カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

シゴクヘン 3

2013-02-18 | アクタガワ リュウノスケ
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 じっさい シショウ に ころされる と いう こと も、 まったく ない とは もうされません。 げんに その バン わざわざ デシ を よびよせた の で さえ、 じつは ミミズク を けしかけて、 デシ の にげまわる アリサマ を うつそう と いう コンタン らしかった の で ございます。 で ございます から、 デシ は、 シショウ の ヨウス を ヒトメ みる が はやい か、 おもわず リョウソデ に アタマ を かくしながら、 ジブン にも なんと いった か わからない よう な ヒメイ を あげて、 そのまま ヘヤ の スミ の ヤリド の スソ へ、 いすくまって しまいました。 と その ヒョウシ に、 ヨシヒデ も なにやら あわてた よう な コエ を あげて、 たちあがった ケシキ で ございました が、 たちまち ミミズク の ハオト が いっそう マエ より も はげしく なって、 モノ の たおれる オト や やぶれる オト が、 けたたましく きこえる では ございません か。 これ には デシ も 2 ド、 ド を うしなって、 おもわず かくして いた アタマ を あげて みます と、 ヘヤ の ナカ は いつか マックラ に なって いて、 シショウ の デシ たち を よびたてる コエ が、 その ナカ で いらだたしそう に して おります。
 やがて デシ の ヒトリ が、 トオク の ほう で ヘンジ を して、 それから ヒ を かざしながら、 いそいで やって まいりました が、 その すすくさい アカリ で ながめます と、 ユイトウダイ が たおれた ので、 ユカ も タタミ も イチメン に アブラダラケ に なった ところ へ、 サッキ の ミミズク が カタホウ の ツバサ ばかり、 くるしそう に はためかしながら、 ころげまわって いる の で ございます。 ヨシヒデ は ツクエ の ムコウ で なかば カラダ を おこした まま、 さすが に アッケ に とられた よう な カオ を して、 なにやら ヒト には わからない こと を、 ぶつぶつ つぶやいて おりました。 ――それ も ムリ では ございません。 あの ミミズク の カラダ には、 マックロ な ヘビ が 1 ピキ、 クビ から カタホウ の ツバサ へ かけて、 きりきり と まきついて いる の で ございます。 おおかた これ は デシ が いすくまる ヒョウシ に、 そこ に あった ツボ を ひっくりかえして、 その ナカ の ヘビ が はいだした の を、 ミミズク が なまじい に つかみかかろう と した ばかり に、 とうとう こういう オオサワギ が はじまった の で ございましょう。 フタリ の デシ は たがいに メ と メ と を みあわせて、 しばらく は ただ、 この フシギ な コウケイ を ぼんやり ながめて おりました が、 やがて シショウ に モクレイ を して、 こそこそ ヘヤ の ソト へ ひきさがって しまいました。 ヘビ と ミミズク と が ソノゴ どう なった か、 それ は タレ も しって いる モノ は ございません。――
 こういう タグイ の こと は、 その ホカ まだ、 イクツ と なく ございました。 マエ には もうしおとしました が、 ジゴクヘン の ビョウブ を かけ と いう ゴサタ が あった の は、 アキ の ハジメ で ございます から、 それ イライ フユ の スエ まで、 ヨシヒデ の デシ たち は、 たえず シショウ の あやしげ な フルマイ に おびやかされて いた わけ で ございます。 が、 その フユ の スエ に ヨシヒデ は ナニ か ビョウブ の エ で、 ジユウ に ならない こと が できた の で ございましょう、 それまで より は、 いっそう ヨウス も インキ に なり、 モノイイ も メ に みえて、 あらあらしく なって まいりました。 と ドウジ に また ビョウブ の エ も、 シタエ が 8 ブ-ドオリ できあがった まま、 さらに はかどる モヨウ は ございません。 いや、 どうか する と イマ まで に かいた ところ さえ、 ぬりけして も しまいかねない ケシキ なの で ございます。
 そのくせ、 ビョウブ の ナニ が ジユウ に ならない の だ か、 それ は タレ にも わかりません。 また、 タレ も わかろう と した モノ も ございますまい。 マエ の イロイロ な デキゴト に こりて いる デシ たち は、 まるで トラ オオカミ と ヒトツオリ に でも いる よう な ココロモチ で、 ソノゴ シショウ の ミノマワリ へは、 なるべく ちかづかない サンダン を して おりました から。

