カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

オンシュウ の かなた に 3

2012-09-22 | キクチ カン
 4

 イチクロウ の ケンコウ は、 カド の ロウドウ に よって、 いたましく きずつけられて いた が、 カレ に とって、 それ より も もっと おそろしい テキ が、 カレ の セイメイ を ねらって いる の で あった。

 イチクロウ の ため に ヒゴウ の オウシ を とげた ナカガワ サブロベエ は、 カシン の ため に サツガイ された ため、 カジ フトリシマリ と あって、 イエ は とりつぶされ、 その とき 3 サイ で あった イッシ ジツノスケ は、 エンジャ の ため に やしないそだてられる こと に なった。
 ジツノスケ は、 13 に なった とき、 はじめて ジブン の チチ が ヒゴウ の シ を とげた こと を きいた。 ことに、 アイテ が タイトウ の シジン で なく して、 ジブン の イエ に やしなわれた ヌボク で ある こと を しる と、 ショウネン の ココロ は、 ムネン の イキドオリ に もえた。 カレ は ソクザ に フクシュウ の イチギ を、 キモ ふかく めいじた。 カレ は、 はせて ヤギュウ の ドウジョウ に はいった。 19 の トシ に、 メンキョ カイデン を ゆるされる と、 カレ は ただちに ホウフク の タビ に のぼった の で ある。 もし、 シュビ よく ホンカイ を たっして かえれば、 イッカ サイコウ の キモイリ も しよう と いう、 シンルイ イチドウ の ゲキレイ の コトバ に おくられながら。
 ジツノスケ は、 なれぬ タビジ に、 オオク の カンナン を くるしみながら、 ショコク を ヘンレキ して、 ひたすら カタキ イチクロウ の アリカ を もとめた。 イチクロウ を ただ イチド さえ みた こと も ない ジツノスケ に とって は、 それ は クモ を つかむ が ごとき おぼつかなき ソウサク で あった。 ゴキナイ、 トウカイ、 トウサン、 サンイン、 サンヨウ、 ホクリク、 ナンカイ と、 カレ は サスライ の タビジ に トシ を おくり トシ を むかえ、 27 の トシ まで クウキョ な ヘンレキ の タビ を つづけた。 カタキ に たいする ウラミ も イキドオリ も、 タビジ の カンナン に ショウマ せん と する こと たびたび で あった。 が、 ヒゴウ に たおれた チチ の ムネン を おもい、 ナカガワ-ケ サイコウ の ジュウニン を かんがえる と、 ふんぜん と ココロザシ を ふるいおこす の で あった。
 エド を たって から ちょうど 9 ネン-メ の ハル を、 カレ は フクオカ の ジョウカ に むかえた。 ホンド を むなしく たずねあるいた ノチ に、 ヘンスイ の キュウシュウ をも さぐって みる キ に なった の で ある。
 フクオカ の ジョウカ から ナカツ の ジョウカ に うつった カレ は、 2 ガツ に はいった イチジツ、 ウサ ハチマングウ に さいして、 ホンカイ の 1 ニチ も はやく たっせられん こと を キネン した。 ジツノスケ は、 サンパイ を おえて から ケイダイ の チャミセ に いこうた。 その とき に、 ふと カレ は ソバ の ヒャクショウ-テイ の オトコ が、 いあわせた サンケイキャク に、
「その ゴシュッケ は、 モト は エド から きた オヒト じゃ げな。 わかい とき に ヒト を ころした の を ザンゲ して、 ショニン サイド の タイガン を おこした そう じゃ が、 イマ いうた ヒダ の コウカン は、 この ゴシュッケ ヒトリ の チカラ で できた もの じゃ」 と かたる の を ミミ に した。
 この ハナシ を きいた ジツノスケ は、 9 ネン コノカタ いまだ かんじなかった よう な キョウミ を おぼえた。 カレ は やや せきこみながら、
「ソツジ ながら、 しょうしょう モノ を たずねる が、 その シュッケ と もうす は、 トシ の コロ は どれ ぐらい じゃ」 と、 きいた。 その オトコ は、 ジブン の ダンワ が ブシ の チュウイ を ひいた こと を、 コウエイ で ある と おもった らしく、
「さよう で ございます な。 ワタクシ は その ゴシュッケ を おがんだ こと は ございませぬ が、 ヒト の ウワサ では、 もう 60 に ちかい と もうします」
「タケ は たかい か、 ひくい か」 と、 ジツノスケ は たたみかけて きいた。
「それ も しかと は、 わかりませぬ。 なにさま、 ドウクツ の おくふかく おられる ゆえ、 しかと は わかりませぬ」
「その モノ の ゾクミョウ は、 なんと もうした か ぞんぜぬ か」
「それ も、 とんと わかりません が、 オウマレ は エチゴ の カシワザキ で、 わかい とき に エド へ でられた そう で ござります」 と、 ヒャクショウ は こたえた。
 ここ まで きいた ジツノスケ は、 おどりあがって よろこんだ。 カレ が、 エド を たつ とき に、 シンルイ の ヒトリ は、 カタキ は エチゴ カシワザキ の ウマレ ゆえ、 コキョウ へ たちまわる かも はかりがたい、 エチゴ は ひとしお ココロ を いれて タンサク せよ と いう、 チュウイ を うけて いた の で あった。
 ジツノスケ は、 これ ぞ まさしく ウサ ハチマングウ の シンタク なり と いさみたった。 カレ は その ロウソウ の ナ と、 ヤマクニダニ に むかう ミチ を きく と、 もはや ヤツドキ を すぎて いた にも かかわらず、 ヒッシ の チカラ を ソウキャク に こめて、 カタキ の アリカ へ と いそいだ。 その ヒ の ショコウ ちかく、 ヒダ ムラ に ついた ジツノスケ は、 ただちに ドウクツ へ たちむかおう か と おもった が、 あせって は ならぬ と おもいかえして、 その ヨ は ヒダ エキ の シュク に ショウリョ の イチヤ を あかす と、 ヨクジツ は はやく おきいでて、 ケイソウ して ヒダ の コウカン へ と むかった。
 コウカン の イリグチ に ついた とき、 カレ は そこ に、 イシ の カケラ を はこびだして いる イシク に たずねた。
「この ドウクツ の ナカ に、 リョウカイ と いわるる ゴシュッケ が おわす そう じゃ が、 それ に ソウイ ない か」
「おわさない で なんと しょう。 リョウカイ サマ は、 この ホコラ の ヌシ も ドウヨウ な カタ じゃ、 はははは」 と、 イシク は こころなげ に わらった。
 ジツノスケ は、 ホンカイ を たっする こと、 はや ガンゼン に あり と、 よろこびいさんだ。 が、 カレ は あわてて は ならぬ と おもった。
「して、 デイリ の クチ は ここ 1 カショ か」 と、 きいた。 カタキ に にげられて は ならぬ と おもった から で ある。
「それ は しれた こと じゃ。 ムコウ へ クチ を あける ため に、 リョウカイ サマ は トタン の クルシミ を なさって いる の じゃ」 と、 イシク が こたえた。
