カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

カゼ たちぬ 「ジョキョク」

2013-12-22 | ホリ タツオ
 カゼ たちぬ

 ホリ タツオ

   Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
                   PAUL VALÉRY

 ジョキョク

 それら の ナツ の ヒビ、 イチメン に ススキ の おいしげった クサハラ の ナカ で、 オマエ が たった まま ネッシン に エ を かいて いる と、 ワタシ は いつも その カタワラ の 1 ポン の シラカバ の コカゲ に ミ を よこたえて いた もの だった。 そうして ユウガタ に なって、 オマエ が シゴト を すませて ワタシ の ソバ に くる と、 それから しばらく ワタシタチ は カタ に テ を かけあった まま、 はるか かなた の、 フチ だけ アカネイロ を おびた ニュウドウグモ の むくむく した カタマリ に おおわれて いる チヘイセン の ほう を ながめやって いた もの だった。 ようやく くれよう と しかけて いる その チヘイセン から、 ハンタイ に ナニモノ か が うまれて きつつ ある か の よう に……

 そんな ヒ の ある ゴゴ、 (それ は もう アキ ちかい ヒ だった) ワタシタチ は オマエ の カキカケ の エ を ガカ に たてかけた まま、 その シラカバ の コカゲ に ねそべって クダモノ を かじって いた。 スナ の よう な クモ が ソラ を さらさら と ながれて いた。 その とき フイ に、 どこ から とも なく カゼ が たった。 ワタシタチ の アタマ の ウエ では、 キ の ハ の アイダ から ちらっと のぞいて いる アイイロ が のびたり ちぢんだり した。 それ と ほとんど ドウジ に、 クサムラ の ナカ に ナニ か が ばったり と たおれる モノオト を ワタシタチ は ミミ に した。 それ は ワタシタチ が そこ に オキッパナシ に して あった エ が、 ガカ と ともに、 たおれた オト らしかった。 すぐ たちあがって ゆこう と する オマエ を、 ワタシ は、 イマ の イッシュン の ナニモノ をも うしなうまい と する か の よう に ムリ に ひきとめて、 ワタシ の ソバ から はなさない で いた。 オマエ は ワタシ の する が まま に させて いた。

  カゼ たちぬ、 いざ いきめ やも。

 ふと クチ を ついて でて きた そんな シク を、 ワタシ は ワタシ に もたれて いる オマエ の カタ に テ を かけながら、 クチ の ウチ で くりかえして いた。 それから やっと オマエ は ワタシ を ふりほどいて たちあがって いった。 まだ よく かわいて は いなかった カンバス は、 その アイダ に、 イチメン に クサ の ハ を こびつかせて しまって いた。 それ を ふたたび ガカ に たてなおし、 パレット ナイフ で そんな クサ の ハ を とりにくそう に しながら、
「まあ! こんな ところ を、 もし オトウサマ に でも みつかったら……」
 オマエ は ワタシ の ほう を ふりむいて、 なんだか アイマイ な ビショウ を した。

