カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ 3

2018-10-23 | タニザキ ジュンイチロウ
キョウ は いそがし おます さかい に、 もう あがらん と かえります わ と、 ゲンカンサキ に バスケット を おいて、 ツカモト が でて いって しまって から、 シナコ は それ を さげた まま せまい キュウ な ダンバシゴ を あがって、 ジブン の ヘヤ に あてられた 2 カイ の 4 ジョウ ハン に はいって いった。 そして、 デイリグチ の フスマ だの ガラス ショウジ だの を すっかり しめきって しまって から、 バスケット を ヘヤ の マンナカ に すえて、 フタ を あけた。
キミョウ な こと に、 リリー は キュウクツ な カゴ の ナカ から すぐに は ソト へ でよう と せず に、 フシギ そう に クビ だけ のばして しばらく シツナイ を みまわして いた。 それから ようやく、 ゆるゆる と した アシドリ で でて きて、 こういう バアイ に オオク の ネコ が する よう に、 ハナ を ひくつかせながら ヘヤジュウ の ニオイ を かぎはじめた。 シナコ は 2~3 ド、
「リリー」
と よんで みた けれども、 カノジョ の ほう へは ちらり と そっけない ナガシメ を あたえた きり で、 まず デイリグチ と オシイレ の シキイギワ へ いって ニオイ を かいで み、 ツギ には マド の ところ へ いって ガラス ショウジ を 1 マイ ずつ かいで み、 ハリバコ、 ザブトン、 モノサシ、 ヌイカケ の イルイ など、 その ヘン に ある もの を いちいち タンネン に かいで まわった。 シナコ は さっき、 トリニク の シンブンヅツミ を あずかった こと を おもいだして、 その ツツミ の まま トオリミチ へ おいて みた けれども、 それ には キョウミ を かんじない らしく、 ちょっと かいた だけ で、 ふりむき も しない。 そして、 ばさり、 ばさり、 ………と、 タタミ の ウエ に ブキミ な アシオト を させながら、 ひととおり シツナイ ソウサク を して しまう と、 もう イッペン デイリグチ の フスマ の マエ へ もどって きて、 マエアシ を かけて あけよう と する ので、
「リリー や、 オマエ キョウ から ワテ の ネコ に なった ん やで。 もう どこ へも いったら あかん ねん で」
と、 そう いって そこ に たちふさがる と、 また しかたなく ばさり、 ばさり と あるきまわって、 コンド は キタガワ の マドギワ へ ゆき、 カッコウ な ところ に おいて あった コギレバコ の ウエ に あがって、 セノビ を しながら ガラス ショウジ の ソト を ながめた。
9 ガツ も キノウ で オシマイ に なって、 もう ホントウ の アキ-らしく はれた アサ で あった が、 すこし さむい くらい の カゼ が たって、 ウラ の アキチ に そびえて いる 5~6 ポン の ポプラー の ハ が しろく ちらちら ふるえて いる ムコウ に、 マヤサン と ロッコウ の イタダキ が みえる。 ジンカ が もっと たてこんで いる アシヤ の 2 カイ の ケシキ とは、 だいぶ ヨウス が ちがう の だ けれども、 リリー は いったい どんな キモチ で みて いる の だろう か。 シナコ は はからずも、 よく この ネコ と フタリ きり で オキザリ に された こと が あった の を おもいだした。 ショウゾウ も、 ハハオヤ も、 イマヅ へ でかけた きり かえらない ので、 ヒトリボッチ で オチャヅケ を かっこんで いる と、 その オト を きいて リリー が よって くる。 ああ、 そう だった、 ゴハン を やる の を わすれて いた が、 オナカ が へって いる の だろう と、 さすが に かわいそう に なって、 ザンパン の ウエ に ダシジャコ を のせて やる と、 ゼイタク な ショクジ に なれて いる せい か うれしそう な カオ も しない で、 ほんの モウシワケ ぐらい しか たべない もの だ から、 つい ハラ が たって、 せっかく の アイジョウ も けしとんで しまう。 ヨル は オット の ネドコ を しいて、 かえる か どう か わからない ヒト を まちわびて いる と、 その ネドコ の ウエ へ エンリョ エシャク も なく のって きて、 のうのう と アシ を のばす ニクラシサ に、 ねかけた ところ を たたきおこして おいたてて やる。 そんな グアイ に、 ずいぶん この ネコ には あたりちらした もの だ けれども、 ふたたび こうして イッショ に くらす よう に なった の は、 やっぱり インネン と いう の で あろう。 シナコ は ジブン が アシヤ の イエ を おいだされて きて、 はじめて この 2 カイ に おちついた とき にも、 あの キタガワ の マド から ヤマ の ほう を ながめながら、 オット コイシサ の オモイ に かられた こと が ある ので、 イマ の リリー が ああして ソト を みて いる ココロモチ も ぼんやり わかる よう な キ が して、 ふと メガシラ が あつく なって くる の で あった。
「リリー や、 さ、 こっち へ きて、 これ たべなさい。―――」
やがて カノジョ は、 オシイレ の フスマ を あけて、 かねて ヨウイ を して おいた もの を とりだしながら いう の で あった。 カノジョ は キノウ ツカモト の ハガキ を うけとった ので、 いよいよ ここ へ つれて こられる チンキャク を カンタイ する ため に、 ケサ は イツモ より ハヤオキ を して、 ボクジョウ から ギュウニュウ を かって くる やら、 サラ や オワン を そろえて おく やら、 ―――この チンキャク には フンシ が ヒツヨウ だ と キ が ついて、 サクヤ あわてて ホウラク を かい に いった の は いい が、 スナ が ない の には こまって しまって、 5~6 チョウ サキ の フシンバ から、 コンクリート に つかう スナ を ヤミ に まぎれて ぬすんで くる やら して、 そんな もの まで オシイレ の ナカ に こっそり しのばせて おいた の で ある。 で、 その ギュウニュウ と、 ハナガツオ を ふりかけた ゴハン の オサラ と、 ハゲチョロケ の、 フチ の かけた オワン を とりだす と、 ビン の ギュウニュウ を オワン へ うつして、 ヘヤ の マンナカ へ シンブンガミ を ひろげた。 それから オミヤゲ の ツツミ を ひらいて、 ミズダキ に して ある カシワ の ニク を、 タケ の カワ-グルミ それら の ゴチソウ と イッショ に ならべた。 そして 「リリー や、 リリー や」 と ツヅケサマ に よびながら、 サラ と ビン と を かちゃかちゃ うちつけて みたり した けれども、 リリー は てんで きこえない フリ を して、 まだ マドガラス に しがみついて いる の で あった。
「リリー や」
と、 カノジョ は ヤッキ に なって よんだ。
「オマエ、 なんで そない オモテ ばかり みてん のん? オナカ すいてえ へん のん か?」
サッキ の ツカモト の ハナシ では、 ノリモノ に よう と いけない と いう ショウゾウ の ココロヅカイ から、 ケサ は アサメシ を あたえて いない の だ そう で ある から、 よほど クウフク を うったえなければ ならない はず で、 ホンライ ならば サラコバチ の なる オト を きいたら たちまち とんで くる ところ だ のに、 イマ は その オト も ミミ に はいらず、 ひもじい こと も かんじない くらい、 ここ を のがれたい イチネン に かられて いる の で あろう か。 カノジョ は かつて この ネコ が アマガサキ から もどって きた イッケン を きかされて いる ので、 トウブン の アイダ は メ が はなされない こと で あろう と、 カクゴ して いた ものの、 でも タベモノ を たべて くれて、 フンシ へ ショウベン を たれる よう に なって くれたら だいじょうぶ だ と、 それ を タノミ に して いた の だ が、 くる そうそう から こんな チョウシ では、 すぐに も にげられて しまいそう に おもえた。 そして ドウブツ を てなずける には、 ジブン の よう に セッカチ に して は いけない の だ と しりながら、 なんとか して たべる ところ を ミトドケタサ に、 ムリ に マドギワ から ひきはなして、 ヘヤ の マンナカ へ だいて きて、 タベモノ の ウエ へ じゅんじゅん に ハナ を おしつけて やる と、 リリー は アシ を ばたばた やらして、 ツメ を たてたり ひっかいたり する ので、 シカタ が なし に はなして しまう と、 また マドギワ へ もどって いって、 コギレバコ の ウエ へ のぼる。
「リリー や、 これ、 これ を みて ごらん。 ここ に オマエ の いっち すき な もん ある のんに、 これ が わからん かいな」
と、 こちら も エコジ に おいかけて いって、 トリ の ニク だの ギュウニュウ だの を しつっこく もちまわりながら、 ハナ の サキ へ こすりつける よう に して やって も、 キョウ ばかり は その コウブツ の ニオイ にも つられなかった。
これ が まったく み も しらぬ ヒト に あずけられた と いう の では なし、 ともかくも アシカケ 4 ネン の アイダ おなじ ヤネ の シタ に すみ、 おなじ カマド の ゴハン を たべて、 ときには たった フタリ ぎり で ミッカ も ヨッカ も ルスバン を させられた ナカ で ある のに、 あんまり ブアイソウ-すぎる では ない か。 それとも ワタシ に いじめられた こと を イマ も ネ に もって いる の だ と すれば、 チクショウ の くせ に ナマイキ な と、 つい ハラ も たって くる の で あった が、 ここ で この ネコ に にげられて しまったら、 せっかく の ケイカク が ミズ の アワ に なった うえ、 アシヤ の ほう で それ みた こと か と テ を たたいて わらう で あろう、 もう コノウエ は コンクラベ を して、 キ が おれて くる の を まつ より ホカ に シカタ が ない、 なあに、 ああして クイモノ と フンシ と を メノマエ に あてがって おき さえ すれば、 いくら ゴウジョウ を はったって、 シマイ には オナカ が へって くる から くわず に いられない で あろう し、 ショウベン だって たれる で あろう、 そんな こと より キョウ は ワタシ は いそがしい の だ、 ぜひ バン まで に と うけあった シゴト が あった のに、 アサ から なにひとつ テ を つけて いない の だった と、 ようよう カノジョ は おもいかえして、 ハリバコ の ソバ に すわった。 