カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ワタシ は ウミ を だきしめて いたい

2017-07-23 | サカグチ アンゴ
 ワタシ は ウミ を だきしめて いたい

 サカグチ アンゴ

 ワタシ は いつも カミサマ の クニ へ いこう と しながら ジゴク の モン を くぐって しまう ニンゲン だ。 ともかく ワタシ は ハジメ から ジゴク の モン を めざして でかける とき でも、 カミサマ の クニ へ いこう と いう こと を わすれた こと の ない あまったるい ニンゲン だった。 ワタシ は けっきょく ジゴク と いう もの に センリツ した ためし は なく、 バカ の よう に タワイ も なく おちついて いられる くせ に、 カミサマ の クニ を わすれる こと が できない と いう ニンゲン だ。 ワタシ は かならず、 いまに ナニ か に ひどい メ に やっつけられて、 たたきのめされて、 あまったるい ウヌボレ の ぐう の ネ も でなく なる まで、 そして ホント に アシ すべらして マッサカサマ に おとされて しまう とき が ある と かんがえて いた。
 ワタシ は ずるい の だ。 アクマ の ウラガワ に カミサマ を わすれず、 カミサマ の カゲ で アクマ と すんで いる の だ から。 いまに、 アクマ にも カミサマ にも フクシュウ される と しんじて いた。 けれども、 ワタシ だって、 バカ は バカ なり に、 ここ まで ナンジュウネン か いきて きた の だ から、 タダ は まけない。 その とき こそ、 カタナ おれ、 ヤ つきる まで、 アクマ と カミサマ を アイテ に クミウチ も する し、 けとばし も する し、 めったやたら に ランセン ラントウ して やろう と ヒソウ な カクゴ を かためて、 いきつづけて きた の だ。 ずいぶん あまったれて いる けれども、 ともかく、 いつか、 バケノカワ が はげて、 ハダカ に され、 ケ を むしられて、 つきおとされる とき を わすれた こと だけ は なかった の だ。
 リコウ な ヒト は、 それ も オマエ の ズルサ の せい だ と いう だろう。 ワタシ は アクニン です、 と いう の は、 ワタシ は ゼンニン です と いう こと より も ずるい。 ワタシ も そう おもう。 でも、 なんと でも いう が いい や。 ワタシ は、 ワタシ ジシン の かんがえる こと も いっこう に シンヨウ して は いない の だ から。

     *

 ワタシ は しかし、 チカゴロ ミョウ に アンシン する よう に なって きた。 うっかり する と、 ワタシ は アクマ にも カミサマ にも けとばされず、 ハダカ に されず、 ケ を むしられず、 ブジ アンノン に すむ の じゃ ない か と、 へんに おもいつく とき が ある よう に なった。
 そういう アンシン を ワタシ に あたえる の は、 ヒトリ の オンナ で あった。 この オンナ は ウヌボレ の つよい オンナ で、 アタマ が わるくて、 テイソウ の カンネン が ない の で ある。 ワタシ は この オンナ の ホカ の どこ も すき では ない。 ただ ニクタイ が すき な だけ だ。
 ぜんぜん テイソウ の カンネン が かけて いた。 いらいら する と ジテンシャ に のって とびだして、 カエリ には ヒザコゾウ だの ウデ の アタリ から チ を ながして くる こと が あった。 がさつ な アワテモノ だ から、 ショウトツ したり、 ひっくりかえったり する の で ある。 その こと は チ を みれば わかる けれども、 しかし、 チ の ながれぬ よう な イタズラ を ダレ と どこ で して きた か は、 ワタシ には わからない。 わからぬ けれども、 ソウゾウ は できる し、 また、 ジジツ なの だ。
 この オンナ は ムカシ は ジョロウ で あった。 それから サカバ の マダム と なって、 やがて ワタシ と セイカツ する よう に なった が、 ワタシ ジシン も テイソウ の ネン は キハク なので、 ハジメ から、 イッテイ の キカン だけ の アソビ の つもり で あった。 この オンナ は ショウフ の セイカツ の ため に、 フカンショウ で あった。 ニクタイ の カンドウ と いう もの が、 ない の で ある。
 ニクタイ の カンドウ を しらない オンナ が、 ニクタイテキ に あそばず に いられぬ と いう の が、 ワタシ には わからなかった。 セイシンテキ に あそばず に いられぬ と いう なら、 ハナシ は おおいに わかる。 ところが、 この オンナ と きて は、 てんで セイシンテキ な レンアイ など は かんがえて おらぬ ので、 この オンナ の ウワキ と いう の は、 フカンショウ の ニクタイ を オモチャ に する だけ の こと なの で ある。
「どうして キミ は カラダ を オモチャ に する の だろう ね」
「ジョロウ だった せい よ」
 オンナ は さすが に あんぜん と して そう いった。 しばらく して ワタシ の クチビル を もとめる ので、 オンナ の ホオ に ふれる と、 ないて いる の だ。 ワタシ は オンナ の ナミダ など は うるさい ばかり で いっこう に カンドウ しない タチ で ある から、
「だって、 キミ、 ヘン じゃ ない か、 フカンショウ の くせ に……」
 ワタシ が いいかける と、 オンナ は ワタシ の コトバ を うばう よう に はげしく ワタシ に かじりついて、
「くるしめないで よ。 ねえ、 ゆるして ちょうだい。 ワタシ の カコ が わるい のよ」
 オンナ は キョウキ の よう に ワタシ の クチビル を もとめ、 ワタシ の アイブ を もとめた。 オンナ は オエツ し、 すがりつき、 みもだえた が、 しかし、 それ は ゲキジョウ の コウフン だけ で、 ニクタイ の シンジツ の ヨロコビ は、 その とき も なかった の で ある。
 ワタシ の つめたい ココロ が、 オンナ の むなしい ゲキジョウ を れいぜん と みすくめて いた。 すると オンナ が とつぜん メ を みひらいた。 その メ は ニクシミ に みちて いた。 ヒ の よう な ニクシミ だった。