 ジツノスケ は、 タネン の オンテキ が、 ノウチュウ の ネズミ の ごとく、 モクゼン に おかれて ある の を よろこんだ。 たとい、 その シタ に つかわるる イシク が イクニン いよう とも、 きりころす に なんの ゾウサ も ある べき と、 いさみたった。
「ソチ に すこし タノミ が ある。 リョウカイ ドノ に ギョイ えたい ため、 はるばる と たずねて まいった モノ じゃ と、 つたえて くれ」 と、 いった。 イシク が、 ドウクツ の ナカ へ はいった アト で、 ジツノスケ は イットウ の メクギ を しめした。 カレ は、 ココロ の ウチ で、 セイライ はじめて めぐりあう カタキ の ヨウボウ を ソウゾウ した。 ドウモン の カイサク を トウリョウ して いる と いえば、 50 は すぎて いる とは いえ、 キンコツ たくましき オトコ で あろう。 ことに ジャクネン の コロ には、 ヘイホウ に うとからざりし と いう の で ある から、 ゆめ ユダン は ならぬ と おもって いた。
 が、 しばらく して ジツノスケ の メンゼン へ と、 ドウモン から でて きた ヒトリ の コジキソウ が あった。 それ は、 でて くる と いう より も、 ガマ の ごとく はいでて きた と いう ほう が、 テキトウ で あった。 それ は、 ニンゲン と いう より も、 むしろ、 ニンゲン の ザンガイ と いう べき で あった。 ニク ことごとく おちて ホネ あらわれ、 アシ の カンセツ イカ は ところどころ ただれて、 ながく セイシ する に たえなかった。 やぶれた コロモ に よって、 ソウギョウ とは しれる ものの、 トウハツ は ながく のびて シワダラケ の ヒタイ を おおうて いた。 ロウソウ は、 ハイイロ を なした メ を しばたたきながら、 ジツノスケ を みあげて、
「ロウガン おとろえはてまして、 いずれ の カタ とも わきまえかねまする」 と、 いった。
 ジツノスケ の、 キョクド に まで、 はりつめて きた ココロ は、 この ロウソウ を ヒトメ みた セツナ たじたじ と なって しまって いた。 カレ は、 ココロ の ソコ から ゾウオ を かんじうる よう な アクソウ を ほっして いた。 しかるに カレ の マエ には、 ニンゲン とも シガイ とも つかぬ、 ハンシ の ロウソウ が うずくまって いる の で ある。 ジツノスケ は、 シツボウ しはじめた ジブン の ココロ を はげまして、
「ソノモト が、 リョウカイ と いわるる か」 と、 いきごんで きいた。
「いかにも、 さよう で ござります。 して ソノモト は」 と、 ロウソウ は いぶかしげ に ジツノスケ を みあげた。
「リョウカイ と やら、 いかに ソウギョウ に ミ を やつす とも、 よも わすれ は いたすまい。 ナンジ、 イチクロウ と よばれし ジャクネン の ミギリ、 シュジン ナカガワ サブロベエ を うって たちのいた オボエ が あろう。 ソレガシ は、 サブロベエ の イッシ ジツノスケ と もうす モノ じゃ。 もはや、 のがれぬ ところ と カクゴ せよ」
 と、 ジツノスケ の コトバ は、 あくまで おちついて いた が、 そこ に イッポ も、 ゆるす まじき ゲンセイサ が あった。
 が、 イチクロウ は ジツノスケ の コトバ を きいて、 すこしも おどろかなかった。
「いかさま、 ナカガワ サマ の ゴシソク、 ジツノスケ サマ か。 いや オチチウエ を うって たちのいた モノ、 この リョウカイ に ソウイ ござりませぬ」 と、 カレ は ジブン を カタキ と ねらう モノ に あった と いう より も、 キュウシュ の ワスレゴ に あった シタシサ を もって こたえた が、 ジツノスケ は、 イチクロウ の コワネ に あざむかれて は ならぬ と おもった。
「シュ を うって たちのいた ヒドウ の ナンジ を うつ ため に、 10 ネン に ちかい トシツキ を カンナン の ウチ に すごした わ。 ここ で あう から は、 もはや のがれぬ ところ と ジンジョウ に ショウブ せよ」 と、 いった。
 イチクロウ は、 すこしも わるびれなかった。 もはや キネン の うち に ジョウジュ す べき タイガン を みはてず して しぬ こと が、 やや かなしまれた が、 それ も オノレ が アクゴウ の ムクイ で ある と おもう と、 カレ は しす べき ココロ を きめた。
「ジツノスケ サマ、 いざ おきり なされい。 オキキオヨビ も なされたろう が、 これ は リョウカイ め が、 ツミホロボシ に ほりうがとう と ぞんじた ドウモン で ござる が、 19 ネン の サイゲツ を ついやして、 9 ブ まで は シュンコウ いたした。 リョウカイ、 ミ を はつる とも、 もはや トシ を かさねず して なりもうそう。 オンミ の テ に かかり、 この ドウモン の イリグチ に チ を ながして ヒトバシラ と なりもうさば、 はや おもいのこす こと も ござりませぬ」 と、 いいながら、 カレ は みえぬ メ を しばたたいた の で ある。
 ジツノスケ は、 この ハンシ の ロウソウ に せっして いる と、 オヤ の カタキ に たいして いだいて いた ニクシミ が、 いつのまにか、 きえうせて いる の を おぼえた。 カタキ は、 チチ を ころした ツミ の ザンゲ に、 シンシン を コ に くだいて、 ハンセイ を くるしみぬいて いる。 しかも、 ジブン が イチド なのりかける と、 いい と して イノチ を すてよう と して いる の で ある。 かかる ハンシ の ロウソウ の イノチ を とる こと が、 なんの フクシュウ で ある か と、 ジツノスケ は かんがえた の で ある。 が、 しかし この カタキ を うたざる カギリ は、 タネン の ホウロウ を きりあげて、 エド へ かえる べき ヨスガ は なかった。 まして カメイ の サイコウ など は、 おもい も およばぬ こと で あった の で ある。 ジツノスケ は、 ゾウオ より も、 むしろ ダサン の ココロ から この ロウソウ の イノチ を ちぢめよう か と おもった。 が、 はげしい もゆる が ごとき ゾウオ を かんぜず して、 ダサン から ニンゲン を ころす こと は、 ジツノスケ に とって しのびがたい こと で あった。 カレ は、 きえかかろう と する ゾウオ の ココロ を はげましながら、 ウチガイ なき カタキ を うとう と した の で ある。
 その とき で あった。 ドウクツ の ナカ から はしりでて きた 5~6 ニン の イシク は、 イチクロウ の キキュウ を みる と、 テイシン して カレ を かばいながら、
「リョウカイ サマ を なんと する の じゃ」 と、 ジツノスケ を とがめた。 カレラ の オモテ には、 シギ に よって は ゆるす まじき イロ が ありあり と みえた。
