カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ニジュウシ の ヒトミ 9

2018-04-20 | ツボイ サカエ
 9、 ナキミソ センセイ

 ウミ も ソラ も チ の ウエ も センカ から カイホウ された シュウセン ヨクトシ の 4 ガツ ヨッカ、 この ヒ アサ はやく、 イッポンマツ の ムラ を こぎだした 1 セキ の テンマセン は、 コンガスリ の モンペスガタ の ヒトリ の やせて としとった ちいさな オンナ を のせて ミサキ の ムラ の ほう へ すすんで いった。 しずか な ウミ に モヤ は ふかく たちこめて いて、 ミサキ の ムラ は ユメ の ナカ に うかんで いる よう に みえた が、 やがて のぼりはじめた タイヨウ に さまされる よう に、 その ほそながい スガタ を、 しだいに くっきり と、 あらわしはじめた。
「あ、 ようやっと はれだした」
 まだ 12~13 と みえる センドウ は、 ちいさな カラダ ゼンタイ を うごかして ロ を おしすすめながら、 まだ とおい ミサキ の ムラ に ながめいった。 メ ばかり かがやいて いる よう な その オトコ の コ に、 おなじ よう に ミサキ の ムラ に メ を みはって いた オンナ は、 いとおしむ よう な コエ で はなしかけた。
「ミサキ、 はじめて かい、 ダイキチ?」
 ミカケ に よらず、 わかい コエ で ある。
「うん、 ミサキ なんぞ、 ヨウ が なかった もん」
 ふりかえり も せず に こたえた。
「そう じゃ な。 オカアサン で さえ、 ずっと くる こと なかった もん なあ。 ミサキ と いう ところ は、 そんな とこ じゃ。 あれ から 18 ネン! ほう、 フタムカシ に なる。 オカアサン も としよせた はず かいな」
 なんと それ は、 オオイシ センセイ の、 ヒサシブリ の コエ と スガタ で ある。 キョウ、 カノジョ は 13 ネン-ぶり の キョウショク に かえり、 しかも イマ、 ふたたび ミサキ の ムラ へ フニン する ところ なの だ。 マエ には ジテンシャ に のって さっそう と かよって いた センセイ も、 イマ では そんな ワカサ が なくなった の で あろう か。 ところが、 そう ばかり では なかった の だ。 センソウ は ジテンシャ まで も コクミン の セイカツ から うばいさって、 ハイセンゴ ハントシ の イマ、 ジテンシャ は かう に かえなかった。 ミサキ へ フニン と きまった とき、 はたと トウワク した の は それ だった。 トチュウ まで あった バス さえ も、 センソウチュウ に なくなった まま、 いまだに カイツウ して いない。 ムカシ で さえ も、 ジテンシャ で かよった 8 キロ の ミチ は、 あるいて かよう しか なかった。 とうてい、 カラダ の つづく はず が ない と かんがえて、 オヤコ 3 ニン ミサキ へ うつろう か と いいだした とき、 イチゴン で ハンタイ した の が ダイキチ だった。 フネ で オクリムカエ を する と いう の だ。 フネ だ とて かりる と すれば、 ソウトウ の レイ も しなければ ならない。
「アメ が ふったら、 どう する?」
「そしたら、 オトウサン の カッパ きる」
「カゼ の つよい ヒ は、 こまる で ない か」
「…………」
「あ、 シンパイ しなさんな。 カゼ の ヒ は あるいて いく よ」
 ヘンジ に つまった ダイキチ を、 いそいで たすけた もの だ。 アシタ は アシタ の カゼ が ふく。 アシタ の こと まで かんがえて は いられなかった ながい ネンゲツ は、 アメ や カゼ ぐらい で へこたれぬ こと だけ は、 おしえて くれた。 センソウ は 6 ニン の カゾク を 3 ニン に して しまった けれど、 だから なお、 のこった 3 ニン は どうでも いきねば ならない の だ。 ダイキチ は 6 ネンセイ に なって いる。 ナミキ は 4 ネン だった。 デガケ に ナギサ に たって ハハ の ハツシュッキン を みおくって くれた ナミキ も、 もう そろそろ ガッコウ へ でかける ジブン だ と おもって イッポンマツ を ふりかえった。 ヒサシブリ に オキ から ながめる イッポンマツ も、 ムカシ の まま に みえる。 なんの ヘンカ も みられぬ その ムラ に さえ、 おおきな ヘンカ を きたした センソウ の ハテ の ハイセン。
「ダイキチ、 つかれない かい。 テ に マメ が できる かも しれん な」
「マメ が できたって、 すぐに かたまらぁ、 ボク、 ヘイキ だ」
「ありがたい な。 でも、 アシタ から もっと ハヤメ に でかけよう か」
「どうして?」
「センセイ の ムスコ が、 マイニチ チコク じゃあ、 ナニ が なんでも フ が わるい。 そのうち オカアサン も、 また ジテンシャ を テ に いれる サンダン する けども」
「へっちゃら だあ。 ちゃんと リユウ が ある と、 しかられん もん。 フネ で、 おくったげる」
 ゆっくり と、 ロ に ついて カラダ を ゼンゴ に うごかしながら、 トクイ の カオ で わらった。
「うまい な、 ロ おす の。 やっぱり ウミベ の コ じゃ な。 いつのまに おぼえた ん」
「ヒトリ で、 おぼえる もん。 6 ネンセイ なら、 ダレ じゃって おせる」
「そう かね。 オカアサン も おぼえよ かな」
「そんな こと、 ボク が おくって あげる」
「そうそう、 モリオカ タダシ と いう コ が いて な、 1 ネンセイ なのに オカアサン を フネ で おくって あげる って いった こと が あった。 ムカシ――。 もう センシ した けんど」
「ふーん。 オシエゴ?」
「そう」
 ふっと ナミダ が でた。 いきて いれば、 もう よい ワカモノ に なったろう と、 5 ネン マエ、 サンバシ で わかれた きり の タダシ を おもいだし、 それ が おさない ヒ の オモカゲ と かさなって うかんで きた。 あれきり ついに あう こと の なかった タダシ。 そして もう エイキュウ に あう こと の できなく なった オシエゴ たち。 はげしい タタカイ に たおれた イマ、 イクニン が ふたたび コキョウ の ツチ を ふみ、 ふたたび あえる か と おもう と、 ココロ は くらく しずむ。
 アクム の よう に すぎた ここ 5 ネン-カン は、 オオイシ センセイ をも ヒトナミ の イタデ と クツウ の スエ に、 ちいさな ムスコ に いたわられながら、 この ヘンピ な ムラ へ フニン して こなければ ならぬ キョウグウ に おいこんで いた。 ワガミ に ショク の ある こと を、 はじめて カノジョ は ミ に しみて ありがたがった。 オシエゴ の サナエ に すすめられて ガンショ は だして みた ものの、 きて ゆく キモノ さえ も ない ほど、 セイカツ は キュウハク の ソコ を ついて いた。 フニョイ な ヒビ の クラシ は ヒト を おいさせ、 カノジョ も また 40 と いう トシ より も ナナ、 ヤッツ も ふけて みえる。 50 と いって も、 ダレ が うたがおう。
 イッサイ の ニンゲン-ラシサ を ギセイ に して ヒトビト は いき、 そして しんで いった。 オドロキ に みはった メ は なかなか に とじられず、 とじれば マナジリ を ながれて やまぬ ナミダ を かくして、 ナニモノ か に おいまわされて いる よう な マイニチ だった。 しかも ニンゲン は その こと に さえ いつしか なれて しまって、 たちどまり、 ふりかえる こと を わすれ、 ココロ の オク まで ざらざら に あらされた の だ。 あれまい と すれば、 それ は いきる こと を こばむ こと に さえ なった。 その アワタダシサ は、 タタカイ の おわった キョウ から まだ アス へも つづいて いる こと を おもわせた。 センソウ は けっして おわった とは おもえぬ こと が おおかった。
 ゲンバク の ザンギャクサ が、 その コトバ と して の イミ だけ で つたえられて は いた が、 まだ ホントウ の サンジョウ を しらされて いなかった あの トシ の 8 ガツ 15 ニチ、 ラジオ の ホウソウ を きく ため に ガッコウ へ ショウシュウ された コクミン ガッコウ 5 ネンセイ の ダイキチ は、 ハイセン の セキニン を ちいさな ジブン の カタ に しょわされ でも した よう に、 しょげかえって、 うつむきがち に かえって きた。
 あれ から たった ハントシ、 イマ メノマエ に ロ を こぐ カレン な スガタ は、 ふかい カンガイ を そそる もの が ある。 ジダイ に ジュンノウ する コドモ と いう もの。 ハントシ マエ の カレ の こと を、 いえば イマ は はずかしがる ダイキチ なの を しって いる。 クチ には ださず、 ヒトリ おもいだす だけ で ある。 あの ヒ、 しょげて いる ダイキチ の ココロ を ひったてて やる よう に エガオ で カタ を だいて やり、
「ナニ を しょげてる ん だよ。 これから こそ コドモ は こどもらしく ベンキョウ できる ん じゃ ない か。 さ、 ゴハン に しよ」
 だが、 イツモ なら オオサワギ の ショクタク を ミムキ も せず に ダイキチ は いった の だ。
「オカアサン、 センソウ、 まけた んで。 ラジオ きかなんだ ん?」
 カレ は コエ まで ヒソウ に くもらして いった。
「きいた よ。 でも、 とにかく センソウ が すんで よかった じゃ ない の」
「まけて も」
「うん、 まけて も。 もう これから は センシ する ヒト は ない もの。 いきてる ヒト は もどって くる」
「イチオク ギョクサイ で なかった!」
「そう。 なかって、 よかった な」
「オカアサン、 なかん の、 まけて も?」
「うん」
「オカアサン は うれしい ん?」
 なじる よう に いった。
「バカ いわん と! ダイキチ は どう なん じゃい。 ウチ の オトウサン は センシ した ん じゃ ない か。 もう もどって こん のよ、 ダイキチ」
 その はげしい コエ に とびあがり、 はじめて キ が ついた よう に ダイキチ は マトモ に ハハ を みつめた。 しかし カレ の ココロ の メ も それ で さめた わけ では なかった。 カレ と して は、 この イチダイジ の とき に、 なおかつ、 ゴハン を たべよう と いった ハハ を なじりたかった の だ。 ヘイワ の ヒ を しらぬ ダイキチ、 うまれた その ヨル も ボウクウ エンシュウ で マックラ だった と きいて いる。 トウカ カンセイ の ナカ で そだち、 サイレン の オト に なれて そだち、 マナツ に ワタイレ の ズキン を もって ツウガク した カレ には、 ハハ が どうして こう まで センソウ を にくまねば ならない の か、 よく のみこめて いなかった。 どこ の イエ にも、 ダレ か が センソウ に いって いて、 わかい モノ と いう わかい モノ は ほとんど いない ムラ、 それ を アタリマエ の こと と かんがえて いた の だ。 ガクト は ドウイン され、 オンナコドモ も キンロウ ホウシ に でる。 あらゆる ジンジャ の ケイダイ は カレハ 1 マイ も のこさず セイソウ されて いた。 それ が コクミン セイカツ だ と ダイキチ たち は しんじた。 しかし、 ヤマ へ ドングリ を ひろい に ゆき、 にがい パン を たべた こと だけ は、 いや だった。 ちいさな ダイキチ の ムラ から も イクニン か の ショウネン コウクウヘイ が でた。
 ――コウクウヘイ に なったら、 ゼンザイ が ハライッパイ くえる。
 かわいそう に、 トシハ も いかぬ ショウネン の ココロ を、 ハライッパイ の ゼンザイ で とらえ、 コウクウヘイ を こころざした まずしい イエ の ショウネン も いた。 しかも それ で ショウネン は もう エイユウ なの だ。 まずしかろう と、 そう で なかろう と、 そこ へ ココロ を かたむけない モノ は ヒコクミン で さえ あった ジセイ の ウゴキ は、 オヤ に ムダン で ガクトヘイ を こころざせば、 そして それ が ヒトリムスコ で あったり すれば エイユウ の カチ は いっそう たかく なった。 マチ の チュウガク では、 タクサン の ショウネン シガンヘイ の ナカ に オヤ に ムダン の ヒトリムスコ が 3 ニン も でて、 それ が ガッコウ の エイヨ と なり、 オヤ たち の ココロ を さむがらせた。 その とき、 ちいさかった ダイキチ は、 ジブン の トシ の オサナサ を なげく よう に、
「ああ、 はやく ボク、 チュウガクセイ に なりたい な」
 そして うたった。

