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ハシゴダン の アガリグチ には アイコ が アネ を よび に ゆこう か ゆくまい か と シアン する らしく たって いた。 そこ を とおりぬけて ジブン の ヘヤ に きて みる と、 ムナゲ を あらわ に エリ を ひろげて、 セル の リョウソデ を たかだか と まくりあげた クラチ が、 アグラ を かいた まま、 デントウ の ヒ の シタ に ジュクシ の よう に あかく なって こっち を むいて いたけだか に なって いた。 コトウ は グンプク の ヒザ を きちんと おって マッスグ に かたく すわって、 ヨウコ には ウシロ を むけて いた。 それ を みる と もう ヨウコ の シンケイ は びりびり と さかだって ジブン ながら どう シヨウ も ない ほど あれすさんで きて いた。 「なにもかも いや だ、 どうでも カッテ に なる が いい」 すると すぐ アタマ が おもく かぶさって きて、 フクブ の ドンツウ が ナマリ の おおきな タマ の よう に コシ を しいたげた。 それ は ニジュウ に ヨウコ を いらいら させた。
「アナタガタ は いったい ナニ を そんな に いいあって いらっしゃる の」
もう そこ には ヨウコ は タクト を もちいる ヨユウ さえ もって いなかった。 しじゅう ハラ の ソコ に レイセイサ を うしなわない で、 あらん カギリ の ヒョウジョウ を カッテ に ソウジュウ して どんな ナンカン でも、 ヨウコ に トクユウ な シカタ で きりひらいて ゆく そんな ヨユウ は その バ には とても でて こなかった。
「ナニ を と いって この コトウ と いう セイネン は あまり レイギ を わきまえん から よ。 キムラ さん の シンユウ シンユウ と フタコトメ には ハナ に かけた よう な こと を いわるる が、 ワシ も ワシ で キムラ さん から は たのまれとる ん だ から、 ヒトリヨガリ の こと は いうて もらわん でも いい の だ。 それ を つべこべ ろくろく アナタ の セワ も みず に おきながら、 いいたてなさる ので、 スジ が ちがって いよう と いって きかせて あげた ところ だ。 コトウ さん、 アナタ シツレイ だ が いったい イクツ です」
ヨウコ に いって きかせる でも なく そう いって、 クラチ は また コトウ の ほう に むきなおった。 コトウ は この ブジョク に たいして クチゴタエ の コトバ も でない よう に ゲッコウ して だまって いた。
「こたえる が はずかしければ しいて も きくまい。 が、 いずれ ハタチ は すぎて いられる の だろう。 ハタチ すぎた オトコ が アナタ の よう に レイギ も わきまえず に ヒト の セイカツ の ウチワ に まで たちいって モノ を いう は バカ の ショウコ です よ。 オトコ が モノ を いう なら かんがえて から いう が いい」
そう いって クラチ は コトバ の ゲッコウ して いる ワリアイ に、 また ミカケ の いかにも いたけだか な ワリアイ に、 ジュウブン の ヨユウ を みせて、 そらうそぶく よう に ウチミズ を した ニワ の ほう を みながら ウチワ を つかった。
コトウ は しばらく だまって いて から ウシロ を ふりあおいで ヨウコ を みやりつつ、
「ヨウコ さん…… まあ、 す、 すわって ください」
と すこし どもる よう に しいて おだやか に いった。 ヨウコ は その とき はじめて、 ワレ にも なく それまで そこ に つったった まま ぼんやり して いた の を しって、 ジブン に かつて ない よう な トンキョ な こと を して いた の に キ が ついた。 そして ジブン ながら コノゴロ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら フタリ の アイダ に、 できる だけ キ を おちつけて ザ に ついた。 コトウ の カオ を みる と やや あおざめて、 コメカミ の ところ に ふとい スジ を たてて いた。 ヨウコ は その ジブン に なって はじめて すこし ずつ ジブン を カイフク して いた。
「コトウ さん、 クラチ さん は すこし オサケ を めしあがった ところ だ から こんな とき むずかしい オハナシ を なさる の は よく ありません でした わ。 ナン です か しりません けれども コンヤ は もう その オハナシ は きれい に やめましょう。 いかが?…… また ゆっくり ね…… あ、 アイ さん、 アナタ オニカイ に いって ヌイカケ を オオイソギ で しあげて おいて ちょうだい、 ネエサン が あらかた して しまって ある けれども……」
そう いって サッキ から ちくいち フタリ の ソウロン を きいて いた らしい アイコ を カイジョウ に おいあげた。 しばらく して コトウ は ようやく おちついて ジブン の コトバ を みいだした よう に、
「クラチ さん に モノ を いった の は ボク が まちがって いた かも しれません。 じゃ クラチ さん を マエ に おいて アナタ に いわして ください。 オセジ でも なんでも なく、 ボク は ハジメ から アナタ には クラチ さん なんか には ない セイジツ な ところ が、 どこ か に かくれて いる よう に おもって いた ん です。 ボク の いう こと を その セイジツ な ところ で ハンダン して ください」
「まあ キョウ は もう いい じゃ ありません か、 ね。 ワタシ、 アナタ の おっしゃろう と する こと は よっく わかって います わ。 ワタシ けっして あだ や おろそか には おもって いません ホントウ に。 ワタシ だって かんがえて は います わ。 そのうち とっくり ワタシ の ほう から うかがって いただきたい と おもって いた くらい です から それまで……」
「キョウ きいて ください。 グンタイ セイカツ を して いる と 3 ニン で こうして おはなし する キカイ は そう ありそう には ありません。 もう キエイ の ジカン が せまって います から、 ながく オハナシ は できない けれども…… それだから ガマン して きいて ください」
それなら なんでも カッテ に いって みる が いい、 シギ に よって は だまって は いない から と いう ハラ を、 かすか に ヒニク に ひらいた クチビル に みせて ヨウコ は コトウ に ミミ を かす タイド を みせた。 クラチ は しらん フリ を して ニワ の ほう を みつづけて いた。 コトウ は クラチ を まったく ドガイシ した よう に ヨウコ の ほう に むきなおって、 ヨウコ の メ に ジブン の メ を さだめた。 ソッチョク な あからさま な その メ には その バアイ に すら こどもじみた シュウチ の イロ を たたえて いた。 レイ の ごとく コトウ は ムネ の キンボタン を はめたり はずしたり しながら、
「ボク は イマ まで ジブン の インジュン から アナタ に たいして も キムラ に たいして も ホントウ に ユウジョウ-らしい ユウジョウ を あらわさなかった の を はずかしく おもいます。 ボク は とうに もっと どうか しなければ いけなかった ん です けれども…… キムラ、 キムラ って キムラ の こと ばかり いう よう です けれども、 キムラ の こと を いう の は アナタ の こと を いう の も おなじ だ と ボク は おもう ん です が、 アナタ は イマ でも キムラ と ケッコン する キ が たしか に ある ん です か ない ん です か、 クラチ さん の マエ で それ を はっきり ボク に きかせて ください。 ナニゴト も そこ から シュッパツ して いかなければ この ハナシ は ひっきょう マワリ ばかり まわる こと に なります から。 ボク は アナタ が キムラ と ケッコン する キ は ない と いわれて も けっして それ を どう と いう ん じゃ ありません。 キムラ は キノドク です。 あの オトコ は ヒョウメン は あんな に ラクテンテキ に みえて いて、 イシ が つよそう だ けれども、 ずいぶん なみだっぽい ほう だ から、 その シツボウ は おもいやられます。 けれども それだって シカタ が ない。 だいいち ハジメ から ムリ だった から…… アナタ の オハナシ の よう なら……。 しかし ジジョウ が ジジョウ だった とは いえ、 アナタ は なぜ いや なら いや と…… そんな カコ を いった ところ が はじまらない から やめましょう。 ……ヨウコ さん、 アナタ は ホントウ に ジブン を かんがえて みて、 どこ か まちがって いる と おもった こと は ありません か。 ゴカイ して は こまります よ、 ボク は アナタ が まちがって いる と いう つもり じゃ ない ん です から。 タニン の こと を タニン が ハンダン する こと なんか は できない こと だ けれども、 ボク は アナタ が どこ か フシゼン に みえて いけない ん です。 よく ヨノナカ では ジンセイ の こと は そう タンジュン に いく もん じゃ ない と いいます が、 そして アナタ の セイカツ なんぞ を みて いる と、 それ は ごく ガイメンテキ に みて いる から そう みえる の かも しれない けれども、 じっさい ずいぶん フクザツ-らしく おもわれます が、 そう ある べき こと なん でしょう か。 もっと もっと クリアー に サン-クリアー に ジブン の チカラ だけ の こと、 トク だけ の こと を して くらせそう な もの だ と ボク ジシン は おもう ん です がね…… ボク にも そう で なくなる ジダイ が くる かも しらない けれども、 イマ の ボク と して は そう より かんがえられない ん です。 イチジ は コンザツ も き、 フワ も き、 ケンカ も くる か は しれない が、 けっきょく は そう する より シカタ が ない と おもいます よ。 アナタ の こと に ついて も ボク は マエ から そういう ふう に はっきり かたづけて しまいたい とは おもって いた ん です けれど、 コソク な ココロ から それまで に いかず とも いい ケッカ が うまれて き は しない か と おもったり して キョウ まで ドッチツカズ で すごして きた ん です。 しかし もう この イジョウ ボク には ガマン が できなく なりました。
クラチ さん と アナタ と ケッコン なさる なら なさる で キムラ も あきらめる より ホカ に ミチ は ありません。 キムラ に とって は くるしい こと だろう が、 ボク から かんがえる と ドッチツカズ で ハンモン して いる の より どれだけ いい か わかりません。 だから クラチ さん に イコウ を うかがおう と すれば、 クラチ さん は アタマ から ボク を バカ に して ハナシ を シンミ に うけて は くださらない ん です」
「バカ に される ほう が わるい のよ」
クラチ は ニワ の ほう から カオ を かえして、 「どこ まで バカ に できあがった オトコ だろう」 と いう よう に ニガワライ を しながら コトウ を みやって、 また しらぬ カオ に ニワ の ほう を むいて しまった。
「そりゃ そう だ。 バカ に される ボク は バカ だろう。 しかし アナタ には…… アナタ には ボクラ が もってる リョウシン と いう もの が ない ん だ。 それ だけ は バカ でも ボク には わかる。 アナタ が バカ と いわれる の と、 ボク が ジブン を バカ と おもって いる それ とは、 イミ が ちがいます よ」
「その とおり、 アナタ は バカ だ と おもいながら、 どこ か ココロ の スミ で 『ナニ バカ な もの か』 と おもいよる し、 ワタシ は アナタ を うそほんなし に バカ と いう だけ の ソウイ が ある よ」
「アナタ は キノドク な ヒト です」
コトウ の メ には イカリ と いう より も、 ある はげしい カンジョウ の ナミダ が うすく やどって いた。 コトウ の ココロ の ウチ の いちばん おくふかい ところ が けがされない まま で、 ふと メ から のぞきだした か と おもわれる ほど、 その ナミダ を ためた メ は イッシュ の チカラ と キヨサ と を もって いた。 さすが の クラチ も その ヒトコト には コトバ を かえす こと なく、 フシギ そう に コトウ の カオ を みた。 ヨウコ も おもわず イッシュ あらたまった キブン に なった。 そこ には これまで みなれて いた コトウ は いなく なって、 その カワリ に ゴマカシ の きかない つよい チカラ を もった ヒトリ の ジュンケツ な セイネン が ひょっこり あらわれでた よう に みえた。 ナニ を いう か、 また イツモ の よう な アリキタリ の ドウトクロン を ふりまわす と おもいながら、 イッシュ の ケイブ を もって だまって きいて いた ヨウコ は、 この ヒトコト で、 いわば コトウ を カベギワ に おもいぞんぶん おしつけて いた クラチ が てもなく はじきかえされた の を みた。 コトバ の ウエ や シウチ の ウエ や で いかに コウアツテキ に でて みて も、 どう する こと も できない よう な シンジツサ が コトウ から あふれでて いた。 それ に はむかう には シンジツ で はむかう ホカ は ない。 クラチ は それ を もちあわして いる か どう か ヨウコ には ソウゾウ が つかなかった。 その バアイ クラチ は しばらく コトウ の カオ を フシギ そう に みやった ノチ、 ヘイキ な カオ を して ゼン から サカズキ を とりあげて、 のみのこして ひえた サケ を テレカクシ の よう に あおりつけた。 ヨウコ は この とき コトウ と こんな チョウシ で むかいあって いる の が おそろしくって ならなく なった。 コトウ の メノマエ で ひょっと する と イマ まで きずいて きた セイカツ が くずれて しまいそう な キグ を さえ かんじた。 で、 そのまま だまって クラチ の マネ を する よう だ が、 ヘイキ を よそおいつつ キセル を とりあげた。 その バ の シウチ と して は つたない ヤリカタ で ある の を はがゆく は おもいながら。
コトウ は しばらく コトバ を とぎらして いた が、 また あらたまって ヨウコ の ほう に はなしかけた。