     *

 ワタシ は しかし、 この オンナ の フグ な ニクタイ が へんに すき に なって きた。 シンジツ と いう もの から みすてられた ニクタイ は、 なまじい シンジツ な もの より も、 つめたい アイジョウ を ハンエイ する こと が できる よう な、 ゲンソウテキ な シュウチャク を もちだした の で ある。 ワタシ は オンナ の ニクタイ を だきしめて いる の で なし に、 オンナ の ニクタイ の カタチ を した ミズ を だきしめて いる よう な キモチ に なる こと が あった。
「ワタシ なんか、 どうせ へんちくりん な デキソコナイ よ。 ワタシ の イッショウ なんか、 どう に でも、 カッテ に なる が いい や」
 オンナ は アソビ の アト には、 とくべつ ジチョウテキ に なる こと が おおかった。
 オンナ の カラダ は、 うつくしい カラダ で あった。 ウデ も アシ も、 ムネ も コシ も、 やせて いる よう で ニクヅキ の ゆたか な、 そして ニクヅキ の みずみずしく やわらか な、 みあきない ウツクシサ が こもって いた。 ワタシ の あいして いる の は、 ただ その ニクタイ だけ だ と いう こと を オンナ は しって いた。
 オンナ は ときどき ワタシ の アイブ を うるさがった が、 ワタシ は そんな こと は コリョ しなかった。 ワタシ は オンナ の ウデ や アシ を オモチャ に して その ウツクシサ を ぼんやり ながめて いる こと が おおかった。 オンナ も ぼんやり して いたり、 わらいだしたり、 おこったり、 にくんだり した。
「おこる こと と にくむ こと を やめて くれない か。 ぼんやり して いられない の か」
「だって、 うるさい の だ もの」
「そう かな。 やっぱり キミ は ニンゲン か」
「じゃあ、 ナニ よ」
 ワタシ は オンナ を おだてる と つけあがる こと を しって いた から だまって いた。 ヤマ の オクソコ の モリ に かこまれた しずか な ヌマ の よう な、 ワタシ は そんな なつかしい キ が する こと が あった。 ただ つめたい、 うつくしい、 むなしい もの を だきしめて いる こと は、 ニクヨク の フマン は ベツ に、 せつない カナシサ が ある の で あった。
オンナ の むなしい ニクタイ は、 フマン で あって も、 フシギ に、 むしろ、 セイケツ を おぼえた。 ワタシ は ワタシ の みだら な タマシイ が それ に よって しずか に ゆるされて いる よう な おさない ナツカシサ を おぼえる こと が できた。
 ただ、 ワタシ の クツウ は、 こんな むなしい セイケツ な ニクタイ が、 どうして、 ケダモノ の よう な つかれた ウワキ を せず に いられない の だろう か、 と いう こと だけ だった。 ワタシ は オンナ の イントウ の チ を にくんだ が、 その チ すら も、 ときには セイケツ に おもわれて くる とき が あった。

     *

 ワタシ ジシン が ヒトリ の オンナ に マンゾク できる ニンゲン では なかった。 ワタシ は むしろ いかなる もの にも マンゾク できない ニンゲン で あった。 ワタシ は つねに あこがれて いる ニンゲン だ。
 ワタシ は コイ を する ニンゲン では ない。 ワタシ は もはや こいする こと が できない の だ。 なぜなら、 あらゆる もの が 「タカ の しれた もの」 だ と いう こと を しって しまった から だった。
 ただ ワタシ には アダゴコロ が あり、 タカ の しれた ナニモノ か と あそばず に いられなく なる。 その アソビ は、 ワタシ に とって は、 つねに チンプ で、 タイクツ だった。 マンゾク も なく、 コウカイ も なかった。
 オンナ も ワタシ と おなじ だろう か、 と ワタシ は ときどき かんがえた。 ワタシ ジシン の イントウ の チ と、 この オンナ の イントウ の チ と おなじ もの で あろう か。 ワタシ は そのくせ、 オンナ の イントウ の チ を ときどき のろった。
 オンナ の イントウ の チ が ワタシ の チ と ちがう ところ は、 オンナ は ジブン で ねらう こと も ある けれども、 ウケミ の こと が おおかった。 ヒト に シンセツ に されたり、 ヒト から モノ を もらったり する と、 その ヘンレイ に カラダ を あたえず に いられぬ よう な キモチ に なって しまう の だった。 ワタシ は、 その タヨリナサ が フユカイ で あった。 しかし ワタシ は そういう ワタシ ジシン の カンガエ に ついて も、 うたぐらず に いられなかった。 ワタシ は オンナ の フテイ を のろって いる の か、 フテイ の コンテイ が たよりない と いう こと を のろって いる の だろう か。 もしも オンナ が たよりない ウワキ の シカタ を しなく なれば、 オンナ の フテイ を のろわず に いられる で あろう か、 と。 ワタシ は しかし オンナ の ウワキ の コンテイ が たよりない と いう こと で おこる イガイ に シカタ が なかった。 なぜなら、 ワタシ ジシン が ゴドウヨウ、 ウワキ の ムシ に つかれた オトコ で あった から。
「しんで ちょうだい。 イッショ に」
 ワタシ に おこられる と、 オンナ は いう の が ツネ で あった。 しぬ イガイ に、 ジブン の ウワキ は どうにも する こと が できない の だ と いう こと を ホンノウテキ に さけんで いる コエ で あった。 オンナ は しにたがって は いない の だ。 しかし、 しぬ イガイ に ウワキ は どうにも ならない と いう サケビ には、 セツジツ な シンジツ が あった。 この オンナ の カラダ は ウソ の カラダ、 むなしい ムクロ で ある よう に、 この オンナ の サケビ は ウソッパチ でも、 ウソ ジタイ が シンジツ より も シンジツ だ と いう こと を、 ワタシ は ミョウ に かんがえる よう に なった。
「アナタ は ウソツキ で ない から、 いけない ヒト なの よ」
「いや、 ボク は ウソツキ だよ。 ただ、 ホントウ と ウソ と が ベツベツ だ から、 いけない の だ」
「もっと、 スレッカラシ に なりなさい よ」
 オンナ は ニクシミ を こめて ワタシ を みつめた。 けれども、 うなだれた。 それから、 また、 カオ を あげて、 くいつく よう な、 こわばった カオ に なった。
「アナタ が ワタシ の タマシイ を たかめて くれなければ、 ダレ が たかめて くれる の」
「ムシ の いい こと を いう もの じゃ ない よ」
「ムシ の いい こと って、 ナニ よ」
「ジブン の こと は、 ジブン で する イガイ に シカタ が ない もの だ。 ボク は ボク の こと だけ で、 いっぱい だよ。 キミ は キミ の こと だけ で、 いっぱい に なる が いい じゃ ない か」
「じゃ、 アナタ は、 ワタシ の ロボウ の ヒト なの ね」
「ダレ でも、 さ。 ダレ の タマシイ でも、 ロボウ で ない タマシイ なんて、 ある もの か。 フウフ は イッシン ドウタイ だ なんて、 バカ も やすみやすみ いう が いい や」
「ナニ よ。 ワタシ の カラダ に なぜ さわる のよ。 あっち へ いって よ」
「いや だ。 フウフ とは、 こういう もの なん だ。 タマシイ が ベツベツ でも、 ニクタイ の アソビ だけ が ある の だ から」
「いや。 ナニ を する のよ。 もう、 いや。 ゼッタイ に、 いや」
「そう は いわせぬ」
「いや だったら」
 オンナ は ふんぜん と して ワタシ の ウデ の ナカ から とびだした。 イフク が さけて、 だらしなく、 カタ が あらわれて いた。 オンナ の カオ は イカリ の ため に、 コメカミ に あおい スジ が びくびく して いた。
「アナタ は ワタシ の カラダ を カネ で かって いる のね。 わずか ばかり の カネ で、 ショウフ を かう カネ の 10 ブン の 1 にも あたらない やすい カネ で」
「その とおり さ。 キミ には それ が わかる だけ、 まだ、 まし なん だ」