「シサイ あって、 その ロウソウ を カタキ と ねらい、 はしなくも コンニチ めぐりおうて、 ホンカイ を たっする もの じゃ。 サマタゲ いたす と、 ヨジン なり とも ヨウシャ は いたさぬ ぞ」 と、 ジツノスケ は りんぜん と いった。
 が、 その うち に、 イシク の カズ は ふえ、 コウロ の ヒトビト が イクニン と なく たちどまって、 カレラ は ジツノスケ を とりまきながら、 イチクロウ の カラダ に ユビ の 1 ポン も ふれさせまい と、 メイメイ に いきまきはじめた。
「カタキ を うつ うたぬ など は、 それ は まだ ヨ に ある うち の こと じゃ。 みらるる とおり、 リョウカイ ドノ は、 センイ チハツ の ミ で ある うえ に、 この ヤマクニダニ 7 ゴウ の モノ に とって は、 ジジ ボサツ の サイライ とも あおがれる カタ じゃ」 と、 その ウチ の ある モノ は、 ジツノスケ の カタキウチ を、 かなわぬ ヒボウ で ある か の よう に いいはった。
 が、 こう シュウイ の モノ から さまたげられる と、 ジツノスケ の カタキ に たいする イカリ は いつのまにか よみがえって いた。 カレ は ブシ の イジ と して、 テ を こまねいて たちさる べき では なかった。
「たとい シャモン の ミ なり とも、 シュウゴロシ の タイザイ は まぬかれぬ ぞ。 オヤ の カタキ を うつ モノ を サマタゲ いたす モノ は、 ヒトリ も ヨウシャ は ない」 と、 ジツノスケ は イットウ の サヤ を はらった。 ジツノスケ を かこう グンシュウ も、 ミナ ことごとく みがまえた。 すると、 その とき、 イチクロウ は しわがれた コエ を はりあげた。
「ミナノシュウ、 おひかえ なされい。 リョウカイ、 うたる べき オボエ じゅうぶん ござる。 この ドウモン を うがつ こと も、 ただ その ツミホロボシ の ため じゃ。 イマ かかる コウシ の オテ に かかり、 ハンシ の ミ を おわる こと、 リョウカイ が イチゴ の ネガイ じゃ。 ミナノシュウ サマタゲ ムヨウ じゃ」
 こう いいながら イチクロウ は、 ミ を ていして、 ジツノスケ の ソバ に いざりよろう と した。 かねがね、 イチクロウ の キョウゴウ なる イシ を しりぬいて いる シュウイ の ヒトビト は、 カレ の ケッシン を ひるがえす べき ヨシ も ない の を しった。 イチクロウ の イノチ、 ここ に おわる か と おもわれた。 その とき に、 イシク の トウリョウ が、 ジツノスケ の マエ に すすみいでながら、
「オブケ サマ も、 オキキオヨビ でも ござろう が、 この コウカン は リョウカイ サマ、 イッショウ の ダイセイガン にて、 20 ネン に ちかき ゴシンク に シンシン を くだかれた の じゃ。 いかに、 ゴジシン の アクゴウ とは いえ、 タイガン ジョウジュ を メノマエ に おきながら、 おはて なさるる こと、 いかばかり ムネン で あろう。 ワレラ の こぞって の オネガイ は、 ながく とは もうさぬ、 この コウカン の つうじもうす アイダ、 リョウカイ サマ の オイノチ を、 ワレラ に あずけて は くださらぬ か。 コウカン さえ つうじた セツ は、 ソクザ に リョウカイ サマ を ぞんぶん に なさりませ」 と、 カレ は マコト を あらわして アイガン した。 グンシュウ は、 クチグチ に、
「コトワリ じゃ、 コトワリ じゃ」 と、 サンセイ した。
 ジツノスケ も、 そう いわれて みる と、 その アイガン を きかぬ わけ には ゆかなかった。 イマ ここ で カタキ を うとう と して、 グンシュウ の ボウガイ を うけて フカク を とる より も、 コウカン の シュンコウ を まった ならば、 イマ で さえ みずから すすんで うたれよう と いう イチクロウ が、 ギリ に かんじて クビ を さずける の は、 ヒツジョウ で ある と おもった。 また そうした ダサン から はなれて も、 カタキ とは いいながら この ロウソウ の ダイセイガン を とげさして やる の も、 けっして フカイ な こと では なかった。 ジツノスケ は、 イチクロウ と グンシュウ と を トウブン に みながら、
「リョカイ の ソウギョウ に めでて その ネガイ ゆるして とらそう。 つがえた コトバ は わすれまい ぞ」 と、 いった。
「ネン も ない こと で ござる。 イチブ の アナ でも、 イッスン の アナ でも、 この コウカン が ムコウガワ へ つうじた セツ は、 その バ を さらず リョウカイ サマ を うたさせもうそう。 それまで は ゆるゆる と、 この アタリ に ゴタイザイ なされませ」 と、 イシク の トウリョウ は、 おだやか な クチョウ で いった。
 イチクロウ は、 この フンジョウ が ブジ に カイケツ が つく と、 それ に よって トヒ した ジカン が いかにも おしまれる よう に、 にじりながら ドウクツ の ナカ へ はいって いった。
 ジツノスケ は、 タイセツ の バアイ に おもわぬ ジャマ が はいって、 モクテキ が たっしえなかった こと を いきどおった。 カレ は いかんとも しがたい ウップン を おさえながら、 イシク の ヒトリ に アンナイ せられて、 キゴヤ の ウチ へ はいった。 ジブン ヒトリ に なって かんがえる と、 カタキ を モクゼン に おきながら、 うちえなかった ジブン の フガイナサ を、 ムネン と おもわず には いられなかった。 カレ の ココロ は いつのまにか いらだたしい イキドオリ で いっぱい に なって いた。 カレ は、 もう コウカン の シュンセイ を まつ と いった よう な、 カタキ に たいする ゆるやか な ココロ を まったく うしなって しまった。 カレ は コヨイ にも ドウクツ の ナカ へ しのびいって、 イチクロウ を うって たちのこう と いう ケッシン の ホゾ を かためた。 が、 ジツノスケ が イチクロウ の ハリバン を して いる よう に、 イシク たち は ジツノスケ を みはって いた。
 サイショ の 2~3 ニチ を、 ココロ にも なく ムイ に すごした が、 ちょうど イツカ-メ の バン で あった。 マイヨ の こと なので、 イシク たち も ケイカイ の メ を ゆるめた と みえ、 ウシ に ちかい コロ には ナンビト も いぎたない ネムリ に いって いた。 ジツノスケ は、 コヨイ こそ と おもいたった。 カレ は、 がばと おきあがる と、 マクラモト の イットウ を ひきよせて、 しずか に キゴヤ の ソト に でた。 それ は ソウシュン の ヨ の ツキ が さえた バン で あった。 ヤマクニガワ の ミズ は ゲッコウ の モト に あおく うずまきながら ながれて いた。 が、 シュウイ の フウブツ には メ も くれず、 ジツノスケ は、 アシ を しのばせて ひそか に ドウモン に ちかづいた。 けずりとった セッカイ が、 トコロドコロ に ちらばって、 ホ を はこぶ たび ごと に アシ を いためた。
