カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 11)

2021-02-18 | アリシマ タケオ
 41

 ハシゴダン の アガリグチ には アイコ が アネ を よび に ゆこう か ゆくまい か と シアン する らしく たって いた。 そこ を とおりぬけて ジブン の ヘヤ に きて みる と、 ムナゲ を あらわ に エリ を ひろげて、 セル の リョウソデ を たかだか と まくりあげた クラチ が、 アグラ を かいた まま、 デントウ の ヒ の シタ に ジュクシ の よう に あかく なって こっち を むいて いたけだか に なって いた。 コトウ は グンプク の ヒザ を きちんと おって マッスグ に かたく すわって、 ヨウコ には ウシロ を むけて いた。 それ を みる と もう ヨウコ の シンケイ は びりびり と さかだって ジブン ながら どう シヨウ も ない ほど あれすさんで きて いた。 「なにもかも いや だ、 どうでも カッテ に なる が いい」 すると すぐ アタマ が おもく かぶさって きて、 フクブ の ドンツウ が ナマリ の おおきな タマ の よう に コシ を しいたげた。 それ は ニジュウ に ヨウコ を いらいら させた。
「アナタガタ は いったい ナニ を そんな に いいあって いらっしゃる の」
 もう そこ には ヨウコ は タクト を もちいる ヨユウ さえ もって いなかった。 しじゅう ハラ の ソコ に レイセイサ を うしなわない で、 あらん カギリ の ヒョウジョウ を カッテ に ソウジュウ して どんな ナンカン でも、 ヨウコ に トクユウ な シカタ で きりひらいて ゆく そんな ヨユウ は その バ には とても でて こなかった。
「ナニ を と いって この コトウ と いう セイネン は あまり レイギ を わきまえん から よ。 キムラ さん の シンユウ シンユウ と フタコトメ には ハナ に かけた よう な こと を いわるる が、 ワシ も ワシ で キムラ さん から は たのまれとる ん だ から、 ヒトリヨガリ の こと は いうて もらわん でも いい の だ。 それ を つべこべ ろくろく アナタ の セワ も みず に おきながら、 いいたてなさる ので、 スジ が ちがって いよう と いって きかせて あげた ところ だ。 コトウ さん、 アナタ シツレイ だ が いったい イクツ です」
 ヨウコ に いって きかせる でも なく そう いって、 クラチ は また コトウ の ほう に むきなおった。 コトウ は この ブジョク に たいして クチゴタエ の コトバ も でない よう に ゲッコウ して だまって いた。
「こたえる が はずかしければ しいて も きくまい。 が、 いずれ ハタチ は すぎて いられる の だろう。 ハタチ すぎた オトコ が アナタ の よう に レイギ も わきまえず に ヒト の セイカツ の ウチワ に まで たちいって モノ を いう は バカ の ショウコ です よ。 オトコ が モノ を いう なら かんがえて から いう が いい」
 そう いって クラチ は コトバ の ゲッコウ して いる ワリアイ に、 また ミカケ の いかにも いたけだか な ワリアイ に、 ジュウブン の ヨユウ を みせて、 そらうそぶく よう に ウチミズ を した ニワ の ほう を みながら ウチワ を つかった。
 コトウ は しばらく だまって いて から ウシロ を ふりあおいで ヨウコ を みやりつつ、
「ヨウコ さん…… まあ、 す、 すわって ください」
と すこし どもる よう に しいて おだやか に いった。 ヨウコ は その とき はじめて、 ワレ にも なく それまで そこ に つったった まま ぼんやり して いた の を しって、 ジブン に かつて ない よう な トンキョ な こと を して いた の に キ が ついた。 そして ジブン ながら コノゴロ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら フタリ の アイダ に、 できる だけ キ を おちつけて ザ に ついた。 コトウ の カオ を みる と やや あおざめて、 コメカミ の ところ に ふとい スジ を たてて いた。 ヨウコ は その ジブン に なって はじめて すこし ずつ ジブン を カイフク して いた。
「コトウ さん、 クラチ さん は すこし オサケ を めしあがった ところ だ から こんな とき むずかしい オハナシ を なさる の は よく ありません でした わ。 ナン です か しりません けれども コンヤ は もう その オハナシ は きれい に やめましょう。 いかが?…… また ゆっくり ね…… あ、 アイ さん、 アナタ オニカイ に いって ヌイカケ を オオイソギ で しあげて おいて ちょうだい、 ネエサン が あらかた して しまって ある けれども……」
 そう いって サッキ から ちくいち フタリ の ソウロン を きいて いた らしい アイコ を カイジョウ に おいあげた。 しばらく して コトウ は ようやく おちついて ジブン の コトバ を みいだした よう に、
「クラチ さん に モノ を いった の は ボク が まちがって いた かも しれません。 じゃ クラチ さん を マエ に おいて アナタ に いわして ください。 オセジ でも なんでも なく、 ボク は ハジメ から アナタ には クラチ さん なんか には ない セイジツ な ところ が、 どこ か に かくれて いる よう に おもって いた ん です。 ボク の いう こと を その セイジツ な ところ で ハンダン して ください」
「まあ キョウ は もう いい じゃ ありません か、 ね。 ワタシ、 アナタ の おっしゃろう と する こと は よっく わかって います わ。 ワタシ けっして あだ や おろそか には おもって いません ホントウ に。 ワタシ だって かんがえて は います わ。 そのうち とっくり ワタシ の ほう から うかがって いただきたい と おもって いた くらい です から それまで……」
「キョウ きいて ください。 グンタイ セイカツ を して いる と 3 ニン で こうして おはなし する キカイ は そう ありそう には ありません。 もう キエイ の ジカン が せまって います から、 ながく オハナシ は できない けれども…… それだから ガマン して きいて ください」
 それなら なんでも カッテ に いって みる が いい、 シギ に よって は だまって は いない から と いう ハラ を、 かすか に ヒニク に ひらいた クチビル に みせて ヨウコ は コトウ に ミミ を かす タイド を みせた。 クラチ は しらん フリ を して ニワ の ほう を みつづけて いた。 コトウ は クラチ を まったく ドガイシ した よう に ヨウコ の ほう に むきなおって、 ヨウコ の メ に ジブン の メ を さだめた。 ソッチョク な あからさま な その メ には その バアイ に すら こどもじみた シュウチ の イロ を たたえて いた。 レイ の ごとく コトウ は ムネ の キンボタン を はめたり はずしたり しながら、
「ボク は イマ まで ジブン の インジュン から アナタ に たいして も キムラ に たいして も ホントウ に ユウジョウ-らしい ユウジョウ を あらわさなかった の を はずかしく おもいます。 ボク は とうに もっと どうか しなければ いけなかった ん です けれども…… キムラ、 キムラ って キムラ の こと ばかり いう よう です けれども、 キムラ の こと を いう の は アナタ の こと を いう の も おなじ だ と ボク は おもう ん です が、 アナタ は イマ でも キムラ と ケッコン する キ が たしか に ある ん です か ない ん です か、 クラチ さん の マエ で それ を はっきり ボク に きかせて ください。 ナニゴト も そこ から シュッパツ して いかなければ この ハナシ は ひっきょう マワリ ばかり まわる こと に なります から。 ボク は アナタ が キムラ と ケッコン する キ は ない と いわれて も けっして それ を どう と いう ん じゃ ありません。 キムラ は キノドク です。 あの オトコ は ヒョウメン は あんな に ラクテンテキ に みえて いて、 イシ が つよそう だ けれども、 ずいぶん なみだっぽい ほう だ から、 その シツボウ は おもいやられます。 けれども それだって シカタ が ない。 だいいち ハジメ から ムリ だった から…… アナタ の オハナシ の よう なら……。 しかし ジジョウ が ジジョウ だった とは いえ、 アナタ は なぜ いや なら いや と…… そんな カコ を いった ところ が はじまらない から やめましょう。 ……ヨウコ さん、 アナタ は ホントウ に ジブン を かんがえて みて、 どこ か まちがって いる と おもった こと は ありません か。 ゴカイ して は こまります よ、 ボク は アナタ が まちがって いる と いう つもり じゃ ない ん です から。 タニン の こと を タニン が ハンダン する こと なんか は できない こと だ けれども、 ボク は アナタ が どこ か フシゼン に みえて いけない ん です。 よく ヨノナカ では ジンセイ の こと は そう タンジュン に いく もん じゃ ない と いいます が、 そして アナタ の セイカツ なんぞ を みて いる と、 それ は ごく ガイメンテキ に みて いる から そう みえる の かも しれない けれども、 じっさい ずいぶん フクザツ-らしく おもわれます が、 そう ある べき こと なん でしょう か。 もっと もっと クリアー に サン-クリアー に ジブン の チカラ だけ の こと、 トク だけ の こと を して くらせそう な もの だ と ボク ジシン は おもう ん です がね…… ボク にも そう で なくなる ジダイ が くる かも しらない けれども、 イマ の ボク と して は そう より かんがえられない ん です。 イチジ は コンザツ も き、 フワ も き、 ケンカ も くる か は しれない が、 けっきょく は そう する より シカタ が ない と おもいます よ。 アナタ の こと に ついて も ボク は マエ から そういう ふう に はっきり かたづけて しまいたい とは おもって いた ん です けれど、 コソク な ココロ から それまで に いかず とも いい ケッカ が うまれて き は しない か と おもったり して キョウ まで ドッチツカズ で すごして きた ん です。 しかし もう この イジョウ ボク には ガマン が できなく なりました。
 クラチ さん と アナタ と ケッコン なさる なら なさる で キムラ も あきらめる より ホカ に ミチ は ありません。 キムラ に とって は くるしい こと だろう が、 ボク から かんがえる と ドッチツカズ で ハンモン して いる の より どれだけ いい か わかりません。 だから クラチ さん に イコウ を うかがおう と すれば、 クラチ さん は アタマ から ボク を バカ に して ハナシ を シンミ に うけて は くださらない ん です」
「バカ に される ほう が わるい のよ」
 クラチ は ニワ の ほう から カオ を かえして、 「どこ まで バカ に できあがった オトコ だろう」 と いう よう に ニガワライ を しながら コトウ を みやって、 また しらぬ カオ に ニワ の ほう を むいて しまった。
「そりゃ そう だ。 バカ に される ボク は バカ だろう。 しかし アナタ には…… アナタ には ボクラ が もってる リョウシン と いう もの が ない ん だ。 それ だけ は バカ でも ボク には わかる。 アナタ が バカ と いわれる の と、 ボク が ジブン を バカ と おもって いる それ とは、 イミ が ちがいます よ」
「その とおり、 アナタ は バカ だ と おもいながら、 どこ か ココロ の スミ で 『ナニ バカ な もの か』 と おもいよる し、 ワタシ は アナタ を うそほんなし に バカ と いう だけ の ソウイ が ある よ」
「アナタ は キノドク な ヒト です」
 コトウ の メ には イカリ と いう より も、 ある はげしい カンジョウ の ナミダ が うすく やどって いた。 コトウ の ココロ の ウチ の いちばん おくふかい ところ が けがされない まま で、 ふと メ から のぞきだした か と おもわれる ほど、 その ナミダ を ためた メ は イッシュ の チカラ と キヨサ と を もって いた。 さすが の クラチ も その ヒトコト には コトバ を かえす こと なく、 フシギ そう に コトウ の カオ を みた。 ヨウコ も おもわず イッシュ あらたまった キブン に なった。 そこ には これまで みなれて いた コトウ は いなく なって、 その カワリ に ゴマカシ の きかない つよい チカラ を もった ヒトリ の ジュンケツ な セイネン が ひょっこり あらわれでた よう に みえた。 ナニ を いう か、 また イツモ の よう な アリキタリ の ドウトクロン を ふりまわす と おもいながら、 イッシュ の ケイブ を もって だまって きいて いた ヨウコ は、 この ヒトコト で、 いわば コトウ を カベギワ に おもいぞんぶん おしつけて いた クラチ が てもなく はじきかえされた の を みた。 コトバ の ウエ や シウチ の ウエ や で いかに コウアツテキ に でて みて も、 どう する こと も できない よう な シンジツサ が コトウ から あふれでて いた。 それ に はむかう には シンジツ で はむかう ホカ は ない。 クラチ は それ を もちあわして いる か どう か ヨウコ には ソウゾウ が つかなかった。 その バアイ クラチ は しばらく コトウ の カオ を フシギ そう に みやった ノチ、 ヘイキ な カオ を して ゼン から サカズキ を とりあげて、 のみのこして ひえた サケ を テレカクシ の よう に あおりつけた。 ヨウコ は この とき コトウ と こんな チョウシ で むかいあって いる の が おそろしくって ならなく なった。 コトウ の メノマエ で ひょっと する と イマ まで きずいて きた セイカツ が くずれて しまいそう な キグ を さえ かんじた。 で、 そのまま だまって クラチ の マネ を する よう だ が、 ヘイキ を よそおいつつ キセル を とりあげた。 その バ の シウチ と して は つたない ヤリカタ で ある の を はがゆく は おもいながら。