  ナーナツ、 ボータン は、 サクラ に イカーリー……

 ヒト の イノチ を ハナ に なぞらえて、 ちる こと だけ が ワコウド の キュウキョク の モクテキ で あり、 つきぬ メイヨ で ある と おしえられ、 しんじさせられて いた コドモ たち で ある。 ニッポンジュウ の オトコ の コ を、 すくなくも その カンガエ に ちかづけ、 しんじさせよう と ホウコウ-づけられた キョウイク で あった。 コウテイ の スミ で ホン を よむ ニノミヤ キンジロウ まで が、 カンコ の コエ で おくりだされて しまった。 ナンビャクネン-ライ、 アサユウ を しらせ、 ヒジョウ を つげた オテラ の カネ さえ ショウロウ から おろされて センソウ に いった。 ダイキチ たち が やたら ヒソウ-がり、 イノチ を おしまなく なった こと も やむ を えなかった の かも しれぬ。 しかし ダイキチ の ハハ は、 イチド も それ に サンセイ は しなかった。
「なああ ダイキチ、 オカアサン は やっぱり ダイキチ を タダ の ニンゲン に なって もらいたい と おもう な。 メイヨ の センシ なんて、 1 ケン に ヒトリ で タクサン じゃ ない か。 しんだら、 モト も コ も ありゃ しない もん。 オカアサン が イッショウ ケンメイ に そだてて きた のに、 ダイキチ あ そない センシ したい の。 オカアサン が マイニチ ナキ の ナミダ で くらして も えい の?」
 のぼせた カオ に ヌレテヌグイ を あてて でも やる よう に いった が、 ネツ の ハゲシサ は ヌレテヌグイ では キキメ が なかった。 かえって ダイキチ は ハハ を さとし でも する よう に、
「そしたら オカアサン、 ヤスクニ の ハハ に なれん じゃ ない か」
 これ こそ キミ に チュウ で あり オヤ には コウ だ と しんじて いる の だ。 それ では ハナシ に ならなかった。
「あああ、 このうえ まだ ヤスクニ の ハハ に したい の、 この オカアサン を。 『ヤスクニ』 は ツマ だけ で タクサン で ない か」
 しかし ダイキチ は、 そう いう ハハ を ひそか に はじて さえ いた の だ。 グンコク の ショウネン には メンツ が あった。 カレ は ハハ の こと を きょくりょく セケン に かくした。 ダイキチ に すれば、 ハハ の ゲンドウ は なんとなく キ に なった。 ずっと マエ にも こんな こと が あった。 ビョウキ キュウカ で かえって いた チチ に、 ふたたび ジョウセン メイレイ が でた とき、 ダイキチ が マッサキ に いきおいづいて、 ナミキ たち と さわぎたてる と、 ハハ は マユネ を よせ、 おさえた コエ で いった。
「ナン でしょう、 この コ。 バカ かしら、 ヒト の キ も しらず に」
 そう いって ヒタイ を つんと ユビサキ で おした。 ひょろひょろ と たおれかかった ダイキチ は、 ハラ を たてて むしゃぶりついて きた。 しかし、 ハハ の メ に ナミダ が こぼれそう なの を みる と、 さすが に しゅんと して しまった。 チチ は わらって ダイキチ を なぐさめた。
「いい よ、 なあ ダイキチ。 まだ ヤッツ や ココノツ の オマエラ まで が めそめそ したら、 オトウサン も たすからん よ。 さわげ さわげ」
 しかし、 そう いわれる と もう さわげなかった。 すると、 チチ は 3 ニン の コドモ を イッショクタ に かかえて、
「ミンナ ゲンキ で、 おおきく なれ よ。 ダイキチ も ナミキ も ヤツ も。 おおきく なって、 オバアサン や オカアサン を ダイジ に して あげる ん だよ。 それまで には センソウ も すむ だろう さ」
「えっ、 センソウ すむ の。 どうして?」
「こんな、 ビョウニン まで ひっぱりださにゃ ならん とこ みる と――」
 だが、 ダイキチ たち には その イミ は わからなかった。 ただ、 ジブン の イエ でも チチ が センソウ に ゆく と いう こと で カタミ が ひろかった の だ。 イッカ そろって いる と いう こと が、 コドモ に カタミ せまい オモイ を させる ほど、 どこ の カテイ も ハカイ されて いた わけ で ある。
 センシ の コウホウ が はいった の は、 サイパン を うしなう すこし マエ だった。 さすが の ダイキチ も その とき は ないた。 ヒジ を ムネ の ほう に まげて、 テクビ の ところ で ナミダ を ふいて いる ダイキチ の カタ を、 ハハ は だきよせる よう に して、
「しっかり しよう ね ダイキチ、 ホント に しっかり して よ ダイキチ」
 ジブン をも はげます よう に いい、 その アト、 ちいさな コエ で、 どんな に チチ が イエ に いたがった か を かたった。
「いったら サイゴ もう かえれない こと、 わかってた ん だ もん。 それなのに ダイキチ たち、 オオサワギ したろう。 キノドク で、 つらくて オカアサン……」
 しかし ダイキチ は その とき で さえ、 なぜ ハハ は そんな こと を いう の だろう と おもった。 チチ は よろこびいさんで でて いった の だ と いって もらいたかった。 センシ は かなしい けれど、 それ だ とて、 チチ の ない コ は ジブン だけ では ない のに と、 その こと の ほう を アタリマエ に かんがえて いた。 トナリムラ の ある イエ など では、 4 ニン あった ムスコ が 4 ニン とも センシ して、 ヨッツ の メイヨ の シルシ は その イエ の モン に ずらり と ならんで いた。 ダイキチ たち は、 どんな に か ソンケイ の メ で それ を あおぎみた こと だろう。 それ は イッシュ の センボウ で さえ あった。
 その 「センシ」 の 2 ジ を うかした ほそながく ちいさな モンピョウ は、 やがて ダイキチ の イエ へも とどけられて きた。 ちいさな 2 ホン の クギ と イッショ に ジョウブクロ に いれて ある の を テノヒラ に あけて、 しばらく ながめて いた ハハ は、 そのまま ジョウブクロ に もどして、 ヒバチ の ヒキダシ に しまった。
「こんな もの、 モン に ぶちつけて、 なんの マジナイ に なる。 あほらしい」
 おこった よう な カオ を して つぶやき、 しょきしょき と コメ を つきはじめた。 コメ は ビール ビン の ナカ で つく の で ある。 ビョウキ で ねて いた オバアサン の オカユ の ため で、 ダイキチ たち の クチ には はいらなかった。 ボウクウ エンシュウ で ころんで、 それ が ヤミツキ に なった オバアサン は、 もう とうてい なおる ミコミ も なく、 ねて いる だけ だった。 ころんだ の が モト で やみついた の では なく、 やみついて いた から ころんだ の だろう、 と イシャ は いった。 80 すぎて、 カミ も ヒゲ も マッシロ な トナリムラ の イシャ は、 なおる ミコミ の ない ビョウニン の ところ へは、 なかなか きて くれなかった。 ホカ に たのむ イシャ は なく、 せめて うまい もの でも と こころがけた が、 なかなか テ に はいらなかった。 ウミベ に いて、 サカナ さえ テ に はいらない の だ。 サカナ は ありません か、 タマゴ は ありません か と、 1 ピキ の メバル、 ヒトツ の タマゴ に 3 ド も 5 ド も アタマ を さげねば テ に はいらなかった。 その ため に ハハ が ヒトリ で かけまわった。
 そして ある ヒ、 メイヨ の モンピョウ は いつのまにか ヒバチ の ヒキダシ から、 モン の カモイ の ショウメン に うつって いた。 ハハ の ルス に ダイキチ が そこ へ うちつけた の で ある。 ちいさな 「メイヨ の モンピョウ」 は、 しかるべき イチ に ひかって いた。 「モンピョウ」 の ツマ は、 しばし たちどまって それ を ながめた。 ヒトリ の オトコ の イノチ と すりかえられた ちいさな 「メイヨ」 を。 その メイヨ は どこ の イエ の カドグチ をも かざって、 ハジ を しらぬ よう に ふえて いった。 それ を もっとも ほしがって いた の は、 おさない コドモ だった の で あろう か。
 そうして、 ついに むかえた 8 ガツ 15 ニチ で ある。 ダクリュウ が、 どんな イナカ の スミズミ まで も おしよせた よう な サワギ の ナカ で、 ダイキチ たち の メ が ようやく さめかけた と して も、 どうして それ を わらう こと が できよう。 わらわれる ケ ほど の ゲンイン も コドモ には ない。
 センソウ の ザンパン を あさる ヒトタチ も おおい ナカ へ、 いきのこった ヘイタイ が マイニチ の よう に もどって きた。 いきて は いて も もどれぬ ヘイタイ、 エイキュウ に もどる こと の ない チチ や オット や ムスコ や キョウダイ たち の、 かつて の メイヨ の モンピョウ は イエイエ の モン から、 イッセイ に スガタ を けし、 ふたたび ユクエ フメイ に なった。 それ で センソウ の セキニン を のがれられ でも した か の よう に。
