カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 3」

2015-08-23 | ナツメ ソウセキ
 19

 はじめ ワタクシ は リカイ の ある ニョショウ と して オクサン に たいして いた。 ワタクシ が その キ で はなして いる うち に、 オクサン の ヨウス が しだいに かわって きた。 オクサン は ワタクシ の ズノウ に うったえる カワリ に、 ワタクシ の ハート を うごかしはじめた。 ジブン と オット の アイダ には なんの ワダカマリ も ない、 また ない はず で ある のに、 やはり ナニ か ある。 それだのに メ を あけて みきわめよう と する と、 やはり なんにも ない。 オクサン の ク に する ヨウテン は ここ に あった。
 オクサン は サイショ ヨノナカ を みる センセイ の メ が エンセイテキ だ から、 その ケッカ と して ジブン も きらわれて いる の だ と ダンゲン した。 そう ダンゲン して おきながら、 ちっとも そこ に おちついて いられなかった。 ソコ を わる と、 かえって その ギャク を かんがえて いた。 センセイ は ジブン を きらう ケッカ、 とうとう ヨノナカ まで いや に なった の だろう と スイソク して いた。 けれども どう ホネ を おって も、 その スイソク を つきとめて ジジツ と する こと が できなかった。 センセイ の タイド は どこまでも オット-らしかった。 シンセツ で やさしかった。 ウタガイ の カタマリ を その ヒ その ヒ の ジョウアイ で つつんで、 そっと ムネ の オク に しまって おいた オクサン は、 その バン その ツツミ の ナカ を ワタクシ の マエ で あけて みせた。
「アナタ どう おもって?」 と きいた。 「ワタクシ から ああ なった の か、 それとも アナタ の いう ジンセイカン とか なんとか いう もの から、 ああ なった の か。 かくさず いって ちょうだい」
 ワタクシ は なにも かくす キ は なかった。 けれども ワタクシ の しらない ある もの が そこ に ソンザイ して いる と すれば、 ワタクシ の コタエ が ナン で あろう と、 それ が オクサン を マンゾク させる はず が なかった。 そうして ワタクシ は そこ に ワタクシ の しらない ある もの が ある と しんじて いた。
「ワタクシ には わかりません」
 オクサン は ヨキ の はずれた とき に みる あわれ な ヒョウジョウ を その トッサ に あらわした。 ワタクシ は すぐ ワタクシ の コトバ を つぎたした。
「しかし センセイ が オクサン を きらって いらっしゃらない こと だけ は ホショウ します。 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から きいた とおり を オクサン に つたえる だけ です。 センセイ は ウソ を つかない カタ でしょう」
 オクサン は なんとも こたえなかった。 しばらく して から こう いった。
「じつは ワタクシ すこし おもいあたる こと が ある ん です けれども……」
「センセイ が ああいう ふう に なった ゲンイン に ついて です か」
「ええ。 もし それ が ゲンイン だ と すれば、 ワタクシ の セキニン だけ は なくなる ん だ から、 それ だけ でも ワタクシ たいへん ラク に なれる ん です が、……」
「どんな こと です か」
 オクサン は いいしぶって ヒザ の ウエ に おいた ジブン の テ を ながめて いた。
「アナタ ハンダン して くだすって。 いう から」
「ワタクシ に できる ハンダン なら やります」
「ミンナ は いえない のよ。 みんな いう と しかられる から。 しかられない ところ だけ よ」
 ワタクシ は キンチョウ して ツバキ を のみこんだ。
「センセイ が まだ ダイガク に いる ジブン、 たいへん ナカ の いい オトモダチ が ヒトリ あった のよ。 その カタ が ちょうど ソツギョウ する すこし マエ に しんだ ん です。 キュウ に しんだ ん です」
 オクサン は ワタクシ の ミミ に ささやく よう な ちいさな コエ で、 「じつは ヘンシ した ん です」 と いった。 それ は 「どうして」 と ききかえさず には いられない よう な イイカタ で あった。
「それっきり しか いえない のよ。 けれども その こと が あって から ノチ なん です。 センセイ の セイシツ が だんだん かわって きた の は。 なぜ その カタ が しんだ の か、 ワタクシ には わからない の。 センセイ にも おそらく わかって いない でしょう。 けれども それから センセイ が かわって きた と おもえば、 そう おもわれない こと も ない のよ」
「その ヒト の ハカ です か、 ゾウシガヤ に ある の は」
「それ も いわない こと に なってる から いいません。 しかし ニンゲン は シンユウ を ヒトリ なくした だけ で、 そんな に ヘンカ できる もの でしょう か。 ワタクシ は それ が しりたくって たまらない ん です。 だから そこ を ひとつ アナタ に ハンダン して いただきたい と おもう の」
 ワタクシ の ハンダン は むしろ ヒテイ の ほう に かたむいて いた。

 20

 ワタクシ は ワタクシ の つらまえた ジジツ の ゆるす かぎり、 オクサン を なぐさめよう と した。 オクサン も また できる だけ ワタクシ に よって なぐさめられたそう に みえた。 それで フタリ は おなじ モンダイ を いつまでも はなしあった。 けれども ワタクシ は もともと コト の オオネ を つかんで いなかった。 オクサン の フアン も じつは そこ に ただよう うすい クモ に にた ギワク から でて きて いた。 ジケン の シンソウ に なる と、 オクサン ジシン にも オオク は しれて いなかった。 しれて いる ところ でも すっかり は ワタクシ に はなす こと が できなかった。 したがって なぐさめる ワタクシ も、 なぐさめられる オクサン も、 ともに ナミ に ういて、 ゆらゆら して いた。 ゆらゆら しながら、 オクサン は どこまでも テ を だして、 おぼつかない ワタクシ の ハンダン に すがりつこう と した。
 10 ジ-ゴロ に なって センセイ の クツ の オト が ゲンカン に きこえた とき、 オクサン は キュウ に イマ まで の スベテ を わすれた よう に、 マエ に すわって いる ワタクシ を ソッチノケ に して たちあがった。 そうして コウシ を あける センセイ を ほとんど デアイガシラ に むかえた。 ワタクシ は とりのこされながら、 アト から オクサン に ついて いった。 ゲジョ だけ は ウタタネ でも して いた と みえて、 ついに でて こなかった。
 センセイ は むしろ キゲン が よかった。 しかし オクサン の チョウシ は さらに よかった。 いましがた オクサン の うつくしい メ の ウチ に たまった ナミダ の ヒカリ と、 それから くろい マユゲ の ネ に よせられた ハチ の ジ を キオク して いた ワタクシ は、 その ヘンカ を イジョウ な もの と して チュウイ-ぶかく ながめた。 もし それ が イツワリ で なかった ならば、 (じっさい それ は イツワリ とは おもえなかった が)、 イマ まで の オクサン の ウッタエ は センチメント を もてあそぶ ため に とくに ワタクシ を アイテ に こしらえた、 いたずら な ジョセイ の ユウギ と とれない こと も なかった。 もっとも その とき の ワタクシ には オクサン を それほど ヒヒョウテキ に みる キ は おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の タイド の キュウ に かがやいて きた の を みて、 むしろ アンシン した。 これ ならば そう シンパイ する ヒツヨウ も なかった ん だ と かんがえなおした。
 センセイ は わらいながら 「どうも ごくろうさま、 ドロボウ は きません でした か」 と ワタクシ に きいた。 それから 「こない んで ハリアイ が ぬけ や しません か」 と いった。
 かえる とき、 オクサン は 「どうも おきのどくさま」 と エシャク した。 その チョウシ は いそがしい ところ を ヒマ を つぶさせて キノドク だ と いう より も、 せっかく きた のに ドロボウ が はいらなくって キノドク だ と いう ジョウダン の よう に きこえた。 オクサン は そう いいながら、 さっき だした セイヨウガシ の ノコリ を、 カミ に つつんで ワタクシ の テ に もたせた。 ワタクシ は それ を タモト へ いれて、 ヒトドオリ の すくない ヨサム の コウジ を キョクセツ して にぎやか な マチ の ほう へ いそいだ。
 ワタクシ は その バン の こと を キオク の ウチ から ひきぬいて ここ へ くわしく かいた。 これ は かく だけ の ヒツヨウ が ある から かいた の だ が、 ジツ を いう と、 オクサン に カシ を もらって かえる とき の キブン では、 それほど トウヤ の カイワ を おもく みて いなかった。 ワタクシ は その ヨクジツ ヒルメシ を くい に ガッコウ から かえって きて、 ユウベ ツクエ の ウエ に のせて おいた カシ の ツツミ を みる と、 すぐ その ナカ から チョコレート を ぬった トビイロ の カステラ を だして ほおばった。 そうして それ を くう とき に、 ひっきょう この カシ を ワタクシ に くれた フタリ の ナンニョ は、 コウフク な イッツイ と して ヨノナカ に ソンザイ して いる の だ と ジカク しつつ あじわった。
 アキ が くれて フユ が くる まで カクベツ の こと も なかった。 ワタクシ は センセイ の ウチ へ デハイリ を する ツイデ に、 イフク の アライハリ や シタテカタ など を オクサン に たのんだ。 それまで ジュバン と いう もの を きた こと の ない ワタクシ が、 シャツ の ウエ に くろい エリ の かかった もの を かさねる よう に なった の は この とき から で あった。 コドモ の ない オクサン は、 そういう セワ を やく の が かえって タイクツ シノギ に なって、 けっく カラダ の クスリ だ ぐらい の こと を いって いた。
「こりゃ テオリ ね。 こんな ジ の いい キモノ は イマ まで ぬった こと が ない わ。 そのかわり ぬいにくい のよ そりゃあ。 まるで ハリ が たたない ん です もの。 おかげで ハリ を 2 ホン おりました わ」
 こんな クジョウ を いう とき で すら、 オクサン は べつに めんどうくさい と いう カオ を しなかった。

