カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 13)

2021-01-20 | アリシマ タケオ
 45

 この こと が あった ヒ から イツカ たった けれども クラチ は ぱったり こなく なった。 タヨリ も よこさなかった。 カネ も おくって は こなかった。 あまり に ヘン なので オカ に たのんで ゲシュク の ほう を しらべて もらう と ミッカ マエ に ニモツ の ダイブブン を もって リョコウ に でる と いって スガタ を かくして しまった の だ そう だ。 クラチ が いなく なる と ケイジ だ と いう オトコ が 2 ド か 3 ド イロイロ な こと を たずね に きた とも いって いる そう だ。 オカ は クラチ から の 1 ツウ の テガミ を もって かえって きた。 ヨウコ は すぐに フウ を ひらいて みた。

「コト ジュウダイ と なり スガタ を かくす。 ユウビン では ルイ を およぼさん こと を おそれ、 これ を シュジン に たくしおく。 カネ も トウブン は おくれぬ。 こまったら カザイ ドウグ を うれ。 その うち には なんとか する。 ドクゴ カチュウ」

と だけ したためて ヨウコ への アテナ も ジブン の ナ も かいて は なかった。 クラチ の シュセキ には マチガイ ない。 しかし あの ホッサ イゴ ますます ヒステリック に コンジョウ の ひねくれて しまった ヨウコ は、 テガミ を よんだ シュンカン に これ は ツクリゴト だ と おもいこまない では いられなかった。 とうとう クラチ も ジブン の テ から のがれて しまった。 やるせない ウラミ と イキドオリ が メ も くらむ ほど に アタマ の ナカ を カクラン した。
 オカ と アイコ と が すっかり うちとけた よう に なって、 オカ が ほとんど イリビタリ に ビョウイン に きて サダヨ の カイホウ を する の が ヨウコ には みて いられなく なって きた。
「オカ さん、 もう アナタ これから ここ には いらっしゃらない で くださいまし。 こんな こと に なる と ゴメイワク が アナタ に かからない とも かぎりません から。 ワタシタチ の こと は ワタシタチ が します から。 ワタシ は もう タニン に たよりたく は なくなりました」
「そう おっしゃらず に どうか ワタシ を アナタ の オソバ に おかして ください。 ワタシ、 けっして デンセン なぞ を おそれ は しません」
 オカ は クラチ の テガミ を よんで は いない の に ヨウコ は キ が ついた。 メイワク と いった の を ビョウキ の デンセン と おもいこんで いる らしい。 そう じゃ ない。 オカ が クラチ の イヌ で ない と どうして いえよう。 クラチ が オカ を とおして アイコ と インギン を かよわしあって いない と ダレ が ダンゲン できる。 アイコ は オカ を たらしこむ くらい は ヘイキ で する ムスメ だ。 ヨウコ は ジブン の アイコ ぐらい の トシゴロ の とき の ジブン の ケイケン の イチイチ が いきかえって その サイギシン を あおりたてる の に ジブン から くるしまねば ならなかった。 あの トシゴロ の とき、 おもい さえ すれば ジブン には それほど の こと は てもなく して のける こと が できた。 そして ジブン は アイコ より も もっと ムジャキ な、 おまけに カイカツ な ショウジョ で ありえた。 よって たかって ジブン を だまし に かかる の なら、 ジブン に だって して みせる こと が ある。
「そんな に オカンガエ なら おいで くださる の は オカッテ です が、 アイコ を アナタ に さしあげる こと は できない ん です から それ は ゴショウチ くださいまし よ。 ちゃんと もうしあげて おかない と アト に なって イサクサ が おこる の は いや です から…… アイ さん オマエ も きいて いる だろう ね」
 そう いって ヨウコ は タタミ の ウエ で サダヨ の ムネ に あてる シップ を ぬって いる アイコ の ほう にも ふりむいた。 うなだれた アイコ は カオ も あげず ヘンジ も しなかった から、 どんな ヨウス を カオ に みせた か を しる ヨシ は なかった が、 オカ は シュウチ の ため に ヨウコ を みかえる こと も できない くらい に なって いた。 それ は しかし オカ が ヨウコ の あまり と いえば ロコツ な コトバ を はじた の か、 ジブン の ココロモチ を あばかれた の を はじた の か ヨウコ の まよいやすく なった ココロ には しっかり と みきわめられなかった。
 これ に つけ かれ に つけ もどかしい こと ばかり だった。 ヨウコ は ジブン の メ で フタリ を カンシ して ドウジ に クラチ を カンセツ に カンシ する より ホカ は ない と おもった。 こんな こと を おもう すぐ ソバ から ヨウコ は クラチ の サイクン の こと も おもった。 イマゴロ は カレラ は のうのう と して ジャマモノ が いなく なった の を よろこびながら ヒトツイエ に すんで いない とも かぎらない の だ。 それとも クラチ の こと だ、 ダイニ ダイサン の ヨウコ が ヨウコ の フコウ を いい こと に して クラチ の ソバ に あらわれて いる の かも しれない。 ……しかし イマ の バアイ クラチ の ユクエ を たずねあてる こと は ちょっと むずかしい。
 それから と いう もの ヨウコ の ココロ は 1 ビョウ の アイダ も やすまらなかった。 もちろん イマ まで でも ヨウコ は ヒトイチバイ ココロ の はたらく オンナ だった けれども、 その コロ の よう な ハゲシサ は かつて なかった。 しかも それ が いつも オモテ から ウラ を ゆく ハタラキカタ だった。 それ は ジブン ながら まったく ジゴク の カシャク だった。
 その コロ から ヨウコ は しばしば ジサツ と いう こと を ふかく かんがえる よう に なった。 それ は ジブン でも おそろしい ほど だった。 ニクタイ の セイメイ を たつ こと の できる よう な もの さえ メ に ふれれば、 ヨウコ の ココロ は おびえながら も はっと たかなった。 ヤッキョク の マエ を とおる と ずらっと ならんだ クスリビン が ユウワク の よう に メ を いた。 カンゴフ が ボウシ を カミ に とめる ため の ながい ボウシ ピン、 テンジョウ の はって ない ユドノ の ハリ、 カンゴフシツ に うすあかい イロ を して カナダライ に たたえられた ショウコウスイ、 フハイ した ギュウニュウ、 カミソリ、 ハサミ、 ヨフケ など に ウエノ の ほう から きこえて くる キシャ の オト、 ビョウシツ から ながめられる セイリガク キョウシツ の 3 ガイ の マド、 ミッペイ された ヘヤ、 シゴキオビ、 ……なんでも かでも が ジブン の ニク を はむ ドクジャ の ごとく カマクビ を たてて ジブン を マチブセ して いる よう に おもえた。 ある とき は それら を このうえなく おそろしく、 ある とき は また このうえなく したしみぶかく ながめやった。 1 ピキ の カ に さされた とき さえ それ が マラリヤ を つたえる シュルイ で ある か ない か を うたがったり した。
「もう ジブン は この ヨノナカ に なんの ヨウ が あろう。 しに さえ すれば それ で コト は すむ の だ。 このうえ ジシン も くるしみたく ない。 ヒト も くるしめたく ない。 いや だ いや だ と おもいながら ジブン と ヒト と を くるしめて いる の が たえられない。 ネムリ だ。 ながい ネムリ だ。 それ だけ の もの だ」
と サダヨ の ネイキ を うかがいながら しっかり おもいこむ よう な とき も あった が、 ドウジ に クラチ が どこ か で いきて いる の を かんがえる と、 たちまち ツバメガエシ に シ から セイ の ほう へ、 くるしい ボンノウ の セイ の ほう へ はげしく シュウチャク して いった。 クラチ の いきてる アイダ に しんで なる もの か…… それ は シ より も つよい ユウワク だった。 イジ に かけて も、 ニクタイ の スベテ の キカン が めちゃめちゃ に なって も、 それでも いきて いて みせる。 ……ヨウコ は そして その どちら にも ホントウ の ケッシン の つかない ジブン に また くるしまねば ならなかった。
 スベテ の もの を あいして いる の か にくんで いる の か わからなかった。 サダヨ に たいして で すら そう だった。 ヨウコ は どうか する と、 ネツ に うかされて ミサカイ の なくなって いる サダヨ を、 ママハハ が ママコ を いびりぬく よう に モギドウ に とりあつかった。 そして ツギ の シュンカン には コウカイ しきって、 アイコ の マエ でも カンゴフ の マエ でも かまわず に おいおい と なきくずおれた。
 サダヨ の ビョウジョウ は わるく なる ばかり だった。
 ある とき デンセン ビョウシツ の イチョウ が きて、 ヨウコ が イマ の まま で いて は とても ケンコウ が つづかない から、 おもいきって シュジュツ を したら どう だ と カンコク した。 だまって きいて いた ヨウコ は、 すぐ オカ の サシイレグチ だ と ジャスイ して とった。 その ウシロ には アイコ が いる に ちがいない。 ヨウコ が ついて いた の では サダヨ の ビョウキ は なおる どころ か わるく なる ばかり だ (それ は ヨウコ も そう おもって いた。 ヨウコ は サダヨ を ゼンカイ させて やりたい の だ。 けれども どうしても いびらなければ いられない の だ。 それ は よく ヨウコ ジシン が しって いる と おもって いた)。 それ には ヨウコ を なんとか して サダヨ から はなして おく の が ダイイチ だ。 そんな ソウダン を イチョウ と した モノ が いない はず が ない。 ふむ、 ……うまい こと を かんがえた もの だ。 その フクシュウ は きっと して やる。 コンポンテキ に ビョウキ を なおして から して やる から みて いる が いい。 ヨウコ は イチョウ との タイワ の うち に はやくも こう ケッシン した。 そして おもいのほか てっとりばやく シュジュツ を うけよう と すすんで ヘントウ した。
 フジンカ の ヘヤ は デンセン ビョウシツ とは ずっと はなれた ところ に チカゴロ シンチク された タテモノ の ナカ に あった。 7 ガツ の ナカバ に ヨウコ は そこ に ニュウイン する こと に なった が、 その マエ に オカ と コトウ と に イライ して、 ジブン の ミヂカ に ある キチョウヒン から、 クラチ の ゲシュク に はこんで ある イルイ まで を ショブン して もらわなければ ならなかった。 カネ の デドコロ は まったく とだえて しまって いた から。 オカ が しきり と ユウズウ しよう と もうしでた の も すげなく ことわった。 オトウト ドウヨウ の ショウネン から カネ まで ユウズウ して もらう の は どうしても ヨウコ の プライド が ショウチ しなかった。
 ヨウコ は トクトウ を えらんで ヒアタリ の いい ひろびろ と した ヘヤ に はいった。 そこ は デンセン ビョウシツ とは クラベモノ にも ならない くらい シンシキ の セツビ の ととのった イゴコチ の いい ところ だった。 マド の マエ の ニワ は まだ ほりくりかえした まま で アカツチ の ウエ に クサ も はえて いなかった けれども、 ひろい ロウカ の ひややか な クウキ は すずしく ビョウシツ に とおりぬけた。 ヨウコ は 6 ガツ の スエ イライ はじめて ネドコ の ウエ に やすやす と カラダ を よこたえた。 ヒロウ が カイフク する まで しばらく の アイダ シュジュツ は みあわせる と いう ので ヨウコ は マイニチ イチド ずつ ナイシン を して もらう だけ で する こと も なく ヒ を すごした。
