9、 ナキミソ センセイ
ウミ も ソラ も チ の ウエ も センカ から カイホウ された シュウセン ヨクトシ の 4 ガツ ヨッカ、 この ヒ アサ はやく、 イッポンマツ の ムラ を こぎだした 1 セキ の テンマセン は、 コンガスリ の モンペスガタ の ヒトリ の やせて としとった ちいさな オンナ を のせて ミサキ の ムラ の ほう へ すすんで いった。 しずか な ウミ に モヤ は ふかく たちこめて いて、 ミサキ の ムラ は ユメ の ナカ に うかんで いる よう に みえた が、 やがて のぼりはじめた タイヨウ に さまされる よう に、 その ほそながい スガタ を、 しだいに くっきり と、 あらわしはじめた。
「あ、 ようやっと はれだした」
まだ 12~13 と みえる センドウ は、 ちいさな カラダ ゼンタイ を うごかして ロ を おしすすめながら、 まだ とおい ミサキ の ムラ に ながめいった。 メ ばかり かがやいて いる よう な その オトコ の コ に、 おなじ よう に ミサキ の ムラ に メ を みはって いた オンナ は、 いとおしむ よう な コエ で はなしかけた。
「ミサキ、 はじめて かい、 ダイキチ?」
ミカケ に よらず、 わかい コエ で ある。
「うん、 ミサキ なんぞ、 ヨウ が なかった もん」
ふりかえり も せず に こたえた。
「そう じゃ な。 オカアサン で さえ、 ずっと くる こと なかった もん なあ。 ミサキ と いう ところ は、 そんな とこ じゃ。 あれ から 18 ネン! ほう、 フタムカシ に なる。 オカアサン も としよせた はず かいな」
なんと それ は、 オオイシ センセイ の、 ヒサシブリ の コエ と スガタ で ある。 キョウ、 カノジョ は 13 ネン-ぶり の キョウショク に かえり、 しかも イマ、 ふたたび ミサキ の ムラ へ フニン する ところ なの だ。 マエ には ジテンシャ に のって さっそう と かよって いた センセイ も、 イマ では そんな ワカサ が なくなった の で あろう か。 ところが、 そう ばかり では なかった の だ。 センソウ は ジテンシャ まで も コクミン の セイカツ から うばいさって、 ハイセンゴ ハントシ の イマ、 ジテンシャ は かう に かえなかった。 ミサキ へ フニン と きまった とき、 はたと トウワク した の は それ だった。 トチュウ まで あった バス さえ も、 センソウチュウ に なくなった まま、 いまだに カイツウ して いない。 ムカシ で さえ も、 ジテンシャ で かよった 8 キロ の ミチ は、 あるいて かよう しか なかった。 とうてい、 カラダ の つづく はず が ない と かんがえて、 オヤコ 3 ニン ミサキ へ うつろう か と いいだした とき、 イチゴン で ハンタイ した の が ダイキチ だった。 フネ で オクリムカエ を する と いう の だ。 フネ だ とて かりる と すれば、 ソウトウ の レイ も しなければ ならない。
「アメ が ふったら、 どう する?」
「そしたら、 オトウサン の カッパ きる」
「カゼ の つよい ヒ は、 こまる で ない か」
「…………」
「あ、 シンパイ しなさんな。 カゼ の ヒ は あるいて いく よ」
ヘンジ に つまった ダイキチ を、 いそいで たすけた もの だ。 アシタ は アシタ の カゼ が ふく。 アシタ の こと まで かんがえて は いられなかった ながい ネンゲツ は、 アメ や カゼ ぐらい で へこたれぬ こと だけ は、 おしえて くれた。 センソウ は 6 ニン の カゾク を 3 ニン に して しまった けれど、 だから なお、 のこった 3 ニン は どうでも いきねば ならない の だ。 ダイキチ は 6 ネンセイ に なって いる。 ナミキ は 4 ネン だった。 デガケ に ナギサ に たって ハハ の ハツシュッキン を みおくって くれた ナミキ も、 もう そろそろ ガッコウ へ でかける ジブン だ と おもって イッポンマツ を ふりかえった。 ヒサシブリ に オキ から ながめる イッポンマツ も、 ムカシ の まま に みえる。 なんの ヘンカ も みられぬ その ムラ に さえ、 おおきな ヘンカ を きたした センソウ の ハテ の ハイセン。
「ダイキチ、 つかれない かい。 テ に マメ が できる かも しれん な」
「マメ が できたって、 すぐに かたまらぁ、 ボク、 ヘイキ だ」
「ありがたい な。 でも、 アシタ から もっと ハヤメ に でかけよう か」
「どうして?」
「センセイ の ムスコ が、 マイニチ チコク じゃあ、 ナニ が なんでも フ が わるい。 そのうち オカアサン も、 また ジテンシャ を テ に いれる サンダン する けども」
「へっちゃら だあ。 ちゃんと リユウ が ある と、 しかられん もん。 フネ で、 おくったげる」
ゆっくり と、 ロ に ついて カラダ を ゼンゴ に うごかしながら、 トクイ の カオ で わらった。
「うまい な、 ロ おす の。 やっぱり ウミベ の コ じゃ な。 いつのまに おぼえた ん」
「ヒトリ で、 おぼえる もん。 6 ネンセイ なら、 ダレ じゃって おせる」
「そう かね。 オカアサン も おぼえよ かな」
「そんな こと、 ボク が おくって あげる」
「そうそう、 モリオカ タダシ と いう コ が いて な、 1 ネンセイ なのに オカアサン を フネ で おくって あげる って いった こと が あった。 ムカシ――。 もう センシ した けんど」
「ふーん。 オシエゴ?」
「そう」
ふっと ナミダ が でた。 いきて いれば、 もう よい ワカモノ に なったろう と、 5 ネン マエ、 サンバシ で わかれた きり の タダシ を おもいだし、 それ が おさない ヒ の オモカゲ と かさなって うかんで きた。 あれきり ついに あう こと の なかった タダシ。 そして もう エイキュウ に あう こと の できなく なった オシエゴ たち。 はげしい タタカイ に たおれた イマ、 イクニン が ふたたび コキョウ の ツチ を ふみ、 ふたたび あえる か と おもう と、 ココロ は くらく しずむ。
アクム の よう に すぎた ここ 5 ネン-カン は、 オオイシ センセイ をも ヒトナミ の イタデ と クツウ の スエ に、 ちいさな ムスコ に いたわられながら、 この ヘンピ な ムラ へ フニン して こなければ ならぬ キョウグウ に おいこんで いた。 ワガミ に ショク の ある こと を、 はじめて カノジョ は ミ に しみて ありがたがった。 オシエゴ の サナエ に すすめられて ガンショ は だして みた ものの、 きて ゆく キモノ さえ も ない ほど、 セイカツ は キュウハク の ソコ を ついて いた。 フニョイ な ヒビ の クラシ は ヒト を おいさせ、 カノジョ も また 40 と いう トシ より も ナナ、 ヤッツ も ふけて みえる。 50 と いって も、 ダレ が うたがおう。
イッサイ の ニンゲン-ラシサ を ギセイ に して ヒトビト は いき、 そして しんで いった。 オドロキ に みはった メ は なかなか に とじられず、 とじれば マナジリ を ながれて やまぬ ナミダ を かくして、 ナニモノ か に おいまわされて いる よう な マイニチ だった。 しかも ニンゲン は その こと に さえ いつしか なれて しまって、 たちどまり、 ふりかえる こと を わすれ、 ココロ の オク まで ざらざら に あらされた の だ。 あれまい と すれば、 それ は いきる こと を こばむ こと に さえ なった。 その アワタダシサ は、 タタカイ の おわった キョウ から まだ アス へも つづいて いる こと を おもわせた。 センソウ は けっして おわった とは おもえぬ こと が おおかった。
ゲンバク の ザンギャクサ が、 その コトバ と して の イミ だけ で つたえられて は いた が、 まだ ホントウ の サンジョウ を しらされて いなかった あの トシ の 8 ガツ 15 ニチ、 ラジオ の ホウソウ を きく ため に ガッコウ へ ショウシュウ された コクミン ガッコウ 5 ネンセイ の ダイキチ は、 ハイセン の セキニン を ちいさな ジブン の カタ に しょわされ でも した よう に、 しょげかえって、 うつむきがち に かえって きた。
あれ から たった ハントシ、 イマ メノマエ に ロ を こぐ カレン な スガタ は、 ふかい カンガイ を そそる もの が ある。 ジダイ に ジュンノウ する コドモ と いう もの。 ハントシ マエ の カレ の こと を、 いえば イマ は はずかしがる ダイキチ なの を しって いる。 クチ には ださず、 ヒトリ おもいだす だけ で ある。 あの ヒ、 しょげて いる ダイキチ の ココロ を ひったてて やる よう に エガオ で カタ を だいて やり、
「ナニ を しょげてる ん だよ。 これから こそ コドモ は こどもらしく ベンキョウ できる ん じゃ ない か。 さ、 ゴハン に しよ」
だが、 イツモ なら オオサワギ の ショクタク を ミムキ も せず に ダイキチ は いった の だ。
「オカアサン、 センソウ、 まけた んで。 ラジオ きかなんだ ん?」
カレ は コエ まで ヒソウ に くもらして いった。
「きいた よ。 でも、 とにかく センソウ が すんで よかった じゃ ない の」
「まけて も」
「うん、 まけて も。 もう これから は センシ する ヒト は ない もの。 いきてる ヒト は もどって くる」
「イチオク ギョクサイ で なかった!」
「そう。 なかって、 よかった な」
「オカアサン、 なかん の、 まけて も?」
「うん」
「オカアサン は うれしい ん?」
なじる よう に いった。
「バカ いわん と! ダイキチ は どう なん じゃい。 ウチ の オトウサン は センシ した ん じゃ ない か。 もう もどって こん のよ、 ダイキチ」
