カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

カゼ たちぬ 「カゼ たちぬ 2」

2013-11-07 | ホリ タツオ
     ⁂

「オトウサン から オテガミ だよ」
 ワタシ は カンゴフ から わたされた ヒトタバ の テガミ の ナカ から、 その ヒトツ を セツコ に わたした。 カノジョ は ベッド に ねた まま それ を うけとる と、 キュウ に ショウジョ-らしく メ を かがやかせながら、 それ を よみだした。
「あら、 オトウサマ が いらっしゃる ん ですって」
 リョコウチュウ の チチ は、 その キト を リヨウ して ちかい うち に サナトリウム へ たちよる と いう こと を かいて よこした の だった。
 それ は ある 10 ガツ の よく はれた、 しかし カゼ の すこし つよい ヒ だった。 チカゴロ、 ネタキリ だった ので ショクヨク が おとろえ、 やや ヤセ の めだつ よう に なった セツコ は、 その ヒ から つとめて ショクジ を し、 ときどき ベッド の ウエ に おきて いたり、 こしかけたり しだした。 カノジョ は また ときどき オモイダシ ワライ の よう な もの を カオ の ウエ に ただよわせた。 ワタシ は それ に カノジョ が いつも チチ の マエ で のみ うかべる ショウジョ-らしい ビショウ の シタガキ の よう な もの を みとめた。 ワタシ は そういう カノジョ の する が まま に させて いた。

 それから スウジツ たった ある ゴゴ、 カノジョ の チチ は やって きた。
 カレ は いくぶん マエ より か カオ にも オイ を みせて いた が、 それ より も もっと めだつ ほど セナカ を かがめる よう に して いた。 それ が なんとはなし に ビョウイン の クウキ を カレ が おそれ でも して いる よう な ヨウス に みせた。 そうして ビョウシツ へ はいる なり、 カレ は いつも ワタシ の すわりつけて いる ビョウニン の マクラモト に コシ を おろした。 ここ スウジツ、 すこし カラダ を うごかしすぎた せい か、 キノウ の ユウガタ いくらか ネツ を だし、 イシャ の イイツケ で、 カノジョ は その キタイ も むなしく、 アサ から ずっと アンセイ を めいじられて いた。
 ほとんど もう ビョウニン は なおりかけて いる もの と おもいこんで いた らしい のに、 まだ そうして ネタキリ で いる の を みて、 チチ は すこし フアン そう な ヨウス だった。 そして その ゲンイン を しらべ でも する か の よう に、 ビョウシツ の ナカ を シサイ に みまわしたり、 カンゴフ たち の イチイチ の ドウサ を みまもったり、 それから バルコン に まで でて いって みたり して いた が、 それら は いずれ も カレ を マンゾク させた らしかった。 その うち に ビョウニン が だんだん コウフン より も ネツ の せい で ホオ を バライロ に させだした の を みる と、 「しかし カオイロ は とても いい」 と、 ムスメ が どこ か よく なって いる こと を ジブン ジシン に ナットク させたい か の よう に、 それ ばかり くりかえして いた。
 ワタシ は それから ヨウジ を コウジツ に して ビョウシツ を でて ゆき、 カレラ を フタリ きり に させて おいた。 やがて しばらく して から、 ふたたび はいって いって みる と、 ビョウニン は ベッド の ウエ に おきなおって いた。 そして カケフ の ウエ に、 チチ の もって きた カシバコ や ホカ の カミヅツミ を いっぱい に ひろげて いた。 それ は ショウジョ ジダイ カノジョ の すき だった、 そして イマ でも すき だ と チチ の おもって いる よう な もの ばかり らしかった。 ワタシ を みる と、 カノジョ は まるで イタズラ を みつけられた ショウジョ の よう に、 カオ を あかく しながら、 それ を かたづけ、 すぐ ヨコ に なった。
