カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

カゼ たちぬ 「カゼ たちぬ 1」

2013-11-22 | ホリ タツオ
 カゼ たちぬ

 ワタシタチ の のった キシャ が、 ナンド と なく ヤマ を よじのぼったり、 ふかい ケイコク に そって はしったり、 また それから キュウ に うちひらけた ブドウバタケ の おおい ダイチ を ながい こと かかって よこぎったり した ノチ、 やっと サンガク チタイ へ と ハテシ の ない よう な、 シツヨウ な トウハン を つづけだした コロ には、 ソラ は いっそう ひくく なり、 イマ まで は ただ イチメン に とざして いる よう に みえた マックロ な クモ が、 いつのまにか ハナレバナレ に なって うごきだし、 それら が ワタシタチ の メ の ウエ に まで おしかぶさる よう で あった。 クウキ も なんだか ソコビエ が しだした。 ウワギ の エリ を たてた ワタシ は、 カタカケ に すっかり カラダ を うずめる よう に して メ を つぶって いる セツコ の、 つかれた と いう より も、 すこし コウフン して いる らしい カオ を フアン そう に みまもって いた。 カノジョ は ときどき ぼんやり と メ を ひらいて ワタシ の ほう を みた。 ハジメ の うち は フタリ は その たび ごと に メ と メ で ほほえみあった が、 シマイ には ただ フアン そう に タガイ を みあった きり、 すぐ フタリ とも メ を そらせた。 そうして カノジョ は また メ を とじた。
「なんだか ひえて きた ね。 ユキ でも ふる の かな」
「こんな 4 ガツ に なって も ユキ なんか ふる の?」
「うん、 この ヘン は ふらない とも かぎらない の だ」
 まだ 3 ジ-ゴロ だ と いう のに もう すっかり うすぐらく なった マド の ソト へ メ を そそいだ。 トコロドコロ に マックロ な モミ を まじえながら、 ハ の ない カラマツ が ムスウ に ならびだして いる の に、 すでに ワタシタチ は ヤツガタケ の スソ を とおって いる こと に キ が ついた が、 マノアタリ に みえる はず の ヤマ らしい もの は カゲ も カタチ も みえなかった。……
 キシャ は、 いかにも サンロク-らしい、 モノオキゴヤ と たいして かわらない ちいさな エキ に テイシャ した。 エキ には、 コウゲン リョウヨウジョ の シルシ の ついた ハッピ を きた、 としとった、 コヅカイ が ヒトリ、 ワタシタチ を むかえ に きて いた。
 エキ の マエ に またせて あった、 ふるい、 ちいさな ジドウシャ の ところ まで、 ワタシ は セツコ を ウデ で ささえる よう に して いった。 ワタシ の ウデ の ナカ で、 カノジョ が すこし よろめく よう に なった の を かんじた が、 ワタシ は それ には きづかない よう な フリ を した。
「つかれたろう ね?」
「そんな でも ない わ」
 ワタシタチ と イッショ に おりた スウニン の トチ の モノ らしい ヒトビト が、 そういう ワタシタチ の マワリ で なにやら ささやきあって いた よう だった が、 ワタシタチ が ジドウシャ に のりこんで いる うち に、 いつのまにか その ヒトビト は ホカ の ムラビト たち に まじって みわけにくく なりながら、 ムラ の ナカ に きえて いった。
 ワタシタチ の ジドウシャ が、 みすぼらしい コイエ の イチレツ に つづいて いる ムラ を とおりぬけた ノチ、 それ が みえない ヤツガタケ の オネ まで そのまま はてしなく ひろがって いる か と おもえる デコボコ の おおい ケイシャチ へ さしかかった と おもう と、 ハイゴ に ゾウキバヤシ を せおいながら、 あかい ヤネ を した、 イクツ も ソクヨク の ある、 おおきな タテモノ が、 ユクテ に みえだした。
「あれ だな」 と、 ワタシ は シャダイ の カタムキ を カラダ に かんじだしながら、 つぶやいた。
 セツコ は ちょっと カオ を あげ、 いくぶん シンパイ そう な メツキ で、 それ を ぼんやり と みた だけ だった。

 サナトリウム に つく と、 ワタシタチ は、 その いちばん オク の ほう の、 ウラ が すぐ ゾウキバヤシ に なって いる、 ビョウトウ の 2 カイ の ダイ 1 ゴウ-シツ に いれられた。 カンタン な シンサツゴ、 セツコ は すぐ ベッド に ねて いる よう に めいじられた。 リノリウム で ユカ を はった ビョウシツ には、 すべて マッシロ に ぬられた ベッド と タク と イス と、 ――それから その ホカ には、 いましがた コヅカイ が とどけて くれた ばかり の スウコ の トランク が ある きり だった。 フタリ きり に なる と、 ワタシ は しばらく おちつかず に、 ツキソイニン の ため に あてられた せまくるしい ソクシツ に はいろう とも しない で、 そんな ムキダシ な カンジ の する シツナイ を ぼんやり と みまわしたり、 また、 ナンド も マド に ちかづいて は、 ソラモヨウ ばかり キ に して いた。 カゼ が マックロ な クモ を おもたそう に ひきずって いた。 そして ときおり ウラ の ゾウキバヤシ から するどい オト を もいだり した。 ワタシ は イチド さむそう な カッコウ を して バルコン に でて いった。 バルコン は なんの シキリ も なし に ずっと ムコウ の ビョウシツ まで つづいて いた。 その ウエ には まったく ヒトケ が たえて いた ので、 ワタシ は かまわず に あるきだしながら、 ビョウシツ を ヒトツヒトツ のぞいて いって みる と、 ちょうど 4 バンメ の ビョウシツ の ナカ に、 ヒトリ の カンジャ の ねて いる の が ハンビラキ に なった マド から みえた ので、 ワタシ は いそいで そのまま ひっかえして きた。
 やっと ランプ が ついた。 それから ワタシタチ は カンゴフ の はこんで きて くれた ショクジ に むかいあった。 それ は ワタシタチ が フタリ きり で サイショ に ともに する ショクジ に して は、 すこし わびしかった。 ショクジチュウ、 ソト が もう マックラ なので なにも キ が つかず に、 ただ なんだか アタリ が キュウ に しずか に なった な と おもって いたら、 いつのまにか ユキ に なりだした らしかった。
 ワタシ は たちあがって、 ハンビラキ に して あった マド を もうすこし ホソメ に しながら、 その ガラス に カオ を くっつけて、 それ が ワタシ の イキ で くもりだした ほど、 じっと ユキ の ふる の を みつめて いた。 それから やっと そこ を はなれながら、 セツコ の ほう を ふりむいて、 「ねえ、 オマエ、 なんだって こんな……」 と いいだしかけた。
 カノジョ は ベッド に ねた まま、 ワタシ の カオ を うったえる よう に みあげて、 それ を ワタシ に いわせまい と する よう に、 クチ へ ユビ を あてた。

     ⁂

 ヤツガタケ の おおきな のびのび と した タイシャイロ の スソノ が ようやく その コウバイ を ゆるめよう と する ところ に、 サナトリウム は、 イクツ か の ソクヨク を ヘイコウ に ひろげながら、 ミナミ を むいて たって いた。 その スソノ の ケイシャ は さらに のびて いって、 2~3 の ちいさな サンソン を ムラ ゼンタイ かたむかせながら、 サイゴ に ムスウ の くろい マツ に すっかり つつまれながら、 みえない タニマ の ナカ に つきて いた。
 サナトリウム の ミナミ に ひらいた バルコン から は、 それら の かたむいた ムラ と その あかちゃけた コウサクチ が イッタイ に みわたされ、 さらに それら を とりかこみながら はてしなく なみたって いる マツバヤシ の ウエ に、 よく はれて いる ヒ だった ならば、 ミナミ から ニシ に かけて、 ミナミ アルプス と その 2~3 の シミャク と が、 いつも ジブン ジシン で わきあがらせた クモ の ナカ に ミエカクレ して いた。