その はげしい コエ に とびあがり、 はじめて キ が ついた よう に ダイキチ は マトモ に ハハ を みつめた。 しかし カレ の ココロ の メ も それ で さめた わけ では なかった。 カレ と して は、 この イチダイジ の とき に、 なおかつ、 ゴハン を たべよう と いった ハハ を なじりたかった の だ。 ヘイワ の ヒ を しらぬ ダイキチ、 うまれた その ヨル も ボウクウ エンシュウ で マックラ だった と きいて いる。 トウカ カンセイ の ナカ で そだち、 サイレン の オト に なれて そだち、 マナツ に ワタイレ の ズキン を もって ツウガク した カレ には、 ハハ が どうして こう まで センソウ を にくまねば ならない の か、 よく のみこめて いなかった。 どこ の イエ にも、 ダレ か が センソウ に いって いて、 わかい モノ と いう わかい モノ は ほとんど いない ムラ、 それ を アタリマエ の こと と かんがえて いた の だ。 ガクト は ドウイン され、 オンナコドモ も キンロウ ホウシ に でる。 あらゆる ジンジャ の ケイダイ は カレハ 1 マイ も のこさず セイソウ されて いた。 それ が コクミン セイカツ だ と ダイキチ たち は しんじた。 しかし、 ヤマ へ ドングリ を ひろい に ゆき、 にがい パン を たべた こと だけ は、 いや だった。 ちいさな ダイキチ の ムラ から も イクニン か の ショウネン コウクウヘイ が でた。
――コウクウヘイ に なったら、 ゼンザイ が ハライッパイ くえる。
かわいそう に、 トシハ も いかぬ ショウネン の ココロ を、 ハライッパイ の ゼンザイ で とらえ、 コウクウヘイ を こころざした まずしい イエ の ショウネン も いた。 しかも それ で ショウネン は もう エイユウ なの だ。 まずしかろう と、 そう で なかろう と、 そこ へ ココロ を かたむけない モノ は ヒコクミン で さえ あった ジセイ の ウゴキ は、 オヤ に ムダン で ガクトヘイ を こころざせば、 そして それ が ヒトリムスコ で あったり すれば エイユウ の カチ は いっそう たかく なった。 マチ の チュウガク では、 タクサン の ショウネン シガンヘイ の ナカ に オヤ に ムダン の ヒトリムスコ が 3 ニン も でて、 それ が ガッコウ の エイヨ と なり、 オヤ たち の ココロ を さむがらせた。 その とき、 ちいさかった ダイキチ は、 ジブン の トシ の オサナサ を なげく よう に、
「ああ、 はやく ボク、 チュウガクセイ に なりたい な」
そして うたった。
ナーナツ、 ボータン は、 サクラ に イカーリー……
ヒト の イノチ を ハナ に なぞらえて、 ちる こと だけ が ワコウド の キュウキョク の モクテキ で あり、 つきぬ メイヨ で ある と おしえられ、 しんじさせられて いた コドモ たち で ある。 ニッポンジュウ の オトコ の コ を、 すくなくも その カンガエ に ちかづけ、 しんじさせよう と ホウコウ-づけられた キョウイク で あった。 コウテイ の スミ で ホン を よむ ニノミヤ キンジロウ まで が、 カンコ の コエ で おくりだされて しまった。 ナンビャクネン-ライ、 アサユウ を しらせ、 ヒジョウ を つげた オテラ の カネ さえ ショウロウ から おろされて センソウ に いった。 ダイキチ たち が やたら ヒソウ-がり、 イノチ を おしまなく なった こと も やむ を えなかった の かも しれぬ。 しかし ダイキチ の ハハ は、 イチド も それ に サンセイ は しなかった。
「なああ ダイキチ、 オカアサン は やっぱり ダイキチ を タダ の ニンゲン に なって もらいたい と おもう な。 メイヨ の センシ なんて、 1 ケン に ヒトリ で タクサン じゃ ない か。 しんだら、 モト も コ も ありゃ しない もん。 オカアサン が イッショウ ケンメイ に そだてて きた のに、 ダイキチ あ そない センシ したい の。 オカアサン が マイニチ ナキ の ナミダ で くらして も えい の?」
のぼせた カオ に ヌレテヌグイ を あてて でも やる よう に いった が、 ネツ の ハゲシサ は ヌレテヌグイ では キキメ が なかった。 かえって ダイキチ は ハハ を さとし でも する よう に、
「そしたら オカアサン、 ヤスクニ の ハハ に なれん じゃ ない か」
これ こそ キミ に チュウ で あり オヤ には コウ だ と しんじて いる の だ。 それ では ハナシ に ならなかった。
「あああ、 このうえ まだ ヤスクニ の ハハ に したい の、 この オカアサン を。 『ヤスクニ』 は ツマ だけ で タクサン で ない か」
しかし ダイキチ は、 そう いう ハハ を ひそか に はじて さえ いた の だ。 グンコク の ショウネン には メンツ が あった。 カレ は ハハ の こと を きょくりょく セケン に かくした。 ダイキチ に すれば、 ハハ の ゲンドウ は なんとなく キ に なった。 ずっと マエ にも こんな こと が あった。 ビョウキ キュウカ で かえって いた チチ に、 ふたたび ジョウセン メイレイ が でた とき、 ダイキチ が マッサキ に いきおいづいて、 ナミキ たち と さわぎたてる と、 ハハ は マユネ を よせ、 おさえた コエ で いった。
「ナン でしょう、 この コ。 バカ かしら、 ヒト の キ も しらず に」
そう いって ヒタイ を つんと ユビサキ で おした。 ひょろひょろ と たおれかかった ダイキチ は、 ハラ を たてて むしゃぶりついて きた。 しかし、 ハハ の メ に ナミダ が こぼれそう なの を みる と、 さすが に しゅんと して しまった。 チチ は わらって ダイキチ を なぐさめた。
「いい よ、 なあ ダイキチ。 まだ ヤッツ や ココノツ の オマエラ まで が めそめそ したら、 オトウサン も たすからん よ。 さわげ さわげ」
しかし、 そう いわれる と もう さわげなかった。 すると、 チチ は 3 ニン の コドモ を イッショクタ に かかえて、
「ミンナ ゲンキ で、 おおきく なれ よ。 ダイキチ も ナミキ も ヤツ も。 おおきく なって、 オバアサン や オカアサン を ダイジ に して あげる ん だよ。 それまで には センソウ も すむ だろう さ」
「えっ、 センソウ すむ の。 どうして?」
「こんな、 ビョウニン まで ひっぱりださにゃ ならん とこ みる と――」
だが、 ダイキチ たち には その イミ は わからなかった。 ただ、 ジブン の イエ でも チチ が センソウ に ゆく と いう こと で カタミ が ひろかった の だ。 イッカ そろって いる と いう こと が、 コドモ に カタミ せまい オモイ を させる ほど、 どこ の カテイ も ハカイ されて いた わけ で ある。
センシ の コウホウ が はいった の は、 サイパン を うしなう すこし マエ だった。 さすが の ダイキチ も その とき は ないた。 ヒジ を ムネ の ほう に まげて、 テクビ の ところ で ナミダ を ふいて いる ダイキチ の カタ を、 ハハ は だきよせる よう に して、
「しっかり しよう ね ダイキチ、 ホント に しっかり して よ ダイキチ」
ジブン をも はげます よう に いい、 その アト、 ちいさな コエ で、 どんな に チチ が イエ に いたがった か を かたった。
「いったら サイゴ もう かえれない こと、 わかってた ん だ もん。 それなのに ダイキチ たち、 オオサワギ したろう。 キノドク で、 つらくて オカアサン……」
しかし ダイキチ は その とき で さえ、 なぜ ハハ は そんな こと を いう の だろう と おもった。 チチ は よろこびいさんで でて いった の だ と いって もらいたかった。 センシ は かなしい けれど、 それ だ とて、 チチ の ない コ は ジブン だけ では ない のに と、 その こと の ほう を アタリマエ に かんがえて いた。 トナリムラ の ある イエ など では、 4 ニン あった ムスコ が 4 ニン とも センシ して、 ヨッツ の メイヨ の シルシ は その イエ の モン に ずらり と ならんで いた。 ダイキチ たち は、 どんな に か ソンケイ の メ で それ を あおぎみた こと だろう。 それ は イッシュ の センボウ で さえ あった。
その 「センシ」 の 2 ジ を うかした ほそながく ちいさな モンピョウ は、 やがて ダイキチ の イエ へも とどけられて きた。 ちいさな 2 ホン の クギ と イッショ に ジョウブクロ に いれて ある の を テノヒラ に あけて、 しばらく ながめて いた ハハ は、 そのまま ジョウブクロ に もどして、 ヒバチ の ヒキダシ に しまった。
「こんな もの、 モン に ぶちつけて、 なんの マジナイ に なる。 あほらしい」
おこった よう な カオ を して つぶやき、 しょきしょき と コメ を つきはじめた。 コメ は ビール ビン の ナカ で つく の で ある。 ビョウキ で ねて いた オバアサン の オカユ の ため で、 ダイキチ たち の クチ には はいらなかった。 ボウクウ エンシュウ で ころんで、 それ が ヤミツキ に なった オバアサン は、 もう とうてい なおる ミコミ も なく、 ねて いる だけ だった。 ころんだ の が モト で やみついた の では なく、 やみついて いた から ころんだ の だろう、 と イシャ は いった。 80 すぎて、 カミ も ヒゲ も マッシロ な トナリムラ の イシャ は、 なおる ミコミ の ない ビョウニン の ところ へは、 なかなか きて くれなかった。 ホカ に たのむ イシャ は なく、 せめて うまい もの でも と こころがけた が、 なかなか テ に はいらなかった。 ウミベ に いて、 サカナ さえ テ に はいらない の だ。 サカナ は ありません か、 タマゴ は ありません か と、 1 ピキ の メバル、 ヒトツ の タマゴ に 3 ド も 5 ド も アタマ を さげねば テ に はいらなかった。 その ため に ハハ が ヒトリ で かけまわった。
そして ある ヒ、 メイヨ の モンピョウ は いつのまにか ヒバチ の ヒキダシ から、 モン の カモイ の ショウメン に うつって いた。 ハハ の ルス に ダイキチ が そこ へ うちつけた の で ある。 ちいさな 「メイヨ の モンピョウ」 は、 しかるべき イチ に ひかって いた。 「モンピョウ」 の ツマ は、 しばし たちどまって それ を ながめた。 ヒトリ の オトコ の イノチ と すりかえられた ちいさな 「メイヨ」 を。 その メイヨ は どこ の イエ の カドグチ をも かざって、 ハジ を しらぬ よう に ふえて いった。 それ を もっとも ほしがって いた の は、 おさない コドモ だった の で あろう か。
