ゲンダン
コウダ ロハン
こう あつく なって は ミナサンガタ が あるいは たかい ヤマ に ゆかれたり、 あるいは すずしい ウミベ に ゆかれたり しまして、 そうして この なやましい ヒ を ジュウジツ した セイカツ の イチブブン と して おくろう と なさる の も ごもっとも です。 が、 もう おいくちて しまえば ヤマ へも ゆかれず、 ウミ へも でられない で います が、 そのかわり コニワ の アサツユ、 エンガワ の ユウカゼ ぐらい に マンゾク して、 ブナン に ヘイワ な ヒ を すごして ゆける と いう もの で、 まあ トシヨリ は そこいら で おちついて ゆかなければ ならない の が シゼン なの です。 ヤマ へ のぼる の も ごく いい こと で あります。 シンザン に はいり、 コウザン、 ケンザン なんぞ へ のぼる と いう こと に なる と、 イッシュ の シンピテキ な キョウミ も おおい こと です。 そのかわり また キケン も しょうじます わけ で、 おそろしい ハナシ が つたえられて おります。 ウミ も また おなじ こと です。 イマ おはなし いたそう と いう の は ウミ の ハナシ です が、 サキ に ヤマ の ハナシ を イチド もうして おきます。
それ は セイレキ 1865 ネン の 7 ガツ の 13 ニチ の ゴゼン 5 ジ ハン に ツェルマット と いう ところ から シュッパツ して、 なだかい アルプス の マッターホルン を セカイ はじまって イライ サイショ に セイフク いたしましょう と こころざし、 その ヨク 10 ヨッカ の ヨアケマエ から ホネ を おって、 そうして ゴゴ 1 ジ 40 プン に チョウジョウ へ つきました の が、 あの なだかい アルプス トウハンキ の チョシャ の ウィンパー イッコウ で ありました。 その イッコウ 8 ニン が アルプス の マッターホルン を はじめて セイフク した ので、 それから だんだん と アルプス も ひらけた よう な わけ です。
それ は ミナサマ が マッターホルン の セイフク の キコウ に よって ゴショウチ の とおり で あります から、 イマ ワタクシ が もうさなくて も つとに ゴガテン の こと です が、 さて その とき に、 その マエ から タ の イッコウ すなわち イタリー の カレル と いう ヒト の イチグン が やはり そこ を セイフク しよう と して、 リョウシャ は しぜん と キョウソウ の カタチ に なって いた の で あります。 しかし カレル の ほう は フコウ に して ミチ の トリカタ が ちがって いた ため に、 ウィンパー の イッコウ には まけて しまった の で あります。 ウィンパー の イッコウ は のぼる とき には、 クロス、 それから ツギ に トシ を とった ほう の ペーテル、 それから その セガレ が フタリ、 それから フランシス ダグラス-キョウ と いう これ は ミブン の ある ヒト です。 それから ハドウ、 それから ハドス、 それから ウィンパー と いう の が いちばん シマイ で、 つまり 8 ニン が その ジュンジョ で のぼりました。
10 ヨッカ の 1 ジ 40 プン に とうとう さしも の おそろしい マッターホルン の チョウジョウ、 テン にも とどく よう な チョウジョウ へ のぼりえて おおいに よろこんで、 それから ゲザン に かかりました。 ゲザン に かかる とき には、 いちばん サキ へ クロス、 その ツギ が ハドウ、 その ツギ が ハドス、 それから フランシス ダグラス-キョウ、 それから トシ を とった ところ の ペーテル、 いちばん シマイ が ウィンパー、 それ で だんだん おりて きた の で あります が、 それ だけ の ゼンゴ ミゾウ の ダイセイコウ を おさめえた 8 ニン は、 ノボリ に くらべて は なお イチバイ おそろしい ヒョウセツ の キケン の ミチ を ヨウジン-ぶかく たどりました の です。 ところが、 ダイ 2 バンメ の ハドウ、 それ は すこし ヤマ の ケイケン が たりなかった せい も ありましょう し、 また ヒロウ した せい も ありましたろう し、 いや、 むしろ ウンメイ の せい と もうしたい こと で、 あやまって すべって、 いちばん サキ に いた クロス へ ぶつかりました。 そう する と、 ユキ や コオリ の おおって いる アシガカリ も ない よう な ケンシュン の ところ で、 そういう こと が おこった ので、 たちまち クロス は ミ を さらわれ、 フタリ は ヒトツ に なって おちて ゆきました わけ。 あらかじめ ロープ を もって メイメイ の ミ を つないで、 ヒトリ が おちて も タ が ふみとどまり、 そして ココ の キケン を すくう よう に して あった の で あります けれども、 なんせ ゼッペキ の ところ で おちかかった の です から たまりません、 フタリ に まけて ダイ 3 バンメ も おちて ゆく。 それから フランシス ダグラス-キョウ は 4 バンメ に いた の です が、 3 ニン の シタ へ おちて ゆく イキオイ で、 この ヒト も シタ へ つれて ゆかれました。 ダグラス-キョウ と アト の 4 ニン との アイダ で ロープ は ぴんと はられました。 4 ニン は うんと ふみこらえました。 おちる 4 ニン と こらえる 4 ニン との アイダ で、 ロープ は チカラ たらず して ぷつり と きれて しまいました。 ちょうど ゴゴ 3 ジ の こと で ありました が、 マエ の 4 ニン は 4000 ジャク ばかり の ヒョウセツ の ところ を サカオトシ に ラッカ した の です。 アト の ヒト は そこ へ のこった けれども、 みるみる ジブン たち の イッコウ の ハンブン は サカオトシ に なって ふかい ふかい タニソコ へ おちて ゆく の を メ に した その ココロモチ は どんな でしたろう。 それで ウエ に のこった モノ は キョウジン の ごとく コウフン し、 シニン の ごとく ゼツボウ し、 テアシ も うごかせぬ よう に なった けれども、 さて ある べき では ありませぬ から、 ジブン たち も コンド は すべって しぬ ばかり か、 フソク の ウンメイ に のぞんで いる ミ と おもいながら だんだん おりて まいりまして、 そうして ようやく ゴゴ の 6 ジ-ゴロ に いくらか キケン の すくない ところ まで おりて きました。
おりて は きました が、 つい サッキ まで イッショ に いた ヒトビト が もう ワケ も わからぬ ヤマ の マノテ に さらわれて しまった と おもう と、 フシギ な シンリ ジョウタイ に なって いた に ソウイ ありません。 で、 ワレワレ は そういう バアイ へ いった こと が なくて、 ただ ハナシ のみ を きいた だけ では、 それら の ヒト の ココロ の ウチ が どんな もの で あったろう か と いう こと は、 まず ほとんど ソウゾウ できぬ の で ありまする が、 その ウィンパー の しるした もの に よりまする と、 その とき ユウガタ 6 ジ-ゴロ です、 ペーテル イチゾク の モノ は ヤマノボリ に なれて いる ヒト です が、 その ヒトリ が ふと みる と いう と、 リスカン と いう ほう に、 ぼうっと した アーチ の よう な もの が みえました ので、 はてな と メ を とめて おりまする と、 ホカ の モノ も その みて いる ほう を みました。 すると やがて その アーチ の ところ へ セイヨウ ショコク の ヒト に とって は トウヨウ の ワレワレ が おもう の とは ちがった カンジョウ を もつ ところ の ジュウジカ の カタチ が、 それ も ちいさい の では ない、 おおきな ジュウジカ の カタチ が フタツ、 ありあり クウチュウ に みえました。 それで ミナ も ナニ か コノヨ の カンジ で ない カンジ を もって それ を みました、 と しるして ありまする。 それ が ヒトリ みた の では ありませぬ、 のこって いた ヒト に ミナ みえた と もうす の です。 ジュウジカ は ワレワレ の ゴリン ノ トウ ドウヨウ な もの です。 それ は ときに ヤマ の キショウ で もって ナニ か の カタチ が みえる こと も ある もの で あります が、 とにかく イマ の サキ まで いきて おった イッコウ の モノ が なくなって、 そうして その アト へ もって きて 4 ニン が ミナ そういう ジュウジカ を みた、 それ も ヒトリ フタリ に みえた の で なく、 4 ニン に みえた の でした。 ヤマ には よく ジブン の カラダ の カゲ が コウセン の なげられる ジョウタイ に よって、 ムコウガワ へ あらわれる こと が ありまする。 4 ニン の ウチ には そういう ゲンエイ か と おもった モノ も あった でしょう、 そこで ジブン たち が テ を うごかしたり カラダ を うごかして みた ところ が、 それ には なんら の カンケイ が なかった と もうします。
