カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ニジュウシ の ヒトミ 7

2018-05-21 | ツボイ サカエ
 7、 ハバタキ

 シュウガク リョコウ から オオイシ センセイ の ケンコウ は つまずいた よう だった。 3 ガッキ に はいって まもなく の こと、 ハツカ ちかく ガッコウ を やすんで いる オオイシ センセイ の マクラモト へ、 ある アサ 1 ツウ の ハガキ が とどいた。

ハイケイ、 センセイ の ゴビョウキ は いかが です か。 ワタシ は マイニチ、 チョウレイ の とき に なる と、 シンパイ に なります。 オオイシ センセイ が いない と セエ が ない と、 コツル さん や フジコ さん も いって います。 ダンシ も そう いって います。 センセイ、 はやく よく なって、 はやく きて ください。 ミサキグミ は ミンナ シンパイ して います。 さよなら。

 ミサキグミ の セイト たち の シンジョウ に ふれた オモイ で、 ふと なみだぐんだ センセイ も、 サイゴ の さよなら で、 おもわず ふきだした。 サナエ から だった。
「さよなら を、 ほら、 こんな アテジ が はやってる んよ、 オカアサン」
 チョウショク を はこんで きた ハハオヤ に みせる と、
「ジ も うまい で ない か、 6 ネンセイ に しちゃあ」
「そう、 いちばん よく できる の。 シハン へ いく つもり の よう だ けど、 すこし おとなしすぎる。 あれ で センセイ つとまる かな」
 クチ では なかなか イシ ヒョウジ を しない サナエ の こと を シンパイ して いう と、
「だけど、 オマエ、 ヒサコ だって 6 ネンセイ ぐらい まで は クチカズ の すくない、 アイキョウ の ない コ だった よ。 それ が まあ、 この セツ は どうして、 クチマメ-らしい もの」
「そう かしら、 ワタシ、 そんな に クチハッチョウ?」
「だって、 キョウシ が クチ が おもたかったら こまる で ない か」
「そう よ。 だから ワタシ、 この ヤマイシ サナエ と いう コ が、 キョウダン に たって モノ が いえる かしら と、 シンパイ なの」
「ジブン の こと わすれて。 ヒサコ だって ヒト の マエ じゃ ろくに ショウカ も うたえなかった じゃ ない か。 それでも ちゃんと、 イチニンマエ に なった もの」
「ふーん。 そう だった わ。 イマ ショウカ すき なの、 もしか したら コドモ の とき の ハンドウ かな」
「ヒトリッコ の ハニカミ も あったろう がね。 その ハガキ の コ も ヒトリッコ かい」
「ううん。 6 ニン ぐらい の マンナカ よ。 ネエサン は セキジュウジ の カンゴフ だ そう よ。 ジブン は センセイ に なりたい って、 それ も ツヅリカタ に かいて ある の。 きいたって クチ では いわない くせ に、 ツヅリカタ だ と、 すごい こと かく のよ。 これから は オンナ も ショクギョウ を もたなくて は、 ウチ の オカアサン の よう に、 つらい メ を する、 なんて。 よっぽど つらい メ を みてる らしい の」
「オマエ と おなじ じゃ ない か」
「でも ワタシ は、 ちいさい とき から ちゃんと ヒト にも いってた わ。 センセイ に なる、 センセイ に なる って。 ヤマイシ サナエ と きたら、 なんにも い や しない。 いつでも ミンナ の ウシロ に かくれて いる みたい な くせ に、 かかせる と ちゃんと してる の」
「いろいろ、 タチ が ある よ。 こうして ハガキ を よこしたり する ところ、 なかなか ウシロ に かくれちゃ いない から」
「そう なの。 そして、 さよなら なん だ もの、 おもしろい」
 ハガキ 1 マイ に つりこまれて おもわず すすんだ チョウショク だった。 その アト も、 まるで カガミ に でも みいる よう に その ハガキ を みつめ、 やがて は コドモ たち の こと が つぎつぎ と うかんで きた。 カワモト マツエ は どうした で あろう か。
 ――テンプラ イッチョウッ!
 かんだか に さけんで いた モモワレ の ムスメ。 サンバシ マエ 「シマヤ」 と いう カンバン を おぼえて かえり、 テガミ を だして みた が、 ヘンジ は こなかった。 ショウガッコウ 4 ネンセイ しか おさめて いない コドモ には テガミ を かく スベ も わからなかった の だろう か。 それとも ホンニン の テ に わたった か どう か も あやしい……。 あの ヨ、 うさんくさそう に でて きた オカミサン も、 ジジョウ が わかる と さすが に アイソ よく、
「まあま、 それ は それ は。 よう きて おくれました な。 さ、 センセイ、 どうぞ おかけ なさんせ」
 ナカ へ しょうじいれ、 せまい タタミ の エンダイ に ちいさな ザブトン を だして すすめたり した。 しかし ハナシ を する の は オカミサン ばかり で、 マツエ は だまって つったって いた。 いつのまにか オトコ の セイト が 5~6 ニン やって きて、 ナワノレン の ムコウ に カオ を ならべて いる の を みる と、 オオイシ センセイ は たちあがらず に いられなかった の だ。
「じゃあ また ね。 もう すぐ フネ が くる でしょう から」
 イトマ を つげた が、 べつに ミオクリ にも こなかった。 ゆるされなかった の で あろう。 わざと ふりむき も せず、 さっさと あるきだす と、 ぞろぞろ ついて きた セイト たち は おもいおもい の こと を いった。
「センセイ、 ダレ かな、 あの コ?」
「センセイ、 あの ウドンヤ と、 イッケ (シンルイ) かな?」
 ホンコウ には たった 1 ニチ しか カオ を ださなかった マツエ を、 ダレ も マツエ と きづいて いない の は、 その ナカ に ミサキ の コドモ が まじって いなかった から で あろう。 ヘタ に さそいだしたり しなかった こと を、 マツエ の ため に よろこびながら、 イマ でも イッシュ の モドカシサ で おもいだされる マツエ で あった。 おなじ トシ に うまれ、 おなじ トチ に そだち、 おなじ ガッコウ に ニュウガク した オナイドシ の コドモ が、 こんな に せまい ワ の ナカ で さえ、 もう その キョウグウ は カクダン の サ が ある の だ。 ハハ に しなれた と いう こと で、 はかりしれぬ キョウグウ の ナカ に ほうりだされた マツエ の ユクスエ は どう なる の で あろう か。 カノジョ と イッショ に すだった サナエ たち は、 もう ミライ への ハバタキ を、 ソレゾレ の カンキョウ の ナカ で シタク して いる。 ショウライ への キボウ に ついて かかせた とき、 サナエ は キョウシ と かいて いた。 こどもらしく センセイ と かかず に、 キョウシ と かいた ところ に サナエ の セイイッパイサ が あり、 あまっちょろい アコガレ など では ない もの を かんじさせた。 6 ネンセイ とも なれば、 ミンナ もう エンゼル の よう に ちいさな ハネ を セナカ に つけて、 ちからいっぱい に はばたいて いる の だ。
 かわって いる の は、 マスノ の シボウ で あった。 ガクゲイカイ に 「コウジョウ の ツキ」 を ドクショウ して ゼンコウ を うならせた マスノ は、 ヒマ さえ あれば ウタ を うたい、 ますます うまく なって いた。 ウタ に むかう とき カノジョ の ズノウ は トクベツ の ハタラキ を みせ、 ガクフ を みて ヒトリ で うたった。 イナカ の コドモ と して は、 それ は じつに めずらしい こと だった。 カノジョ の ユメ の ゆきつく ところ は オンガク ガッコウ で あり、 その ため に カノジョ は ジョガッコウ へ ゆく と いった。
 ジョガッコウ-グミ は マスノ の ホカ に ミサコ が いた。 あまり デキ の よく ない ミサコ は、 ジュケン の ため の イノコリ ベンキョウ に インウツ な カオ を して いた。 カノジョ の アタマ は サンスウ の ゲンリ を リカイ する チカラ も、 ウノミ に する キオクリョク にも かけて いた。 しかも それ を ジブン で よく しって いて、 ムシケン の サイホウ ガッコウ に ゆきたがった。 だが カノジョ の ハハ は、 それ を ショウチ せず、 マイニチ、 カノジョ に インウツ な カオ を させた。 なんとか して ケンリツ コウジョ に いれたい カノジョ の ハハ は、 ネッシン に ガッコウ へ きて いた。 その ネツイ で ムスメ の ノウミソ の コウゾウ が かわり でも する よう に。 それでも ミサコ は ヘイキ だった。
「ワタシ な、 スウジ みた だけ で アタマ が いとう なる んで。 ケンリツ の シケン やこい、 ダレ が うけりゃ。 その ヒ に なったら、 ワタシ、 ビョウキ に なって やる」
 カノジョ は サンスウ の ため に ラクダイ する こと を みこして いる の だ。 そこ へ ゆく と、 コトエ は まるで ハンタイ で ある。 イエ で ダレ に みて もらう と いう こと でも ない のに、 カズ の カンカク は マスノ の ガクフ と おなじ だった。 いつも コトエ は マンテン で あった。 ソノタ の ガッカ も サナエ に ついで よく できた。 カノジョ ならば ジョガッコウ も なんなく はいれる で あろう に、 コトエ は 6 ネン きり で やめる と いう。 あきらめて いる の か、 うらやましそう でも ない コトエ に、 たずねた こと が ある。
