カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ 5

2018-09-23 | タニザキ ジュンイチロウ
これから でかけて いった ところ で、 あの イッカ の モノタチ に カオ を あわせない よう に して、 こっそり リリー に あう なんと いう うまい スンポウ に ゆく で あろう か。 いい アンバイ に ウラ が アキチ に なって いる から、 ポプラー の カゲ か ザッソウ の ナカ に でも ミ を ひそめて、 リリー が ソト へ でて くる の を キナガ に まって いる より ホカ に テ は ない の だ が、 あいにく な こと に、 こう くらく なって しまって は、 でて きて くれて も なかなか ハッケン が コンナン で あろう。 それに もう そろそろ ハツコ の テイシュ が キンムサキ から かえって くる で あろう し、 バンメシ の シタク で カッテグチ の ほう が いそがしく なる で あろう から、 そう いつまでも アキスネライ みたい に うろうろ して いる わけ にも ゆかない。 と する と、 もっと ジカン の はやい とき に でなおす ほう が いい の だ けれども、 しかし リリー に あえる あえない は ニノツギ と して、 ヒサシブリ に ニョウボウ の メ を ぬすんで、 あっちこっち を のりまわせる と いう こと だけ でも、 ユカイ で たまらない の で あった。 じっさい、 キョウ を はずして しまう と、 こういう とき は もう ハンツキ またない と こない の で ある。 フクコ は おりおり オヤジ の ところ へ オコヅカイ を せびり に ゆく の だ が、 それ が だいたい ヒトツキ に 2 ド、 オツイタチ ゼンゴ と 15 ニチ ゼンゴ と に きまって いて、 ゆけば かならず ユウメシ を よばれ、 はやくて 8~9 ジ-ゴロ に かえる の が レイ で ある から、 キョウ も イマ から 3~4 ジカン は ジユウ が たのしまれる の で あって、 もし ジブン さえ ウエ と サムサ に たえる カクゴ なら、 あの ウラ の アキチ に、 すくなくとも 2 ジカン は たって いる ヨユウ が ある の で ある。 だから リリー が バンメシ の アト で ブラツキ に でかける シュウカン を、 イマ も あらためない で いる もの と すれば、 ひょっと したら あそこ で あえる かも しれない。 そう いえば リリー は、 ショクゴ に クサ の はえて いる ところ へ いって、 あおい ハ を たべる クセ が ある ので、 なおさら あの アキチ は ユウボウ な わけ だ。 ―――そんな こと を かんがえながら、 コウナン ガッコウ マエ アタリ まで やって くる と、 コクスイドウ と いう ラジオ-ヤ の マエ で ジテンシャ を とめて、 ソト から ミセ を のぞいて みて、 シュジン が いる の を たしかめて から、
「こんにちわ」
と、 オモテ の ガラスド を ハンブン ばかり あけた。
「えらい すんまへん けど、 20 セン かしとくなはれしまへん か」
「20 セン で よろし おまん の か」
しらない カオ では ない けれども、 いきなり とびこんで きて こころやすそう に いわれる ほど の ナカ や あれへん、 と、 そう いいたげ に みえた シュジン は、 20 セン では コトワリ も ならない ので、 テサゲ キンコ から 10 セン-ダマ を フタツ とりだして、 だまって テノヒラ へ のせて やる と、 すぐ ムコウガワ の コウナン イチバ へ かけこんで、 アンパン の フクロ と タケ の カワヅツミ を フトコロ に いれて もどって きて、
「ちょっと ダイドコロ つかわしとくなはれ」
ヒト が いい よう で へんに ずうずうしい ところ の ある カレ は、 そういう こと には なれた もの なので、 「ナニ しなはん ね」 と いわれて も 「ワケ が ありまん ねん」 と ばかり、 にやにや しながら カッテグチ へ まわって いって、 タケ の カワヅツミ の カシワ の ニク を アルミニューム の ナベ へ うつす と、 ガス の ヒ を かりて ミズダキ に した。 そして 「すんまへん なあ」 を 20 ペン ばかり も くりかえしながら、
「いろいろ ムシン いいまっけど、 いま ヒトツ きいとくなはれしまへん か」
と、 ジテンシャ に つける ラムプ の シャクヨウ を もうしこんだ が、 「これ もって いきなはれ」 と シュジン が オク から だして きて くれた の は、 「ウオザキ チョウ ミヨシヤ」 と いう モジ の ある、 どこ か の シダシヤ の フルヂョウチン で あった。
「ほう、 えらい コットウモン だん なあ」
「それ やったら ダイジ おまへん。 ツイデ の とき に かえしとくなはれ」
ショウゾウ は、 まだ オモテ が うすあかるい ので、 その チョウチン を コシ に さして でかけた が、 ハンキュウ の ロッコウ の テイリュウジョ マエ、 「ロッコウ トザングチ」 と しるした おおきな ヒョウチュウ の たって いる ところ まで きて、 ジテンシャ を カド の ヤスミヂャヤ に あずけて、 そこ から 2~3 チョウ カミ に ある モクテキ の イエ の ほう へ、 すこし キュウ な ダラダラミチ を のぼって いった。 そして イエ の キタガワ の、 ウラグチ の ほう へ まわって、 アキチ の ナカ へ はいりこむ と、 2~3 ジャク の タカサ に クサ が ぼうぼう と はえて いる ヒトカタマリ の クサムラ の カゲ に しゃがんで、 イキ を ころした。
ここ で サッキ の アンパン を かじりながら、 2 ジカン の アイダ シンボウ して みよう、 その うち に リリー が でて きて くれたら、 オミヤゲ の カシワ の ニク を あたえて、 ヒサシブリ に カタ へ とびつかせたり、 クチ の ハシ を なめさせたり、 たのしい イチャツキアイ を しよう と、 そういう つもり なの で あった。
いったい キョウ は おもしろく ない こと が あった ので アテ も なく ソト へ とびだしたら、 アシ が シゼン に ニシ の ほう へ むいた ばかり で なく、 ツカモト なんぞ に であった もの だ から、 とうとう トチュウ で ケッシン を して、 ここ まで のして しまった の だ が、 こう なる こと と わかって いたら ガイトウ を きて くれば よかった のに、 アツシ の シタ に ケイト の シャツ を きこんだ だけ では、 さすが に サムサ が ミ に しみる。 ショウゾウ は カタ を ぞくっと させて、 ホシ が イチメン に かがやきはじめた ヨゾラ を あおいだ。 イタゾウリ を はいた アシ に つめたい クサ の ハ が ふれる ので、 ふと キ が ついて、 ボウシ だの カタ だの を なでて みる と、 おびただしい ツユ が おりて いる。 なるほど、 これ では ひえる わけ だ、 こうして 2 ジカン も うずくまって いたら、 カゼ を ひいて しまう かも しれない。 だが ショウゾウ は、 ダイドコロ の ほう から サカナ を やく ニオイ が におって くる ので、 リリー が あれ を かぎつけて どこ か から かえって きそう な キ が して、 イヨウ な キンチョウ を おぼえる の で あった。 カレ は ちいさな コエ を だして、 「リリー や、 リリー や」 と よんで みた。 ナニ か、 あの イエ の ヒトタチ には わからない で、 ネコ に だけ わかる アイズ の ホウホウ は ない もの か とも おもったり した。 カレ が つくばって いる クサムラ の マエ の ほう に、 クズ の ハ が いっぱい に しげって いて、 その ハ の ナカ で ときどき ぴかり と ひかる もの が ある の は、 たぶん ヨツユ の タマ か ナニ か が トオク の ほう の デントウ に ハンシャ して いる せい なの だ けれども、 そう と しりつつ、 その たび ごと に ネコ の メ かしらん と はっと ムネ を おどらせた。 ………あ、 リリー かな、 やれ うれし や! そう おもった トタン に ドウキ が うちだして、 ミゾオチ の ヘン が ひやり と して、 ツギ の シュンカン に すぐ また がっかり させられる。 こう いう と おかしな ハナシ だ けれども、 まだ ショウゾウ は こんな やきもき した ココロモチ を ニンゲン に たいして さえ かんじた こと は ない の で あった。 せいぜい カフェー の オンナ を アイテ に あそんだ ぐらい が セキノヤマ で、 レンアイ-らしい ケイケン と いえば、 マエ の ニョウボウ の メ を かすめて フクコ と アイビキ して いた ジダイ の、 たのしい よう な、 じれったい よう な、 へんに わくわく した、 おちつかない キブン、 ―――まあ あれ ぐらい な もの なの だ が、 それでも あれ は リョウホウ の オヤ が ナイナイ で テビキ を して くれ、 シナコ の テマエ を うまく ごまかして くれた ので、 ムリ な シュビ を する ヒツヨウ も なく、 ヨツユ に うたれて アンパン を かじる よう な クロウ を しない でも よかった の だ から、 それだけ シンケンミ に とぼしく、 アイタサ ミタサ も こんな に イチズ では なかった の で あった。
ショウゾウ は、 ハハオヤ から も ニョウボウ から も ジブン が コドモ アツカイ に され、 イッポンダチ の できない テイノウジ の よう に みなされる の が、 ヒジョウ に フフク なの で ある が、 されば と いって その フフク を きいて くれる トモダチ も なく、 モンモン の ジョウ を ムネ の ウチ に おさめて いる と、 なんとなく ヒトリポッチ な、 たよりない カンジ が わいて くる ので、 その ため に なお リリー を あいして いた の で ある。 じっさい、 シナコ にも、 フクコ にも、 ハハオヤ にも わかって もらえない さびしい キモチ を、 あの アイシュウ に みちた リリー の メ だけ が ホントウ に みぬいて、 なぐさめて くれる よう に おもい、 また あの ネコ が ココロ の オク に もって いながら、 ニンゲン に むかって いいあらわす スベ を しらない チクショウ の カナシミ と いう よう な もの を、 ジブン だけ は よみとる こと が できる キ が して いた の で あった が、 それ が おたがいに ワカレワカレ に されて しまって 40 ヨニチ に なる の で ある。 そして イチジ は、 もう その こと を かんがえない よう に、 なるべく はやく あきらめる よう に つとめた こと も ジジツ だ けれども、 ハハ や ニョウボウ への フヘイ が たまって、 その ウップン の ヤリバ が なくなって くる に したがい、 いつか ふたたび つよい アコガレ が アタマ を もたげて、 おさえきれなく なった の で あった。 まったく、 ショウゾウ の ミ に なって みる と、 ああいう きびしい アシドメ を されて、 でる にも はいる にも カンショウ を うけた の では、 かえって コイシサ を たきつけられる よう な もの で、 わすれよう にも わすれる ヒマ が なかった の で ある が、 それに もう ヒトツ キ に なった の は、 あれきり ツカモト から なんの ホウコク も ない こと で あった。 あんな に ヤクソク して おきながら、 どうして なんとも いって きて くれない の か。 シゴト が いそがしい の なら やむ を えない が、 ひょっと する と そう で なく、 カレ に シンパイ させまい と して、 ナニ か かくして いる の では ない か。 たとえば シナコ に いじめられて、 くう や くわず で いる ため に ひどく スイジャク して しまった とか、 にげて でた きり ユクエ フメイ に なった とか、 ビョウシ した とか、 いう よう な こと が ある の では ない か。 あれ から こっち、 ショウゾウ は よく そんな ユメ を みて、 ヨナカ に はっと メ を さます と、 どこ か で 「にゃあ」 と ないて いる よう に おもえる ので、 ベンジョ へ ゆく よう な フウ を しながら、 そうっと おきて アマド を あけて みた こと も、 1 ド や 2 ド では ない の で ある が、 あまり たびたび そういう マボロシ に あざむかれる と、 イマ きいた コエ や ユメ に みた スガタ は、 リリー の ユウレイ なの では ない か、 にげて くる ミチ で ノタレジニ を して、 タマシイ だけ が もどった の では ない の か と、 そんな キ が して、 ぞうっと ミブルイ が でた こと も ある。 だが また、 いくら シナコ が イジ の わるい オンナ でも、 ツカモト が ムセキニン でも、 まさか リリー に かわった こと が おこったら だまって いる はず も あるまい から、 タヨリ の ない の は ブジ に くらして いる ショウコ なの だ と、 フキツ な ソウゾウ が うかぶ たび に うちけし うちけし して きた の で ある が、 それでも カンシン に ニョウボウ の イイツケ を チュウジツ に まもって、 イチド も ロッコウ の ホウガク へ アシ を むけた こと が なかった と いう の は、 カンシ が きびしかった ばかり で なく、 シナコ の アミ に ひっかかる の が フユカイ だ から で あった。 カレ には リリー を ひきとった シナコ の シンイ と いう もの が、 イマ でも はっきり しない の だ けれども、 コト に よったら、 ツカモト が ホウコク を おこたって いる の も シナコ の サシガネ では ない の か、 アイツ は そういう ふう に して わざと オレ に キ を もませて、 おびきよせよう と いう ハラ では ない の か と、 そんな ジャスイ も される ので、 リリー の アンピ を たしかめたい と ねがう イッポウ、 みすみす アイツ の ワナ に はまって たまる もの か と いう ハンカン が、 それ と おなじ くらい つよかった の で あった。 カレ は なんとか して リリー には あいたい が、 シナコ に つかまる こと は いや で たまらなかった。 「とうとう やって きました ね」 と、 アイツ が へんに リコウ-ぶって、 トクイ の ハナ を うごめかす か と おもう と、 もう その カオツキ を うかべた だけ で ムシズ が はしった。 がんらい ショウゾウ には カレ イチリュウ の ズルサ が あって、 いかにも キ の よわい、 タニン の イウナリ-シダイ に なる ニンゲン の よう に みられて いる の を、 たくみ に リヨウ する の で ある が、 シナコ を おいだした の が やはり その テ で、 ヒョウメン は オリン や フクコ に あやつられた カタチ で ある けれども、 そのじつ ダレ より も カレ が いちばん カノジョ を きらって いた かも しれない。 そして ショウゾウ は、 イマ かんがえて も、 いい こと を した、 いい キミ だった と おもう ばかり で、 フビン と いう カンジ は すこしも おこらない の で あった。
げんに シナコ は、 デントウ の ともって いる 2 カイ の ガラスマド の ナカ に いる の に ちがいない の だ が、 ザッソウ の カゲ に つくばいながら じっと その ヒ を みあげて いる と、 またしても あの、 ヒト を コバカ に した よう な、 ケンジョ-ぶった カオ が メサキ に ちらついて、 ムナクソ が わるく なって くる。 せっかく ここ まで きた の で ある から、 せめて 「にゃあ」 と いう なつかしい コエ を よそながら でも きいて かえりたい、 ブジ に かわれて いる こと が わかり さえ したら、 それ だけ でも アンシン で ある し、 ここ へ きた ネン が とどく の で ある から、 いっそ の こと そうっと ウラグチ を のぞいて みたら、 ………あわよく いったら、 ハツコ を こっそり よびだして、 オミヤゲ の カシワ の ニク を わたして、 キンジョウ を きかして もらったら、 ………と、 そう おもう の で ある が、 あの マド の ヒ を みて、 あの カオ を ココロ に えがく と、 アシ が すくんで しまう の で ある。 うっかり そんな マネ を したら、 ハツコ が どういう カンチガイ を して、 2 カイ の アネ を よび に ゆかない もの でも ない し、 すくなくとも アト で しゃべる こと は たしか で ある から、 「そろそろ ケイリャク が ズ に あたって きた」 など と、 うぬぼれる だけ でも シャク に さわる。 と する と、 やはり この アキチ に コンキ よく うずくまって いて、 リリー が ここ を とおりかかる グウゼン の キカイ を とらえる より ホカ は ない の で ある が、 しかし イマ まで まって ダメ なら、 とても コンヤ は おぼつかない。 ショウゾウ は もう、 フクロ の ナカ の アンパン を みんな たべて しまった。 そして サッキ から 1 ジカン ハン ぐらい は たった よう な キ が する ので、 だんだん イエ の ほう の シュビ が シンパイ に なって きた。 ハハオヤ だけ なら メンドウ は ない が、 フクコ が サキ に かえって きて いたら、 コンヤ ヒトバンジュウ ねかして もらえない で、 アザ-だらけ に される。 それ も いい けれども、 また アス から カンシ が ゲンジュウ に なる。 だが、 1 ジカン ハン も まつ アイダ に かすか な ナキゴエ も もれて こない の は、 なんだか ヘン だ、 ひょっと したら、 コノアイダ から たびたび みた ユメ が マサユメ で、 もう この イエ に いない の では ない か。 さっき サカナ を やく ニオイ が した とき が イッカ の ユウメシ だった と する と、 リリー も あの とき なにかしら あたえられる で あろう し、 そう すれば きっと クサ を たべ に でて くる の だ が、 こない の を みる と どうも あやしい。………
ショウゾウ は、 とうとう こらえきれなく なって、 ザッソウ の ナカ から ミ を おこす と、 ウラキド の キワ まで しのんで いって、 スキマ へ カオ を あてて みた。 と、 シタ は すっかり アマド が しまって いて、 コドモ を ねかしつけて いる らしい ハツコ の コエ が とぎれとぎれ に きこえて くる ホカ には、 なんの モノオト も しない。 2 カイ の ガラス ショウジ に でも、 ほんの イッシュンカン で いい から さっと カゲ が うつって くれたら どんな に うれしい か しれない のに、 ガラス の ムコウ に しろい カーテン が しずか に たれて いる ばかり で、 その ウエ の ほう が うすぐらく、 シタ の ほう が あかるく なって いる の は、 シナコ が デントウ を ひくく おろして、 ヨナベ を して いる の で あろう。 ふと ショウゾウ は、 アカリ の シタ で イッシン に ハリ を はこびつつ ある カノジョ の ソバ に、 リリー が おとなしく セナカ を まるめて、 「の」 の ジナリ に ねころびながら、 やすらか な ネムリ を むさぼって いる ヘイワ な コウケイ を ガンゼン に うかべた。 アキ の ヨナガ の、 マタタキ も せぬ デントウ の ヒカリ が、 リリー と カノジョ と ただ フタリ だけ を ヒトツワ の ナカ に つつんで いる ホカ は、 テンジョウ の ほう まで ぼうっと くらく なって いる シツナイ。 ………ヨ が しだいに ふけて ゆく ナカ で、 ネコ は かすか に イビキ を かき、 ヒト は もくもく と ヌイモノ を して いる。 わびしい ながら も しんみり と した バメン。 ………あの ガラスマド の ナカ に、 そういう セカイ が くりひろげられて いる と したら、 ―――ナニ か キセキテキ な こと が おこって、 リリー と カノジョ と が すっかり ナカヨシ に なって いた と したら、 ―――もし ホントウ に そんな コウケイ を みせられたら、 ヤキモチ を やかず に いられる だろう か。 ショウジキ の ところ、 リリー が ムカシ を わすれて しまって ゲンジョウ に マンゾク して いられて も、 やはり ハラ が たつ で あろう し、 そう か と いって、 ギャクタイ されて いたり しんで いたり した の では なお かなしい し、 どっち に して も キ が はれる こと は ない の だ から、 いっそ なにも きかない ほう が いい かも しれない。 ショウゾウ は、 トタン に シタ の ハシラドケイ が 「ぼん、………」 と、 ハン を うつ の を きいた。 7 ジ ハン だ、 ―――と おもう と、 カレ は ダレ か に つきとばされた よう に コシ を うかした が、 フタアシ ミアシ いって から ひっかえして きて、 まだ ダイジ そう に フトコロ に いれて いた タケ の カワヅツミ を とりだす と、 それ を キドグチ や、 ゴミバコ の ウエ や、 あっちこっち へ もって いって うろうろ した。 どこ か、 リリー だけ が キ が ついて くれる よう な ところ へ おいて ゆきたい が、 クサムラ の ナカ では イヌ に かぎつけられそう だし、 この ヘン へ おいたら イエ の モノ が みつける で あろう し、 うまい ホウホウ は ない かしらん。 いや、 もう そんな こと に かまって は いられぬ。 おそくも イマ から 30 プン イナイ に かえらなかったら、 また ヒトサワギ おこる かも しれぬ。 「アンタ、 イマゴロ まで ナニ しててん!」 ―――と、 そう いう コエ が にわか に ミミ の ハタ で きこえて、 フクコ の いきりたった ケンマク が ありあり と みえる。 カレ は あわてて クズ の ハ の しげって いる アイダ へ、 タケ の カワ を ひらいて おいて、 リョウハシ へ コイシ を のせて、 また その ウエ から テキトウ に ハ を かぶせた。 そして アキチ を ヨコットビ に、 ジテンシャ を あずけた チャヤ の ところ まで ムチュウ で はしった。