 コトウ は しばらく コトバ を とぎらして いた が、 また あらたまって ヨウコ の ほう に はなしかけた。
「そう あらたまらない で ください。 そのかわり おもった だけ の こと を イイカゲン に して おかず に はなしあわせて みて ください。 いい です か。 アナタ と クラチ さん との これまで の セイカツ は、 ボク みたい な ムケイケン な モノ にも、 ギモン と して かたづけて おく こと の できない よう な ジジツ を かんじさせる ん です。 それ に たいする アナタ の ベンカイ は キベン と より ボク には ひびかなく なりました。 ボク の にぶい チョッカク で すら が そう かんがえる の です。 だから この サイ アナタ と クラチ さん との カンケイ を あきらか に して、 アナタ から キムラ に イツワリ の ない コクハク を して いただきたい ん です。 キムラ が ヒトリ で セイカツ に くるしみながら タトエヨウ の ない ギワク の ウチ に もがいて いる の を すこし でも ソウゾウ して みたら…… イマ の アナタ には それ を ヨウキュウ する の は ムリ かも しれない けれども……。 だいいち こんな フアンテイ な ジョウタイ から アナタ は アイコ さん や サダヨ さん を すくう ギム が ある と おもいます よ ボク は。 アナタ だけ に かぎられず に、 シホウ ハッポウ の ヒト の ココロ に ひびく と いう の は おそろしい こと だ とは ホントウ に アナタ には おもえません かねえ。 ボク には ソバ で みて いる だけ でも おそろしい がなあ。 ヒト には いつか ソウカンジョウ を しなければ ならない とき が くる ん だ。 いくら カリ に なって いて も びくとも しない と いう ジシン も なくって、 ずるずるべったり に ムハンセイ に カリ ばかり つくって いる の は かんがえて みる と フアン じゃ ない でしょう か。 ヨウコ さん、 アナタ には うつくしい セイジツ が ある ん だ。 ボク は それ を しって います。 キムラ に だけ は どうした ワケ か ベツ だ けれども、 アナタ は ビタイチモン でも カリ を して いる と おもう と ネゴコチ が わるい と いう よう な キショウ を もって いる じゃ ありません か。 それに ココロ の シャッキン なら いくら シャッキン を して いて も ヘイキ で いられる わけ は ない と おもいます よ。 なぜ アナタ は このんで それ を ふみにじろう と ばかり して いる ん です。 そんな なさけない こと ばかり して いて は ダメ じゃ ありません か。 ……ボク は はっきり おもう とおり を いいあらわしえない けれども…… いおう と して いる こと は わかって くださる でしょう」
 コトウ は おもいいった ふう で、 アブラ で よごれた テ を イクド も マックロ に ヒ に やけた メガシラ の ところ に もって いった。 カ が ぶんぶん と せめかけて くる の も わすれた よう だった。 ヨウコ は コトウ の コトバ を もう それ イジョウ は きいて いられなかった。 せっかく そっと して おいた ココロ の ヨドミ が かきまわされて、 みまい と して いた きたない もの が ぬらぬら と メノマエ に うきでて くる よう でも あった。 ぬりつぶし ぬりつぶし して いた ココロ の カベ に ヒビ が はいって、 そこ から オモテ も むけられない しろい ヒカリ が ちらと さす よう にも おもった。 もう しかし それ は すべて あまり おそい。 ヨウコ は そんな もの を ムシ して かかる ホカ に ミチ が ない と おもった。 ごまかして いけない と コトウ の いった コトバ は その シュンカン にも すぐ ヨウコ に きびしく こたえた けれども、 ヨウコ は おしきって そんな コトバ を かなぐりすてない では いられない と ジブン から あきらめた。
「よく わかりました。 アナタ の おっしゃる こと は いつでも ワタシ には よく わかります わ。 そのうち ワタシ きっと キムラ の ほう に テガミ を だす から アンシン して くださいまし。 コノゴロ は アナタ の ほう が キムラ イジョウ に シンケイシツ に なって いらっしゃる よう だ けれども、 ゴシンセツ は よく ワタシ にも わかります わ。 クラチ さん だって アナタ の オココロモチ は つうじて いる に ちがいない ん です けれども、 アナタ が…… なんと いったら いい でしょう ねえ…… アナタ が あんまり マショウメン から おっしゃる もん だ から、 つい ムカッパラ を おたて なすった ん でしょう。 そう でしょう、 ね、 クラチ さん。 ……こんな いや な オハナシ は これ だけ に して イモウト たち でも よんで おもしろい オハナシ でも しましょう」
「ボク が もっと えらい と、 いう こと が もっと ふかく ミナサン の ココロ に はいる ん です が、 ボク の いう こと は ホントウ の こと だ と おもう ん だ けれども シカタ が ありません。 それじゃ きっと キムラ に かいて やって ください。 ボク ジシン は なにも モノズキ-らしく その ナイヨウ を しりたい とは おもってる わけ じゃ ない ん です から……」
 コトウ が まだ ナニ か いおう と して いる とき に アイコ が セイトン-ブロシキ の できあがった の を もって、 2 カイ から おりて きた。 コトウ は アイコ から それ を うけとる と おもいだした よう に あわてて トケイ を みた。 ヨウコ は それ には トンジャク しない よう に、
「アイ さん あれ を コトウ さん に オメ に かけよう。 コトウ さん ちょっと まって いらしって ね。 イマ おもしろい もの を オメ に かける から。 サア ちゃん は 2 カイ? いない の? どこ に いった ん だろう…… サア ちゃん!」
 こう いって ヨウコ が よぶ と ダイドコロ の ほう から サダヨ が うちしずんだ カオ を して ないた アト の よう に ホオ を あかく して はいって きた。 やはり ジブン の いった コトバ に したがって ヒトリポッチ で ダイドコロ に いって ススギモノ を して いた の か と おもう と、 ヨウコ は もう ムネ が せまって メ の ウチ が あつく なる の だった。
「さあ フタリ で このあいだ ガッコウ で ならって きた ダンス を して コトウ さん と クラチ さん と に オメ に おかけ。 ちょっと コティロン の よう で また かわって います の。 さ」
 フタリ は 10 ジョウ の ザシキ の ほう に たって いった。 クラチ は これ を キッカケ に からっと カイカツ に なって、 イマ まで の こと は わすれた よう に、 コトウ にも ビショウ を あたえながら 「それ は おもしろかろう」 と いいつつ アト に つづいた。 アイコ の スガタ を みる と コトウ も つりこまれる ふう に みえた。 ヨウコ は けっして それ を みのがさなかった。
 カレン な スガタ を した アネ と イモウト とは 10 ジョウ の デントウ の モト に むかいあって たった。 アイコ は いつでも そう な よう に こんな バアイ でも いかにも レイセイ だった。 フツウ ならば その トシゴロ の ショウジョ と して は、 ヤリドコロ も ない シュウチ を かんずる はず で ある のに、 アイコ は すこし メ を ふせて いる ホカ には しらじら と して いた。 きゃっきゃっ と うれしがったり はずかしがったり する サダヨ は その ヨ は どうした もの か ただ ものうげ に そこ に しょんぼり と たった。 その ヨ の フタリ は ミョウ に ムカンジョウ な イッツイ の うつくしい オドリテ だった。 ヨウコ が 「イチ、 ニ、 サン」 と アイズ を する と、 フタリ は リョウテ を コシボネ の ところ に おきそえて しずか に カイセン しながら まいはじめた。 ヘイエイ の ナカ ばかり に いて うつくしい もの を まったく みなかった らしい コトウ は、 しばらく は ナニゴト も わすれた よう に こうこつ と して フタリ の えがく キョクセン の サマザマ に みとれて いた。
 と とつぜん サダヨ が リョウソデ を カオ に あてた と おもう と、 キュウ に マイ の ワ から それて、 イッサン に ゲンカンワキ の 6 ジョウ に かけこんだ。 6 ジョウ に たっしない うち に いたましく すすりなく コエ が きこえだした。 コトウ は はっと あわてて そっち に ゆこう と した が、 アイコ が ヒトリ に なって も、 カオイロ も うごかさず に おどりつづけて いる の を みる と そのまま また たちどまった。 アイコ は ジブン の しおおす べき ツトメ を しおおせる こと に ココロ を あつめる ヨウス で まいつづけた。
「アイ さん ちょっと おまち」
と いった ヨウコ の コエ は ひくい ながら キヌ を さく よう に カンペキ-らしい チョウシ に なって いた。 ベッシツ に イモウト の かけこんだ の を ミムキ も しない アイコ の フニンジョウサ を いきどおる イカリ と、 めいぜられた こと を チュウト ハンパ で やめて しまった サダヨ を いきどおる イカリ と で ヨウコ は ジセイ が できない ほど ふるえて いた。 アイコ は しずか に そこ に リョウテ を コシ から おろして たちどまった。
「サア ちゃん ナン です その シツレイ は。 でて おいでなさい」
 ヨウコ は はげしく リンシツ に むかって こう さけんだ。 リンシツ から サダヨ の すすりなく コエ が あわれ にも まざまざ と きこえて くる だけ だった。 だきしめて も だきしめて も あきたらない ほど の アイチャク を そのまま うらがえした よう な ニクシミ が、 ヨウコ の ココロ を ヒ の よう に した。 ヨウコ は アイコ に きびしく いいつけて サダヨ を 6 ジョウ から よびかえさした。
 やがて その 6 ジョウ から でて きた アイコ は、 さすが に フアン な オモモチ を して いた。 くるしくって たまらない と いう から ヒタイ に テ を あてて みたら ヒ の よう に あつい と いう の だ。
 ヨウコ は おもわず ぎょっと した。 うまれおちる と から ビョウキ ヒトツ せず に そだって きた サダヨ は マエ から ハツネツ して いた の を ジブン で しらず に いた に ちがいない。 きむずかしく なって から 1 シュウカン ぐらい に なる から、 ナニ か の ネツビョウ に かかった と すれば ビョウキ は かなり すすんで いる はず だ。 ひょっと する と サダヨ は もう しぬ…… それ を ヨウコ は チョッカク した よう に おもった。 メノマエ で セカイ が キュウ に くらく なった。 デントウ の ヒカリ も みえない ほど に アタマ の ナカ が くらい ウズマキ で いっぱい に なった。 ええ、 いっそ の こと しんで くれ。 この チマツリ で クラチ が ジブン に はっきり つながれて しまわない と ダレ が いえよう。 ヒトミ ゴクウ に して しまおう。 そう ヨウコ は キョウフ の ゼッチョウ に ありながら ミョウ に しんと した ココロモチ で おもいめぐらした。 そして そこ に ぼんやり した まま つったって いた。
 いつのまに いった の か、 クラチ と コトウ と が 6 ジョウ の マ から クビ を だした。
「オヨウ さん…… ありゃ ないた ため ばかり の ネツ じゃ ない。 はやく きて ごらん」
 クラチ の あわてる よう な コエ が きこえた。
 それ を きく と ヨウコ は はじめて コト の シンソウ が わかった よう に、 ユメ から めざめた よう に、 キュウ に アタマ が はっきり して 6 ジョウ の マ に はしりこんだ。 サダヨ は ひときわ セタケ が ちぢまった よう に ちいさく まるまって、 ザブトン に カオ を うずめて いた。 ヒザ を ついて ソバ に よって ウナジ の ところ を さわって みる と、 キミ の わるい ほど の ネツ が ヨウコ の テ に つたわって きた。
 その シュンカン に ヨウコ の ココロ は デングリガエシ を うった。 いとしい サダヨ に つらく あたったら、 そして もし サダヨ が その ため に イノチ を おとす よう な こと でも あったら、 クラチ を だいじょうぶ つかむ こと が できる と なにがなし に おもいこんで、 しかも それ を ジッコウ した メイシン とも モウソウ とも タトエヨウ の ない、 キョウキ-じみた ケチガン が なんの ク も なく ばらばら に くずれて しまって、 その アト には どうか して サダヨ を いかしたい と いう すなお な なみだぐましい ネガイ ばかり が しみじみ と はたらいて いた。 ジブン の あいする モノ が しぬ か いきる か の サカイメ に きた と おもう と、 セイ への シュウチャク と シ への キョウフ と が、 イマ まで ソウゾウ も およばなかった ツヨサ で ひしひし と かんぜられた。 ジブン を ヤツザキ に して も サダヨ の イノチ は とりとめなくて は ならぬ。 もし サダヨ が しねば それ は ジブン が ころした ん だ。 なにも しらない、 カミ の よう な ショウジョ を…… ヨウコ は あらぬ こと まで カッテ に ソウゾウ して カッテ に くるしむ ジブン を たしなめる つもり で いて も、 それ イジョウ に シュジュ な ヨソウ が はげしく アタマ の ナカ で はたらいた。
 ヨウコ は サダヨ の セ を さすりながら、 タンガン する よう に アイジョ を こう よう に コトウ や クラチ や アイコ まで を みまわした。 それら の ヒトビト は いずれ も ココロ いたげ な カオイロ を みせて いない では なかった。 しかし ヨウコ から みる と それ は みんな ニセモノ だった。
