カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

タデ くう ムシ 1

2020-05-20 | タニザキ ジュンイチロウ
 タデ くう ムシ

 タニザキ ジュンイチロウ

 その 1

 ミサコ は ケサ から ときどき オット に 「どう なさる? やっぱり いらっしゃる?」 と きいて みる の だ が、 オット は レイ の ドッチツカズ な アイマイ な ヘンジ を する ばかり だし、 カノジョ ジシン も それなら どう と いう ココロモチ も きまらない ので、 つい ぐずぐず と ヒルスギ に なって しまった。 1 ジ-ゴロ に カノジョ は サキ へ フロ に はいって、 どっち に なって も いい よう に ミジタク だけ は して おいて から、 まだ ねころんで シンブン を よんで いる オット の ソバ へ 「さあ」 と いう よう に すわって みた けれど、 それでも オット は なんとも いいださない の で ある。
「とにかく オフロ へ おはいり に ならない?」
「うむ、………」
 ザブトン を 2 マイ ハラ の シタ へ しいて タタミ の ウエ に ホオヅエ を ついて いた カナメ は、 きかざった ツマ の ケショウ の ニオイ が ミヂカ に ただよう の を かんじる と、 それ を さける よう な ふう に かすか に カオ を ウシロ へ ひきながら、 カノジョ の スガタ を、 と いう より も イショウ の コノミ を、 なるべく シセン を あわせない よう に して ながめた。 カレ は ツマ が どんな キモノ を センタク した か、 その グアイ で ジブン の キモチ も さだまる だろう と おもった の だ が、 あいにく な こと には コノゴロ ツマ の モチモノ や イルイ など に チュウイ した こと が ない の だ から、 ―――ずいぶん イショウ ドウラク の ほう で、 ツキヅキ なんの かの と こしらえる らしい の だ けれども、 いつも ソウダン に あずかった こと も なければ、 ナニ を かった か キ を つけた こと も ない の だ から、 ―――キョウ の ヨソオイ も、 ただ はなやか な、 ある ヒトリ の トウセイフウ の オクサマ と いう カンジ より ホカ には なんとも ハンダン の クダシヨウ も なかった。
「オマエ は、 しかし、 どう する キ なん だ」
「アタシ は どっち でも、 ………アナタ が いらっしゃれば いきます し、 ………で なければ スマ へ いって も いい ん です」
「スマ の ほう にも ヤクソク が ある の かね?」
「いいえ、 べつに。 ………あっち は アシタ だって いい ん です から」
 ミサコ は いつのまにか マニキュール の ドウグ を だして、 ヒザ の ウエ で せっせと ツメ を みがきながら、 クビ は マッスグ に、 オット の カオ から わざと 1~2 シャク ウエ の ほう の クウカン に メ を すえて いた。
 でかける とか でかけない とか、 なかなか ハナシ が つかない の は キョウ に かぎった こと では ない の だ が、 そういう とき に オット も ツマ も すすんで ケッテイ しよう とは せず、 アイテ の ココロ の ウゴキヨウ で ジブン の ココロ を きめよう と いう ウケミ な タイド を まもる ので、 ちょうど フウフ が リョウホウ から スイバン の フチ を ささえて、 たいら な ミズ が しぜん と どっち か へ かたむく の を まって いる よう な もの で あった。 そんな ふう に して とうとう なにも きまらない うち に ヒ が くれて しまう こと も あり、 ある ジカン が くる と キュウ に フウフ の ココロモチ が ぴったり あう こと も ある の だ けれど、 カナメ には キョウ は ヨカク が あって、 けっきょく フタリ で でかける よう に なる だろう こと は わかって いた。 が、 わかって いながら やはり ジュドウテキ に、 ある グウゼン が そうして くれる の を まって いる と いう の は、 あながち カレ が オウチャク な せい ばかり では なかった。 ダイイチ に カレ は ツマ と フタリ きり で ソト を あるく バアイ の、 ―――ここ から ドウトンボリ まで の ほんの 1 ジカン ばかり では ある が、 オタガイ の キヅマリ な ドウチュウ が おもいやられた。 それに、 「スマ へ いく の は アシタ でも いい」 と ツマ は そう いって いる ものの、 たぶん ヤクソク が して ある の で あろう し、 そう で ない まで も、 カノジョ に とって は おもしろく も ない ニンギョウ シバイ を みせられる より、 アソ の ところ へ いった ほう が いい に きまって いる こと を さっして やらない の も キ が すまなかった。
 ユウベ キョウト の ツマ の チチ から、 「アシタ ツゴウ が よかったら フウフ で ベンテンザ へ くる よう に」 と いう デンワ が あった とき、 いちおう ツマ に ソウダン す べき で あった の だ が、 おりあしく カノジョ が ルス だった ので、 「タイガイ ならば おうかがい いたします」 と、 カナメ は うっかり こたえて しまった。 それ と いう の が、 「ボク は ながい こと ブンラク の ニンギョウ を みた こと が ありません ので、 コンド おいで に なる とき には ぜひ さそって いただきたい」 と、 いつぞや ロウジン の キゲン を とる ため に ココロ にも ない オアイソ を いった の を、 ロウジン の ほう では よく おぼえて いて わざわざ しらして くれた の で ある から、 カレ と して は ことわりにくい バアイ でも あった し、 それに ニンギョウ シバイ は とにかく、 あの ロウジン に つきあって ゆっくり ハナシ を する よう な キカイ が、 ひょっと したら もう これっきり こない で あろう とも おもえた から だった。 シシガタニ の ほう に インキョジョ を つくって チャジン-じみた セイカツ を して いる 60 ちかい トシヨリ とは、 もちろん シュミ が あう わけ も なし、 ナニカ に つけて うるさく ツウ を ふりまかれる の には いつも ヘイコウ する の だ けれど、 わかい とき に さんざん あそんだ ヒト だけ あって どこ か シャラク な、 からっと した ところ の ある の が、 もう その ヒト とも オヤコ の エン が きれる か と おもえば さすが に なつかしく、 すこし ヒニク な イイカタ を すれば、 ツマ より も むしろ この ロウジン に ナゴリ が おしまれて、 せめて フウフ で いる アイダ に イッペン ぐらい は オヤコウコウ を して おいて も と、 ガラ に ない こと を かんがえた の だ が、 しかし ドクダン で ショウチ した の は テオチ と いえば テオチ で ある。 