     *

 ワタシ が ニクヨクテキ に なれば なる ほど、 オンナ の カラダ が トウメイ に なる よう な キ が した。 それ は オンナ が ニクタイ の ヨロコビ を しらない から だ。 ワタシ は ニクヨク に コウフン し、 ある とき は ギャクジョウ し、 ある とき は オンナ を にくみ、 ある とき は こよなく あいした。 しかし、 くるいたつ もの は ワタシ のみ で、 おうずる コタエ が なく、 ワタシ は ただ むなしい カゲ を だいて いる その コドクサ を むしろ あいした。
 ワタシ は オンナ が モノ を いわない ニンギョウ で あれば いい と かんがえた。 メ も みえず、 コエ も きこえず、 ただ、 ワタシ の コドク な ニクヨク に おうずる ムゲン の カゲエ で あって ほしい と ねがって いた。
 そして ワタシ は、 ワタシ ジシン の ホントウ の ヨロコビ は ナン だろう か と いう こと に ついて、 ふと、 おもいつく よう に なった。 ワタシ の ホントウ の ヨロコビ は、 ある とき は トリ と なって ソラ を とび、 ある とき は サカナ と なって ヌマ の ミナソコ を くぐり、 ある とき は ケモノ と なって ノ を はしる こと では ない だろう か。
 ワタシ の ホントウ の ヨロコビ は コイ を する こと では ない。 ニクヨク に ふける こと では ない。 ただ、 コイ に つかれ、 コイ に うみ、 ニクヨク に つかれて、 ニクヨク を いむ こと が つねに ヒツヨウ な だけ だ。
 ワタシ は、 ニクヨク ジタイ が ワタシ の ヨロコビ では ない こと に きづいた こと を、 よろこぶ べき か、 かなしむ べき か、 しんず べき か、 うたがう べき か、 まよった。
 トリ と なって ソラ を とび、 サカナ と なって ミズ を くぐり、 ケモノ と なって ヤマ を はしりたい とは、 どういう イミ だろう? ワタシ は また、 ヘタクソ な ウソ を つきすぎて いる よう で いや でも あった が、 ワタシ は たぶん、 ワタシ は コドク と いう もの を、 みつめ、 ねらって いる の では ない か と かんがえた。
 オンナ の ニクタイ が トウメイ と なり、 ワタシ が コドク の ニクヨク に むしろ みたされて いく こと を、 ワタシ は それ が シゼン で ある と しんじる よう に なって いた。

     *

 オンナ は リョウリ を つくる こと が すき で あった。 ジブン が うまい もの を たべたい せい で あった。 また、 シンペン の セイケツ を このんだ。 ナツ に なる と、 センメンキ に ミズ を いれ、 それ に アシ を ひたして、 カベ に もたれて いる こと が あった。 ヨル、 ワタシ が ねよう と する と、 ワタシ の ヒタイ に つめたい タオル を のせて くれる こと が あった。 キマグレ だ から、 マイニチ の シュウカン と いう わけ では ない ので、 ワタシ は むしろ、 その キマグレ が すき だった。
 ワタシ は つねに はじめて せっする この オンナ の シタイ の ウツクシサ に メ を うたれて いた。 たとえば、 ホオヅエ を つきながら チャブダイ を ふく シタイ だの、 センメンキ に アシ を つっこんで カベ に もたれて いる シタイ だの、 そして また、 ときには なにも みえない クラヤミ で とつぜん ヒタイ に つめたい タオル を のせて くれる みょうちきりん な その タマシイ の シタイ など。
 ワタシ は ワタシ の オンナ への アイチャク が、 そういう もの に ゲンテイ されて いる こと を、 ある とき は みたされ も した が、 ある とき は かなしんだ。 みたされた ココロ は、 いつも、 ちいさい。 ちいさくて、 かなしい の だ。
 オンナ は クダモノ が すき で あった。 キセツ キセツ の クダモノ を サラ に のせて、 まるで、 つねに クダモノ を たべつづけて いる よう な カンジ で あった。 ショクヨク を そそられる ヨウス でも あった が、 ミョウ に ドンショク を かんじさせない あっさり した タベカタ で、 この オンナ の イントウ の アリカタ を ヒジョウ に かんじさせる の で あった。 それ も ワタシ には うつくしかった。
 この オンナ から イントウ を とりのぞく と、 この オンナ は ワタシ に とって ナニモノ でも なくなる の だ と いう こと が、 だんだん わかりかけて きた。 この オンナ が うつくしい の は イントウ の せい だ。 すべて キマグレ な ウツクシサ だった。
 しかし、 オンナ は ジブン の イントウ を おそれて も いた。 それ に くらべれば、 ワタシ は ワタシ の イントウ を おそれて は いなかった。 ただ、 ワタシ は、 オンナ ほど、 ジッサイ の イントウ に ふけらなかった だけ の こと だ。
「ワタシ は わるい オンナ ね」
「そう おもって いる の か」
「よい オンナ に なりたい のよ」
「よい オンナ とは、 どういう オンナ の こと だえ」
 オンナ の カオ に イカリ が はしった。 そして、 なきそう に なった。
「アナタ は どう おもって いる のよ。 ワタシ が にくい の? ワタシ と わかれる つもり? そして、 アタリマエ の オクサン を もらいたい の でしょう」
「キミ ジシン は、 どう なん だ」
「アナタ の こと を、 おっしゃい よ」
「ボク は、 アタリマエ の オクサン を もらいたい とは おもって いない。 それ だけ だ」
「ウソツキ」
 ワタシ に とって、 モンダイ は、 ベツ の ところ に あった。 ワタシ は ただ、 この オンナ の ニクタイ に、 ミレン が ある の だ。 それ だけ だった。