 やがて コトウ は ヘイエイ への キト イシャ を たのむ と いって かえって いった。 ヨウコ は、 ヒトリ でも、 どんな ヒト でも サダヨ の ミヂカ から はなれて ゆく の を つらく おもった。 そんな ヒトタチ は タショウ でも サダヨ の イノチ を イッショ に もって いって しまう よう に おもわれて ならなかった。
 ヒ は とっぷり くれて しまった けれども どこ の トジマリ も しない この イエ に、 コトウ が いって よこした イシャ が やって きた。 そして サダヨ は あきらか に チョウ チブス に かかって いる と シンダン されて しまった。

 42

「オネエサマ…… いっちゃ いやあ……」
 まるで ヨッツ か イツツ の ヨウジ の よう に がんぜなく ワガママ に なって しまった サダヨ の コエ を ききのこしながら ヨウコ は ビョウシツ を でた。 おりから じめじめ と ふりつづいて いる サミダレ に、 ロウカ には ヨアケ から の ウスグラサ が そのまま のこって いた。 ハクイ を きた カンゴフ が くらい だだっぴろい ロウカ を、 ウワゾウリ の おおきな オト を させながら アンナイ に たった。 トオカ の ヨ も、 ヨルヒル の ミサカイ も なく、 オビ も とかず に カンゴ の テ を つくした ヨウコ は、 どうか する と ふらふら と なって、 アタマ だけ が ゴタイ から はなれて どこ とも なく ただよって ゆく か とも おもう よう な フシギ な サッカク を かんじながら、 それでも キンチョウ しきった ココロモチ に なって いた。 スベテ の オンキョウ、 スベテ の シキサイ が キョクド に コチョウ されて その カンカク に ふれて きた。 サダヨ が チョウ チブス と シンダン された その バン、 ヨウコ は タンカ に のせられた その あわれ な ちいさな イモウト に つきそって この ダイガク ビョウイン の カクリシツ に きて しまった の で ある が、 その とき わかれた なり で、 クラチ は イチド も ビョウイン を たずねて は こなかった の だ。 ヨウコ は アイコ ヒトリ が ルス する サンナイ の イエ の ほう に、 すこし フアンシン では ある けれども いつか ヒマ を やった ツヤ を よびよせて おこう と おもって、 ヤドモト に いって やる と、 ツヤ は あれ から カンゴフ を シガン して キョウバシ の ほう の ある ビョウイン に いる と いう こと が しれた ので、 やむ を えず クラチ の ゲシュク から トシ を とった ジョチュウ を ヒトリ たのんで いて もらう こと に した。 ビョウイン に きて から の トオカ―― それ は キノウ から キョウ に かけて の こと の よう に みじかく おもわれ も し、 1 ニチ が 1 ネン に ソウトウ する か と うたがわれる ほど ながく も かんじられた。
 その ながく かんじられる ほう の キカン には、 クラチ と アイコ との スガタ が フアン と シット との タイショウ と なって ヨウコ の ココロ の メ に たちあらわれた。 ヨウコ の イエ を あずかって いる モノ は クラチ の ゲシュク から きた オンナ だ と する と、 それ は クラチ の イヌ と いって も よかった。 そこ に ヒトリ のこされた アイコ…… ながい ジカン の アイダ に どんな こと でも おこりえず に いる もの か。 そう キ を まわしだす と ヨウコ は サダヨ の シンダイ の ソバ に いて、 ネツ の ため に クチビル が かさかさ に なって、 ハンブン メ を あけた まま コンスイ して いる その ちいさな カオ を みつめて いる とき でも、 おもわず かっと なって そこ を とびだそう と する よう な ショウドウ に かりたてられる の だった。
 しかし また みじかく かんじられる ほう の キカン には ただ サダヨ ばかり が いた。 スエコ と して リョウシン から なめる ほど デキアイ も され、 ヨウコ の ユイイツ の チョウジ とも され、 ケンコウ で、 カイカツ で、 ムジャキ で、 ワガママ で、 ビョウキ と いう こと など は ついぞ しらなかった その コ は、 ひきつづいて チチ を うしない、 ハハ を うしない、 ヨウコ の ビョウテキ な ジュソ の ギセイ と なり、 とつぜん シビョウ に とりつかれて、 ユメ にも ウツツ にも おもい も かけなかった シ と むかいあって、 ひたすら に おそれおののいて いる、 その スガタ は、 センジョウ の タニソコ に つづく ガケ の キワ に リョウテ だけ で たれさがった ヒト が、 そこ の ツチ が ぼろぼろ と くずれおちる たび ごと に、 ケンメイ に なって タスケ を もとめて なきさけびながら、 すこし でも テガカリ の ある もの に しがみつこう と する の を みる の と ことならなかった。 しかも そんな ハメ に サダヨ を おとしいれて しまった の は けっきょく ジブン に セキニン の ダイブブン が ある と おもう と、 ヨウコ は イトシサ カナシサ で ムネ も ハラワタ も さける よう に なった。 サダヨ が しぬ に して も、 せめては ジブン だけ は サダヨ を あいしぬいて しなせたかった。 サダヨ を かりにも いじめる とは…… まるで テンシ の よう な ココロ で ジブン を しんじきり あいしぬいて くれて いた サダヨ を かりにも モギドウ に とりあつかった とは…… ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ の ラチナサ オソロシサ に くいて も くいて も およばない クイ を かんじた。 そこ まで せんじつめて くる と、 ヨウコ には クラチ も なかった。 ただ イノチ に かけて も サダヨ を ビョウキ から すくって、 サダヨ が モトドオリ に つやつやしい ケンコウ に かえった とき、 サダヨ を ダイジ に ダイジ に ジブン の ムネ に かきいだいて やって、
「サア ちゃん オマエ は よく こそ なおって くれた ね。 ネエサン を うらまない で おくれ。 ネエサン は もう イマ まで の こと を みんな コウカイ して、 これから は アナタ を いつまでも いつまでも ゴショウ ダイジ に して あげます から ね」
と しみじみ と なきながら いって やりたかった。 ただ それ だけ の ネガイ に かたまって しまった。 そうした ココロモチ に なって いる と、 ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎた。 シ の ほう へ サダヨ を つれて ゆく ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎる と おもえた。
 この キカイ な ココロ の カットウ に くわえて、 ヨウコ の ケンコウ は この トオカ ほど の はげしい コウフン と カツドウ と で みじめ にも そこない きずつけられて いる らしかった。 キンチョウ の キョクテン に いる よう な イマ の ヨウコ には さほど と おもわれない よう にも あった が、 サダヨ が しぬ か なおる か して ヒトイキ つく とき が きたら、 どうして ニクタイ を ささえる こと が できよう か と あやぶまない では いられない ヨカン が きびしく ヨウコ を おそう シュンカン は イクド も あった。
 そうした クルシミ の サイチュウ に めずらしく クラチ が たずねて きた の だった。 ちょうど なにもかも わすれて サダヨ の こと ばかり キ に して いた ヨウコ は、 この アンナイ を きく と、 まるで うまれかわった よう に その ココロ は クラチ で いっぱい に なって しまった。
 ビョウシツ の ナカ から さけび に さけぶ サダヨ の コエ が ロウカ まで ひびいて きこえた けれども、 ヨウコ は それ には トンジャク して いられない ほど ムキ に なって カンゴフ の アト を おった。 あるきながら エモン を ととのえて、 レイ の ヒダリテ を あげて ビン の ケ を キヨウ に かきあげながら、 オウセツシツ の ところ まで くる と、 そこ は さすが に イクブン か あかるく なって いて、 ヒラキド の ソバ の ガラスマド の ムコウ に ガンジョウ な クラチ と、 おもい も かけず オカ の きゃしゃ な スガタ と が ながめられた。
 ヨウコ は カンゴフ の いる の も オカ の いる の も わすれた よう に いきなり クラチ に ちかづいて、 その ムネ に ジブン の カオ を うずめて しまった。 ナニ より も かに より も ながい ながい アイダ あいえず に いた クラチ の ムネ は、 カズ カギリ も ない レンソウ に かざられて、 スベテ の ギワク や フカイ を イッソウ する に たる ほど なつかしかった。 クラチ の ムネ から は ふれなれた キヌザワリ と、 キョウレツ な ハダ の ニオイ と が、 ヨウコ の ビョウテキ に こうじた カンカク を ランスイ さす ほど に つたわって きた。
「どう だ、 ちっと は いい か」
「おお この コエ だ、 この コエ だ」 ……ヨウコ は かく おもいながら かなしく なった。 それ は ながい アイダ ヤミ の ナカ に とじこめられて いた モノ が ぐうぜん ヒ の ヒカリ を みた とき に ムネ を ついて わきでて くる よう な カナシサ だった。 ヨウコ は ジブン の タチバ を ことさら あわれ に えがいて みたい ショウドウ を かんじた。
「ダメ です。 サダヨ は、 かわいそう に しにます」
「バカ な…… アナタ にも にあわん、 そう はよう ラクタン する ホウ が ある もの かい。 どれ ひとつ みまって やろう」
 そう いいながら クラチ は サッキ から そこ に いた カンゴフ の ほう に ふりむいた ヨウス だった。 そこ に カンゴフ も オカ も いる と いう こと は ちゃんと しって いながら、 ヨウコ は ダレ も いない もの の よう な ココロモチ で ふるまって いた の を おもう と、 ジブン ながら コノゴロ は ココロ が くるって いる の では ない か と さえ うたがった。 カンゴフ は クラチ と ヨウコ との タイワブリ で、 この うつくしい フジン の スジョウ を のみこんだ と いう よう な カオ を して いた。 オカ は さすが に つつましやか に シンツウ の イロ を カオ に あらわして イス の セ に テ を かけた まま たって いた。
「ああ、 オカ さん アナタ も わざわざ おみまい くださって ありがとう ございました」
 ヨウコ は すこし アイサツ の キカイ を おくらした と おもいながら も やさしく こう いった。 オカ は ホオ を あかめた まま だまって うなずいた。
「ちょうど イマ みえた もん だで ゴイッショ した が、 オカ さん は ここ で オカエリ を ねがった が いい と おもう が…… (そう いって クラチ は オカ の ほう を みた) なにしろ ビョウキ が ビョウキ です から……」
「ワタシ、 サダヨ さん に ぜひ おあい したい と おもいます から どうか おゆるし ください」
 オカ は おもいいった よう に こう いって、 ちょうど そこ に カンゴフ が もって きた 2 マイ の しろい ウワッパリ の ウチ すこし ふるく みえる 1 マイ を とって クラチ より も サキ に きはじめた。 ヨウコ は オカ を みる と もう ヒトツ の タクラミ を ココロ の ウチ で あんじだして いた。 オカ を できる だけ たびたび サンナイ の イエ の ほう に あそび に ゆかせて やろう。 それ は クラチ と アイコ と が セッショク する キカイ を いくらか でも ふせげる ケッカ に なる に ちがいない。 オカ と アイコ と が たがいに あいしあう よう に なったら…… なった と して も それ は わるい ケッカ と いう こと は できない。 オカ は ビョウシン では ある けれども チイ も あれば カネ も ある。 それ は アイコ のみ ならず、 ジブン の ショウライ に とって も ヤク に たつ に ソウイ ない。 ……と そう おもう すぐ その シタ から、 どうしても ムシ の すかない アイコ が、 ヨウコ の イシ の モト に すっかり つなぎつけられて いる よう な オカ を ぬすんで ゆく の を みなければ ならない の が つらにくく も ねたましく も あった。
 ヨウコ は フタリ の オトコ を アンナイ しながら サキ に たった。 くらい ながい ロウカ の リョウガワ に たちならんだ ビョウシツ の ナカ から は、 コキュウ コンナン の ナカ から かすれた よう な コエ で ディフテリヤ らしい ヨウジ の なきさけぶ の が きこえたり した。 サダヨ の ビョウシツ から は ヒトリ の カンゴフ が なかば ミ を のりだして、 ヘヤ の ナカ に むいて ナニ か いいながら、 しきり と こっち を ながめて いた。 サダヨ の ナニ か いいつのる コトバ さえ が ヨウコ の ミミ に とどいて きた。 その シュンカン に もう ヨウコ は そこ に クラチ の いる こと など も わすれて、 イソギアシ で その ほう に はしりちかづいた。
「そら もう かえって いらっしゃいました よ」
と いいながら カオ を ひっこめた カンゴフ に つづいて、 とびこむ よう に ビョウシツ に はいって みる と、 サダヨ は ランボウ にも シンダイ の ウエ に おきあがって、 ヒザコゾウ も あらわ に なる ほど とりみだした スガタ で、 テ を カオ に あてた まま おいおい と ないて いた。 ヨウコ は おどろいて シンダイ に ちかよった。
「なんと いう アナタ は キキワケ の ない…… サア ちゃん その ビョウキ で、 アナタ、 シンダイ から おきあがったり する と いつまでも なおり は しません よ。 アナタ の すき な クラチ の オジサン と オカ さん が オミマイ に きて くださった の です よ。 はっきり わかります か、 そら、 そこ を ごらん、 ヨコ に なって から」
