わすれた が ココロ から かわいい と おもった とき の うつくしい ワライガオ だ。 ハハオヤ が オマエ もう おおき よ、 ガッコウ が おそく なる よ と ゆりおこす。 カレ の アタマ は いつか コドモ の ジダイ に とびかえって いる。 ウラ の イリエ の フネ の センドウ が ハゲアタマ を ユウヒ に てかてか と ひからせながら、 コドモ の ヒトムレ に むかって どなって いる。 その コドモ の ムレ の ナカ に カレ も いた。
カコ の オモカゲ と ゲンザイ の クツウ フアン と が、 はっきり と クカク を たてて おりながら、 しかも それ が スレスレ に すりよった。 ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい。 コシ から シタ は タニン の よう で、 ジブン で あるいて いる の か いない の か、 それ すら はっきり とは わからぬ。
カツイロ の ドウロ―― ホウシャ の ワダチ や クツ の アト や ワラジ の アト が ふかく いんした まま に イシ の よう に かわいて かたく なった ミチ が マエ に ながく つうじて いる。 こういう マンシュウ の ドウロ には カレ は ほとんど アイソ を つかして しまった。 どこ まで いったら この ミチ は なくなる の か。 どこ まで いったら こんな ミチ は あるかなくって も よく なる の か。 フルサト の イサゴミチ、 アメアガリ の しめった カイガン の イサゴミチ、 あの なめらか な ココチ の いい ミチ が なつかしい。 ひろい おおきい ミチ では ある が、 ヒトツ と して なめらか な たいらか な ところ が ない。 これ が アメ が 1 ニチ ふる と、 カベツチ の よう に やわらかく なって、 クツ どころ か、 ながい スネ も その ナカバ を ぼっして しまう の だ。 ダイセッキョウ の センソウ の マエ の バン、 くらい ヤミ の デイネイ を 3 リ も こねまわした。 セ の ウエ から アタマ の カミ まで ハネ が あがった。 あの とき は ホウシャ の エンゴ が ニンム だった。 ホウシャ が デイネイ の ナカ に おちいって すこしも うごかぬ の を おして おして おしとおした。 ダイ 3 レンタイ の ホウシャ が サキ に でて ジンチ を センリョウ して しまわなければ アシタ の タタカイ は できなかった の だ。 そして シュウヤ はたらいて、 ヨクジツ は あの センソウ。 テキ の ホウダン、 ミカタ の ホウダン が ぐんぐん と いや な オト を たてて アタマ の ウエ を なって とおった。 90 ド ちかい あつい ヒ が ノウテン から じりじり と てりつけた。 4 ジ-スギ に、 テキミカタ の ホヘイ は ともに セッキン した。 ショウジュウ の オト が マメ を いる よう に きこえる。 ときどき しゅっしゅっ と ミミ の ソバ を かすめて ゆく。 レツ の ウチ で あっ と いった モノ が ある。 はっと おもって みる と、 チ が だらだら と あつい ユウヒ に いろどられて、 その ヘイシ は がっくり マエ に のめった。 ムネ に タマ が あたった の だ。 その ヘイシ は よい オトコ だった。 カイカツ で、 シャダツ で、 ナニゴト にも キ が おけなかった。 シンシロ マチ の モノ で、 わかい カカア が あった はず だ。 ジョウリク トウザ は イッショ に よく チョウハツ に いったっけ。 ブタ を おいまわしたっけ。 けれど あの オトコ は もはや この ヨノナカ に いない の だ。 いない とは どうしても おもえん。 おもえん が いない の だ。
カツイロ の ドウロ を、 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ が ぞろぞろ ゆく。 ラシャ、 ロシャ、 シナジン の オヤジ の うおうお ういうい が きこえる。 ながい ムチ が ユウヒ に ひかって、 イッシュ の オト を クウキ に つたえる。 ミチ の デコボコ が はげしい ので、 クルマ は ナミ を うつ よう に して がたがた うごいて ゆく。 くるしい、 イキ が くるしい。 こう くるしくって は シカタ が ない。 たのんで のせて もらおう と おもって カレ は かけだした。
カナワン が かたかた なる。 はげしく なる。 ハイノウ の ナカ の ザッピン や タマブクロ の タマ が けたたましく おどりあがる。 ジュウ の ダイ が ときどき スネ を うって とびあがる ほど いたい。
「おーい、 おーい」
コエ が たたない。
「おーい、 おーい」
ゼンシン の チカラ を しぼって よんだ。 きこえた に ソウイ ない が ふりむいて も みない。 どうせ ろく な こと では ない と しって いる の だろう。 イチジ おもいとまった が、 また かけだした。 そして コンド は その サイゴ の 1 リョウ に ようやく おいついた。