そうして、 ついに むかえた 8 ガツ 15 ニチ で ある。 ダクリュウ が、 どんな イナカ の スミズミ まで も おしよせた よう な サワギ の ナカ で、 ダイキチ たち の メ が ようやく さめかけた と して も、 どうして それ を わらう こと が できよう。 わらわれる ケ ほど の ゲンイン も コドモ には ない。
センソウ の ザンパン を あさる ヒトタチ も おおい ナカ へ、 いきのこった ヘイタイ が マイニチ の よう に もどって きた。 いきて は いて も もどれぬ ヘイタイ、 エイキュウ に もどる こと の ない チチ や オット や ムスコ や キョウダイ たち の、 かつて の メイヨ の モンピョウ は イエイエ の モン から、 イッセイ に スガタ を けし、 ふたたび ユクエ フメイ に なった。 それ で センソウ の セキニン を のがれられ でも した か の よう に。
おなじ よう に それ の なくなった イエ で、 おもいがけなく ダイキチ は、 イモウト の ヤツ の トツゼン の シ を むかえねば ならなかった。 オバアサン が なくなって から 1 ネン-メ の こと で ある。 わずか 1 ネン そこそこ の うち に、 3 ニン の シ を むかえた わけ だった。 チチ の よう に タイカイ の ホウマツ の ナカ に きえて スガタ を みせない シ、 オバアサン の よう に やみほうけて カレキ の よう に なって たおれた ショウガイ、 キノウ まで ゲンキ だった の が イチヤ の うち に ユメ の よう に きえて しまった、 はかない ヤツ の シ。 その ナカ で ヤツ の シ は いちばん ミンナ を かなしませた。 キュウセイ チョウ カタル だった。 イエ の モノ に だまって、 ヤツ は あおい カキ の ミ を たべた の で ある。 もう ヒトツキ も すれば うれる のに、 しぶく は ない と いう こと で ヤツ は それ を たべた の で ある。 イッショ に たべた コ も ある のに、 ヤツ だけ が イノチ を うばわれた。
センソウ は すんで いる けれど、 ヤツ は やっぱり センソウ で ころされた の だ。――
ハハ が そう いった とき、 ダイキチ は キュウ には イミ が のみこめなかった が、 だんだん わかって きた。 キンネン、 ムラ の カキ の キ も、 クリ の キ も、 うれる まで ミ が なって いた こと が なかった。 ミンナ まちきれなかった の だ。
コドモ ら は いつも ノ に でて、 ツバナ を たべ、 イタドリ を たべ、 スイバ を かじった。 ツチ の ついた サツマ を ナマ で たべた。 ミンナ カイチュウ が いる らしく、 カオイロ が わるかった。 そんな ナカ で ビョウキ に なって も ムラ に イシャ は いなかった。 よく きく クスリ も なかった。 イシャ も クスリ も センソウ に いって いた の だ。 オバアサン の なくなった とき には、 ムラ の ゼンポウジ さん まで が シュッセイ して ルス だった。 キンソン の テラ の ボウサン は、 センシシャ で いそがしかった。 シュウセン の ちょっと マエ に かえった ゼンポウジ さん は、 かえる と すぐ クヨウ に きて くれた が、 イマ また、 つづけて ヤツ の ため に オキョウ を あげて もらう こと に なる など、 どうして かんがえられたろう。
オバアサン は しぬ マエ、 ボダイジ に オボウサン も いない こと を くやんだ が、 ちいさな ヤツ は ボウサン の こと など かんがえた こと も なかったろう と おもう と、 ダイキチ は、 コエ はりあげて キョウ を よむ ボウサン まで が うらめしかった。 オカアサン の ハナシ では、 ヤツ が うまれた とき に オトウサン は もう、 カラダ の グアイ が すこし わるく なりかけて いて、 フネ を おりて ヨウジョウ する つもり だった と いう。 ナガネン、 セカイ の ナナツ の ウミ を わたりあるいた オトウサン は、 イマ は もう イエ に かえって やすみたい と いい、 ヤッツメ の ミナト を ワガヤ に たとえて、 その とき うまれた オンナ の コ に ヤツ と いう ナ を つけた。 しかし、 ビョウキ の オトウサン も ワガヤ の ミナト に ビョウキ を やしなう こと が できず、 キボウ を かけた ヤツ も また しんで しまった。……
モノ が とぼしく、 ヤツ の ナキガラ を おさめる ハコ も、 ザイリョウ を もって ゆかねば つくれない と いわれ、 すこし こわれかけて いた ムカシ の タンス で つくる こと に した。 ハナ まで が ニンゲン の セイカツ の ナカ から おいだされて いた。 ダイキチ は ナミキ と フタリ で ハカバ へ ゆき、 ジャノメソウ や オシロイバナ を とって きて ヤツ を まつった。 モト は ハナ も たくさん つくって いた と いう ニワ は、 ダイキチ たち の キオク の かぎり、 ダイコン や カボチャバタケ で、 せまい ノキサキ に まで カボチャ は うえられて、 ヤネ に はわせて いた。 ヤツ が なくなる と オカアサン は、 なきながら ノキ の カボチャ を ひきちぎる よう に して ぬきとった。 ウラナリ の ミ が ミッツ ヨッツ、 ながい ツル に ひきずられて おちて きた。 その ナカ の まるい の を ボン に のせて ブツダン に そなえた の だった が、 エキリ と いう ウワサ が たって、 ダレ も きて くれぬ ツヤ の マクラモト に すわって、 イツモ の テイデン が すんだ アト、 オカアサン は ふと キ が ついた よう に、 マクラガタナ に した ちいさな ゾーリンゲン の ホウチョウ を とりあげ、 いきなり、 ぐさり と カボチャ の ヨコハラ に つきたてて、 ダイキチ たち を おどろかした。 ゾーリンゲン は オトウサン が かって きた もの だった。 もしも、 オカアサン が わらって いなかった なら、 ヒゴロ、 こわい と おしえられて いる ゾーリンゲン で ある。 ダイキチ たち は ヒメイ を あげた かも しれない。 しかし オカアサン は わらって いた の だ。 なきはらした カオ の エガオ は、 ちがった ヒト の よう に みえた が、 なんでも ない、 なんでも ない と いう メ の イロ は ダイキチ たち を シュンカン で アンシン させた。
「いい もの、 ヤツ に こしらえて やろう。 こんな こと、 オマエタチ、 しらない だろ。 ヤツ は とうとう しらず-ジマイ じゃ。 カボチャ は ウラナリ でも たべる もの と、 ダイキチ ら、 そう おもってる だろう。 オカアサン ら の コドモ の とき は、 カボチャ の ウラナリ は、 コドモ の オモチャ。 ほら、 これ が マド――」
カボチャ の ヨコハラ は シカク に きりぬかれた。
「こっち は、 マルマド と いたしましょう。 しょうしょう むつかしい な。 テシオザラ もって きて ダイキチ、 カタ を とる から。 それ と オボン も な。 ワタ だす から」
ダイキチ と ナミキ は メ を まるく して みて いた。 できた の は チョウチン だった。 マド に カミ を はり、 ソコ に クギ を さす と ロウソク の ザ も できた。 ハイキュウ の ロウソク を ともす と、 いかにも それ は、 ヤツ の よろこびそう な チョウチン で あった。 カナシミ を わすれて ダイキチ は いった。
「オカアサン、 コウサク、 マンテン じゃ」
ちいさな カン が できて くる と、 チョウチン は ヤツ の カオ の ソバ に いれて やった。 ヤツ が もって あそんで いた カイガラ や カミニンギョウ も ソバ に おいた。 カナシミ が キュウ に おしよせて きて、 ダイキチ も ナミキ も コエ を あげて ないた。 おんおん なきながら ダイキチ は、 ヤツ が いつも ほしがって いた チエノワ を おもいだし、 かして やらなかった ジブン の フシンセツ を ジブン で せめながら、 イマ あらためて、 それ を ヤツ に やろう と おもった。 ムネ に くみあわせた テ に もたせよう と した が、 つめたい テ は もう それ を うけとって は くれず、 チエノワ は すべって カン の ソコ に おちた。 ナミキ も なきながら、 カレ も また ヤツ の メ に ふれぬ よう に しまいこんで あった ダイジ な イロガミ を もって きて、 ツル や ヤッコ や フウセン を おって いれた。 そんな もの を もって、 ヤツ は シデ の タビジ に ついた の で ある。
こういう こと が あって、 オオイシ センセイ は キュウ に ふけた の で ある。 シラガ さえ も ふえた。 ちいさな カラダ は やせる と よけい ちいさく なり、 コシ でも まげる と、 オバアサン そっくり に なった。 ちいさい ながら も ダイキチ は どきん と し、 コンド は オカアサン が、 どうか なる か と あんじた。 ヒト の イノチ の トウトサ を、 しみじみ と あじわえる トシ に なって きた。
オカアサン を ダイジ に して あげる ん だぞ――。
オトウサン の コトバ が いきて きた。
「オカアサン、 マキ は ボク が とって くる」
そう いって ナミキ と イッショ に ヤマ へ ゆく。
「オカアサン、 ハイキュウ は、 ボク、 ガッコウ の カエリ に とって くる から」
とおい ハイキュウジョ へ ゆく の も カレ の ヤク に なった。 ナミキ も まけて は いられなかった。
「オカアサン、 ミズ やこい、 みんな ボク が くんで あげる」
なみだもろく なった オカアサン は、
「キュウ に まあ、 フタリ とも オヤコウコウ に なった なあ」
これほど よわり、 いたわられて いる カノジョ が、 ふたたび キョウショク に もどれた の は、 カゲ に サナエ の ジンリョク が あった の だ。 サナエ は イマ、 ミサキ の ホンソン の ボコウ に いた。
「40 じゃあ ね。 ゲンショク に いて も ロウキュウ で やめて もらう ところ じゃ ない か」