 ワタシ は いくぶん キヅマリ に なりながら、 フタリ から すこし はなれて、 マドギワ の イス に こしかけた。 フタリ は、 ワタシ の ため に チュウダン された らしい ハナシ の ツヅキ を、 サッキ より も コゴエ で、 つづけだした。 それ は ワタシ の しらない ナジミ の ヒトビト や コトガラ に かんする もの が おおかった。 その ウチ の ある もの は、 カノジョ に、 ワタシ の しりえない よう な ちいさな カンドウ を さえ あたえて いる らしかった。
 ワタシ は フタリ の さも たのしげ な タイワ を ナニ か そういう エ でも みて いる か の よう に、 みくらべて いた。 そして そんな カイワ の アイダ に チチ に しめす カノジョ の ヒョウジョウ や ヨクヨウ の ウチ に、 ナニ か ヒジョウ に ショウジョ-らしい カガヤキ が よみがえる の を ワタシ は みとめた。 そして そんな カノジョ の こどもらしい コウフク の ヨウス が、 ワタシ に、 ワタシ の しらない カノジョ の ショウジョ ジダイ の こと を ゆめみさせて いた。……
 ちょっと の アイダ、 ワタシタチ が フタリ きり に なった とき、 ワタシ は カノジョ に ちかづいて、 からかう よう に ミミウチ した。
「オマエ は キョウ は なんだか みしらない バライロ の ショウジョ みたい だよ」
「しらない わ」 カノジョ は まるで コムスメ の よう に カオ を リョウテ で かくした。

     ⁂

 チチ は フツカ タイザイ して いった。
 シュッパツ する マエ、 チチ は ワタシ を アンナイヤク に して、 サナトリウム の マワリ を あるいた。 が、 それ は ワタシ と フタリ きり で はなす の が モクテキ だった。 ソラ には クモ ヒトツ ない くらい に はれきった ヒ だった。 いつ に なく くっきり と あかちゃけた ヤマハダ を みせて いる ヤツガタケ など を ワタシ が さして しめして も、 チチ は それ には ちょっと メ を あげる きり で、 ネッシン に ハナシ を つづけて いた。
「ここ は どうも あれ の カラダ には むかない の では ない だろう か? もう ハントシ イジョウ にも なる の だ から、 もうすこし よく なって いそう な もの だ が……」
「さあ、 コトシ の ナツ は どこ も キコウ が わるかった の では ない でしょう か? それに こういう ヤマ の リョウヨウジョ なんぞ は フユ が いい の だ と いいます が……」
「それ は フユ まで シンボウ して いられれば いい の かも しれん が…… しかし あれ には フユ まで ガマン できまい……」
「しかし ジブン では フユ も いる キ で いる よう です よ」 ワタシ は こういう ヤマ の コドク が どんな に ワタシタチ の コウフク を はぐくんで いて くれる か と いう こと を、 どう したら チチ に リカイ させられる だろう か と もどかしがりながら、 しかし そういう ワタシタチ の ため に チチ の はらって いる ギセイ の こと を おもえば なんとも それ を いいだしかねて、 ワタシタチ の ちぐはぐ な タイワ を つづけて いた。 「まあ、 せっかく ヤマ へ きた の です から、 いられる だけ いて みる よう に なさいません か?」
「……だが、 アナタ も フユ まで イッショ に いて くだされる の か?」
「ええ、 もちろん います とも」
「それ は アナタ には ホントウ に すまん な。 ……だが、 アナタ は、 イマ シゴト は して おられる の か?」
「いいえ……」
「しかし、 アナタ も ビョウニン に ばかり かまって おらず に、 シゴト も すこし は なさらなければ いけない ね」
「ええ、 これから すこし……」 と ワタシ は くちごもる よう に いった。
 ―― 「そう だ、 オレ は ずいぶん ながい こと オレ の シゴト を うっちゃらかして いた なあ。 なんとか して イマ の うち に シゴト も しださなけりゃあ いけない」 ……そんな こと まで かんがえだしながら、 なにかしら ワタシ は キモチ が いっぱい に なって きた。 それから ワタシタチ は しばらく ムゴン の まま、 オカ の ウエ に たたずみながら、 いつのまにか ニシ の ほう から ナカゾラ に ずんずん ひろがりだした ムスウ の ウロコ の よう な クモ を じっと みあげて いた。