 しかし ヨウコ の セイシン は コウフン する ばかり だった。 ヒトリ に なって ヒマ に なって みる と、 ジブン の シンシン が どれほど ハカイ されて いる か が ジブン ながら おそろしい くらい かんぜられた。 よく こんな アリサマ で イマ まで とおして きた と おどろく ばかり だった。 シンダイ の ウエ に ねて みる と ニド と おきて あるく ユウキ も なく、 また じっさい でき も しなかった。 ただ ドンツウ と のみ おもって いた イタミ は、 どっち に ねがえって みて も ガマン の できない ほど な ゲキツウ に なって いて、 キ が くるう よう に アタマ は おもく うずいた。 ガマン にも サダヨ を みまう など と いう こと は できなかった。
 こうして ねながら にも ヨウコ は ダンペンテキ に イロイロ な こと を かんがえた。 ジブン の テモト に ある カネ の こと を まず シアン して みた。 クラチ から うけとった カネ の ノコリ と、 チョウドルイ を うりはらって もらって できた まとまった カネ と が なにも かにも これから シマイ 3 ニン を やしなって ゆく ただ ヒトツ の シホン だった。 その カネ が つかいつくされた ノチ には イマ の ところ、 ナニ を どう する と いう アテ は ツユ ほど も なかった。 ヨウコ は フダン の ヨウコ に にあわず それ が キ に なりだして シカタ が なかった。 トクトウシツ なぞ に はいりこんだ こと が コウカイ される ばかり だった。 と いって イマ に なって トウキュウ の さがった ビョウシツ に うつして もらう など とは ヨウコ と して は おもい も よらなかった。
 ヨウコ は ゼイタク な シンダイ の ウエ に ヨコ に なって、 ハネマクラ に ふかぶか と アタマ を しずめて、 ヒョウノウ を ヒタイ に あてがいながら、 かんかん と アカツチ に さして いる マナツ の ヒ の ヒカリ を、 ひろびろ と とった マド を とおして ながめやった。 そして モノゴコロ ついて から の ジブン の カコ を ハリ で もみこむ よう な アタマ の ナカ で ずっと みわたす よう に かんがえたどって みた。 そんな カコ が ジブン の もの なの か、 そう うたがって みねば ならぬ ほど に それ は はるか にも かけへだたった こと だった。 チチハハ―― ことに チチ の なめる よう な チョウアイ の モト に なにひとつ クロウ を しらず に きよい うつくしい ドウジョ と して すらすら と そだった あの ジブン が やはり ジブン の カコ なの だろう か。 キベ との コイ に よいふけって、 コクブンジ の クヌギ の ハヤシ の ナカ で、 その ムネ に ジブン の カシラ を たくして、 キベ の いう イチゴ イチゴ を ビシュ の よう に のみほした あの ショウジョ は やはり ジブン なの だろう か。 オンナ の ホコリ と いう ホコリ を イッシン に あつめた よう な ビボウ と サイノウ の モチヌシ と して、 オンナ たち から は センボウ の マト と なり、 オトコ たち から は タンビ の サイダン と された あの セイシュン の ジョセイ は やはり この ジブン なの だろう か。 ゴカイ の ウチ にも コウゲキ の ウチ にも こうぜん と クビ を もたげて、 ジブン は イマ の ニホン に うまれて く べき オンナ では なかった の だ。 フコウ にも トキ と トコロ と を まちがえて テンジョウ から おくられた オウジョ で ある と まで ジブン に たいする ホコリ に みちて いた、 あの ヨウエン な ジョセイ は まがう カタ なく ジブン なの だろう か。 エノシママル の ナカ で あじわいつくし なめつくした カンラク と トウスイ との カギリ は、 はじめて ヨ に うまれでた イキガイ を しみじみ と かんじた ほこりが な しばらく は イマ の ジブン と むすびつけて いい カコ の ヒトツ なの だろう か…… ヒ は かんかん と アカツチ の ウエ に てりつけて いた。 アブラゼミ の コエ は ゴテン の イケ を めぐる うっそう たる コダチ の ほう から しみいる よう に きこえて いた。 ちかい ビョウシツ では ケイビョウ の カンジャ が あつまって、 ナニ か みだら-らしい ザツダン に わらいきょうじて いる コエ が きこえて きた。 それ は ジッサイ なの か ユメ なの か。 それら の スベテ は はらだたしい こと なの か、 かなしい こと なの か、 わらいすつ べき こと なの か、 なげきうらまねば ならぬ こと なの か。 ……キド アイラク の どれ か ヒトツ だけ では あらわしえない、 フシギ に コウサク した カンジョウ が、 ヨウコ の メ から トメド なく ナミダ を さそいだした。 あんな セカイ が こんな セカイ に かわって しまった。 そう だ サダヨ が セイシ の サカイ に さまよって いる の は マチガイヨウ の ない ジジツ だ。 ジブン の ケンコウ が おとろえはてた の も マチガイ の ない デキゴト だ。 もし マイニチ サダヨ を みまう こと が できる の ならば このまま ここ に いる の も いい。 しかし ジブン の カラダ の ジユウ さえ イマ は きかなく なった。 シュジュツ を うければ どうせ トウブン は ミウゴキ も できない の だ。 オカ や アイコ…… そこ まで くる と ヨウコ は ユメ の ナカ に いる オンナ では なかった。 まざまざ と した ボンノウ が ぼつぜん と して その ハガミ した ものすごい カマクビ を きっと もたげる の だった。 それ も よし。 ちかく いて も カンシ の きかない の を リヨウ したくば おもうさま リヨウ する が いい。 クラチ と 3 ニン で カッテ な インボウ を くわだてる が いい。 どうせ カンシ の きかない もの なら、 ジブン は サダヨ の ため に どこ か ダイニリュウ か ダイサンリュウ の ビョウイン に うつろう。 そして いくらでも サダヨ の ほう を アンラク に して やろう。 ヨウコ は サダヨ から はなれる と イチズ に その アワレサ が ミ に しみて こう おもった。
 ヨウコ は ふと ツヤ の こと を おもいだした。 ツヤ は カンゴフ に なって キョウバシ アタリ の ビョウイン に いる と ソウカクカン から いって きた の を おもいだした。 アイコ を よびよせて デンワ で さがさせよう と ケッシン した。

 46

 マックラ な ロウカ が ふるぼけた エンガワ に なったり、 エンガワ の ツキアタリ に ハシゴダン が あったり、 ヒアタリ の いい チュウニカイ の よう な ヘヤ が あったり、 ナンド と おもわれる くらい ヘヤ に ヤネ を うちぬいて ガラス を はめて コウセン が ひいて あったり する よう な、 いわば その カイワイ に たくさん ある マチアイ の タテモノ に テ を いれて つかって いる よう な ビョウイン だった。 ツヤ は カジキ ビョウイン と いう その ビョウイン の カンゴフ に なって いた。
 ながく テンキ が つづいて、 その アト に はげしい ミナミカゼ が ふいて、 トウキョウ の シガイ は ホコリマブレ に なって、 ソラ も、 カオク も、 ジュモク も、 キナコ で まぶした よう に なった アゲク、 きもちわるく むしむし と ハダ を あせばませる よう な アメ に かわった ある ヒ の アサ、 ヨウコ は わずか ばかり な ニモツ を もって ジンリキシャ で カジキ ビョウイン に おくられた。 ウシロ の クルマ には アイコ が ニモツ の イチブブン を もって のって いた。 スダ-チョウ に でた とき、 アイコ の クルマ は ニホンバシ の トオリ を マッスグ に ヒトアシ サキ に ビョウイン に ゆかして、 ヨウコ は ソトボリ に そうた ミチ を ニッポン ギンコウ から しばらく ゆく クギダナ の ヨコチョウ に まがらせた。 ジブン の すんで いた イエ を よそながら みて とおりたい ココロモチ に なって いた から だった。 マエホロ の スキマ から のぞく の だった けれども、 1 ネン の ノチ にも そこ には さして かわった ヨウス は みえなかった。 ジブン の いた イエ の マエ で ちょっと クルマ を とまらして ナカ を のぞいて みた。 モンサツ には オジ の ナ は なくなって、 しらない タニン の セイメイ が かかげられて いた。 それでも その ヒト は イシャ だ と みえて、 チチ の ジブン から の エイジュドウ イイン と いう カンバン は あいかわらず ゲンカン の ヒサシ に みえて いた。 チョウ サンシュウ と ショメイ して ある その ジ も ヨウコ には シタシミ の ふかい もの だった。 ヨウコ が アメリカ に シュッパツ した アサ も 9 ガツ では あった が やはり その ヒ の よう に じめじめ と アメ の ふる ヒ だった の を おもいだした。 アイコ が クシ を おって キュウ に なきだした の も、 サダヨ が おこった よう な カオ を して メ に ナミダ を いっぱい ためた まま みおくって いた の も その ゲンカン を みる と えがく よう に おもいだされた。
「もう いい はやく やって おくれ」
 そう ヨウコ は クルマ の ウエ から ナミダゴエ で いった。 クルマ は カジボウ を むけかえられて、 また アメ の ナカ を ちいさく ゆれながら ニホンバシ の ほう に はしりだした。 ヨウコ は フシギ に そこ に イッショ に すんで いた オジ オバ の こと を なきながら おもいやった。 あの ヒトタチ は イマ どこ に どうして いる だろう。 あの ハクチ の コ も もう ずいぶん おおきく なったろう。 でも トベイ を くわだてて から まだ 1 ネン とは たって いない ん だ。 へえ、 そんな みじかい アイダ に これほど の ヘンカ が…… ヨウコ は ジブン で ジブン に あきれる よう に それ を おもいやった。 それでは あの ハクチ の コ も おもった ほど おおきく なって いる わけ では あるまい。 ヨウコ は その コ の こと を おもう と どうした ワケ か サダコ の こと を ムネ が いたむ ほど きびしく おもいだして しまった。 カマクラ に いった とき イライ、 ジブン の フトコロ から もぎはなして しまって、 こんりんざい わすれて しまおう と かたく ココロ に ちぎって いた その サダコ が…… それ は その バアイ ヨウコ を まったく みじめ に して しまった。
 ビョウイン に ついた とき も ヨウコ は なきつづけて いた。 そして その ビョウイン の すぐ テマエ まで きて、 そこ に ニュウイン しよう と した こと を ココロ から コウカイ して しまった。 こんな ラクハク した よう な スガタ を ツヤ に みせる の が たえがたい こと の よう に おもわれだした の だ。
 くらい 2 カイ の ヘヤ に アンナイ されて、 アイコ が ジュンビ して おいた トコ に ヨコ に なる と ヨウコ は ダレ に アイサツ も せず に ただ なきつづけた。 そこ は ウンガ の ミズ の ニオイ が どろくさく かよって くる よう な ところ だった。 アイコ は すすけた ショウジ の カゲ で テマワリ の ニモツ を とりだして アンバイ した。 クチズクナ の アイコ は アネ を なぐさめる よう な コトバ も ださなかった。 ガイブ が そうぞうしい だけ に ヘヤ の ナカ は なおさら ひっそり と おもわれた。
 ヨウコ は やがて しずか に カオ を あげて ヘヤ の ナカ を みた。 アイコ の カオイロ が きいろく みえる ほど その ヒ の ソラ も ヘヤ の ナカ も さびれて いた。 すこし カビ を もった よう に ほこりっぽく ぶくぶく する タタミ の ウエ には マルボン の ウエ に ダイガク ビョウイン から もって きた クスリビン が のせて あった。 ショウジギワ には ちいさな キョウダイ が、 チガイダナ には テブンコ と スズリバコ が かざられた けれども、 トコノマ には フクモノ ヒトツ、 ハナイケ ヒトツ おいて なかった。 その カワリ に クサイロ の フロシキ に つつみこんだ イルイ と くろい エ の パラゾル と が おいて あった。 クスリビン の のせて ある マルボン が、 デイリ の ショウニン から トウライ の もの で、 フチ の ところ に はげた ところ が できて、 オモテ には あかい タンザク の ついた ヤ が マト に メイチュウ して いる エ が やすっぽい キン で かいて あった。 ヨウコ は それ を みる と ボン も あろう に と おもった。 それ だけ で もう ヨウコ は ハラ が たったり なさけなく なったり した。