 そう いいいい ヨウコ は いかにも アイジョウ に みちた キヨウ な テツキ で かるく サダヨ を かかえて トコ の ウエ に ねかしつけた。 サダヨ の カオ は イマ まで さかん な ウンドウ でも して いた よう に うつくしく いきいき と アカミ が さして、 ふさふさ した カミノケ は すこし もつれて あせばんで ヒタイギワ に ねばりついて いた。 それ は ビョウキ を おもわせる より も カジョウ の ケンコウ と でも いう べき もの を おもわせた。 ただ その リョウガン と クチビル だけ は あきらか に ジンジョウ で なかった。 すっかり ジュウケツ した その メ は フダン より も おおきく なって、 フタエマブタ に なって いた。 その ヒトミ は ネツ の ため に もえて、 おどおど と ナニモノ か を みつめて いる よう にも、 ナニ か を みいだそう と して たずねあぐんで いる よう にも みえた。 その ヨウス は たとえば ヨウコ を みいって いる とき でも、 ヨウコ を つらぬいて ヨウコ の ウシロ の ほう はるか の ところ に ある モノ を みきわめよう と あらん カギリ の チカラ を つくして いる よう だった。 クチビル は ジョウゲ とも からから に なって、 ウチムラサキ と いう カンルイ の ミ を むいて テンピ に ほした よう に かわいて いた。 それ は みる も いたいたしかった。 その クチビル の ナカ から コウネツ の ため に イッシュ の シュウキ が コキュウ の たび ごと に はきだされる、 その シュウキ が クチビル の いちじるしい ユガメカタ の ため に、 メ に みえる よう だった。 サダヨ は ヨウコ に チュウイ されて ものうげ に すこし メ を そらして クラチ と オカ との いる ほう を みた が、 それ が どうした ん だ と いう よう に、 すこし の キョウミ も みせず に また ヨウコ を みいりながら せっせと カタ を ゆすって くるしげ な コキュウ を つづけた。
「オネエサマ…… ミズ…… コオリ…… もう いっちゃ いや……」
 これ だけ かすか に いう と もう くるしそう に メ を つぶって ほろほろ と オオツブ の ナミダ を こぼす の だった。
 クラチ は インウツ な アマアシ で ハイイロ に なった ガラスマド を ハイケイ に して つったちながら、 だまった まま フアン-らしく クビ を かしげた。 オカ は ヒゴロ の めった に なかない セイシツ に にず、 クラチ の ウシロ に そっと ひきそって なみだぐんで いた。 ヨウコ には ウシロ を ふりむいて みない でも それ が メ に みる よう に はっきり わかった。 サダヨ の こと は ジブン ヒトリ で しょって たつ。 ヨケイ な アワレミ は かけて もらいたく ない。 そんな いらいらしい ハンコウテキ な ココロモチ さえ その バアイ おこらず には いなかった。 すぐる トオカ と いう もの イチド も みまう こと を せず に いて、 いまさら その ゆゆしげ な カオツキ は ナン だ。 そう クラチ に でも オカ に でも いって やりたい ほど ヨウコ の ココロ は とげとげしく なって いた。 で、 ヨウコ は ウシロ を ふりむき も せず に、 ハシ の サキ に つけた ダッシメン を コオリミズ の ナカ に ひたして は、 サダヨ の クチ を ぬぐって いた。
 こう やって ものの やや 20 プン が すぎた。 カザリケ も なにも ない イタバリ の ビョウシツ には だんだん ユウグレ の イロ が もよおして きた。 サミダレ は じめじめ と コヤミ なく コガイ では ふりつづいて いた。 「オネエサマ なおして ちょうだい よう」 とか 「くるしい…… くるしい から オクスリ を ください」 とか 「もう ネツ を はかる の は いや」 とか ときどき ウワゴト の よう に いって は、 ヨウコ の テ に かじりつく サダヨ の スガタ は いつ イキ を ひきとる かも しれない と ヨウコ に おもわせた。
「では もう かえりましょう か」
 クラチ が オカ を うながす よう に こう いった。 オカ は クラチ に たいし ヨウコ に たいして すこし の アイダ ヘンジ を あえて する の を はばかって いる ヨウス だった が、 とうとう おもいきって、 クラチ に むかって いって いながら すこし ヨウコ に たいして タンガン する よう な チョウシ で、
「ワタシ、 キョウ は なんにも ヨウ が ありません から、 こちら に のこらして いただいて、 ヨウコ さん の オテツダイ を したい と おもいます から、 オサキ に おかえり ください」
と いった。 オカ は ひどく イシ が よわそう に みえながら イチド おもいいって いいだした こと は、 とうとう しおおせず には おかない こと を、 ヨウコ も クラチ も イマ まで の ケイケン から しって いた。 ヨウコ は けっきょく それ を ゆるす ホカ は ない と おもった。
「じゃ ワシ は オサキ する が オヨウ さん ちょっと……」
と いって クラチ は イリグチ の ほう に しざって いった。 おりから サダヨ は すやすや と コンスイ に おちいって いた ので、 ヨウコ は そっと ジブン の ソデ を とらえて いる サダヨ の テ を ほどいて、 クラチ の アト から ビョウシツ を でた。 ビョウシツ を でる と すぐ ヨウコ は もう サダヨ を カンゴ して いる ヨウコ では なかった。
 ヨウコ は すぐに クラチ に ひきそって カタ を ならべながら ロウカ を オウセツシツ の ほう に つたって いった。
「オマエ は ずいぶん と つかれとる よ。 ヨウジン せん と いかん ぜ」
「だいじょうぶ…… こっち は だいじょうぶ です。 それにしても アナタ は…… おいそがしかった ん でしょう ね」
 たとえば ジブン の コトバ は カドバリ で、 それ を クラチ の シンゾウ に もみこむ と いう よう な するどい ゴキ に なって そう いった。
「まったく いそがしかった。 あれ から ワシ は オマエ の ウチ には イチド も よう いかず に いる ん だ」
 そう いった クラチ の ヘンジ には いかにも ワダカマリ が なかった。 ヨウコ の するどい コトバ にも すこしも ヒケメ を かんじて いる フウ は みえなかった。 ヨウコ で さえ が あやうく それ を しんじよう と する ほど だった。 しかし その シュンカン に ヨウコ は ツバメガエシ に ジブン に かえった。 ナニ を イイカゲン な…… それ は シラジラシサ が すこし すぎて いる。 この トオカ の アイダ に、 クラチ に とって は コノウエ も ない キカイ の あたえられた トオカ の アイダ に、 スギモリ の ナカ の さびしい イエ に その アシアト の しるされなかった わけ が ある もの か。 ……さらぬだに、 やみはて つかれはてた ズノウ に、 キョクド の キンチョウ を くわえた ヨウコ は、 ぐらぐら と よろけて アシモト が ロウカ の イタ に ついて いない よう な フンヌ に おそわれた。
 オウセツシツ まで きて ウワッパリ を ぬぐ と、 カンゴフ が フンムキ を もって きて クラチ の ミノマワリ に ショウドクヤク を ふりかけた。 その かすか な ニオイ が ようやく ヨウコ を はっきり した イシキ に かえらした。 ヨウコ の ケンコウ が イチニチ イチニチ と いわず、 1 ジカン ごと にも どんどん よわって ゆく の が ミ に しみて しれる に つけて、 クラチ の どこ にも ヒテン の ない よう な ガンジョウ な ゴタイ にも ココロ にも、 ヨウコ は ヤリドコロ の ない ヒガミ と ニクシミ を かんじた。 クラチ に とって は ヨウコ は だんだん と ヨウ の ない もの に なって ゆきつつ ある。 たえず ナニ か めあたらしい ボウケン を もとめて いる よう な クラチ に とって は、 ヨウコ は もう チリギワ の ハナ に すぎない。
 カンゴフ が その ヘヤ を でる と、 クラチ は マド の ところ に よって いって、 カクシ の ナカ から おおきな ワニガワ の ポッケットブック を とりだして、 10 エン サツ の かなり の タバ を ひきだした。 ヨウコ は その ポッケットブック にも イロイロ の キオク を もって いた。 タケシバ-カン で イチヤ を すごした その アサ にも、 ソノゴ の たびたび の アイビキ の アト の シハライ にも、 ヨウコ は クラチ から その ポッケットブック を うけとって、 ゼイタク な シハライ を ココロモチ よく した の だった。 そして そんな キオク は もう ニド とは くりかえせそう も なく、 なんとなく ヨウコ には おもえた。 そんな こと を させて なる もの か と おもいながら も、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に よわく なって いた。
「また たらなく なったら いつでも いって よこす が いい から…… オレ の ほう の シゴト は どうも おもしろく なくなって きおった。 マサイ の ヤツ ナニ か ヨウイ ならぬ ワルサ を しおった ヨウス も ある し、 ユダン が ならん。 たびたび オレ が ここ に くる の も カンガエモノ だて」
 シヘイ を わたしながら こう いって クラチ は オウセツシツ を でた。 かなり ぬれて いる らしい クツ を はいて、 アマミズ で おもそう に なった ヨウガサ を ばさばさ いわせながら ひらいて、 クラチ は かるい アイサツ を のこした まま ユウヤミ の ナカ に きえて ゆこう と した。 アイダ を おいて ミチワキ に ともされた デントウ の ヒ が、 ぬれた アオバ を すべりおちて ヌカルミ の ナカ に リン の よう な ヒカリ を ただよわして いた。 その ナカ を だんだん ナンモン の ほう に とおざかって ゆく クラチ を みおくって いる と ヨウコ は とても そのまま そこ に いのこって は いられなく なった。
 ダレ の ハキモノ とも しらず そこ に あった アズマ ゲタ を つっかけて ヨウコ は アメ の ナカ を ゲンカン から はしりでて クラチ の アト を おった。 そこ に ある ヒロバ には ケヤキ や サクラ の キ が まばら に たって いて、 ダイキボ な ゾウチク の ため の ザイリョウ が、 レンガ や イシ や、 トコロドコロ に つみあげて あった。 トウキョウ の チュウオウ に こんな ところ が ある か と おもわれる ほど ものさびしく しずか で、 ガイトウ の ヒカリ の とどく ところ だけ に しろく ひかって ナナメ に アメ の そそぐ の が ほのか に みえる ばかり だった。 さむい とも あつい とも さらに かんじなく すごして きた ヨウコ は、 アメ が エリアシ に おちた ので はじめて さむい と おもった。 カントウ に ときどき おそって くる ときならぬ ヒエビ で その ヒ も あった らしい。 ヨウコ は かるく ミブルイ しながら、 イチズ に クラチ の アト を おった。 やや 14~15 ケン も サキ に いた クラチ は アシオト を ききつけた と みえて たちどまって ふりかえった。 ヨウコ が おいついた とき には、 カタ は いいかげん ぬれて、 アメ の シズク が マエガミ を つたって ヒタイ に ながれかかる まで に なって いた。 ヨウコ は かすか な ヒカリ に すかして、 クラチ が メイワク そう な カオツキ で たって いる の を しった。 ヨウコ は ワレ にも なく クラチ が カサ を もつ ため に スイヘイ に まげた その ウデ に すがりついた。
「サッキ の オカネ は おかえし します。 ギリズク で タニン から して いただく ん では ムネ が つかえます から……」
 クラチ の ウデ の ところ で ヨウコ の すがりついた テ は ぶるぶる と ふるえた。 カサ から は シタタリ が ことさら しげく おちて、 ヒトエ を ぬけて ヨウコ の ハダ に にじみとおった。 ヨウコ は、 ネツビョウ カンジャ が つめたい もの に ふれた とき の よう な フカイ な オカン を かんじた。
「オマエ の シンケイ は まったく すこし どうか しとる ぜ。 オレ の こと を すこし は おもって みて くれて も よかろう が…… うたがう にも ひがむ にも ホド が あって いい はず だ。 オレ は これまで に どんな フテクサレ を した。 いえる なら いって みろ」
 さすが に クラチ も キ に さえて いる らしく みえた。
「いえない よう に ジョウズ に フテクサレ を なさる の じゃ、 いおう ったって いえ や しません わね。 なぜ アナタ は はっきり ヨウコ には あきた、 もう ヨウ が ない と おいい に なれない の。 おとこらしく も ない。 さ、 とって くださいまし これ を」
 ヨウコ は シヘイ の タバ を わなわな する テサキ で クラチ の ムネ の ところ に おしつけた。
「そして ちゃんと オクサン を およびもどし なさいまし。 それ で なにもかも モトドオリ に なる ん だ から。 はばかりながら……」
「アイコ は」 と クチモト まで いいかけて、 ヨウコ は オソロシサ に イキ を ひいて しまった。 クラチ の サイクン の こと まで いった の は その ヨ が はじめて だった。 これほど ロコツ な シット の コトバ は、 オトコ の ココロ を ヨウコ から とおざからす ばかり だ と しりぬいて つつしんで いた くせ に、 ヨウコ は ワレ にも なく、 がみがみ と イモウト の こと まで いって のけよう と する ジブン に あきれて しまった。
 ヨウコ が そこ まで はしりでて きた の は、 わかれる マエ に もう イチド クラチ の つよい ウデ で その あたたかく ひろい ムネ に いだかれたい ため だった の だ。 クラチ に アクタレグチ を きいた シュンカン でも ヨウコ の ネガイ は そこ に あった。 それ にも かかわらず クチ の ウエ では まったく ハンタイ に、 クラチ を ジブン から どんどん はなれさす よう な こと を いって のけて いる の だ。