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 したがって その アイダ の こと に ついて は、 べつに とりたてて もうしあげる ほど の オハナシ も ございません。 もし しいて もうしあげる と いたしましたら、 それ は あの ゴウジョウ な オヤジ が、 なぜか ミョウ に なみだもろく なって、 ヒト の いない ところ では ときどき ヒトリ で ないて いた と いう オハナシ くらい な もの で ございましょう。 ことに ある ヒ、 ナニ か の ヨウ で デシ の ヒトリ が、 ニワサキ へ まいりました とき なぞ は、 ロウカ に たって ぼんやり ハル の ちかい ソラ を ながめて いる シショウ の メ が、 ナミダ で いっぱい に なって いた そう で ございます。 デシ は それ を みます と、 かえって こちら が はずかしい よう な キ が した ので、 だまって こそこそ ひきかえした と もうす こと で ございます が、 ゴシュ ショウジ の ズ を かく ため には、 ミチバタ の シガイ さえ うつした と いう、 ゴウマン な あの オトコ が、 ビョウブ の エ が おもう よう に かけない くらい の こと で、 こどもらしく なきだす など と もうす の は、 ずいぶん いな もの で ございません か。
 ところが イッポウ ヨシヒデ が このよう に、 まるで ショウキ の ニンゲン とは おもわれない ほど ムチュウ に なって、 ビョウブ の エ を かいて おります うち に、 また イッポウ では あの ムスメ が、 なぜか だんだん キウツ に なって、 ワタクシドモ に さえ ナミダ を こらえて いる ヨウス が、 メ に たって まいりました。 それ が がんらい ウレイガオ の、 イロ の しろい、 つつましやか な オンナ だけ に、 こう なる と なんだか マツゲ が おもく なって、 メ の マワリ に クマ が かかった よう な、 よけい さびしい キ が いたす の で ございます。 ハジメ は やれ チチオモイ の せい だの、 やれ コイワズライ を して いる から だの、 いろいろ オクソク を いたした モノ が ございます が、 ナカゴロ から、 なに あれ は オオトノサマ が ギョイ に したがわせよう と して いらっしゃる の だ と いう ヒョウバン が たちはじめて、 それから は タレ も わすれた よう に、 ぱったり あの ムスメ の ウワサ を しなく なって しまいました。
 ちょうど その コロ の こと で ごさいましょう。 ある ヨ、 コウ が たけて から、 ワタクシ が ヒトリ オロウカ を とおりかかります と、 あの サル の ヨシヒデ が いきなり どこ から か とんで まいりまして、 ワタクシ の ハカマ の スソ を しきり に ひっぱる の で ございます。 たしか、 もう ウメ の ニオイ でも いたしそう な、 うすい ツキ の ヒカリ の さして いる、 あたたかい ヨル で ございました が、 その アカリ で すかして みます と、 サル は マッシロ な ハ を むきだしながら、 ハナ の サキ へ シワ を よせて、 キ が ちがわない ばかり に けたたましく なきたてて いる では ございません か。 ワタクシ は キミ の わるい の が 3 ブ と、 あたらしい ハカマ を ひっぱられる ハラダタシサ が 7 ブ と で、 サイショ は サル を けはなして、 そのまま とおりすぎよう か とも おもいました が、 また おもいかえして みます と、 マエ に この サル を セッカン して、 ワカトノサマ の ゴフキョウ を うけた サムライ の レイ も ございます。 それに サル の フルマイ が、 どうも タダゴト とは おもわれません。 そこで とうとう ワタクシ も おもいきって、 その ひっぱる ほう へ 5~6 ケン あるく とも なく あるいて まいりました。
 すると オロウカ が ヒトマガリ まがって、 ヨメ にも うすしろい オイケ の ミズ が エダブリ の やさしい マツ の ムコウ に ひろびろ と みわたせる、 ちょうど そこ まで まいった とき の こと で ございます。 どこ か チカク の ヘヤ の ナカ で ヒト の あらそって いる らしい ケハイ が、 あわただしく、 また ミョウ に ひっそり と ワタクシ の ミミ を おびやかしました。 アタリ は どこ も しんと しずまりかえって、 ツキアカリ とも モヤ とも つかない もの の ナカ で、 サカナ の おどる オト が する ホカ は、 ハナシゴエ ヒトツ きこえません。 そこ へ この モノオト で ございます から、 ワタクシ は おもわず たちどまって、 もし ロウゼキモノ で でも あった なら、 メ に モノ みせて くれよう と、 そっと その ヤリド の ソト へ、 イキ を ひそめながら ミ を よせました。