「アイ さん アナタ ゴクロウ でも マイニチ ちょっと ずつ は きて くれない じゃ こまります よ。 サア ちゃん の ヨウス も ききたい し ね。 ……サア ちゃん も たのんだ よ。 ネツ が さがって モノゴト が わかる よう に なる とき には ワタシ も なおって かえる だろう から…… アイ さん」
 イツモ の とおり はきはき と した テゴタエ が ない ので、 もう ぎりぎり して きた ヨウコ は ケン を もった コエ で、 「アイ さん」 と ゴキ つよく よびかけた。 コトバ を かける と それでも カタヅケモノ の テ を おいて ヨウコ の ほう に むきなおった アイコ は、 この とき ようやく カオ を あげて おとなしく 「はい」 と ヘンジ を した。 ヨウコ の メ は すかさず その カオ を はっし と むちうった。 そして ネドコ の ウエ に ハンシン を ヒジ に ささえて おきあがった。 クルマ で ゆられた ため に フクブ は イタミ を まして コエ を あげたい ほど うずいて いた。
「アナタ に キョウ は はっきり きいて おきたい こと が ある の…… アナタ は よもや オカ さん と ひょんな ヤクソク なんぞ して は いますまい ね」
「いいえ」
 アイコ は てもなく すなお に こう こたえて メ を ふせて しまった。
「コトウ さん とも?」
「いいえ」
 コンド は カオ を あげて フシギ な こと を といただす と いう よう に じっと ヨウコ を みつめながら こう こたえた。 その タクト が ある よう な、 ない よう な アイコ の タイド が ヨウコ を いやがうえに いらだたした。 オカ の バアイ には どこ か うしろめたくて クビ を たれた とも みえる。 コトウ の バアイ には わざと シラ を きる ため に ダイタン に カオ を あげた とも とれる。 また そんな イミ では なく、 あまり フシギ な キツモン が 2 ド まで つづいた ので、 2 ド-メ には ケゲン に おもって カオ を あげた の か とも かんがえられる。 ヨウコ は たたみかけて クラチ の こと まで といただそう と した が、 その キブン は くじかれて しまった。 そんな こと を きいた の が だいいち おろか だった。 カクシダテ を しよう と ケッシン した イジョウ は、 オンナ は オトコ より も はるか に コウミョウ で ダイタン なの を ヨウコ は ジブン で ぞんぶん に しりぬいて いる の だ。 ジブン から すすんで ウチカブト を みすかされた よう な モドカシサ は いっそう ヨウコ の ココロ を いきどおらした。
「アナタ は フタリ から ナニ か そんな こと を いわれた オボエ が ある でしょう。 その とき アナタ は なんと ゴヘンジ した の」
 アイコ は シタ を むいた まま だまって いた。 ヨウコ は ズボシ を さした と おもって カサ に かかって いった。
「ワタシ は カンガエ が ある から アナタ の クチ から も その こと を きいて おきたい ん だよ。 おっしゃい な」
「オフタリ とも なんにも そんな こと は おっしゃり は しません わ」
「おっしゃらない こと が ある もん かね」
 フンヌ に ともなって さしこんで くる イタミ を フンヌ と ともに ぐっと おさえつけながら ヨウコ は わざと コエ を やわらげた。 そして アイコ の キョドウ を ツメ の サキ ほど も みのがすまい と した。 アイコ は だまって しまった。 この チンモク は アイコ の カクレガ だった。 そう なる と さすが の ヨウコ も この イモウト を どう とりあつかう スベ も なかった。 オカ なり コトウ なり が コクハク を して いる の なら、 ヨウコ が この ツギ に いいだす コトバ で ヨウス は しれる。 この バアイ うっかり ヨウコ の クチグルマ には のられない と アイコ は おもって チンモク を まもって いる の かも しれない。 オカ なり コトウ なり から ナニ か きいて いる の なら、 ヨウコ は それ を 10 バイ も 20 バイ も の ツヨサ に して つかいこなす スベ を しって いる の だ けれども、 あいにく その ソナエ は して いなかった。 アイコ は たしか に ジブン を あなどりだして いる と ヨウコ は おもわない では いられなかった。 よって たかって おおきな サギ の アミ を つくって、 その ナカ に ジブン を おしこめて、 シュウイ から ながめながら おもしろそう に わらって いる。 オカ だろう が コトウ だろう が ナニ が アテ に なる もの か。 ……ヨウコ は テキズ を おった イノシシ の よう に イッチョクセン に あれて ゆく より シカタ が なくなった。
「さあ おいい アイ さん、 オマエサン が だまって しまう の は わるい クセ です よ。 ネエサン を あまく おみ で ない よ。 ……オマエサン ホントウ に だまってる つもり かい…… そう じゃ ない でしょう、 あれば ある なければ ない で、 はっきり わかる よう に ハナシ を して くれる ん だろう ね…… アイ さん…… アナタ は ココロ から ワタシ を みくびって かかる ん だね」
「そう じゃ ありません」
 あまり ヨウコ の コトバ が げきして くる ので、 アイコ は すこし オソレ を かんじた らしく あわてて こう いって コトバ で ささえよう と した。
「もっと こっち に おいで」
 アイコ は うごかなかった。 ヨウコ の アイコ に たいする ゾウオ は キョクテン に たっした。 ヨウコ は フクブ の イタミ も わすれて、 ネドコ から おどりあがった。 そして いきなり アイコ の タブサ を つかもう と した。
 アイコ は フダン の レイセイ に にず、 ヨウコ の ホッサ を みてとる と、 ビンショウ に ヨウコ の テモト を すりぬけて ミ を かわした。 ヨウコ は ふらふら と よろけて イッポウ の テ を ショウジガミ に つっこみながら、 それでも たおれる ハズミ に アイコ の ソデサキ を つかんだ。 ヨウコ は たおれながら それ を たぐりよせた。 みにくい シマイ の ソウトウ が、 なき、 わめき、 さけびたてる コエ の ナカ に えんぜられた。 アイコ は カオ や テ に カキキズ を うけ、 カミ を オドロ に みだしながら も、 ようやく ヨウコ の テ を ふりはなして ロウカ に とびだした。 ヨウコ は よろよろ と した アシドリ で その アト を おった が、 とても アイコ の ビンショウサ には かなわなかった。 そして ハシゴダン の オリグチ の ところ で ツヤ に くいとめられて しまった。 ヨウコ は ツヤ の カタ に ミ を なげかけながら おいおい と コエ を たてて コドモ の よう に なきしずんで しまった。
 イク-ジカン か の ジンジ フセイ の ノチ に イシキ が はっきり して みる と、 ヨウコ は アイコ との イキサツ を ただ アクム の よう に おもいだす ばかり だった。 しかも それ は ジジツ に ちがいない。 マクラモト の ショウジ には ヨウコ の テ の さしこまれた アナ が、 おおきく やぶれた まま のこって いる。 ニュウイン の その ヒ から、 ヨウコ の ナ は くちさがない フジン カンジャ の クチノハ に うるさく のぼって いる に ちがいない。 それ を おもう と イットキ でも そこ に じっと して いる の が、 たえられない こと だった。 ヨウコ は すぐ ホカ の ビョウイン に うつろう と おもって ツヤ に いいつけた。 しかし ツヤ は どうしても それ を ショウチ しなかった。 ジブン が ミ に ひきうけて カンゴ する から、 ぜひとも この ビョウイン で シュジュツ を うけて もらいたい と ツヤ は いいはった。 ヨウコ から ヒマ を だされながら、 ミョウ に ヨウコ に ココロ を ひきつけられて いる らしい スガタ を みる と、 この バアイ ヨウコ は ツヤ に しみじみ と した アイ を かんじた。 セイケツ な チ が ほそい しなやか な ケッカン を トドコオリ なく ながれまわって いる よう な、 すべすべ と ケンコウ-らしい、 あさぐろい ツヤ の ヒフ は ナニ より も ヨウコ には あいらしかった。 しじゅう フキデモノ でも しそう な、 うみっぽい オンナ を ヨウコ は ナニ より も のろわしい もの に おもって いた。 ヨウコ は ツヤ の まめやか な ココロ と コトバ に ひかされて そこ に いのこる こと に した。
 これだけ サダヨ から へだたる と ヨウコ は はじめて すこし キ の ゆるむ の を おぼえて、 フクブ の イタミ で とつぜん メ を さます ホカ には たわいなく ねむる よう な こと も あった。 しかし なんと いって も いちばん ココロ に かかる もの は サダヨ だった。 ささくれて、 あかく かわいた クチビル から もれでる あの ウワゴト…… それ が どうか する と ちかぢか と ミミ に きこえたり、 ぼんやり と メ を ひらいたり する その カオ が うきだして みえたり した。 それ ばかり では ない、 ヨウコ の ゴカン は ヒジョウ に ビンショウ に なって、 おまけに イリウジョン や ハルシネーション を たえず みたり きいたり する よう に なって しまった。 クラチ なんぞ は すぐ ソバ に すわって いる な と おもって、 クルシサ に メ を つぶりながら テ を のばして タタミ の ウエ を さぐって みる こと など も あった。 そんな に はっきり みえたり きこえたり する もの が、 すべて キョコウ で ある の を みいだす サビシサ は タトエヨウ が なかった。
 アイコ は ヨウコ が ニュウイン の ヒ イライ カンシン に マイニチ おとずれて サダヨ の ヨウダイ を はなして いった。 もう ハジメ の ヒ の よう な ロウゼキ は しなかった けれども、 その カオ を みた ばかり で、 ヨウコ は ビョウキ が おもる よう に おもった。 ことに サダヨ の ビョウジョウ が かるく なって ゆく と いう ホウコク は はげしく ヨウコ を おこらした。 ジブン が あれほど の アイチャク を こめて カンゴ して も よく ならなかった もの が、 アイコ なんぞ の トオリイッペン の セワ で なおる はず が ない。 また アイコ は イイカゲン な キヤスメ に ウソ を ついて いる の だ。 サダヨ は もう ひょっと する と しんで いる かも しれない。 そう おもって オカ が たずねて きた とき に ねほりはほり きいて みる が、 フタリ の コトバ が あまり に フゴウ する ので、 サダヨ の だんだん よく なって ゆきつつ ある の を うたがう ヨチ は なかった。 ヨウコ には ウンメイ が くるいだした よう に しか おもわれなかった。 アイジョウ と いう もの なし に ビョウキ が なおせる なら、 ヒト の セイメイ は キカイ でも つくりあげる こと が できる わけ だ。 そんな はず は ない。 それだのに サダヨ は だんだん よく なって いって いる。 ヒト ばかり では ない、 カミ まで が、 ジブン を シゼンホウ の タ の ホウソク で もてあそぼう と して いる の だ。
 ヨウコ は ハガミ を しながら サダヨ が しね かし と いのる よう な シュンカン を もった。
 ヒ は たつ けれども クラチ から は ホントウ に なんの ショウソク も なかった。 ビョウテキ に カンカク の コウフン した ヨウコ は、 ときどき ニクタイテキ に クラチ を したう ショウドウ に かりたてられた。 ヨウコ の ココロ の メ には、 クラチ の ニクタイ の スベテ の ブブン は ふれる こと が できる と おもう ほど グタイテキ に ソウゾウ された。 ヨウコ は ジブン で つくりだした フシギ な メイキュウ の ナカ に あって、 イシキ の しびれきる よう な トウスイ に ひたった。 しかし その ヨイ が さめた アト の クツウ は、 セイシン の ヒヘイ と イッショ に はたらいて、 ヨウコ を ハンシ ハンショウ の サカイ に うちのめした。 ヨウコ は ジブン の モウソウ に オウト を もよおしながら、 クラチ と いわず スベテ の オトコ を のろい に のろった。