「もう 2~3 ニチ したら オトウサマ が いらっしゃる わ」
 ある アサ の こと、 ワタシタチ が モリ の ナカ を さまよって いる とき、 とつぜん オマエ が そう いいだした。 ワタシ は なんだか フマン そう に だまって いた。 すると オマエ は、 そういう ワタシ の ほう を みながら、 すこし しゃがれた よう な コエ で ふたたび クチ を きいた。
「そう したら もう、 こんな サンポ も できなく なる わね」
「どんな サンポ だって、 しよう と おもえば できる さ」
 ワタシ は まだ フマン-らしく、 オマエ の いくぶん きづかわしそう な シセン を ジブン の ウエ に かんじながら、 しかし それ より も もっと、 ワタシタチ の ズジョウ の コズエ が なんとはなし に ざわめいて いる の に キ を とられて いる よう な ヨウス を して いた。
「オトウサマ が なかなか ワタシ を はなして くださらない わ」
 ワタシ は とうとう じれったい と でも いう よう な メツキ で、 オマエ の ほう を みかえした。
「じゃあ、 ボクタチ は もう これ で オワカレ だ と いう の かい?」
「だって シカタ が ない じゃ ない の」
 そう いって オマエ は いかにも あきらめきった よう に、 ワタシ に つとめて ほほえんで みせよう と した。 ああ、 その とき の オマエ の カオイロ の、 そして その クチビル の イロ まで も、 なんと あおざめて いた こと ったら!
「どうして こんな に かわっちゃった ん だろう なあ。 あんな に ワタシ に なにもかも まかせきって いた よう に みえた のに……」 と ワタシ は かんがえあぐねた よう な カッコウ で、 だんだん ハダカネ の ごろごろ しだして きた せまい ヤマミチ を、 オマエ を すこし サキ に やりながら、 いかにも あるきにくそう に あるいて いった。 そこいら は もう だいぶ コダチ が ふかい と みえ、 クウキ は ひえびえ と して いた。 トコロドコロ に ちいさな サワ が くいこんだり して いた。 とつぜん、 ワタシ の アタマ の ナカ に こんな カンガエ が ひらめいた。 オマエ は この ナツ、 ぐうぜん であった ワタシ の よう な モノ にも あんな に ジュウジュン だった よう に、 いや、 もっと もっと、 オマエ の チチ や、 それから また そういう チチ をも カズ に いれた オマエ の スベテ を たえず シハイ して いる もの に、 すなお に ミ を まかせきって いる の では ない だろう か?…… 「セツコ! そういう オマエ で ある の なら、 ワタシ は オマエ が もっと もっと すき に なる だろう。 ワタシ が もっと しっかり と セイカツ の ミトオシ が つく よう に なったら、 どうしたって オマエ を もらい に いく から、 それまで は オトウサン の モト に イマ の まま の オマエ で いる が いい……」 そんな こと を ワタシ は ジブン ジシン に だけ いいきかせながら、 しかし オマエ の ドウイ を もとめ でも する か の よう に、 いきなり オマエ の テ を とった。 オマエ は その テ を ワタシ に とられる が まま に させて いた。 それから ワタシタチ は そうして テ を くんだ まま、 ヒトツ の サワ の マエ に たちどまりながら、 おしだまって、 ワタシタチ の アシモト に ふかく くいこんで いる ちいさな サワ の ずっと ソコ の、 シタバエ の シダ など の ウエ まで、 ヒ の ヒカリ が かずしれず エダ を さしかわして いる ひくい カンボク の スキマ を ようやく の こと で くぐりぬけながら、 マダラ に おちて いて、 そんな コモレビ が そこ まで とどく うち に ほとんど ある か ない か くらい に なって いる ソヨカゼ に ちらちら と ゆれうごいて いる の を、 ナニ か せつない よう な キモチ で みつめて いた。

 それから 2~3 ニチ した ある ユウガタ、 ワタシ は ショクドウ で、 オマエ が オマエ を むかえ に きた チチ と ショクジ を ともに して いる の を みいだした。 オマエ は ワタシ の ほう に ぎごちなさそう に セナカ を むけて いた。 チチ の ソバ に いる こと が オマエ に ほとんど ムイシキテキ に とらせて いる に ちがいない ヨウス や ドウサ は、 ワタシ には オマエ を ついぞ みかけた こと も ない よう な わかい ムスメ の よう に かんじさせた。
「たとい ワタシ が その ナ を よんだ に したって……」 と ワタシ は ヒトリ で つぶやいた。 「アイツ は ヘイキ で こっち を ミムキ も しない だろう。 まるで もう ワタシ の よんだ モノ では ない か の よう に……」
 その バン、 ワタシ は ヒトリ で つまらなそう に でかけて いった サンポ から かえって きて から も、 しばらく ホテル の ヒトケ の ない ニワ の ナカ を ぶらぶら して いた。 ヤマユリ が におって いた。 ワタシ は ホテル の マド が まだ フタツ ミッツ アカリ を もらして いる の を ぼんやり と みつめて いた。 そのうち すこし キリ が かかって きた よう だった。 それ を おそれ でも する か の よう に、 マド の アカリ は ヒトツビトツ きえて いった。 そして とうとう ホテル-ジュウ が すっかり マックラ に なった か と おもう と、 かるい キシリ が して、 ゆるやか に ヒトツ の マド が ひらいた。 そして バライロ の ネマキ らしい もの を きた、 ヒトリ の わかい ムスメ が、 マド の フチ に じっと よりかかりだした。 それ は オマエ だった。……