その バン、 ショウゾウ より も 2 ジカン ほど おくれて かえって きた フクコ は、 オトウト を つれて ケントウ を み に いった ハナシ など を して、 ひどく キゲン が よかった。 そして あくる ヒ、 すこし ハヤメ に ユウメシ を すます と、
「コウベ へ いかして もらいまっせ」
と、 フウフ で シンカイチ の ジュラクカン へ でかけた。
オリン の ケイケン だ と、 フクコ は いつも イマヅ の イエ へ いって きた トウザ、 つまり フトコロ に オコヅカイ の ある 5~6 ニチ か 1 シュウカン の アイダ と いう もの は、 きまって キゲン が いい の で ある。 この アイダ に カノジョ は さかん に ムダヅカイ を して、 カツドウ や カゲキ ケンブツ など にも、 2 ド ぐらい は ショウゾウ を さそって ゆく。 したがって フウフナカ も むつまじく、 しごく エンマン に おさまって いる の だ が、 1 シュウカン-メ アタリ から そろそろ フトコロ が さびしく なって、 イチニチ イエ で ごろごろ しながら、 アイダグイ を したり ザッシ を よんだり する よう に なりだす と、 ときどき テイシュ に クチコゴト を いう。 もっとも ショウゾウ も、 ニョウボウ の ケイキ の いい とき だけ チュウジツブリ を ハッキ して、 だんだん でる もの が でなく なる と、 ゲンキン に タイド を かえ、 うかぬ カオ を して ナマヘンジ を する クセ が ある の だ が、 けっきょく ソウホウ から トバッチリ を くう ハハオヤ が、 いちばん ワリ が わるい こと に なる。 だから オリン は、 フクコ が イマヅ へ かけつける たび に、 やれやれ これ で トウブン は アンシン だ と おもって、 ないない ほっと する の で あった。
で、 コンド も ちょうど そういう ヘイワ な 1 シュウカン が はじまって いた が、 コウベ へ いって から サン、 ヨッカ たった ある ヒ の ユウガタ、 テイシュ と フタリ バンメシ の チャブダイ に むかって いた フクコ は、
「コナイダ の カツドウ、 ちょっとも おもしろい こと あれへなんだ なあ」
と、 ジブン も いける クチ なので、 ほんのり メ の フチ へ ヨイ を だしながら、
「―――なあ、 アンタ どない おもうた?」
と、 そう いって チョウシ を とりあげる と、 ショウゾウ が それ を ひったくる よう に して こちら から さした。
「ひとつ いこ」
「もう、 あかん。 ………ようた わ、 ワテ」
「まあ、 いこ、 もう ヒトツ。………」
「ウチ で のんだ かて、 おいしい こと あれへん。 それ より アシタ どこ ぞ へ いけへん?」
「ええ なあ、 いきたい なあ」
「まだ オコヅカイ ちょっとも つこうてえ へん ねん で。 ………コナイダ の バン、 ウチ で ゴハン たべて でて、 カツドウ みた だけ やった やろ、 そや さかい に、 まだ たあんと もってる ねん」
「どこ に しょう、 そしたら?………」
「タカラヅカ、 コンゲツ は ナニ やってる やろ?」
「カゲキ かいな。―――」
アト に キュウ オンセン と いう タノシミ は ある に して から が、 なんだか もうひとつ キ が のらない カオツキ を した。
「―――そない に たんと オコヅカイ ある のん やったら、 もっと おもしろい こと ない やろ か」
「なんぞ かんがえてえ な」
「コウヨウ み に いけへん?」
「ミノオ かいな」
「ミノオ は あかん ねん、 コナイダ の ミズ で すっくり やられて しもてん。 それ より ボク、 ヒサシブリ で アリマ へ いって みたい ねん けど、 どう や、 サンセイ せえへん か」
「ほんに、 ………あれ、 いつ やった やろ?」
「もう ちょうど 1 ネン ぐらい……… いや、 そう や ない わ、 あの とき カジカ が ないてた わ」
「そう や、 もう 1 ネン ハン に なる で」
それ は フタリ が ヒトメ を しのぶ ナカ に なりだして マ も ない ジブン、 ある ヒ タキミチ の シュウテン で おちあい、 シンユウ デンシャ で アリマ へ いって、 ゴショ ノ ボウ の ニカイ ザシキ で ハンニチ ばかり あそんで くらした こと が あった が、 すずしい タニガワ の オト を ききながら、 ビール を のんで は ねたり おきたり して すごした、 たのしかった ナツ の ヒ の こと を、 フタリ とも はっきり おもいだした。
「そしたら、 また ゴショ ノ ボウ の 2 カイ に しょう か」
「ナツ より イマ の ほう が ええ で。 コウヨウ みて、 オンセン に はいって、 ゆっくり バン の ゴハン たべて、―――」
「そう しょう、 そう しょう、 もう それ に きめた わ」
その あくる ヒ は ハヤオヒル の ヨテイ で あった が、 フクコ は アサ の 9 ジ-ゴロ から ぽつぽつ ミジタク に とりかかりながら、
「アンタ、 きたない アタマ やなあ」
と、 カガミ の ナカ から ショウゾウ に いった。
「そう かも しれん、 もう ハンツキ ほど トコヤ へ いけへん さかい に な」
「そしたら オオイソギ で いって きなはれ、 イマ から 30 プン イナイ に。―――」
「そら えらい こっちゃ」
「そんな アタマ してたら、 ワテ よう イッショ に あるかん わ。 ―――はよう しなはれ!」
ショウゾウ は、 ニョウボウ が わたして くれた 1 エン サツ を、 ヒダリ の テ に もって ひらひら させながら、 ジブン の ミセ から ハンチョウ ほど ヒガシ に ある トコヤ の マエ まで かけて いった が、 いい アンバイ に キャク が ヒトリ も きて いない ので、
「はやい とこ たのみまっさ」
と、 オク から でて きた オヤカタ に いった。
「どこ ぞ いきはりまん のん か」
「アリマ へ コウヨウ み に いきまん ね」
「そら よろし おまん なあ、 オクサン も イッショ だっか?」
「そう だん ね。 ―――ハヤオヒル たべて でかける さかい、 30 プン で アタマ かって きなはれ いわれて まん ね」
が、 それから 30 プン すぎた ジブン、
「オタノシミ だん なあ、 ゆっくり いって きなはれ」
と、 セナカ から オヤカタ が あびせる コトバ を ききながして、 イエ の マエ まで もどって きて、 なにごころなく ミセ へ ヒトアシ ふみこむ と、 そのまま ドマ に たちすくんで しまった。
「なあ、 オカアサン、 なんで キョウ まで それ かくして はりましてん。………」
と、 とつぜん そう いう ただならぬ コエ が オク から きこえて きた から で ある。
「………なんで そんな こと が あったら、 ワテ に いうとくなはれしまへん。 ………そしたら オカアサン、 ワテ の ミカタ してる みたい に みせかけといて、 いつも そんな こと させて はった ん と ちがいまっか。………」
フクコ が だいぶ オカンムリ を まげて いる らしい こと は かんだかい モノ の イイカタ で わかる。 ハハオヤ の ほう は あきらか に やりこめられて いる ヨウス で、 たまに ヒトコト フタコト ぐらい クチヘントウ を する けれども、 ごまかす よう に こそこそ と いう ので、 よく きこえない。 フクコ の どなる コエ ばかり が ツツヌケ に ひびいて くる の で ある。
「………なに? いった とは かぎらん?……… あほらしい! ヒト の ウチ の ダイドコロ かって、 カシワ の ニク たいたり して、 リリー の とこ や なかったら、 どこ へ もって いきまん ね。 ………それ に した かて、 あの チョウチン もって かえって、 あんな ところ に なおして あった こと、 オカアサン しったはりました ん やろ?………」
カノジョ が ハハオヤ を つかまえて、 あんな きんきん した コエ を はりあげる こと は めった に ない の だ が、 しかし たったいま、 カレ が トコヤ へ いって いた わずか な アイダ に、 どうやら センジツ の コクスイドウ が、 あの とき の タテカエ と フルヂョウチン と を トリカエシ に きた の だ と みえる。 アリテイ に いう と、 あの バン ショウゾウ は あの チョウチン を ジテンシャ の サキ に ぶらさげて かえって、 フクコ に みとがめられない よう に、 モノオキゴヤ の タナ の ウエ に おしあげて おいた の で ある が、 オフクロ には ケントウ が ついて いた はず だ から、 だして わたして やった の かも しれない。 だが コクスイドウ は、 いつでも いい よう に と いって いながら、 なんで トリカエシ に きた の だろう。 まさか あんな フルヂョウチン が おしい こと も あるまい に、 この ヘン に ツイデ でも あった の だろう か、 それとも 20 セン を カリッパナシ に された の が、 ハラ が たった の だろう か。 それに また、 オヤジ が きた の か、 コゾウ が きた の か しらない が、 カシワ の ハナシ まで して ゆかない でも いい では ない か。
「………ワテ は なあ、 アイテ が リリー だけ やったら、 なにも うるさい こと いえしまへん で。 リリー に あい に いく いうて も、 リリー だけ や あれへん さかい に、 いいまん ねん で。 いったい オカアサン、 あの ヒト と グル に なって、 ワテ を だます よう な こと して、 すむ と おもうたはりまん のん か」
そう いわれる と、 さすが の オリン も ぐう の ネ も でない で、 ちいさく なって いる の で ある が、 セガレ の カワリ に おこられて いる の は かわいそう の よう でも あり、 ちょっと いい キミ の よう でも ある。 ナン に して も ショウゾウ は、 ジブン が いたら なかなか フクコ の オコリカタ が この くらい では すむまい と おもう と、 あやうく ココウ を のがれた キ が して、 すわ と いえば オモテ へ とびだせる よう に、 ミガマエ を しながら たって いる と、
「………いいえ、 わかって ま! あの ヒト ロッコウ へ やったり して、 コンド は ワテ を おいだす ソウダン して なはる ねん」
と、 いう の に つづいて どたん と いう モノオト が して、
「まちい な!」
「はなしとくなはれ!」
「そう かて、 どこ へ いく ねん な」
「オトウサン とこ へ いって きます、 ワテ の いう こと が ムリ か、 オカアサン の いう こと が ムリ か、―――」
「ま、 イマ ショウゾウ が もどる さかい に―――」
どたん、 どたん、 と、 フタリ が さかん に あらそいながら ミセ の ほう へ でて きそう なので、 あわてて ショウゾウ は オウライ へ にげのびて、 5~6 チョウ の キョリ を ムチュウ で はしった。 それきり アト が どう なった こと やら わからなかった が、 キ が ついて みる と、 いつか ジブン は シン コクドウ の バス の テイリュウジョ の マエ に きて、 さっき トコヤ で うけとった ツリセン の ギンカ を、 まだ しっかり と テ の ナカ に にぎって いた。