 おなじ よう に それ の なくなった イエ で、 おもいがけなく ダイキチ は、 イモウト の ヤツ の トツゼン の シ を むかえねば ならなかった。 オバアサン が なくなって から 1 ネン-メ の こと で ある。 わずか 1 ネン そこそこ の うち に、 3 ニン の シ を むかえた わけ だった。 チチ の よう に タイカイ の ホウマツ の ナカ に きえて スガタ を みせない シ、 オバアサン の よう に やみほうけて カレキ の よう に なって たおれた ショウガイ、 キノウ まで ゲンキ だった の が イチヤ の うち に ユメ の よう に きえて しまった、 はかない ヤツ の シ。 その ナカ で ヤツ の シ は いちばん ミンナ を かなしませた。 キュウセイ チョウ カタル だった。 イエ の モノ に だまって、 ヤツ は あおい カキ の ミ を たべた の で ある。 もう ヒトツキ も すれば うれる のに、 しぶく は ない と いう こと で ヤツ は それ を たべた の で ある。 イッショ に たべた コ も ある のに、 ヤツ だけ が イノチ を うばわれた。
 センソウ は すんで いる けれど、 ヤツ は やっぱり センソウ で ころされた の だ。――
 ハハ が そう いった とき、 ダイキチ は キュウ には イミ が のみこめなかった が、 だんだん わかって きた。 キンネン、 ムラ の カキ の キ も、 クリ の キ も、 うれる まで ミ が なって いた こと が なかった。 ミンナ まちきれなかった の だ。
 コドモ ら は いつも ノ に でて、 ツバナ を たべ、 イタドリ を たべ、 スイバ を かじった。 ツチ の ついた サツマ を ナマ で たべた。 ミンナ カイチュウ が いる らしく、 カオイロ が わるかった。 そんな ナカ で ビョウキ に なって も ムラ に イシャ は いなかった。 よく きく クスリ も なかった。 イシャ も クスリ も センソウ に いって いた の だ。 オバアサン の なくなった とき には、 ムラ の ゼンポウジ さん まで が シュッセイ して ルス だった。 キンソン の テラ の ボウサン は、 センシシャ で いそがしかった。 シュウセン の ちょっと マエ に かえった ゼンポウジ さん は、 かえる と すぐ クヨウ に きて くれた が、 イマ また、 つづけて ヤツ の ため に オキョウ を あげて もらう こと に なる など、 どうして かんがえられたろう。
 オバアサン は しぬ マエ、 ボダイジ に オボウサン も いない こと を くやんだ が、 ちいさな ヤツ は ボウサン の こと など かんがえた こと も なかったろう と おもう と、 ダイキチ は、 コエ はりあげて キョウ を よむ ボウサン まで が うらめしかった。 オカアサン の ハナシ では、 ヤツ が うまれた とき に オトウサン は もう、 カラダ の グアイ が すこし わるく なりかけて いて、 フネ を おりて ヨウジョウ する つもり だった と いう。 ナガネン、 セカイ の ナナツ の ウミ を わたりあるいた オトウサン は、 イマ は もう イエ に かえって やすみたい と いい、 ヤッツメ の ミナト を ワガヤ に たとえて、 その とき うまれた オンナ の コ に ヤツ と いう ナ を つけた。 しかし、 ビョウキ の オトウサン も ワガヤ の ミナト に ビョウキ を やしなう こと が できず、 キボウ を かけた ヤツ も また しんで しまった。……
 モノ が とぼしく、 ヤツ の ナキガラ を おさめる ハコ も、 ザイリョウ を もって ゆかねば つくれない と いわれ、 すこし こわれかけて いた ムカシ の タンス で つくる こと に した。 ハナ まで が ニンゲン の セイカツ の ナカ から おいだされて いた。 ダイキチ は ナミキ と フタリ で ハカバ へ ゆき、 ジャノメソウ や オシロイバナ を とって きて ヤツ を まつった。 モト は ハナ も たくさん つくって いた と いう ニワ は、 ダイキチ たち の キオク の かぎり、 ダイコン や カボチャバタケ で、 せまい ノキサキ に まで カボチャ は うえられて、 ヤネ に はわせて いた。 ヤツ が なくなる と オカアサン は、 なきながら ノキ の カボチャ を ひきちぎる よう に して ぬきとった。 ウラナリ の ミ が ミッツ ヨッツ、 ながい ツル に ひきずられて おちて きた。 その ナカ の まるい の を ボン に のせて ブツダン に そなえた の だった が、 エキリ と いう ウワサ が たって、 ダレ も きて くれぬ ツヤ の マクラモト に すわって、 イツモ の テイデン が すんだ アト、 オカアサン は ふと キ が ついた よう に、 マクラガタナ に した ちいさな ゾーリンゲン の ホウチョウ を とりあげ、 いきなり、 ぐさり と カボチャ の ヨコハラ に つきたてて、 ダイキチ たち を おどろかした。 ゾーリンゲン は オトウサン が かって きた もの だった。 もしも、 オカアサン が わらって いなかった なら、 ヒゴロ、 こわい と おしえられて いる ゾーリンゲン で ある。 ダイキチ たち は ヒメイ を あげた かも しれない。 しかし オカアサン は わらって いた の だ。 なきはらした カオ の エガオ は、 ちがった ヒト の よう に みえた が、 なんでも ない、 なんでも ない と いう メ の イロ は ダイキチ たち を シュンカン で アンシン させた。
「いい もの、 ヤツ に こしらえて やろう。 こんな こと、 オマエタチ、 しらない だろ。 ヤツ は とうとう しらず-ジマイ じゃ。 カボチャ は ウラナリ でも たべる もの と、 ダイキチ ら、 そう おもってる だろう。 オカアサン ら の コドモ の とき は、 カボチャ の ウラナリ は、 コドモ の オモチャ。 ほら、 これ が マド――」
 カボチャ の ヨコハラ は シカク に きりぬかれた。
「こっち は、 マルマド と いたしましょう。 しょうしょう むつかしい な。 テシオザラ もって きて ダイキチ、 カタ を とる から。 それ と オボン も な。 ワタ だす から」
 ダイキチ と ナミキ は メ を まるく して みて いた。 できた の は チョウチン だった。 マド に カミ を はり、 ソコ に クギ を さす と ロウソク の ザ も できた。 ハイキュウ の ロウソク を ともす と、 いかにも それ は、 ヤツ の よろこびそう な チョウチン で あった。 カナシミ を わすれて ダイキチ は いった。
「オカアサン、 コウサク、 マンテン じゃ」
 ちいさな カン が できて くる と、 チョウチン は ヤツ の カオ の ソバ に いれて やった。 ヤツ が もって あそんで いた カイガラ や カミニンギョウ も ソバ に おいた。 カナシミ が キュウ に おしよせて きて、 ダイキチ も ナミキ も コエ を あげて ないた。 おんおん なきながら ダイキチ は、 ヤツ が いつも ほしがって いた チエノワ を おもいだし、 かして やらなかった ジブン の フシンセツ を ジブン で せめながら、 イマ あらためて、 それ を ヤツ に やろう と おもった。 ムネ に くみあわせた テ に もたせよう と した が、 つめたい テ は もう それ を うけとって は くれず、 チエノワ は すべって カン の ソコ に おちた。 ナミキ も なきながら、 カレ も また ヤツ の メ に ふれぬ よう に しまいこんで あった ダイジ な イロガミ を もって きて、 ツル や ヤッコ や フウセン を おって いれた。 そんな もの を もって、 ヤツ は シデ の タビジ に ついた の で ある。
 こういう こと が あって、 オオイシ センセイ は キュウ に ふけた の で ある。 シラガ さえ も ふえた。 ちいさな カラダ は やせる と よけい ちいさく なり、 コシ でも まげる と、 オバアサン そっくり に なった。 ちいさい ながら も ダイキチ は どきん と し、 コンド は オカアサン が、 どうか なる か と あんじた。 ヒト の イノチ の トウトサ を、 しみじみ と あじわえる トシ に なって きた。
 オカアサン を ダイジ に して あげる ん だぞ――。
 オトウサン の コトバ が いきて きた。
「オカアサン、 マキ は ボク が とって くる」
 そう いって ナミキ と イッショ に ヤマ へ ゆく。
「オカアサン、 ハイキュウ は、 ボク、 ガッコウ の カエリ に とって くる から」
 とおい ハイキュウジョ へ ゆく の も カレ の ヤク に なった。 ナミキ も まけて は いられなかった。
「オカアサン、 ミズ やこい、 みんな ボク が くんで あげる」
 なみだもろく なった オカアサン は、
「キュウ に まあ、 フタリ とも オヤコウコウ に なった なあ」
 これほど よわり、 いたわられて いる カノジョ が、 ふたたび キョウショク に もどれた の は、 カゲ に サナエ の ジンリョク が あった の だ。 サナエ は イマ、 ミサキ の ホンソン の ボコウ に いた。
「40 じゃあ ね。 ゲンショク に いて も ロウキュウ で やめて もらう ところ じゃ ない か」
 クビ を かしげる コウチョウ へ、 さいさん たのんで、 ようやく、 ミサキ ならば と いう こと で ハナシ が きまった。 しかも それ は オオイシ センセイ の もって いる キョウイン と して の シカク で では なく、 コウチョウ イチゾン で サイケツ できる ジョキョウ で あった。 リンジ キョウシ なの だ。 カワリ が あれば、 いつ やめさせられる かも しれない の だ。 サナエ は、 キノドクサ に しおれて、 それ を ホウコク した。 だが、 オオイシ センセイ の メ は、 イヨウ に かがやいた の で ある。
「ミサキ なら、 ねがったり、 かなったり よ。 マエ の カリ が ある から」
 ジョウケン の ワルサ など キ にも かけず、 ココロ の ソコ から つきあげて くる よう な エガオ を した。 その とき オオイシ センセイ の ココロ には、 わすれて いた キオク が、 イマ ひらく ハナ の よう な シンセンサ で よみがえって いた の だ。

