カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

タデ くう ムシ 10

2020-01-06 | タニザキ ジュンイチロウ
 その 14

 キョウ は オキャク が オキャク なので トコノマ に いけた ヒメユリ の ハナ の ムキ を キ に しながら、 オヒサ は ケサ から ときどき それ を なおして いた が、 4 ジ が すこし まわった ジブン に モン の アオバ を くぐって くる パラソル の カゲ を、 フタマ を へだてた イヨ スダレ の こっち から メ に とめる と、 そのまま たって エンガワ を おりた。
「みえた かえ」
 と、 ヒルネ の アト を ニワ で ミノムシ を タイジ して いた ロウジン は、 ウシロ に ニワゲタ の オト を ききつけて いった。
「へえ、 おこし に なりました」
「ミサコ も イッショ か」
「そう らし おす」
「よし、 よし、 オマエ は チャ を いれな」
 そう いいすてて トビイシヅタイ に シオリド から オモテ へ まわる と、
「やあ」
 と、 キガル に コエ を かけた。
「さあ、 まあ、 おあがり。 あつかった だろう、 さぞ、………」
「ええ、 アサ の うち に でれば よかった ん です が、 ちょうど ニッチュウ に なって しまって、………」
「そう だろう とも、 たまに テンキ に なった と おもう と、 まるで キョウ アタリ は ドヨウ の よう だ。 さあ、 さあ」
 と いって サキ へ たって ゆく ロウジン の アト から ゲンカン を あがった フウフ は、 シンメ の ミドリ を ハンシャ して いる トウ の アジロ の ひいやり と した の を タビ の ソコ に ふみながら、 ウチジュウ に たきしめて ある らしい ほのか な ソウジツ の ニオイ を かいだ。
「そうそう、 オチャ より も サキ に テヌグイ だった。 つめたい の を ヒトツ しぼって おいで」
 ワカバ の シゲミ で ドビサシ の ソト が こぐらい ばかり に なって いる ザシキ の、 わざと すずしい ハシヂカ な ほう へ セキ を とって ほっと ヒトイキ いれて いる フウフ の ケハイ から、 それとなく ナニ か を みてとろう と した ロウジン は、 あせばんだ カオ に ニワ の アオバ を うつして いる カナメ の ヨウス に キ が ついて いった。
「つめたい の より あつい オユウ で しぼった ほう が ええ こと おへん か」
「うん、 そう だった な。 ………カナメ さん、 まあ ハオリ でも おとり」
「ええ、 ありがと。 この ヘン は ヒルマ から カ が います な」
「ええ、 ええ、 『ホンジョウ に カ が なくなれば オオミソカ』 と いう が、 ここ の は ヤブッカ なん だ から なかなか ホンジョウ どころ じゃあ ない。 カヤリ センコウ を たく と いい ん だ が、 ウチ では ジョチュウギク を ホウロク へ いれて くすべる こと に して いる んで ね」
 カナメ が ヨソウ して いた とおり ロウジン は コノアイダ の テガミ の よう でも なく、 イツモ に かわらない キゲン の ヨサ で、 ここ へ くる なり ふさいで いる ミサコ の カオイロ には トンジャク なく かたる の で あった。 オヒサ も コト の アラマシ は きいて いる の に ちがいなかろう が、 レイ の おっとり と、 オト も たてず に はこぶ もの を はこんで しまう と、 どこ へ いった の か、 スダレゴシ に すかされる ヘヤ と いう ヘヤ には スガタ も みえない。
「ところで キョウ は、 とまって いって も いい ん だろう ね」
「ええ、 ………どうとも きめず に きた ん です けれど。………」
 カナメ は はじめて ツマ の ほう へ メ を むけた が、 ツマ は その コトバ を はねかえす ごとく に いった。
「アタシ かえる わ、 はやく はなして くださらなくって?」
「ミサコ、 オマエ は あっち へ いって おいで」