「どうしても 6 ネン で やめる の?」
 カノジョ は コックリ を した。
「ガッコウ、 すき でしょ」
 また うなずく。
「そんなら、 コウトウカ へ 1 ネン でも きたら?」
 だまって うつむいて いる。
「センセイ が、 ウチ の ヒト に たのんで あげよう か?」
 すると コトエ は はじめて クチ を ひらき、
「でも、 もう、 きまっとる ん。 ヤクソク した ん」
 さびしそう な ビショウ を うかべて いう。
「どんな ヤクソク? ダレ と した の?」
「オカアサン と。 6 ネン で やめる から、 シュウガク リョコウ も やって くれた ん」
「あら、 こまった わね。 センセイ が たのみ に いって も、 その ヤクソク、 やぶれん」
 コトエ は うなずき、
「やぶれん」 と つぶやいた。 そして、 マエバ を みせて ナキワライ の よう な カオ を し、
「コンド は トシエ が ホンコウ に くる ん です。 ワタシ が コウトウカ へ きたら、 バンゴハン たく モン が ない から、 コンド は ワタシ が メシタキバン に なる ん です」
「まあ、 そんなら イマゴロ は 4 ネンセイ の トシエ さん が ゴハンタキ?」
「はい」
「オカアサン、 やっぱり リョウ に いく の、 マイニチ?」
「はい、 おおかた マイニチ」
 いつか コトエ は ツヅリカタ に かいて いた。

ワタシ は オンナ に うまれて ザンネン です。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 オトウサン は いつも くやみます。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 リョウ に ついて いけません から、 オカアサン が カワリ に ゆきます。 だから オカアサン は、 ワタシ の カワリ に フユ の さむい ヒ も、 ナツ の あつい ヒ も オキ に はたらき に いきます。 ワタシ は おおきく なったら オカアサン に コウコウ つくしたい と おもって います。

 これ なの だ と、 オオイシ センセイ は さっした。 まるで オンナ に うまれた こと を ジブン の セキニン で でも ある よう に かんがえて いる コトエ。 それ が コトエ を、 ナニゴト にも エンリョ-ぶかく させて いる の だ。 ダレ が そう おもわせた の か と いって みて も まにあわぬ。 コトエ は もう 6 ネンセイ で やめる こと を、 ワガミ の ウンメイ の よう に うけいれて いる の だ。
「でも ね コトエ さん――」
 それ は まちがって いる の だ と いおう と して やめた。 カンシン ね、 と いおう と して それ も やめた。 キノドク ね と いう の も クチ を でなかった。
「ザンネン です ね」
 それ は いかにも テキセツ な コトバ で あった が、 コトエ は それ で なぐさめられ、 キモチ が あかるく なった らしい。 すこし ソッパ の おおきな マエバ を よけい むきだして、
「そのかわり、 えい こと も ある ん。 サライネン トシエ が 6 ネン を ソツギョウ したら、 コンド は ワタシ を オハリヤ へ やって くれる ん。 そして 18 に なったら オオサカ へ ホウコウ に いって、 ゲッキュウ みんな、 ジブン の キモノ かう ん。 ウチ の オカアサン も そうした ん」
「そして オヨメ に ゆく の?」
 コトエ は イッシュ の ハニカミ を みせて、 ふふっと わらった。 それ は もう わが テ では うごかす こと の できぬ ウンメイ で でも ある よう に、 カノジョ は それ に フクジュウ しよう と して いる。 そこ には もう、 あたえられる ウンメイ を さらり と うけよう と する オンナ の スガタ が あった。 ハタチ にも なれば、 カノジョ は ある ヒ ハハ キトク の ニセ-デンポウ 1 ポン で ホウコウサキ から よびかえされ、 キトク の はず の ハハ たち の ゼンダテ の まま、 よく はたらく ヒャクショウ か リョウシ の ツマ に なる かも しれぬ。
 カノジョ の ハハ も そう で あった。 そして 6 ニン の コ を うんだ。 5 ニン まで オンナ で あった ため に、 それ が ジブン ヒトリ の セキニン で ある か の よう に オット の マエ で キガネ して いた。 その キガネ が コトエ にも うつって、 カノジョ も エンリョ-ぶかい オンナ に なって いた。 オット に したがって マイニチ オキ に でて いる リョウシ の ツマ は、 オンナ とは おもえぬ ほど ヒ に やけた カオ を し、 シオカゼ に さらされて カミノケ は あかちゃけて ぼうぼう と して いた。 しかも それ で フヘイ フマン は なかった か の よう に、 ジブン の あるいた ミチ を また ムスメ に あるかせよう と し、 ムスメ も それ を アタリマエ の オンナ の ミチ と こころえて いる。 そこ には よどんだ ミズ が ナガレ の セイレツサ を しらない よう な、 フルサ だけ が あった。 ショウジキ イチズ な まずしい リョウシ の イッカ に とって は、 それ が エンマン グソク の カギリ なの だろう か と、 ヒトリ もどかしがる オオイシ センセイ だった。 さりとて コトエ を コウトウカ に シンガク させる こと で、 まずしい リョウシ イッカ の カンガエ が イッシン される もの では ない と おもう と、 ソラ を ながめて タメイキ を する より なかった。
 キョウシ と セイト の カンケイ が、 これ で よい の か と ギモン を もつ と、 そこ に でて くる コタエ は、 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ で あった。 コクゾク に され、 ケイムショ に つながれた イナガワ センセイ は、 ときどき ゴクチュウ から、 アリ の よう に こまかい ジ の テガミ を オシエゴ に よせる と いう こと だった が、 なんの かわった こと も ない アリキタリ の テガミ も、 セイト には よんで きかされない と いう ウワサ だった。 そんな もの で あろう か。 キョウシツ の ナカ で、 コクテイ キョウカショ を とおして しか むすびつく こと を ゆるされない そらぞらしい キョウシ と セイト の カンケイ、 たとえ セイト の ほう で カッテ に セキ を のりこえて こよう とも、 ジョウズ に カタスカシ を くわさねば、 おもいがけない オトシアナ が ある こと を しらねば ならなかった。 ミンナ の ミミ と メ が しらずしらず ヒト の ヒミツ を うかがいさぐる よう に なって いる の だ。 しかし また ときには、 ベツ の こと で おもいがけない イタズラ に ひきずりこまれたり も する。 ビョウキ の ため しばらく やすむ と いった とき、 コツル など、 ムナモト に テ を いれる よう な ブエンリョサ で、 ぬけぬけ と いった。
「センセイ の ビョウキ、 ツワリ です か?」
 おもわず あかく なる と、 やんや と はやす モノ も いた。 コドモ の くせ に、 と おもった が、 カタ を すかさず に こたえた。
「そう なの。 ごめんなさい。 ゴハン たべられない から、 こんな に やせた ん だ もん、 すこし ゲンキ に なって から くる わ」
 その とき から の ケッキン だった。 やすむ と センゲン した とき、 ダレ より も シンパイ そう な カオ を した の が やはり サナエ だった こと など おもいだし、 6 ネン マエ の シャシン を とりだして みた。 13 マイ ヤキマシ を して おきながら、 なんとなく わたしそびれて ソノママ に なって いる シャシン は、 フクロ の まま シャシン ブック の アイダ に はさまって いた。 あどけない カオ を ならべて いる ナカ で、 コツル は やはり いちばん おとなっぽかった。 この とき から ずぬけて セ も たかい コツル は、 イマ では ミンナ より フタツ ほど も トシウエ に みえた。 オカッパ か ヨコワケ に して いる ナカ で、 カノジョ ヒトリ は シナ の ショウジョ の よう に マエガミ を さげて、 ヒトリ おとなぶって いる の だ。 マスノ が ミサキ の ミチヅレ で なくなって から、 カノジョ は ヒトリ いばって いる ふう で あった。 コウトウカ を おえる と サンバ ガッコウ に ゆく の が モクテキ なの も、 オマセ な カノジョ に ツワリ の キョウミ を もたせた の かも しれない。
 ミサキ の ジョシグミ では、 アト に フジコ が ヒトリ いる が、 カノジョ の ホウコウ だけ は きまって いなかった。 いよいよ、 コンド こそ イエヤシキ が ヒトデ に わたる と いう ウワサ も、 ソツギョウ の さしせまった フジコ の ウゴキ を きめられなく して いる の だろう と おもう と、 コトエ と ドウヨウ、 アナタマカセ の ウンメイ が カノジョ を まちうけて いそう で あわれ だった。 やせて チノケ の ない、 しろく コ の ふいた よう な カオ を した フジコ は、 いつも ソデグチ に テ を ひっこめて、 ふるえて いる よう に みえた。 イン に こもった よう な つめたい ヒトエマブタ の メ と、 ムクチサ だけ が、 かろうじて カノジョ の タイメン を たもって でも いる よう だ。