コメ の カマス が ヤマ の よう に つんで ある。 シナジン の オヤジ が ふりむいた。 マルガオ の いや な カオ だ。 ウム を いわせず その クルマ に とびのった。 そして カマス と カマス との アイダ に ミ を よこたえた。 シナジン は シカタ が ない と いう ふう で うおー うおー と ウマ を すすめた。 がたがた と クルマ は ゆく。
アタマ が ぐらぐら して テンチ が カイテン する よう だ。 ムネ が くるしい。 アタマ が いたい。 アシ の フクラハギ の ところ が おしつけられる よう で、 フユカイ で フユカイ で シカタ が ない。 ややともすると ムネ が むかつきそう に なる。 フアン の ネン が すさまじい チカラ で ゼンシン を おそった。 と ドウジ に、 おそろしい ドウヨウ が また はじまって、 ミミ から も アタマ から も、 シュジュ の コエ が ささやいて くる。 コノマエ にも こうした フアン は あった が、 これほど では なかった。 テン にも チ にも ミ の オキドコロ が ない よう な キ が する。
ノ から ムラ に はいった らしい。 こんもり と した ヤナギ の ミドリ が カレ の ウエ に なびいた。 ヤナギ に さしいった ユウヒ の ヒカリ が こまか な ハ を ヒトハ ヒトハ あきらか に みせて いる。 ブカッコウ な ひくい ヤネ が ジシン でも ある か の よう に ドウヨウ しながら すぎて ゆく。 ふと キ が つく と、 クルマ は とまって いた。 カレ は クビ を あげて みた。
ヤナギ の カゲ を なして いる ところ だ。 クルマ が 5 ダイ ほど つづいて いる の を みた。
とつぜん カタ を おさえる モノ が ある。
ニホンジン だ、 わが ドウホウ だ、 カシ だ。
「キサマ は ナン だ?」
カレ は くるしい ミ を おこした。
「どうして この クルマ に のった?」
リユウ を セツメイ する の が つらかった。 いや クチ を きく の も いや なの だ。
「この クルマ に のっちゃ いかん。 そう で なくって さえ、 ニ が おもすぎる ん だ。 オマエ は 18 レンタイ だな。 トヨハシ だな」
うなずいて みせる。
「どうか した の か」
「ビョウキ で、 キノウ まで ダイセッキョウ の ビョウイン に いた もの です から」
「ビョウキ が もう なおった の か」
ムイミ に うなずいた。
「ビョウキ で つらい だろう が、 おりて くれ。 いそいで ゆかんけりゃ ならん の だ から。 リョウヨウ が はじまった でな」
「リョウヨウ!」
この イチゴ は カレ の シンケイ を ジュウブン に シゲキ した。
「もう はじまった です か」
「きこえん か あの ホウ が……」
サキホド から、 テンマツ に イッシュ の トドロキ が はじまった そう な とは おもった が、 まだ リョウヨウ では ない と おもって いた。
「アンザン テン は おちた です か」
「オトトイ おちた。 テキ は リョウヨウ の テマエ で ヒトフセギ やる らしい。 キョウ の 6 ジ から はじまった と いう ウワサ だ!」
イッシュ の とおい かすか なる トドロキ、 シサイ に きけば なるほど ホウセイ だ。 レイ の いや な オト が ズジョウ を とぶ の だ。 ホヘイタイ が その アイダ を ぬって シンゲキ する の だ。 チシオ が ながれる の だ。 こう おもった カレ は イッシュ の キョウフ と ドウケイ と を おぼえた。 センユウ は たたかって いる。 ニホン テイコク の ため に チシオ を ながして いる。
シュラ の チマタ が ソウゾウ される。 サクダン の ソウカン も ガンゼン に うかぶ。 けれど 7~8 リ を へだてた この マンシュウ の ノ は、 さびしい アキカゼ が ユウヒ を ふいて いる ばかり、 タイグン の ウシオ の ごとく すぎさった ムラ の ヘイワ は イツモ に ことならぬ。
「コンド の センソウ は おおきい だろう」
「そう さ」
「1 ニチ では カチマケ が つくまい」
「むろん だ」
イマ の カシ は ナカマ の ヘイシ と ホウセイ を ミミ に しつつ しきり に かたりあって いる。 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ 5 リョウ、 シナ クーリー の オヤジ-レン も ワ を なして ナニゴト を か しゃべりたてて いる。 ロバ の ながい ミミ に ヒ が さして、 おりおり けたたましい ナキゴエ が ミミ を つんざく。 ヤナギ の かなた に しろい カベ の シナ ミンカ が 5~6 ケン つづいて、 ニワ の ナカ に エンジュ の キ が たかく みえる。 イド が ある。 ナヤ が ある。 アシ の ちいさい としおいた オンナ が おぼつかなく あるいて ゆく。 ヤナギ を すかして ムコウ に、 ひろい こうばく たる ノ が みえる。 カッショク した オカ の レンゾク が ゆびさされる。 その ムコウ には むらさきがかった たかい ヤマ が えんえん と して いる。 ホウセイ は そこ から くる。