 ヨウコ の コトバ が つのる に つれて、 クラチ は ヒトメ を はばかる よう に アタリ を みまわした。 タガイタガイ に ころしあいたい ほど の シュウチャク を かんじながら、 それ を いいあらわす こと も しんずる こと も できず、 ヨウ も ない サイギ と フマン と に さえぎられて、 みるみる ロボウ の ヒト の よう に とおざかって ゆかねば ならぬ、 ――その おそろしい ウンメイ を ヨウコ は ことさら ツウセツ に かんじた。 クラチ が アタリ を みまわした―― それ だけ の キョドウ が、 キ を みはからって いきなり そこ を にげだそう と する もの の よう にも おもいなされた。 ヨウコ は クラチ に たいする ゾウオ の ココロ を せつない まで に つのらしながら、 ますます アイテ の ウデ に かたく よりそった。
 しばらく の チンモク の ノチ、 クラチ は いきなり ヨウガサ を そこ に かなぐりすてて、 ヨウコ の アタマ を ミギウデ で まきすくめよう と した。 ヨウコ は ホンノウテキ に はげしく それ に さからった。 そして シヘイ の タバ を ヌカルミ の ナカ に たたきつけた。 そして フタリ は ヤジュウ の よう に あらそった。
「カッテ に せい…… バカッ」
 やがて そう はげしく いいすてる と おもう と、 クラチ は ウデ の チカラ を キュウ に ゆるめて、 ヨウガサ を ひろいあげる なり、 アト をも むかず に ナンモン の ほう に むいて ずんずん と あるきだした。 フンヌ と シット と に コウフン しきった ヨウコ は ヤッキ と なって その アト を おおう と した が、 アシ は しびれた よう に うごかなかった。 ただ だんだん とおざかって ゆく ウシロスガタ に たいして、 あつい ナミダ が トメド なく ながれおちる ばかり だった。
 しめやか な オト を たてて アメ は ふりつづけて いた。 カクリ ビョウシツ の ある カギリ の マド には かんかん と ヒ が ともって、 しろい カーテン が ひいて あった。 インサン な ビョウシツ に そう あかあか と ヒ の ともって いる の は かえって アタリ を ものすさまじく して みせた。
 ヨウコ は シヘイ の タバ を ひろいあげる ほか、 スベ の ない の を しって、 しおしお と それ を ひろいあげた。 サダヨ の ニュウインリョウ は なんと いって も それ で しはらう より シヨウ が なかった から。 イイヨウ の ない クヤシナミダ が さらに わきかえった。

ある オンナ (コウヘン 12)

2021-02-03 | アリシマ タケオ
 43

 その ヨ おそく まで オカ は ホントウ に まめやか に サダヨ の ビョウショウ に つきそって セワ を して くれた。 クチズクナ に しとやか に よく キ を つけて、 サダヨ の ほっする こと を あらかじめ しりぬいて いる よう な オカ の カンゴブリ は、 トオリイッペン な カンゴフ の ハタラキブリ とは まるで クラベモノ に ならなかった。 ヨウコ は カンゴフ を はやく ねかして しまって、 オカ と フタリ だけ で ヨ の ふける まで ヒョウノウ を とりかえたり、 ネツ を はかったり した。
 コウネツ の ため に サダヨ の イシキ は だんだん フメイリョウ に なって きて いた。 タイイン して イエ に かえりたい と せがんで シヨウ の ない とき は、 そっと ムキ を かえて ねかして から、 「さあ もう オウチ です よ」 と いう と、 うれしそう に エガオ を もらしたり した。 それ を みなければ ならぬ ヨウコ は たまらなかった。 どうか した ヒョウシ に、 ヨウコ は とびあがりそう に ココロ が せめられた。 これ で サダヨ が しんで しまった なら、 どうして いきながらえて いられよう。 サダヨ を こんな クルシミ に おとしいれた もの は みんな ジブン だ。 ジブン が マエドオリ に サダヨ に やさしく さえ して いたら、 こんな シビョウ は ゆめにも サダヨ を おそって き は しなかった の だ。 ヒト の ココロ の ムクイ は おそろしい…… そう おもって くる と ヨウコ は ダレ に ワビヨウ も ない クノウ に いきづまった。
 ミドリイロ の フロシキ で つつんだ デントウ の シタ に、 ヒョウノウ を イクツ も アタマ と フクブ と に あてがわれた サダヨ は、 いまにも たえいる か と あやぶまれる よう な あらい イキヅカイ で ユメウツツ の アイダ を さまよう らしく、 ききとれない ウワゴト を ときどき くちばしりながら、 ねむって いた。 オカ は ヘヤ の スミ の ほう に つつましく つったった まま、 ミドリイロ を すかして くる デントウ の ヒカリ で ことさら あおじろい カオイロ を して、 じっと サダヨ を みまもって いた。 ヨウコ は シンダイ に ちかく イス を よせて、 サダヨ の カオ を のぞきこむ よう に しながら、 サダヨ の ため に ナニ か しつづけて いなければ、 サダヨ の ビョウキ が ますます おもる と いう メイシン の よう な ココロヅカイ から、 ヨウ も ない のに たえず ヒョウノウ の イチ を とりかえて やったり など して いた。
 そして みじかい ヨ は だんだん に ふけて いった。 ヨウコ の メ から は たえず ナミダ が はふりおちた。 クラチ と おもい も かけない ワカレカタ を した その キオク が、 ただ ワケ も なく ヨウコ を なみだぐました。
 と、 ふっと ヨウコ は サンナイ の イエ の アリサマ を ソウゾウ に うかべた。 ゲンカンワキ の 6 ジョウ で でも あろう か、 2 カイ の コドモ の ベンキョウベヤ で でも あろう か、 この ヨフケ を ゲシュク から おくられた ロウジョ が ねいった アト、 クラチ と アイコ と が はなしつづけて いる よう な こと は ない か。 あの フシギ に ココロ の ウラ を けっして ヒト に みせた こと の ない アイコ が、 クラチ を どう おもって いる か それ は わからない。 おそらくは クラチ に たいして は なんの ユウワク も かんじて は いない だろう。 しかし クラチ は ああいう シタタカモノ だ。 アイコ は ホネ に てっする エンコン を ヨウコ に たいして いだいて いる。 その アイコ が ヨウコ に たいして フクシュウ の キカイ を みいだした と この バン おもいさだめなかった と ダレ が ホショウ しえよう。 そんな こと は とうの ムカシ に おこなわれて しまって いる の かも しれない。 もし そう なら、 イマゴロ は、 この しめやか な ヨ を…… タイヨウ が きえて なくなった よう な サムサ と ヤミ と が ヨウコ の ココロ に おおいかぶさって きた。 アイコ ヒトリ ぐらい を ユビ の アイダ に にぎりつぶす こと が できない と おもって いる の か…… みて いる が いい。 ヨウコ は いらだちきって ドクジャ の よう な サッキ-だった ココロ に なった。 そして しずか に オカ の ほう を かえりみた。
 ナニ か とおい ほう の もの でも みつめて いる よう に すこし ぼんやり した メツキ で サダヨ を みまもって いた オカ は、 ヨウコ に ふりむかれる と、 その ほう に すばやく メ を てんじた が、 その ものすごい ブキミサ に セキズイ まで おそわれた ふう で、 カオイロ を かえて メ を たじろがした。
「オカ さん。 ワタシ イッショウ の オタノミ…… これから すぐ サンナイ の ウチ まで いって ください。 そして フヨウ な ニモツ は コンヤ の うち に みんな クラチ さん の ゲシュク に おくりかえして しまって、 ワタシ と アイコ の フダンヅカイ の キモノ と ドウグ と を もって、 すぐ ここ に ひっこして くる よう に アイコ に いいつけて ください。 もし クラチ さん が ウチ に きて いたら、 ワタシ から たしか に かえした と いって これ を わたして ください (そう いって ヨウコ は フトコロガミ に 10 エン シヘイ の タバ を つつんで わたした)。 いつまで かかって も かまわない から コンヤ の うち に ね。 オタノミ を きいて くださって?」
 なんでも ヨウコ の いう こと なら クチヘントウ を しない オカ だ けれども この ジョウシキ を はずれた ヨウコ の コトバ には トウワク して みえた。 オカ は マドギワ に いって カーテン の カゲ から ソト を すかして みて、 ポケット から コウチ な ウキボリ を ほどこした キンドケイ を とりだして ジカン を よんだり した。 そして すこし チュウチョ する よう に、
「それ は すこし ムリ だ と ワタシ、 おもいます が…… あれ だけ の ニモツ を かたづける の は……」
「ムリ だ から こそ アナタ を みこんで おねがい する ん です わ。 そう ねえ、 イリヨウ の ない ニモツ を クラチ さん の ゲシュク に とどける の は ナニ かも しれません わね。 じゃ かまわない から オキテガミ を バアヤ と いう の に わたして おいて くださいまし。 そして バアヤ に いいつけて アス でも クラチ さん の ところ に はこばして くださいまし。 それなら なにも イサクサ は ない でしょう。 それでも おいや? いかが?…… よう ございます。 それじゃ もう よう ございます。 アナタ を こんな に おそく まで おひきとめ して おいて、 またぞろ メンドウ な オネガイ を しよう と する なんて ワタシ も どうか して いました わ。 ……サア ちゃん なんでも ない のよ。 ワタシ イマ オカ さん と おはなし して いた ん です よ。 キシャ の オト でも なんでも ない ん だ から、 シンパイ せず に おやすみ…… どうして サダヨ は こんな に こわい こと ばかり いう よう に なって しまった ん でしょう。 ヨナカ など に ヒトリ で おきて いて ウワゴト を きく と ぞーっと する ほど キミ が わるく なります のよ。 アナタ は どうぞ もう おひきとり くださいまし。 ワタシ クルマヤ を やります から……」
「クルマヤ を おやり に なる くらい なら ワタシ いきます」
「でも アナタ が クラチ さん に なんとか おもわれなさる よう じゃ オキノドク です もの」
「ワタシ、 クラチ さん なんぞ を はばかって いって いる の では ありません」
「それ は よく わかって います わ。 でも ワタシ と して は そんな ケッカ も かんがえて みて から おたのみ する ん でした のに……」
 こういう オシモンドウ の スエ に オカ は とうとう アイコ の ムカエ に ゆく こと に なって しまった。 クラチ が その ヨ は きっと アイコ の ところ に いる に ちがいない と おもった ヨウコ は、 ビョウイン に とまる もの と タカ を くくって いた オカ が とつぜん マヨナカ に おとずれて きた ので クラチ も さすが に あわてず には いられまい。 それ だけ の ロウバイ を させる に して も こころよい こと だ と おもって いた。 ヨウコ は ゲシュクベヤ に いって、 しだらなく ねいった トウバン の カンゴフ を よびおこして ジンリキシャ を たのました。
 オカ は おもいいった ヨウス で そっと サダヨ の ビョウシツ を でた。 でる とき に オカ は もって きた パラフィン-シ に つつんで ある ツツミ を ひらく と うつくしい ハナタバ だった。 オカ は それ を そっと サダヨ の マクラモト に おいて でて いった。
 しばらく する と、 しとしと と ふる アメ の ナカ を、 オカ を のせた ジンリキシャ が はしりさる オト が かすか に きこえて、 やがて トオク に きえて しまった。 カンゴフ が はげしく ゲンカン の トジマリ する オト が ひびいて、 その アト は ひっそり と ヨ が ふけた。 トオク の ヘヤ で ジフテリヤ に かかって いる コドモ の なく コエ が まどお に きこえる ホカ には、 オト と いう オト は たえはてて いた。
 ヨウコ は ただ ヒトリ いたずらに コウフン して くるう よう な ジブン を みいだした。 フミン で すごした ヨル が ミッカ も ヨッカ も つづいて いる の に かかわらず、 ネムケ と いう もの は すこしも おそって こなかった。 オモシ を つりさげた よう な ヨウブ の ドンツウ ばかり で なく、 キャクブ は ぬける よう に だるく ひえ、 カタ は うごかす たび ごと に めりめり オト が する か と おもう ほど かたく こり、 アタマ の シン は たえまなく ぎりぎり と いたんで、 そこ から ヤリドコロ の ない ヒアイ と カンシャク と が こんこん と わいて でた。 もう カガミ は みまい と おもう ほど カオ は げっそり と ニク が こけて、 メ の マワリ の あおぐろい カサ は、 さらぬだに おおきい メ を ことさら に ぎらぎら と おおきく みせた。 カガミ を みまい と おもいながら、 ヨウコ は オリ ある ごと に オビ の アイダ から カイチュウ カガミ を だして ジブン の カオ を みつめない では いられなかった。