 サナトリウム に ついた ヨクアサ、 ジブン の ソクシツ で ワタシ が メ を さます と、 ちいさな マドワク の ナカ に、 ランセイショク に はれきった ソラ と、 それから イクツ も の まっしろい トサカ の よう な サンテン が、 そこ に まるで タイキ から ひょっくり うまれ でも した よう な オモイガケナサ で、 ほとんど マナガイ に みられた。 そして ねた まま では みられない バルコン や ヤネ の ウエ に つもった ユキ から は、 キュウ に はるめいた ヒ の ヒカリ を あびながら、 たえず スイジョウキ が たって いる らしかった。
 すこし ねすごした くらい の ワタシ は、 いそいで とびおきて、 トナリ の ビョウシツ へ はいって いった。 セツコ は、 すでに メ を さまして いて、 モウフ に くるまりながら、 ほてった よう な カオ を して いた。
「おはよう」 ワタシ も おなじ よう に カオ が ほてりだす の を かんじながら、 キガル そう に いった。 「よく ねられた?」
「ええ」 カノジョ は ワタシ に うなずいて みせた。 「ユウベ クスリ を のんだ の。 なんだか アタマ が すこし いたい わ」
 ワタシ は そんな こと に なんか かまって いられない と いった ふう に、 ゲンキ よく マド も、 それから バルコン に つうじる ガラス ドア も、 すっかり あけはなした。 まぶしくって、 イチジ は なにも みられない くらい だった が、 そのうち それ に メ が だんだん なれて くる と、 ユキ に うもれた バルコン から も、 ヤネ から も、 ノハラ から も、 キ から さえ も、 かるい スイジョウキ の たって いる の が みえだした。
「それに とても おかしな ユメ を みた の。 あのね……」 カノジョ は ワタシ の ハイゴ で いいだしかけた。
 ワタシ は すぐ、 カノジョ が ナニ か うちあけにくい よう な こと を ムリ に いいだそう と して いる らしい の を さとった。 そんな バアイ の イツモ の よう に、 カノジョ の イマ の コエ も すこし しゃがれて いた。
 コンド は ワタシ が、 カノジョ の ほう を ふりむきながら、 それ を いわせない よう に、 クチ へ ユビ を あてる バン だった。……
 やがて カンゴフチョウ が せかせか した シンセツ そう な ヨウス を して はいって きた。 こうして カンゴフチョウ は、 マイアサ、 ビョウシツ から ビョウシツ へ と カンジャ たち を ヒトリヒトリ みまう の で ある。
「ユウベ は よく おやすみ に なれました か?」 カンゴフチョウ は カイカツ そう な コエ で たずねた。
 ビョウニン は なにも いわない で、 すなお に うなずいた。

     ⁂

 こういう ヤマ の サナトリウム の セイカツ など は、 フツウ の ヒトビト が もう ユキドマリ だ と しんじて いる ところ から はじまって いる よう な、 トクシュ な ニンゲンセイ を おのずから おびて くる もの だ。 ――ワタシ が ジブン の ウチ に そういう みしらない よう な ニンゲンセイ を ぼんやり と イシキ しはじめた の は、 ニュウインゴ まもなく ワタシ が インチョウ に シンサツシツ に よばれて いって、 セツコ の レントゲン で とられた シッカンブ の シャシン を みせられた とき から だった。
 インチョウ は ワタシ を マドギワ に つれて いって、 ワタシ にも みよい よう に、 その シャシン の ゲンパン を ヒ に すかせながら、 いちいち それ に セツメイ を くわえて いった。 ミギ の ムネ には スウホン の しらじら と した ロッコツ が くっきり と みとめられた が、 ヒダリ の ムネ には それら が ほとんど なにも みえない くらい、 おおきな、 まるで くらい フシギ な ハナ の よう な、 ビョウソウ が できて いた。
「おもった より も ビョウソウ が ひろがって いる なあ。 ……こんな に ひどく なって しまって いる とは おもわなかった ね。 ……これ じゃ、 イマ、 ビョウイン-ジュウ でも 2 バンメ ぐらい に ジュウショウ かも しれん よ……」
 そんな インチョウ の コトバ が ジブン の ミミ の ナカ で があがあ する よう な キ が しながら、 ワタシ は なんだか シコウリョク を うしなって しまった モノ みたい に、 いましがた みて きた あの くらい フシギ な ハナ の よう な イマージュ を それら の コトバ とは すこしも カンケイ が ない もの の よう に、 それ だけ を あざやか に イシキ の シキミ に のぼらせながら、 シンサツシツ から かえって きた。 ジブン と すれちがう ハクイ の カンゴフ だの、 もう あちこち の バルコン で ニッコウヨク を しだして いる ラタイ の カンジャ たち だの、 ビョウトウ の ザワメキ だの、 それから コトリ の サエズリ だの が、 そういう ワタシ の マエ を なんの レンラク も なし に すぎた。 ワタシ は とうとう いちばん ハズレ の ビョウトウ に はいり、 ワタシタチ の ビョウシツ の ある 2 カイ へ つうじる カイダン を のぼろう と して キカイテキ に アシ を ゆるめた シュンカン、 その カイダン の ヒトツ テマエ に ある ビョウシツ の ナカ から、 イヨウ な、 ついぞ そんな の は まだ きいた こと も ない よう な キミ の わるい カラセキ が ツヅケサマ に もれて くる の を ミミ に した。 「おや、 こんな ところ にも カンジャ が いた の かなあ」 と おもいながら、 ワタシ は その ドア に ついて いる No.17 と いう スウジ を、 ただ ぼんやり と みつめた。

     ⁂

 こうして ワタシタチ の すこし フウガワリ な アイ の セイカツ が はじまった。
 セツコ は ニュウイン イライ、 アンセイ を めいじられて、 ずっと ねついた きり だった。 その ため に、 キブン の いい とき は つとめて おきる よう に して いた ニュウイン マエ の カノジョ に くらべる と、 かえって ビョウニン-らしく みえた が、 べつに ビョウキ ソノモノ は アッカ した とも おもえなかった。 イシャ たち も また すぐ カイユ する カンジャ と して カノジョ を いつも とりあつかって いる よう に みえた。 「こうして ビョウキ を イケドリ に して しまう の だ」 と インチョウ など は ジョウダン でも いう よう に いったり した。
 キセツ は その アイダ に、 イマ まで すこし オクレギミ だった の を とりもどす よう に、 キュウソク に すすみだして いた。 ハル と ナツ と が ほとんど ドウジ に おしよせて きた か の よう だった。 マイアサ の よう に、 ウグイス や カンコドリ の サエズリ が ワタシタチ を めざませた。 そして ほとんど イチニチジュウ、 シュウイ の ハヤシ の シンリョク が サナトリウム を シホウ から おそいかかって、 ビョウシツ の ナカ まで すっかり さわやか に いろづかせて いた。 それら の ヒビ、 アサ の うち に ヤマヤマ から わいて でて いった しろい クモ まで も、 ユウガタ には ふたたび モト の ヤマヤマ へ たちもどって くる か と みえた。
 ワタシ は、 ワタシタチ が ともに した サイショ の ヒビ、 ワタシ が セツコ の マクラモト に ほとんど ツキキリ で すごした それら の ヒビ の こと を おもいうかべよう と する と、 それら の ヒビ が たがいに にて いる ため に、 その ミリョク は なく は ない タンイツサ の ため に、 ほとんど どれ が アト だ か サキ だ か ミワケ が つかなく なる よう な キ が する。
 と いう より も、 ワタシタチ は それら の にた よう な ヒビ を くりかえして いる うち に、 いつか まったく ジカン と いう もの から も ぬけだして しまって いた よう な キ さえ する くらい だ。 そして、 そういう ジカン から ぬけだした よう な ヒビ に あって は、 ワタシタチ の ニチジョウ セイカツ の どんな ササイ な もの まで、 その ヒトツヒトツ が イマ まで とは ぜんぜん ちがった ミリョク を もちだす の だ。 ワタシ の ミヂカ に ある この なまぬるい、 いい ニオイ の する ソンザイ、 その すこし はやい コキュウ、 ワタシ の テ を とって いる その しなやか な テ、 その ビショウ、 それから また ときどき とりかわす ヘイボン な カイワ、 ――そういった もの を もし とりのぞいて しまう と したら、 アト には なにも のこらない よう な タンイツ な ヒビ だ けれども、 ――ワレワレ の ジンセイ なんぞ と いう もの は ヨウソテキ には じつは これ だけ なの だ、 そして、 こんな ささやか な もの だけ で ワタシタチ が これほど まで マンゾク して いられる の は、 ただ ワタシ が それ を この オンナ と ともに して いる から なの だ、 と いう こと を ワタシ は カクシン して いられた。
 それら の ヒビ に おける ユイイツ の デキゴト と いえば、 カノジョ が ときおり ネツ を だす こと くらい だった。 それ は カノジョ の カラダ を じりじり おとろえさせて ゆく もの に ちがいなかった。 が、 ワタシタチ は そういう ヒ は、 イツモ と すこしも かわらない ニッカ の ミリョク を、 もっと サイシン に、 もっと カンマン に、 あたかも キンダン の カジツ の アジ を こっそり ぬすみ でも する よう に あじわおう と こころみた ので、 ワタシタチ の いくぶん シ の アジ の する セイ の コウフク は その とき は いっそう カンゼン に たもたれた ほど だった。

