カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 5)

2021-10-23 | アリシマ タケオ
 10

 はじめて の リョカク も ものなれた リョカク も、 バツビョウ した ばかり の フネ の カンパン に たって は、 おちついた ココロ で いる こと が できない よう だった。 アトシマツ の ため に せわしく ウオウ サオウ する センイン の ジャマ に なりながら、 なにがなし の コウフン に じっと して は いられない よう な カオツキ を して、 ジョウキャク は ヒトリ のこらず カンパン に あつまって、 イマ まで ジブン たち が ソバ ちかく みて いた サンバシ の ほう に メ を むけて いた。 ヨウコ も その ヨウス だけ で いう と、 タ の ジョウキャク と おなじ よう に みえた。 ヨウコ は タ の ジョウキャク と おなじ よう に テスリ に よりかかって、 しずか な ハルサメ の よう に ふって いる アメ の シズク に カオ を なぶらせながら、 ハトバ の ほう を ながめて いた が、 けれども その ヒトミ には なんにも うつって は いなかった。 そのかわり メ と ノウ との アイダ と おぼしい アタリ を、 したしい ヒト や うとい ヒト が、 ナニ か ワケ も なく せわしそう に あらわれでて、 めいめい いちばん ふかい インショウ を あたえる よう な ドウサ を して は きえて いった。 ヨウコ の チカク は ハンブン ねむった よう に ぼんやり して チュウイ する とも なく その スガタ に チュウイ して いた。 そして この ハンスイ の ジョウタイ が やぶれ でも したら タイヘン な こと に なる と、 ココロ の どこ か の スミ では かんがえて いた。 そのくせ、 それ を ものものしく おそれる でも なかった。 カラダ まで が カンカクテキ に しびれる よう な モノウサ を おぼえた。
 ワカモノ が あらわれた。 (どうして あの オトコ は それほど の インネン も ない のに しゅうねく つきまつわる の だろう と ヨウコ は ヒトゴト の よう に おもった) その みだれた うつくしい カミノケ が、 ユウヒ と かがやく まぶしい ヒカリ の ナカ で、 ブロンド の よう に きらめいた。 かみしめた その ヒダリ の ウデ から チ が ぽたぽた と したたって いた。 その シタタリ が ウデ から はなれて チュウ に とぶ ごと に、 ニジイロ に きらきら と トモエ を えがいて とびおどった。
「……ワタシ を みすてる ん……」
 ヨウコ は その コエ を まざまざ と きいた と おもった とき、 メ が さめた よう に ふっと あらためて ミナト を みわたした。 そして、 なんの カンジ も おこさない うち に、 ジュクスイ から ちょっと おどろかされた アカゴ が、 また たわいなく ネムリ に おちて ゆく よう に、 ふたたび ユメ とも ウツツ とも ない ココロ に かえって いった。 ミナト の ケシキ は いつのまにか きえて しまって、 ジブン で ジブン の ウデ に しがみついた ワカモノ の スガタ が、 まざまざ と あらわれでた。 ヨウコ は それ を みながら どうして こんな ヘン な ココロモチ に なる の だろう。 チ の せい と でも いう の だろう か。 コト に よる と ヒステリー に かかって いる の では ない かしらん など と ノンキ に ジブン の ミノウエ を かんがえて いた。 いわば ゆうゆう かんかん と すみわたった ミズ の トナリ に、 ウスガミ ヒトエ の サカイ も おかず、 たぎりかえって うずまきながれる ミズ が ある。 ヨウコ の ココロ は その しずか な ほう の ミズ に うかびながら、 タキガワ の ナカ に もまれ もまれて おちて ゆく ジブン と いう もの を ヒトゴト の よう に ながめやって いる よう な もの だった。 ヨウコ は ジブン の レイタンサ に あきれながら、 それでも やっぱり おどろき も せず、 テスリ に よりかかって じっと たって いた。
「タガワ ホウガク ハカセ」
 ヨウコ は また ふと イタズラモノ-らしく こんな こと を おもって いた。 が、 タガワ フサイ が ジブン と ハンタイ の フナベリ の トウイス に こしかけて、 せじせじしく ちかよって くる ドウセンシャ と ナニ か ジョウダングチ でも きいて いる と ヒトリ で きめる と、 アンシン でも した よう に ゲンソウ は また かの ワカモノ に かえって いった。 ヨウコ は ふと ミギ の カタ に アタタカミ を おぼえる よう に おもった。 そこ には ワカモノ の あつい ナミダ が しみこんで いる の だ。 ヨウコ は ムユウビョウシャ の よう な メツキ を して、 やや アタマ を ウシロ に ひきながら カタ の ところ を みよう と する と、 その シュンカン、 ワカモノ を フネ から サンバシ に つれだした センイン の こと が はっと おもいだされて、 イマ まで めしいて いた よう な メ に、 まざまざ と その おおきな くろい カオ が うつった。 ヨウコ は なお ゆめみる よう な メ を みひらいた まま、 センイン の こい マユ から くろい クチヒゲ の アタリ を みまもって いた。
 フネ は もう かなり ソクリョク を はやめて、 キリ の よう に ふる とも なく ふる アメ の ナカ を はしって いた。 ゲンソク から はきだされる ステミズ の オト が ざあざあ と きこえだした ので、 とおい ゲンソウ の クニ から イッソクトビ に とって かえした ヨウコ は、 ユメ では なく、 マガイ も なく メノマエ に たって いる センイン を みて、 なんと いう こと なし に ぎょっと ホントウ に おどろいて たちすくんだ。 はじめて アダム を みた イブ の よう に ヨウコ は まじまじ と めずらしく も ない はず の ヒトリ の オトコ を みやった。
「ずいぶん ながい タビ です が、 なに、 もう これだけ ニホン が とおく なりました ん だ」
と いって その センイン は ミギテ を のべて キョリュウチ の ハナ を ゆびさした。 がっしり した カタ を ゆすって、 イキオイ よく スイヘイ に のばした その ウデ から は、 つよく はげしく カイジョウ に いきる オトコ の チカラ が ほとばしった。 ヨウコ は だまった まま かるく うなずいた。 ムネ の シタ の ところ に フシギ な ニクタイテキ な ショウドウ を かすか に かんじながら。
「オヒトリ です な」
 しおがれた つよい コエ が また こう ひびいた。 ヨウコ は また だまった まま かるく うなずいた。
 フネ は やがて ノリタテ の センキャク の アシモト に かすか な フアン を あたえる ほど に ソクリョク を はやめて はしりだした。 ヨウコ は センイン から メ を うつして ウミ の ほう を みわたして みた が、 ジブン の ソバ に ヒトリ の オトコ が たって いる と いう、 つよい イシキ から おこって くる フアン は どうしても けす こと が できなかった。 ヨウコ に して は それ は フシギ な ケイケン だった。 こっち から ナニ か モノ を いいかけて、 この くるしい アッパク を うちやぶろう と おもって も それ が できなかった。 イマ ナニ か モノ を いったら きっと ひどい フシゼン な モノ の イイカタ に なる に きまって いる。 そう か と いって その センイン には ムトンジャク に もう イチド マエ の よう な ゲンソウ に ミ を まかせよう と して も ダメ だった。 シンケイ が キュウ に ざわざわ と さわぎたって、 ぼーっと けぶった キリサメ の かなた さえ みとおせそう に メ が はっきり して、 サキホド の おっかぶさる よう な アンシュウ は、 いつのまにか はかない デキゴコロ の シワザ と しか かんがえられなかった。 その センイン は ボウジャク ブジン に カクシ の ナカ から ナニ か かいた もの を とりだして、 それ を エンピツ で チェック しながら、 ときどき おもいだした よう に カオ を ひいて マユ を しかめながら、 エリ の オリカエシ に ついた シミ を、 オヤユビ の ツメ で ごしごし と けずって は はじいて いた。
 ヨウコ の シンケイ は そこ に いたたまれない ほど ちかちか と はげしく はたらきだした。 ジブン と ジブン との アイダ に のそのそ と エンリョ も なく オオマタ で はいりこんで くる ジャマモノ でも さける よう に、 その センイン から とおざかろう と して、 つと テスリ から はなれて ジブン の センシツ の ほう に ハシゴダン を おりて ゆこう と した。
「どこ に オイデ です」
 ウシロ から、 ヨウコ の アタマ から ツマサキ まで を ちいさな もの で でも ある よう に、 ヒトメ に こめて みやりながら、 その センイン は こう たずねた。 ヨウコ は、
「センシツ まで まいります の」
と こたえない わけ には ゆかなかった。 その コエ は ヨウコ の モクロミ に はんして おそろしく しとやか な ヒビキ を たてて いた。 すると その オトコ は オオマタ で ヨウコ と スレスレ に なる まで ちかづいて きて、
「カビン ならば ナガタ さん から の オハナシ も ありました し、 オヒトリタビ の よう でした から、 イムシツ の ワキ に うつして おきました。 ゴラン に なった マエ の ヘヤ より すこし キュウクツ かも しれません が、 ナニカ に ゴベンリ です よ。 ゴアンナイ しましょう」
と いいながら ヨウコ を すりぬけて サキ に たった。 ナニ か ホウジュン な サケ の シミ と シガー との ニオイ が、 この オトコ コユウ の ハダ の ニオイ で でも ある よう に つよく ヨウコ の ハナ を かすめた。 ヨウコ は、 どしん どしん と せまい ハシゴダン を ふみしめながら おりて ゆく その オトコ の ふとい クビ から ひろい カタ の アタリ を じっと みやりながら その アト に つづいた。
 24~25 キャク の イス が ショクタク に セ を むけて ずらっと ならべて ある ショクドウ の ナカホド から、 ヨコチョウ の よう な くらい ロウカ を ちょっと はいる と、 ミギ の ト に 「イムシツ」 と かいた ガンジョウ な シンチュウ の フダ が かかって いて、 その ムカイ の ヒダリ の ト には 「No.12 サツキ ヨウコ ドノ」 と ハクボク で かいた ウルシヌリ の フダ が さがって いた。 センイン は つかつか と そこ に はいって、 いきなり イキオイ よく イムシツ の ト を ノック する と、 たかい ダブル カラー の マエ だけ を はずして、 ウワギ を ぬぎすてた センイ らしい オトコ が、 あたふた と ほそながい なまじろい カオ を つきだした が、 そこ に ヨウコ が たって いる の を めざとく みてとって、 あわてて クビ を ひっこめて しまった。 センイン は おおきな ハバカリ の ない コエ で、
「おい 12 バン は すっかり ソウジ が できたろう ね」
と いう と、 イムシツ の ナカ から は オンナ の よう な コエ で、
「さして おきました よ。 きれい に なってる はず です が、 ゴラン なすって ください。 ワタシ は イマ ちょっと」
と センイ は スガタ を みせず に こたえた。
「こりゃ いったい センイ の プライベート なん です が、 アナタ の ため に おあけ もうす って いって くれた もん です から、 ボーイ に ソウジ する よう に いいつけて おきました ん です。 ど、 きれい に なっとる かしらん」
 センイン は そう つぶやきながら ト を あけて ひとわたり ナカ を みまわした。
「むむ、 いい よう です」
 そして ミチ を ひらいて、 カクシ から 「ニッポン ユウセン-ガイシャ エノシママル ジムチョウ クン 6 トウ クラチ サンキチ」 と かいた おおきな メイシ を だして ヨウコ に わたしながら、
「ワタシ が ジムチョウ を しとります。 ゴヨウ が あったら なんでも どうか」
 ヨウコ は また だまった まま うなずいて その おおきな メイシ を テ に うけた。 そして ジブン の ヘヤ と きめられた その ヘヤ の たかい シキイ を こえよう と する と、
「ジムチョウ さん は そこ でした か」
と たずねながら タガワ ハカセ が その フジン と うちつれて ロウカ の ナカ に たちあらわれた。 ジムチョウ が ボウシ を とって アイサツ しよう と して いる アイダ に、 ヨウソウ の タガワ フジン は ヨウコ を めざして、 スカーツ の キヌズレ の オト を たてながら つかつか と よって きて メガネ の オク から ちいさく ひかる メ で じろり と みやりながら、
「イソガワ さん が ウワサ して いらしった カタ は アナタ ね。 なんとか おっしゃいました ね オナ は」