そして オトコモノ の メイセン の ワタイレ を、 それから せっせと ぬい に かかった が、 ものの 1 ジカン も そうして いる うち に、 すぐ また シンパイ に なって くる ので、 ときどき ヨウス に キ を つけて いる と、 やがて リリー は ヘヤ の スミッコ の ほう へ いって、 カベ に ぴったり よりそうて うずくまった まま、 ミウゴキ ヒトツ しない よう に なって しまった。 それ は まったく、 チクショウ ながら も のがれる ミチ の ない こと を さとって、 カンネン の メ を とじた と でも いう の で あろう か。 ニンゲン だったら、 おおきな カナシミ に とざされた あまり、 あらゆる キボウ を なげうって、 シ を カクゴ した と いう ところ でも あろう か。 シナコ は うすきみわるく なって、 いきて いる か どう か を たしかめる ため に、 そうっと ソバ へ よって いって、 だきおこして み、 コキュウ を しらべて み、 つきうごかして みる と、 ナニ を されて も テイコウ も しない カワリ に、 まるで アワビ の ミ の よう に カラダジュウ を ひきしめて、 かたく なって いる サマ が ユビサキ に かんじられる。 まあ、 ホントウ に、 なんと いう ゴウジョウ な ネコ で あろう。 こんな グアイ で、 いつ に なったら なつく とき が ある で あろう。 だが コト に よる と、 わざと ああいう フウ を して、 こちら の ユダン を みすまして いる の では ない か。 イマ は ああして、 あきらめた よう に して いる けれども、 おもい イタド を さえ あける ネコ で ある から、 うっかり ヘヤ を ルス に したら、 その アイダ に いなく なって しまう の では ない か。 そう おもう と カノジョ は、 タニン の こと より も ジブン ジシン が、 ゴハン を たべ に ゆく こと も カワヤ へ たつ こと も できない の で あった。
オヒル に なって、 イモウト の ハツコ が、
「ネエサン、 ゴハン」
と、 ダンバシゴ の シタ から コエ を かける と、
「はい」
と シナコ は たちあがりながら、 しばらく ヘヤ の ナカ を うろうろ した。 そして けっきょく、 メリンス の コシヒモ を 3 ボン つないで、 リリー の カタ から ワキノシタ へ、 ジュウモンジ に タスキ を かけて、 つよく しめすぎない よう に、 そう か と いって すっぽり ぬけられない よう に、 ナンド も ネン を いれて しめなおして、 セナカ で しっかり ムスビタマ を つくった。 それから その ヒモ の もう イッポウ の ハシ を もって、 また ひとしきり うろうろ して いた が、 とうとう テンジョウ から さがって いる デントウ の コード に くくりつける と、 やっと アンシン して シタ へ おりた。 が、 ショクジ の アイダ も キ に かかる ので、 そこそこ に して あがって きて みる と、 しばられた まま やはり スミッコ の ほう へ いって、 マエ より も なお カラダ を ちぢめて いる では ない か。 カノジョ は いっそ、 ジブン が いない ほう が いい の かも しれない、 しばらく ヒトリ に して おいたら、 その アイダ に たべる もの は たべ、 たれる もの は たれる かも しれない と、 そう も キタイ して いた の で あった が、 もちろん そんな ケイセキ も ない。 カノジョ は 「ちょっ」 と シタウチ を して、 イマ も ヘヤ の マンナカ に むなしく おかれて ある ゴチソウ の オサラ と、 スナ が すこしも ぬれて いない きれい な フンシ と を うらめしそう に にらみながら、 ハリバコ の ソバ に すわる。 か と おもう と、 ああ、 そう だった、 あんまり ながく しばって おいて は かわいそう だ と、 また たちあがって、 ほどき に いって、 ついでに なでて みたり、 だいて みたり、 ダメ と しりながら も タベモノ を すすめて みたり、 フンシ の イチ を かえて みたり、 それ を イクド か くりかえす うち に ヒ が くれて きて、 ユウガタ の 6 ジ-ゴロ に なる と、 シタ から ハツコ が バン の ゴハン を しらせる ので、 また ヒモ を もって たちあがる。 そんな ふう に して、 その ヒ は イチニチ ネコ の こと に かまけて、 うけあった シゴト も できない まま に アキ の ヨナガ が ふけて しまった。
11 ジ が なる と、 シナコ は ヘヤ を かたづけて から、 もう イチド リリー を しばって、 ザブトン を 2 マイ も しいた ウエ へ ねかして、 ゴハン と ベンキ と を ミヂカ な ところ へ ならべて やった。 それから ジブン の ネドコ を のべ、 アカリ を けして ネムリ に ついた が、 せめて アサ に なる まで には、 ギュウニュウ でも カシワ でも なんでも いい から、 どれ か ヒトツ ぐらい たべて いて くれない だろう か、 アス の アサ メ を ひらいた とき あの オサラ が カラ に なって いて くれたら、 そうして フンシ が ぬれて いて くれたら、 どんな に うれしい で あろう など と おもう と、 メ が さえて きて ねられない まま に、 リリー の ネイキ が きこえる かしらん と ヤミ の ナカ で ミミ を すます と、 しーん と ミズ を うった よう で、 かすか な オト も して いない。 あまり しずかすぎる の が キ に なって、 マクラ から クビ を もたげる と、 マド の ほう は うすぼんやり と あかるい けれども、 リリー が いる はず の スミッコ の ほう は あいにく マックラ で なにも みえない。 ふと おもいついて、 アタマ の ウエ を テサグリ して、 テンジョウ から ハスッカイ に ひっぱられて いる ヒモ を つかんで、 たぐりよせる と、 だいじょうぶ テゴタエ が ある。 でも ネン の ため に デントウ を つけて みる と、 なるほど いる こと は いる けれども、 あの、 すねた よう に ちぢこまって、 まるく なって いる シセイ が、 ヒルマ と すこしも かわって いない し、 タベモノ も フンシ も そっくり そのまま ならんで いる ので、 また がっかり して アカリ を けす。 その うち に ようやく とろとろ と しかけて、 しばらく して から メ を さます と、 もう いつのまにか ヨ が あけて いて、 みれば フンシ の スナ の ウエ に おおきな カタマリ が おとして あり、 ギュウニュウ の オサラ と ゴハン の オサラ が すっかり たいらげられて いる ので、 しめた と おもう と それ が ユメ だったり する の で ある。
だが、 1 ピキ の ネコ を てなずける の は、 こんな に ホネ の おれる こと なの だろう か。 それとも リリー と いう ネコ が トクベツ に ゴウジョウ なの だろう か。 もっとも これ が まだ がんぜない コネコ で あったら、 わけなく なつく の で あろう けれども、 こういう ロウビョウ に なって くる と、 ニンゲン と おなじ で、 シュウカン や カンキョウ の ちがった バショ へ つれて こられる と いう こと が、 ヒジョウ な ダゲキ なの かも しれない。 そして ついには、 それ が ゲンイン で しぬ よう な こと に なる の かも しれない。 シナコ は もともと、 ハラ に ヒトツ の モクサン が あって すき でも ない ネコ を ひきとった ので、 こんな に テカズ が かかる もの とは しらなかった が、 いわば イゼン は カタキドウシ で あった ケモノ の おかげ で、 ヨル も おちおち ねられない ほど クロウ を させられる インネン を おもいあわせる と、 フシギ にも ハラ が たたない で、 ネコ も かわいそう なら ジブン も かわいそう だ と いう キモチ が わいて くる の で あった。 かんがえて みれば、 ジブン だって アシヤ の イエ を でて きた トウザ は、 ここ の 2 カイ に ヒトリ で しょんぼり して いる こと が コノウエ も なく かなしくって、 イモウト フウフ が みて いない とき は、 マイニチ マイバン ないて ばかり いた では ない か。 ジブン だって、 フツカ ミッカ は ナニ を する ゲンキ も なく、 ろくろく モノ も たべなかった では ない か。 そうして みれば、 リリー に したって アシヤ が こいしい の は アタリマエ だ。 ショウゾウ さん に あんな に かわいがられて いた の だ もの を、 その くらい な ジョウ が なければ オンシラズ だ。 まして こんな に トシ を とって、 すみなれた イエ を おわれ、 きらい な ヒト の ところ へ なんか つれて こられて、 どんな に やるせない で あろう。 もし ホントウ に リリー を てなずけよう と いう なら、 その ココロモチ を さっして やり、 ナニ より も アンシン と シンライ を もたせる よう に しむけなければ ならない。 かなしい カンジョウ で ムネ が いっぱい に なって いる とき に、 ムリ に ゴチソウ を すすめたら、 ダレ だって ハラ が たつ では ない か。 だのに ジブン は、 「たべる の が いや なら ショウベン を しろ」 と、 フンシ まで も つきつけた。 あまり と いえば テマエ-ガッテ な、 ココロナシ の ヤリカタ だった。 いや、 その くらい は まだ いい と して、 しばった の が いちばん よく なかった。 アイテ に シンライ されたかったら、 まず こちら から シンライ して かからなければ ならない のに、 あれ では ますます キョウフシン を おこさせる。 いくら ネコ でも、 しばられて いて は ショクヨク も でない で あろう し、 ショウベン も つまって しまう で あろう。
あくる ヒ に なる と、 シナコ は しばる こと を ヤメ に して、 にげられたら にげられた で シカタ が ない と、 ドキョウ を きめた。 そして ときどき、 5 フン か 10 プン ぐらい の アイダ、 ためしに ヒトリ ほうって おいて、 ヘヤ を ルス に して みる と、 まだ ゴウジョウ に ちぢこまって は いる けれども、 いい アンバイ に にげだしそう な フウ も みえない。 それで にわか に キ を ゆるした こと が わるかった の だ が、 オヒル の ゴハン に、 キョウ は ゆっくり たべよう と おもって、 30 プン ほど シタ へ おりて いる とき だった、 2 カイ で ナニ か、 がさっ と いう オト が した よう なので、 いそいで あがって きて みる と、 フスマ が 5 スン ほど あいて いる。 たぶん リリー は、 そこ から ロウカ へ でて、 ミナミガワ の、 6 ジョウ の マ を とおりぬけて、 おりあしく アケハナシ に なって いた そこ の マド から ヤネ へ とびだした の で あろう、 もう その ヘン には カゲ も カタチ も みえなかった。
「リリー や、………」