 しずか な ヘヤ に、 ぽん と ハイフキ の オト が なった。 そして ロウジン が 2 フク-メ の キザミ を つめて、 ガンクビ の シリ で タバコボン の ヒ を さぐって いる アイダ に、 ミサコ は だまって セキ を はずして、 2 カイ の ハシゴダン を あがって いった。 シタ で オヒサ と カオ を あわす の が いや だった の で ある。
「こまった こと に なりました ね、 どうも、………」
「ゴシンパイ を かけて あいすみません。 じつは イマ まで は、 こういう こと に ならない でも あるいは すむ か と おもって おりました もん です から、………」
「イマ に なって は すまない ん です か」
「ええ、 だいたい テガミ で もうしあげた よう な ワケ なん です。 ………もちろん あれ だけ では おわかり に ならない ところ も あろう か と ぞんじます けれど、………」
「なあに オオヨソ は わかって います。 しかし こりゃあ カナメ さん、 ワタシ に いわせる と、 いったい アナタ が わるい ん だね」
 はっと した カナメ が ナニ か いおう と する ハナ を おさえて、 ロウジン は すぐに アト を かぶせた。
「いや、 わるい と いう と おだやか で ない が、 つまり ワタシ の カンガエ じゃあ、 アナタ が あんまり モノ を リヅメ に もって いきすぎた ん じゃ ない か。 なにも トウセツ の こと だ から、 ニョウボウ を イチニンマエ の オトコナミ に あつかう の も よう がしょう が、 なかなか それ が オモイドオリ には いかない もん で ね。 はやい ハナシ が、 アナタ は ジブン に シカク が ない から と いう わけ で、 シケンテキ に ホカ の オット を えらばせた。 こりゃあ どうして できない こと だ。 クチ で なんの かの と アタラシガリ を いったって それだけ コウヘイ には やれる もん じゃ ない。………」
「そう おっしゃられる と、 なんとも ボク は モウシアゲヨウ も………」
「いや、 カナメ さん、 ワタシ は ヒニク を いって いる ん じゃ ない ん です よ。 ホントウ に かんじいって いる ん です よ。 これ が ヒトムカシ マエ だったら、 アナタガタ の よう な フウフ は セケン に いくらも あった んで、 ワタシ なんぞ が げんに その とおり だった ん だ が、 ………いやもう、 1 ネン や 2 ネン どころ じゃあ ない、 5 ネン も ニョウボウ の ソバ へ よりつかなかった くらい な もん だ が、 それでも そういう もの だ と おもって すんで いた んで、 かんがえて みりゃあ イマ の ヨノナカ は たいそう むずかしく なって います よ。 しかし オンナ と いう もの は、 シケンテキ にも せよ、 イチド ワキ へ それて しまう と、 トチュウ で 『こいつ は しまった』 と キ が ついて も、 イジ にも アト へ ひっかえす こと が できない よう な ハメ に なる んで、 ジユウ の センタク と いう こと が、 じつは ジユウ の センタク に ならない。 ―――ま、 これから の オンナ は どう か しれない が、 ミサコ なんか は チュウト ハンパ な ジセイ の キョウイク を うけた ん だ から、 アタラシガリ は ツケヤキバ なんで ね」
「その ツケヤキバ は じつは ボク も ゴドウヨウ なんで、 おたがいに それ が わかって いる もん です から、 わかれる こと を いそいで いる よう な わけ なん です。 とにかく イマ の ドウトク が ただしい と めいずる こと なん です から」
「カナメ さん、 こりゃあ ここ だけ の ハナシ だ が、 ミサコ の こと は ワタシ に まかせて くださる と して、 アナタ の ほう には もう イチド かんがえなおして くださる ヨチ は ない ん です かい? ―――なんとも ワタシ には リクツ は いえない、 トシ を とる と コトナカレ シュギ に なる せい だろう が、 ショウ が あわなければ あわない で いい、 ながい アイダ には あう よう に なる。 オヒサ なんか も ワタシ とは トシ が ちがう んで、 けっして あう わけ は ない ん だ が、 イッショ に いれば しぜん ジョウアイ も でて くる し、 そうして いる うち には なんとか なる、 それ が フウフ と いう もの だ と かんがえる わけ には いかん もん かね。 もっとも そりゃあ、 いったん フギ を した の だ から と、 そう いわれりゃあ ゼヒ も ない が、………」