クビ を かしげる コウチョウ へ、 さいさん たのんで、 ようやく、 ミサキ ならば と いう こと で ハナシ が きまった。 しかも それ は オオイシ センセイ の もって いる キョウイン と して の シカク で では なく、 コウチョウ イチゾン で サイケツ できる ジョキョウ で あった。 リンジ キョウシ なの だ。 カワリ が あれば、 いつ やめさせられる かも しれない の だ。 サナエ は、 キノドクサ に しおれて、 それ を ホウコク した。 だが、 オオイシ センセイ の メ は、 イヨウ に かがやいた の で ある。
「ミサキ なら、 ねがったり、 かなったり よ。 マエ の カリ が ある から」
ジョウケン の ワルサ など キ にも かけず、 ココロ の ソコ から つきあげて くる よう な エガオ を した。 その とき オオイシ センセイ の ココロ には、 わすれて いた キオク が、 イマ ひらく ハナ の よう な シンセンサ で よみがえって いた の だ。
センセエ、 また おいでぇ……
アシ が なおったら、 また おいでぇ……
ヤクソク、 した ぞぉ……
あの とき、 ジブン の アト へ フニン して いった ロウキュウ の ゴトウ センセイ と おなじ よう に、 ジブン も また ヒト に あわれまれて いる とも しらず、 いや、 オオイシ センセイ が それ を しらぬ はず は なかった。 しかし おさない フタリ の コ を かかえた ミボウジン の カノジョ も また、 やはり ゴトウ センセイ と おなじく、 よろこんで ミサキ へ ゆかねば ならなかった の だ。 しかし カノジョ は イマ、 ちかづいて くる ミサキ の ムラ の ヤマヤマ の、 ヤキ に あらわれた ミドリ の ツヤヤカサ を みる と、 ジブン も また わかがえって くる よう な キ が した。 ムカシ、 ヨウフク も ジテンシャ も ヒト に さきがけた カノジョ も、 イマ では シラガマジリ の カミノケ を ムゾウサ に ひっつめ、 オット の キモノ の コンガスリ で つくった モンペ を つけ、 ちいさな ムスコ に フネ で おくられて いる。 ムカシ の オモカゲ を しいて さがせば、 キュウ に かがやきだした ヒトミ の イロ と、 わかわかしい コエ で ある かも しれぬ。 ナマイキ と いわれて けなされた カノジョ の ヨウフク や ジテンシャ は、 それ が キッカケ に なって はやりだし、 イマ では ムラ に ジテンシャ に のれぬ オンナ は ない ほど だ。 だが 20 ネン ちかい サイゲツ は、 もう ダレ も わかい ヒ の カノジョ を おぼえて は いまい。
リクチ が すうっと すべる よう に ちかづいた と おもう と、 フネ は もう ナギサ ちかく よって いた。 フナレ な テツキ で ミサオ を おす ダイキチ と、 みなれぬ オオイシ センセイ に、 ムカシ-どおり ムラ の コドモ は ぞろぞろ あつまって きた。 しかし、 その どの カオ にも オボエ は なかった。 ながい ネンゲツ の イリョウ の フソク は、 シッソ な ミサキ の コドモ ら の ウエ に いっそう あわれ に あらわれて いて、 ワカメ の よう に さけた パンツ を はき、 その スキマ から ヒフ の みえる オトコ の コ も いた。 わらいかける と おびえた よう な メ を したり、 ムカンドウ な ヒョウジョウ の まま ふかい カンシン を みせて ミチ を ひらいた。 めずらしげ に じろじろ みる の は ムカシ の まま で あった。 その コウキ の メ に とりかこまれながら、 オオイシ センセイ は ハズミ を つけて とびおりた。 イシコロ ヒトツ に さえ ムカシ の オモカゲ が のこって いる よう な ナツカシサ。 すこし フネ に よった らしく、 アタマ が ふらついた。 ゆっくり あるいて いる と、 ウシロ に ささやく コエ が した。
「たいがい、 センセ ど、 あれ」
「ほんな、 オジギ して みる か、 そしたら わかる」
おもわず にっと した カオ の マエ へ、 ばたばた と 3~4 ニン の ちいさな コドモ が たちふさがり、 ぴょこん と アタマ を さげた。 シンガッキ に ちかづいて シンニュウセイ に オジギ が とりいれられた の を シオ に、 まだ ガッコウ では ない らしい ちいさな コ ら も、 まねて いる の で あろう。 エシャク を かえしながら、 オオイシ センセイ は なみだぐんで いた。 まず、 おさない コ ら に カンゲイ された よう な キ が して うれしかった の だ。 そっと メガシラ を おさえ、 エガオ を みせた。 あらためて みた が、 すぐに おもいだす カオ は なかった。 ミチ ゆく ヒト も そう だった。 むかしながら の ムラ の ミチ を、 なんと かわった ヒト の スガタ で あろう。 とはいえ、 その ナカ で もっとも かわって いる の が ジブン だ とは、 キ が つかなかった。 その オオイシ センセイ を おいぬき おいぬき、 さんさんごご と はしって ゆく セイト たち も たえなかった。 ちらり ちらり と、 こちら を ヌスミミ して は はしりさって ゆく。 それら の スガタ から、 わざと メ を そらした の は、 みられたく ない もの が ひかって こぼれそう だった から だ。
ヒトリ かえって ゆく ダイキチ の ほう へ テ を ふって みせて から コウモン を くぐった。 ふるびて しまった コウシャ の、 8 ブ-ドオリ こわれた ガラスマド を みた とき、 シュンカン、 ゼツボウテキ な もの が ミチシオ の よう に おしよせて きた が、 ムカシ の まま の キョウシツ に、 ムカシ-どおり に ツクエ と イス を マドベリ に おき、 ソト を みて いる うち に、 セボネ は しゃんと して きた。 なにもかも ふるい この ガッコウ へ、 あたらしい もの が やって きはじめた から だ。 ふるい オビシン らしい しろい ヌノ で つくった あたらしい カバン。 マンナカ に 1 ポン ヌイメ の ある らしい メイセン の フロシキ、 その ナカ には、 シンブンシ を おりたたんだ だけ の よう な、 ヒョウシ の ない ソマツ な キョウカショ が はいって いる だけ でも、 コドモ たち は キボウ に もえる カオ を して いた。 ムカシ-どおり の ミサキ の コ の ヒョウジョウ で ある。 18 ネン と いう サイゲツ を キノウ の こと の よう に おもい、 キノウ に つづく キョウ の よう な サッカク に さえ とらわれた。 おおげさ な シギョウシキ も なく キョウシツ に はいる と、 さすが に かあっと カオ に チ が のぼる の を かんじた。 それでも、 なれた タイド で シュッセキ を とった。 わかく、 ハリ の ある コエ で、 「ナマエ を よべば、 おおきな コエ で はい と ヘンジ を する のよ」 と マエオキ を して、
「カワサキ カク さん」
「はい」
「カベ ヨシオ さん」
「はーい」
「ゲンキ ね。 ミンナ、 はっきり オヘンジ が できそう です ね。 カベ ヨシオ さん は、 カベ コツル さん の キョウダイ?」
イマ、 ヘンジ を ほめた ばかり なのに、 もう カベ ヨシオ は だまって カブリ を ふる。 ナマエ を よばれた とき で なければ、 はい とは いえない もの の よう に。 しかし センセイ は エガオ を くずさず に、
「オカダ ブンキチ さん」
それ は あきらか に イソキチ の アニ の コドモ と さっしられた が、 メクラ に なって ジョタイ された イソキチ に つらい アニ で ある と きいて、 ふれず に ツギ に うつった。
「ヤマモト カツヒコ さん」
「はい」
「モリオカ ゴロウ さん」
「はい」
タダシ の カオ が おおきく うかんで きえた。
「カタギリ マコト さん」
「はい」
「アンタ、 コトエ さん の ウチ の コ」
マコト は ぽかん と して いた。 カノジョ は ちいさい とき なくなった アネ の こと など おぼえて いなかった の だ。 それで もう、 ふるい こと は きく の は やめた。 ニシグチ ミサコ の ムスメ は、 カツコ と いった。 その ホカ 3 ニン の オンナ の コ の ナカ に、 あかい あたらしい ヨウフク を きた カワモト チサト と いう コドモ が いた。 ガマン できず、 ヤスミ ジカン の とき、 それとなく きいて みた。
「チサト さん の オトウサン、 ダイク さん ね」
すると チサト は、 マツエ そっくり の くろい メ を みはって、
「ううん、 ダイク さん は、 オジイサン」
「あら、 そう だった の」
しかし カノジョ の ガクセキボ には、 カノジョ の チチ は ダイク と あった。
「マツエ さん て、 ダアレ、 ネエサン?」
「ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん」
どきん と した。 そして、 この クミ に ニタ や マスノ が いない こと に ほっと し、 また それ で、 さびしく も なった。 ニタ が いれば イマゴロ は もう、 10 ニン の シンニュウセイ の カテイ ジジョウ は さらけだされ、 メイメイ の ヨビナ や アダナ まで わかって いる だろう。 その ニタ や タケイチ や タダシ は、 そして、 イソキチ や マツエ や フジコ は、 と おもう と、 カレラ の とき と ドウヨウ、 イチズ な シンライ を みせて キョウ あたらしい モン を くぐって きた 10 ニン の 1 ネンセイ の カオ が、 イッポンマツ の シタ に あつまった こと の ある 12 ニン の コドモ の スガタ に かわった。 おもわず マド の ソト を みる と、 イッポンマツ は、 ムカシ の まま の スガタ で たって いる。 その ソバ に、 フタリ の オトコ の コ が、 じっと ミサキ を みて いる かも しれぬ、 そんな こと も しらぬげ な スガタ で ある。
オオイシ センセイ は そっと ウンドウジョウ の スミ に ゆき、 ひそか に カオ を ととのえねば ならなかった。 そういう カノジョ に、 はやくも アダナ が できて いた の を、 カノジョ は まだ しらず に いた。 ミサキ の ムラ に ニタ は やっぱり いた の で ある。 ダレ が センセイ の ユビ イッポン の ウゴキ から メ を はなそう。
カノジョ の アダナ は、 ナキミソ センセイ で あった。