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 ところが サル は ワタクシ の ヤリカタ が まだるかった の で ございましょう。 ヨシヒデ は さもさも もどかしそう に、 2~3 ド ワタクシ の アシ の マワリ を かけまわった と おもいます と、 まるで ノド を しめられた よう な コエ で なきながら、 いきなり ワタクシ の カタ の アタリ へ イッソクトビ に とびあがりました。 ワタクシ は おもわず クビ を そらせて、 その ツメ に かけられまい と する、 サル は また スイカン の ソデ に かじりついて、 ワタクシ の カラダ から すべりおちまい と する、 ――その ヒョウシ に、 ワタクシ は われしらず フタアシ ミアシ よろめいて、 その ヤリド へ ウシロザマ に、 したたか ワタクシ の カラダ を うちつけました。 こう なって は、 もう イッコク も チュウチョ して いる バアイ では ございません。 ワタクシ は やにわに ヤリド を あけはなして、 ツキアカリ の とどかない オク の ほう へ おどりこもう と いたしました。 が、 その とき ワタクシ の メ を さえぎった もの は―― いや、 それ より も もっと ワタクシ は、 ドウジ に その ヘヤ の ナカ から、 はじかれた よう に かけだそう と した オンナ の ほう に おどろかされました。 オンナ は デアイガシラ に あやうく ワタクシ に つきあたろう と して、 そのまま ソト へ まろびでました が、 なぜか そこ へ ヒザ を ついて、 イキ を きらしながら ワタクシ の カオ を、 ナニ か おそろしい もの でも みる よう に、 おののき おののき みあげて いる の で ございます。
 それ が ヨシヒデ の ムスメ だった こと は、 なにも わざわざ もうしあげる まで も ございますまい。 が、 その バン の あの オンナ は、 まるで ニンゲン が ちがった よう に、 いきいき と ワタクシ の メ に うつりました。 メ は おおきく かがやいて おります。 ホオ も あかく もえて おりましたろう。 そこ へ しどけなく みだれた ハカマ や ウチギ が、 イツモ の オサナサ とは うってかわった ナマメカシサ さえ も そえて おります。 これ が じっさい あの よわよわしい、 ナニゴト にも ヒカエメガチ な ヨシヒデ の ムスメ で ございましょう か。 ――ワタクシ は ヤリド に ミ を ささえて、 この ツキアカリ の ナカ に いる うつくしい ムスメ の スガタ を ながめながら、 あわただしく とおのいて ゆく もう ヒトリ の アシオト を、 ゆびさせる もの の よう に ゆびさして、 タレ です と しずか に メ で たずねました。
 すると ムスメ は クチビル を かみながら、 だまって クビ を ふりました。 その ヨウス が いかにも また、 くやしそう なの で ございます。
 そこで ワタクシ は ミ を かがめながら、 ムスメ の ミミ へ クチ を つける よう に して、 コンド は 「タレ です」 と コゴエ で たずねました。 が、 ムスメ は やはり クビ を ふった ばかり で、 なんとも ヘンジ を いたしません。 いや、 それ と ドウジ に ながい マツゲ の サキ へ、 ナミダ を いっぱい ためながら、 マエ より も かたく クチビル を かみしめて いる の で ございます。
 ショウトク おろか な ワタクシ には、 わかりすぎて いる ほど わかって いる こと の ホカ は、 あいにく なにひとつ のみこめません。 で ございます から、 ワタクシ は コトバ の カケヨウ も しらない で、 しばらく は ただ、 ムスメ の ムネ の ドウキ に ミミ を すませる よう な ココロモチ で、 じっと そこ に たちすくんで おりました。 もっとも これ は ヒトツ には、 なぜか このうえ といただす の が わるい よう な、 キトガメ が いたした から でも ございます。――
 それ が どの くらい つづいた か、 わかりません。 が、 やがて あけはなした ヤリド を とざしながら、 すこし は ジョウキ の さめた らしい ムスメ の ほう を みかえって、 「もう ゾウシ へ おかえりなさい」 と できる だけ やさしく もうしました。 そうして ワタクシ も ジブン ながら、 ナニ か みて は ならない もの を みた よう な、 フアン な ココロモチ に おびやかされて、 タレ に とも なく はずかしい オモイ を しながら、 そっと もと きた ほう へ あるきだしました。 ところが 10 ポ と あるかない うち に、 タレ か また ワタクシ の ハカマ の スソ を、 ウシロ から おそるおそる、 ひきとめる では ございません か。 ワタクシ は おどろいて、 ふりむきました。 アナタガタ は それ が ナン だった と おぼしめします?
 みる と それ は ワタクシ の アシモト に あの サル の ヨシヒデ が、 ニンゲン の よう に リョウテ を ついて、 コガネ の スズ を ならしながら、 ナンド と なく テイネイ に アタマ を さげて いる の で ございました。

 14

 すると その バン の デキゴト が あって から、 ハンツキ ばかり ノチ の こと で ございます。 ある ヒ ヨシヒデ は とつぜん オヤシキ へ まいりまして、 オオトノサマ へ ジキ の オメドオリ を ねがいました。 いやしい ミブン の モノ で ございます が、 ヒゴロ から かくべつ ギョイ に いって いた から で ございましょう。 タレ に でも ヨウイ に おあい に なった こと の ない オオトノサマ が、 その ヒ も こころよく ゴショウチ に なって、 さっそく ゴゼン チカク へ おめし に なりました。 あの オトコ は レイ の とおり、 コウゾメ の カリギヌ に なえた エボシ を いただいて、 イツモ より は いっそう きむずかしそう な カオ を しながら、 うやうやしく ゴゼン へ ヘイフク いたしました が、 やがて しわがれた コエ で もうします には、
「かねがね おいいつけ に なりました ジゴクヘン の ビョウブ で ございます が、 ワタクシ も ニチヤ に タンセイ を ぬきんでて、 フデ を とりました カイ が みえまして、 もはや アラマシ は できあがった の も ドウゼン で ございまする」
「それ は めでたい。 ヨ も マンゾク じゃ」
 しかし こう おっしゃる オオトノサマ の オコエ には、 なぜか ミョウ に チカラ の ない、 ハリアイ の ぬけた ところ が ございました。
「いえ、 それ が いっこう めでたく は ござりませぬ」 ヨシヒデ は、 やや はらだたしそう な ヨウス で、 じっと メ を ふせながら、 「アラマシ は できあがりました が、 ただ ヒトツ、 いまもって ワタクシ には かけぬ ところ が ございまする」
「なに、 かけぬ ところ が ある?」
「さよう で ございまする。 ワタクシ は そうじて、 みた もの で なければ かけませぬ。 もし かけて も、 トクシン が まいりませぬ。 それ では かけぬ も おなじ こと で ございませぬ か」
 これ を おきき に なる と、 オオトノサマ の オカオ には、 あざける よう な ゴビショウ が うかびました。
「では ジゴクヘン の ビョウブ を かこう と すれば、 ジゴク を みなければ なるまい な」
「さよう で ござりまする。 が、 ワタクシ は センネン オオカジ が ございました とき に、 エンネツ ジゴク の モウカ にも まがう ヒノテ を、 マノアタリ に ながめました。 『ヨジリフドウ』 の カエン を かきました の も、 じつは あの カジ に あった から で ございまする。 ゴゼン も あの エ は ゴショウチ で ございましょう」
「しかし ザイニン は どう じゃ。 ゴクソツ は みた こと が あるまい な」 オオトノサマ は まるで ヨシヒデ の もうす こと が オミミ に はいらなかった よう な ゴヨウス で、 こう たたみかけて おたずね に なりました。
「ワタクシ は クロガネ の クサリ に いましめられた モノ を みた こと が ございまする。 ケチョウ に なやまされる モノ の スガタ も、 つぶさに うつしとりました。 されば ザイニン の カシャク に くるしむ サマ も しらぬ と もうされませぬ。 また ゴクソツ は――」 と いって、 ヨシヒデ は キミ の わるい クショウ を もらしながら、 「また ゴクソツ は、 ユメウツツ に ナンド と なく、 ワタクシ の メ に うつりました。 あるいは ゴズ、 あるいは メズ、 あるいは サンメン ロッピ の オニ の カタチ が、 オト の せぬ テ を たたき、 コエ の でぬ クチ を ひらいて、 ワタクシ を さいなみ に まいります の は、 ほとんど マイニチ マイヨ の こと と もうして も よろしゅう ございましょう。 ――ワタクシ の かこう と して かけぬ の は、 そのよう な もの では ございませぬ」
 それ には オオトノサマ も、 さすが に おおどろき に なった の で ございましょう。 しばらく は ただ いらだたしそう に、 ヨシヒデ の カオ を にらめて おいで に なりました が、 やがて マユ を けわしく おうごかし に なりながら、
「では ナニ が かけぬ と もうす の じゃ」 と うっちゃる よう に おっしゃいました。