「そんな こと は モンダイ に して い や しません、 ボク が ゆるした ん です から、 『フギ』 と おっしゃって くだすって は、 ミサコ が かわいそう なん です」
「けれども フギ は やっぱり フギ だね、 そう なる マエ に ちょっと ワタシ に こたえて くれたら よかった ん だ が、………」
 カナメ は ロウジン の エンキョク な ヒナン に ムゴン で むくいる より ホカ は なかった。 モウシヒラキ の ミチ は いくらも ある が、 その ドウリ の わからない ロウジン では ない、 わかって いながら それ を クチ に した コトバ の ウラ に、 オヤ と して の かなしい グチ の ふくまれて いる の が、 はむかえない よう な キ が した。
「いろいろ ボク も テ を つくさなかった ところ は ある と ぞんじます。 ああ も すれば よかった と おもう こと も ない では ない ん です けれど、 イマ では アト の マツリ です し、 それに ナニ より ミサコ の ケッシン が かたい ん です から、………」
 いつのまにか ドビサシ の ソト から さして いる ヒ の ヒカリ が よわく なって、 ヘヤ の スミズミ に くらい カゲ が つくられて いた。 ロウジン は ウエダ ツムギ の マンスジ の ヒトエ の シタ に ナツヤセ の した ヒザガシラ を そろえて、 ウチワ で カヤリ の ケムリ を おいながら、 オモイナシ か マブタ を しばだたいて いる の は、 ジョチュウギク に むせんだ の かも しれない。………
「これ は なるほど、 アナタ の ほう を サキ に した の は ワタシ の デヨウ が まずかった。 ―――カナメ さん、 とにかく なんにも いわない で、 ワタシ に ミサコ を 2~3 ジカン あずけて は くださるまい か」
「おあずけ して も とても ムダ だ と おもう ん です が、 ………じつは トウニン に して みます と、 オハナシ が ある の が つらい と いう ので、 ボク だけ で オネガイ に でる よう に と いって、 そんな こと から、 とうに も おうかがい する はず の ところ が だんだん に おくれて おった ん です が、 キョウ でも つれて きます の に ずいぶん ホネ を おらせた ん です。 いく こと は いく が、 ジブン の ケッシン は もはや うごかない もの と して、 もうしあげる こと は ゼンブ ボク から もうしあげ、 オハナシ が あれば うかがって くれろ と いう よう な わけ なん でして、………」
「しかし カナメ さん、 かりにも ムスメ が フエン に なろう と いう バアイ だ、 ワタシ と したら そう カンタン に すませる はず の もん じゃあ ない がな」
「それ は ボク から も さいさん いいきかせて おる ん です。 ただ なんと して も コウフン して おります サイ では あり、 オトウサン と ショウトツ したく ない から して、 ボク が ホンニン の ダイリ と して ゴショウチ を ねがう よう に はからって くれろ と もうす の が ホンイ なの です。 が、 いかが でしょう、 なんなら ここ へ よびました ん では?」
「いや、 ナニ か シタク も して ある よう だ が、 ワタシ は これから あれ を つれて ヒョウテイ へ でも いって きましょう。 ねえ、 アナタ には べつに、 イゾン が おあり じゃあ ない ん でしょう」
「ですが、 あれ が すなお に ショウチ します か どう です か。………」
「ええ、 わかって ます。 ワタシ が ホンニン に そう いいます。 いや だ と いやあ それまで だ けれども、 ここ の ところ は トシヨリ の カオ を たてて おもらい もうしたい ね」
 カナメ が もじもじ して いる ヒマ に ロウジン は テ を ならして オヒサ を よんだ。