 オマエタチ が たって いった ノチ、 ヒゴト ヒゴト ずっと ワタシ の ムネ を しめつけて いた、 あの カナシミ に にた よう な コウフク の フンイキ を、 ワタシ は いまだに はっきり と よみがえらせる こと が できる。
 ワタシ は シュウジツ、 ホテル に とじこもって いた。 そうして ながい アイダ オマエ の ため に うっちゃって おいた ジブン の シゴト に とりかかりだした。 ワタシ は ジブン にも おもいがけない くらい、 しずか に その シゴト に ボットウ する こと が できた。 その うち に スベテ が ホカ の キセツ に うつって いった。 そして いよいよ ワタシ も シュッパツ しよう と する ゼンジツ、 ワタシ は ヒサシブリ で ホテル から サンポ に でかけて いった。
 アキ は ハヤシ の ナカ を みちがえる ばかり に ランザツ に して いた。 ハ の だいぶ すくなく なった キギ は、 その アイダ から、 ヒトケ の たえた ベッソウ の テラス を ずっと ゼンポウ に のりださせて いた。 キンルイ の しめっぽい ニオイ が オチバ の ニオイ に いりまじって いた。 そういう おもいがけない くらい の キセツ の スイイ が、 ――オマエ と わかれて から ワタシ の しらぬ マ に こんな にも たって しまった ジカン と いう もの が、 ワタシ には イヨウ に かんじられた。 ワタシ の ココロ の ウチ の どこかしら に、 オマエ から ひきはなされて いる の は ただ イチジテキ だ と いった カクシン の よう な もの が あって、 その ため こうした ジカン の スイイ まで が、 ワタシ には イマ まで とは ぜんぜん ちがった イミ を もつ よう に なりだした の で あろう か?…… そんな よう な こと を、 ワタシ は すぐ アト で はっきり と たしかめる まで、 なにやら ぼんやり と かんじだして いた。
 ワタシ は それから 10 スウフン-ゴ、 ヒトツ の ハヤシ の つきた ところ、 そこ から キュウ に うちひらけて、 とおい チヘイセン まで も イッタイ に ながめられる、 イチメン に ススキ の おいしげった クサハラ の ナカ に、 アシ を ふみいれて いた。 そして ワタシ は その カタワラ の、 すでに ハ の きいろく なりかけた 1 ポン の シラカバ の コカゲ に ミ を よこたえた。 そこ は、 その ナツ の ヒビ、 オマエ が エ を かいて いる の を ながめながら、 ワタシ が いつも イマ の よう に ミ を よこたえて いた ところ だった。 あの とき には ほとんど いつも ニュウドウグモ に さえぎられて いた チヘイセン の アタリ には、 イマ は、 どこ か しらない、 トオク の サンミャク まで が、 マッシロ な ホサキ を なびかせた ススキ の ウエ を わけながら、 その リンカク を ヒトツヒトツ くっきり と みせて いた。
 ワタシ は それら の とおい サンミャク の スガタ を みんな アンキ して しまう くらい、 じっと メ に チカラ を いれて みいって いる うち に、 イマ まで ジブン の ウチ に ひそんで いた、 シゼン が ジブン の ため に きめて おいて くれた もの を イマ こそ やっと みいだした と いう カクシン を、 だんだん はっきり と ジブン の イシキ に のぼらせはじめて いた。……
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カゼ たちぬ 「ハル」