 そこ へ ゆく と、 オトコ の コ は いかにも はつらつ と して いる。
「ボク は、 チュウガク だ」
 タケイチ が カタ を はる よう に して いう と、 タダシ も まけず に、
「ボク は コウトウカ で、 ソツギョウ したら ヘイタイ に いく まで リョウシ だ。 ヘイタイ に いったら、 カシカン に なって、 ソウチョウ ぐらい に なる から、 おぼえとけ」
「あら、 カシカン……」
 フシゼン に コトバ を きった が、 センセイ の キモチ の ウゴキ には ダレ も キ が つかなかった。 ツキヨ の カニ と ヤミヨ の カニ を わざわざ もって きた よう な タダシ が カシカン シボウ は おもいがけなかった の だ が、 カレ に とって は おおいに ワケ が あった。 チョウヘイ の 3 ネン を チョウセン の ヘイエイ で すごし、 ジョタイ に ならず に そのまま マンシュウ ジヘン に シュッセイ した カレ の チョウケイ が、 サイキン ゴチョウ に なって かえった こと が タダシ を そそのかした の だ。
「カシカン を シボウ したら な、 ソウチョウ まで は へいちゃら で なられる いう もん。 カシカン は ゲッキュウ もらえる んど」
 そこ に シュッセ の ミチ を タダシ は みつけた らしい。 すると タケイチ も、 まけず に コエ を はげまして、
「ボク は カンブ コウホセイ に なる もん。 タンコ に まける かい。 すぐに ショウイ じゃ ど」
 キチジ や イソキチ が うらやましげ な カオ を して いた。 タケイチ や タダシ の よう に、 さして その ヒ の クラシ には こまらぬ カテイ の ムスコ とは ちがう キチジ や イソキチ が、 センソウ に ついて、 イエ で どんな コトバ を かわして いる か しる ヨシ も ない が、 だまって いて も、 やがて は カレラ も おなじ よう に ヘイタイ に とられて ゆく の だ。 その ハル (ショウワ 8 ネン) ニッポン が コクサイ レンメイ を ダッタイ して、 セカイ の ナカマハズレ に なった と いう こと に どんな イミ が ある か、 チカク の マチ の ガッコウ の センセイ が ロウゴク に つながれた こと と、 それ が どんな ツナガリ を もって いる の か、 それら の イッサイ の こと を しる ジユウ を うばわれ、 その うばわれて いる ジジツ さえ しらず に、 イナカ の スミズミ まで ゆきわたった コウセンテキ な クウキ に つつまれて、 ショウネン たち は エイユウ の ユメ を みて いた。
「どうして そんな、 グンジン に なりたい の?」
 タダシ に きく と、 カレ は ソッチョク に こたえた。
「ボク、 アトトリ じゃ ない もん。 それに リョウシ より よっぽど カシカン の ほう が えい もん」
「ふーん。 タケイチ さん は?」
「ボク は アトトリ じゃ けんど、 ボク じゃって グンジン の ほう が コメヤ より えい もん」
「そうお、 そう かな。 ま、 よく かんがえなさい ね」
 ウカツ に モノ の いえない キュウクツサ を かんじ、 アト は だまって オトコ の コ の カオ を みつめて いた。 タダシ が、 ナニ か かんじた らしく、
「センセイ、 グンジン すかん の?」 と きいた。
「うん、 リョウシ や コメヤ の ほう が すき」
「へえーん。 どうして?」
「しぬ の、 おしい もん」
「ヨワムシ じゃ なあ」
「そう、 ヨワムシ」
 その とき の こと を おもいだす と、 イマ も むしゃくしゃ して きた。 これ だけ の ハナシ を とりかわした こと で、 もう キョウトウ に チュウイ された の で ある。
「オオイシ センセイ、 アカ じゃ と ヒョウバン に なっとります よ。 キ を つけん と」
 ――ああ、 アカ とは、 いったい どんな こと で あろう か。 この、 なんにも しらない ジブン が アカ とは――。
 ネドコ の ナカ で いろいろ かんがえつづけて いた オオイシ センセイ は、 チャノマ に むかって よびかけた。
「オカア、 サン、 ちょっと」
「はいよ」
 たって は こず に フスマゴシ の ヘンジ は、 ヒバチ の ワキ に うつむいた コエ で あった。
「ちょっと ソウダン。 きて よ」
 アシオト に つづいて フスマ が あく と、 ユビヌキ を はめた テ を みながら、
「ワタシ、 つくづく センセイ いや ん なった。 3 ガツ で やめよ かしら」
「やめる? なんで また」
「やめて イチモンガシヤ でも する ほう が まし よ。 マイニチ マイニチ チュウクン アイコク……」
「これっ」
「なんで オカアサン は、 ワタシ を キョウシ なんぞ に ならした の、 ホント に」
「ま、 ヒト の こと に して。 オマエ だって すすんで なった じゃ ない か。 オカアサン の ニノマイ ふみたく ない って。 まったく ロウガンキョウ かけて まで、 ヒトサマ の サイホウ は したく ない よ」
「その ほう が まだ まし よ。 1 ネン から 6 ネン まで、 ワタシ は ワタシ なり に イッショウ ケンメイ やった つもり よ。 ところが どう でしょう。 オトコ の コ ったら ハンブン イジョウ グンジン シボウ なん だ もの、 いや ん なった」
「トキヨ ジセツ じゃ ない か。 オマエ が イチモンガシヤ に なって、 センソウ が おわる なら よかろう がなあ」
「よけい、 いや だ ワタシ。 しかも、 オカアサン に こり も せず、 フナノリ の オムコサン もらったり して、 ソン した。 コノゴロ みたい に ボウクウ エンシュウ ばっかり ある と、 フナノリ の ヨメサン、 イノチ ちぢめる わ。 アラシ でも ない のに、 どかーん と やられて ミボウジン なんて、 ゴメン だ。 そ いって、 イマ の うち に フナノリ やめて もらお かしら。 フタリ で ヒャクショウ でも なんでも して みせる。 せっかく コドモ が うまれる のに、 ワタシ は ワタシ の コ に ワタシ の ニノマイ ふませたく ない もん。 やめて も いい わね」
 ハヤクチ に ならべたてる の を、 にこにこ わらいながら オカアサン は きいて いた が、 やがて、 おさない コドモ でも たしなめる よう に いった。
「まるで、 なんもかも ヒト の せい の よう に いう コ だよ、 オマエ は。 すき で きて もらった ムコドノ で ない か。 オカアサン こそ、 モンク いいたかった のに、 あの とき。 ワタシ の ニノマイ ふんだら どう しよう と おもって。 でも、 ヒサコ が キニイリ の ヒト なら シカタ が ない と あきらめた。 それ を、 ナン じゃ、 いまさら」
「すき と フナノリ は ベツ よ。 とにかく ワタシ、 センセイ は もう いや です から ね」
「ま、 すき に しなされ。 イマ は キ が たってる ん だ から」
「キ なんか たって いない わ」
 ガッコウ で とは だいぶ ちがう センセイ で ある。 しかし その ワガママ な イイカタ の ナカ には、 ヒト の イノチ を いとおしむ キモチ が あふれて いた。
 やがて おちついて ふたたび ガッコウ へ かよう よう には なった が、 シンガッキ の フタ を あける と オオイシ センセイ は もう おくりだされる ヒト で あった。 おしんだり うらやましがる ドウリョウ も いた が、 とくに ひきとめよう と しない の は、 オオイシ センセイ の こと が なんとなく めだち、 モンダイ に なって も いた から だ。 それなら、 どこ に モンダイ が ある か と きかれたら、 ダレヒトリ はっきり いえ は しなかった。 オオイシ センセイ ジシン は もちろん しらなかった。 しいて いえば、 セイト が よく なつく と いう よう な こと に あった かも しれぬ。
 その アサ 700 ニン の ゼンコウ セイト の マエ に たった オオイシ センセイ は、 しばらく だまって ミンナ の カオ を みまわした。 だんだん ぼやけて くる メ に、 あたらしい 6 ネンセイ の いちばん ウシロ に たって、 イッシン に こちら を みて いる、 セ の たかい ニタ の カオ が それ と わかる と、 おもわず ナミダ が あふれ、 ヨウイ して いた ワカレ の アイサツ が でて こなかった。 まるで ニタ が ソウダイ で でも ある よう に、 ニタ の カオ に むかって オジギ を した よう な カタチ で、 ダン を おりた。 コウトウカ の レツ の ナカ から タダシ や キチジ や、 コツル や サナエ の うるんだ マナザシ が イッシン に こちら を みつめて いる の を しった の は、 ダン を おりて から だった。 オヒル の ヤスミ に ベツムネ に ある サナエ たち の キョウシツ の ほう へ ゆく と、 いちはやく コツル が みつけて はしって きた。
「センセ、 どうして やめた ん?」