 ヨウコ は サダヨ の ネイキ を うかがって イツモ の よう に カガミ を とりだした。 そして カオ を すこし デントウ の ほう に ふりむけて じっと ジブン を うつして みた。 おびただしい マイニチ の ヌケゲ で ヒタイギワ の いちじるしく すいて しまった の が ダイイチ に キ に なった。 すこし ふりあおいで カオ を うつす と ホオ の こけた の が さほど に めだたない けれども、 アゴ を ひいて シタウツムキ に なる と、 クチ と ミミ との アイダ には タテ に おおきな ミゾ の よう な クボミ が できて、 カガクコツ が めだって いかめしく あらわれでて いた。 ながく みつめて いる うち には だんだん なれて きて、 ジブン の イシキ で しいて キョウセイ する ため に、 やせた カオ も さほど とは おもわれなく なりだす が、 ふと カガミ に むかった シュンカン には、 これ が ヨウコ ヨウコ と ヒトビト の メ を そばだたした ジブン か と おもう ほど みにくかった。 そうして カガミ に むかって いる うち に、 ヨウコ は その トウエイ を ジブン イガイ の ある タニン の カオ では ない か と うたがいだした。 ジブン の カオ より うつる はず が ない。 それだのに そこ に うつって いる の は たしか に ダレ か み も しらぬ ヒト の カオ だ。 クツウ に しいたげられ、 アクイ に ゆがめられ、 ボンノウ の ため に シリ メツレツ に なった モウジャ の カオ…… ヨウコ は セスジ に イチジ に コオリ を あてられた よう に なって、 ミブルイ しながら おもわず カガミ を テ から おとした。
 キンゾク の ユカ に ふれる オト が カミナリ の よう に ひびいた。 ヨウコ は あわてて サダヨ を みやった。 サダヨ は マッカ に ジュウケツ して ネツ の こもった メ を まんじり と ひらいて、 さも フシギ そう に チュウウ を みやって いた。
「アイ ネエサン…… トオク で ピストル の オト が した よう よ」
 はっきり した コエ で こう いった ので、 ヨウコ が カオ を ちかよせて ナニ か いおう と する と こんこん と して タワイ も なく また ネムリ に おちいる の だった。 サダヨ の ねむる の と ともに、 なんとも いえない ブキミ な シ の オビヤカシ が そつぜん と して ヨウコ を おそった。 ヘヤ の ナカ には そこらじゅう に シ の カゲ が みちみちて いた。 メノマエ の コオリミズ を いれた コップ ヒトツ も ツギ の シュンカン には ひとりでに たおれて こわれて しまいそう に みえた。 モノ の カゲ に なって うすぐらい ブブン は みるみる ヘヤジュウ に ひろがって、 スベテ を つめたく くらく つつみおわる か とも うたがわれた。 シ の カゲ は もっとも こく サダヨ の メ と クチ の マワリ に あつまって いた。 そこ には シ が ウジ の よう に にょろにょろ と うごめいて いる の が みえた。 それ より も…… それ より も その カゲ は そろそろ と ヨウコ を めがけて シホウ の カベ から あつまりちかづこう と ひしめいて いる の だ。 ヨウコ は ほとんど その シ の スガタ を みる よう に おもった。 アタマ の ナカ が しーん と ひえとおって さえきった サムサ が ぞくぞく と シシ を ふるわした。
 その とき シュクチョクシツ の カケドケイ が トオク の ほう で 1 ジ を うった。
 もし この オト を きかなかったら、 ヨウコ は オソロシサ の あまり ジブン の ほう から シュクチョクシツ に かけこんで いった かも しれなかった。 ヨウコ は おびえながら ミミ を そばだてた。 シュクチョクシツ の ほう から カンゴフ が ゾウリ を ばたばた と ひきずって くる オト が きこえた。 ヨウコ は ほっと イキ を ついた。 そして あわてる よう に ミ を うごかして、 サダヨ の アタマ の ヒョウノウ の トケグアイ を しらべて みたり、 カイマキ を ととのえて やったり した。 ウミ の ソコ に ヒトツ しずんで ぎらっと ひかる カイガラ の よう に、 ユカ の ウエ で カゲ の ナカ に ものすごく よこたわって いる カガミ を とりあげて フトコロ に いれた。 そして 1 シツ 1 シツ と ちかづいて くる カンゴフ の アシオト に ミミ を すましながら また かんがえつづけた。
 コンド は サンナイ の イエ の アリサマ が さながら まざまざ と メ に みる よう に ソウゾウ された。 オカ が ヨフケ に そこ を おとずれた とき には クラチ が たしか に いた に ちがいない。 そして イツモ の とおり イッシュ の ネバリヅヨサ を もって ヨウコ の コトヅテ を とりつぐ オカ に たいして、 はげしい コトバ で その リフジン な キョウキ-じみた ヨウコ の デキゴコロ を ののしった に ちがいない。 クラチ と オカ との アイダ には アンアンリ に アイコ に たいする ココロ の ソウトウ が おこなわれたろう。 オカ の さしだす シヘイ の タバ を イカリ に まかせて タタミ の ウエ に たたきつける クラチ の いたけだか な ヨウス、 ショウジョ には ありえない ほど の レイセイサ で ヒトゴト の よう に フタリ の アイダ の イキサツ を フシメ ながら に みまもる アイコ の イッシュ どくどくしい ヨウエンサ。 そういう スガタ が さながら メノマエ に うかんで みえた。 フダン の ヨウコ だったら その ソウゾウ は ヨウコ を その バ に いる よう に コウフン させて いた で あろう。 けれども シ の キョウフ に はげしく おそわれた ヨウコ は なんとも いえない ケンオ の ジョウ を もって の ホカ には その バメン を ソウゾウ する こと が できなかった。 なんと いう あさましい ヒト の ココロ だろう。 けっきょく は なにもかも ほろびて ゆく のに、 エイエン な ハイイロ の チンモク の ナカ に くずれこんで しまう のに、 モクゼン の ドウラン に シンカ の カギリ を もやして、 ガキ ドウヨウ に イノチ を かみあう とは なんと いう あさましい ココロ だろう。 しかも その みにくい アラソイ の タネ を まいた の は ヨウコ ジシン なの だ。 そう おもう と ヨウコ は ジブン の ココロ と ニクタイ と が さながら ウジムシ の よう に きたなく みえた。 ……なんの ため に イマ まで あって ない よう な モウシュウ に くるしみぬいて それ を イノチ ソノモノ の よう に ダイジ に かんがえぬいて いた こと か。 それ は まるで サダヨ が しじゅう みて いる らしい アクム の ヒトツ より も さらに はかない もの では ない か。 ……こう なる と クラチ さえ が エン も ユカリ も ない もの の よう に とおく かんがえられだした。 ヨウコ は スベテ の もの の ムナシサ に あきれた よう な メ を あげて いまさららしく ヘヤ の ナカ を ながめまわした。 なんの カザリ も ない、 シュウドウイン の ナイブ の よう な ハダカ な シツナイ が かえって すがすがしく みえた。 オカ の のこした サダヨ の マクラモト の ハナタバ だけ が、 そして おそらくは (ジブン では みえない けれども) これほど の イソガシサ の アイダ にも ジブン を フンショク する の を わすれず に いる ヨウコ ジシン が いかにも フハク な たよりない もの だった。 ヨウコ は こうした ココロ に なる と、 ネツ に うかされながら イッポ イッポ なんの ココロ の ワダカマリ も なく シ に ちかづいて ゆく サダヨ の カオ が こうごうしい もの に さえ みえた。 ヨウコ は いのる よう な わびる よう な ココロ で しみじみ と サダヨ を みいった。
 やがて カンゴフ が サダヨ の ヘヤ に はいって きた。 ケイシキ イッペン の オジギ を ねむそう に して、 シンダイ の ソバ に ちかよる と、 ムトンジャク な ふう に ヨウコ が いれて おいた ケンオンキ を だして ヒ に すかして みて から、 ムネ の ヒョウノウ を トリカエ に かかった。 ヨウコ は ジブン ヒトリ の テ で そんな こと を して やりたい よう な アイチャク と シンセイサ と を サダヨ に かんじながら カンゴフ を てつだった。
「サア ちゃん…… さ、 ヒョウノウ を とりかえます から ね……」
と やさしく いう と、 ウワゴト を いいつづけて いながら やはり サダヨ は それまで ねむって いた らしく、 いたいたしい まで おおきく なった メ を ひらいて、 まじまじ と イガイ な ヒト でも みる よう に ヨウコ を みる の だった。
「オネエサマ なの…… いつ かえって きた の。 オカアサマ が さっき いらしって よ…… いや オネエサマ、 ビョウイン いや かえる かえる…… オカアサマ オカアサマ (そう いって きょろきょろ と アタリ を みまわしながら) かえらして ちょうだい よう。 オウチ に はやく、 オカアサマ の いる オウチ に はやく……」
 ヨウコ は おもわず ケアナ が 1 ポン 1 ポン さかだつ ほど の サムケ を かんじた。 かつて ハハ と いう コトバ も いわなかった サダヨ の クチ から おもい も かけず こんな こと を きく と、 その ヘヤ の どこ か に ぼんやり たって いる ハハ が かんぜられる よう に おもえた。 その ハハ の ところ に サダヨ は ゆきたがって あせって いる。 なんと いう ふかい あさましい コツニク の シュウチャク だろう。
 カンゴフ が いって しまう と また ビョウシツ の ナカ は しんと なって しまった。 なんとも いえず カレン な すんだ オト を たてて ミズタマリ に おちる アマダレ の オト は なお たえまなく きこえつづけて いた。 ヨウコ は なく にも なかれない よう な ココロ に なって、 くるしい コキュウ を しながら も うつらうつら と セイシ の アイダ を しらぬげ に ねむる サダヨ の カオ を のぞきこんで いた。
 と、 アマダレ の オト に まじって トオク の ほう に クルマ の ワダチ の オト を きいた よう に おもった。 もう メ を さまして ヨウジ を する ヒト も ある か と、 なんだか ちがった セカイ の デキゴト の よう に それ を きいて いる と、 その オト は だんだん ビョウシツ の ほう に ちかよって きた。 ……アイコ では ない か…… ヨウコ は がくぜん と して ユメ から さめた ヒト の よう に きっと なって さらに ミミ を そばだてた。
 もう そこ には シセイ を メイソウ して ジブン の モウシュウ の ハカナサ を しみじみ と おもいやった ヨウコ は いなかった。 ガシュウ の ため に キンチョウ しきった その メ は あやしく かがやいた。 そして オオイソギ で カミ の ホツレ を かきあげて、 カガミ に カオ を うつしながら、 あちこち と ユビサキ で ヨウス を ととのえた。 エモン も なおした。 そして また じっと ゲンカン の ほう に キキミミ を たてた。
 はたして ゲンカン の ト の あく オト が きこえた。 しばらく ロウカ が ごたごた する ヨウス だった が、 やがて 2~3 ニン の アシオト が きこえて、 サダヨ の ビョウシツ の ト が しめやか に ひらかれた。 ヨウコ は その シメヤカサ で それ は オカ が ひらいた に ちがいない こと を しった。 やがて ひらかれた トグチ から オカ に ちょっと アイサツ しながら アイコ の カオ が しずか に あらわれた。 ヨウコ の メ は しらずしらず その どこまでも ジュウジュン-らしく フシメ に なった アイコ の オモテ に はげしく そそがれて、 そこ に かかれた スベテ を イチジ に よみとろう と した。 コヒツジ の よう に マツゲ の ながい やさしい アイコ の メ は しかし フシギ にも ヨウコ の するどい ガンコウ に さえ ナニモノ をも みせよう とは しなかった。 ヨウコ は すぐ いらいら して、 ナニゴト も あばかない では おく もの か と ココロ の ウチ で ジブン ジシン に セイゴン を たてながら、
「クラチ さん は」
と とつぜん マショウメン から アイコ に こう たずねた。 アイコ は タコン な メ を はじめて マトモ に ヨウコ の ほう に むけて、 サダヨ の ほう に それ を そらしながら、 また ヨウコ を ぬすみみる よう に した。 そして クラチ さん が どうした と いう の か イミ が よみとれない と いう フウ を みせながら ヘンジ を しなかった。 ナマイキ を して みる が いい…… ヨウコ は いらだって いた。
「オジサン も イッショ に いらしった かい と いう ん だよ」
「いいえ」
 アイコ は ブアイソウ な ほど ムヒョウジョウ に ヒトコト そう こたえた。 フタリ の アイダ には むずかしい チンモク が つづいた。 ヨウコ は すわれ と さえ いって やらなかった。 イチニチ イチニチ と うつくしく なって ゆく よう な アイコ は コブトリ な カラダ を つつましく ととのえて しずか に たって いた。
 そこ に オカ が コドウグ を リョウテ に さげて ゲンカン の ほう から かえって きた。 ガイトウ を びっしょり アメ に ぬらして いる の から みて も、 この マヨナカ に オカ が どれほど はたらいて くれた か が わかって いた。 ヨウコ は しかし それ には ヒトコト の アイサツ も せず に、 オカ が ドウグ を ヘヤ の スミ に おく が いなや、
「クラチ さん は ナニ か いって いまして?」
と ケン を コトバ に もたせながら たずねた。
「クラチ さん は オイデ が ありません でした。 で バアヤ に コトヅテ を して おいて、 オイリヨウ の ニモツ だけ つくって もって きました。 これ は おかえし して おきます」
 そう いって カクシ の ナカ から レイ の シヘイ の タバ を とりだして ヨウコ に わたそう と した。
 アイコ だけ なら まだしも、 オカ まで が とうとう ジブン を うらぎって しまった。 フタリ が フタリ ながら みえすいた ウソ を よくも ああ しらじらしく いえた もの だ。 おおそれた ヨワムシ ども め。 ヨウコ は ヨノナカ が テグスネ ひいて ジブン ヒトリ を テキ に まわして いる よう に おもった。