5 リョウ の クルマ は いって しまった。
カレ は また ヒトリ とりのこされた。 カイジョウ から ヒガシ エンダイ、 カンセンホ、 この ツギ の ヘイタンブ ショザイチ は シンタイシ と いって、 まだ 1 リ ぐらい ある。 そこ まで ゆかなければ やどる べき イエ も ない。
ゆく こと に して あるきだした。
つかれきって いる から ナンギ だ が、 クルマ より は かえって いい。 ムネ は いぜん と して くるしい が、 どうも イタシカタ が ない。
また おなじ カツイロ の ミチ、 おなじ コーリャン の ハタケ、 おなじ ユウヒ の ヒカリ、 レール には レイ の キシャ が また とおった。 コンド は クダリザカ で、 ソクリョク が ヒジョウ に はやい。 カマ の ついた キシャ より も はやい くらい に めまぐろしく タニ を こえて はしった。 サイゴ の シャリョウ に ひるがえった コッキ が コーリャン-バタケ の タエマ タエマ に みえたり かくれたり して、 ついに それ が みえなく なって も、 その シャリョウ の トドロキ は きこえる。 その トドロキ と まじって、 ホウセイ が しっきりなし に ひびく。
カイドウ には ひさしく ソンラク が ない が、 セイホウ には ヤナギ の やや くらい シゲリ が いたる ところ に かたまって、 その アイダ から ちらちら ハクショク カッショク の ミンカ が みえる。 ヒト の カゲ は アタリ を みまわして も ない が、 あおい ほそい スイエン は イト の よう に さびしく たちあがる。
ユウヒ は モノ の カゲ を すべて ながく ひく よう に なった。 コーリャン の たかい カゲ は 2 ケン ハバ の ひろい ミチ を おおって、 さらに ムコウガワ の コーリャン の ウエ に おおいかさなった。 ミチバタ の ちいさな クサ の カゲ も おびただしく ながく、 トウホウ の オカ は うきだす よう に はっきり と みえる。 さびしい かなしい ユウグレ は たとえがたい イッシュ の カゲ の チカラ を もって せまって きた。
コーリャン の たえた ところ に きた。 こつぜん、 カレ は その マエ に おどろく べき チョウダイ なる ジコ の カゲ を みた。 カタ の ジュウ の カゲ は とおい ノ の クサ の ウエ に あった。 カレ は キュウ に ふかい ヒアイ に うたれた。
クサムラ には ムシ の コエ が する。 フルサト の ノ で きく ムシ の コエ とは に も つかぬ。 この につかぬ こと と ひろい ノハラ と が なんとなく その ムネ を いためた。 イチジ とだえた ツイカイ の ジョウ が ながるる よう に みなぎって きた。
ハハ の カオ、 わかい ツマ の カオ、 オトウト の カオ、 オンナ の カオ が ソウマトウ の ごとく センカイ する。 ケヤキ の キ で かこまれた ムラ の キュウカ、 ダンラン せる ヘイワ な カテイ、 つづいて その ミ が トウキョウ に シュウギョウ に いった オリ の ワカワカシサ が おもいだされる。 カグラザカ の ヨル の ニギワイ が メ に みえる。 うるわしい クサバナ、 ザッシテン、 シンカン の ホン、 カド を まがる と にぎやか な ヨセ、 マチアイ、 シャミセン の オト、 あだめいた オンナ の コエ、 あの コロ は たのしかった。 こいした オンナ が ナカチョウ に いて、 よく あそび に いった。 マルガオ の かわいい ムスメ で、 イマ でも こいしい。 この ミ は イナカ の ゴウカ の ワカダンナ で、 カネ には フジユウ を かんじなかった から、 ずいぶん おもしろい こと を した。 それに あの コロ の ユウジン は ミナ ヨ に でて いる。 コノアイダ も ガイヘイ で ダイ 6 シダン の タイイ に なって いばって いる ヤツ に でっくわした。
グンタイ セイカツ の ソクバク ほど ザンコク な もの は ない と とつぜん おもった。 と、 キョウ は フシギ にも ヒゴロ の よう に ハンコウ とか ギセイ とか いう ネン は おこらず に、 キョウフ の ネン が さかん に もえた。 シュッパツ の とき、 この ミ は クニ に ささげ キミ に ささげて イカン が ない と ちかった。 フタタビ は かえって くる キ は ない と、 ムラ の ガッコウ で おおしい エンゼツ を した。 トウジ は ゲンキ オウセイ、 シンタイ ソウケン で あった。 で、 そう いって も もちろん しぬ キ は なかった。 ココロ の ソコ には はなばなしい ガイセン を ゆめみて いた。 で ある のに、 イマ こつぜん おこった の は シ に たいする フアン で ある。 ジブン は とても いきて かえる こと は おぼつかない と いう キ が はげしく ムネ を ついた。 この ヤマイ、 この カッケ、 たとえ この ヤマイ は なおった に して も センジョウ は おおいなる ロウゴク で ある。 いかに もがいて も あせって も この おおいなる ロウゴク から だっする こと は できぬ。 トクリジ で センシ した ヘイシ が その イゼン カレ に むかって、