 やがて ワタシタチ は もう すっかり キ の ハ の きばんだ ゾウキバヤシ の ナカ を とおりぬけて、 ウラテ から ビョウイン へ かえって いった。 その ヒ も、 ニンプ が 2~3 ニン で、 レイ の オカ を きりくずして いた。 その ソバ を とおりすぎながら、 ワタシ は 「なんでも ここ へ カダン を こしらえる ん だ そう です よ」 と いかにも なにげなさそう に いった きり だった。

 ユウガタ テイシャバ まで チチ を ミオクリ に いって、 ワタシ が かえって きて みる と、 ビョウニン は ベッド の ナカ で カラダ を ヨコムキ に しながら、 はげしい セキ に むせって いた。 こんな に はげしい セキ は これまで イチド も した こと は ない くらい だった。 その ホッサ が すこし しずまる の を まちながら、 ワタシ が、
「どうした ん だい?」 と たずねる と、
「なんでも ない の。 ……じき とまる わ」 ビョニン は それ だけ やっと こたえた。 「その ミズ を ちょうだい」
 ワタシ は フラスコ から コップ に ミズ を すこし ついで、 それ を カノジョ の クチ に もって いって やった。 カノジョ は それ を ヒトクチ のむ と、 しばらく ヘイセイ に して いた が、 そんな ジョウタイ は みじかい アイダ に すぎ、 またも、 サッキ より も はげしい くらい の ホッサ が カノジョ を おそった。 ワタシ は ほとんど ベッド の ハシ まで のりだして、 ミモダエ して いる カノジョ を どう シヨウ も なく、 ただ こう きいた ばかり だった。
「カンゴフ を よぼう か?」
「…………」
 カノジョ は その ホッサ が しずまって も、 いつまでも くるしそう に カラダ を ねじらせた まま、 リョウテ で カオ を おおいながら、 ただ うなずいて みせた。
 ワタシ は カンゴフ を よび に いった。 そして ワタシ に かまわず サキ に はしって いった カンゴフ の すこし アト から ビョウシツ へ はいって ゆく と、 ビョウニン は その カンゴフ に リョウテ で ささえられる よう に しながら、 いくぶん ラク そう な シセイ に かえって いた。 が、 カノジョ は うつけた よう に ぼんやり と メ を みひらいて いる きり だった。 セキ の ホッサ は イチジ とまった らしかった。
 カンゴフ は カノジョ を ささえて いた テ を すこし ずつ はなしながら、
「もう とまった わね。 ……すこうし、 そのまま じっと して いらっしゃい ね」 と いって、 みだれた モウフ など を なおしたり しはじめた。 「イマ チュウシャ を たのんで きて あげる わ」
 カンゴフ は ヘヤ を でて ゆきながら、 どこ に いて いい か わからなく なって ドア の ところ に ボウダチ に たって いた ワタシ に、 ちょっと ミミウチ した。 「すこし ケッタン を だして よ」
 ワタシ は やっと カノジョ の マクラモト に ちかづいて いった。
 カノジョ は ぼんやり と メ は みひらいて いた が、 なんだか ねむって いる と しか おもえなかった。 ワタシ は その あおざめた ヒタイ に ほつれて ちいさな ウズ を まいて いる カミ を かきあげて やりながら、 その つめたく あせばんだ ヒタイ を ワタシ の テ で そっと なでた。 カノジョ は やっと ワタシ の あたたかい ソンザイ を それ に かんじ でも した か の よう に、 ちらっと ナゾ の よう な ビショウ を クチビル に ただよわせた。

     ⁂

 ゼッタイ アンセイ の ヒビ が つづいた。