 いよいよ ヨウコ が シュジュツ を うける べき マエ の ヒ が きた。 ヨウコ は それ を さほど おそろしい こと とは おもわなかった。 シキュウ コウクツショウ と シンダン された とき、 かって かえって よんだ コウカン な イショ に よって みて も、 その シュジュツ は わりあい に カンタン な もの で ある の を しりぬいて いた から、 その こと に ついて は わりあい に やすやす と した ココロモチ で いる こと が できた。 ただ メイジョウ しがたい ショウソウ と ヒアイ とは どう カタヅケヨウ も なかった。 マイニチ きて いた アイコ の アシ は フツカ-オキ に なり ミッカ-オキ に なり だんだん とおざかった。 オカ など は まったく スガタ を みせなく なって しまった。 ヨウコ は いまさら に ジブン の マワリ を さびしく みまわして みた。 であう カギリ の オトコ と オンナ と が なにがなし に ひきつけられて、 はなれる こと が できなく なる、 そんな ジリョク の よう な チカラ を もって いる と いう ジフ に きおって、 ジブン の シュウイ には しる と しらざる と を とわず、 いつでも ムスウ の ヒトビト の ココロ が まって いる よう に おもって いた ヨウコ は、 イマ は スベテ の ヒト から わすられはてて、 ダイジ な サダコ から も クラチ から も みはなし みはなされて、 ニモツ の ない モノオキベヤ の よう な まずしい イッシツ の スミッコ に、 ヤグ に くるまって ショキ に むされながら くずれかけた ゴタイ を たよりなく よこたえねば ならぬ の だ。 それ は ヨウコ に とって は ある べき こと とは おもわれぬ まで だった。 しかし それ が たしか な ジジツ で ある の を どう しよう。
 それでも ヨウコ は まだ たちあがろう と した。 ジブン の ビョウキ が いえきった その とき を みて いる が いい。 どうして クラチ を もう イチド ジブン の もの に しおおせる か、 それ を みて いる が いい。
 ヨウコ は ノウシン に たぐりこまれる よう な イタミ を かんずる リョウガン から あつい ナミダ を ながしながら、 ツレヅレ な まま に ヒ の よう な イッシン を クラチ の ミノウエ に あつめた。 ヨウコ の カオ には いつでも ハンケチ が あてがわれて いた。 それ が 10 プン も たたない うち に あつく ぬれとおって、 ツヤ に あたらしい の と かえさせねば ならなかった。
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ある オンナ (コウヘン 14)

2021-01-05 | アリシマ タケオ
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 その ヨ 6 ジ-スギ、 ツヤ が きて ショウジ を ひらいて だんだん みちて ゆこう と する ツキ が カワラヤネ の カサナリ の ウエ に ぽっかり のぼった の を のぞかせて くれて いる とき、 みしらぬ カンゴフ が うつくしい ハナタバ と おおきな セイヨウ フウトウ に いれた テガミ と を もって はいって きて ツヤ に わたした。 ツヤ は それ を ヨウコ の マクラモト に もって きた。 ヨウコ は もう ハナ も なにも みる キ には なれなかった。 デンキ も まだ きて いない ので ツヤ に その テガミ を よませて みた。 ツヤ は ウスアカリ に すかしすかし よみにくそう に モジ を ひろった。

「アナタ が シュジュツ の ため に ニュウイン なさった こと を オカ クン から きかされて おどろきました。 で、 キョウ が ガイシュツビ で ある の を サイワイ に おみまい します。
 ボク は アナタ に オメ に かかる キ には なりません。 ボク は それほど ヘンキョウ に できあがった ニンゲン です。 けれども ボク は ホントウ に アナタ を オキノドク に おもいます。 クラチ と いう ニンゲン が ニホン の グンジジョウ の ヒミツ を ガイコク に もらす ショウバイ に カンケイ した こと が しれる と ともに、 スガタ を かくした と いう ホウドウ を シンブン で みた とき、 ボク は そんな に おどろきません でした。 しかし クラチ には フタリ ほど の ガイショウ が ある と つけくわえて かいて ある の を みて、 ホントウ に アナタ を オキノドク に おもいました。 この テガミ を ヒニク に とらない で ください。 ボク には ヒニク は いえません。
 ボク は アナタ が シツボウ なさらない よう に いのります。 ボク は ライシュウ の ゲツヨウビ から ナラシノ の ほう に エンシュウ に ゆきます。 キムラ から の タヨリ では、 カレ は キュウハク の ゼッチョウ に いる よう です。 けれども キムラ は そこ を つきぬける でしょう。
 ハナ を もって きて みました。 オダイジ に。
                                  コトウ-セイ」

 ツヤ は つかえつかえ それ だけ を よみおわった。 しじゅう コトウ を はるか トシシタ な コドモ の よう に おもって いる ヨウコ は、 イッシュ ブベツ する よう な ムカンジョウ を もって それ を きいた。 クラチ が ガイショウ を フタリ もってる と いう ウワサ は ハツミミ では ある けれども、 それ は シンブン の キジ で あって みれば アテ には ならない。 その ガイショウ フタリ と いう の が、 ビジン ヤシキ と ヒョウバン の あった そこ に すむ ジブン と アイコ ぐらい の こと を ソウゾウ して、 キシャ ならば いいそう な こと だ。 ただ そう かるく ばかり おもって しまった。
 ツヤ が その ハナタバ を ガラスビン に いけて、 なんにも かざって ない トコ の ウエ に おいて いった アト、 ヨウコ は マエ ドウヨウ に ハンケチ を カオ に あてて、 キカイテキ に はたらく ココロ の カゲ と たたかおう と して いた。
 その とき とつぜん シ が―― シ の モンダイ では なく―― シ が はっきり と ヨウコ の ココロ に たちあらわれた。 もし シュジュツ の ケッカ、 シキュウテイ に センコウ が できる よう に なって フクマクエン を おこしたら、 イノチ の たすかる べき ミコミ は ない の だ。 そんな こと を ふと おもいおこした。 ヘヤ の スガタ も ジブン の ココロ も どこ と いって トクベツ に かわった わけ では なかった けれども、 どことなく ヨウコ の シュウイ には たしか に シ の カゲ が さまよって いる の を しっかり と かんじない では いられなく なった。 それ は ヨウコ が うまれて から ゆめにも ケイケン しない こと だった。 これまで ヨウコ が シ の モンダイ を かんがえた とき には、 どうして シ を まねきよせよう か と いう こと ばかり だった。 しかし イマ は シ の ほう が そろそろ と ちかよって きて いる の だ。
 ツキ は だんだん ヒカリ を まして いって、 デントウ に ヒ も ともって いた。 メ の サキ に みえる ヤネ の アイダ から は、 スイエン だ か、 カヤリビ だ か が うっすら と ミズ の よう に すみわたった ソラ に きえて ゆく。 ハキモノ、 シャバ の タグイ、 キテキ の オト、 うるさい ほど の ヒトビト の ハナシゴエ、 そういう もの は ヨウコ の ヘヤ を イツモ の とおり とりまきながら、 そして ヘヤ の ナカ は とにかく セイトン して ヒ が ともって いて、 すこし の フシギ も ない のに、 どこ とも しれず そこ には シ が はいよって きて いた。
 ヨウコ は ぎょっと して、 チ の カワリ に シンゾウ の ナカ に コオリ の ミズ を そそぎこまれた よう に おもった。 しのう と する とき は とうとう ヨウコ には こない で、 おもい も かけず しぬ とき が きた ん だ。 イマ まで トメド なく ながして いた ナミダ は、 ちかづく アラシ の マエ の ソヨカゼ の よう に どこ とも なく スガタ を ひそめて しまって いた。 ヨウコ は あわてふためいて、 おおきく メ を みひらき、 するどく ミミ を そびやかして、 そこ に ある もの、 そこ に ある ヒビキ を とらえて、 それ に すがりつきたい と おもった が、 メ にも ミミ にも ナニ か かんぜられながら、 ナニ が なにやら すこしも わからなかった。 ただ かんぜられる の は、 ココロ の ナカ が ワケ も なく ただ わくわく と して、 すがりつく もの が あれば ナン に でも すがりつきたい と むしょうに あせって いる、 その めまぐるしい ヨッキュウ だけ だった。 ヨウコ は ふるえる テ で マクラ を なでまわしたり、 シーツ を つまみあげて じっと にぎりしめて みたり した。 つめたい アブラアセ が テノヒラ に にじみでる ばかり で、 にぎった もの は なんの チカラ にも ならない こと を しった。 その シツボウ は ケイヨウ の できない ほど おおきな もの だった。 ヨウコ は ヒトツ の ドリョク ごと に がっかり して、 また ケンメイ に タヨリ に なる もの、 ネ の ある よう な もの を おいもとめて みた。 しかし どこ を さがして みて も スベテ の ドリョク が まったく ムダ なの を ココロ では ホンノウテキ に しって いた。
 シュウイ の セカイ は すこし の コダワリ も なく ずるずる と ヘイキ で ニチジョウ の イトナミ を して いた。 カンゴフ が ゾウリ で ロウカ を あるいて ゆく、 その オト ヒトツ を かんがえて みて も、 そこ には あきらか に セイメイ が みいだされた。 その アシ は たしか に ロウカ を ふみ、 ロウカ は イシズエ に つづき、 イシズエ は ダイチ に すえられて いた。 カンジャ と カンゴフ との アイダ に とりかわされる コトバ ヒトツ にも、 それ を あたえる ヒト と うける ヒト と が ちゃんと ダイチ の ウエ に ソンザイ して いた。 しかし それら は キミョウ にも ヨウコ とは まったく ムカンケイ で ボッコウショウ だった。 ヨウコ の いる ところ には どこ にも ソコ が ない こと を しらねば ならなかった。 ふかい タニ に あやまって おちこんだ ヒト が おちた シュンカン に かんずる あの ショウソウ…… それ が レンゾク して やむ とき なく ヨウコ を おそう の だった。 フカサ の わからない よう な くらい ヤミ が、 ヨウコ を ただ ヒトリ マンナカ に すえて おいて、 はてしなく その マワリ を つつもう と しずか に しずか に ちかづきつつ ある。 ヨウコ は すこしも そんな こと を ほっしない のに、 ヨウコ の ココロモチ には トンジャク なく、 やすむ こと なく とどまる こと なく、 ゆうゆう かんかん と して ちかづいて くる。 ヨウコ は オソロシサ に おびえて コエ も え あげなかった。 そして ただ そこ から のがれでたい イッシン に ココロ ばかり あせり に あせった。
 もう ダメ だ、 チカラ が つききった と、 カンネン しよう と した とき、 しかし、 その キカイ な シ は、 すうっと アサギリ が はれる よう に、 ヨウコ の シュウイ から きえうせて しまった。 みた ところ、 そこ には なにひとつ かわった こと も なければ かわった もの も ない。 ただ ナツ の ユウベ が すずしく ヨル に つながろう と して いる ばかり だった。 ヨウコ は きょとん と して ヒサシ の シタ に みずみずしく ただよう ツキ を みやった。