     *

 ワタシ は、 どうして オンナ が ワタシ から はなれない か を しって いた。 ホカ の オトコ は ワタシ の よう に ともかく オンナ の ウワキ を ゆるして へいぜん と して いない から だ。 また、 その うえ に、 ワタシ ほど ふかく、 オンナ の ニクタイ を あいする オトコ も なかった から だ。
 ワタシ は、 ニクタイ の カイカン を しらない オンナ の ニクタイ に、 ヒミツ の ヨロコビ を かんじて いる ワタシ の タマシイ が、 フグ では ない か と うたぐらねば ならなかった。 ワタシ ジシン の セイシン が、 オンナ の ニクタイ に ソウオウ して、 フグ で あり、 キケイ で あり、 ビョウキ では ない か と おもった。
 ワタシ は しかし、 カンギブツ の よう な ニクヨク の ニクヨクテキ な マンゾク の スガタ に ジブン の セイ を たくす だけ の ユウキ が ない。 ワタシ は モノ ソノモノ が モノ ソノモノ で ある よう な、 ドウブツテキ な シンジツ の セカイ を しんじる こと が できない の で ある。 ニクヨク の ウエ にも、 セイシン と コウサク した キョモウ の カゲ に いろどられて いなければ、 ワタシ は それ を にくまず に いられない。 ワタシ は もっとも コウショク で ある から、 タンジュン に ニクヨクテキ では ありえない の だ。
 ワタシ は オンナ が ニクタイ の マンゾク を しらない と いう こと の ウチ に、 ワタシ ジシン の フルサト を みいだして いた。 みちたる こと の カゲ だに ない ムナシサ は、 ワタシ の ココロ を いつも あらって くれる の だ。 ワタシ は やすんじて、 ワタシ ジシン の インヨク に くるう こと が できた。 ナニモノ も ワタシ の インヨク に こたえる もの が ない から だった。 その セイケツ と コドクサ が、 オンナ の アシ や ウデ や コシ を いっそう うつくしく みせる の だった。
 ニクヨク すら も コドク で ありうる こと を みいだした ワタシ は、 もう これから は、 コウフク を さがす ヒツヨウ は なかった。 ワタシ は あまんじて、 フコウ を さがしもとめれば よかった。
 ワタシ は ムカシ から、 コウフク を うたがい、 その チイササ を かなしみながら、 あこがれる ココロ を どう する こと も できなかった。 ワタシ は ようやく コウフク と テ を きる こと が できた よう な キ が した の で ある。
 ワタシ は ハジメ から フコウ や クルシミ を さがす の だ。 もう、 コウフク など は ねがわない。 コウフク など と いう もの は、 ヒト の ココロ を しんじつ なぐさめて くれる もの では ない から で ある。 かりそめにも コウフク に なろう など とは おもって は いけない ので、 ヒト の タマシイ は エイエン に コドク なの だ から。 そして ワタシ は きわめて イセイ よく、 そういう ネンブツ の よう な こと を かんがえはじめた。
 ところが ワタシ は、 フコウ とか クルシミ とか が、 どんな もの だ か、 そのじつ、 しって いない の だ。 おまけに、 コウフク が どんな もの だ か、 それ も しらない。 どう に でも なれ。 ワタシ は ただ ワタシ の タマシイ が ナニモノ に よって も みちたる こと が ない こと を カクシン した と いう の だろう。 ワタシ は つまり、 ワタシ の タマシイ が みちたる こと を ほっしない タテマエ と なった だけ だ。
 そんな こと を かんがえながら、 ワタシ は しかし、 イヌコロ の よう に オンナ の ニクタイ を したう の だった。 ワタシ の ココロ は ただ ドンヨク な オニ で あった。 いつも、 ただ、 こう つぶやいて いた。 どうして、 なにもかも、 こう、 タイクツ なん だ。 なんて、 やりきれない ムナシサ だろう。
 ワタシ は ある とき オンナ と オンセン へ いった。
 カイガン へ サンポ に でる と、 その ヒ は ものすごい アレウミ だった。 オンナ は ハダシ に なり、 ナミ の ひく マ を くぐって カイガラ を ひろって いる。 オンナ は ダイタン で、 ビンカツ だった。 ナミ の コキュウ を のみこんで、 ウミ を セイフク して いる よう な ホンポウ な ウゴキ で あった。 ワタシ は その シンセンサ に メ を うたれ、 どこ か で、 ときどき、 おもいがけなく あらわれて くる みしらぬ シタイ の アザヤカサ を むさぼりながめて いた が、 ワタシ は ふと、 おおきな、 ミノタケ の ナンバイ も ある ナミ が おこって、 やにわに オンナ の スガタ が のみこまれ、 きえて しまった の を みた。 ワタシ は その シュンカン、 やにわに おこった ナミ が ウミ を かくし、 ソラ の ハンブン を かくした よう な、 くらい、 おおきな ウネリ を みた。 ワタシ は おもわず、 ココロ に サケビ を あげた。
 それ は ワタシ の イッシュン の ゲンカク だった。 ソラ は もう、 はれて いた。 オンナ は まだ ナミ の ひく マ を くぐって、 かけまわって いる。 ワタシ は しかし その イッシュン の ゲンカク の あまり の ウツクシサ に、 さめやらぬ オモイ で あった。 ワタシ は オンナ の スガタ の きえて なくなる こと を ほっして いる の では ない。 ワタシ は ワタシ の ニクヨク に おぼれ、 オンナ の ニクタイ を あいして いた から、 オンナ の きえて なくなる こと を ねがった ためし は なかった。
 ワタシ は タニソコ の よう な おおきな アンリョクショク の クボミ を ふかめて わきおこり、 イッシュン に シブキ の オク に オンナ を かくした ミズ の タワムレ の オオキサ に メ を うたれた。 オンナ の ムカンドウ な、 ただ ジュウナン な ニクタイ より も、 もっと ムジヒ な、 もっと ムカンドウ な、 もっと ジュウナン な ニクタイ を みた。 ウミ と いう ニクタイ だった。 ひろびろ と、 なんと ソウダイ な タワムレ だろう と ワタシ は おもった。
 ワタシ の ニクヨク も、 あの ウミ の くらい ウネリ に まかれたい。 あの ナミ に うたれて、 くぐりたい と おもった。 ワタシ は ウミ を だきしめて、 ワタシ の ニクヨク が みたされて くれれば よい と おもった。 ワタシ は ニクヨク の チイササ が かなしかった。
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カッパ 1

2017-07-07 | アクタガワ リュウノスケ
 カッパ
   どうか Kappa と ハツオン して ください。

 アクタガワ リュウノスケ

 ジョ

 これ は ある セイシン ビョウイン の カンジャ、 ――ダイ 23 ゴウ が ダレ に でも しゃべる ハナシ で ある。 カレ は もう 30 を こして いる で あろう。 が、 イッケン した ところ は いかにも わかわかしい キョウジン で ある。 カレ の ハンセイ の ケイケン は、 ――いや、 そんな こと は どうでも よい。 カレ は ただ じっと リョウヒザ を かかえ、 ときどき マド の ソト へ メ を やりながら、 (テツゴウシ を はめた マド の ソト には カレハ さえ みえない カシ の キ が 1 ポン、 ユキグモリ の ソラ に エダ を はって いた。) インチョウ の S ハカセ や ボク を アイテ に ながなが と この ハナシ を しゃべりつづけた。 もっとも ミブリ は しなかった わけ では ない。 カレ は たとえば 「おどろいた」 と いう とき には キュウ に カオ を のけぞらせたり した。……
 ボク は こういう カレ の ハナシ を かなり セイカク に うつした つもり で ある。 もし また ダレ か ボク の ヒッキ に あきたりない ヒト が ある と すれば、 トウキョウ シガイ ×× ムラ の S セイシン ビョウイン を たずねて みる が よい。 トシ より も わかい ダイ 23 ゴウ は まず テイネイ に アタマ を さげ、 フトン の ない イス を ゆびさす で あろう。 それから ユウウツ な ビショウ を うかべ、 しずか に この ハナシ を くりかえす で あろう。 サイゴ に、 ――ボク は この ハナシ を おわった とき の カレ の カオイロ を おぼえて いる。 カレ は サイゴ に ミ を おこす が はやい か、 たちまち ゲンコツ を ふりまわしながら、 ダレ に でも こう どなりつける で あろう。 ―― 「でて いけ! この アクトウ め が! キサマ も バカ な、 シット-ぶかい、 ワイセツ な、 ずうずうしい、 うぬぼれきった、 ザンコク な、 ムシ の いい ドウブツ なん だろう。 でて いけ! この アクトウ め が!」