ちょうど その ヒ の ゴゴ 1 ジ-ゴロ、 シナコ が アサ の うち に しあげた ヌイモノ を、 キンジョ まで とどけて くる と いって、 フダンギ の ウエ に ケイト の ショール を ひっかけて、 コバシリ に ウラグチ から でて いった アト、 ハツコ が ヒトリ ダイドコロ で はたらいて いる と、 そこ の ショウジ を ごそっと 1 シャク ばかり あけて、 せいせい イキ を きらしながら ショウゾウ が ナカ を のぞきこんだ ので、
「あらっ」
と、 とびあがりそう に する と、 ぴょこん と ヒトツ オジギ を しながら わらって みせて、
「ハツ ちゃん、………」
と いって から、 ウシロ の ほう に キ を くばりつつ キュウ に ヒソヒソゴエ に なって、
「………あの、 イマ ここ から シナコ でて いきました やろ?」
と、 せかせか した ハヤクチ で いった。
「………ボク イマ そこ で おうてん けど、 シナコ は キイ つけしまへなんだ。 ボク あの ポプラー の カゲ に かくれて ました よって に な」
「なんぞ ネエサン に ヨウ だっか?」
「メッソウ な! リリー に あい に きましてん が。―――」
そして、 そこ から ショウゾウ の コトバ は、 さも おもいあまった、 あわれっぽい せつない コエ に かわった。
「なあ、 ハツ ちゃん、 あの ネコ どこ に いて ます?……… すんまへん けど、 ほんの ちょっと で ええ さかい、 あわしとくなはれ!」
「どこ ぞ、 その ヘン に いて しまへん か」
「そない おもうて、 ボク この キンジョ うろうろ して、 もう 2 ジカン も あそこ に たって ましてん けど、 ちょっとも でて きよれしまへん ねん」
「そしたら、 2 カイ に いてる かしらん?」
「シナコ もう すぐ もどりまっしゃろ か? イマゴロ どこ へ いきました ん や?」
「ほん そこ まで シタテモノ とどけ に。 ―――2~3 チョウ の ところ だす よって、 すぐ かえりまっせ」
「ああ、 どう しよう、 ああ こまった」
そう いって ぎょうさん に カラダ を ゆすぶって、 ジダンダ を ふみながら、
「なあ、 ハツ ちゃん、 たのみます、 この とおり や。―――」
と、 テ を すりあわせて おがむ マネ を した。
「―――ゴショウ イッショウ の オネガイ だす、 イマ の アイダ に つれて きとくなはれ」
「おうて、 どない しやはりまん ね」
「どうも こうも せえしまへん。 ブジ な カオ ヒトメ みせて もろたら、 キ が すみまん ねん」
「つれて かえりはれしまへん やろ なあ?」
「そんな こと しまっかい な。 キョウ みせて もろたら、 もう これっきり けえしまへん」
ハツコ は あきれた カオ を して、 アナ の あく ほど ショウゾウ を みつめて いた が、 なんと おもった か だまって 2 カイ へ あがって いって、 すぐ ダンバシゴ の チュウダン まで もどって くる と、
「いて まっせ。―――」
と、 ダイドコロ の ほう へ クビ だけ つんだした。
「いて まっか?」
「ワテ、 よう だきまへん よって、 み に きとくなはれ」
「いって も ダイジ おまへん やろ か」
「すぐ おりとくなはれ や」
「よろし おま。 ―――そしたら、 あがらして もらいまっさ」
「はやい こと しなはれ!」
ショウゾウ は、 せまい、 キュウ な ダンバシゴ を あがる マ も ムネ が どきどき した。 ようよう ヒゴロ の オモイ が かなって、 あう こと が できる の は うれしい けれども、 どんな ふう に かわって いる だろう か。 ノタレジニ も せず、 ユクエ フメイ にも ならない で、 ブジ に この ヤ に いて くれた の は ありがたい が、 ギャクタイ されて、 やせおとろえて いなければ いい が、 ………まさか ヒトツキ ハン の アイダ に わすれる はず は ない だろう けれど、 なつかしそう に ソバ へ よって きて くれる かしらん? それとも レイ の、 はにかんで にげて ゆく かしらん?……… アシヤ の ジダイ に、 2~3 ニチ イエ を あけた アト で かえって くる と、 もう どこ へも ゆかせまい と して、 すがりついたり なめまわしたり した もの で あった が、 もしも あんな ふう に されたら、 それ を ふりきる の に また もう イチド つらい オモイ を しなければ ならない。………
「ここ だっせ。―――」
はればれ と した ゴゴ の ガイコウ を さえぎって、 マド の カーテン が しまって いる の は、 おおかた ヨウジン-ぶかい シナコ が でて ゆく とき に そうした の で あろう か。 ―――その ため に シツナイ が もやもや と かげって、 うすぐらく なって いる ナカ に、 シガラキヤキ の ナマコ の ヒバチ が おいて あって、 なつかしい リリー は その ソバ に、 ザブトン を かさねて しいて、 マエアシ を ハラ の シタ へ おりこんで、 セ を まるく しながら うつらうつら メ を つぶって いた。 あんじた ほど に やせて も いない し、 ケナミ も つやつや と して いる の は、 ソウトウ に ユウグウ されて いる から で あろう。 おもった より も ダイジ に されて いる ショウコ には、 カノジョ の ため に センヨウ の ザブトン が 2 マイ も もうけて ある ばかり では ない、 たったいま、 オヒル の ゴチソウ に ナマタマゴ を もらった と みえて、 きれい に たべつくした ゴハン の オサラ と、 タマゴ の カラ と が、 シンブンガミ に のせて ヘヤ の カタスミ に よせて あり、 また その ヨコ には、 アシヤ ジダイ と おなじ よう な フンシ さえ おいて ある の で ある。 と、 とつぜん ショウゾウ は、 ひさしい アイダ わすれて いた あの トクユウ の ニオイ を かいだ。 かつて ワガヤ の ハシラ にも カベ にも ユカ にも テンジョウ にも しみこんで いた あの ニオイ が、 イマ は この ヘヤ に こもって いる の で あった。 カレ は カナシミ が こみあげて きて、
「リリー、………」
と おぼえず ダミゴエ を あげた。 すると リリー は ようよう それ が きこえた の か、 どんより と した ものうげ な ヒトミ を あけて、 ショウゾウ の ほう へ ひどく ブアイソウ な イチベツ を なげた が、 ただ それ だけ で、 なんの カンドウ も しめさなかった。 カノジョ は ふたたび、 マエアシ を いっそう ふかく おりまげ、 セスジ の カワ と ミミタブ と を ぶるん! と さむそう に ケイレン させて、 ねむくて たまらぬ と いう よう に メ を とじて しまった。
キョウ は オテンキ が いい カワリ に、 クウキ が ひえびえ と ミ に しむ よう な ヒ で ある から、 リリー に したら ヒバチ の ソバ を はなれる の が いや なの で あろう。 それに イノフ が ふくらんで いる ので、 なおさら タイギ なの でも あろう。 この ドウブツ の ブショウ な セイシツ を のみこんで いる ショウゾウ は、 こういう そっけない タイド には なれて いる ので、 かくべつ あやしみ は しなかった が、 でも キ の せい か、 その おびただしく メヤニ の たまった メ の フチ だの、 ミョウ に しょんぼり と うずくまって いる シセイ だの を みる と、 わずか ばかり あわなかった アイダ に、 また いちじるしく おいぼれて、 カゲ が うすく なった よう に おもえた。 わけても カレ の ココロ を うった の は、 イマ の ヒトミ の ヒョウジョウ で あった。 ザイライ とて も こんな バアイ に ねむそう な メ を した とは いえ、 キョウ の は まるで コウロ ビョウシャ の それ の よう な、 セイ も コン も かれはてた、 ヒロウ しきった イロ を うかべて いる では ない か。
「もう おぼえてえ しまへん で。 ―――チクショウ だん なあ」
「あほらしい、 ヒト が みてたら あない に そらとぼけまん ねん が」
「そう だっしゃろ か。………」
「そう だん が。 ………そや さかい に、 ………すんまへん けど、 ほん ちょっと の マ、 ハツ ちゃん ここ に まってて くれて、 この フスマ しめさしとくなはれしまへん か。………」
「そない して、 ナニ しやはりまん ね」
「なんも せえしまへん。 ………ただ、 あの、 ちょっと、 ………ヒザ の ウエ に だいて やりまん ねん。………」
「そう かて、 ネエサン かえって きまっせ」
「そしたら、 ハツ ちゃん、 そっち の ヘヤ から カド みはってて、 みえたら すぐに しらしとくなはれ。 たのみまっさ。………」
フスマ に テ を かけて そう いって いる うち に、 もう ショウゾウ は ずるずる と ヘヤ へ はいって、 ハツコ を ソト へ しめだして しまった。 そして、
「リリー」
と いいながら、 その マエ へ いって、 サシムカイ に すわった。
リリー は サイショ、 せっかく ヒルネ して いる のに うるさい! と いう よう な オウチャク そう な メ を しばだたいた が、 カレ が メヤニ を ふいて やったり、 ヒザ の ウエ に のせて やったり、 クビスジ を なでて やったり する と、 かくべつ いや な カオ も しない で、 される とおり に なって いて、 しばらく する うち に ノド を ごろごろ ならしはじめた。
「リリー や、 どうした? カラダ の グアイ わるい こと ない か? マイニチ マイニチ、 かわいがって もろてる か?―――」
ショウゾウ は、 いまに リリー が ムカシ の イチャツキ を おもいだして、 アタマ を オシツケ に きて くれる か、 カオ を ナメマワシ に きて くれる か と、 イッショウ ケンメイ イロイロ の コトバ を あびせかけた が、 リリー は ナニ を いわれて も、 あいかわらず メ を つぶった まま ごろごろ いって いる だけ で あった。 それでも カレ は セナカ の カワ を コンキ よく なでて やりながら、 すこし ココロ を おちつけて この ヘヤ の ナカ を ながめて みる と、 あの キチョウメン で カンショウ な シナコ の ヤリカタ が、 ほんの ササイ な ハシバシ にも よく あらわれて いる よう に かんじた。 たとえば カノジョ は、 わずか 2~3 プン の アイダ ルス に する にも、 ちゃんと こうして カーテン を しめて ゆく の で ある。 のみならず この 4 ジョウ ハン の シツナイ に、 キョウダイ だの、 タンス だの、 サイホウ の ドウグ だの、 ネコ の ショッキ だの、 ベンキ だの、 サマザマ な もの を ならべて おきながら、 それら が イッシ みだれず に、 それぞれ せいぜん と かたよせられて、 コテ の つきさして ある ヒバチ の ナカ を のぞいて みて も、 スミビ を ふかく いけこんだ うえ に、 ハイ が きれい に スジメ を たてて ならして あり、 サントク の ウエ に のせて ある セトヒキ の ヤカン まで が、 とぎたてた よう に ぴかぴか ひかって いる の で ある。 が、 それ は まあ フシギ は ない と して も、 キミョウ なの は あの サラ に のこって いる タマゴ の カラ だった。 カノジョ は ジブン で クイブチ を かせいで いる ので、 けっして ラク では ない で あろう に、 まずしい ナカ でも リリー に ジヨウブン を あたえる と みえる。 いや、 そう いえば、 カノジョ が ジブン で しいて いる ザブトン に くらべて、 リリー の ザブトン の ワタ の あつい こと は どう だ。 いったい カノジョ は なんと おもって、 あんな に にくんで いた ネコ を ダイジ に する キ に なった の で あろう。
かんがえて みる と ショウゾウ は、 いわば ジブン の ココロガラ から マエ の ニョウボウ を おいだして しまい、 この ネコ に まで も カズカズ の クロウ を かける ばかり か、 ケサ は ジブン が ワガヤ の シキイ を またぐ こと が できない で、 つい ふらふら と ここ へ やって きた の で ある が、 この ごろごろ いう オト を ききながら、 むせる よう な フンシ の ニオイ を かいで いる と、 なんとなく ムネ が いっぱい に なって、 シナコ も、 リリー も、 かわいそう には ちがいない けれども、 ダレ にも まして かわいそう なの は ジブン では ない か、 ジブン こそ ホントウ の ヤドナシ では ない か と、 そう おもわれて くる の で あった。
と、 その とき ばたばた と アシオト が して、
「ネエサン もう つい そこ の カド まで きて まっせ」
と、 ハツコ が あわただしく フスマ を あけた。
「えっ、 そら タイヘン や!」
「ウラ から でたら あきまへん!……… オモテ へ、 ………オモテ へ まわんなはれ!……… ハキモノ ワテ が もって いたげる! はよ、 はよ!」
カレ は ころげる よう に ダンバシゴ を かけおりて、 オモテ ゲンカン へ とんで いって、 ハツコ が ドマ へ なげて くれた イタゾウリ を つっかけた。 そして オウライ へ しのびでた トタン に、 ちらと シナコ の ウシロカゲ が、 ヒトアシ チガイ で ウラグチ の ほう へ まわって いった の が メ に とまる と、 こわい もの に でも おわれる よう に ハンタイ の ホウガク へ イッサン に はしった。
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トウジュウロウ の コイ