「そう あらたまらない で ください。 そのかわり おもった だけ の こと を イイカゲン に して おかず に はなしあわせて みて ください。 いい です か。 アナタ と クラチ さん との これまで の セイカツ は、 ボク みたい な ムケイケン な モノ にも、 ギモン と して かたづけて おく こと の できない よう な ジジツ を かんじさせる ん です。 それ に たいする アナタ の ベンカイ は キベン と より ボク には ひびかなく なりました。 ボク の にぶい チョッカク で すら が そう かんがえる の です。 だから この サイ アナタ と クラチ さん との カンケイ を あきらか に して、 アナタ から キムラ に イツワリ の ない コクハク を して いただきたい ん です。 キムラ が ヒトリ で セイカツ に くるしみながら タトエヨウ の ない ギワク の ウチ に もがいて いる の を すこし でも ソウゾウ して みたら…… イマ の アナタ には それ を ヨウキュウ する の は ムリ かも しれない けれども……。 だいいち こんな フアンテイ な ジョウタイ から アナタ は アイコ さん や サダヨ さん を すくう ギム が ある と おもいます よ ボク は。 アナタ だけ に かぎられず に、 シホウ ハッポウ の ヒト の ココロ に ひびく と いう の は おそろしい こと だ とは ホントウ に アナタ には おもえません かねえ。 ボク には ソバ で みて いる だけ でも おそろしい がなあ。 ヒト には いつか ソウカンジョウ を しなければ ならない とき が くる ん だ。 いくら カリ に なって いて も びくとも しない と いう ジシン も なくって、 ずるずるべったり に ムハンセイ に カリ ばかり つくって いる の は かんがえて みる と フアン じゃ ない でしょう か。 ヨウコ さん、 アナタ には うつくしい セイジツ が ある ん だ。 ボク は それ を しって います。 キムラ に だけ は どうした ワケ か ベツ だ けれども、 アナタ は ビタイチモン でも カリ を して いる と おもう と ネゴコチ が わるい と いう よう な キショウ を もって いる じゃ ありません か。 それに ココロ の シャッキン なら いくら シャッキン を して いて も ヘイキ で いられる わけ は ない と おもいます よ。 なぜ アナタ は このんで それ を ふみにじろう と ばかり して いる ん です。 そんな なさけない こと ばかり して いて は ダメ じゃ ありません か。 ……ボク は はっきり おもう とおり を いいあらわしえない けれども…… いおう と して いる こと は わかって くださる でしょう」
コトウ は おもいいった ふう で、 アブラ で よごれた テ を イクド も マックロ に ヒ に やけた メガシラ の ところ に もって いった。 カ が ぶんぶん と せめかけて くる の も わすれた よう だった。 ヨウコ は コトウ の コトバ を もう それ イジョウ は きいて いられなかった。 せっかく そっと して おいた ココロ の ヨドミ が かきまわされて、 みまい と して いた きたない もの が ぬらぬら と メノマエ に うきでて くる よう でも あった。 ぬりつぶし ぬりつぶし して いた ココロ の カベ に ヒビ が はいって、 そこ から オモテ も むけられない しろい ヒカリ が ちらと さす よう にも おもった。 もう しかし それ は すべて あまり おそい。 ヨウコ は そんな もの を ムシ して かかる ホカ に ミチ が ない と おもった。 ごまかして いけない と コトウ の いった コトバ は その シュンカン にも すぐ ヨウコ に きびしく こたえた けれども、 ヨウコ は おしきって そんな コトバ を かなぐりすてない では いられない と ジブン から あきらめた。
「よく わかりました。 アナタ の おっしゃる こと は いつでも ワタシ には よく わかります わ。 そのうち ワタシ きっと キムラ の ほう に テガミ を だす から アンシン して くださいまし。 コノゴロ は アナタ の ほう が キムラ イジョウ に シンケイシツ に なって いらっしゃる よう だ けれども、 ゴシンセツ は よく ワタシ にも わかります わ。 クラチ さん だって アナタ の オココロモチ は つうじて いる に ちがいない ん です けれども、 アナタ が…… なんと いったら いい でしょう ねえ…… アナタ が あんまり マショウメン から おっしゃる もん だ から、 つい ムカッパラ を おたて なすった ん でしょう。 そう でしょう、 ね、 クラチ さん。 ……こんな いや な オハナシ は これ だけ に して イモウト たち でも よんで おもしろい オハナシ でも しましょう」
「ボク が もっと えらい と、 いう こと が もっと ふかく ミナサン の ココロ に はいる ん です が、 ボク の いう こと は ホントウ の こと だ と おもう ん だ けれども シカタ が ありません。 それじゃ きっと キムラ に かいて やって ください。 ボク ジシン は なにも モノズキ-らしく その ナイヨウ を しりたい とは おもってる わけ じゃ ない ん です から……」
コトウ が まだ ナニ か いおう と して いる とき に アイコ が セイトン-ブロシキ の できあがった の を もって、 2 カイ から おりて きた。 コトウ は アイコ から それ を うけとる と おもいだした よう に あわてて トケイ を みた。 ヨウコ は それ には トンジャク しない よう に、
「アイ さん あれ を コトウ さん に オメ に かけよう。 コトウ さん ちょっと まって いらしって ね。 イマ おもしろい もの を オメ に かける から。 サア ちゃん は 2 カイ? いない の? どこ に いった ん だろう…… サア ちゃん!」
こう いって ヨウコ が よぶ と ダイドコロ の ほう から サダヨ が うちしずんだ カオ を して ないた アト の よう に ホオ を あかく して はいって きた。 やはり ジブン の いった コトバ に したがって ヒトリポッチ で ダイドコロ に いって ススギモノ を して いた の か と おもう と、 ヨウコ は もう ムネ が せまって メ の ウチ が あつく なる の だった。
「さあ フタリ で このあいだ ガッコウ で ならって きた ダンス を して コトウ さん と クラチ さん と に オメ に おかけ。 ちょっと コティロン の よう で また かわって います の。 さ」
フタリ は 10 ジョウ の ザシキ の ほう に たって いった。 クラチ は これ を キッカケ に からっと カイカツ に なって、 イマ まで の こと は わすれた よう に、 コトウ にも ビショウ を あたえながら 「それ は おもしろかろう」 と いいつつ アト に つづいた。 アイコ の スガタ を みる と コトウ も つりこまれる ふう に みえた。 ヨウコ は けっして それ を みのがさなかった。
カレン な スガタ を した アネ と イモウト とは 10 ジョウ の デントウ の モト に むかいあって たった。 アイコ は いつでも そう な よう に こんな バアイ でも いかにも レイセイ だった。 フツウ ならば その トシゴロ の ショウジョ と して は、 ヤリドコロ も ない シュウチ を かんずる はず で ある のに、 アイコ は すこし メ を ふせて いる ホカ には しらじら と して いた。 きゃっきゃっ と うれしがったり はずかしがったり する サダヨ は その ヨ は どうした もの か ただ ものうげ に そこ に しょんぼり と たった。 その ヨ の フタリ は ミョウ に ムカンジョウ な イッツイ の うつくしい オドリテ だった。 ヨウコ が 「イチ、 ニ、 サン」 と アイズ を する と、 フタリ は リョウテ を コシボネ の ところ に おきそえて しずか に カイセン しながら まいはじめた。 ヘイエイ の ナカ ばかり に いて うつくしい もの を まったく みなかった らしい コトウ は、 しばらく は ナニゴト も わすれた よう に こうこつ と して フタリ の えがく キョクセン の サマザマ に みとれて いた。
と とつぜん サダヨ が リョウソデ を カオ に あてた と おもう と、 キュウ に マイ の ワ から それて、 イッサン に ゲンカンワキ の 6 ジョウ に かけこんだ。 6 ジョウ に たっしない うち に いたましく すすりなく コエ が きこえだした。 コトウ は はっと あわてて そっち に ゆこう と した が、 アイコ が ヒトリ に なって も、 カオイロ も うごかさず に おどりつづけて いる の を みる と そのまま また たちどまった。 アイコ は ジブン の しおおす べき ツトメ を しおおせる こと に ココロ を あつめる ヨウス で まいつづけた。
「アイ さん ちょっと おまち」
と いった ヨウコ の コエ は ひくい ながら キヌ を さく よう に カンペキ-らしい チョウシ に なって いた。 ベッシツ に イモウト の かけこんだ の を ミムキ も しない アイコ の フニンジョウサ を いきどおる イカリ と、 めいぜられた こと を チュウト ハンパ で やめて しまった サダヨ を いきどおる イカリ と で ヨウコ は ジセイ が できない ほど ふるえて いた。 アイコ は しずか に そこ に リョウテ を コシ から おろして たちどまった。
「サア ちゃん ナン です その シツレイ は。 でて おいでなさい」
ヨウコ は はげしく リンシツ に むかって こう さけんだ。 リンシツ から サダヨ の すすりなく コエ が あわれ にも まざまざ と きこえて くる だけ だった。 だきしめて も だきしめて も あきたらない ほど の アイチャク を そのまま うらがえした よう な ニクシミ が、 ヨウコ の ココロ を ヒ の よう に した。 ヨウコ は アイコ に きびしく いいつけて サダヨ を 6 ジョウ から よびかえさした。
やがて その 6 ジョウ から でて きた アイコ は、 さすが に フアン な オモモチ を して いた。 くるしくって たまらない と いう から ヒタイ に テ を あてて みたら ヒ の よう に あつい と いう の だ。
ヨウコ は おもわず ぎょっと した。 うまれおちる と から ビョウキ ヒトツ せず に そだって きた サダヨ は マエ から ハツネツ して いた の を ジブン で しらず に いた に ちがいない。 きむずかしく なって から 1 シュウカン ぐらい に なる から、 ナニ か の ネツビョウ に かかった と すれば ビョウキ は かなり すすんで いる はず だ。 ひょっと する と サダヨ は もう しぬ…… それ を ヨウコ は チョッカク した よう に おもった。 メノマエ で セカイ が キュウ に くらく なった。 デントウ の ヒカリ も みえない ほど に アタマ の ナカ が くらい ウズマキ で いっぱい に なった。 ええ、 いっそ の こと しんで くれ。 この チマツリ で クラチ が ジブン に はっきり つながれて しまわない と ダレ が いえよう。 ヒトミ ゴクウ に して しまおう。 そう ヨウコ は キョウフ の ゼッチョウ に ありながら ミョウ に しんと した ココロモチ で おもいめぐらした。 そして そこ に ぼんやり した まま つったって いた。
いつのまに いった の か、 クラチ と コトウ と が 6 ジョウ の マ から クビ を だした。
「オヨウ さん…… ありゃ ないた ため ばかり の ネツ じゃ ない。 はやく きて ごらん」
クラチ の あわてる よう な コエ が きこえた。
それ を きく と ヨウコ は はじめて コト の シンソウ が わかった よう に、 ユメ から めざめた よう に、 キュウ に アタマ が はっきり して 6 ジョウ の マ に はしりこんだ。 サダヨ は ひときわ セタケ が ちぢまった よう に ちいさく まるまって、 ザブトン に カオ を うずめて いた。 ヒザ を ついて ソバ に よって ウナジ の ところ を さわって みる と、 キミ の わるい ほど の ネツ が ヨウコ の テ に つたわって きた。
その シュンカン に ヨウコ の ココロ は デングリガエシ を うった。 いとしい サダヨ に つらく あたったら、 そして もし サダヨ が その ため に イノチ を おとす よう な こと でも あったら、 クラチ を だいじょうぶ つかむ こと が できる と なにがなし に おもいこんで、 しかも それ を ジッコウ した メイシン とも モウソウ とも タトエヨウ の ない、 キョウキ-じみた ケチガン が なんの ク も なく ばらばら に くずれて しまって、 その アト には どうか して サダヨ を いかしたい と いう すなお な なみだぐましい ネガイ ばかり が しみじみ と はたらいて いた。 ジブン の あいする モノ が しぬ か いきる か の サカイメ に きた と おもう と、 セイ への シュウチャク と シ への キョウフ と が、 イマ まで ソウゾウ も およばなかった ツヨサ で ひしひし と かんぜられた。 ジブン を ヤツザキ に して も サダヨ の イノチ は とりとめなくて は ならぬ。 もし サダヨ が しねば それ は ジブン が ころした ん だ。 なにも しらない、 カミ の よう な ショウジョ を…… ヨウコ は あらぬ こと まで カッテ に ソウゾウ して カッテ に くるしむ ジブン を たしなめる つもり で いて も、 それ イジョウ に シュジュ な ヨソウ が はげしく アタマ の ナカ で はたらいた。
ヨウコ は サダヨ の セ を さすりながら、 タンガン する よう に アイジョ を こう よう に コトウ や クラチ や アイコ まで を みまわした。 それら の ヒトビト は いずれ も ココロ いたげ な カオイロ を みせて いない では なかった。 しかし ヨウコ から みる と それ は みんな ニセモノ だった。
やがて コトウ は ヘイエイ への キト イシャ を たのむ と いって かえって いった。 ヨウコ は、 ヒトリ でも、 どんな ヒト でも サダヨ の ミヂカ から はなれて ゆく の を つらく おもった。 そんな ヒトタチ は タショウ でも サダヨ の イノチ を イッショ に もって いって しまう よう に おもわれて ならなかった。
ヒ は とっぷり くれて しまった けれども どこ の トジマリ も しない この イエ に、 コトウ が いって よこした イシャ が やって きた。 そして サダヨ は あきらか に チョウ チブス に かかって いる と シンダン されて しまった。
42
「オネエサマ…… いっちゃ いやあ……」