カノジョ は さすが に おおきな コエ で わめこう と して、 つい その コエ が でず に しまった。 あんな に シンク した カイ も なく、 やっぱり にげられた か と おもう と、 もう おいかける キリョク も なく、 なんだか ほっと して、 ニ が おりた よう な グアイ で あった。 どうせ ジブン は ドウブツ を ならす の が ヘタ なの だ から、 おそかれ はやかれ にげられる に きまって いる もの なら、 はやく カタ が ついた ほう が いい かも しれない。 これ で かえって さばさば して、 キョウ から は シゴト も はかどる で あろう し、 ヨル も のんびり ねられる で あろう。 それでも カノジョ は、 ウラ の アキチ へ でて いって、 ザッソウ の ナカ を あっちこっち かきわけながら、
「リリー や、 リリー や」
と、 しばらく よんで みた けれども、 イマゴロ こんな ところ に ぐずぐず して いる はず が ない こと は、 わかりきって いた の で あった。

リリー が にげて いって から、 トウジツ の バン も、 その あくる バン も、 また その あくる バン も、 シナコ は アンシン して ねられる どころ か、 さっぱり ねむれない よう に なって しまった。 いったい カノジョ は カンショウ の せい か、 26 と いう トシ の わり には めざとい ほう で、 ゲジョ-ボウコウ を して いた ジダイ から、 どうか する と ねられない クセ が あった もの だ が、 コンド も この 2 カイ に ひきうつって から、 たぶん ネドコ の かわった の が ゲンイン で あろう、 ほとんど ショウミ 3~4 ジカン しか ねない バン が ながい アイダ つづいて いて、 ようよう トオカ ばかり マエ から すこし ねられる よう に なりかけた ところ だった の で ある。 それ が あの バン から、 また ねむれなく なった の は どうして かしらん? カノジョ は つめて シゴト を する と、 じきに カタ が こって きたり コウフン したり する の で ある が、 コノアイダ から リリー の ため に おくれて いた の を とりかえそう と して、 あまり ヌイモノ に ネッチュウ しすぎた せい かしらん? それに ガンライ が ヒエショウ なので、 まだ 10 ガツ の ハジメ だ と いう のに そろそろ アシ が ひえて きて、 フトン へ はいって も ヨウイ に ぬくもらない の で ある。 カノジョ は オット に うとんぜられた その ソモソモ の キッカケ を、 ふと おもいだして くる の で ある が、 それ も イマ から かんがえれば、 まったく ジブン の ヒエショウ から おこった こと なの で あった。 ひどく ネツキ の いい ショウゾウ は、 フトン へ はいって 5 フン も すれば ねむって しまう のに、 そこ へ とつぜん コオリ の よう な アシ に さわられて、 おこされて しまう の が たまらない から、 オマエ は そっち で ねて くれろ と いう。 そんな こと から つい ベツベツ に ねる よう に なった が、 さむい ジブン には ユタンポ の こと で よく ケンカ を した。 なぜか と いって、 ショウゾウ は カノジョ と ハンタイ に、 ヒトイチバイ ノボセショウ なの で ある。 わけても アシ が あつい と いって、 フユ でも すこし フトン の スソ へ ツマサキ を だす くらい に しない と、 ねられない オトコ なの で ある。 だから ユタンポ で あたためて ある フトン へ はいる こと を きらって、 5 フン と シンボウ して いなかった。 もちろん それ が フワ を かもした コンポン の リユウ では ない けれども、 しかし そういう タイシツ の ソウイ が よい コウジツ に つかわれて、 だんだん ヒトリネ の シュウカン を つけられて しまった の で あった。
カノジョ は ミギ の クビスジ から カタ の ほう へ シコリ が できて おそろしく はって いる よう なので、 ときどき そこ を もんで みたり、 ネガエリ を うって マクラ の あたる ところ を かえて みたり した。 マイトシ ナツ から アキ へ かけて、 ヨウキ の カワリメ に ミギ の シタアゴ の ムシバ が いたんで こまる の で ある が、 サクヤ アタリ から すこし ずきずき しだした よう で ある。 そう いえば、 この ロッコウ と いう ところ は、 これから フユ に なって くる と、 マイトシ ロッコウ オロシ が ふいて、 アシヤ など より ずっと サムサ が きびしい の で ある と きいて いた けれども、 もう コノゴロ でも ヨル は ソウトウ に ひえこむ ので、 おなじ ハンシン の アイダ で ありながら、 なんだか とおい ヤマグニ へ でも きた よう な キ が する。 カノジョ は カラダ を エビ の よう に ちぢこめて、 ムカンカク に なりかけた リョウホウ の アシ を すりあわした。 アシヤ ジダイ には、 もう 10 ガツ の スエ に なる と、 オット と ケンカ しながら も ユタンポ を いれて ねた の で あった が、 こんな グアイ だ と、 コトシ は それまで まてない かも しれない。………
ねつかれない もの と あきらめて しまって、 デントウ を つけて、 イモウト から かりた センゲツ ゴウ の 「シュフ ノ トモ」 を、 ヨコムキ に ねながら よみだした の が、 ちょうど ヨナカ の 1 ジ で あった が、 それから まもなく、 トオク の ほう から ざあっ と いう オト が ちかよって きて、 じきに ざあっ と とおりすぎて ゆく の が きこえた。 おや、 シグレ かな、 と おもって いる と、 また ざあっと やって きて、 ヤネ の ウエ を とおる ジブン には、 ぱらぱら と まばら な オト を おとして、 シノビアシ に きえて ゆく。 しばらく する と、 また ざあっと やって くる。 それ に つけて も、 リリー は イマゴロ どこ に いる か、 アシヤ へ かえって いる なら いい が、 もし そう でも なく、 ミチ に まよって いる なら、 こんな バン には さぞ アメ に ぬれて いる で あろう。 ジツ を いう と、 まだ ツカモト には にげられた こと を しらせて やらない の で ある が、 あれ から こっち、 ずっと その こと が アタマ に ひっかかって いる の で あった。 カノジョ と して は はやく しらして やった ほう が ゆきとどいて いる こと は わかって いた の だ が、 「はばかりながら、 とうに もどって きて おります から ゴアンシン くだすって ケッコウ です、 いろいろ オテスウ を かけました が、 もう ゴイリヨウ は ありますまい な」 と、 ヒニク マジリ に いわれそう なの が ゴウハラ で、 つい ノビノビ に して いた の で ある。 しかし もどって いる と したら、 こちら の ツウチ を まつ まで も なく、 ムコウ から も アイサツ が ありそう な もの だ のに、 なんとも いって こない の を みる と、 どこ か に まごついて いる の で あろう か。 アマガサキ の とき は、 スガタ が みえなく なって から 1 シュウカン-メ に もどった と いう の だ が、 コンド は そんな に とおい ところ では ない の だし、 つい ミッカ マエ に とおって きた ばかり の ミチ なの だ から、 よもや まよう こと は ない で あろう。 ただ チカゴロ は モウロク して いて、 あの ジブン より は カン も わるく、 ドウサ も にぶく なって いる から、 ミッカ かかる ところ が ヨッカ かかる よう な こと は ある かも しれない。 そう だ と して も、 おそくも アス か アサッテ の うち には ブジ に もどって ゆく で あろう。 すると あの フタリ が どんな ヨロコビヨウ を する か。 そして どんな に リュウイン を さげる か。 きっと ツカモト さん まで が イッショ に なって、 「それ みろ、 あれ は テイシュ に すてられる ばかり か、 ネコ に まで すてられる よう な オンナ だ」 と いう で あろう。 いやいや、 シタ の イモウト フウフ も オナカ の ナカ では そう おもう で あろう し、 セケン の ヒト が ミンナ ワライモノ に する で あろう。
その とき、 シグレ が また ヤネ の ウエ を ぱらぱら と とおって いった アト から、 マド の ガラス ショウジ に、 ナニ か が ばたん と ぶつかる よう な オト が した。 カゼ が でた な、 ああ、 いや な こと だ、 と、 そう おもって いる うち に、 カゼ に して は すこし オモミ の ある よう な もの が、 つづいて 2 ド ばかり、 ばたん、 ばたん と、 ガラス を たたいた よう で あった が、 かすか に、
「にゃあ」
と いう コエ が、 どこ か に きこえた。 まさか イマジブン、 そんな こと が、 ………と、 ぎくっと しながら、 キ の せい かも しれぬ と ミミ を すます と、 やはり、
「にゃあ」
と ないて いる の で ある。 そして その アト から、 あの ばたん と いう オト が きこえて くる の で ある。 カノジョ は あわてて はねおきて、 マド の カーテン を あけて みた。 と、 コンド は はっきり、
「にゃあ」
と いう の が ガラスド の ムコウ で きこえて、 ばたん、 ………と いう オト と ドウジ に、 くろい モノ の カゲ が さっと かすめた。 そう か、 やっぱり そう だった の か、 ―――カノジョ は さすが に、 その コエ には オボエ が あった。 このあいだ ここ の 2 カイ に いた とき は、 とうとう イチド も なかなかった が、 それ は たしか に、 アシヤ ジダイ に ききなれた コエ に ちがいなかった。
いそいで サシコミ の ネジ を ぬいて、 マド から ハンシン を のりだしながら、 シツナイ から さす デントウ の アカリ を タヨリ に くらい ヤネ の ウエ を すかした けれども、 イッシュンカン、 なにも みえなかった。 ソウゾウ する に、 その マド の ソト に テスリ の ついた ハリダシ が ある ので、 リリー は たぶん そこ へ あがって、 なきながら マド を たたいて いた の に ちがいなく、 あの ばたん と いう オト と たったいま みえた くろい カゲ とは まさしく それ だった と おもえる の で ある が、 ウチガワ から ガラスド を あけた トタン に、 どこ か へ にげて いった の で あろう か。
「リリー や、………」
と、 シタ の フウフ を おこさない よう に キガネ しながら、 カノジョ は ヤミ に コエ を なげた。 カワラ が ぬれて ひかって いる ので、 サッキ の あれ が シグレ だった こと は うたがう ヨチ が ない けれども、 それ が まるで ウソ だった よう に、 ソラ には ホシ が きらきら して いる。 メノマエ を おおう マヤサン の、 ハバビロ な、 マックロ な カタ にも、 ケーブル カー の アカリ は きえて しまって いる が、 チョウジョウ の ホテル に ヒ の ともって いる の が みえる。 カノジョ は ハリダシ へ カタヒザ を かけて、 ヤネ の ウエ へ のめりだしながら、 もう イチド、