「あのうな、 ナンゼンジ へ デンワ を かけて おくれ で ない か、 ―――フタリ で いく から、 しずか な ザシキ を とって おいて くれる よう に」
「オフタリサン で おいきやす の?」
「せっかく ウデ に ヨリ を かけた ん だろう から、 オキャク を のこらず さらって いっちゃあ キノドク だ と おもって な」
「そしたら のこって おいやす オカタ が キノドク や おへん か、 いっそ の こと ミンナ で おいきやす な」
「ゴチソウ は ナニ が できる ん だい?」
「なにも おへん え」
「アマゴ は どうした?」
「カラアゲ に しょう おもて ます けど、………」
「それから?」
「ワカアユ の シオヤキ」
「それから?」
「ゴボウ の シラアエ」
「まあ、 カナメ さん、 サカナ が わるい が、 ゆっくり のんで いて もらいましょう」
「ビンボウクジ おひきやした なあ」
「なあに、 イタマエ が ヒョウテイ イジョウ です から、 たんと ゴチソウ に なります よ」
「じゃあ、 おい、 キモノ を だしといと くれ」
 そう いって ロウジン は 2 カイ へ あがった。
 どう ときつけられた の か、 「トシヨリ の キ に さからって は ブジ に マトマリ の つく べき もの も こわれて しまう から」 と みちみち たしなめられて きた の が ハラ に あった の でも あろう か、 ミサコ は 15 フン も する と ふしょうぶしょう に チチオヤ と イッショ に おりて きて、 ロウカ に たちながら そっと カオ を なおして から、 ヒトアシ サキ に オモテ へ でた。
「さあ、 じゃあ ちょいと いって きます よ」
 と、 シャ の ソウショウ ズキン を かぶった、 タカライ キカク と いう イデタチ で オク から あらわれた ロウジン は、 ゲンカン まで おくって でた オヒサ と カナメ と に そう いいのこす と、 シロタビ の アシ に リキュウ を はいた。
「おはよう おかえり」
「いや、 おはやく も ない かも しれない。 ―――カナメ さん、 ミサコ にも いって おいた ん だ が、 コンヤ は とまって もらいます よ」
「いろいろ と どうも ゴヤッカイ に なります、 ボク は どっち に なりまして も サシツカエ は ありません」
「ヤヒサ や、 ワタシ の コウモリ を だして もらおう、 だいぶ むして きた よう だ が、 この アンバイ じゃあ また アメ だな」
「そしたら、 クルマ で おゆきやしたら?」
「なあに、 じき そこ だ、 あるいたって ワケ あ ない さ」
「いと おいでやす」
 と、 オヒサ は おくりだして おいて、 すぐに テヌグイ ユカタ を もって カナメ の アト から ザシキ へ いった。
「オフロ が わいて ます よって、 イマ の アイダ に ヒトアビ おしやしたら?」
「ありがとう、 せっかく だ けれど、 どう しよう かな、 フロ へ はいる と シリ が おちついちまう んで ね」
「どうせ おとまりやす のん やろ?」
「さあ、 それ が どう なる か わからない ん です」
「そう いわん と まあ おはいりやす。 おいしい もの おへん よって、 せいぜい オナカ へらしといと おくれやす」
 カナメ は ここ の フロ へ はいる の は ヒサシブリ だった。 カミガタ に フツウ な チョウシュウブロ と いう やつ で、 ヒトリ の カラダ が マンゾク には つからない くらい ちいさな カマ の、 マワリ の テツ の やけて くる の が トウキョウ-フウ の ゆっくり と した モクセイ の ユブネ に なれた モノ には ハダザワリ が きみわるく、 なんだか 「フロ へ はいった」 と いう ココロモチ が しない のに、 まして ユドノ が おそろしく インキ な タテカタ で、 たかい ところ に ムソウマド が ある だけ だ から ヒルマ でも いやに うすぐらい。 ジブン の イエ で タイル-バリ の ヨクシツ に ばかり はいりつけて いる せい か アナグラ へ でも いれられた よう で、 そのうえ チョウジ を せんじて ある の が、 アカダラケ に にごった クスリユ の よう な レンソウ を おこさせる の で ある。 