2013-12-07 | ホリ タツオ
 ハル

 3 ガツ に なった。 ある ゴゴ、 ワタシ が イツモ の よう に ぶらっと サンポ の ツイデ に ちょっと たちよった と でも いった ふう に セツコ の イエ を おとずれる と、 モン を はいった すぐ ヨコ の ウエコミ の ナカ に、 ロウドウシャ の かぶる よう な おおきな ムギワラボウ を かぶった チチ が、 カタテ に ハサミ を もちながら、 そこいら の キ の テイレ を して いた。 ワタシ は そういう スガタ を みとめる と、 まるで コドモ の よう に キ の エダ を かきわけながら、 その ソバ に ちかづいて いって、 フタコト ミコト アイサツ の コトバ を かわした ノチ、 そのまま チチ の する こと を ものめずらしそう に みて いた。 ――そう やって ウエコミ の ナカ に すっぽり と ミ を いれて いる と、 あちらこちら の ちいさな エダ の ウエ に ときどき なにかしら しろい もの が ひかったり した。 それ は みんな ツボミ らしかった。……
「あれ も コノゴロ は だいぶ ゲンキ に なって きた よう だ が」 チチ は とつぜん そんな ワタシ の ほう へ カオ を もちあげて、 その コロ ワタシ と コンヤク した ばかり の セツコ の こと を いいだした。
「もうすこし いい ヨウキ に なったら、 テンチ でも させて みたら どう だろう ね?」
「それ は いい でしょう けれど……」 と ワタシ は くちごもりながら、 サッキ から メノマエ に きらきら ひかって いる ヒトツ の ツボミ が なんだか キ に なって ならない と いった フウ を して いた。
「どこ ぞ いい ところ は ない か と コノアイダウチ から ブッショク しとる の だ がね――」 と チチ は そんな ワタシ には かまわず に いいつづけた。 「セツコ は F の サナトリウム なんぞ どう かしらん と いう の じゃ が、 アナタ は あそこ の インチョウ さん を しって おいで だ そう だね?」
「ええ」 と ワタシ は すこし ウワノソラ での よう に ヘンジ を しながら、 やっと さっき みつけた しろい ツボミ を テモト に たぐりよせた。
「だが、 あそこ なんぞ は、 あれ ヒトリ で いって おられる だろう か?」
「ミンナ ヒトリ で いって いる よう です よ」
「だが、 あれ には なかなか いって おられまい ね?」
 チチ は なんだか こまった よう な カオツキ を した まま、 しかし ワタシ の ほう を みず に、 ジブン の メノマエ に ある キ の エダ の ヒトツ へ いきなり ハサミ を いれた。 それ を みる と、 ワタシ は とうとう ガマン が しきれなく なって、 それ を ワタシ が いいだす の を チチ が まって いる と しか おもわれない コトバ を、 ついと クチ に だした。
「なんでしたら ボク も イッショ に いって も いい ん です。 イマ、 しかけて いる シゴト の ほう も、 ちょうど それまで には カタ が つきそう です から……」
 ワタシ は そう いいながら、 やっと テ の ナカ に いれた ばかり の ツボミ の ついた エダ を ふたたび そっと てばなした。 それ と ドウジ に チチ の カオ が キュウ に あかるく なった の を ワタシ は みとめた。
「そうして いただけたら、 いちばん いい の だ が、 ――しかし アナタ には えろう すまん な……」
「いいえ、 ボク なんぞ には かえって そういった ヤマ の ナカ の ほう が シゴト が できる かも しれません……」
 それから ワタシタチ は その サナトリウム の ある サンガク チホウ の こと など はなしあって いた。 が、 いつのまにか ワタシタチ の カイワ は、 チチ の イマ テイレ を して いる ウエキ の ウエ に おちて いった。 フタリ の イマ おたがいに かんじあって いる イッシュ の ドウジョウ の よう な もの が、 そんな トリトメ の ない ハナシ を まで カッキ-づける よう に みえた。……
「セツコ さん は おおき に なって いる の かしら?」 しばらく して から ワタシ は なにげなさそう に きいて みた。
「さあ、 おきとる でしょう。 ……どうぞ、 かまわん から、 そこ から あちら へ……」 と チチ は ハサミ を もった テ で、 ニワキド の ほう を しめした。 ワタシ は やっと ウエコミ の ナカ を くぐりぬける と、 ツタ が からみついて すこし ひらきにくい くらい に なった その キド を こじあけて、 そのまま ニワ から、 コノアイダ まで は アトリエ に つかわれて いた、 ハナレ の よう に なった ビョウシツ の ほう へ ちかづいて いった。
 セツコ は、 ワタシ の きて いる こと は もう とうに しって いた らしい が、 ワタシ が そんな ニワ から はいって こよう とは おもわなかった らしく、 ネマキ の ウエ に あかるい イロ の ハオリ を ひっかけた まま、 ナガイス の ウエ に ヨコ に なりながら、 ほそい リボン の ついた、 みかけた こと の ない フジンボウ を テ で オモチャ に して いた。
 ワタシ が フレンチ ドア-ゴシ に そういう カノジョ を メ に いれながら ちかづいて ゆく と、 カノジョ の ほう でも ワタシ を みとめた らしかった。 カノジョ は ムイシキ に たちあがろう と する よう な ミウゴキ を した。 が、 カノジョ は そのまま ヨコ に なり、 カオ を ワタシ の ほう へ むけた まま、 すこし きまりわるそう な ビショウ で ワタシ を みつめた。
「おきて いた の?」 ワタシ は ドア の ところ で、 いくぶん ランボウ に クツ を ぬぎながら、 コエ を かけた。