 そんな ある ユウグレ、 ワタシ は バルコン から、 そして セツコ は ベッド の ウエ から、 おなじ よう に、 ムコウ の ヤマ の セ に はいって マ も ない ユウヒ を うけて、 その アタリ の ヤマ だの オカ だの マツバヤシ だの ヤマバタケ だの が、 なかば あざやか な アカネイロ を おびながら、 なかば まだ ふたしか な よう な ネズミイロ に じょじょ に おかされだして いる の を、 うっとり と して ながめて いた。 ときどき おもいだした よう に その モリ の ウエ へ コトリ たち が ホウブツセン を えがいて とびあがった。 ――ワタシ は、 このよう な ショカ の ユウグレ が ほんの イッシュンジ しょうじさせて いる イッタイ の ケシキ は、 スベテ は いつも みなれた ドウグダテ ながら、 おそらく イマ を おいて は これほど の あふれる よう な コウフク の カンジ を もって ワタシタチ ジシン に すら ながめえられない だろう こと を かんがえて いた。 そして ずっと アト に なって、 いつか この うつくしい ユウグレ が ワタシ の ココロ に よみがえって くる よう な こと が あったら、 ワタシ は これ に ワタシタチ の コウフク ソノモノ の カンゼン な エ を みいだす だろう と ゆめみて いた。
「ナニ を そんな に かんがえて いる の?」 ワタシ の ハイゴ から セツコ が とうとう クチ を きった。
「ワタシタチ が ずっと アト に なって ね、 イマ の ワタシタチ の セイカツ を おもいだす よう な こと が あったら、 それ が どんな に うつくしい だろう と おもって いた ん だ」
「ホントウ に そう かも しれない わね」 カノジョ は そう ワタシ に ドウイ する の が さも たのしい か の よう に おうじた。
 それから また ワタシタチ は しばらく ムゴン の まま、 ふたたび おなじ フウケイ に みいって いた。 が、 その うち に ワタシ は フイ に なんだか、 こう やって うっとり と それ に みいって いる の が ジブン で ある よう な ジブン で ない よう な、 へんに ぼうばく と した、 トリトメ の ない、 そして それ が なんとなく くるしい よう な カンジ さえ して きた。 その とき ワタシ は ジブン の ハイゴ で ふかい イキ の よう な もの を きいた よう な キ が した。 が、 それ が また ジブン の だった よう な キ も された。 ワタシ は それ を たしかめ でも する よう に、 カノジョ の ほう を ふりむいた。
「そんな に イマ の……」 そういう ワタシ を じっと みかえしながら、 カノジョ は すこし しゃがれた コエ で いいかけた。 が、 それ を いいかけた なり、 すこし ためらって いた よう だった が、 それから キュウ に イマ まで とは ちがった うっちゃる よう な チョウシ で、 「そんな に いつまでも いきて いられたら いい わね」 と いいたした。
「また、 そんな こと を!」
 ワタシ は いかにも じれったい よう に ちいさく さけんだ。
「ごめんなさい」 カノジョ は そう みじかく こたえながら ワタシ から カオ を そむけた。
 イマシガタ まで の ナニ か ジブン にも ワケ の わからない よう な キブン が ワタシ には だんだん イッシュ の イラダタシサ に かわりだした よう に みえた。 ワタシ は それから もう イチド ヤマ の ほう へ メ を やった が、 その とき は すでに もう その フウケイ の ウエ に イッシュンカン しょうじて いた イヨウ な ウツクシサ は きえうせて いた。

 その バン、 ワタシ が トナリ の ソクシツ へ ね に ゆこう と した とき、 カノジョ は ワタシ を よびとめた。
「サッキ は ごめんなさい ね」
「もう いい ん だよ」
「ワタシ ね、 あの とき ホカ の こと を いおう と して いた ん だ けれど…… つい、 あんな こと を いって しまった の」
「じゃ、 あの とき ナニ を いおう と した ん だい?」
「……アナタ は いつか シゼン なんぞ が ホントウ に うつくしい と おもえる の は しんで いこう と する モノ の メ に だけ だ と おっしゃった こと が ある でしょう。 ……ワタシ、 あの とき ね、 それ を おもいだした の。 なんだか あの とき の ウツクシサ が そんな ふう に おもわれて」 そう いいながら、 カノジョ は ワタシ の カオ を ナニ か うったえたい よう に みつめた。
 その コトバ に ムネ を つかれ でも した よう に、 ワタシ は おもわず メ を ふせた。 その とき、 とつぜん、 ワタシ の アタマ の ナカ を ヒトツ の シソウ が よぎった。 そして サッキ から ワタシ を いらいら させて いた、 ナニ か ふたしか な よう な キブン が、 ようやく ワタシ の ウチ で はっきり と した もの に なりだした。…… 「そう だ、 オレ は どうして そいつ に キ が つかなかった の だろう? あの とき シゼン なんぞ を あんな に うつくしい と おもった の は オレ じゃ ない の だ。 それ は オレタチ だった の だ。 まあ いって みれば、 セツコ の タマシイ が オレ の メ を とおして、 そして ただ オレ の リュウギ で、 ゆめみて いた だけ なの だ。 ……それだのに、 セツコ が ジブン の サイゴ の シュンカン の こと を ゆめみて いる とも しらない で、 オレ は オレ で、 カッテ に オレタチ の ナガイキ した とき の こと なんぞ かんがえて いた なんて……」
 いつしか そんな カンガエ を とつおいつ しだして いた ワタシ が、 やっと メ を あげる まで、 カノジョ は サッキ と おなじ よう に ワタシ を じっと みつめて いた。 ワタシ は その メ を さける よう な カッコウ を しながら、 カノジョ の ウエ に かがみかけて、 その ヒタイ に そっと セップン した。 ワタシ は ココロ から はずかしかった。……

     ⁂

 とうとう マナツ に なった。 それ は ヘイチ で より も、 もっと モウレツ な くらい で あった。 ウラ の ゾウキバヤシ では、 ナニ か が もえだし でも した か の よう に、 セミ が ひねもす なきやまなかった。 ジュシ の ニオイ さえ、 あけはなした マド から ただよって きた。 ユウガタ に なる と、 コガイ で すこし でも ラク な コキュウ を する ため に、 バルコン まで ベッド を ひきださせる カンジャ たち が おおかった。 それら の カンジャ たち を みて、 ワタシタチ は はじめて、 コノゴロ にわか に サナトリウム の カンジャ たち の ふえだした こと を しった。 しかし、 ワタシタチ は あいかわらず ダレ にも かまわず に、 フタリ だけ の セイカツ を つづけて いた。
 コノゴロ、 セツコ は アツサ の ため に すっかり ショクヨク を うしない、 ヨル など も よく ねられない こと が おおい らしかった。 ワタシ は、 カノジョ の ヒルネ を まもる ため に、 マエ より も いっそう、 ロウカ の アシオト や、 マド から とびこんで くる ハチ や アブ など に キ を くばりだした。 そして アツサ の ため に おもわず おおきく なる ワタシ ジシン の コキュウ にも キ を もんだり した。
 そのよう に ビョウニン の マクラモト で、 イキ を つめながら、 カノジョ の ねむって いる の を みまもって いる の は、 ワタシ に とって も ヒトツ の ネムリ に ちかい もの だった。 ワタシ は カノジョ が ねむりながら コキュウ を はやく したり ゆるく したり する ヘンカ を くるしい ほど はっきり と かんじる の だった。 ワタシ は カノジョ と シンゾウ の コドウ を さえ ともに した。 ときどき かるい コキュウ コンナン が カノジョ を おそう らしかった。 そんな とき、 テ を すこし ケイレン させながら ノド の ところ まで もって いって それ を おさえる よう な テツキ を する、 ――ユメ に おそわれて でも いる の では ない か と おもって、 ワタシ が おこして やった もの か どう か と ためらって いる うち、 そんな くるしげ な ジョウタイ は やがて すぎ、 アト に シカン ジョウタイ が やって くる。 そう する と、 ワタシ も おもわず ほっと しながら、 イマ カノジョ の いきづいて いる しずか な コキュウ に ジブン まで が イッシュ の カイカン さえ おぼえる。 ――そうして カノジョ が メ を さます と、 ワタシ は そっと カノジョ の カミ に セップン を して やる。 カノジョ は まだ だるそう な メツキ で、 ワタシ を みる の だった。
「アナタ、 そこ に いた の?」
「ああ、 ボク も ここ で すこし うつらうつら して いた ん だ」
 そんな バン など、 ジブン も いつまでも ねつかれず に いる よう な こと が ある と、 ワタシ は それ が クセ に でも なった よう に、 ジブン でも しらず に、 テ を ノド に ちかづけながら それ を おさえる よう な テツキ を まねたり して いる。 そして それ に キ が ついた アト で、 それから やっと ワタシ は ホントウ の コキュウ コンナン を かんじたり する。 が、 それ は ワタシ には むしろ こころよい もの で さえ あった。