ミサコ なぞ は、 あの オユ は チョウジ の ニオイ で ごまかして ある ので イクニチ-メ に かえる の だ か わからない と いって、 すすめられる と ていよく にげた もの で あった が、 アルジ の ほう は また 「ウチ の チョウジブロ」 と いう の を ジマン に して、 キャク への ゴチソウ と こころえて いる らしかった。 ロウジン の 「セツイン テツガク」 に よる と、 「ユドノ や セツイン を マッシロ に する の は セイヨウジン の バカ な カンガエ だ、 ダレ も みて いない バショ だ から と いって ジブン で ジブン の ハイセツブツ が メ に つく よう な セツビ を する の は ムシンケイ も はなはだしい、 すべて カラダ から ながれでる オブツ は、 どこまでも つつしみぶかく ヤミ に かくして しまう の が レイギ で ある」 と いう の で あって、 いつも スギ の ハ の あおあお と した の を オサガオ に つめる の は いい と して、 「ジュン-ニホンシキ の、 テイレ の とどいた カワヤ には かならず イッシュ トクユウ な、 ジョウヒン な ニオイ が する、 それ が いう に いわれない オクユカシサ を おぼえさせる」 と いう よう な キバツ な イケン さえ ある の だ が、 セツイン の ほう は ともかくも、 フロバ の くらい の には オヒサ も ナイショウ で フベン を かこつ こと が あった。 カノジョ の ハナシ だ と、 チョウジ も チカゴロ は エッセンス を うって いる から、 その 1~2 テキ を たらし さえ すれば すむ もの を、 やはり ムカシフウ に ミ の ほした の を フクロ に いれて、 ユ の ナカ へ つけて おかなければ ロウジン が おさまらない の だ と いう。
「カタ ながして おくれやす ん や けど、 あんまり くろ おす ので、 マエ と ウシロ と まちがえたり おしやして なあ」
 カナメ は オヒサ の そんな コトバ を おもいだしながら、 ハシラ に かけて ある ヌカブクロ を みた。
「オカゲン は どう どす?」
 と、 タキグチ の ほう で オヒサ らしい コエ が いった。
「ケッコウ です。 それ より まことに すみません が デンキ を つけて もらえません か」
「ほんに、 そう どした なあ」
 しかし ともされた デントウ と いう の が、 それ も ことさら そうして ある の に ちがいない マメ-ランプ ほど の タマ で ある から、 ひとしお インキ で クラサ が ました よう な キ が する。 カナメ は ナガシ に でて いる と カラダジュウ を ヤブカ が くう ので、 ざっと シャボン も つかわず に アセ を あらいおとして から チョウジ の ユ の ナカ に ひたりきって いた が、 そうして いて も カ は あいかわらず クビ の マワリ へ おそって くる。 ナカ は そんな に くらい の だ けれど、 ムソウマド の レンジ の ソト は まだ うすあかるく、 カエデ の アオバ が ニッチュウ より は かえって さえて オリモノ の よう な あざやか な イロ を のぞかせて いる。 なんだか ヘンピ な ヤマ の ユ に でも きた よう で、 ロウジン が よく 「ウチ の ニワ では ホトトギス が きける」 と いって いた の を おもう に つけ、 こういう とき に なかない もの かな と ミミ を すました が、 きこえる もの は どこ か トオク の タンボ の ほう で アメ を よんで いる カワズ の コエ と、 わーん と いう カ の ナキゴエ ばかり で ある。 それにしても イマゴロ ヒョウテイ の ザシキ に いる オヤコ は、 ナニ を はなして いる だろう。 ロウジン は ムコ に たいして こそ エンリョ が ある ものの、 あの クチブリ から さっする と おそらく ムスメ には アッセイテキ に でる の では ない の か。 カナメ は そんな こと が タショウ は ココロ に かかりながら、 どういう もの か フタリ を おくりだして しまって から は なんとなく キ が かるく なって、 こうして フロ に つかって いる ここ の イエ が、 すでに ダイニ の ツマ を むかえた ジブン の シンキョ で ある よう な おろかしい クウソウ が わく の で あった。 