「どうせ のがれられぬ アナ だ。 おもいきり よく しぬ さ」 と いった こと を おもいだした。
カレ は ヒロウ と ビョウキ と キョウフ と に おそわれて、 いかに して この おそろしい サイヤク を のがる べき か を かんがえた。 ダッソウ? それ も いい、 けれど とらえられた アカツキ には、 コノウエ も ない オメイ を こうむった うえ に おなじく シ! されば とて ゼンシン すれば かならず センソウ の チマタ の ヒト と ならなければ ならぬ。 センソウ の チマタ に いれば シ を カクゴ しなければ ならぬ。 カレ は イマ はじめて、 ビョウイン を タイイン した こと の グ を ひしと ムネ に おもいあたった。 ビョウイン から コウソウ される よう に すれば よかった…… と おもった。
もう ダメ だ、 バンジ きゅうす、 のがれる に ミチ が ない。 ショウキョクテキ の ヒカン が おそろしい チカラ で その ムネ を おそった。 と、 あるく ユウキ も なにも なくなって しまった。 トメド なく ナミダ が ながれた。 カミ が コノヨ に います なら、 どうか たすけて ください、 どうか ニゲミチ を おしえて ください。 これから は どんな ナンギ も する! どんな ゼンジ も する! どんな こと にも そむかぬ。
カレ は おいおい コエ を あげて なきだした。
ムネ が しっきりなし に こみあげて くる。 ナミダ は コドモ でも ある よう に ホオ を ながれる。 ジブン の カラダ が この ヨノナカ に なくなる と いう こと が ツウセツ に かなしい の だ。 カレ の ムネ には これまで イクタビ も ソコク を おもう の ネン が もえた。 カイジョウ の カンパン で、 グンカ を うたった とき には ヒソウ の ネン が ゼンシン に みちわたった。 テキ の グンカン が とつぜん でて きて、 イチ ホウダン の ため に しずめられて、 カイテイ の モクズ と なって も イカン が ない と おもった。 キンシュウ の センジョウ では、 キカンジュウ の シ の サケビ の タダナカ を チ に ふしつつ、 いさましく すすんだ。 センユウ の チ に まみれた スガタ に ムネ を うった こと も ない では ない が、 これ も クニ の ため だ、 メイヨ だ と おもった。 けれど ヒト の チ の ながれた の は ジブン の チ の ながれた の では ない。 シ と あいめんして は、 いかなる ユウシャ も センリツ する。
アシ が おもい、 けだるい、 ムネ が むかつく。 ダイセッキョウ から 10 リ、 フツカ の ミチ、 ヨツユ、 オカン、 たしか に ジビョウ の カッケ が コウシン した の だ。 リュウコウ チョウイネツ は なおった が、 キュウセイ の カッケ が おそって きた の だ。 カッケ ショウシン の おそろしい こと を ジカク して カレ は センリツ した。 どうしても まぬかれる こと が できぬ の か と おもった。 と、 いて も たって も いられなく なって、 カラダ が しびれて アシ が すくんだ。 ――おいおい なきながら あるく。
ノ は ヘイワ で ある。 あかい おおきい ヒ は チヘイセン-ジョウ に おちん と して、 ソラ は なかば コンジキ なかば アンペキショク に なって いる。 コンジキ の トリ の ツバサ の よう な クモ が ヒトヒラ うごいて ゆく。 コーリャン の カゲ は カゲ と おおいかさなって、 こうりょう たる ノ には アキカゼ が わたった。 リョウヨウ ホウメン の ホウセイ も イマ まで さかん に きこえて いた が、 いつか まったく とだえて しまった。
フタリヅレ の ジョウトウヘイ が おいこした。
すれちがって、 5~6 ケン サキ に でた が、 ヒトリ が もどって きた。
「おい、 キミ、 どうした?」
カレ は キ が ついた。 コエ を あげて ないて あるいて いた の が きはずかしかった。
「おい、 キミ?」
ふたたび コエ は かかった。
「カッケ な もん です から」
「カッケ?」
「はあ」
「それ は こまる だろう。 よほど わるい の か」
「くるしい です」
「それ あ こまった な、 カッケ では ショウシン でも する と タイヘン だ。 どこ まで ゆく ん だ」