  センセエ、 また おいでぇ……
  アシ が なおったら、 また おいでぇ……
  ヤクソク、 した ぞぉ……

 あの とき、 ジブン の アト へ フニン して いった ロウキュウ の ゴトウ センセイ と おなじ よう に、 ジブン も また ヒト に あわれまれて いる とも しらず、 いや、 オオイシ センセイ が それ を しらぬ はず は なかった。 しかし おさない フタリ の コ を かかえた ミボウジン の カノジョ も また、 やはり ゴトウ センセイ と おなじく、 よろこんで ミサキ へ ゆかねば ならなかった の だ。 しかし カノジョ は イマ、 ちかづいて くる ミサキ の ムラ の ヤマヤマ の、 ヤキ に あらわれた ミドリ の ツヤヤカサ を みる と、 ジブン も また わかがえって くる よう な キ が した。 ムカシ、 ヨウフク も ジテンシャ も ヒト に さきがけた カノジョ も、 イマ では シラガマジリ の カミノケ を ムゾウサ に ひっつめ、 オット の キモノ の コンガスリ で つくった モンペ を つけ、 ちいさな ムスコ に フネ で おくられて いる。 ムカシ の オモカゲ を しいて さがせば、 キュウ に かがやきだした ヒトミ の イロ と、 わかわかしい コエ で ある かも しれぬ。 ナマイキ と いわれて けなされた カノジョ の ヨウフク や ジテンシャ は、 それ が キッカケ に なって はやりだし、 イマ では ムラ に ジテンシャ に のれぬ オンナ は ない ほど だ。 だが 20 ネン ちかい サイゲツ は、 もう ダレ も わかい ヒ の カノジョ を おぼえて は いまい。
 リクチ が すうっと すべる よう に ちかづいた と おもう と、 フネ は もう ナギサ ちかく よって いた。 フナレ な テツキ で ミサオ を おす ダイキチ と、 みなれぬ オオイシ センセイ に、 ムカシ-どおり ムラ の コドモ は ぞろぞろ あつまって きた。 しかし、 その どの カオ にも オボエ は なかった。 ながい ネンゲツ の イリョウ の フソク は、 シッソ な ミサキ の コドモ ら の ウエ に いっそう あわれ に あらわれて いて、 ワカメ の よう に さけた パンツ を はき、 その スキマ から ヒフ の みえる オトコ の コ も いた。 わらいかける と おびえた よう な メ を したり、 ムカンドウ な ヒョウジョウ の まま ふかい カンシン を みせて ミチ を ひらいた。 めずらしげ に じろじろ みる の は ムカシ の まま で あった。 その コウキ の メ に とりかこまれながら、 オオイシ センセイ は ハズミ を つけて とびおりた。 イシコロ ヒトツ に さえ ムカシ の オモカゲ が のこって いる よう な ナツカシサ。 すこし フネ に よった らしく、 アタマ が ふらついた。 ゆっくり あるいて いる と、 ウシロ に ささやく コエ が した。
「たいがい、 センセ ど、 あれ」
「ほんな、 オジギ して みる か、 そしたら わかる」
 おもわず にっと した カオ の マエ へ、 ばたばた と 3~4 ニン の ちいさな コドモ が たちふさがり、 ぴょこん と アタマ を さげた。 シンガッキ に ちかづいて シンニュウセイ に オジギ が とりいれられた の を シオ に、 まだ ガッコウ では ない らしい ちいさな コ ら も、 まねて いる の で あろう。 エシャク を かえしながら、 オオイシ センセイ は なみだぐんで いた。 まず、 おさない コ ら に カンゲイ された よう な キ が して うれしかった の だ。 そっと メガシラ を おさえ、 エガオ を みせた。 あらためて みた が、 すぐに おもいだす カオ は なかった。 ミチ ゆく ヒト も そう だった。 むかしながら の ムラ の ミチ を、 なんと かわった ヒト の スガタ で あろう。 とはいえ、 その ナカ で もっとも かわって いる の が ジブン だ とは、 キ が つかなかった。 その オオイシ センセイ を おいぬき おいぬき、 さんさんごご と はしって ゆく セイト たち も たえなかった。 ちらり ちらり と、 こちら を ヌスミミ して は はしりさって ゆく。 それら の スガタ から、 わざと メ を そらした の は、 みられたく ない もの が ひかって こぼれそう だった から だ。
 ヒトリ かえって ゆく ダイキチ の ほう へ テ を ふって みせて から コウモン を くぐった。 ふるびて しまった コウシャ の、 8 ブ-ドオリ こわれた ガラスマド を みた とき、 シュンカン、 ゼツボウテキ な もの が ミチシオ の よう に おしよせて きた が、 ムカシ の まま の キョウシツ に、 ムカシ-どおり に ツクエ と イス を マドベリ に おき、 ソト を みて いる うち に、 セボネ は しゃんと して きた。 なにもかも ふるい この ガッコウ へ、 あたらしい もの が やって きはじめた から だ。 ふるい オビシン らしい しろい ヌノ で つくった あたらしい カバン。 マンナカ に 1 ポン ヌイメ の ある らしい メイセン の フロシキ、 その ナカ には、 シンブンシ を おりたたんだ だけ の よう な、 ヒョウシ の ない ソマツ な キョウカショ が はいって いる だけ でも、 コドモ たち は キボウ に もえる カオ を して いた。 ムカシ-どおり の ミサキ の コ の ヒョウジョウ で ある。 18 ネン と いう サイゲツ を キノウ の こと の よう に おもい、 キノウ に つづく キョウ の よう な サッカク に さえ とらわれた。 おおげさ な シギョウシキ も なく キョウシツ に はいる と、 さすが に かあっと カオ に チ が のぼる の を かんじた。 それでも、 なれた タイド で シュッセキ を とった。 わかく、 ハリ の ある コエ で、 「ナマエ を よべば、 おおきな コエ で はい と ヘンジ を する のよ」 と マエオキ を して、
「カワサキ カク さん」
「はい」
「カベ ヨシオ さん」
「はーい」
「ゲンキ ね。 ミンナ、 はっきり オヘンジ が できそう です ね。 カベ ヨシオ さん は、 カベ コツル さん の キョウダイ?」
 イマ、 ヘンジ を ほめた ばかり なのに、 もう カベ ヨシオ は だまって カブリ を ふる。 ナマエ を よばれた とき で なければ、 はい とは いえない もの の よう に。 しかし センセイ は エガオ を くずさず に、
「オカダ ブンキチ さん」
 それ は あきらか に イソキチ の アニ の コドモ と さっしられた が、 メクラ に なって ジョタイ された イソキチ に つらい アニ で ある と きいて、 ふれず に ツギ に うつった。
「ヤマモト カツヒコ さん」
「はい」
「モリオカ ゴロウ さん」
「はい」
 タダシ の カオ が おおきく うかんで きえた。
「カタギリ マコト さん」
「はい」
「アンタ、 コトエ さん の ウチ の コ」
 マコト は ぽかん と して いた。 カノジョ は ちいさい とき なくなった アネ の こと など おぼえて いなかった の だ。 それで もう、 ふるい こと は きく の は やめた。 ニシグチ ミサコ の ムスメ は、 カツコ と いった。 その ホカ 3 ニン の オンナ の コ の ナカ に、 あかい あたらしい ヨウフク を きた カワモト チサト と いう コドモ が いた。 ガマン できず、 ヤスミ ジカン の とき、 それとなく きいて みた。
「チサト さん の オトウサン、 ダイク さん ね」
 すると チサト は、 マツエ そっくり の くろい メ を みはって、
「ううん、 ダイク さん は、 オジイサン」
「あら、 そう だった の」
 しかし カノジョ の ガクセキボ には、 カノジョ の チチ は ダイク と あった。
「マツエ さん て、 ダアレ、 ネエサン?」
「ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん」
 どきん と した。 そして、 この クミ に ニタ や マスノ が いない こと に ほっと し、 また それ で、 さびしく も なった。 ニタ が いれば イマゴロ は もう、 10 ニン の シンニュウセイ の カテイ ジジョウ は さらけだされ、 メイメイ の ヨビナ や アダナ まで わかって いる だろう。 その ニタ や タケイチ や タダシ は、 そして、 イソキチ や マツエ や フジコ は、 と おもう と、 カレラ の とき と ドウヨウ、 イチズ な シンライ を みせて キョウ あたらしい モン を くぐって きた 10 ニン の 1 ネンセイ の カオ が、 イッポンマツ の シタ に あつまった こと の ある 12 ニン の コドモ の スガタ に かわった。 おもわず マド の ソト を みる と、 イッポンマツ は、 ムカシ の まま の スガタ で たって いる。 その ソバ に、 フタリ の オトコ の コ が、 じっと ミサキ を みて いる かも しれぬ、 そんな こと も しらぬげ な スガタ で ある。
 オオイシ センセイ は そっと ウンドウジョウ の スミ に ゆき、 ひそか に カオ を ととのえねば ならなかった。 そういう カノジョ に、 はやくも アダナ が できて いた の を、 カノジョ は まだ しらず に いた。 ミサキ の ムラ に ニタ は やっぱり いた の で ある。 ダレ が センセイ の ユビ イッポン の ウゴキ から メ を はなそう。
 カノジョ の アダナ は、 ナキミソ センセイ で あった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ニジュウシ の ヒトミ 10