「コノゴロ なんだか オカオイロ が わるい よう よ」 ある ヒ、 カノジョ は イツモ より しげしげ と みながら いう の だった。 「どうか なすった の じゃ ない?」
「なんでも ない よ」 そう いわれる の は ワタシ の キ に いった。 「ボク は いつだって こう じゃ ない か?」
「あんまり ビョウニン の ソバ に ばかり いない で、 すこし は サンポ くらい なすって いらっしゃらない?」
「この あつい のに、 サンポ なんか できる もん か。 ……ヨル は ヨル で、 マックラ だし さ。 ……それに マイニチ、 ビョウイン の ナカ を ずいぶん いったり きたり して いる ん だ から なあ」
 ワタシ は そんな カイワ を それ イジョウ に すすめない ため に、 マイニチ ロウカ など で であったり する、 ホカ の カンジャ たち の ハナシ を もちだす の だった。 よく バルコン の フチ に ヒトカタマリ に なりながら、 ソラ を ケイバジョウ に、 うごいて いる クモ を いろいろ それ に にた ドウブツ に みたてあったり して いる ネンショウ の カンジャ たち の こと や、 いつも ツキソイ カンゴフ の ウデ に すがって、 アテ も なし に ロウカ を オウフク して いる、 ひどい シンケイ スイジャク の、 ブキミ な くらい セ の たかい カンジャ の こと など を はなして きかせたり した。 しかし、 ワタシ は まだ イチド も その カオ は みた こと が ない が、 いつも その ヘヤ の マエ を とおる たび ごと に、 キミ の わるい、 なんだか ぞっと する よう な セキ を ミミ に する レイ の ダイ 17 ゴウ-シツ の カンジャ の こと だけ は、 つとめて さける よう に して いた。 おそらく それ が この サナリウム-ジュウ で、 いちばん ジュウショウ の カンジャ なの だろう と おもいながら。……

 8 ガツ も ようやく スエ ちかく なった のに、 まだ ずっと ねぐるしい よう な バン が つづいて いた。 そんな ある バン、 ワタシタチ が なかなか ねつかれず に いる と、 (もう とっく に シュウミン ジカン の 9 ジ は すぎて いた。……) ずっと ムコウ の シタ の ビョウトウ が なんとなく そうぞうしく なりだした。 それに ときどき ロウカ を コバシリ に して ゆく よう な アシオト や、 おさえつけた よう な カンゴフ の ちいさな サケビ や、 キグ の するどく ぶつかる オト が まじった。 ワタシ は しばらく フアン そう に ミミ を かたむけて いた。 それ が やっと しずまった か と おもう と、 それ と そっくり な チンモク の ザワメキ が、 ほとんど ドウジ に、 あっち の ビョウトウ にも こっち の ビョウトウ にも おこりだした。 そして シマイ には ワタシタチ の すぐ シタ の ほう から も きこえて きた。
 ワタシ は、 イマ、 サナトリウム の ナカ を アラシ の よう に あばれまわって いる もの の ナン で ある か ぐらい は しって いた。 ワタシ は その カン に ナンド も ミミ を そばだてて は、 サッキ から アカリ は けして ある ものの、 まだ おなじ よう に ねつかれず に いる らしい リンシツ の ビョウニン の ヨウス を うかがった。 ビョウニン は ネガエリ さえ うたず に、 じっと して いる らしかった。 ワタシ も いきぐるしい ほど じっと しながら、 そんな アラシ が ひとりでに おとろえて くる の を まちつづけて いた。
 マヨナカ に なって から やっと それ が おとろえだす よう に みえた ので、 ワタシ は おもわず ほっと しながら すこし まどろみかけた が、 とつぜん、 リンシツ で ビョウニン が それまで ムリ に おさえつけて いた よう な シンケイテキ な セキ を フタツ ミッツ つよく した ので、 ふいと メ を さました。 そのまま すぐ その セキ は とまった よう だった が、 ワタシ は どうも キ に なって ならなかった ので、 そっと リンシツ に はいって いった。 マックラ な ナカ に、 ビョウニン は ヒトリ で おびえて でも いた よう に、 おおきく メ を みひらきながら、 ワタシ の ほう を みて いた。 ワタシ は なにも いわず に、 その ソバ に ちかづいた。
「まだ だいじょうぶ よ」
 カノジョ は つとめて ビショウ を しながら、 ワタシ に きこえる か きこえない くらい の コゴエ で いった。 ワタシ は だまった まま、 ベッド の フチ に コシ を かけた。
「そこ に いて ちょうだい」
 ビョウニン は イツモ に にず、 キヨワ そう に、 ワタシ に そう いった。 ワタシタチ は そうした まま まんじり とも しない で その ヨル を あかした。
 そんな こと が あって から、 2~3 ニチ する と、 キュウ に ナツ が おとろえだした。

     ⁂

 9 ガツ に なる と、 すこし アレモヨウ の アメ が ナンド と なく ふったり やんだり して いた が、 その うち に それ は ほとんど おやみなし に ふりつづきだした。 それ は キ の ハ を きばませる より サキ に、 それ を くさらせる か と みえた。 さしも の サナトリウム の ヘヤベヤ も、 マイニチ マド を しめきって、 うすぐらい ほど だった。 カゼ が ときどき ト を ばたつかせた。 そして ウラ の ゾウキバヤシ から、 タンチョウ な、 おもくるしい オト を ひきもぎった。 カゼ の ない ヒ は、 ワタシタチ は シュウジツ、 アメ が ヤネヅタイ に バルコン の ウエ に おちる の を きいて いた。 そんな アメ が やっと キリ に にだした ある ソウチョウ、 ワタシ は マド から、 バルコン の めんして いる ほそながい ナカニワ が いくぶん うすあかるく なって きた よう なの を ぼんやり と みおろして いた。 その とき、 ナカニワ の ムコウ の ほう から、 ヒトリ の カンゴフ が、 そんな キリ の よう な アメ の ナカ を そこここ に さきみだれて いる ノギク や コスモス を てあたりしだい に とりながら、 こっち へ むかって ちかづいて くる の が みえた。 ワタシ は それ が あの ダイ 17 ゴウ-シツ の ツキソイ カンゴフ で ある こと を みとめた。 「ああ、 あの いつも フカイ な セキ ばかり きいて いた カンジャ が しんだ の かも しれない なあ」 ふと そんな こと を おもいながら、 アメ に ぬれた まま なんだか コウフン した よう に なって まだ ハナ を とって いる その カンゴフ の スガタ を みつめて いる うち に、 ワタシ は キュウ に シンゾウ が しめつけられる よう な キ が しだした。 「やっぱり ここ で いちばん おもかった の は アイツ だった の かな? が、 アイツ が とうとう しんで しまった と する と、 コンド は?…… ああ、 あんな こと を インチョウ が いって くれなければ よかった ん だに……」
 ワタシ は その カンゴフ が おおきな ハナタバ を かかえた まま バルコン の カゲ に かくれて しまって から も、 うつけた よう に マドガラス に カオ を くっつけて いた。
「ナニ を そんな に みて いらっしゃる の?」 ベッド から ビョウニン が ワタシ に とうた。
「こんな アメ の ナカ で、 サッキ から ハナ を とって いる カンゴフ が いる ん だ けれど、 あれ は ダレ だろう かしら?」
 ワタシ は そう ヒトリゴト の よう に つぶやきながら、 やっと その マド から はなれた。

 しかし、 その ヒ は とうとう イチニチジュウ、 ワタシ は なんだか ビョウニン の カオ を マトモ に みられず に いた。 なにもかも みぬいて いながら、 わざと しらぬ よう な ヨウス を して、 ときどき ワタシ の ほう を じっと ビョウニン が みて いる よう な キ さえ されて、 それ が ワタシ を いっそう くるしめた。 こんな ふう に おたがいに わかたれない フアン や キョウフ を いだきはじめて、 フタリ が フタリ で すこし ずつ ベツベツ に モノ を かんがえだす なんて いう こと は、 いけない こと だ と おもいかえして は、 ワタシ は はやく こんな デキゴト は わすれて しまおう と つとめながら、 また いつのまにやら その こと ばかり を アタマ に うかべて いた。 そして シマイ には、 ワタシタチ が この サナトリウム に はじめて ついた ユキ の ふる バン に ビョウニン が みた と いう ユメ、 ハジメ は それ を きくまい と しながら ついに うちまけて ビョウニン から それ を ききだして しまった あの フキツ な ユメ の こと まで、 イマ まで ずっと わすれて いた のに、 ひょっくり おもいうかべたり して いた。 ――その フシギ な ユメ の ナカ で、 ビョウニン は シガイ に なって カン の ナカ に ねて いた。 ヒトビト は その カン を にないながら、 どこ だ か しらない ノハラ を よこぎったり、 モリ の ナカ へ はいったり した。 もう しんで いる カノジョ は しかし、 カン の ナカ から、 すっかり ふゆがれた ノヅラ や、 くろい モミ の キ など を ありあり と みたり、 その ウエ を さびしく ふいて すぎる カゼ の オト を ミミ に きいたり して いた、 ……その ユメ から さめて から も、 カノジョ は ジブン の ミミ が とても つめたくて、 モミ の ザワメキ が まだ それ を みたして いる の を まざまざ と かんじて いた。……
 