「リリー や」
と、 よんだ。 すると、
「にゃあ」
と いう ヘンジ を して、 カワラ の ウエ を こちら へ あるいて くる らしく、 リンイロ に ひかる フタツ の メノタマ が だんだん ちかよって くる の で ある。
「リリー や」
「にゃあ」
「リリー や」
「にゃあ」
ナンド も ナンド も、 カノジョ が ヒンパン に よびつづける と、 その たび ごと に リリー は ヘンジ を する の で あった が、 こんな こと は、 ついぞ イマ まで に ない こと だった。 ジブン を かわいがって くれる ヒト と、 ナイシン きらって いる ヒト と を よく しって いて、 ショウゾウ が よべば こたえる けれども、 シナコ が よぶ と しらん カオ を して いた もの だ のに、 コンヤ は イクド でも オックウ-がらず に こたえる ばかり で なく、 しだいに コビ を ふくんだ よう な、 なんとも いえない やさしい コエ を だす の で ある。 そして、 あの あおく ひかる ヒトミ を あげて、 カラダ に ナミ を うたせながら テスリ の シタ まで よって きて は、 また すうっと ムコウ へ ゆく の で ある。 おおかた ネコ に して みれば、 ジブン が ブアイソウ に して いた ヒト に、 キョウ から かわいがって もらおう と おもって、 いくらか イマ まで の ブレイ を わびる ココロモチ も こめて、 あんな コエ を だして いる の で あろう。 すっかり タイド を あらためて、 ヒゴ を あおぐ キ に なった こと を、 なんとか して わかって もらおう と、 イッショウ ケンメイ なの で あろう。 シナコ は はじめて この ケモノ から そんな やさしい ヘンジ を された の が、 コドモ の よう に うれしくって、 ナンド でも よんで みる の で あった が、 だこう と して も なかなか つかまえられない ので、 しばらく の アイダ、 わざと マドギワ を はなれて みる と、 やがて リリー は ミ を おどらして、 ひらり と ヘヤ へ とびこんで きた。 それから、 まったく おもいがけない こと には、 ネドコ の ウエ に すわって いる シナコ の ほう へ イッチョクセン に あるいて きて、 その ヒザ に マエアシ を かけた。
これ は まあ いったい どうした こと か、 ―――カノジョ が あきれて いる うち に、 リリー は あの、 アイシュウ に みちた マナザシ で じっと カノジョ を みあげながら、 もう ムネ の アタリ へ もたれかかって きて、 メン フランネル の ネマキ の エリ へ、 ヒタイ を ぐいぐい と おしつける ので、 こちら から も ホオズリ を して やる と、 アゴ だの、 ミミ だの、 クチ の マワリ だの、 ハナ の アタマ だの を、 やたら に なめまわす の で あった。 そう いえば、 ネコ は フタリ きり に なる と セップン を したり、 カオ を すりよせたり、 まったく ニンゲン と おなじ よう な シカタ で アイジョウ を しめす もの だ と きいて いた の は、 これ だった の か、 いつも ヒト の みて いない ところ で オット が こっそり リリー を アイテ に たのしんで いた の は、 これ を されて いた の だった か。 ―――カノジョ は ネコ に トクユウ な ひなたくさい ケガワ の ニオイ を かがされ、 ざらざら と ヒフ に ひっかかる よう な、 いたがゆい シタザワリ を カオジュウ に かんじた。 そして、 とつぜん、 たまらなく かわいく なって きて、
「リリー や」
と いいながら、 ムチュウ で ぎゅっと だきすくめる と、 ナニ か、 ケガワ の トコロドコロ に、 つめたく ひかる もの が ある ので、 さては イマ の アメ に ぬれた ん だな と、 はじめて ガテン が いった の で あった。
それにしても、 アシヤ の ほう へ かえらない で、 こちら へ かえった の は なぜ で あろう。 おそらく サイショ は アシヤ を めざして にげだした の が、 トチュウ で ミチ が わからなく なって、 もどって きた の では ない で あろう か。 わずか 3 リ か 4 リ の ところ を、 ミッカ も かかって うろうろ しながら、 とうとう モクテキチ へ ゆきつけない で ひっかえして くる とは、 リリー に して は あまり イクジ が ない よう だ けれども、 コト に よる と この かわいそう な ケモノ は、 もう それほど に ロウスイ して いる の で あろう。 キ だけ は ムカシ に かわらない つもり で、 にげて みた こと は みた ものの、 シリョク だの、 キオクリョク だの、 キュウカク だの と いう もの が、 もはや ムカシ の ハンブン も の ハタラキ も して くれない ので、 どっち の ミチ を、 どっち の ホウガク から、 どういう ふう に つれて こられた の か ケントウ が つかず、 あっち へ いって は ふみまよい、 こっち へ いって は ふみまよい して、 また モト の バショ へ もどって くる。 ムカシ だったら、 いったん こう と おもいこんだら どんな に ミチ の ない ところ でも ガムシャラ に トッシン した もの が、 イマ では ジシン が なくなって、 ヨウス の しれない ところ へ わけいる と オジケ が ついて、 ひとりでに アシ が すくんで しまう。 きっと リリー は、 そんな ふう に して あんがい トオク の ほう まで は ゆく こと が できず、 この カイワイ を まごまご して いた の で あろう。 そう だ と すれば、 キノウ の バン も、 オトトイ の バン も、 よなよな この 2 カイ の マド の チカク へ しのびよって、 いれて もらおう か どう しよう か と ためらいながら、 ナカ の ヨウス を うかがって いた の かも しれない。 そして コンヤ も、 あの ヤネ の ウエ の くらい ところ に うずくまって ながい アイダ かんがえて いた の で あろう が、 シツナイ に アカリ が ともった の と、 にわか に アメ が ふって きた の と で、 キュウ に ああいう ナキゴエ を だして ショウジ を たたく キ に なった の で あろう。 でも ホントウ に、 よく かえって きて くれた もの だ。 よっぽど つらい メ に あったれば こそ で あろう けれども、 やはり ワタシ を アカ の タニン とは おもって いない ショウコ なの だ。 それに ワタシ も、 コンヤ に かぎって こんな ジコク に デントウ を つけて、 ザッシ を よんで いた と いう の は、 ムシ が しらした せい なの だ。 いや、 かんがえれば、 この ミッカ-カン ちょっとも ねむれなかった の も、 じつは リリー の かえって くる の が なんとなく またれた から だった の だ。 そう おもう と カノジョ は、 ナミダ が でて きて シカタ が ない ので、
「なあ、 リリー や、 もう どこ へも いけへん なあ」
と、 そう いいながら、 もう イッペン ぎゅっと だきしめる と、 めずらしい こと に リリー は じっと おとなしく して、 いつまでも だかれて いる の で あった が、 その、 モノ も いわず に ただ かなしそう な メツキ を して いる としおいた ネコ の ムネ の ウチ が、 イマ の カノジョ には フシギ な くらい はっきり みとおせる の で あった。
「オマエ、 きっと オナカ へってる やろ けど、 コンヤ は もう おそい よって に な。 ―――ダイドコロ さがしたら なんなと ある やろ おもう けど、 ま、 しかたない、 ここ ワテ の ウチ と ちがう よって に、 アシタ の アサ まで まちなされ や」
カノジョ は ヒトコト ヒトコト に ホオズリ を して から、 ようよう リリー を シタ に おいて、 わすれて いた マド の トジマリ を し、 ザブトン で ネドコ を こしらえて やり、 あの とき イライ まだ オシイレ に つっこんで あった フンシ を だして やり など する と、 リリー は その アイダ も しじゅう アト を おって あるいて、 アシモト に からみつく よう に した。 そして すこし でも たちどまる と、 すぐ その ソバ へ はしりよって、 クビ を イッポウ へ かたむけながら、 ナンド も ミミ の ツケネ の アタリ を スリツケ に くる ので、
「ええ、 もう ええ がな、 わかってる がな。 さ、 ここ へ きて ねなさい ねなさい」
と、 ザブトン の ウエ へ だいて きて やって、 オオイソギ で アカリ を けして、 やっと カノジョ は ジブン の ネドコ へ はいった の で あった が、 それから 1 プン と たたない うち に、 たちまち すうっと マクラ の チカク に あの ひなたくさい ニオイ が して きて、 カケブトン を もくもく もちあげながら、 ビロウド の よう な やわらかい ケ の ブッタイ が はいって きた。 と、 ぐいぐい アタマ から もぐりこんで、 アシ の ほう へ おりて いって、 スソ の アタリ を しばらく の アイダ うろうろ して から、 また ウエ の ほう へ あがって きて、 ネマキ の フトコロ へ クビ を いれた なり うごかない よう に なって しまった が、 やがて さも キモチ の よさそう な、 ヒジョウ に おおきな オト を たてて ノド を ごろごろ ならしはじめた。
そう いえば イゼン、 ショウゾウ の ネドコ の ナカ で こんな グアイ に ごろごろ いう の を、 いつも トナリ で きかされながら いいしれぬ シット を おぼえた もの だ が、 コンヤ は トクベツ に その ごろごろ が おおきな コエ に きこえる の は、 よっぽど ジョウキゲン なの で あろう か、 それとも ジブン の ネドコ の ナカ だ と、 こういう ふう に ひびく の で あろう か。 カノジョ は リリー の つめたく ぬれた ハナ の アタマ と、 へんに ぷよぷよ した アシ の ウラ の ニク と を ムネ の ウエ に かんじる と、 まったく はじめて の デキゴト なので、 キミョウ の よう な、 うれしい よう な ココチ が して、 マックラ な ナカ で テサグリ しながら クビ の アタリ を なでて やった。 すると リリー は いっそう おおきく ごろごろ いいだして、 ときどき、 とつぜん ヒトサシユビ の サキ へ、 きゅっと かみついて ハガタ を つける の で あった が、 まだ そんな こと を された ケイケン の ない カノジョ にも、 それ が イジョウ な コウフン と ヨロコビ の あまり の シグサ で ある こと が わかる の で あった。