2018-04-05 | ツボイ サカエ
 10、 ある はれた ヒ に

 4 ガツ とは いって も まだ サムサ の ナゴリ は ゴゴ の ハマベ に みちて いた。 スナ の ウエ に アシ を なげだして いた オオイシ センセイ は、 おもわず たちあがって、 はたはた と モンペ の ヒザ を はたいた。 その ウシロスガタ へ よびかける モノ が あった。
「センセイ、 そんな とこ で、 ナニ して おいでます か?」
 ニシグチ ミサコ で あった。
「まあ、 ミサコ さん」
 ハデ な ハナモヨウ の メイセン の アワセ に きちんと オビツキ で、 ミサコ は これから どこ か へ でかけそう な カッコウ に みえた。 あらたまった アイサツ の アト、 キュウ に シタシサ を みせて、
「センセイ に オメ に かかりたくて、 イマ、 ガッコウ へ ゆく ところ でした の」
 そう いって から、 もう イチド あらためて コシ を こごめ、
「センセイ、 コノタビ は また、 フシギ な ゴエン で カツコ が オセワ に なる こと に なりまして、 どうぞ よろしく おねがい もうします」
 その ゆっくり と した モノイイブリ や、 テイネイ な モノゴシ は、 20 ネン マエ の カノジョ の ハハオヤ に そっくり で あった。 しかし ミサコ の ほう は、 さすが に あっさり と キジ を みせ、 なつかしそう に いった。
「センセイ が また ミサキ へ おいでる と いう の を きいて、 ワタシ、 うれしくて ナミダ が でました の。 オヤコ 2 ダイ です もの。 こんな こと、 めずらしい です わ、 ホント に。 でも センセイ、 オタッシャ で、 よろしかった こと」
「おかげさま で。 でも、 ミンナ、 いろんな クロウ を くぐりました ね」
 それ には こたえず、 アタリ を みまわしながら、 ミサコ は、
「センセイ が ケガ を した ところ、 ここら ヘン でした かしらん?」
 なつかしそう な メ を して いった。
「そう、 でした ね。 よく おもいだして くれた こと」
「そりゃあ わすれません わ。 ときどき おもいだして は サナエ さん と はなして いた ん です もの。 ワタシラ の クラス は、 ミサキ に ガッコウ が ひらかれて イライ の カワリモノ の ヨリアツマリ らしい って。 ほら、 あの とき、 センセイ とこ まで あるいて いったり して」
 そう いいながら、 はるか な イッポンマツ に メ を やり、 ちょうど ちかづいて きた ダイキチ の フネ を、 ケゲン な カオ で ながめた。 フネ は もう メノマエ に その スガタ を みせて いた の だ。 その ほう を、 カオ を ふって しめしながら、 オオイシ センセイ は エガオ で いった。
「ミサコ さん、 あれ、 ワタシ の ムスコ です よ。 ああして マイニチ、 ワタシ を むかえ に きて くれます の」
 それ を きく と ミサコ は オドロキ を コエ に だし、
「まあ、 そう です の。 それで センセイ、 ハマ に おいでた ん です か」
 もう ミッカ つづいて いる ダイキチ の デムカエ を、 ミサコ は まだ しらなかった の だろう か。 ムカシ から あまり ヒト と まじわらない カフウ を ミサコ も うけついで いる よう に みえた。 しかし ジダイ の カゼ は ミサコ の イエ の たかい ドベイ をも わすれず に のりこえて、 カノジョ の オット をも さらって いった まま、 まだ かえらぬ ヘイタイ の ヒトリ に くわえて いた。 だが メノマエ に みる ミサコ は、 クッタク の ない ムスメ の よう に おおらか に、 むかしながら の ヒト の よい カオツキ で にこにこ して いた。 ソマツ な モンペ から アシ を ぬく こと が できない で いる ムラビト の ナカ で、 カノジョ ヒトリ は タイケ の ワカオクサマ なの だ。 ながい ネンゲツ の キノウ から キョウ に つづく サマザマ な クロウ を、 どのよう に して ミサコ は くぐって きた の で あろう か。 シュウセン の とき には、 ニシグチ-ケ の ソウコ にも、 グン の ブッシ が テンジョウ まで つみあげて ある と いう ウワサ も あった が、 ホントウ か ウソ か さえ も わからず に すぎて いる。 その ブッシ で ミサコ の イエ は ふとって いる と いう ウワサ も きいた が、 ミサコ の カオツキ には、 そんな アク の カゲリ は みえなかった。
 イマ も カノジョ は オオイシ センセイ と カタ を ならべ、 ダイキチ の フネ の ヒトユレ ごと に ホンキ な シンパイ を みせた。
「この カゼ では、 コドモ には すこし ムリ です わ、 センセイ。 あ、 あぶない!」
 ダイキチ の ちいさな カラダ は ロ と イッショ に、 ウミ に のめりこみそう に みえたり する。 その ケンメイサ は、 コブネ と ともに ダイキチ の ちいさな カラダ に あふれて いて、 みて いる こちら も シゼン に りきんで きた。 オカ では さむく さえ ある のに、 ダイキチ は アセミズク に ちがいなかった。
「ジテンシャ は、 もう おのり に ならない ん です か、 センセイ」
 ミサコ から コエ を かけられて も それ に ミミ を かす ユトリ も なく、 オオイシ センセイ は、 ナミ に もまれる ダイキチ を コブネ もろとも たぐりよせたい キモチ で みて いた。 ミサコ は かさねて、
「アメ や カゼ の ヒ は、 フネ は ムリ でしょう。 ジテンシャ の ほう が、 かえって はやい でしょう に」
「ええ、 でも ね ミサコ さん、 ジテンシャ なんて、 キョウビ は、 かう に かえない でしょ。 もしも かえる と して も、 フトコロ が ショウチ しない」
 フネ から メ を はなさず に いいながら、 イゼン で さえ も ゲップ で かった こと を おもいだした。 それ を して くれた トミコ と いう ジテンシャヤ の ムスメ は、 その アト ケッコン して トウキョウ で くらして いた の だ が、 ハガキ さえ も シナギレ-がち の センソウチュウ に ショウソク も たえ、 ソノママ に なって いる。 トウキョウ の ホンジョ で、 やはり ジテンシャヤ を して いた カノジョ イッカ が、 イマ どこ に どうして いる か、 おそらくは 3 ガツ ココノカ の クウシュウ で イッカ ゼンメツ した の では なかろう か と かんがえだした の は、 センソウ も おわる コロ だった。 ワガミ の あわただしい テンペン に ココロ を うばわれ、 ヒト の こと どころ では なかった の だ。
 K マチ の トミコ の チチ たち の すんで いた イエ は イマ も ジテンシャヤ で ある が、 どんな イキサツ から か センソウチュウ に テンシュ が かわって、 イマ では、 いつ みて も ヒンソウ な カンジ の としとった オトコ が ヒトリ、 きたない フル-ジテンシャ を いじくって いる だけ だった。 そこ でも、 アトトリ ムスコ が センシ した の だ。 あたらしい ジテンシャ など、 どこ に ある の だろう。 だのに ミサコ は、 しごく カンタン に いった。
「センセイ、 もしも ジテンシャ を おかい に なる ん でしたら、 ゴソウダン に のります から」
 それ が どういう イミ なの か といかえす ヒマ も なく、 ダイキチ の フネ は キュウ に ソクリョク を まして ちかよって きた。 リクチ の カゲ に はいって、 カゼ が なくなった の で あろう。 ダイキチ は ハハオヤ に だけ にっと わらって、 ソッポ を むいて すまして いた。 ミサオ を おして いつも する よう に ヘサキ を スナハマ に よせ、 ハハオヤ の のりこむ の を まって いる ダイキチ の ヨコガオ に、 イツモ と ちがった コトバ が いちはやく とんで きた。
「さ、 ボッチャン、 つかまえて ます から、 あがって らっしゃい」
 おどろいて ふりかえる ダイキチ に、 コンド は オオイシ センセイ が わらいかけ、
「ダイキチ、 ヒトヤスミ したら?」
 だまって カブリ を ふる ダイキチ へ、 かさねて、
「ちょっと オカアサン、 この カタ に、 オハナシ が ある の。 だから、 その アイダ だけ まって」
 ダイキチ は おこった よう な カオ を して、 だまって ハマ に とびおりた。 おおきな イシ に トモヅナ を とる の を まって、
「ダイキチ も、 ここ へ おいで」
 ダイキチ も いる マエ で、 ミサコ に ジテンシャ の ハナシ を ききたい と かんがえた の だ が、 もう その こと は わすれた よう な カオ を して いる ミサコ と、 おとなっぽく ヒザ を だいて オキ を みて いる ダイキチ と に はさまれて すわる と、 どうした の か ジテンシャ の こと は クチ に だしたく なくなった。 どんな ホウホウ が ミサコ に ある と いう の か。 いずれ は、 オタガイ の ココロ を よごす ホカ に ミチ が ない こと が わかる よう に おもえた から だ。 おもくるしく だまって いる と、 それ を ほごす よう に、 ミサコ は キガル に はなしだした。
「サナエ さん と、 こないだ はなした ん です けど、 ワタシラ の クラス だけ で、 センセイ の カンゲイカイ を しよう か って」
「まあ うれしい こと。 でも、 カンゲイ して いただく ほど、 ワタシ が やくだちます か どう か。 ここ へ くる まで は、 ムカシ の まま ゲンキ な つもり でした のに ね、 きて みる と なけて なけて。 なける こと ばかり が おもいだされまして ね……」
 そう いって もう なみだぐんで いる センセイ だった。 それ を いそいで ぬぐい、 おもいさだめた ヨウス を コエ の ヒビキ にも こめて、
「しかし まあ、 うれしい こと です わ。 クラス の ヒト、 ナンニン います の」
「オトコ が フタリ、 オンナ が 3 ニン。 でも オンナ の ほう は コツル さん や マッチャン も よぼう と、 いって ます の」
「マッチャン て、 カワモト マッチャン?」
「え、 ながい こと、 どこ に いた やら わからなかった の が、 センソウチュウ に ひょっこり、 もどって きた ん です の。 ほんの ちょっと いた だけ で、 また どこ か へ でて ゆきました けど、 マスノ さん が トコロ を しってる そう です。 マッチャン、 きれい に なって センセイ、 みちがえそう でした わ」
 そう いいながら、 ミサコ の カオ に イヨウ な ヒョウジョウ が はしった の を、 わざと きづかぬ カオ で オオイシ センセイ は、 オトトイ の キョウシツ を おもいだして いた。
 ――チサト さん は、 オトウサン も オジイサン も ダイク さん?
 ――ううん、 ダイク さん は、 オジイサン。
 ――マツエ さん て、 オネエサン でしょ?
 ――ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん。
 マツエ そっくり の くろい メ を かがやかせた カワモト チサト で あった。 それ に ついて、 ミサコ に きく キ は おこらなかった。 しかし、 ベツ の こと で きかず に いられない こと が あった。
「それ より か、 フジコ さん は どうしてる か、 わかんない の?」
 ミサコ は マツエ の とき の ヒョウジョウ を いっそう つよめて いった。
「あの ヒト こそ センセイ、 かいもく ユクエ フメイ です わ。 なんでも センジチュウ、 ナリキン さん に うけだされて シュッセ した と いう ウワサ も ありました けど、 どうせ グンジュ-ガイシャ でしょう から、 イマ は どう なりました か……」
 しらずしらず カオイロ に でた ミサコ の ユウエツカン にも、 ジンセイ の ウラミチ を あるいて いる らしい マツエ や フジコ の こと にも、 わざと メ を そらす か の よう に オオイシ センセイ は うつむいて、 ジブン に でも いって きかせる よう に コゴエ で つぶやいた。
「いきて いれば、 また あう こと も ある けれど、 しんで しまっちゃあ ね」
 ミサコ も しんみり と コエ を おとし、
「ホント です わ。 しんで ハナミ が さく もの か……。 コトヤン が しんだ の は、 ゴゾンジ です か?」
 だまって うなずく センセイ に、 ミサコ は たてつづけて、
「ソンキ さん の こと は?」
 おなじ よう に うなずく センセイ の メ に、 またも ナミダ は あふれて いた。 イソキチ が シツメイ して ジョタイ に なった と サナエ から きかされた とき、 サナエ と イッショ に コエ を あげて ないた センセイ で あった が、 あの とき の カナシミ は イマ も ココロ の ソコ に しずもって いる。 サナエ が ミマイ に ゆく と、 イソキチ は ガンタイ を した カオ を ヒザ に つく ほど うつむきこんで、 いっそ しんだ ほう が よかった と しょげきって いた と いう。 シチヤ の バントウ を こころざして いた カレ が、 まずしい ジッカ に かえって の タチバ を おもう と しにたかった イソキチ の キモチ も さっしられて、 ないた の だ が、 イマ は もう ちがって きて いる。 ソノゴ の イソキチ が、 マチ の アンマ の デシイリ を した と きいて、 カレ の その オソガケ の シュッパツ に ほっと して いた から だ。 たった ヒトツ の いきる ミチ、 その アンコク の セカイ を イソキチ は どのよう に いきぬく で あろう か。 しかし ミサコ は、 ジブン の ココロ の マズシサ を さらけだす よう な こと を いった。
「いきて もどって も、 メクラ では こまります わ。 いっそ しねば よかった のに」
 ダレ が イソキチ を メクラ に した か、 そんな こと は ちっとも かんがえて は いない よう な ミサコ の コトバ に、 もう にげて は いられない と ばかり に、 オオイシ センセイ は いった。
「そんな こと、 ミサコ さん、 そんな こと どうして いえる の。 せっかく たちあがろう と して いる のに。 ことに アナタ は ドウキュウセイ よ」
 しかられた セイト の よう に ミサコ は あわてて、
「でも、 でも、 ソンキ さん は、 ヒト に あう と しんだ ほう が、 まし じゃ、 まし じゃ と いう そう です もの」
 ジブン の カンガエ の アササ に メ が さめた よう に、 あかい カオ を して ミサコ は いった。
「それ を、 キノドク だ と おもわない の。 しにたい と いう こと は、 いきる ミチ が ホカ に ない と いう こと よ。 かわいそう に。 そう おもわない の」
「そりゃ、 おもいます とも。 かわいそう です わ。 なんと いったって ドウキュウセイ です もの。 でも、 だいたい、 ワタシタチ の クミ は フシアワセモノ が おおい です ね、 センセイ。 5 ニン の ダンシ の ウチ 3 ニン も センシ なんて、 ある でしょう か」
 ならんで いる ダイキチ に ヒジ を つつかれて、 オオイシ センセイ は キュウ に キ が ついて ふりかえった。 6~7 ニン の コドモ が、 3 ニン の すぐ ウシロ を、 みだれた ハンエンケイ に とりまき、 めずらしそう に ながめて いた。 キュウ に ふりむかれて コドモ ら は、 とびたつ トリ の よう に はしりだした が、 はしりながら さけんだ。