 1

 3 ネン マエ の ナツ の こと です。 ボク は ヒトナミ に リュックサック を せおい、 あの カミコウチ の オンセンヤド から ホタカヤマ へ のぼろう と しました。 ホタカヤマ へ のぼる の には ゴショウチ の とおり アズサガワ を さかのぼる ホカ は ありません。 ボク は マエ に ホタカヤマ は もちろん、 ヤリガタケ にも のぼって いました から、 アサギリ の おりた アズサガワ の タニ を アンナイシャ も つれず に のぼって ゆきました。 アサギリ の おりた アズサガワ の タニ を―― しかし その キリ は いつまで たって も はれる ケシキ は みえません。 のみならず かえって ふかく なる の です。 ボク は 1 ジカン ばかり あるいた ノチ、 イチド は カミコウチ の オンセンヤド へ ひきかえす こと に しよう か と おもいました。 けれども カミコウチ へ ひきかえす に して も、 とにかく キリ の はれる の を まった うえ に しなければ なりません。 と いって キリ は イッコク ごと に ずんずん ふかく なる ばかり なの です。 「ええ、 いっそ のぼって しまえ」 ――ボク は こう かんがえました から、 アズサガワ の タニ を はなれない よう に クマザサ の ナカ を わけて ゆきました。
 しかし ボク の メ を さえぎる もの は やはり ふかい キリ ばかり です。 もっとも ときどき キリ の ナカ から ふとい ブナ や モミ の エダ が あおあお と ハ を たらした の も みえなかった わけ では ありません。 それから また ホウボク の ウマ や ウシ も とつぜん ボク の マエ へ カオ を だしました。 けれども それら は みえた と おもう と、 たちまち また もうもう と した キリ の ナカ に かくれて しまう の です。 その うち に アシ も くたびれて くれば、 ハラ も だんだん へりはじめる、 ――おまけに キリ に ぬれとおった トザンフク や モウフ など も ナミタイテイ の オモサ では ありません。 ボク は とうとう ガ を おりました から、 イワ に せかれて いる ミズ の オト を タヨリ に アズサガワ の タニ へ おりる こと に しました。
 ボク は ミズギワ の イワ に こしかけ、 とりあえず ショクジ に とりかかりました。 コーンド ビーフ の カン を きったり、 カレエダ を あつめて ヒ を つけたり、 ――そんな こと を して いる うち に かれこれ 10 プン は たった でしょう。 その アイダ に どこまでも イジ の わるい キリ は いつか ほのぼの と はれかかりました。 ボク は パン を かじりながら、 ちょっと ウデドケイ を のぞいて みました。 ジコク は もう 1 ジ 20 プン-スギ です。 が、 それ より も おどろいた の は ナニ か キミ の わるい カオ が ヒトツ、 まるい ウデドケイ の ガラス の ウエ へ ちらり と カゲ を おとした こと です。 ボク は おどろいて ふりかえりました。 すると、 ――ボク が カッパ と いう もの を みた の は じつに この とき が はじめて だった の です。 ボク の ウシロ に ある イワ の ウエ には エ に ある とおり の カッパ が 1 ピキ、 カタテ は シラカバ の ミキ を かかえ、 カタテ は メ の ウエ に かざした なり、 めずらしそう に ボク を みおろして いました。
 ボク は アッケ に とられた まま、 しばらく は ミウゴキ も しず に いました。 カッパ も やはり おどろいた と みえ、 メ の ウエ の テ さえ うごかしません。 その うち に ボク は とびたつ が はやい か、 イワ の ウエ の カッパ へ おどりかかりました。 ドウジ に また カッパ も にげだしました。 いや、 おそらくは にげだした の でしょう。 じつは ひらり と ミ を かわした と おもう と、 たちまち どこ か へ きえて しまった の です。 ボク は いよいよ おどろきながら、 クマザサ の ナカ を みまわしました。 すると カッパ は ニゲゴシ を した なり、 2~3 メートル へだたった ムコウ に ボク を ふりかえって みて いる の です。 それ は フシギ でも なんでも ありません。 しかし ボク に イガイ だった の は カッパ の カラダ の イロ の こと です。 イワ の ウエ に ボク を みて いた カッパ は イチメン に ハイイロ を おびて いました。 けれども イマ は カラダジュウ すっかり ミドリイロ に かわって いる の です。 ボク は 「チクショウ!」 と オオゴエ を あげ、 もう イチド カッパ へ とびかかりました。 カッパ が にげだした の は もちろん です。 それから ボク は 30 プン ばかり、 クマザサ を つきぬけ、 イワ を とびこえ、 しゃにむに カッパ を おいつづけました。
 カッパ も また アシ の はやい こと は けっして サル など に おとりません。 ボク は ムチュウ に なって おいかける アイダ に ナンド も その スガタ を みうしなおう と しました。 のみならず アシ を すべらして ころがった こと も たびたび です。 が、 おおきい トチノキ が 1 ポン、 ふとぶと と エダ を はった シタ へ くる と、 サイワイ にも ホウボク の ウシ が 1 ピキ、 カッパ の ゆく サキ へ たちふさがりました。 しかも それ は ツノ の ふとい、 メ を ちばしらせた オウシ なの です。 カッパ は この オウシ を みる と、 ナニ か ヒメイ を あげながら、 ひときわ たかい クマザサ の ナカ へ モンドリ を うつ よう に とびこみました。 ボク は、 ――ボク も 「しめた」 と おもいました から、 いきなり その アト へ おいすがりました。 すると そこ には ボク の しらない アナ でも あいて いた の でしょう。 ボク は なめらか な カッパ の セナカ に やっと ユビサキ が さわった と おもう と、 たちまち ふかい ヤミ の ナカ へ マッサカサマ に ころげおちました。 が、 ワレワレ ニンゲン の ココロ は こういう キキ イッパツ の サイ にも トホウ も ない こと を かんがえる もの です。 ボク は 「あっ」 と おもう ヒョウシ に あの カミコウチ の オンセンヤド の ソバ に 「カッパバシ」 と いう ハシ が ある の を おもいだしました。 それから、 ――それから サキ の こと は おぼえて いません。 ボク は ただ メノマエ に イナズマ に にた もの を かんじた ぎり、 いつのまにか ショウキ を うしなって いました。