「ちょっと おきて みた ん だ けれど、 すぐ つかれちゃった わ」
 そう いいながら、 カノジョ は いかにも ツカレ を おびた よう な、 ちからなげ な テツキ で、 ただ なんと いう こと も なし に テ で もてあそんで いた らしい その ボウシ を、 すぐ ワキ に ある キョウダイ の ウエ へ ムゾウサ に ほうりなげた。 が、 それ は そこ まで とどかない で ユカ の ウエ に おちた。 ワタシ は それ に ちかよって、 ほとんど ワタシ の カオ が カノジョ の アシ の サキ に くっつきそう に なる よう に かがみこんで、 その ボウシ を ひろいあげる と、 コンド は ジブン の テ で、 さっき カノジョ が そうして いた よう に、 それ を オモチャ に しだして いた。
 それから ワタシ は やっと きいた。 「こんな ボウシ なんぞ とりだして、 ナニ を して いた ん だい?」
「そんな もの、 いつ に なったら かぶれる よう に なる ん だ か しれ や しない のに、 オトウサマ ったら、 キノウ かって おいで に なった のよ。 ……おかしな オトウサマ でしょう?」
「これ、 オトウサマ の オミタテ なの? ホントウ に いい オトウサマ じゃ ない か。 ……どおれ、 この ボウシ、 ちょっと かぶって ごらん」 と ワタシ が カノジョ の アタマ に それ を ジョウダン ハンブン かぶせる よう な マネ を しかける と、
「いや、 そんな こと……」
 カノジョ は そう いって、 うるさそう に、 それ を さけ でも する よう に、 なかば ミ を おこした。 そうして イイワケ の よう に よわよわしい ビショウ を して みせながら、 ふいと おもいだした よう に、 いくぶん ヤセ の めだつ テ で、 すこし もつれた カミ を なおしはじめた。 その なにげなし に して いる、 それでいて いかにも シゼン に わかい オンナ-らしい テツキ は、 それ が まるで ワタシ を アイブ でも しだした か の よう な、 いきづまる ほど センシュアル な ミリョク を ワタシ に かんじさせた。 そうして それ は、 おもわず それ から ワタシ が メ を そらさず には いられない ほど だった……
 やがて ワタシ は それまで テ で もてあそんで いた カノジョ の ボウシ を、 そっと ワキ の キョウダイ の ウエ に のせる と、 ふいと ナニ か かんがえだした よう に だまりこんで、 なおも そういう カノジョ から は メ を そらせつづけて いた。
「おおこり に なった の?」 と カノジョ は とつぜん ワタシ を みあげながら、 きづかわしそう に とうた。
「そう じゃ ない ん だ」 と ワタシ は やっと カノジョ の ほう へ メ を やりながら、 それから ハナシ の ツヅキ でも なんでも なし に、 だしぬけ に こう いいだした。 「さっき オトウサマ が そう いって いらしった が、 オマエ、 ホントウ に サナトリウム に いく キ かい?」
「ええ、 こうして いて も、 いつ よく なる の だ か わからない の です もの。 はやく よく なれる ん なら、 どこ へ でも いって いる わ。 でも……」
「どうした のさ? なんて いう つもり だった ん だい?」
「なんでも ない の」
「なんでも なくって も いい から いって ごらん。 ……どうしても いわない ね、 じゃ ボク が いって やろう か? オマエ、 ボク にも イッショ に いけ と いう の だろう?」
「そんな こと じゃ ない わ」 と カノジョ は キュウ に ワタシ を さえぎろう と した。
 しかし ワタシ は それ には かまわず に、 サイショ の チョウシ とは ちがって、 だんだん マジメ に なりだした、 いくぶん フアン そう な チョウシ で いいつづけた。 「……いや、 オマエ が こなく とも いい と いったって、 そりゃ ボク は イッショ に いく とも。 だが ね、 ちょっと こんな キ が して、 それ が キガカリ なの だ。 ……ボク は こうして オマエ と イッショ に ならない マエ から、 どこ か の さびしい ヤマ の ナカ へ、 オマエ みたい な かわいらしい ムスメ と フタリ きり の セイカツ を し に いく こと を ゆめみて いた こと が あった の だ。 オマエ にも ずっと マエ に そんな ワタシ の ユメ を うちあけ や しなかった かしら? ほら、 あの ヤマゴヤ の ハナシ さ、 そんな ヤマ の ナカ に ワタシタチ は すめる の かしら と いって、 あの とき は オマエ は ムジャキ そう に わらって いたろう?…… じつは ね、 コンド オマエ が サナトリウム へ いく と いいだして いる の も、 そんな こと が しらずしらず の うち に オマエ の ココロ を うごかして いる の じゃ ない か と おもった の だ。 ……そう じゃ ない の かい?」
 カノジョ は つとめて ほほえみながら、 だまって それ を きいて いた が、
「そんな こと もう おぼえて なんか いない わ」 と カノジョ は きっぱり と いった。 それから むしろ ワタシ の ほう を いたわる よう な メツキ で しげしげ と みながら、 「アナタ は ときどき とんでもない こと を かんがえだす のね……」
 それから スウフン-ゴ、 ワタシタチ は、 まるで ワタシタチ の アイダ には ナニゴト も なかった よう な カオツキ を して、 フレンチ ドア の ムコウ に、 シバフ が もう だいぶ あおく なって、 あちら にも こちら にも カゲロウ らしい もの の たって いる の を、 イッショ に なって めずらしそう に ながめだして いた。