  ナキミソ、 センセ
  ナキミソ、 センセ

 すぐ ウシロ の オカ の キョウドウ ボチ の ほう へ にげて ゆく の を みる と、
「ちょっと、 オハカ へ まいりましょう か、 ミサコ さん」
「え、 ミズ もらって いきましょう」
 ミサコ は すばやく たって コバシリ に、 ミチバタ の イエ へ はいって いった。 まもなく テオケ を もって でて くる の を みる と、 オオイシ センセイ は アゴ を しゃくって ボチ の ほう を しめしながら、
「すぐ そこ、 ほんの 10 プン か そこら だ から、 まってて ね。 オカアサン の オシエゴ の ハカマイリ なん だ から。 イッショ に、 きて も いい けど」
 なんとなく フフク らしい ダイキチ を のこして、 フタリ は ならんで あるきだした。
「まあ、 ノッポ に なった こと ミサコ さん。 アンタ いちばん ちっちゃかった でしょう」
「いいえ、 コトヤン です。 その ツギ が ワタシ でした わ。 ……センセイ、 コトヤン の ハカ」
 ミチバタ から フタアシ ミアシ はいった ところ に、 その コトエ の ハカ は あった。 アメカゼ に さらされ、 くろく なった ちいさな イタヤネ の シタ に、 やはり くろっぽく よごれた ちいさな イハイ が ヒトツ、 まるで ヨコ に なって ねて いる よう に たおれて いた。 セイゼン の コトエ が つかって いた の で あろう か、 あさい チャワン に チャイロ の ミズ が なかば ひからびて いた。 それ に なみなみ と ミズ を そそぐ その ワキ で、 オオイシ センセイ は イハイ を とって ムネ に だいた。 これ だけ が、 かつて の コトエ の ソンザイ を ショウメイ する もの なの だ。 ゾクミョウ コトエ、 ギョウネン 22 サイ、 ああ、 ここ に こうして きえた イノチ も ある。 イシャ も クスリ も、 ニクシン の ミトリ さえ も あきらめきって、 たった ヒトリ モノオキ の スミ で、 いつのまにか しんで いた と いう コトエ。 ――もしも ワタシ が オトコ の コ だったら ヤク に たつ のに と いうて、 オトウサン が くやむ ん です。 ワタシ が オトコ の コ で なかった から、 オカアサン は クロウ する ん……。
 オトコ に うまれなかった こと を まるで ジブン や ハハオヤ の セキニン で ある か の よう に いった 6 ネンセイ の コトエ の カオ が うかんで くる。 キボウドオリ カノジョ が オトコ に うまれて いた と して も、 イマゴロ は ヘイタイハカ に いる かも しれない この わかい イノチ を、 エンリョ も なく うばった の は ダレ だ。 また ナミダ で ある。
「いに。 めずらしげ に つきまわらん と」
 そう いった ミサコ の シカリゴエ で、 コドモ たち に みられて いる こと に キ が ついた。
「ホント に、 いよいよ ナキミソ センセイ と、 おもう でしょう」
 そう いって わらう と、 ミサコ も イッショ に わらいながら、 うながす よう に ヒシャク を さしだし、
「センセイ、 さ、 オミズ」
 いつのまに まつった の か、 ツミバナ の マユミ の ハ が チャワン に あおく もりあがって いた。 ヘイタイハカ は オカ の テッペン に あった。 ニッシン、 ニチロ、 ニッカ と ジュン を おって ふるびた セキヒ に つづいて、 あたらしい の は ほとんど シラキ の まま の くちたり、 たおれて いる の も あった。 その ナカ で ニタ や タケイチ や タダシ の は まだ あたらしく ならんで いた。 コンラン した セソウ は ここ にも あらわれて、 ツミ も なく わかい イノチ を うばわれた カレラ の ボゼン に、 ハナ を まつる さえ わすれて いる こと が わかった。 ハナタテ の ツバキ は がらがら に かれて ゴゴ の ヒ を うけて いる。 きちんと クカク した ボチ に、 ボヒョウ だけ が ならんで いる あたらしい ヘイタイハカ。 ヒトビト の クラシ は そこ へ イシ の ハカ を つくって、 せめても の ナグサメ と する チカラ も イマ は なくなって いる こと を、 ボチ は かたって いた。
 それ は オオイシ センセイ の ココロ にも ひびく こと で あった。 おなじ よう な オット の ハカ を おもいながら、 あちこち と ハルクサ の もえだした ナカ から タンポポ や スミレ を つんで そなえる と、 フタリ は だまって ボチ を でた。 もう ないて は いなかった が、 ウシロ から ぞろぞろ ついて くる コドモ たち は、 あいかわらず よびかけた。
「ナキミソ、 センセエ」
 すると、 うてば ひびく よう に、 オオイシ センセイ は フリカエリザマ こたえた。
「はぁいぃ」
 おどろいた の は ミサコ だけ では なかった。 コドモ たち の やんや と わらう コエ を ウシロ に、 センセイ も わらいながら、 まだ しらぬ らしい ミサコ に いった。
「どうも、 ヘン な アダナ よ。 コンド は ナキミソ センセイ らしい」

 ワカバ の におう よう な 5 ガツ ハジメ の ある アサ、 オオイシ センセイ は コウモン を くぐる なり、 1 ネンセイ の ニシグチ カツコ の まちかまえて いた らしい スガタ に であった。
「センセ、 ユウビン」
 ほこらしげ に カツコ は、 1 ツウ の テガミ を つきだした。

――たま の ニチヨウビ、 センセイ も ゴヨウ の おおい こと と おさっし いたします が、 どうぞ どうぞ おでかけ くださいませ。 イチド ゴソウダン して から と おもって います うち に、 だんだん ムギ も いろづきだしました し、 ムギカリ が ちかづく に つれ、 しだいに むつかしく なりそう でした ので、 オオイソギ ワタシタチ で とりきめました。 この ヒ です と、 タイテイ の カオ が そろう はず です から、 どうぞ おでかけ くださいます よう……。