 ビョウシツ の マド は すっかり きいろい ヒオオイ を おろされ、 ナカ は うすぐらく されて いた。 カンゴフ たち も アシ を つまだてて あるいた。 ワタシ は ほとんど ビョウニン の マクラモト に ツキッキリ で いた。 ヨトギ も ヒトリ で ひきうけて いた。 ときどき ビョウニン は ワタシ の ほう を みて ナニ か いいだしそう に した。 ワタシ は それ を いわせない よう に、 すぐ ユビ を ワタシ の クチ に あてた。
 そのよう な チンモク が、 ワタシタチ を それぞれ カクジ の カンガエ の ウチ に ひっこませて いた。 が、 ワタシタチ は ただ アイテ が ナニ を かんがえて いる の か を、 いたい ほど はっきり と かんじあって いた。 そして ワタシ が、 コンド の デキゴト を あたかも ジブン の ため に ビョウニン が ギセイ に して いて くれた もの が、 ただ メ に みえる もの に かわった だけ か の よう に おもいつめて いる アイダ、 ビョウニン は また ビョウニン で、 これまで フタリ して あんな にも サイシン に サイシン に と そだてあげて きた もの を ジブン の カルハズミ から イッシュン に うちこわして しまい でも した よう に くいて いる らしい の が、 はっきり と ワタシ に かんじられた。
 そして そういう ジブン の ギセイ を ギセイ とも しない で、 ジブン の カルハズミ な こと ばかり を せめて いる よう に みえる ビョウニン の いじらしい キモチ が、 ワタシ の ココロ を しめつけて いた。 そういう ギセイ を まで ビョウニン に トウゼン の ダイショウ の よう に はらわせながら、 それ が いつ シ の トコ に なる かも しれぬ よう な ベッド で、 こうして ビョウニン と ともに たのしむ よう に して あじわって いる セイ の カイラク―― それ こそ ワタシタチ を、 このうえなく コウフク に させて くれる もの だ と ワタシタチ が しんじて いる もの、 ――それ は はたして ワタシタチ を ホントウ に マンゾク させおおせる もの だろう か? ワタシタチ が イマ ワタシタチ の コウフク だ と おもって いる もの は、 ワタシタチ が それ を しんじて いる より は、 もっと ツカノマ の もの、 もっと キマグレ に ちかい よう な もの では ない だろう か?……
 ヨトギ に つかれた ワタシ は、 ビョウニン の まどろんで いる ソバ で、 そんな カンガエ を とつおいつ しながら、 コノゴロ ともすれば ワタシタチ の コウフク が ナニモノ か に おびやかされがち なの を、 フアン そう に かんじて いた。

 その キキ は、 しかし、 1 シュウカン ばかり で たちのいた。
 ある アサ、 カンゴフ が やっと ビョウシツ から ヒオオイ を とりのけて、 マド の イチブ を あけはなして いった。 マド から さしこんで くる アキ-らしい ニッコウ を まぶしそう に しながら、
「キモチ が いい わ」 と ビョウニン は ベッド の ナカ から よみがえった よう に いった。
 カノジョ の マクラモト で シンブン を ひろげて いた ワタシ は、 ニンゲン に おおきな ショウドウ を あたえる デキゴト なんぞ と いう もの は かえって それ が すぎさった アト は なんだか まるで ヨソ の こと の よう に みえる もの だなあ と おもいながら、 そういう カノジョ の ほう を ちらり と みやって、 おもわず ヤユ する よう な チョウシ で いった。
「もう オトウサン が きたって、 あんな に コウフン しない ほう が いい よ」
 カノジョ は カオ を こころもち あからめながら、 そんな ワタシ の ヤユ を すなお に うけいれた。
「コンド は オトウサマ が いらっしたって しらん カオ を して いて やる わ」
「それ が オマエ に できる ん なら ねえ……」
 そんな ふう に ジョウダン でも いいあう よう に、 ワタシタチ は おたがいに アイテ の キモチ を いたわりあう よう に しながら、 イッショ に なって こどもらしく、 スベテ の セキニン を カノジョ の チチ に おしつけあったり した。