ウミ も ソラ も チ の ウエ も センカ から カイホウ された シュウセン ヨクトシ の 4 ガツ ヨッカ、 この ヒ アサ はやく、 イッポンマツ の ムラ を こぎだした 1 セキ の テンマセン は、 コンガスリ の モンペスガタ の ヒトリ の やせて としとった ちいさな オンナ を のせて ミサキ の ムラ の ほう へ すすんで いった。 しずか な ウミ に モヤ は ふかく たちこめて いて、 ミサキ の ムラ は ユメ の ナカ に うかんで いる よう に みえた が、 やがて のぼりはじめた タイヨウ に さまされる よう に、 その ほそながい スガタ を、 しだいに くっきり と、 あらわしはじめた。
「あ、 ようやっと はれだした」
まだ 12~13 と みえる センドウ は、 ちいさな カラダ ゼンタイ を うごかして ロ を おしすすめながら、 まだ とおい ミサキ の ムラ に ながめいった。 メ ばかり かがやいて いる よう な その オトコ の コ に、 おなじ よう に ミサキ の ムラ に メ を みはって いた オンナ は、 いとおしむ よう な コエ で はなしかけた。
「ミサキ、 はじめて かい、 ダイキチ?」
ミカケ に よらず、 わかい コエ で ある。
「うん、 ミサキ なんぞ、 ヨウ が なかった もん」
ふりかえり も せず に こたえた。
「そう じゃ な。 オカアサン で さえ、 ずっと くる こと なかった もん なあ。 ミサキ と いう ところ は、 そんな とこ じゃ。 あれ から 18 ネン! ほう、 フタムカシ に なる。 オカアサン も としよせた はず かいな」
なんと それ は、 オオイシ センセイ の、 ヒサシブリ の コエ と スガタ で ある。 キョウ、 カノジョ は 13 ネン-ぶり の キョウショク に かえり、 しかも イマ、 ふたたび ミサキ の ムラ へ フニン する ところ なの だ。 マエ には ジテンシャ に のって さっそう と かよって いた センセイ も、 イマ では そんな ワカサ が なくなった の で あろう か。 ところが、 そう ばかり では なかった の だ。 センソウ は ジテンシャ まで も コクミン の セイカツ から うばいさって、 ハイセンゴ ハントシ の イマ、 ジテンシャ は かう に かえなかった。 ミサキ へ フニン と きまった とき、 はたと トウワク した の は それ だった。 トチュウ まで あった バス さえ も、 センソウチュウ に なくなった まま、 いまだに カイツウ して いない。 ムカシ で さえ も、 ジテンシャ で かよった 8 キロ の ミチ は、 あるいて かよう しか なかった。 とうてい、 カラダ の つづく はず が ない と かんがえて、 オヤコ 3 ニン ミサキ へ うつろう か と いいだした とき、 イチゴン で ハンタイ した の が ダイキチ だった。 フネ で オクリムカエ を する と いう の だ。 フネ だ とて かりる と すれば、 ソウトウ の レイ も しなければ ならない。
「アメ が ふったら、 どう する?」
「そしたら、 オトウサン の カッパ きる」
「カゼ の つよい ヒ は、 こまる で ない か」
「…………」
「あ、 シンパイ しなさんな。 カゼ の ヒ は あるいて いく よ」
ヘンジ に つまった ダイキチ を、 いそいで たすけた もの だ。 アシタ は アシタ の カゼ が ふく。 アシタ の こと まで かんがえて は いられなかった ながい ネンゲツ は、 アメ や カゼ ぐらい で へこたれぬ こと だけ は、 おしえて くれた。 センソウ は 6 ニン の カゾク を 3 ニン に して しまった けれど、 だから なお、 のこった 3 ニン は どうでも いきねば ならない の だ。 ダイキチ は 6 ネンセイ に なって いる。 ナミキ は 4 ネン だった。 デガケ に ナギサ に たって ハハ の ハツシュッキン を みおくって くれた ナミキ も、 もう そろそろ ガッコウ へ でかける ジブン だ と おもって イッポンマツ を ふりかえった。 ヒサシブリ に オキ から ながめる イッポンマツ も、 ムカシ の まま に みえる。 なんの ヘンカ も みられぬ その ムラ に さえ、 おおきな ヘンカ を きたした センソウ の ハテ の ハイセン。
「ダイキチ、 つかれない かい。 テ に マメ が できる かも しれん な」
「マメ が できたって、 すぐに かたまらぁ、 ボク、 ヘイキ だ」
「ありがたい な。 でも、 アシタ から もっと ハヤメ に でかけよう か」
「どうして?」
「センセイ の ムスコ が、 マイニチ チコク じゃあ、 ナニ が なんでも フ が わるい。 そのうち オカアサン も、 また ジテンシャ を テ に いれる サンダン する けども」
「へっちゃら だあ。 ちゃんと リユウ が ある と、 しかられん もん。 フネ で、 おくったげる」
ゆっくり と、 ロ に ついて カラダ を ゼンゴ に うごかしながら、 トクイ の カオ で わらった。
「うまい な、 ロ おす の。 やっぱり ウミベ の コ じゃ な。 いつのまに おぼえた ん」
「ヒトリ で、 おぼえる もん。 6 ネンセイ なら、 ダレ じゃって おせる」
「そう かね。 オカアサン も おぼえよ かな」
「そんな こと、 ボク が おくって あげる」
「そうそう、 モリオカ タダシ と いう コ が いて な、 1 ネンセイ なのに オカアサン を フネ で おくって あげる って いった こと が あった。 ムカシ――。 もう センシ した けんど」
「ふーん。 オシエゴ?」
「そう」
ふっと ナミダ が でた。 いきて いれば、 もう よい ワカモノ に なったろう と、 5 ネン マエ、 サンバシ で わかれた きり の タダシ を おもいだし、 それ が おさない ヒ の オモカゲ と かさなって うかんで きた。 あれきり ついに あう こと の なかった タダシ。 そして もう エイキュウ に あう こと の できなく なった オシエゴ たち。 はげしい タタカイ に たおれた イマ、 イクニン が ふたたび コキョウ の ツチ を ふみ、 ふたたび あえる か と おもう と、 ココロ は くらく しずむ。
アクム の よう に すぎた ここ 5 ネン-カン は、 オオイシ センセイ をも ヒトナミ の イタデ と クツウ の スエ に、 ちいさな ムスコ に いたわられながら、 この ヘンピ な ムラ へ フニン して こなければ ならぬ キョウグウ に おいこんで いた。 ワガミ に ショク の ある こと を、 はじめて カノジョ は ミ に しみて ありがたがった。 オシエゴ の サナエ に すすめられて ガンショ は だして みた ものの、 きて ゆく キモノ さえ も ない ほど、 セイカツ は キュウハク の ソコ を ついて いた。 フニョイ な ヒビ の クラシ は ヒト を おいさせ、 カノジョ も また 40 と いう トシ より も ナナ、 ヤッツ も ふけて みえる。 50 と いって も、 ダレ が うたがおう。
イッサイ の ニンゲン-ラシサ を ギセイ に して ヒトビト は いき、 そして しんで いった。 オドロキ に みはった メ は なかなか に とじられず、 とじれば マナジリ を ながれて やまぬ ナミダ を かくして、 ナニモノ か に おいまわされて いる よう な マイニチ だった。 しかも ニンゲン は その こと に さえ いつしか なれて しまって、 たちどまり、 ふりかえる こと を わすれ、 ココロ の オク まで ざらざら に あらされた の だ。 あれまい と すれば、 それ は いきる こと を こばむ こと に さえ なった。 その アワタダシサ は、 タタカイ の おわった キョウ から まだ アス へも つづいて いる こと を おもわせた。 センソウ は けっして おわった とは おもえぬ こと が おおかった。
ゲンバク の ザンギャクサ が、 その コトバ と して の イミ だけ で つたえられて は いた が、 まだ ホントウ の サンジョウ を しらされて いなかった あの トシ の 8 ガツ 15 ニチ、 ラジオ の ホウソウ を きく ため に ガッコウ へ ショウシュウ された コクミン ガッコウ 5 ネンセイ の ダイキチ は、 ハイセン の セキニン を ちいさな ジブン の カタ に しょわされ でも した よう に、 しょげかえって、 うつむきがち に かえって きた。
あれ から たった ハントシ、 イマ メノマエ に ロ を こぐ カレン な スガタ は、 ふかい カンガイ を そそる もの が ある。 ジダイ に ジュンノウ する コドモ と いう もの。 ハントシ マエ の カレ の こと を、 いえば イマ は はずかしがる ダイキチ なの を しって いる。 クチ には ださず、 ヒトリ おもいだす だけ で ある。 あの ヒ、 しょげて いる ダイキチ の ココロ を ひったてて やる よう に エガオ で カタ を だいて やり、
「ナニ を しょげてる ん だよ。 これから こそ コドモ は こどもらしく ベンキョウ できる ん じゃ ない か。 さ、 ゴハン に しよ」
だが、 イツモ なら オオサワギ の ショクタク を ミムキ も せず に ダイキチ は いった の だ。
「オカアサン、 センソウ、 まけた んで。 ラジオ きかなんだ ん?」
カレ は コエ まで ヒソウ に くもらして いった。
「きいた よ。 でも、 とにかく センソウ が すんで よかった じゃ ない の」
「まけて も」
「うん、 まけて も。 もう これから は センシ する ヒト は ない もの。 いきてる ヒト は もどって くる」
「イチオク ギョクサイ で なかった!」
「そう。 なかって、 よかった な」
「オカアサン、 なかん の、 まけて も?」
「うん」
「オカアサン は うれしい ん?」
なじる よう に いった。
「バカ いわん と! ダイキチ は どう なん じゃい。 ウチ の オトウサン は センシ した ん じゃ ない か。 もう もどって こん のよ、 ダイキチ」