イツモ の カレ なら ツマ の ツゴウ と いう こと に キ が まわらない はず は ない の で ある。 ユウベ も もちろん それ を おもい は した けれども、 じつは ユウガタ、 「ちょっと コウベ まで カイモノ に」 と いって カノジョ が でかけて いった の を、 おそらく アソ に あい に いった もの と すいして いた。 ちょうど ロウジン から デンワ が かかった ジブン には、 ツマ と アソ と が ウデ を くみあって スマ の カイガン を ぶらついて いる カゲエ が カレ の ノウリ に えがかれて いた ので、 「コンヤ あって いる の なら アシタ は さしつかえない で あろう」 と、 ふと そう おもった わけ なの で あった。 ツマ は じゅうらい カクシダテ を した こと は なかった から、 ユウベ は じじつ カイモノ に いった の かも しれない。 それ を そう で なく とった の は カレ の ジャスイ で あった かも しれない。 カノジョ は ウソ を つく こと は きらい で ある し、 また ウソ を つく ヒツヨウ は ない に きまって いる の だ から。 が、 オット に とって けっして ユカイ で ない はず の こと を そう はっきり と いう まで も ない から、 「コウベ へ カイモノ に いく」 と いう コトバ の ウラ に 「アソ に あい に いく」 と いう イミ が ふくまれて いた もの と カイシャク した の は、 カレ の タチバ から は シゼン で あって、 わるく かんぐった わけ では なかった。 ツマ の ほう でも カナメ が ジャスイ や イジワル を した の で ない こと は わかって いる に ちがいなかった。 あるいは カノジョ は、 ユウベ も あう こと は あって いる の だ が、 キョウ も あいたい の で ある かも しれない。 サイショ は トオカ-オキ、 1 シュウカン-オキ ぐらい だった の が、 チカゴロ は だいぶ ヒンパン に なって、 フツカ も ミッカ も つづけて あう こと が めずらしく ない の で ある から。
「アナタ は どう なの、 ゴラン に なりたい の?」
 カナメ は ツマ が はいった アト の フロ へ つかって、 ユアガリ の ハダ へ バスローブ を ひっかけながら 10 プン ばかり で もどって きた が、 ミサコ は その とき も ぼんやり クウ を みはった まま キカイテキ に ツメ を こすって いた。 カノジョ は エンガワ に たちながら テカガミ で カミ を さばいて いる オット の ほう へは メ を やらず に、 サンカク に きられた ヒダリ の オヤユビ の ツメ の、 ぴかぴか ひかる センタン を まぢかく ハナサキ へ よせながら いった。
「ボク も あんまり みたく は ない ん だ が、 みたい って いっちまった んで ね。………」
「いつ?」
「いつ だった か、 そう いった こと が ある ん だよ。 ひどく ネッシン に ニンギョウ シバイ を サンビ する もん だ から、 つい ロウジン を よろこばす つもり で アイヅチ を うって しまった ん だ」
「ふふ」
 と カノジョ は、 アカ の タニン に たいする よう な アイソワライ を わらった。
「そんな こと を おっしゃる から わるい ん じゃ ない の。 いつも オトウサン に つきあった こと なんか ない くせ に」
「まあ とにかく、 ちょっと だけ でも いった ほう が いい ん だ けれど な」
「ブンラクザ って いったい どこ なの?」
「ブンラクザ じゃあ ない ん だよ。 ブンラクザ は やけちまった んで、 ドウトンボリ の ベンテンザ と いう コヤ なん だ そう だ」
「それじゃ どうせ すわる ん でしょう? かなわない わ、 アタシ、 ―――アト で ヒザ が いたく なっちまう わ」
「そりゃあ チャジン の いく ところ だ から シカタ が ない やね。 ―――オマエ の オトウサン も せんに は あんな じゃあ なかった し、 カツドウ シャシン が すき だった ジダイ も あった ん だ が、 だんだん トシ を とる に つれて シュミ が ヒニク に なって いく ん だね。 このあいだ ある ところ で きいた ん だ が、 わかい ジブン に オンナアソビ を した ニンゲン ほど、 ロウジン に なる と きまって コットウズキ に なる。 ショガ だの チャキ だの を いじくる の は つまり セイヨク の ヘンケイ だ と いう ん だ」
「でも オトウサン は セイヨク の ほう も まだ ヘンケイ して いない ん じゃ ない の。 キョウ だって オヒサ が ついて いる でしょう」
「ああいう オンナ を すく と いう の が やっぱり いくらか コットウ シュミ だよ。 あれ は まるで ニンギョウ の よう な オンナ だ から な」
「いけば きっと あてられて よ」
「シカタ が ない、 それ も オヤコウコウ だ と おもって、 1 ジカン か 2 ジカン あてられ に いく さ」
 ふと カナメ は、 ツマ が なんとなく でしぶる の は ホカ に リユウ が ある ん じゃ ない の かな、 と その とき かんじた が、
「では キョウ は ワフク に なさる?」
 と、 カノジョ は たって、 タンス の ヒキダシ から、 タトウ に くるまった イククミ か の オット の イルイ を とりだす の で あった。
 キモノ に かけて は カナメ も ツマ に まけない ほど の ゼイタクヤ で、 この ハオリ には この キモノ に この オビ と いう ふう に イクトオリ と なく そろえて あって、 それ が こまかい もの に まで も、 ―――トケイ とか、 クサリ とか、 ハオリ の ヒモ とか、 シガー ケース とか、 サイフ とか、 そんな もの に まで およんで いた。 それ を いちいち のみこんで いて、 「あれ」 と いえば すぐ その ヒトクミ を そろえる こと の できる モノ は ミサコ より ホカ に ない の で ある から、 コノゴロ の よう に オット を おいて ヒトリ で ソト へ でがち の カノジョ は、 でかける とき に オット の ため に イルイ を そろえて ゆく こと が おおかった。 カナメ に とって ゲンザイ の ツマ が じっさい ツマ-らしい ヤクメ を し、 カノジョ で なければ ならない ヒツヨウ を おぼえる の は、 ただ この バアイ だけ で ある ので、 そういう とき に いつでも カレ は へんに ちぐはぐ な オモイ を した。 ことに キョウ の よう に、 ウシロ から ジュバン を きせて くれたり、 エリ を なおして くれたり される と、 ジブン たち フウフ と いう もの の ずいぶん フシギ な ムジュン した カンケイ が、 はっきり かんぜられる の で あった。 