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「ワタクシ は ビョウブ の タダナカ に、 ビロウゲ の クルマ が 1 リョウ、 ソラ から おちて くる ところ を かこう と おもって おりまする」 ヨシヒデ は こう いって、 はじめて するどく オオトノサマ の オカオ を ながめました。 あの オトコ は エ の こと を いう と、 キチガイ ドウヨウ に なる とは きいて おりました が、 その とき の メ の クバリ には たしか に さよう な オソロシサ が あった よう で ございます。
「その クルマ の ナカ には、 ヒトリ の あでやか な ジョウロウ が、 モウカ の ナカ に クロカミ を みだしながら、 もだえくるしんで いる の で ございまする。 カオ は ケムリ に むせびながら、 マユ を ひそめて、 ソラザマ に ヤカタ を あおいで おりましょう。 テ は シタスダレ を ひきちぎって、 ふりかかる ヒノコ の アメ を ふせごう と して いる かも しれませぬ。 そうして その マワリ には、 あやしげ な シチョウ が 10 パ と なく、 20 パ と なく、 クチバシ を ならして ふんぷん と とびめぐって いる の で ございまする。 ――ああ、 それ が、 その ギッシャ の ナカ の ジョウロウ が、 どうしても ワタクシ には かけませぬ」
「そうして―― どう じゃ」
 オオトノサマ は どういう ワケ か、 ミョウ に よろこばしそう な ミケシキ で、 こう ヨシヒデ を おうながし に なりました。 が、 ヨシヒデ は レイ の あかい クチビル を ネツ でも でた とき の よう に ふるわせながら、 ユメ を みて いる の か と おもう チョウシ で、
「それ が ワタクシ には かけませぬ」 と、 もう イチド くりかえしました が、 とつぜん かみつく よう な イキオイ に なって、
「どうか ビロウゲ の クルマ を 1 リョウ、 ワタクシ の みて いる マエ で、 ヒ を かけて いただきとう ございまする。 そうして もし できまする ならば――」
 オオトノサマ は オカオ を くらく なすった と おもう と、 とつぜん けたたましく おわらい に なりました。 そうして その オワライゴエ に イキ を つまらせながら、 おっしゃいます には、
「おお、 バンジ ソノホウ が もうす とおり に いたして つかわそう。 できる できぬ の センギ は ムヤク の サタ じゃ」
 ワタクシ は その オコトバ を うかがいます と、 ムシ の シラセ か、 なんとなく すさまじい キ が いたしました。 じっさい また オオトノサマ の ゴヨウス も、 オクチ の ハシ には しろく アワ が たまって おります し、 オマユ の アタリ には びくびく と イナズマ が はしって おります し、 まるで ヨシヒデ の モノグルイ に おそみ なすった の か と おもう ほど、 ただならなかった の で ございます。 それ が ちょいと コトバ を おきり に なる と、 すぐ また ナニ か が はぜた よう な イキオイ で、 トメド なく ノド を ならして おわらい に なりながら、
「ビロウゲ の クルマ にも ヒ を かけよう。 また その ナカ には あでやか な オンナ を ヒトリ、 ジョウロウ の ヨソオイ を させて のせて つかわそう。 ホノオ と クロケムリ と に せめられて、 クルマ の ナカ の オンナ が、 モダエジニ を する―― それ を かこう と おもいついた の は、 さすが に テンカ ダイイチ の エシ じゃ。 ほめて とらす。 おお、 ほめて とらす ぞ」
 オオトノサマ の オコトバ を ききます と、 ヨシヒデ は キュウ に イロ を うしなって あえぐ よう に ただ、 クチビル ばかり うごかして おりました が、 やがて カラダジュウ の スジ が ゆるんだ よう に、 べたり と タタミ へ リョウテ を つく と、
「ありがたい シアワセ で ございまする」 と、 きこえる か きこえない か わからない ほど ひくい コエ で、 テイネイ に オレイ を もうしあげました。 これ は おおかた ジブン の かんがえて いた モクロミ の オソロシサ が、 オオトノサマ の オコトバ に つれて ありあり と メノマエ へ うかんで きた から で ございましょう か。 ワタクシ は イッショウ の うち に ただ イチド、 この とき だけ は ヨシヒデ が、 キノドク な ニンゲン に おもわれました。