 ドウクツ の ナカ は、 イリグチ から くる ゲッコウ と、 トコロドコロ に くりあけられた マド から さしいる ゲッコウ と で、 ところどころ ほのじろく ひかって いる ばかり で あった。 カレ は ウホウ の ガンペキ を たぐりたぐり オク へ オク へ と すすんだ。
 イリグチ から、 2 チョウ ばかり すすんだ コロ、 ふと カレ は ドウクツ の ソコ から、 かっかっ と マ を おいて ひびいて くる オト を ミミ に した。 カレ は サイショ それ が ナン で ある か わからなかった。 が、 イッポ すすむ に したがって、 その オト は カクダイ して いって、 オシマイ には ドウクツ の ナカ の ヨル の ジャクジョウ の ウチ に、 こだまする まで に なった。 それ は、 あきらか に ガンペキ に むかって テッツイ を おろす オト に ソウイ なかった。 ジツノスケ は、 その ヒソウ な、 スゴミ を おびた オト に よって、 ジブン の ムネ が はげしく うたれる の を かんじた。 オク に ちかづく に したがって、 タマ を くだく よう な するどい オト は、 ドウヘキ の シュウイ に こだまして、 ジツノスケ の チョウカク を、 もうぜん と おそって くる の で あった。 カレ は、 この オト を タヨリ に はいながら ちかづいて いった。 この ツチ の オト の ヌシ こそ、 カタキ リョウカイ に ソウイ あるまい と おもった。 ひそか に イットウ の コイグチ を しめしながら、 イキ を ひそめて よりそうた。 その とき、 ふと カレ は ツチ の オト の アイダアイダ に ささやく が ごとく、 うめく が ごとく、 リョウカイ が キョウモン を じゅする コエ を きいた の で ある。
 その しわがれた ヒソウ な コエ が、 ミズ を あびせる よう に ジツノスケ に てっして きた。 シンヤ、 ヒト さり、 クサキ ねむって いる ナカ に、 ただ アンチュウ に タンザ して テッツイ を ふるって いる リョウカイ の スガタ が、 スミ の ごとき ヤミ に あって なお、 ジツノスケ の シンガン に、 ありあり と して うつって きた。 それ は、 もはや ニンゲン の ココロ では なかった。 キド アイラク の ジョウ の ウエ に あって、 ただ テッツイ を ふるって いる ユウモウ ショウジン の ボサツシン で あった。 ジツノスケ は、 にぎりしめた タチ の ツカ が、 いつのまにか ゆるんで いる の を おぼえた。 カレ は ふと、 ワレ に かえった。 すでに ブッシン を えて、 シュジョウ の ため に、 サイシン の クルシミ を なめて いる コウトク の ヒジリ に たいし、 シンヤ の ヤミ に じょうじて、 ヒハギ の ごとく、 ケモノ の ごとく、 シンイ の ケン を ぬきそばめて いる ジブン を かえりみる と、 カレ は つよい センリツ が カラダ を つとうて ながれる の を かんじた。
 ドウクツ を ゆるがせる その ちからづよい ツチ の オト と、 ヒソウ な ネンブツ の コエ とは、 ジツノスケ の ココロ を サンザン に うちくだいて しまった。 カレ は、 いさぎよく シュンセイ の ヒ を まち、 その ヤクソク の はたさるる の を まつ より ホカ は ない と おもった。
 ジツノスケ は、 ふかい カンゲキ を いだきながら、 ドウガイ の ゲッコウ を めざし、 ドウクツ の ソト に はいでた の で ある。

 その こと が あって から まもなく、 コウカン の コウジ に したがう イシク の ウチ に、 ブケ スガタ の ジツノスケ の スガタ が みられた。 カレ は もう、 ロウソウ を ヤミウチ に して たちのこう と いう よう な けわしい ココロ は、 すこしも もって いなかった。 リョウカイ が ニゲカクレ も せぬ こと を しる と、 カレ は コウイ を もって、 リョウカイ が その イッショウ の タイガン を ジョウジュ する ヒ を、 まって やろう と おもって いた。
 が、 それにしても、 ぼうぜん と まって いる より も、 ジブン も この タイギョウ に イッピ の チカラ を つくす こと に よって、 いくばく か でも フクシュウ の キジツ が タンシュク せられる はず で ある こと を さとる と、 ジツノスケ は みずから イシク に ごして、 ツチ を ふるいはじめた の で ある。
 カタキ と カタキ と が、 あいならんで ツチ を おろした。 ジツノスケ は、 ホンカイ を たっする ヒ の 1 ニチ も はやかれ と、 ケンメイ に ツチ を ふるった。 リョウカイ は ジツノスケ が シュツゲン して から は、 1 ニチ も はやく タイガン を ジョウジュ して コウシ の ネガイ を かなえて やりたい と おもった の で あろう、 カレ は、 また さらに ショウジン の ユウ を ふるって、 キョウジン の よう に ガンペキ を うちくだいて いた。
 その うち に、 ツキ が さり ツキ が きた。 ジツノスケ の ココロ は、 リョウカイ の ダイ ユウモウシン に うごかされて、 カレ みずから コウカン の タイギョウ に シュウテキ の ウラミ を わすれよう と しがち で あった。
 イシク ども が、 ヒル の ツカレ を やすめて いる マヨナカ にも、 カタキ と カタキ とは あいならんで、 もくもく と して ツチ を ふるって いた。
 それ は、 リョウカイ が ヒダ の コウカン に ダイイチ の ツチ を おろして から 21 ネン-メ、 ジツノスケ が リョウカイ に めぐりあって から 1 ネン 6 カゲツ を へた、 エンキョウ 3 ネン 9 ガツ トオカ の ヨ で あった。 この ヨ も、 イシク ども は ことごとく コヤ に しりぞいて、 リョウカイ と ジツノスケ のみ、 シュウジツ の ヒロウ に めげず ケンメイ に ツチ を ふるって いた。 その ヨ ココノツ に ちかき コロ、 リョウカイ が チカラ を こめて ふりおろした ツチ が、 クチキ を うつ が ごとく なんの テゴタエ も なく チカラ あまって、 ツチ を もった ミギ の テノヒラ が イワ に あたった ので、 カレ は 「あっ」 と、 おもわず コエ を あげた。 その とき で あった。 リョウカイ の もうろう たる ロウガン にも、 まぎれなく その ツチ に やぶられたる ちいさき アナ から、 ツキ の ヒカリ に てらされたる ヤマクニガワ の スガタ が、 ありあり と うつった の で ある。 リョウカイ は 「おう」 と、 ゼンシン を ふるわせる よう な メイジョウ しがたき サケビゴエ を あげた か と おもう と、 それ に つづいて、 きょうした か と おもわれる よう な カンキ の ナキワライ が、 ドウクツ を ものすごく うごめかした の で ある。