ダレ が こういう バメン を みたら、 ジブン たち を フウフ で ない と おもう で あろう。 げんに イエ に いる コマヅカイ に して も ゲジョ に して も、 ゆめにも うたがって は いない で あろう。 カレ ジシン で すら、 こうして シタギ や タビ の メンドウ まで も みて もらって いる ジブン を かえりみれば、 これ で どうして フウフ で ない の か と いう よう な キ が する。 なにも ケイボウ の カタライ ばかり が フウフ を なりたたせて いる の では ない。 イチヤヅマ ならば カナメ は カコ に オオク の オンナ を しって いる。 が、 こういう こまかい ミノマワリ の セワ や ココロヅクシ の アイダ に こそ フウフ-ラシサ が そんする の では ない か。 これ が フウフ の ホンライ の スガタ では ない の か。 そうして みれば、 カレ は カノジョ に フソク を かんずる ナニモノ も ない の で ある。………
 リョウテ を コシ の ウエ へ まわして ツヅレ の オビ を むすびながら、 カレ は しゃがんで いる ツマ の エリアシ を みた。 ツマ の ヒザ の ウエ には カレ が このんで きる ところ の クロハチジョウ の ムソウ の ハオリ が ひろがって いた。 ツマ は その ハオリ へ カタナ の サゲオ の モヨウ に そめた ヒラウチ の ヒモ を つけよう と して、 ケピン の アシ を チ へ とおして いる の で ある。 カノジョ の しろい テノヒラ は、 それ が にぎって いる ほそい ケピン を ヒトスジ の クロサ に くっきり と きわだたせて いた。 ミガキタテ の ツヤ の いい ツメ が、 ユビサキ と ユビサキ の かちあう ごと に とがった サキ を きき と カイキ の よう に ならした。 ながい アイダ の シュウカン で オット の キモチ を するどく ハンシャ する カノジョ は、 ジブン も おなじ カンショウ に ひきこまれる の を おそれる か の よう に ことさら スキマ なく ミ を うごかして、 ツマ たる モノ の なす べき シゴト を さっさと テギワ よく、 ジムテキ に はこんで いる の で ある が、 それ だけ に カナメ は、 カノジョ と シセン を あわせる こと なく よそながら ナゴリ を おしむ ココロ で ぬすみみる こと が できる の で あった。 たって いる カレ には エリアシ の オク の セスジ が みえた。 ハダジュバン の カゲ に つつまれて いる ゆたか な カタ の フクラミ が みえた。 タタミ の ウエ を ヒザ で ずって いる スソサバキ の フキ の シタ から、 トウキョウ-ゴノミ の、 キガタ の よう な かたい シロタビ を ぴちり と はめた アシクビ が 1 スン ばかり みえた。 そういう ふう に ちらと メ に ふれる ニクタイ の トコロドコロ は、 30 に ちかい トシ の わり には わかく も あり みずみずしく も あり、 これ が タニン の ツマ で あったら カレ とて も うつくしい と かんずる で あろう。 イマ でも カレ は この ニクタイ を かつて よなよな そうした よう に だきしめて やりたい シンセツ は ある。 ただ かなしい の は、 カレ に とって は それ が ほとんど ケッコン の サイショ から セイヨクテキ に なんら の ミリョク も ない こと だった。 そうして イマ の ミズミズシサ も ワカワカシサ も、 じつは カノジョ に スウネン の アイダ ゴケ と おなじ セイカツ を させた ヒツゼン の ケッカ で ある こと を おもう と、 あわれ と いう より は フシギ な サムケ を おぼえる の で あった。
「ホントウ に キョウ は―――」
 そう いいながら ミサコ は たって、 ハオリ を きせる ため に オット の セナカ の ほう へ まわった。
「―――いい オテンキ じゃ ありません か。 シバイ なんぞ には もったいない くらい だわ」
 カナメ は 2~3 ド カノジョ の ユビ が ウナジ の アタリ を かすめた の を かんじた が、 その ハダザワリ には まるで リハツシ の ユビ の よう な ショクギョウテキ な ツメタサ しか なかった。
「オマエ、 デンワ を かけて おかなくって も いい の かね?」
 と、 カレ は ツマ の コトバ の ウラ を たずねた。
「ええ、………」
「かけて おおき よ、 で ない と ボク も キ が すまない から、………」
「それ にも およばない ん だ けれど、………」
「しかし、 ………まって いる と わるい じゃ ない か」
「そう ね、―――」
 カノジョ は ちょっと ためらって から いった。
「―――ナンジ-ゴロ に かえれます かしら?」
「イマ から いけば、 かりに ヒトマク だけ と して も 5 ジ か 6 ジ には なる だろう な」
「それから じゃ あんまり おそい でしょう か?」
「そんな こと は さしつかえない が、 なにしろ キョウ は オトウサン の ツゴウ で どう なる か わかりゃ しない ぜ。 イッショ に バンメシ を つきあえ と でも いわれたら ことわる わけ にも いかない し、 ………ま、 アシタ に した ほう が マチガイ が ない よ」
 そう いって いる とき、 コマヅカイ の オサヨ が フスマ を あけた。
「あのう、 スマ から オクサマ に オデンワ で ございます」

 その 2

 デンワグチ の ハナシ は 30 プン も かかった けれども、 それでも ようやく スマ の ほう は アス に する と いう こと に なって、 いっそう うかぬ カオツキ を しながら、 カノジョ が オット と めずらしく つれだって でた の は、 もう 2 ジ ハン を すぎた コロ だった。