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 フユ が きた とき、 ワタクシ は ぐうぜん クニ へ かえらなければ ならない こと に なった。 ワタクシ の ハハ から うけとった テガミ の ナカ に、 チチ の ビョウキ の ケイカ が おもしろく ない ヨウス を かいて、 イマ が イマ と いう シンパイ も あるまい が、 トシ が トシ だ から、 できる なら ツゴウ して かえって きて くれ と たのむ よう に つけたして あった。
 チチ は かねて から ジンゾウ を やんで いた。 チュウネン イゴ の ヒト に しばしば みる とおり、 チチ の この ヤマイ は マンセイ で あった。 そのかわり ヨウジン さえ して いれば キュウヘン の ない もの と トウニン も カゾク の モノ も しんじて うたがわなかった。 げんに チチ は ヨウジョウ の おかげ ヒトツ で、 コンニチ まで どうか こうか しのいで きた よう に キャク が くる と フイチョウ して いた。 その チチ が、 ハハ の ショシン に よる と、 ニワ へ でて ナニ か して いる ハズミ に とつぜん メマイ が して ひっくりかえった。 カナイ の モノ は ケイショウ の ノウイッケツ と おもいちがえて、 すぐ その テアテ を した。 アト で イシャ から どうも そう では ない らしい、 やはり ジビョウ の ケッカ だろう と いう ハンダン を えて、 はじめて ソットウ と ジンゾウビョウ と を むすびつけて かんがえる よう に なった の で ある。
 フユヤスミ が くる には まだ すこし マ が あった。 ワタクシ は ガッキ の オワリ まで まって いて も サシツカエ あるまい と おもって 1 ニチ フツカ ソノママ に して おいた。 すると その 1 ニチ フツカ の アイダ に、 チチ の ねて いる ヨウス だの、 ハハ の シンパイ して いる カオ だの が ときどき メ に うかんだ。 その たび に イッシュ の ココログルシサ を なめた ワタクシ は、 とうとう かえる ケッシン を した。 クニ から リョヒ を おくらせる テカズ と ジカン を はぶく ため、 ワタクシ は イトマゴイ-かたがた センセイ の ところ へ いって、 いる だけ の カネ を イチジ たてかえて もらう こと に した。
 センセイ は すこし カゼ の キミ で、 ザシキ へ でる の が オックウ だ と いって、 ワタクシ を その ショサイ に とおした。 ショサイ の ガラスド から フユ に いって まれ に みる よう な なつかしい やわらか な ニッコウ が ツクエカケ の ウエ に さして いた。 センセイ は この ヒアタリ の いい ヘヤ の ナカ へ おおきな ヒバチ を おいて、 ゴトク の ウエ に かけた カナダライ から たちあがる ユゲ で、 イキ の くるしく なる の を ふせいで いた。
「タイビョウ は いい が、 ちょっと した カゼ など は かえって いや な もの です ね」 と いった センセイ は、 クショウ しながら ワタクシ の カオ を みた。
 センセイ は ビョウキ と いう ビョウキ を した こと の ない ヒト で あった。 センセイ の コトバ を きいた ワタクシ は わらいたく なった。
「ワタクシ は カゼ ぐらい なら ガマン します が、 それ イジョウ の ビョウキ は まっぴら です。 センセイ だって おなじ こと でしょう。 こころみに やって ゴラン に なる と よく わかります」
「そう かね。 ワタクシ は ビョウキ に なる くらい なら、 シビョウ に かかりたい と おもってる」
 ワタクシ は センセイ の いう こと に かくべつ チュウイ を はらわなかった。 すぐ ハハ の テガミ の ハナシ を して、 カネ の ムシン を もうしでた。
「そりゃ こまる でしょう。 その くらい なら イマ テモト に ある はず だ から もって ゆきたまえ」
 センセイ は オクサン を よんで、 ヒツヨウ の キンガク を ワタクシ の マエ に ならべさせて くれた。 それ を オク の チャダンス か ナニ か の ヒキダシ から だして きた オクサン は、 しろい ハンシ の ウエ へ テイネイ に かさねて、 「そりゃ ゴシンパイ です ね」 と いった。
「ナンベン も ソットウ した ん です か」 と センセイ が きいた。
「テガミ には なんとも かいて ありません が。 ――そんな に ナンド も ひっくりかえる もの です か」
「ええ」
 センセイ の オクサン の ハハオヤ と いう ヒト も ワタクシ の チチ と おなじ ビョウキ で なくなった の だ と いう こと が はじめて ワタクシ に わかった。
「どうせ むずかしい ん でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そう さね。 ワタクシ が かわられれば かわって あげて も いい が。 ――ハキケ は ある ん です か」
「どう です か、 なんとも かいて ない から、 おおかた ない ん でしょう」
「ハキケ さえ こなければ まだ だいじょうぶ です よ」 と オクサン が いった。
 ワタクシ は その バン の キシャ で トウキョウ を たった。

 22

 チチ の ビョウキ は おもった ほど わるく は なかった。 それでも ついた とき は、 トコ の ウエ に アグラ を かいて、 「ミンナ が シンパイ する から、 まあ ガマン して こう じっと して いる。 なに もう おきて も いい のさ」 と いった。 しかし その ヨクジツ から は ハハ が とめる の も きかず に、 とうとう トコ を あげさせて しまった。 ハハ は ふしょうぶしょう に フトオリ の フトン を たたみながら 「オトウサン は オマエ が かえって きた ので、 キュウ に キ が つよく オナリ なん だよ」 と いった。 ワタクシ には チチ の キョドウ が さして キョセイ を はって いる よう にも おもえなかった。
 ワタクシ の アニ は ある ショク を おびて とおい キュウシュウ に いた。 これ は マンイチ の こと が ある バアイ で なければ、 ヨウイ に チチハハ の カオ を みる ジユウ の きかない オトコ で あった。 イモウト は タコク へ とついだ。 これ も キュウバ の マ に あう よう に、 おいそれと よびよせられる オンナ では なかった。 キョウダイ 3 ニン の ウチ で、 いちばん ベンリ なの は やはり ショセイ を して いる ワタクシ だけ で あった。 その ワタクシ が ハハ の イイツケドオリ ガッコウ の カギョウ を ほうりだして、 ヤスミ マエ に かえって きた と いう こと が、 チチ には おおきな マンゾク で あった。
「コレシキ の ビョウキ に ガッコウ を やすませて は キノドク だ。 オカアサン が あまり ぎょうさん な テガミ を かく もの だ から いけない」
 チチ は クチ では こう いった。 こう いった ばかり で なく、 イマ まで しいて いた トコ を あげさせて、 イツモ の よう な ゲンキ を しめした。
「あんまり カルハズミ を して また ぶりかえす と いけません よ」
 ワタクシ の この チュウイ を チチ は ユカイ そう に しかし きわめて かるく うけた。
「なに だいじょうぶ、 これ で イツモ の よう に ヨウジン さえ して いれば」
 じっさい チチ は だいじょうぶ らしかった。 イエ の ナカ を ジユウ に オウライ して、 イキ も きれなければ、 メマイ も かんじなかった。 ただ カオイロ だけ は フツウ の ヒト より も たいへん わるかった が、 これ は また イマ はじまった ショウジョウ でも ない ので、 ワタクシタチ は かくべつ それ を キ に とめなかった。
 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて オンシャク の レイ を のべた。 ショウガツ ジョウキョウ する とき に ジサン する から それまで まって くれる よう に と ことわった。 そうして チチ の ビョウジョウ の おもった ほど ケンアク で ない こと、 この ブン なら とうぶん アンシン な こと、 メマイ も ハキケ も カイム な こと など を かきつらねた。 サイゴ に センセイ の フウジャ に ついて も イチゴン の ミマイ を つけくわえた。 ワタクシ は センセイ の フウジャ を じっさい かるく みて いた ので。
 ワタクシ は その テガミ を だす とき に けっして センセイ の ヘンジ を ヨキ して いなかった。 だした アト で チチ や ハハ と センセイ の ウワサ など を しながら、 はるか に センセイ の ショサイ を ソウゾウ した。
「コンド トウキョウ へ ゆく とき には シイタケ でも もって いって おあげ」
「ええ、 しかし センセイ が ほした シイタケ なぞ を くう かしら」
「うまく は ない が、 べつに きらい な ヒト も ない だろう」
 ワタクシ には シイタケ と センセイ を むすびつけて かんがえる の が ヘン で あった。
 センセイ の ヘンジ が きた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 ことに その ナイヨウ が トクベツ の ヨウケン を ふくんで いなかった とき、 おどろかされた。 センセイ は ただ シンセツズク で、 ヘンジ を かいて くれた ん だ と ワタクシ は おもった。 そう おもう と、 その カンタン な 1 ポン の テガミ が ワタクシ には タイソウ な ヨロコビ に なった。 もっとも これ は ワタクシ が センセイ から うけとった ダイイチ の テガミ には ソウイ なかった が。
 ダイイチ と いう と ワタクシ と センセイ の アイダ に ショシン の オウフク が たびたび あった よう に おもわれる が、 ジジツ は けっして そう で ない こと を ちょっと ことわって おきたい。 ワタクシ は センセイ の セイゼン に たった 2 ツウ の テガミ しか もらって いない。 その 1 ツウ は イマ いう この カンタン な ヘンショ で、 アト の 1 ツウ は センセイ の しぬ マエ とくに ワタクシ-アテ で かいた たいへん ながい もの で ある。
 チチ は ビョウキ の セイシツ と して、 ウンドウ を つつしまなければ ならない ので、 トコ を あげて から も、 ほとんど ソト へは でなかった。 イチド テンキ の ごく おだやか な ヒ の ゴゴ ニワ へ おりた こと が ある が、 その とき は マンイチ を きづかって、 ワタクシ が ひきそう よう に ソバ に ついて いた。 ワタクシ が シンパイ して ジブン の カタ へ テ を かけさせよう と して も、 チチ は わらって おうじなかった。