その はげしい コエ に とびあがり、 はじめて キ が ついた よう に ダイキチ は マトモ に ハハ を みつめた。 しかし カレ の ココロ の メ も それ で さめた わけ では なかった。 カレ と して は、 この イチダイジ の とき に、 なおかつ、 ゴハン を たべよう と いった ハハ を なじりたかった の だ。 ヘイワ の ヒ を しらぬ ダイキチ、 うまれた その ヨル も ボウクウ エンシュウ で マックラ だった と きいて いる。 トウカ カンセイ の ナカ で そだち、 サイレン の オト に なれて そだち、 マナツ に ワタイレ の ズキン を もって ツウガク した カレ には、 ハハ が どうして こう まで センソウ を にくまねば ならない の か、 よく のみこめて いなかった。 どこ の イエ にも、 ダレ か が センソウ に いって いて、 わかい モノ と いう わかい モノ は ほとんど いない ムラ、 それ を アタリマエ の こと と かんがえて いた の だ。 ガクト は ドウイン され、 オンナコドモ も キンロウ ホウシ に でる。 あらゆる ジンジャ の ケイダイ は カレハ 1 マイ も のこさず セイソウ されて いた。 それ が コクミン セイカツ だ と ダイキチ たち は しんじた。 しかし、 ヤマ へ ドングリ を ひろい に ゆき、 にがい パン を たべた こと だけ は、 いや だった。 ちいさな ダイキチ の ムラ から も イクニン か の ショウネン コウクウヘイ が でた。
――コウクウヘイ に なったら、 ゼンザイ が ハライッパイ くえる。
かわいそう に、 トシハ も いかぬ ショウネン の ココロ を、 ハライッパイ の ゼンザイ で とらえ、 コウクウヘイ を こころざした まずしい イエ の ショウネン も いた。 しかも それ で ショウネン は もう エイユウ なの だ。 まずしかろう と、 そう で なかろう と、 そこ へ ココロ を かたむけない モノ は ヒコクミン で さえ あった ジセイ の ウゴキ は、 オヤ に ムダン で ガクトヘイ を こころざせば、 そして それ が ヒトリムスコ で あったり すれば エイユウ の カチ は いっそう たかく なった。 マチ の チュウガク では、 タクサン の ショウネン シガンヘイ の ナカ に オヤ に ムダン の ヒトリムスコ が 3 ニン も でて、 それ が ガッコウ の エイヨ と なり、 オヤ たち の ココロ を さむがらせた。 その とき、 ちいさかった ダイキチ は、 ジブン の トシ の オサナサ を なげく よう に、
「ああ、 はやく ボク、 チュウガクセイ に なりたい な」
そして うたった。
ナーナツ、 ボータン は、 サクラ に イカーリー……
ヒト の イノチ を ハナ に なぞらえて、 ちる こと だけ が ワコウド の キュウキョク の モクテキ で あり、 つきぬ メイヨ で ある と おしえられ、 しんじさせられて いた コドモ たち で ある。 ニッポンジュウ の オトコ の コ を、 すくなくも その カンガエ に ちかづけ、 しんじさせよう と ホウコウ-づけられた キョウイク で あった。 コウテイ の スミ で ホン を よむ ニノミヤ キンジロウ まで が、 カンコ の コエ で おくりだされて しまった。 ナンビャクネン-ライ、 アサユウ を しらせ、 ヒジョウ を つげた オテラ の カネ さえ ショウロウ から おろされて センソウ に いった。 ダイキチ たち が やたら ヒソウ-がり、 イノチ を おしまなく なった こと も やむ を えなかった の かも しれぬ。 しかし ダイキチ の ハハ は、 イチド も それ に サンセイ は しなかった。
「なああ ダイキチ、 オカアサン は やっぱり ダイキチ を タダ の ニンゲン に なって もらいたい と おもう な。 メイヨ の センシ なんて、 1 ケン に ヒトリ で タクサン じゃ ない か。 しんだら、 モト も コ も ありゃ しない もん。 オカアサン が イッショウ ケンメイ に そだてて きた のに、 ダイキチ あ そない センシ したい の。 オカアサン が マイニチ ナキ の ナミダ で くらして も えい の?」
のぼせた カオ に ヌレテヌグイ を あてて でも やる よう に いった が、 ネツ の ハゲシサ は ヌレテヌグイ では キキメ が なかった。 かえって ダイキチ は ハハ を さとし でも する よう に、
「そしたら オカアサン、 ヤスクニ の ハハ に なれん じゃ ない か」
これ こそ キミ に チュウ で あり オヤ には コウ だ と しんじて いる の だ。 それ では ハナシ に ならなかった。
「あああ、 このうえ まだ ヤスクニ の ハハ に したい の、 この オカアサン を。 『ヤスクニ』 は ツマ だけ で タクサン で ない か」
しかし ダイキチ は、 そう いう ハハ を ひそか に はじて さえ いた の だ。 グンコク の ショウネン には メンツ が あった。 カレ は ハハ の こと を きょくりょく セケン に かくした。 ダイキチ に すれば、 ハハ の ゲンドウ は なんとなく キ に なった。 ずっと マエ にも こんな こと が あった。 ビョウキ キュウカ で かえって いた チチ に、 ふたたび ジョウセン メイレイ が でた とき、 ダイキチ が マッサキ に いきおいづいて、 ナミキ たち と さわぎたてる と、 ハハ は マユネ を よせ、 おさえた コエ で いった。
「ナン でしょう、 この コ。 バカ かしら、 ヒト の キ も しらず に」
そう いって ヒタイ を つんと ユビサキ で おした。 ひょろひょろ と たおれかかった ダイキチ は、 ハラ を たてて むしゃぶりついて きた。 しかし、 ハハ の メ に ナミダ が こぼれそう なの を みる と、 さすが に しゅんと して しまった。 チチ は わらって ダイキチ を なぐさめた。
「いい よ、 なあ ダイキチ。 まだ ヤッツ や ココノツ の オマエラ まで が めそめそ したら、 オトウサン も たすからん よ。 さわげ さわげ」
しかし、 そう いわれる と もう さわげなかった。 すると、 チチ は 3 ニン の コドモ を イッショクタ に かかえて、
「ミンナ ゲンキ で、 おおきく なれ よ。 ダイキチ も ナミキ も ヤツ も。 おおきく なって、 オバアサン や オカアサン を ダイジ に して あげる ん だよ。 それまで には センソウ も すむ だろう さ」
「えっ、 センソウ すむ の。 どうして?」
「こんな、 ビョウニン まで ひっぱりださにゃ ならん とこ みる と――」
だが、 ダイキチ たち には その イミ は わからなかった。 ただ、 ジブン の イエ でも チチ が センソウ に ゆく と いう こと で カタミ が ひろかった の だ。 イッカ そろって いる と いう こと が、 コドモ に カタミ せまい オモイ を させる ほど、 どこ の カテイ も ハカイ されて いた わけ で ある。
センシ の コウホウ が はいった の は、 サイパン を うしなう すこし マエ だった。 さすが の ダイキチ も その とき は ないた。 ヒジ を ムネ の ほう に まげて、 テクビ の ところ で ナミダ を ふいて いる ダイキチ の カタ を、 ハハ は だきよせる よう に して、
「しっかり しよう ね ダイキチ、 ホント に しっかり して よ ダイキチ」
ジブン をも はげます よう に いい、 その アト、 ちいさな コエ で、 どんな に チチ が イエ に いたがった か を かたった。
「いったら サイゴ もう かえれない こと、 わかってた ん だ もん。 それなのに ダイキチ たち、 オオサワギ したろう。 キノドク で、 つらくて オカアサン……」
しかし ダイキチ は その とき で さえ、 なぜ ハハ は そんな こと を いう の だろう と おもった。 チチ は よろこびいさんで でて いった の だ と いって もらいたかった。 センシ は かなしい けれど、 それ だ とて、 チチ の ない コ は ジブン だけ では ない のに と、 その こと の ほう を アタリマエ に かんがえて いた。 トナリムラ の ある イエ など では、 4 ニン あった ムスコ が 4 ニン とも センシ して、 ヨッツ の メイヨ の シルシ は その イエ の モン に ずらり と ならんで いた。 ダイキチ たち は、 どんな に か ソンケイ の メ で それ を あおぎみた こと だろう。 それ は イッシュ の センボウ で さえ あった。
その 「センシ」 の 2 ジ を うかした ほそながく ちいさな モンピョウ は、 やがて ダイキチ の イエ へも とどけられて きた。 ちいさな 2 ホン の クギ と イッショ に ジョウブクロ に いれて ある の を テノヒラ に あけて、 しばらく ながめて いた ハハ は、 そのまま ジョウブクロ に もどして、 ヒバチ の ヒキダシ に しまった。
「こんな もの、 モン に ぶちつけて、 なんの マジナイ に なる。 あほらしい」
おこった よう な カオ を して つぶやき、 しょきしょき と コメ を つきはじめた。 コメ は ビール ビン の ナカ で つく の で ある。 ビョウキ で ねて いた オバアサン の オカユ の ため で、 ダイキチ たち の クチ には はいらなかった。 ボウクウ エンシュウ で ころんで、 それ が ヤミツキ に なった オバアサン は、 もう とうてい なおる ミコミ も なく、 ねて いる だけ だった。 ころんだ の が モト で やみついた の では なく、 やみついて いた から ころんだ の だろう、 と イシャ は いった。 80 すぎて、 カミ も ヒゲ も マッシロ な トナリムラ の イシャ は、 なおる ミコミ の ない ビョウニン の ところ へは、 なかなか きて くれなかった。 ホカ に たのむ イシャ は なく、 せめて うまい もの でも と こころがけた が、 なかなか テ に はいらなかった。 ウミベ に いて、 サカナ さえ テ に はいらない の だ。 サカナ は ありません か、 タマゴ は ありません か と、 1 ピキ の メバル、 ヒトツ の タマゴ に 3 ド も 5 ド も アタマ を さげねば テ に はいらなかった。 その ため に ハハ が ヒトリ で かけまわった。
そして ある ヒ、 メイヨ の モンピョウ は いつのまにか ヒバチ の ヒキダシ から、 モン の カモイ の ショウメン に うつって いた。 ハハ の ルス に ダイキチ が そこ へ うちつけた の で ある。 ちいさな 「メイヨ の モンピョウ」 は、 しかるべき イチ に ひかって いた。 「モンピョウ」 の ツマ は、 しばし たちどまって それ を ながめた。 ヒトリ の オトコ の イノチ と すりかえられた ちいさな 「メイヨ」 を。 その メイヨ は どこ の イエ の カドグチ をも かざって、 ハジ を しらぬ よう に ふえて いった。 それ を もっとも ほしがって いた の は、 おさない コドモ だった の で あろう か。