 たまに ニチヨウ の オリ など に、 ショウガッコウ の 4 ネン へ いって いる ヒロシ を ナカ に はさみながら、 オヤコ 3 ニン で でかける こと は ない でも ない が、 それ は チカゴロ、 うすうす チチ と ハハ との アイダ に ナニゴト か が かもされつつ ある の を かんづいた らしい コドモ の キョウフ を とりのける ため で、 キョウ の よう に フウフ が フタリ で であるく こと は ホントウ に もう イクツキ-ぶり か わからなかった。 ヒロシ が ガッコウ から かえって きて、 チチ と ハハ と が テ を たずさえて でた こと を きいたら、 ジブン が おいて ゆかれた の を さびしがる より も、 じつは どんな に よろこぶ で あろう。 ―――しかし カナメ は、 それ が コドモ に いい こと だ か わるい こと だ か ハンダン に まよった。 ぜんたい 「コドモ コドモ」 と いう が、 すでに 10 サイ イジョウ に なれば、 キ の マワリカタ は かくべつ オトナ と かわった こと は ない の で ある。 カレ は ミサコ が、 「ホカ の モノ は キ が つかない のに、 ヒロシ は しって いる らしい ん です よ、 とても ビンカン なん です から」 と いったり する の を、 「そんな こと は コドモ と して は アタリマエ だよ。 それ を カンシン する なんか は オヤバカ と いう もん だ」 と、 そう いって わらう の が ツネ で あった。 それゆえ カレ は、 いざ と いう とき は オトナ に たいする と おなじ よう に、 スベテ の ジジョウ を コドモ に うちあける カクゴ を して いた。 チチ も ハハ も、 どっち が わるい と いう の では ない、 もしも わるい と いう モノ が あれば、 それ は ゲンダイ に ツウヨウ しない ふるい ドウトク に とらわれた ミカタ だ、 これから の コドモ は そんな こと を はじて は いけない、 チチ と ハハ と が どう なろう とも オマエ は エイキュウ に フタリ の コ だ、 そうして いつでも すき な とき に チチ の イエ へも ハハ の イエ へも いく こと が できる、 ―――カレ は そういう ふう に はなして コドモ の リセイ に うったえる つもり で いた。 それ を コドモ が ききわけない はず は ない と おもった。 コドモ だ から と いって イイカゲン な ウソ を つく の は、 オトナ を あざむく の と おなじ ザイアク だ と かんがえて いた。 ただ マンイチ にも わかれない で すむ バアイ が ソウゾウ せられる し、 わかれる と して も まだ その ジキ が きまった と いう わけ では ない ので、 なるべく ならば ヨケイ な シンパイ を させたく ない、 ハナシ は いつでも できる の だ から と、 そう おもいおもい つい ノビノビ に なって いる ケッカ は、 やはり コドモ を アンシン サセタサ に ひきずられて、 よろこぶ カオ が みたい ため に ツマ と ナレアイ で むつましい フウ を よそおう こと も ある の で ある。 しかし コドモ は コドモ の ほう で、 フタリ が ナレアイ で シバイ を して いる こと まで も かんづいて いて、 なかなか キ を ゆるして は いない らしい。 ウワベ は いかにも うれしそう に して みせる けれども、 それ も コト に よる と オヤ たち の クリョ を さっして、 コドモ の ほう が アベコベ に フタリ を アンシン させよう と つとめて いる の かも しれない。 コドモ の ホンノウ と いう もの は そういう とき に あんがい ふかい ドウサツリョク を はたらかす もの の よう に おもえる。 だから カナメ は オヤコ 3 ニン で サンサク に でる と、 チチ は チチ、 ハハ は ハハ、 コ は コ と いう ふう に、 3 ニン が 3 ニン ながら ばらばら な キモチ を かくしつつ ココロ にも ない エガオ を つくって いる ジョウタイ に、 われから りつぜん と する こと が あった。 つまり 3 ニン は もう おたがいに あざむかれない、 フウフ の ナレアイ が イマ では オヤコ の ナレアイ に なり、 3 ニン で セケン を あざむいて いる。 ―――なんで コドモ に まで そんな マネ を させなければ ならない の か、 それ が カレ には ひとしお つみぶかく、 フビン に かんぜられる の で あった。
 カレ は もちろん ジブン たち の フウフ カンケイ を シン ドウトク の センクシャ の よう な タイド を もって シャカイ へ ふれまわる ユウキ は なかった。 ジブン の おこなって いる こと には タショウ の たのむ ところ も あり、 リョウシン に はじる テン は ない の で ある から、 まさか の バアイ は かんぜん と して ハンコウ しない もの でも ない が、 そう か と いって、 しいて ジブン を フリ な タチバ に おきたく は なかった。 チチ の ダイ ほど では ない にも せよ まだ いくらか の シサン も あり、 メイギ だけ でも カイシャ の ジュウヤク と いう チイ も あり、 かつかつ ながら ユウカン カイキュウ の イチイン と して くらして ゆく こと の できる ミ と して、 なるべく ならば シャカイ の スミ に ちいさく、 つつましく、 あまり ヒトメ に たたない よう に、 そして センゾ の イハイ にも キズ を つけない よう に して アンノン に いきて ゆきたかった。 かりに ジブン は シンセキ なぞ の カンショウ を おそれる ところ は ない に して も、 ジブン より いっそう ゴカイ されやすい ツマ の タチバ を かばって やらなければ、 けっきょく フウフ は ミウゴキ が とれなく なる。 たとえば コノゴロ の ツマ の コウイ が アリノママ に キョウト の チチオヤ に でも しれたら、 いかに モノワカリ の いい ロウジン でも セケン の テマエ ムスメ の フラチ を ゆるして は おけない で あろう。 もし そう なれば カノジョ は カナメ と わかれた と して も、 オモイドオリ に アソ の ところ へ ゆける か どう か も ギモン で ある。 「オヤ や シンルイ の アッパク なんか アタシ ちっとも こわく は ない わ、 ミンナ に ギゼツ されたって かまわない つもり で いる ん です から」 と、 イツモ は そう いって いる けれども、 じじつ そんな こと が できる か どう か。 カノジョ に ついて ジゼン に わるい ウワサ が たてば、 アソ の ほう にも オヤ や キョウダイ が ある イジョウ、 そういう ホウメン から の コショウ も ヨソウ せられた。 それ ばかり で なく、 ハハ が ヒカゲモノ の よう に なって は、 それ が コドモ の ショウライ に およぼす エイキョウ も かんがえなければ ならない。 カナメ は イロイロ の ジジョウ を おもう と、 わかれた アト にも タガイ が コウフク に ゆける よう に する には、 よほど ジョウズ に シュウイ の ヒトタチ の リカイ を もとめる ヒツヨウ が ある ので、 ヘイソ から ヨウジン-ぶかく セケン に けどられない よう に して いた。 フウフ は その ため に すこし ずつ コウサイ の ハンイ を せまく し、 つとめて カキ の ウチ を のぞかれない よう に さえ した。 が、 それでも やはり タイ-シャカイテキ に フウフ-ラシサ を よそおわなければ ならない バアイ が しょうじて くる と、 いつも あんまり いい ココロモチ は しない の で あった。