 23

 ワタクシ は タイクツ な チチ の アイテ と して よく ショウギバン に むかった。 フタリ とも ブショウ な タチ なので、 コタツ に あたった まま、 バン を ヤグラ の ウエ へ のせて、 コマ を うごかす たび に、 わざわざ テ を カケブトン の シタ から だす よう な こと を した。 ときどき モチゴマ を なくして、 ツギ の ショウブ の くる まで ソウホウ とも しらず に いたり した。 それ を ハハ が ハイ の ナカ から みつけだして、 ヒバシ で はさみあげる と いう コッケイ も あった。
「ゴ だ と バン が たかすぎる うえ に、 アシ が ついて いる から、 コタツ の ウエ では うてない が、 そこ へ くる と ショウギバン は いい ね、 こうして ラク に させる から。 ブショウモノ には もってこい だ。 もう イチバン やろう」
 チチ は かった とき は かならず もう イチバン やろう と いった。 そのくせ まけた とき にも、 もう イチバン やろう と いった。 ようするに、 かって も まけて も、 コタツ に あたって、 ショウギ を さしたがる オトコ で あった。 ハジメ の うち は めずらしい ので、 この インキョ-じみた ゴラク が ワタクシ にも ソウトウ の キョウミ を あたえた が、 すこし ジジツ が たつ に つれて、 わかい ワタクシ の キリョク は その くらい な シゲキ で マンゾク できなく なった。 ワタクシ は キン や キョウシャ を にぎった コブシ を アタマ の ウエ へ のばして、 ときどき おもいきった アクビ を した。
 ワタクシ は トウキョウ の こと を かんがえた。 そうして みなぎる シンゾウ の チシオ の オク に、 カツドウ カツドウ と うちつづける コドウ を きいた。 フシギ にも その コドウ の オト が、 ある ビミョウ な イシキ ジョウタイ から、 センセイ の チカラ で つよめられて いる よう に かんじた。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 チチ と センセイ と を ヒカク して みた。 リョウホウ とも セケン から みれば、 いきて いる か しんで いる か わからない ほど おとなしい オトコ で あった。 ヒト に みとめられる と いう テン から いえば どっち も レイ で あった。 それでいて、 この ショウギ を さしたがる チチ は、 たんなる ゴラク の アイテ と して も ワタクシ には ものたりなかった。 かつて ユウキョウ の ため に ユキキ を した オボエ の ない センセイ は、 カンラク の コウサイ から でる シタシミ イジョウ に、 いつか ワタクシ の アタマ に エイキョウ を あたえて いた。 ただ アタマ と いう の は あまり に ひややかすぎる から、 ワタクシ は ムネ と いいなおしたい。 ニク の ナカ に センセイ の チカラ が くいこんで いる と いって も、 チ の ナカ に センセイ の イノチ が ながれて いる と いって も、 その とき の ワタクシ には すこしも コチョウ で ない よう に おもわれた。 ワタクシ は チチ が ワタクシ の ホントウ の チチ で あり、 センセイ は また いう まで も なく、 アカ の タニン で ある と いう メイハク な ジジツ を、 ことさら に メノマエ に ならべて みて、 はじめて おおきな シンリ でも ハッケン した か の ごとく に おどろいた。
 ワタクシ が のつそつ しだす と ゼンゴ して、 チチ や ハハ の メ にも イマ まで めずらしかった ワタクシ が だんだん チンプ に なって きた。 これ は ナツヤスミ など に クニ へ かえる ダレ でも が イチヨウ に ケイケン する ココロモチ だろう と おもう が、 トウザ の 1 シュウカン ぐらい は シタ にも おかない よう に、 ちやほや もてなされる のに、 その トウゲ を テイキ-どおり とおりこす と、 アト は そろそろ カゾク の ネツ が さめて きて、 シマイ には あって も なくって も かまわない もの の よう に ソマツ に とりあつかわれがち に なる もの で ある。 ワタクシ も タイザイチュウ に その トウゲ を とおりこした。 そのうえ ワタクシ は クニ へ かえる たび に、 チチ にも ハハ にも わからない ヘン な ところ を トウキョウ から もって かえった。 ムカシ で いう と、 ジュシャ の イエ へ キリシタン の ニオイ を もちこむ よう に、 ワタクシ の もって かえる もの は チチ とも ハハ とも チョウワ しなかった。 むろん ワタクシ は それ を かくして いた。 けれども もともと ミ に ついて いる もの だ から、 だすまい と おもって も、 いつか それ が チチ や ハハ の メ に とまった。 ワタクシ は つい おもしろく なくなった。 はやく トウキョウ へ かえりたく なった。
 チチ の ビョウキ は さいわい ゲンジョウ イジ の まま で、 すこしも わるい ほう へ すすむ モヨウ は みえなかった。 ネン の ため に わざわざ トオク から ソウトウ の イシャ を まねいたり して、 シンチョウ に シンサツ して もらって も やはり ワタクシ の しって いる イガイ に イジョウ は みとめられなかった。 ワタクシ は フユヤスミ の つきる すこし マエ に クニ を たつ こと に した。 たつ と いいだす と、 ニンジョウ は ミョウ な もの で、 チチ も ハハ も ハンタイ した。
「もう かえる の かい、 まだ はやい じゃ ない か」 と ハハ が いった。
「まだ 4~5 ニチ いて も まにあう ん だろう」 と チチ が いった。
 ワタクシ は ジブン の きめた シュッタツ の ヒ を うごかさなかった。

 24

 トウキョウ へ かえって みる と、 マツカザリ は いつか とりはらわれて いた。 マチ は さむい カゼ の ふく に まかせて、 どこ を みて も これ と いう ほど の ショウガツ-めいた ケイキ は なかった。
 ワタクシ は さっそく センセイ の ウチ へ カネ を かえし に いった。 レイ の シイタケ も ついでに もって いった。 ただ だす の は すこし ヘン だ から、 ハハ が これ を さしあげて くれ と いいました と わざわざ ことわって オクサン の マエ へ おいた。 シイタケ は あたらしい カシオリ に いれて あった。 テイネイ に レイ を のべた オクサン は、 ツギノマ へ たつ とき、 その オリ を もって みて、 かるい の に おどろかされた の か、 「こりゃ なんの オカシ」 と きいた。 オクサン は コンイ に なる と、 こんな ところ に きわめて タンパク な こどもらしい ココロ を みせた。
 フタリ とも チチ の ビョウキ に ついて、 いろいろ ケネン の トイ を くりかえして くれた ナカ に、 センセイ は こんな こと を いった。
「なるほど ヨウダイ を きく と、 イマ が イマ どう と いう こと も ない よう です が、 ビョウキ が ビョウキ だ から よほど キ を つけない と いけません」
 センセイ は ジンゾウ の ヤマイ に ついて ワタクシ の しらない こと を おおく しって いた。
「ジブン で ビョウキ に かかって いながら、 キ が つかない で ヘイキ で いる の が あの ヤマイ の トクショク です。 ワタクシ の しった ある シカン は、 とうとう それ で やられた が、 まったく ウソ の よう な シニカタ を した ん です よ。 なにしろ ソバ に ねて いた サイクン が カンビョウ を する ヒマ も なんにも ない くらい なん です から ね。 ヨナカ に ちょっと くるしい と いって、 サイクン を おこした ぎり、 あくる アサ は もう しんで いた ん です。 しかも サイクン は オット が ねて いる と ばかり おもってた ん だ って いう ん だ から」
 イマ まで ラクテンテキ に かたむいて いた ワタクシ は キュウ に フアン に なった。
「ワタクシ の オヤジ も そんな に なる でしょう か。 ならん とも いえない です ね」
「イシャ は なんと いう の です」
「イシャ は とても なおらない と いう ん です。 けれども トウブン の ところ シンパイ は あるまい とも いう ん です」
「それじゃ いい でしょう。 イシャ が そう いう なら。 ワタクシ の イマ はなした の は キ が つかず に いた ヒト の こと で、 しかも それ が ずいぶん ランボウ な グンジン なん だ から」
 ワタクシ は やや アンシン した。 ワタクシ の ヘンカ を じっと みて いた センセイ は、 それから こう つけたした。
「しかし ニンゲン は ケンコウ に しろ ビョウキ に しろ、 どっち に して も もろい もの です ね。 いつ どんな こと で どんな シニヨウ を しない とも かぎらない から」
「センセイ も そんな こと を かんがえて おいで です か」
「いくら ジョウブ の ワタクシ でも、 まんざら かんがえない こと も ありません」
 センセイ の クチモト には ビショウ の カゲ が みえた。
「よく ころり と しぬ ヒト が ある じゃ ありません か。 シゼン に。 それから あっ と おもう マ に しぬ ヒト も ある でしょう。 フシゼン な ボウリョク で」
「フシゼン な ボウリョク って ナン です か」
「なんだか それ は ワタクシ にも わからない が、 ジサツ する ヒト は ミンナ フシゼン な ボウリョク を つかう ん でしょう」
「すると ころされる の も、 やはり フシゼン な ボウリョク の おかげ です ね」
「ころされる ほう は ちっとも かんがえて いなかった。 なるほど そう いえば そう だ」
 その ヒ は それで かえった。 かえって から も チチ の ビョウキ の こと は それほど ク に ならなかった。 センセイ の いった シゼン に しぬ とか、 フシゼン の ボウリョク で しぬ とか いう コトバ も、 ソノバカギリ の あさい インショウ を あたえた だけ で、 アト は なんら の コダワリ を ワタクシ の アタマ に のこさなかった。 ワタクシ は イマ まで イクタビ か テ を つけよう と して は テ を ひっこめた ソツギョウ ロンブン を、 いよいよ ホンシキ に かきはじめなければ ならない と おもいだした。

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 その トシ の 6 ガツ に ソツギョウ する はず の ワタクシ は、 ぜひとも この ロンブン を セイキ-どおり 4 ガツ いっぱい に かきあげて しまわなければ ならなかった。 2、 3、 4 と ユビ を おって あまる ジジツ を カンジョウ して みた とき、 ワタクシ は すこし ジブン の ドキョウ を うたぐった。 ホカ の モノ は よほど マエ から ザイリョウ を あつめたり、 ノート を ためたり して、 ヨソメ にも いそがしそう に みえる のに、 ワタクシ だけ は まだ なんにも テ を つけず に いた。 ワタクシ には ただ トシ が あらたまったら おおいに やろう と いう ケッシン だけ が あった。 ワタクシ は その ケッシン で やりだした。 そうして たちまち うごけなく なった。 イマ まで おおきな モンダイ を クウ に えがいて、 ホネグミ だけ は ほぼ できあがって いる くらい に かんがえて いた ワタクシ は、 アタマ を おさえて なやみはじめた。 ワタクシ は それから ロンブン の モンダイ を ちいさく した。 そうして ねりあげた シソウ を ケイトウテキ に まとめる テスウ を はぶく ため に、 ただ ショモツ の ナカ に ある ザイリョウ を ならべて、 それ に ソウトウ な ケツロン を ちょっと つけくわえる こと に した。
 ワタクシ の センタク した モンダイ は センセイ の センモン と エンコ の ちかい もの で あった。 ワタクシ が かつて その センタク に ついて センセイ の イケン を たずねた とき、 センセイ は いい でしょう と いった。 ロウバイ した キミ の ワタクシ は、 さっそく センセイ の ところ へ でかけて、 ワタクシ の よまなければ ならない サンコウショ を きいた。 センセイ は ジブン の しって いる カギリ の チシキ を、 こころよく ワタクシ に あたえて くれた うえ に、 ヒツヨウ の ショモツ を 2~3 サツ かそう と いった。 しかし センセイ は この テン に ついて ごうも ワタクシ を シドウ する ニン に あたろう と しなかった。
「チカゴロ は あんまり ショモツ を よまない から、 あたらしい こと は しりません よ。 ガッコウ の センセイ に きいた ほう が いい でしょう」
 センセイ は イチジ ヒジョウ の ドクショカ で あった が、 ソノゴ どういう ワケ か、 マエ ほど この ホウメン に キョウミ が はたらかなく なった よう だ と、 かつて オクサン から きいた こと が ある の を、 ワタクシ は その とき ふと おもいだした。 ワタクシ は ロンブン を ヨソ に して、 そぞろ に クチ を ひらいた。
「センセイ は なぜ モト の よう に ショモツ に キョウミ を もちえない ん です か」
「なぜ と いう ワケ も ありません が。 ……つまり いくら ホン を よんで も それほど えらく ならない と おもう せい でしょう。 それから……」
「それから、 まだ ある ん です か」
「まだ ある と いう ほど の リユウ でも ない が、 イゼン は ね、 ヒト の マエ へ でたり、 ヒト に きかれたり して しらない と ハジ の よう に キマリ が わるかった もの だ が、 チカゴロ は しらない と いう こと が、 それほど の ハジ で ない よう に みえだした もの だ から、 つい ムリ にも ホン を よんで みよう と いう ゲンキ が でなく なった の でしょう。 まあ はやく いえば おいこんだ の です」
 センセイ の コトバ は むしろ ヘイセイ で あった。 セケン に セナカ を むけた ヒト の クミ を おびて いなかった だけ に、 ワタクシ には それほど の テゴタエ も なかった。 ワタクシ は センセイ を おいこんだ とも おもわない カワリ に、 えらい とも カンシン せず に かえった。
 それから の ワタクシ は ほとんど ロンブン に たたられた セイシンビョウシャ の よう に メ を あかく して くるしんだ。 ワタクシ は 1 ネン-ゼン に ソツギョウ した トモダチ に ついて、 いろいろ ヨウス を きいて みたり した。 その ウチ の 1 ニン は シメキリ の ヒ に クルマ で ジムショ へ かけつけて ようやく まにあわせた と いった。 タ の 1 ニン は 5 ジ を 15 フン ほど おくらして もって いった ため、 あやうく はねつけられよう と した ところ を、 シュニン キョウジュ の コウイ で やっと ジュリ して もらった と いった。 ワタクシ は フアン を かんずる と ともに ドキョウ を すえた。 マイニチ ツクエ の マエ で セイコン の つづく かぎり はたらいた。 で なければ、 うすぐらい ショコ に はいって、 たかい ホンダナ の あちらこちら を みまわした。 ワタクシ の メ は コウズカ が コットウ でも ほりだす とき の よう に セビョウシ の キンモジ を あさった。
 ウメ が さく に つけて さむい カゼ は だんだん ムキ を ミナミ へ かえて いった。 それ が ひとしきり たつ と、 サクラ の ウワサ が ちらほら ワタクシ の ミミ に きこえだした。 それでも ワタクシ は バシャウマ の よう に ショウメン ばかり みて、 ロンブン に むちうたれた。 ワタクシ は ついに 4 ガツ の ゲジュン が きて、 やっと ヨテイドオリ の もの を かきあげる まで、 センセイ の シキイ を またがなかった。