その あくる ヒ から、 リリー は すっかり シナコ と ナカヨシ に なって しまって、 ココロ から シンライ して いる ヨウス が みえ、 もう ギュウニュウ でも、 ハナガツオ の ゴハン でも、 なんでも おいしそう に たべた。 そして フンシ の スナ の ナカ へ ヒ に イクド か ハイセツブツ を おとす ので、 いつも その ニオイ が 4 ジョウ ハン の ヘヤ の ナカ へ むうっと こもる よう に なった が、 カノジョ は それ を かいで いる と、 イロイロ な キオク が おもいがけなく よみがえって、 アシヤ ジダイ の なつかしい ヒ が もどって きた よう に かんずる の で あった。 なぜか と いって、 アシヤ の イエ では あけて も くれて も この ニオイ が して いた では ない か。 あの イエ の ナカ の フスマ にも、 ハシラ にも、 カベ にも、 テンジョウ にも、 みな この ニオイ が しみついて いて、 カノジョ は オット や シュウトメ と イッショ に 4 ネン の アイダ これ を かぎながら、 くやしい こと や かなしい こと の カズカズ に たえて きた の では ない か。 だが、 あの ジブン には、 この ハナモチ の ならない ニオイ を のろって ばかり いた くせ に、 イマ は その おなじ ニオイ が なんと あまい カイソウ を そそる こと よ。 あの ジブン には この ニオイ ゆえ に ひとしお にくらしかった ネコ が、 イマ は その ハンタイ に、 この ニオイ ゆえ に いかに いとおしい こと よ。 カノジョ は その ノチ マイバン の よう に リリー を だいて ねむりながら、 この ジュウジュン で かわいらしい ケモノ を、 どうして ムカシ は あんな にも きらった の か と おもう と、 あの コロ の ジブン と いう もの が、 ひどく イジ の わるい、 オニ の よう な オンナ に さえ みえて くる の で あった。
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ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ 4

2018-10-08 | タニザキ ジュンイチロウ
さて この バアイ、 シナコ が この ネコ の ミガラ に ついて フクコ に イヤミ な テガミ を だしたり、 ツカモト を とおして あんな に しつっこく たのんだり した ドウキ と いう もの を、 ちょっと セツメイ して おかなければ ならない の で ある が、 ショウジキ の ところ、 そこ には イタズラ や イジワル の キョウミ が てつだって いた こと も たしか で あり、 また ショウゾウ が ネコ に つられて たずねて くる かも しれない と いう マンイチ の ノゾミ も あった で あろう が、 そんな メノマエ の こと より も、 じつは もっと とおい とおい サキ の こと、 ―――ま、 はやくて ハントシ、 おそくて 1 ネン か 2 ネン も すれば、 たぶん フクコ と ショウゾウ の ナカ が ブジ に ゆく はず は ない の だ から と、 その とき を みこして いる の で あった。 それ と いう の が、 もともと ツカモト の ナコウドグチ に のせられて ヨメ に いった の が フカク だった ので、 いまさら あんな ナマケモノ の、 イクジナシ の、 ハタラキ の ない オトコ なんぞ に、 すてられた ほう が シアワセ だった かも しれない の だ が、 でも カノジョ と して どう かんがえて も いまいましく、 あきらめきれない キ が する の は、 トウニン ドウシ が あき も あかれ も した わけ では ない のに、 ハタ の ニンゲン が コザイク を して おいだした の だ と、 そういう イチネン が ある から だった。 もっとも そんな こと を いう と、 いや、 そう おもう の は オマエサン の ウヌボレ だ、 それ は なるほど、 シュウトメ との オリアイ も わるかった に ちがいない けれども、 フウフナカ だって ちっとも よい こと は なかった では ない か、 オマエサン は ゴテイシュ を ノロマ だ と いって テイノウジ アツカイ に する し、 ゴテイシュ は オマエサン を ガ が つよい と いって うっとうしがる し、 いつも ケンカ ばかり して いた の を みる と、 よくよく ショウ が あわない の だ、 もし ゴテイシュ が ホント に オマエサン を すいて いる なら、 いくら ハタ から おしつけたって、 ホカ に オンナ を こしらえる わけ が ありますまい と、 そう ロコツ には いわない まで も、 ツカモト など の オナカ の ナカ は たいがい そう に きまって いる の だ が、 それ は ショウゾウ と いう ヒト の セイシツ を しらない から の こと なの で、 カノジョ に いわせれば、 いったい あの ヒト は ハタ から つよく おしつけられたら、 いや も オウ も ない の で ある。 ノンキ と いう の か、 グウタラ と いう の か、 その ヒト より も この ヒト が いい と いわれる と、 すぐ ふらふら と その キ に なって しまう の だ けれども、 ジブン から オンナ を こしらえて ふるい ニョウボウ を おいだしたり する ほど、 イチズ に おもいつめる ショウブン では ない の で ある。 だから シナコ は ネツレツ に ほれられた オボエ は ない が、 きらわれた と いう キ も しない ので、 マワリ の モノ が チエ を つけたり そそのかしたり しなかったら、 よもや フエン には ならなかったろう、 ジブン が こんな ウキメ を みる の は、 まったく オリン だの、 フクコ だの、 フクコ の オヤジ だの と いう モノ が オゼンダテ を した から なの だ と、 そう おもわれて、 すこし コチョウ した イイカタ を すれば、 ナマキ を さかれた よう な カンジ が ムネ の オク の ほう に くすぶって いる ので、 みれんがましい よう だ けれども、 どうも コノママ では カンニン できない の で あった。
しかし、 それなら、 うすうす オリン など の して いる こと を かんづかない でも なかった ジブン に、 なんとか シュダン の ホドコシヨウ が あった だろう に、 ―――いよいよ アシヤ を おいだされる マギワ に だって、 もっと がんばって みたら よかったろう に、 ―――じたい そういう サクリャク に かけて は シュウトメ の オリン と いい トリクミ だ と いわれた カノジョ が、 あんがい あっさり ハタ を まいて、 おとなしく おんでて しまった の は なぜ で あろう か、 ヒゴロ の マケズギライ にも にあわない と いう こと に なる が、 そこ には やっぱり カノジョ-らしい オモワク が ない でも なかった。 アリテイ に いう と、 コンド の こと は カノジョ の ほう に サイショ イクブン の ユダン が あった から こう なった ので、 それ と いう の も、 あの タジョウモノ の、 フリョウ ショウジョ アガリ の フクコ を、 なんぼ なんでも セガレ の ヨメ に しよう と まで は オリン も かんがえて いない で あろう し、 また シリ の かるい フクコ が、 まさか シンボウ する キ も あるまい と、 タカ を くくって いた から なの だ が、 そこ に タショウ の モクサン チガイ が あった と して も、 どうせ ナガツヅキ の する フタリ で ない と いう ミトオシ に、 イマ も カワリ は ない の で あった。 もっとも フクコ は トシ も わかい し、 オトコズキ の する カオダチ だし、 ハナ に かける ほど の ガクモン は ない が ジョガッコウ へも 1~2 ネン いって いた の だし、 それに ナニ より ジサンキン が ついて いる の だ から、 ショウゾウ と して は スエゼン の ハシ を とらぬ はず は なく、 まず トウブン は ウケ に いった キ で いる だろう けれども、 フクコ の ほう が やがて ショウゾウ では くいたらなく なって、 ウワキ を せず には いない で あろう。 なにしろ あの オンナ は オトコ ヒトリ を まもれない タチ で、 もう その ほう では フダツキ に なって いる の だ から、 どうせ コンド も はじまる こと は わかりきって いる の だ が、 それ が メ に あまる よう に なれば、 いくら ヒト の いい ショウゾウ だって だまって いられない で あろう し、 オリン に して も サジ を なげる に きまって いる。 ぜんたい ショウゾウ は とにかく と して、 シッカリモノ と いわれる オリン に その くらい な こと が みえない はず は ない の だ けれども、 コンド は ヨク が てつだった ので、 つい ムリ な サイク を した の かも しれない。 だから シナコ は、 ここ で なまじ な ワルアガキ を する より は、 ひとまず テキ に かたして おいて、 おもむろに コウト を さくして も おそく は ない と いう ハラ なので、 なかなか あきらめて は いない の だった が、 でも そんな こと は、 むろん ツカモト に たいして も オクビ にも だし は しなかった。 ウワベ は ドウジョウ が よる よう に、 なるべく あわれっぽい ところ を みせて、 ココロ の ナカ では、 どうしても もう イッペン だけ あそこ の イエ へ もどって やる、 いまに みて いろ と おもい も し、 また その オモイ が いつかは とげられる だろう と いう ノゾミ に いきて も いる の だった。