 おもう に ミサコ が サッキ から へんに でしぶって いた の も、 ヒトツ は それ が いや なの で あろう。 キ の よわい セイシツ なの では ある が、 どこ か オク の ほう に かちり と かたい シン を もって いる カノジョ は、 ふるい シュウカン とか、 ギリ とか、 ジョウジツ とか、 そういう もの に たいして は むしろ カナメ より も ユウカン で あった。 カノジョ は オット と コドモ の ため に できる だけ つつしんで は いる ものの、 しかも キョウ の よう な とき に すすんで ヒト の マエ へ でて まで シバイ を する には およばない と いう ふう な、 かすか な フヘイ を いだいて いる に ちがいなかった。 なぜなら カノジョ に して みれば オノレ を あざむき ヨ を あざむく の が フユカイ で ある ばかり で なく、 アソ の カンジョウ をも かんがえなければ ならない から だった。 アソ も ジジョウ は みとめて いる に しろ、 カノジョ が オット と ドウトンボリ へ でかけた と きいたら とにかく ユカイ で ある はず は ない。 しんに やむ を えない バアイ の ホカ は、 そういう こと は エンリョ して ほしい に ちがいない。 オット は そこ まで の オモイヤリ が ない の か、 さっして いて も そんな こと に まで キガネ を して は いられない と いう ハラ なの か、 そう と はっきり クチ へ だして は いえない だけ に カノジョ は もどかしく かんずる の で あった。 オット は なにゆえに イマゴロ に なって ロウジン の キゲン を とろう と する の か。 カノジョ の チチ が オット に とって も エイキュウ に チチ で ありうる ならば しらぬ こと、 もう ちかぢか に 「チチ」 と よぶ こと も できなく なる のに、 それ を いまさら つきあった ところ で ムエキ では ない か。 なまじ コウコウ の マネ など を すれば アト で ジジツ が しれた とき に いっそう おこらせる よう な もの では ない か。
 フウフ は そんな ふう に ベツベツ の ココロ を いだいて ハンキュウ の トヨナカ から ウメダ-ユキ の デンシャ に のった。 3 ガツ スエ の ヒガンザクラ が ほころびそめる ジブン の こと で、 きらきらしい ヒザシ の ソコ に まだ どことなく ハダサムサ が かんぜられた が、 カナメ は うすい ハルガイトウ の タモト の ソト へ こぼれて いる クロハチジョウ の ハオリ の キジ が、 マド の アカリ で ヒガタ の スナ の よう に ひかる の を みた。 ワフク の とき は カンチュウ でも シャツ を つけない の を ミダシナミ の ヒトツ に して いる カレ は、 ナガジュバン の ウラ と ヒフ との アワイ に セイリョウ な カゼ の はらむ の を おぼえながら ウチブトコロ へ リョウテ を いれて いた。 クルマ の ナカ は ジカン が ハンパ で ある せい か まばら な キャク が めいめい ゆっくり と セキ を とり、 まあたらしい シロ ペンキ の テンジョウ の シタ は クウキ が スミ まで すきとおって いて、 ならんで いる ヒトタチ の カオ まで が ミナ ケンコウ そう に、 ほがらか に あかるい。 ミサコ は それら の カオ の ナカ に わざと オット と ムカイガワ に かけて ハナ の アタマ を ケガワ の エリマキ の ふかふか と した ナカ へ うずめる ほど に して、 シュクサツボン の ミナワ-シュウ を よんで いる の で ある。 カイタテ の シロ クロース の、 ブリキ の よう に ぴんと とがった ヒョウシ の セ を つかんで いる ユビ には アミメ に あんだ サファイア イロ の キヌ の テブクロ が はまって いて、 こまかい アミノメ の スキマ から、 みがかれた ツメ が ちらちら と のぞいて いた。
 デンシャ の ナカ で カノジョ が こういう イチ を とる の は、 それ が ほとんど フタリ で ガイシュツ する とき の シュウカン の よう に なって いた。 コドモ が いれば その ミギヒダリ へ かける けれども、 そう で なかったら タイガイ の バアイ、 ヒトリ が コシ を おろす の を まって ヒトリ が ハンタイ の ガワ の ほう へ セキ を もとめる。 フウフ は たがいに キヌ を へだてて タイオン を かんじあう こと が キュウクツ で ある ばかり で なく、 イマ では むしろ して は ならない こと の よう に、 フドウトク な よう に さえ おもう の で ある。 そして ヒトツ の シャシツ の ウチ に むかいあって おかれる だけ でも アイテ の カオ が ジャマ に なる ので、 ミサコ は いつも メ の ムケドコロ を つくる ため に なにかしら よむ もの を ヨウイ して いて、 セキ が きまる と すぐに ジブン の ハナサキ へ ビョウブ を たてて しまう の で ある。 フタリ は ウメダ の シュウテン で おりて ベツベツ に もって いる カイスウケン を わたして、 もうしあわせた よう に 2~3 ポ はなれて あるきながら エキ の マエ の ヒロバ へ でる と、 オット が サキ に、 ツマ が その アト から だまって タキシー の ハコ の ナカ へ おさまって、 はじめて フウフ-らしく カタ を ならべた。 もし ダイサンシャ が ヨッツ の ガラスマド の ナカ に とじこめられた カレラ を みた なら、 フタツ の ヨコガオ が ヒタイ と ヒタイ と、 ハナ と ハナ と、 アゴ と アゴ と を オシエ の よう に かさなりあわせて ソウホウ が ワキメ を ふる こと なく、 じっと ショウメン を きった まま で クルマ に ゆられつつ ゆく サマ に きづいた で あろう。
「ナニ を やって いる ん です の、 いったい?」
「ユウベ の デンワ では コハル ジヘエ と、 それから ナン だ とか いって いたっけ が、………」
 たがいに ながい チンモク に おしだされた よう な グアイ に、 ヒトコト ずつ クチ を きいた。 けれども やはり ショウメン を きった まま だった。 ツマ には オット の、 オット には ツマ の、 ハナ の アタマ だけ が ほのじろく うつった。