 そうして ワタシタチ は すこしも わざとらしく なく、 この 1 シュウカン の デキゴト が ほんの ナニ か の マチガイ に すぎなかった よう な、 キガル な キブン に なりながら、 イマシガタ まで ワタシタチ を ニクタイテキ ばかり で なく、 セイシンテキ にも おそいかかって いる よう に みえた キキ を、 こともなげ に きりぬけだして いた。 すくなくとも ワタシタチ には そう みえた。……

 ある バン、 ワタシ は カノジョ の ソバ で ホン を よんで いる うち、 とつぜん、 それ を とじて、 マド の ところ に ゆき、 しばらく かんがえぶかそう に たたずんで いた。 それから また、 カノジョ の ソバ に かえった。 ワタシ は ふたたび ホン を とりあげて、 それ を よみだした。
「どうした の?」 カノジョ は カオ を あげながら ワタシ に とうた。
「なんでも ない」 ワタシ は ムゾウサ に そう こたえて、 スウビョウ-ジ ホン の ほう に キ を とられて いる よう な ヨウス を して いた が、 とうとう ワタシ は クチ を きった。
「こっち へ きて あんまり なにも せず に しまった から、 ボク は これから シゴト でも しよう か と かんがえだして いる のさ」
「そう よ、 オシゴト を なさらなければ いけない わ。 オトウサマ も それ を シンパイ なさって いた わ」 カノジョ は マジメ な カオツキ を して ヘンジ を した。 「ワタシ なんか の こと ばかり かんがえて いない で……」
「いや、 オマエ の こと を もっと もっと かんがえたい ん だ……」 ワタシ は その とき トッサ に アタマ に うかんで きた ある ショウセツ の ばく と した イデー を すぐ その バ で おいまわしだしながら、 ヒトリゴト の よう に いいつづけた。 「オレ は オマエ の こと を ショウセツ に かこう と おもう の だよ。 それ より ホカ の こと は イマ の オレ には かんがえられそう も ない の だ。 オレタチ が こうして おたがいに あたえあって いる この コウフク、 ――ミナ が もう イキドマリ だ と おもって いる ところ から はじまって いる よう な この セイ の タノシサ、 ――そういった ダレ も しらない よう な、 オレタチ だけ の もの を、 オレ は もっと カクジツ な もの に、 もうすこし カタチ を なした もの に おきかえたい の だ。 わかる だろう?」
「わかる わ」 カノジョ は ジブン ジシン の カンガエ でも おう か の よう に ワタシ の カンガエ を おって いた らしく、 それ に すぐ おうじた。 が、 それから クチ を すこし ゆがめる よう に わらいながら、
「ワタシ の こと なら どうでも おすき な よう に おかきなさい な」 と ワタシ を かるく あしらう よう に いいたした。
 ワタシ は しかし、 その コトバ を ソッチョク に うけとった。
「ああ、 それ は オレ の すき な よう に かく とも さ。 ……が、 コンド の やつ は オマエ にも たんと ジョリョク して もらわなければ ならない の だよ」
「ワタシ にも できる こと なの?」
「ああ、 オマエ には ね、 オレ の シゴト の アイダ、 アタマ から アシ の サキ まで シアワセ に なって いて もらいたい ん だ。 そう で ない と……」
 ヒトリ で ぼんやり と カンガエゴト を して いる の より も、 こう やって フタリ で イッショ に かんがえあって いる みたい な ほう が、 よけい ジブン の アタマ が カッパツ に はたらく の を イヨウ に かんじながら、 ワタシ は アト から アト から と わいて くる シソウ に おされ でも する か の よう に、 ビョウシツ の ナカ を いつか いったり きたり しだして いた。
「あんまり ビョウニン の ソバ に ばかり いる から、 ゲンキ が なくなる のよ。 ……すこし は サンポ でも して いらっしゃらない?」
「うん、 オレ も シゴト を する と なりゃあ」 と ワタシ は メ を かがやかせながら、 ゲンキ よく こたえた。 「うんと サンポ も する よ」

     ⁂