ジゴクヘン 4

2013-02-04 | アクタガワ リュウノスケ
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 それから 2~3 ニチ した ヨル の こと で ございます。 オオトノサマ は オヤクソクドオリ、 ヨシヒデ を おめし に なって、 ビロウゲ の クルマ の やける ところ を、 まぢかく みせて おやり に なりました。 もっとも これ は ホリカワ の オヤシキ で あった こと では ございません。 ぞくに ユキゲ の ゴショ と いう、 ムカシ オオトノサマ の イモウトギミ が いらしった ラクガイ の サンソウ で、 おやき に なった の で ございます。
 この ユキゲ の ゴショ と もうします の は、 ひさしく ドナタ も おすまい には ならなかった ところ で、 ひろい オニワ も アレホウダイ あれはてて おりました が、 おおかた この ヒトケ の ない ゴヨウス を ハイケン した モノ の アテズイリョウ で ございましょう。 ここ で おなくなり に なった イモウトギミ の オミノウエ にも、 とかく の ウワサ が たちまして、 ナカ には また ツキ の ない ヨゴト ヨゴト に、 イマ でも あやしい オハカマ の ヒ の イロ が、 チ にも つかず オロウカ を あゆむ など と いう トリザタ を いたす モノ も ございました。 ――それ も ムリ では ございません。 ヒル で さえ さびしい この ゴショ は、 イチド ヒ が くれた と なります と、 ヤリミズ の オト が ひときわ イン に ひびいて、 ホシアカリ に とぶ ゴイサギ も、 ケギョウ の もの か と おもう ほど、 キミ が わるい の で ございます から。
 ちょうど その ヨ は やはり ツキ の ない、 マックラ な バン で ございました が、 オオトノ アブラ の ホカゲ で ながめます と、 エン に ちかく ザ を おしめ に なった オオトノサマ は、 アサギ の ノウシ に こい ムラサキ の ウキモン の サシヌキ を おめし に なって、 シロジ の ニシキ の フチ を とった ワロウダ に、 たかだか と アグラ を くんで いらっしゃいました。 その ゼンゴ サユウ に オソバ の モノドモ が 5~6 ニン、 うやうやしく いならんで おりました の は、 べつに とりたてて もうしあげる まで も ございますまい。 が、 ナカ に ヒトリ、 めだって ことありげ に みえた の は、 センネン ミチノク の タタカイ に うえて ヒト の ニク を くって イライ、 シカ の イキヅノ さえ さく よう に なった と いう ゴウリキ の サムライ が、 シタ に ハラマキ を きこんだ ヨウス で、 タチ を カモメジリ に はきそらせながら、 オエン の シタ に いかめしく つくばって いた こと で ございます。 ――それ が ミナ、 ヨカゼ に なびく ヒ の ヒカリ で、 あるいは あかるく あるいは くらく、 ほとんど ユメウツツ を わかたない ケシキ で、 なぜか ものすごく みえわたって おりました。
 その うえ に また、 オニワ に ひきすえた ビロウゲ の クルマ が、 たかい ヤカタ に のっしり と ヤミ を おさえて、 ウシ は つけず くろい ナガエ を ナナメ に シジ へ かけながら、 カナモノ の キン を ホシ の よう に、 ちらちら ひからせて いる の を ながめます と、 ハル とは いう ものの なんとなく はださむい キ が いたします。 もっとも その クルマ の ウチ は、 フセンリョウ の フチ を とった あおい スダレ が、 おもく ふうじこめて おります から、 ハコ には ナニ が はいって いる か わかりません。 そうして その マワリ には ジチョウ たち が、 てんでに もえさかる マツ を とって、 ケムリ が オエン の ほう へ なびく の を キ に しながら、 シサイ-らしく ひかえて おります。
 とうの ヨシヒデ は やや はなれて、 ちょうど オエン の マムカイ に、 ひざまずいて おりました が、 これ は イツモ の コウゾメ らしい カリギヌ に なえた モミエボシ を いただいて、 ホシゾラ の オモミ に おされた か と おもう くらい、 イツモ より は なお ちいさく、 みすぼらしげ に みえました。 その ウシロ に また ヒトリ、 おなじ よう な エボシ カリギヌ の うずくまった の は、 たぶん めしつれた デシ の ヒトリ で でも ございましょう か。 それ が ちょうど フタリ とも、 とおい ウスクラガリ の ナカ に うずくまって おります ので、 ワタクシ の いた オエン の シタ から は、 カリギヌ の イロ さえ さだか には わかりません。