     ⁂

 4 ガツ に なって から、 セツコ の ビョウキ は いくらか ずつ カイフクキ に ちかづきだして いる よう に みえた。 そして それ が いかにも ちち と して いれば いる ほど、 その カイフク への もどかしい よう な イッポ イッポ は、 かえって ナニ か カクジツ な もの の よう に おもわれ、 ワタシタチ には いいしれず たのもしく さえ あった。
 そんな ある ヒ の ゴゴ の こと、 ワタシ が ゆく と、 ちょうど チチ は ガイシュツ して いて、 セツコ は ヒトリ で ビョウシツ に いた。 その ヒ は たいへん キブン も よさそう で、 いつも ほとんど キタキリ の ネマキ を、 めずらしく あおい ブラウス に きかえて いた。 ワタシ は そういう スガタ を みる と、 どうしても カノジョ を ニワ へ ひっぱりだそう と した。 すこし ばかり カゼ が ふいて いた が、 それ すら キモチ の いい くらい やわらか だった。 カノジョ は ちょっと ジシン なさそう に わらいながら、 それでも ワタシ に やっと ドウイ した。 そうして ワタシ の カタ に テ を かけて、 フレンチ ドア から、 なんだか あぶなかしそう な アシツキ を しながら、 おずおず と シバフ の ウエ へ でて いった。 イケガキ に そうて、 いろんな ガイコクシュ の も まじって、 どれ が どれ だ か みわけられない くらい に エダ と エダ を かわしながら、 ごちゃごちゃ に しげって いる ウエコミ の ほう へ ちかづいて ゆく と、 それら の シゲミ の ウエ には、 あちら にも こちら にも シロ や キ や ウスムラサキ の ちいさな ツボミ が もう いまにも さきだしそう に なって いた。 ワタシ は そんな シゲミ の ヒトツ の マエ に たちどまる と、 キョネン の アキ だった か、 それ が そう だ と カノジョ に おしえられた の を ひょっくり おもいだして、
「これ は ライラック だった ね?」 と カノジョ の ほう を ふりむきながら、 なかば きく よう に いった。
「それ が どうも ライラック じゃ ない かも しれない わ」 と ワタシ の カタ に かるく テ を かけた まま、 カノジョ は すこし キノドク そう に こたえた。
「ふん…… じゃ、 イマ まで ウソ を おしえて いた ん だね?」
「ウソ なんか つき や しない けれど、 そう いって ヒト から チョウダイ した の。 ……だけど、 あんまり いい ハナ じゃ ない ん です もの」
「なあん だ、 もう いまにも ハナ が さきそう に なって から、 そんな こと を ハクジョウ する なんて! じゃあ、 どうせ あいつ も……」
 ワタシ は その トナリ に ある シゲミ の ほう を ゆびさしながら、 「あいつ は なんて いったっけ なあ?」
「エニシダ?」 と カノジョ は それ を ひきとった。 ワタシタチ は コンド は そっち の シゲミ の マエ に うつって いった。 「この エニシダ は ホンモノ よ。 ほら、 きいろい の と しろい の と、 ツボミ が 2 シュルイ ある でしょう? こっち の しろい の、 そりゃあ めずらしい の ですって…… オトウサマ の ゴジマン よ……」
 そんな タワイ の ない こと を いいあいながら、 その アイダジュウ セツコ は ワタシ の カタ から テ を はずさず に、 しかし つかれた と いう より も、 うっとり と した よう に なって、 ワタシ に もたれかかって いた。 それから ワタシタチ は しばらく そのまま だまりあって いた。 そう する こと が こういう ハナ さきにおう よう な ジンセイ を そのまま すこし でも ひきとめて おく こと が でき でも する か の よう に。 ときおり やわらか な カゼ が ムコウ の イケガキ の アイダ から おさえつけられて いた コキュウ か なんぞ の よう に おしだされて、 ワタシタチ の マエ に して いる シゲミ に まで たっし、 その ハ を わずか に もちあげながら、 それから そこ に そういう ワタシタチ だけ を そっくり カンゼン に のこした まんま とおりすぎて いった。
 とつぜん、 カノジョ が ワタシ の カタ に かけて いた ジブン の テ の ナカ に その カオ を うずめた。 ワタシ は カノジョ の シンゾウ が イツモ より か たかく うって いる の に キ が ついた。
「つかれた の?」 ワタシ は やさしく カノジョ に きいた。
「いいえ」 と カノジョ は コゴエ に こたえた が、 ワタシ は ますます ワタシ の カタ に カノジョ の ゆるやか な オモミ の かかって くる の を かんじた。
「ワタシ が こんな に よわくって、 アナタ に なんだか オキノドク で……」 カノジョ は そう ささやいた の を、 ワタシ は きいた と いう より も、 むしろ そんな キ が した くらい の もの だった。
「オマエ の そういう ひよわ なの が、 そう で ない より ワタシ には もっと オマエ を いとしい もの に させて いる の だ と いう こと が、 どうして わからない の だろう なあ……」 と ワタシ は もどかしそう に ココロ の ウチ で カノジョ に よびかけながら、 しかし ヒョウメン は わざと なんにも ききとれなかった よう な ヨウス を しながら、 そのまま じっと ミウゴキ も しない で いる と、 カノジョ は キュウ に ワタシ から それ を そらせる よう に して カオ を もたげ、 だんだん ワタシ の カタ から テ さえ も はなして ゆきながら、
「どうして、 ワタシ、 コノゴロ こんな に キ が よわく なった の かしら? コナイダウチ は、 どんな に ビョウキ の ひどい とき だって、 なんとも おもわなかった くせ に……」 と、 ごく ひくい コエ で、 ヒトリゴト でも いう よう に くちごもった。 チンモク が そんな コトバ を きづかわしげ に ひきのばして いた。 そのうち カノジョ が キュウ に カオ を あげて、 ワタシ を じっと みつめた か と おもう と、 それ を ふたたび ふせながら、 いくらか うわずった よう な チュウオン で いった。 「ワタシ、 なんだか キュウ に いきたく なった のね……」
 それから カノジョ は きこえる か きこえない くらい の コゴエ で いいたした。 「アナタ の おかげ で……」