「タイ が アンザン テン の ムコウ に いる だろう と おもう ん です」
「だって、 キョウ そこ まで ゆけ は せん」
「はあ」
「まあ、 シンタイシ まで ゆく さ。 そこ に ヘイタンブ が ある から いって イシャ に みて もらう さ」
「まだ とおい です か?」
「もう すぐ そこ だ。 それ ムコウ に オカ が みえる だろう。 オカ の テマエ に テツドウ センロ が ある だろう。 そこ に コッキ が たって いる、 あれ が シンタイシ の ヘイタンブ だ」
「そこ に イシャ が いる でしょう か」
「グンイ が ヒトリ いる」
ソセイ した よう な キ が する。
で、 フタリ に ついて あるいた。 フタリ は キノドク-がって、 ジュウ と ハイノウ と を もって くれた。
フタリ は マエ に たって はなしながら ゆく。 リョウヨウ の キョウ の センソウ の ハナシ で ある。
「ヨウス は わからん かな」
「まだ やってる ん だろう。 エンダイ で きいた が、 テキ は リョウヨウ の 1 リ テマエ で ヒトササエ して いる そう だ。 なんでも シュザンポ とか いった」
「コウビ が たくさん ゆく な」
「ヘイ が たりん の だ。 テキ の ボウギョ ジンチ は すばらしい もの だ そう だ」
「おおきな センソウ に なりそう だな」
「イチニチ ホウセイ が した から な」
「かてる かしらん」
「まけちゃ タイヘン だ」
「ダイ 1 グン も でた ん だろう な」
「もちろん さ」
「ひとつ うまく ハイゴ を たって やりたい」
「コンド は きっと うまく やる よ」
と いって ミミ を かたむけた。 ホウセイ が また さかん に きこえだした。
シンタイシ の ヘイタンブ は イマ ザットウ を きわめて いた。 コウビ リョダン の 1 コ レンタイ が ついた ので、 レール の ウエ、 カオク の カゲ、 ヒョウロウ の ソバ など に グンボウ と ジュウケン と が みちみちて いた。 レール を はさんで テキ の テツドウ エンゴ の エイシャ が イツムネ ほど たって いる が、 コッキ の ひるがえった ヘイタン ホンブ は、 ザットウ を かさねて、 ヘイシ が クロヤマ の よう に あつまって、 ながい ケン を さげた シカン が イクニン と なく でたり はいったり して いる。 ヘイタンブ の 3 コ の オオガマ には ヒ が さかん に もえて、 ケムリ が ハクボ の ソラ に こく なびいて いた。 1 コ の カマ は メシ が すでに たけた ので、 スイジ グンソウ が おおきな コエ を あげて、 ブカ を シッタ して、 あつまる ヘイシ に しきり に メシ の ブンパイ を やって いる。 けれど この 3 コ の カマ は とうてい この タスウ の ヘイシ に ユウメシ を ブンパイ する こと が できぬ ので、 その ダイブブン は ハクマイ を ハンゴウ に もらって、 カクジ に メシ を つくる べく ノ に ちった。 やがて ノ の トコロドコロ に コーリャン の ヒ が イクツ と なく もやされた。
イエ の かなた では、 テツヤ して センジョウ に おくる べき ダンヤク ダンガン の ハコ を キシャ の カシャ に つみこんで いる。 ヘイシ、 ユソツ の ムレ が イッショウ ケンメイ に ホンソウ して いる サマ が ハクボ の かすか な ヒカリ に たえだえ に みえる。 ヒトリ の カシ が カシャ の ニモツ の ウエ に たかく たって、 しきり に その シキ を して いた。
ヒ が くれて も センソウ は やまぬ。 アンザン テン の バアン の よう な ヤマ が くらく なって、 その ムコウ から ホウセイ が ダンゾク する。
カレ は ここ に きて グンイ を もとめた。 けれど グンイ どころ の サワギ では なかった。 イッペイソツ が しのう が いきよう が そんな こと を とう バアイ では なかった。 カレ は フタリ の ヘイシ の ジンリョク の モト に、 わずか に 1 ゴウ の メシ を えた ばかり で あった。 シカタ が ない、 すこし まて。 この レンタイ の ヘイ が ゼンシン して しまったら、 グンイ を さがして、 つれて いって やる から、 まず おちついて おれ。 ここ から マッスグ に 3~4 チョウ ゆく と ヒトムネ の ヨウカン が ある。 その ヨウカン の イリグチ には、 シュホ が ケサ から ミセ を ひらいて いる から すぐ わかる。 その オク に はいって、 ねて おれ との こと だ。
カレ は もう あるく ユウキ は なかった。 ジュウ と ハイノウ と を フタリ から うけとった が、 それ を せおう と あぶなく たおれそう に なった。 メ が ぐらぐら する。 ムネ が むかつく。 アシ が けだるい。 アタマ は はげしく センカイ する。