それに、 シナコ は、 ショウゾウ の こと を たよりない ヒト とは おもう けれども、 どういう もの か にくむ こと が できなかった。 あんな グアイ に、 なんの フンベツ も なく ふらふら して いて、 マワリ の ヒトタチ が ミギ と いえば ミギ を むき、 ヒダリ と いえば ヒダリ を むく と いう ふう だ から、 コンド に して も あの レンチュウ の いい よう に されて いる の で あろう が、 それ を かんがえる と、 コドモ を ヒトリアルキ させて いる よう な、 こころもとない、 かわいそう な カンジ が する の で ある。 そして もともと、 そういう テン に ヘン な カワイゲ の ある ヒト なので、 イチニンマエ の オトコ と おもえば ハラ が たつ こと も あった けれども、 いくらか ジブン より シタ に みおろして あつかう と、 ミョウ に アタリ の やわらかい、 やさしい ハダアイ が ある もの だ から、 だんだん それ に ほだされて ヌキサシ が ならない よう に なり、 もって きた もの まで みんな つぎこんで、 ハダカ に されて ほうりだされて しまった の だ が、 カノジョ と して は そんな に まで して つくして やった と いう ところ に、 なおさら ミレン が のこる の で ある。 まったく、 この 1~2 ネン-カン の あの イエ の クラシ は、 ハンブン イジョウ は カノジョ の ヤセウデ で ささえて いた よう な もの では ない か。 いい アンバイ に オハリ が タッシャ だった から、 キンジョ の シゴト を もらって きて は ヨノメ も ねず に ヌイモノ を して、 どうやら シノギ を つけて いた ので、 カノジョ の ハタラキ が なかったら、 ハハオヤ なぞ が いくら いばって も どうにも なり は しなかった では ない か。 オリン は トチ での キラワレモノ、 ショウゾウ は あの とおり で さっぱり シンヨウ が なかった から、 ショバライ の トドコオリ など も やかましく サイソク された もの だ が、 カノジョ への ドウジョウ が あったれば こそ セッキ が こせて いった の では ない か。 それだのに あの オンシラズ の オヤコ が、 ヨク に メ が くれて ああいう モノ を ひきずりこんで、 ウシ を ウマ に のりかえた キ で いる けれども、 まあ みて いる が いい、 あの オンナ に あの イエ の キリモリ が できる か どう か、 ジサンキン-ツキ は ケッコウ だ けれど、 なまじ そんな もの が あったら、 いっそう ヨメ の キズイ キママ が つのる で あろう し、 ショウゾウ も それ を アテ に して なまける で あろう し、 けっきょく オヤコ 3 ニン の オモワク が ミナ ソレゾレ に はずれて くる ところ から、 アラソイ の タネ が つきない で あろう。 その ジブン に なって、 マエ の ニョウボウ の アリガタミ が はじめて ホントウ に わかる の だ。 シナコ は こんな フシダラ では なかった、 こういう とき に ああ も して くれた、 こう も して くれた と、 ショウゾウ ばかり で なく、 ハハオヤ まで が きっと ジブン の シッサク を みとめて、 コウカイ する の だ。 あの オンナ は また あの オンナ で、 さんざん あの イエ を かきまわした アゲク の ハテ に、 とびだして しまう の が オチ なの だ。 そう なる こと は イマ から メイメイ ハクハク で、 タイコバン を おして やりたい くらい で ある のに、 それ が わからない とは あわれ な ヒトタチ も あれば ある もの よ と、 ナイシン せせらわらいながら ジキ を まつ つもり で いる の だ が、 しかし ヨウジン-ぶかい カノジョ は、 まつ に つけて は リリー を あずかって おく と いう イッサク を かんがえついた の で あった。
カノジョ は いつも、 ウエ の ガッコウ を 1~2 ネン でも のぞいた こと が ある と いう フクコ に たいして、 キョウイク の テン では ヒケメ を かんじて いた の で ある が、 でも ホントウ の チエクラベ なら、 フクコ に だって オリン に だって まける もの か と いう ジフシン が ある ので、 リリー を あずかる と いう シュダン を おもいついた とき は、 われながら の ミョウアン に ヒトリ で カンシン して しまった。 なぜか と いって、 リリー さえ こちら へ ひきとって おいたら、 おそらく ショウゾウ は アメ に つけ、 カゼ に つけ、 リリー の こと を おもいだす たび に カノジョ の こと を おもいだし、 リリー を フビン と おもう ココロ が、 しらずしらず カノジョ を あわれむ ココロ にも なろう から で ある。 そして、 そう すれば、 いつまで たって も セイシンテキ に エン が きれない リクツ で ある し、 そこ へ もって きて フクコ との ナカ が しっくり ゆかない よう に なる と、 いよいよ リリー が こいしい と ともに マエ の ニョウボウ が こいしく なろう。 カノジョ が いまだに サイエン も せず、 ネコ を アイテ に わびしく くらして いる と きいて は、 イッパン の ドウジョウ が あつまる の は むろん の こと、 ショウゾウ だって わるい キモチ は する はず が なく、 ますます フクコ に イヤケ が さす よう に なる で あろう から、 テ を くださず して カレラ の ナカ を さく こと に セイコウ し、 フクエン の ジキ を はやめる こと が できる。 ―――ま、 そう オアツラエムキ に いって くれたら シアワセ で ある が、 カノジョ ジシン は そう なる ミコミ を たてて いた。 ただ モンダイ は リリー を すなお に ひきわたす か どう か と いう こと で あった が、 それ とて も、 フクコ の シットシン を あおりたてたら だいじょうぶ うまく ゆく つもり で いた。 だから あの テガミ の モンク なんぞ も、 そういう シンボウ エンリョ を もって かかれて いた ので、 タンジュン な イタズラ や イヤガラセ では なかった の で ある が、 オキノドク ながら アタマ の わるい レンチュウ には、 どうして ワタシ が すき でも ない ネコ を ほしがる の か、 とても その シンイ が つかめっこ あるまい、 そして いろいろ コッケイ きわまる ジャスイ を したり、 こどもじみた サワギカタ を する で あろう と いう ところ に、 おさえきれない ユウエツカン を おぼえた の で あった。
とにかく、 そんな ワケ で ある から、 その せっかく の リリー に にげられた とき の ラクタン と、 おもいがけなく それ が もどって きた とき の ヨロコビ と が どんな に おおきかった と して も、 ひっきょう それ は トクイ の 「シンボウ エンリョ」 に もとづく ダサンテキ な カンジョウ で あって、 ホントウ の アイチャク では ない はず なの だ が、 あの とき イライ、 イッショ に 2 カイ で くらす よう に なって みる と、 まったく ヨソウ も しなかった ケッカ が あらわれて きた の で ある。 カノジョ は よなよな、 その 1 ピキ の ひなたくさい ケモノ を かかえて おなじ ネドコ の ナカ に ねながら、 どうして ネコ と いう もの は こんな にも かわいらしい の で あろう、 それだのに また、 ムカシ は どうして この カワイサ が リカイ できなかった の で あろう と、 イマ では カイコン と ジセキ の ネン に かられる の で あった。 おおかた アシヤ ジダイ には、 サイショ に ヘン な ハンカン を いだいて しまった ので、 この ネコ の ビテン が メ に はいらなかった の で あろう が、 それ と いう の も、 ヤキモチ が あった から なの で ある。 ヤキモチ の ため に、 ほんらい かわいらしい シグサ が ただ もう にくらしく みえた の で ある。 たとえば カノジョ は、 さむい ジブン に オット の ネドコ へ もぐりこんで ゆく この ネコ を にくみ、 ドウジ に オット を うらんだ もの だ が、 イマ に なって みれば なんの にくむ こと も うらむ こと も あり は しない。 げんに カノジョ も、 もう コノゴロ では ヒトリネ の サムサ が しみじみ こたえて いる では ない か。 まして ネコ と いう ケモノ は ニンゲン より も タイオン が たかい ので、 ひとしお サムガリ なの で ある。 ネコ に あつい ヒ は ドヨウ の ミッカ-カン だけ しか ない と いわれる の で ある。 そう だ と すれば、 イマ は アキ の ナカバ で ある から、 ロウネン の リリー が あたたかい ネドコ へ したいよる の は トウゼン では ない か。 いや、 それ より も、 カノジョ ジシン が、 こうして ネコ と ねて いる と、 この あたたかい こと は どう だ! レイネン ならば、 コンヤ アタリ は ユタンポ なし では ねられない で あろう のに、 コトシ は まだ そんな もの も つかわない で、 さむい オモイ も せず に いる の は、 リリー が はいって きて くれる おかげ では ない か。 カノジョ ジシン が、 ヨゴト ヨゴト に リリー を はなせなく なって いる では ない か。 その ホカ ムカシ は、 この ネコ の ワガママ を にくみ、 アイテ に よって タイド を かえる の を にくみ、 カゲヒナタ の ある の を にくんだ けれども、 それ も これ も、 みんな こちら の アイジョウ が たらなかった から なの だ。 ネコ には ネコ の チエ が あって、 ちゃんと ニンゲン の ココロモチ が わかる。 その ショウコ には、 こちら が イマ まで の よう で なく、 ホントウ の アイジョウ を もつ よう に なったら、 すぐ もどって きて この とおり なれなれしく する では ない か。 カノジョ が ジブン の キモチ の ヘンカ を イシキ する より、 リリー の ほう が より はやく かぎつけた くらい では ない か。
シナコ は イマ まで、 ネコ は おろか ニンゲン に たいして も、 こんな に こまやか な ジョウアイ を かんじた こと も なく、 しめした こと も ない よう な キ が した。 それ は ヒトツ には、 オリン を ハジメ イロイロ な ヒト から ジョウ の こわい オンナ だ と いわれて いた もの だ から、 いつか ジブン でも そう おもわされて いた せい で あった が、 コノアイダ から リリー の ため に ささげつくした シンロウ と ココロヅカイ と を かんがえる とき、 ジブン の どこ に こんな あたたかい、 やさしい ジョウチョ が ひそんで いた の か と、 いまさら おどろかれる の で あった。 そう いえば ムカシ、 ショウゾウ が この ネコ の セワ を けっして タニン の テ に ゆだねず、 マイニチ ショクジ の シンパイ を し、 2~3 ニチ-オキ に フンシ の スナ を カイガン まで トリカエ に ゆき、 ヒマ が ある と ノミ を とって やったり ブラシ を かけて やったり し、 ハナ が かわいて い は しない か、 ベン が やわらかすぎ は しない か、 ケ が ぬけ は しない か と しじゅう キ を つけて、 すこし でも イジョウ が あれば クスリ を あたえる と いう ふう に、 まめまめしく つくして やる の を みて、 あの ナマケモノ に よく あんな メンドウ が みられる こと よ と、 ますます ハンカン を つのらした もの だ が、 あの ショウゾウ の した こと を イマ は ジブン が して いる では ない か。 しかも カノジョ は、 ジブン の イエ に すんで いる の では ない の で ある。 ジブン の たべる だけ の もの は、 ジブン で もうけて イモウト フウフ へ はらいこむ と いう ジョウケン だ から、 まるきり の イソウロウ では ない が、 なにかと キ が おける ナカ に いて、 この ネコ を かって いる の で ある。 これ が ジブン の イエ で あったら、 ダイドコロ を あさって ノコリモノ を さがす けれども、 タニン の イエ では そう も できない ところ から、 ジブン が たべる もの を たべず に おく か、 イチバ へ いって なにかしら みつけて きて やらねば ならない。 