 そんな キリ の よう な アメ が なお スウジツ ふりつづいて いる うち に、 すでに もう ホカ の キセツ に なって いた。 サナトリウム の ナカ も、 キ が ついて みる と、 あれだけ タスウ に なって いた カンジャ たち も ヒトリ さり フタリ さり して、 その アト には この フユ を こちら で こさなければ ならない よう な おもい カンジャ たち ばかり が とりのこされ、 また、 ナツ の マエ の よう な サビシサ に かわりだして いた。 ダイ 17 ゴウ-シツ の カンジャ の シ が それ を キュウ に めだたせた。
 9 ガツ の スエ の ある アサ、 ワタシ が ロウカ の キタガワ の マド から なにげなし に ウラ の ゾウキバヤシ の ほう へ メ を やって みる と、 その きりぶかい ハヤシ の ナカ に いつ に なく ヒト が でたり はいったり して いる の が イヨウ に かんじられた。 カンゴフ たち に きいて みて も なにも しらない よう な ヨウス を して いた。 それっきり ワタシ も つい わすれて いた が、 ヨクジツ も また、 ソウチョウ から 2~3 ニン の ニンプ が きて、 その オカ の フチ に ある クリ の キ らしい もの を きりたおしはじめて いる の が キリ の ナカ に みえたり かくれたり して いた。
 その ヒ、 ワタシ は カンジャ たち が まだ ダレ も しらず に いる らしい その ゼンジツ の デキゴト を、 ふとした こと から ききしった。 それ は なんでも、 レイ の キミ の わるい シンケイ スイジャク の カンジャ が その ハヤシ の ナカ で イシ して いた と いう ハナシ だった。 そう いえば、 どうか する と ヒ に ナンド も みかけた、 あの ツキソイ カンゴフ の ウデ に すがって ロウカ を いったり きたり して いた おおきな オトコ が、 キノウ から キュウ に スガタ を けして しまって いる こと に キ が ついた。
「あの オトコ の バン だった の か……」 ダイ 17 ゴウ-シツ の カンジャ が しんで から と いう もの すっかり シンケイシツ に なって いた ワタシ は、 それから まだ 1 シュウカン と たたない うち に ひきつづいて おこった そんな おもいがけない シ の ため に、 おもわず ほっと した よう な キモチ に なった。 そして それ は、 そんな インサン な シ から とうぜん ワタシ が うけた に ちがいない キミワルサ すら、 ワタシ には その ため に ほとんど かんぜられず に しまった と いって いい ほど で あった。
「こないだ しんだ ヤツ の ツギ くらい に わるい と いわれて いたって、 なにも しぬ と きまって いる ワケ の もの じゃ ない ん だ から なあ」 ワタシ は そう キガル そう に ジブン に むかって いって きかせたり した。
 ウラ の ハヤシ の ナカ の クリ の キ が 2~3 ボン ばかり きりとられて、 なんだか マ の ぬけた よう に なって しまった アト は、 コンド は その オカ の フチ を、 ひきつづき ニンプ たち が きりくずしだし、 そこ から すこし キュウ な ケイシャ で さがって いる ビョウトウ の キタガワ に そった すこし ばかり の アキチ に その ツチ を はこんで は、 そこいら イッタイ を ゆるやか な ナゾエ に しはじめて いた。 ヒト は そこ を カダン に かえる シゴト に とりかかって いる の だ。
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カゼ たちぬ 「カゼ たちぬ 2」

2013-11-07 | ホリ タツオ
     ⁂

「オトウサン から オテガミ だよ」
 ワタシ は カンゴフ から わたされた ヒトタバ の テガミ の ナカ から、 その ヒトツ を セツコ に わたした。 カノジョ は ベッド に ねた まま それ を うけとる と、 キュウ に ショウジョ-らしく メ を かがやかせながら、 それ を よみだした。
「あら、 オトウサマ が いらっしゃる ん ですって」
 リョコウチュウ の チチ は、 その キト を リヨウ して ちかい うち に サナトリウム へ たちよる と いう こと を かいて よこした の だった。
 それ は ある 10 ガツ の よく はれた、 しかし カゼ の すこし つよい ヒ だった。 チカゴロ、 ネタキリ だった ので ショクヨク が おとろえ、 やや ヤセ の めだつ よう に なった セツコ は、 その ヒ から つとめて ショクジ を し、 ときどき ベッド の ウエ に おきて いたり、 こしかけたり しだした。 カノジョ は また ときどき オモイダシ ワライ の よう な もの を カオ の ウエ に ただよわせた。 ワタシ は それ に カノジョ が いつも チチ の マエ で のみ うかべる ショウジョ-らしい ビショウ の シタガキ の よう な もの を みとめた。 ワタシ は そういう カノジョ の する が まま に させて いた。

 それから スウジツ たった ある ゴゴ、 カノジョ の チチ は やって きた。
 カレ は いくぶん マエ より か カオ にも オイ を みせて いた が、 それ より も もっと めだつ ほど セナカ を かがめる よう に して いた。 それ が なんとはなし に ビョウイン の クウキ を カレ が おそれ でも して いる よう な ヨウス に みせた。 そうして ビョウシツ へ はいる なり、 カレ は いつも ワタシ の すわりつけて いる ビョウニン の マクラモト に コシ を おろした。 ここ スウジツ、 すこし カラダ を うごかしすぎた せい か、 キノウ の ユウガタ いくらか ネツ を だし、 イシャ の イイツケ で、 カノジョ は その キタイ も むなしく、 アサ から ずっと アンセイ を めいじられて いた。
 ほとんど もう ビョウニン は なおりかけて いる もの と おもいこんで いた らしい のに、 まだ そうして ネタキリ で いる の を みて、 チチ は すこし フアン そう な ヨウス だった。 そして その ゲンイン を しらべ でも する か の よう に、 ビョウシツ の ナカ を シサイ に みまわしたり、 カンゴフ たち の イチイチ の ドウサ を みまもったり、 それから バルコン に まで でて いって みたり して いた が、 それら は いずれ も カレ を マンゾク させた らしかった。 その うち に ビョウニン が だんだん コウフン より も ネツ の せい で ホオ を バライロ に させだした の を みる と、 「しかし カオイロ は とても いい」 と、 ムスメ が どこ か よく なって いる こと を ジブン ジシン に ナットク させたい か の よう に、 それ ばかり くりかえして いた。
 ワタシ は それから ヨウジ を コウジツ に して ビョウシツ を でて ゆき、 カレラ を フタリ きり に させて おいた。 やがて しばらく して から、 ふたたび はいって いって みる と、 ビョウニン は ベッド の ウエ に おきなおって いた。 そして カケフ の ウエ に、 チチ の もって きた カシバコ や ホカ の カミヅツミ を いっぱい に ひろげて いた。 それ は ショウジョ ジダイ カノジョ の すき だった、 そして イマ でも すき だ と チチ の おもって いる よう な もの ばかり らしかった。 ワタシ を みる と、 カノジョ は まるで イタズラ を みつけられた ショウジョ の よう に、 カオ を あかく しながら、 それ を かたづけ、 すぐ ヨコ に なった。
 ワタシ は いくぶん キヅマリ に なりながら、 フタリ から すこし はなれて、 マドギワ の イス に こしかけた。 フタリ は、 ワタシ の ため に チュウダン された らしい ハナシ の ツヅキ を、 サッキ より も コゴエ で、 つづけだした。 それ は ワタシ の しらない ナジミ の ヒトビト や コトガラ に かんする もの が おおかった。 その ウチ の ある もの は、 カノジョ に、 ワタシ の しりえない よう な ちいさな カンドウ を さえ あたえて いる らしかった。
 ワタシ は フタリ の さも たのしげ な タイワ を ナニ か そういう エ でも みて いる か の よう に、 みくらべて いた。 そして そんな カイワ の アイダ に チチ に しめす カノジョ の ヒョウジョウ や ヨクヨウ の ウチ に、 ナニ か ヒジョウ に ショウジョ-らしい カガヤキ が よみがえる の を ワタシ は みとめた。 そして そんな カノジョ の こどもらしい コウフク の ヨウス が、 ワタシ に、 ワタシ の しらない カノジョ の ショウジョ ジダイ の こと を ゆめみさせて いた。……
 ちょっと の アイダ、 ワタシタチ が フタリ きり に なった とき、 ワタシ は カノジョ に ちかづいて、 からかう よう に ミミウチ した。
「オマエ は キョウ は なんだか みしらない バライロ の ショウジョ みたい だよ」
「しらない わ」 カノジョ は まるで コムスメ の よう に カオ を リョウテ で かくした。