けれど ここ に たおれる わけ には ゆかない。 しぬ にも カクレガ を もとめなければ ならぬ。 そう だ、 カクレガ……。 どんな ところ でも いい。 しずか な ところ に はいって ねたい、 キュウソク したい。
ヤミ の ミチ が ながく つづく。 トコロドコロ に ヘイシ が ムレ を なして いる。 ふと トヨハシ の ヘイエイ を おもいだした。 シュホ に いって かくれて よく サケ を のんだ。 サケ を のんで、 グンソウ を なぐって、 ジュウエイソウ に しょせられた こと が あった。 ミチ が いかにも とおい。 いって も いって も ヨウカン らしい もの が みえぬ。 3~4 チョウ と いった。 3~4 チョウ どころ か、 もう 10 チョウ も きた。 まちがった の か と おもって ふりかえる―― ヘイタンブ は トモシビ の ヒカリ、 カガリビ の ヒカリ、 ヤミ の ナカ を ゆきちがう ヘイシ の くろい ムレ、 ダンヤクバコ を はこぶ カケゴエ が ヨル の クウキ を つんざいて ひびく。
ここら は もう しずか だ。 アタリ に ヒト の カゲ も みえない。 にわか に くるしく ムネ が せまって きた。 カクレガ が なければ、 ここ で しぬ の だ と おもって、 がっくり たおれた。 けれども フシギ にも マエ の よう に かなしく も ない、 オモイデ も ない。 ソラ の ホシ の ヒラメキ が メ に はいった。 クビ を あげて それとなく アタリ を みまわした。
イマ まで みえなかった ヒトムネ の ヨウカン が すぐ その マエ に ある の に おどろいた。 イエ の ナカ には トモシビ が みえる。 まるい あかい チョウチン が みえる。 ヒト の コエ が ミミ に はいる。
ジュウ を チカラ に かろうじて たちあがった。
なるほど、 その イエ の イリグチ に シュホ らしい もの が ある。 くらい から わからぬ が、 ナニ か カマ らしい もの が コガイ の カタスミ に あって、 マキ の モエサシ が あかく みえた。 うすい ケムリ が チョウチン を かすめて あわく なびいて いる。 チョウチン に、 シルコ 1 パイ 5 セン と かいて ある の が、 ムネ が くるしくって くるしくって シカタ が ない にも かかわらず はっきり と メ に えいじた。
「シルコ は もう オシマイ か」
と いった の は、 その マエ に たって いる ヒトリ の ヘイシ で あった。
「もう オシマイ です」
と いう コエ が ウチ から きこえる。
ウチ を のぞく と、 あきらか なる ヒカリ、 セイヨウ ロウソク が 2 ホン ハダカ で ともって いて、 ビンヅメ や コマモノ など の ヤマ の よう に つまれて ある マンナカ の イチダン たかい ところ に、 ふとった、 クチヒゲ の こい、 にこにこ した サンジュウ オトコ が すわって いた。 ミセ では ヒトリ の ヘイシ が タオル を ひろげて みて いた。
ソバ を みる と、 くらい ながら、 ひくい イシダン が メ に はいった。 ここ だな と カレ は おもった。 とにかく キュウソク する こと が できる と おもう と、 いう に いわれぬ マンゾク を まず ココロ に かんじた。 しずか に ヌキアシ して その イシダン を のぼった。 ナカ は くらい。 よく わからぬ が ロウカ に なって いる らしい。 サイショ の ト と おぼしき ところ を おして みた が あかない。 2 ホ 3 ポ すすんで ツギ の ト を おした が やはり あかない。 ヒダリ の ト を おして も ダメ だ。
なお オク へ すすむ。
ロウカ は つきあたって しまった。 ミギ にも ヒダリ にも ミチ が ない。 こまって ミギ を おす と、 とつぜん、 ヤミ が やぶれて ト が あいた。 シツナイ が みえる と いう ほど では ない が、 そこ と なく ホシアカリ が して、 マエ に ガラスマド が ある の が わかる。
ジュウ を おき、 ハイノウ を おろし、 いきなり カレ は ヨコ に たおれた。 そして おもくるしい イキ を ついた。 まあ これ で アンソクジョ を えた と おもった。
マンゾク と ともに あたらしい フアン が アタマ を もたげて きた。 ケンタイ、 ヒロウ、 ゼツボウ に ちかい カンジョウ が ナマリ の ごとく おもくるしく ゼンシン を あっした。 オモイデ が みな きれぎれ で、 デンコウ の よう に はやい か と おもう と ウシ の アエギ の よう に おそい。 しっきりなし に ムネ が さわぐ。
おもい、 けだるい アシ が イッシュ の アッパク を うけて トウツウ を かんじて きた の は、 カレ ミズカラ にも よく わかった。 フクラハギ の トコロドコロ が ずきずき と いたむ。 フツウ の イタミ では なく、 ちょうど コムラ が かえった とき の よう で ある。
しぜん と カラダ を もがかず には いられなく なった。 ワタ の よう に つかれはてた ミ でも、 この アッパク には かなわない。