 ベンテンザ の アリカ を しらない ミサコ は、 エビスバシ で ノリモノ を すてて から ふたたび だまって ついて ゆく より ホカ は なかった が、 オット は デンワ で くわしく おそわった もの と みえて、 ドウトンボリ の とある シバイ-ヂャヤ を たずねて、 そこ から ナカイ に おくられて ゆく の で ある。 いよいよ チチ の マエ へ でて ツマ の ヤクメ を しなければ ならない、 そう おもう と カノジョ は いっそう キ が おもく なった。 ドマ へ じんどって ムスメ より も わかい オヒサ を アイテ に、 サカズキ の フチ を なめて は ブタイ の ほう を みいって いる トシヨリ の スガタ が メ に うかんだ。 チチ も うっとうしい けれども、 それ より オヒサ が いや で あった。 キョウト ウマレ の、 おっとり と した、 ナニ を いわれて も 「へいへい」 いって いる タマシイ の ない よう な オンナ で ある の が、 トウキョウッコ の カノジョ と ハダ が あわない せい も ある で あろう。 が、 オヒサ と いう モノ を ソバ へ おく とき、 チチ が なんだか チチ-らしく なく、 あさましい ジジイ の よう に みえて くる の が コノウエ も なく フユカイ なの で ある。
「アタシ ヒトマク だけ みたら かえる わよ」
 と、 カノジョ は キドグチ を はいりながら、 そこ まで びんびん と ひびいて くる ジダイオクレ な フトザオ の ヨイン に ハンコウ する よう な キモチ で いった。
 チャヤ の オンナ に おくられて シバイゴヤ へ くる と いう こと が、 すでに ナンネン-ぶり で あろう。 カナメ は ゲタ を ぬぎすてて タビ の ソコ に つめたい ロウカ の すべすべ した イタ を ふんだ とき、 イッシュンカン とおい ムカシ の ハハ の オモカゲ が ココロ を かすめた。 クラマエ の イエ から クルマ の ウエ を ハハ の ヒザ に のせられて コビキ-チョウ へ いった イツツ か ムッツ の コロ、 チャヤ から ハハ に テ を ひかれて フクゾウリ を つっかけながら、 カブキザ の ロウカ へ あがる とき が ちょうど こんな グアイ で あった。 コドモ の カレ は やはり タビ の ソコ に つめたい イタノマ を ふんだ。 そう いえば キュウシキ の シバイゴヤ は キドグチ を くぐった とき の クウキ が ミョウ に はださむい。 いつも ハレギ の スソ や タモト から すうっと カゼ が ハッカ の よう に カラダ へ しみた の を いまだに キオク して いる が、 その ハダサムサ は あたかも ウメミ-ゴロ の ヨウキ の サワヤカサ に にて ぞくぞく しながら も ここちよく、 「もう マク が あいて いる ん です よ」 と ハハ に うながされて ちいさな ムネ を ときめかせつつ はしって いった もの で あった。
 けれども キョウ の サムサ ばかり は ロウカ より も キャクセキ の ほう が ひとしお で、 フウフ は ハナミチ を つたって ゆく とき に ナニ とは しらず に テアシ が ひきしまる よう な キ が した。 みわたした ところ、 コヤ は ソウトウ の ヒロサ で ある のに 4 ブ-ドオリ しか イリ が ない ので、 ジョウナイ の クウキ は ガイトウ を ながれる すうすう した カゼ と カワリ が なく、 ブタイ に うごいて いる ニンギョウ まで が クビ を ちぢめて、 さびしく、 あじきなく、 みるから あわれ に、 それ が タユウ の しずんだ コエ と サンゲン の ネイロ と に フシギ な チョウワ を たもって いた。 ほとんど ヒラドマ の 3 ブン の 2 まで は ガラアキ に なって いて ほんの ブタイ に ちかい ほう に ヒト が かたまって いる ナカ に、 ロチョウブ の はげた ロウジン の アタマ と つやつやしい オヒサ の マルマゲ と が トオク の ほう から メ に ついて いた が、 ワタリ を わたって おりて くる フタリ に オヒサ は それ と こころづく と、
「おこしやす」
 と コゴエ で いいながら イズマイ を なおして、 バ を ふさいで いる マキエ の サゲジュウ を、 ヒトツヒトツ テイネイ に つみかさねて ジブン の ヒザ の マエ に よせた。
「おこしやした え」
 ミサコ の ため に ロウジン の ミギ の セキ を あけて、 ジブン は ウシロ に かしこまって いる オヒサ は、 そう いって ミミウチ を した けれども、 ロウジン は ちょっと ふりかえって、
「やあ」
 と いった きり、 イッシン に ブタイ の ほう へ クビ を のべて いた。 なんと いう イロ か、 ミドリ ケイトウ には ちがいない が、 ちょうど ニンギョウ の イショウ の よう に ハデ で しぶい ところ の ある イロアイ の、 ムカシ の ヒト が ジットク に でも きそう な イシズリ の ハオリ を ぼってり と きこんで、 フウツウ オオシマ の アワセ の シタ に キハチジョウ の シタギ を みせ、 タモト の ナカ から マス の シキリ へ ヒジ を ついて いる ヒダリ の ウデ を そのまま セナカ へ まわして いる ので、 しぜん と ヌキエモン に なって いる ため か ネコゼ が いっそう まるまる と みえる、 ―――キツケ と いい、 シセイ と いい、 そういう じじくさい フウ を する の が この ロウジン の コノミ で あって、 「ロウジン は ロウジン-らしく」 と いう の を クチグセ の よう に して いる の で ある。 おもう に この ハオリ の イロアイ など も 「50 を すぎたら ハデ な もの を きる ほう が かえって ふけて みえる」 と いう シンジョウ を、 ジッコウ して いる つもり なの で あろう。 カナメ が つねに コッケイ に かんじる の は、 「ロウジン ロウジン」 と いう ものの この チチオヤ は まだ それほど の トシ では ない、 25 とか に ケッコン して、 イマ は なくなった その ツレアイ が チョウジョ の ミサコ を うんだ と する と、 おそらく 55~56 より とって は いない はず で ある。 チチ の セイヨク は まだ ヘンケイ して いない と いう ミサコ の カンサツ は それ を ウラガキ する もの で、 「オマエ の オトウサン の ロウジン-ぶる の は、 あれ は ヒトツ の シュミ なん だよ」 と、 カレ も かねがね いって いる の で ある。
「オクサン、 オミア が いたい こと おへん か? どうぞ こっち へ おだしやして、………」
 キ の いい オヒサ は キュウクツ な マス の ナカ で まめまめしく チャ を いれたり、 カシ を すすめたり、 ナニ を いって も ふりむき も しない ミサコ を アイテ に ときどき はなしかけたり して、 その アイマ には、 ウシロ へ ミギ の ウデ を のばして タバコボン の カド に のせられた サカズキ の フチ へ テ を かけて いる ロウジン に、 なくなる コロ を みはからって は そうっと サケ を ついで やって いる。 ロウジン は チカゴロ 「サケ は ヌリモノ に かぎる」 と いいだして、 その サカズキ も シュヌリ に トウカイドウ ゴジュウサンツギ の マキエ の ある ミツグミ の ウチ の ヒトツ で あった。 ゴテン ジョチュウ が ハナミ に でも ゆく よう に こういう もの を トギダシ の サゲジュウ の ヒキダシ へ いれて、 ノミモノ から ツマミモノ まで わざわざ キョウト から はこんで くる の では、 チャヤ に とって も ありがたく ない キャク で あろう が、 オヒサ も ずいぶん キボネ が おれる に チガイ あるまい。