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 ワタクシ の ジユウ に なった の は、 ヤエザクラ の ちった エダ に いつしか あおい ハ が かすむ よう に のびはじめる ショカ の キセツ で あった。 ワタクシ は カゴ を ぬけだした コトリ の ココロ を もって、 ひろい テンチ を ヒトメ に みわたしながら、 ジユウ に ハバタキ を した。 ワタクシ は すぐ センセイ の ウチ へ いった。 カラタチ の カキ が くろずんだ エダ の ウエ に、 もえる よう な メ を ふいて いたり、 ザクロ の かれた ミキ から、 つやつやしい チャカッショク の ハ が、 やわらかそう に ニッコウ を うつして いたり する の が、 みちみち ワタクシ の メ を ひきつけた。 ワタクシ は うまれて はじめて そんな もの を みる よう な メズラシサ を おぼえた。
 センセイ は うれしそう な ワタクシ の カオ を みて、 「もう ロンブン は かたづいた ん です か、 ケッコウ です ね」 と いった。 ワタクシ は 「おかげで ようやく すみました。 もう なんにも する こと は ありません」 と いった。
 じっさい その とき の ワタクシ は、 ジブン の なす べき スベテ の シゴト が すでに ケツリョウ して、 これから サキ は いばって あそんで いて も かまわない よう な はれやか な ココロモチ で いた。 ワタクシ は かきあげた ジブン の ロンブン に たいして ジュウブン の ジシン と マンゾク を もって いた。 ワタクシ は センセイ の マエ で、 しきり に その ナイヨウ を チョウチョウ した。 センセイ は イツモ の チョウシ で、 「なるほど」 とか、 「そう です か」 とか いって くれた が、 それ イジョウ の ヒヒョウ は すこしも くわえなかった。 ワタクシ は ものたりない と いう より も、 いささか ヒョウシヌケ の キミ で あった。 それでも その ヒ ワタクシ の キリョク は、 インジュン-らしく みえる センセイ の タイド に ギャクシュウ を こころみる ほど に いきいき して いた。 ワタクシ は あおく よみがえろう と する おおきな シゼン の ナカ に、 センセイ を さそいだそう と した。
「センセイ どこ か へ サンポ しましょう。 ソト へ でる と たいへん いい ココロモチ です」
「どこ へ」
 ワタクシ は どこ でも かまわなかった。 ただ センセイ を つれて コウガイ へ でたかった。
 1 ジカン の ノチ、 センセイ と ワタクシ は モクテキ-どおり シ を はなれて、 ムラ とも マチ とも クベツ の つかない しずか な ところ を アテ も なく あるいた。 ワタクシ は カナメ の カキ から わかい やわらかい ハ を もぎとって シバブエ を ならした。 ある カゴシマジン を トモダチ に もって、 その ヒト の マネ を しつつ シゼン に ならいおぼえた ワタクシ は、 この シバブエ と いう もの を ならす こと が ジョウズ で あった。 ワタクシ が トクイ に それ を ふきつづける と、 センセイ は しらん カオ を して ヨソ を むいて あるいた。
 やがて ワカバ に とざされた よう に こんもり した こだかい ヒトカマエ の シタ に ほそい ミチ が ひらけた。 モン の ハシラ に うちつけた ヒョウサツ に ナニナニ-エン と ある ので、 その コジン の テイタク で ない こと が すぐ しれた。 センセイ は ダラダラノボリ に なって いる イリグチ を ながめて、 「はいって みよう か」 と いった。 ワタクシ は すぐ 「ウエキヤ です ね」 と こたえた。
 ウエコミ の ナカ を ヒトウネリ して オク へ のぼる と ヒダリガワ に ウチ が あった。 あけはなった ショウジ の ウチ は がらん と して ヒト の カゲ も みえなかった。 ただ ノキサキ に すえた おおきな ハチ の ナカ に かって ある キンギョ が うごいて いた。
「しずか だね。 ことわらず に はいって も かまわない だろう か」
「かまわない でしょう」
 フタリ は また オク の ほう へ すすんだ。 しかし そこ にも ヒトカゲ は みえなかった。 ツツジ が もえる よう に さきみだれて いた。 センセイ は その ウチ で カバイロ の タケ の たかい の を さして、 「これ は キリシマ でしょう」 と いった。
 シャクヤク も トツボ あまり イチメン に うえつけられて いた が、 まだ キセツ が こない ので ハナ を つけて いる の は 1 ポン も なかった。 この シャクヤクバタケ の ソバ に ある ふるびた エンダイ の よう な もの の ウエ に センセイ は ダイノジナリ に ねた。 ワタクシ は その あまった ハジ の ほう に コシ を おろして タバコ を ふかした。 センセイ は あおい すきとおる よう な ソラ を みて いた。 ワタクシ は ワタクシ を つつむ ワカバ の イロ に ココロ を うばわれて いた。 その ワカバ の イロ を よくよく ながめる と、 いちいち ちがって いた。 おなじ カエデ の キ でも おなじ イロ を エダ に つけて いる もの は ヒトツ も なかった。 ほそい スギナエ の イタダキ に なげかぶせて あった センセイ の ボウシ が カゼ に ふかれて おちた。

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 ワタクシ は すぐ その ボウシ を とりあげた。 トコロドコロ に ついて いる アカツチ を ツメ で はじきながら センセイ を よんだ。
「センセイ ボウシ が おちました」
「ありがとう」
 カラダ を ハンブン おこして それ を うけとった センセイ は、 おきる とも ねる とも かたづかない その シセイ の まま で、 ヘン な こと を ワタクシ に きいた。
「トツゼン だ が、 キミ の ウチ には ザイサン が よっぽど ある ん です か」
「ある と いう ほど ありゃ しません」
「まあ どの くらい ある の かね。 シツレイ の よう だ が」
「どの くらい って、 ヤマ と デンジ が すこし ある ぎり で、 カネ なんか まるで ない ん でしょう」
 センセイ が ワタクシ の イエ の ケイザイ に ついて、 トイ-らしい トイ を かけた の は これ が はじめて で あった。 ワタクシ の ほう は まだ センセイ の クラシムキ に かんして、 なにも きいた こと が なかった。 センセイ と シリアイ に なった ハジメ、 ワタクシ は センセイ が どうして あそんで いられる か を うたぐった。 ソノゴ も この ウタガイ は たえず ワタクシ の ムネ を さらなかった。 しかし ワタクシ は そんな あらわ な モンダイ を センセイ の マエ に もちだす の を ブシツケ と ばかり おもって いつでも ひかえて いた。 ワカバ の イロ で つかれた メ を やすませて いた ワタクシ の ココロ は、 ぐうぜん また その ウタガイ に ふれた。
「センセイ は どう なん です。 どの くらい の ザイサン を もって いらっしゃる ん です か」
「ワタクシ は ザイサンカ と みえます か」
 センセイ は ヘイゼイ から むしろ シッソ な ナリ を して いた。 それに カナイ は コニンズ で あった。 したがって ジュウタク も けっして ひろく は なかった。 けれども その セイカツ の ブッシツテキ に ゆたか な こと は、 ウチワ に はいりこまない ワタクシ の メ に さえ あきらか で あった。 ようするに センセイ の クラシ は ゼイタク と いえない まで も、 あたじけなく きりつめた ムダンリョクセイ の もの では なかった。
「そう でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そりゃ その くらい の カネ は ある さ。 けれども けっして ザイサンカ じゃ ありません。 ザイサンカ なら もっと おおきな ウチ でも つくる さ」
 この とき センセイ は おきあがって、 エンダイ の ウエ に アグラ を かいて いた が、 こう いいおわる と、 タケ の ツエ の サキ で ジメン の ウエ へ エン の よう な もの を かきはじめた。 それ が すむ と、 コンド は ステッキ を つきさす よう に マッスグ に たてた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん だ がなあ」
 センセイ の コトバ は ハンブン ヒトリゴト の よう で あった。 それで すぐ アト に ついて ゆきそこなった ワタクシ は、 つい だまって いた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん です よ、 キミ」 と いいなおした センセイ は、 ツギ に ワタクシ の カオ を みて ビショウ した。 ワタクシ は それでも なんとも こたえなかった。 むしろ ブチョウホウ で こたえられなかった の で ある。 すると センセイ が また モンダイ を ヨソ へ うつした。
「アナタ の オトウサン の ビョウキ は ソノゴ どう なりました」
 ワタクシ は チチ の ビョウキ に ついて ショウガツ イゴ なんにも しらなかった。 ツキヅキ クニ から おくって くれる カワセ と ともに くる カンタン な テガミ は、 レイ の とおり チチ の シュセキ で あった が、 ビョウキ の ウッタエ は その ウチ に ほとんど みあたらなかった。 そのうえ ショタイ も たしか で あった。 この シュ の ビョウニン に みる フルエ が すこしも フデ の ハコビ を みだして いなかった。
「なんとも いって きません が、 もう いい ん でしょう」
「よければ ケッコウ だ が、 ――ビョウショウ が ビョウショウ なん だ から ね」
「やっぱり ダメ です かね。 でも トウブン は もちあってる ん でしょう。 なんとも いって きません よ」
「そう です か」
 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の ウチ の ザイサン を きいたり、 ワタクシ の チチ の ビョウキ を たずねたり する の を、 フツウ の ダンワ―― ムネ に うかんだ まま を その とおり クチ に する、 フツウ の ダンワ と おもって きいて いた。 ところが センセイ の コトバ の ソコ には リョウホウ を むすびつける おおきな イミ が あった。 センセイ ジシン の ケイケン を もたない ワタクシ は むろん そこ に キ が つく はず が なかった。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 4」