これ で この ハナシ は オシマイ に いたします。 ふるい キョウモン の コトバ に、 ココロ は たくみ なる エシ の ごとし、 と ございます。 なんとなく おもいうかめらるる コトバ では ござりませぬ か。
さて おはなし いたします の は、 ジブン が ウオツリ を たのしんで おりました コロ、 ある センパイ から うけたまわりました オハナシ です。 トクガワ-キ も まだ ひどく スエ に ならない ジブン の こと で ございます。 エド は ホンジョ の カタ に すんで おられました ヒト で―― ホンジョ と いう ところ は あまり イチ の たかく ない ブシ ども が おおく いた ところ で、 よく ホンジョ の コッパタモト など と エド の コトワザ で もうした くらい で、 1000 ゴク と まで は ならない よう な ナンビャッコク と いう よう な ちいさな ミブン の ヒトタチ が すんで おりました。 これ も やはり そういう ミブン の ヒト で、 モノゴト が よく できる ので もって、 イットキ は ヤク-づいて おりました。 ヤク-づいて おりますれば、 つまり シュッセ の ミチ も ひらけて、 よろしい わけ でした が、 どうも ヨノナカ と いう もの は むずかしい もの で、 その ヒト が よい から シュッセ する と いう ふう には きまって いない もの で、 かえって ホカ の モノ の ソネミ や ニクミ をも うけまして、 そうして ヤク を とりあげられまする、 そう する と たいがい コブシン と いう の に はいる。 でる クイ が うたれて すんで オコブシン、 など と もうしまして、 コブシンイリ と いう の は、 つまり ヒヤク に なった と いう ほど の イミ に なります。 この ヒト も よい ヒト で あった けれども コブシンイリ に なって、 コブシン に なって みれば ヒマ な もの です から、 ゴヨウ は ほとんど ない ので、 ツリ を タノシミ に して おりました。 べつに クラシ に こまる わけ じゃ なし、 おごり も いたさず、 ヘンクツ でも なく、 モノ は よく わかる、 オトコ も よし、 ダレ が メ にも よい ヒト。 そういう ヒト でした から、 タ の ヒト に メンドウ な カンケイ なんか を およぼさない ツリ を たのしんで いた の は ごく ケッコウ な オハナシ でした。
そこで この ヒト、 ヒマグアイ さえ よければ ツリ に でて おりました。 カンダガワ の ほう に フナヤド が あって、 ヒドリ すなわち ヤクソク の ヒ には センドウ が ホンジョ-ガワ の ほう に フネ を もって きて いる から、 そこ から その フネ に のって、 そうして ツリ に でて ゆく。 かえる とき も フネ から じきに ホンジョ-ガワ に あがって、 ジブン の ヤシキ へ ゆく、 まことに ツゴウ よく なって おりました。 そして シオ の よい とき には マイニチ の よう に ケイズ を つって おりました。 ケイズ と もうします と、 ワタクシ が エド ナマリ を いう もの と おおもい に なる カタ も ありましょう が、 イマ は ミナサマ カイズ カイズ と おっしゃいます が、 カイズ は ナマリ で、 ケイズ が ホントウ です。 ケイズ を いえば タイ の ウチ、 と いう ので、 ケイズダイ を りゃくして ケイズ と いう くろい タイ で、 あの エビスサマ が だいて いらっしゃる もの です。 いや、 かよう に もうします と、 エビスサマ の だいて いらっしゃる の は あかい タイ では ない か、 ヘン な こと ばかり いう ヒト だ と、 また しかられます か しれません が、 これ は ヤ ヒツダイ と もうす ハクブツ の センセイ が もうされた こと です。 だいいち エビスサマ が もって いられる よう な ああいう サオ では あかい タイ は つりませぬ もの です。 クロダイ なら ああいう サオ で ちょうど つれます の です。 ツリザオ の ダン に なります ので、 ヨケイ な こと です が ちょっと もうしそえます。
ある ヒ の こと、 この ヒト が レイ の ごとく フネ に のって でました。 センドウ の キチ と いう の は もう 50 すぎて、 センドウ の トシヨリ なぞ と いう もの は キャク が よろこばない もん で あります が、 この ヒト は なにも そう あせって サカナ を むやみ に とろう と いう の では なし、 キチ と いう の は トシ は とって いる けれども、 まだ それでも そんな に ぼけて いる ほど トシ を とって いる の じゃ なし、 モノ は いろいろ よく しって いる し、 この ヒト は キチ を よい センドウ と して しじゅう つかって いた の です。 ツリセンドウ と いう もの は ウオツリ の シナンバン か アンナイニン の よう に おもう カタ も ある かも しれませぬ けれども、 がんらい そういう もの じゃ ない ので、 ただ ウオツリ を して あそぶ ヒト の アイテ に なる まで で、 つまり キャク を あつかう もの なん です から、 ながく センドウ を して いた モノ なんぞ と いう もの は よく ヒト を のみこみ、 そうして ヒト が ユカイ と おもう こと、 フユカイ と おもう こと を のみこんで、 ユカイ と おもう よう に ジカン を おくらせる こと が できれば、 それ が よい センドウ です。 アミセンドウ なぞ と いう もの は なお の こと そう です。 アミ は オキャク ジシン うつ ヒト も ある けれども まずは アミウチ が うって サカナ を とる の です。 と いって サカナ を とって クラシ を たてる リョウシ とは ちがう。 キャク に サカナ を あたえる こと を おおく する より、 キャク に アミリョウ に でた と いう キョウミ を あたえる の が シュ です。 ですから アミウチ だの ツリセンドウ だの と いう もの は、 シャレ が わからない よう な モノ じゃ それ に なって いない。 ユウカク も ゲイシャ の カオ を みれば シャミ を ひき ウタ を うたわせ、 オシャク には センス を とって たって まわせる、 むやみ に おおく カブ を テイキョウ させる の が よい と おもって いる よう な ヒト は、 まだ まるで アソビ を しらない の と おなじく、 サカナ に ばかり こだわって いる の は、 いわゆる ニサイキャク です。 と いって ツリ に でて つらなくて も よい と いう リクツ は ありません が、 あこぎ に センドウ を つかって ムリ に でも サカナ を とろう と いう よう な ところ は とおりこして いる ヒト です から、 ロウセンドウ の キチ でも、 かえって それ を よい と して いる の でした。
ケイズツリ と いう の は ツリ の ナカ でも また ホカ の ツリ と ヨウス が ちがう。 なぜか と いいます と、 ホカ の、 たとえば キスツリ なんぞ と いう の は タチコミ と いって ミズ の ナカ へ はいって いたり、 あるいは キャタツツリ と いって たかい キャタツ を ウミ の ナカ へ たて、 その ウエ に あがって つる ので、 サカナ の オトオリ を まって いる の です から、 これ を わるく いう モノ は コジキヅリ なんぞ と いう くらい で、 サカナ が とおって くれなければ シヨウ が ない、 みじめ な ザマ だ から です。 それから また ボラツリ なんぞ と いう もの は、 ボラ と いう サカナ が あまり ジョウトウ の サカナ で ない、 ムレウオ です から とれる とき は おもたくて シカタ が ない、 になわなくて は もてない ほど とれたり なんぞ する うえ に、 これ を つる とき には フネ の トモ の ほう へ でまして、 そうして おおきな ながい イタゴ や カジ なんぞ を フネ の コベリ から コベリ へ わたして、 それ に コシ を かけて、 カゼ の フキサラシ に ヤタイチ の キャク より わるい カッコウ を して つる の で ありまする から、 もう アソビ では ありません、 ホンショク の リョウシ みたい な スガタ に なって しまって、 まことに あわれ な もの で あります。 が、 それ は また それ で ちょうど そういう チョウシアイ の こと の すき な ライラク な ヒト が、 ボラツリ は ゴウソウ で よい など と ショウビ する ツリ で あります。 が、 ワチュウ の ヒト は そんな ツリ は しませぬ。 ケイズツリ と いう の は そういう の と ちがいまして、 その ジブン、 エド の マエ の サカナ は ずっと オオカワ へ おくふかく はいりました もの で ありまして、 エイタイバシ シン オオハシ より カミ の ほう でも つった もの です。 それ です から ゼンニョ が クドク の ため に ジゾウソン の ゴエイ を すった ショウシヘン を リョウゴクバシ の ウエ から はらはら と ながす、 それ が ケイズ の メダマ へ かぶさる など と いう イマ から は ソウゾウ も できない よう な ウガチ さえ ありました くらい です。