 ただ フシギ な ヘンカ の おこった の は ココロ ばかり だった。 アライソ に ナミ また ナミ が センペン バンカ して おいかぶさって きて は はげしく うちくだけて、 マッシロ な ヒマツ を ソラ たかく つきあげる よう に、 これ と いって トリトメ の ない シュウチャク や、 イキドオリ や、 カナシミ や、 ウラミ や が クモデ に よれあって、 それ が ジブン の シュウイ の ヒトタチ と むすびついて、 ワケ も なく ヨウコ の ココロ を かきむしって いた のに、 その ユウガタ の フシギ な ケイケン の アト では、 ヒトスジ の トウメイ な サビシサ だけ が アキ の ミズ の よう に ハテシ も なく ながれて いる ばかり だった。 フシギ な こと には ねいって も わすれきれない ほど な ズノウ の ゲキツウ も あとなく なって いた。
 カミガカリ に あった ヒト が カミ から みはなされた とき の よう に、 ヨウコ は ふかい ニクタイ の ヒロウ を かんじて、 ネドコ の ウエ に うちふさって しまった。 そう やって いる と ジブン の カコ や ゲンザイ が テ に とる よう に はっきり かんがえられだした。 そして ひややか な カイコン が イズミ の よう に わきだした。
「まちがって いた…… こう ヨノナカ を あるいて くる ん じゃ なかった。 しかし それ は ダレ の ツミ だ。 わからない。 しかし とにかく ジブン には コウカイ が ある。 できる だけ、 いきてる うち に それ を つぐなって おかなければ ならない」
 ウチダ の カオ が ふと ヨウコ には おもいだされた。 あの ゲンカク な キリスト の キョウシ は はたして ヨウコ の ところ に たずねて きて くれる か どう か わからない。 そう おもいながら も ヨウコ は もう イチド ウチダ に あって ハナシ を したい ココロモチ を とめる こと が できなかった。
 ヨウコ は マクラモト の ベル を おして ツヤ を よびよせた。 そして テブンコ の ナカ から ヨウシ で とじた テチョウ を とりださして、 それ に モウヒツ で ヨウコ の いう こと を かきとらした。

「キムラ さん に。
 ワタシ は アナタ を いつわって おりました。 ワタシ は これから ホカ の オトコ に よめいります。 アナタ は ワタシ を わすれて くださいまし。 ワタシ は アナタ の ところ に ゆける オンナ では ない の です。 アナタ の オオモイチガイ を じゅうぶん ゴジブン で しらべて みて くださいまし。
 クラチ さん に。
 ワタシ は アナタ を しぬ まで。 けれども フタリ とも まちがって いた こと を イマ はっきり しりました。 シ を みて から しりました。 アナタ には おわかり に なりますまい。 ワタシ は なにもかも うらみ は しません。 アナタ の オクサン は どう なさって おいで です。 ……ワタシ は イッショ に なく こと が できる。
 ウチダ の オジサン に。
 ワタシ は コンヤ に なって オジサン を おもいだしました。 オバサマ に よろしく。
 キベ さん に。
 ヒトリ の ロウジョ が アナタ の ところ に オンナ の コ を つれて まいる でしょう。 その コ の カオ を みて やって くださいまし。
 アイコ と サダヨ に。
 アイ さん、 サア ちゃん、 もう イチド そう よばして おくれ。 それ で タクサン。
 オカ さん に。
 ワタシ は アナタ を も おこって は いません。
 コトウ さん に。
 オハナ と オテガミ と を ありがとう。 あれ から ワタシ は シ を みました。
                           7 ガツ 21 ニチ、 ヨウコ」

 ツヤ は こんな ぽつり ぽつり と みじかい ヨウコ の コトバ を かきとりながら、 ときどき ケゲン な カオ を して ヨウコ を みた。 ヨウコ の クチビル は さびしく ふるえて、 メ には こぼれない テイド に ナミダ が にじみだして いた。
「もう それ で いい ありがとう よ。 アナタ だけ ね、 こんな に なって しまった ワタシ の ソバ に いて くれる の は。 ……それだのに、 ワタシ は こんな に レイラク した スガタ を アナタ に みられる の が つらくって、 きた ヒ は トチュウ から ホカ の ビョウイン に いって しまおう か と おもった のよ。 バカ だった わね」
 ヨウコ は クチ では なつかしそう に わらいながら、 ほろほろ と ナミダ を こぼして しまった。
「それ を この マクラ の シタ に いれて おいて おくれ。 コンヤ こそ は ワタシ ヒサシブリ で やすやす と した ココロモチ で ねられる だろう よ、 アス の シュジュツ に つかれない よう に よく ねて おかない と いけない わね。 でも こんな に よわって いて も シュジュツ は できる の かしらん…… もう カヤ を つって おくれ。 そして ついでに ネドコ を もっと そっち に ひっぱって いって、 ツキ の ヒカリ が カオ に あたる よう に して ちょうだい な。 ト は ねいったら ひいて おくれ。 ……それから ちょっと アナタ の テ を おかし。 ……アナタ の テ は あたたかい テ ね。 この テ は いい テ だわ」
 ヨウコ は ヒト の テ と いう もの を こんな に なつかしい もの に おもった こと は なかった。 チカラ を こめた テ で そうっと だいて、 いつまでも やさしく それ を なでて いたかった。 ツヤ も いつか ヨウコ の キブン に ひきいれられて、 ハナ を すする まで に なみだぐんで いた。
 ヨウコ は やがて うちひらいた ショウジ から カヤゴシ に うっとり と ツキ を ながめながら かんがえて いた。 ヨウコ の ココロ は ツキ の ヒカリ で きよめられた か と みえた。 クラチ が ジブン を すてて にげだす ため に かいた キョウゲン が はからず その スジ の ケンギ を うけた の か、 それとも おそろしい バイコク の ツミ で カネ を すら ヨウコ に おくれぬ よう に なった の か、 それ は どうでも よかった。 よしんば メカケ が イクニン あって も それ も どうでも よかった。 ただ スベテ が むなしく みえる ナカ に クラチ だけ が ただ ヒトリ ホントウ に いきた ヒト の よう に ヨウコ の ココロ に すんで いた。 タガイ を ダラク させあう よう な アイシカタ を した、 それ も イマ は なつかしい オモイデ だった。 キムラ は おもえば おもう ほど なみだぐましい フコウ な オトコ だった。 その おもいいった ココロモチ は ナニゴト も ワダカマリ の なくなった ヨウコ の ムネ の ウチ を シミズ の よう に ながれて とおった。 タネン の ハクガイ に フクシュウ する ジキ が きた と いう よう に、 オカ まで を そそのかして、 ヨウコ を みすてて しまった と おもわれる アイコ の ココロモチ にも ヨウコ は ドウジョウ が できた。 アイコ の ナサケ に ひかされて ヨウコ を うらぎった オカ の キモチ は なおさら よく わかった。 ないて も ないて も なきたりない よう に かわいそう なの は サダヨ だった。 アイコ は いまに きっと ジブン イジョウ に おそろしい ミチ に ふみまよう オンナ だ と ヨウコ は おもった。 その アイコ の ただ ヒトリ の イモウト と して…… もしも ジブン の イノチ が なくなって しまった ノチ は…… そう おもう に つけて ヨウコ は ウチダ を かんがえた。 スベテ の ヒト は ナニ か の チカラ で ながれて ゆく べき サキ に ながれて ゆく だろう。 そして シマイ には ダレ でも ジブン と ドウヨウ に ヒトリボッチ に なって しまう ん だ。 ……どの ヒト を みて も あわれまれる…… ヨウコ は そう おもいふけりながら しずか に しずか に ニシ に まわって ゆく ツキ を みいって いた。 その ツキ の リンカク が だんだん ぼやけて きて、 ソラ の ナカ に うきただよう よう に なる と、 ヨウコ の マツゲ の ヒトツヒトツ にも ツキ の ヒカリ が やどった。 ナミダ が メジリ から あふれて リョウホウ の コメカミ の ところ を くすぐる よう に するする と ながれくだった。 クチ の ナカ は ネンエキ で ねばった。 ゆるす べき ナンビト も ない。 ゆるさる べき ナニゴト も ない。 ただ ある が まま…… ただ イチマツ の きよい かなしい シズケサ。 ヨウコ の メ は ひとりでに とじて いった。 ととのった コキュウ が かるく コバナ を ふるわして ながれた。
 ツヤ が ト を たて に そーっと その ヘヤ に はいった とき には、 ヨウコ は ビョウキ を わすれはてた もの の よう に、 がたぴし と ト を しめる オト にも めざめず に やすらけく ねいって いた。

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 その ヨクアサ シュジュツダイ に のぼろう と した ヨウコ は サクヤ の ヨウコ とは ベツジン の よう だった。 はげしい ヨビリン の オト で よばれて ツヤ が ビョウシツ に きた とき には、 ヨウコ は ネドコ から おきあがって、 したためおわった テガミ の ジョウブクロ を ふうじて いる ところ だった が、 それ を ツヤ に わたそう と する シュンカン に いきなり いや に なって、 クチビル を ぶるぶる ふるわせながら ツヤ の みて いる マエ で それ を ずたずた に さいて しまった。 それ は アイコ に あてた テガミ だった の だ。 キョウ は シュジュツ を うける から 9 ジ まで に ぜひとも タチアイ に くる よう に と したためた の だった。 いくら キジョウブ でも ハラ を たちわる おそろしい シュジュツ を としわかい ショウジョ が みて は いられない くらい は しって いながら、 ヨウコ は なにがなし に アイコ に それ を みせつけて やりたく なった の だ。 ジブン の うつくしい ニクタイ が むごたらしく きずつけられて、 そこ から ジョウミャク を ながれて いる どすぐろい チ が ながれでる、 それ を アイコ が みて いる うち に キ が とおく なって、 そのまま そこ に ぶったおれる、 そんな こと に なったら どれほど こころよい だろう と ヨウコ は おもった。 イクド きて くれろ と デンワ を かけて も、 なんとか コウジツ を つけて コノゴロ み も かえらなく なった アイコ に、 これ だけ の フクシュウ を して やる の でも すこし は ムネ が すく、 そう ヨウコ は おもった の だ。 しかし その テガミ を ツヤ に わたそう と する ダン に なる と、 ヨウコ には おもい も かけぬ チュウチョ が きた。 もし シュジュツチュウ に はしたない ウワゴト でも いって それ を アイコ に きかれたら。 あの レイコク な アイコ が オモテ も そむけず に じっと アネ の ニクタイ が きりさいなまれる の を みつづけながら、 ココロ の ウチ で ぞんぶん に フクシュウシン を マンゾク する よう な こと が あったら。 こんな テガミ を うけとって も てんで アイテ に しない で アイコ が こなかったら…… そんな こと を ヨソウ する と ヨウコ は テガミ を かいた ジブン に アイソ が つきて しまった。
 ツヤ は おそろしい まで に ゲッコウ した ヨウコ の カオ を みやり も しえない で、 おずおず と たち も やらず に そこ に かしこまって いた。 ヨウコ は それ が たまらない ほど シャク に さわった。 ジブン に たいして スベテ の ヒト が フツウ の ニンゲン と して まじわろう とは しない。 キョウジン に でも せっする よう な シウチ を みせる。 ダレ も カレ も そう だ。 イシャ まで が そう だ。
「もう ヨウ は ない のよ。 はやく あっち に おいで。 オマエ は ワタシ を キチガイ と でも おもって いる ん だろう ね。 ……はやく シュジュツ を して ください って そう いって おいで。 ワタシ は ちゃんと しぬ カクゴ を して います から って ね」
 ユウベ なつかしく にぎって やった ツヤ の テ の こと を おもいだす と、 ヨウコ は オウト を もよおす よう な フカイ を かんじて こう いった。 きたない きたない なにもかも きたない。 ツヤ は しょざいなげ に そっと そこ を たって いった。 ヨウコ は メ で かみつく よう に その ウシロスガタ を みおくった。