おもえば この ハル から しきり に キカイ を もとめて は ロウジン に セッキン したがった の は、 ジブン では イシキ しなかった ところ の ホカ の リユウ が あった の かも しれない。 そういう トホウ も ない ユメ を アタマ の オク に ひとしれず つつんで いながら、 それ で オノレ を せめよう とも いましめよう とも しなかった の は、 たぶん オヒサ と いう もの が ある トクテイ な ヒトリ の オンナ で なく、 むしろ ヒトツ の タイプ で ある よう に かんがえられて いた から で あった。 じじつ カナメ は ロウジン に つかえて いる オヒサ で なく とも 「オヒサ」 で さえ あれば いい で あろう。 カレ の ひそか に オモイ を よせて いる 「オヒサ」 は、 あるいは ここ に いる オヒサ より も いっそう オヒサ-らしい 「オヒサ」 でも あろう。 コト に よったら そういう 「オヒサ」 は ニンギョウ より ホカ には ない かも しれない。 カノジョ は ブンラクザ の ニジュウ ブタイ の、 ガトウグチ の オク の くらい ナンド に いる の かも しれない。 もう そう ならば カレ は ニンギョウ でも マンゾク で あろう。
「ああ、 おかげさま で さっぱり しました」
 と、 カナメ は その コエ で ジブン の モウソウ を ふりおとす よう に いいながら、 カリモノ の ユカタ を ユアガリ の ハダ へ ひっかけて もどった。
「きたのうて こころわる おした やろ」
「なあに、 チョウジブロ も たまに は かわって いて いい です よ」
「けど、 オタク の オフロバ みたい に あこう したら、 アテエラ よう はいりまへん」
「どうして です」
「あない に どこ も かしこ も しろ おしたら はれがまし おして なあ。 ………アンサン とこ の オクサン みたい きれ おしたら よろし おす けど。………」
「へえ、 そんな に ウチ の ニョウボウ は きれい かしらん?」
 カナメ は メノマエ に いない ヒト に かるい ハンカン と アザケリ の ココロモチ を ふくめて いいながら、 すすめられる まま に サカズキ を うけて キヨウ に ほした。
「さ、 ひとつ さしあげましょう、………」
「そう どす か、 そんなら いただきます」
「アマゴ が なかなか ケッコウ です。 ………ところで コノゴロ は ジウタ は どう です?」
「あんな もん、 しんきくそ おして なあ。………」
「コノゴロ は やって いない ん です か」
「してる こと は して ます けど、 ………オクサン は ナガウタ どす やろ」
「さあ、 ナガウタ なんか とうに ソツギョウ しちまって、 ジャズ オンガク の ほう かも しれない」
 シュンケイヌリ の ゼン の ウエ に くる ガ を おいながら オヒサ が あおいで いて くれる ウチワ の カゼ を ユカタ に うけて、 カナメ は スイモノワン の ナカ に ういて いる ほのか な サマツダケ の ニオイ を かいだ。 ニワ の オモテ は まったく くらく なりきって、 アマガエル の なく の が マエ より も しげく、 かしがましく きこえる。
「アタシ も ナガウタ ケイコ して みと おす」
「そんな フリョウケン を おこす と、 しかられます ぜ。 オヒサ さん の よう な ヒト には ジウタ の ほう が どの くらい いい か しれ や しません」
「そら、 ジウタ ならう の も よろし おす けど、 オシショウ はん が やかまし おして」
「たしか オオサカ の、 なんとか いう ケンギョウ さん じゃあ なかった ん です か」
「へえ、 ―――それ より も ウチ の オシショウ はん の ほう が なあ、………」
「あははは」
「かなしまへん どす、 コウシャク ばっかり おお おして、………」
「あははは、 ………トシ を とる と ダレ しも ミンナ ああ なる ん です よ。 そう いえば さっき フロバ に あった んで おもいだした ん だ が、 あいかわらず ヌカブクロ を つかう ん です ね」