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 ジコク は かれこれ マヨナカ にも ちかかった で ございましょう。 リンセン を つつんだ ヤミ が ひっそり と コエ を のんで、 イチドウ の する イキ を うかがって いる か と おもう うち には、 ただ かすか な ヨカゼ の わたる オト が して、 マツ の ケムリ が その たび に すすくさい ニオイ を おくって まいります。 オオトノサマ は しばらく だまって、 この フシギ な ケシキ を じっと ながめて いらっしゃいました が、 やがて ヒザ を おすすめ に なります と、
「ヨシヒデ」 と、 するどく およびかけ に なりました。
 ヨシヒデ は なにやら ゴヘンジ を いたした よう で ございます が、 ワタクシ の ミミ には ただ、 うなる よう な コエ しか きこえて まいりません。
「ヨシヒデ。 コヨイ は ソノホウ の ノゾミドオリ、 クルマ に ヒ を かけて みせて つかわそう」
 オオトノサマ は こう おっしゃって、 オソバ の モノタチ の ほう を ナガシメ に ゴラン に なりました。 その とき ナニ か オオトノサマ と オソバ の タレカレ との アイダ には、 イミ ありげ な ビショウ が かわされた よう にも みうけました が、 これ は あるいは ワタクシ の キ の せい かも わかりません。 すると ヨシヒデ は おそるおそる カシラ を あげて オエン の ウエ を あおいだ らしゅう ございます が、 やはり なにも もうしあげず に ひかえて おります。
「よう みい。 それ は ヨ が ヒゴロ のる クルマ じゃ。 ソノホウ も オボエ が あろう。 ――ヨ は その クルマ に これから ヒ を かけて、 マノアタリ に エンネツ ジゴク を げんぜさせる つもり じゃ が」
 オオトノサマ は また コトバ を おやめ に なって、 オソバ の モノタチ に メクバセ を なさいました。 それから キュウ に にがにがしい ゴチョウシ で、 「その ナカ には ザイニン の ニョウボウ が ヒトリ、 いましめた まま のせて ある。 されば クルマ に ヒ を かけたら、 ひつじょう その オンナ め は ニク を やき ホネ を こがして、 シク ハック の サイゴ を とげる で あろう。 ソノホウ が ビョウブ を しあげる には、 またと ない よい テホン じゃ。 ユキ の よう な ハダ が もえただれる の を みのがすな。 クロカミ が ヒノコ に なって、 まいあがる サマ も よう みて おけ」
 オオトノサマ は 3 ド クチ を おつぐみ に なりました が、 ナニ を おおもい に なった の か、 コンド は ただ カタ を ゆすって、 コエ も たてず に おわらい なさりながら、
「マツダイ まで も ない ミモノ じゃ。 ヨ も ここ で ケンブツ しよう。 それそれ、 ミス を あげて、 ヨシヒデ に ナカ の オンナ を みせて つかわさぬ か」
 オオセ を きく と ジチョウ の ヒトリ は、 カタテ に マツ の ヒ を たかく かざしながら、 つかつか と クルマ に ちかづく と、 やにわに カタテ を さしのばして、 スダレ を さらり と あげて みせました。 けたたましく オト を たてて もえる マツ の ヒカリ は、 ひとしきり あかく ゆらぎながら、 たちまち せまい ハコ の ナカ を あざやか に てらしだしました が、 トコ の ウエ に むごたらしく、 クサリ に かけられた ニョウボウ は―― ああ、 タレ か ミチガエ を いたしましょう。 きらびやか な ヌイ の ある サクラ の カラギヌ に スベラカシ の クロカミ が つややか に たれて、 うちかたむいた コガネ の サイシ も うつくしく かがやいて みえました が、 ミナリ こそ ちがえ、 コヅクリ な カラダツキ は、 イロ の しろい クビ の アタリ は、 そうして あの さびしい くらい つつましやか な ヨコガオ は、 ヨシヒデ の ムスメ に ソウイ ございません。 ワタクシ は あやうく サケビゴエ を たてよう と いたしました。
 その とき で ございます。 ワタクシ と むかいあって いた サムライ は あわただしく ミ を おこして、 ツカガシラ を カタテ に おさえながら、 きっと ヨシヒデ の ほう を にらみました。 それ に おどろいて ながめます と、 あの オトコ は この ケシキ に、 なかば ショウキ を うしなった の で ございましょう。 イマ まで シタ に うずくまって いた の が、 キュウ に とびたった と おもいます と、 リョウテ を マエ へ のばした まま、 クルマ の ほう へ おもわず しらず はしりかかろう と いたしました。 ただ あいにく マエ にも もうしました とおり、 とおい カゲ の ナカ に おります ので、 カオカタチ は はっきり と わかりません。 しかし そう おもった の は ほんの イッシュンカン で、 イロ を うしなった ヨシヒデ の カオ は、 いや、 まるで ナニ か メ に みえない チカラ が、 チュウ へ つりあげた よう な ヨシヒデ の スガタ は、 たちまち ウスクラガリ を きりぬいて ありあり と ガンゼン へ うかびあがりました。 ムスメ を のせた ビロウゲ の クルマ が、 この とき、 「ヒ を かけい」 と いう オオトノサマ の オコトバ と ともに、 ジチョウ たち が なげる マツ の ヒ を あびて えんえん と もえあがった の で ございます。