 その ヒ テンキ は ジョウジョウ で ヒガシムキ の カベ は さわって みたら ナイブ から でも ほんのり と アタタカミ を かんずる だろう と おもわれる ほど あつく なって いた。 ヨウコ は キノウ まで の ヒロウ と スイジャク と に にず、 その ヒ は おきる と から だまって ねて は いられない くらい、 カラダ が うごかしたかった。 うごかす たび ごと に おそって くる フクブ の ドンツウ や アタマ の コンラン を いやがうえにも つのらして、 おもいぞんぶん の クツウ を あじわって みたい よう な ステバチ な キブン に なって いた。 そして ふらふら と すこし よろけながら、 エモン も みだした まま ヘヤ の ナカ を かたづけよう と して トコノマ の ところ に いった。 カケジク も ない トコノマ の カタスミ には キノウ コトウ が もって きた ハナ が、 アツサ の ため に むれた よう に しぼみかけて、 あまったるい カオリ を はなって うなだれて いた。 ヨウコ は ガラスビン-ごと それ を もって エンガワ の ところ に でた。 そして その ハナ の カタマリ の ナカ に むずと ねっした テ を つっこんだ。 シシ から くる よう な ツメタサ が ヨウコ の テ に つたわった。 ヨウコ の ユビサキ は しらずしらず ちぢまって いって モギドウ に それ を ツメ も たたん ばかり にぎりつぶした。 にぎりつぶして は ビン から ひきぬいて テスリ から ソト に なげだした。 バラ、 ダリヤ、 オダマキ、 など の イロトリドリ の ハナ が ばらばら に みだれて 2 カイ から ヘヤ の シタ に あたる きたない ロトウ に おちて いった。 ヨウコ は ほとんど ムイシキ に ヒトツカミ ずつ そう やって なげすてた。 そして サイゴ に ガラスビン を チカラマカセ に たたきつけた。 ビン は メノシタ で はげしく こわれた。 そこ から あふれでた ミズ が かわききった エンガワイタ に まるい ハンモン を イクツ と なく ちらかした。
 ふと みる と ムコウ の ヤネ の モノホシダイ に ユカタ の タグイ を もって ほし に あがって きた らしい ジョチュウ-フウ の オンナ が、 じっと フシギ そう に こっち を みつめて いる の に キ が ついた。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない その オンナ まで が、 ヨウコ の する こと を あやしむ らしい ヨウス を して いる の を みる と、 ヨウコ の キョウボウ な キブン は ますます つのった。 ヨウコ は テスリ に リョウテ を ついて ぶるぶる と ふるえながら、 その オンナ を いつまでも いつまでも にらみつけた。 オンナ の ほう でも ヨウコ の シウチ に きづいて、 しばらく は イシュ に みかえす ふう だった が、 やがて イッシュ の キョウフ に おそわれた らしく、 ホシモノ を サオ に とおし も せず に あたふた と あわてて ホシモノダイ の キュウ な ハシゴ を かけおりて しまった。 アト には もえる よう な アオゾラ の ナカ に フキソク な ヤネ の ナミ ばかり が メ を ちかちか させて のこって いた。 ヨウコ は なぜに とも しれぬ タメイキ を ふかく ついて まんじり と その あからさま な ケシキ を ユメ か なぞ の よう に ながめつづけて いた。
 やがて ヨウコ は また ワレ に かえって、 ふくよか な カミ の ナカ に ユビ を つっこんで はげしく アタマ の ジ を かきながら ヘヤ に もどった。
 そこ には ネドコ の ソバ に ヨウフク を きた ヒトリ の オトコ が たって いた。 はげしい ガイコウ から くらい ヘヤ の ほう に メ を むけた ヨウコ には、 ただ マックロ な タチスガタ が みえる ばかり で ダレ とも ミワケ が つかなかった。 しかし シュジュツ の ため に イイン の ヒトリ が むかえ に きた の だ と おもわれた。 それにしても ショウジ の あく オト さえ しなかった の は フシギ な こと だ。 はいって きながら コエ ヒトツ かけない の も フシギ だ。 と、 おもう と エタイ の わからない その スガタ は、 その マワリ の もの が だんだん あきらか に なって ゆく アイダ に、 たった ヒトツ だけ マックロ な まま で いつまでも リンカク を みせない よう だった。 いわば ヒト の カタチ を した マックラ な ホラアナ が クウキ の ナカ に できあがった よう だった。 ハジメ の アイダ コウキシン を もって それ を ながめて いた ヨウコ は みつめれば みつめる ほど、 その カタチ に ジッシツ が なくって、 マックラ な クウキョ ばかり で ある よう に おもいだす と、 ぞーっと ミズ を あびせられた よう に オゾケ を ふるった。 「キムラ が きた」 ……なんと いう こと なし に ヨウコ は そう おもいこんで しまった。 ツメ の 1 マイ 1 マイ まで が ニク に すいよせられて、 ケ と いう ケ が キョウチョク して さかだつ よう な ウスキミワルサ が ソウシン に つたわって、 おもわず コエ を たてよう と しながら、 コエ は でず に、 クチビル ばかり が かすか に ひらいて ぶるぶる と ふるえた。 そして ムネ の ところ に ナニ か つきのける よう な グアイ に テ を あげた まま、 ぴったり と たちどまって しまった。
 その とき その くろい ヒト の カゲ の よう な もの が はじめて うごきだした。 うごいて みる と なんでも ない、 それ は やはり ニンゲン だった。 みるみる その スガタ の リンカク が はっきり わかって きて、 クラサ に なれて きた ヨウコ の メ には それ が オカ で ある こと が しれた。
「まあ オカ さん」
 ヨウコ は その シュンカン の ナツカシサ に ひきいれられて、 イマ まで でなかった コエ を どもる よう な チョウシ で だした。 オカ は かすか に ホオ を あからめた よう だった。 そして イツモ の とおり ジョウヒン に、 ちょっと タタミ の ウエ に ヒザ を ついて アイサツ した。 まるで 1 ネン も ロウゴク に いて、 ニンゲン-らしい ニンゲン に あわない で いた ヒト の よう に ヨウコ には オカ が なつかしかった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ひろい セケン から、 ヒトリ の ヒト が コウイ を こめて ヨウコ を みまう ため に そこ に あまくだった とも おもわれた。 はしりよって しっかり と その テ を とりたい ショウドウ を おさえる こと が できない ほど に ヨウコ の ココロ は カンゲキ して いた。 ヨウコ は メ に ナミダ を ためながら おもう まま の フルマイ を した。 ジブン でも しらぬ マ に、 ヨウコ は、 オカ の ソバ ちかく すわって、 ミギテ を その カタ に、 ヒダリテ を タタミ に ついて、 しげしげ と アイテ の カオ を みやる ジブン を みいだした。
「ゴブサタ して いました」
「よく いらしって くださって ね」
 どっち から いいだす とも なく フタリ の コトバ は したしげ に からみあった。 ヨウコ は オカ の コエ を きく と、 キュウ に イマ まで ジブン から にげて いた チカラ が カイフク して きた の を かんじた。 ギャッキョウ に いる オンナ に たいして、 どんな オトコ で あれ、 オトコ の チカラ が どれほど つよい もの で ある か を おもいしった。 ダンセイ の タノモシサ が しみじみ と ムネ に せまった。 ヨウコ は われしらず すがりつく よう に、 オカ の カタ に かけて いた ミギテ を すべらして、 ヒザ の ウエ に のせて いる オカ の ミギテ の コウ の ウエ から しっかり と とらえた。 オカ の テ は ヨウコ の ショッカク に ミョウ に つめたく ひびいて きた。
「ながく ながく おあい しません でした わね。 ワタシ アナタ を ユウレイ じゃ ない か と おもいまして よ。 ヘン な カオツキ を した でしょう。 サダヨ は…… アナタ ケサ ビョウイン の ほう から いらしった の?」
 オカ は ちょっと ヘンジ を ためらった よう だった。
「いいえ ウチ から きました。 ですから ワタシ、 キョウ の ゴヨウス は しりません が、 キノウ まで の ところ では だんだん およろしい よう です。 メ さえ さめて いらっしゃる と 『オネエサマ オネエサマ』 と おなき なさる の が ホントウ に おかわいそう です」
 ヨウコ は それ だけ きく と もう カンジョウ が もろく なって いて ムネ が はりさける よう だった。 オカ は めざとく も それ を みてとって、 わるい こと を いった と おもった らしかった。 そして すこし あわてた よう に わらいたしながら、
「そう か と おもう と、 たいへん オゲンキ な こと も あります。 ネツ の さがって いらっしゃる とき なんか は、 アイコ さん に おもしろい ホン を よんで おもらい に なって、 よろこんで きいて おいで です」
と つけたした。 ヨウコ は チョッカクテキ に オカ が その バ の マニアワセ を いって いる の だ と しった。 それ は ヨウコ を アンシン させる ため の コウイ で ある とは いえ、 オカ の コトバ は けっして シンヨウ する こと が できない。 マイニチ イチド ずつ ダイガク ビョウイン まで ミマイ に いって もらう ツヤ の コトバ に アンシン が できない で いて、 ダレ か メ に みた とおり を しらせて くれる ヒト は ない か と あせって いた ヤサキ、 この ヒト ならば と おもった オカ も、 ツヤ イジョウ に イイカゲン を いおう と して いる の だ。 この チョウシ では、 とうに サダヨ が しんで しまって いて も、 ヒトタチ は オカ が いって きかせる よう な こと を いつまでも ジブン に いう の だろう。 ジブン には ダレヒトリ と して ムネ を ひらいて コウサイ しよう と いう ヒト は いなく なって しまった の だ。 そう おもう と さびしい より も、 くるしい より も、 かっと とりのぼせる ほど サダヨ の ミノウエ が きづかわれて ならなく なった。
「かわいそう に サダヨ は…… さぞ やせて しまった でしょう ね?」
 ヨウコ は クチウラ を ひく よう に こう たずねて みた。
「しじゅう みつけて いる せい です か、 そんな にも みえません」
 オカ は ハンケチ で クビ の マワリ を ぬぐって、 ダブル カラー の アワセ を ヒダリ の テ で くつろげながら すこし いきぐるしそう に こう こたえた。
「なんにも いただけない ん でしょう ね」
「ソップ と オモユ だけ です が リョウホウ とも よく たべなさいます」
「ひもじがって おります か」
「いいえ そんな でも」
 もう ゆるせない と ヨウコ は おもいいって ハラ を たてた。 チョウ チブス の ヨゴ に ある モノ が、 ショクヨク が ない…… そんな しらじらしい ウソ が ある もの か。 みんな ウソ だ。 オカ の いう こと も みんな ウソ だ。 ユウベ は ビョウイン に とまらなかった と いう、 それ も ウソ で なくって ナン だろう。 アイコ の ネツジョウ に もえた テ を にぎりなれた オカ の テ が、 ヨウコ に にぎられて ひえる の も もっとも だ。 ユウベ は この テ は…… ヨウコ は ヒトミ を さだめて ジブン の うつくしい ユビ に からまれた オカ の うつくしい ミギテ を みた。 それ は オンナ の テ の よう に しろく なめらか だった。 しかし この テ が ユウベ は、 ……ヨウコ は カオ を あげて オカ を みた。 ことさら に あざやか に あかい その クチビル…… この クチビル が ユウベ は……
 メマイ が する ほど イチド に おしよせて きた フンヌ と シット との ため に、 ヨウコ は あやうく その バ に ありあわせた もの に かみつこう と した が、 からく それ を ささえる と、 もう あつい ナミダ が メ を こがす よう に いためて ながれだした。