「へえ、 そう です か。 どうも ごくろうさま。 ……アイ さん オマエ は そこ に そう ぼんやり たってる ため に ここ に よばれた と おもって いる の? オカ さん の その ぬれた ガイトウ でも とって おあげなさい な。 そして シュクチョクシツ に いって カンゴフ に そう いって オチャ でも もって おいで。 アナタ の ダイジ な オカ さん が こんな に おそく まで はたらいて くださった のに…… さあ オカ さん どうぞ この イス に (と いって ジブン は たちあがった) ……ワタシ が いって くる わ、 アイ さん も はたらいて さぞ つかれたろう から…… よ ござんす、 よ ござんす ったら アイ さん……」
 ジブン の アト を おおう と する アイコ を さしつらぬく ほど ねめつけて おいて ヨウコ は ヘヤ を でた。 そして ヒ を かけられた よう に かっと ギャクジョウ しながら、 ほろほろ と クヤシナミダ を ながして くらい ロウカ を ムチュウ で シュクチョクシツ の ほう へ いそいで いった。

 44

 たたきつける よう に して クラチ に かえして しまおう と した カネ は、 やはり テ に もって いる うち に つかいはじめて しまった。 ヨウコ の セイヘキ と して いつでも できる だけ ゆたか な こころよい ヨルヒル を おくる よう に のみ かたむいて いた ので、 サダヨ の ビョウイン セイカツ にも、 ダレ に みせて も ヒケ を とらない だけ の こと を ウワベ ばかり でも して いたかった。 ヤグ でも チョウド でも イエ に ある もの の ウチ で いちばん すぐれた もの を えらんで きて みる と、 スベテ の こと まで それ に ふさわしい もの を つかわなければ ならなかった。 ヨウコ が センヨウ の カンゴフ を フタリ も たのまなかった の は フシギ な よう だ が、 どういう もの か サダヨ の カンゴ を どこまでも ジブン ヒトリ で して のけたかった の だ。 そのかわり としとった オンナ を フタリ やとって コウタイ に ビョウイン に こさして、 アライモノ から ショクジ の こと まで を まかなわした。 ヨウコ は とても ビョウイン の ショクジ では すまして いられなかった。 ザイリョウ の いい わるい は とにかく、 アジ は とにかく、 ナニ より も きたならしい カンジ が して ハシ も つける キ に なれなかった ので、 ホンゴウ-ドオリ に ある ある リョウリヤ から ヒビ いれさせる こと に した。 こんな アンバイ で、 ヒヨウ は しれない ところ に おもいのほか かかった。 ヨウコ が クラチ が もって きて くれた シヘイ の タバ から しはらおう と した とき は、 いずれ そのうち キムラ から ソウキン が ある だろう から、 あり-シダイ それ から ウメアワセ を して、 すぐ そのまま かえそう と おもって いた の だった。 しかし キムラ から は、 6 ガツ に なって イライ イチド も ソウキン の ツウチ は こなかった。 ヨウコ は それだから なおさら の こと もう きそう な もの だ と ココロマチ を した の だった。 それ が いくら まって も こない と なる と やむ を えず もちあわせた ブン から つかって ゆかなければ ならなかった。 まだまだ と おもって いる うち に タバ の アツミ は どんどん へって いった。 それ が ハンブン ほど へる と、 ヨウコ は まったく ヘンサイ の こと など は わすれて しまった よう に なって、 ある に まかせて オシゲ も なく シハライ を した。
 7 ガツ に はいって から キコウ は めっきり あつく なった。 シイ の キ の フルバ も すっかり ちりつくして、 マツ も あたらしい ミドリ に かわって、 クサ も キ も あおい ホノオ の よう に なった。 ながく さむく つづいた サミダレ の ナゴリ で、 スイジョウキ が クウキ-チュウ に きみわるく ホウワ されて、 さらぬだに キュウ に たえがたく あつく なった キコウ を ますます たえがたい もの に した。 ヨウコ は ジシン の ゴタイ が、 サダヨ の カイフク をも またず に ずんずん くずれて ゆく の を かんじない わけ には ゆかなかった。 それ と ともに ボッパツテキ に おこって くる ヒステリー は いよいよ つのる ばかり で、 その ホッサ に おそわれた が サイゴ、 ジブン ながら キ が ちがった と おもう よう な こと が たびたび に なった。 ヨウコ は こころひそか に ジブン を おそれながら、 ヒビ の ジブン を みまもる こと を よぎなく された。
 ヨウコ の ヒステリー は ダレカレ の ミサカイ なく ハレツ する よう に なった が ことに アイコ に クッキョウ の ニゲバ を みいだした。 なんと いわれて も ののしられて も、 うちすえられ さえ して も、 トショ の ヒツジ の よう に ジュウジュン に だまった まま、 ヨウコ には まどろしく みえる くらい ゆっくり おちついて はたらく アイコ を みせつけられる と、 ヨウコ の カンシャク は こうじる ばかり だった。 あんな すなお な シュショウゲ な フウ を して いながら しらじらしく も アネ を あざむいて いる。 それ が クラチ との カンケイ に おいて で あれ、 オカ との カンケイ に おいて で あれ、 ひょっと する と コトウ との カンケイ に おいて で あれ、 アイコ は ヨウコ に うちあけない ヒミツ を もちはじめて いる はず だ。 そう おもう と ヨウコ は ムリ にも ヘイチ に ハラン が おこして みたかった。 ほとんど マイニチ ――それ は アイコ が ビョウイン に ネトマリ する よう に なった ため だ と ヨウコ は ジブンギメ に きめて いた―― イク-ジカン か の アイダ、 ミマイ に きて くれる オカ に たいして も、 ヨウコ は もう モト の よう な ヨウコ では なかった。 どうか する と おもい も かけない とき に メイハク な ヒニク が ヤ の よう に ヨウコ の クチビル から オカ に むかって とばされた。 オカ は ジブン が はじる よう に カオ を あからめながら も、 ジョウヒン な タイド で それ を こらえた。 それ が また なおさら ヨウコ を いらつかす タネ に なった。
 もう こられそう も ない と いいながら クラチ も ミッカ に イチド ぐらい は ビョウイン を みまう よう に なった。 ヨウコ は それ をも アイコ ゆえ と かんがえず には いられなかった。 そう はげしい モウソウ に かりたてられて くる と、 どういう カンケイ で クラチ と ジブン と を つないで おけば いい の か、 どうした タイド で クラチ を もちあつかえば いい の か、 ヨウコ には ほとほと ケントウ が つかなく なって しまった。 シンミ に もちかけて みたり、 よそよそしく とりなして みたり、 その とき の キブン キブン で カッテ な ムギコウ な こと を して いながら も、 どうしても のがれでる こと の できない の は クラチ に たいする こちん と かたまった ふかい シュウチャク だった。 それ は なさけなく も はげしく つよく なりまさる ばかり だった。 もう ジブン で ジブン の ココロネ を ビンゼン に おもって そぞろ に ナミダ を ながして、 ミズカラ を なぐさめる と いう ヨユウ すら なくなって しまった。 かわききった ヒ の よう な もの が いきぐるしい まで に ムネ の ウチ に ぎっしり つまって いる だけ だった。
 ただ ヒトリ サダヨ だけ は…… しぬ か いきる か わからない サダヨ だけ は、 この アネ を しんじきって くれて いる…… そう おもう と ヨウコ は マエ にも ました アイチャク を この ビョウジ に だけ は かんじない で いられなかった。 「サダヨ が いる ばかり で ジブン は ヒトゴロシ も しない で こうして いられる の だ」 と ヨウコ は ココロ の ウチ で ひとりごちた。
 けれども ある アサ その かすか な キボウ さえ やぶれねば ならぬ よう な ジケン が まくしあがった。
 その アサ は アカツキ から ミズ が したたりそう に ソラ が はれて、 めずらしく すがすがしい スズカゼ が コノマ から きて マド の しろい カーテン を そっと なでて とおる さわやか な テンキ だった ので、 よどおし サダヨ の シンダイ の ソバ に つきそって、 ねむく なる と そうした まま で うとうと と イネムリ しながら すごして きた ヨウコ も、 おもいのほか アタマ の ナカ が かるく なって いた。 サダヨ も その バン は ひどく ネツ に うかされ も せず に ねつづけて、 4 ジ-ゴロ の タイオン は 7 ド 8 ブ まで さがって いた。 ミドリイロ の フロシキ を とおして くる ヒカリ で それ を ハッケン した ヨウコ は とびたつ よう な ヨロコビ を かんじた。 ニュウイン して から 7 ド-ダイ に ネツ の さがった の は その アサ が はじめて だった ので、 もう ネツ の ハクリキ が きた の か と おもう と、 とうとう サダヨ の イノチ は とりとめた と いう キエツ の ジョウ で なみだぐましい まで に ムネ は いっぱい に なった。 ようやく イッシン が とどいた。 ジブン の ため に ビョウキ に なった サダヨ は、 ジブン の チカラ で なおった。 そこ から ジブン の ウンメイ は また あたらしく ひらけて ゆく かも しれない。 きっと ひらけて ゆく。 もう イチド こころおきなく コノヨ に いきる とき が きたら、 それ は どの くらい いい こと だろう。 コンド こそ は かんがえなおして いきて みよう。 もう ジブン も 26 だ。 イマ まで の よう な タイド で くらして は いられない。 クラチ にも すまなかった。 クラチ が あれほど ある カギリ の もの を ギセイ に して、 しかも その ジギョウ と いって いる シゴト は どう かんがえて みて も おもわしく いって いない らしい のに、 ジブン たち の クラシムキ は まるで そんな こと も かんがえない よう な カンカツ な もの だった。 ジブン は ケッシン さえ すれば どんな キョウグウ に でも ジブン を はめこむ こと ぐらい できる オンナ だ。 もし コンド イエ を もつ よう に なったら スベテ を イモウト たち に いって きかして、 クラチ と イッショ に なろう。 そして キムラ とは はっきり エン を きろう。 キムラ と いえば…… そうして ヨウコ は クラチ と コトウ と が イイアイ を した その バン の こと を かんがえだした。 コトウ に あんな ヤクソク を しながら、 サダヨ の ビョウキ に まぎれて いた と いう ホカ に、 てんで シンソウ を コクハク する キ が なかった ので イマ まで も なんの ショウソク も しない で いた ジブン が とがめられた。 ホントウ に キムラ にも すまなかった。 イマ に なって ようやく ながい アイダ の キムラ の ココロ の クルシサ が ソウゾウ される。 もし サダヨ が タイイン する よう に なったら ――そして タイイン する に きまって いる が―― ジブン は ナニ を おいて も キムラ に テガミ を かく。 そう したら どれほど ココロ が やすく そして かるく なる か しれない。 ……ヨウコ は もう そんな キョウガイ が きて しまった よう に かんがえて、 ダレ と でも その ヨロコビ を わかちたく おもった。 で、 イス に かけた まま ミギウシロ を むいて みる と、 ユカイタ の ウエ に 3 ジョウ タタミ を しいた ヘヤ の イチグウ に アイコ が タワイ も なく すやすや と ねむって いた。 うるさがる ので サダヨ には カヤ を つって なかった が、 アイコ の ところ には ちいさな しろい セイヨウガヤ が つって あった。 その こまかい メ を とおして みる アイコ の カオ は ニンギョウ の よう に ととのって うつくしかった。 その アイコ を これまで ニクミドオシ に にくみ、 ウタガイドオシ に うたがって いた の が、 フシギ を とおりこして、 キカイ な こと に さえ おもわれた。 ヨウコ は にこにこ しながら たって いって カヤ の ソバ に よって、
「アイ さん…… アイ さん」
 そう かなり おおきな コエ で よびかけた。 サクヤ おそく マクラ に ついた アイコ は やがて ようやく ねむそう に おおきな メ を しずか に ひらいて、 アネ が マクラモト に いる の に キ が つく と、 ネスゴシ でも した と おもった の か、 あわてる よう に ハンシン を おこして、 そっと ヨウコ を ぬすみみる よう に した。 ヒゴロ ならば そんな キョドウ を すぐ カンシャク の タネ に する ヨウコ も、 その アサ ばかり は かわいそう な くらい に おもって いた。
「アイ さん およろこび、 サア ちゃん の ネツ が とうとう 7 ド-ダイ に さがって よ。 ちょっと おきて きて ごらん、 それ は いい カオ を して ねて いる から…… しずか に ね」
「しずか に ね」 と いいながら ヨウコ の コエ は ミョウ に はずんで たかかった。 アイコ は ジュウジュン に おきあがって そっと カヤ を くぐって でて、 マエ を あわせながら シンダイ の ソバ に きた。
「ね?」
 ヨウコ は えみかまけて アイコ に こう よびかけた。
「でも なんだか、 ダイブン に あおじろく みえます わね」
と アイコ が しずか に いう の を ヨウコ は せわしく ひったくって、
「それ は デントウ の フロシキ の せい だわ…… それに ネツ が とれれば ビョウニン は ミンナ イチド は かえって わるく なった よう に みえる もの なの よ。 ホントウ に よかった。 アナタ も シンミ に セワ して やった から よ」
 そう いって ヨウコ は ミギテ で アイコ の カタ を やさしく だいた。 そんな こと を アイコ に した の は ヨウコ と して は はじめて だった。 アイコ は オソレ を なした よう に ミ を すぼめた。