と いった。 この 「なんとか おっしゃいました ね」 と いう コトバ が、 ナ も ない モノ を あわれんで みて やる と いう ハラ を ジュウブン に みせて いた。 イマ まで ジムチョウ の マエ で、 めずらしく ウケミ に なって いた ヨウコ は、 この コトバ を きく と、 つよい ショウドウ を うけた よう に なって ワレ に かえった。 どういう タイド で ヘンジ を して やろう か と いう こと が、 イチバン に アタマ の ナカ で ハツカネズミ の よう に はげしく はたらいた が、 ヨウコ は すぐ ハラ を きめて ひどく シタデ に ジンジョウ に でた。 「あ」 と おどろいた よう な コトバ を なげて おいて、 テイネイ に ひくく ツムリ を さげながら、
「こんな ところ まで…… おそれいります。 ワタクシ サツキ ヨウ と もうします が、 タビ には フナレ で おります のに ヒトリタビ で ございます から……」
と いって、 ヒトミ を イナズマ の よう に タガワ に うつして、
「ゴメイワク では ございましょう が なにぶん よろしく ねがいます」
と また ツムリ を さげた。 タガワ は その コトバ の おわる の を まちかねた よう に ひきとって、
「なに フナレ は ワタシ の サイ も ドウヨウ です よ。 なにしろ この フネ の ナカ には オンナ は フタリ ぎり だ から オタガイ です」
と あまり なめらか に いって のけた ので、 ツマ の マエ でも はばかる よう に コンド は タイド を あらためながら ジムチョウ に むかって、
「チャイニース ステアレージ には ナンニン ほど います か ニホン の オンナ は」
と といかけた。 ジムチョウ は レイ の シオカラゴエ で、
「さあ、 まだ チョウボ も ろくろく セイリ して みません から、 しっかり とは わかりかねます が、 なにしろ コノゴロ は だいぶ ふえました。 30~40 ニン も います か。 オクサン ここ が イムシツ です。 なにしろ 9 ガツ と いえば キュウ の ニッパチガツ の 8 ガツ です から、 タイヘイヨウ の ほう は しける こと も あります ん だ。 たまに は ここ にも ゴヨウ が できます ぞ。 ちょっと センイ も ゴショウカイ して おきます で」
「まあ そんな に あれます か」
と タガワ フジン は じっさい おそれた らしく、 ヨウコ を かえりみながら すこし イロ を かえた。 ジムチョウ は こともなげ に、
「しけます ん だ ずいぶん」
と コンド は ヨウコ の ほう を マトモ に みやって ほほえみながら、 おりから ヘヤ を でて きた コウロク と いう センイ を 3 ニン に ひきあわせた。
 タガワ フサイ を みおくって から ヨウコ は ジブン の ヘヤ に はいった。 さらぬだに どこ か じめじめ する よう な カビン には、 キョウ の アメ の ため に むす よう な クウキ が こもって いて、 キセン トクユウ な セイヨウ-くさい ニオイ が ことに つよく ハナ に ついた。 オビ の シタ に なった ヨウコ の ムネ から セ に かけた アタリ は アセ が じんわり にじみでた らしく、 むしむし する よう な フユカイ を かんずる ので、 せまくるしい バース を とりつけたり、 センメンダイ を すえたり して ある その アイダ に、 キュウクツ に つみかさねられた コニモツ を みまわしながら、 オビ を ときはじめた。 ケショウ カガミ の ついた タンス の ウエ には、 クダモノ の カゴ が ヒトツ と ハナタバ が フタツ のせて あった。 ヨウコ は エリマエ を くつろげながら、 ダレ から よこした もの か と その ハナタバ の ヒトツ を とりあげる と、 その ソバ から あつい カミキレ の よう な もの が でて きた。 テ に とって みる と それ は テフダガタ の シャシン だった。 まだ ジョガッコウ に かよって いる らしい、 カミ を ソクハツ に した ムスメ の ハンシンゾウ で、 その ウラ には 「コウロク サマ。 とりのこされたる チヨ より」 と して あった。 そんな もの を コウロク が しまいわすれる はず が ない。 わざと わすれた ふう に みせて、 ヨウコ の ココロ に コウキシン なり かるい シット なり を あおりたてよう と する、 あまり テモト の みえすいた カラクリ だ と おもう と、 ヨウコ は さげすんだ ココロモチ で、 イヌ に でも やる よう に ぽいと それ を ユカ の ウエ に ほうりなげた。 ヒトリ の タビ の フジン に たいして フネ の ナカ の オトコ の ココロ が どういう ふう に うごいて いる か を その シャシン 1 マイ が カタリガオ だった。 ヨウコ は なんと いう こと なし に ちいさな ヒニク な ワライ を クチビル の ところ に うかべて いた。
 シンダイ の シタ に おしこんで ある ひらべったい トランク を ひきだして、 その ナカ から ユカタ を とりだして いる と、 ノック も せず に とつぜん ト を あけた モノ が あった。 ヨウコ は おもわず シュウチ から カオ を あからめて、 ひきだした ハデ な ユカタ を タテ に、 しだらなく ぬぎかけた ナガジュバン の スガタ を かくまいながら たちあがって ふりかえって みる と、 それ は センイ だった。 はなやか な シタギ を ユカタ の トコロドコロ から のぞかせて、 オビ も なく ほっそり と トホウ に くれた よう に ミ を シャ に して たった ヨウコ の スガタ は、 オトコ の メ には ほしいまま な シゲキ だった。 コンイズク-らしく ト も たたかなかった コウロク も さすが に どぎまぎ して、 はいろう にも でよう にも ショザイ に きゅうして、 シキイ に カタアシ を ふみいれた まま トウワク そう に たって いた。
「とんだ フウ を して いまして ごめん くださいまし。 さ、 おはいり あそばせ。 なんぞ ゴヨウ でも いらっしゃいました の」
と ヨウコ は わらいかまけた よう に いった。 コウロク は いよいよ ド を うしないながら、
「いいえ なに、 イマ で なくって も いい の です が、 モト の オヘヤ の オマクラ の シタ に この テガミ が のこって いました の を、 ボーイ が とどけて きました んで、 はやく さしあげて おこう と おもって じつは ナニ した ん でした が……」
と いいながら カクシ から 2 ツウ の テガミ を とりだした。 てばやく うけとって みる と、 ヒトツ は コトウ が キムラ に あてた もの、 ヒトツ は ヨウコ に あてた もの だった。 コウロク は それ を てわたす と、 イッシュ の イミ ありげ な ワライ を メ だけ に うかべて、 カオ だけ は いかにも もっともらしく ヨウコ を みやって いた。 ジブン の した こと を ヨウコ も した と コウロク は おもって いる に ちがいない。 ヨウコ は そう スイリョウ する と、 かの ムスメ の シャシン を ユカ の ウエ から ひろいあげた。 そして わざと ウラ を むけながら ミムキ も しない で、
「こんな もの が ここ にも おちて おりました の。 オイモウト さん で いらっしゃいます か。 おきれい です こと」
と いいながら それ を つきだした。
 コウロク は ナニ か イイワケ の よう な こと を いって ヘヤ を でて いった。 と おもう と しばらく して イムシツ の ほう から ジムチョウ の らしい おおきな ワライゴエ が きこえて きた。 それ を きく と、 ジムチョウ は まだ そこ に いた か と、 ヨウコ は ワレ にも なく はっと なって、 おもわず きかえかけた キモノ の エモン に ヒダリテ を かけた まま、 ウツムキ カゲン に なって ヨコメ を つかいながら ミミ を そばだてた。 ハレツ する よう な ジムチョウ の ワライゴエ が また きこえて きた。 そして イムシツ の ト を さっと あけた らしく、 コエ が キュウ に イチバイ おおきく なって、
「Devil take it! No tame creature then, eh?」
と ランボウ に いう コエ が きこえた が、 それ と ともに マッチ を する オト が して、 やがて ハマキ を くわえた まま の クチゴモリ の する コトバ で、
「もう じき ケンエキセン だ。 ジュンビ は いい だろう な」
と いいのこした まま ジムチョウ は センイ の ヘンジ も またず に いって しまった らしかった。 かすか な ニオイ が ヨウコ の ヘヤ にも かよって きた。
 ヨウコ は キキミミ を たてながら うなだれて いた カオ を あげる と、 ショウメン を きって なんと いう こと なし に ビショウ を もらした。 そして すぐ ぎょっと して アタリ を みまわした が、 ワレ に かえって ジブン ヒトリ きり なの に アンド して、 いそいそ と キモノ を きかえはじめた。

 11

 エノシママル が ヨコハマ を バツビョウ して から もう ミッカ たった。 トウキョウ ワン を でぬける と、 クロシオ に のって、 キンカザン オキ アタリ から は コウロ を トウホク に むけて、 まっしぐら に イド を のぼって ゆく ので、 キオン は フツカ-メ アタリ から めだって すずしく なって いった。 リク の カゲ は いつのまにか フネ の どの フナベリ から も ながめる こと は できなく なって いた。 セバネ の ハイイロ な ハラ の しろい ウミドリ が、 ときどき おもいだした よう に さびしい コエ で なきながら、 フネ の シュウイ を むれとぶ ホカ には、 イキモノ の カゲ とて は みる こと も できない よう に なって いた。 おもい つめたい ガス が ノビ の ケムリ の よう に もうもう と ミナミ に はしって、 それ が アキ-らしい サギリ と なって、 センタイ を つつむ か と おもう と、 たちまち からっと はれた アオゾラ を フネ に のこして きえて いったり した。 カクベツ の カゼ も ない のに カイメン は いろこく なみうちさわいだ。 ミッカ-メ から は フネ の ナカ に さかん に スティム が とおりはじめた。
 ヨウコ は この ミッカ と いう もの、 イチド も ショクドウ に でず に センシツ に ばかり とじこもって いた。 フネ に よった から では ない。 はじめて とおい コウカイ を こころみる ヨウコ に して は、 それ は フシギ な くらい たやすい タビ だった。 フダン イジョウ に ショクヨク さえ まして いた。 シンケイ に つよい シゲキ が あたえられて、 とかく ウッケツ しやすかった ケツエキ も こく おもたい なり に なめらか に ケッカン の ナカ を ジュンカン し、 ウミ から くる イッシュ の チカラ が カラダ の スミズミ まで ゆきわたって、 うずうず する ほど な カツリョク を かんじさせた。 モラシドコロ の ない その カッキ が ウンドウ も せず に いる ヨウコ の カラダ から ココロ に つたわって、 イッシュ の ユウウツ に かわる よう に さえ おもえた。
 ヨウコ は それでも センシツ を でよう とは しなかった。 うまれて から はじめて コドク に ミ を おいた よう な カノジョ は、 コドモ の よう に それ が たのしみたかった し、 また センチュウ で カオミシリ の ダレカレ が できる マエ に、 これまで の こと、 これから の こと を ココロ に しめて かんがえて も みたい とも おもった。 しかし ヨウコ が ミッカ の アイダ センシツ に ひきこもりつづけた ココロモチ には、 もうすこし ちがった もの も あった。 ヨウコ は ジブン が センキャク たち から はげしい コウキ の メ で みられよう と して いる の を しって いた。 タテヤク は マクアキ から ブタイ に でて いる もの では ない。 カンキャク が まち に まって、 まちくたぶれそう に なった ジブン に、 しずしず と のりだして、 ブタイ の クウキ を おもうさま うごかさねば ならぬ の だ。 ヨウコ の ムネ の ウチ には こんな ずるがしこい イタズラ な ココロ も ひそんで いた の だ。