 めずらしく なきそう に いう コツル の ウシロ から、 サナエ の メ が ぬれて ひかって いた。 あんな に ジョガッコウ ジョガッコウ と、 マッサキ に なって さわいで いた マスノ が、 けっきょく は コウトウカ へ のこった と いう のに、 その スガタ が みえない こと に ついて、 コツル は レイ に よって オヒレ を つけて いった。
「マア ちゃん な センセイ、 オバアサン と オトウサン が ハンタイ して ジョガッコウ いく の、 やめた ん。 リョウリヤ の ムスメ が シャミセン と いう なら きこえる (わかる) が、 ガッコウ の ウタウタイ に なって も はじまらん いわれて。 マア ちゃん ヤケ おこして、 ゴハン も たべず に なきよる。 ――それから な センセイ、 ミサコ さん の ガッコウ は ジョガッコウ と ちがう んで。 ガクエン で。 ミドリ ガクエン いうたら、 セイト は 30 ニン ぐらい で、 シタテヤ に ケ が はえた よう な ガッコウ じゃ と。 そんなら コウトウカ の ほう が よかった のに な、 センセイ」
 おもわず わらわせられた センセイ は、 わらった アト で たしなめた。
「そんな ふう に いう もん じゃ ない わ、 コツヤン。 それ より、 マア ちゃん どうした の?」
「フ が わるい いうて、 やすんどん」
「フ なんか わる ない いうて、 なぐさめて あげなさい、 コツヤン も サナエ さん も。 それ より、 フジコ さん どうした?」
「あ、 それ が なぁ、 ビックリ ギョウテン、 タヌキ の チョウチン じゃ」
 コツル は コエ を おおきく し、 みひらいて も おおきく なりっこ の ない ほそい メ を、 ムリ に ひらこう と して マユ を つりあげ、
「ヒョウゴ へ いった んで。 シケン ヤスミ の とき、 ウチ の フネ で ニモツ と イッショ に オヤコ 5 ニン つんで いった ん。 フトン と、 アト は ナベ や カマ や ばっかり の ニモツ。 タンス も オオムカシ の ヌリ の はげた ん ヒトツ だけ で、 アト は コウリ じゃった。 フジコ さん とこ の ヒト、 ミンナ アラバタラキ した こと ない さかい、 いまに コジキ に でも ならにゃ よかろ が って、 ミナ シンパイ しよった。 いんま、 フジコ さん ら も ゲイシャ ぐらい に うられにゃ よかろ が って――」
 ジブン とこ の ウンチン、 ハンブン は ウレノコリ の ドウグ で はらった こと まで しゃべりつづける コツル の カタ を かるく たたいて、
「コツル さん、 アンタ は ね、 いらん こと を、 すこし、 しゃべりすぎない? アンタ サンバ さん に なる ん でしょ。 いい サンバ さん は、 あんまり ヒト の こと を いわない ほう が、 いい こと よ、 きっと。 これ ね、 センセイ の センベツ の コトバ。 いい サンバ さん に なって ね」
 さすが に コツル は ちょこんと カタ を すくめ、
「はい、 わかりました」
 ミカヅキ の メ で わらった。
「サナエ さん も、 いい センセイ に なって ね。 サナエ さん は もっと、 オシャベリ の ほう が いい な。 これ も センセイ の オセンベツ」
 カタ を たたく と、 サナエ は こっくり して だまって わらった。
「コトヤン に あったら、 よろしく いって ね。 カラダ ダイジ に して、 いい ヨメサン に なりなさい って。 これ オセンベツ だ って」
 コツル は すかさず、
「センセイ も、 よい オカアサン に なります よう に、 これ オセンベツ です」
 ふざけて センセイ の カタ を たたいた。 コツル は もう ほとんど センセイ と おなじ セ の タカサ に なって いた。
「はい、 ありがとう」
 おもいきり コエ を あげて わらった。
 コウトウカ に なって、 はじめて ダンジョ ベツグミ に なった キョウシツ には、 タダシ たち は いなかった。 オトコ の コ の ほう へ いって、 トクベツ に ミサキ の セイト だけ に ワカレ の アイサツ を する の も キ が すすまず、 かえる こと に した。
「タンコ さん ソンキ さん、 キッチン くん ら に、 よろしく ね。 キ が むいたら、 あそび に きなさい って いって ね」
「センセイ、 ワタシラ は?」
 コツル は すぐ アゲアシ を とる。
「もちろん、 きて ちょうだい。 こい って いわなくて も、 ムカシ から アンタタチ くる でしょう。 あ、 そうそう」
 シャシン を だして 1 マイ ずつ わたす と、 コツル は きゃっきゃっ と ひびきわたる コエ で わらい、 とびとび して よろこんだ。
 その ヨクジツ、 ときはなたれた ヨロコビ より も、 ダイジ な もの を ぬきとられた よう な サビシサ に がっかり して、 ヒルネ を して いる ところ へ、 おもいがけず タケイチ と イソキチ が つれだって やって きた。 あまり に はやい コトヅケ の キキメ に おどろきながら、 みだれた カミ も ゆい も せず に むかえた。
「ま、 よく きて くれた わね。 さ、 おあがんなさい」
 フタリ は カオ みあわせ、 やがて タケイチ が いった。
「ツギ の バス で かえる ん です。 あと 10 プン か 15 フン ぐらい だ から、 あがられん の です」
「あら そう。 その ツギ の に したら?」
「そしたら、 ミサキ へ つく の が くろう なる」
 イソキチ が きっぱり いった。 どうやら みちみち そういう ソウダン を した らしい。
「あ、 そう か。 じゃあ まってて。 センセイ おくって いく から、 あるきながら はなしましょう」
 いそいで カミ を なおしながら、
「タケイチ さん、 チュウガク いつから?」
「アサッテ です」
 その タイド は もう、 チュウガクセイ だぞ と いわん ばかり で、 テ には あたらしい ボウシ を もって いた。 イソキチ の ほう も みなれぬ トリウチボウ を ミギテ に もち、 テオリジマ の キモノ の ヒザ の ところ を ギョウギ よく おさえて いた。
「イソキチ さん、 キノウ ガッコウ やすんだ の?」
「いいえ、 ボク もう、 ガッコウ へ いかん の です」
 そして イソキチ は キュウ に しゃちこばり、
「センセイ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 ヒザ を まげて オジギ を した。
「あら、 まだ よ。 イマ、 イッショ に いきます よ」
 ナキワライ しそう に なる の を こらえながら、 つれだって でかけた。 バス の ノリバ まで は 6 プン かかる。 マンナカ に なって あるきだす と、 イソキチ は すっぽり と アタマ を つつんだ おおきな トリウチボウ の シタ から ちいさな カオ を あおのけ、
「センセイ、 ボク、 アシタ の バン、 オオサカ へ ホウコウ に いきます。 ガッコウ は シュジン が ヤガク へ やって くれます」
「あらま、 ちっとも しらなかった。 キュウ に きまった の?」
「はい」
「ナニヤ さん?」
「シチヤ です」
「おやまあ、 アンタ シチヤ さん に なる の?」
「いえ、 シチヤ の バントウ です。 ヘイタイ まで つとめたら、 バントウ に なれる と いいました」
 サッキ から イソキチ は ずっと、 ヨソユキ の コトバ で かたく なって いる。 それ を ほぐす よう に、
「いい バントウ さん に なりなさい ね。 ときどき センセイ に オテガミ ください ね。 キノウ、 コツヤン に シャシン ことづけた でしょ。 あの とき の こと おもいだして」
 タケイチ も イソキチ も わらった。
「これ、 オセンベツ、 ハガキ と キッテ なの」
 モライモノ の キッテチョウ と ハガキ を あたらしい タオル に そえて つつんだ の を イソキチ に わたし、 タケイチ には ノート 2 サツ と エンピツ 1 ダース を いわった。
「ヤブイリ なんか で もどった とき には、 きっと いらっしゃい ね。 センセイ、 ミンナ の おおきく なる の が みたい ん だ から。 なんしろ、 アンタタチ は センセイ の オシエハジメ の、 そして オシエジマイ の セイト だ もん。 なかよく しましょう ね」
「はい」
 イソキチ だけ が ヘンジ を した。
「タケイチ さん も よ」
「はい」
 ムラ の ハズレ の マガリカド に バス の スガタ が みえる と、 イソキチ は もう イチド ボウシ を とって いった。
「センセ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 いかにも、 それ は オウム の よう な ギゴチナサ だった。 いいおわる と すぐ ボウシ を かぶった。 オトナモノ らしい トリウチボウ は マンガ の コドモ の よう では あった が、 にあって いた。 あたらしい ガクセイボウ と フタツ ならんで、 バス の ウシロ の マド から テ を ふって いた フタリ を、 みえなく なる まで おくる と、 ゆっくり と ウミベ に おりて みた。 しずか な ウチウミ を へだてて、 ほそながい ミサキ の ムラ は イツモ の とおり よこたわって いる。 そこ に ヒト の コ は そだち、 はばたいて いる。
 ――ながなが オセワ に なりました。 そんなら ごきげん よろしゅ……。