まるで ヨッツ か イツツ の ヨウジ の よう に がんぜなく ワガママ に なって しまった サダヨ の コエ を ききのこしながら ヨウコ は ビョウシツ を でた。 おりから じめじめ と ふりつづいて いる サミダレ に、 ロウカ には ヨアケ から の ウスグラサ が そのまま のこって いた。 ハクイ を きた カンゴフ が くらい だだっぴろい ロウカ を、 ウワゾウリ の おおきな オト を させながら アンナイ に たった。 トオカ の ヨ も、 ヨルヒル の ミサカイ も なく、 オビ も とかず に カンゴ の テ を つくした ヨウコ は、 どうか する と ふらふら と なって、 アタマ だけ が ゴタイ から はなれて どこ とも なく ただよって ゆく か とも おもう よう な フシギ な サッカク を かんじながら、 それでも キンチョウ しきった ココロモチ に なって いた。 スベテ の オンキョウ、 スベテ の シキサイ が キョクド に コチョウ されて その カンカク に ふれて きた。 サダヨ が チョウ チブス と シンダン された その バン、 ヨウコ は タンカ に のせられた その あわれ な ちいさな イモウト に つきそって この ダイガク ビョウイン の カクリシツ に きて しまった の で ある が、 その とき わかれた なり で、 クラチ は イチド も ビョウイン を たずねて は こなかった の だ。 ヨウコ は アイコ ヒトリ が ルス する サンナイ の イエ の ほう に、 すこし フアンシン では ある けれども いつか ヒマ を やった ツヤ を よびよせて おこう と おもって、 ヤドモト に いって やる と、 ツヤ は あれ から カンゴフ を シガン して キョウバシ の ほう の ある ビョウイン に いる と いう こと が しれた ので、 やむ を えず クラチ の ゲシュク から トシ を とった ジョチュウ を ヒトリ たのんで いて もらう こと に した。 ビョウイン に きて から の トオカ―― それ は キノウ から キョウ に かけて の こと の よう に みじかく おもわれ も し、 1 ニチ が 1 ネン に ソウトウ する か と うたがわれる ほど ながく も かんじられた。
その ながく かんじられる ほう の キカン には、 クラチ と アイコ との スガタ が フアン と シット との タイショウ と なって ヨウコ の ココロ の メ に たちあらわれた。 ヨウコ の イエ を あずかって いる モノ は クラチ の ゲシュク から きた オンナ だ と する と、 それ は クラチ の イヌ と いって も よかった。 そこ に ヒトリ のこされた アイコ…… ながい ジカン の アイダ に どんな こと でも おこりえず に いる もの か。 そう キ を まわしだす と ヨウコ は サダヨ の シンダイ の ソバ に いて、 ネツ の ため に クチビル が かさかさ に なって、 ハンブン メ を あけた まま コンスイ して いる その ちいさな カオ を みつめて いる とき でも、 おもわず かっと なって そこ を とびだそう と する よう な ショウドウ に かりたてられる の だった。
しかし また みじかく かんじられる ほう の キカン には ただ サダヨ ばかり が いた。 スエコ と して リョウシン から なめる ほど デキアイ も され、 ヨウコ の ユイイツ の チョウジ とも され、 ケンコウ で、 カイカツ で、 ムジャキ で、 ワガママ で、 ビョウキ と いう こと など は ついぞ しらなかった その コ は、 ひきつづいて チチ を うしない、 ハハ を うしない、 ヨウコ の ビョウテキ な ジュソ の ギセイ と なり、 とつぜん シビョウ に とりつかれて、 ユメ にも ウツツ にも おもい も かけなかった シ と むかいあって、 ひたすら に おそれおののいて いる、 その スガタ は、 センジョウ の タニソコ に つづく ガケ の キワ に リョウテ だけ で たれさがった ヒト が、 そこ の ツチ が ぼろぼろ と くずれおちる たび ごと に、 ケンメイ に なって タスケ を もとめて なきさけびながら、 すこし でも テガカリ の ある もの に しがみつこう と する の を みる の と ことならなかった。 しかも そんな ハメ に サダヨ を おとしいれて しまった の は けっきょく ジブン に セキニン の ダイブブン が ある と おもう と、 ヨウコ は イトシサ カナシサ で ムネ も ハラワタ も さける よう に なった。 サダヨ が しぬ に して も、 せめては ジブン だけ は サダヨ を あいしぬいて しなせたかった。 サダヨ を かりにも いじめる とは…… まるで テンシ の よう な ココロ で ジブン を しんじきり あいしぬいて くれて いた サダヨ を かりにも モギドウ に とりあつかった とは…… ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ の ラチナサ オソロシサ に くいて も くいて も およばない クイ を かんじた。 そこ まで せんじつめて くる と、 ヨウコ には クラチ も なかった。 ただ イノチ に かけて も サダヨ を ビョウキ から すくって、 サダヨ が モトドオリ に つやつやしい ケンコウ に かえった とき、 サダヨ を ダイジ に ダイジ に ジブン の ムネ に かきいだいて やって、
「サア ちゃん オマエ は よく こそ なおって くれた ね。 ネエサン を うらまない で おくれ。 ネエサン は もう イマ まで の こと を みんな コウカイ して、 これから は アナタ を いつまでも いつまでも ゴショウ ダイジ に して あげます から ね」
と しみじみ と なきながら いって やりたかった。 ただ それ だけ の ネガイ に かたまって しまった。 そうした ココロモチ に なって いる と、 ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎた。 シ の ほう へ サダヨ を つれて ゆく ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎる と おもえた。
この キカイ な ココロ の カットウ に くわえて、 ヨウコ の ケンコウ は この トオカ ほど の はげしい コウフン と カツドウ と で みじめ にも そこない きずつけられて いる らしかった。 キンチョウ の キョクテン に いる よう な イマ の ヨウコ には さほど と おもわれない よう にも あった が、 サダヨ が しぬ か なおる か して ヒトイキ つく とき が きたら、 どうして ニクタイ を ささえる こと が できよう か と あやぶまない では いられない ヨカン が きびしく ヨウコ を おそう シュンカン は イクド も あった。
そうした クルシミ の サイチュウ に めずらしく クラチ が たずねて きた の だった。 ちょうど なにもかも わすれて サダヨ の こと ばかり キ に して いた ヨウコ は、 この アンナイ を きく と、 まるで うまれかわった よう に その ココロ は クラチ で いっぱい に なって しまった。
ビョウシツ の ナカ から さけび に さけぶ サダヨ の コエ が ロウカ まで ひびいて きこえた けれども、 ヨウコ は それ には トンジャク して いられない ほど ムキ に なって カンゴフ の アト を おった。 あるきながら エモン を ととのえて、 レイ の ヒダリテ を あげて ビン の ケ を キヨウ に かきあげながら、 オウセツシツ の ところ まで くる と、 そこ は さすが に イクブン か あかるく なって いて、 ヒラキド の ソバ の ガラスマド の ムコウ に ガンジョウ な クラチ と、 おもい も かけず オカ の きゃしゃ な スガタ と が ながめられた。
ヨウコ は カンゴフ の いる の も オカ の いる の も わすれた よう に いきなり クラチ に ちかづいて、 その ムネ に ジブン の カオ を うずめて しまった。 ナニ より も かに より も ながい ながい アイダ あいえず に いた クラチ の ムネ は、 カズ カギリ も ない レンソウ に かざられて、 スベテ の ギワク や フカイ を イッソウ する に たる ほど なつかしかった。 クラチ の ムネ から は ふれなれた キヌザワリ と、 キョウレツ な ハダ の ニオイ と が、 ヨウコ の ビョウテキ に こうじた カンカク を ランスイ さす ほど に つたわって きた。
「どう だ、 ちっと は いい か」
「おお この コエ だ、 この コエ だ」 ……ヨウコ は かく おもいながら かなしく なった。 それ は ながい アイダ ヤミ の ナカ に とじこめられて いた モノ が ぐうぜん ヒ の ヒカリ を みた とき に ムネ を ついて わきでて くる よう な カナシサ だった。 ヨウコ は ジブン の タチバ を ことさら あわれ に えがいて みたい ショウドウ を かんじた。
「ダメ です。 サダヨ は、 かわいそう に しにます」
「バカ な…… アナタ にも にあわん、 そう はよう ラクタン する ホウ が ある もの かい。 どれ ひとつ みまって やろう」
そう いいながら クラチ は サッキ から そこ に いた カンゴフ の ほう に ふりむいた ヨウス だった。 そこ に カンゴフ も オカ も いる と いう こと は ちゃんと しって いながら、 ヨウコ は ダレ も いない もの の よう な ココロモチ で ふるまって いた の を おもう と、 ジブン ながら コノゴロ は ココロ が くるって いる の では ない か と さえ うたがった。 カンゴフ は クラチ と ヨウコ との タイワブリ で、 この うつくしい フジン の スジョウ を のみこんだ と いう よう な カオ を して いた。 オカ は さすが に つつましやか に シンツウ の イロ を カオ に あらわして イス の セ に テ を かけた まま たって いた。
「ああ、 オカ さん アナタ も わざわざ おみまい くださって ありがとう ございました」
ヨウコ は すこし アイサツ の キカイ を おくらした と おもいながら も やさしく こう いった。 オカ は ホオ を あかめた まま だまって うなずいた。
「ちょうど イマ みえた もん だで ゴイッショ した が、 オカ さん は ここ で オカエリ を ねがった が いい と おもう が…… (そう いって クラチ は オカ の ほう を みた) なにしろ ビョウキ が ビョウキ です から……」
「ワタシ、 サダヨ さん に ぜひ おあい したい と おもいます から どうか おゆるし ください」
オカ は おもいいった よう に こう いって、 ちょうど そこ に カンゴフ が もって きた 2 マイ の しろい ウワッパリ の ウチ すこし ふるく みえる 1 マイ を とって クラチ より も サキ に きはじめた。 ヨウコ は オカ を みる と もう ヒトツ の タクラミ を ココロ の ウチ で あんじだして いた。 オカ を できる だけ たびたび サンナイ の イエ の ほう に あそび に ゆかせて やろう。 それ は クラチ と アイコ と が セッショク する キカイ を いくらか でも ふせげる ケッカ に なる に ちがいない。 オカ と アイコ と が たがいに あいしあう よう に なったら…… なった と して も それ は わるい ケッカ と いう こと は できない。 オカ は ビョウシン では ある けれども チイ も あれば カネ も ある。 それ は アイコ のみ ならず、 ジブン の ショウライ に とって も ヤク に たつ に ソウイ ない。 ……と そう おもう すぐ その シタ から、 どうしても ムシ の すかない アイコ が、 ヨウコ の イシ の モト に すっかり つなぎつけられて いる よう な オカ を ぬすんで ゆく の を みなければ ならない の が つらにくく も ねたましく も あった。
ヨウコ は フタリ の オトコ を アンナイ しながら サキ に たった。 くらい ながい ロウカ の リョウガワ に たちならんだ ビョウシツ の ナカ から は、 コキュウ コンナン の ナカ から かすれた よう な コエ で ディフテリヤ らしい ヨウジ の なきさけぶ の が きこえたり した。 サダヨ の ビョウシツ から は ヒトリ の カンゴフ が なかば ミ を のりだして、 ヘヤ の ナカ に むいて ナニ か いいながら、 しきり と こっち を ながめて いた。 サダヨ の ナニ か いいつのる コトバ さえ が ヨウコ の ミミ に とどいて きた。 その シュンカン に もう ヨウコ は そこ に クラチ の いる こと など も わすれて、 イソギアシ で その ほう に はしりちかづいた。
「そら もう かえって いらっしゃいました よ」
と いいながら カオ を ひっこめた カンゴフ に つづいて、 とびこむ よう に ビョウシツ に はいって みる と、 サダヨ は ランボウ にも シンダイ の ウエ に おきあがって、 ヒザコゾウ も あらわ に なる ほど とりみだした スガタ で、 テ を カオ に あてた まま おいおい と ないて いた。 ヨウコ は おどろいて シンダイ に ちかよった。
「なんと いう アナタ は キキワケ の ない…… サア ちゃん その ビョウキ で、 アナタ、 シンダイ から おきあがったり する と いつまでも なおり は しません よ。 アナタ の すき な クラチ の オジサン と オカ さん が オミマイ に きて くださった の です よ。 はっきり わかります か、 そら、 そこ を ごらん、 ヨコ に なって から」
そう いいいい ヨウコ は いかにも アイジョウ に みちた キヨウ な テツキ で かるく サダヨ を かかえて トコ の ウエ に ねかしつけた。 サダヨ の カオ は イマ まで さかん な ウンドウ でも して いた よう に うつくしく いきいき と アカミ が さして、 ふさふさ した カミノケ は すこし もつれて あせばんで ヒタイギワ に ねばりついて いた。 それ は ビョウキ を おもわせる より も カジョウ の ケンコウ と でも いう べき もの を おもわせた。 ただ その リョウガン と クチビル だけ は あきらか に ジンジョウ で なかった。 すっかり ジュウケツ した その メ は フダン より も おおきく なって、 フタエマブタ に なって いた。 その ヒトミ は ネツ の ため に もえて、 おどおど と ナニモノ か を みつめて いる よう にも、 ナニ か を みいだそう と して たずねあぐんで いる よう にも みえた。 その ヨウス は たとえば ヨウコ を みいって いる とき でも、 ヨウコ を つらぬいて ヨウコ の ウシロ の ほう はるか の ところ に ある モノ を みきわめよう と あらん カギリ の チカラ を つくして いる よう だった。 クチビル は ジョウゲ とも からから に なって、 ウチムラサキ と いう カンルイ の ミ を むいて テンピ に ほした よう に かわいて いた。 それ は みる も いたいたしかった。 その クチビル の ナカ から コウネツ の ため に イッシュ の シュウキ が コキュウ の たび ごと に はきだされる、 その シュウキ が クチビル の いちじるしい ユガメカタ の ため に、 メ に みえる よう だった。 サダヨ は ヨウコ に チュウイ されて ものうげ に すこし メ を そらして クラチ と オカ との いる ほう を みた が、 それ が どうした ん だ と いう よう に、 すこし の キョウミ も みせず に また ヨウコ を みいりながら せっせと カタ を ゆすって くるしげ な コキュウ を つづけた。