2015-08-08 | ナツメ ソウセキ
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「キミ の ウチ に ザイサン が ある なら、 イマ の うち に よく シマツ を つけて もらって おかない と いけない と おもう がね、 ヨケイ な オセワ だ けれども。 キミ の オトウサン が タッシャ な うち に、 もらう もの は ちゃんと もらって おく よう に したら どう です か。 マンイチ の こと が あった アト で、 いちばん メンドウ の おこる の は ザイサン の モンダイ だ から」
「ええ」
 ワタクシ は センセイ の コトバ に たいした チュウイ を はらわなかった。 ワタクシ の カテイ で そんな シンパイ を して いる モノ は、 ワタクシ に かぎらず、 チチ に しろ ハハ に しろ、 ヒトリ も ない と ワタクシ は しんじて いた。 そのうえ センセイ の いう こと の、 センセイ と して、 あまり に ジッサイテキ なの に ワタクシ は すこし おどろかされた。 しかし そこ は ネンチョウシャ に たいする ヘイゼイ の ケイイ が ワタクシ を ムクチ に した。
「アナタ の オトウサン が なくなられる の を、 イマ から ヨソウ して かかる よう な コトバヅカイ を する の が キ に さわったら ゆるして くれたまえ。 しかし ニンゲン は しぬ もの だ から ね。 どんな に タッシャ な モノ でも、 いつ しぬ か わからない もの だ から ね」
 センセイ の コウキ は めずらしく にがにがしかった。
「そんな こと を ちっとも キ に かけちゃ いません」 と ワタクシ は ベンカイ した。
「キミ の キョウダイ は ナンニン でした かね」 と センセイ が きいた。
 センセイ は その うえ に ワタクシ の カゾク の ニンズ を きいたり、 シンルイ の ウム を たずねたり、 オジ や オバ の ヨウス を とい など した。 そうして サイゴ に こう いった。
「ミンナ いい ヒト です か」
「べつに わるい ニンゲン と いう ほど の モノ も いない よう です。 たいてい イナカモノ です から」
「イナカモノ は なぜ わるく ない ん です か」
 ワタクシ は この ツイキュウ に くるしんだ。 しかし センセイ は ワタクシ に ヘンジ を かんがえさせる ヨユウ さえ あたえなかった。
「イナカモノ は トカイ の モノ より、 かえって わるい くらい な もの です。 それから、 キミ は イマ、 キミ の シンセキ なぞ の ウチ に、 これ と いって、 わるい ニンゲン は いない よう だ と いいました ね。 しかし わるい ニンゲン と いう イッシュ の ニンゲン が ヨノナカ に ある と キミ は おもって いる ん です か。 そんな イカタ に いれた よう な アクニン は ヨノナカ に ある はず が ありません よ。 ヘイゼイ は ミンナ ゼンニン なん です、 すくなくとも ミンナ フツウ の ニンゲン なん です。 それ が、 いざ と いう マギワ に、 キュウ に アクニン に かわる ん だ から おそろしい の です。 だから ユダン が できない ん です」
 センセイ の いう こと は、 ここ で きれる ヨウス も なかった。 ワタクシ は また ここ で ナニ か いおう と した。 すると ウシロ の ほう で イヌ が キュウ に ほえだした。 センセイ も ワタクシ も おどろいて ウシロ を ふりかえった。
 エンダイ の ヨコ から コウブ へ かけて うえつけて ある スギナエ の ソバ に、 クマザサ が ミツボ ほど チ を かくす よう に しげって はえて いた。 イヌ は その カオ と セ を クマザサ の ウエ に あらわして、 さかん に ほえたてた。 そこ へ トオ ぐらい の コドモ が かけて きて イヌ を しかりつけた。 コドモ は キショウ の ついた くろい ボウシ を かぶった まま センセイ の マエ へ まわって レイ を した。
「オジサン、 はいって くる とき、 ウチ に ダレ も いなかった かい」 と きいた。
「ダレ も いなかった よ」
「ネエサン や オッカサン が カッテ の ほう に いた のに」
「そう か、 いた の かい」
「ああ。 オジサン、 こんちわ って、 ことわって はいって くる と よかった のに」
 センセイ は クショウ した。 フトコロ から ガマグチ を だして、 5 セン の ハクドウ を コドモ の テ に にぎらせた。
「オッカサン に そう いっとくれ。 すこし ここ で やすまして ください って」
 コドモ は リコウ そう な メ に ワライ を みなぎらして、 うなずいて みせた。
「イマ セッコウチョウ に なってる ところ なん だよ」
 コドモ は こう ことわって、 ツツジ の アイダ を シタ の ほう へ かけおりて いった。 イヌ も シッポ を たかく まいて コドモ の アト を おいかけた。 しばらく する と おなじ くらい の トシカッコウ の コドモ が 2~3 ニン、 これ も セッコウチョウ の おりて いった ほう へ かけて いった。

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 センセイ の ダンワ は、 この イヌ と コドモ の ため に、 ケツマツ まで シンコウ する こと が できなく なった ので、 ワタクシ は ついに その ヨウリョウ を えない で しまった。 センセイ の キ に する ザイサン ウンヌン の ケネン は その とき の ワタクシ には まったく なかった。 ワタクシ の セイシツ と して、 また ワタクシ の キョウグウ から いって、 その とき の ワタクシ には、 そんな リガイ の ネン に アタマ を なやます ヨチ が なかった の で ある。 かんがえる と これ は ワタクシ が まだ セケン に でない ため でも あり、 また じっさい その バ に のぞまない ため でも あったろう が、 とにかく わかい ワタクシ には なぜか カネ の モンダイ が トオク の ほう に みえた。
 センセイ の ハナシ の ウチ で ただ ヒトツ ソコ まで ききたかった の は、 ニンゲン が いざ と いう マギワ に、 ダレ でも アクニン に なる と いう コトバ の イミ で あった。 たんなる コトバ と して は、 これ だけ でも ワタクシ に わからない こと は なかった。 しかし ワタクシ は この ク に ついて もっと しりたかった。
 イヌ と コドモ が さった アト、 ひろい ワカバ の ソノ は ふたたび モト の シズカサ に かえった。 そうして ワレワレ は チンモク に とざされた ヒト の よう に しばらく うごかず に いた。 うるわしい ソラ の イロ が その とき しだいに ヒカリ を うしなって きた。 メノマエ に ある キ は たいがい カエデ で あった が、 その エダ に したたる よう に ふいた かるい ミドリ の ワカバ が、 だんだん くらく なって ゆく よう に おもわれた。 とおい オウライ を ニグルマ を ひいて ゆく ヒビキ が ごろごろ と きこえた。 ワタクシ は それ を ムラ の オトコ が ウエキ か ナニ か を のせて エンニチ へ でも でかける もの と ソウゾウ した。 センセイ は その オト を きく と、 キュウ に メイソウ から イキ を ふきかえした ヒト の よう に たちあがった。
「もう、 そろそろ かえりましょう。 だいぶ ヒ が ながく なった よう だ が、 やっぱり こう あんかん と して いる うち には、 いつのまにか くれて ゆく ん だね」
 センセイ の セナカ には、 さっき エンダイ の ウエ に アオムキ に ねた アト が いっぱい ついて いた。 ワタクシ は リョウテ で それ を はらいおとした。
「ありがとう。 ヤニ が こびりついて や しません か」
「きれい に おちました」
「この ハオリ は つい こないだ こしらえた ばかり なん だよ。 だから むやみ に よごして かえる と、 サイ に しかられる から ね。 ありがとう」
 フタリ は また ダラダラザカ の チュウト に ある ウチ の マエ へ きた。 はいる とき には ダレ も いる ケシキ の みえなかった エン に、 オカミサン が、 15~16 の ムスメ を アイテ に、 イトマキ へ イト を まきつけて いた。 フタリ は おおきな キンギョバチ の ヨコ から、 「どうも オジャマ を しました」 と アイサツ した。 オカミサン は 「いいえ オカマイモウシ も いたしません で」 と レイ を かえした アト、 さっき コドモ に やった ハクドウ の レイ を のべた。
 カドグチ を でて 2~3 チョウ きた とき、 ワタクシ は ついに センセイ に むかって クチ を きった。
「さきほど センセイ の いわれた、 ニンゲン は ダレ でも いざ と いう マギワ に アクニン に なる ん だ と いう イミ です ね。 あれ は どういう イミ です か」
「イミ と いって、 ふかい イミ も ありません。 ――つまり ジジツ なん です よ。 リクツ じゃ ない ん だ」
「ジジツ で サシツカエ ありません が、 ワタクシ の うかがいたい の は、 いざ と いう マギワ と いう イミ なん です。 いったい どんな バアイ を さす の です か」
 センセイ は わらいだした。 あたかも ジキ の すぎた イマ、 もう ネッシン に セツメイ する ハリアイ が ない と いった ふう に。
「カネ さ キミ。 カネ を みる と、 どんな クンシ でも すぐ アクニン に なる のさ」
 ワタクシ には センセイ の ヘンジ が あまり に ヘイボン-すぎて つまらなかった。 センセイ が チョウシ に のらない ごとく、 ワタクシ も ヒョウシヌケ の キミ で あった。 ワタクシ は すまして さっさと あるきだした。 いきおい センセイ は すこし おくれがち に なった。 センセイ は アト から 「おいおい」 と コエ を かけた。
「そら みたまえ」
「ナニ を です か」
「キミ の キブン だって、 ワタクシ の ヘンジ ヒトツ で すぐ かわる じゃ ない か」
 まちあわせる ため に ふりむいて たちどまった ワタクシ の カオ を みて、 センセイ は こう いった。