 ミサキ に むかって つぶやいて みた。 それ は オカシサ と カナシサ と、 アタタカサ が ドウジ に こみあげて くる よう な、 そして もっと ガンチク の ある コトバ で あった。
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ニジュウシ の ヒトミ 8

2018-05-05 | ツボイ サカエ
 8、 ナナエ ヤエ

 ハル とは いえ、 サムサ は まだ アサ の クウキ の ナカ に、 カマイタチ の よう な スルドサ で ひそんで いて、 ヒカゲ に いる と アシモト から ふるえあがって くる。
 K マチ の バス の テイリュウジョ には、 この はやい のに もう ヨウタシ を すまして きた キャク が フタリ、 クダリ バス を まって いた。 60 を フタツ ミッツ すぎた らしく みえる オジイサン と、 30 ゼンゴ の オンナキャク と。
「ううっ、 さぶい!」
 おもわず でた ウメキゴエ の よう に つぶやく オジイサン に、
「ホント に」
と、 オンナキャク は はなしかけられ も しない のに ドウイ した。 サムサ は ニンゲン の ココロ を よりあわせる らしく、 どちら から と なく シタシサ を みせあった。
「ホント に、 いつまでも さむい こと です な」
「そう です。 もう ヒガン じゃ と いう のに」
 はなしかけた わかい オンナ は、 しかくい ツツミ を ムネ に かかえこむ よう に しながら、 オジイサン の、 ムキダシ の まま カタウデ に ひっかけて いる ソマツ な ランドセル に、 したしい マナザシ を おくり、
「オマゴサン の です か?」
「はいな」
「ワタシ も、 ムスコ の を こうて きました」
 ムネ の ツツミ を みやりながら、
「キョウ うりだす と いう の を きいて イチバン の バス で でかけた ん です けど、 ムカシ の よう な シナ は もう ヒトツ も ありませなんだ。 こんな カミ の じゃあ、 1 ネン こっきり でしょう」
 オタガイ の シナモノ を なげく よう に いう と、 そう だ と いう よう に オジイサン は クビ を ふり、
「ヤミ なら、 なんぼでも ある と いな」
 そして、 はっはっ と わらった。 オクバ の ない らしい クチ の ナカ が マックラ に みえた。 オンナ は メ を そらしながら、
「キョウビ の よう に、 なんでも かでも ヤミ ヤミ と、 ガッコウ の カバン まで ヤミ じゃあ、 こまります な」
「ゼニ さえ ありゃあ なんでも かでも ある そう な。 あまい ゼンザイ でも、 ヨウカン でも、 ある とこ にゃ ヤマ の よう に ある そう な」
 そう いって ハ の ない クチモト から、 ホント に ヨダレ を こぼしかけた ところ は、 アマトウ らしい。 クチモト を テノヒラ で なでながら、 テレカクシ の よう に、 ムコウガワ を アゴ で しゃくり、
「ネエサン、 あっち で まとう じゃ ない か。 ヒナタ だけ は タダ じゃ」
 そう いって さっさと ハンタイガワ ノリバ の ほう へ ミチ を よこぎった。 ネエサン と よばれて おもわず にやり と しながら、 オンナキャク も アト を おった。 ――ネエサン、 か。 と オンナキャク は ココロ の ナカ で いって みて、 セ の たかい オジイサン を ふりあおぎ、 わらいながら たずねた。
「オジイサン、 どちら です か?」
「ワシ か。 ワシャ イワガハナ でさ」
「そう です か。 ワタシ は イッポンマツ」
「ああ イッポンマツ なあ。 あっこ にゃ、 ワシ の フナノリ ホウバイ が あって な。 もう とうの ムカシ に しんだ けんど、 オオイシ カキチ と いう ナマエ じゃ が、 アンタラ もう、 しるまい」
 それ を きいた トタン に、 オンナキャク は とびあがる ほど おどろいて、
「あら、 それ、 ワタシ の チチ です が」
 コンド は、 オジイサン が、 ひらきなおる よう な カッコウ で、
「ほう、 こいつ は めずらしい。 そう かいな。 イマゴロ カキッツァン の ムスメ さん に あう とは なあ。 そう いや にた ところ が ある」
「そう です か。 チチ は ワタシ が ミッツ の とき しにました から、 なんにも おぼえとりません けど、 オジサン、 イツゴロ チチ と イッショ でした の?」
 オジイサン を オジサン と あらためて よんだ の も、 いきて いれば チチ も この くらい の ネンパイ か と おもった から だ。
 いう まで も なく、 オオイシ センセイ の、 あれ から 8 ネン-メ の スガタ で ある。 フナノリ の ツマ と して すごした 8 ネン-カン には、 ハラ を たてて キョウショク を ひいた あの とき とは くらべる こと も できない ほど、 ヨノナカ は いっそう はげしく かわって いた。 ニッカ ジヘン が おこり、 ニチ-ドク-イ ボウキョウ キョウテイ が むすばれ、 コクミン セイシン ソウドウイン と いう ナ で おこなわれた ウンドウ は、 ネゴト にも クニ の セイジ に クチ を だして は ならぬ こと を かんじさせた。 センソウ だけ を みつめ、 センソウ だけ を しんじ、 ミ も ココロ も センソウ の ナカ へ なげこめ と おしえた。 そして そのよう に したがわされた。 フヘイ や フマン は ハラ の ソコ へ かくして、 そしらぬ カオ を して いない かぎり、 ヨワタリ は できなかった。
 そんな ナカ で オオイシ センセイ は 3 ニン の コ の ハハ と なって いた。 チョウナン の ダイキチ、 ジナン の ナミキ、 スエッコ の ヤツ。 すっかり ヨ の ツネ の ハハオヤ に なって いる ショウコ に、 ネエサン と よばれた。 だが よく みる と、 メ の カガヤキ の オク に、 タダ の ネエサン で ない もの が かくれて いる。
「オジサン、 もし よろしかったら、 オチャ でも のみません か」
 テイリュウジョ の ワキ の チャミセ を さして いった。 この トシヨリ から、 チチオヤ を かぎだそう と した の で ある。 しかし トシヨリ は、 ガンコ に クビ を ふり、
「いや、 もう すぐに バス が きまっそ。 ここ で よろしい わい」
 トシヨリ の ほう も なんとなく、 あらたまった タイド を みせて いた。
「それで、 カキッツァン の ヨメサン は、 オタッシャ かな」
「はあ、 おかげさま で」
と、 いった が、 としとった ハハ が、 ヨメサン と よばれた こと で おもわず エガオ に なった。 かえれば まず それ を ハハ に いおう と おもった。 ちょうど ノボリ バス が ケイテキ と ともに ちかづいて きた。 ノボリキャク で ない こと を しめす よう に、 いそいで ヒョウシキ から はなれた が、 バス は とまった。 チャミセ の ノキシタ に たって、 おりる キャク の カオ を、 みる とも なく みて いた。 バス は スシヅメ の マンイン で、 おりて くる の は わかい オトコ ばかり だった。 ほとんど ミナ、 ここ で おりる か と おもう ばかり、 ツギ から ツギ へ と デグチ に あらわれる わかい カオ を みて いる うち、 ふと おもいだした の は、 キョウ この マチ の コウカイドウ で チョウヘイ ケンサ が とりおこなわれる こと だった。 ああ、 それ か と おもいながら、 ワカサ に みちた ココ の カオ に ツギ から ツギ へ と メ を うつして いた。
「あっ、 コイシ センセイ!」
 おもわず とびあがる ほど の オオゴエ だった。 ほとんど ドウジ に センセイ も さけんだ。 さそわれる よう な オオゴエ で、
「あらっ、 ニタ さん!」
 そして、 アト から アト から と つづいて でて くる カオ に むかって、
「あら、 あら、 あら、 ミンナ いる の、 まあ」
 ニタ に つづいて イソキチ、 タケイチ、 タダシ、 キチジ と、 かつて の ミサキ の ショウネン たち は ミンナ そろった。
「センセイ、 しばらく です」
 トウキョウ の ダイガク を あと 1 ネン と いう タケイチ は、 ほそながく なった カオ を、 いかにも トカイ の カゼ に ふかれて きた と いう よう な ヨウス で、 マッサキ に アイサツ した。 つづいて コウベ の ゾウセンジョ で はたらいて いる タダシ が、 これ は いかにも ロウドウシャ-らしく きたえられた ツラダマシイ ながら、 ヒト の よい エガオ で アタマ を さげ、 きまりわるげ に ミミ の ウシロ を かいた。 まって いた よう に イソキチ が マエ に でて きて、
「センセイ、 ゴブサタ いたしまして」
 すこし シンパイ な ほど あおじろい カオ に、 じょさいない ワライ を うかべた。 どこ へも ゆかず に ミサキ の ムラ で ヤマキリ や リョウシ を して いる キチジ は、 あいかわらず カリネコ の よう な オトナシサ で、 ミンナ の ウシロ に ひかえ、 ミズバナ を すすりあげながら だまって アタマ を さげた。 ニタ ばかり は レイ の とおり の ブエンリョサ で、 アイサツヌキ だった。 カレ は チチオヤ を てつだって セッケン セイゾウ を して いる と いう。 ケイザイテキ には いちばん ユトリ が ある らしい ニタ は、 シンチョウ の コクミンフク を きて いた。
「センセイ、 こないだ フジコ に おうた、 フジコ に」