 レイ の カンゲイカイ の アンナイ で ある。 ミサコ や マスノ の ナ も かいて あった が、 サナエ の ジ なの は、 ハジメ から わかって いた。 よみおわった センセイ は、 カツコ に むかって、
「オカアサン に、 センセイ が、 はい って いってた と いって ね。 わかった。 ただ ね、 はい って いえば いい の」
 だが、 ヒトリ ジブン の ツクエ の マエ に こしかける と、 さて こまった、 と つぶやいた。 と いう の は、 ちょうど その ヒ に あたる アサッテ の ニチヨウビ には、 すこし はやい が ヤツ の ネンキ を しよう と、 サクヤ ダイキチ たち と ヤクソク を した ばかり なの で あった。 イナリズシ でも つくろう と いう と、
「わあっ!」
と、 ナミキ は カラダ-ごと カンセイ を あげ、 ダイキチ は ダイキチ で アニ-らしい シリョ を めぐらして いった の で ある。
「オカアサン オカアサン。 ヤツ の ハカ にも イナリズシ もってって やろう。 ボク、 アシタ ガッコウ の カエリ に K マチ の ヤミイチ で アブラゲ かって きとく。 オカアサン オカアサン、 アブラゲ ナンマイ たのむ ん? オカアサン オカアサン、 ヤミイチ でも ダイズ もって いく ん? ナンゴウ もって いく ん? オカアサン オカアサン、 ボクタチ、 キョウ から ビン で コメ つこう か――」
 こんな とき やたら オカアサン オカアサン と かさねて いう の が ダイキチ の クセ で あった。 よほど うれしかった の だ。 それ を のばす と いったら、 どんな に か がっかり する だろう。 ネンキ とは いって も、 ジセツガラ キャク を まねいたり、 ボウサン を よんだり する の では ない。 いわば、 いつも ルスバン を したり、 オクリムカエ を して くれる フタリ の ムスコ を なぐさめる ため の ケイカク で あり、 ヒサシブリ に ゲッキュウ を もらった ひそか な ココロイワイ でも あった。 それ を ヤツ に むすびつけた の は、 ヤツ と オナイドシ の 1 ネンセイ を みる に つけ、 ヤツ が おもいだされた の でも あった し、 ミサコ と イッショ に ニタ や タケイチ たち の ハカ へ まいったり した こと から の オモイツキ でも あったろう。
 その ヒ センセイ は イエ へ かえって から、 フタリ の コドモ の マエ で はなしだした。
「なあ、 キミタチ、 こまった こと が できた ん だ けど、 アサッテ の ニチヨウビ、 オカアサン ヨウジ が できた の。 ヤツ の ネンキ、 1 シュウカン のばそう よ」
「いやっ」
「いや だっ」
 フタリ は マショウメン から ハンタイ した。
「そう。 こまった な。 オカアサン の ムカシ の オシエゴ が ね、 カンゲイカイ を して くれる と いう のよ。 カンゲイカイ って、 よろこんで むかえて くれる カイ よ。 それ を ことわる わけ には、 いかん だろ」
「いやっ。 ヤクソク した もん」
 いつも ルスバン の ジカン の おおい ナミキ は ひるまず そう いった が、 ダイキチ は さすが に だまって いた。 しかし その カオ には、 シツボウ の イロ が はっきり あらわれて いた。
「そう よ。 オマエタチ と ヤクソク した から、 オカアサン こまった のよ。 イッショ に かんがえて よ、 ナミキ も ダイキチ も。 オカアサン、 カンゲイカイ に いかない で、 ウチ に いた ほう が いい?」
 そして、 テガミ を よんで きかせた。 フタリ とも だまりこんで、 カオ を みあわして いた が、 やがて ナミキ は、 ぶつぶつ と つぶやいた。
「ヤクソク した もん。 ボクラ の ヤクソク の ほう が、 サキ だ もん。 ミンシュ シュギ だ もん」
 ミンシュ シュギ に おもわず ふきだした オカアサン は、 それ と ドウジ に ヒトツ の カンガエ が うかんだ。
「じゃあ ね、 これ は どう。 ヤツ の ネンキ は のばす のよ。 そして、 アサッテ は ホンソン へ ピクニック と しよう や。 オカアサン の カイ は スイゲツロウ よ。 ほら、 カガワ マスノ って セイト の やってる リョウリヤ。 そこ で、 カンゲイカイ が すむ まで、 オマエタチ、 ホンソン の ハチマンサマ や カンノンサン で あそぶ と いい。 オベントウ は、 ハトバ で でも たべなさい よ。 そう だ、 ツリザオ もってって ハトバ で ツリ したって おもしろい よ。 どう?」
「わあっ、 うまい、 うまい」
 ナミキ が また サキ に カンセイ を あげ、 ダイキチ も サンセイ-らしい エガオ で うなずいた。
 ニチヨウビ は アサ から くもって いた。 ふり さえ しなければ、 イッポンマツ から 1 リ の ミチ を あるく には かえって ツゴウ が よかった。 カンゲイカイ は 1 ジ から と いう ので、 12 ジ には もう イエ を でた。 イゼン ならば 15 フン ほど バス に のれば ゆけた ミチ を オヤコ は てくてく と あるきだした。 めずらしい こと なので、 であう ヒト が きいた。
「オソロイ で、 どちら へ?」
 ヘンジ を する の は ナミキ と きまって いた。 ナミキ は すこし ふざけて、
「ピク に いく ん だよ」
 それ は ピクニック と いう の を わざと そう いった の で ある が、 ダレ にも つうじなかった。 ききかえす モノ も なかった。 それ が また、 フタリ には おもしろくて たまらなかった。 ムコウ から しった ヒト の スガタ が あらわれる たび に、
 オソロイ で どちら へ、
と フタリ は、 オヤコ 3 ニン だけ に きこえる コエ で いう。 すると、 かならず それ は あたった。
「オソロイ で どちら へ?」
「ピク に いく ん です」
 ナミキ は すごく ハヤクチ で いって、 とっとと ゆきすぎた。 ダイキチ が おっかけて いって、 フタリ は しゃがみこんで わらう。 こんな こと は うまれて はじめて なので、 フタリ は うきうき して いた。 ナンド も おなじ こと を くりかえして いる うち、 もう たずねる ヒト も なくなった コロ には、 トナリ の ムラ に さしかかって いた。 ホンソン に さしかかり、 オカアサン と わかれねば ならぬ バショ が ちかづく と、 さすが の キョウダイ も すこし フアン に なった らしく、 かわるがわる きいた。
「オカアサン、 ボクラ の ピクニック の ほう が はやく すんだら どう しよう」
「そしたら スイゲツ の シタ の ハマ で、 イシ でも なげて あそんどれば いい」
「ホンソン の コ が、 いじめ に きたら」
「ふん、 ナミキ も いじめかえして やりゃあ いい」
「ボクラ より つよかったら」
「カイショウ の ない、 おおきな コエ で わあわあ なく と いい」
「わらわれらぁ」
「そう だ、 わらわれらぁ。 ナキゴエ が きこえたら、 オカアサン も スイゲツ の 2 カイ から テ たたいて わらって やらぁ」
「オカアサン の カンゲイカイ、 ハマ の みえる ヘヤ?」
「たぶん そう だろう?」
「そんなら ときどき カオ だして みて なあ」
「よしよし、 みて、 テ を ふって あげる」
「そしたら、 オオイシ センセイ とこ の コ じゃ と おもうて、 いじめん かも しれん」
 ナミキ に オオイシ センセイ と いわれた こと で、 オオイシ センセイ は おもわず にやり と なり、
「へえ、 オオイシ センセイ か、 この オカアサン が……」
 ミサキ では ナキミソ センセイ と いわれて いる と いおう と して やめた。 ワカレミチ へ きて いた。 そこ から フタリ は ハチマンヤマ へ のぼる の だった。 10 ケン ほど も いって から、 ダイキチ が さけんだ。
「オカアサン、 もしも、 アメ ふって きたら、 どう しよう か?」
「アンポンタン。 フタリ で かんがえなさい」
 スイゲツ まで は もう あと 10 プン-たらず だった。 マッスグ に あるいて ゆく と、 ムコウ から サナエ と ミサコ が コドモ の よう に はしって きた。
「センセエ」
 ろくに アイサツ も しない で、 リョウガワ から とびついて きた。
「センセイ、 めずらしい カオ、 ダレ だ と おもいます?」
 サナエ が いった。
「めずらしい カオ?」
「イッペン に あてたら、 センセイ を シンヨウ する わ。 な、 ミサコ さん」
 フタリ は いたずらっぽく うなずきあって わらった。
「ああ こわい。 シンヨウ される か されない か、 フタツ に ヒトツ の ワカレミチ ね。 さてと、 めずらしい と いわれる と、 さしずめ、 ああ、 フタリ でしょう、 フジコ さん に マッチャン?」
「わあ、 どう しよう!」
 サナエ は コドモ の よう に オオゴエ を あげた。
「あたった の? フタリ とも きた の?」
「いいえ、 ヒトリ です。 ヒトリ。 あてて? わあ、 もう わかった わ。 いる ん だ もん」
 3 ニン は もう スイゲツ の マエ に きて いた。 みて いた の か ゲンカン には コツル や マスノ を マンナカ に して、 ずらり と ならんで いた の だ。 クロメガネ の イソキチ に どきん と して いる オオイシ センセイ の カタ へ、 いきなり しがみついて なきだした の は、 マスノ の ヨコ に たって いた、 どことなく イキ な ツクリ の キモノ を きた オンナ だった。
「センセ、 ワタシ、 マツエ です」
 なのられる マエ に、 センセイ も すぐ キ が ついた。
「まあ、 ホント に めずらしい カオ。 よく きた わね マッチャン、 ホント に、 よく。 ありがとう マッチャン」
 マツエ は しゃくりあげながら、
「マスノ さん から テガミ もらいまして な、 こんな とき を はずしたら、 もう イッショウ ナカマハズレ じゃ と おもうて、 ハジ も ガイブン も、 かなぐりすてて とんで きました。 センセイ、 カンニン して ください」
 それこそ ハジ も ガイブン も なく なきだす の を みる と、 マスノ は わざと エリガミ を つかんで ひきもどしながら、
「これ、 マッチャン ヒトリ の センセイ じゃ ありません ぞ。 さ、 イイカゲン で、 ウエ へ いこう、 いこう」
 やっぱり ウミ に むかった ザシキ だった。
「ソンキ さん、 こんにちわ」
 センセイ は イソキチ の テ を とって イッショ に カイダン を あがろう と した。
「あ、 センセイ、 しばらく でした」
「7 ネン-ぶり よ」
「そう です な。 こんな ザマ に なりまして な」
 イソキチ は ちょっと たちどまって うつむいた が、 ひかれる まま に センセイ と ならんで カイダン を あがった。 くもって いた ソラ は すこし ずつ ハレマ を みせ、 マヒル の タイヨウ は ウミ の ウエ に ぎらぎら して いた。 2 カイ は まぶしい ほど の アカルサ なのに、 ヤマ に めんした キタマド の ほう は いまにも ふって きそう な、 キミョウ な ソラモヨウ で ある。 しかし、 8 ジョウ を フタツ ぶっとおした ヘヤ に、 さわやか な カゼ は みちわたり、 ハダ に こころよく しみとおる よう だった。
「ああら、 ナガメ の いい こと、 ちょっとぉ……」
 テスリ の ソバ から ダレ に とも なく ふりかえった コツル は、 キュウ に クチ を おさえて アト を いわなかった。 イソキチ を みた から だ。 その マ の ワルサ を すぐに、 ふっけす よう に、 マスノ は レイ の ゆたか な コエ で、
「さ、 センセイ は ここ。 ソンキ さん と ならんで ください。 コッチガワ が マッチャン。 フタリ で センセイ を はさんで、 タンノウ する だけ しゃべりなさい。 アト は めいめい カッテ に すわって」