「おひとつ どう どす?」
 そう いって カノジョ は、 あらた に ヒキダシ から だした サカズキ を カナメ に さした。
「ありがとう、 ボク は ヒルマ は のまない ん だ が、 ………ガイトウ を ぬいだら なんだか うすらさむい から、 すこうし ばかり いただきましょう」
 カミ の アブラ か、 ナニ か わからない が、 しのびやか な チョウジ の ニオイ に にた もの が、 カノジョ の ビン の ケ と ともに かすか に カレ の ホオ に さわった。 カレ は オノレ の テ の ナカ に ある サカズキ の、 なみなみ と たたえた エキタイ の ソコ に キンイロ に もりあがって いる フジ の エ を みつめた。 フジ の シタ には ヒロシゲ-フウ の マチ の ケシキ の ミツガ が あって、 ヨコ に 「ヌマヅ」 と しるして ある。
「これ で のんだら、 ヒン が よすぎて たよりない よう な キ が します ね」
「そう どす やろ」
 カノジョ が わらう と、 キョウト の オンナ が あいらしい もの の ヒトツ に かぞえる ナスビバ が みえた。 2 マイ の モンシ の ネ の ほう が カネ を そめた よう に くろく、 ミギ の ケンシ の ウエ に ヤエバ が ヒトツ、 ウワクチビル の ウラ へ ひっかかる ほど に とがって いて、 それ を あどけない と いう ヒト も あろう が、 コウヘイ に いえば けっして うつくしい クチモト では ない。 フケツ で ヤバン な カンジ が する と いう ミサコ の ヒヒョウ も コク だ けれども、 そういう ヒ-エイセイテキ な ハ を チリョウ しよう とも しない ところ に ムチ な オンナ の アワレサ が あった。
「この ゴチソウ は イエ から こしらえて くる ん です か」
 カナメ は カノジョ が コザラ の ウエ へ とって くれる タマゴヤキ の ノリマキ を つまみながら いった。
「そう どす」
「こんな ジュウバコ を さげて くる ん じゃ タイヘン だな、 また カエリ には こいつ を もって いく ん です か」
「そう どす、 シバイ の もの は あじのうて よう たべん おいやす よって、………」
 ミサコ が ちらと フタリ の ほう を ふりかえった が、 すぐ また カオ を ブタイ に むけた。
 カナメ は サッキ から、 カノジョ が ときどき アシ を のばして は、 タビ の サキ が オット の ヒザガシラ に ふれる と いそいで それ を ひっこめる の に キ が ついて、 こういう せまい マス の ナカ に いれられた ジブン たち フウフ の ヒトメ を しのぶ ココロヅカイ を、 ひそか に みずから クショウ しない では いられなかった。 カレ は その キモチ を まぎらす ため に、
「どう だい、 おもしろい かい?」
 と、 ウシロ から ツマ に コエ を かけた。
「いっつも おもしろい もの を たんと みて おいでやす よって、 たまに は ニンギョウ も よろし おす やろ」
「アタシ サッキ から ギダユウ カタリ の カオツキ ばかり みて いる の、 あの ほう が よっぽど おもしろい わ」
 その ハナシゴエ が ミミ に つく らしく、
「えへん」
 と、 ロウジン が セキバライ した。 そして メ だけ は ブタイ から はなさず に、 テサグリ で ヒザ の シタジキ に なった サルデ の キンカラカワ の タバコイレ を さがしあてた が、 キセル の アリカ が わからない で しきり に その ヘン を まさぐって いる の を、 キ が ついた オヒサ が ザブトン の シタ から みつけだして、 ヒ を つけて から テノヒラ の ウエ へ のせて やって、 ジブン も おもいだした よう に オビ の アイダ に ある あかい コハク の カマス を ぬきとる と、 コハゼ の ついた フタ の シタ へ しろい ちいさな テノコウ を いれた。
 なるほど、 ニンギョウ ジョウルリ と いう もの は メカケ の ソバ で サケ を のみながら みる もん だな。 ―――カナメ は ミンナ が だまりこんで しまった アト、 ヒトリ そんな こと を かんがえながら しょうことなし に ブタイ の ウエ の 「カワショウ」 の バ へ、 ほんのり と ビクン を おびた メ を むけて いた。 フツウ の チョク より やや オオブリ な サカズキ に イッパイ かたむけた の が きいて きて、 すこし ちらちら する せい か、 ブタイ が ずっと とおい ところ に ある よう に かんぜられ、 ニンギョウ の カオ や イショウ の ガラ を みさだめる の に ホネ が おれる。 カレ は じいっと ヒトミ を こらして、 カミテ に すわって いる コハル を ながめた。 ジヘエ の カオ にも ノウ の メン に にた イッシュ の アジワイ は ある けれども、 たって うごいて いる ニンギョウ は、 ながい ドウ の シタ に リョウアシ が ぶらん ぶらん して いる の が みなれない モノ には したしみにくく、 なにも しない で うつむいて いる コハル の スガタ が いちばん うつくしい。 フツリアイ に ふとい キモノ の フキ が、 すわって いながら ヒザ の マエ へ たれて いる の が フシゼン で ある が、 それ は まもなく わすれられた。 ロウジン は この ニンギョウ を ダーク の アヤツリ に ヒカク して、 セイヨウ の ヤリカタ は チュウ に つって いる の だ から コシ が きまらない、 テアシ が うごく こと は うごいて も いきた ニンゲン の それ-らしい ダンリョク や ネバリ が なく、 したがって キモノ の シタ に キンニク が はりきって いる カンジ が ない。 ブンラク の ほう の は、 ニンギョウ ツカイ の テ が そのまま ニンギョウ の ドウ へ はいって いる ので、 しんに ニンゲン の キンニク が イショウ の ナカ で いきて なみうって いる の で ある。 これ は ニホン の キモノ の ヨウシキ を たくみ に リヨウ した もの で、 セイヨウ で この ヤリカタ を まねよう にも ヨウフク の ニンギョウ では オウヨウ の ミチ が ない。 だから ブンラク の は ドクトク で あって、 この くらい よく かんがえて ある もの は ない と いう の だ が、 そう いえば そう に ちがいない。 たって はげしく カツドウ を する ニンギョウ が へんに ブカッコウ なの は、 そう する と カハンシン が チュウ に うく こと を ふせぎきれない で、 いくらか ダーク の アヤツリ の ヘイ に おちいる から で あろう。 ロウジン の ギロン を おしつめて ゆく と、 やはり すわって いる とき の ほう が ネバリ の カンジ が あらわせる わけ で、 うごく と して も カタ で かすか な イキ を する とか、 ほのか な シナ を つくる とか、 ほんの わずか に うごく シグサ が かえって ブキミ な くらい に まで いきいき と して いる。 カナメ は バンヅケ を テ に とって、 コハル を つかって いる ニンギョウ ツカイ の ナ を さがした。 そうして これ が その ミチ の ヒト に メイジン と いわれて いる ブンゴロウ で ある の を しった。 そう おもって みる と、 いかにも ニュウワ な、 ヒン の いい、 メイジン-らしい ソウ を して いる。 たえず オチツキ の ある ホホエミ を うかべて、 ワガコ を いつくしむ よう な ジアイ の こもった マナザシ を テ に だいて いる ニンギョウ の カミカタチ に おくりながら、 ジブン の ゲイ を たのしんで いる フウ が ある の は、 そぞろ に この ロウゲイニン の キョウガイ の ウラヤマシサ を おぼえさせる。 カナメ は ふと ピーター パン の エイガ の ナカ で みた フェアリー を おもいだした。 コハル は ちょうど、 ニンゲン の スガタ を そなえて ニンゲン より は ずっと ちいさい あの フェアリー の イッシュ で、 それ が カタギヌ を きた ブンゴロウ の ウデ に とまって いる の で あった。
「ボク には ギダユウ は わからない が、 コハル の カタチ は いい です な」
 ―――ハンブン ヒトリゴト の よう に いった の が、 オヒサ には きこえた はず だ けれど、 ダレ も アイヅチ を うつ モノ も ない。 シリョク を はっきり させる ため に カナメ は たびたび マバタキ を した が、 ひとしきり ミ の ウチ の ぬくまった ヨイ が だんだん さめて くる に つれて、 コハル の カオ が しだいに コクメイ な リンカク を とって うつった。 カノジョ は ヒダリ の テ を ウチブトコロ へ、 ミギ の テ を ヒバチ に かざしながら、 エリ の アイダ へ オトガイ を おとして モノオモイ に しずんだ スガタ の まま、 もう サッキ から かなり の ジカン を じっと ミウゴキ も しない の で ある。 それ を コンキ よく みつめて いる と、 ニンギョウ ツカイ も シマイ には メ に はいらなく なって、 コハル は いまや ブンゴロウ の テ に だかれて いる フェアリー では なく、 しっかり タタミ に コシ を すえて いきて いた。 だが それにしても、 ハイユウ が ふんする カンジ とも ちがう。 バイコウ や フクスケ の は いくら うまくて も 「バイコウ だな」 「フクスケ だな」 と いう キ が する のに、 この コハル は ジュンスイ に コハル イガイ の ナニモノ でも ない。 ハイユウ の よう な ヒョウジョウ の ない の が ものたりない と いえば いう ものの、 おもう に ムカシ の ユウリ の オンナ は シバイ で やる よう な いちじるしい キド アイラク を イロ に だし は しなかった で あろう。 ゲンロク の ジダイ に いきて いた コハル は おそらく 「ニンギョウ の よう な オンナ」 で あったろう。 ジジツ は そう で ない と して も、 とにかく ジョウルリ を きき に くる ヒトタチ の ゆめみる コハル は バイコウ や フクスケ の それ では なくて、 この ニンギョウ の スガタ で ある。 ムカシ の ヒト の リソウ と する ビジン は、 ヨウイ に コセイ を あらわさない、 つつしみぶかい オンナ で あった の に ちがいない から、 この ニンギョウ で いい わけ なの で、 これ イジョウ に トクチョウ が あって は むしろ サマタゲ に なる かも しれない。 ムカシ の ヒト は コハル も ウメガワ も サンカツ も オシュン も ミナ おなじ カオ に かんがえて いた かも しれない。 つまり この ニンギョウ の コハル こそ ニホンジン の デントウ の ナカ に ある 「エイエン ジョセイ」 の オモカゲ では ない の か。………
 10 ネン ほど マエ に ゴリョウ の ブンラクザ を のぞいた とき には なんの キョウミ も わかなかった カナメ は、 ただ その オリ に ひどく タイクツ した キオク ばかり が のこって いた ので、 キョウ は ハジメ から キタイ する ところ も なく ギリ で ケンブツ に きた の で ある のに、 しらずしらず ブタイ の セカイ へ ひきこまれて ゆく ジブン を みる こと は イガイ で あった。 10 ネン の アイダ に やっぱり トシ を とった ん だな と、 おもわず には いられなかった。 この チョウシ だ と キョウト の ロウジン の チャジン-ブリ も バカ には できない。 さらに 10 ネン も たつ うち には ジブン も そっくり この ロウジン の あゆんだ ミチ を たどる よう に なる の では ない か。 そして オヒサ の よう な メカケ を おいて、 コシ に キンカラカワ の タバコイレ を さげ、 マキエ の ベントウバコ を もって シバイ ケンブツ に くる よう な ふう に、 ………いや コト に よる と 10 ネン を またない かも しれない。 ジブン は わかい ジブン から ロウセイ-ぶる クセ が あった から、 ヒトイチバイ はやく トシ を とる ケイコウ が ある の だ。 ―――カナメ は シモブクレ の ホオ を みせて いる オヒサ の ヨコビン と、 ブタイ の コハル と を トウブン に ながめた。 イツモ は ねむい よう な、 ものうげ な カオ の モチヌシ で ある オヒサ の どこやら に コハル と キョウツウ な もの の ある の が かんぜられた。 ドウジ に カレ の ムネ の ウチ に ムジュン した フタツ の ジョウチョ が せめいだ、 ―――ロウキョウ に いる こと は かならずしも かなしく は ない、 ロウキョウ には ロウキョウ で おのずから なる タノシミ が ある、 と いう キモチ と、 そんな こと を かんがえる の が すでに ロウキョウ に いろう と する キザシ だ、 フウフワカレ を しよう と いう の は、 ジブン も ミサコ も もう イチド ジユウ に かえって、 セイシュン を いきよう ため では ない の か、 イマ の ジブン は ツマ への イジ でも トシ を とって は ならない バアイ だ、 と いう キモチ と。―――

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