 ジマン-らしく フジコ を かさねて いう。 しかし センセイ は わざと それ に のらず、 とりまかれた セイネン の スガタ を あおぐ よう に して ながめまわした。 8 ネン の サイゲツ は、 ちいさな ショウネン を みあげる ばかり の タクマシサ に そだてて いる。
「そう、 ケンサ だった の。 もう ね」
 ナミダ の しぜん と にじみだす メ に 5 ニン の スガタ は ぼやけた。 いつまで そう も して おられぬ と きづく と、 キュウ に ムカシ の センセイ-ブリ に もどり、
「さ、 いって らっしゃい。 そのうち、 ミンナ で イチド、 センセイ とこ へ きて くれない」
 それで いかにも オトコ の コ-らしく あっさり と はなれて ゆく ウシロスガタ を、 サマザマ の オモイ で みおくりながら、 ヒサシブリ に ジブン の クチ で 「センセイ」 と いった の が、 なんとなく シンセン な カンジ で、 うれしかった。
 ふりかえる と、 トシヨリ は チャミセ の ヨコ の ヒダマリ に チリ を よけて まって いた。 ヒアタリ の よい イケガキ の 1 カショ に ツボミ を つけた ヤマブキ が むらがり、 ほそい エダ は ツボミ の オモサ で しなって いる。 その ヒトエダ を ムゾウサ に おりとり、 トシヨリ も また ワカモノ たち を みおくりながら、 ちいさい コエ で、
「えらい こっちゃ。 あ やって にこにこ しよる わかい モン を、 わざわざ テッポウ の タマ の マト に する ん じゃ もん なあ」
「ホント に」
「こんな こと、 おおきい コエ じゃ いう こと も できん。 いうたら これ じゃ」
 ランドセル を もった まま リョウテ を ウシロ に まわし、 さらに コゴエ で、
「ほれ、 チアン イジ ホウ じゃ、 ぶちこまれる」
 ハ の ない クチ に キュウ に オクバ が はえた よう な キ が する ほど わかがえった クチョウ だった。 チアン イジ ホウ と いう もの を、 カノジョ は よく しらない。 ただ 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ が、 その チアン イジ ホウ と いう ホウリツ に イハン した コウドウ の ため に、 ロウゴク に つながれ、 まもなく でて きて から も フクショク は おろか、 セイトウ な アツカイ も うけて いない と いう こと だけ が、 その ホウリツ と つないで かんがえられた。 イナガワ センセイ の ハハオヤ は、 まるで キチガイ の よう に ムスコ を かばい、 イマ では カレ が ゼンピ を くいあらためて いる と、 あう ヒト ごと に フイチョウ して まわる の に いそがしい と いう ウワサ を きいた。 どこ まで が ホントウ なの か、 ただ イナガワ センセイ は ヒトリ ヨウケイ を しながら セケンバナレ の セイカツ を して いた。 カレ が セケン を はなれた の では なく、 セケン が カレ を よせつけない の だ。 カレ の タマゴ は、 ドク でも はいって いる か の よう に きらわれ、 ヒトコロ は カイテ も なかった。 ジダイ は ヒト を 3 ビキ の サル に ならえ と しいる の だ。 クチ を ふさぎ、 メ を つむり、 ミミ を おさえて いれば よい と いう の だ。 ところが イマ、 メノマエ に いる トシヨリ は メ や ミミ を ふたした サル の テ を はぎとる よう な こと を いう。 ホウバイ の ムスメ だ とは いえ、 はじめて あった オンナ に、 なぜ ココロ の オク を みせる よう な こと を いう の だろう か。
 ハンブン は ケイカイシン も おきて、 カノジョ は、 それとなく ワダイ を そらせた。
「ところで オジサン、 ワタシ の チチ とは、 イツゴロ の ホウバイ でした の?」
 にこっと わらった トシヨリ は また オクバ の ない モト の ヒョウジョウ に もどり、
「そう よなあ、 18 か、 9 かな。 フタリ とも タイモウ を もって な。 あわよくば ガイコクセン に のりこんで、 メリケン へ わたろう と いう ん じゃ。 シアトル に でも いった とき、 ウミ に とびこんで およぎわたろう と いう サンダン よ」
「まあ。 でも、 ムカシ は よく あった そう です ね」
「あった とも。 メリケン で ヒトモウケ して と いう ん じゃ が、 ジツ を いう と、 チョウヘイ が いや で なあ。 ――イマ なら これ じゃ」
 また テ を ウシロ に まわして わらった。
「とうとう モクテキ ジョウジュ しなかった わけ です か?」
「そういう ワケ じゃ。 もっとも その コロ は、 フネ に のっとり さえ したら ヘイタイ には いかいで も すんだ から な。 そのうち フタリ とも フナノリ が すき に なって な。 おなじ フナノリ なら メンジョウモチ に なろう と いう んで、 これ でも ベンキョウ した もん じゃ。 ガッコウ へ いっとらん もん で、 ワシラ は 5 ネン-ガカリ で やっと オツイチ の ウンテンシュ に なった なあ。 カキッツァン の ほう が 1 ネン はよう シケン に とおって な。 ワシ も、 なにくそ と おもうて、 あくる トシ に とった のに――」
 その とき ホウバイ は ナンセン して ユクエ フメイ と なり、 ついに よろこんで もらえなかった と いう の だ。 チチ の ツマ と して の ハハ から きく の とは ちがった チチ の スガタ、 ナミダ どころ か ビショウ さえ うかんで ソウゾウ される わかい ヒ の チチ の スガタ、 かたる ヒト の シンアイカン から で あろう か、 チチ は はつらつ と した このもしい セイネン で あった と しった。 その チチ が チョウヘイ を きらった と いう こと は ハツミミ で ある。 それ に ついて イチゴン も しない ハハ は、 チチ から それ を きかなかった の で あろう か。 それとも レイ の サル に なって いた の か、 「ヨメサン」 と よばれた こと と ともに ハハ に きいて みよう と かんがえながら、 ハナシ は つきなかった。
「そして オジサン、 イツゴロ まで フネ に のって おいでた ん?」
「10 ネン ほど マエ よ。 ようやっと こんまい フネ の センチョウ に なって な。 ――ムスコ は ガッコウ へ やって クロウ させず に フナノリ に して やろう と おもうたら、 フナノリ は いや じゃ と きやがる。 ショウギョウ ガッコウ に やって、 ギンコウ の シテン に でとった けんど、 とられて、 しんだ」
「とられて って、 センソウ です か?」
「そう いな」
「まあ」
「ノモンハン でさあ。 これ は、 ソイツ の セガレ の で」
 ランドセル は トシヨリ の テ で つよく ふられ、 ナカ の ボール-ガミ が かさこそ と オト を たてた。
 ――おたがいに、 セガレ を もつ の は シンパイ の タネ です ね。 と いおう と して のみこんだ。
 バス では キャク が たてこんで いて ならぶ こと は できなかった。 ウシロ の ショウメン に セキ を とった オオイシ センセイ は、 じっと メ を つぶって いた。 おもいだす の は、 イマ の さっき わかれた オシエゴ の ウシロスガタ で ある。 ケモノ の よう に スッパダカ に されて ケンサカン の マエ に たつ ワカモノ たち。 ヘイタイハカ に シラキ の ボヒョウ が ふえる ばかり の コノゴロ、 ワカモノ たち は それ を、 ジジ や ババ の ハカ より も カンシン を もって は ならない。 いや、 そう では ない。 おおきな カンシン を よせて ほめたたえ、 そこ へ つづく こと を メイヨ と せねば ならない の だ。 なんの ため に タケイチ は ベンキョウ し、 ダレ の ため に イソキチ は ショウニン に なろう と して いる の か。 コドモ の コロ カシカン を シボウ した タダシ は、 グンカン と ハカバ を むすびつけて かんがえて いる だろう か。 にこやか な ヒョウジョウ の ウラガワ を みせて は ならぬ ココロ ゆるせぬ ジセイ を、 ニタ ばかり は ノンキ そう に オオゴエ を あげて いた が、 ニタ だ とて、 その ココロ の オク に なにも ない とは いえない。
 あんな ちいさな ミサキ の ムラ から でた コトシ チョウヘイ テキレイ の 5 ニン の オトコ の コ、 おそらく ミンナ ヘイタイ と なって どこ か の ハテ へ やられる こと だけ は マチガイ ない の だ。 ブジ で かえって くる モノ は イクニン ある だろう。 ――もう ヒトリ ジンテキ シゲン を つくって こい…… そう いって 1 シュウカン の キュウカ を だす グンタイ と いう ところ。 うまされる オンナ も、 コドモ の ショウライ が、 たとえ シラキ の ボヒョウ に つづこう とも、 あんじて は ならない の だ。 オトコ も オンナ も ナム アミダブツ で くらせ と いう こと だろう か。 どうしても のがれる こと の できない オトコ の たどる ミチ。 そして オンナ は どう なる の か。 あの クミ の 7 ニン の オンナ の コ の ナカ で、 ミサコ ヒトリ は クロウ を して いなかった。 ミドリ ガクエン から トウキョウ の ハナヨメ ガッコウ に はいり、 ザイガクチュウ に ヨウシ を むかえて すぐ コドモ を うんだ。 クロウ の おおい ジダイ に、 これ は ベッカク で ある。 カゼ の つよい フユ の ヒ に、 ヒトリ ニッコウシツ で ヒナタボッコ を して いる よう な ソンザイ で ある。