     ⁂

 チチ は フツカ タイザイ して いった。
 シュッパツ する マエ、 チチ は ワタシ を アンナイヤク に して、 サナトリウム の マワリ を あるいた。 が、 それ は ワタシ と フタリ きり で はなす の が モクテキ だった。 ソラ には クモ ヒトツ ない くらい に はれきった ヒ だった。 いつ に なく くっきり と あかちゃけた ヤマハダ を みせて いる ヤツガタケ など を ワタシ が さして しめして も、 チチ は それ には ちょっと メ を あげる きり で、 ネッシン に ハナシ を つづけて いた。
「ここ は どうも あれ の カラダ には むかない の では ない だろう か? もう ハントシ イジョウ にも なる の だ から、 もうすこし よく なって いそう な もの だ が……」
「さあ、 コトシ の ナツ は どこ も キコウ が わるかった の では ない でしょう か? それに こういう ヤマ の リョウヨウジョ なんぞ は フユ が いい の だ と いいます が……」
「それ は フユ まで シンボウ して いられれば いい の かも しれん が…… しかし あれ には フユ まで ガマン できまい……」
「しかし ジブン では フユ も いる キ で いる よう です よ」 ワタシ は こういう ヤマ の コドク が どんな に ワタシタチ の コウフク を はぐくんで いて くれる か と いう こと を、 どう したら チチ に リカイ させられる だろう か と もどかしがりながら、 しかし そういう ワタシタチ の ため に チチ の はらって いる ギセイ の こと を おもえば なんとも それ を いいだしかねて、 ワタシタチ の ちぐはぐ な タイワ を つづけて いた。 「まあ、 せっかく ヤマ へ きた の です から、 いられる だけ いて みる よう に なさいません か?」
「……だが、 アナタ も フユ まで イッショ に いて くだされる の か?」
「ええ、 もちろん います とも」
「それ は アナタ には ホントウ に すまん な。 ……だが、 アナタ は、 イマ シゴト は して おられる の か?」
「いいえ……」
「しかし、 アナタ も ビョウニン に ばかり かまって おらず に、 シゴト も すこし は なさらなければ いけない ね」
「ええ、 これから すこし……」 と ワタシ は くちごもる よう に いった。
 ―― 「そう だ、 オレ は ずいぶん ながい こと オレ の シゴト を うっちゃらかして いた なあ。 なんとか して イマ の うち に シゴト も しださなけりゃあ いけない」 ……そんな こと まで かんがえだしながら、 なにかしら ワタシ は キモチ が いっぱい に なって きた。 それから ワタシタチ は しばらく ムゴン の まま、 オカ の ウエ に たたずみながら、 いつのまにか ニシ の ほう から ナカゾラ に ずんずん ひろがりだした ムスウ の ウロコ の よう な クモ を じっと みあげて いた。
 やがて ワタシタチ は もう すっかり キ の ハ の きばんだ ゾウキバヤシ の ナカ を とおりぬけて、 ウラテ から ビョウイン へ かえって いった。 その ヒ も、 ニンプ が 2~3 ニン で、 レイ の オカ を きりくずして いた。 その ソバ を とおりすぎながら、 ワタシ は 「なんでも ここ へ カダン を こしらえる ん だ そう です よ」 と いかにも なにげなさそう に いった きり だった。

 ユウガタ テイシャバ まで チチ を ミオクリ に いって、 ワタシ が かえって きて みる と、 ビョウニン は ベッド の ナカ で カラダ を ヨコムキ に しながら、 はげしい セキ に むせって いた。 こんな に はげしい セキ は これまで イチド も した こと は ない くらい だった。 その ホッサ が すこし しずまる の を まちながら、 ワタシ が、
「どうした ん だい?」 と たずねる と、
「なんでも ない の。 ……じき とまる わ」 ビョニン は それ だけ やっと こたえた。 「その ミズ を ちょうだい」
 ワタシ は フラスコ から コップ に ミズ を すこし ついで、 それ を カノジョ の クチ に もって いって やった。 カノジョ は それ を ヒトクチ のむ と、 しばらく ヘイセイ に して いた が、 そんな ジョウタイ は みじかい アイダ に すぎ、 またも、 サッキ より も はげしい くらい の ホッサ が カノジョ を おそった。 ワタシ は ほとんど ベッド の ハシ まで のりだして、 ミモダエ して いる カノジョ を どう シヨウ も なく、 ただ こう きいた ばかり だった。
「カンゴフ を よぼう か?」
「…………」
 カノジョ は その ホッサ が しずまって も、 いつまでも くるしそう に カラダ を ねじらせた まま、 リョウテ で カオ を おおいながら、 ただ うなずいて みせた。
 ワタシ は カンゴフ を よび に いった。 そして ワタシ に かまわず サキ に はしって いった カンゴフ の すこし アト から ビョウシツ へ はいって ゆく と、 ビョウニン は その カンゴフ に リョウテ で ささえられる よう に しながら、 いくぶん ラク そう な シセイ に かえって いた。 が、 カノジョ は うつけた よう に ぼんやり と メ を みひらいて いる きり だった。 セキ の ホッサ は イチジ とまった らしかった。
 カンゴフ は カノジョ を ささえて いた テ を すこし ずつ はなしながら、
「もう とまった わね。 ……すこうし、 そのまま じっと して いらっしゃい ね」 と いって、 みだれた モウフ など を なおしたり しはじめた。 「イマ チュウシャ を たのんで きて あげる わ」
 カンゴフ は ヘヤ を でて ゆきながら、 どこ に いて いい か わからなく なって ドア の ところ に ボウダチ に たって いた ワタシ に、 ちょっと ミミウチ した。 「すこし ケッタン を だして よ」
 ワタシ は やっと カノジョ の マクラモト に ちかづいて いった。
 カノジョ は ぼんやり と メ は みひらいて いた が、 なんだか ねむって いる と しか おもえなかった。 ワタシ は その あおざめた ヒタイ に ほつれて ちいさな ウズ を まいて いる カミ を かきあげて やりながら、 その つめたく あせばんだ ヒタイ を ワタシ の テ で そっと なでた。 カノジョ は やっと ワタシ の あたたかい ソンザイ を それ に かんじ でも した か の よう に、 ちらっと ナゾ の よう な ビショウ を クチビル に ただよわせた。

     ⁂

 ゼッタイ アンセイ の ヒビ が つづいた。
 ビョウシツ の マド は すっかり きいろい ヒオオイ を おろされ、 ナカ は うすぐらく されて いた。 カンゴフ たち も アシ を つまだてて あるいた。 ワタシ は ほとんど ビョウニン の マクラモト に ツキッキリ で いた。 ヨトギ も ヒトリ で ひきうけて いた。 ときどき ビョウニン は ワタシ の ほう を みて ナニ か いいだしそう に した。 ワタシ は それ を いわせない よう に、 すぐ ユビ を ワタシ の クチ に あてた。
 そのよう な チンモク が、 ワタシタチ を それぞれ カクジ の カンガエ の ウチ に ひっこませて いた。 が、 ワタシタチ は ただ アイテ が ナニ を かんがえて いる の か を、 いたい ほど はっきり と かんじあって いた。 そして ワタシ が、 コンド の デキゴト を あたかも ジブン の ため に ビョウニン が ギセイ に して いて くれた もの が、 ただ メ に みえる もの に かわった だけ か の よう に おもいつめて いる アイダ、 ビョウニン は また ビョウニン で、 これまで フタリ して あんな にも サイシン に サイシン に と そだてあげて きた もの を ジブン の カルハズミ から イッシュン に うちこわして しまい でも した よう に くいて いる らしい の が、 はっきり と ワタシ に かんじられた。
 そして そういう ジブン の ギセイ を ギセイ とも しない で、 ジブン の カルハズミ な こと ばかり を せめて いる よう に みえる ビョウニン の いじらしい キモチ が、 ワタシ の ココロ を しめつけて いた。 そういう ギセイ を まで ビョウニン に トウゼン の ダイショウ の よう に はらわせながら、 それ が いつ シ の トコ に なる かも しれぬ よう な ベッド で、 こうして ビョウニン と ともに たのしむ よう に して あじわって いる セイ の カイラク―― それ こそ ワタシタチ を、 このうえなく コウフク に させて くれる もの だ と ワタシタチ が しんじて いる もの、 ――それ は はたして ワタシタチ を ホントウ に マンゾク させおおせる もの だろう か? ワタシタチ が イマ ワタシタチ の コウフク だ と おもって いる もの は、 ワタシタチ が それ を しんじて いる より は、 もっと ツカノマ の もの、 もっと キマグレ に ちかい よう な もの では ない だろう か?……
 ヨトギ に つかれた ワタシ は、 ビョウニン の まどろんで いる ソバ で、 そんな カンガエ を とつおいつ しながら、 コノゴロ ともすれば ワタシタチ の コウフク が ナニモノ か に おびやかされがち なの を、 フアン そう に かんじて いた。