 ミッカ-メ の アサ デントウ が ユリ の ハナ の しぼむ よう に きえる コロ ヨウコ は ふと ふかい ネムリ から ムシアツサ を おぼえて メ を さました。 スティム の とおって くる ラディエター から、 シンクウ に なった クダ の ナカ に ジョウキ の ひえた シタタリ が おちて たてる はげしい ヒビキ が きこえて、 ヘヤ の ナカ は かるく あせばむ ほど あたたまって いた。 ミッカ の アイダ せまい ヘヤ の ナカ ばかり に いて スワリヅカレ ネヅカレ の した ヨウコ は、 せまくるしい バース の ナカ に キュウクツ に ねちぢまった ジブン を みいだす と、 シタ に なった ハンシン に かるい シビレ を おぼえて、 カラダ を アオムケ に した。 そして イチド ひらいた メ を とじて、 うつくしく マルミ を もった リョウ の ウデ を アタマ の ウエ に のばして、 ねみだれた カミ を もてあそびながら、 サメギワ の こころよい ネムリ に また しずか に おちて いった。 が、 ホド も なく ホントウ に メ を さます と、 おおきく メ を みひらいて、 あわてた よう に コシ から ウエ を おこして、 ちょうど メドオリ の ところ に ある イチメン に スイキ で くもった メマド を ながい ソデ で おしぬぐって、 ほてった ホオ を ひやひや する その マドガラス に すりつけながら ソト を みた。 ヨ は ホントウ には あけはなれて いない で、 マド の ムコウ には ヒカリ の ない こい ハイイロ が どんより と ひろがって いる ばかり だった。 そして ジブン の カラダ が ずっと たかまって やがて また おちて ゆく な と おもわしい コロ に、 マド に ちかい フナベリ に ざあっと あたって くだけて ゆく ハトウ が、 タンチョウ な ソコヂカラ の ある シンドウ を センシツ に あたえて、 フネ は かすか に ヨコ に かしいだ。 ヨウコ は ミウゴキ も せず に メ に その ハイイロ を ながめながら、 かみしめる よう に フネ の ドウヨウ を あじわって みた。 とおく とおく きた と いう リョジョウ が、 さすが に しみじみ と かんぜられた。 しかし ヨウコ の メ には おんならしい ナミダ は うかばなかった。 カッキ の ずんずん カイフク しつつ あった カノジョ には ナニ か パセティック な ユメ でも みて いる よう な オモイ を させた。
 ヨウコ は そうした まま で、 すぐる フツカ の アイダ ヒマ に まかせて おもいつづけた ジブン の カコ を ユメ の よう に くりかえして いた。 レンラク の ない オワリ の ない エマキ が つぎつぎ に ひろげられたり まかれたり した。 キリスト を こいこうて、 ヨル も ヒル も やみがたく、 ジュウジカ を あみこんだ うつくしい オビ を つくって ささげよう と いう イッシン に、 ニッカ も なにも ソッチノケ に して、 ユビ の サキ が ささくれる まで アミバリ を うごかした カレン な ショウジョ も、 その ゲンソウ の ウチ に あらわれでた。 キシュクシャ の 2 カイ の マド ちかく おおきな ハナ を ゆたか に ひらいた モクラン の ニオイ まで が そこいら に ただよって いる よう だった。 コクブンジ アト の、 ムサシノ の イッカク らしい クヌギ の ハヤシ も あらわれた。 すっかり ショウジョ の よう な ムジャキ な すなお な ココロ に なって しまって、 コキョウ の ヒザ に ミ も タマシイ も なげかけながら、 ナミダ と ともに ささやかれる コキョウ の ミミウチ の よう に ふるえた ほそい コトバ を、 ただ 「はいはい」 と ユメゴコチ に うなずいて のみこんだ あまい バメン は、 イマ の ヨウコ とは ちがった ヒト の よう だった。 そう か と おもう と サガン の ガケ の ウエ から ヒロセガワ を こえて アオバヤマ を イチメン に みわたした センダイ の ケシキ が するする と ひらけわたった。 ナツ の ヒ は ホッコク の ソラ にも あふれかがやいて、 しろい コイシ の カワラ の アイダ を マッサオ に ながれる カワ の ナカ には、 アカハダカ な ショウネン の ムレ が あかあか と した インショウ を メ に あたえた。 クサ を しかん ばかり に ひくく うずくまって、 はなやか な イロアイ の パラゾル に ヒ を よけながら、 だまって オモイ に ふける ヒトリ の オンナ ――その とき には カノジョ は どの イミ から も オンナ だった―― どこまでも マンゾク の えられない ココロ で、 だんだん と セケン から うずもれて ゆかねば ならない よう な キョウグウ に おしこめられよう と する ウンメイ。 たしか に ミチ を ふみちがえた とも おもい、 ふみちがえた の は ダレ が さした こと だ と カミ を すら なじって みたい よう な オモイ。 くらい サンシツ も かくれて は いなかった。 そこ の おそろしい チンモク の ナカ から おこる つよい こころよい アカゴ の ウブゴエ―― やみがたい ボセイ の イシキ―― 「ワレ すでに ヨ に かてり」 と でも いって みたい フシギ な ホコリ―― ドウジ に おもく ムネ を おさえつける セイ の くらい キュウヘン。 かかる とき おもい も もうけず ちからづよく せまって くる ふりすてた オトコ の シュウチャク。 アス をも たのみがたい イノチ の ユウヤミ に さまよいながら、 きれぎれ な コトバ で ヨウコ と サイゴ の ダキョウ を むすぼう と する ビョウショウ の ハハ―― その カオ は ヨウコ の ゲンソウ を たちきる ほど の ツヨサ で あらわれでた。 おもいいった ケッシン を マユ に あつめて、 ヒゴロ の ラクテンテキ な セイジョウ にも にず、 ウンメイ と とりくむ よう な シンケン な カオツキ で ダイジ の ケッチャク を まつ キムラ の カオ。 ハハ の シ を あわれむ とも かなしむ とも しれない ナミダ を メ には たたえながら、 コオリ の よう に ひえきった ココロ で、 うつむいた まま クチ ヒトツ きかない ヨウコ ジシン の スガタ…… そんな マボロシ が あるいは つぎつぎ に、 あるいは おりかさなって、 ハイイロ の キリ の ナカ に うごきあらわれた。 そして キオク は だんだん と カコ から ゲンザイ の ほう に ちかづいて きた。 と、 ジムチョウ の クラチ の あさぐろく ヒ に やけた カオ と、 その ひろい カタ と が おもいだされた。 ヨウコ は おもい も かけない もの を みいだした よう に はっと なる と、 その マボロシ は タワイ も なく きえて、 キオク は また とおい カコ に かえって いった。 それ が また だんだん ゲンザイ の ほう に ちかづいて きた と おもう と、 サイゴ には きっと クラチ の スガタ が あらわれでた。
 それ が ヨウコ を いらいら させて、 ヨウコ は はじめて ユメウツツ の サカイ から ホントウ に めざめて、 うるさい もの でも はらいのける よう に、 メマド から メ を そむけて バース を はなれた。 ヨウコ の シンケイ は アサ から ひどく コウフン して いた。 スティム で ぞんぶん に あたたまって きた センシツ の ナカ の クウキ は いきぐるしい ほど だった。
 フネ に のって から ろくろく ウンドウ も せず に、 ヤサイケ の すくない もの ばかり を むさぼりたべた ので、 ミウチ の チ には はげしい ネツ が こもって、 ケ の サキ へ まで も かよう よう だった。 バース から たちあがった ヨウコ は メマイ を かんずる ほど に ジョウキ して、 コオリ の よう な つめたい もの でも ひしと だきしめたい キモチ に なった。 で、 ふらふら と センメンダイ の ほう に いって、 ピッチャー の ミズ を なみなみ と トウキセイ の センメンバン に あけて、 ずっぷり ひたした テヌグイ を ゆるく しぼって、 ひやっと する の を かまわず、 ムネ を あけて、 それ を チブサ と チブサ との アイダ に ぐっと あてがって みた。 つよい はげしい ドウキ が おさえて いる テノヒラ へ つきかえして きた。 ヨウコ は そうした まま で マエ の カガミ に ジブン の カオ を ちかづけて みた。 まだ ヨル の キ が うすぐらく さまよって いる ナカ に、 ホオ を ほてらしながら ふかい コキュウ を して いる ヨウコ の カオ が、 ジブン に すら ものすごい ほど なまめかしく うつって いた。 ヨウコ は モノズキ-らしく ジブン の カオ に ワケ の わからない ビショウ を すら たたえて みた。
 それでも その うち に ヨウコ の フシギ な ココロ の ドヨメキ は しずまって いった。 しずまって ゆく に つれ、 ヨウコ は イマ まで の ヒキツヅキ で また メイソウテキ な キブン に ひきいれられて いた。 しかし その とき は もう ムソウカ では なかった。 ごく ジッサイテキ な するどい アタマ が ハリ の よう に ひかって とがって いた。 ヨウコ は ヌレテヌグイ を センメンバン に ほうりなげて おいて、 しずか に ナガイス に コシ を おろした。
 ワライゴト では ない。 いったい ジブン は どう する つもり で いる ん だろう。 そう ヨウコ は シュッパツ イライ の トイ を もう イチド ジブン に なげかけて みた。 ちいさい とき から マワリ の ヒトタチ に はばかられる ほど さいはじけて、 おなじ トシゴロ の オンナ の コ とは いつでも ヒトチョウシ ちがった ユキカタ を、 する でも なく して こなければ ならなかった ジブン は、 うまれる マエ から ウンメイ に でも のろわれて いる の だろう か。 それ か と いって ヨウコ は なべて の オンナ の じゅんじゅん に とおって ゆく ミチ を とおる こと は どうしても できなかった。 とおって みよう と した こと は イクド あった か わからない。 こう さえ ゆけば いい の だろう と とおって きて みる と、 いつでも とんでもなく ちがった ミチ を あるいて いる ジブン を みいだして しまって いた。 そして つまずいて は たおれた。 マワリ の ヒトタチ は テ を とって ヨウコ を おこして やる シカタ も しらない よう な カオ を して ただ ばからしく あざわらって いる。 そんな ふう に しか ヨウコ には おもえなかった。 イクド も の そんな にがい ケイケン が ヨウコ を カタイジ な、 すこしも ヒト を たよろう と しない オンナ に して しまった。 そして ヨウコ は いわば ホンノウ の むかせる よう に むいて どんどん あるく より シカタ が なかった。 ヨウコ は いまさら の よう に ジブン の マワリ を みまわして みた。 いつのまにか ヨウコ は いちばん ちかしい はず の ヒトタチ から も かけはなれて、 たった ヒトリ で ガケ の キワ に たって いた。 そこ で ただ ヒトツ ヨウコ を ガケ の ウエ に つないで いる ツナ には キムラ との コンヤク と いう こと が ある だけ だ。 そこ に ふみとどまれば よし、 さも なければ、 ヨノナカ との エン は たちどころに きれて しまう の だ。 ヨノナカ に いきながら ヨノナカ との エン が きれて しまう の だ。 キムラ との コンヤク で ヨノナカ は ヨウコ に たいして サイゴ の ワボク を しめそう と して いる の だ。 ヨウコ に とって、 この サイゴ の キカイ をも やぶりすてよう と いう の は さすが に ヨウイ では なかった。 キムラ と いう クビカセ を うけない では セイカツ の ホショウ が たえはてなければ ならない の だ から。 ヨウコ の カイチュウ には 150 ドル の ベイカ が ある ばかり だった。 サダコ の ヨウイクヒ だけ でも、 ベイコク に アシ を おろす や いなや、 すぐに キムラ に たよらなければ ならない の は メノマエ に わかって いた。 ゴヅメ と なって くれる シンルイ の ヒトリ も ない の は もちろん の こと、 ややともすれば シンセツゴカシ に ない もの まで せびりとろう と する テアイ が おおい の だ。 たまたま ヨウコ の シマイ の ナイジツ を しって キノドク だ と おもって も、 ヨウコ では と いう よう に テダシ を ひかえる モノ ばかり だった。 キムラ―― ヨウコ には ギリ にも アイ も コイ も おこりえない キムラ ばかり が、 ヨウコ に たいする ただ ヒトリ の センシ なの だ。 あわれ な キムラ は ヨウコ の チャーム に おちいった ばかり で、 サツキ-ケ の ヒトビト から イヤオウ なし に この おもい ニ を せおわされて しまって いる の だ。
 どうして やろう。
 ヨウコ は おもいあまった ソノバノガレ から、 タンス の ウエ に コウロク から うけとった まま なげすてて おいた コトウ の テガミ を とりあげて、 しろい セイヨウ フウトウ の イッタン を うつくしい ユビ の ツメ で タンネン に ほそく やぶりとって、 テスジ は リッパ ながら まだ どこ か たどたどしい シュセキ で ペン で ハシリガキ した モンク を よみくだして みた。

「アナタ は オサンドン に なる と いう こと を ソウゾウ して みる こと が できます か。 オサンドン と いう シゴト が オンナ に ある と いう こと を ソウゾウ して みる こと が できます か。 ボク は アナタ を みる とき は いつでも そう おもって フシギ な ココロモチ に なって しまいます。 いったい ヨノナカ には ヒト を つかって、 ヒト から つかわれる と いう こと を まったく しない で いい と いう ヒト が ある もの でしょう か。 そんな こと が できうる もの でしょう か。 ボク は それ を アナタ に かんがえて いただきたい の です。