 そこ へ ゆく と ウタ の すき な マスノ は、 キリキリマイ を する よう な クロウ を した。 ただ うたいたい ため に ウチョウテン に なり、 オヤ に そむいて イクド か イエデ を した。 ムダン で おうじた チホウ シンブン の コンクール に イットウ ニュウセン し、 それ が シンブン に でた とき が イエデ の ハジメ だった。 その たび に さがしだされ、 つれもどされて は、 また でる。 いつも ウタ が モト だった。 ウタ を うたいたい ウタ の ジョウズ な ムスメ が、 なぜ ウタ を うたって は いけない の だろう。 3 ド-メ の イエデ の とき、 カノジョ は ゲイシャ に なって でよう と して いた と いう。 つれ に いった ハハオヤ に カノジョ は ないて しがみつき、
「シャミセン なら、 きこえる と いうた じゃ ない かあ」
 カノジョ の オンガク への ハケグチ は いつのまにか シャミセン の ほう へ ながれて いって いた の だ。 しかし、 カノジョ の オヤ たち は、 その ヨシアシ は ともかく と して、 ワガミ は リョウリヤ で ゲイシャ と ちかづきながら、 ムスメ を ゲイシャ に する わけ には ゆかなかった。 マスノ は イマ、 その イエデチュウ に しりあった としとった オトコ と ケッコン し、 ようやく オチツキ を みせて いた。 イマ では もう、 としとった ハハ に かわって、 リョウリヤ を キリモリ して いる と いう。 たまに ミチ で であう と、 なつかしがって とびついて き、
「センセ、 ワタシ、 いつも センセイ の こと、 あいたくてぇ」
 ナミダ まで ためて よろこぶ こどもっぽい シグサ なのに、 ジミヅクリ な カノジョ は ハタチ や そこら とは みえなかった。
 コウトウカ へも すすめず、 ヨメ に もらわれる こと を ショウライ の モクテキ と して ジョチュウ-ボウコウ に でた コトエ は どう なった で あろう か。 カノジョ は ヨメ に モライテ が つく マエ に、 ビョウキ に なって かえって きた。 ハイビョウ で あった。 ホネ と カワ に やせて、 ただ ヒトリ モノオキ に ねて いる と きいて から、 だいぶ たつ。
 コウトウカ に すすめなかった もう ヒトリ の フジコ に ついて は、 いや な ウワサ が たって いた。 ニタ が、 フジコ に おうた、 と いう の は、 アソビオンナ と して の フジコ との デアイ に ちがいなかった。 ニタ の カオ に あらわれた もの で そう と さとって、 わざと ききかえさなかった が、 ウワサ は とうの ムカシ に コツル から きいて いた。 フジコ は オヤ に うられた と いう の だ。 カグ や イルイ と おなじ よう に、 キョウ の イッカ の イノチ を つなぐ ため に、 フジコ は うりはらわれた の だ。 はたらく と いう こと を しらず に そだった カノジョ が、 たとえ いやしい ショウバイ オンナ に しろ、 うられて そこ で はじめて ジンセイ と いう もの を しった と したら、 それ は フジコ の ため に よろこばねば なるまい。 しかし ヒト は フジコ を さげすみ、 おもしろおかしく ウワサ を した。
 イマ では もう ヒト の キオク から きえさった か に みえる マツエ と いい、 イマ また フジコ と いい、 どうして カノジョ たち が わらわれねば ならない の か。 しかし、 オオイシ センセイ の ココロ の ナカ で だけ は、 カノジョ たち も ムカシ-どおり いたわられ、 あたためられて いた。
 ――マッチャン どうしてる? フジコ さん どうしてる? ホント に どうしてる?……
 ときどき センセイ は よびかけて いた。
 まっとう な ミチ とは どうしても おもえぬ フジコ たち に くらべる と、 コツル や サナエ は ケンコウ ソノモノ に みえた。 ユウシュウ な セイセキ で シハン を でた サナエ は、 ボコウ に のこる エイヨ を えて その ヒトミ は ますます かがやき、 オオサカ の サンバ ガッコウ を、 これ も ユウトウ で ソツギョウ した コツル とは、 オオイシ センセイ を マンナカ に して の ナカヨシ に なって いた。 ジッチ の ベンキョウ を かさねた うえ で、 コツル は キョウリ に かえる の が モクテキ で あった。 わざと か うっかり か、 テガミ の アテナ を オオイシ コイシ センセイ と かいて きたり する の だ が、 ニンゲン の セイチョウ の カテイ の オモシロサ は、 ハハ の ヨゲンドオリ オシャベリ の コツル を いくぶん ヒカエメ に、 ムクチ な サナエ を テキパキヤ に そだてて いた。
 フタリ は すくなくも ネン に 2 ド、 さそいあって おとずれて くる。 たいてい ナツ の キュウカ と ショウガツ で、 もって くる ミヤゲ も おなじ だった。 フタリ とも おなじ もの と いう の では ない。 オオサカ の コツル は アワオコシ だし、 サナエ は タカマツ で カワラ センベイ と きまって いた。 トシゴロ で、 ますます ふとる イッポウ の コツル の メ は、 まったく イト の よう に ほそく なって いた。 どちら か と いえば きつい カノジョ の セイカク は、 この メ で やわらげられ、 えへ、 と わらう と、 こちら も イッショ に コエ を あげて わらいたく なった。 えへ、 と いう とき、 アト へ ドサン (ミヤゲ) と いって ミヤゲ を おく の が コツル の クセ で あった。
 ある とき コツル は いった。
「いつも おなじ ドサン で ゲイ が なさすぎる と おもう こと あります けど ね、 ジブン の コドモ の とき の こと おもう と、 この ドサン で とびとび する ほど うれしかった から」
 サナエ も おなじ よう に カワラ センベイ の ツツミ を さしだし、
「アホウ の ヒトツオボエ と いう こと が あります から ね」
 ダイキチ は ドサン の ネエチャン と よんで カンゲイ し、 その ヒ は、 イチニチ わらいくらして わかれる の が オキマリ に なって いた。 それら の ドサン も センソウ が ながびく に つれ、 テ に はいりにくく なった らしく、 サッコン は ショウバイモノ らしい ガーゼ を くれたり、 サナエ の ほう は ノート や エンピツ を、 まだ ガッコウ でも ない ダイキチ の ため に もって きたり する よう に なった。 ようやく ガクレイ に たっした ダイキチ の ため に ランドセル を かい に いって の カエリ、 はからずも であった オシエゴ に シゲキ されて か、 モロモロ の オモイデ は ムネ に あふれた。
 イッポンマツ で ございます。 オオリ の カタ は……。
 シャショウ の コエ に おもわず たちあがり、 あわてて シャナイ を はしった。 レイ の トシヨリ に エシャク も そこそこ、 ステップ に アシ を おろす と、 いきなり ダイキチ の コエ だった。
「カアチャン」
 ニゴリ に そまぬ かんだかい その コエ は、 スベテ の ザツネン を かなた に おしやって しまおう と する。
「カアチャン、 ボク もう、 サッキ から むかえ に きとった ん」
 イツモ ならば、 ひとりでに わらえて くる、 きれい に すんだ その コエ が、 キョウ は すこし かなしかった。 わらって みせる と ダイキチ は すぐ あまえかかり、
「カアチャン、 なかなか、 もどらん さかい、 ボク なきそう に なった」
「そう かい」
「もう なく か と おもったら、 ぶぶー って なって、 みたら カアチャン が みえた ん。 テエ ふった のに、 カアチャン こっち みない ん だ もん」
「そう かい。 ごめん。 カアチャン うっかり しとった。 おおかた、 イッポンマツ わすれて、 つっぱしる とこ じゃった」
「ふーん。 ナニ うっかり しとった ん?」
 それ には こたえず ツツミ を わたす と、 それ が モクテキ だ と いわぬ ばかり に、
「わあ、 これ、 ランドセルウ? ちっちゃい な」
「ちっちゃく ない よ。 しょって ごらん」
 ちょうど よかった。 むしろ おおきい ぐらい だった。 ダイキチ は ヒトリ で かけだした。
「オバア、 チャーン、 ランド、 セルウ」
 すっとんで ゆきながら アシモト の モドカシサ を クチ に たすけて もらう か の よう に、 ユクテ の ワガヤ へ むかって さけんだ。
 カタ を ふって はしって ゆく その ウシロスガタ には、 ムシン に アス へ のびよう と する ケンメイサ が かんじられる。 その カレン な ウシロスガタ の ユクテ に まちうけて いる もの が、 やはり センソウ で しか ない と すれば、 ヒト は なんの ため に コ を うみ、 あいし、 そだてる の だろう。 ホウダン に うたれ、 さけて くだけて ちる ヒト の イノチ と いう もの を、 おしみ かなしみ とどめる こと が、 どうして、 して は ならない こと なの だろう。 チアン を イジ する とは、 ヒト の イノチ を おしみ まもる こと では なく、 ニンゲン の セイシン の ジユウ を さえ、 しばる と いう の か……。