で、 カワ の ケイズツリ は カワ の ふかい ところ で つる バアイ は テヅリ を ひいた もの で、 サオ など を ふりまわして つかわず とも すむ よう な わけ でした。 ながい ツリイト を ワッカ から だして、 そうして ニホンユビ で アタリ を かんがえて つる。 つかれた とき には フネ の コベリ へ もって いって キリ を たてて、 その キリ の ウエ に クジラ の ヒゲ を すえて、 その ヒゲ に もたせた マタ に イト を くいこませて やすむ。 これ を 「イトカケ」 と もうしました。 ノチ には シンポ して、 その クジラ の ヒゲ の ウエ へ スズ なんぞ つける よう に なり、 ミャクスズ と もうす よう に なりました。 ミャクスズ は イマ も もちいられて います。 しかし イマ では カワ の ヨウス が まったく ちがいまして、 オオカワ の ツリ は ゼンブ なくなり、 ケイズ の ミャクヅリ なんぞ と いう もの は ドナタ も ゴショウチ ない よう に なりました。 ただし その ジブン でも ミャクヅリ じゃ そう つれない。 そうして マイニチ でて ホンジョ から すぐ ハナ の サキ の オオカワ の エイタイ の カミ アタリ で もって つって いて は キョウ も つきる わけ です から、 ワチュウ の ヒト は、 カワ の ミャクヅリ で なく ウミ の サオヅリ を たのしみました。 サオヅリ にも いろいろ ありまして、 メイジ の スエゴロ は ハタキ なんぞ いう ツリ も ありました。 これ は フネ の ウエ に たって いて、 オダイバ に うちつける ナミ の あれくるう よう な ところ へ ハリ を ほうって いれて つる の です。 つよい ミナミ に ふかれながら、 ランセキ に あたる ナミ の しらあわだつ ナカ へ サオ を ふって エサ を うちこむ の です から、 つれる こと は つれて も ずいぶん ロウドウテキ の ツリ で あります。 そんな ツリ は その ジブン には なかった、 オダイバ も なかった の で ある。 それから また イマ は ドウリュウサク なんぞ で ながして つる ナガシヅリ も あります が、 これ も なかなか くたびれる ツリ で あります。 ツリ は どうも サカナ を とろう と する サンマイ に なります と、 ジョウヒン でも なく、 アソビ も くるしく なる よう で ございます。
そんな ツリ は ふるい ジブン には なくて、 ミヨ の ウチ だ とか ミヨガラミ で つる の を ミヨヅリ と もうしました。 これ は ウミ の ナカ に おのずから ミズ の ながれる スジ が あります から、 その スジ を たよって フネ を シオナリ に ちゃんと とめまして、 オキャク は ショウゲン ――つまり フネ の カシラ の ほう から の ダイイチ の マ―― に ムコウ を むいて しゃんと すわって、 そうして ツリザオ を ミギ と ヒダリ と へ ハチ の ジ の よう に ふりこんで、 ミヨシ ちかく、 カッパ の サキ の ほう に わたって いる カンコ の ミギ の ほう へ ミギ の サオ、 ヒダリ の ほう へ ヒダリ の サオ を もたせ、 その サオジリ を ちょっと なんとか した メイメイ の ズイイ の シュコウ で ちょいと かるく とめて おく の で あります。 そうして キャク は たんぜん と して サオサキ を みて いる の です。 センドウ は キャク より も ウシロ の ツギノマ に いまして、 ちょうど オトモ の よう な カタチ に、 まずは すこし ウゲン に よって ひかえて おります。 ヒ が さす、 アメ が ふる、 いずれ にも むろん の こと トマ と いう もの を ふきます。 それ は オモテ の フナバリ と その ツギ の フナバリ と に あいて いる アナ に、 「タテジ」 を たて、 ニ の タテジ に ムネ を わたし、 ヒジキ を サユウ に はねださせて、 ヒジキ と ヒジキ と を キザオ で つらねて トマ を うけさせます。 トマ 1 マイ と いう の は およそ タタミ 1 マイ より すこし おおきい もの、 ゼイタク に します と シャクナガ の トマ は タタミ 1 マイ の より よほど ながい の です。 それ を 4 マイ、 フネ の オモテ の マ の ヤネ の よう に ふく の で あります から、 まことに グアイ よく、 ナガ-4 ジョウ の ヘヤ の テンジョウ の よう に ひいて しまえば、 トマ は ジュウブン に ヒ も アメ も ふせぎます から、 ちゃんと ザシキ の よう に なる ので、 それで その トマ の シタ すなわち オモテ の マ―― ツリブネ は おおく アミブネ と ちがって オモテ の マ が ふかい の で あります から、 まことに チョウシ が よろしい。 そこ へ ゴザ なんぞ しきまして、 その ウエ に シキモノ を おき、 アグラ なんぞ かかない で ただしく すわって いる の が シキ です。 コジン ナリタヤ が イマ の コウシロウ、 トウジ の ソメゴロウ を つれて ツリ に でた とき、 ゲイドウ ブタイ-ジョウ では サシズ を あおいで も、 カッテ に しなせい と つっぱなして おしえて くれなかった くせ に、 フネ では ソメゴロウ の スワリヨウ を とがめて、 そんな バカ な スワリヨウ が ある か と きびしく しかった と いう こと を、 コウシロウ さん から チョクセツ に ききました が、 メナダツリ、 ケイズツリ、 スズキツリ、 ゲヒン で ない ツリ は すべて そんな もの です。
それで サカナ が きまして も、 また、 タイ の タグイ と いう もの は、 まことに そういう ツリ を する ヒトビト に グアイ の よく できて いる もの で、 タイ の ニダンビキ と もうしまして、 たまに は イチド に がぶっと たべて ツリザオ を もって ゆく と いう よう な こと も あります けれども、 それ は むしろ ケウ の レイ で、 ケイズ は タイテイ は イチド ツリザオ の サキ へ アタリ を みせて、 それから ちょっと して ホントウ に くう もの で ありまする から、 サオサキ の うごいた とき に、 きた な と こころづきましたら、 ゆっくり と テ を サオジリ に かけて、 ツギ の アタリ を まって いる。 ツギ に サカナ が ぎゅっと しめる とき に、 ミギ の サオ なら ミギ の テ で あわせて サオ を おこし、 ジブン の すぐと ウシロ の ほう へ そのまま もって ゆく ので、 そう する と ウシロ に センドウ が います から、 これ が タマ を しゃんと もって いまして すくいとります。 おおきく ない サカナ を つって も、 そこ が アソビ です から サオ を ぐっと あげて まわして、 ウシロ の センドウ の ほう に やる。 センドウ は サカナ を すくって、 ハリ を はずして、 フネ の ちょうど マンナカ の ところ に イケマ が あります から サカナ を そこ へ いれる。 それから センドウ が また エサ を つける。 「ダンナ、 つきました」 と いう と、 サオ を また モト へ もどして ねらった ところ へ ふりこむ と いう わけ で あります。 ですから、 キャク は ジョウフ の キモノ を きて いて も つる こと が できます わけ で、 まことに キレイゴト に トノサマ-らしく やって いられる ツリ です。 そこで チャ の すき な ヒト は ギョクロ など いれて、 チャボン を ソバ に おいて チャ を のんで いて も、 アイテ が ニダンビキ の タイ です から、 なれて くれば しずか に チャワン を シタ に おいて、 そうして つって いられる。 サケ の すき な ヒト は シオマ など は サケ を のみながら も つる。 おおく ナツ の ツリ で あります から、 アワモリ だ とか、 ヤナギカゲ など と いう もの が よろこばれた もの で、 オキミズヤ ほど おおきい もの では ありません が ジョウゲバコ と いう の に チャキ シュキ、 ショッキ も そなえられ、 ちょっと した サカナ、 そんな もの も しこまれて ある よう な わけ です。 バンジ が そういう チョウシ なの です から、 しんに アソビ に なります。 しかも フネ は ジョウダナ ヒノキ で あらいたてて ありますれば、 セイケツ このうえなし です。 しかも すずしい カゼ の すいすい ながれる カイジョウ に、 カタトマ を きった フネ なんぞ、 トオク から みる と ヨソメ から みて も いかにも すずしい もの です。 あおい ソラ の ナカ へ うきあがった よう に ひろびろ と シオ が はって いる その ウエ に、 カゼ の つきぬける ヒカゲ の ある イチヨウ の フネ が、 テン から おちた オオトリ の 1 マイ の ハネ の よう に ふわり と して いる の です から。
それから また、 ミヨヅリ で ない ツリ も ある の です。 それ は ミヨ で もって うまく くわなかったり なんか した とき に、 サカナ と いう もの は かならず ナニ か の カゲ に いる もの です から、 それ を つる の です。 トリ は キ に より、 サカナ は カカリ、 ヒト は ナサケ の カゲ に よる、 なんぞ と いう 「ヨシコノ」 が あります が、 カカリ と いう の は ミズ の ナカ に もさもさ した もの が あって、 そこ に アミ を うつ こと も コンナン で あり、 ツリバリ を いれる こと も コンナン な よう な ヒッカカリ が ある から、 カカリ と もうします。 その カカリ には とかくに サカナ が よる もの で あります。 その カカリ の マエ へ でかけて いって、 そうして カカリ と スレスレ に ハリ を うちこむ、 それ が カカリマエ の ツリ と いいます。 ミヨ だの ヒラバ だの で つれない とき に カカリマエ に ゆく と いう こと は ダレ も する こと。 また わざわざ カカリ へ ゆきたがる ヒト も ある くらい。 ふるい ミヨグイ、 ボッカ、 ワレブネ、 ヒビガラミ、 シカケ を うしなう の を カクゴ の マエ に して、 おおよう に ソレゾレ の シュコウ で あそびます。 いずれ に して も ダイミョウヅリ と いわれる だけ に、 ケイズツリ は いかにも ゼイタク に おこなわれた もの です。
ところで ツリ の アジ は それ で いい の です が、 やはり ツリ は ネ が サカナ を とる と いう こと に ある もの です から、 あまり つれない と アソビ の セカイ も せまく なります。 ある ヒ の こと、 ちっとも つれません。 つれない と いう と ミジュク な キャク は とかくに ぶつぶつ センドウ に むかって グチ を こぼす もの です が、 この ヒト は そういう こと を いう ほど あさはか では ない ヒト でした から、 つれなくて も イツモ の とおり の キゲン で その ヒ は かえった。 その ヨクジツ も ヒドリ だった から、 ヨクジツ も その ヒト は また キチコウ を つれて でた。 ところが サカナ と いう の は、 それ は サカナ だ から い さえ すれば エサ が あれば くいそう な もの だ けれども、 そう も ゆかない もの で、 トキ に よる と ナニ か を きらって、 たとえば ミズ を きらう とか カゼ を きらう とか、 あるいは ナニ か フメイ な ゲンイン が あって それ を きらう と いう と、 いて も くわない こと が ある もん です。 シカタ が ない。 フツカ とも さっぱり つれない。 そこで いくら なんでも ちっとも つれない ので、 キチコウ は よわりました。 コジオ の とき なら しらん こと、 いい シオ に でて いる のに、 フツカ とも ちっとも つれない と いう の は、 キャク は それほど に おもわない に した ところ で、 センドウ に とって は おもしろく ない。 それ も オキャク が、 ツリ も できて いれば ニンゲン も できて いる ヒト で、 ぶつり とも いわない で いて くれる ので かえって キ が すくみます。 どうも シヨウ が ない。 が、 どうしても キョウ は ミヤゲ を もたせて かえそう と おもう もの です から、 さあ イロイロ な シオユキ と バショ と を かんがえて、 あれ も やり、 これ も やった けれども、 どうしても つれない。 それ が また つれる べき はず の、 ツキ の ない オオシオ の ヒ。 どうしても つれない から、 キチ も とうとう へたばって しまって、
「やあ ダンナ、 どうも フツカ とも なげられちゃって モウシワケ が ございません なあ」 と いう。 キャク は わらって、
「なあに オマエ、 モウシワケ が ございません なんて、 そんな ヤボカタギ の こと を いう はず の ショウバイ じゃ ねえ じゃ ねえ か。 ははは。 いい やな。 もう かえる より シカタ が ねえ、 そろそろ いこう じゃ ない か」
「へい、 もう 1 カショ やって みて、 そうして かえりましょう」
「もう 1 カショ たって、 もう そろそろ マヅミ に なって くる じゃ ねえ か」
マヅミ と いう の は、 アサ の を アサマヅミ、 バン の を ユウマヅミ と もうします。 だんだん と ヒル に なったり ヨル に なったり する せりつめた とき を いう の で あって、 とかくに サカナ は イマ まで ちっとも でて こなかった の が、 マヅミ に なって キュウ に でて きたり なんか する もの です。 キチ の ハラ の ナカ では、 マヅミ に あてたい の です が、 キャク は わざと その ハンタイ を いった の でした。
「ケイズツリ に きて、 こんな に おそく なって、 オマエ、 もう 1 カショ なんて、 そんな ブイキ な こと を いいだして。 もう よそう よ」
「すみません が ダンナ、 もう 1 カショ ちょいと あてて」
と、 キャク と センドウ と いう こと が アベコベ に なりまして、 キチ は ジブン の おもう ほう へ フネ を やりました。
キチ は ゼンパイ に おわらせたく ない イジ から、 フネ を キョウ まで かかった こと の ない バショ へ もって いって、 「カシ」 を きめる の に シンチョウ な タイド を とりながら、 やがて、
「ダンナ、 サオ は 1 ポン に して、 ミヨシ の マショウメン へ うまく ふりこんで ください」 と もうしました。 これ は その ツボ イガイ は、 サユウ も ゼンメン も、 おそろしい カカリ で ある こと を かたって いる の です。 キャク は ガテン して、 「あいよ」 と その コトバドオリ に じつに うまく ふりこみました が、 シンチュウ では キノリウス で あった こと も あらそえません でした。 すると イマ テ に して いた サオ を おく か おかぬ か に、 サカナ の アタリ か ゴミ の アタリ か わからぬ アタリ、 ――タイギョ に オオゴミ の よう な アタリ が あり、 オオゴミ に タイギョ の よう な アタリ が ある もの で、 そういう アタリ が みえます と ドウジ に、 ニダンビキ どころ では ない、 イト は ぴんと はり、 サオ は ずいと ひかれて ゆきそう に なりました から、 キャク は サオジリ を とって ちょいと あてて、 すぐに サオ を たて に かかりました。 が、 こっち の ハタラキ は すこしも ムコウ へは つうじません で、 ムコウ の チカラ ばかり が モギドウ に つよう ございました。 サオ は ニホンツギ の、 フツウ の ジョウモノ でした が、 ツギテ の モトギワ が みちり と ちいさな オト が して、 そして イト は あえなく きれて しまいました。 サカナ が きて カカリ へ くわえこんだ の か、 オオゴミ が もって いった の か、 もとより みぬ もの の ショウタイ は わかりません が、 キチ は また ヒトツ ここ で クロボシ が ついて、 しかも サオ が ダメ に なった の を みのがし は しません で、 いっそう シンチュウ は くらく なりました。 こういう こと も ない レイ では ありません が、 あくまでも ねれた キャク で、 「アトオイ コゴト」 など は なにも いわず に キチ の ほう を むいて、
「かえれ って いう こと だよ」 と わらいました の は、 イッサイ の こと を 「もう かえれ」 と いう シゼン の メイレイ の イミアイ だ と かるく ながして しまった の です。 「へい」 と いう より ホカ は ない、 キチ は すなお に カシ を ぬいて、 こぎだしながら、
「アッシ の チョボイチ が コケ だった ん です」 と シゴテキ に いって、 ちょいと カタテ で ジブン の カシラ を うつ マネ を して わらった。 「ははは」 「ははは」 と かるい ワライ で、 ソウホウ とも ヤクシャ が わるく ない から あじ な マクギレ を みせた の でした。
コウダ ロハン
こう あつく なって は ミナサンガタ が あるいは たかい ヤマ に ゆかれたり、 あるいは すずしい ウミベ に ゆかれたり しまして、 そうして この なやましい ヒ を ジュウジツ した セイカツ の イチブブン と して おくろう と なさる の も ごもっとも です。 が、 もう おいくちて しまえば ヤマ へも ゆかれず、 ウミ へも でられない で います が、 そのかわり コニワ の アサツユ、 エンガワ の ユウカゼ ぐらい に マンゾク して、 ブナン に ヘイワ な ヒ を すごして ゆける と いう もの で、 まあ トシヨリ は そこいら で おちついて ゆかなければ ならない の が シゼン なの です。 ヤマ へ のぼる の も ごく いい こと で あります。 シンザン に はいり、 コウザン、 ケンザン なんぞ へ のぼる と いう こと に なる と、 イッシュ の シンピテキ な キョウミ も おおい こと です。 そのかわり また キケン も しょうじます わけ で、 おそろしい ハナシ が つたえられて おります。 ウミ も また おなじ こと です。 イマ おはなし いたそう と いう の は ウミ の ハナシ です が、 サキ に ヤマ の ハナシ を イチド もうして おきます。
それ は セイレキ 1865 ネン の 7 ガツ の 13 ニチ の ゴゼン 5 ジ ハン に ツェルマット と いう ところ から シュッパツ して、 なだかい アルプス の マッターホルン を セカイ はじまって イライ サイショ に セイフク いたしましょう と こころざし、 その ヨク 10 ヨッカ の ヨアケマエ から ホネ を おって、 そうして ゴゴ 1 ジ 40 プン に チョウジョウ へ つきました の が、 あの なだかい アルプス トウハンキ の チョシャ の ウィンパー イッコウ で ありました。 その イッコウ 8 ニン が アルプス の マッターホルン を はじめて セイフク した ので、 それから だんだん と アルプス も ひらけた よう な わけ です。
それ は ミナサマ が マッターホルン の セイフク の キコウ に よって ゴショウチ の とおり で あります から、 イマ ワタクシ が もうさなくて も つとに ゴガテン の こと です が、 さて その とき に、 その マエ から タ の イッコウ すなわち イタリー の カレル と いう ヒト の イチグン が やはり そこ を セイフク しよう と して、 リョウシャ は しぜん と キョウソウ の カタチ に なって いた の で あります。 しかし カレル の ほう は フコウ に して ミチ の トリカタ が ちがって いた ため に、 ウィンパー の イッコウ には まけて しまった の で あります。 ウィンパー の イッコウ は のぼる とき には、 クロス、 それから ツギ に トシ を とった ほう の ペーテル、 それから その セガレ が フタリ、 それから フランシス ダグラス-キョウ と いう これ は ミブン の ある ヒト です。 それから ハドウ、 それから ハドス、 それから ウィンパー と いう の が いちばん シマイ で、 つまり 8 ニン が その ジュンジョ で のぼりました。
10 ヨッカ の 1 ジ 40 プン に とうとう さしも の おそろしい マッターホルン の チョウジョウ、 テン にも とどく よう な チョウジョウ へ のぼりえて おおいに よろこんで、 それから ゲザン に かかりました。 ゲザン に かかる とき には、 いちばん サキ へ クロス、 その ツギ が ハドウ、 その ツギ が ハドス、 それから フランシス ダグラス-キョウ、 それから トシ を とった ところ の ペーテル、 いちばん シマイ が ウィンパー、 それ で だんだん おりて きた の で あります が、 それ だけ の ゼンゴ ミゾウ の ダイセイコウ を おさめえた 8 ニン は、 ノボリ に くらべて は なお イチバイ おそろしい ヒョウセツ の キケン の ミチ を ヨウジン-ぶかく たどりました の です。 ところが、 ダイ 2 バンメ の ハドウ、 それ は すこし ヤマ の ケイケン が たりなかった せい も ありましょう し、 また ヒロウ した せい も ありましたろう し、 いや、 むしろ ウンメイ の せい と もうしたい こと で、 あやまって すべって、 いちばん サキ に いた クロス へ ぶつかりました。 そう する と、 ユキ や コオリ の おおって いる アシガカリ も ない よう な ケンシュン の ところ で、 そういう こと が おこった ので、 たちまち クロス は ミ を さらわれ、 フタリ は ヒトツ に なって おちて ゆきました わけ。 あらかじめ ロープ を もって メイメイ の ミ を つないで、 ヒトリ が おちて も タ が ふみとどまり、 そして ココ の キケン を すくう よう に して あった の で あります けれども、 なんせ ゼッペキ の ところ で おちかかった の です から たまりません、 フタリ に まけて ダイ 3 バンメ も おちて ゆく。 それから フランシス ダグラス-キョウ は 4 バンメ に いた の です が、 3 ニン の シタ へ おちて ゆく イキオイ で、 この ヒト も シタ へ つれて ゆかれました。 ダグラス-キョウ と アト の 4 ニン との アイダ で ロープ は ぴんと はられました。 4 ニン は うんと ふみこらえました。 おちる 4 ニン と こらえる 4 ニン との アイダ で、 ロープ は チカラ たらず して ぷつり と きれて しまいました。 ちょうど ゴゴ 3 ジ の こと で ありました が、 マエ の 4 ニン は 4000 ジャク ばかり の ヒョウセツ の ところ を サカオトシ に ラッカ した の です。 アト の ヒト は そこ へ のこった けれども、 みるみる ジブン たち の イッコウ の ハンブン は サカオトシ に なって ふかい ふかい タニソコ へ おちて ゆく の を メ に した その ココロモチ は どんな でしたろう。 それで ウエ に のこった モノ は キョウジン の ごとく コウフン し、 シニン の ごとく ゼツボウ し、 テアシ も うごかせぬ よう に なった けれども、 さて ある べき では ありませぬ から、 ジブン たち も コンド は すべって しぬ ばかり か、 フソク の ウンメイ に のぞんで いる ミ と おもいながら だんだん おりて まいりまして、 そうして ようやく ゴゴ の 6 ジ-ゴロ に いくらか キケン の すくない ところ まで おりて きました。
おりて は きました が、 つい サッキ まで イッショ に いた ヒトビト が もう ワケ も わからぬ ヤマ の マノテ に さらわれて しまった と おもう と、 フシギ な シンリ ジョウタイ に なって いた に ソウイ ありません。 で、 ワレワレ は そういう バアイ へ いった こと が なくて、 ただ ハナシ のみ を きいた だけ では、 それら の ヒト の ココロ の ウチ が どんな もの で あったろう か と いう こと は、 まず ほとんど ソウゾウ できぬ の で ありまする が、 その ウィンパー の しるした もの に よりまする と、 その とき ユウガタ 6 ジ-ゴロ です、 ペーテル イチゾク の モノ は ヤマノボリ に なれて いる ヒト です が、 その ヒトリ が ふと みる と いう と、 リスカン と いう ほう に、 ぼうっと した アーチ の よう な もの が みえました ので、 はてな と メ を とめて おりまする と、 ホカ の モノ も その みて いる ほう を みました。 すると やがて その アーチ の ところ へ セイヨウ ショコク の ヒト に とって は トウヨウ の ワレワレ が おもう の とは ちがった カンジョウ を もつ ところ の ジュウジカ の カタチ が、 それ も ちいさい の では ない、 おおきな ジュウジカ の カタチ が フタツ、 ありあり クウチュウ に みえました。 それで ミナ も ナニ か コノヨ の カンジ で ない カンジ を もって それ を みました、 と しるして ありまする。 それ が ヒトリ みた の では ありませぬ、 のこって いた ヒト に ミナ みえた と もうす の です。 ジュウジカ は ワレワレ の ゴリン ノ トウ ドウヨウ な もの です。 それ は ときに ヤマ の キショウ で もって ナニ か の カタチ が みえる こと も ある もの で あります が、 とにかく イマ の サキ まで いきて おった イッコウ の モノ が なくなって、 そうして その アト へ もって きて 4 ニン が ミナ そういう ジュウジカ を みた、 それ も ヒトリ フタリ に みえた の で なく、 4 ニン に みえた の でした。 ヤマ には よく ジブン の カラダ の カゲ が コウセン の なげられる ジョウタイ に よって、 ムコウガワ へ あらわれる こと が ありまする。 4 ニン の ウチ には そういう ゲンエイ か と おもった モノ も あった でしょう、 そこで ジブン たち が テ を うごかしたり カラダ を うごかして みた ところ が、 それ には なんら の カンケイ が なかった と もうします。
これ で この ハナシ は オシマイ に いたします。 ふるい キョウモン の コトバ に、 ココロ は たくみ なる エシ の ごとし、 と ございます。 なんとなく おもいうかめらるる コトバ では ござりませぬ か。
さて おはなし いたします の は、 ジブン が ウオツリ を たのしんで おりました コロ、 ある センパイ から うけたまわりました オハナシ です。 トクガワ-キ も まだ ひどく スエ に ならない ジブン の こと で ございます。 エド は ホンジョ の カタ に すんで おられました ヒト で―― ホンジョ と いう ところ は あまり イチ の たかく ない ブシ ども が おおく いた ところ で、 よく ホンジョ の コッパタモト など と エド の コトワザ で もうした くらい で、 1000 ゴク と まで は ならない よう な ナンビャッコク と いう よう な ちいさな ミブン の ヒトタチ が すんで おりました。 これ も やはり そういう ミブン の ヒト で、 モノゴト が よく できる ので もって、 イットキ は ヤク-づいて おりました。 ヤク-づいて おりますれば、 つまり シュッセ の ミチ も ひらけて、 よろしい わけ でした が、 どうも ヨノナカ と いう もの は むずかしい もの で、 その ヒト が よい から シュッセ する と いう ふう には きまって いない もの で、 かえって ホカ の モノ の ソネミ や ニクミ をも うけまして、 そうして ヤク を とりあげられまする、 そう する と たいがい コブシン と いう の に はいる。 でる クイ が うたれて すんで オコブシン、 など と もうしまして、 コブシンイリ と いう の は、 つまり ヒヤク に なった と いう ほど の イミ に なります。 この ヒト も よい ヒト で あった けれども コブシンイリ に なって、 コブシン に なって みれば ヒマ な もの です から、 ゴヨウ は ほとんど ない ので、 ツリ を タノシミ に して おりました。 べつに クラシ に こまる わけ じゃ なし、 おごり も いたさず、 ヘンクツ でも なく、 モノ は よく わかる、 オトコ も よし、 ダレ が メ にも よい ヒト。 そういう ヒト でした から、 タ の ヒト に メンドウ な カンケイ なんか を およぼさない ツリ を たのしんで いた の は ごく ケッコウ な オハナシ でした。
そこで この ヒト、 ヒマグアイ さえ よければ ツリ に でて おりました。 カンダガワ の ほう に フナヤド が あって、 ヒドリ すなわち ヤクソク の ヒ には センドウ が ホンジョ-ガワ の ほう に フネ を もって きて いる から、 そこ から その フネ に のって、 そうして ツリ に でて ゆく。 かえる とき も フネ から じきに ホンジョ-ガワ に あがって、 ジブン の ヤシキ へ ゆく、 まことに ツゴウ よく なって おりました。 そして シオ の よい とき には マイニチ の よう に ケイズ を つって おりました。 ケイズ と もうします と、 ワタクシ が エド ナマリ を いう もの と おおもい に なる カタ も ありましょう が、 イマ は ミナサマ カイズ カイズ と おっしゃいます が、 カイズ は ナマリ で、 ケイズ が ホントウ です。 ケイズ を いえば タイ の ウチ、 と いう ので、 ケイズダイ を りゃくして ケイズ と いう くろい タイ で、 あの エビスサマ が だいて いらっしゃる もの です。 いや、 かよう に もうします と、 エビスサマ の だいて いらっしゃる の は あかい タイ では ない か、 ヘン な こと ばかり いう ヒト だ と、 また しかられます か しれません が、 これ は ヤ ヒツダイ と もうす ハクブツ の センセイ が もうされた こと です。 だいいち エビスサマ が もって いられる よう な ああいう サオ では あかい タイ は つりませぬ もの です。 クロダイ なら ああいう サオ で ちょうど つれます の です。 ツリザオ の ダン に なります ので、 ヨケイ な こと です が ちょっと もうしそえます。
ある ヒ の こと、 この ヒト が レイ の ごとく フネ に のって でました。 センドウ の キチ と いう の は もう 50 すぎて、 センドウ の トシヨリ なぞ と いう もの は キャク が よろこばない もん で あります が、 この ヒト は なにも そう あせって サカナ を むやみ に とろう と いう の では なし、 キチ と いう の は トシ は とって いる けれども、 まだ それでも そんな に ぼけて いる ほど トシ を とって いる の じゃ なし、 モノ は いろいろ よく しって いる し、 この ヒト は キチ を よい センドウ と して しじゅう つかって いた の です。 ツリセンドウ と いう もの は ウオツリ の シナンバン か アンナイニン の よう に おもう カタ も ある かも しれませぬ けれども、 がんらい そういう もの じゃ ない ので、 ただ ウオツリ を して あそぶ ヒト の アイテ に なる まで で、 つまり キャク を あつかう もの なん です から、 ながく センドウ を して いた モノ なんぞ と いう もの は よく ヒト を のみこみ、 そうして ヒト が ユカイ と おもう こと、 フユカイ と おもう こと を のみこんで、 ユカイ と おもう よう に ジカン を おくらせる こと が できれば、 それ が よい センドウ です。 アミセンドウ なぞ と いう もの は なお の こと そう です。 アミ は オキャク ジシン うつ ヒト も ある けれども まずは アミウチ が うって サカナ を とる の です。 と いって サカナ を とって クラシ を たてる リョウシ とは ちがう。 キャク に サカナ を あたえる こと を おおく する より、 キャク に アミリョウ に でた と いう キョウミ を あたえる の が シュ です。 ですから アミウチ だの ツリセンドウ だの と いう もの は、 シャレ が わからない よう な モノ じゃ それ に なって いない。 ユウカク も ゲイシャ の カオ を みれば シャミ を ひき ウタ を うたわせ、 オシャク には センス を とって たって まわせる、 むやみ に おおく カブ を テイキョウ させる の が よい と おもって いる よう な ヒト は、 まだ まるで アソビ を しらない の と おなじく、 サカナ に ばかり こだわって いる の は、 いわゆる ニサイキャク です。 と いって ツリ に でて つらなくて も よい と いう リクツ は ありません が、 あこぎ に センドウ を つかって ムリ に でも サカナ を とろう と いう よう な ところ は とおりこして いる ヒト です から、 ロウセンドウ の キチ でも、 かえって それ を よい と して いる の でした。
ケイズツリ と いう の は ツリ の ナカ でも また ホカ の ツリ と ヨウス が ちがう。 なぜか と いいます と、 ホカ の、 たとえば キスツリ なんぞ と いう の は タチコミ と いって ミズ の ナカ へ はいって いたり、 あるいは キャタツツリ と いって たかい キャタツ を ウミ の ナカ へ たて、 その ウエ に あがって つる ので、 サカナ の オトオリ を まって いる の です から、 これ を わるく いう モノ は コジキヅリ なんぞ と いう くらい で、 サカナ が とおって くれなければ シヨウ が ない、 みじめ な ザマ だ から です。 それから また ボラツリ なんぞ と いう もの は、 ボラ と いう サカナ が あまり ジョウトウ の サカナ で ない、 ムレウオ です から とれる とき は おもたくて シカタ が ない、 になわなくて は もてない ほど とれたり なんぞ する うえ に、 これ を つる とき には フネ の トモ の ほう へ でまして、 そうして おおきな ながい イタゴ や カジ なんぞ を フネ の コベリ から コベリ へ わたして、 それ に コシ を かけて、 カゼ の フキサラシ に ヤタイチ の キャク より わるい カッコウ を して つる の で ありまする から、 もう アソビ では ありません、 ホンショク の リョウシ みたい な スガタ に なって しまって、 まことに あわれ な もの で あります。 が、 それ は また それ で ちょうど そういう チョウシアイ の こと の すき な ライラク な ヒト が、 ボラツリ は ゴウソウ で よい など と ショウビ する ツリ で あります。 が、 ワチュウ の ヒト は そんな ツリ は しませぬ。 ケイズツリ と いう の は そういう の と ちがいまして、 その ジブン、 エド の マエ の サカナ は ずっと オオカワ へ おくふかく はいりました もの で ありまして、 エイタイバシ シン オオハシ より カミ の ほう でも つった もの です。 それ です から ゼンニョ が クドク の ため に ジゾウソン の ゴエイ を すった ショウシヘン を リョウゴクバシ の ウエ から はらはら と ながす、 それ が ケイズ の メダマ へ かぶさる など と いう イマ から は ソウゾウ も できない よう な ウガチ さえ ありました くらい です。
で、 カワ の ケイズツリ は カワ の ふかい ところ で つる バアイ は テヅリ を ひいた もの で、 サオ など を ふりまわして つかわず とも すむ よう な わけ でした。 ながい ツリイト を ワッカ から だして、 そうして ニホンユビ で アタリ を かんがえて つる。 つかれた とき には フネ の コベリ へ もって いって キリ を たてて、 その キリ の ウエ に クジラ の ヒゲ を すえて、 その ヒゲ に もたせた マタ に イト を くいこませて やすむ。 これ を 「イトカケ」 と もうしました。 ノチ には シンポ して、 その クジラ の ヒゲ の ウエ へ スズ なんぞ つける よう に なり、 ミャクスズ と もうす よう に なりました。 ミャクスズ は イマ も もちいられて います。 しかし イマ では カワ の ヨウス が まったく ちがいまして、 オオカワ の ツリ は ゼンブ なくなり、 ケイズ の ミャクヅリ なんぞ と いう もの は ドナタ も ゴショウチ ない よう に なりました。 ただし その ジブン でも ミャクヅリ じゃ そう つれない。 そうして マイニチ でて ホンジョ から すぐ ハナ の サキ の オオカワ の エイタイ の カミ アタリ で もって つって いて は キョウ も つきる わけ です から、 ワチュウ の ヒト は、 カワ の ミャクヅリ で なく ウミ の サオヅリ を たのしみました。 サオヅリ にも いろいろ ありまして、 メイジ の スエゴロ は ハタキ なんぞ いう ツリ も ありました。 これ は フネ の ウエ に たって いて、 オダイバ に うちつける ナミ の あれくるう よう な ところ へ ハリ を ほうって いれて つる の です。 つよい ミナミ に ふかれながら、 ランセキ に あたる ナミ の しらあわだつ ナカ へ サオ を ふって エサ を うちこむ の です から、 つれる こと は つれて も ずいぶん ロウドウテキ の ツリ で あります。 そんな ツリ は その ジブン には なかった、 オダイバ も なかった の で ある。 それから また イマ は ドウリュウサク なんぞ で ながして つる ナガシヅリ も あります が、 これ も なかなか くたびれる ツリ で あります。 ツリ は どうも サカナ を とろう と する サンマイ に なります と、 ジョウヒン でも なく、 アソビ も くるしく なる よう で ございます。
そんな ツリ は ふるい ジブン には なくて、 ミヨ の ウチ だ とか ミヨガラミ で つる の を ミヨヅリ と もうしました。 これ は ウミ の ナカ に おのずから ミズ の ながれる スジ が あります から、 その スジ を たよって フネ を シオナリ に ちゃんと とめまして、 オキャク は ショウゲン ――つまり フネ の カシラ の ほう から の ダイイチ の マ―― に ムコウ を むいて しゃんと すわって、 そうして ツリザオ を ミギ と ヒダリ と へ ハチ の ジ の よう に ふりこんで、 ミヨシ ちかく、 カッパ の サキ の ほう に わたって いる カンコ の ミギ の ほう へ ミギ の サオ、 ヒダリ の ほう へ ヒダリ の サオ を もたせ、 その サオジリ を ちょっと なんとか した メイメイ の ズイイ の シュコウ で ちょいと かるく とめて おく の で あります。 そうして キャク は たんぜん と して サオサキ を みて いる の です。 センドウ は キャク より も ウシロ の ツギノマ に いまして、 ちょうど オトモ の よう な カタチ に、 まずは すこし ウゲン に よって ひかえて おります。 ヒ が さす、 アメ が ふる、 いずれ にも むろん の こと トマ と いう もの を ふきます。 それ は オモテ の フナバリ と その ツギ の フナバリ と に あいて いる アナ に、 「タテジ」 を たて、 ニ の タテジ に ムネ を わたし、 ヒジキ を サユウ に はねださせて、 ヒジキ と ヒジキ と を キザオ で つらねて トマ を うけさせます。 トマ 1 マイ と いう の は およそ タタミ 1 マイ より すこし おおきい もの、 ゼイタク に します と シャクナガ の トマ は タタミ 1 マイ の より よほど ながい の です。 それ を 4 マイ、 フネ の オモテ の マ の ヤネ の よう に ふく の で あります から、 まことに グアイ よく、 ナガ-4 ジョウ の ヘヤ の テンジョウ の よう に ひいて しまえば、 トマ は ジュウブン に ヒ も アメ も ふせぎます から、 ちゃんと ザシキ の よう に なる ので、 それで その トマ の シタ すなわち オモテ の マ―― ツリブネ は おおく アミブネ と ちがって オモテ の マ が ふかい の で あります から、 まことに チョウシ が よろしい。 そこ へ ゴザ なんぞ しきまして、 その ウエ に シキモノ を おき、 アグラ なんぞ かかない で ただしく すわって いる の が シキ です。 コジン ナリタヤ が イマ の コウシロウ、 トウジ の ソメゴロウ を つれて ツリ に でた とき、 ゲイドウ ブタイ-ジョウ では サシズ を あおいで も、 カッテ に しなせい と つっぱなして おしえて くれなかった くせ に、 フネ では ソメゴロウ の スワリヨウ を とがめて、 そんな バカ な スワリヨウ が ある か と きびしく しかった と いう こと を、 コウシロウ さん から チョクセツ に ききました が、 メナダツリ、 ケイズツリ、 スズキツリ、 ゲヒン で ない ツリ は すべて そんな もの です。
それで サカナ が きまして も、 また、 タイ の タグイ と いう もの は、 まことに そういう ツリ を する ヒトビト に グアイ の よく できて いる もの で、 タイ の ニダンビキ と もうしまして、 たまに は イチド に がぶっと たべて ツリザオ を もって ゆく と いう よう な こと も あります けれども、 それ は むしろ ケウ の レイ で、 ケイズ は タイテイ は イチド ツリザオ の サキ へ アタリ を みせて、 それから ちょっと して ホントウ に くう もの で ありまする から、 サオサキ の うごいた とき に、 きた な と こころづきましたら、 ゆっくり と テ を サオジリ に かけて、 ツギ の アタリ を まって いる。 ツギ に サカナ が ぎゅっと しめる とき に、 ミギ の サオ なら ミギ の テ で あわせて サオ を おこし、 ジブン の すぐと ウシロ の ほう へ そのまま もって ゆく ので、 そう する と ウシロ に センドウ が います から、 これ が タマ を しゃんと もって いまして すくいとります。 おおきく ない サカナ を つって も、 そこ が アソビ です から サオ を ぐっと あげて まわして、 ウシロ の センドウ の ほう に やる。 センドウ は サカナ を すくって、 ハリ を はずして、 フネ の ちょうど マンナカ の ところ に イケマ が あります から サカナ を そこ へ いれる。 それから センドウ が また エサ を つける。 「ダンナ、 つきました」 と いう と、 サオ を また モト へ もどして ねらった ところ へ ふりこむ と いう わけ で あります。 ですから、 キャク は ジョウフ の キモノ を きて いて も つる こと が できます わけ で、 まことに キレイゴト に トノサマ-らしく やって いられる ツリ です。 そこで チャ の すき な ヒト は ギョクロ など いれて、 チャボン を ソバ に おいて チャ を のんで いて も、 アイテ が ニダンビキ の タイ です から、 なれて くれば しずか に チャワン を シタ に おいて、 そうして つって いられる。 サケ の すき な ヒト は シオマ など は サケ を のみながら も つる。 おおく ナツ の ツリ で あります から、 アワモリ だ とか、 ヤナギカゲ など と いう もの が よろこばれた もの で、 オキミズヤ ほど おおきい もの では ありません が ジョウゲバコ と いう の に チャキ シュキ、 ショッキ も そなえられ、 ちょっと した サカナ、 そんな もの も しこまれて ある よう な わけ です。 バンジ が そういう チョウシ なの です から、 しんに アソビ に なります。 しかも フネ は ジョウダナ ヒノキ で あらいたてて ありますれば、 セイケツ このうえなし です。 しかも すずしい カゼ の すいすい ながれる カイジョウ に、 カタトマ を きった フネ なんぞ、 トオク から みる と ヨソメ から みて も いかにも すずしい もの です。 あおい ソラ の ナカ へ うきあがった よう に ひろびろ と シオ が はって いる その ウエ に、 カゼ の つきぬける ヒカゲ の ある イチヨウ の フネ が、 テン から おちた オオトリ の 1 マイ の ハネ の よう に ふわり と して いる の です から。
それから また、 ミヨヅリ で ない ツリ も ある の です。 それ は ミヨ で もって うまく くわなかったり なんか した とき に、 サカナ と いう もの は かならず ナニ か の カゲ に いる もの です から、 それ を つる の です。 トリ は キ に より、 サカナ は カカリ、 ヒト は ナサケ の カゲ に よる、 なんぞ と いう 「ヨシコノ」 が あります が、 カカリ と いう の は ミズ の ナカ に もさもさ した もの が あって、 そこ に アミ を うつ こと も コンナン で あり、 ツリバリ を いれる こと も コンナン な よう な ヒッカカリ が ある から、 カカリ と もうします。 その カカリ には とかくに サカナ が よる もの で あります。 その カカリ の マエ へ でかけて いって、 そうして カカリ と スレスレ に ハリ を うちこむ、 それ が カカリマエ の ツリ と いいます。 ミヨ だの ヒラバ だの で つれない とき に カカリマエ に ゆく と いう こと は ダレ も する こと。 また わざわざ カカリ へ ゆきたがる ヒト も ある くらい。 ふるい ミヨグイ、 ボッカ、 ワレブネ、 ヒビガラミ、 シカケ を うしなう の を カクゴ の マエ に して、 おおよう に ソレゾレ の シュコウ で あそびます。 いずれ に して も ダイミョウヅリ と いわれる だけ に、 ケイズツリ は いかにも ゼイタク に おこなわれた もの です。
ところで ツリ の アジ は それ で いい の です が、 やはり ツリ は ネ が サカナ を とる と いう こと に ある もの です から、 あまり つれない と アソビ の セカイ も せまく なります。 ある ヒ の こと、 ちっとも つれません。 つれない と いう と ミジュク な キャク は とかくに ぶつぶつ センドウ に むかって グチ を こぼす もの です が、 この ヒト は そういう こと を いう ほど あさはか では ない ヒト でした から、 つれなくて も イツモ の とおり の キゲン で その ヒ は かえった。 その ヨクジツ も ヒドリ だった から、 ヨクジツ も その ヒト は また キチコウ を つれて でた。 ところが サカナ と いう の は、 それ は サカナ だ から い さえ すれば エサ が あれば くいそう な もの だ けれども、 そう も ゆかない もの で、 トキ に よる と ナニ か を きらって、 たとえば ミズ を きらう とか カゼ を きらう とか、 あるいは ナニ か フメイ な ゲンイン が あって それ を きらう と いう と、 いて も くわない こと が ある もん です。 シカタ が ない。 フツカ とも さっぱり つれない。 そこで いくら なんでも ちっとも つれない ので、 キチコウ は よわりました。 コジオ の とき なら しらん こと、 いい シオ に でて いる のに、 フツカ とも ちっとも つれない と いう の は、 キャク は それほど に おもわない に した ところ で、 センドウ に とって は おもしろく ない。 それ も オキャク が、 ツリ も できて いれば ニンゲン も できて いる ヒト で、 ぶつり とも いわない で いて くれる ので かえって キ が すくみます。 どうも シヨウ が ない。 が、 どうしても キョウ は ミヤゲ を もたせて かえそう と おもう もの です から、 さあ イロイロ な シオユキ と バショ と を かんがえて、 あれ も やり、 これ も やった けれども、 どうしても つれない。 それ が また つれる べき はず の、 ツキ の ない オオシオ の ヒ。 どうしても つれない から、 キチ も とうとう へたばって しまって、
「やあ ダンナ、 どうも フツカ とも なげられちゃって モウシワケ が ございません なあ」 と いう。 キャク は わらって、
「なあに オマエ、 モウシワケ が ございません なんて、 そんな ヤボカタギ の こと を いう はず の ショウバイ じゃ ねえ じゃ ねえ か。 ははは。 いい やな。 もう かえる より シカタ が ねえ、 そろそろ いこう じゃ ない か」
「へい、 もう 1 カショ やって みて、 そうして かえりましょう」
「もう 1 カショ たって、 もう そろそろ マヅミ に なって くる じゃ ねえ か」
マヅミ と いう の は、 アサ の を アサマヅミ、 バン の を ユウマヅミ と もうします。 だんだん と ヒル に なったり ヨル に なったり する せりつめた とき を いう の で あって、 とかくに サカナ は イマ まで ちっとも でて こなかった の が、 マヅミ に なって キュウ に でて きたり なんか する もの です。 キチ の ハラ の ナカ では、 マヅミ に あてたい の です が、 キャク は わざと その ハンタイ を いった の でした。
「ケイズツリ に きて、 こんな に おそく なって、 オマエ、 もう 1 カショ なんて、 そんな ブイキ な こと を いいだして。 もう よそう よ」
「すみません が ダンナ、 もう 1 カショ ちょいと あてて」
と、 キャク と センドウ と いう こと が アベコベ に なりまして、 キチ は ジブン の おもう ほう へ フネ を やりました。
キチ は ゼンパイ に おわらせたく ない イジ から、 フネ を キョウ まで かかった こと の ない バショ へ もって いって、 「カシ」 を きめる の に シンチョウ な タイド を とりながら、 やがて、
「ダンナ、 サオ は 1 ポン に して、 ミヨシ の マショウメン へ うまく ふりこんで ください」 と もうしました。 これ は その ツボ イガイ は、 サユウ も ゼンメン も、 おそろしい カカリ で ある こと を かたって いる の です。 キャク は ガテン して、 「あいよ」 と その コトバドオリ に じつに うまく ふりこみました が、 シンチュウ では キノリウス で あった こと も あらそえません でした。 すると イマ テ に して いた サオ を おく か おかぬ か に、 サカナ の アタリ か ゴミ の アタリ か わからぬ アタリ、 ――タイギョ に オオゴミ の よう な アタリ が あり、 オオゴミ に タイギョ の よう な アタリ が ある もの で、 そういう アタリ が みえます と ドウジ に、 ニダンビキ どころ では ない、 イト は ぴんと はり、 サオ は ずいと ひかれて ゆきそう に なりました から、 キャク は サオジリ を とって ちょいと あてて、 すぐに サオ を たて に かかりました。 が、 こっち の ハタラキ は すこしも ムコウ へは つうじません で、 ムコウ の チカラ ばかり が モギドウ に つよう ございました。 サオ は ニホンツギ の、 フツウ の ジョウモノ でした が、 ツギテ の モトギワ が みちり と ちいさな オト が して、 そして イト は あえなく きれて しまいました。 サカナ が きて カカリ へ くわえこんだ の か、 オオゴミ が もって いった の か、 もとより みぬ もの の ショウタイ は わかりません が、 キチ は また ヒトツ ここ で クロボシ が ついて、 しかも サオ が ダメ に なった の を みのがし は しません で、 いっそう シンチュウ は くらく なりました。 こういう こと も ない レイ では ありません が、 あくまでも ねれた キャク で、 「アトオイ コゴト」 など は なにも いわず に キチ の ほう を むいて、
「かえれ って いう こと だよ」 と わらいました の は、 イッサイ の こと を 「もう かえれ」 と いう シゼン の メイレイ の イミアイ だ と かるく ながして しまった の です。 「へい」 と いう より ホカ は ない、 キチ は すなお に カシ を ぬいて、 こぎだしながら、
「アッシ の チョボイチ が コケ だった ん です」 と シゴテキ に いって、 ちょいと カタテ で ジブン の カシラ を うつ マネ を して わらった。 「ははは」 「ははは」 と かるい ワライ で、 ソウホウ とも ヤクシャ が わるく ない から あじ な マクギレ を みせた の でした。