 アナタ は キタイ な カンジ を あたえる ヒト です。 アナタ の なさる こと は どんな キケン な こと でも キケン-らしく みえません。 ゆきづまった スエ には こう と いう カクゴ が ちゃんと できて いる よう に おもわれる から でしょう か。
 ボク が アナタ に はじめて オメ に かかった の は、 この ナツ アナタ が キムラ クン と イッショ に ヤワタ に ヒショ を して おられた とき です から、 アナタ に ついて は ボク は、 なんにも しらない と いって いい くらい です。 ボク は だいいち イッパンテキ に オンナ と いう もの に ついて なんにも しりません。 しかし すこし でも アナタ を しった だけ の ココロモチ から いう と、 オンナ の ヒト と いう もの は ボク に とって は フシギ な ナゾ です。 アナタ は どこ まで いったら ゆきづまる と おもって いる ん です。 アナタ は すでに キムラ クン で ゆきづまって いる ヒト なん だ と ボク には おもわれる の です。 ケッコン を ショウダク した イジョウ は その オット に ゆきづまる の が オンナ の ヒト の トウゼン な ミチ では ない の でしょう か。 キムラ クン で ゆきづまって ください。 キムラ クン に アナタ を ゼンブ あたえて ください。 キムラ クン の シンユウ と して これ が ボク の ネガイ です。
 ぜんたい おなじ ネンレイ で ありながら、 アナタ から は ボク など は コドモ に みえる の でしょう から、 ボク の いう こと など は トンジャク なさらない か と おもいます が、 コドモ にも ヒトツ の チョッカク は あります。 そして コドモ は きっぱり した もの の スガタ が みたい の です。 アナタ が キムラ クン の ツマ に なる と ヤクソク した イジョウ は、 ボク の いう こと にも ケンイ が ある はず だ と おもいます。
 ボク は そう は いいながら イチメン には アナタ が うらやましい よう にも、 にくい よう にも、 かわいそう な よう にも おもいます。 アナタ の なさる こと が ボク の リセイ を うらぎって キカイ な ドウジョウ を よびおこす よう にも おもいます。 ボク は ココロ の ソコ に おこる こんな ハタラキ をも しいて おしつぶして リクツ イッポウ に かたまろう とは おもいません。 それほど ボク は ドウガクシャ では ない つもり です。 それだから と いって、 イマ の まま の アナタ では、 ボク には アナタ を ケイシン する キ は おこりません。 キムラ クン の ツマ と して アナタ を ケイシン したい から、 ボク は あえて こんな こと を かきました。 そういう とき が くる よう に して ほしい の です。
 キムラ クン の こと を―― アナタ を ネツアイ して アナタ のみ に キボウ を かけて いる キムラ クン の こと を かんがえる と ボク は これ だけ の こと を かかず には いられなく なります。
                                 コトウ ギイチ
   キムラ ヨウコ サマ」

 それ は ヨウコ に とって は ホントウ に こどもっぽい コトバ と しか ひびかなかった。 しかし コトウ は ミョウ に ヨウコ には ニガテ だった。 イマ も コトウ の テガミ を よんで みる と、 ばかばかしい こと が いわれて いる とは おもいながら も、 いちばん ダイジ な キュウショ を グウゼン の よう に しっかり とらえて いる よう にも かんじられた。 ホントウ に こんな こと を して いる と、 コドモ と みくびって いる コトウ にも あわれまれる ハメ に なりそう な キ が して ならなかった。 ヨウコ は なんと いう こと なく ユウウツ に なって コトウ の テガミ を まきおさめ も せず ヒザ の ウエ に おいた まま メ を すえて、 じっと かんがえる とも なく かんがえた。
 それにしても、 あたらしい キョウイク を うけ、 あたらしい シソウ を このみ、 セジ に うとい だけ に、 ヨノナカ の シュウゾク から も とびはなれて ジユウ で ありげ に みえる コトウ さえ が、 ヨウコ が イマ たって いる ガケ の キワ から サキ には、 ヨウコ が アシ を ふみだす の を にくみおそれる ヨウス を あきらか に みせて いる の だ。 ケッコン と いう もの が ヒトリ の オンナ に とって、 どれほど セイカツ と いう ジッサイ モンダイ と むすびつき、 オンナ が どれほど その ソクバク の モト に なやんで いる か を かんがえて みる こと さえ しよう とは しない の だ。 そう ヨウコ は おもって も みた。
 これから ゆこう と する ベイコク と いう トチ の セイカツ も ヨウコ は ひとりでに いろいろ と ソウゾウ しない では いられなかった。 ベイコク の ヒトタチ は どんな ふう に ジブン を むかえいれよう とは する だろう。 とにかく イマ まで の せまい なやましい カコ と エン を きって、 なんの カカワリ も ない シャカイ の ナカ に のりこむ の は おもしろい。 ワフク より も はるか に ヨウフク に てきした ヨウコ は、 そこ の コウサイ シャカイ でも フウゾク では ベイコクジン を わらわせない こと が できる。 カンラク でも アイショウ でも しっくり と ジッセイカツ の ナカ に おりこまれて いる よう な セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 オンナ の チャーム と いう もの が、 シュウカンテキ な キズナ から ときはなされて、 その チカラ だけ に はたらく こと の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 サイノウ と リキリョウ さえ あれば オンナ でも オトコ の テ を かりず に ジブン を マワリ の ヒト に みとめさす こと の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 オンナ でも ムネ を はって ぞんぶん コキュウ の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 すくなくとも コウサイ シャカイ の どこ か では そんな セイカツ が オンナ に ゆるされて いる に ちがいない。 ヨウコ は そんな こと を クウソウ する と むずむず する ほど カイカツ に なった。 そんな ココロモチ で コトウ の コトバ など を かんがえて みる と、 まるで ロウジン の クリゴト の よう に しか みえなかった。 ヨウコ は ながい モクソウ の ナカ から いきいき と たちあがった。 そして ケショウ を すます ため に カガミ の ほう に ちかづいた。
 キムラ を オット に する の に なんの クッタク が あろう。 キムラ が ジブン の オット で ある の は、 ジブン が キムラ の ツマ で ある と いう ほど に かるい こと だ。 キムラ と いう カメン…… ヨウコ は カガミ を みながら そう おもって ほほえんだ。 そして みだれかかる ヒタイギワ の カミ を、 ふりあおいで ウシロ に なでつけたり、 リョウホウ の ビン を キヨウ に かきあげたり して、 リョウコウ が サイクモノ でも する よう に たのしみながら ゲンキ よく アサゲショウ を おえた。 ぬれた テヌグイ で、 カガミ に ちかづけた メ の マワリ の オシロイ を ぬぐいおわる と、 クチビル を ひらいて うつくしく そろった ハナミ を ながめ、 リョウホウ の テ の ユビ を ツボ の クチ の よう に ヒトトコロ に あつめて ツメ の ソウジ が ゆきとどいて いる か たしかめた。 みかえる と フネ に のる とき きて きた ヒトエ の ジミ な キモノ は、 ヨステビト の よう に だらり と さびしく ヘヤ の スミ の ボウシカケ に かかった まま に なって いた。 ヨウコ は ハデ な アワセ を トランク の ナカ から とりだして ネマキ と きかえながら、 それ に メ を やる と、 カタ に しっかり と しがみついて なきおめいた、 かの キョウキ-じみた ワカモノ の こと を おもった。 と、 すぐ その ソバ から ワカモノ を コワキ に かかえた ジムチョウ の スガタ が おもいだされた。 コサメ の ナカ を、 ガイトウ も きず に、 コニモツ でも はこんで いった よう に ワカモノ を サンバシ の ウエ に おろして、 ちょっと イソガワ ジョシ に アイサツ して フネ から なげた ツナ に すがる や いなや、 しずか に キシ から はなれて ゆく フネ の カンパン の ウエ に かるがる と あがって きた その スガタ が、 ヨウコ の ココロ を くすぐる よう に たのしませて おもいだされた。
 ヨ は いつのまにか あけはなれて いた。 メマド の ソト は モト の まま に ハイイロ は して いる が、 いきいき と した ヒカリ が そいくわわって、 カンパン の ウエ を マイアサ キソク ただしく サンポ する ハクハツ の ベイジン と その ムスメ との アシオト が こつこつ カイカツ-らしく きこえて いた。 ケショウ を すました ヨウコ は ナガイス に ゆっくり コシ を かけて、 リョウアシ を マッスグ に そろえて ながなが と のばした まま、 うっとり と おもう とも なく ジムチョウ の こと を おもって いた。
 その とき とつぜん ノック を して ボーイ が コーヒー を もって はいって きた。 ヨウコ は ナニ か わるい ところ でも みつけられた よう に ちょっと ぎょっと して、 のばして いた アシ の ヒザ を たてた。 ボーイ は イツモ の よう に ウスワライ を して ちょっと アタマ を さげて ギンイロ の ボン を タタミイス の ウエ に おいた。 そして キョウ も ショクジ は やはり センシツ に はこぼう か と たずねた。
「コンバン から は ショクドウ に して ください」
 ヨウコ は うれしい こと でも いって きかせる よう に こう いった。 ボーイ は まじめくさって 「はい」 と いった が、 ちらり と ヨウコ を ウワメ で みて、 いそぐ よう に ヘヤ を でた。 ヨウコ は ボーイ が ヘヤ を でて どんな フウ を して いる か が はっきり みえる よう だった。 ボーイ は すぐ にこにこ と フシギ な ワライ を もらしながら、 ケークウォーク の アシツキ で ショクドウ の ほう に かえって いった に ちがいない。 ホド も なく、
「え、 いよいよ ゴライゴウ?」
「きた ね」
と いう よう な ヤヒ な コトバ が、 ボーイ-らしい ケイハク な チョウシ で こわだか に とりかわされる の を ヨウコ は きいた。
 ヨウコ は そんな こと を ミミ に しながら やはり ジムチョウ の こと を おもって いた。 「ミッカ も ショクドウ に でない で とじこもって いる のに なんと いう ジムチョウ だろう、 イッペン も ミマイ に こない とは あんまり ひどい」 こんな こと を おもって いた。 そして その イッポウ では エン も ユカリ も ない ウマ の よう に ただ ガンジョウ な ヒトリ の オトコ が なんで こう おもいだされる の だろう とも おもって いた。
 ヨウコ は かるい タメイキ を ついて なにげなく たちあがった。 そして また ナガイス に こしかける とき には タナ の ウエ から ジムチョウ の メイシ を もって きて ながめて いた。 「ニッポン ユウセン-ガイシャ エノシママル ジムチョウ クン 6 トウ クラチ サンキチ」 と ミンチョウ で はっきり かいて ある。 ヨウコ は カタテ で コーヒー を すすりながら、 メイシ を うらがえして その ウラ を ながめた。 そして マッシロ な その ウラ に ナニ か ながい モンク でも かいて ある か の よう に、 フタエ に なる ゆたか な アゴ を エリ の アイダ に おとして、 すこし マユ を ひそめながら、 ながい アイダ マジロキ も せず みつめて いた。
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ある オンナ (ゼンペン 6)

2021-10-08 | アリシマ タケオ
 12