そう で なくて も、 つましい うえ にも つましく して いる バアイ で ある のに、 たとい わずか の カイモノ にも せよ、 リリー の ため に デセン が ふえる と いう こと は、 ずいぶん イタゴト なの で ある。 それに もう ヒトツ ヤッカイ なの は、 フンシ で あった。 アシヤ の イエ は ハマ まで 5~6 チョウ の キョリ だった から、 スナ を える には ベンリ で あった が、 この ハンキュウ の エンセン から は、 ウミ は ヒジョウ に とおい の で ある。 もっとも サイショ の 2~3 カイ は、 フシンバ の スナ が あった おかげ で たすかった けれども、 あいにく チカゴロ は どこ にも スナ なんか あり は しない。 そう か と いって、 スナ を かえず に ほうって おく と、 とても シュウキ が はげしく なって、 シマイ に シタ へ まで におって くる ので、 イモウト フウフ が いや な カオ を する。 よんどころなく、 ヨ が ふけて から カノジョ は そうっと スコップ を もって でかけて いって、 その ヘン の ハタケ の ツチ を かいて きたり、 ショウガッコウ の ウンドウジョウ から スベリダイ の スナ を ぬすんで きたり、 そんな バン には また よく イヌ に ほえられたり、 あやしい オトコ に つけられたり、 ―――まったく、 リリー の ため で なかったら、 ダレ に たのまれて こんな いや な シゴト を しよう、 だが また リリー の ため ならば こういう クロウ を いとわない とは、 なんと した こと で あろう と おもう と、 かえすがえす も、 アシヤ の ジブン に、 なぜ この ハンブン も の アイジョウ を もって、 この ケモノ を いつくしんで やらなかった か、 ジブン に そういう ココロガケ が あったら、 よもや オット との ナカ が フエン に なり は しなかった で あろう し、 このよう な ウキメ は みなかった で あろう もの を と、 いまさら それ が くやまれて ならない。 かんがえて みれば、 ダレ が わるかった の でも ない、 みんな ジブン が いたらなかった の だ。 この ツミ の ない、 やさしい 1 ピキ の ケモノ を さえ あいする こと が できない よう な オンナ だ から こそ、 オット に きらわれた の では ない か。 ジブン に そういう ケッテン が あった から こそ、 ハタ の ニンゲン が つけこんだ の では ない か。………
11 ガツ に なる と、 アサユウ の サムサ が めっきり くわわって、 ヨル は ときどき ロッコウ の ほう から ふきおろす カゼ が、 ト の スキマ から ひえびえ と しみこむ よう に なって きた ので、 シナコ と リリー とは マエ より も いっそう くっついて、 ひしと だきあって、 ふるえながら ねた。 そして とうとう こらえきれず に、 ユタンポ を つかいはじめた の で あった が、 その とき の リリー の ヨロコビカタ と いったら なかった。 シナコ は よなよな、 ユタンポ の ヌクモリ と ネコ の カッキ と で ぽかぽか して いる ネドコ の ナカ で、 あの ごろごろ いう オト を ききながら、 ジブン の フトコロ の ナカ に いる ケモノ の ミミ へ クチ を よせて、
「オマエ の ほう が ワテ より よっぽど ニンジョウ が あってん なあ」
と いって みたり、
「ワテ の おかげ で、 オマエ に まで こんな さびしい オモイ さして、 カンニン なあ」
と いって みたり、
「けど もう じき やで。 もう ちょっと シンボウ してて くれたら、 ワテ と イッショ に アシヤ の ウチ へ かえれる よう に なる ねん で。 そしたら コンド と いう コンド は、 3 ニン なかよう くらそう なあ」
と いって みたり して、 ひとりでに ナミダ が わいて くる と、 ヨフケ の、 マックラ な ヘヤ の ナカ で、 リリー より ホカ には ダレ に みられる わけ でも ない のに、 あわてて カケブトン を すっぽり かぶって しまう の で あった。

フクコ が ゴゴ の 4 ジ-スギ に、 イマヅ の ジッカ へ いって くる と いって でかけて しまう と、 それまで オク の エンガワ で ラン の ハチ を いじくって いた ショウゾウ は、 まちかまえて いた よう に たちあがって、
「オカアサン」
と、 カッテグチ へ コエ を かけた が、 センタク を して いる ハハオヤ には、 ミズ の オト が ジャマ に なって きこえない らしい ので、
「オカアサン」
と、 もう イチド コエ を はりあげて いった。
「ミセ を たのむ で。 ―――ちょっと そこ まで いって くる よって に なあ」
と、 じゃぶじゃぶ いう オト が ふいと とまって、
「ナン や て?」
と、 ハハオヤ の しっかり した コエ が ショウジゴシ に きこえた。
「ボク、 ちょっと そこ まで いって くる よって に―――」
「どこ へ?」
「つい そこ や」
「なにしに?」
「そない に ひつこう きかん かて―――」
そう いって、 イッシュンカン むっと した カオツキ で、 ハナ の アナ を ふくらました が、 すぐ また おもいかえした らしく、 あの モチマエ の あまえる よう な クチョウ に なって、
「あのなあ、 ちょっと 30 プン ほど、 タマツキ に いかして くれへん か」
「そう かて オマエ、 タマ は つかん ちゅう ヤクソク した のん や ない か」
「イッペン だけ いかしてえ な。 なんせ もう ハンツキ も ついてえ へん よって に。 たのみまっさ、 ホンマ に」
「ええ か、 わるい か、 ワテ には わからん。 フクコ の いる とき に、 こたえて いっとくなはれ」
「なんでえ な」
その ミョウ に りきばった よう な コエ を きく と、 ウラグチ の ほう で タライ の ウエ に つくばって いる ハハオヤ にも、 セガレ が おこった とき に する ダダッコ-じみた ヒョウジョウ が、 はっきり ソウゾウ できる の で あった。
「なんで いちいち、 ニョウボウ に こたえん なりまへん ねん。 ええ も わるい も フクコ に きいて みなんだら、 オカアサン には いわれしまへん のん か」
「そう や ない けど、 キ を つけてて ください て たのまれてる ねん が」
「そしたら オカアサン、 フクコ の マワシモノ だっかい な」
「あほらしいもない」
そう いった きり とりあわない で、 また ミズ の オト を さかん に じゃぶじゃぶ と たてはじめた。
「いったい オカアサン ボク の オカアサン か、 フクコ の オカアサン か、 どっち だす? なあ、 どっち だす いな」
「もう やめん かいな、 そんな おおきな コエ だして、 キンジョ へ きこえたら みっともない がな」
「そしたら、 センタク アト に して、 ちょっと ここ へ きとくなはれ」
「もう わかってる、 もう なんも いわへん さかい に、 どこ なと すき な とこ へ いきなはれ」
「ま、 そない いわん と、 ちょっと きなはれ」
なんと おもった か ショウゾウ は、 いきなり カッテグチ へ いって、 ナガシモト に しゃがんで いる ハハオヤ の、 シャボン の アワダラケ な テクビ を つかむ と、 ムリ に オクノマ へ ひきたてて きた。
「なあ、 オカアサン、 ええ オリ や よって に、 ちょっと これ みて もらいまっさ」
「ナン や、 せからしゅう、………」
「これ、 みて ごらん、………」
フウフ の イマ に なって いる オク の 6 ジョウ の オシイレ を あける と、 シタ の ダン の スミッコ の、 ヤナギゴウリ と ヨウダンス の スキマ の くらい アナボコ に なった ところ に、 あかく もくもく かたまって いる もの が みえる。
「あすこ に ある のん、 ナン や おもいなはる」
「あれ かいな。………」
「あれ みんな フクコ の ヨゴレモノ だっせ。 あんな グアイ に アト から アト から つっこんどいて、 ちょっとも センタク せえへん ので、 きたない もん が あそこ に いっぱい たまってて、 タンス の ヒキダシ かて あけられへん ねん が」
「おかしい なあ、 あの コ の もん は セングリ センタクヤ へ だしてる のんに、………」
「そう かて、 まさか オコシ だけ は だされへん やろ が」
「ふうむ、 あれ は オコシ かいな」
「そう だん が。 なんぼ なんでも オンナ の くせ に あんまり だらしない さかい に、 ボク もう あきれて まん ねん けど、 オカアサン かて ヨウス みてたら わかってる のんに、 なんで コゴト いうて くれしまへん? ボク に ばっかり やかましい こと いうといて、 フクコ に やったら、 こない な ドウラク されてて も みん フリ して なはん のん か」
「こんな ところ に こんな もん が つっこんで ある こと、 ワテ が なんで しる かいな。………」
「オカアサン」
フイ に ショウゾウ は びっくり した よう な コエ を あげた。 ハハ が オシイレ の ダン の シタ へ もぐりこんで いって、 その ヨゴレモノ を ごそごそ ひきだしはじめた から で ある。
「それ、 どない する ねん?」
「この ナカ きれい に して やろ おもうて、………」
「やめなはれ、 きたない!……… やめなはれ!」
「ええ がな、 ワテ に まかしといたら、………」
「ナン じゃ いな、 シュウトメ が ヨメ の そんな もん いろうたり して! ボク オカアサン に そんな こと して くれ いえしまへん で。 フクコ に さしなはれ いうてん で」
オリン は きこえない フリ を して、 その うすぐらい オク の ほう から、 まるく つくねて ある あかい エイネル の タバ を およそ イツツ ムッツ とりだす と、 それ を リョウテ に かかえながら カッテグチ へ はこんで いって、 センタク バケツ の ナカ へ いれた。
「それ、 あろうて やんなはん のん か?」
「そんな こと キ に せん と、 オトコ は だまってる もん や」
「ジブン の オコシ の センタク ぐらい、 なんで フクコ に さされまへん、 なあ オカアサン」
「うるさい なあ、 ワテ は これ を バケツ に いれて、 ミズ はっとく だけ や。 こない しといたら、 ジブン で キイ ついて センタク する やろ が」
「あほらしい、 キイ つく よう な オンナ だっかい な」
ハハ は あんな こと を いって いる けれど、 きっと ジブン が あらって やる キ に ちがいない ので、 なおさら ショウゾウ は ハラ の ムシ が おさまらなかった。 そして キモノ も きがえず に、 アツシ スガタ の まま ドマ の イタゾウリ を つっかける と、 ぷいと ジテンシャ へ とびのって、 でかけて しまった。