ムイシキ に テンテン ハンソク した。
コキョウ の こと を おもわぬ では ない、 ハハ や ツマ の こと を かなしまぬ では ない。 この ミ が こうして しななければ ならぬ か と なげかぬ では ない。 けれど ヒタン や、 ツイオク や、 クウソウ や、 そんな もの は どうでも よい。 トウツウ、 トウツウ、 その ゼツダイ な チカラ と たたかわねば ならぬ。
ウシオ の よう に おしよせる。 アラシ の よう に あれわたる。 アシ を かたい イタ の ウエ に たてて たおして、 カラダ を ミギ に ヒダリ に もがいた。 「くるしい……」 と おもわず しらず さけんだ。
けれど ジッサイ は また そう くるしい とは かんじて いなかった。 くるしい には ちがいない が、 さらに おおいなる クツウ に たえなければ ならぬ と おもう ドリョク が すくなくとも その クツウ を かるく した。 イッシュ の チカラ は ナミ の よう に ゼンシン に みなぎった。
しぬ の は かなしい と いう ネン より も この クツウ に うちかとう と いう ネン の ほう が キョウレツ で あった。 イッポウ には きわめて ショウキョクテキ な なみだもろい イクジ ない ゼツボウ が みなぎる と ともに、 イッポウ には ニンゲン の セイゾン に たいする ケンリ と いう よう な セッキョクテキ な チカラ が つよく よこたわった。
イタミ は ナミ の よう に おしよせて は ひき、 ひいて は おしよせる。 おしよせる たび に クチビル を かみ、 ハ を くいしばり、 アシ を リョウテ で つかんだ。
ゴカン の ホカ に ある ベッシュ の カンノウ の チカラ が くわわった か と おもった。 くらかった ヘヤ が それ と はっきり みえる。 アンショク の カベ に そうて たかい テーブル が おいて ある。 ウエ に しろい の は たしか に カミ だ。 ガラスマド の ハンブン が やぶれて いて、 ホシ が きらきら と オオゾラ に きらめいて いる の が みとめられた。 ミギ の カタスミ には、 ナニ か ごたごた おかれて あった。
ジカン の たって ゆく の など は もう カレ には わからなく なった。 グンイ が きて くれれば いい と おもった が、 それ を つづけて かんがえる ヒマ は なかった。 あたらしい クツウ が ました。
ユカ ちかく コオロギ が ないて いた。 クツウ に もだえながら、 「あ、 コオロギ が ないて いる……」 と カレ は おもった。 その アイセツ な ムシ の シラベ が なんだか ゼンシン に しみいる よう に おぼえた。
トウツウ、 トウツウ、 カレ は さらに テンテン ハンソク した。
「くるしい! くるしい! くるしい!」
ツヅケザマ に けたたましく さけんだ。
「くるしい、 ダレ か…… ダレ か おらん か」
と しばらく して また さけんだ。
キョウレツ なる セイゾン の チカラ も もう よほど おとろえて しまった。 イシキテキ に タスケ を もとめる と いう より は、 イマ は ほとんど ムチュウ で ある。 シゼンリョク に おそわれた コノハ の ソヨギ、 ナミ の サケビ、 ニンゲン の ヒメイ!
「くるしい! くるしい!」
その コエ が しんと した ヘヤ に すさまじく ただよいわたる。 この ヘヤ には ヒトツキ マエ まで ロコク の テツドウ エンゴ の シカン が キガ して いた。 ニホン ヘイ が はじめて はいった とき、 カベ には くろく すすけた キリスト の ゾウ が かけて あった。 サクネン の フユ は、 マンシュウ の ノ に ふりしきる フウセツ を この ガラスマド から ながめて、 その シカン は ウオッカ を のんだ。 ケガワ の ボウカンフク を きて、 コガイ に ヘイシ が たって いた。 ニホン ヘイ の なす に たらざる を いって、 ニジ の ごとき キエン を はいた。 その ヘヤ に、 イマ、 スイシ の ヘイシ の ウメキ が ひびきわたる。
「くるしい、 くるしい、 くるしい!」
せき と して いる。 コオロギ は おなじ やさしい さびしい チョウシ で ないて いる。 マンシュウ の こうばく たる ノ には、 おそい ツキ が のぼった と みえて、 アタリ が あかるく なって、 ガラスマド の ソト は すでに その ヒカリ を うけて いた。
キョウカン、 ヒメイ、 ゼツボウ、 カレ は ヘヤ の ナカ を のたうちまわった。 グンプク の ボタン は はずれ、 ムネ の アタリ は かきむしられ、 グンボウ は アゴヒモ を かけた まま おしつぶされ、 カオ から ホオ に かけて は、 オウト した オブツ が イチメン に フチャク した。