「へえ、 ゴジブン は シャボン おつかいやす けど、 オンナ は ハダ が あれて いかん おいやして、 つかわしと おくなはれしません」
「ウグイス の フン は どうして ます?」
「つこて ます、 いっこう に イロ は しろう なれしまへん どす けど」
 2 ホン-メ の チョウシ を ハンブン ほど に して、 アト は あっさり チャヅケ に して から、 ショクゴ に ビワ を はこんで きた オヒサ は、 ゲンカン の ほう で デンワ の ベル が なる の を きく と、 むきかけた ミ を ギヤマン の サラ の ウエ へ おいて たった が、
「へえ、 ………へえ、 ………よろし おす、 そない もうしときます。………」
 と、 デンワグチ で うなずいて いた の が、 じきに もどって、
「オクサン も とまる いうと おいやす さかい、 もう ちょっと ゆっくり して いく いうて どす え」
「そう です か、 かえる と いって いた ん だ けれど、 ………とめて いただく の は ヒサシブリ の よう な キ が します ね」
「ほんに、 あれ から ながい こと どす なあ」
 しかし カナメ が ミサコ と フタリ で ヒトツ フシド に ねる と いう の も ずいぶん 「ながい こと」 では あった。 もっとも 2~3 カゲツ マエ に ヒロシ が トウキョウ へ いって いた オリ、 ナンネン-ぶり か に フタリ ぎり で フタバン か ミバン を すごした こと が ある には ある けれど、 その とき の ケイケン では、 まったく アイヤド の リョカク の よう に ヘイキ で マクラ を ならべながら、 たがいに なんの カカワリ も なく アンミン する こと が できた ほど にも、 およそ フウフ-らしい シンケイ が マヒ して しまって いる の で ある。 ロウジン が キョウ は しきり に とめる こと を シュチョウ した の は、 おそらく それ が ヨテイ の ケイカク だった の で あろう が、 その せっかく の ココロヅカイ を カナメ は たしょう メイワク には かんずる ものの、 ことさら それ を さけよう と する ほど キ が おもく なり も しない カワリ には、 いまさら なんの タシ に なろう とも おもえなかった。
「えらく むします ね。 カゼ が ぱったり なくなって しまった。………」
 カナメ は きえかかった カヤリ の ケムリ の マッスグ に たちのぼる ドビサシ の ソト を あおいだ。 やんだ の は ニワ の オモテ の カゼ ばかり では ない、 オヒサ も あおぐ の を わすれた よう に、 テ に ある ウチワ を じっと うごかさず に いる の で ある。
「うっとし おす なあ、 アメ どす やろ か?」
「そう かも しれない、 ………さっと ヒトフリ くる と いい ん だ が、………」
 そよ とも しない アオバ の ウエ には、 クモギレ の した トコロドコロ に ホシ の にじんで いる の が みえる。 ムシ が しらせる と でも いう の か、 ちょうど イマゴロ、 チチオヤ の セツユ に ハンコウ して いる ツマ の イチズ な コトバ の ハシハシ が きこえて くる よう な ココチ が する。 カナメ は その とき、 ツマ より いっそう ツヨキ な ケツイ が いつしか ジブン の ムネ の オク にも やどって いる こと を はっきり かんじた。
「ナンジ でしょう」
「8 ジ ハン-ゴロ どす」
「まだ そんな もん です か。 しずか です ねえ、 この キンペン は」
「はよ おす けど、 ヨコ に おなりやしたら どう どす? その うち に おかえりやす やろ さかい、………」
「デンワ の モヨウ じゃあ ハナシ が なかなか テマ が かかる ん じゃ ない ん です かね」
 カナメ は ひそか に ロウジン より も オヒサ の イケン を ききたい キ が した。
「なんぞ ホン でも もって きまひょ か」
「ありがとう、 ………オヒサ さん は どんな もの を よむ ん です?」
「なんやかや クサゾウシ みたい な もん もって おいでて これ よめ おいやす けど、 そんな ふるくさい もん よまれしません」
「フジン ザッシ は いけない ん です か」