 18

 ヒ は みるみる うち に、 ヤカタ を つつみました。 ヒサシ に ついた ムラサキ の フサ が、 あおられた よう に さっと なびく と、 その シタ から もうもう と ヨメ にも しろい ケムリ が ウズ を まいて、 あるいは スダレ、 あるいは ソデ、 あるいは ムネ の カナモノ が、 イチジ に くだけて とんだ か と おもう ほど、 ヒノコ が アメ の よう に まいあがる―― その スサマジサ と いったら ございません。 いや、 それ より も めらめら と シタ を はいて ソデゴウシ に からみながら、 ナカゾラ まで も たちのぼる れつれつ と した ホノオ の イロ は、 まるで ニチリン が チ に おちて、 テンカ が ほとばしった よう だ と でも もうしましょう か。 マエ に あやうく さけぼう と した ワタクシ も、 イマ は まったく タマシイ を けして、 ただ ぼうぜん と クチ を ひらきながら、 この おそろしい コウケイ を みまもる より ホカ は ございません でした。 しかし オヤ の ヨシヒデ は――
 ヨシヒデ の その とき の カオツキ は、 イマ でも ワタクシ は わすれません。 おもわず しらず クルマ の ほう へ かけよろう と した あの オトコ は、 ヒ が もえあがる と ドウジ に、 アシ を とめて、 やはり テ を さしのばした まま、 くいいる ばかり の メツキ を して、 クルマ を つつむ エンエン を すいつけられた よう に ながめて おりました が、 マンシン に あびた ヒ の ヒカリ で、 シワダラケ な みにくい カオ は、 ヒゲ の サキ まで も よく みえます。 が、 その おおきく みひらいた メ の ナカ と いい、 ひきゆがめた クチビル の アタリ と いい、 あるいは また たえず ひきつって いる ホオ の ニク の フルエ と いい、 ヨシヒデ の ココロ に こもごも オウライ する オソレ と カナシミ と オドロキ とは、 れきれき と カオ に かかれました。 クビ を はねられる マエ の ヌスビト でも、 ないしは ジュウオウ ノ チョウ へ ひきだされた、 ジュウギャク ゴアク の ザイニン でも、 ああ まで くるしそう な カオ は いたしますまい。 これ には さすが に あの ゴウリキ の サムライ で さえ、 おもわず イロ を かえて、 おそるおそる オオトノサマ の オカオ を あおぎました。
 が、 オオトノサマ は かたく クチビル を おかみ に なりながら、 ときどき きみわるく おわらい に なって、 メ も はなさず じっと クルマ の ほう を おみつめ に なって いらっしゃいます。 そうして その クルマ の ナカ には―― ああ、 ワタクシ は その とき、 その クルマ に どんな ムスメ の スガタ を ながめた か、 それ を くわしく もうしあげる ユウキ は、 とうてい あろう とも おもわれません。 あの ケムリ に むせんで あおむけた カオ の シロサ、 ホノオ を はらって ふりみだれた カミ の ナガサ、 それから また みるまに ヒ と かわって ゆく、 サクラ の カラギヌ の ウツクシサ、 ――なんと いう むごたらしい ケシキ で ございましたろう。 ことに ヨカゼ が ヒトオロシ して、 ケムリ が ムコウ へ なびいた とき、 あかい うえ に キンプン を まいた よう な、 ホノオ の ナカ から うきあがって、 カミ を クチ に かみながら、 イマシメ の クサリ も きれる ばかり ミモダエ を した アリサマ は、 ジゴク の ゴウク を マノアタリ へ うつしだした か と うたがわれて、 ワタクシ ハジメ ゴウリキ の サムライ まで おのずと ミノケ が よだちました。
 すると その ヨカゼ が また ヒトワタリ、 オニワ の キギ の コズエ に さっと かよう―― と タレ でも、 おもいましたろう。 そういう オト が くらい ソラ を、 どこ とも しらず はしった と おもう と、 たちまち ナニ か くろい もの が、 チ にも つかず チュウ にも とばず、 マリ の よう に おどりながら、 ゴショ の ヤネ から ヒ の もえさかる クルマ の ナカ へ、 イチモンジ に とびこみました。 そうして シュヌリ の よう な ソデゴウシ が、 ばらばら と やけおちる ナカ に、 のけぞった ムスメ の カタ を だいて、 キヌ を さく よう な するどい コエ を、 なんとも いえず くるしそう に、 ながく ケムリ の ソト へ とばせました。 つづいて また、 フタコエ ミコエ―― ワタクシタチ は われしらず、 あっ と ドウオン に さけびました。 カベシロ の よう な ホノオ を ウシロ に して、 ムスメ の カタ に すがって いる の は、 ホリカワ の オヤシキ に つないで あった、 あの ヨシヒデ と アダナ の ある、 サル だった の で ございます から。 その サル が どこ を どうして この ゴショ まで、 しのんで きた か、 それ は もちろん タレ にも わかりません。 が、 ヒゴロ かわいがって くれた ムスメ なれば こそ、 サル も イッショ に ヒ の ナカ へ はいった の で ございましょう。