 その ヒ の ユウガタ、 ヨウコ は フネ に きて から はじめて ショクドウ に でた。 キモノ は おもいきって ジミ な くすんだ の を えらんだ けれども、 カオ だけ は ぞんぶん に わかく つくって いた。 ハタチ を こす や こさず に みえる、 メ の おおきな、 しずんだ ヒョウジョウ の カノジョ の エリ の アイネズミ は、 なんとなく みる ヒト の ココロ を いたく させた。 ほそながい ショクタク の イッタン に、 カップボード を ウシロ に して ザ を しめた ジムチョウ の ミギテ には タガワ フジン が いて、 その ムカイ が タガワ ハカセ、 ヨウコ の セキ は ハカセ の すぐ トナリ に とって あった。 その ホカ の センキャク も タイガイ は すでに テーブル に むかって いた。 ヨウコ の アシオト が きこえる と、 いちはやく メクバセ を しあった の は ボーイ ナカマ で、 その ツギ に ひどく おちつかぬ ヨウス を しだした の は、 ジムチョウ と むかいあって ショクタク の タ の イッタン に いた ヒゲ の しろい アメリカジン の センチョウ で あった。 あわてて セキ を たって、 ミギテ に ナプキン を さげながら、 ジブン の マエ を ヨウコ に とおらせて、 カオ を マッカ に して ザ に かえった。 ヨウコ は しとやか に ヒトビト の モノズキ-らしい シセン を うけながしながら、 ぐるっと ショクタク を まわって ジブン の セキ まで ゆく と、 タガワ ハカセ は ぬすむ よう に フジン の カオ を ちょっと うかがって おいて、 ふとった カラダ を よける よう に して ヨウコ を ジブン の トナリ に すわらせた。
 スワリズマイ を ただして いる アイダ、 タクサン の チュウシ の ナカ にも、 ヨウコ は タガワ フジン の つめたい ヒトミ の ヒカリ を あびて いる の を ここちわるい ほど に かんじた。 やがて きちんと つつましく ショウメン を むいて こしかけて、 ナプキン を とりあげながら、 まず ダイイチ に タガワ フジン の ほう に メ を やって そっと アイサツ する と、 イマ まで の かどかどしい メ にも さすが に モウシワケ ほど の エミ を みせて、 フジン が ナニ か いおう と した シュンカン、 その とき まで ぎごちなく ハナシ を とぎらして いた タガワ ハカセ も ジムチョウ の ほう を むいて ナニ か いおう と した ところ で あった ので、 リョウホウ の コトバ が きまずく ぶつかりあって、 フウフ は おもわず ドウジ に カオ を みあわせた。 イチザ の ヒトビト も、 ニホンジン と いわず ガイコクジン と いわず、 ヨウコ に あつめて いた ヒトミ を タガワ フサイ の ほう に むけた。 「シツレイ」 と いって ひかえた ハカセ に フジン は ちょっと アタマ を さげて おいて、 ミンナ に きこえる ほど はっきり すんだ コエ で、
「とんと ショクドウ に オイデ が なかった ので、 おあんじ もうしました の。 フネ には オコマリ です か」
と いった。 さすが に よなれて さいばしった その コトバ は、 ヒト の ウエ に たちつけた オモミ を みせた。 ヨウコ は にこやか に だまって うなずきながら、 クライ を イチダン おとして エシャク する の を そう フカイ には おもわぬ くらい だった。 フタリ の アイダ の アイサツ は ソレナリ で とぎれて しまった ので、 タガワ ハカセ は おもむろに ジムチョウ に むかって しつづけて いた ハナシ の イトメ を つなごう と した。
「それから…… その……」
 しかし ハナシ の イトグチ は おもう よう に でて こなかった。 こともなげ に おちついた ヨウス に みえる ハカセ の ココロ の ウチ に、 かるい コンラン が おこって いる の を、 ヨウコ は すぐ みてとった。 オモイドオリ に イチザ の キブン を ドウヨウ させる こと が できる と いう ジシン が ウラガキ された よう に ヨウコ は おもって そっと マンゾク を かんじて いた。 そして ボーイ チョウ の サシズ で ボーイ ら が テギヨウ に はこんで きた ポタージュ を すすりながら、 タガワ ハカセ の ほう の ハナシ に ミミ を たてた。
 ヨウコ が ショクドウ に あらわれて ジブン の シカイ に はいって くる と、 オクメン も なく じっと メ を さだめて その カオ を みやった ノチ に、 ムトンジャク に スプーン を うごかしながら、 ときどき ショクタク の キャク を みまわして キ を くばって いた ジムチョウ は、 シタクチビル を かえして ヒゲ の サキ を すいながら、 シオサビ の した ふとい コエ で、
「それから モンロー シュギ の ホンタイ は」
と ハナシ の イトメ を ひっぱりだして おいて、 マトモ に ハカセ を うちみやった。 ハカセ は すこし オモブセ な ヨウス で、
「そう、 その ハナシ でした な。 モンロー シュギ も その シュチョウ は ハジメ の うち は、 ホクベイ の ドクリツ ショシュウ に たいして ヨーロッパ の カンショウ を こばむ と いう だけ の もの で あった の です。 ところが その セイサク の ナイヨウ は トシ と ともに だんだん かわって いる。 モンロー の センゲン は リッパ に モジ に なって のこって いる けれども、 ホウリツ と いう わけ では なし、 ブンショウ も ユウズウ が きく よう に できて いる ので、 トリヨウ に よって は、 どう に でも シンシュク する こと が できる の です。 マッキンレー シ など は ずいぶん キョクタン に その イミ を カクチョウ して いる らしい。 もっとも これ には クリーブランド と いう ヒト の センレイ も ある し、 マッキンレー シ の モト には もう ヒトリ ユウリョク な クロマク が ある はず だ。 どう です サイトウ クン」
と 2~3 ニン おいた ハスカイ の わかい オトコ を かえりみた。 サイトウ と よばれた、 ワシントン コウシカン フニン の ガイコウカンホ は、 マッカ に なって、 イマ まで ヨウコ に むけて いた メ を オオイソギ で ハカセ の ほう に そらして みた が、 シツモン の ヨウリョウ を はっきり とらえそこねて、 さらに あかく なって すべない ミブリ を した。 これほど な セキ に さえ かつて のぞんだ シュウカン の ない らしい その ヒト の スジョウ が その アワテカタ に ジュウブン に みえすいて いた。 ハカセ は みくだした よう な タイド で ザンジ その セイネン の どぎまぎ した ヨウス を みて いた が、 ヘンジ を まちかねて、 ジムチョウ の ほう を むこう と した とき、 とつぜん はるか とおい ショクタク の イッタン から、 センチョウ が カオ を マッカ に して、
「You mean Teddy the roughrider?」
と いいながら コドモ の よう な エガオ を ヒトビト に みせた。 センチョウ の ニホンゴ の リカイリョク を それほど に おもいもうけて いなかった らしい ハカセ は、 この フイウチ に コンド は ジブン が まごついて、 ちょっと ヘンジ を しかねて いる と、 タガワ フジン が サソク に それ を ひきとって、
「Good hit for you, Mr. Captain!」
と クセ の ない ハツオン で いって のけた。 これ を きいた イチザ は、 ことに ガイコクジン たち は、 イス から のりだす よう に して フジン を みた。 フジン は その とき ヒト の メ には つきかねる ほど の スバシコサ で ヨウコ の ほう を うかがった。 ヨウコ は マユ ヒトツ うごかさず に、 シタ を むいた まま で スープ を すすって いた。
 つつしみぶかく オオサジ を もちあつかいながら、 ヨウコ は ジブン に ナニ か きわだった インショウ を あたえよう と して、 イロイロ な マネ を きそいあって いる よう な ヒトビト の サマ を ココロ の ナカ で わらって いた。 じっさい ヨウコ が スガタ を みせて から、 ショクドウ の クウキ は チョウシ を かえて いた。 ことに わかい ヒトタチ の アイダ には イッシュ の おもくるしい ハドウ が つたわった らしく、 モノ を いう とき、 カレラ は しらずしらず ゲッコウ した よう な たかい チョウシ に なって いた。 ことに いちばん としわかく みえる ヒトリ の ジョウヒン な セイネン ――センチョウ の トナリザ に いる ので ヨウコ は イエガラ の たかい ウマレ に ちがいない と おもった―― など は、 ヨウコ と ヒトメ カオ を みあわした が サイゴ、 ふるえん ばかり に コウフン して、 カオ を え あげない で いた。 それだのに ジムチョウ だけ は、 いっこう うごかされた ヨウス が みえぬ ばかり か、 どうか した ヒョウシ に カオ を あわせた とき でも、 その オクメン の ない、 ヒト を ヒト とも おもわぬ よう な ジュクシ は、 かえって ヨウコ の シセン を たじろがした。 ニンゲン を ながめあきた よう な けだるげ な その メ は、 こい マツゲ の アイダ から インソレント な ヒカリ を はなって ヒト を いた。 ヨウコ は こうして おもわず ヒトミ を たじろがす たび ごと に ジムチョウ に たいして フシギ な ニクシミ を おぼえる と ともに、 もう イチド その にくむ べき メ を みすえて その ナカ に ひそむ フシギ を ぞんぶん に みきわめて やりたい ココロ に なった。 ヨウコ は そうした キブン に うながされて ときどき ジムチョウ の ほう に ひきつけられる よう に シセン を おくった が、 その たび ごと に ヨウコ の ヒトミ は もろくも てきびしく おいのけられた。
 こうして ミョウ な キブン が ショクタク の ウエ に おりなされながら やがて ショクジ は おわった。 イチドウ が ザ を たつ とき、 ものなれた モノゴシ で、 イス を ひいて くれた タガワ ハカセ に やさしく ビショウ を みせて レイ を しながら も、 ヨウコ は やはり ジムチョウ の キョドウ を シサイ に みる こと に なかば キ を うばわれて いた。
「すこし カンパン に でて ゴラン に なりまし な。 さむく とも キブン は はればれ します から。 ワタシ も ちょっと ヘヤ に かえって ショール を とって でて みます」
 こう ヨウコ に いって タガワ フジン は オット と ともに ジブン の ヘヤ の ほう に さって いった。
 ヨウコ も ヘヤ に かえって みた が、 イマ まで とじこもって ばかり いる と さほど にも おもわなかった けれども、 ショクドウ ほど の ヒロサ の ところ から でも そこ に きて みる と、 イキヅマリ が しそう に せまくるしかった。 で、 ヨウコ は ナガイス の シタ から、 キムラ の チチ が つかいなれた フル-トランク―― その うえ に コトウ が アブラエノグ で Y.K. と かいて くれた フル-トランク を ひきだして、 その ナカ から くろい ダチョウ の ハネ の ボア を とりだして、 セイヨウ-くさい その ニオイ を こころよく ハナ に かんじながら、 ふかぶか と クビ を まいて、 カンパン に でて いって みた。 キュウクツ な ハシゴダン を やや よろよろ しながら のぼって、 おもい ト を あけよう と する と ガイキ の テイコウ が なかなか はげしくって おしもどされよう と した。 きりっと しぼりあげた よう な サムサ が、 ト の スキ から ほしいまま に ほそながく ヨウコ を おそった。
 カンパン には ガイコクジン が 5~6 ニン あつい ガイトウ に くるまって、 かたい ティーク の ユカ を かつかつ と ふみならしながら、 おしだまって イキオイ よく ウオウ サオウ に サンポ して いた。 タガワ フジン の スガタ は その ヘン には まだ みいだされなかった。 シオケ を ふくんだ つめたい クウキ は、 シツナイ に のみ とじこもって いた ヨウコ の ハイ を おしひろげて、 ホオ には ケツエキ が ちくちく と かるく ハリ を さす よう に ヒフ に ちかく つきすすんで くる の が かんぜられた。 ヨウコ は サンポキャク には かまわず に カンパン を よこぎって フナベリ の テスリ に よりかかりながら、 ナミ また ナミ と ハテシ も なく つらなる ミズ の タイセキ を はるばる と ながめやった。 おりかさなった ニビイロ の クモ の かなた に ユウヒ の カゲ は アトカタ も なく きえうせて、 ヤミ は おもい フシギ な ガス の よう に ちからづよく スベテ の もの を おしひしゃげて いた。 ユキ を たっぷり ふくんだ ソラ だけ が、 その ヤミ と わずか に あらそって、 ナンポウ には みられぬ くらい、 リン の よう な、 さびしい ヒカリ を のこして いた。 イッシュ の テンポ を とって たかく なり ひくく なり する くろい ハトウ の かなた には、 さらに くろずんだ ナミ の ホ が ハテシ も なく つらなって いた。 フネ は おもった より はげしく ドウヨウ して いた。 あかい ガラス を はめた ショウトウ が ソラ たかく、 ミギ から ヒダリ、 ヒダリ から ミギ へ と ひろい カクド を とって ひらめいた。 ひらめく たび に フネ が ヨコカシギ に なって、 おもい ミズ の テイコウ を うけながら すすんで ゆく の が、 ヨウコ の アシ から カラダ に つたわって かんぜられた。