「ジツノスケ ドノ、 ゴラン なされい。 21 ネン の ダイセイガン、 はしなくも コヨイ ジョウジュ いたした」 こう いいながら、 リョウカイ は ジツノスケ の テ を とって、 ちいさい アナ から ヤマクニガワ の ナガレ を みせた。 その アナ の マシタ に くろずんだ ツチ の みえる の は、 キシ に そう カイドウ に マギレ も なかった。 カタキ と カタキ とは、 そこ に テ を とりおうて、 ダイカンキ の ナミダ に むせんだ の で ある。 が、 しばらく する と リョウカイ は ミ を すさって、
「いざ、 ジツノスケ ドノ、 ヤクソク の ヒ じゃ。 おきり なされい。 かかる ホウエツ の マンナカ に オウジョウ いたす なれば、 ゴクラク ジョウド に うまるる こと、 ひつじょう ウタガイ なし じゃ。 いざ おきり なされい。 アス とも なれば、 イシク ども が、 サマタゲ を いたそう、 いざ おきり なされい」 と、 カレ の しわがれた コエ が ドウクツ の ヨル の クウキ に ひびいた。 が、 ジツノスケ は、 リョウカイ の マエ に テ を こまねいて すわった まま、 ナミダ に むせんで いる ばかり で あった。 ココロ の ソコ から わきいずる カンキ に なく しなびた ロウソウ の カオ を みて いる と、 カレ を カタキ と して ころす こと など は、 おもいおよばぬ こと で あった。 カタキ を うつ など と いう ココロ より も、 この かよわい ニンゲン の ソウ の カイナ に よって なしとげられた イギョウ に たいする キョウイ と カンゲキ の ココロ と で、 ムネ が いっぱい で あった。 カレ は いざりよりながら、 ふたたび ロウソウ の テ を とった。 フタリ は そこ に スベテ を わすれて、 カンゲキ の ナミダ に むせびおうた の で あった。
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ゲカシツ

2012-09-07 | イズミ キョウカ
 ゲカシツ

 イズミ キョウカ

 ジョウ

 じつは コウキシン の ゆえ に、 しかれども ヨ は ヨ が エシ たる を リキ と して、 ともかくも コウジツ を もうけつつ、 ヨ と キョウダイ も ただならざる イガクシ タカミネ を しいて、 それ の ヒ トウキョウ フカ の ある ビョウイン に おいて、 カレ が トウ を くだす べき、 キフネ ハクシャク フジン の シュジュツ をば ヨ を して みせしむる こと を よぎなく したり。
 その ヒ ゴゼン 9 ジ すぐる コロ イエ を いでて ビョウイン に ワンシャ を とばしつ。 ただちに ゲカシツ の カタ に おもむく とき、 ムコウ より ト を はいして すらすら と いできたれる カゾク の コマヅカイ とも みゆる みめよき オンナ 2~3 ニン と、 ロウカ の ナカバ に ゆきちがえり。
 みれば カレラ の アイダ には、 ヒフ きたる イッコ 7~8 サイ の ムスメ を ようしつ、 みおくる ほど に みえず なれり。 これ のみ ならず ゲンカン より ゲカシツ、 ゲカシツ より 2 カイ なる ビョウシツ に かよう アイダ の ながき ロウカ には、 フロック コート きたる シンシ、 セイフク つけたる ブカン、 あるいは ハオリハカマ の イデタチ の ジンブツ、 ソノタ、 キフジン レイジョウ-トウ いずれ も ただならず けだかき が、 あなた に ゆきちがい、 こなた に おちあい、 あるいは ほし、 あるいは ていし、 オウフク あたかも おる が ごとし。 ヨ は イマ モンゼン に おいて みたる スダイ の バシャ に おもいあわせて、 ひそか に ココロ に うなずけり。 カレラ の ある モノ は チンツウ に、 ある モノ は きづかわしげ に、 はた ある モノ は あわただしげ に、 いずれ も カオイロ おだやか ならで、 せわしげ なる コキザミ の クツ の オト、 ゾウリ の ヒビキ、 イッシュ せきばく たる ビョウイン の たかき テンジョウ と、 ひろき タテグ と、 ながき ロウカ との アイダ にて、 イヨウ の キョウオン を ひびかしつつ、 うたた インサン の オモムキ を なせり。
 ヨ は しばらく して ゲカシツ に いりぬ。
 ときに ヨ と あいもくして、 シンペン に ビショウ を うかべたる イガクシ は、 リョウテ を くみて やや アオムケ に イス に よれり。 イマ に はじめぬ こと ながら、 ほとんど ワガクニ の ジョウリュウ シャカイ ゼンタイ の キユウ に かんす べき、 この おおいなる セキニン を になえる ミ の、 あたかも バンサン の ムシロ に のぞみたる ごとく、 へいぜん と して ひややか なる こと、 おそらく カレ の ごとき は まれ なる べし。 ジョシュ 3 ニン と、 タチアイ の イハカセ 1 ニン と、 ベツ に セキジュウジ の カンゴフ 5 メイ あり。 カンゴフ その モノ に して、 ムネ に クンショウ おびたる も みうけたる が、 ある やんごとなき アタリ より とくに くだしたまえる も あり ぞ と おもわる。 タ に ニョショウ とて は あらざりし。 ナニガシ-コウ と、 ナニガシ-コウ と、 ナニガシ-ハク と、 ミナ タチアイ の シンゾク なり。 しかして イッシュ ケイヨウ す べからざる オモモチ にて、 しゅうぜん と して たちたる こそ、 ビョウシャ の オット の ハクシャク なれ。
 シツナイ の この ヒトビト に みまもられ、 シツガイ の かの カタガタ に きづかわれて、 チリ をも かぞう べく、 あかるく して、 しかも なんとなく すさまじく おかす べからざる ごとき カン ある ところ の ゲカシツ の チュウオウ に すえられたる、 シュジュツダイ なる ハクシャク フジン は、 ジュンケツ なる ビャクエ を まといて、 シガイ の ごとく よこたわれる、 カオ の イロ あくまで しろく、 ハナ たかく、 オトガイ ほそりて テアシ は リョウラ に だも たえざる べし。 クチビル の イロ すこしく あせたる に、 タマ の ごとき マエバ かすか に みえ、 メ は かたく とざしたる が、 マユ は オモイナシ か ひそみて みられつ。 わずか に つかねたる トウハツ は、 ふさふさ と マクラ に みだれて、 ダイ の ウエ に こぼれたり。
 その かよわげ に、 かつ けだかく、 きよく、 とうとく、 うるわしき ビョウシャ の オモカゲ を ヒトメ みる より、 ヨ は りつぜん と して サムサ を かんじぬ。
 イガクシ は と、 ふと みれば、 カレ は ツユ ほど の カンジョウ をも うごかしおらざる モノ の ごとく、 キョシン に へいぜん たる サマ あらわれて、 イス に すわりたる は シツナイ に ただ カレ のみ なり。 その いたく おちつきたる、 これ を たのもし と いわば いえ、 ハクシャク フジン の しかき ヨウダイ を みたる ヨ が メ より は むしろ こころにくき ばかり なりし なり。