とつぜん あきらか な コウセン が ヘヤ に さした と おもう と、 トビラ の ところ に、 セイヨウ ロウソク を もった ヒトリ の オトコ の スガタ が ウキボリ の よう に あらわれた。 その カオ だ。 ふとった クチヒゲ の ある シュホ の カオ だ。 けれど その カオ には にこにこ した サキホド の アイキョウ は なく、 マジメ な あおい くらい イロ が のぼって いた。 だまって ヘヤ の ナカ に はいって きた が、 そこ に うなって ころがって いる ビョウヘイ を ロウソク で てらした。 ビョウヘイ の カオ は あおざめて、 シニン の よう に みえた。 オウト した オブツ が そこ に ちらばって いた。
「どうした? ビョウキ か?」
「ああ くるしい、 くるしい……」
と はげしく さけんで テンテン した。
シュホ の オトコ は テ を つけかねて しばし たって みて いた が、 そのまま、 ロウソク の ロウ を たらして、 テーブル の ウエ に それ を たてて、 そそくさ と ト の ソト へ でて いった。 ロウソク の ヒカリ で ヘヤ は ヒル の よう に あかるく なった。 スミ に おいた ジブン の ハイノウ と ジュウ と が カレ の メ に はいった。
ロウソク の ヒ が ちらちら する。 ロウ が ナミダ の よう に だらだら ながれる。
しばらく して サキ の シュホ の オトコ は ヒトリ の ヘイシ を ともなって はいって きた。 この ムコウ の イエ に ねて いた コウグンチュウ の ヘイシ を おこして きた の だ。 ヘイシ は ビョウヘイ の カオ と アタリ の サマ と を みまわした が、 コンド は ケンショウ を シサイ に けんした。
フタリ の タイワ が あきらか に ビョウヘイ の ミミ に はいる。
「18 レンタイ の ヘイ だな」
「そう です か」
「いつから ここ に きてる ん だ?」
「すこしも しらん かった です。 いつから きた ん です か。 ワタシ は 10 ジ-ゴロ ぐっすり ねこんだ ん です が、 ふと メ を さます と、 ウナリゴエ が する、 くるしい くるしい と いう コエ が する。 どうした ん だろう、 オク には ダレ も いぬ はず だ が と おもって、 フシン に して しばらく きいて いた です。 すると、 その サケビゴエ は いよいよ たかく なります し、 ダレ か きて くれ! と いう コエ が きこえます から、 きて みた ん です。 カッケ です な、 カッケ ショウシン です な」
「ショウシン?」
「とても たすからん です な」
「それ あ、 キノドク だ。 ヘイタンブ に グンイ が いる だろう?」
「います がな…… こんな おそく、 きて くれ や しません よ」
「ナンジ だ」
みずから トケイ を だして みて、 「もっとも だ」 と いう カオ を して、 そのまま ポケット に おさめた。
「ナンジ です?」
「2 ジ 15 フン」
フタリ は だまって たって いる。
クツウ が また おしよせて きた。 ウナリゴエ、 サケビゴエ が たえがたい ヒメイ に つづく。
「キノドク だな」
「ホントウ に かわいそう です。 どこ の モノ でしょう」
ヘイシ が カレ の ポケット を さぐった。 グンタイ テチョウ を ひきだす の が わかる。 カレ の メ には その ヘイシ の くろく たくましい カオ と グンタイ テチョウ を よむ ため に タクジョウ の ロウソク に ちかく あゆみよった サマ が うつった。 ミカワ ノ クニ アツミ-ゴオリ フクエ ムラ カトウ ヘイサク…… と よむ コエ が つづいて きこえた。 フルサト の サマ が いま イチド その ガンゼン に うかぶ。 ハハ の カオ、 ツマ の カオ、 ケヤキ で かこんだ おおきな イエ、 ウラ から つづいた なめらか な イソ、 あおい ウミ、 ナジミ の ギョフ の カオ……。
フタリ は だまって たって いる。 その カオ は あおく くらい。 おりおり その ミ に たいする ドウジョウ の コトバ が かわされる。 カレ は すでに シ を あきらか に ジカク して いた。 けれど それ が べつだん くるしく も かなしく も かんじない。 フタリ の モンダイ に して いる の は カレ ジシン の こと では なくて、 ホカ に ブッタイ が ある よう に おもわれる。 ただ、 この クツウ、 たえがたい この クツウ から のがれたい と おもった。
ロウソク が ちらちら する。 コオロギ が おなじく さびしく ないて いる。
アケガタ に ヘイタンブ の グンイ が きた。 けれど その 1 ジカン マエ に、 カレ は すでに しんで いた。 イチバン の キシャ が カイロ カイロ の カケゴエ と ともに、 アンザン テン に むかって ハッシャ した コロ は、 その ザンゲツ が うすく しらけて、 さびしく ソラ に かかって いた。
しばらく して ホウセイ が さかん に きこえだした。 9 ガツ イチジツ の リョウヨウ コウゲキ は はじまった。