 ヨウコ は ふらふら と フネ に ゆりあげ ゆりさげられながら、 まんじり とも せず に、 くろい ナミ の ミネ と ナミ の タニ と が かわるがわる メノマエ に あらわれる の を みつめて いた。 ゆたか な カミノケ を とおして サムサ が しんしん と アタマ の ナカ に しみこむ の が、 ハジメ の うち は めずらしく いい キモチ だった が、 やがて しびれる よう な ズツウ に かわって いった。 ……と、 キュウ に、 どこ を どう ひそんで きた とも しれない、 いや な サビシサ が トウフウ の よう に ヨウコ を おそった。 フネ に のって から ハル の クサ の よう に もえだした ゲンキ は ぽっきり と シン を とめられて しまった。 コメカミ が じんじん と いたみだして、 ナキツカレ の アト に にた フユカイ な ネムケ の ナカ に、 ムネ を ついて ハキケ さえ もよおして きた。 ヨウコ は あわてて アタリ を みまわした が、 もう そこいら には サンポ の ヒトアシ も たえて いた。 けれども ヨウコ は センシツ に かえる キリョク も なく、 ミギテ で しっかり と ヒタイ を おさえて、 テスリ に カオ を ふせながら ねんじる よう に メ を つぶって みた が、 イイヨウ の ない サビシサ は いやます ばかり だった。 ヨウコ は ふと サダコ を カイニン して いた とき の はげしい ツワリ の クツウ を おもいだした。 それ は おりから いたましい カイソウ だった。 ……サダコ ……ヨウコ は もう その シモト には たえない と いう よう に アタマ を ふって、 キ を まぎらす ため に メ を ひらいて、 トメド なく うごく ナミ の タワムレ を みよう と した が、 ヒトメ みる や ぐらぐら と メマイ を かんじて ヒトタマリ も なく また つっぷして しまった。 ふかい かなしい タメイキ が おもわず でる の を とめよう と して も カイ が なかった。 「フネ に よった の だ」 と おもった とき には、 もう カラダジュウ は フカイ な オウカン の ため に わなわな と ふるえて いた。
「はけば いい」
 そう おもって テスリ から ミ を のりだす シュンカン、 カラダジュウ の チカラ は ハラ から ムナモト に あつまって、 セ は おもわず も はげしく なみうった。 その アト は もう ユメ の よう だった。
 しばらく して から ヨウコ は チカラ が ぬけた よう に なって、 ハンケチ で クチモト を ぬぐいながら、 たよりなく アタリ を みまわした。 カンパン の ウエ も ナミ の ウエ の よう に こうりょう と して ヒトケ が なかった。 あかるく ヒ の ヒカリ の もれて いた メマド は のこらず カーテン で おおわれて くらく なって いた。 ミギ にも ヒダリ にも ヒト は いない。 そう おもった ココロ の ユルミ に つけこんだ の か、 ムネ の クルシミ は また キュウ に よせかえして きた。 ヨウコ は もう イチド テスリ に のりだして ほろほろ と あつい ナミダ を こぼした。 たとえば たかく つるした オオイシ を きって おとした よう に、 カコ と いう もの が おおきな ヒトツ の くらい カナシミ と なって ムネ を うった。 モノゴコロ を おぼえて から 25 の コンニチ まで、 はりつめとおした ココロ の イト が、 イマ こそ おもいぞんぶん ゆるんだ か と おもわれる その かなしい ココロヨサ。 ヨウコ は その むなしい アイカン に ひたりながら、 かさねた リョウテ の ウエ に ヒタイ を のせて テスリ に よりかかった まま おもい コキュウ を しながら ほろほろ と なきつづけた。 イチジセイ ヒンケツ を おこした ヒタイ は シニン の よう に ひえきって、 なきながら も ヨウコ は どうか する と ふっと ひきいれられる よう に カスイ に おちいろう と した。 そうして は はっと ナニ か に おどろかされた よう に メ を ひらく と、 また ソコ の しれぬ アイカン が どこ から とも なく おそいいった。 かなしい ココロヨサ。 ヨウコ は ショウガッコウ に かよって いる ジブン でも、 なきたい とき には、 ヒトマエ では ハ を くいしばって いて、 ヒト の いない ところ まで いって かくれて ないた。 ナミダ を ヒト に みせる と いう の は いやしい こと に しか おもえなかった。 コジキ が アワレミ を もとめたり、 ロウジン が グチ を いう の と ドウヨウ に、 ヨウコ には けがらわしく おもえて いた。 しかし その ヨ に かぎって は、 ヨウコ は ダレ の マエ でも すなお な ココロ で なける よう な キ が した。 ダレ か の マエ で さめざめ と ないて みたい よう な キブン に さえ なって いた。 しみじみ と あわれんで くれる ヒト も ありそう に おもえた。 そうした キモチ で ヨウコ は コムスメ の よう に タワイ も なく なきつづけて いた。
 その とき カンパン の かなた から クツ の オト が きこえて きた。 フタリ らしい アシオト だった。 その シュンカン まで は ダレ の ムネ に でも だきついて しみじみ なける と おもって いた ヨウコ は、 その オト を ききつける と はっ と いう マ も なく、 はりつめた イツモ の よう な ココロ に なって しまって、 オオイソギ で ナミダ を おしぬぐいながら、 クビス を かえして ジブン の ヘヤ に もどろう と した。 が、 その とき は もう おそかった。 ヨウフク スガタ の タガワ フサイ が はっきり と ミワケ が つく ほど の キョリ に すすみよって いた ので、 さすが に ヨウコ も それ を みて みぬ フリ で やりすごす こと は え しなかった。 ナミダ を ぬぐいきる と、 ヒダリテ を あげて カミ の ホツレ を しなおしながら かきあげた とき、 フタリ は もう すぐ ソバ に ちかよって いた。
「あら アナタ でした の。 ワタシドモ は すこし ヨウジ が できて おくれました が、 こんな に おそく まで ソト に いらしって おさむく は ありません でした か。 キブン は いかが です」
 タガワ フジン は レイ の メシタ の モノ に いいなれた コトバ を キヨウ に つかいながら、 はっきり と こう いって のぞきこむ よう に した。 フサイ は すぐ ヨウコ が ナニ を して いた か を かんづいた らしい。 ヨウコ は それ を ひどく フカイ に おもった。
「キュウ に さむい ところ に でました せい です かしら、 なんだか ツムリ が ぐらぐら いたしまして」
「おもどし なさった…… それ は いけない」
 タガワ ハカセ は フジン の コトバ を きく と もっとも と いう ふう に、 2~3 ド こっくり と うなずいた。 アツガイトウ に くるまった ふとった ハカセ と、 あたたかそう な スコッチ の スソナガ の フク に、 ロシア-ボウ を マユギワ まで かぶった フジン との マエ に たつ と、 ヤサガタ の ヨウコ は セタケ こそ たかい が、 フタリ の ムスメ ほど に ながめられた。
「どう だ イッショ に すこし あるいて みちゃ」
と タガワ ハカセ が いう と、 フジン は、
「よう ございましょう よ、 ケツエキ が よく ジュンカン して」
と おうじて ヨウコ に サンポ を うながした。 ヨウコ は やむ を えず、 かつかつ と なる フタリ の クツ の オト と、 ジブン の ウワゾウリ の オト と を さびしく ききながら、 フジン の ソバ に ひきそって カンパン の ウエ を あるきはじめた。 ぎーい と きしみながら フネ が おおきく かしぐ の に うまく チュウシン を とりながら あるこう と する と、 また フカイ な キモチ が ムナサキ に こみあげて くる の を ヨウコ は つよく おししずめて こともなげ に ふるまおう と した。
 ハカセ は フジン との カイワ の トギレメ を とらえて は、 ハナシ を ヨウコ に むけて ナグサメガオ に あしらおう と した が、 いつでも フジン が ヨウコ の す べき ヘンジ を ひったくって モノ を いう ので、 せっかく の ハナシ は コシ を おられた。 ヨウコ は しかし けっきょく それ を いい こと に して、 ジブン の オモイ に ふけりながら フタリ に つづいた。 しばらく あるきなれて みる と、 ウンドウ が できた ため か、 だんだん ハキケ は かんぜぬ よう に なった。 タガワ フサイ は シゼン に ヨウコ を カイワ から ノケモノ に して、 フタリ の アイダ で ヨモヤマ の ウワサバナシ を とりかわしはじめた。 フシギ な ほど に キンチョウ した ヨウコ の ココロ は、 それら の セケンバナシ には いささか の キョウミ も もちえない で、 むしろ その ムイミ に ちかい コトバ の カズカズ を、 ジブン の メイソウ を さまたげる ソウオン の よう に うるさく おもって いた。 と、 ふと タガワ フジン が ジムチョウ と いった の を コミミ に はさんで、 おもわず ハリ でも ふみつけた よう に ぎょっと して、 モクソウ から とって かえして キキミミ を たてた。 ジブン でも おどろく ほど シンケイ が さわぎたつ の を どう する こと も できなかった。
「ずいぶん シタタカモノ らしゅう ございます わね」
 そう フジン の いう コエ が した。
「そう らしい ね」
 ハカセ の コエ には ワライ が まじって いた。
「バクチ が だいの ジョウズ ですって」
「そう かねえ」
 ジムチョウ の ハナシ は それぎり で たえて しまった。 ヨウコ は なんとなく ものたらなく なって、 また ナニ か いいだす だろう と ココロマチ に して いた が、 その サキ を つづける ヨウス が ない ので、 ココロノコリ を おぼえながら、 また ジブン の ココロ に かえって いった。
 しばらく する と フジン が また ジムチョウ の ウワサ を しはじめた。
「ジムチョウ の ソバ に すわって ショクジ を する の は どうも いや で なりません の」
「そんなら サツキ さん に セキ を かわって もらったら いい でしょう」
 ヨウコ は ヤミ の ナカ で するどく メ を かがやかしながら フジン の ヨウス を うかがった。
「でも フウフ が テーブル に ならぶ って ホウ は ありません わ…… ねえ サツキ さん」
 こう ジョウダン-らしく フジン は いって、 ちょっと ヨウコ の ほう を ふりむいて わらった が、 べつに その ヘンジ を まつ と いう でも なく、 はじめて ヨウコ の ソンザイ に きづき でも した よう に、 いろいろ と ミノウエ など を サグリ を いれる らしく ききはじめた。 タガワ ハカセ も ときどき シンセツ-らしい コトバ を そえた。 ヨウコ は ハジメ の うち こそ つつましやか に ジジツ に さほど とおく ない ヘンジ を して いた ものの、 ハナシ が だんだん フカイリ して ゆく に つれて、 タガワ フジン と いう ヒト は ジョウリュウ の キフジン だ と ジブン でも おもって いる らしい に にあわない オモイヤリ の ない ヒト だ と おもいだした。 それ は アリウチ の シツモン だった かも しれない。 けれども ヨウコ には そう おもえた。 エン も ユカリ も ない ヒト の マエ で おもう まま な ブジョク を くわえられる と むっと せず には いられなかった。 しった ところ が なんにも ならない ハナシ を、 キムラ の こと まで ねほりはほり といただして いったい ナニ に しよう と いう キ なの だろう。 ロウジン でも ある ならば、 すぎさった ムカシ を タニン に くどくど と はなして きかせて、 せめて なぐさむ と いう こと も あろう。 「ロウジン には カコ を、 わかい ヒト には ミライ を」 と いう コウサイジュツ の ショホ すら こころえない がさつ な ヒト だ。 ジブン で すら そっと テ も つけない で すませたい ちなまぐさい ミノウエ を…… ジブン は ロウジン では ない。 ヨウコ は タガワ フジン が イジ に かかって こんな ワルサ を する の だ と おもう と はげしい テキイ から クチビル を かんだ。
 しかし その とき タガワ ハカセ が、 サルーン から もれて くる ヒ の ヒカリ で トケイ を みて、 8 ジ 10 プン マエ だ から ヘヤ に かえろう と いいだした ので、 ヨウコ は べつに なにも いわず に しまった。 3 ニン が ハシゴダン を おりかけた とき、 フジン は、 ヨウコ の キブン には いっこう きづかぬ らしく、 ――もし そう で なければ きづきながら わざと きづかぬ らしく ふるまって、
「ジムチョウ は アナタ の オヘヤ にも あそび に みえます か」