「オネエサマ…… ミズ…… コオリ…… もう いっちゃ いや……」
これ だけ かすか に いう と もう くるしそう に メ を つぶって ほろほろ と オオツブ の ナミダ を こぼす の だった。
クラチ は インウツ な アマアシ で ハイイロ に なった ガラスマド を ハイケイ に して つったちながら、 だまった まま フアン-らしく クビ を かしげた。 オカ は ヒゴロ の めった に なかない セイシツ に にず、 クラチ の ウシロ に そっと ひきそって なみだぐんで いた。 ヨウコ には ウシロ を ふりむいて みない でも それ が メ に みる よう に はっきり わかった。 サダヨ の こと は ジブン ヒトリ で しょって たつ。 ヨケイ な アワレミ は かけて もらいたく ない。 そんな いらいらしい ハンコウテキ な ココロモチ さえ その バアイ おこらず には いなかった。 すぐる トオカ と いう もの イチド も みまう こと を せず に いて、 いまさら その ゆゆしげ な カオツキ は ナン だ。 そう クラチ に でも オカ に でも いって やりたい ほど ヨウコ の ココロ は とげとげしく なって いた。 で、 ヨウコ は ウシロ を ふりむき も せず に、 ハシ の サキ に つけた ダッシメン を コオリミズ の ナカ に ひたして は、 サダヨ の クチ を ぬぐって いた。
こう やって ものの やや 20 プン が すぎた。 カザリケ も なにも ない イタバリ の ビョウシツ には だんだん ユウグレ の イロ が もよおして きた。 サミダレ は じめじめ と コヤミ なく コガイ では ふりつづいて いた。 「オネエサマ なおして ちょうだい よう」 とか 「くるしい…… くるしい から オクスリ を ください」 とか 「もう ネツ を はかる の は いや」 とか ときどき ウワゴト の よう に いって は、 ヨウコ の テ に かじりつく サダヨ の スガタ は いつ イキ を ひきとる かも しれない と ヨウコ に おもわせた。
「では もう かえりましょう か」
クラチ が オカ を うながす よう に こう いった。 オカ は クラチ に たいし ヨウコ に たいして すこし の アイダ ヘンジ を あえて する の を はばかって いる ヨウス だった が、 とうとう おもいきって、 クラチ に むかって いって いながら すこし ヨウコ に たいして タンガン する よう な チョウシ で、
「ワタシ、 キョウ は なんにも ヨウ が ありません から、 こちら に のこらして いただいて、 ヨウコ さん の オテツダイ を したい と おもいます から、 オサキ に おかえり ください」
と いった。 オカ は ひどく イシ が よわそう に みえながら イチド おもいいって いいだした こと は、 とうとう しおおせず には おかない こと を、 ヨウコ も クラチ も イマ まで の ケイケン から しって いた。 ヨウコ は けっきょく それ を ゆるす ホカ は ない と おもった。
「じゃ ワシ は オサキ する が オヨウ さん ちょっと……」
と いって クラチ は イリグチ の ほう に しざって いった。 おりから サダヨ は すやすや と コンスイ に おちいって いた ので、 ヨウコ は そっと ジブン の ソデ を とらえて いる サダヨ の テ を ほどいて、 クラチ の アト から ビョウシツ を でた。 ビョウシツ を でる と すぐ ヨウコ は もう サダヨ を カンゴ して いる ヨウコ では なかった。
ヨウコ は すぐに クラチ に ひきそって カタ を ならべながら ロウカ を オウセツシツ の ほう に つたって いった。
「オマエ は ずいぶん と つかれとる よ。 ヨウジン せん と いかん ぜ」
「だいじょうぶ…… こっち は だいじょうぶ です。 それにしても アナタ は…… おいそがしかった ん でしょう ね」
たとえば ジブン の コトバ は カドバリ で、 それ を クラチ の シンゾウ に もみこむ と いう よう な するどい ゴキ に なって そう いった。
「まったく いそがしかった。 あれ から ワシ は オマエ の ウチ には イチド も よう いかず に いる ん だ」
そう いった クラチ の ヘンジ には いかにも ワダカマリ が なかった。 ヨウコ の するどい コトバ にも すこしも ヒケメ を かんじて いる フウ は みえなかった。 ヨウコ で さえ が あやうく それ を しんじよう と する ほど だった。 しかし その シュンカン に ヨウコ は ツバメガエシ に ジブン に かえった。 ナニ を イイカゲン な…… それ は シラジラシサ が すこし すぎて いる。 この トオカ の アイダ に、 クラチ に とって は コノウエ も ない キカイ の あたえられた トオカ の アイダ に、 スギモリ の ナカ の さびしい イエ に その アシアト の しるされなかった わけ が ある もの か。 ……さらぬだに、 やみはて つかれはてた ズノウ に、 キョクド の キンチョウ を くわえた ヨウコ は、 ぐらぐら と よろけて アシモト が ロウカ の イタ に ついて いない よう な フンヌ に おそわれた。
オウセツシツ まで きて ウワッパリ を ぬぐ と、 カンゴフ が フンムキ を もって きて クラチ の ミノマワリ に ショウドクヤク を ふりかけた。 その かすか な ニオイ が ようやく ヨウコ を はっきり した イシキ に かえらした。 ヨウコ の ケンコウ が イチニチ イチニチ と いわず、 1 ジカン ごと にも どんどん よわって ゆく の が ミ に しみて しれる に つけて、 クラチ の どこ にも ヒテン の ない よう な ガンジョウ な ゴタイ にも ココロ にも、 ヨウコ は ヤリドコロ の ない ヒガミ と ニクシミ を かんじた。 クラチ に とって は ヨウコ は だんだん と ヨウ の ない もの に なって ゆきつつ ある。 たえず ナニ か めあたらしい ボウケン を もとめて いる よう な クラチ に とって は、 ヨウコ は もう チリギワ の ハナ に すぎない。
カンゴフ が その ヘヤ を でる と、 クラチ は マド の ところ に よって いって、 カクシ の ナカ から おおきな ワニガワ の ポッケットブック を とりだして、 10 エン サツ の かなり の タバ を ひきだした。 ヨウコ は その ポッケットブック にも イロイロ の キオク を もって いた。 タケシバ-カン で イチヤ を すごした その アサ にも、 ソノゴ の たびたび の アイビキ の アト の シハライ にも、 ヨウコ は クラチ から その ポッケットブック を うけとって、 ゼイタク な シハライ を ココロモチ よく した の だった。 そして そんな キオク は もう ニド とは くりかえせそう も なく、 なんとなく ヨウコ には おもえた。 そんな こと を させて なる もの か と おもいながら も、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に よわく なって いた。
「また たらなく なったら いつでも いって よこす が いい から…… オレ の ほう の シゴト は どうも おもしろく なくなって きおった。 マサイ の ヤツ ナニ か ヨウイ ならぬ ワルサ を しおった ヨウス も ある し、 ユダン が ならん。 たびたび オレ が ここ に くる の も カンガエモノ だて」
シヘイ を わたしながら こう いって クラチ は オウセツシツ を でた。 かなり ぬれて いる らしい クツ を はいて、 アマミズ で おもそう に なった ヨウガサ を ばさばさ いわせながら ひらいて、 クラチ は かるい アイサツ を のこした まま ユウヤミ の ナカ に きえて ゆこう と した。 アイダ を おいて ミチワキ に ともされた デントウ の ヒ が、 ぬれた アオバ を すべりおちて ヌカルミ の ナカ に リン の よう な ヒカリ を ただよわして いた。 その ナカ を だんだん ナンモン の ほう に とおざかって ゆく クラチ を みおくって いる と ヨウコ は とても そのまま そこ に いのこって は いられなく なった。
ダレ の ハキモノ とも しらず そこ に あった アズマ ゲタ を つっかけて ヨウコ は アメ の ナカ を ゲンカン から はしりでて クラチ の アト を おった。 そこ に ある ヒロバ には ケヤキ や サクラ の キ が まばら に たって いて、 ダイキボ な ゾウチク の ため の ザイリョウ が、 レンガ や イシ や、 トコロドコロ に つみあげて あった。 トウキョウ の チュウオウ に こんな ところ が ある か と おもわれる ほど ものさびしく しずか で、 ガイトウ の ヒカリ の とどく ところ だけ に しろく ひかって ナナメ に アメ の そそぐ の が ほのか に みえる ばかり だった。 さむい とも あつい とも さらに かんじなく すごして きた ヨウコ は、 アメ が エリアシ に おちた ので はじめて さむい と おもった。 カントウ に ときどき おそって くる ときならぬ ヒエビ で その ヒ も あった らしい。 ヨウコ は かるく ミブルイ しながら、 イチズ に クラチ の アト を おった。 やや 14~15 ケン も サキ に いた クラチ は アシオト を ききつけた と みえて たちどまって ふりかえった。 ヨウコ が おいついた とき には、 カタ は いいかげん ぬれて、 アメ の シズク が マエガミ を つたって ヒタイ に ながれかかる まで に なって いた。 ヨウコ は かすか な ヒカリ に すかして、 クラチ が メイワク そう な カオツキ で たって いる の を しった。 ヨウコ は ワレ にも なく クラチ が カサ を もつ ため に スイヘイ に まげた その ウデ に すがりついた。
「サッキ の オカネ は おかえし します。 ギリズク で タニン から して いただく ん では ムネ が つかえます から……」
クラチ の ウデ の ところ で ヨウコ の すがりついた テ は ぶるぶる と ふるえた。 カサ から は シタタリ が ことさら しげく おちて、 ヒトエ を ぬけて ヨウコ の ハダ に にじみとおった。 ヨウコ は、 ネツビョウ カンジャ が つめたい もの に ふれた とき の よう な フカイ な オカン を かんじた。
「オマエ の シンケイ は まったく すこし どうか しとる ぜ。 オレ の こと を すこし は おもって みて くれて も よかろう が…… うたがう にも ひがむ にも ホド が あって いい はず だ。 オレ は これまで に どんな フテクサレ を した。 いえる なら いって みろ」
さすが に クラチ も キ に さえて いる らしく みえた。
「いえない よう に ジョウズ に フテクサレ を なさる の じゃ、 いおう ったって いえ や しません わね。 なぜ アナタ は はっきり ヨウコ には あきた、 もう ヨウ が ない と おいい に なれない の。 おとこらしく も ない。 さ、 とって くださいまし これ を」
ヨウコ は シヘイ の タバ を わなわな する テサキ で クラチ の ムネ の ところ に おしつけた。
「そして ちゃんと オクサン を およびもどし なさいまし。 それ で なにもかも モトドオリ に なる ん だ から。 はばかりながら……」
「アイコ は」 と クチモト まで いいかけて、 ヨウコ は オソロシサ に イキ を ひいて しまった。 クラチ の サイクン の こと まで いった の は その ヨ が はじめて だった。 これほど ロコツ な シット の コトバ は、 オトコ の ココロ を ヨウコ から とおざからす ばかり だ と しりぬいて つつしんで いた くせ に、 ヨウコ は ワレ にも なく、 がみがみ と イモウト の こと まで いって のけよう と する ジブン に あきれて しまった。
ヨウコ が そこ まで はしりでて きた の は、 わかれる マエ に もう イチド クラチ の つよい ウデ で その あたたかく ひろい ムネ に いだかれたい ため だった の だ。 クラチ に アクタレグチ を きいた シュンカン でも ヨウコ の ネガイ は そこ に あった。 それ にも かかわらず クチ の ウエ では まったく ハンタイ に、 クラチ を ジブン から どんどん はなれさす よう な こと を いって のけて いる の だ。
ヨウコ の コトバ が つのる に つれて、 クラチ は ヒトメ を はばかる よう に アタリ を みまわした。 タガイタガイ に ころしあいたい ほど の シュウチャク を かんじながら、 それ を いいあらわす こと も しんずる こと も できず、 ヨウ も ない サイギ と フマン と に さえぎられて、 みるみる ロボウ の ヒト の よう に とおざかって ゆかねば ならぬ、 ――その おそろしい ウンメイ を ヨウコ は ことさら ツウセツ に かんじた。 クラチ が アタリ を みまわした―― それ だけ の キョドウ が、 キ を みはからって いきなり そこ を にげだそう と する もの の よう にも おもいなされた。 ヨウコ は クラチ に たいする ゾウオ の ココロ を せつない まで に つのらしながら、 ますます アイテ の ウデ に かたく よりそった。
しばらく の チンモク の ノチ、 クラチ は いきなり ヨウガサ を そこ に かなぐりすてて、 ヨウコ の アタマ を ミギウデ で まきすくめよう と した。 ヨウコ は ホンノウテキ に はげしく それ に さからった。 そして シヘイ の タバ を ヌカルミ の ナカ に たたきつけた。 そして フタリ は ヤジュウ の よう に あらそった。
「カッテ に せい…… バカッ」
やがて そう はげしく いいすてる と おもう と、 クラチ は ウデ の チカラ を キュウ に ゆるめて、 ヨウガサ を ひろいあげる なり、 アト をも むかず に ナンモン の ほう に むいて ずんずん と あるきだした。 フンヌ と シット と に コウフン しきった ヨウコ は ヤッキ と なって その アト を おおう と した が、 アシ は しびれた よう に うごかなかった。 ただ だんだん とおざかって ゆく ウシロスガタ に たいして、 あつい ナミダ が トメド なく ながれおちる ばかり だった。
しめやか な オト を たてて アメ は ふりつづけて いた。 カクリ ビョウシツ の ある カギリ の マド には かんかん と ヒ が ともって、 しろい カーテン が ひいて あった。 インサン な ビョウシツ に そう あかあか と ヒ の ともって いる の は かえって アタリ を ものすさまじく して みせた。
ヨウコ は シヘイ の タバ を ひろいあげる ほか、 スベ の ない の を しって、 しおしお と それ を ひろいあげた。 サダヨ の ニュウインリョウ は なんと いって も それ で しはらう より シヨウ が なかった から。 イイヨウ の ない クヤシナミダ が さらに わきかえった。