 はしりさる ダイキチ の ウシロスガタ は、 タケイチ や ニタ や、 タダシ や キチジ や、 そして あの とき おなじ バス を おりて コウカイドウ へ と あるいて いった オオゼイ の ワカモノ たち の ウシロスガタ に かさなり ひろがって ゆく よう に おもえて、 めいった。 コトシ ショウガッコウ に あがる ばかり の コ の ハハ で さえ それ なのに と おもう と、 ナンジュウマン ナンビャクマン の ニッポン の ハハ たち の ココロ と いう もの が、 どこ か の ハキダメ に、 チリアクタ の よう に すてられ、 マッチ 1 ポン で ハイ に されて いる よう な オモイ が した。

  オウマ に のった ヘイタイ さん
  テッポウ かついで あるいてる
  とっとこ、 とっとこ あるいてる
  ヘイタイ さん は、 だいすき だ

 きばりすぎて チョウシッパズレ に なった ウタ が イエ の ナカ から きこえて くる。 シキイ を またぐ と、 ランドセル の ダイキチ を セントウ に、 ナミキ と ヤツ が したがって、 ウチジュウ を ぐるぐる まわって いた。 マゴ の そんな スガタ を、 ただ うれしそう に みて いる ハハ に、 なんとなく あてつけがましく、 オオイシ センセイ は フキゲン に いった。
「ああ、 ああ、 ミンナ ヘイタイ すき なん だね。 ホント に。 オバアチャン には わからん の かしら。 オトコ の コ が ない から。 ――でも、 そんな こっちゃ ない と おもう……」
 そして、
「ダイキチィ!」 と、 きつい コエ で よんだ。 クチ の ナカ を かわかした よう な カオ を して ダイキチ は つったち、 きょとん と して いる。 ハタキ と ハゴイタ を テッポウ に して いる ナミキ と ヤツ が やめず に うたいつづけ、 はしりまわって いる ナカ で、 ダイキチ の フシン-がって いる キモチ を うずめて やる よう に、 いきなり セナカ に テ を まわす と、 ランドセル は ロボット の よう な カンショク で、 しかし キュウゲキ な ヨロコビ で うごいた。 チョウナン の ゆえ に めった に うける こと の ない ハハ の アイブ は、 マン 6 サイ の オトコ の コ を ショウリカン に よわせた。 にこっと わらって ナニ か いおう と する と、 ナミキ と ヤツ に みつかった。
「わあっ」
 おしよせて くる の を、 おなじ よう に わあっ と さけびかえしながら、 ひっくるめて かかえこみ、
「こんな、 かわいい、 ヤツドモ を、 どうして、 ころして、 よい もの か、 わあっ、 わあっ」
 チョウシ を とって ゆさぶる と、 ミッツ の クチ は おなじ よう に、 わあっ、 わああ と あわせた。 そこ に どんな キモチ が ひそんで いる か を しる には あまり に おさない コドモ たち だった。

 ハル の チョウヘイ テキレイシャ たち は、 ホウコクショ と てらしあわされて、 ヒンピョウカイ の ナッパ や ダイコン の よう に その バ で ヘイシュ が きめられ、 やがて トシノセ が せまる コロ、 カンコ の コエ に おくられて ニュウエイ する の が ふるい コロ から の ナラワシ で あった。 しかし、 ヒゴト に ひろがって ゆく センセン の ヒッパク は、 その わずか な ジカンテキ ユトリ さえ も なくなり、 ニュウエイ は すぐに センセン に つながって いた。 フナツキバ の サンバシ に たてられた アーチ は、 カンソウゲイモン の ガク を かかげた まま、 ミドリ の スギ の ハ は コゲチャイロ に かわって しまった。 カンソウ カンゲイ の ドヨメキ は ネンジュウ たえまなく、 その スキマ を コエ なき 「ガイセン ヘイシ」 の シカク な、 しろい スガタ も また シオカゼ と ともに この アーチ を くぐって もどって きた。
 ニッポンジュウ、 いたる ところ に たてられた この ミドリ の モン を、 かぞえきれぬ ほど タクサン の ワカモノ たち が くぐりつづけて、 やむ こと を しらぬ よう な ショウワ 16 ネン、 センセン が タイヘイヨウ に ひろがった こと で、 カンコ の コエ は いっそう はげしく なる ばかり だった。 テンノウ の ナ に よって センセン フコク された 12 ガツ ヨウカ の その ずっと マエ に、 その トシ の ニュウエイシャ で ある ニタ や キチジ や イソキチ たち は、 もう すでに ムラ には いなかった。 シュッパツ の ヒ、 いくばく か の センベツ に そえて オオイシ センセイ は、 かつて の ヒ の シャシン を ハガキ-ダイ に サイセイ して もらって おくった。 もう ゲンバン は なくなって いた。 タケイチ の ホカ は ミナ なくして いた ので、 よろこばれた。
「カラダ を、 ダイジ に して ね」
 そして、 いちだん と コエ を ひそめ、
「メイヨ の センシ など、 しなさんな。 いきて もどって くる のよ」
 すると、 きいた モノ は まるで シャシン の ムカシ に もどった よう な スナオサ に なり、 イソキチ など ひそか に なみだぐんで いた。 タケイチ は そっと ヨコ を むいて アタマ を さげた。 キチジ は だまって うつむいた。 タダシ は カゲ の ある エガオ を みせて うなずいた。 ニタ が ヒトリ コエ に だして、
「センセイ だいじょうぶ、 かって もどって くる」
 それ とて、 ニタ と して は ひそめた コエ で 「もどって くる」 と いう の を アタリ を はばかる よう に いった。 もどる など と いう こと は、 もう かんがえて は ならなく なって いた の だ。 ニタ は しかし、 ホントウ に そう おもって いた の だろう か。 マッショウジキ な カレ には、 オテイサイ や、 コトバ の フクミ は ツウヨウ しなかった から だ。 ニタ だ とて イノチ の オシサ に ついて は、 ジンゴ に おちる はず が ない。 それ を ニタ ほど ショウジキ に いった モノ は、 なかった かも しれぬ。 カレ は かつて の ヒ、 チョウヘイ ケンサ の カカリカン の マエ で、 コウシュ ゴウカク! と センゲン された セツナ、 おもわず さけんだ と いう。
「しもたぁ!」
 ミンナ が ふきだし、 ウワサ は その ヒ の うち に ひろまった。 しかし ニタ は、 ふしぎ と ビンタ も くわなかった と いう。 ニタ の その カン ハツ を いれぬ コトバ は、 あまり にも ヒジョウシキ だった ため に、 カカリカン に セイトウ に きこえなかった と したら、 おもった こと を その とおり いった ニタ は よほど の カホウモノ だ。 ミンナ に かわって リュウイン を さげた よう な この ジケン は、 チカゴロ の チンダン と して オオイシ センセイ の ミミ にも はいった。
 その ニタ は、 ホント に かって もどれる と おもった の だろう か。
 ともあれ、 でて いった まま 1 ポン の タヨリ も なく、 その ヨクトシ も ナカバ を すぎた。 ミッドウェー の カイセン は、 ウミゾイ の ムラ の ヒトタチ を コトバ の ない フアン と アキラメ の ウチ に おいこんで、 ひそか に 「オヒャクド」 を ふむ ハハ など を だした。 ニタ や タダシ は カイグン に ハイチ されて いた。 ヘイジ ならば ビショウ で しか おもいだせない ニタ の スイヘイ も、 いった まま タヨリ が なかった。
 ニタ は イマ、 どこ で あの あいす べき オオゴエ を あげて いる だろう か――。
 ヒトリ を おもう とき、 かならず つづいて おもいだす の は、 いつも あの K マチ の バス の テイリュウジョ で みた ワカモノ たち で ある。 わらう と クチ の オク が くらく みえた トシヨリ の こと で ある。 ハルサム の ミチバタ に、 タダ の ニッコウ を うけて ツボミ を ふくらませて いた ヤマブキ で ある。 そうして、 さらに さらに おおきな カゲ で つつんで しまう の は、 いつのまにか グンヨウセン と なって、 どこ の ウミ を はしって いる か さえ わからぬ ダイキチ たち の チチオヤ の こと で ある。 その フアン を かたりあう さえ ゆるされぬ グンコク の ツマ や ハハ たち、 ジブン だけ では ない と いう こと で、 ニンゲン の セイカツ は こわされて も よい と いう の だろう か。 ジブン だけ では ない こと で、 ハツゲンケン を なげすてさせられて いる タクサン の ヒトタチ が、 もしも コエ を そろえたら。 ああ、 そんな こと が できる もの か。 たった ヒトリ で クチ を だして も、 あの オクバ の ない トシヨリ が いった よう に、 ウシロ に テ が まわる。
 タダ の ニッコウ を うけて、 ハルサム の ミチバタ に ふくらむ ヤマブキ は、 それでも、 ハナ だけ は さかせたろう に。……
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