 ワタシ は その モリ を でた。 おおきな サワ を へだてながら、 ムコウ の モリ を こして、 ヤツガタケ の サンロク イッタイ が ワタシ の メノマエ に はてしなく テンカイ して いた が、 その ずっと ゼンポウ、 ほとんど その モリ と スレスレ ぐらい の ところ に、 ヒトツ の せまい ムラ と その かたむいた コウサクチ と が よこたわり、 そして、 その イチブ に イクツ も の あかい ヤネ を ツバサ の よう に ひろげた サナトリウム の タテモノ が、 ごく ちいさな スガタ に なりながら しかし メイリョウ に みとめられた。
 ワタシ は ソウチョウ から、 どこ を どう あるいて いる の か も しらず に、 アシ の むく まま、 ジブン の カンガエ に すっかり ミ を まかせきった よう に なって、 モリ から モリ へ と さまよいつづけて いた の だった が、 イマ、 そんな ふう に ワタシ の マノアタリ に、 アキ の すんだ クウキ が おもいがけず に ちかよせて いる サナトリウム の ちいさな スガタ を、 フイ に シヤ に いれた セツナ、 ワタシ は キュウ に ナニ か ジブン に ついて いた もの から さめた よう な キモチ で、 その タテモノ の ナカ で タスウ の ビョウニン たち に とりかこまれながら、 マイニチ マイニチ を なにげなさそう に すごして いる ワタシタチ の セイカツ の イヨウサ を、 はじめて それ から ひきはなして かんがえだした。 そうして サッキ から ジブン の ウチ に わきたって いる セイサクヨク に それ から それ へ と うながされながら、 ワタシ は そんな ワタシタチ の キミョウ な ヒゴト ヒゴト を ヒトツ の イジョウ に パセティック な、 しかも ものしずか な モノガタリ に おきかえだした。…… 「セツコ よ、 これまで フタリ の モノ が こんな ふう に あいしあった こと が あろう とは おもえない。 イマ まで オマエ と いう もの は いなかった の だ もの。 それから ワタシ と いう もの も……」
 ワタシ の ムソウ は、 ワタシタチ の ウエ に おこった サマザマ な ジブツ の ウエ を、 ある とき は ジンソク に すぎ、 ある とき は じっと ヒトトコロ に テイタイ し、 いつまでも いつまでも ためらって いる よう に みえた。 ワタシ は セツコ から トオク に はなれて は いた が、 その カン たえず カノジョ に はなしかけ、 そして カノジョ の こたえる の を きいた。 そういう ワタシタチ に ついて の モノガタリ は、 セイ ソノモノ の よう に、 ハテシ が ない よう に おもわれた。 そうして その モノガタリ は いつのまにか それ ジシン の チカラ で もって いきはじめ、 ワタシ に かまわず カッテ に テンカイ しだしながら、 ともすれば ヒトトコロ に テイタイ しがち な ワタシ を そこ に とりのこした まま、 その モノガタリ ジシン が あたかも そういう ケッカ を ほっし でも する か の よう に、 やめる オンナ シュジンコウ の ものがなしい シ を サクイ しだして いた。 ――ミ の オワリ を ヨカク しながら、 その おとろえかかって いる チカラ を つくして、 つとめて カイカツ に、 つとめて けだかく いきよう と して いた ムスメ、 ――コイビト の ウデ に だかれながら、 ただ その のこされる モノ の カナシミ を かなしみながら、 ジブン は さも コウフク そう に しんで いった ムスメ、 ――そんな ムスメ の エイゾウ が クウ に えがいた よう に はっきり と うかんで くる。…… 「オトコ は ジブン たち の アイ を いっそう ジュスイ な もの に しよう と こころみて、 ビョウシン の ムスメ を さそう よう に して ヤマ の サナトリウム に はいって ゆく が、 シ が カレラ を おびやかす よう に なる と、 オトコ は こうして カレラ が えよう と して いる コウフク は、 はたして それ が カンゼン に えられた に して も カレラ ジシン を マンゾク させうる もの か どう か を、 しだいに うたがう よう に なる。 ――が、 ムスメ は その シク の ウチ に サイゴ まで ジブン を セイジツ に カイホウ して くれた こと を オトコ に カンシャ しながら、 さも マンゾク そう に しんで ゆく。 そして オトコ は そういう けだかい シシャ に たすけられながら、 やっと ジブン たち の ささやか な コウフク を しんずる こと が できる よう に なる……」