ハシゴダン の アガリグチ には アイコ が アネ を よび に ゆこう か ゆくまい か と シアン する らしく たって いた。 そこ を とおりぬけて ジブン の ヘヤ に きて みる と、 ムナゲ を あらわ に エリ を ひろげて、 セル の リョウソデ を たかだか と まくりあげた クラチ が、 アグラ を かいた まま、 デントウ の ヒ の シタ に ジュクシ の よう に あかく なって こっち を むいて いたけだか に なって いた。 コトウ は グンプク の ヒザ を きちんと おって マッスグ に かたく すわって、 ヨウコ には ウシロ を むけて いた。 それ を みる と もう ヨウコ の シンケイ は びりびり と さかだって ジブン ながら どう シヨウ も ない ほど あれすさんで きて いた。 「なにもかも いや だ、 どうでも カッテ に なる が いい」 すると すぐ アタマ が おもく かぶさって きて、 フクブ の ドンツウ が ナマリ の おおきな タマ の よう に コシ を しいたげた。 それ は ニジュウ に ヨウコ を いらいら させた。
「アナタガタ は いったい ナニ を そんな に いいあって いらっしゃる の」
もう そこ には ヨウコ は タクト を もちいる ヨユウ さえ もって いなかった。 しじゅう ハラ の ソコ に レイセイサ を うしなわない で、 あらん カギリ の ヒョウジョウ を カッテ に ソウジュウ して どんな ナンカン でも、 ヨウコ に トクユウ な シカタ で きりひらいて ゆく そんな ヨユウ は その バ には とても でて こなかった。
「ナニ を と いって この コトウ と いう セイネン は あまり レイギ を わきまえん から よ。 キムラ さん の シンユウ シンユウ と フタコトメ には ハナ に かけた よう な こと を いわるる が、 ワシ も ワシ で キムラ さん から は たのまれとる ん だ から、 ヒトリヨガリ の こと は いうて もらわん でも いい の だ。 それ を つべこべ ろくろく アナタ の セワ も みず に おきながら、 いいたてなさる ので、 スジ が ちがって いよう と いって きかせて あげた ところ だ。 コトウ さん、 アナタ シツレイ だ が いったい イクツ です」
ヨウコ に いって きかせる でも なく そう いって、 クラチ は また コトウ の ほう に むきなおった。 コトウ は この ブジョク に たいして クチゴタエ の コトバ も でない よう に ゲッコウ して だまって いた。
「こたえる が はずかしければ しいて も きくまい。 が、 いずれ ハタチ は すぎて いられる の だろう。 ハタチ すぎた オトコ が アナタ の よう に レイギ も わきまえず に ヒト の セイカツ の ウチワ に まで たちいって モノ を いう は バカ の ショウコ です よ。 オトコ が モノ を いう なら かんがえて から いう が いい」
そう いって クラチ は コトバ の ゲッコウ して いる ワリアイ に、 また ミカケ の いかにも いたけだか な ワリアイ に、 ジュウブン の ヨユウ を みせて、 そらうそぶく よう に ウチミズ を した ニワ の ほう を みながら ウチワ を つかった。
コトウ は しばらく だまって いて から ウシロ を ふりあおいで ヨウコ を みやりつつ、
「ヨウコ さん…… まあ、 す、 すわって ください」
と すこし どもる よう に しいて おだやか に いった。 ヨウコ は その とき はじめて、 ワレ にも なく それまで そこ に つったった まま ぼんやり して いた の を しって、 ジブン に かつて ない よう な トンキョ な こと を して いた の に キ が ついた。 そして ジブン ながら コノゴロ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら フタリ の アイダ に、 できる だけ キ を おちつけて ザ に ついた。 コトウ の カオ を みる と やや あおざめて、 コメカミ の ところ に ふとい スジ を たてて いた。 ヨウコ は その ジブン に なって はじめて すこし ずつ ジブン を カイフク して いた。
「コトウ さん、 クラチ さん は すこし オサケ を めしあがった ところ だ から こんな とき むずかしい オハナシ を なさる の は よく ありません でした わ。 ナン です か しりません けれども コンヤ は もう その オハナシ は きれい に やめましょう。 いかが?…… また ゆっくり ね…… あ、 アイ さん、 アナタ オニカイ に いって ヌイカケ を オオイソギ で しあげて おいて ちょうだい、 ネエサン が あらかた して しまって ある けれども……」
そう いって サッキ から ちくいち フタリ の ソウロン を きいて いた らしい アイコ を カイジョウ に おいあげた。 しばらく して コトウ は ようやく おちついて ジブン の コトバ を みいだした よう に、
「クラチ さん に モノ を いった の は ボク が まちがって いた かも しれません。 じゃ クラチ さん を マエ に おいて アナタ に いわして ください。 オセジ でも なんでも なく、 ボク は ハジメ から アナタ には クラチ さん なんか には ない セイジツ な ところ が、 どこ か に かくれて いる よう に おもって いた ん です。 ボク の いう こと を その セイジツ な ところ で ハンダン して ください」
「まあ キョウ は もう いい じゃ ありません か、 ね。 ワタシ、 アナタ の おっしゃろう と する こと は よっく わかって います わ。 ワタシ けっして あだ や おろそか には おもって いません ホントウ に。 ワタシ だって かんがえて は います わ。 そのうち とっくり ワタシ の ほう から うかがって いただきたい と おもって いた くらい です から それまで……」
「キョウ きいて ください。 グンタイ セイカツ を して いる と 3 ニン で こうして おはなし する キカイ は そう ありそう には ありません。 もう キエイ の ジカン が せまって います から、 ながく オハナシ は できない けれども…… それだから ガマン して きいて ください」
それなら なんでも カッテ に いって みる が いい、 シギ に よって は だまって は いない から と いう ハラ を、 かすか に ヒニク に ひらいた クチビル に みせて ヨウコ は コトウ に ミミ を かす タイド を みせた。 クラチ は しらん フリ を して ニワ の ほう を みつづけて いた。 コトウ は クラチ を まったく ドガイシ した よう に ヨウコ の ほう に むきなおって、 ヨウコ の メ に ジブン の メ を さだめた。 ソッチョク な あからさま な その メ には その バアイ に すら こどもじみた シュウチ の イロ を たたえて いた。 レイ の ごとく コトウ は ムネ の キンボタン を はめたり はずしたり しながら、
「ボク は イマ まで ジブン の インジュン から アナタ に たいして も キムラ に たいして も ホントウ に ユウジョウ-らしい ユウジョウ を あらわさなかった の を はずかしく おもいます。 ボク は とうに もっと どうか しなければ いけなかった ん です けれども…… キムラ、 キムラ って キムラ の こと ばかり いう よう です けれども、 キムラ の こと を いう の は アナタ の こと を いう の も おなじ だ と ボク は おもう ん です が、 アナタ は イマ でも キムラ と ケッコン する キ が たしか に ある ん です か ない ん です か、 クラチ さん の マエ で それ を はっきり ボク に きかせて ください。 ナニゴト も そこ から シュッパツ して いかなければ この ハナシ は ひっきょう マワリ ばかり まわる こと に なります から。 ボク は アナタ が キムラ と ケッコン する キ は ない と いわれて も けっして それ を どう と いう ん じゃ ありません。 キムラ は キノドク です。 あの オトコ は ヒョウメン は あんな に ラクテンテキ に みえて いて、 イシ が つよそう だ けれども、 ずいぶん なみだっぽい ほう だ から、 その シツボウ は おもいやられます。 けれども それだって シカタ が ない。 だいいち ハジメ から ムリ だった から…… アナタ の オハナシ の よう なら……。 しかし ジジョウ が ジジョウ だった とは いえ、 アナタ は なぜ いや なら いや と…… そんな カコ を いった ところ が はじまらない から やめましょう。 ……ヨウコ さん、 アナタ は ホントウ に ジブン を かんがえて みて、 どこ か まちがって いる と おもった こと は ありません か。 ゴカイ して は こまります よ、 ボク は アナタ が まちがって いる と いう つもり じゃ ない ん です から。 タニン の こと を タニン が ハンダン する こと なんか は できない こと だ けれども、 ボク は アナタ が どこ か フシゼン に みえて いけない ん です。 よく ヨノナカ では ジンセイ の こと は そう タンジュン に いく もん じゃ ない と いいます が、 そして アナタ の セイカツ なんぞ を みて いる と、 それ は ごく ガイメンテキ に みて いる から そう みえる の かも しれない けれども、 じっさい ずいぶん フクザツ-らしく おもわれます が、 そう ある べき こと なん でしょう か。 もっと もっと クリアー に サン-クリアー に ジブン の チカラ だけ の こと、 トク だけ の こと を して くらせそう な もの だ と ボク ジシン は おもう ん です がね…… ボク にも そう で なくなる ジダイ が くる かも しらない けれども、 イマ の ボク と して は そう より かんがえられない ん です。 イチジ は コンザツ も き、 フワ も き、 ケンカ も くる か は しれない が、 けっきょく は そう する より シカタ が ない と おもいます よ。 アナタ の こと に ついて も ボク は マエ から そういう ふう に はっきり かたづけて しまいたい とは おもって いた ん です けれど、 コソク な ココロ から それまで に いかず とも いい ケッカ が うまれて き は しない か と おもったり して キョウ まで ドッチツカズ で すごして きた ん です。 しかし もう この イジョウ ボク には ガマン が できなく なりました。
クラチ さん と アナタ と ケッコン なさる なら なさる で キムラ も あきらめる より ホカ に ミチ は ありません。 キムラ に とって は くるしい こと だろう が、 ボク から かんがえる と ドッチツカズ で ハンモン して いる の より どれだけ いい か わかりません。 だから クラチ さん に イコウ を うかがおう と すれば、 クラチ さん は アタマ から ボク を バカ に して ハナシ を シンミ に うけて は くださらない ん です」
「バカ に される ほう が わるい のよ」
クラチ は ニワ の ほう から カオ を かえして、 「どこ まで バカ に できあがった オトコ だろう」 と いう よう に ニガワライ を しながら コトウ を みやって、 また しらぬ カオ に ニワ の ほう を むいて しまった。
「そりゃ そう だ。 バカ に される ボク は バカ だろう。 しかし アナタ には…… アナタ には ボクラ が もってる リョウシン と いう もの が ない ん だ。 それ だけ は バカ でも ボク には わかる。 アナタ が バカ と いわれる の と、 ボク が ジブン を バカ と おもって いる それ とは、 イミ が ちがいます よ」
「その とおり、 アナタ は バカ だ と おもいながら、 どこ か ココロ の スミ で 『ナニ バカ な もの か』 と おもいよる し、 ワタシ は アナタ を うそほんなし に バカ と いう だけ の ソウイ が ある よ」
「アナタ は キノドク な ヒト です」
コトウ の メ には イカリ と いう より も、 ある はげしい カンジョウ の ナミダ が うすく やどって いた。 コトウ の ココロ の ウチ の いちばん おくふかい ところ が けがされない まま で、 ふと メ から のぞきだした か と おもわれる ほど、 その ナミダ を ためた メ は イッシュ の チカラ と キヨサ と を もって いた。 さすが の クラチ も その ヒトコト には コトバ を かえす こと なく、 フシギ そう に コトウ の カオ を みた。 ヨウコ も おもわず イッシュ あらたまった キブン に なった。 そこ には これまで みなれて いた コトウ は いなく なって、 その カワリ に ゴマカシ の きかない つよい チカラ を もった ヒトリ の ジュンケツ な セイネン が ひょっこり あらわれでた よう に みえた。 ナニ を いう か、 また イツモ の よう な アリキタリ の ドウトクロン を ふりまわす と おもいながら、 イッシュ の ケイブ を もって だまって きいて いた ヨウコ は、 この ヒトコト で、 いわば コトウ を カベギワ に おもいぞんぶん おしつけて いた クラチ が てもなく はじきかえされた の を みた。 コトバ の ウエ や シウチ の ウエ や で いかに コウアツテキ に でて みて も、 どう する こと も できない よう な シンジツサ が コトウ から あふれでて いた。 それ に はむかう には シンジツ で はむかう ホカ は ない。 クラチ は それ を もちあわして いる か どう か ヨウコ には ソウゾウ が つかなかった。 その バアイ クラチ は しばらく コトウ の カオ を フシギ そう に みやった ノチ、 ヘイキ な カオ を して ゼン から サカズキ を とりあげて、 のみのこして ひえた サケ を テレカクシ の よう に あおりつけた。 ヨウコ は この とき コトウ と こんな チョウシ で むかいあって いる の が おそろしくって ならなく なった。 コトウ の メノマエ で ひょっと する と イマ まで きずいて きた セイカツ が くずれて しまいそう な キグ を さえ かんじた。 で、 そのまま だまって クラチ の マネ を する よう だ が、 ヘイキ を よそおいつつ キセル を とりあげた。 その バ の シウチ と して は つたない ヤリカタ で ある の を はがゆく は おもいながら。
コトウ は しばらく コトバ を とぎらして いた が、 また あらたまって ヨウコ の ほう に はなしかけた。