 おりから しとやか に ト を はいして、 しずか に ここ に いりきたれる は、 さきに ロウカ にて ゆきあいたりし 3 ニン の コシモト の ナカ に、 ひときわ めだちし オンナ なり。
 そと キフネ-ハク に うちむかいて、 しずみたる オンチョウ もて、
「ゴゼン、 ヒイサマ は ようよう おなきやみ あそばして、 ベッシツ に おとなしゅう いらっしゃいます」
 ハク は モノ いわで うなずけり。
 カンゴフ は わが イガクシ の マエ に すすみて、
「それでは、 アナタ」
「よろしい」
 と ヒトコト こたえたる イガクシ の コエ は、 この とき すこしく フルイ を おびて ぞ ヨ が ミミ には たっしたる。 その カオイロ は いかに しけん、 にわか に すこしく かわりたり。
 さては いかなる イガクシ も、 すわ と いう バアイ に のぞみて は、 さすが に ケネン の なからん や と、 ヨ は ドウジョウ を ひょうしたりき。
 カンゴフ は イガクシ の ムネ を りょうして ノチ、 かの コシモト に たちむかいて、
「もう、 ナン です から、 あの こと を、 ちょっと、 アナタ から」
 コシモト は その イ を えて、 シュジュツダイ に すりよりつ。 ゆうに ヒザ の アタリ まで リョウテ を さげて、 しとやか に リツレイ し、
「オクサマ、 ただいま、 オクスリ を さしあげます。 どうぞ それ を、 おきき あそばして、 イロハ でも、 スウジ でも、 おかぞえ あそばします よう に」
 ハクシャク フジン は コタエ なし。
 コシモト は おそるおそる くりかえして、
「オキキズミ で ございましょう か」
「ああ」 と ばかり こたえたまう。
 ネン を おして、
「それでは よろしゅう ございます ね」
「ナニ かい、 ネムリグスリ を かい」
「はい、 シュジュツ の すみます まで、 ちょっと の アイダ で ございます が、 げしなりません と、 いけません そう です」
 フジン は もくして かんがえたる が、
「いや、 よそう よ」 と いえる コエ は はんぜん と して きこえたり。 イチドウ カオ を みあわせぬ。
 コシモト は さとす が ごとく、
「それ では オクサマ、 ゴリョウジ が できません」
「はあ、 できなくって も いい よ」
 コシモト は コトバ は なくて、 かえりみて ハクシャク の イロ を うかがえり。 ハクシャク は マエ に すすみ、
「オク、 そんな ムリ を いって は いけません。 できなくって も いい と いう こと が ある もの か。 ワガママ を いって は なりません」
 コウシャク は また カタワラ より クチ を はさめり。
「あまり、 ムリ を おいやったら、 ヒイ を つれて きて みせる が いい の。 はやく よく ならん で どう する もの か」
「はい」
「それでは ゴトクシン で ございます か」
 コシモト は その アイダ に シュウセン せり。 フジン は おもげ なる カブリ を ふりぬ。 カンゴフ の 1 ニン は やさしき コエ にて、
「なぜ、 そんな に おきらい あそばす の、 ちっとも いや な もん じゃ ございません よ。 うとうと あそばす と、 すぐ すんで しまいます」
 この とき フジン の マユ は うごき、 クチ は ゆがみて、 シュンカン クツウ に たえざる ごとく なりし。 なかば メ を みひらきて、
「そんな に しいる なら シカタ が ない。 ワタシ は ね、 ココロ に ヒトツ ヒミツ が ある。 ネムリグスリ は ウワゴト を いう と もうす から、 それ が こわくって なりません。 どうぞ もう、 ねむらず に オリョウジ が できない よう なら、 もうもう なおらん でも いい、 よして ください」
 きく が ごとくんば、 ハクシャク フジン は、 イチュウ の ヒミツ を ユメウツツ の アイダ に ヒト に つぶやかん こと を おそれて、 シ を もて これ を まもろう と する なり。 オット たる モノ が これ を きける キョウチュウ いかん。 この コトバ を して もし ヘイゼイ に あらしめば かならず イチジョウ の フンヌン を ひきおこす に ソウイ なき も、 ビョウシャ に たいして カンゴ の チイ に たてる モノ は なんら の こと も これ を フモン に きせざる べからず。 しかも わが クチ より して、 あからさま に ヒミツ ありて ヒト に きかしむる こと を えず と、 だんこ と して いいいだせる、 フジン の キョウチュウ を すいすれば。
 ハクシャク は おんこ と して、
「ワシ にも、 きかされぬ こと なん か。 え、 オク」
「はい、 ダレ にも きかす こと は なりません」
 フジン は けつぜん たる もの ありき。
「なにも マスイザイ を かいだ から って、 ウワゴト を いう と いう、 きまった こと も なさそう じゃ の」
「いいえ、 この くらい おもって いれば、 きっと いいます に チガイ ありません」
「そんな、 また、 ムリ を いう」
「もう、 ごめん くださいまし」
 なげすつる が ごとく かく いいつつ、 ハクシャク フジン は ネガエリ して、 ヨコ に そむかん と したりし が、 やめる ミ の ままならで、 ハ を ならす オト きこえたり。
 ために カオ の イロ の うごかざる モノ は、 ただ かの イガクシ 1 ニン ある のみ。 カレ は さきに いかに しけん、 ヒトタビ その ヘイゼイ を しっせし が、 いまや また じじゃく と なりたり。
 コウシャク は ジュウメン つくりて、
「キフネ、 こりゃ なんでも ヒイ を つれて きて、 みせる こと じゃ の、 なんぼでも コ の カワイサ には ガ おれよう」
 ハクシャク は うなずきて、
「これ、 アヤ」
「は」 と コシモト は ふりかえる。
「ナニ を、 ヒイ を つれて こい」
 フジン は たまらず さえぎりて、
「アヤ、 つれて こん でも いい。 なぜ、 ねむらなけりゃ、 リョウジ は できない か」
 カンゴフ は きゅうしたる エミ を ふくみて、
「オムネ を すこし きります ので、 おうごき あそばしちゃあ、 けんのん で ございます」
「なに、 ワタシャ、 じっと して いる。 うごきゃあ しない から、 きって おくれ」
 ヨ は その あまり の ムジャキサ に、 おぼえず シンカン を きんじえざりき。 おそらく キョウ の セッカイジュツ は、 マナコ を ひらきて これ を みる モノ あらじ とぞ おもえる をや。
 カンゴフ は また いえり。
「それ は オクサマ、 いくら なんでも ちっと は おいたみ あそばしましょう から、 ツメ を おとり あそばす とは ちがいます よ」
 フジン は ここ に おいて ぱっちり と メ を ひらけり。 キ も たしか に なりけん、 コエ は りん と して、
「トウ を とる センセイ は、 タカミネ サマ だろう ね!」
「はい、 ゲカ カチョウ です。 いくら タカミネ サマ でも いたく なく おきり もうす こと は できません」
「いい よ、 いたかあ ない よ」