 その キキ は、 しかし、 1 シュウカン ばかり で たちのいた。
 ある アサ、 カンゴフ が やっと ビョウシツ から ヒオオイ を とりのけて、 マド の イチブ を あけはなして いった。 マド から さしこんで くる アキ-らしい ニッコウ を まぶしそう に しながら、
「キモチ が いい わ」 と ビョウニン は ベッド の ナカ から よみがえった よう に いった。
 カノジョ の マクラモト で シンブン を ひろげて いた ワタシ は、 ニンゲン に おおきな ショウドウ を あたえる デキゴト なんぞ と いう もの は かえって それ が すぎさった アト は なんだか まるで ヨソ の こと の よう に みえる もの だなあ と おもいながら、 そういう カノジョ の ほう を ちらり と みやって、 おもわず ヤユ する よう な チョウシ で いった。
「もう オトウサン が きたって、 あんな に コウフン しない ほう が いい よ」
 カノジョ は カオ を こころもち あからめながら、 そんな ワタシ の ヤユ を すなお に うけいれた。
「コンド は オトウサマ が いらっしたって しらん カオ を して いて やる わ」
「それ が オマエ に できる ん なら ねえ……」
 そんな ふう に ジョウダン でも いいあう よう に、 ワタシタチ は おたがいに アイテ の キモチ を いたわりあう よう に しながら、 イッショ に なって こどもらしく、 スベテ の セキニン を カノジョ の チチ に おしつけあったり した。
 そうして ワタシタチ は すこしも わざとらしく なく、 この 1 シュウカン の デキゴト が ほんの ナニ か の マチガイ に すぎなかった よう な、 キガル な キブン に なりながら、 イマシガタ まで ワタシタチ を ニクタイテキ ばかり で なく、 セイシンテキ にも おそいかかって いる よう に みえた キキ を、 こともなげ に きりぬけだして いた。 すくなくとも ワタシタチ には そう みえた。……

 ある バン、 ワタシ は カノジョ の ソバ で ホン を よんで いる うち、 とつぜん、 それ を とじて、 マド の ところ に ゆき、 しばらく かんがえぶかそう に たたずんで いた。 それから また、 カノジョ の ソバ に かえった。 ワタシ は ふたたび ホン を とりあげて、 それ を よみだした。
「どうした の?」 カノジョ は カオ を あげながら ワタシ に とうた。
「なんでも ない」 ワタシ は ムゾウサ に そう こたえて、 スウビョウ-ジ ホン の ほう に キ を とられて いる よう な ヨウス を して いた が、 とうとう ワタシ は クチ を きった。
「こっち へ きて あんまり なにも せず に しまった から、 ボク は これから シゴト でも しよう か と かんがえだして いる のさ」
「そう よ、 オシゴト を なさらなければ いけない わ。 オトウサマ も それ を シンパイ なさって いた わ」 カノジョ は マジメ な カオツキ を して ヘンジ を した。 「ワタシ なんか の こと ばかり かんがえて いない で……」
「いや、 オマエ の こと を もっと もっと かんがえたい ん だ……」 ワタシ は その とき トッサ に アタマ に うかんで きた ある ショウセツ の ばく と した イデー を すぐ その バ で おいまわしだしながら、 ヒトリゴト の よう に いいつづけた。 「オレ は オマエ の こと を ショウセツ に かこう と おもう の だよ。 それ より ホカ の こと は イマ の オレ には かんがえられそう も ない の だ。 オレタチ が こうして おたがいに あたえあって いる この コウフク、 ――ミナ が もう イキドマリ だ と おもって いる ところ から はじまって いる よう な この セイ の タノシサ、 ――そういった ダレ も しらない よう な、 オレタチ だけ の もの を、 オレ は もっと カクジツ な もの に、 もうすこし カタチ を なした もの に おきかえたい の だ。 わかる だろう?」
「わかる わ」 カノジョ は ジブン ジシン の カンガエ でも おう か の よう に ワタシ の カンガエ を おって いた らしく、 それ に すぐ おうじた。 が、 それから クチ を すこし ゆがめる よう に わらいながら、
「ワタシ の こと なら どうでも おすき な よう に おかきなさい な」 と ワタシ を かるく あしらう よう に いいたした。
 ワタシ は しかし、 その コトバ を ソッチョク に うけとった。
「ああ、 それ は オレ の すき な よう に かく とも さ。 ……が、 コンド の やつ は オマエ にも たんと ジョリョク して もらわなければ ならない の だよ」
「ワタシ にも できる こと なの?」
「ああ、 オマエ には ね、 オレ の シゴト の アイダ、 アタマ から アシ の サキ まで シアワセ に なって いて もらいたい ん だ。 そう で ない と……」
 ヒトリ で ぼんやり と カンガエゴト を して いる の より も、 こう やって フタリ で イッショ に かんがえあって いる みたい な ほう が、 よけい ジブン の アタマ が カッパツ に はたらく の を イヨウ に かんじながら、 ワタシ は アト から アト から と わいて くる シソウ に おされ でも する か の よう に、 ビョウシツ の ナカ を いつか いったり きたり しだして いた。
「あんまり ビョウニン の ソバ に ばかり いる から、 ゲンキ が なくなる のよ。 ……すこし は サンポ でも して いらっしゃらない?」
「うん、 オレ も シゴト を する と なりゃあ」 と ワタシ は メ を かがやかせながら、 ゲンキ よく こたえた。 「うんと サンポ も する よ」