「そう あらたまらない で ください。 そのかわり おもった だけ の こと を イイカゲン に して おかず に はなしあわせて みて ください。 いい です か。 アナタ と クラチ さん との これまで の セイカツ は、 ボク みたい な ムケイケン な モノ にも、 ギモン と して かたづけて おく こと の できない よう な ジジツ を かんじさせる ん です。 それ に たいする アナタ の ベンカイ は キベン と より ボク には ひびかなく なりました。 ボク の にぶい チョッカク で すら が そう かんがえる の です。 だから この サイ アナタ と クラチ さん との カンケイ を あきらか に して、 アナタ から キムラ に イツワリ の ない コクハク を して いただきたい ん です。 キムラ が ヒトリ で セイカツ に くるしみながら タトエヨウ の ない ギワク の ウチ に もがいて いる の を すこし でも ソウゾウ して みたら…… イマ の アナタ には それ を ヨウキュウ する の は ムリ かも しれない けれども……。 だいいち こんな フアンテイ な ジョウタイ から アナタ は アイコ さん や サダヨ さん を すくう ギム が ある と おもいます よ ボク は。 アナタ だけ に かぎられず に、 シホウ ハッポウ の ヒト の ココロ に ひびく と いう の は おそろしい こと だ とは ホントウ に アナタ には おもえません かねえ。 ボク には ソバ で みて いる だけ でも おそろしい がなあ。 ヒト には いつか ソウカンジョウ を しなければ ならない とき が くる ん だ。 いくら カリ に なって いて も びくとも しない と いう ジシン も なくって、 ずるずるべったり に ムハンセイ に カリ ばかり つくって いる の は かんがえて みる と フアン じゃ ない でしょう か。 ヨウコ さん、 アナタ には うつくしい セイジツ が ある ん だ。 ボク は それ を しって います。 キムラ に だけ は どうした ワケ か ベツ だ けれども、 アナタ は ビタイチモン でも カリ を して いる と おもう と ネゴコチ が わるい と いう よう な キショウ を もって いる じゃ ありません か。 それに ココロ の シャッキン なら いくら シャッキン を して いて も ヘイキ で いられる わけ は ない と おもいます よ。 なぜ アナタ は このんで それ を ふみにじろう と ばかり して いる ん です。 そんな なさけない こと ばかり して いて は ダメ じゃ ありません か。 ……ボク は はっきり おもう とおり を いいあらわしえない けれども…… いおう と して いる こと は わかって くださる でしょう」
コトウ は おもいいった ふう で、 アブラ で よごれた テ を イクド も マックロ に ヒ に やけた メガシラ の ところ に もって いった。 カ が ぶんぶん と せめかけて くる の も わすれた よう だった。 ヨウコ は コトウ の コトバ を もう それ イジョウ は きいて いられなかった。 せっかく そっと して おいた ココロ の ヨドミ が かきまわされて、 みまい と して いた きたない もの が ぬらぬら と メノマエ に うきでて くる よう でも あった。 ぬりつぶし ぬりつぶし して いた ココロ の カベ に ヒビ が はいって、 そこ から オモテ も むけられない しろい ヒカリ が ちらと さす よう にも おもった。 もう しかし それ は すべて あまり おそい。 ヨウコ は そんな もの を ムシ して かかる ホカ に ミチ が ない と おもった。 ごまかして いけない と コトウ の いった コトバ は その シュンカン にも すぐ ヨウコ に きびしく こたえた けれども、 ヨウコ は おしきって そんな コトバ を かなぐりすてない では いられない と ジブン から あきらめた。
「よく わかりました。 アナタ の おっしゃる こと は いつでも ワタシ には よく わかります わ。 そのうち ワタシ きっと キムラ の ほう に テガミ を だす から アンシン して くださいまし。 コノゴロ は アナタ の ほう が キムラ イジョウ に シンケイシツ に なって いらっしゃる よう だ けれども、 ゴシンセツ は よく ワタシ にも わかります わ。 クラチ さん だって アナタ の オココロモチ は つうじて いる に ちがいない ん です けれども、 アナタ が…… なんと いったら いい でしょう ねえ…… アナタ が あんまり マショウメン から おっしゃる もん だ から、 つい ムカッパラ を おたて なすった ん でしょう。 そう でしょう、 ね、 クラチ さん。 ……こんな いや な オハナシ は これ だけ に して イモウト たち でも よんで おもしろい オハナシ でも しましょう」
「ボク が もっと えらい と、 いう こと が もっと ふかく ミナサン の ココロ に はいる ん です が、 ボク の いう こと は ホントウ の こと だ と おもう ん だ けれども シカタ が ありません。 それじゃ きっと キムラ に かいて やって ください。 ボク ジシン は なにも モノズキ-らしく その ナイヨウ を しりたい とは おもってる わけ じゃ ない ん です から……」
コトウ が まだ ナニ か いおう と して いる とき に アイコ が セイトン-ブロシキ の できあがった の を もって、 2 カイ から おりて きた。 コトウ は アイコ から それ を うけとる と おもいだした よう に あわてて トケイ を みた。 ヨウコ は それ には トンジャク しない よう に、
「アイ さん あれ を コトウ さん に オメ に かけよう。 コトウ さん ちょっと まって いらしって ね。 イマ おもしろい もの を オメ に かける から。 サア ちゃん は 2 カイ? いない の? どこ に いった ん だろう…… サア ちゃん!」
こう いって ヨウコ が よぶ と ダイドコロ の ほう から サダヨ が うちしずんだ カオ を して ないた アト の よう に ホオ を あかく して はいって きた。 やはり ジブン の いった コトバ に したがって ヒトリポッチ で ダイドコロ に いって ススギモノ を して いた の か と おもう と、 ヨウコ は もう ムネ が せまって メ の ウチ が あつく なる の だった。
「さあ フタリ で このあいだ ガッコウ で ならって きた ダンス を して コトウ さん と クラチ さん と に オメ に おかけ。 ちょっと コティロン の よう で また かわって います の。 さ」
フタリ は 10 ジョウ の ザシキ の ほう に たって いった。 クラチ は これ を キッカケ に からっと カイカツ に なって、 イマ まで の こと は わすれた よう に、 コトウ にも ビショウ を あたえながら 「それ は おもしろかろう」 と いいつつ アト に つづいた。 アイコ の スガタ を みる と コトウ も つりこまれる ふう に みえた。 ヨウコ は けっして それ を みのがさなかった。
カレン な スガタ を した アネ と イモウト とは 10 ジョウ の デントウ の モト に むかいあって たった。 アイコ は いつでも そう な よう に こんな バアイ でも いかにも レイセイ だった。 フツウ ならば その トシゴロ の ショウジョ と して は、 ヤリドコロ も ない シュウチ を かんずる はず で ある のに、 アイコ は すこし メ を ふせて いる ホカ には しらじら と して いた。 きゃっきゃっ と うれしがったり はずかしがったり する サダヨ は その ヨ は どうした もの か ただ ものうげ に そこ に しょんぼり と たった。 その ヨ の フタリ は ミョウ に ムカンジョウ な イッツイ の うつくしい オドリテ だった。 ヨウコ が 「イチ、 ニ、 サン」 と アイズ を する と、 フタリ は リョウテ を コシボネ の ところ に おきそえて しずか に カイセン しながら まいはじめた。 ヘイエイ の ナカ ばかり に いて うつくしい もの を まったく みなかった らしい コトウ は、 しばらく は ナニゴト も わすれた よう に こうこつ と して フタリ の えがく キョクセン の サマザマ に みとれて いた。
と とつぜん サダヨ が リョウソデ を カオ に あてた と おもう と、 キュウ に マイ の ワ から それて、 イッサン に ゲンカンワキ の 6 ジョウ に かけこんだ。 6 ジョウ に たっしない うち に いたましく すすりなく コエ が きこえだした。 コトウ は はっと あわてて そっち に ゆこう と した が、 アイコ が ヒトリ に なって も、 カオイロ も うごかさず に おどりつづけて いる の を みる と そのまま また たちどまった。 アイコ は ジブン の しおおす べき ツトメ を しおおせる こと に ココロ を あつめる ヨウス で まいつづけた。
「アイ さん ちょっと おまち」
と いった ヨウコ の コエ は ひくい ながら キヌ を さく よう に カンペキ-らしい チョウシ に なって いた。 ベッシツ に イモウト の かけこんだ の を ミムキ も しない アイコ の フニンジョウサ を いきどおる イカリ と、 めいぜられた こと を チュウト ハンパ で やめて しまった サダヨ を いきどおる イカリ と で ヨウコ は ジセイ が できない ほど ふるえて いた。 アイコ は しずか に そこ に リョウテ を コシ から おろして たちどまった。
「サア ちゃん ナン です その シツレイ は。 でて おいでなさい」
ヨウコ は はげしく リンシツ に むかって こう さけんだ。 リンシツ から サダヨ の すすりなく コエ が あわれ にも まざまざ と きこえて くる だけ だった。 だきしめて も だきしめて も あきたらない ほど の アイチャク を そのまま うらがえした よう な ニクシミ が、 ヨウコ の ココロ を ヒ の よう に した。 ヨウコ は アイコ に きびしく いいつけて サダヨ を 6 ジョウ から よびかえさした。
やがて その 6 ジョウ から でて きた アイコ は、 さすが に フアン な オモモチ を して いた。 くるしくって たまらない と いう から ヒタイ に テ を あてて みたら ヒ の よう に あつい と いう の だ。
ヨウコ は おもわず ぎょっと した。 うまれおちる と から ビョウキ ヒトツ せず に そだって きた サダヨ は マエ から ハツネツ して いた の を ジブン で しらず に いた に ちがいない。 きむずかしく なって から 1 シュウカン ぐらい に なる から、 ナニ か の ネツビョウ に かかった と すれば ビョウキ は かなり すすんで いる はず だ。 ひょっと する と サダヨ は もう しぬ…… それ を ヨウコ は チョッカク した よう に おもった。 メノマエ で セカイ が キュウ に くらく なった。 デントウ の ヒカリ も みえない ほど に アタマ の ナカ が くらい ウズマキ で いっぱい に なった。 ええ、 いっそ の こと しんで くれ。 この チマツリ で クラチ が ジブン に はっきり つながれて しまわない と ダレ が いえよう。 ヒトミ ゴクウ に して しまおう。 そう ヨウコ は キョウフ の ゼッチョウ に ありながら ミョウ に しんと した ココロモチ で おもいめぐらした。 そして そこ に ぼんやり した まま つったって いた。
いつのまに いった の か、 クラチ と コトウ と が 6 ジョウ の マ から クビ を だした。
「オヨウ さん…… ありゃ ないた ため ばかり の ネツ じゃ ない。 はやく きて ごらん」
クラチ の あわてる よう な コエ が きこえた。
それ を きく と ヨウコ は はじめて コト の シンソウ が わかった よう に、 ユメ から めざめた よう に、 キュウ に アタマ が はっきり して 6 ジョウ の マ に はしりこんだ。 サダヨ は ひときわ セタケ が ちぢまった よう に ちいさく まるまって、 ザブトン に カオ を うずめて いた。 ヒザ を ついて ソバ に よって ウナジ の ところ を さわって みる と、 キミ の わるい ほど の ネツ が ヨウコ の テ に つたわって きた。
その シュンカン に ヨウコ の ココロ は デングリガエシ を うった。 いとしい サダヨ に つらく あたったら、 そして もし サダヨ が その ため に イノチ を おとす よう な こと でも あったら、 クラチ を だいじょうぶ つかむ こと が できる と なにがなし に おもいこんで、 しかも それ を ジッコウ した メイシン とも モウソウ とも タトエヨウ の ない、 キョウキ-じみた ケチガン が なんの ク も なく ばらばら に くずれて しまって、 その アト には どうか して サダヨ を いかしたい と いう すなお な なみだぐましい ネガイ ばかり が しみじみ と はたらいて いた。 ジブン の あいする モノ が しぬ か いきる か の サカイメ に きた と おもう と、 セイ への シュウチャク と シ への キョウフ と が、 イマ まで ソウゾウ も およばなかった ツヨサ で ひしひし と かんぜられた。 ジブン を ヤツザキ に して も サダヨ の イノチ は とりとめなくて は ならぬ。 もし サダヨ が しねば それ は ジブン が ころした ん だ。 なにも しらない、 カミ の よう な ショウジョ を…… ヨウコ は あらぬ こと まで カッテ に ソウゾウ して カッテ に くるしむ ジブン を たしなめる つもり で いて も、 それ イジョウ に シュジュ な ヨソウ が はげしく アタマ の ナカ で はたらいた。
ヨウコ は サダヨ の セ を さすりながら、 タンガン する よう に アイジョ を こう よう に コトウ や クラチ や アイコ まで を みまわした。 それら の ヒトビト は いずれ も ココロ いたげ な カオイロ を みせて いない では なかった。 しかし ヨウコ から みる と それ は みんな ニセモノ だった。
やがて コトウ は ヘイエイ への キト イシャ を たのむ と いって かえって いった。 ヨウコ は、 ヒトリ でも、 どんな ヒト でも サダヨ の ミヂカ から はなれて ゆく の を つらく おもった。 そんな ヒトタチ は タショウ でも サダヨ の イノチ を イッショ に もって いって しまう よう に おもわれて ならなかった。
ヒ は とっぷり くれて しまった けれども どこ の トジマリ も しない この イエ に、 コトウ が いって よこした イシャ が やって きた。 そして サダヨ は あきらか に チョウ チブス に かかって いる と シンダン されて しまった。
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「オネエサマ…… いっちゃ いやあ……」