「アナタ は よく ウソ を おつき なさる のね」
 ヨウコ は もう カタ で イキ を して いた。 アタマ が はげしい ドウキ の たび ごと に ふるえる ので、 カミノケ は コキザミ に イキモノ の よう に おののいた。 そして オカ の テ から ジブン の テ を はなして、 タモト から とりだした ハンケチ で それ を おしぬぐった。 メ に はいる カギリ の もの、 テ に ふれる カギリ の もの が また けがらわしく みえはじめた の だ。 オカ の ヘンジ も またず に ヨウコ は たたみかけて はきだす よう に いった。
「サダヨ は もう しんで いる ん です。 それ を しらない と でも アナタ は おもって いらっしゃる の。 アナタ や アイコ に カンゴ して もらえば ダレ でも ありがたい オウジョウ が できましょう よ。 ホントウ に サダヨ は シアワセ な コ でした。 ……おおおお サダヨ! オマエ は ホント に シアワセ な コ だねえ。 ……オカ さん いって きかせて ください、 サダヨ は どんな シニカタ を した か。 のみたい シニミズ も のまず に しにました か。 アナタ と アイコ が オニワ を あるきまわって いる うち に しんで いました か。 それとも…… それとも アイコ の メ が にくにくしく わらって いる その マエ で ねむる よう に イキ を ひきとりました か。 どんな オソウシキ が でた ん です。 ハヤオケ は どこ で チュウモン なさった ん です。 ワタシ の ハヤオケ の より すこし おおきく しない と はいりません よ。 ……ワタシ は なんと いう バカ だろう、 はやく ジョウブ に なって おもいきり サダヨ を カイホウ して やりたい と おもった のに…… もう しんで しまった の です もの ねえ。 ウソ です…… それなら なぜ アナタ も アイコ も もっと しげしげ ワタシ の ミマイ には きて くださらない の。 アナタ は キョウ ワタシ を くるしめ に…… なぶり に いらしった のね……」
「そんな とんでもない!」
 オカ が せきこんで ヨウコ の コトバ の キレメ に いいだそう と する の を、 ヨウコ は はげしい ワライ で さえぎった。
「とんでもない…… その とおり。 ああ アタマ が いたい。 ワタシ は ぞんぶん に ノロイ を うけました。 ゴアンシン なさいまし とも。 けっして オジャマ は しません から。 ワタシ は さんざん おどりました。 コンド は アナタガタ が おどって いい バン です もの ね。 ……ふむ、 おどれる もの なら みごと に おどって ゴラン なさいまし。 ……おどれる もの なら、 ははは」
 ヨウコ は キョウジョ の よう に たかだか と わらった。 オカ は ヨウコ の ものぐるおしく わらう の を みる と、 それ を はじる よう に マッカ に なって シタ を むいて しまった。
「きいて ください」
 やがて オカ は こう いって きっと なった。
「うかがいましょう」
 ヨウコ も きっと なって オカ を みやった が、 すぐ クチジリ に むごたらしい ヒニク な ビショウ を たたえた。 それ は オカ の キサキ を さえ おる に ジュウブン な ほど の ヒニクサ だった。
「おうたがい なさって も シカタ が ありません。 ワタシ、 アイコ さん には ふかい シタシミ を かんじて おります……」
「そんな こと なら うかがう まで も ありません わ。 ワタシ を どんな オンナ だ と おもって いらっしゃる の。 アイコ さん に ふかい シタシミ を かんじて いらっしゃれば こそ、 ケサ は わざわざ イツゴロ しぬ だろう と み に きて くださった のね。 なんと オレイ を もうして いい か、 そこ は おさっし くださいまし。 キョウ は シュジュツ を うけます から、 シガイ に なって シュジュツシツ から でて くる ところ を よっく ゴラン なさって アナタ の アイコ に しらせて よろこばして やって くださいまし よ。 しに に いく マエ に とくと オレイ を もうします。 エノシママル では いろいろ ゴシンセツ を ありがとう ございました。 おかげさま で ワタシ は さびしい ヨノナカ から すくいだされました。 アナタ を オニイサン とも おしたい して いました が、 アイコ に たいして も きはずかしく なりました から、 もう アナタ とは ゴエン を たちます。 と いう まで も ない こと です わね。 もう ジカン が きます から おたち くださいまし」
「ワタシ、 ちっとも しりません でした。 ホントウ に その オカラダ で シュジュツ を おうけ に なる の です か」
 オカ は あきれた よう な カオ を した。
「マイニチ ダイガク に いく ツヤ は バカ です から なにも もうしあげなかった ん でしょう よ。 もうしあげて も おきこえ に ならなかった かも しれません わね」
と ヨウコ は ほほえんで、 マッサオ に なった カオ に ふりかかる カミノケ を ヒダリ の テ で キヨウ に かきあげた。 その コユビ は やせほそって ホネ ばかり の よう に なりながら も、 うつくしい セン を えがいて おれまがって いた。
「それ は ぜひ おのばし ください おねがい します から…… オイシャ さん も オイシャ さん だ と おもいます」
「ワタシ が ワタシ だ もん です から ね」
 ヨウコ は しげしげ と オカ を みやった。 その メ から は ナミダ が すっかり かわいて、 ヒタイ の ところ には アブラアセ が にじみでて いた。 ふれて みたら コオリ の よう だろう と おもわれる よう な あおじろい ツメタサ が ハエギワ かけて ただよって いた。
「では せめて ワタシ に たちあわして ください」
「それほど まで に アナタ は ワタシ が おにくい の?…… マスイチュウ に ワタシ の いう ウワゴト でも きいて おいて ワライバナシ の タネ に なさろう と いう のね。 ええ、 よう ございます いらっしゃいまし、 ゴラン に いれます から。 ノロイ の ため に やせほそって オバアサン の よう に なって しまった この カラダ を アタマ から アシ の ツマサキ まで ゴラン に いれます から…… いまさら おあきれ に なる ヨチ も ありますまい けれど」
 そう いって ヨウコ は やせほそった カオ に あらん カギリ の コビ を あつめて、 ナガシメ に オカ を みやった。 オカ は おもわず カオ を そむけた。
 そこ に わかい イイン が ツヤ を つれて はいって きた。 ヨウコ は シュジュツ の シタク が できた こと を みてとった。 ヨウコ は だまって イイン に ちょっと アイサツ した まま エモン を つくろって すぐ ザ を たった。 それ に つづいて ヘヤ を でて きた オカ など は まったく ムシ した タイド で、 あやしげ な うすぐらい ハシゴダン を おりて、 これ も くらい ロウカ を 4~5 ケン たどって シュジュツシツ の マエ まで きた。 ツヤ が ト の ハンドル を まわして それ を あける と、 シュジュツシツ から は さすが に まぶしい ゆたか な コウセン が ロウカ の ほう に ながれて きた。 そこ で ヨウコ は オカ の ほう に はじめて ふりかえった。
「エンポウ を わざわざ ごくろうさま。 ワタシ は まだ アナタ に ハダ を ゴラン に いれる ほど の バクレンモノ には なって いません から……」
 そう ちいさな コエ で いって ゆうゆう と シュジュツシツ に はいって いった。 オカ は もちろん おしきって アト に ついて は こなかった。
 キモノ を ぬぐ アイダ に、 セワ に たった ツヤ に ヨウコ は こう ようやく に して いった。
「オカ さん が はいりたい と おっしゃって も いれて は いけない よ。 それから…… それから (ここ で ヨウコ は なにがなし に なみだぐましく なった) もし ワタシ が ウワゴト の よう な こと でも いいかけたら、 オマエ に イッショウ の オネガイ だ から ね、 ワタシ の クチ を…… クチ を おさえて ころして しまって おくれ。 たのむ よ。 きっと!」
 フジンカ ビョウイン の こと とて オンナ の ラタイ は マイニチ イクニン と なく あつかいつけて いる くせ に、 やはり コウキ な メ を むけて ヨウコ を みまもって いる らしい ジョシュ たち に、 ヨウコ は やせさらばえた ジブン を さらけだして みせる の が しぬ より つらかった。 ふとした デキゴコロ から オカ に たいして いった コトバ が、 ヨウコ の アタマ には いつまでも こびりついて、 サダヨ は もう ホントウ に しんで しまった もの の よう に おもえて シカタ が なかった。 サダヨ が しんで しまった のに ナニ を くるしんで シュジュツ を うける こと が あろう。 そう おもわない でも なかった。 しかし バアイ が バアイ で こう なる より シカタ が なかった。
 マッシロ な シュジュツイ を きた イイン や カンゴフ に かこまれて、 やはり マッシロ な シュジュツダイ は ハカバ の よう に ヨウコ を まって いた。 そこ に ちかづく と ヨウコ は ワレ にも なく キュウ に オビエ が でた。 おもいきり エイリ な メス で テギワ よく きりとって しまったら さぞ さっぱり する だろう と おもって いた ヨウブ の ドンツウ も、 キュウ に イタミ が とまって しまって、 カラダ ゼンタイ が しびれる よう に しゃちこばって ヒヤアセ が ヒタイ にも テ にも しとど に ながれた。 ヨウコ は ただ ヒトツ の イシャ の よう に ツヤ を かえりみた。 その ツヤ の はげます よう な カオ を ただ ヒトツ の タヨリ に して、 こまかく ふるえながら アオムケ に ひやっと する シュジュツダイ に よこたわった。
 イイン の ヒトリ が ハクフ の クチアテ を クチ から ハナ の ウエ に あてがった。 それ だけ で ヨウコ は もう イキ が つまる ほど の オモイ を した。 そのくせ メ は ミョウ に さえて メノマエ に みる テンジョウイタ の こまかい モクメ まで が うごいて はしる よう に ながめられた。 シンケイ の マッショウ が オオカゼ に あった よう に ざわざわ と こきみわるく さわぎたった。 シンゾウ が いきぐるしい ほど ときどき ハタラキ を とめた。
 やがて ホウフン の はげしい ヤクテキ が ヌノ の ウエ に たらされた。 ヨウコ は リョウテ の ミャクドコロ を イイン に とられながら、 その ニオイ を うすきみわるく かいだ。
「ヒトーツ」
 シットウシャ が にぶい コエ で こう いった。
「ヒトーツ」
 ヨウコ の それ に おうずる コエ は はげしく ふるえて いた。
「フターツ」
 ヨウコ は イノチ の トウトサ を しみじみ と おもいしった。 シ もしくは シ の トナリ へ まで の フシギ な ボウケン…… そう おもう と チ は こおる か と うたがわれた。
「フターツ」
 ヨウコ の コエ は ますます ふるえた。 こうして カズ を よんで ゆく うち に、 アタマ の ナカ が しんしん と さえる よう に なって いった と おもう と、 ヨノナカ が ひとりでに とおのく よう に おもえた。 ヨウコ は ガマン が できなかった。 いきなり ミギテ を ふりほどいて チカラマカセ に クチ の ところ を かいはらった。 しかし イイン の チカラ は すぐ ヨウコ の ジユウ を うばって しまった。 ヨウコ は たしか に それ に あらがって いる つもり だった。
「クラチ が いきてる アイダ―― しぬ もの か、 ……どうしても もう イチド その ムネ に…… やめて ください。 キョウキ で しぬ とも ころされたく は ない。 やめて…… ヒトゴロシ」
 そう おもった の か いった の か、 ジブン ながら どっち とも さだめかねながら ヨウコ は もだえた。
「いきる いきる…… しぬ の は いや だ…… ヒトゴロシ!……」
 ヨウコ は チカラ の あらん かぎり たたかった、 イシャ とも クスリ とも…… ウンメイ とも…… ヨウコ は エイキュウ に たたかった。 しかし ヨウコ は 20 も カズ を よまない うち に、 しんだ モノ ドウヨウ に イシキ なく イイン ら の メノマエ に よこたわって いた の だ。