     ⁂

 ワタシ は その モリ を でた。 おおきな サワ を へだてながら、 ムコウ の モリ を こして、 ヤツガタケ の サンロク イッタイ が ワタシ の メノマエ に はてしなく テンカイ して いた が、 その ずっと ゼンポウ、 ほとんど その モリ と スレスレ ぐらい の ところ に、 ヒトツ の せまい ムラ と その かたむいた コウサクチ と が よこたわり、 そして、 その イチブ に イクツ も の あかい ヤネ を ツバサ の よう に ひろげた サナトリウム の タテモノ が、 ごく ちいさな スガタ に なりながら しかし メイリョウ に みとめられた。
 ワタシ は ソウチョウ から、 どこ を どう あるいて いる の か も しらず に、 アシ の むく まま、 ジブン の カンガエ に すっかり ミ を まかせきった よう に なって、 モリ から モリ へ と さまよいつづけて いた の だった が、 イマ、 そんな ふう に ワタシ の マノアタリ に、 アキ の すんだ クウキ が おもいがけず に ちかよせて いる サナトリウム の ちいさな スガタ を、 フイ に シヤ に いれた セツナ、 ワタシ は キュウ に ナニ か ジブン に ついて いた もの から さめた よう な キモチ で、 その タテモノ の ナカ で タスウ の ビョウニン たち に とりかこまれながら、 マイニチ マイニチ を なにげなさそう に すごして いる ワタシタチ の セイカツ の イヨウサ を、 はじめて それ から ひきはなして かんがえだした。 そうして サッキ から ジブン の ウチ に わきたって いる セイサクヨク に それ から それ へ と うながされながら、 ワタシ は そんな ワタシタチ の キミョウ な ヒゴト ヒゴト を ヒトツ の イジョウ に パセティック な、 しかも ものしずか な モノガタリ に おきかえだした。…… 「セツコ よ、 これまで フタリ の モノ が こんな ふう に あいしあった こと が あろう とは おもえない。 イマ まで オマエ と いう もの は いなかった の だ もの。 それから ワタシ と いう もの も……」
 ワタシ の ムソウ は、 ワタシタチ の ウエ に おこった サマザマ な ジブツ の ウエ を、 ある とき は ジンソク に すぎ、 ある とき は じっと ヒトトコロ に テイタイ し、 いつまでも いつまでも ためらって いる よう に みえた。 ワタシ は セツコ から トオク に はなれて は いた が、 その カン たえず カノジョ に はなしかけ、 そして カノジョ の こたえる の を きいた。 そういう ワタシタチ に ついて の モノガタリ は、 セイ ソノモノ の よう に、 ハテシ が ない よう に おもわれた。 そうして その モノガタリ は いつのまにか それ ジシン の チカラ で もって いきはじめ、 ワタシ に かまわず カッテ に テンカイ しだしながら、 ともすれば ヒトトコロ に テイタイ しがち な ワタシ を そこ に とりのこした まま、 その モノガタリ ジシン が あたかも そういう ケッカ を ほっし でも する か の よう に、 やめる オンナ シュジンコウ の ものがなしい シ を サクイ しだして いた。 ――ミ の オワリ を ヨカク しながら、 その おとろえかかって いる チカラ を つくして、 つとめて カイカツ に、 つとめて けだかく いきよう と して いた ムスメ、 ――コイビト の ウデ に だかれながら、 ただ その のこされる モノ の カナシミ を かなしみながら、 ジブン は さも コウフク そう に しんで いった ムスメ、 ――そんな ムスメ の エイゾウ が クウ に えがいた よう に はっきり と うかんで くる。…… 「オトコ は ジブン たち の アイ を いっそう ジュスイ な もの に しよう と こころみて、 ビョウシン の ムスメ を さそう よう に して ヤマ の サナトリウム に はいって ゆく が、 シ が カレラ を おびやかす よう に なる と、 オトコ は こうして カレラ が えよう と して いる コウフク は、 はたして それ が カンゼン に えられた に して も カレラ ジシン を マンゾク させうる もの か どう か を、 しだいに うたがう よう に なる。 ――が、 ムスメ は その シク の ウチ に サイゴ まで ジブン を セイジツ に カイホウ して くれた こと を オトコ に カンシャ しながら、 さも マンゾク そう に しんで ゆく。 そして オトコ は そういう けだかい シシャ に たすけられながら、 やっと ジブン たち の ささやか な コウフク を しんずる こと が できる よう に なる……」
 そんな モノガタリ の ケツマツ が まるで そこ に ワタシ を まちぶせて でも いた か の よう に みえた。 そして とつぜん、 そんな シ に ひんした ムスメ の エイゾウ が おもいがけない ハゲシサ で ワタシ を うった。 ワタシ は あたかも ユメ から さめた か の よう に なんとも かとも イイヨウ の ない キョウフ と シュウチ と に おそわれた。 そして そういう ムソウ を ジブン から ふりはらおう と でも する よう に、 ワタシ は こしかけて いた ブナ の ハダカネ から あらあらしく たちあがった。
 タイヨウ は すでに たかく のぼって いた。 ヤマ や モリ や ムラ や ハタケ、 ――そうした スベテ の もの は アキ の おだやか な ヒ の ナカ に いかにも アンテイ した よう に うかんで いた。 かなた に ちいさく みえる サナトリウム の タテモノ の ナカ でも、 スベテ の モノ は マイニチ の シュウカン を ふたたび とりだして いる の に ちがいなかった。 そのうち フイ に、 それら の みしらぬ ヒトビト の アイダ で、 イツモ の シュウカン から とりのこされた まま、 ヒトリ で しょんぼり と ワタシ を まって いる セツコ の さびしそう な スガタ を アタマ に うかべる と、 ワタシ は キュウ に それ が キ に なって たまらない よう に、 いそいで ヤマミチ を おりはじめた。
 ワタシ は ウラ の ハヤシ を ぬけて サナトリウム に かえった。 そして バルコン を ウカイ しながら、 いちばん ハズレ の ビョウシツ に ちかづいて いった。 ワタシ には すこしも キ が つかず に、 セツコ は、 ベッド の ウエ で、 いつも して いる よう に カミ の サキ を テ で いじりながら、 いくぶん かなしげ な メツキ で クウ を みつめて いた。 ワタシ は マドガラス を ユビ で たたこう と した の を ふと おもいとどまりながら、 そういう カノジョ の スガタ を じっと みいった。 カノジョ は ナニ か に おびやかされて いる の を やっと こらえて いる と でも いった ヨウス で、 それでいて そんな ヨウス を して いる こと など は おそらく カノジョ ジシン も キ が ついて いない の だろう と おもえる くらい、 ぼんやり して いる らしかった。 ……ワタシ は シンゾウ を しめつけられる よう な キ が しながら、 そんな みしらない カノジョ の スガタ を みつめて いた。 ……と とつぜん、 カノジョ の カオ が あかるく なった よう だった。 カノジョ は カオ を もたげて、 ビショウ さえ しだした。 カノジョ は ワタシ を みとめた の だった。
 ワタシ は バルコン から はいりながら、 カノジョ の ソバ に ちかづいて いった。
「ナニ を かんがえて いた の?」
「なんにも……」 カノジョ は なんだか ジブン の で ない よう な コエ で ヘンジ を した。
 ワタシ が そのまま なにも いいださず に、 すこし キ が ふさいだ よう に だまって いる と、 カノジョ は やっと イツモ の ジブン に かえった よう な、 シンミツ な コエ で、
「どこ へ いって いらしった の? ずいぶん ながかった のね」
 と ワタシ に きいた。
「ムコウ の ほう だ」 ワタシ は ムゾウサ に バルコン の マショウメン に みえる とおい モリ の ほう を さした。
「まあ、 あんな ところ まで いった の?…… オシゴト は できそう?」
「うん、 まあ……」 ワタシ は ひどく ブアイソウ に こたえた きり、 しばらく また モト の よう な ムゴン に かえって いた が、 それから だしぬけ に ワタシ は、
「オマエ、 イマ の よう な セイカツ に マンゾク して いる かい?」
 と いくらか うわずった よう な コエ で きいた。
 カノジョ は そんな トッピョウシ も ない シツモン に ちょっと たじろいた ヨウス を して いた が、 それから ワタシ を じっと みつめかえして、 いかにも それ を カクシン して いる よう に うなずきながら、
「どうして そんな こと を おきき に なる の?」
 と いぶかしそう に といかえした。
「オレ は なんだか イマ の よう な セイカツ が オレ の キマグレ なの じゃ ない か と おもった ん だ。 そんな もの を いかにも ダイジ な もの の よう に こう やって オマエ にも……」
「そんな こと いっちゃ いや」 カノジョ は キュウ に ワタシ を さえぎった。 「そんな こと を おっしゃる の が アナタ の キマグレ なの」
 けれども ワタシ は そんな コトバ には まだ マンゾク しない よう な ヨウス を みせて いた。 カノジョ は そういう ワタシ の しずんだ ヨウス を しばらく は ただ もじもじ しながら みまもって いた が、 とうとう こらえきれなく なった と でも いう よう に いいだした。
「ワタシ が ここ で もって、 こんな に マンゾク して いる の が、 アナタ には おわかり に ならない の? どんな に カラダ の わるい とき でも、 ワタシ は イチド だって ウチ へ かえりたい なんぞ と おもった こと は ない わ。 もし アナタ が ワタシ の ソバ に いて くださらなかったら、 ワタシ は ホントウ に どう なって いた でしょう?…… サッキ だって、 アナタ が オルス の アイダ、 サイショ の うち は それでも アナタ の オカエリ が おそければ おそい ほど、 おかえり に なった とき の ヨロコビ が ヨケイ に なる ばかり だ と おもって、 ヤセガマン して いた ん だ けれど、 ――アナタ が もう おかえり に なる と ワタシ の おもいこんで いた ジカン を ずうっと すぎて も おかえり に ならない ので、 シマイ には とても フアン に なって きた の。 そう したら、 いつも アナタ と イッショ に いる この ヘヤ まで が なんだか みしらない ヘヤ の よう な キ が して きて、 こわく なって ヘヤ の ナカ から とびだしたく なった くらい だった わ。 ……でも、 それから やっと アナタ の いつか おっしゃった オコトバ を かんがえだしたら、 すこうし キ が おちついて きた の。 アナタ は いつか ワタシ に こう おっしゃった でしょう、 ――ワタシタチ の イマ の セイカツ、 ずっと アト に なって おもいだしたら どんな に うつくしい だろう って……」
 カノジョ は だんだん しゃがれた よう な コエ に なりながら それ を いいおえる と、 イッシュ の ビショウ とも つかない よう な もの で クチモト を ゆがめながら、 ワタシ を じっと みつめた。
 カノジョ の そんな コトバ を きいて いる うち に、 たまらぬ ほど ムネ が いっぱい に なりだした ワタシ は、 しかし、 そういう ジブン の カンドウ した ヨウス を カノジョ に みられる こと を おそれ でも する よう に、 そっと バルコン に でて いった。 そして その ウエ から、 かつて ワタシタチ の コウフク を そこ に カンゼン に えがきだした か とも おもえた あの ショカ の ユウガタ の それ に にた―― しかし それ とは ぜんぜん ちがった アキ の ゴゼン の ヒカリ、 もっと つめたい、 もっと フカミ の ある ヒカリ を おびた、 アタリ イッタイ の フウケイ を ワタシ は しみじみ と みいりだして いた。 あの とき の コウフク に にた、 しかし もっと もっと ムネ の しめつけられる よう な みしらない カンドウ で ジブン が いっぱい に なって いる の を かんじながら……
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