 2

 その うち に やっと キ が ついて みる と、 ボク は アオムケ に たおれた まま、 オオゼイ の カッパ に とりかこまれて いました。 のみならず ふとい クチバシ の ウエ に ハナメガネ を かけた カッパ が 1 ピキ、 ボク の ソバ へ ひざまずきながら、 ボク の ムネ へ チョウシンキ を あてて いました。 その カッパ は ボク が メ を あいた の を みる と、 ボク に 「しずか に」 と いう テマネ を し、 それから ダレ か ウシロ に いる カッパ へ Quax, quax と コエ を かけました。 すると どこ から か カッパ が 2 ヒキ、 タンカ を もって あるいて きました。 ボク は この タンカ に のせられた まま、 オオゼイ の カッパ の むらがった ナカ を しずか に ナンチョウ か すすんで ゆきました。 ボク の リョウガワ に ならんで いる マチ は すこしも ギンザ-ドオリ と チガイ ありません。 やはり ブナ の ナミキ の カゲ に イロイロ の ミセ が ヒヨケ を ならべ、 その また ナミキ に はさまれた ミチ を ジドウシャ が ナンダイ も はしって いる の です。
 やがて ボク を のせた タンカ は ほそい ヨコチョウ を まがった と おもう と、 ある ウチ の ナカ へ かつぎこまれました。 それ は ノチ に しった ところ に よれば、 あの ハナメガネ を かけた カッパ の ウチ、 ――チャック と いう イシャ の ウチ だった の です。 チャック は ボク を こぎれい な ベッド の ウエ へ ねかせました。 それから ナニ か トウメイ な ミズグスリ を 1 パイ のませました。 ボク は ベッド の ウエ に よこたわった なり、 チャック の する まま に なって いました。 じっさい また ボク の カラダ は ろくに ミウゴキ も できない ほど、 フシブシ が いたんで いた の です から。
 チャック は 1 ニチ に 2~3 ド は かならず ボク を シンサツ に きました。 また ミッカ に イチド ぐらい は ボク の サイショ に みかけた カッパ、 ――バッグ と いう リョウシ も たずねて きました。 カッパ は ワレワレ ニンゲン が カッパ の こと を しって いる より も はるか に ニンゲン の こと を しって います。 それ は ワレワレ ニンゲン が カッパ を ホカク する こと より も ずっと カッパ が ニンゲン を ホカク する こと が おおい ため でしょう。 ホカク と いう の は あたらない まで も、 ワレワレ ニンゲン は ボク の マエ にも たびたび カッパ の クニ へ きて いる の です。 のみならず イッショウ カッパ の クニ に すんで いた モノ も おおかった の です。 なぜ と いって ごらんなさい。 ボクラ は ただ カッパ では ない、 ニンゲン で ある と いう トッケン の ため に はたらかず に くって いられる の です。 げんに バッグ の ハナシ に よれば、 ある わかい ドウロ コウフ など は やはり ぐうぜん この クニ へ きた ノチ、 メス の カッパ を ツマ に めとり、 しぬ まで すんで いた と いう こと です。 もっとも その また メス の カッパ は この クニ ダイイチ の ビジン だった うえ、 オット の ドウロ コウフ を ごまかす の にも ミョウ を きわめて いた と いう こと です。
 ボク は 1 シュウカン ばかり たった ノチ、 この クニ の ホウリツ の さだめる ところ に より、 「トクベツ ホゴ ジュウミン」 と して チャック の トナリ に すむ こと に なりました。 ボク の ウチ は ちいさい わり に いかにも しょうしゃ と できあがって いました。 もちろん この クニ の ブンメイ は ワレワレ ニンゲン の クニ の ブンメイ―― すくなくとも ニホン の ブンメイ など と あまり タイサ は ありません。 オウライ に めんした キャクマ の スミ には ちいさい ピアノ が 1 ダイ あり、 それから また カベ には ガクブチ へ いれた エッティング など も かかって いました。 ただ カンジン の ウチ を ハジメ、 テーブル や イス の スンポウ も カッパ の シンチョウ に あわせて あります から、 コドモ の ヘヤ に いれられた よう に それ だけ は フベン に おもいました。
 ボク は いつも ヒグレガタ に なる と、 この ヘヤ に チャック や バッグ を むかえ、 カッパ の コトバ を ならいました。 いや、 カレラ ばかり では ありません。 トクベツ ホゴ ジュウミン だった ボク に ダレ も ミナ コウキシン を もって いました から、 マイニチ ケツアツ を しらべて もらい に、 わざわざ チャック を よびよせる ゲエル と いう ガラス-ガイシャ の シャチョウ など も やはり この ヘヤ へ カオ を だした もの です。 しかし サイショ の ハンツキ ほど の アイダ に いちばん ボク と したしく した の は やはり あの バッグ と いう リョウシ だった の です。
 ある なまあたたかい ヒノクレ です。 ボク は この ヘヤ の テーブル を ナカ に リョウシ の バッグ と むかいあって いました。 すると バッグ は どう おもった か、 キュウ に だまって しまった うえ、 おおきい メ を いっそう おおきく して じっと ボク を みつめました。 ボク は もちろん ミョウ に おもいました から、 「Quax, Bag, quo quel, quan?」 と いいました。 これ は ニホンゴ に ホンヤク すれば、 「おい、 バッグ、 どうした ん だ」 と いう こと です。 が、 バッグ は ヘンジ を しません。 のみならず いきなり たちあがる と、 べろり と シタ を だした なり、 ちょうど カエル の はねる よう に とびかかる ケシキ さえ しめしました。 ボク は いよいよ ブキミ に なり、 そっと イス から たちあがる と、 イッソクトビ に トグチ へ とびだそう と しました。 ちょうど そこ へ カオ を だした の は サイワイ にも イシャ の チャック です。
「こら、 バッグ、 ナニ を して いる の だ?」
 チャック は ハナメガネ を かけた まま、 こういう バッグ を にらみつけました。 すると バッグ は おそれいった と みえ、 ナンド も アタマ へ テ を やりながら、 こう いって チャック に あやまる の です。
「どうも まことに あいすみません。 じつは この ダンナ の きみわるがる の が おもしろかった もの です から、 つい チョウシ に のって イタズラ を した の です。 どうか ダンナ も カンニン して ください」