     ⁂

 それ は、 ワタシタチ が はじめて であった もう 2 ネン マエ にも なる ナツ の コロ、 フイ に ワタシ の クチ を ついて でた、 そして それから ワタシ が なんと いう こと も なし に くちずさむ こと を このんで いた、

  カゼ たちぬ、 いざ いきめ やも。

と いう シク が、 それきり ずっと わすれて いた のに、 また ひょっくり と ワタシタチ に よみがえって きた ほど の、 ――いわば ジンセイ に さきだった、 ジンセイ ソノモノ より か もっと いきいき と、 もっと せつない まで に たのしい ヒビ で あった。
 ワタシタチ は その ツキズエ に ヤツガタケ サンロク の サナトリウム に ゆく ため の ジュンビ を しだして いた。 ワタシ は、 ちょっと した シリアイ に なって いる、 その サナトリウム の インチョウ が ときどき ジョウキョウ する キカイ を とらえて、 そこ へ でかける まで に イチド セツコ の ビョウジョウ を みて もらう こと に した。
 ある ヒ、 やっと の こと で コウガイ に ある セツコ の イエ まで その インチョウ に きて もらって、 サイショ の シンサツ を うけた ノチ、 「なあに たいした こと は ない でしょう。 まあ、 1~2 ネン ヤマ へ きて シンボウ なさる ん です なあ」 と ビョウニン たち に いいのこして いそがしそう に かえって ゆく インチョウ を、 ワタシ は エキ まで みおくって いった。 ワタシ は カレ から ジブン に だけ でも、 もっと セイカク な カノジョ の ビョウタイ を きかして おいて もらいたかった の だった。
「しかし、 こんな こと は ビョウニン には いわぬ よう に したまえ。 ファター には そのうち ボク から も よく はなそう と おもう がね」 インチョウ は そんな マエオキ を しながら、 すこし きむずかしい カオツキ を して セツコ の ヨウダイ を かなり こまか に ワタシ に セツメイ して くれた。 それから それ を だまって きいて いた ワタシ の ほう を じっと みて、 「キミ も ひどく カオイロ が わるい じゃ ない か。 ついでに キミ の カラダ も みて おいて やる ん だった な」 と ワタシ を キノドク-がる よう に いった。
 エキ から ワタシ が かえって、 ふたたび ビョウシツ に はいって ゆく と、 チチ は そのまま ねて いる ビョウニン の ソバ に いのこって、 サナトリウム へ でかける ヒドリ など の ウチアワセ を カノジョ と しだして いた。 なんだか うかない カオ を した まま、 ワタシ も その ソウダン に くわわりだした。 「だが……」 チチ は やがて ナニ か ヨウジ でも おもいついた よう に、 たちあがりながら、 「もう この くらい に よく なって いる の だ から、 ナツジュウ だけ でも いって いたら、 よかりそう な もの だ がね」 と いかにも フシン そう に いって、 ビョウシツ を でて いった。
 フタリ きり に なる と、 ワタシタチ は どちら から とも なく ふっと だまりあった。 それ は いかにも ハル-らしい ユウグレ で あった。 ワタシ は サッキ から なんだか ズツウ が しだして いる よう な キ が して いた が、 それ が だんだん くるしく なって きた ので、 そっと めだたぬ よう に たちあがる と、 ガラス ドア の ほう に ちかづいて、 その イッポウ の ドア を なかば あけはなちながら、 それ に もたれかかった。 そうして しばらく そのまま ワタシ は、 ジブン が ナニ を かんがえて いる の か も わからない くらい に ぼんやり して、 イチメン に うっすら と モヤ の たちこめて いる ムコウ の ウエコミ の アタリ へ 「いい ニオイ が する なあ、 なんの ハナ の ニオイ だろう――」 と おもいながら、 うつろ な メ を やって いた。
「ナニ を して いらっしゃる の?」
 ワタシ の ハイゴ で、 ビョウニン の すこし しゃがれた コエ が した。 それ が フイ に ワタシ を そんな イッシュ の マヒ した よう な ジョウタイ から カクセイ させた。 ワタシ は カノジョ の ほう には セナカ を むけた まま、 いかにも ナニ か ホカ の こと でも かんがえて いた よう な、 とって つけた よう な チョウシ で、