「あんな もん よむ ヒマ あったら テナライ せえ て おいやす」
「オテホン は?」
「リュウシュンジョウ」
「リュウシュンジョウ?」
「それから チトウジョウ、 ―――オイエリュウ の ホン どす」
「なるほど。 ―――それでは ナニ か、 その クサゾウシ でも ハイシャク しましょう」
「メイショ ズエ は どう どす?」
「そんな もの が いい かも しれない」
「そしたら あっち へ おいでやす な、 ハナレ の ほう に もう ちゃんと シタク しと おす え」
 ロウカヅタイ に、 オヒサ は サキ へ たって いって、 チャノマ の ミズヤ の マエ を とおる と、 トナリ の 6 ジョウ の マ の ほう の フスマ を あけた。 くらい ので よく わからない が、 ナカ には カヤ が つって ある らしく、 まだ トジマリ の して ない ニワ から すうっと ながれこむ つめたい クウキ に モエギ の アサ の ゆられる ケハイ が さっせられる。
「カゼ が でて きた よう や おへん か」
「キュウ に ひいやり して きました ね、 もう じき ユウダチ が やって きます ぜ」
 カヤ の スソ が さらさら と なった の は、 カゼ では なくて オヒサ が ナカ へ はいった の だった。 そして テサグリ で スイッチ を さがして、 マクラモト の アンドン の ナカ に しこんで ある タマ を ともした。
「もう ちょっと あかい タマ もって きまひょ か」
「なあに、 ムカシ の ホン は ジ が おおきい から、 これ でも けっこう よめる でしょう」
「アマド あけといて も よろし おす やろ、 あんまり あつくるし おす さかい、………」
「ええ、 どうぞ。 いい ジブン に ボク が しめます」
 カナメ は オヒサ が でて いって しまう と ともかくも カヤ の ナカ に はいった。 ひろく も あらぬ ヘヤ では ある し、 アサ の トバリ で しきられて いる ので、 フタツ の シトネ が ほとんど スレスレ に しいて ある。 ジブン の イエ では、 ナツ には いつも できる だけ おおきな カヤ を つって、 できる だけ はなれて ねる シュウカン が ある こと を おもう と、 この コウケイ は イヨウ に かんぜられなく も ない。 ショザイナサ に カレ は タバコ に ヒ を つけて ハラバイ に なりながら、 モエギ の マク の ムコウ に ある トコノマ の ジク を はんじよう と した けれど、 ナニ か ナンガ の サンスイ の ヨコモノ らしい とは おもえて も、 アンドン が ナカ に ある せい か ソト は もやもや と かげって いて、 ズガラ も ラッカン も よく わからない。 カケジク の マエ の コウボン に ソメツケ の ヒイレ が おいて ある ので、 はじめて それ と キ が ついた の だ が、 サッキ から かすか に かおって いる の は おおかた あれ に 「ウメガカ」 が くんじて ある の で あろう。 ふと、 カナメ は トコワキ の ほう の くらい スミ に ほのじろく うかんで いる オヒサ の カオ を みた よう に おぼえた。 が、 はっと した の は イッシュンカン で、 それ は ロウジン の アワジ ミヤゲ の、 コモン の コクモチ の コソデ を きた オヤマ の ニンギョウ が かざって あった の で ある。
 すずしい カゼ が ふきこむ の と イッショ に その とき ユウダチ が やって きた。 はやくも クサバ の ウエ を たたく オオツブ の アメ の オト が きこえる。 カナメ は クビ を あげて おくぶかい ニワ の キ の アイダ を みつめた。 いつしか にげこんで きた アオガエル が 1 ピキ、 しきり に ゆらぐ カヤ の チュウト に とびついた まま ひかった ハラ を アンドン の ヒ に てらされて いる。
「いよいよ ふって きました なあ」
 フスマ が あいて、 5~6 サツ の ワホン を かかえた ヒト の、 ニンギョウ ならぬ ほのじろい カオ が モエギ の ヤミ の あなた に すわった。

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