 そんな モノガタリ の ケツマツ が まるで そこ に ワタシ を まちぶせて でも いた か の よう に みえた。 そして とつぜん、 そんな シ に ひんした ムスメ の エイゾウ が おもいがけない ハゲシサ で ワタシ を うった。 ワタシ は あたかも ユメ から さめた か の よう に なんとも かとも イイヨウ の ない キョウフ と シュウチ と に おそわれた。 そして そういう ムソウ を ジブン から ふりはらおう と でも する よう に、 ワタシ は こしかけて いた ブナ の ハダカネ から あらあらしく たちあがった。
 タイヨウ は すでに たかく のぼって いた。 ヤマ や モリ や ムラ や ハタケ、 ――そうした スベテ の もの は アキ の おだやか な ヒ の ナカ に いかにも アンテイ した よう に うかんで いた。 かなた に ちいさく みえる サナトリウム の タテモノ の ナカ でも、 スベテ の モノ は マイニチ の シュウカン を ふたたび とりだして いる の に ちがいなかった。 そのうち フイ に、 それら の みしらぬ ヒトビト の アイダ で、 イツモ の シュウカン から とりのこされた まま、 ヒトリ で しょんぼり と ワタシ を まって いる セツコ の さびしそう な スガタ を アタマ に うかべる と、 ワタシ は キュウ に それ が キ に なって たまらない よう に、 いそいで ヤマミチ を おりはじめた。
 ワタシ は ウラ の ハヤシ を ぬけて サナトリウム に かえった。 そして バルコン を ウカイ しながら、 いちばん ハズレ の ビョウシツ に ちかづいて いった。 ワタシ には すこしも キ が つかず に、 セツコ は、 ベッド の ウエ で、 いつも して いる よう に カミ の サキ を テ で いじりながら、 いくぶん かなしげ な メツキ で クウ を みつめて いた。 ワタシ は マドガラス を ユビ で たたこう と した の を ふと おもいとどまりながら、 そういう カノジョ の スガタ を じっと みいった。 カノジョ は ナニ か に おびやかされて いる の を やっと こらえて いる と でも いった ヨウス で、 それでいて そんな ヨウス を して いる こと など は おそらく カノジョ ジシン も キ が ついて いない の だろう と おもえる くらい、 ぼんやり して いる らしかった。 ……ワタシ は シンゾウ を しめつけられる よう な キ が しながら、 そんな みしらない カノジョ の スガタ を みつめて いた。 ……と とつぜん、 カノジョ の カオ が あかるく なった よう だった。 カノジョ は カオ を もたげて、 ビショウ さえ しだした。 カノジョ は ワタシ を みとめた の だった。
 ワタシ は バルコン から はいりながら、 カノジョ の ソバ に ちかづいて いった。
「ナニ を かんがえて いた の?」
「なんにも……」 カノジョ は なんだか ジブン の で ない よう な コエ で ヘンジ を した。
 ワタシ が そのまま なにも いいださず に、 すこし キ が ふさいだ よう に だまって いる と、 カノジョ は やっと イツモ の ジブン に かえった よう な、 シンミツ な コエ で、
「どこ へ いって いらしった の? ずいぶん ながかった のね」
 と ワタシ に きいた。
「ムコウ の ほう だ」 ワタシ は ムゾウサ に バルコン の マショウメン に みえる とおい モリ の ほう を さした。
「まあ、 あんな ところ まで いった の?…… オシゴト は できそう?」
「うん、 まあ……」 ワタシ は ひどく ブアイソウ に こたえた きり、 しばらく また モト の よう な ムゴン に かえって いた が、 それから だしぬけ に ワタシ は、