 19

 が、 サル の スガタ が みえた の は、 ほんの イッシュンカン で ございました。 キンナシジ の よう な ヒノコ が ひとしきり、 ぱっと ソラ へ あがった か と おもう うち に、 サル は もとより ムスメ の スガタ も、 クロケムリ の ソコ に かくされて、 オニワ の マンナカ には ただ、 1 リョウ の ヒ の クルマ が すさまじい オト を たてながら、 もえたぎって いる ばかり で ございます。 いや、 ヒ の クルマ と いう より も、 あるいは ヒ の ハシラ と いった ほう が、 あの ホシゾラ を ついて にえかえる、 おそろしい カエン の アリサマ には ふさわしい かも しれません。
 その ヒ の ハシラ を マエ に して、 こりかたまった よう に たって いる ヨシヒデ は、 ――なんと いう フシギ な こと で ございましょう。 あの サッキ まで ジゴク の セメク に なやんで いた よう な ヨシヒデ は、 イマ は イイヨウ の ない カガヤキ を、 さながら こうこつ と した ホウエツ の カガヤキ を、 シワダラケ な マンメン に うかべながら、 オオトノサマ の ゴゼン も わすれた の か、 リョウウデ を しっかり ムネ に くんで、 たたずんで いる では ございません か。 それ が どうも あの オトコ の メ の ナカ には、 ムスメ の もだえしぬ アリサマ が うつって いない よう なの で ございます。 ただ うつくしい カエン の イロ と、 その ナカ に くるしむ ニョニン の スガタ と が、 かぎりなく ココロ を よろこばせる―― そういう ケシキ に みえました。
 しかも フシギ なの は、 なにも あの オトコ が ヒトリムスメ の ダンマツマ を うれしそう に ながめて いた、 それ ばかり では ございません。 その とき の ヨシヒデ には、 なぜか ニンゲン とは おもわれない、 ユメ に みる シシオウ の イカリ に にた、 あやしげ な オゴソカサ が ございました。 で ございます から フイ の ヒノテ に おどろいて、 なきさわぎながら とびまわる カズ の しれない ヨドリ で さえ、 キ の せい か ヨシヒデ の モミエボシ の マワリ へは、 ちかづかなかった よう で ございます。 おそらくは ムシン の トリ の メ にも、 あの オトコ の カシラ の ウエ に、 エンコウ の ごとく かかって いる、 フカシギ な イゲン が みえた の で ございましょう。
 トリ で さえ そう で ございます。 まして ワタクシタチ は ジチョウ まで も、 ミナ イキ を ひそめながら、 ミ の ウチ も ふるえる ばかり、 イヨウ な ズイキ の ココロ に みちみちて、 まるで カイゲン の ブツ でも みる よう に、 メ も はなさず、 ヨシヒデ を みつめました。 ソラ イチメン に なりわたる クルマ の ヒ と、 それ に タマシイ を うばわれて、 たちすくんで いる ヨシヒデ と―― なんと いう ショウゴン、 なんと いう カンキ で ございましょう。 が、 その ナカ で たった ヒトリ、 オエン の ウエ の オオトノサマ だけ は、 まるで ベツジン か と おもわれる ほど、 オカオ の イロ も あおざめて、 クチモト に アワ を おため に なりながら、 ムラサキ の サシヌキ の ヒザ を リョウテ に しっかり おつかみ に なって、 ちょうど ノド の かわいた ケモノ の よう に あえぎつづけて いらっしゃいました。……

 20

 その ヨ ユキゲ の ゴショ で、 オオトノサマ が クルマ を おやき に なった こと は、 タレ の クチ から とも なく セジョウ へ もれました が、 それ に ついて は ずいぶん イロイロ な ヒハン を いたす モノ も おった よう で ございます。 まず ダイイチ に なぜ オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を おやきころし なすった か、 ――これ は、 かなわぬ コイ の ウラミ から なすった の だ と いう ウワサ が、 いちばん おおう ございました。 が、 オオトノサマ の オボシメシ は、 まったく クルマ を やき ヒト を ころして まで も、 ビョウブ の エ を かこう と する エシ コンジョウ の ヨコシマ なの を こらす おつもり だった の に ソウイ ございません。 げんに ワタクシ は、 オオトノサマ が おくちずから そう おっしゃる の を うかがった こと さえ ございます。
 それから あの ヨシヒデ が、 モクゼン で ムスメ を やきころされながら、 それでも ビョウブ の エ を かきたい と いう その ボクセキ の よう な ココロモチ が、 やはり なにかと あげつらわれた よう で ございます。 ナカ には あの オトコ を ののしって、 エ の ため には オヤコ の ジョウアイ も わすれて しまう、 ニンメン ジュウシン の クセモノ だ など と もうす モノ も ございました。 あの ヨカワ の ソウズ サマ など は、 こういう カンガエ に ミカタ を なすった オヒトリ で、 「いかに イチゲイ イチノウ に ひいでよう とも、 ヒト と して ゴジョウ を わきまえねば、 ジゴク に おちる ホカ は ない」 など と、 よく おっしゃった もの で ございます。
 ところが ソノゴ ヒトツキ ばかり たって、 いよいよ ジゴクヘン の ビョウブ が できあがります と、 ヨシヒデ は さっそく それ を オヤシキ へ もって でて、 うやうやしく オオトノサマ の ゴラン に そなえました。 ちょうど その とき は ソウズ サマ も おいあわせ に なりました が、 ビョウブ の エ を ヒトメ ゴラン に なります と、 さすが に あの 1 ジョウ の テンチ に ふきすさんで いる ヒ の アラシ の オソロシサ に おおどろき なすった の で ございましょう。 それまで は にがい カオ を なさりながら、 ヨシヒデ の ほう を じろじろ ねめつけて いらしった の が、 おもわず しらず ヒザ を うって、 「でかしおった」 と おっしゃいました。 この コトバ を おきき に なって、 オオトノサマ が クショウ なすった とき の ゴヨウス も、 いまだに ワタクシ は わすれません。
 それ イライ あの オトコ を わるく いう モノ は、 すくなくとも オヤシキ の ナカ だけ では、 ほとんど ヒトリ も いなく なりました。 タレ でも あの ビョウブ を みる モノ は、 いかに ヒゴロ ヨシヒデ を にくく おもって いる に せよ、 フシギ に おごそか な ココロモチ に うたれて、 エンネツ ジゴク の ダイクゲン を ニョジツ に かんじる から でも ございましょう か。
 しかし そう なった ジブン には、 ヨシヒデ は もう コノヨ に ない ヒト の カズ に はいって おりました。 それ も ビョウブ の できあがった ツギ の ヨ に、 ジブン の ヘヤ の ハリ へ ナワ を かけて、 くびれしんだ の で ございます。 ヒトリムスメ を さきだてた あの オトコ は、 おそらく あんかん と して いきながらえる の に たえなかった の で ございましょう。 シガイ は イマ でも あの オトコ の イエ の アト に うずまって おります。 もっとも ちいさな シルシ の イシ は、 その ノチ ナンジュウネン か の アメカゼ に さらされて、 とうの ムカシ タレ の ハカ とも しれない よう に、 こけむして いる に チガイ ございません。