まるで ヨッツ か イツツ の ヨウジ の よう に がんぜなく ワガママ に なって しまった サダヨ の コエ を ききのこしながら ヨウコ は ビョウシツ を でた。 おりから じめじめ と ふりつづいて いる サミダレ に、 ロウカ には ヨアケ から の ウスグラサ が そのまま のこって いた。 ハクイ を きた カンゴフ が くらい だだっぴろい ロウカ を、 ウワゾウリ の おおきな オト を させながら アンナイ に たった。 トオカ の ヨ も、 ヨルヒル の ミサカイ も なく、 オビ も とかず に カンゴ の テ を つくした ヨウコ は、 どうか する と ふらふら と なって、 アタマ だけ が ゴタイ から はなれて どこ とも なく ただよって ゆく か とも おもう よう な フシギ な サッカク を かんじながら、 それでも キンチョウ しきった ココロモチ に なって いた。 スベテ の オンキョウ、 スベテ の シキサイ が キョクド に コチョウ されて その カンカク に ふれて きた。 サダヨ が チョウ チブス と シンダン された その バン、 ヨウコ は タンカ に のせられた その あわれ な ちいさな イモウト に つきそって この ダイガク ビョウイン の カクリシツ に きて しまった の で ある が、 その とき わかれた なり で、 クラチ は イチド も ビョウイン を たずねて は こなかった の だ。 ヨウコ は アイコ ヒトリ が ルス する サンナイ の イエ の ほう に、 すこし フアンシン では ある けれども いつか ヒマ を やった ツヤ を よびよせて おこう と おもって、 ヤドモト に いって やる と、 ツヤ は あれ から カンゴフ を シガン して キョウバシ の ほう の ある ビョウイン に いる と いう こと が しれた ので、 やむ を えず クラチ の ゲシュク から トシ を とった ジョチュウ を ヒトリ たのんで いて もらう こと に した。 ビョウイン に きて から の トオカ―― それ は キノウ から キョウ に かけて の こと の よう に みじかく おもわれ も し、 1 ニチ が 1 ネン に ソウトウ する か と うたがわれる ほど ながく も かんじられた。
その ながく かんじられる ほう の キカン には、 クラチ と アイコ との スガタ が フアン と シット との タイショウ と なって ヨウコ の ココロ の メ に たちあらわれた。 ヨウコ の イエ を あずかって いる モノ は クラチ の ゲシュク から きた オンナ だ と する と、 それ は クラチ の イヌ と いって も よかった。 そこ に ヒトリ のこされた アイコ…… ながい ジカン の アイダ に どんな こと でも おこりえず に いる もの か。 そう キ を まわしだす と ヨウコ は サダヨ の シンダイ の ソバ に いて、 ネツ の ため に クチビル が かさかさ に なって、 ハンブン メ を あけた まま コンスイ して いる その ちいさな カオ を みつめて いる とき でも、 おもわず かっと なって そこ を とびだそう と する よう な ショウドウ に かりたてられる の だった。
しかし また みじかく かんじられる ほう の キカン には ただ サダヨ ばかり が いた。 スエコ と して リョウシン から なめる ほど デキアイ も され、 ヨウコ の ユイイツ の チョウジ とも され、 ケンコウ で、 カイカツ で、 ムジャキ で、 ワガママ で、 ビョウキ と いう こと など は ついぞ しらなかった その コ は、 ひきつづいて チチ を うしない、 ハハ を うしない、 ヨウコ の ビョウテキ な ジュソ の ギセイ と なり、 とつぜん シビョウ に とりつかれて、 ユメ にも ウツツ にも おもい も かけなかった シ と むかいあって、 ひたすら に おそれおののいて いる、 その スガタ は、 センジョウ の タニソコ に つづく ガケ の キワ に リョウテ だけ で たれさがった ヒト が、 そこ の ツチ が ぼろぼろ と くずれおちる たび ごと に、 ケンメイ に なって タスケ を もとめて なきさけびながら、 すこし でも テガカリ の ある もの に しがみつこう と する の を みる の と ことならなかった。 しかも そんな ハメ に サダヨ を おとしいれて しまった の は けっきょく ジブン に セキニン の ダイブブン が ある と おもう と、 ヨウコ は イトシサ カナシサ で ムネ も ハラワタ も さける よう に なった。 サダヨ が しぬ に して も、 せめては ジブン だけ は サダヨ を あいしぬいて しなせたかった。 サダヨ を かりにも いじめる とは…… まるで テンシ の よう な ココロ で ジブン を しんじきり あいしぬいて くれて いた サダヨ を かりにも モギドウ に とりあつかった とは…… ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ の ラチナサ オソロシサ に くいて も くいて も およばない クイ を かんじた。 そこ まで せんじつめて くる と、 ヨウコ には クラチ も なかった。 ただ イノチ に かけて も サダヨ を ビョウキ から すくって、 サダヨ が モトドオリ に つやつやしい ケンコウ に かえった とき、 サダヨ を ダイジ に ダイジ に ジブン の ムネ に かきいだいて やって、
「サア ちゃん オマエ は よく こそ なおって くれた ね。 ネエサン を うらまない で おくれ。 ネエサン は もう イマ まで の こと を みんな コウカイ して、 これから は アナタ を いつまでも いつまでも ゴショウ ダイジ に して あげます から ね」
と しみじみ と なきながら いって やりたかった。 ただ それ だけ の ネガイ に かたまって しまった。 そうした ココロモチ に なって いる と、 ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎた。 シ の ほう へ サダヨ を つれて ゆく ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎる と おもえた。
この キカイ な ココロ の カットウ に くわえて、 ヨウコ の ケンコウ は この トオカ ほど の はげしい コウフン と カツドウ と で みじめ にも そこない きずつけられて いる らしかった。 キンチョウ の キョクテン に いる よう な イマ の ヨウコ には さほど と おもわれない よう にも あった が、 サダヨ が しぬ か なおる か して ヒトイキ つく とき が きたら、 どうして ニクタイ を ささえる こと が できよう か と あやぶまない では いられない ヨカン が きびしく ヨウコ を おそう シュンカン は イクド も あった。
そうした クルシミ の サイチュウ に めずらしく クラチ が たずねて きた の だった。 ちょうど なにもかも わすれて サダヨ の こと ばかり キ に して いた ヨウコ は、 この アンナイ を きく と、 まるで うまれかわった よう に その ココロ は クラチ で いっぱい に なって しまった。
ビョウシツ の ナカ から さけび に さけぶ サダヨ の コエ が ロウカ まで ひびいて きこえた けれども、 ヨウコ は それ には トンジャク して いられない ほど ムキ に なって カンゴフ の アト を おった。 あるきながら エモン を ととのえて、 レイ の ヒダリテ を あげて ビン の ケ を キヨウ に かきあげながら、 オウセツシツ の ところ まで くる と、 そこ は さすが に イクブン か あかるく なって いて、 ヒラキド の ソバ の ガラスマド の ムコウ に ガンジョウ な クラチ と、 おもい も かけず オカ の きゃしゃ な スガタ と が ながめられた。
ヨウコ は カンゴフ の いる の も オカ の いる の も わすれた よう に いきなり クラチ に ちかづいて、 その ムネ に ジブン の カオ を うずめて しまった。 ナニ より も かに より も ながい ながい アイダ あいえず に いた クラチ の ムネ は、 カズ カギリ も ない レンソウ に かざられて、 スベテ の ギワク や フカイ を イッソウ する に たる ほど なつかしかった。 クラチ の ムネ から は ふれなれた キヌザワリ と、 キョウレツ な ハダ の ニオイ と が、 ヨウコ の ビョウテキ に こうじた カンカク を ランスイ さす ほど に つたわって きた。
「どう だ、 ちっと は いい か」
「おお この コエ だ、 この コエ だ」 ……ヨウコ は かく おもいながら かなしく なった。 それ は ながい アイダ ヤミ の ナカ に とじこめられて いた モノ が ぐうぜん ヒ の ヒカリ を みた とき に ムネ を ついて わきでて くる よう な カナシサ だった。 ヨウコ は ジブン の タチバ を ことさら あわれ に えがいて みたい ショウドウ を かんじた。
「ダメ です。 サダヨ は、 かわいそう に しにます」
「バカ な…… アナタ にも にあわん、 そう はよう ラクタン する ホウ が ある もの かい。 どれ ひとつ みまって やろう」
そう いいながら クラチ は サッキ から そこ に いた カンゴフ の ほう に ふりむいた ヨウス だった。 そこ に カンゴフ も オカ も いる と いう こと は ちゃんと しって いながら、 ヨウコ は ダレ も いない もの の よう な ココロモチ で ふるまって いた の を おもう と、 ジブン ながら コノゴロ は ココロ が くるって いる の では ない か と さえ うたがった。 カンゴフ は クラチ と ヨウコ との タイワブリ で、 この うつくしい フジン の スジョウ を のみこんだ と いう よう な カオ を して いた。 オカ は さすが に つつましやか に シンツウ の イロ を カオ に あらわして イス の セ に テ を かけた まま たって いた。
「ああ、 オカ さん アナタ も わざわざ おみまい くださって ありがとう ございました」
ヨウコ は すこし アイサツ の キカイ を おくらした と おもいながら も やさしく こう いった。 オカ は ホオ を あかめた まま だまって うなずいた。
「ちょうど イマ みえた もん だで ゴイッショ した が、 オカ さん は ここ で オカエリ を ねがった が いい と おもう が…… (そう いって クラチ は オカ の ほう を みた) なにしろ ビョウキ が ビョウキ です から……」
「ワタシ、 サダヨ さん に ぜひ おあい したい と おもいます から どうか おゆるし ください」
オカ は おもいいった よう に こう いって、 ちょうど そこ に カンゴフ が もって きた 2 マイ の しろい ウワッパリ の ウチ すこし ふるく みえる 1 マイ を とって クラチ より も サキ に きはじめた。 ヨウコ は オカ を みる と もう ヒトツ の タクラミ を ココロ の ウチ で あんじだして いた。 オカ を できる だけ たびたび サンナイ の イエ の ほう に あそび に ゆかせて やろう。 それ は クラチ と アイコ と が セッショク する キカイ を いくらか でも ふせげる ケッカ に なる に ちがいない。 オカ と アイコ と が たがいに あいしあう よう に なったら…… なった と して も それ は わるい ケッカ と いう こと は できない。 オカ は ビョウシン では ある けれども チイ も あれば カネ も ある。 それ は アイコ のみ ならず、 ジブン の ショウライ に とって も ヤク に たつ に ソウイ ない。 ……と そう おもう すぐ その シタ から、 どうしても ムシ の すかない アイコ が、 ヨウコ の イシ の モト に すっかり つなぎつけられて いる よう な オカ を ぬすんで ゆく の を みなければ ならない の が つらにくく も ねたましく も あった。
ヨウコ は フタリ の オトコ を アンナイ しながら サキ に たった。 くらい ながい ロウカ の リョウガワ に たちならんだ ビョウシツ の ナカ から は、 コキュウ コンナン の ナカ から かすれた よう な コエ で ディフテリヤ らしい ヨウジ の なきさけぶ の が きこえたり した。 サダヨ の ビョウシツ から は ヒトリ の カンゴフ が なかば ミ を のりだして、 ヘヤ の ナカ に むいて ナニ か いいながら、 しきり と こっち を ながめて いた。 サダヨ の ナニ か いいつのる コトバ さえ が ヨウコ の ミミ に とどいて きた。 その シュンカン に もう ヨウコ は そこ に クラチ の いる こと など も わすれて、 イソギアシ で その ほう に はしりちかづいた。
「そら もう かえって いらっしゃいました よ」
と いいながら カオ を ひっこめた カンゴフ に つづいて、 とびこむ よう に ビョウシツ に はいって みる と、 サダヨ は ランボウ にも シンダイ の ウエ に おきあがって、 ヒザコゾウ も あらわ に なる ほど とりみだした スガタ で、 テ を カオ に あてた まま おいおい と ないて いた。 ヨウコ は おどろいて シンダイ に ちかよった。
「なんと いう アナタ は キキワケ の ない…… サア ちゃん その ビョウキ で、 アナタ、 シンダイ から おきあがったり する と いつまでも なおり は しません よ。 アナタ の すき な クラチ の オジサン と オカ さん が オミマイ に きて くださった の です よ。 はっきり わかります か、 そら、 そこ を ごらん、 ヨコ に なって から」
そう いいいい ヨウコ は いかにも アイジョウ に みちた キヨウ な テツキ で かるく サダヨ を かかえて トコ の ウエ に ねかしつけた。 サダヨ の カオ は イマ まで さかん な ウンドウ でも して いた よう に うつくしく いきいき と アカミ が さして、 ふさふさ した カミノケ は すこし もつれて あせばんで ヒタイギワ に ねばりついて いた。 それ は ビョウキ を おもわせる より も カジョウ の ケンコウ と でも いう べき もの を おもわせた。 ただ その リョウガン と クチビル だけ は あきらか に ジンジョウ で なかった。 すっかり ジュウケツ した その メ は フダン より も おおきく なって、 フタエマブタ に なって いた。 その ヒトミ は ネツ の ため に もえて、 おどおど と ナニモノ か を みつめて いる よう にも、 ナニ か を みいだそう と して たずねあぐんで いる よう にも みえた。 その ヨウス は たとえば ヨウコ を みいって いる とき でも、 ヨウコ を つらぬいて ヨウコ の ウシロ の ほう はるか の ところ に ある モノ を みきわめよう と あらん カギリ の チカラ を つくして いる よう だった。 クチビル は ジョウゲ とも からから に なって、 ウチムラサキ と いう カンルイ の ミ を むいて テンピ に ほした よう に かわいて いた。 それ は みる も いたいたしかった。 その クチビル の ナカ から コウネツ の ため に イッシュ の シュウキ が コキュウ の たび ごと に はきだされる、 その シュウキ が クチビル の いちじるしい ユガメカタ の ため に、 メ に みえる よう だった。 サダヨ は ヨウコ に チュウイ されて ものうげ に すこし メ を そらして クラチ と オカ との いる ほう を みた が、 それ が どうした ん だ と いう よう に、 すこし の キョウミ も みせず に また ヨウコ を みいりながら せっせと カタ を ゆすって くるしげ な コキュウ を つづけた。