そうして、 ついに むかえた 8 ガツ 15 ニチ で ある。 ダクリュウ が、 どんな イナカ の スミズミ まで も おしよせた よう な サワギ の ナカ で、 ダイキチ たち の メ が ようやく さめかけた と して も、 どうして それ を わらう こと が できよう。 わらわれる ケ ほど の ゲンイン も コドモ には ない。
センソウ の ザンパン を あさる ヒトタチ も おおい ナカ へ、 いきのこった ヘイタイ が マイニチ の よう に もどって きた。 いきて は いて も もどれぬ ヘイタイ、 エイキュウ に もどる こと の ない チチ や オット や ムスコ や キョウダイ たち の、 かつて の メイヨ の モンピョウ は イエイエ の モン から、 イッセイ に スガタ を けし、 ふたたび ユクエ フメイ に なった。 それ で センソウ の セキニン を のがれられ でも した か の よう に。
おなじ よう に それ の なくなった イエ で、 おもいがけなく ダイキチ は、 イモウト の ヤツ の トツゼン の シ を むかえねば ならなかった。 オバアサン が なくなって から 1 ネン-メ の こと で ある。 わずか 1 ネン そこそこ の うち に、 3 ニン の シ を むかえた わけ だった。 チチ の よう に タイカイ の ホウマツ の ナカ に きえて スガタ を みせない シ、 オバアサン の よう に やみほうけて カレキ の よう に なって たおれた ショウガイ、 キノウ まで ゲンキ だった の が イチヤ の うち に ユメ の よう に きえて しまった、 はかない ヤツ の シ。 その ナカ で ヤツ の シ は いちばん ミンナ を かなしませた。 キュウセイ チョウ カタル だった。 イエ の モノ に だまって、 ヤツ は あおい カキ の ミ を たべた の で ある。 もう ヒトツキ も すれば うれる のに、 しぶく は ない と いう こと で ヤツ は それ を たべた の で ある。 イッショ に たべた コ も ある のに、 ヤツ だけ が イノチ を うばわれた。
センソウ は すんで いる けれど、 ヤツ は やっぱり センソウ で ころされた の だ。――
ハハ が そう いった とき、 ダイキチ は キュウ には イミ が のみこめなかった が、 だんだん わかって きた。 キンネン、 ムラ の カキ の キ も、 クリ の キ も、 うれる まで ミ が なって いた こと が なかった。 ミンナ まちきれなかった の だ。
コドモ ら は いつも ノ に でて、 ツバナ を たべ、 イタドリ を たべ、 スイバ を かじった。 ツチ の ついた サツマ を ナマ で たべた。 ミンナ カイチュウ が いる らしく、 カオイロ が わるかった。 そんな ナカ で ビョウキ に なって も ムラ に イシャ は いなかった。 よく きく クスリ も なかった。 イシャ も クスリ も センソウ に いって いた の だ。 オバアサン の なくなった とき には、 ムラ の ゼンポウジ さん まで が シュッセイ して ルス だった。 キンソン の テラ の ボウサン は、 センシシャ で いそがしかった。 シュウセン の ちょっと マエ に かえった ゼンポウジ さん は、 かえる と すぐ クヨウ に きて くれた が、 イマ また、 つづけて ヤツ の ため に オキョウ を あげて もらう こと に なる など、 どうして かんがえられたろう。
オバアサン は しぬ マエ、 ボダイジ に オボウサン も いない こと を くやんだ が、 ちいさな ヤツ は ボウサン の こと など かんがえた こと も なかったろう と おもう と、 ダイキチ は、 コエ はりあげて キョウ を よむ ボウサン まで が うらめしかった。 オカアサン の ハナシ では、 ヤツ が うまれた とき に オトウサン は もう、 カラダ の グアイ が すこし わるく なりかけて いて、 フネ を おりて ヨウジョウ する つもり だった と いう。 ナガネン、 セカイ の ナナツ の ウミ を わたりあるいた オトウサン は、 イマ は もう イエ に かえって やすみたい と いい、 ヤッツメ の ミナト を ワガヤ に たとえて、 その とき うまれた オンナ の コ に ヤツ と いう ナ を つけた。 しかし、 ビョウキ の オトウサン も ワガヤ の ミナト に ビョウキ を やしなう こと が できず、 キボウ を かけた ヤツ も また しんで しまった。……
モノ が とぼしく、 ヤツ の ナキガラ を おさめる ハコ も、 ザイリョウ を もって ゆかねば つくれない と いわれ、 すこし こわれかけて いた ムカシ の タンス で つくる こと に した。 ハナ まで が ニンゲン の セイカツ の ナカ から おいだされて いた。 ダイキチ は ナミキ と フタリ で ハカバ へ ゆき、 ジャノメソウ や オシロイバナ を とって きて ヤツ を まつった。 モト は ハナ も たくさん つくって いた と いう ニワ は、 ダイキチ たち の キオク の かぎり、 ダイコン や カボチャバタケ で、 せまい ノキサキ に まで カボチャ は うえられて、 ヤネ に はわせて いた。 ヤツ が なくなる と オカアサン は、 なきながら ノキ の カボチャ を ひきちぎる よう に して ぬきとった。 ウラナリ の ミ が ミッツ ヨッツ、 ながい ツル に ひきずられて おちて きた。 その ナカ の まるい の を ボン に のせて ブツダン に そなえた の だった が、 エキリ と いう ウワサ が たって、 ダレ も きて くれぬ ツヤ の マクラモト に すわって、 イツモ の テイデン が すんだ アト、 オカアサン は ふと キ が ついた よう に、 マクラガタナ に した ちいさな ゾーリンゲン の ホウチョウ を とりあげ、 いきなり、 ぐさり と カボチャ の ヨコハラ に つきたてて、 ダイキチ たち を おどろかした。 ゾーリンゲン は オトウサン が かって きた もの だった。 もしも、 オカアサン が わらって いなかった なら、 ヒゴロ、 こわい と おしえられて いる ゾーリンゲン で ある。 ダイキチ たち は ヒメイ を あげた かも しれない。 しかし オカアサン は わらって いた の だ。 なきはらした カオ の エガオ は、 ちがった ヒト の よう に みえた が、 なんでも ない、 なんでも ない と いう メ の イロ は ダイキチ たち を シュンカン で アンシン させた。
「いい もの、 ヤツ に こしらえて やろう。 こんな こと、 オマエタチ、 しらない だろ。 ヤツ は とうとう しらず-ジマイ じゃ。 カボチャ は ウラナリ でも たべる もの と、 ダイキチ ら、 そう おもってる だろう。 オカアサン ら の コドモ の とき は、 カボチャ の ウラナリ は、 コドモ の オモチャ。 ほら、 これ が マド――」
カボチャ の ヨコハラ は シカク に きりぬかれた。
「こっち は、 マルマド と いたしましょう。 しょうしょう むつかしい な。 テシオザラ もって きて ダイキチ、 カタ を とる から。 それ と オボン も な。 ワタ だす から」
ダイキチ と ナミキ は メ を まるく して みて いた。 できた の は チョウチン だった。 マド に カミ を はり、 ソコ に クギ を さす と ロウソク の ザ も できた。 ハイキュウ の ロウソク を ともす と、 いかにも それ は、 ヤツ の よろこびそう な チョウチン で あった。 カナシミ を わすれて ダイキチ は いった。
「オカアサン、 コウサク、 マンテン じゃ」
ちいさな カン が できて くる と、 チョウチン は ヤツ の カオ の ソバ に いれて やった。 ヤツ が もって あそんで いた カイガラ や カミニンギョウ も ソバ に おいた。 カナシミ が キュウ に おしよせて きて、 ダイキチ も ナミキ も コエ を あげて ないた。 おんおん なきながら ダイキチ は、 ヤツ が いつも ほしがって いた チエノワ を おもいだし、 かして やらなかった ジブン の フシンセツ を ジブン で せめながら、 イマ あらためて、 それ を ヤツ に やろう と おもった。 ムネ に くみあわせた テ に もたせよう と した が、 つめたい テ は もう それ を うけとって は くれず、 チエノワ は すべって カン の ソコ に おちた。 ナミキ も なきながら、 カレ も また ヤツ の メ に ふれぬ よう に しまいこんで あった ダイジ な イロガミ を もって きて、 ツル や ヤッコ や フウセン を おって いれた。 そんな もの を もって、 ヤツ は シデ の タビジ に ついた の で ある。
こういう こと が あって、 オオイシ センセイ は キュウ に ふけた の で ある。 シラガ さえ も ふえた。 ちいさな カラダ は やせる と よけい ちいさく なり、 コシ でも まげる と、 オバアサン そっくり に なった。 ちいさい ながら も ダイキチ は どきん と し、 コンド は オカアサン が、 どうか なる か と あんじた。 ヒト の イノチ の トウトサ を、 しみじみ と あじわえる トシ に なって きた。
オカアサン を ダイジ に して あげる ん だぞ――。
オトウサン の コトバ が いきて きた。
「オカアサン、 マキ は ボク が とって くる」
そう いって ナミキ と イッショ に ヤマ へ ゆく。
「オカアサン、 ハイキュウ は、 ボク、 ガッコウ の カエリ に とって くる から」
とおい ハイキュウジョ へ ゆく の も カレ の ヤク に なった。 ナミキ も まけて は いられなかった。
「オカアサン、 ミズ やこい、 みんな ボク が くんで あげる」
なみだもろく なった オカアサン は、
「キュウ に まあ、 フタリ とも オヤコウコウ に なった なあ」
これほど よわり、 いたわられて いる カノジョ が、 ふたたび キョウショク に もどれた の は、 カゲ に サナエ の ジンリョク が あった の だ。 サナエ は イマ、 ミサキ の ホンソン の ボコウ に いた。
「40 じゃあ ね。 ゲンショク に いて も ロウキュウ で やめて もらう ところ じゃ ない か」