 3

 ボク は コノサキ を はなす マエ に ちょっと カッパ と いう もの を セツメイ して おかなければ なりません。 カッパ は いまだに ジツザイ する か どう か も ギモン に なって いる ドウブツ です。 が、 それ は ボク ジシン が カレラ の アイダ に すんで いた イジョウ、 すこしも うたがう ヨチ は ない はず です。 では また どういう ドウブツ か と いえば、 アタマ に みじかい ケ の ある の は もちろん、 テアシ に ミズカキ の ついて いる こと も 「スイコ コウリャク」 など に でて いる の と いちじるしい チガイ は ありません。 シンチョウ も ざっと 1 メートル を こえる か こえぬ くらい でしょう。 タイジュウ は イシャ の チャック に よれば、 20 ポンド から 30 ポンド まで、 ――まれ には 50 ナン-ポンド ぐらい の オオカッパ も いる と いって いました。 それから アタマ の マンナカ には ダエンケイ の サラ が あり、 その また サラ は ネンレイ に より、 だんだん カタサ を くわえる よう です。 げんに トシ を とった バッグ の サラ は わかい チャック の サラ など とは ぜんぜん テザワリ も ちがう の です。 しかし いちばん フシギ なの は カッパ の ヒフ の イロ の こと でしょう。 カッパ は ワレワレ ニンゲン の よう に イッテイ の ヒフ の イロ を もって いません。 なんでも その シュウイ の イロ と おなじ イロ に かわって しまう、 ――たとえば クサ の ナカ に いる とき には クサ の よう に ミドリイロ に かわり、 イワ の ウエ に いる とき には イワ の よう に ハイイロ に かわる の です。 これ は もちろん カッパ に かぎらず、 カメレオン にも ある こと です。 あるいは カッパ は ヒフ ソシキ の ウエ に ナニ か カメレオン に ちかい ところ を もって いる の かも しれません。 ボク は この ジジツ を ハッケン した とき、 サイコク の カッパ は ミドリイロ で あり、 トウホク の カッパ は あかい と いう ミンゾクガクジョウ の キロク を おもいだしました。 のみならず バッグ を おいかける とき、 とつぜん どこ へ いった の か、 みえなく なった こと を おもいだしました。 しかも カッパ は ヒフ の シタ に よほど あつい シボウ を もって いる と みえ、 この チカ の クニ の オンド は ヒカクテキ ひくい の にも かかわらず、 (ヘイキン カシ 50 ド ゼンゴ です。) キモノ と いう もの を しらず に いる の です。 もちろん どの カッパ も メガネ を かけたり、 マキタバコ の ハコ を たずさえたり、 カネイレ を もったり は して いる でしょう。 しかし カッパ は カンガルー の よう に ハラ に フクロ を もって います から、 それら の もの を しまう とき にも かくべつ フベン は しない の です。 ただ ボク に おかしかった の は コシ の マワリ さえ おおわない こと です。 ボク は ある とき この シュウカン を なぜか と バッグ に たずねて みました。 すると バッグ は のけぞった まま、 いつまでも げらげら わらって いました。 おまけに 「ワタシ は オマエサン の かくして いる の が おかしい」 と ヘンジ を しました。

 4

 ボク は だんだん カッパ の つかう ニチジョウ の コトバ を おぼえて きました。 したがって カッパ の フウゾク や シュウカン も のみこめる よう に なって きました。 その ナカ でも いちばん フシギ だった の は カッパ は ワレワレ ニンゲン の マジメ に おもう こと を おかしがる、 ドウジ に ワレワレ ニンゲン の おかしがる こと を マジメ に おもう―― こういう トンチンカン な シュウカン です。 たとえば ワレワレ ニンゲン は セイギ とか ジンドウ とか いう こと を マジメ に おもう、 しかし カッパ は そんな こと を きく と、 ハラ を かかえて わらいだす の です。 つまり カレラ の コッケイ と いう カンネン は ワレワレ の コッケイ と いう カンネン と ぜんぜん ヒョウジュン を コト に して いる の でしょう。 ボク は ある とき イシャ の チャック と サンジ セイゲン の ハナシ を して いました。 すると チャック は オオグチ を あいて、 ハナメガネ の おちる ほど わらいだしました。 ボク は もちろん ハラ が たちました から、 ナニ が おかしい か と キツモン しました。 なんでも チャック の ヘントウ は だいたい こう だった よう に おぼえて います。 もっとも たしょう こまかい ところ は まちがって いる かも しれません。 なにしろ まだ その コロ は ボク も カッパ の つかう コトバ を すっかり リカイ して いなかった の です から。
「しかし リョウシン の ツゴウ ばかり かんがえて いる の は おかしい です から ね。 どうも あまり テマエ-ガッテ です から ね」
 その カワリ に ワレワレ ニンゲン から みれば、 じっさい また カッパ の オサン ぐらい、 おかしい もの は ありません。 げんに ボク は しばらく たって から、 バッグ の サイクン の オサン を する ところ を バッグ の コヤ へ ケンブツ に ゆきました。 カッパ も オサン を する とき には ワレワレ ニンゲン と おなじ こと です。 やはり イシャ や サンバ など の タスケ を かりて オサン を する の です。 けれども オサン を する と なる と、 チチオヤ は デンワ でも かける よう に ハハオヤ の セイショクキ に クチ を つけ、 「オマエ は この セカイ へ うまれて くる か どう か、 よく かんがえた うえ で ヘンジ を しろ」 と おおきな コエ で たずねる の です。 バッグ も やはり ヒザ を つきながら、 ナンド も くりかえして こう いいました。 それから テーブル の ウエ に あった ショウドクヨウ の スイヤク で ウガイ を しました。 すると サイクン の ハラ の ナカ の コ は たしょう キガネ でも して いる と みえ、 こう コゴエ に ヘンジ を しました。
「ボク は うまれたく は ありません。 だいいち ボク の オトウサン の イデン は セイシンビョウ だけ でも タイヘン です。 そのうえ ボク は カッパ-テキ ソンザイ を わるい と しんじて います から」
 バッグ は この ヘンジ を きいた とき、 てれた よう に アタマ を かいて いました。 が、 そこ に いあわせた サンバ は たちまち サイクン の セイショクキ へ ふとい ガラス の カン を つきこみ、 ナニ か エキタイ を チュウシャ しました。 すると サイクン は ほっと した よう に ふとい イキ を もらしました。 ドウジ に また イマ まで おおきかった ハラ は スイソ ガス を ぬいた フウセン の よう に へたへた と ちぢんで しまいました。
 こういう ヘンジ を する くらい です から、 カッパ の コドモ は うまれる が はやい か、 もちろん あるいたり しゃべったり する の です。 なんでも チャック の ハナシ では シュッサンゴ 26 ニチ-メ に カミ の ウム に ついて コウエン を した コドモ も あった とか いう こと です。 もっとも その コドモ は フタツキ-メ には しんで しまった と いう こと です が。
 オサン の ハナシ を した ツイデ です から、 ボク が この クニ へ きた ミツキ-メ に ぐうぜん ある マチ の カド で みかけた、 おおきい ポスター の ハナシ を しましょう。 その おおきい ポスター の シタ には ラッパ を ふいて いる カッパ だの ケン を もって いる カッパ だの が 12~13 ビキ かいて ありました。 それから また ウエ には カッパ の つかう、 ちょうど トケイ の ゼンマイ に にた ラセン モジ が イチメン に ならべて ありました。 この ラセン モジ を ホンヤク する と、 だいたい こういう イミ に なる の です。 これ も あるいは こまかい ところ は まちがって いる かも しれません。 が、 とにかく ボク と して は ボク と イッショ に あるいて いた、 ラップ と いう カッパ の ガクセイ が オオゴエ に よみあげて くれる コトバ を いちいち ノート に とって おいた の です。

   イデンテキ ギユウタイ を つのる!!!
   ケンゼン なる ダンジョ の カッパ よ!!!
   アクイデン を ボクメツ する ため に
   フケンゼン なる ダンジョ の カッパ と ケッコン せよ!!!