「オマエ の こと だの、 ヤマ の こと だの、 それから そこ で ボクタチ の くらそう と して いる セイカツ の こと だの を、 かんがえて いる のさ……」 と とぎれとぎれ に いいだした。 が、 そんな こと を いいつづけて いる うち に、 ワタシ は なんだか ホントウ に そんな こと を イマシガタ まで かんがえて いた よう な キ が して きた。 そう だ、 それから ワタシ は こんな こと も かんがえて いた よう だ――。 「ムコウ へ いったら、 ホントウ に イロイロ な こと が おこる だろう なあ。 ……しかし ジンセイ と いう もの は、 オマエ が いつも そうして いる よう に、 なにもかも それ に まかせきって おいた ほう が いい の だ。 ……そう すれば きっと、 ワタシタチ が それ を ねがおう など とは おもい も およばなかった よう な もの まで、 ワタシタチ に あたえられる かも しれない の だ。……」 そんな こと まで ココロ の ウチ で かんがえながら、 それ には すこしも ジブン では キ が つかず に、 ワタシ は かえって なんでも ない よう に みえる ササイ な インショウ の ほう に すっかり キ を とられて いた の だ。……
 そんな ニワモ は まだ ほのあかるかった が、 キ が ついて みる と、 ヘヤ の ナカ は もう すっかり うすぐらく なって いた。
「アカリ を つけよう か?」 ワタシ は キュウ に キ を とりなおしながら いった。
「まだ つけない で おいて ちょうだい……」 そう こたえた カノジョ の コエ は マエ より も しゃがれて いた。
 しばらく ワタシタチ は コトバ も なくて いた。
「ワタシ、 すこし いきぐるしい の、 クサ の ニオイ が つよくて……」
「じゃ、 ここ も しめて おこう ね」
 ワタシ は、 ほとんど かなしげ な チョウシ で そう おうじながら、 ドア の ニギリ に テ を かけて、 それ を ひきかけた。
「アナタ……」 カノジョ の コエ は コンド は ほとんど チュウセイテキ な くらい に きこえた。 「イマ、 ないて いらしった ん でしょう?」
 ワタシ は びっくり した ヨウス で、 キュウ に カノジョ の ほう を ふりむいた。
「ないて なんか いる もの か。 ……ボク を みて ごらん」
 カノジョ は シンダイ の ナカ から ワタシ の ほう へ その カオ を むけよう とも しなかった。 もう うすぐらくって それ とは さだか に みとめがたい くらい だ が、 カノジョ は ナニ か を じっと みつめて いる らしい。 しかし ワタシ が それ を きづかわしそう に ジブン の メ で おって みる と、 ただ クウ を みつめて いる きり だった。
「わかって いる の、 ワタシ にも…… さっき インチョウ さん に ナニ か いわれて いらしった の が……」
 ワタシ は すぐ ナニ か こたえたかった が、 なんの コトバ も ワタシ の クチ から は でて こなかった。 ワタシ は ただ オト を たてない よう に そっと ドア を しめながら、 ふたたび ゆうぐれかけた ニワモ を みいりだした。
 やがて ワタシ は、 ワタシ の ハイゴ に ふかい タメイキ の よう な もの を きいた。
「ごめんなさい」 カノジョ は とうとう クチ を きいた。 その コエ は まだ すこし フルエ を おびて いた が、 マエ より も ずっと おちついて いた。 「こんな こと キ に なさらないで ね……。 ワタシタチ、 これから ホントウ に いきられる だけ いきましょう ね……」
 ワタシ は ふりむきながら、 カノジョ が そっと メガシラ に ユビサキ を あてて、 そこ に それ を じっと おいて いる の を みとめた。

     ⁂

 4 ガツ ゲジュン の ある うすぐもった アサ、 テイシャバ まで チチ に みおくられて、 ワタシタチ は あたかも ミツゲツ の タビ へ でも でかける よう に、 チチ の マエ は さも たのしそう に、 サンガク チホウ へ むかう キシャ の ニトウシツ に のりこんだ。 キシャ は しずか に プラットフォーム を はなれだした。 その アト に、 つとめて なにげなさそう に しながら、 ただ セナカ だけ すこし マエカガミ に して、 キュウ に としとった よう な ヨウス を して たって いる チチ だけ を ヒトリ のこして。――
 すっかり プラットフォーム を はなれる と、 ワタシタチ は マド を しめて、 キュウ に さびしく なった よう な カオツキ を して、 すいて いる ニトウシツ の イチグウ に コシ を おろした。 そう やって オタガイ の ココロ と ココロ を あたためあおう と でも する よう に、 ヒザ と ヒザ と を ぴったり と くっつけながら……
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