「フジン、 アナタ の ゴビョウキ は そんな てがるい の では ありません。 ニク を そいで、 ホネ を けずる の です。 ちっと の アイダ ゴシンボウ なさい」
 リンケン の イハカセ は イマ はじめて かく いえり。 これ とうてい カン ウンチョウ に あらざる より は、 たえう べき こと に あらず。 しかるに フジン は おどろく イロ なし。
「その こと は ぞんじて おります。 でも ちっとも かまいません」
「あんまり タイビョウ なんで、 どうか しおった と おもわれる」
 と ハクシャク は しゅうぜん たり。 コウシャク は カタワラ より、
「ともかく、 キョウ は まあ みあわす と したら どう じゃ の。 アト で ゆっくり と いいきかす が よかろう」
 ハクシャク は イチギ も なく、 シュウ ミナ これ に どうずる を みて、 かの イハカセ は さえぎりぬ。
「ヒトトキ おくれて は、 トリカエシ が なりません。 いったい、 アナタガタ は ヤマイ を ケイベツ して おらるる から ラチ あかん。 カンジョウ を とやかく いう の は コソク です。 カンゴフ ちょっと おおさえ もうせ」
 いと おごそか なる メイ の モト に 5 メイ の カンゴフ は ばらばら と フジン を かこみて、 その テ と アシ と を おさえん と せり。 カレラ は フクジュウ を もって セキニン と す。 たんに、 イシ の メイ を だに ほうずれば よし、 あえて タ の カンジョウ を かえりみる こと を ようせざる なり。
「アヤ! きて おくれ。 あれ!」
 と フジン は たえいる イキ にて、 コシモト を よびたまえば、 あわてて カンゴフ を さえぎりて、
「まあ、 ちょっと まって ください。 オクサマ、 どうぞ、 ゴカンニン あそばして」 と やさしき コシモト は オロオロゴエ。
 フジン の オモテ は そうぜん と して、
「どうしても ききません か。 それじゃ なおって も しんで しまいます。 いい から コノママ で シュジュツ を なさい と もうす のに」
 と ましろく ほそき テ を うごかし、 かろうじて エモン を すこし くつろげつつ、 タマ の ごとき キョウブ を あらわし、
「さ、 ころされて も いたかあ ない。 ちっとも うごき や しない から、 だいじょうぶ だよ。 きって も いい」
 けつぜん と して いいはなてる、 ジショク とも に うごかす べからず。 さすが コウイ の オンミ とて、 イゲン アタリ を はらう にぞ、 マンドウ ひとしく コエ を のみ、 たかき シワブキ をも もらさず して、 せきぜん たりし その シュンカン、 サキ より ちと の ミウゴキ だも せで、 シカイ の ごとく、 みえたる タカミネ、 かるく ミ を おこして イス を はなれ、
「カンゴフ、 メス を」
「ええ」 と カンゴフ の 1 ニン は、 メ を みはりて ためらえり。 イチドウ ひとしく がくぜん と して、 イガクシ の オモテ を みまもる とき、 タ の 1 ニン の カンゴフ は すこしく ふるえながら、 ショウドク したる メス を とりて これ を タカミネ に わたしたり。
 イガクシ は とる と そのまま、 クツオト かるく ホ を うつして、 つと シュジュツダイ に キンセツ せり。
 カンゴフ は おどおど しながら、
「センセイ、 コノママ で いい ん です か」
「ああ、 いい だろう」
「じゃあ、 おおさえ もうしましょう」
 イガクシ は ちょっと テ を あげて、 かるく おしとめ、
「なに、 それ にも およぶまい」
 いう とき はやく その テ は すでに ビョウシャ の ムネ を かきあけたり。 フジン は リョウテ を カタ に くみて ミウゴキ だも せず。
 かかりし とき イガクシ は、 ちかう が ごとく、 シンチョウ ゲンシュク なる オンチョウ もて、
「フジン、 セキニン を おって シュジュツ します」
 ときに タカミネ の フウサイ は イッシュ シンセイ に して おかす べからざる イヨウ の もの にて ありし なり。
「どうぞ」 と ヒトコト いらえたる、 フジン が ソウハク なる リョウ の ホオ に はける が ごとき クレナイ を ちょうしつ。 じっと タカミネ を みつめたる まま、 ムネ に のぞめる ナイフ にも マナコ を ふさがん とは なさざりき。
 と みれば ユキ の カンコウバイ、 チシオ は ムネ より つと ながれて、 さと ビャクエ を そむる と ともに、 フジン の カオ は モト の ごとく、 いと あおじろく なりける が、 はたせるかな じじゃく と して、 アシ の ユビ をも うごかさざりき。
 コト の ここ に およべる まで、 イガクシ の キョドウ ダット の ごとく シンソク に して いささか カン なく、 ハクシャク フジン の ムネ を さく や、 イチドウ は もとより かの イハカセ に いたる まで、 コトバ を さしはさむ べき スンゲキ とて も なかりし なる が、 ここ に おいて か、 わななく あり、 オモテ を おおう あり、 ソガイ に なる あり、 あるいは コウベ を たるる あり、 ヨ の ごとき、 ワレ を わすれて、 ほとんど シンゾウ まで さむく なりぬ。
 3 セコンド に して カレ が シュジュツ は、 はや その カキョウ に すすみつつ、 メス ホネ に たっす と おぼしき とき、
「あ」 と シンコク なる コエ を しぼりて、 ハツカ イライ ネガエリ さえ も え せず と ききたる、 フジン は がぜん キカイ の ごとく、 その ハンシン を はねおきつつ、 トウ とれる タカミネ が メテ の カイナ に リョウテ を しかと とりすがりぬ。
「いたみます か」
「いいえ、 アナタ だ から、 アナタ だ から」
 かく いいかけて ハクシャク フジン は、 がっくり と あおむきつつ、 セイレイ きわまりなき サイゴ の マナコ に、 コクシュ を じっと みまもりて、
「でも、 アナタ は、 アナタ は、 ワタクシ を しりますまい!」
 いう とき おそし、 タカミネ が テ に せる メス に カタテ を そえて、 チ の シタ ふかく かききりぬ。 イガクシ は マッサオ に なりて おののきつつ、
「わすれません」
 その コエ、 その イキ、 その スガタ、 その コエ、 その イキ、 その スガタ。 ハクシャク フジン は うれしげ に、 いと あどけなき エミ を ふくみて タカミネ の テ より テ を はなし、 ばったり、 マクラ に ふす とぞ みえし、 クチビル の イロ かわりたり。
 その とき の フタリ が サマ、 あたかも フタリ の シンペン には、 テン なく、 チ なく、 シャカイ なく、 まったく ヒト なき が ごとく なりし。

 ゲ

 かぞうれば、 はや 9 ネン-ゼン なり。 タカミネ が その コロ は いまだ イカ ダイガク に ガクセイ なりし ミギリ なりき。 ある ヒ ヨ は カレ と ともに、 コイシカワ なる ショクブツエン に サンサク しつ。 5 ガツ イツカ ツツジ の ハナ さかん なりし。 カレ と ともに テ を たずさえ、 ホウソウ の アイダ を でつ、 いりつ、 エンナイ の コウエン なる イケ を めぐりて、 さきそろいたる フジ を みつ。