と トッピョウシ も なく いきなり といかけた。 それ を きく と ヨウコ の ココロ は なんと いう こと なし に リフジン な イカリ に とらえられた。 トクイ な ヒニク でも おもいぞんぶん に あびせかけて やろう か と おもった が、 ムネ を さすりおろして わざと おちついた チョウシ で、
「いいえ ちっとも おみえ に なりません が……」
と そらぞらしく きこえる よう に こたえた。 フジン は まだ ヨウコ の ココロモチ には すこしも きづかぬ ふう で、
「おや そう。 ワタシ の ほう へは たびたび いらして こまります のよ」
と コゴエ で ささやいた。 「ナニ を ナマイキ な」 ヨウコ は アトサキ なし に こう ココロ の ウチ に さけんだ が ヒトコト も クチ には ださなかった。 テキイ―― シット とも いいかえられそう な―― テキイ が その シュンカン から すっかり ネ を はった。 その とき フジン が ふりかえって ヨウコ の カオ を みた ならば、 おもわず ハカセ を タテ に とって おそれながら ミ を かわさず には いられなかったろう、 ――そんな バアイ には ヨウコ は もとより その シュンカン に イナズマ の よう に すばしこく カクイ の ない カオ を みせた には ちがいなかろう けれども。 ヨウコ は ヒトコト も いわず に モクレイ した まま フタリ に わかれて ジブン の ヘヤ に かえった。
 シツナイ は むっと する ほど あつかった。 ヨウコ は ハキケ を もう かんじて は いなかった が、 ムナモト が ミョウ に しめつけられる よう に くるしい ので、 いそいで ボア を かいやって ユカ の ウエ に すてた まま、 なげる よう に ナガイス に たおれかかった。
 それ は フシギ だった。 ヨウコ の シンケイ は ときには ジブン でも もてあます ほど するどく はたらいて、 ダレ も キ の つかない ニオイ が たまらない ほど キ に なったり、 ヒト の きて いる キモノ の イロアイ が みて いられない ほど フチョウワ で フユカイ で あったり、 シュウイ の ヒト が フヌケ な デク の よう に かいなく おもわれたり、 しずか に ソラ を わたって ゆく クモ の アシ が メマイ が する ほど めまぐるしく みえたり して、 ガマン にも じっと して いられない こと は たえず あった けれども、 その ヨ の よう に するどく シンケイ の とがって きた こと は オボエ が なかった。 シンケイ の マッショウ が、 まるで オオカゼ に あった コズエ の よう に ざわざわ と オト が する か と さえ おもわれた。 ヨウコ は アシ と アシ と を ぎゅっと からみあわせて それ に チカラ を こめながら、 ミギテ の ユビサキ を 4 ホン そろえて その ツマサキ を、 スイショウ の よう に かたい うつくしい ハ で ひとおもいに はげしく かんで みたり した。 オカン の よう な コキザミ な ミブルイ が たえず アシ の ほう から アタマ へ と ハドウ の よう に つたわった。 さむい ため に そう なる の か、 あつい ため に そう なる の か よく わからなかった。 そうして いらいら しながら トランク を ひらいた まま で とりちらした ヘヤ の ナカ を ぼんやり みやって いた。 メ は うるさく かすんで いた。 ふと おちちった もの の ナカ に ヨウコ は ジムチョウ の メイシ が ある の に メ を つけて、 ミ を かがめて それ を ひろいあげた。 それ を ひろいあげる と マフタツ に ひきさいて また ユカ に なげた。 それ は あまり に テゴタエ なく さけて しまった。 ヨウコ は また ナニ か もっと うんと テゴタエ の ある もの を たずねる よう に ねっして かがやく メ で まじまじ と アタリ を みまわして いた。 と、 カーテン を ひきわすれて いた。 はずかしい ヨウス を みられ は しなかった か と おもう と ムネ が どきん と して いきなり たちあがろう と した ヒョウシ に、 ヨウコ は マド の ソト に ヒト の カオ を みとめた よう に おもった。 タガワ ハカセ の よう でも あった。 タガワ フジン の よう でも あった。 しかし そんな はず は ない、 フタリ は もう ヘヤ に かえって いる。 ジムチョウ……
 ヨウコ は おもわず ラタイ を みられた オンナ の よう に かたく なって たちすくんだ。 はげしい オノノキ が おそって きた。 そして なんの シリョ も なく ユカ の ウエ の ボア を とって ムネ に あてがった が、 ツギ の シュンカン には トランク の ナカ から ショール を とりだして ボア と イッショ に それ を かかえて、 にげる ヒト の よう に、 あたふた と ヘヤ を でた。
 フネ の ゆらぐ ごと に キ と キ との すれあう フカイ な オト は、 おおかた センキャク の ねしずまった ヨル の セキバク の ウチ に きわだって ひびいた。 ジドウ ヘイコウキ の ナカ に ともされた ロウソク は カベイタ に キカイ な カクド を とって、 ゆるぎ も せず に ぼんやり と ひかって いた。
 ト を あけて カンパン に でる と、 カンパン の あなた は サッキ の まま の ナミ また ナミ の タイセキ だった。 ダイエントウ から はきだされる バイエン は まっくろい アマノガワ の よう に ムゲツ の ソラ を たちわって ミズ に ちかく ナナメ に ながれて いた。

 13

 そこ だけ は ホシ が ひかって いない ので、 クモ の ある ところ が ようやく しれる くらい おもいきって くらい ヨル だった。 おっかぶさって くる か と みあぐれば、 メ の まわる ほど とおのいて みえ、 とおい と おもって みれば、 いまにも アタマ を つつみそう に ちかく せまってる ハガネイロ の チンモク した オオゾラ が、 サイゲン も ない ハネ を たれた よう に、 おなじ アンショク の ウナバラ に つづく ところ から ナミ が わいて、 ヤミ の ナカ を のたうちまろびながら、 みわたす かぎり わめきさわいで いる。 ミミ を すまして きいて いる と、 ミズ と ミズ と が はげしく ぶつかりあう ソコ の ほう に、
「おーい、 おい、 おい、 おーい」
と いう か と おもわれる コエ とも つかない イッシュ の キカイ な ヒビキ が、 フナベリ を めぐって さけばれて いた。 ヨウコ は ゼンゴ サユウ に おおきく かたむく カンパン の ウエ を、 かたむく まま に ミ を ナナメ に して からく ジュウシン を とりながら、 よろけよろけ ブリッジ に ちかい ハッチ の モノカゲ まで たどりついて、 ショール で ふかぶか と クビ から シタ を まいて、 シロ ペンキ で ぬった イタガコイ に ミ を よせかけて たった。 たたずんだ ところ は カザシモ に なって いる が、 アタマ の ウエ では、 ホバシラ から たれさがった サクヅナ の タグイ が カゼ に しなって ウナリ を たて、 アリウシャン グントウ ちかい コウイド の クウキ は、 9 ガツ の スエ とは おもわれぬ ほど さむく シモ を ふくんで いた。 キオイ に きおった ヨウコ の ニクタイ は しかし さして さむい とは おもわなかった。 さむい と して も むしろ こころよい サムサ だった。 もう どんどん と ひえて ゆく キモノ の ウラ に、 シンゾウ の はげしい コドウ に つれて、 チブサ が つめたく ふれたり はなれたり する の が、 なやましい キブン を さそいだしたり した。 それに たたずんで いる のに アシ が ツマサキ から だんだん に ひえて いって、 やがて ヒザ から シタ は チカク を うしないはじめた ので、 キブン は ミョウ に うわずって きて、 ヨウコ の おさない とき から の クセ で ある ユメ とも ウツツ とも しれない オンガクテキ な サッカク に おちいって いった。 ゴタイ も ココロ も フシギ な ネツ を おぼえながら、 イッシュ の リズム の ウチ に ゆりうごかされる よう に なって いった。 ナニ を みる とも なく ぎょうぜん と みさだめた メノマエ に、 ムスウ の ホシ が フネ の ドウヨウ に つれて ヒカリ の マタタキ を しながら、 ゆるい テンポ を ととのえて ゆらり ゆらり と しずか に おどる と、 ホヅナ の ウナリ が はりきった バス の コエ と なり、 その アイダ を 「おーい、 おい、 おい、 おーい……」 と ココロ の コエ とも ナミ の ウメキ とも わからぬ トレモロ が ながれ、 もりあがり、 くずれこむ ナミ また ナミ が テノル の ヤクメ を つとめた。 コエ が カタチ と なり、 カタチ が コエ と なり、 それから イッショ に もつれあう スガタ を ヨウコ は メ で きいたり ミミ で みたり して いた。 なんの ため に ヨサム を カンパン に でて きた か ヨウコ は わすれて いた。 ムユウビョウシャ の よう に ヨウコ は まっしぐら に この フシギ な セカイ に おちこんで いった。 それでいて、 ヨウコ の ココロ の イチブブン は いたましい ほど さめきって いた。 ヨウコ は ツバメ の よう に その オンガクテキ な ムゲンカイ を かけあがり くぐりぬけて サマザマ な こと を かんがえて いた。
 クツジョク、 クツジョク…… クツジョク―― シサク の カベ は クツジョク と いう ちかちか と さむく ひかる イロ で、 イチメン に ぬりつぶされて いた。 その ヒョウメン に タガワ フジン や ジムチョウ や タガワ ハカセ の スガタ が めまぐるしく オンリツ に のって うごいた。 ヨウコ は うるさそう に アタマ の ナカ に ある テ の よう な もの で むしょうに はらいのけよう と こころみた が ムダ だった。 ヒニク な ヨコメ を つかって アオミ を おびた タガワ フジン の カオ が、 かきみだされた ミズ の ナカ を、 ちいさな アワ が にげて でも ゆく よう に、 ふらふら と ゆらめきながら ウエ の ほう に とおざかって いった。 まず よかった と おもう と、 ジムチョウ の インソレント な メツキ が ひくい チョウシ の バンオン と なって、 じっと うごかない ウチ にも チカラ ある シンドウ を しながら、 ヨウコ の ヒトミ の オク を モウマク まで みとおす ほど ぎゅっと みすえて いた。 「なんで ジムチョウ や タガワ フジン なんぞ が こんな に ジブン を わずらわす だろう。 にくらしい。 なんの インガ で……」 ヨウコ は ジブン を こう いやしみながら も、 オトコ の メ を むかえなれた コビ の イロ を しらずしらず ウワマブタ に あつめて、 それ に おうじよう と する トタン、 ヒ に むかって メ を とじた とき に アヤ を なして みだれとぶ あの フシギ な シュジュ な イロ の コウタイ、 それ に にた もの が リョウラン して ココロ を とりかこんだ。 ホシ は ゆるい テンポ で ゆらり ゆらり と しずか に おどって いる。 「おーい、 おい、 おい、 おーい」 ……ヨウコ は おもわず かっと ハラ を たてた。 その イキドオリ の マク の ウチ に スベテ の ゲンエイ は すーっと すいとられて しまった。 と おもう と その イキドオリ すら が みるみる ぼやけて、 アト には カンゲキ の さらに ない シ の よう な セカイ が ハテシ も なく どんより と よどんだ。 ヨウコ は しばらく は キ が とおく なって ナニゴト も わきまえない で いた。
 やがて ヨウコ は また おもむろに イシキ の シキイ に ちかづいて きて いた。