「オネエサマ…… ミズ…… コオリ…… もう いっちゃ いや……」
これ だけ かすか に いう と もう くるしそう に メ を つぶって ほろほろ と オオツブ の ナミダ を こぼす の だった。
クラチ は インウツ な アマアシ で ハイイロ に なった ガラスマド を ハイケイ に して つったちながら、 だまった まま フアン-らしく クビ を かしげた。 オカ は ヒゴロ の めった に なかない セイシツ に にず、 クラチ の ウシロ に そっと ひきそって なみだぐんで いた。 ヨウコ には ウシロ を ふりむいて みない でも それ が メ に みる よう に はっきり わかった。 サダヨ の こと は ジブン ヒトリ で しょって たつ。 ヨケイ な アワレミ は かけて もらいたく ない。 そんな いらいらしい ハンコウテキ な ココロモチ さえ その バアイ おこらず には いなかった。 すぐる トオカ と いう もの イチド も みまう こと を せず に いて、 いまさら その ゆゆしげ な カオツキ は ナン だ。 そう クラチ に でも オカ に でも いって やりたい ほど ヨウコ の ココロ は とげとげしく なって いた。 で、 ヨウコ は ウシロ を ふりむき も せず に、 ハシ の サキ に つけた ダッシメン を コオリミズ の ナカ に ひたして は、 サダヨ の クチ を ぬぐって いた。
こう やって ものの やや 20 プン が すぎた。 カザリケ も なにも ない イタバリ の ビョウシツ には だんだん ユウグレ の イロ が もよおして きた。 サミダレ は じめじめ と コヤミ なく コガイ では ふりつづいて いた。 「オネエサマ なおして ちょうだい よう」 とか 「くるしい…… くるしい から オクスリ を ください」 とか 「もう ネツ を はかる の は いや」 とか ときどき ウワゴト の よう に いって は、 ヨウコ の テ に かじりつく サダヨ の スガタ は いつ イキ を ひきとる かも しれない と ヨウコ に おもわせた。
「では もう かえりましょう か」
クラチ が オカ を うながす よう に こう いった。 オカ は クラチ に たいし ヨウコ に たいして すこし の アイダ ヘンジ を あえて する の を はばかって いる ヨウス だった が、 とうとう おもいきって、 クラチ に むかって いって いながら すこし ヨウコ に たいして タンガン する よう な チョウシ で、
「ワタシ、 キョウ は なんにも ヨウ が ありません から、 こちら に のこらして いただいて、 ヨウコ さん の オテツダイ を したい と おもいます から、 オサキ に おかえり ください」
と いった。 オカ は ひどく イシ が よわそう に みえながら イチド おもいいって いいだした こと は、 とうとう しおおせず には おかない こと を、 ヨウコ も クラチ も イマ まで の ケイケン から しって いた。 ヨウコ は けっきょく それ を ゆるす ホカ は ない と おもった。
「じゃ ワシ は オサキ する が オヨウ さん ちょっと……」
と いって クラチ は イリグチ の ほう に しざって いった。 おりから サダヨ は すやすや と コンスイ に おちいって いた ので、 ヨウコ は そっと ジブン の ソデ を とらえて いる サダヨ の テ を ほどいて、 クラチ の アト から ビョウシツ を でた。 ビョウシツ を でる と すぐ ヨウコ は もう サダヨ を カンゴ して いる ヨウコ では なかった。
ヨウコ は すぐに クラチ に ひきそって カタ を ならべながら ロウカ を オウセツシツ の ほう に つたって いった。
「オマエ は ずいぶん と つかれとる よ。 ヨウジン せん と いかん ぜ」
「だいじょうぶ…… こっち は だいじょうぶ です。 それにしても アナタ は…… おいそがしかった ん でしょう ね」
たとえば ジブン の コトバ は カドバリ で、 それ を クラチ の シンゾウ に もみこむ と いう よう な するどい ゴキ に なって そう いった。
「まったく いそがしかった。 あれ から ワシ は オマエ の ウチ には イチド も よう いかず に いる ん だ」
そう いった クラチ の ヘンジ には いかにも ワダカマリ が なかった。 ヨウコ の するどい コトバ にも すこしも ヒケメ を かんじて いる フウ は みえなかった。 ヨウコ で さえ が あやうく それ を しんじよう と する ほど だった。 しかし その シュンカン に ヨウコ は ツバメガエシ に ジブン に かえった。 ナニ を イイカゲン な…… それ は シラジラシサ が すこし すぎて いる。 この トオカ の アイダ に、 クラチ に とって は コノウエ も ない キカイ の あたえられた トオカ の アイダ に、 スギモリ の ナカ の さびしい イエ に その アシアト の しるされなかった わけ が ある もの か。 ……さらぬだに、 やみはて つかれはてた ズノウ に、 キョクド の キンチョウ を くわえた ヨウコ は、 ぐらぐら と よろけて アシモト が ロウカ の イタ に ついて いない よう な フンヌ に おそわれた。
オウセツシツ まで きて ウワッパリ を ぬぐ と、 カンゴフ が フンムキ を もって きて クラチ の ミノマワリ に ショウドクヤク を ふりかけた。 その かすか な ニオイ が ようやく ヨウコ を はっきり した イシキ に かえらした。 ヨウコ の ケンコウ が イチニチ イチニチ と いわず、 1 ジカン ごと にも どんどん よわって ゆく の が ミ に しみて しれる に つけて、 クラチ の どこ にも ヒテン の ない よう な ガンジョウ な ゴタイ にも ココロ にも、 ヨウコ は ヤリドコロ の ない ヒガミ と ニクシミ を かんじた。 クラチ に とって は ヨウコ は だんだん と ヨウ の ない もの に なって ゆきつつ ある。 たえず ナニ か めあたらしい ボウケン を もとめて いる よう な クラチ に とって は、 ヨウコ は もう チリギワ の ハナ に すぎない。
カンゴフ が その ヘヤ を でる と、 クラチ は マド の ところ に よって いって、 カクシ の ナカ から おおきな ワニガワ の ポッケットブック を とりだして、 10 エン サツ の かなり の タバ を ひきだした。 ヨウコ は その ポッケットブック にも イロイロ の キオク を もって いた。 タケシバ-カン で イチヤ を すごした その アサ にも、 ソノゴ の たびたび の アイビキ の アト の シハライ にも、 ヨウコ は クラチ から その ポッケットブック を うけとって、 ゼイタク な シハライ を ココロモチ よく した の だった。 そして そんな キオク は もう ニド とは くりかえせそう も なく、 なんとなく ヨウコ には おもえた。 そんな こと を させて なる もの か と おもいながら も、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に よわく なって いた。
「また たらなく なったら いつでも いって よこす が いい から…… オレ の ほう の シゴト は どうも おもしろく なくなって きおった。 マサイ の ヤツ ナニ か ヨウイ ならぬ ワルサ を しおった ヨウス も ある し、 ユダン が ならん。 たびたび オレ が ここ に くる の も カンガエモノ だて」
シヘイ を わたしながら こう いって クラチ は オウセツシツ を でた。 かなり ぬれて いる らしい クツ を はいて、 アマミズ で おもそう に なった ヨウガサ を ばさばさ いわせながら ひらいて、 クラチ は かるい アイサツ を のこした まま ユウヤミ の ナカ に きえて ゆこう と した。 アイダ を おいて ミチワキ に ともされた デントウ の ヒ が、 ぬれた アオバ を すべりおちて ヌカルミ の ナカ に リン の よう な ヒカリ を ただよわして いた。 その ナカ を だんだん ナンモン の ほう に とおざかって ゆく クラチ を みおくって いる と ヨウコ は とても そのまま そこ に いのこって は いられなく なった。
ダレ の ハキモノ とも しらず そこ に あった アズマ ゲタ を つっかけて ヨウコ は アメ の ナカ を ゲンカン から はしりでて クラチ の アト を おった。 そこ に ある ヒロバ には ケヤキ や サクラ の キ が まばら に たって いて、 ダイキボ な ゾウチク の ため の ザイリョウ が、 レンガ や イシ や、 トコロドコロ に つみあげて あった。 トウキョウ の チュウオウ に こんな ところ が ある か と おもわれる ほど ものさびしく しずか で、 ガイトウ の ヒカリ の とどく ところ だけ に しろく ひかって ナナメ に アメ の そそぐ の が ほのか に みえる ばかり だった。 さむい とも あつい とも さらに かんじなく すごして きた ヨウコ は、 アメ が エリアシ に おちた ので はじめて さむい と おもった。 カントウ に ときどき おそって くる ときならぬ ヒエビ で その ヒ も あった らしい。 ヨウコ は かるく ミブルイ しながら、 イチズ に クラチ の アト を おった。 やや 14~15 ケン も サキ に いた クラチ は アシオト を ききつけた と みえて たちどまって ふりかえった。 ヨウコ が おいついた とき には、 カタ は いいかげん ぬれて、 アメ の シズク が マエガミ を つたって ヒタイ に ながれかかる まで に なって いた。 ヨウコ は かすか な ヒカリ に すかして、 クラチ が メイワク そう な カオツキ で たって いる の を しった。 ヨウコ は ワレ にも なく クラチ が カサ を もつ ため に スイヘイ に まげた その ウデ に すがりついた。
「サッキ の オカネ は おかえし します。 ギリズク で タニン から して いただく ん では ムネ が つかえます から……」
クラチ の ウデ の ところ で ヨウコ の すがりついた テ は ぶるぶる と ふるえた。 カサ から は シタタリ が ことさら しげく おちて、 ヒトエ を ぬけて ヨウコ の ハダ に にじみとおった。 ヨウコ は、 ネツビョウ カンジャ が つめたい もの に ふれた とき の よう な フカイ な オカン を かんじた。
「オマエ の シンケイ は まったく すこし どうか しとる ぜ。 オレ の こと を すこし は おもって みて くれて も よかろう が…… うたがう にも ひがむ にも ホド が あって いい はず だ。 オレ は これまで に どんな フテクサレ を した。 いえる なら いって みろ」
さすが に クラチ も キ に さえて いる らしく みえた。
「いえない よう に ジョウズ に フテクサレ を なさる の じゃ、 いおう ったって いえ や しません わね。 なぜ アナタ は はっきり ヨウコ には あきた、 もう ヨウ が ない と おいい に なれない の。 おとこらしく も ない。 さ、 とって くださいまし これ を」
ヨウコ は シヘイ の タバ を わなわな する テサキ で クラチ の ムネ の ところ に おしつけた。
「そして ちゃんと オクサン を およびもどし なさいまし。 それ で なにもかも モトドオリ に なる ん だ から。 はばかりながら……」
「アイコ は」 と クチモト まで いいかけて、 ヨウコ は オソロシサ に イキ を ひいて しまった。 クラチ の サイクン の こと まで いった の は その ヨ が はじめて だった。 これほど ロコツ な シット の コトバ は、 オトコ の ココロ を ヨウコ から とおざからす ばかり だ と しりぬいて つつしんで いた くせ に、 ヨウコ は ワレ にも なく、 がみがみ と イモウト の こと まで いって のけよう と する ジブン に あきれて しまった。
ヨウコ が そこ まで はしりでて きた の は、 わかれる マエ に もう イチド クラチ の つよい ウデ で その あたたかく ひろい ムネ に いだかれたい ため だった の だ。 クラチ に アクタレグチ を きいた シュンカン でも ヨウコ の ネガイ は そこ に あった。 それ にも かかわらず クチ の ウエ では まったく ハンタイ に、 クラチ を ジブン から どんどん はなれさす よう な こと を いって のけて いる の だ。
ヨウコ の コトバ が つのる に つれて、 クラチ は ヒトメ を はばかる よう に アタリ を みまわした。 タガイタガイ に ころしあいたい ほど の シュウチャク を かんじながら、 それ を いいあらわす こと も しんずる こと も できず、 ヨウ も ない サイギ と フマン と に さえぎられて、 みるみる ロボウ の ヒト の よう に とおざかって ゆかねば ならぬ、 ――その おそろしい ウンメイ を ヨウコ は ことさら ツウセツ に かんじた。 クラチ が アタリ を みまわした―― それ だけ の キョドウ が、 キ を みはからって いきなり そこ を にげだそう と する もの の よう にも おもいなされた。 ヨウコ は クラチ に たいする ゾウオ の ココロ を せつない まで に つのらしながら、 ますます アイテ の ウデ に かたく よりそった。
しばらく の チンモク の ノチ、 クラチ は いきなり ヨウガサ を そこ に かなぐりすてて、 ヨウコ の アタマ を ミギウデ で まきすくめよう と した。 ヨウコ は ホンノウテキ に はげしく それ に さからった。 そして シヘイ の タバ を ヌカルミ の ナカ に たたきつけた。 そして フタリ は ヤジュウ の よう に あらそった。
「カッテ に せい…… バカッ」
やがて そう はげしく いいすてる と おもう と、 クラチ は ウデ の チカラ を キュウ に ゆるめて、 ヨウガサ を ひろいあげる なり、 アト をも むかず に ナンモン の ほう に むいて ずんずん と あるきだした。 フンヌ と シット と に コウフン しきった ヨウコ は ヤッキ と なって その アト を おおう と した が、 アシ は しびれた よう に うごかなかった。 ただ だんだん とおざかって ゆく ウシロスガタ に たいして、 あつい ナミダ が トメド なく ながれおちる ばかり だった。
しめやか な オト を たてて アメ は ふりつづけて いた。 カクリ ビョウシツ の ある カギリ の マド には かんかん と ヒ が ともって、 しろい カーテン が ひいて あった。 インサン な ビョウシツ に そう あかあか と ヒ の ともって いる の は かえって アタリ を ものすさまじく して みせた。
ヨウコ は シヘイ の タバ を ひろいあげる ほか、 スベ の ない の を しって、 しおしお と それ を ひろいあげた。 サダヨ の ニュウインリョウ は なんと いって も それ で しはらう より シヨウ が なかった から。 イイヨウ の ない クヤシナミダ が さらに わきかえった。