 ホ を てんじて かしこ なる ツツジ の オカ に のぼらん とて、 イケ に そいつつ あゆめる とき、 かなた より きたりたる、 ヒトムレ の カンカク あり。
 ヒトリ ヨウフク の イデタチ にて エントツボウ を いただきたる チクゼン の オトコ ゼンエイ して、 ナカ に 3 ニン の フジン を かこみて、 アト より も また おなじ サマ なる オトコ きたれり。 カレラ は キゾク の ギョシャ なりし。 ナカ なる 3 ニン の オンナ たち は、 イチヨウ に フカバリ の ヒガサ を さしかざして、 スソサバキ の オト いと さやか に、 するする と ねりきたれる、 と ユキチガイザマ タカミネ は、 おもわず アト を みかえりたり。
「みた か」
 タカミネ は うなずきぬ。 「むむ」
 かくて オカ に のぼりて ツツジ を みたり。 ツツジ は ビ なりし なり。 されど ただ あかかりし のみ。
 カタワラ の ベンチ に こしかけたる、 アキュウド-テイ の ワカモノ あり。
「キッサン、 キョウ は いい こと を した ぜなあ」
「そう さね、 たまにゃ オマエ の いう こと を きく も いい かな、 アサクサ へ いって ここ へ こなかったろう もん なら、 おがまれる ん じゃ なかったっけ」
「なにしろ、 3 ニン とも そろってらあ、 どれ が モモ やら サクラ やら だ」
「ヒトリ は マルマゲ じゃあ ない か」
「どのみち はや ゴソウダン に なる ん じゃ なし、 マルマゲ でも、 ソクハツ でも、 ないし シャグマ でも なんでも いい」
「ところで と、 あの ふう じゃあ、 ぜひ、 ブンキン と くる ところ を、 イチョウ と でた なあ どういう キ だろう」
「イチョウ、 ガテン が いかぬ かい」
「ええ、 わりい シャレ だ」
「なんでも、 アナタガタ が オシノビ で、 めだたぬ よう に と いう ハラ だ。 ね、 それ、 マンナカ の に ミズギワ が たってたろう。 いま ヒトリ が カゲムシャ と いう の だ」
「そこで オメシモノ は なんと ふんだ」
「フジイロ と ふんだ よ」
「え、 フジイロ と ばかり じゃ、 ホンヨミ が おさまらねえ ぜ。 ソコ の よう でも ない じゃ ない か」
「まばゆくって うなだれた ね、 おのずと アタマ が あがらなかった」
「そこで オビ から シタ へ メ を つけたろう」
「バカ を いわっし、 もったいない。 みし や それ とも わかぬ マ だった よ。 ああ のこりおしい」
「あの また、 アルキブリ と いったら なかった よ。 ただ もう、 すうっと こう カスミ に のって ゆく よう だっけ。 スソサバキ、 ツマハズレ なんと いう こと を、 なるほど と みた は キョウ が はじめて よ。 どうも オソダチガラ は また かくべつ ちがった もん だ。 ありゃ もう しぜん、 てんねん と ウンジョウ に なった ん だな。 どうして ゲカイ の ヤツバラ が まねよう たって できる もの か」
「ひどく いう な」
「ホン の こった が ワッシャ それ ゴゾンジ の とおり、 ナカ を 3 ネン が アイダ、 コンピラサマ に たった と いう もん だ。 ところが、 なんの こたあ ない。 ハダマモリ を かけて、 ヨナカ に ドテ を とおろう じゃあ ない か。 バチ の あたらない の が フシギ さね。 もうもう キョウ と いう キョウ は ホッシン きった。 あの スベッタ ども どう する もの か。 みなさい、 あれあれ ちらほら と こう そこいら に、 あかい もの が ちらつく が、 どう だ。 まるで そら、 ゴミ か、 ウジ が うごめいて いる よう に みえる じゃあ ない か。 ばかばかしい」
「これ は きびしい ね」
「ジョウダン じゃあ ない。 あれ みな、 やっぱり それ、 テ が あって、 アシ で たって、 キモノ も ハオリ も ぞろり と オメシ で、 おんなじ よう な コウモリガサ で たってる ところ は、 はばかりながら これ ニンゲン の オンナ だ、 しかも オンナ の シンゾ だ。 オンナ の シンゾ に チガイ は ない が、 イマ おがんだ の と くらべて、 どう だい。 まるで もって、 くすぶって、 なんと いって いい か よごれきって いらあ。 あれ でも おんなじ オンナ だっさ、 へん、 きいて あきれらい」
「おやおや、 どうした タイヘン な こと を いいだした ぜ。 しかし まったく だよ。 ワッシ も さ、 イマ まで は こう、 ちょいと した オンナ を みる と、 つい その ナン だ。 イッショ に あるく オメエ にも、 ずいぶん メイワク を かけたっけ が、 イマ の を みて から もうもう ムネ が すっきり した。 なんだか せいせい と する、 イライ オンナ は ふっつり だ」
「それ じゃあ ショウガイ ありつけまい ぜ。 ゲンキチ と やら、 ミズカラ は、 と あの ヒイサマ が、 いいそう も ない から ね」
「バチ が あたらあ、 アテコト も ない」
「でも、 アナタ やあ、 と きたら どう する」
「ショウジキ な ところ、 ワッシ は にげる よ」
「ソコ も か」
「え、 キミ は」
「ワッシ も にげる よ」 と メ を あわせつ。 しばらく コトバ とだえたり。
「タカミネ、 ちっと あるこう か」
 ヨ は タカミネ と ともに たちあがりて、 とおく かの ワカモノ を はなれし とき、 タカミネ は さも かんじたる オモモチ にて、
「ああ、 シン の ビ の ヒト を うごかす こと あの とおり さ、 キミ は オテノモノ だ、 ベンキョウ したまえ」
 ヨ は エシ たる が ゆえ に うごかされぬ。 ゆく こと スヒャッポ、 かの クス の タイジュ の うつおう たる コノシタカゲ の、 やや うすぐらき アタリ を ゆく フジイロ の キヌ の ハシ を トオク より ちらと ぞ みたる。
 エン を いずれば タケ たかく こえたる ウマ 2 トウ たちて、 スリガラス いりたる バシャ に、 ミタリ の ベットウ やすらいたりき。 その ノチ 9 ネン を へて ビョウイン の かの こと ありし まで、 タカミネ は かの フジン の こと に つきて、 ヨ に すら ヒトコト をも かたらざりしかど、 ネンレイ に おいて も、 チイ に おいて も、 タカミネ は シツ あらざる べからざる ミ なる にも かかわらず、 イエ を おさむる フジン なく、 しかも カレ は ガクセイ たりし ジダイ より ヒンコウ いっそう キンゲン にて ありし なり。 ヨ は オオク を いわざる べし。
 アオヤマ の ボチ と、 ヤナカ の ボチ と トコロ こそ は かわりたれ、 おなじ ヒ に ゼンゴ して あいゆけり。
 ゴ を よす、 テンカ の シュウキョウカ、 カレラ フタリ は ザイアク ありて、 テン に ゆく こと を えざる べき か。
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