 エントツ の ナカ の くろい スス の アイダ を、 ヨコスジカイ に やすらいながら とびながら、 のぼって ゆく ヒノコ の よう に、 ヨウコ の ゲンソウ は くらい キオク の ホラアナ の ナカ を ミギヒダリ に よろめきながら おくふかく たどって ゆく の だった。 ジブン で さえ おどろく ばかり ソコ の ソコ に また ソコ の ある メイロ を おそるおそる つたって ゆく と、 ハテシ も なく あらわれでる ヒト の カオ の いちばん オク に、 あかい キモノ を スソナガ に きて、 まばゆい ほど に かがやきわたった オトコ の スガタ が みえだした。 ヨウコ の ココロ の シュウイ に それまで ひびいて いた オンガク は、 その シュンカン ぱったり しずまって しまって、 ミミ の ソコ が かーん と する ほど そらおそろしい セキバク の ナカ に、 フネ の ヘサキ の ほう で コオリ を たたきわる よう な さむい トキガネ の オト が きこえた。 「かんかん、 かんかん、 かーん」 ……。 ヨウコ は ナンジ の カネ だ と かんがえて みる こと も しない で、 そこ に あらわれた オトコ の カオ を みわけよう と した が、 キムラ に にた ヨウボウ が おぼろ に うかんで くる だけ で、 どう みなおして みて も はっきり した こと は もどかしい ほど わからなかった。 キムラ で ある はず は ない ん だ が と ヨウコ は いらいら しながら おもった。 「キムラ は ワタシ の オット では ない か。 その キムラ が あかい キモノ を きて いる と いう ホウ が ある もの か。 ……かわいそう に、 キムラ は サン フランシスコ から イマゴロ は シヤトル の ほう に きて、 ワタシ の つく の を イチニチ センシュウ の オモイ で まって いる だろう に、 ワタシ は こんな こと を して ここ で あかい キモノ を きた オトコ なんぞ を みつめて いる。 センシュウ の オモイ で まつ? それ は そう だろう。 けれども ワタシ が キムラ の ツマ に なって しまった が サイゴ、 センシュウ の オモイ で ワタシ を まったり した キムラ が どんな オット に かわる か は しれきって いる。 にくい の は オトコ だ…… キムラ でも クラチ でも…… また ジムチョウ なんぞ を おもいだして いる。 そう だ、 ベイコク に ついたら もうすこし おちついて かんがえた イキカタ を しよう。 キムラ だって うてば ひびく くらい は する オトコ だ。 ……あっち に いって まとまった カネ が できたら、 なんと いって も かまわない、 サダコ を よびよせて やる。 あ、 サダコ の こと なら キムラ は ショウチ の うえ だった のに。 それにしても キムラ が あかい キモノ など を きて いる の は あんまり おかしい……」。 ふと ヨウコ は もう イチド あかい キモノ の オトコ を みた。 ジムチョウ の カオ が あかい キモノ の ウエ に にあわしく のって いた。 ヨウコ は ぎょっと した。 そして その カオ を もっと はっきり みつめたい ため に おもい おもい マブタ を しいて おしひらく ドリョク を した。
 みる と ヨウコ の マエ には まさしく、 カクトウ を もって コゲチャイロ の マント を きた ジムチョウ が たって いた。 そして、
「どう なさった ん だ イマゴロ こんな ところ に、 ……コンヤ は どうか して いる…… オカ さん、 アナタ の ナカマ が もう ヒトリ ここ に います よ」
と いいながら ジムチョウ は タマシイ を えた よう に うごきはじめて、 ウシロ の ほう を ふりかえった。 ジムチョウ の ウシロ には、 ショクドウ で ヨウコ と ヒトメ カオ を みあわす と、 ふるえん ばかり に コウフン して カオ を え あげない で いた ジョウヒン な かの セイネン が、 マッサオ な カオ を して モノ に おじた よう に つつましく たって いた。
 メ は まざまざ と あいて いた けれども ヨウコ は まだ ユメゴコチ だった。 ジムチョウ の いる の に きづいた シュンカン から また きこえだした ハトウ の オト は、 マエ の よう に オンガクテキ な ところ は すこしも なく、 ただ ものぐるおしい ソウオン と なって フネ に せまって いた。 しかし ヨウコ は イマ の キョウガイ が ホントウ に ゲンジツ の キョウガイ なの か、 さっき フシギ な オンガクテキ の サッカク に ひたって いた キョウガイ が ムゲン の ナカ の キョウガイ なの か、 ジブン ながら すこしも ミサカイ が つかない くらい ぼんやり して いた。 そして あの コウトウ な キカイ な ココロ の アドベンチャー を かえって まざまざ と した ゲンジツ の デキゴト でも ある か の よう に おもいなして、 メノマエ に みる サケ に あからんだ ジムチョウ の カオ は ミョウ に コワクテキ な キミ の わるい ゲンゾウ と なって ヨウコ を おびやかそう と した。
「すこし のみすぎた ところ に ためといた シゴト を つめて やった んで、 ねむれん。 で サンポ の つもり で カンパン の ミマワリ に でる と オカ さん」
と いいながら もう イチド ウシロ を ふりかえって、
「この オカ さん が この さむい に テスリ から カラダ を のりだして ぽかん と ウミ を みとる ん です。 とりおさえて ケビン に つれて いこう と おもうとる と、 コンド は アナタ に でくわす。 モノズキ も あった もん です ねえ。 ウミ を ながめて ナニ が おもしろい かな。 おさむか ありません か、 ショール なんぞ も おちて しまった」
 どこ の クニナマリ とも わからぬ イッシュ の チョウシ が しおさびた コエ で あやつられる の が、 ジムチョウ の ヒトトナリ に よく そぐって きこえる。 ヨウコ は そんな こと を おもいながら ジムチョウ の コトバ を ききおわる と、 はじめて はっきり メ が さめた よう に おもった。 そして カンタン に、
「いいえ」
と こたえながら ウワメヅカイ に、 ユメ の ナカ から でも ヒト を みる よう に うっとり と ジムチョウ の しぶとそう な カオ を みやった。 そして そのまま だまって いた。
 ジムチョウ は レイ の インソレント な メツキ で ヨウコ を ヒトメ に みくるめながら、
「わかい カタ は セワ が やける…… さあ いきましょう」
と つよい ゴチョウ で いって、 からから と ボウジャク ブジン に わらいながら ヨウコ を せきたてた。 ウミ の ナミ の こうりょう たる オメキ の ナカ に きく この ワライゴエ は ダイアボリック な もの だった。 「わかい カタ」 ……ロウセイ-ぶった こと を いう と ヨウコ は おもった けれども、 しかし ジムチョウ には そんな こと を いう ケンリ でも ある か の よう に ヨウコ は ヒニク な シッペガエシ も せず に、 おとなしく ショール を ひろいあげて ジムチョウ の いう まま に その アト に つづこう と して おどろいた。 ところが ながい アイダ そこ に たたずんで いた もの と みえて、 ジシャク で すいつけられた よう に、 リョウアシ は かたく おもく なって イッスン も うごきそう には なかった。 カンキ の ため に カンカク の マヒ しかかった ヒザ の カンセツ は しいて まげよう と する と、 スジ を たつ ほど の イタミ を おぼえた。 フヨウイ に あるきだそう と した ヨウコ は、 おもわず のめりださした ジョウタイ を からく ウシロ に ささえて、 なさけなげ に たちすくみながら、
「ま、 ちょっと」
と よびかけた。 ジムチョウ の アト に つづこう と した オカ と よばれた セイネン は これ を きく と いちはやく アシ を とめて ヨウコ の ほう を ふりむいた。
「はじめて オシリアイ に なった ばかり です のに、 すぐ オココロヤスダテ を して ホントウ に ナン で ございます が、 ちょっと オカタ を かして いただけません でしょう か。 ナン です か アシ の サキ が こおった よう に なって しまって……」
と ヨウコ は うつくしく カオ を しかめて みせた。 オカ は それら の コトバ が コブシ と なって ツヅケサマ に ムネ を うつ と でも いった よう に、 しばらく の アイダ どぎまぎ チュウチョ して いた が、 やがて おもいきった ふう で、 だまった まま ひきかえして きた。 ミノタケ も カタハバ も ヨウコ と そう ちがわない ほど な きゃしゃ な カラダ を わなわな と ふるわせて いる の が、 カタ に テ を かけない うち から よく しれた。 ジムチョウ は ふりむき も しない で、 クツ の カカト を こつこつ と ならしながら はや 2~3 ゲン の かなた に とおざかって いた。
 エイビン な ウマ の ヒフ の よう に だちだち と ふるえる セイネン の カタ に おぶいかかりながら、 ヨウコ は くろい おおきな ジムチョウ の ウシロスガタ を アダカタキ でも ある か の よう に するどく みつめて そろそろ と あるいた。 セイヨウシュ の ホウジュン な あまい サケ の カ が、 まだ ヨイ から さめきらない ジムチョウ の ミノマワリ を どくどくしい モヤ と なって とりまいて いた。 ホウジュウ と いう ジムチョウ の シンノゾウ は、 イマ フヨウジン に ひらかれて いる。 あの ムトンジャク そう な カタ の ユスリ の カゲ に すさまじい デザイア の ヒ が はげしく もえて いる はず で ある。 ヨウコ は キンダン の コノミ を はじめて くいかいだ ゲンジン の よう な カツヨク を ワレ にも なく あおりたてて、 ジムチョウ の ココロ の ウラ を ひっくりかえして ヌイメ を みきわめよう と ばかり して いた。 おまけに セイネン の カタ に おいた ヨウコ の テ は、 きゃしゃ とは いいながら、 ダンセイテキ な つよい ダンリョク を もつ キンニク の フルエ を まざまざ と かんずる ので、 これら フタリ の オトコ が あたえる キカイ な シゲキ は ほしいまま に からまりあって、 おそろしい ココロ を ヨウコ に おこさせた。 キムラ…… ナニ を うるさい、 ヨケイ な こと を いわず と だまって みて いる が いい。 ココロ の ナカ を ひらめきすぎる ダンペンテキ な カゲ を ヨウコ は カレハ の よう に はらいのけながら、 メノマエ に みる コワク に おぼれて ゆこう と のみ した。 クチ から ノド は あえぎたい ほど に ひからびて、 オカ の カタ に のせた テ は、 セイリテキ な サヨウ から つめたく かたく なって いた。 そして ネツ を こめて うるんだ メ を みはって、 ジムチョウ の ウシロスガタ ばかり を みつめながら、 ゴタイ は ふらふら と タワイ も なく オカ の ほう に よりそった。 はきだす イキ は もえたって オカ の ヨコガオ を なでた。 ジムチョウ は ユダン なく カクトウ で サユウ を てらしながら カンパン の セイトン に キ を くばって あるいて いる。
 ヨウコ は いたわる よう に オカ の ミミ に クチ を よせて、
「アナタ は どちら まで」
と きいて みた。 その コエ は イツモ の よう に すんで は いなかった。 そして キ を ゆるした オンナ から ばかり きかれる よう な あまたるい シタシサ が こもって いた。 オカ の カタ は カンゲキ の ため に ひとしお ふるえた。 とみに は ヘンジ も しえない で いる よう だった が、 やがて オクビョウ そう に、
「アナタ は」
と だけ ききかえして、 ネッシン に ヨウコ の ヘンジ を まつ らしかった。
「シカゴ まで まいる つもり です の」
「ボク も…… ワタシ も そう です」
 オカ は まちもうけた よう に コエ を ふるわしながら きっぱり と こたえた。
「シカゴ の ダイガク に でも いらっしゃいます の」
 オカ は ヒジョウ に あわてた よう だった。 なんと ヘンジ を した もの か おそろしく ためらう ふう だった が、 やがて アイマイ に クチ の ウチ で、
「ええ」
と だけ つぶやいて だまって しまった。 その オボコサ…… ヨウコ は ヤミ の ナカ で メ を かがやかして ほほえんだ。 そして オカ を あわれんだ。
 しかし セイネン を あわれむ と ドウジ に ヨウコ の メ は イナズマ の よう に ジムチョウ の ウシロスガタ を ナナメ に かすめた。 セイネン を あわれむ ジブン は ジムチョウ に あわれまれて いる の では ない か。 しじゅう イッポ ずつ ウワテ を ゆく よう な ジムチョウ が イッシュ の ニクシミ を もって ながめやられた。 かつて あじわった こと の ない この ニクシミ の ココロ を ヨウコ は どう する こと も できなかった。
 フタリ に わかれて ジブン の センシツ に かえった ヨウコ は ほとんど デリリウム の ジョウタイ に あった。 ヒトミ は おおきく ひらいた まま で、 メクラ ドウヨウ に ヘヤ の ナカ の もの を みる こと を しなかった。 ひえきった テサキ は おどおど と リョウ の タモト を つかんだり はなしたり して いた。 ヨウコ は ムチュウ で ショール と ボア と を かなぐりすて、 もどかしげ に オビ だけ ほどく と、 カミ も とかず に シンダイ の ウエ に たおれかかって、 ヨコ に なった まま ハネマクラ を リョウテ で ひしと だいて カオ を ふせた。 なぜ と しらぬ ナミダ が その とき セキ を きった よう に ながれだした。 そして ナミダ は アト から アト から みなぎる よう に シーツ を うるおしながら、 ジュウケツ した クチビル は おそろしい ワライ を たたえて わなわな と ふるえて いた。
 1 ジカン ほど そうして いる うち に ナキヅカレ に つかれて、 ヨウコ は かける もの も かけず に そのまま ふかい ネムリ に おちいって いった。 けばけばしい デントウ の ヒカリ は その ヨクジツ の アサ まで この なまめかしく も フシダラ な ヨウコ の マルネスガタ を かいた よう に てらして いた。
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