さっき タマツキ に いきたい と いった の は、 ホントウ に その つもり だった の で ある が、 イマ の イッケン で キュウ に ムネ が むしゃくしゃ して きて、 タマ なんか どうでも よく なった ので、 なんと いう アテ も なし に、 ベル を やけに ならしながら アシヤガワ-ゾイ の ユウホドウ を まっすぐ シン コクドウ へ あがる と、 つい ナリヒラバシ を わたって、 ハンドル を コウベ の ほう へ むけた。 まだ 5 ジ すこし マエ-ゴロ で あった が、 イッチョクセン に つづいて いる コクドウ の ムコウ に、 はやくも バンシュウ の タイヨウ が しずみかけて いて、 ふとい オビ に なった ヨコナガレ の ニシビ が、 ほとんど ロメン と ヘイコウ に さして いる ナカ を、 ヒト だの クルマ だの が みんな ハンメン に あかい イロ を あびて、 おそろしく ながい カゲ を ひきながら とおる。 ちょうど マトモ に その コウセン の ほう へ むかって はしって いる ショウゾウ は、 コウテツ の よう に ぴかぴか ひかる ホソウ ドウロ の マブシサ を さけて、 ウツムキ カゲン に、 クビ を マヨコ に しながら、 モリ の コウセツ イチバ マエ を すぎ、 ショウジ の テイリュウジョ へ さしかかった が、 ふと、 デンシャ センロ の ムコウガワ の、 とある ビョウイン の ヘイソト に、 タタミヤ の ツカモト が ダイ を すえて せっせと タタミ を さして いる の が メ に とまる と、 キュウ に ゲンキ-づいた よう に のりつけて いって、
「いそがし おまっか」
と、 コエ を かけた。
「やあ」
と ツカモト は、 テ は やすめず に メ で うなずいた が、 ヒ が くれぬ アイダ に シゴト を かたづけて しまおう と、 タタミ へ きゅっと ハリ を さしこんで は ぬきとりながら、
「イマジブン、 どこ へ いきはりまん ね?」
「べつに どこ へも いかしまへん。 ちょっと この ヘン まで きて みましてん」
「ボク に ヨウジ でも おました ん か」
「いいえ、 ちがいま。―――」
そう いって しまって はっと した が、 シカタ が なし に メ と ハナ の アイダ へ くしゃくしゃ と した シワ を きざんで、 アイマイ な ツクリワライ を した。
「イマ ここ とおりかかった のんで、 コエ かけて みました ん や」
「そう だっか」
そして ツカモト は、 ジブン の メノマエ に ジテンシャ を とめて つったって いる ニンゲン に なんか、 かまって いられない と いわん ばかり に、 すぐ シタ を むいて サギョウ を つづけた が、 ショウゾウ の ミ に なって みれば、 いくら いそがしい に した ところ で、 「チカゴロ どうして いる か」 とか、 「リリー の こと は あきらめた か」 とか、 その くらい な アイサツ は して くれて も よさそう な もの だ のに、 シンガイ な キ が して ならなかった。 それ と いう の が、 フクコ の マエ では リリー コイシサ を イッショウ ケンメイ に おしかくして、 リリー の 「リ」 の ジ も クチ に ださない で いる もの だ から、 それだけ センマン ムリョウ の オモイ が ムネ に ウッセキ して いる わけ で、 イマ はからずも ツカモト に であって みる と、 やれやれ この オトコ に すこし は せつない ココロ の ウチ を きいて もらおう、 そう したら いくらか キ が はれる だろう と、 すっかり あてこんで いた の で あった が、 ツカモト と して も せめて ナグサメ の コトバ ぐらい、 で なければ ブサタ の ワビ ぐらい、 いわなければ ならない はず なの で ある。 なぜか と いって、 そもそも リリー を シナコ の ほう へ わたす とき に、 ソノゴ どういう タイグウ を うけつつ ある か、 ときどき ツカモト が ショウゾウ の カワリ に ミマイ に いって、 ヨウス を みとどけて、 ホウコク を する と いう かたい ヤクソク が あった の で ある。 もちろん それ は フタリ の アイダ だけ の モウシアワセ で、 オリン や フクコ には ぜったい ヒミツ に なって いた の だ が、 しかし そういう ジョウケン が あった から こそ ダイジ な ネコ を わたして やった のに、 あれきり イチド も その ヤクソク を ジッコウ して くれた こと が なく、 うまうま ヒト を ペテン に かけて、 しらん カオ を して いる の で あった。
だが、 ツカモト は、 そらとぼけて いる わけ では なくて、 ヒゴロ の ショウバイ の イシガシサ に とりまぎれて しまった の で あろう か。 ここ で あった の を サイワイ に、 ヒトコト ぐらい ウラミ を いって やりたい けれども、 こんな に ムチュウ で はたらいて いる モノ に、 いまさら ノンキ-らしく ネコ の こと なんぞ いいだせ も しない し、 いいだした ところ で、 アベコベ に どなりつけられ は しない で あろう か。 ショウゾウ は、 ユウヒ が だんだん にぶく なって ゆく ナカ で、 ツカモト の テ に ある タタミバリ ばかり が いつまでも きらきら ひかって いる の を、 みとれる とも なく みとれながら ぼんやり たたずんで いる の で あった が、 ちょうど この アタリ は コクドウスジ でも ジンカ が まばら に なって いて、 ミナミガワ の ほう には ショクヨウガエル を かう イケ が あり、 キタガワ の ほう には、 ショウトツ ジコ で しんだ ヒトビト の クヨウ の ため に、 まだ まあたらしい、 おおきな イシ の コクドウ ジゾウ が たって いる ばかり。 この ビョウイン の ウシロ の ほう は タンボ ツヅキ で、 ずうと ムコウ に ハンキュウ エンセン の ヤマヤマ が、 つい サッキ まで は すみきった クウキ の ソコ に くっきり と ヒダ を かさねて いた の が、 もう タソガレ の あおい ウスモヤ に つつまれかけて いる の で ある。
「そんなら、 ボク、 シッケイ しまっさ。―――」
「ちと やって きなはれ」
「そのうち ゆっくり よせて もらいま」
カタアシ を ペダル へ かけて、 2~3 ポ とっとっ と ゆきかけた けれども、 やっぱり あきらめきれない らしく、
「あのなあ、―――」
と いいながら、 また もどって きた。
「ツカモト クン、 えらい オジャマ しまっけど、 じつは ちょっと ききたい こと が おまん ねん」
「ナン だす?」
「ボク これから、 ロッコウ まで いって みたろ か おもいまん ねん けど、………」
やっと 1 ジョウ ぬいおえた ところ で、 たちあがりかけて いた ツカモト は、
「なにしに いな?」
と あきれた カオ を して、 かかえた タタミ を もう イッペン とん と ダイ へ もどした。
「そう かて、 あれきり どない してる やら、 さっぱり ヨウス わかれしまへん さかい に な。………」
「キミ、 そんな こと、 マジメ で いうて なはん のん か。 おきなはれ、 おとこらしい も ない!」
「ちがいまん が、 ツカモト クン!……… そう や あれへん が」
「そや さかい に ボク あの とき にも ネン おしたら、 あの オンナ に なんの ミレン も ない、 カオ みる だけ でも ケッタクソ が わるい いいなはった や おまへん か」
「ま、 ツカモト クン、 まっとくなはれ! シナコ の こと や あれへん が。 ネコ の こと だん が」
「なんと、 ネコ?―――」
ツカモト の メモト と クチモト に、 とつぜん にっこり と ホホエミ が うかんだ。
「ああ、 ネコ の こと だっか」
「そう だん が。 ―――キミ あの とき に、 シナコ が あれ を かわいがる か どう か、 ときどき ヨウス み に いって くれる いいなはった のん、 おぼえたはりまっしゃろ?」
「そんな こと いいました かいな、 なんせ コトシ は、 スイガイ から こっち えらい いそがし おました さかい に、―――」
「そら わかって ま。 そや よって に、 キミ に いって もらおう おもうてえ しまへん」
せいぜい ヒニク に そう いった つもり だった の で ある が、 アイテ は いっこう かんじて くれない で、
「キミ、 まだ あの ネコ の こと わすれられしまへん のん か」
「なんで わすれまっかい な。 あれ から こっち、 シナコ の ヤツ が いじめてえ へん やろ か、 あんじょう なついてる やろ か おもうたら、 もう その こと が シンパイ で なあ、 マイバン ユメ に みる ぐらい だす ねん けど、 フクコ の マエ やったら、 そんな こと ちょっとも いわれしまへん よって に、 なお の こと ここ が つろうて つろうて、………」
と、 ショウゾウ は ムネ を たたいて みせながら ベソ を かいた。
「………ホンマ の とこ、 もう イマ まで にも イッペン み に いこ おもうて ましてん けど、 なんせ このところ ヒトツキ ほど、 ヒトリ やったら めった に だして もらわれしまへん。 それに ボク、 シナコ に あわん ならん のん かないまへん よって に、 アイツ に みられん よう に して、 リリー に だけ そうっと おうて くる よう な こと、 できしまへん やろ か?」
「そら、 むずかしい おまん なあ。―――」
イイカゲン に カンニン して くれ と いう サイソク の つもり で、 ツカモト は おろした タタミ へ テ を かけながら、
「どない した かて みられまん なあ。 それに だいいち、 ネコ に あい に きた おもわん と、 シナコ さん に ミレン ある のん や おもわれたら、 ヤッカイ な こと に なりまん がな」
「ボク かて そない おもわれたら かないまへん ねん」
「もう あきらめて しまいなはれ。 ヒト に やって しもうた もん、 どない おもうた かて しょうがない や おまへん か、 なあ イシイ クン。―――」
「あのなあ、」
と、 それ には こたえない で、 ベツ な こと を きいた。
「あの、 シナコ は いつも 2 カイ だっか、 シタ だっか?」
「2 カイ らし おまっけど、 シタ へ かて おりて きまっしゃろ」
「ウチ あける こと おまへん やろ か?」
「わかりまへん なあ。 ―――サイホウ したはります さかい に、 たいがい ウチ らし おまっけど」
「フロ へ いく ジカン、 ナンジ-ゴロ だっしゃろ?」
「わかりまへん なあ」
「そう だっか。 そしたら、 えらい オジャマ しました わ」
「イシイ クン」
ツカモト は、 タタミ を かかえて たちあがった アイダ に、 はやくも 1~2 ケン はなれかけた ジテンシャ の ウシロスガタ に いった。
「キミ、 ホンマ に いきはりまん の か」
「どう する か まだ わかれしまへん。 とにかく キンジョ まで いって みまっさ」
「いきなはる のん は カッテ だす けど、 アト で ゴタゴタ おこった かて、 かかわりあう のん いや だっせ」
「キミ も こんな こと、 フクコ や オフクロ に いわん と おいとくなはれ。 たのみまっさ」
そして ショウゾウ は、 クビ を ミギヒダリ へ ゆさぶり ゆさぶり、 デンシャ センロ を ムコウガワ へ わたった。
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