 49

 シュジュツ を うけて から ミッカ を すぎて いた。 その アイダ ヒジョウ に のぞましい ケイカ を とって いる らしく みえた ヨウダイ は ミッカ-メ の ユウガタ から とつぜん ゲキヘン した。 トツゼン の コウネツ、 トツゼン の フクツウ、 トツゼン の ハンモン、 それ は はげしい シュウウ が ニシカゼ に ともなわれて アラシ-がかった テンキ モヨウ に なった その ユウガタ の こと だった。
 その ヒ の アサ から なんとなく アタマ の おもかった ヨウコ は、 それ が テンコウ の ため だ と ばかり おもって、 しいて そういう ふう に ジブン を セップク して、 ユウリョ を おさえつけて いる と、 3 ジ-ゴロ から どんどん ネツ が あがりだして、 それ と ともに はげしい カフクブ の トウツウ が おそって きた。 シキュウテイ センコウ?! なまじっか イショ を よみかじった ヨウコ は すぐ そっち に キ を まわした。 キ を まわして は しいて それ を ヒテイ して、 イットキ ノバシ に ヨウダイ の カイフク を まちこがれた。 それ は しかし ムダ だった。 ツヤ が あわてて トウチョクイ を よんで きた とき には、 ヨウコ は もう セイシ を わすれて トコ の ウエ に ミ を ちぢみあがらして おいおい と ないて いた。
 イイン の ホウコク で インチョウ も トキ を うつさず そこ に かけつけた。 オウキュウ の テアテ と して 4 コ の ヒョウノウ が カフクブ に あてがわれた。 ヨウコ は ネマキ が ちょっと ハダ に さわる だけ の こと にも、 イノチ を ひっぱたかれる よう な イタミ を おぼえて おもわず きゃっ と キヌ を さく よう な サケビゴエ を たてた。 みるみる ヨウコ は イッスン の ミウゴキ も できない くらい トウツウ に いためつけられて いた。
 はげしい オト を たてて コガイ では アメ の アシ が カワラヤネ を たたいた。 むしむし する ヒルマ の アツサ は キュウ に ひえびえ と なって、 にわか に くらく なった ヘヤ の ナカ に、 アメ から にげのびて きた らしい カ が ぶーん と ながく ひいた コエ を たてて とびまわった。 あおじろい ウスヤミ に つつまれて ヨウコ の カオ は みるみる くずれて いった。 やせほそって いた ホオ は ことさら げっそり と こけて、 たかだか と そびえた ハナスジ の リョウガワ には、 おちくぼんだ リョウガン が、 チュウウ の ナカ を トコロ きらわず おどおど と ナニモノ か を さがしもとめる よう に かがやいた。 うつくしく コ を えがいて のびて いた マユ は、 めちゃくちゃ に ゆがんで、 ミケン の ハチ の ジ の ところ に ちかぢか と よりあつまった。 かさかさ に かわききった クチビル から は はく イキ ばかり が つよく おしだされた。 そこ には もう オンナ の スガタ は なかった。 エタイ の わからない ドウブツ が もだえもがいて いる だけ だった。
 マ を おいて は さしこんで くる イタミ…… テツ の ボウ を マッカ に やいて、 それ で シタハラ の ナカ を トコロ きらわず えぐりまわす よう な イタミ が くる と、 ヨウコ は メ も クチ も できる だけ かたく むすんで、 イキ も つけなく なって しまった。 ナンニン そこ に ヒト が いる の か、 それ を みまわす だけ の キリョク も なかった。 テンキ なの か アラシ なの か、 それ も わからなかった。 イナズマ が ソラ を ぬって はしる とき には、 それ が ジブン の イタミ が カタチ に なって あらわれた よう に みえた。 すこし イタミ が ひく と ほっと トイキ を して、 タスケ を もとめる よう に そこ に ついて いる イイン に メ で すがった。 イタミ さえ なおして くれれば ころして も いい と いう ココロ と、 とうとう ジブン に チメイテキ な キズ を おわした と うらむ ココロ と が いりみだれて、 センプウ の よう に カラダジュウ を とおりぬけた。 クラチ が いて くれたら…… キムラ が いて くれたら…… あの シンセツ な キムラ が いて くれたら…… そりゃ ダメ だ。 もう ダメ だ。 ……ダメ だ。 サダヨ だって くるしんで いる ん だ、 こんな こと で…… いたい いたい いたい…… ツヤ は いる の か、 (ヨウコ は おもいきって メ を ひらいた。 メ の ナカ が いたかった) いる。 シンパイ そう な カオ を して、 ……ウソ だ あの カオ が ナニ が シンパイ そう な カオ な もの か…… ミンナ タニン だ…… なんの エンコ も ない ヒトタチ だ…… ミンナ ノンキ な カオ を して ナニゴト も せず に ただ みて いる ん だ…… この ナヤミ の 100 ブン の 1 でも しったら…… あ、 いたい いたい いたい! サダコ…… オマエ は まだ どこ か に いきて いる の か、 サダヨ は しんで しまった の だよ、 サダコ…… ワタシ も しぬ ん だ、 しぬ より も くるしい、 この クルシミ は…… ひどい、 これ で しなれる もの か…… こんな に されて しなれる もの か…… ナニ か…… どこ か…… ダレ か…… たすけて くれそう な もの だ のに…… カミサマ! あんまり です……
 ヨウコ は ミモダエ も できない ゲキツウ の ナカ で、 シーツ まで ぬれとおる ほど な アブラアセ を カラダジュウ に かきながら、 こんな こと を つぎつぎ に くちばしる の だった が、 それ は もとより コトバ には ならなかった。 ただ ときどき いたい いたい と いう の が むごたらしく きこえる ばかり で、 きずついた ウシ の よう に さけぶ ホカ は なかった。
 ひどい フキブリ の うち に ヨル が きた。 しかし ヨウコ の ヨウダイ は ケンアク に なって ゆく ばかり だった。 デントウ が コショウ の ため に こない ので、 シツナイ には 2 ホン の ロウソク が カゼ に あおられながら、 うすぐらく ともって いた。 ネツド を はかった イイン は イチド イチド その ソバ まで いって、 メ を そばめながら ドモリ を みた。
 その ヨ くるしみとおした ヨウコ は アケガタ ちかく すこし イタミ から のがれる こと が できた。 シーツ を おもいきり つかんで いた テ を はなして、 よわよわ と ヒタイ の ところ を なでる と、 たびたび カンゴフ が ぬぐって くれた の にも かかわらず、 ぬるぬる する ほど テ も ヒタイ も アブラアセ で しとど に なって いた。 「とても たすからない」 と ヨウコ は ヒトゴト の よう に おもった。 そう なって みる と、 いちばん つよい ノゾミ は もう イチド クラチ に あって ただ ヒトメ その カオ を みたい と いう こと だった。 それ は しかし のぞんで も かなえられる こと で ない の に きづいた。 ヨウコ の マエ には くらい もの が ある ばかり だった。 ヨウコ は ほっと タメイキ を ついた。 26 ネン-カン の ムネ の ウチ の オモイ を イチジ に はきだして しまおう と する よう に。
 やがて ヨウコ は ふと おもいついて メ で ツヤ を もとめた。 よどおし カンゴ に ヨネン の なかった ツヤ は めざとく それ を みて ネドコ に ちかづいた。 ヨウコ は ハンブン メツキ に モノ を いわせながら、
「マクラ の シタ マクラ の シタ」
と いった。 ツヤ が マクラ の シタ を さがす と そこ から、 シュジュツ の マエ の バン に ツヤ が かきとった カキモノ が でて きた。 ヨウコ は イッショウ ケンメイ な ドリョク で ツヤ に それ を やいて すてろ、 イマ みて いる マエ で やいて すてろ と めいじた。 ヨウコ の メイレイ は わかって いながら、 ツヤ が チュウチョ して いる の を みる と、 ヨウコ は かっと ハラ が たって、 その イカリ に ゼンゴ を わすれて おきあがろう と した。 その ため に すこし なごんで いた カフクブ の イタミ が イチジ に おしよせて きた。 ヨウコ は おもわず キ を うしないそう に なって コエ を あげながら、 アシ を ちぢめて しまった。 けれども イッショウ ケンメイ だった。 もう しんだ アト には なんにも のこして おきたく ない。 なんにも いわない で しのう。 そういう キモチ ばかり が はげしく はたらいて いた。
「やいて」
 モンゼツ する よう な クルシミ の ナカ から、 ヨウコ は ただ ヒトコト これ だけ を ムチュウ に なって さけんだ。 ツヤ は イイン に うながされて いる らしかった が、 やがて 1 ダイ の ロウソク を ヨウコ の ミヂカ に はこんで きて、 ヨウコ の みて いる マエ で それ を やきはじめた。 めらめら と ムラサキイロ の ホノオ が たちあがる の を ヨウコ は たしか に みた。
 それ を みる と ヨウコ は ココロ から がっかり して しまった。 これ で ジブン の イッショウ は なんにも なくなった と おもった。 もう いい…… ゴカイ された まま で、 ジョオウ は イマ しんで ゆく…… そう おもう と さすが に イチマツ の アイシュウ が しみじみ と ムネ を こそいで とおった。 ヨウコ は ナミダ を かんじた。 しかし ナミダ は ながれて でない で、 メ の ナカ が ヒ の よう に あつく なった ばかり だった。
 またも ひどい トウツウ が おそいはじめた。 ヨウコ は カミ の シメギ に かけられて、 ジブン の カラダ が みるみる やせて ゆく の を ジブン ながら かんじた。 ヒトビト が うすきみわるげ に ジブン を みまもって いる の にも キ が ついた。
 それでも とうとう その ヨ も あけはなれた。
 ヨウコ は セイ も コン も つきはてよう と して いる の を かんじた。 ミ を きる よう な イタミ さえ が ときどき は とおい こと の よう に かんじられだした の を しった。 もう しのこして いた こと は なかった か と ハタラキ の にぶった アタマ を ケンメイ に はたらかして かんがえて みた。 その とき ふと サダコ の こと が アタマ に うかんだ。 あの カミ を やいて しまって は キベ と サダコ と が あう キカイ は ない かも しれない。 ダレ か に サダコ を たのんで…… ヨウコ は あわてふためきながら その ヒト を かんがえた。
 ウチダ…… そう だ ウチダ に たのもう。 ヨウコ は その とき フシギ な ナツカシサ を もって ウチダ の ショウガイ を おもいやった。 あの ヘンパ で ガンコ で イジッパリ な ウチダ の ココロ の オク の オク に ちいさく ひそんで いる すみとおった タマシイ が はじめて みえる よう な ココロモチ が した。
 ヨウコ は ツヤ に コトウ を よびよせる よう に めいじた。 コトウ の ヘイエイ に いる の は ツヤ も しって いる はず だ。 コトウ から ウチダ に いって もらったら ウチダ が きて くれない はず は あるまい、 ウチダ は コトウ を あいして いる から。
 それから 1 ジカン くるしみつづけた ノチ に、 コトウ の レイ の グンプク スガタ は ヨウコ の ビョウシツ に あらわれた。 ヨウコ の イライ を ようやく のみこむ と、 コトウ は イチズ な カオ に おもいいった ヒョウジョウ を たたえて、 いそいで ザ を たった。
 ヨウコ は ダレ に とも ナニ に とも なく イキ を ひきとる マエ に ウチダ の くる の を いのった。
 しかし コイシカワ に すんで いる ウチダ は なかなか に やって くる ヨウス を みせなかった。
「いたい いたい いたい…… いたい」
 ヨウコ が ゼンゴ を わすれ ワレ を わすれて、 タマシイ を しぼりだす よう に こう うめく かなしげ な サケビゴエ は、 オオアメ の アト の はれやか な ナツ の アサ の クウキ を かきみだして、 いたましく きこえつづけた。
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