 ボク は もちろん その とき にも そんな こと の おこなわれない こと を ラップ に はなして きかせました。 すると ラップ ばかり では ない、 ポスター の キンジョ に いた カッパ は ことごとく げらげら わらいだしました。
「おこなわれない? だって アナタ の ハナシ では アナタガタ も やはり ワレワレ の よう に おこなって いる と おもいます がね。 アナタ は レイソク が ジョチュウ に ほれたり、 レイジョウ が ウンテンシュ に ほれたり する の は なんの ため だ と おもって いる の です? あれ は みな ムイシキテキ に アクイデン を ボクメツ して いる の です よ。 だいいち このあいだ アナタ の はなした アナタガタ ニンゲン の ギユウタイ より も、 ――1 ポン の テツドウ を うばう ため に たがいに ころしあう ギユウタイ です ね、 ――ああいう ギユウタイ に くらべれば、 ずっと ボクタチ の ギユウタイ は コウショウ では ない か と おもいます がね」
 ラップ は マジメ に こう いいながら、 しかも ふとい ハラ だけ は おかしそう に たえず なみだたせて いました。 が、 ボク は わらう どころ か、 あわてて ある カッパ を つかまえよう と しました。 それ は ボク の ユダン を みすまし、 その カッパ が ボク の マンネンヒツ を ぬすんだ こと に キ が ついた から です。 しかし ヒフ の なめらか な カッパ は ヨウイ に ワレワレ には つかまりません。 その カッパ も ぬらり と すべりぬける が はやい か イッサン に にげだして しまいました。 ちょうど カ の よう に やせた カラダ を たおれる か と おもう くらい のめらせながら。

 5

 ボク は この ラップ と いう カッパ に バッグ にも おとらぬ セワ に なりました。 が、 その ナカ でも わすれられない の は トック と いう カッパ に ショウカイ された こと です。 トック は カッパ ナカマ の シジン です。 シジン が カミ を ながく して いる こと は ワレワレ ニンゲン と かわりません。 ボク は ときどき トック の ウチ へ タイクツ シノギ に あそび に ゆきました。 トック は いつも せまい ヘヤ に コウザン ショクブツ の ハチウエ を ならべ、 シ を かいたり タバコ を のんだり、 いかにも キラク そう に くらして いました。 その また ヘヤ の スミ には メス の カッパ が 1 ピキ、 (トック は ジユウ レンアイカ です から、 サイクン と いう もの は もたない の です。) アミモノ か ナニ か して いました。 トック は ボク の カオ を みる と、 いつも ビショウ して こう いう の です。 (もっとも カッパ の ビショウ する の は あまり いい もの では ありません。 すくなくとも ボク は サイショ の うち は むしろ ブキミ に かんじた もの です。)
「やあ、 よく きた ね。 まあ、 その イス に かけたまえ」
 トック は よく カッパ の セイカツ だの カッパ の ゲイジュツ だの の ハナシ を しました。 トック の しんずる ところ に よれば、 アタリマエ の カッパ の セイカツ ぐらい、 ばかげて いる もの は ありません。 オヤコ フウフ キョウダイ など と いう の は ことごとく たがいに くるしめあう こと を ユイイツ の タノシミ に して くらして いる の です。 ことに カゾク セイド と いう もの は ばかげて いる イジョウ にも ばかげて いる の です。 トック は ある とき マド の ソト を ゆびさし、 「みたまえ。 あの バカゲサ カゲン を!」 と はきだす よう に いいました。 マド の ソト の オウライ には まだ トシ の わかい カッパ が 1 ピキ、 リョウシン らしい カッパ を ハジメ、 7~8 ヒキ の メスオス の カッパ を クビ の マワリ へ ぶらさげながら、 イキ も たえだえ に あるいて いました。 しかし ボク は トシ の わかい カッパ の ギセイテキ セイシン に カンシン しました から、 かえって その ケナゲサ を ほめたてました。
「ふん、 キミ は この クニ でも シミン に なる シカク を もって いる。 ……ときに キミ は シャカイ シュギシャ かね?」
 ボク は もちろん qua (これ は カッパ の つかう コトバ では 「しかり」 と いう イミ を あらわす の です。) と こたえました。
「では 100 ニン の ボンジン の ため に あまんじて ヒトリ の テンサイ を ギセイ に する こと も かえりみない はず だ」
「では キミ は ナニ シュギシャ だ? ダレ か トック クン の シンジョウ は ムセイフ シュギ だ と いって いた が、……」
「ボク か? ボク は チョウジン (チョクヤク すれば チョウ-カッパ です。) だ」
 トック は こうぜん と いいはなちました。 こういう トック は ゲイジュツ の ウエ にも ドクトク な カンガエ を もって います。 トック の しんずる ところ に よれば、 ゲイジュツ は ナニモノ の シハイ をも うけない、 ゲイジュツ の ため の ゲイジュツ で ある。 したがって ゲイジュツカ たる モノ は ナニ より も サキ に ゼンアク を ぜっした チョウジン で なければ ならぬ と いう の です。 もっとも これ は かならずしも トック 1 ピキ の イケン では ありません。 トック の ナカマ の シジン たち は たいてい ドウイケン を もって いる よう です。 げんに ボク は トック と イッショ に たびたび チョウジン クラブ へ あそび に ゆきました。 チョウジン クラブ に あつまって くる の は シジン、 ショウセツカ、 ギキョクカ、 ヒヒョウカ、 ガカ、 オンガクカ、 チョウコクカ、 ゲイジュツジョウ の シロウト-トウ です。 しかし いずれ も チョウジン です。 カレラ は デントウ の あかるい サロン に いつも カイカツ に はなしあって いました。 のみならず ときには とくとく と カレラ の チョウジン-ブリ を しめしあって いました。 たとえば ある チョウコクカ など は おおきい オニシダ の ハチウエ の アイダ に トシ の わかい カッパ を つかまえながら、 しきり に ダンショク を もてあそんで いました。 また ある メス の ショウセツカ など は テーブル の ウエ に たちあがった なり アブサント を 60 ポン のんで みせました。 もっとも これ は 60 ポン-メ に テーブル の シタ へ ころげおちる が はやい か、 たちまち オウジョウ して しまいました が。
 ボク は ある ツキ の いい バン、 シジン の トック と ヒジ を くんだ まま、 チョウジン クラブ から かえって きました。 トック は いつ に なく しずみこんで ヒトコト も クチ を きかず に いました。 その うち に ボクラ は ホカゲ の さした、 ちいさい マド の マエ を とおりかかりました。 その また マド の ムコウ には フウフ らしい メスオス の カッパ が 2 ヒキ、 3 ビキ の コドモ の カッパ と イッショ に バンサン の テーブル に むかって いる の です。 すると トック は タメイキ を しながら、 とつぜん こう ボク に はなしかけました。
「ボク は チョウジンテキ レンアイカ だ と おもって いる がね、 ああいう カテイ の ヨウス を みる と、 やはり ウラヤマシサ を かんじる ん だよ」
「しかし それ は どう かんがえて も、 ムジュン して いる とは おもわない かね?」
 けれども トック は ツキアカリ の シタ に じっと ウデ を くんだ まま、 あの ちいさい マド の ムコウ を、 ――ヘイワ な 5 ヒキ の カッパ たち の バンサン の テーブル を みまもって いました。 それから しばらく して こう こたえました。
「あすこ に ある タマゴヤキ は なんと いって も、 レンアイ など より も エイセイテキ だ から ね」
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