「オマエ、 イマ の よう な セイカツ に マンゾク して いる かい?」
 と いくらか うわずった よう な コエ で きいた。
 カノジョ は そんな トッピョウシ も ない シツモン に ちょっと たじろいた ヨウス を して いた が、 それから ワタシ を じっと みつめかえして、 いかにも それ を カクシン して いる よう に うなずきながら、
「どうして そんな こと を おきき に なる の?」
 と いぶかしそう に といかえした。
「オレ は なんだか イマ の よう な セイカツ が オレ の キマグレ なの じゃ ない か と おもった ん だ。 そんな もの を いかにも ダイジ な もの の よう に こう やって オマエ にも……」
「そんな こと いっちゃ いや」 カノジョ は キュウ に ワタシ を さえぎった。 「そんな こと を おっしゃる の が アナタ の キマグレ なの」
 けれども ワタシ は そんな コトバ には まだ マンゾク しない よう な ヨウス を みせて いた。 カノジョ は そういう ワタシ の しずんだ ヨウス を しばらく は ただ もじもじ しながら みまもって いた が、 とうとう こらえきれなく なった と でも いう よう に いいだした。
「ワタシ が ここ で もって、 こんな に マンゾク して いる の が、 アナタ には おわかり に ならない の? どんな に カラダ の わるい とき でも、 ワタシ は イチド だって ウチ へ かえりたい なんぞ と おもった こと は ない わ。 もし アナタ が ワタシ の ソバ に いて くださらなかったら、 ワタシ は ホントウ に どう なって いた でしょう?…… サッキ だって、 アナタ が オルス の アイダ、 サイショ の うち は それでも アナタ の オカエリ が おそければ おそい ほど、 おかえり に なった とき の ヨロコビ が ヨケイ に なる ばかり だ と おもって、 ヤセガマン して いた ん だ けれど、 ――アナタ が もう おかえり に なる と ワタシ の おもいこんで いた ジカン を ずうっと すぎて も おかえり に ならない ので、 シマイ には とても フアン に なって きた の。 そう したら、 いつも アナタ と イッショ に いる この ヘヤ まで が なんだか みしらない ヘヤ の よう な キ が して きて、 こわく なって ヘヤ の ナカ から とびだしたく なった くらい だった わ。 ……でも、 それから やっと アナタ の いつか おっしゃった オコトバ を かんがえだしたら、 すこうし キ が おちついて きた の。 アナタ は いつか ワタシ に こう おっしゃった でしょう、 ――ワタシタチ の イマ の セイカツ、 ずっと アト に なって おもいだしたら どんな に うつくしい だろう って……」
 カノジョ は だんだん しゃがれた よう な コエ に なりながら それ を いいおえる と、 イッシュ の ビショウ とも つかない よう な もの で クチモト を ゆがめながら、 ワタシ を じっと みつめた。
 カノジョ の そんな コトバ を きいて いる うち に、 たまらぬ ほど ムネ が いっぱい に なりだした ワタシ は、 しかし、 そういう ジブン の カンドウ した ヨウス を カノジョ に みられる こと を おそれ でも する よう に、 そっと バルコン に でて いった。 そして その ウエ から、 かつて ワタシタチ の コウフク を そこ に カンゼン に えがきだした か とも おもえた あの ショカ の ユウガタ の それ に にた―― しかし それ とは ぜんぜん ちがった アキ の ゴゼン の ヒカリ、 もっと つめたい、 もっと フカミ の ある ヒカリ を おびた、 アタリ イッタイ の フウケイ を ワタシ は しみじみ と みいりだして いた。 あの とき の コウフク に にた、 しかし もっと もっと ムネ の しめつけられる よう な みしらない カンドウ で ジブン が いっぱい に なって いる の を かんじながら……

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