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 その とき の ワタクシ は ハラ の ナカ で センセイ を にくらしく おもった。 カタ を ならべて あるきだして から も、 ジブン の ききたい こと を わざと きかず に いた。 しかし センセイ の ほう では、 それ に キ が ついて いた の か、 いない の か、 まるで ワタクシ の タイド に こだわる ヨウス を みせなかった。 イツモ の とおり チンモクガチ に おちつきはらった ホチョウ を すまして はこんで いく ので、 ワタクシ は すこし ゴウハラ に なった。 なんとか いって ひとつ センセイ を やっつけて みたく なって きた。
「センセイ」
「ナン です か」
「センセイ は さっき すこし コウフン なさいました ね。 あの ウエキヤ の ニワ で やすんで いる とき に。 ワタクシ は センセイ の コウフン した の を めった に みた こと が ない ん です が、 キョウ は めずらしい ところ を ハイケン した よう な キ が します」
 センセイ は すぐ ヘンジ を しなかった。 ワタクシ は それ を テゴタエ の あった よう にも おもった。 また マト が はずれた よう にも かんじた。 シカタ が ない から アト は いわない こと に した。 すると センセイ が いきなり ミチ の ハジ へ よって いった。 そうして きれい に かりこんだ イケガキ の シタ で、 スソ を まくって ショウベン を した。 ワタクシ は センセイ が ヨウ を たす アイダ ぼんやり そこ に たって いた。
「やあ シッケイ」
 センセイ は こう いって また あるきだした。 ワタクシ は とうとう センセイ を やりこめる こと を ダンネン した。 ワタクシタチ の とおる ミチ は だんだん にぎやか に なった。 イマ まで ちらほら と みえた ひろい ハタケ の シャメン や ヒラチ が、 まったく メ に いらない よう に サユウ の イエナミ が そろって きた。 それでも ところどころ タクチ の スミ など に、 エンドウ の ツル を タケ に からませたり、 カナアミ で ニワトリ を カコイガイ に したり する の が カンセイ に ながめられた。 シチュウ から かえる ダバ が しきりなく すれちがって いった。 こんな もの に しじゅう キ を とられがち な ワタクシ は、 サッキ まで ムネ の ナカ に あった モンダイ を どこ か へ ふりおとして しまった。 センセイ が とつぜん そこ へ アトモドリ を した とき、 ワタクシ は じっさい それ を わすれて いた。
「ワタクシ は さっき そんな に コウフン した よう に みえた ん です か」
「そんな に と いう ほど でも ありません が、 すこし……」
「いや みえて も かまわない。 じっさい コウフン する ん だ から。 ワタクシ は ザイサン の こと を いう と きっと コウフン する ん です。 キミ には どう みえる か しらない が、 ワタクシ は これ で たいへん シュウネン-ぶかい オトコ なん だ から。 ヒト から うけた クツジョク や ソンガイ は、 10 ネン たって も 20 ネン たって も わすれ や しない ん だ から」
 センセイ の コトバ は モト より も なお コウフン して いた。 しかし ワタクシ の おどろいた の は、 けっして その チョウシ では なかった。 むしろ センセイ の コトバ が ワタクシ の ミミ に うったえる イミ ソノモノ で あった。 センセイ の クチ から こんな ジハク を きく の は、 いかな ワタクシ にも まったく の イガイ に ソウイ なかった。 ワタクシ は センセイ の セイシツ の トクショク と して、 こんな シュウジャクリョク を いまだかつて ソウゾウ した こと さえ なかった。 ワタクシ は センセイ を もっと よわい ヒト と しんじて いた。 そうして その よわくて たかい ところ に、 ワタクシ の ナツカシミ の ネ を おいて いた。 イチジ の キブン で センセイ に ちょっと タテ を ついて みよう と した ワタクシ は、 この コトバ の マエ に ちいさく なった。 センセイ は こう いった。
「ワタクシ は ヒト に あざむかれた の です。 しかも チ の つづいた シンセキ の モノ から あざむかれた の です。 ワタクシ は けっして それ を わすれない の です。 ワタクシ の チチ の マエ には ゼンニン で あった らしい カレラ は、 チチ の しぬ や いなや ゆるしがたい フトクギカン に かわった の です。 ワタクシ は カレラ から うけた クツジョク と ソンガイ を コドモ の とき から キョウ まで しょわされて いる。 おそらく しぬ まで ショワサレドオシ でしょう。 ワタクシ は しぬ まで それ を わすれる こと が できない ん だ から。 しかし ワタクシ は まだ フクシュウ を しず に いる。 かんがえる と ワタクシ は コジン に たいする フクシュウ イジョウ の こと を げんに やって いる ん だ。 ワタクシ は カレラ を にくむ ばかり じゃ ない、 カレラ が ダイヒョウ して いる ニンゲン と いう もの を、 イッパン に にくむ こと を おぼえた の だ。 ワタクシ は それ で タクサン だ と おもう」
 ワタクシ は イシャ の コトバ さえ クチ へ だせなかった。

 31

 その ヒ の ダンワ も ついに これぎり で ハッテン せず に しまった。 ワタクシ は むしろ センセイ の タイド に イシュク して、 サキ へ すすむ キ が おこらなかった の で ある。
 フタリ は シ の ハズレ から デンシャ に のった が、 シャナイ では ほとんど クチ を きかなかった。 デンシャ を おりる と まもなく わかれなければ ならなかった。 わかれる とき の センセイ は、 また かわって いた。 ツネ より は はれやか な チョウシ で、 「これから 6 ガツ まで は いちばん キラク な とき です ね。 コト に よる と ショウガイ で いちばん キラク かも しれない。 せいだして あそびたまえ」 と いった。 ワタクシ は わらって ボウシ を とった。 その とき ワタクシ は センセイ の カオ を みて、 センセイ は はたして ココロ の どこ で、 イッパン の ニンゲン を にくんで いる の だろう か と うたぐった。 その メ、 その クチ、 どこ にも エンセイテキ の カゲ は さして いなかった。
 ワタクシ は シソウジョウ の モンダイ に ついて、 おおいなる リエキ を センセイ から うけた こと を ジハク する。 しかし おなじ モンダイ に ついて、 リエキ を うけよう と して も、 うけられない こと が まま あった と いわなければ ならない。 センセイ の ダンワ は ときとして フトク ヨウリョウ に おわった。 その ヒ フタリ の アイダ に おこった コウガイ の ダンワ も、 この フトク ヨウリョウ の イチレイ と して ワタクシ の ムネ の ウチ に のこった。
 ブエンリョ な ワタクシ は、 ある とき ついに それ を センセイ の マエ に うちあけた。 センセイ は わらって いた。 ワタクシ は こう いった。
「アタマ が にぶくて ヨウリョウ を えない の は かまいません が、 ちゃんと わかってる くせ に、 はっきり いって くれない の は こまります」
「ワタクシ は なんにも かくして や しません」
「かくして いらっしゃいます」
「アナタ は ワタクシ の シソウ とか イケン とか いう もの と、 ワタクシ の カコ と を、 ごちゃごちゃ に かんがえて いる ん じゃ ありません か。 ワタクシ は ヒンジャク な シソウカ です けれども、 ジブン の アタマ で まとめあげた カンガエ を むやみ に ヒト に かくし や しません。 かくす ヒツヨウ が ない ん だ から。 けれども ワタクシ の カコ を ことごとく アナタ の マエ に ものがたらなくて は ならない と なる と、 それ は また ベツモンダイ に なります」
「ベツモンダイ とは おもわれません。 センセイ の カコ が うみだした シソウ だ から、 ワタクシ は オモキ を おく の です。 フタツ の もの を きりはなしたら、 ワタクシ には ほとんど カチ の ない もの に なります。 ワタクシ は タマシイ の ふきこまれて いない ニンギョウ を あたえられた だけ で、 マンゾク は できない の です」
 センセイ は あきれた と いった ふう に、 ワタクシ の カオ を みた。 マキタバコ を もって いた その テ が すこし ふるえた。
「アナタ は ダイタン だ」
「ただ マジメ なん です。 マジメ に ジンセイ から キョウクン を うけたい の です」
「ワタクシ の カコ を あばいて も です か」
 あばく と いう コトバ が、 とつぜん おそろしい ヒビキ を もって、 ワタクシ の ミミ を うった。 ワタクシ は イマ ワタクシ の マエ に すわって いる の が、 ヒトリ の ザイニン で あって、 フダン から ソンケイ して いる センセイ で ない よう な キ が した。 センセイ の カオ は あおかった。
「アナタ は ホントウ に マジメ なん です か」 と センセイ が ネン を おした。 「ワタクシ は カコ の インガ で、 ヒト を うたぐりつけて いる。 だから じつは アナタ も うたぐって いる。 しかし どうも アナタ だけ は うたぐりたく ない。 アナタ は うたぐる には あまり に タンジュン-すぎる よう だ。 ワタクシ は しぬ マエ に たった ヒトリ で いい から、 ヒト を シンヨウ して しにたい と おもって いる。 アナタ は その たった ヒトリ に なれます か。 なって くれます か。 アナタ は ハラ の ソコ から マジメ です か」
「もし ワタクシ の イノチ が マジメ な もの なら、 ワタクシ の イマ いった こと も マジメ です」
 ワタクシ の コエ は ふるえた。
「よろしい」 と センセイ が いった。 「はなしましょう。 ワタクシ の カコ を のこらず、 アナタ に はなして あげましょう。 そのかわり……。 いや それ は かまわない。 しかし ワタクシ の カコ は アナタ に とって それほど ユウエキ で ない かも しれません よ。 きかない ほう が まし かも しれません よ。 それから、 ――イマ は はなせない ん だ から、 その つもり で いて ください。 テキトウ の ジキ が こなくっちゃ はなさない ん だ から」
 ワタクシ は ゲシュク へ かえって から も イッシュ の アッパク を かんじた。

 32

 ワタクシ の ロンブン は ジブン が ヒョウカ して いた ほど に、 キョウジュ の メ には よく みえなかった らしい。 それでも ワタクシ は ヨテイドオリ キュウダイ した。 ソツギョウシキ の ヒ、 ワタクシ は かびくさく なった ふるい フユフク を コウリ の ナカ から だして きた。 シキジョウ に ならぶ と、 どれ も これ も ミナ あつそう な カオ ばかり で あった。 ワタクシ は カゼ の とおらない アツラシャ の シタ に ミップウ された ジブン の カラダ を もてあました。 しばらく たって いる うち に テ に もった ハンケチ が ぐしょぐしょ に なった。
 ワタクシ は シキ が すむ と すぐ かえって ハダカ に なった。 ゲシュク の 2 カイ の マド を あけて、 トオメガネ の よう に ぐるぐる まいた ソツギョウ ショウショ の アナ から、 みえる だけ の ヨノナカ を みわたした。 それから その ソツギョウ ショウショ を ツクエ の ウエ に ほうりだした。 そうして ダイノジナリ に なって、 ヘヤ の マンナカ に ねそべった。 ワタクシ は ねながら ジブン の カコ を かえりみた。 また ジブン の ミライ を ソウゾウ した。 すると その アイダ に たって ヒトクギリ を つけて いる この ソツギョウ ショウショ なる もの が、 イミ の ある よう な、 また イミ の ない よう な ヘン な カミ に おもわれた。
 ワタクシ は その バン センセイ の イエ へ ゴチソウ に まねかれて いった。 これ は もし ソツギョウ したら その ヒ の バンサン は ヨソ で くわず に、 センセイ の ショクタク で すます と いう マエ から の ヤクソク で あった。
 ショクタク は ヤクソクドオリ ザシキ の エン チカク に すえられて あった。 モヨウ の おりだされた あつい ノリ の こわい テーブルクロース が うつくしく かつ きよらか に デントウ の ヒカリ を いかえして いた。 センセイ の ウチ で メシ を くう と、 きっと この セイヨウ リョウリテン に みる よう な しろい リンネル の ウエ に、 ハシ や チャワン が おかれた。 そうして それ が かならず センタク シタテ の マッシロ な もの に かぎられて いた。
「カラ や カフス と おなじ こと さ。 よごれた の を もちいる くらい なら、 いっそ ハジメ から イロ の ついた もの を つかう が いい。 しろければ ジュンパク で なくっちゃ」
 こう いわれて みる と、 なるほど センセイ は ケッペキ で あった。 ショサイ など も じつに きちり と かたづいて いた。 ムトンジャク な ワタクシ には、 センセイ の そういう トクショク が おりおり いちじるしく メ に とまった。
「センセイ は カンショウ です ね」 と かつて オクサン に つげた とき、 オクサン は 「でも キモノ など は、 それほど キ に しない よう です よ」 と こたえた こと が あった。 それ を ソバ に きいて いた センセイ は、 「ホントウ を いう と、 ワタクシ は セイシンテキ に カンショウ なん です。 それで しじゅう くるしい ん です。 かんがえる と じつに ばかばかしい ショウブン だ」 と いって わらった。 セイシンテキ に カンショウ と いう イミ は、 ぞくに いう シンケイシツ と いう イミ か、 または リンリテキ に ケッペキ だ と いう イミ か、 ワタクシ には わからなかった。 オクサン にも よく つうじない らしかった。
 その バン ワタクシ は センセイ と ムカイアワセ に、 レイ の しろい タクフ の マエ に すわった。 オクサン は フタリ を サユウ に おいて、 ヒトリ ニワ の ほう を ショウメン に して セキ を しめた。
「おめでとう」 と いって、 センセイ が ワタクシ の ため に サカズキ を あげて くれた。 ワタクシ は この サカズキ に たいして それほど うれしい キ を おこさなかった。 むろん ワタクシ ジシン の ココロ が この コトバ に ハンキョウ する よう に、 とびたつ ウレシサ を もって いなかった の が、 ヒトツ の ゲンイン で あった。 けれども センセイ の イイカタ も けっして ワタクシ の ウレシサ を そそる うきうき した チョウシ を おびて いなかった。 センセイ は わらって サカズキ を あげた。 ワタクシ は その ワライ の ウチ に、 ちっとも イジ の わるい アイロニー を みとめなかった。 ドウジ に めでたい と いう シンジョウ も くみとる こと が できなかった。 センセイ の ワライ は、 「セケン は こんな バアイ に よく おめでとう と いいたがる もの です ね」 と ワタクシ に ものがたって いた。
 オクサン は ワタクシ に 「ケッコウ ね。 さぞ オトウサン や オカアサン は オヨロコビ でしょう」 と いって くれた。 ワタクシ は とつぜん ビョウキ の チチ の こと を かんがえた。 はやく あの ソツギョウ ショウショ を もって いって みせて やろう と おもった。
「センセイ の ソツギョウ ショウショ は どう しました」 と ワタクシ が きいた。
「どうした かね。 ――まだ どこ か に しまって あった かね」 と センセイ が オクサン に きいた。
「ええ、 たしか しまって ある はず です が」
 ソツギョウ ショウショ の アリドコロ は フタリ とも よく しらなかった。

 33

 メシ に なった とき、 オクサン は ソバ に すわって いる ゲジョ を ツギ へ たたせて、 ジブン で キュウジ の ヤク を つとめた。 これ が おもてだたない キャク に たいする センセイ の イエ の シキタリ らしかった。 ハジメ の 1~2 カイ は ワタクシ も キュウクツ を かんじた が、 ドスウ の かさなる に つけ、 チャワン を オクサン の マエ へ だす の が、 なんでも なくなった。
「オチャ? ゴハン? ずいぶん よく たべる のね」
 オクサン の ほう でも おもいきって エンリョ の ない こと を いう こと が あった。 しかし その ヒ は、 ジコウ が ジコウ なので、 そんな に からかわれる ほど ショクヨク が すすまなかった。
「もう オシマイ。 アナタ チカゴロ たいへん ショウショク に なった のね」
「ショウショク に なった ん じゃ ありません。 あつい んで くわれない ん です」
 オクサン は ゲジョ を よんで ショクタク を かたづけさせた アト へ、 あらためて アイス クリーム と ミズガシ を はこばせた。
「これ は ウチ で こしらえた のよ」
 ヨウ の ない オクサン には、 テセイ の アイス クリーム を キャク に ふるまう だけ の ヨユウ が ある と みえた。 ワタクシ は それ を 2 ハイ かえて もらった。
「キミ も いよいよ ソツギョウ した が、 これから ナニ を する キ です か」 と センセイ が きいた。 センセイ は ハンブン エンガワ の ほう へ セキ を ずらして、 シキイギワ で セナカ を ショウジ に もたせて いた。
 ワタクシ には ただ ソツギョウ した と いう ジカク が ある だけ で、 これから ナニ を しよう と いう アテ も なかった。 ヘンジ に ためらって いる ワタクシ を みた とき、 オクサン は 「キョウシ?」 と きいた。 それ にも こたえず に いる と、 コンド は、 「じゃ オヤクニン?」 と また きかれた。 ワタクシ も センセイ も わらいだした。
「ホントウ いう と、 まだ ナニ を する カンガエ も ない ん です。 じつは ショクギョウ と いう もの に ついて、 まったく かんがえた こと が ない くらい なん です から。 だいち どれ が いい か、 どれ が わるい か、 ジブン が やって みた うえ で ない と わからない ん だ から、 センタク に こまる わけ だ と おもいます」
「それ も そう ね。 けれども アナタ は ひっきょう ザイサン が ある から そんな ノンキ な こと を いって いられる のよ。 これ が こまる ヒト で ごらんなさい。 なかなか アナタ の よう に おちついちゃ いられない から」
 ワタクシ の トモダチ には ソツギョウ しない マエ から、 チュウガク キョウシ の クチ を さがして いる ヒト が あった。 ワタクシ は ハラ の ナカ で オクサン の いう ジジツ を みとめた。 しかし こう いった。
「すこし センセイ に かぶれた ん でしょう」
「ろく な カブレカタ を して くださらない のね」
 センセイ は クショウ した。
「かぶれて も かまわない から、 そのかわり このあいだ いった とおり、 オトウサン の いきてる うち に、 ソウトウ の ザイサン を わけて もらって おおきなさい。 それ で ない と けっして ユダン は ならない」
 ワタクシ は センセイ と イッショ に、 コウガイ の ウエキヤ の ひろい ニワ の オク で はなした、 あの ツツジ の さいて いる 5 ガツ の ハジメ を おもいだした。 あの とき カエリミチ に、 センセイ が コウフン した ゴキ で、 ワタクシ に ものがたった つよい コトバ を、 ふたたび ミミ の ソコ で くりかえした。 それ は つよい ばかり で なく、 むしろ すごい コトバ で あった。 けれども ジジツ を しらない ワタクシ には ドウジ に テッテイ しない コトバ でも あった。
「オクサン、 オタク の ザイサン は よっぽど ある ん です か」
「なんだって そんな こと を おきき に なる の」
「センセイ に きいて も おしえて くださらない から」
 オクサン は わらいながら センセイ の カオ を みた。
「おしえて あげる ほど ない から でしょう」
「でも どの くらい あったら センセイ の よう に して いられる か、 ウチ へ かえって ひとつ チチ に ダンパン する とき の サンコウ に します から きかして ください」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて、 すまして タバコ を ふかして いた。 アイテ は しぜん オクサン で なければ ならなかった。
「どの くらい って ほど ありゃ しません わ。 まあ こうして どうか こうか くらして ゆかれる だけ よ、 アナタ。 ――そりゃ どうでも いい と して、 アナタ は これから ナニ か なさらなくっちゃ ホントウ に いけません よ。 センセイ の よう に ごろごろ ばかり して いちゃ……」
「ごろごろ ばかり して い や しない さ」
 センセイ は ちょっと カオ だけ むけなおして、 オクサン の コトバ を ヒテイ した。

 34

 ワタクシ は その ヨ 10 ジ-スギ に センセイ の イエ を じした。 2~3 ニチ うち に キコク する はず に なって いた ので、 ザ を たつ マエ に ワタクシ は ちょっと イトマゴイ の コトバ を のべた。
「また とうぶん オメ に かかれません から」
「9 ガツ には でて いらっしゃる ん でしょう ね」
 ワタクシ は もう ソツギョウ した の だ から、 かならず 9 ガツ に でて くる ヒツヨウ も なかった。 しかし あつい サカリ の 8 ガツ を トウキョウ まで きて おくろう とも かんがえて いなかった。 ワタクシ には イチ を もとめる ため の キチョウ な ジカン と いう もの が なかった。
「まあ 9 ガツ-ゴロ に なる でしょう」
「じゃ ずいぶん ごきげんよう。 ワタクシタチ も この ナツ は コト に よる と どこ か へ ゆく かも しれない のよ。 ずいぶん あつそう だ から。 いったら また エハガキ でも おくって あげましょう」
「どちら の ケントウ です。 もし いらっしゃる と すれば」
 センセイ は この モンドウ を にやにや わらって きいて いた。
「なに まだ ゆく とも ゆかない とも きめて い や しない ん です」
 セキ を たとう と した とき に、 センセイ は キュウ に ワタクシ を つらまえて、 「ときに オトウサン の ビョウキ は どう なん です」 と きいた。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて ほとんど しる ところ が なかった。 なんとも いって こない イジョウ、 わるく は ない の だろう くらい に かんがえて いた。
「そんな に たやすく かんがえられる ビョウキ じゃ ありません よ。 ニョウドクショウ が でる と、 もう ダメ なん だ から」
 ニョウドクショウ と いう コトバ も イミ も ワタクシ には わからなかった。 コノマエ の フユヤスミ に クニ で イシャ と カイケン した とき に、 ワタクシ は そんな ジュツゴ を まるで きかなかった。
「ホントウ に ダイジ に して おあげなさい よ」 と オクサン も いった。 「ドク が ノウ へ まわる よう に なる と、 もう それっきり よ、 アナタ。 ワライゴト じゃ ない わ」
 ムケイケン な ワタクシ は キミ を わるがりながら も、 にやにや して いた。
「どうせ たすからない ビョウキ だ そう です から、 いくら シンパイ したって シカタ が ありません」
「そう オモイキリ よく かんがえれば、 それまで です けれども」
 オクサン は ムカシ おなじ ビョウキ で しんだ と いう ジブン の オカアサン の こと でも おもいだした の か、 しずんだ チョウシ で こう いった なり シタ を むいた。 ワタクシ も チチ の ウンメイ が ホントウ に キノドク に なった。
 すると センセイ が とつぜん オクサン の ほう を むいた。
「シズ、 オマエ は オレ より サキ へ しぬ だろう かね」
「なぜ」
「なぜ でも ない、 ただ きいて みる のさ。 それとも オレ の ほう が オマエ より マエ に かたづく かな。 たいてい セケン じゃ ダンナ が サキ で、 サイクン が アト へ のこる の が アタリマエ の よう に なってる ね」
「そう きまった わけ でも ない わ。 けれども オトコ の ほう は どうしても、 そら トシ が ウエ でしょう」
「だから サキ へ しぬ と いう リクツ なの かね。 すると オレ も オマエ より サキ に アノヨ へ いかなくっちゃ ならない こと に なる ね」
「アナタ は トクベツ よ」
「そう かね」
「だって ジョウブ なん です もの。 ほとんど わずらった ためし が ない じゃ ありません か。 そりゃ どうしたって ワタクシ の ほう が サキ だわ」
「サキ かな」
「ええ、 きっと サキ よ」
 センセイ は ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は わらった。
「しかし もし オレ の ほう が サキ へ ゆく と する ね。 そう したら オマエ どう する」
「どう する って……」
 オクサン は そこ で くちごもった。 センセイ の シ に たいする ソウゾウテキ な ヒアイ が、 ちょっと オクサン の ムネ を おそった らしかった。 けれども ふたたび カオ を あげた とき は、 もう キブン を かえて いた。
「どう する って、 シカタ が ない わ、 ねえ アナタ。 ロウショウ フジョウ って いう くらい だ から」
 オクサン は ことさら に ワタクシ の ほう を みて ジョウダン-らしく こう いった。

 35

 ワタクシ は たてかけた コシ を また おろして、 ハナシ の クギリ の つく まで フタリ の アイテ に なって いた。
「キミ は どう おもいます」 と センセイ が きいた。
 センセイ が サキ へ しぬ か、 オクサン が はやく なくなる か、 もとより ワタクシ に ハンダン の つく べき モンダイ では なかった。 ワタクシ は ただ わらって いた。
「ジュミョウ は わかりません ね。 ワタクシ にも」
「これ ばかり は ホントウ に ジュミョウ です から ね。 うまれた とき に ちゃんと きまった ネンスウ を もらって くる ん だ から シカタ が ない わ。 センセイ の オトウサン や オカアサン なんか、 ほとんど おんなじ よ、 アナタ、 なくなった の が」
「なくなられた ヒ が です か」
「まさか ヒ まで おんなじ じゃ ない けれども。 でも まあ おんなじ よ。 だって つづいて なくなっちまった ん です もの」
 この チシキ は ワタクシ に とって あたらしい もの で あった。 ワタクシ は フシギ に おもった。
「どうして そう イチド に しなれた ん です か」
 オクサン は ワタクシ の トイ に こたえよう と した。 センセイ は それ を さえぎった。
「そんな ハナシ は およし よ。 つまらない から」
 センセイ は テ に もった ウチワ を わざと ばたばた いわせた。 そうして また オクサン を かえりみた。
「シズ、 オレ が しんだら この ウチ を オマエ に やろう」
 オクサン は わらいだした。
「ついでに ジメン も ください よ」
「ジメン は ヒト の もの だ から シカタ が ない。 そのかわり オレ の もってる もの は みんな オマエ に やる よ」
「どうも ありがとう。 けれども ヨコモジ の ホン なんか もらって も シヨウ が ない わね」
「フルホンヤ に うる さ」
「うれば いくら ぐらい に なって」
 センセイ は いくら とも いわなかった。 けれども センセイ の ハナシ は、 ヨウイ に ジブン の シ と いう とおい モンダイ を はなれなかった。 そうして その シ は かならず オクサン の マエ に おこる もの と カテイ されて いた。 オクサン も サイショ の うち は、 わざと タワイ の ない ウケコタエ を して いる らしく みえた。 それ が いつのまにか、 カンショウテキ な オンナ の ココロ を おもくるしく した。
「オレ が しんだら、 オレ が しんだら って、 まあ ナンベン おっしゃる の。 ゴショウ だ から もう イイカゲン に して、 オレ が しんだら は よして ちょうだい。 エンギ でも ない。 アナタ が しんだら、 なんでも アナタ の オモイドオリ に して あげる から、 それ で いい じゃ ありません か」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて わらった。 しかし それぎり オクサン の いやがる こと を いわなく なった。 ワタクシ も あまり ながく なる ので、 すぐ セキ を たった。 センセイ と オクサン は ゲンカン まで おくって でた。
「ゴビョウニン を オダイジ に」 と オクサン が いった。
「また 9 ガツ に」 と センセイ が いった。
 ワタクシ は アイサツ を して コウシ の ソト へ アシ を ふみだした。 ゲンカン と モン の アイダ に ある こんもり した モクセイ の ヒトカブ が、 ワタクシ の ユクテ を ふさぐ よう に、 ヤイン の ウチ に エダ を はって いた。 ワタクシ は 2~3 ポ うごきだしながら、 くろずんだ ハ に おおわれて いる その コズエ を みて、 きたる べき アキ の ハナ と カ を おもいうかべた。 ワタクシ は センセイ の ウチ と この モクセイ と を、 イゼン から ココロ の ウチ で、 はなす こと の できない もの の よう に、 イッショ に キオク して いた。 ワタクシ が ぐうぜん その キ の マエ に たって、 ふたたび この ウチ の ゲンカン を またぐ べき ツギ の アキ に オモイ を はせた とき、 イマ まで コウシ の アイダ から さして いた ゲンカン の デントウ が ふっと きえた。 センセイ フウフ は それぎり オク へ はいった らしかった。 ワタクシ は ヒトリ くらい オモテ へ でた。
 ワタクシ は すぐ ゲシュク へは もどらなかった。 クニ へ かえる マエ に ととのえる カイモノ も あった し、 ゴチソウ を つめた イブクロ に クツロギ を あたえる ヒツヨウ も あった ので、 ただ にぎやか な マチ の ほう へ あるいて いった。 マチ は まだ ヨイ の クチ で あった。 ヨウジ も なさそう な ナンニョ が ぞろぞろ うごく ナカ に、 ワタクシ は キョウ ワタクシ と イッショ に ソツギョウ した ナニガシ に あった。 カレ は ワタクシ を むりやり に ある バー へ つれこんだ。 ワタクシ は そこ で ビール の アワ の よう な カレ の キエン を きかされた。 ワタクシ の ゲシュク へ かえった の は 12 ジ-スギ で あった。

 36

 ワタクシ は その ヨクジツ も アツサ を おかして、 タノマレモノ を かいあつめて あるいた。 テガミ で チュウモン を うけた とき は なんでも ない よう に かんがえて いた の が、 いざ と なる と たいへん オックウ に かんぜられた。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で アセ を ふきながら、 ヒト の ジカン と テスウ に キノドク と いう カンネン を まるで もって いない イナカモノ を にくらしく おもった。
 ワタクシ は この ヒトナツ を ムイ に すごす キ は なかった。 クニ へ かえって から の ニッテイ と いう よう な もの を あらかじめ つくって おいた ので、 それ を リコウ する に ヒツヨウ な ショモツ も テ に いれなければ ならなかった。 ワタクシ は ハンニチ を マルゼン の 2 カイ で つぶす カクゴ で いた。 ワタクシ は ジブン に カンケイ の ふかい ブモン の ショセキダナ の マエ に たって、 スミ から スミ まで 1 サツ ずつ テンケン して いった。
 カイモノ の ウチ で いちばん ワタクシ を こまらせた の は オンナ の ハンエリ で あった。 コゾウ に いう と、 いくらでも だして は くれる が、 さて どれ を えらんで いい の か、 かう ダン に なって は、 ただ まよう だけ で あった。 そのうえ アタイ が きわめて フテイ で あった。 やすかろう と おもって きく と、 ヒジョウ に たかかったり、 たかかろう と かんがえて、 きかず に いる と、 かえって たいへん やすかったり した。 あるいは いくら くらべて みて も、 どこ から カカク の サイ が でる の か ケントウ の つかない の も あった。 ワタクシ は まったく よわらせられた。 そうして ココロ の ウチ で、 なぜ センセイ の オクサン を わずらわさなかった か を くいた。
 ワタクシ は カバン を かった。 むろん ワセイ の カトウ な シナ に すぎなかった が、 それでも カナグ や など が ぴかぴか して いる ので、 イナカモノ を おどかす には ジュウブン で あった。 この カバン を かう と いう こと は、 ワタクシ の ハハ の チュウモン で あった。 ソツギョウ したら あたらしい カバン を かって、 その ナカ に イッサイ の ミヤゲモノ を いれて かえる よう に と、 わざわざ テガミ の ナカ に かいて あった。 ワタクシ は その モンク を よんだ とき に わらいだした。 ワタクシ には ハハ の リョウケン が わからない と いう より も、 その コトバ が イッシュ の コッケイ と して うったえた の で ある。
 ワタクシ は イトマゴイ を する とき センセイ フウフ に のべた とおり、 それから ミッカ-メ の キシャ で トウキョウ を たって クニ へ かえった。 この フユ イライ チチ の ビョウキ に ついて センセイ から イロイロ の チュウイ を うけた ワタクシ は、 いちばん シンパイ しなければ ならない チイ に ありながら、 どういう もの か、 それ が たいして ク に ならなかった。 ワタクシ は むしろ チチ が いなく なった アト の ハハ を ソウゾウ して キノドク に おもった。 その くらい だ から ワタクシ は ココロ の どこ か で、 チチ は すでに なくなる べき もの と カクゴ して いた に ちがいなかった。 キュウシュウ に いる アニ へ やった テガミ の ナカ にも、 ワタクシ は チチ の とても モト の よう な ケンコウタイ に なる ミコミ の ない こと を のべた。 イチド など は ショクム の ツゴウ も あろう が、 できる なら くりあわせて この ナツ ぐらい イチド カオ だけ でも み に かえったら どう だ と まで かいた。 そのうえ トシヨリ が フタリ ぎり で イナカ に いる の は さだめて こころぼそい だろう、 ワレワレ も コ と して イカン の イタリ で ある と いう よう な カンショウテキ な モンク さえ つかった。 ワタクシ は じっさい ココロ に うかぶ まま を かいた。 けれども かいた アト の キブン は かいた とき とは ちがって いた。
 ワタクシ は そうした ムジュン を キシャ の ナカ で かんがえた。 かんがえて いる うち に ジブン が ジブン に キ の かわりやすい ケイハクモノ の よう に おもわれて きた。 ワタクシ は フユカイ に なった。 ワタクシ は また センセイ フウフ の こと を おもいうかべた。 ことに 2~3 ニチ マエ バンメシ に よばれた とき の カイワ を おもいだした。
「どっち が サキ へ しぬ だろう」
 ワタクシ は その バン センセイ と オクサン の アイダ に おこった ギモン を ヒトリ クチ の ウチ で くりかえして みた。 そうして この ギモン には ダレ も ジシン を もって こたえる こと が できない の だ と おもった。 しかし どっち が サキ へ しぬ と はっきり わかって いた ならば、 センセイ は どう する だろう。 オクサン は どう する だろう。 センセイ も オクサン も、 イマ の よう な タイド で いる より ホカ に シカタ が ない だろう と おもった。 (シ に ちかづきつつ ある チチ を クニモト に ひかえながら、 この ワタクシ が どう する こと も できない よう に)。 ワタクシ は ニンゲン を はかない もの に かんじた。 ニンゲン の どう する こと も できない もって うまれた ケイハク を、 はかない もの に かんじた。
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