 ヨウコ は なんとなく じっと して は いられなかった。 こどもらしく、 はやく サダヨ が メ を さませば いい と おもった。 そう したら ネツ の さがった の を しらせて よろこばせて やる のに と おもった。 しかし さすが に その ちいさな ネムリ を ゆりさます こと は しえない で、 しきり と ヘヤ の ナカ を かたづけはじめた。 アイコ が チュウイ の うえ に チュウイ を して こそ との オト も させまい と キ を つかって いる のに、 ヨウコ が わざと する か とも おもわれる ほど そうぞうしく はたらく サマ は、 ヒゴロ とは まるで ハンタイ だった。 アイコ は ときどき フシギ そう な メツキ を して そっと ヨウコ の キョドウ を チュウイ した。
 その うち に ヨ が どんどん あけはなれて、 デントウ の きえた シュンカン は ちょっと ヘヤ の ナカ が くらく なった が、 ナツ の アサ-らしく みるみる うち に しろい ヒカリ が マド から ヨウシャ なく ながれこんだ。 ヒル に なって から の アツサ を ヨソウ させる よう な スズシサ が アオバ の かるい ニオイ と ともに ヘヤ の ナカ に みちあふれた。 アイコ の きかえた オオガラ な シロ の カスリ も、 あかい メリンス の オビ も、 ヨウコ の メ を すがすがしく シゲキ した。
 ヨウコ は ジブン で サダヨ の ショクジ を つくって やる ため に シュクチョクシツ の ソバ に ある ちいさな ホウチュウ に いって、 ヨウショクテン から とどけて きた ソップ を あたためて シオ で アジ を つけて いる アイダ も、 だんだん おきでて くる カンゴフ たち に サダヨ の サクヤ の ケイカ を ほこりが に はなして きかせた。 ビョウシツ に かえって みる と、 アイコ が すでに めざめた サダヨ に アサジマイ を させて いた。 ネツ が さがった ので キゲン の よかる べき サダヨ は いっそう フキゲン に なって みえた。 アイコ の する こと ヒトツヒトツ に コショウ を いいたてて、 なかなか いう こと を きこう とは しなかった。 ネツ の さがった の に つれて はじめて サダヨ の イシ が ニンゲン-らしく はたらきだした の だ と ヨウコ は キ が ついて、 それ も ゆるさなければ ならない こと だ と、 ジブン の こと の よう に ココロ で ベンソ した。 ようやく センメン が すんで、 それから シンダイ の シュウイ を セイトン する と もう まったく アサ に なって いた。 ケサ こそ は サダヨ が きっと ショウビ しながら ショクジ を とる だろう と ヨウコ は いそいそ と タケ の たかい ショクタク を シンダイ の ところ に もって いった。
 その とき おもいがけなく も アサガケ に クラチ が ミマイ に きた。 クラチ も すずしげ な ヒトエ に ロ の ハオリ を はおった まま だった。 その キョウケン な、 モノ を モノ とも しない スガタ は ナツ の アサ の キブン と しっくり そぐって みえた ばかり で なく、 その ヒ に かぎって ヨウコ は エノシママル の ナカ で かたりあった クラチ を みいだした よう に おもって、 その カンカツ な ヨウス が なつかしく のみ ながめやられた。 クラチ も つとめて ヨウコ の たちなおった キブン に どうじて いる らしかった。 それ が ヨウコ を いっそう カイカツ に した。 ヨウコ は ヒサシブリ で その ギン の スズ の よう な すみとおった コエ で タカチョウシ に モノ を いいながら フタコトメ には すずしく わらった。
「さ、 サア ちゃん、 ネエサン が ジョウズ に アジ を つけて きて あげた から ソップ を めしあがれ。 ケサ は きっと おいしく たべられます よ。 イマ まで は ネツ で アジ も なにも なかった わね、 かわいそう に」
 そう いって サダヨ の ミヂカ に イス を しめながら、 ノリ の つよい ナフキン を マクラ から ノド に かけて あてがって やる と、 サダヨ の カオ は アイコ の いう よう に ひどく あおみがかって みえた。 ちいさな フアン が ヨウコ の アタマ を つきぬけた。 ヨウコ は セイケツ な ギン の サジ に すこし ばかり ソップ を しゃくいあげて サダヨ の クチモト に あてがった。
「まずい」
 サダヨ は ちらっと アネ を にらむ よう に ぬすみみて、 クチ に ある だけ の ソップ を しいて のみこんだ。
「おや どうして」
「あまったらしくって」
「そんな はず は ない がねえ。 どれ それじゃ もすこし シオ を いれて あげます わ」
 ヨウコ は シオ を たして みた。 けれども サダヨ は うまい とは いわなかった。 また ヒトクチ のみこむ と もう いや だ と いった。
「そう いわず と もすこし めしあがれ、 ね、 せっかく ネエサン が カゲン した ん だ から。 だいいち たべない で いて は よわって しまいます よ」
 そう うながして みて も サダヨ は こんりんざい アト を たべよう とは しなかった。
 とつぜん ジブン でも おもい も よらない フンヌ が ヨウコ に おそいかかった。 ジブン が これほど ホネ を おって して やった のに、 ギリ にも もうすこし は たべて よさそう な もの だ。 なんと いう ワガママ な コ だろう (ヨウコ は サダヨ が ミカク を カイフク して いて、 リュウドウショク では マンゾク しなく なった の を すこしも カンガエ に いれなかった)。
 そう なる と もう ヨウコ は ジブン を トウギョ する チカラ を うしなって しまって いた。 ケッカン の ナカ の チ が イチジ に かっと もえたって、 それ が シンゾウ に、 そして シンゾウ から アタマ に つきすすんで、 ズガイコツ は ばりばり と オト を たてて やぶれそう だった。 ヒゴロ あれほど かわいがって やって いる のに、 ……ニクサ は イチバイ だった。 サダヨ を みつめて いる うち に、 その やせきった ホソクビ に クワガタ に した リョウテ を かけて、 ひとおもいに しめつけて、 くるしみもがく ヨウス を みて、 「そら みる が いい」 と いいすてて やりたい ショウドウ が むずむず と わいて きた。 その アタマ の マワリ に あてがわる べき リョウテ の ユビ は おもわず しらず クマデ の よう に おれまがって、 はげしい チカラ の ため に こまかく ふるえた。 ヨウコ は キョウキ に かわった よう な その テ を ヒト に みられる の が おそろしかった ので、 チャワン と サジ と を ショクタク に かえして、 マエダレ の シタ に かくして しまった。 ウワマブタ の イチモンジ に なった メ を きりっと すえて はたと サダヨ を にらみつけた。 ヨウコ の メ には サダヨ の ホカ に その ヘヤ の モノ は クラチ から アイコ に いたる まで すっかり みえなく なって しまって いた。
「たべない かい」
「たべない かい。 たべなければ ウンヌン」 と コゴト を いって サダヨ を せめる はず だった が、 ショク を だした だけ で、 ジブン の コエ の あまり に はげしい フルエヨウ に コトバ を きって しまった。
「たべない…… たべない…… ゴハン で なくって は いやあ だあ」
 ヨウコ の コエ の シタ から すぐ こうした ワガママ な サダヨ の すね に すねた コエ が きこえた と ヨウコ は おもった。 マックロ な チシオ が どっと シンゾウ を やぶって ノウテン に つきすすんだ と おもった。 メノマエ で サダヨ の カオ が ミッツ にも ヨッツ にも なって およいだ。 その アト には イロ も コエ も しびれはてて しまった よう な アンコク の ボウガ が きた。
「オネエサマ…… オネエサマ ひどい…… いやあ……」
「ヨウ ちゃん…… あぶない……」
 サダヨ と クラチ の コエ と が もつれあって、 とおい ところ から の よう に きこえて くる の を、 ヨウコ は ダレ か が ナニ か サダヨ に ランボウ を して いる の だな と おもったり、 この イキオイ で ゆかなければ サダヨ は ころせ や しない と おもったり して いた。 いつのまにか ヨウコ は ただ ヒトスジ に サダヨ を ころそう と ばかり あせって いた の だ。 ヨウコ は アンコク の ナカ で ナニ か ジブン に さからう チカラ と こんかぎり あらそいながら、 ものすごい ほど の チカラ を ふりしぼって たたかって いる らしかった。 ナニ が なんだか わからなかった。 その コンラン の ウチ に、 あるいは イマ ジブン は クラチ の ノドブエ に ハリ の よう に なった ジブン の 10 ポン の ツメ を たてて、 ねじりもがきながら あらそって いる の では ない か とも おもった。 それ も やがて ユメ の よう だった。 とおざかりながら ヒト の コエ とも ケモノ の コエ とも しれぬ オンキョウ が かすか に ミミ に のこって、 ムネ の ところ に さしこんで くる イタミ を ハキケ の よう に かんじた ツギ の シュンカン には、 ヨウコ は こんこん と して ネツ も ヒカリ も コエ も ない ものすさまじい アンコク の ナカ に マッサカサマ に ひたって いった。
 ふと ヨウコ は くすむる よう な もの を ミミ の ところ に かんじた。 それ が オンキョウ だ と わかる まで には どの くらい の ジカン が ケイカ した か しれない。 とにかく ヨウコ は がやがや と いう コエ を だんだん と はっきり きく よう に なった。 そして ぽっかり シリョク を カイフク した。 みる と ヨウコ は いぜん と して サダヨ の ビョウシツ に いる の だった。 アイコ が ウシロムキ に なって シンダイ の ウエ に いる サダヨ を カイホウ して いた。 ジブン は…… ジブン は と ヨウコ は はじめて ジブン を みまわそう と した が、 カラダ は ジユウ を うしなって いた。 そこ には クラチ が いて ヨウコ の クビネッコ に ウデ を まわして、 ヒザ の ウエ に イッポウ の アシ を のせて、 しっかり と だきすくめて いた。 その アシ の オモサ が いたい ほど かんじられだした。 やっぱり ジブン は クラチ を シニガミ の モト へ おいこくろう と して いた の だな と おもった。 そこ には ハクイ を きた イシャ も カンゴフ も みえだした。
 ヨウコ は それ だけ の こと を みる と キュウ に キ の ゆるむ の を おぼえた。 そして ナミダ が ぽろぽろ と でて シカタ が なくなった。 おかしな…… どうして こう ナミダ が でる の だろう と あやしむ うち に、 やるせない ヒアイ が どっと こみあげて きた。 ソコ の ない よう な さびしい ヒアイ…… その うち に ヨウコ は ヒアイ とも ネムサ とも クベツ の できない おもい チカラ に あっせられて また チカク から モノ の ない セカイ に おちこんで いった。
 ホントウ に ヨウコ が メ を さました とき には、 マッサオ に セイテン の アト の ユウグレ が もよおして いる コロ だった。 ヨウコ は ヘヤ の スミ の 3 ジョウ に カヤ の ナカ に ヨコ に なって ねて いた の だった。 そこ には アイコ の ホカ に オカ も きあわせて サダヨ の セワ を して いた。 クラチ は もう いなかった。
 アイコ の いう ところ に よる と、 ヨウコ は サダヨ に ソップ を のまそう と して イロイロ に いった が、 ネツ が さがって キュウ に ショクヨク の ついた サダヨ は メシ で なければ どうしても たべない と いって きかなかった の を、 ヨウコ は ナミダ を ながさん ばかり に なって しゅうねく ソップ を のませよう と した ケッカ、 サダヨ は そこ に あった ソップ-ザラ を ねて いながら ひっくりかえして しまった の だった。 そう する と ヨウコ は いきなり たちあがって サダヨ の ムナモト を つかむ なり シンダイ から ひきずりおろして こづきまわした。 サイワイ に いあわした クラチ が ダイジ に ならない うち に ヨウコ から サダヨ を とりはなし は した が、 コンド は ヨウコ は クラチ に シニモノグルイ に くって かかって、 その うち に はげしい シャク を おこして しまった の だ との こと だった。
 ヨウコ の ココロ は むなしく いたんだ。 どこ に とて とりつく もの も ない よう な ムナシサ が ココロ には のこって いる ばかり だった。 サダヨ の ネツ は すっかり モトドオリ に のぼって しまって、 ひどく おびえる らしい ウワゴト を たえまなし に くちばしった。 フシブシ は ひどく イタミ を おぼえながら、 ホッサ の すぎさった ヨウコ は、 フダンドオリ に なって おきあがる こと も できる の だった。 しかし ヨウコ は アイコ や オカ への テマエ すぐ おきあがる の も ヘン だった ので その ヒ は そのまま ねつづけた。
 サダヨ は コンド こそ は しぬ。 とうとう ジブン の マツロ も きて しまった。 そう おもう と ヨウコ は やるかたなく かなしかった。 たとい サダヨ と ジブン と が サイワイ に いきのこった と して も、 サダヨ は きっと エイゴウ ジブン を イノチ の カタキ と うらむ に ちがいない。
「しぬ に かぎる」
 ヨウコ は マド を とおして アオ から アイ に かわって ゆきつつ ある ショカ の ヨル の ケシキ を ながめた。 シンピテキ な オダヤカサ と フカサ とは ノウシン に しみとおる よう だった。 サダヨ の マクラモト には わかい オカ と アイコ と が むつまじげ に いたり たったり して サダヨ の カンゴ に ヨネン なく みえた。 その とき の ヨウコ には それ は うつくしく さえ みえた。 シンセツ な オカ、 ジュウジュン な アイコ…… フタリ が あいしあう の は トウゼン で いい こと らしい。
「どうせ スベテ は すぎさる の だ」
 ヨウコ は うつくしい フシギ な ゲンエイ でも みる よう に、 デンキトウ の ミドリ の ヒカリ の ナカ に たつ フタリ の スガタ を、 ムジョウ を みぬいた インジャ の よう な ココロ に なって うちながめた。