クビ を かしげる コウチョウ へ、 さいさん たのんで、 ようやく、 ミサキ ならば と いう こと で ハナシ が きまった。 しかも それ は オオイシ センセイ の もって いる キョウイン と して の シカク で では なく、 コウチョウ イチゾン で サイケツ できる ジョキョウ で あった。 リンジ キョウシ なの だ。 カワリ が あれば、 いつ やめさせられる かも しれない の だ。 サナエ は、 キノドクサ に しおれて、 それ を ホウコク した。 だが、 オオイシ センセイ の メ は、 イヨウ に かがやいた の で ある。
「ミサキ なら、 ねがったり、 かなったり よ。 マエ の カリ が ある から」
ジョウケン の ワルサ など キ にも かけず、 ココロ の ソコ から つきあげて くる よう な エガオ を した。 その とき オオイシ センセイ の ココロ には、 わすれて いた キオク が、 イマ ひらく ハナ の よう な シンセンサ で よみがえって いた の だ。
センセエ、 また おいでぇ……
アシ が なおったら、 また おいでぇ……
ヤクソク、 した ぞぉ……
あの とき、 ジブン の アト へ フニン して いった ロウキュウ の ゴトウ センセイ と おなじ よう に、 ジブン も また ヒト に あわれまれて いる とも しらず、 いや、 オオイシ センセイ が それ を しらぬ はず は なかった。 しかし おさない フタリ の コ を かかえた ミボウジン の カノジョ も また、 やはり ゴトウ センセイ と おなじく、 よろこんで ミサキ へ ゆかねば ならなかった の だ。 しかし カノジョ は イマ、 ちかづいて くる ミサキ の ムラ の ヤマヤマ の、 ヤキ に あらわれた ミドリ の ツヤヤカサ を みる と、 ジブン も また わかがえって くる よう な キ が した。 ムカシ、 ヨウフク も ジテンシャ も ヒト に さきがけた カノジョ も、 イマ では シラガマジリ の カミノケ を ムゾウサ に ひっつめ、 オット の キモノ の コンガスリ で つくった モンペ を つけ、 ちいさな ムスコ に フネ で おくられて いる。 ムカシ の オモカゲ を しいて さがせば、 キュウ に かがやきだした ヒトミ の イロ と、 わかわかしい コエ で ある かも しれぬ。 ナマイキ と いわれて けなされた カノジョ の ヨウフク や ジテンシャ は、 それ が キッカケ に なって はやりだし、 イマ では ムラ に ジテンシャ に のれぬ オンナ は ない ほど だ。 だが 20 ネン ちかい サイゲツ は、 もう ダレ も わかい ヒ の カノジョ を おぼえて は いまい。
リクチ が すうっと すべる よう に ちかづいた と おもう と、 フネ は もう ナギサ ちかく よって いた。 フナレ な テツキ で ミサオ を おす ダイキチ と、 みなれぬ オオイシ センセイ に、 ムカシ-どおり ムラ の コドモ は ぞろぞろ あつまって きた。 しかし、 その どの カオ にも オボエ は なかった。 ながい ネンゲツ の イリョウ の フソク は、 シッソ な ミサキ の コドモ ら の ウエ に いっそう あわれ に あらわれて いて、 ワカメ の よう に さけた パンツ を はき、 その スキマ から ヒフ の みえる オトコ の コ も いた。 わらいかける と おびえた よう な メ を したり、 ムカンドウ な ヒョウジョウ の まま ふかい カンシン を みせて ミチ を ひらいた。 めずらしげ に じろじろ みる の は ムカシ の まま で あった。 その コウキ の メ に とりかこまれながら、 オオイシ センセイ は ハズミ を つけて とびおりた。 イシコロ ヒトツ に さえ ムカシ の オモカゲ が のこって いる よう な ナツカシサ。 すこし フネ に よった らしく、 アタマ が ふらついた。 ゆっくり あるいて いる と、 ウシロ に ささやく コエ が した。
「たいがい、 センセ ど、 あれ」
「ほんな、 オジギ して みる か、 そしたら わかる」
おもわず にっと した カオ の マエ へ、 ばたばた と 3~4 ニン の ちいさな コドモ が たちふさがり、 ぴょこん と アタマ を さげた。 シンガッキ に ちかづいて シンニュウセイ に オジギ が とりいれられた の を シオ に、 まだ ガッコウ では ない らしい ちいさな コ ら も、 まねて いる の で あろう。 エシャク を かえしながら、 オオイシ センセイ は なみだぐんで いた。 まず、 おさない コ ら に カンゲイ された よう な キ が して うれしかった の だ。 そっと メガシラ を おさえ、 エガオ を みせた。 あらためて みた が、 すぐに おもいだす カオ は なかった。 ミチ ゆく ヒト も そう だった。 むかしながら の ムラ の ミチ を、 なんと かわった ヒト の スガタ で あろう。 とはいえ、 その ナカ で もっとも かわって いる の が ジブン だ とは、 キ が つかなかった。 その オオイシ センセイ を おいぬき おいぬき、 さんさんごご と はしって ゆく セイト たち も たえなかった。 ちらり ちらり と、 こちら を ヌスミミ して は はしりさって ゆく。 それら の スガタ から、 わざと メ を そらした の は、 みられたく ない もの が ひかって こぼれそう だった から だ。
ヒトリ かえって ゆく ダイキチ の ほう へ テ を ふって みせて から コウモン を くぐった。 ふるびて しまった コウシャ の、 8 ブ-ドオリ こわれた ガラスマド を みた とき、 シュンカン、 ゼツボウテキ な もの が ミチシオ の よう に おしよせて きた が、 ムカシ の まま の キョウシツ に、 ムカシ-どおり に ツクエ と イス を マドベリ に おき、 ソト を みて いる うち に、 セボネ は しゃんと して きた。 なにもかも ふるい この ガッコウ へ、 あたらしい もの が やって きはじめた から だ。 ふるい オビシン らしい しろい ヌノ で つくった あたらしい カバン。 マンナカ に 1 ポン ヌイメ の ある らしい メイセン の フロシキ、 その ナカ には、 シンブンシ を おりたたんだ だけ の よう な、 ヒョウシ の ない ソマツ な キョウカショ が はいって いる だけ でも、 コドモ たち は キボウ に もえる カオ を して いた。 ムカシ-どおり の ミサキ の コ の ヒョウジョウ で ある。 18 ネン と いう サイゲツ を キノウ の こと の よう に おもい、 キノウ に つづく キョウ の よう な サッカク に さえ とらわれた。 おおげさ な シギョウシキ も なく キョウシツ に はいる と、 さすが に かあっと カオ に チ が のぼる の を かんじた。 それでも、 なれた タイド で シュッセキ を とった。 わかく、 ハリ の ある コエ で、 「ナマエ を よべば、 おおきな コエ で はい と ヘンジ を する のよ」 と マエオキ を して、
「カワサキ カク さん」
「はい」
「カベ ヨシオ さん」
「はーい」
「ゲンキ ね。 ミンナ、 はっきり オヘンジ が できそう です ね。 カベ ヨシオ さん は、 カベ コツル さん の キョウダイ?」
イマ、 ヘンジ を ほめた ばかり なのに、 もう カベ ヨシオ は だまって カブリ を ふる。 ナマエ を よばれた とき で なければ、 はい とは いえない もの の よう に。 しかし センセイ は エガオ を くずさず に、
「オカダ ブンキチ さん」
それ は あきらか に イソキチ の アニ の コドモ と さっしられた が、 メクラ に なって ジョタイ された イソキチ に つらい アニ で ある と きいて、 ふれず に ツギ に うつった。
「ヤマモト カツヒコ さん」
「はい」
「モリオカ ゴロウ さん」
「はい」
タダシ の カオ が おおきく うかんで きえた。
「カタギリ マコト さん」
「はい」
「アンタ、 コトエ さん の ウチ の コ」
マコト は ぽかん と して いた。 カノジョ は ちいさい とき なくなった アネ の こと など おぼえて いなかった の だ。 それで もう、 ふるい こと は きく の は やめた。 ニシグチ ミサコ の ムスメ は、 カツコ と いった。 その ホカ 3 ニン の オンナ の コ の ナカ に、 あかい あたらしい ヨウフク を きた カワモト チサト と いう コドモ が いた。 ガマン できず、 ヤスミ ジカン の とき、 それとなく きいて みた。
「チサト さん の オトウサン、 ダイク さん ね」
すると チサト は、 マツエ そっくり の くろい メ を みはって、
「ううん、 ダイク さん は、 オジイサン」
「あら、 そう だった の」
しかし カノジョ の ガクセキボ には、 カノジョ の チチ は ダイク と あった。
「マツエ さん て、 ダアレ、 ネエサン?」
「ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん」
どきん と した。 そして、 この クミ に ニタ や マスノ が いない こと に ほっと し、 また それ で、 さびしく も なった。 ニタ が いれば イマゴロ は もう、 10 ニン の シンニュウセイ の カテイ ジジョウ は さらけだされ、 メイメイ の ヨビナ や アダナ まで わかって いる だろう。 その ニタ や タケイチ や タダシ は、 そして、 イソキチ や マツエ や フジコ は、 と おもう と、 カレラ の とき と ドウヨウ、 イチズ な シンライ を みせて キョウ あたらしい モン を くぐって きた 10 ニン の 1 ネンセイ の カオ が、 イッポンマツ の シタ に あつまった こと の ある 12 ニン の コドモ の スガタ に かわった。 おもわず マド の ソト を みる と、 イッポンマツ は、 ムカシ の まま の スガタ で たって いる。 その ソバ に、 フタリ の オトコ の コ が、 じっと ミサキ を みて いる かも しれぬ、 そんな こと も しらぬげ な スガタ で ある。
オオイシ センセイ は そっと ウンドウジョウ の スミ に ゆき、 ひそか に カオ を ととのえねば ならなかった。 そういう カノジョ に、 はやくも アダナ が できて いた の を、 カノジョ は まだ しらず に いた。 ミサキ の ムラ に ニタ は やっぱり いた の で ある。 ダレ が センセイ の ユビ イッポン の ウゴキ から メ を はなそう。
カノジョ の アダナ は、 ナキミソ センセイ で あった。