2018-09-08 | キクチ カン
 トウジュウロウ の コイ

 キクチ カン

 1

 ゲンロク と いう ネンゴウ が、 いつのまにか トオ あまり を かさねた ある トシ の 2 ガツ の スエ で ある。
 ミヤコ では、 ハル の ニオイ が スベテ の もの を つつんで いた。 つい コノアイダ まで は、 チョウジョウ の ところ だけ は、 マダラ に きえのこって いた エイザン の ユキ が、 ハル の やわらかい ヒカリ の シタ に とけて しまって、 アト には ウスムラサキ を おびた キイロ の ヤマハダ が、 くっきり と オオゾラ に うかんで いる。 その ソラ の イロ まで が、 フユ の アイダ に くさった よう な ハイイロ を、 あらいながして ヒイチニチ ミドリ に さえて いった。
 カモ の カワラ には、 マルバヤナギ が めぐんで いた。 その コイシ の アイダ には、 シゼンザキ の スミレ や、 レンゲ が カクジ の ちいさい ハル を りょうして いた。 カワミズ は、 ヒマシ に スイリョウ を くわえて、 かるい アイイロ の ミズ が、 トコロドコロ の カワセ に せかれて、 ソウソウ の ヒビキ を あげた。
 クロキ を うる オハラメ の のびやか な コエ まで が ハル-らしい ココロ を そそった。 エド へ くだる サイゴク ダイミョウ の ギョウレツ が、 マイニチ の よう に ミヤコ の マチマチ を すぎた。 カレラ は サンジョウ の リョシュク に 2~3 ニチ の トウリュウ を して、 ミヤコ の ハル を ジュウブン に たのしむ と、 また オオトリゲ の ヤリ を ものものしげ に ふりたてて、 サンジョウ オオハシ の ハシイタ を、 ふみとどろかしながら、 はるか な アズマジ へ と くだる の で あった。
 トウゴク から、 キュウシュウ シコク から、 また コシジ の ハシ から も、 ホンザン マイリ の ゼンナン ゼンニョ の ムレ が、 ぞろぞろ と ミヤコ を さして つづいた。 そして カレラ も ハル の ミヤコ の ウズマキ の ナカ に、 イクニチ か を すごす の で あった。
 その うち に、 ハナ が さいた と いう ショウソク が、 ミヤコ の ヒトビト の ココロ を さわがしはじめた。 ギオン キヨミズ ヒガシヤマ イッタイ の ハナ が まず ひらく、 サガ や キタヤマ の ハナ が これ に つづく。 こうして ミヤコ の ハル は、 いよいよ ランジュク の イロ を なす の で あった。
 が、 その トシ の ミヤコ の ヒトタチ の ココロ を、 いちばん はげしく くるわせて いた の は、 シジョウ ナカジマ ミヤコ マンダユウ-ザ の サカタ トウジュウロウ と ヤマシタ ハンザエモン-ザ の ナカムラ シチサブロウ との、 キョネン から モチコシ の キョウソウ で あった。
 サンガツ の ソウゲイガシラ と まで、 たたえられた サカタ トウジュウロウ は ケイセイカイ の ジョウズ と して、 ヤツシ の メイジン と して は テンカ ムテキ の ナ を ほしいまま に して いた。 が、 キョネン シモツキ、 ハンザエモン の カオミセ キョウゲン に、 ヒガシ から のぼった ショウチョウ ナカムラ シチサブロウ は、 エド カブキ の トウリョウ と して、 トウジュウロウ と おなじく ヤツシ の メイジン で あった。 フタリ は おなじ ヤツシ の メイジン と して、 エド と キョウ との カブキ の ため にも、 はげしく あいあらそわねば ならぬ シュクエン を、 もって いる の で あった。
 キョウ の カブキ の ヤクシャ たち は、 ナカムラ シチサブロウ の ミヤコノボリ を きいて、 ミナ イジョウ な キンチョウ を しめした。 が、 その ヒトタチ の キタイ や キョウフ を うらぎって シチサブロウ の カオミセ キョウゲン は、 イガイ な フヒョウ で あった。 ケンブツ は クチグチ に、
「エド の メイジン じゃ、 と いう ほど に、 なんぞ めずらしい ゲイ でも する の か と おもって いた に、 ミヤコ の トウジュウロウ には およびつかぬ ウデ じゃ」 と ののしった。 シチサブロウ を そしる モノ は、 ただ シロウト の ケンブツ だけ では なかった。 カレ の ブタイ を みた ヤクシャ たち まで も、
「エド の ショウチョウ は、 ヒョウバンダオレ の ゴジン じゃ、 もっとも エド と キョウ と では ヒョウバン の メヤス も ちがう ほど に エド の メイジン は、 キョウ の ジョウズ にも およばぬ もの じゃ。 しょせん モノマネ キョウゲン は ミヤコ の もの と きわまった」 と、 かちほこる よう に いいふれた。 が、 シチサブロウ を そしる ウワサ が、 トウジュウロウ の ミミ に はいる と、 カレ は マユ を ひそめながら、
「ワレラ の みる ところ は、 また ベツ じゃ。 ショウチョウ ドノ は、 まことに シゲイ の オヒト じゃ。 ワレラ には、 おそろしい タイテキ じゃ」 と、 ただ ヒトリ セヒョウ を しりぞけた の で あった。

 2

 はたして トウジュウロウ の ヒョウカ は、 くるって いなかった。 カオミセ キョウゲン に ひどい フヒョウ を まねいた ナカムラ シチサブロウ は、 トシ が あらたまる と ハツハル の キョウゲン に、 『ケイセイ アサマガダケ』 を だして、 トモノジョウ の ヤク に ふんした。 シチサブロウ の トモノジョウ の ヒョウバン は、 すさまじい ばかり で あった。
 トウジュウロウ は、 トクイ の ユウギリ イザエモン を だして、 これ に タイコウ した。 フタリ の メイユウ が、 ブタイ の ウエ の キョウソウ は、 ミヤコ の ヒトビト の ココロ を わきたたせる に ジュウブン で あった。 が あたらしき もの を おう の は、 ジンシン の ツネ で ある。 くちさがなき キョウワラベ は、
「トウジュウロウ ドノ の イザエモン は、 いかにも みごと じゃ、 が、 ワレラ は イクド みた か かぞえられぬ ほど じゃ。 キョネン の ヤヨイ キョウゲン も たしか イザエモン じゃ。 もう イザエモン には タンノウ いたして おる わ。 それ に くらぶれば、 シチサブロウ ドノ の トモノジョウ は、 ミヤコ にて はじめて の キョウゲン じゃ。 キョウ の ヌレゴトシ とは また ちごうて、 やさしい ウチ にも、 アズマオトコ の きつい ところ が ある の が、 てんと たまらぬ ところ じゃ」 と クチグチ に いいはやした。
 うごきやすい ミヤコ の ジンシン は、 10 ネン サンタン しつづけた トウジュウロウ の オウザ から、 ともすれば はなれはじめそう な ケハイ を しめした。 マンダユウ-ザ の キド より も、 ハンザエモン-ザ の キド の ほう へ と、 より タクサン の グンシュウ が、 ながれはじめて いた。
 ハルキョウゲン の キジツ が つきる と、 マンダユウ-ザ は すぐ センシュウラク に なった にも かかわらず、 ハンザエモン-ザ は なお うちつづけた。 2 ガツ に はいって も、 キャクアシ は すこしも おちなかった。 2 ガツ が オワリ に なって、 いよいよ ヤヨイ キョウゲン の キセツ が、 ちかづいて きた の にも かかわらず、 シチサブロウ は なお トモノジョウ の ヤク に ふんして、 ミヤコオオジ の ニンキ を いっぱい に せおうて いた。
「ハンザエモン-ザ では、 ヤヨイ キョウゲン も 『ケイセイ アサマガダケ』 を うちとおす そう じゃ が、 かよう な レイ は、 タマムラ センノジョウ カワチ-ガヨイ の キョウゲン に、 150 ニチ うちつづけて イライ、 たえて きかぬ こと じゃ。 シチサブロウ ドノ の ニンキ は、 ゼンダイ ミモン じゃ」 と、 チマタ の ウワサ は、 ただ この サタ ばかり の よう で あった。
 こうした ウワサ が、 かまびすしく なる に つれ、 ひそか に ウデ を こまねいて かんがえはじめた の は、 サカタ トウジュウロウ で あった。
 サンガツ ソウゲイガシラ と いう ビショウ を、 ながい アイダ キョウジュ して きた トウジュウロウ は、 ジブン の ゲイ に ついて は、 なんら の フアン も ない と ともに、 ジュウブン な ジシン を もって いた。 すぐる ヒツジドシ に サイギュウ イチカワ ダンジュウロウ が、 ニッポン ズイイチカワ の かまびすしい メイセイ を にのうて、 アズマ から はるばる と、 ミヤコ の ハヤグモ チョウキチ-ザ に のぼって きた とき も、 トウジュウロウ の ジシン は びくとも しなかった。 『オエド ダンジュウロウ みしゃい な』 と、 エド の ヒトビト が ほこる この チンキャク を みる ため に、 ミヤコ の ヒトビト が ナダレ を なして、 チョウキチ-ザ に おしよせて いった とき も、 トウジュウロウ は すこしも さわがなかった。 ことに、 カレ が はじめて ダンジュウロウ の ブタイ を みた とき に、 カレ は ココロ の ナカ で ひそか に エド の カブキ を ケイベツ した。 カレ は、 ダンジュウロウ が イチリュウ あみだした と いう アラゴト を みて、 なんと いう ソヤ な きょうざめた ゲイ だろう と おもって、 カレ の フクシン の デシ の ヤマシタ キョウエモン が、
「タユウ サマ、 ダンジュウロウ の ゲイ を いかが おぼしめさる、 エド ジマン の アラゴト と やら を どう おぼしめさる」 と きいた とき、 カレ は つつましやか な クショウ を もらしながら 「ジツゴト の オウギ の げせぬ ヒトタチ の する こと じゃ。 また ジツゴト の オモシロサ の げせぬ ヒトタチ の みる シバイ じゃ」 と、 イチゴン の モト に けなしさった。 が コンド の シチサブロウ に たいして は、 サイギュウ を あしろうた よう には ゆかなかった。

 3

 と、 いって トウジュウロウ は、 むげに シチサブロウ を おそれて いる の では ない。 もとより、 ダンジュウロウ の ヨウチ な チゴダマシ にも にた アラゴト とは ちごうて、 ニンゲン の シンジツ な シウチ を さながら に、 うつして いる シチサブロウ の ゲイ を ジュウブン に ソンケイ も すれば、 おそれ も した。 が、 トウジュウロウ は ゲイノウ と いう テン から だけ では、 ジブン が シチサブロウ に ミジン も おとらない ばかり で なく、 むしろ ミギワマサリ で ある こと を ジュウブン に しんじた。 したがって、 イマ まで たりみちて いた トウジュウロウ の ココロ に フアン な クウキョ と フカイ な ドウヨウ と を うえつけた の は、 シチサブロウ との タイコウ など と いう こと より も、 もっと ふかい もっと ホンシツテキ な ある もの で あった。
 カレ は、 ハタチ の トシ から 40 イクツ と いう イマ まで、 なんの フアン も なし に、 ヌレゴトシ に ふんして きた。 そして、 トウジュウロウ の ケイセイカイ と いえば、 リュウコツシャ に たよる サト の ワラベ に さえ も、 きこえて いる。 また キョウ の サンザ ケンブツ たち も トウジュウロウ の ケイセイカイ の キョウゲン と いえば、 いつもながら オシゲ も ない カッサイ を おくって いた。 カレ が、 イザエモン の カミコスガタ に なり さえ すれば、 ケンブツ は タワイ も なく カッサイ した。 すこし でも キャクアシ が うすく なる と、 カレ は きまって、 イザエモン に ふんした。 しかも、 カレ の イザエモン ヤク は、 トラムプ の キリフダ か ナニ か の よう に、 オオク の ケンブツ と カッサイ と を、 トウジュウロウ に ホショウ する の で あった。
 が、 カレ は ココロ の ウチ で、 いつ と なし に、 ジブン の ゲイ に たいする フアン を かんじて いた。 いつも、 おなじ よう な ヤク に ふんして、 したたるい ケイセイ を アイテ の セリフ を いう こと が、 カレ の ココロ の ナカ に、 ぼんやり と した フカイ を おこす こと が たびかさなる よう に なって いた。 が、 カレ は まだ いい だろう、 まだ いい だろう と おもいながら イチニチ ノバシ の よう に、 ジブン の しなれた カッサイ を うる に きまった キョウゲン から、 ぬけだそう と いう キ を おこさなかった の で ある。
 こうした トウジュウロウ の ココロ に、 おそろしい ケイショウ は とうとう つたえられた の だ。 「また いつもながら イザエモン か、 トウジュウロウ ドノ の カミコスガタ は、 もう イクド みた か、 かぞえきれぬ ほど じゃ」 と、 いう チマタ の ヒョウバン は、 トウジュウロウ に とって は チメイテキ な コトバ で あった。 カレ が、 おそれた の は シチサブロウ と いう テキ では なかった。 カレ の タイテキ は、 カレ ジシン の ゲイ が ゆきづまって いる こと で ある。 イマ まで は、 ヒカク される もの の ない ため に、 カレ の ゲイ が ゆきづまって いる こと が、 ムチ な ケンブツ には わからなかった の で ある。 カレ は、 シチサブロウ の トモノジョウ を みた とき に、 ケイセイカイ の セカイ とは、 まるきり ちがった あたらしい セカイ が、 ブタイ の ウエ に、 うきだされて いる こと を かんじない わけ には、 ゆかなかった。 ただ うわついた ネ も ハ も ない よう な ケイセイカイ の キョウゲン とは ちごうて、 イッポ ふかく ヒト の ココロ の ウチ に ふみいった セカイ が、 ブタイ の ウエ に テンカイ されて くる の を みとめない わけ には ゆかなかった。 ケンブツ は、 ケイセイカイ の キョウゲン から、 タワイ も なく シチサブロウ の ブタイ へ、 ひきつけられて いった。 が、 トウジュウロウ は、 ケンブツ の タワイ も ない モウドウ の ウチ に、 ふかい もっとも な リユウ の ある の を、 カンシュ しない わけ には ゆかなかった の で ある。
 コテサキ の ゲイ の モンダイ では なかった。 カレ は、 もっと ふかい タイセツ な ところ で、 ジャクハイ の シチサブロウ に ヒトアシ とりのこされよう と した の で ある。 シチサブロウ の トモノジョウ が、 ラクチュウ ラクガイ の ニンキ を そそって、 ヤヨイ キョウゲン をも、 おなじ ダシモノ で うちつづける と いう ウワサ を ききながら、 トウジュウロウ は はげしい ショウソウ と フアン の ムネ を おさえて、 じっと シアン の テ を こまねいた の で ある。 その とき に、 ふと カレ の ココロ に うかんだ の は、 ナニワ に すんで いる チカマツ モンザエモン の こと で あった。

 4

 それ は、 2 ガツ の ある ヨイ で あった。 シジョウ チュウトウ の キョウ の ハシ、 カモガワ の ナガレ ちかく セナリ の オト が、 テ に とって きこえる よう な チャヤ ムネセイ の オオヒロマ で、 マンダユウ-ザ の ヤヨイ キョウゲン の カオツナギ の エン が ひらかれて いた。
 ヒロマ の チュウオウ、 トコバシラ を セ に して、 ギンショク の ヒカリ を マッコウ に あびながら、 ドンス の カガミブトン の ウエ に、 ゆったり と すわり、 こころもち キョウソク に ミ を もたせて いる の は、 サカタ トウジュウロウ で あった。 チャセン に ゆった イロジロ の オモテ は、 40 を こした オトコ とは、 おもわれぬ ほど の ウツクシサ に かがやいて みえた。 シタ には ネズミ チリメン の ヒッカエシ を き、 ウエ には クロハブタエ の フタツメン ケシニンギョウ の カガモン の ハオリ を うちかけ、 ソウデン カラチャ の タタミオビ を しめて いた。 トウジュウロウ の ミギ に すわって いる の は、 イチザ の ワカオヤマ の キリナミ センジュ で あった。 シロコソデ の ウエ に、 ムラサキ チリメン の フタツガサネ を き、 トラフ ビロウド の ハオリ に、 ムラサキ の ヤロウ を いただいた フゼイ は、 さながら オンナ の ごとく なまめかしい。 この フタリ を かこんで、 イチザ の ドウケガタ、 カシャガタ、 ワカシュガタ など の ヒトビト が、 それぞれ カビ な フウゾク の カギリ を つくして いならんで いた。 その ナカ に、 ただ ヒトリ センスジ の ハオリ を きた シッソ な フウゾク を した 25~26 の オトコ は、 マンダユウ-ザ の ワカタユウ で あった。 カレ は、 センコク から シュセキ の アイダ を、 あっちこっち と まわって、 シュエン の キョウ を とりもって いた が、 ようやく メイテイ した らしい カオ に マンメン の ビショウ を たたえながら、 トウジュウロウ の マエ に あらためて かしこまる と、 おそるおそる サカズキ を マエ に だした。
「さあ、 もう ヒトツ おうけ くだされませ。 コンド の ヤヨイ キョウゲン は、 チカマツ サマ の シュコウ で、 カブキ はじまって の めずらしい キョウゲン じゃ と、 ミヤコ の ウチ は ただ この ウワサ ばかり じゃ げに ござります。 ケイセイカイ の ショサ は ニホン ムソウ と いわれた オミサマ じゃ が、 みちならぬ コイ の イキカタ は、 また カクベツ の ゴシアン が ござりましょう な はははは」 と、 たくみ な ツイショウ ワライ に ゴビ を にごした。 と、 トウジュウロウ と いならんで いる キリナミ センジュ は、 キュウ に うつくしい ビショウ を もらしながら、
「ほんに ワカタユウ ドノ の いう とおり じゃ。 トウジュウロウ サマ には、 その アタリ の ゴシアン が、 もう ちゃんと ついて いる はず じゃ。 ワレ など は、 ただ トウジュウロウ サマ に あやつられて クグツ の よう に うごけば よい の じゃ」 と、 アイヅチ を うった。
 トウジュウロウ は、 ワカタユウ の さした サカズキ を、 うけとり は した ものの、 カレ の コトバ にも、 センジュ の コトバ にも、 イチゴン も カエシ を しなかった。 カレ は、 サケ の アジ が、 キュウ に にがく なった よう に、 こころもち カオ を しかめながら、 ぐっと イッキ に その サカズキ を のみほした ばかり で あった。
 カレ は、 コヨイ の シュエン が、 はじまって イライ、 なにげない ふう に サカズキ を かさねて は いた ものの、 ココロ の ウチ には、 かなり はげしい ゲイジュツテキ な クモン が、 うずまいて いる の で あった。
 カレ が、 チカマツ モンザエモン に、 キュウビキャク を とばして、 わりなく たのんだ こと は、 ソクザ に かなえられた の で あった。 イマ まで の ケイセイカイ とは、 ウラ と オモテ の よう に、 うちかわった キョウゲン と して、 モンザエモン が トウジュウロウ に かきあたえた キョウゲン は、 うわついた ヨウキ な タワイ も ない ケイセイカイ の ヌレゴト とは ちごうて、 イノチ を として の イロゴト で あった。 うちしずんだ インキ な、 ケンメイ な イノチ を すてて する ヌレゴト で あった。 ゲイダイ は 『ダイキョウジ ムカシゴヨミ』 と いって、 キョウ の ヒトビト の、 キオク には まだ あたらしい ムロマチ-ドオリ の ダイキョウジ の ニョウボウ オサン が、 テダイ モエモン と フギ を して、 アワタグチ に ケイシ する まで の、 のろわれた イノチガケ の コイ の キョウゲン で あった。
 トウジュウロウ の ゲイ に とって、 そこ に あたらしい セカイ が ひらかれた。 が それ と ドウジ に、 ゼンダイ ミモン の キョウゲン に たいする フアン と ショウリョ とは、 ジシン の つよい カレ の ココロ にも きざさない わけ には ゆかなかった。

 5

 トウジュウロウ の ココロ に、 そうした クッタク が あろう とは、 ゆめにも きづかない ワカタユウ は、 シバイコク の コクオウ たる トウジュウロウ の キゲン を、 いかにも して とりむすぼう と おもった らしく、
「この キョウゲン に くらべまして は、 シチサブロウ ドノ の 『アサマガダケ』 の キョウゲン も ワラベタラシ の よう に、 キョク も のう みえまする わ。 ゼンダイ ミモン の ミソカオ の キョウゲン とは、 さすが に モンザエモン サマ の ゴシュコウ じゃ。 それ に つけまして も、 サカタ サマ には こうした かわった コイ の オオボエ も ござりましょう な はははは」 と、 トキ に とって の ザキョウ の よう に たかだか と わらった。
 イマ まで、 おしだまって いた トウジュウロウ の かたい クチビル が、 ほころびた か と おもう と、 「さよう な こと、 なんの あって よい もの か」 と、 にがりきって はきだす よう に いった。 「トウジュウロウ は、 うまれながら の イロゴノミ じゃ が、 まだ ヒト の ニョウボウ と ネンゴロ した オボエ は ござらぬ わ」 と、 つめたい クショウ を もらしながら つけくわえた。 ワカタユウ は、 ザキョウ の つもり で いった タワムレ を、 マッコウ から つきとばされて、 キョウザメガオ に だまって しまった。
 ソバ に すわって いた キリナミ センジュ は、 イチザ が しらける の を おそれた の で あろう。 トリナシガオ に、 ビショウ を ふくみながら、
「ほんに、 サカタ サマ の いわれる とおり じゃ。 この センジュ とて も、 アルジ ある ニョウボウ と、 ネンゴロ した こと は ない わいな」 と、 いいながら オンナ の よう に うつくしい クチ を おおうた。
 が、 トウジュウロウ は、 マエ より も ひときわ、 にがりきった まま で あった。 カレ は イマ ココロ の ウチ で、 わずか ミッカ の ノチ に せまった ショニチ を ひかえて、 ゲイ の クシン に カンタン を くだいて いた の で ある。 カレ に とって、 そこ に かなり キケン な シキンセキ が よこたわって いる。 『あれ みよ、 ミソカオ の キョウゲン とは、 ナバカリ で あいもかわらぬ トウジュウロウ じゃ』 と、 いわれて は、 ジブン の ゲイ は エイキュウ に すたれる の だ と、 カレ は ココロ の ウチ に、 カクゴ の ホゾ を かためて いた。 ただ、 アイテ の ケイセイ が、 ヒトヅマ に かわった ばかり で、 むかしながら の トウジュウロウ だ とは、 ゆめにも いわせて は ならない と、 ココロ の ウチ に おもいさだめて いた。
 が、 それ か と いって、 トウジュウロウ は、 ジブン で クチ に だして いった とおり、 みちならぬ コイ を した オボエ は さらさら なかった の で ある。 もとより、 カブキ ヤクシャ の ツネ と して、 イロコ と して ブタイ を ふんだ 12~13 の コロ から、 かずおおく の イロイロ の シキジョウ セイカツ を けみして いる。 40 を こえた コンニチ まで には イクジュウニン の オンナ を しった か わからない。 カレ の スガタエ を、 トコ の シタ に しきながら、 こがれしんだ ムスメ や、 カレ に たいする コイ の かなわぬ カナシミ から、 キヨミズ の ブタイ から ミ を なげた オンナ さえ ない こと は ない。 が、 こうした セイカツ にも かかわらず、 テンセイ リチギ な トウジュウロウ は、 わかい とき から、 フギ ヒドウ な イロゴト には、 イッシ を だに そめる こと を しなかった。 そうした ユウワク に せっする ごと に、 カレ は もうぜん と して、 これ と たたかって きて いる。 カレ が、 ヤクシャ にも にあわず 『トウジュウロウ ドノ は、 ものがたい ゴジン じゃ』 と、 いわれて、 シバイコク の チョウジャ と して、 シュウイ から、 ソンケイ されて いる の も、 ヒトツ には こうした ワケ から でも あった。
 したがって、 カレ は、 カコ の ケイケン から、 ヒトヅマ を ぬすむ よう な ヒッシ な、 そらおそろしい、 それ と ドウジ に ミ を やく よう に はげしい コイ に ちかい バアイ を、 いろいろ と たずねて みた が、 カレ の どの コイ も どの コイ も きわめて セイトウ な、 ものやわらか な コイ で あって、 フユ の ウミ の よう に おそろしい コイ や、 ナツ の タイヨウ の よう な はげしい コイ の バアイ は、 どう かんがえて も アタマ に うかんで は こなかった。

 6

 ケイセイカイ の イキサツ なれば、 どんな に ビミョウ に でも、 えんじうる と いう ジシン を もった トウジュウロウ も、 ヒトヅマ との のろわれた アクマテキ な、 みちならぬ しかし ケンメイ な ヒッシ の コイ を、 ブタイ の ウエ に どう しいかして よい か は、 ほとほと シアン の およばぬ ところ で あった。 これまで の カブキ キョウゲン と いえば、 ケイセイカイ の タワイ も ない タワムレ か、 で なければ モノマネ の ドウケ に つきて いた ため に、 こうした ミソカオ の キョウゲン など に、 たのまれる よう な ゼンダイ の メイユウ の しのこした カタ など は、 ミジン も のこって いなかった。 それ か と いって、 カレ は こうした バアイ に、 うちあけて チエ を かりる べき、 ソウダン アイテ を もって いなかった。 カレ の モエモン に、 オサン を つとめる キリナミ センジュ は、 テンセイ の ビボウ ヒトツ が、 カレ の ブタイ の スベテ で あった。 ただ、 トウジュウロウ の サシズ の まま に、 クグツ の ごとく うごく の が、 カレ の エンギ の スベテ で あった の だ。
 トウジュウロウ は、 ジブン ジシン の アタマ を しぼる より ホカ には、 クフウ の シカタ も なかった の で ある。
 トウジュウロウ の フキゲン の ハイゴ に、 そうした コンポンテキ な クッタク が、 ひそんで いる とは キ の つかない イチザ の ヒトビト は、 しらけはじめよう と する シュエン の ザ を、 どうか して ひきたたせよう と、 おもった の だろう、 50 に テ の とどきそう な ドウケガタ の ロウユウ は、 ソバ に すわって いた ハタチ を でた ばかり の、 ヤロウ を きた うつくしい ワカシュガタ を うながしたてながら、 おどけた ツレマイ を まいはじめた。
 トウジュウロウ は、 フタリ の マイ を ふりむき も しない で、 ヒゴロ には にず、 タイハイ を かさねて 4 ド ばかり、 したたか に のみほす と、 にわか に はっして きた ヨイ に、 ザ には え たえられぬ よう に、 つと セキ を たちながら、 カワラ に のぞんだ ひろい エン に でた。
 カワラ の ヤミ の ソコ を ながれる カワミズ が、 ほのか な ヒカリ を はなって いる ホカ は、 ミソカ に ちかい ヨル の ソラ は くもって、 ホシ ヒトツ さえ みえなかった。 コエ ばかり とびこうて いる か の よう に、 ヤミ の ナカ に チドリ が、 ちち と なきしきって いた。
 カブキ の チョウジャ と して、 オウジャ の よう に ホコリ を、 もって いた トウジュウロウ の ココロ も、 ケアワセ に まけた トリ の よう に しょげきって しまって いた。 カレ が、 ザ を たった ため に、 ウエ から の アッパク の とれた よう に、 キュウ に はずみかけた シュエン の セキ の さわがしい ドヨメキ を、 アト に しながら、 カレ は しらずしらず セイジャク な バショ を もとめて、 カッテ を しった ムネセイ の ヘヤベヤ を とおりぬけながら、 オク の ハナレザシキ を こころざした。
 オモヤ から は いちだん と、 カワラ の ナカ に つきでて いる ハナレザシキ には、 ヒト の ケハイ も なかった。 ただ ほんのり と ともって いる、 キヌアンドン の ヒカリ の ウチ に、 うつくしい チョウド など が、 ハル の ヨ に ふさわしい なまめいた シズケサ を たもって いた。 トウジュウロウ は、 ヒトカゲ の みえぬ の を ココロ の ウチ に よろこんだ。 カレ は、 トコノマ に おいて あった キョウソク を、 とりおろす と、 それ に ミギ の ヒジ を もたせながら、 ミ を ヨコザマ に のばした の で ある。
 が、 そうぞうしい シュエン の セキ から、 ミ を のがれた ヨロコビ は、 すぐ きえて しまって、 ゲイ の クシン が ふたたび ひしひし と ムネ に せまって くる。 アス から は ケイコ が はじまる。 カンジンカナメ の モエモン の ユキカタ が、 きまらいで は アイテ の オサン も、 その ホカ の ヒトビト も どう うごいて よい か、 シアン の シヨウ も ない こと に なる。 オノ が クフウ が まずうて は、 チカマツ モンザ が ココロ を くだいた ゼンダイ ミモン の キョウゲン も、 あたら キョウワラベ の ワライグサ に ならぬ とも かぎらない。 こう おもいながら、 トウジュウロウ は ムネ の ナカ に うずまいて いる、 モドカシサ を おさえながら、 イチズ に ココロ を その ほう へ ふりむけよう と あせった。
 その とき で ある。 オモヤ の ほう から、 とんとん と ハナレザシキ を さして くる ヒト の アシオト が、 きこえて きた。

 7

 せっかく、 さわがしい シュセキ を のがれて、 もとめえた しずか な バショ で、 ゲイ の クシン を こらそう と おもって いた トウジュウロウ は、 ジブン の ほう へ ちかづいて くる ヒト の アシオト を きいて、 こころもち マユ を しかめぬ わけ には ゆかなかった。
 が、 ちかづいて くる アシオト の ヌシ は、 ここ に トウジュウロウ が いよう など とは、 ゆめにも きづかない らしく、 アシバヤ に ながい ロウカ を とおりぬけて、 この ヘヤ に ちかづく まま に、 ジョセイ らしい キヌズレ の オト を させた か と おもう と、 エシャク も なく ヘヤ の ショウジ を おしひらいた。 が、 そこ に よこたわって いた トウジュウロウ の スガタ を みる と、 びっくり して シキイギワ に たちすくんで しまった。
「あれ、 トウ サマ は ここ に おわした の か。 これ は これ は いかい ソソウ を」 と、 いいながら、 オンナ は すぐ ショウジ を とざして、 さろう と した が、 また たちなおって、 「ほんに、 このよう に ひえる ところ で、 そうして ござって、 オカゼ など めす と わるい。 どれ、 ワタシ が ヨル の モノ を かけて しんぜましょう」 と、 いいながら、 ヘヤ の カタスミ の オシイレ から、 ヤグ を とりおろそう と して いる。
 トウジュウロウ は、 サイショ アシオト を きいた とき、 メシツカイ の モノ で あろう と おもった ので、 カレ は ねそべった まま、 おきなおろう とは しなかった。 が、 それ が イガイ にも、 ムネセイ の シュジン ムネヤマ セイベエ の ニョウボウ オカジ で ある と しる と、 カレ は おきあがって、 ちょっと イズマイ を ただしながら、
「いや これ は、 いかい ゴゾウサ じゃ のう」 と、 エシャク を した。
 オカジ は、 もう 40 に ちかかった が、 ミヤガワ-チョウ の ウタイメ と して、 わかい コロ に キョウメイ を うたわれた オモカゲ が、 そっくり と しろい ホソオモテ の カオ に、 ありあり と のこって いる。 アサギヌメ の ヒキカエシ に オリビロウド の オビ を しめ、 ウスイロ の キヌタビ を はいた トシマスガタ は、 またなく エン に うつくしかった。 トウジュウロウ は、 ムカシ から、 オカジ を しって いる。 ワカシュガタ の ズイイチ の ビケイ と いわれた トウジュウロウ が うつくしい か、 ウタイメ の オカジ が うつくしい か と いう モノアラソイ は、 20 ネン の ムカシ には、 シジョウ の チャヤ に あそぶ ダイジン たち の クチ に のぼった こと さえ ある。 その コロ から の ナジミ で ある。 が、 トウジュウロウ は、 イマ まで に、 オカジ の スガタ を ココロ に とめて、 みた こと も ない。 ただ ロボウ の ハナ に たいする よう な、 たんたん たる イチベツ を あたえて いた に すぎなかった。
 が、 コヨイ は、 この ヒトヅマ の スガタ が、 いいしれぬ ミリョク を もって、 ぐんぐん と カレ の メ の ナカ に、 せまって くる の を おぼえた。 ミソカオ と いう カレ に とって は、 いまだ ふんで みた こと の ない コイ の リョウイキ の こと を、 この 4~5 ニチ、 イッシン に おもいつめて いた ため だろう。 イマ まで は あまり カレ の ネントウ に なかった ヒトヅマ と いう ジョセイ の トクベツ な シュルイ が、 カレ の ココロ に フシギ な ミリョク を もちはじめて、 イマ オカジ の スガタ と なって、 ぐんぐん せまって くる よう に おぼえた。
 トウジュウロウ の オカジ を みつめる ヒトミ が、 イジョウ な コウフン で、 もえはじめた の は むろん で ある。 ヒトヅマ で ある と いう ドウトクテキ な シガラミ が とりはらわれて、 その フルキ が かえって、 カレ の ヨクジョウ を つちかう、 タキギ と して とうぜられた よう で ある。 カレ は、 ムスメ や ゴケ や ウタイメ や ユウジョ など に、 あいたいした とき には、 かつふつ いだいた こと の ない よう な、 フシギ な ものぐるわしい ジョウネツ が、 カレ の ココロ と カラダ と を、 ふつふつ もやしはじめた の で ある。

 8

 トウジュウロウ の ココロ に そうした、 ものぐるわしい ヒョウフウ が おこって いよう とは、 ゆめにも きづかない らしい オカジ は オシイレ から シロヌメ の ヨギ を とりだす と、 トウジュウロウ の ハイゴ に まわりながら、 ふうわり と きせかけた。
 シラトリ の ムナゲ か ナニ か の よう に、 あたたかい やわらかい、 ヨギ の カンショク を カラダ イチメン に あじわった とき、 トウジュウロウ の オカジ に たいする イジョウ な コウフン は、 あやうく バクハツ しよう と した。 が、 カレ の リチギ な ジンカク は、 トッサ に カレ の ヨクジョウ の モウドウ を きっぱり と、 せいしえた の で ある。 トウジュウロウ は、 ムネヤマ セイベエ の こと を かんがえた。 また、 テイシュク と いう ウワサ の たかい オカジ の こと を かんがえた。 そして ジブン が、 イマ まで イロゴト を しながら も、 ただしい ミチ を ふみはずさなかった と いう ジブン ジシン の ホコリ を かんがえた。 カレ の オカジ に たいして いだいた アラシ の よう な ゲキドウ は、 たちまち なぎはじめた の で ある。
 オカジ は、 イツモ の とおり の オカジ で あった。 カノジョ は ヨギ を きせて しまう と 「さあ、 おやすみ なされませ。 あちら へ いったら オンナ ども に、 ミズ など はこばせましょう わいな」 と、 アイソワライ を のこして アシバヤ に ヘヤ を でよう と した。 その セツナ で ある。 トウジュウロウ の ココロ に ある アクマテキ な オモイツキ が むらむら と わいて きた。 それ は コイ では なかった。 それ は はげしい ヨクジョウ では なかった。 それ は、 おそろしい ほど つめたい リセイ の オモイツキ で あった。 コイ の バアイ には かなり オクビョウ で あった トウジュウロウ は、 あたかも ベツジン の よう に、 センコク の コウフン は、 まるきり ウソ で あった か の よう に、 レイセイ に、
「オカジ ドノ、 ちと またせられい」 と、 よびとめた。
「なんぞ、 ホカ に ゴヨウ が あって か」 と、 オカジ は ムジャキ に、 ふりかえった。 そりおとした マユゲ の アト が あおあお と うかんで みえる イロジロ の ビガン は、 キヌアンドン の ホカゲ を あびて、 ほんのり と なまめかしかった。
「ちと、 ギョイ を えたい こと が ある ほど に、 すわって たもらぬ か」 こう いいながら、 トウジュウロウ は、 こころもち オンナ の ほう へ ヒザ を すすませた。
 オカジ は、 トウジュウロウ の イキゴミカタ に、 すこし フアン を、 かんじた の で あろう。 トウジュウロウ には、 あまり ちかよらない で、 そこ に おいて ある キヌアンドン の カゲ に、 うずくまる よう に すわった。
「あらたまって なんの ヨウ ぞい のう おほほほ」 と、 なにげなく わらいながら も、 やや おもはゆげ に トウジュウロウ の カオ を うちあおいだ。 トウジュウロウ の コワネ は、 イマ まで とは うってかわって、 ひくい けれども、 しかしながら ちからづよい ヒビキ を もって いた。
「オカジ ドノ。 ベツギ では ござらぬ が、 この トウジュウロウ は、 ソナタ に 20 ネン-ライ かくして いた こと が ある。 それ を コヨイ は ぜひにも、 きいて もらいたい の じゃ。 おもいだせば、 ふるい こと じゃ が、 ソナタ が 16 で、 ワレラ が ハタチ の アキ じゃった が、 ギオン マツリ の オリ に、 カワラ の カケゴヤ で フタリ イッショ に、 ツレマイ を もうた こと を、 よもや わすれ は しやるまい なあ。 ワレラ が、 ソナタ を みた の は、 あの とき が はじめて じゃ。 ミヤガワ-チョウ の オカジ ドノ と いえば、 いかに うつくしい ワカオヤマ でも、 アシモト にも およぶまい と、 かねがね ヒト の ウワサ に きいて いた が、 ソナタ の ウツクシサ が よも あれほど で あろう とは、 ゆめにも おもいおよばなかった の じゃ」 と、 こう いいながら、 トウジュウロウ は その おおきい メ を ハンガン に とじながら、 うつくしかった セイシュン の ユメ を、 うっとり と おうて いる よう な メツキ を する の で あった。

 9

「その とき から じゃ。 ソナタ を、 よにも まれ な うつくしい ヒト じゃ と、 おもいそめた の は」 と、 トウジュウロウ は、 オカジ の ほう へ モロヒザ を すすませながら、 ヒッシ の イロ を ヒトミ に うかべて、 こう いいきった。
 トウジュウロウ に よびとめられた とき から、 ある フアン な キタイ に、 ムネ を とどろかせて いた オカジ は サイショ は この うつくしい オトコ の クチ から、 ジブン たち の はなやか な セイシュン の ヒ の、 オモイデバナシ を きかされて、 みせられた よう に、 ほのぼの と フタツ の ホオ を ウスクレナイ に そめて いた が、 アイテ の コトバ が、 キュウ な テンカイ を しめして から は、 その カオ の イロ は セツナ に あおざめて、 うずくまって いる きゃしゃ な カラダ は、 わなわな と おののきはじめて いた。
 トウジュウロウ は、 コイ を する オトコ とは、 どうしても うけとれぬ ほど の、 すんだ つめたい メツキ で、 カオ さえ もたげえぬ オンナ を さしとおす ほど に、 するどく みつめて いながら、 コエ だけ には、 はげしい ネツジョウ に ふるえて いる よう な ヒビキ を もたせて、
「ソナタ を みそめた トウザ は、 オリ が あらば いいよろう と、 しじゅう ねんじて は いた ものの、 ワカシュガタ の ミ は オヤカタ の オキテ が きびしゅうて、 スンジ も ココロ には まかせぬ カラダ じゃ。 ただ ココロ は、 やく よう に おもいこがれて も、 しょせん は オリ を まつ より ホカ は ない と、 あきらめて いる うち に、 ハタチ の コエ を きく や きかず に、 ソナタ は セイベエ ドノ の オモワレビト と なって しまわれた。 その オリ の ワレラ が ムネン は、 イマ おもいだして も、 この ムネ が はりさくる よう で おじゃる わ」 こう いいながら、 トウジュウロウ は ザ にも え たえぬ よう な、 たくみ な ミモダエ を して みせた が、 そうした コイ を かたりながら も、 カレ の フタツ の ヒトミ だけ は、 あいかわらず らんらん たる つめたい ヒカリ を はなって、 オンナ の イキヅカイ から ヨウス まで を、 おそろしき まで に みつめて いる。
 オカジ の カオ の イロ は、 カノジョ の ココロ の おそろしい ゲキドウ を さながら に、 うつしだして いた。 いったん あおざめきって しまった イロ が、 ハンドウテキ に だんだん うすあかく なる と ともに、 その フタツ の メ には、 ネツビョウ カンジャ に みる よう な、 すぐに も ヒ が つきそう な すさまじい イロ を たたえはじめた。
「ヒトヅマ に なった ソナタ を こいしたう の は ニンゲン の する こと では ない と、 ココロ で きつう セイトウ して も、 とまらぬ は ボンプ の オモイ じゃ。 ソナタ の ウワサ を きく に つけ、 オモカゲ を みる に つけ、 20 ネン の その アイダ、 ソナタ の こと を わすれた ヒ は、 ただ 1 ニチ も おじゃらぬ わ」 カレ は、 イチゴ イチゴ に、 イック イック に たくみ な、 イマ まで の カレ の ブタイ-ジョウ の スベテ の エンギ にも、 うちまさった ほど の シウチ を みせながら、 しかも ヒトヅマ を かきくどく、 オソレ と フアン と を まじえながら、 コトリ の よう に すくんで いる オンナ の ほう へ、 つめよせる の で あった。
「が、 この トウジュウロウ も、 ヒトヅマ に コイ を しかける よう な ヒドウ な こと は、 なす まじい と、 あけくれ もえさかる ココロ を じっと おさえて きた の じゃ が、 ワレラ も コトシ 45 じゃ、 ニンゲン の ジョウミョウ は もう ちかい。 これほど の コイ を―― 20 ネン-ライ しのび に しのんだ これほど の オモイ を、 コノヨ で ヒトコト も うちあけいで、 いつ の ヨ ダレ に か かたる べき と、 おもう に つけて も、 ものぐるわしゅう なる まで に、 ココロ が みだれもうして、 かく の アリサマ じゃ。 のう、 オカジ ドノ、 トウジュウロウ を あわれ と おぼしめさば、 たった ヒトコト ナサケ ある コトバ を、 なあ……」 と、 トウジュウロウ は くるう ばかり に ミモダエ しながら、 オンナ の チカク へ ミ を すりよせて いる。 ただ コイ に くるうて いる はず の、 カレ の ヒトミ ばかり は、 ヤイバ の よう に すみきって いた。
 あまり の ゲキドウ に たえかねた の で あろう、 オカジ は、
「わっ」 と、 なきふして しまった。

 10

 おそろしい マジョ が、 その ミリョク の ギセイシャ を、 みつめる よう に、 トウジュウロウ は なきふした オカジ を、 じっと みつめて いた。 カレ の クチビル の アタリ には、 すさまじい ほど の つめたい ヒョウジョウ が うかんで いた。 が、 それ にも かかわらず、 コエ と ドウサ とは、 コイ に くるうた オトコ に ふさわしい ネツジョウ を、 もって いる。
「のう、 オカジ ドノ。 ソナタ は、 この トウジュウロウ の コイ を、 あわれ とは おぼさぬ か。 20 ネン-ライ、 たえしのんで きた コイ を、 あわれ とは おぼさぬ か。 さても、 きつい オヒト じゃ のう」 こう いいながら、 トウジュウロウ は、 アイテ の ヘンジ を まった。 が、 オンナ は よよと、 すすりないて いる ばかり で あった。
 ヒ を したって きた チドリ だろう。 ギン の ハサミ を つかう よう な すんだ コエ が、 セオト にも まぎれず、 テ に とる よう に きこえて くる。 オンナ も トウジュウロウ も、 おしだまった まま、 しばらく は トキ が うつった。
「トウジュウロウ の せつない コイ を、 つれなく する とは、 さても きづよい オヒト じゃ のう、 ブタイ の ウエ の イロゴト では ニホン ムソウ の トウジュウロウ も、 ソナタ に かかって は、 タワイ も のう ふられもうした わ」 と トウジュウロウ は、 さびしげ な クショウ を もらした。
 と、 イマ まで なきふして いた オンナ は、 ふと オモテ を あげた。
「トウ サマ、 イマ おっしゃった こと は、 みな ホンシン かいな」
 オンナ の コエ は、 きえいる よう で あった。 その クチビル が かすか に ケイレン した。
「なんの、 テンゴウ を いうて なる もの か、 ヒトヅマ に いいよる から は、 イノチ を なげだして の コイ じゃ」 と、 いう か と おもう と、 トウジュウロウ の カオ も、 さっと ソウハク に へんじて しまった。 ウキゴシ に なって いる カレ の ヒザ が、 かすか に フルイ を おびはじめた。
 ヒッシ の カクゴ を きめた らしい オカジ は、 ヒ の よう な ヒトミ で、 オトコ の カオ を ヒトメ みる と、 いきなり ソバ の キヌアンドン の ヒ を、 ふっと ふきけして しまった。
 おそろしい チンモク が、 そこ に あった。
 オカジ は、 カラダジュウ の モウハツ が ことごとく さかだつ よう な オソロシサ と、 カラダジュウ の チシオ が ことごとく わきたつ よう な ジョウネツ と で、 オトコ の ちかよる の を まって いた。 が、 オトコ の くるしそう な イキヅカイ が、 きこえる ばかり で、 アイテ は ミウゴキ も しない よう で あった。 オカジ も いすくんだ まま、 カラダ を わなわな と ふるわせて いる ばかり で あった。
 とつじょ、 トウジュウロウ の たちあがる ケハイ が した。 オカジ は、 イマ こそ と カクゴ を きめて いた。 が、 オトコ は オカジ の ソバ を、 カゲ の よう に すりぬける と、 ヒ の ない ヤミ を、 テサグリ に ロウカ へ でた か と おもう と、 オモヤ の ホカゲ を メアテ に ケモノ の よう に、 あしばやく はしりさって しまった の で ある。

 ヤミ の ナカ に とりのこされた オカジ は、 ニンゲン の ジョセイ が うけた もっとも ヒニク な ザンコク な ハズカシメ を うけて、 ヤミ の ナカ に イシ の よう に、 つったって いた。
 イタズラ と して は、 イノチトリ の イタズラ で あった。 ブジョク と して は、 コノヨ に フタツ とは ある まじい ブジョク で あった。 が、 オカジ は、 トウジュウロウ から これほど の イタズラ や ブジョク を うくる イワレ を、 どうしても かんがえだせない の に くるしんだ。 それ と ともに、 この おそろしい ユウワク の ため に、 ジブン の ミサオ を すてよう と した―― いな、 ほとんど すてて しまった ツミ の オソロシサ に、 カノジョ は ハラワタ を ずたずた に きられる よう で あった。

 11

 シュエン の セキ に かえった トウジュウロウ は、 ニンゲン の カオ とは おもえない ほど の、 すさまじい カオ を して いた。 が、 カレ は、 すすめられる まま に タイハイ を イツツ ムッツ ばかり のみほす と、 ちばしった メ に、 キリナミ センジュ の ほう を むきながら、
「センジュ ドノ アンド めされい。 トウジュウロウ、 コノタビ の キョウゲン の クフウ が ことごとく なりもうした わ」 と いいながら、 こわだか に わらって みせた。 が、 その コエ は、 ジゴク の モウジャ の ワライゴエ の よう に しわがれた カラッポ な、 キミ の わるい コエ で あった。

 ヤヨイ ツイタチ から、 マンダユウ-ザ では いよいよ チカマツ モンザ が カキオロシ の キョウゲン の フタ が ひらかれた。 トウジュウロウ の モエモン と キリナミ センジュ の オサン との ミソカオ の キョウゲン は、 おそろしき まで シン に せまって、 ラクチュウ ラクガイ の ヒョウバン かまびすしく、 ショウガツ から うちつづけて かちほこって いた ヤマシタ-ザ の ナカムラ シチサブロウ の ヒョウバン も、 ツキ の マエ の ホタルビ の よう に、 みる カゲ も なく けされて しまった。
 が、 この コウギョウ の ヒョウバン に つれて、 キョウワラベ の クチ に こうした ソウワ が つたえられた。 それ は、 『トウジュウロウ ドノ は、 コノタビ の キョウゲン の クフウ には、 ある チャヤ の ニョウボウ に いつわって コイ を しかけ、 オンナ が なびいて ヒ を ふきけす とき、 いそいで のがれた との こと じゃ が、 さすが は サンゴクイチ の メイジン の ココロガケ だけ ある』 と いう ウワサ で あった。
『イツワリ にも せよ、 トウジュウロウ ドノ から コイ を しかけられた ニョウボウ も、 サンゴクイチ の カホウモノ じゃ』 と、 なまめいた キョウ の オンナ たち は、 こう いいそえた。
 こうした ウワサ まで が、 いやがうえに、 この キョウゲン の ニンキ を そそった。
 くる ヒ も、 くる ヒ も、 ウシオ の よう な ケンブツ が アケガタ から マンダユウ-ザ の シュウイ に ウズ を まいて いた。
 ヤヨイ の ナカバ で あったろう。 ある アサ、 マンダユウ-ザ の ドウグカタ が、 ガクヤ の カタスミ の ハリ に、 くびれて しんだ チュウネン の オンナ を みいだした。 それ は、 マギレ も なく ムネセイ の ニョウボウ オカジ で あった。 オカジ は、 ムネセイ とは ヤツヅキ の マンダユウ-ザ に しのびいって、 そこ を サイゴ の シニバショ と さだめた の で ある。 その シイン に ついて も、 キョウワラベ は イロイロ に、 くちさがない ウワサ を たてた。 が タレ も トウジュウロウ の イツワリ の コイ の アイテ が、 テイシュク の キコエ たかい オカジ だ とは おもい も およばなかった。
 ただ、 オカジ の シ を きいた トウジュウロウ は、 カミナリ に うたれた よう に イロ を かえた。 が カレ は ココロ の ウチ で、
『トウジュウロウ の ゲイ の ため には、 ヒトリ や フタリ の オンナ の イノチ は』 と、 イクド も ちからづよく くりかえした。 が、 そう くりかえして みた ものの、 カレ の ココロ に できた メ に みえぬ フカデ は、 オリ に ふれ、 トキ に ふれ カレ を さいなまず には いなかった。
 オカジ が、 ガクヤ で くびれた こと まで が、 マンダユウ-ザ の ニンキ を つちかった。
 オカジ が、 しんで イライ、 トウジュウロウ の モエモン の ゲイ は、 いよいよ さえて いった。 カレ の ヒトミ は、 ヒトヅマ を うばう つみぶかい オトコ の クノウ を、 ありあり と きざんで いた。 カレ が オサン と クラヤミ で テ を ひきあう とき、 ミソカオ の キョウフ と フアン と、 ツミ の オソロシサ と が、 カラダ いっぱい に あふれて いた。
 そこ には、 トウジュウロウ が モエモン か、 モエモン が トウジュウロウ か、 なんの サベツ も ない よう で あった。 おそらく トウジュウロウ ジシン、 ヒト の ニョウボウ に いいよる オソロシサ を、 キモ に めいじて いた ため で あろう。
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