 なげだす よう に いって は いる が、 それ は じつに オモイヤリ の ある マスノ の ハカライ で ある こと を、 センセイ は ひそか に かんじた。
「センセイ を、 1 ネンセイ ミンナ で おむかえ した つもり です の。 ですから……」
 ちらり と イソキチ を みて、 マスノ も やはり アト を いわず に トコノマ を さした。 そこ には ハガキガタ の ちいさな ガクブチ に いれた イッポンマツ の シタ の シャシン が、 キボリ の ウシ の オキモノ に もたせかけて あった。 サナエ が カンタン では ある が、 あらたまった アイサツ を すます と、 マスノ は また マ を おかず に いった。
「さ、 アト は ブレイコウ で いきましょう や。 ムカシ の 1 ネンセイ に なった つもり で、 なあ、 ソンキ」
 きちんと かしこまった イソキチ は にこにこ しながら ヒザ を さすった。 サッキ から、 キッカケ を つかもう と あせって いた マツエ は、 センセイ に すりよって いって、 その カオ を のぞきこむ よう に しながら、
「センセ、 チサト が オセワ に なりまして。 それ きいた とき ワタシ、 うれしいて うれしいて。 ワタシ は もう センセイ の マエ に でられる よう な ニンゲン では ありません けど、 でも、 たとえ どんな に ケイベツ されて も、 ワタシ は センセイ の こと わすれません でした の。 あの ベントウバコ、 イマ だって もって ます から、 ダイジ に」
 そう いって、 ハンカチーフ を メ に あてる の を みる と、 マスノ は まぜかえす よう な チョウシ で、
「ナーニ を マッチャン が また、 サケ も のまん うち に ヒトリ で クダ まいてる の。 やめた、 やめた そんな グチ。 センセイ の マエ で いう こっちゃ ない わ。 ムカシ に かえって!」
 ぽんと マツエ の カタ を たたく と、 マツエ は ムキ に なり、 しかし ヨウキサ を くわえて いった。
「だから ムカシバナシ してん のに。 なあ センセイ。 ワタシ、 あの ベントウバコ、 センソウチュウ は ボウクウゴウ に まで いれて まもった ん です よ。 あの ベントウバコ だけ は、 ムスメ にも やりたく ない ん です。 ワタシ の タカラ でした の。 キョウ も オコメ いれて もって きた ん です よ、 センセイ」
 それ を きく と キチジ が、 あ、 そう じゃ、 と いいながら、 コクボウフク の ワキ ポケット から ちいさな ヌノブクロ を とりだし、
「はい、 ウラ (ワタシ) の クイブニ」
と、 マスノ の ほう へ さしだした。
「ええ じゃ ない か キッチン、 オマエ、 サカナ もって きて くれた もん」
 どうやら キョウ の カイ は モチヨリ で ある らしい と おもいながら、 オオイシ センセイ は しきり に マツエ の ハナシ を きこう と した。 マツエ の いう ベントウバコ とは いったい ナン だろう と おもった から だ。 ボウクウゴウ に まで いれた タカラ の ベントウバコ とは。
 センセイ は あの ユリ の ハナ の ベントウバコ の こと を すっかり わすれて いた の だった。
「マッチャン、 ベントウバコ って、 ナアニ?」
 コゴエ で きく と、 マツエ は トンキョウ な コエ を だし、
「あら、 センセイ、 わすれた ん です か。 そんなら もって くる」
 とんとん オト たてて カイダン を はしりおりて いった と おもう と、 やがて また とんとん かけあがって きた マツエ は、 ミンナ の マエ に、 カラ の ベントウバコ を、 アカンボウ の する あるまい あるまい で して みせ、
「どう です これ、 ワタシ が 5 ネンセイ に なった とき センセイ に もらった ん です よ ミナサン。 どう です、 どう です」
 わあ と カンセイ が あがり、
「センセイ、 みそこないました。 センセイ が マッチャン だけ に そんな ヒイキ を した の、 しらなんだ、 しらなんだ」
 マスノ の コウギ に また ワライゴエ が あがった。 しかし、 センセイ は なみだぐんで それ を みて いた。
 みせられて おもいだした その ベントウバコ に、 イチド も ベントウ を つめて ガッコウ へは こなかった マツエ の こと が、 シュウガク リョコウ の とき、 サンバシ マエ の コリョウリヤ で、 テンプラ ウドン イッチョウッ と さけんで いた マツエ の スガタ が、 ヒサシブリ に いきて うごいて、 イマ メノマエ に いる マツエ と むすびつこう と して いる。 かわいそう だった マツエ、 その カワイソウサ を くぐって きた こと を ジブン の ハジ の よう に ヒゲ して いる よう な マツエ……。
 ぼつぼつ リョウリ が はこばれだす と、 マツエ は いちはやく たちあがった。 ビール と サイダー を リョウテ に もって、 なれた テツキ で ついで まわる と、 それ を みさだめて から マスノ が いった。
「さ、 センセイ の ため に、 カンパイ!」
 マスノ は マッサキ に コップ を ほした。 マツエ が つぐ の を つづけて ほして から、 おおきな タメイキ を し、
「ああ、 ここ に ニタ や タンコ が おったら なあ。 そしたら もう いう こと ない です な センセイ。 ソンキ に タンコ に キッチン に ニタ と、 ヒト の いい の が そろとった のに。 タケイチ じゃ とて、 ウエ の ガッコウ へ いきだして から は すこし すましとった けど、 ニンゲン は よかった。 ワタシラ の クミ、 オヒトヨシ ばっかり じゃ ない です か。 それ が、 オトコ は ミンナ ろく でも ない メ に あい、 オンナ は ウミセン ヤマセン に なって しもた。 コツヤン や サナエ さん じゃ とて、 やっぱり ウミセン ヤマセン よ。 ただ その ヒットウ が、 ワタシ と マッチャン かな。 でも やっぱり、 ヒト は わるう ない です よ。 クロウ した だけ、 モノワカリ も ええ つもり です。 ミイ さん の よう な ケンプジン や、 コツヤン や サナエ さん の オールド ミス の オエラガタ には できん こと も、 ワタシラ は する もん。 なあ マッチャン、 おおいに やろう」
 そう いって マツエ の コップ に ビール を ついだ。 ビール を のんで いる の は フタリ だけ なの だ。 コツル は ハジメ から イソキチ の ソバ に すわりこんで、 いちいち たべる もの の セワヤク を して いる し、 マツエ は マツエ で、 ここ が ジブン の モチバ だ と いう よう に、 こまめ に たったり すわったり して リョウリ を はこんで いた。 むかしながら の オトナシサ で、 だまって のんだり くったり して いる キチジ と ならんで、 サナエ は ふきだしながら、 センセイ の ほう を み、
「な センセイ、 そう おもいません か。 こういう ところ に でる と いちばん ヤク に たたん の は ガッコウ の センセイ だ と」
 カタ を すくめて わらう と、
「ワタシ こそ」
と、 ミサコ が もじもじ した ので、 そこ で ワライ が うずまいた。 だいぶ よって きた マスノ は、 イソキチ の ソバ に よって きて、 コップ を テ に にぎらせ、
「さあ、 ソンキ、 アンマ に なる オマエ の ため に、 も 1 パイ いこう」
 キ が つく と、 イソキチ は ハジメ から ヒザ も くずさず、 キチョウメン に かしこまって いた。
「ソンキ さん、 ミンナ ギョウギ わるい のよ。 アンタ も もっと ラク に すわったら」
 オオイシ センセイ に そう いわれる と、 イソキチ は すこし ナナメ に まげた クビ の ウシロ に テ を やり、
「いやあ センセイ、 この ほう が じつは、 ラク なん です」
 シチヤ の バントウ が モクテキ だった カレ の 10 ダイ の ヒ の ヒザ の クギョウ は もう ミ に ついて しまって いる と いう の だ。 カレ は イマ、 30 に ちかく なって、 コンド は ウデ を かためねば ならない の だ。 もう すでに かたまった カレ の ウデ が どこ まで、 アンマ と して ジョウジュ できる か。 しかも それ より ホカ に いきる ミチ は ない の で ある。 アンマ の シショウ は、 そういう デシ を とりたがらない の だ が、 マスノ の ホネオリ で、 カレ の バアイ は シュビ よく すみこめた と いう。 その イソキチ に、 マスノ は まるで オトウト アツカイ の クチ を きき、
「オマエ が メクラ に なんぞ なって、 もどって くる から、 ミンナ が あわれがって、 みえない オマエ の メ に キガネ しとる ん だぞ、 ソンキ。 そんな こと に オマエ、 まけたら いかん ぞ、 ソンキ。 メクラ メクラ と いわれて も、 ヘイキ の ヘイザ で おられる よう に なれえ よ、 ソンキ」
 ビール は イソキチ の ヒザ に こぼれた。 それ を てばやく イソキチ は のみほし、 マスノ に かえしながら、
「マア ちゃん よ、 そない メクラ メクラ いうない や。 ウラァ、 ちゃんと しっとる で。 ミナ キガネ せん と、 シャシン の ハナシ でも メクラ の こと でも、 おおっぴら に して おくれ」
 おもわず イチザ は メ を みあわせて、 そして わらった。 ソンキ に そう いわれる と、 いまさら シャシン に ふれぬ わけ にも ゆかなく なった よう に、 シャシン は はじめて テ から テ へ わたって いった。 ヒトリヒトリ が メイメイ に ヒヒョウ しながら コツル の テ に わたった アト、 コツル は まよう こと なく それ を イソキチ に まわした。
「はい、 イッポンマツ の シャシン!」
 ヨイ も てつだって か、 いかにも みえそう な カッコウ で シャシン に カオ を むけて いる イソキチ の スガタ に、 トナリ の キチジ は あたらしい ハッケン でも した よう な オドロキ で いった。
「ちっと は みえる ん かい や、 ソンキ」
 イソキチ は わらいだし、
「メダマ が ない ん じゃ で、 キッチン。 それでも な、 この シャシン は みえる ん じゃ。 な、 ほら、 マンナカ の これ が センセイ じゃろ。 その マエ に ウラ と タケイチ と ニタ が ならんどる。 センセイ の ミギ の これ が マア ちゃん で、 こっち が フジコ じゃ。 マッチャン が ヒダリ の コユビ を 1 ポン にぎりのこして、 テ を くんどる。 それから――」
 イソキチ は カクシン を もって、 その ならんで いる キュウユウ の ヒトリヒトリ を、 ヒトサシユビ で おさえて みせる の だった が、 すこし ずつ それ は、 ずれた ところ を さして いた。 アイヅチ の うてない キチジ に かわって オオイシ センセイ は こたえた。
「そう、 そう、 そう だわ、 そう だ」
 あかるい コエ で イキ を あわせて いる センセイ の ホオ を、 ナミダ の スジ が はしった。 ミンナ しんと した ナカ で、 サナエ は つと たちあがった。 よった マスノ は ヒトリ テスリ に よりかかって うたって いた。

  ハル コウロウ の ハナ の エン
  めぐる サカズキ カゲ さして

 ジブン の ビセイ に ききほれて いる か の よう に マスノ は メ を つぶって うたった。 それ は、 6 ネンセイ の とき の ガクゲイカイ に、 サイゴ の バングミ と して カノジョ が ドクショウ し、 それ に よって カノジョ の ニンキ を あげた ショウカ だった。 サナエ は いきなり、 マスノ の セ に しがみついて むせびないた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする