カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 7)

2021-04-20 | アリシマ タケオ
 34

 ともかくも イッカ の アルジ と なり、 イモウト たち を よびむかえて、 その キョウイク に キョウミ と セキニン と を もちはじめた ヨウコ は、 しぜん しぜん に ツマ-らしく また ハハ-らしい ホンノウ に たちかえって、 クラチ に たいする ジョウネン にも どこ か ニク から セイシン に うつろう と する カタムキ が できて くる の を かんじた。 それ は たのしい ブジ とも かんがえれば かんがえられぬ こと は なかった。 しかし ヨウコ は あきらか に クラチ の ココロ が そういう ジョウタイ の モト には すこし ずつ こわばって ゆき ひえて ゆく の を かんぜず には いられなかった。 それ が ヨウコ には ナニ より も フマン だった。 クラチ を えらんだ ヨウコ で あって みれば、 ヒ が たつ に したがって ヨウコ にも クラチ が かんじはじめた と ドウヨウ な モノタラナサ が かんぜられて いった。 おちつく の か ひえる の か、 とにかく クラチ の カンジョウ が ハクネツ して はたらかない の を みせつけられる シュンカン は ふかい サビシミ を さそいおこした。 こんな こと で ジブン の ゼンガ を なげいれた コイ の ハナ を ちって しまわせて なる もの か。 ジブン の コイ には ゼッチョウ が あって は ならない。 ジブン には まだ どんな ナンロ でも まいくるいながら のぼって ゆく ネツ と チカラ と が ある。 その ネツ と チカラ と が つづく かぎり、 ぼんやり コシ を すえて シュウイ の ヘイボン な ケシキ など を ながめて マンゾク して は いられない。 ジブン の メ には ゼッテン の ない ゼッテン ばかり が みえて いたい。 そうした ショウドウ は コヤミ なく ヨウコ の ムネ に わだかまって いた。 エノシママル の センシツ で クラチ が みせて くれた よう な、 なにもかも ムシ した、 カミ の よう に キョウボウ な ネッシン―― それ を くりかえして ゆきたかった。
 タケシバ-カン の イチヤ は まさしく それ だった。 その ヨ ヨウコ は、 ツギ の アサ に なって ジブン が しんで みいだされよう とも マンゾク だ と おもった。 しかし ツギ の アサ いきた まま で メ を ひらく と、 その バ で しぬ ココロモチ には もう なれなかった。 もっと こうじた カンラク を おいこころみよう と いう ヨクネン、 そして それ が できそう な キタイ が ヨウコ を ミレン に した。 それから と いう もの ヨウコ は ボウガ コントン の カンキ に ひたる ため には、 スベテ を ギセイ と して も おしまない ココロ に なって いた。 そして クラチ と ヨウコ とは タガイタガイ を たのしませ そして ひきよせる ため に あらん カギリ の シュダン を こころみた。 ヨウコ は ジブン の フカハンセイ (オンナ が オトコ に たいして もつ いちばん キョウダイ な コワクブツ) の スベテ まで おしみなく なげだして、 ジブン を クラチ の メ に ショウフ イカ の もの に みせる とも くいよう とは しなく なった。 フタリ は、 ワキメ には サンビ だ と さえ おもわせる よう な ニクヨク の フハイ の すえとおく、 たがいに インラク の ミ を タガイタガイ から うばいあいながら ずるずる と くずれこんで ゆく の だった。
 しかし クラチ は しらず、 ヨウコ に とって は この いまわしい フハイ の ナカ にも イチル の キタイ が ひそんで いた。 イチド ぎゅっと つかみえたら もう うごかない ある もの が その ナカ に よこたわって いる に ちがいない、 そういう キタイ を ココロ の スミ から ぬぐいさる こと が できなかった の だった。 それ は クラチ が ヨウコ の コワク に まったく まよわされて しまって ふたたび ジブン を カイフク しえない ジキ が ある だろう と いう それ だった。 コイ を しかけた モノ の ヒケメ と して ヨウコ は イマ まで、 ジブン が クラチ を あいする ほど クラチ が ジブン を あいして は いない と ばかり おもった。 それ が いつでも ヨウコ の ココロ を フアン に し、 ジブン と いう もの の イスワリドコロ まで ぐらつかせた。 どうか して クラチ を チホウ の よう に して しまいたい。 ヨウコ は それ が ため には ある カギリ の シュダン を とって くいなかった の だ。 サイシ を リエン させて も、 シャカイテキ に しなして しまって も、 まだまだ ものたらなかった。 タケシバ-カン の ヨル に ヨウコ は クラチ を ゴクインヅキ の キョウジョウモチ に まで した こと を しった。 ガイカイ から きりはなされる だけ それだけ クラチ が ジブン の テ に おちる よう に おもって いた ヨウコ は それ を しって ウチョウテン に なった。 そして クラチ が しのばねば ならぬ クツジョク を うめあわせる ため に ヨウコ は クラチ が ほっする と おもわしい はげしい ジョウヨク を テイキョウ しよう と した の だ。 そして そう する こと に よって、 ヨウコ ジシン が けっきょく ジコ を ショウジン して クラチ の キョウミ から はなれつつ ある こと には きづかなかった の だ。
 とにも かくにも フタリ の カンケイ は タケシバ-カン の イチヤ から メンボク を あらためた。 ヨウコ は ふたたび ツマ から ジョウネツ の わかわかしい ジョウジン に なって みえた。 そういう ココロ の ヘンカ が ヨウコ の ニクタイ に およぼす ヘンカ は おどろく ばかり だった。 ヨウコ は キュウ に ミッツ も ヨッツ も わかやいだ。 26 の ハル を むかえた ヨウコ は その コロ の オンナ と して は そろそろ オイ の チョウコウ をも みせる はず なのに、 ヨウコ は ヒトツ だけ トシ を わかく とった よう だった。
 ある テンキ の いい ゴゴ ――それ は ウメ の ツボミ が もう すこし ずつ ふくらみかかった ゴゴ の こと だった が―― ヨウコ が エンガワ に クラチ の カタ に テ を かけて たちならびながら、 うっとり と ジョウキ して スズメ の まじわる の を みて いた とき、 ゲンカン に おとずれた ヒト の ケハイ が した。
「ダレ でしょう」
 クラチ は ものうさそう に、
「オカ だろう」
と いった。
「いいえ きっと マサイ さん よ」
「なあに オカ だ」
「じゃ カケ よ」
 ヨウコ は まるで ショウジョ の よう に あまったれた クチョウ で いって ゲンカン に でて みた。 クラチ が いった よう に オカ だった。 ヨウコ は アイサツ も ろくろく しない で いきなり オカ の テ を しっかり と とった。 そして ちいさな コエ で、
「よく いらしって ね。 その アイギ の よく おにあい に なる こと。 ハル-らしい いい イロジ です わ。 イマ クラチ と カケ を して いた ところ。 はやく おあがり あそばせ」
 ヨウコ は クラチ に して いた よう に オカ の ヤサガタ に テ を まわして ならびながら ザシキ に はいって きた。
「やはり アナタ の カチ よ。 アナタ は アテコト が オジョウズ だ から オカ さん を ゆずって あげたら うまく あたった わ。 イマ ゴホウビ を あげる から そこ で みて いらっしゃい よ」
 そう クラチ に いう か と おもう と、 いきなり オカ を だきすくめて その ホオ に つよい セップン を あたえた。 オカ は ショウジョ の よう に はじらって しいて ヨウコ から はなれよう と もがいた。 クラチ は レイ の しぶい よう に クチモト を ねじって ほほえみながら、
「バカ!…… コノゴロ この オンナ は すこし どうか しとります よ。 オカ さん、 アナタ ひとつ セナカ でも どやして やって ください。 ……まだ ベンキョウ か」
と いいながら ヨウコ に テンジョウ を ゆびさして みせた。 ヨウコ は オカ に セナカ を むけて 「さあ どやして ちょうだい」 と いいながら、 コンド は テンジョウ を むいて、
「アイ さん、 サア ちゃん、 オカ さん が いらしって よ。 オベンキョウ が すんだら はやく おりて おいで」
と すんだ うつくしい コエ で ハスハ に さけんだ。
「そうお」
と いう コエ が して すぐ サダヨ が とんで おりて きた。
「サア ちゃん は イマ ベンキョウ が すんだ の か」
と クラチ が きく と サダヨ は ヘイキ な カオ で、
「ええ イマ すんで よ」
と いった。 そこ には すぐ はなやか な ワライ が ハレツ した。 アイコ は なかなか シタ に おりて こよう とは しなかった。 それでも 3 ニン は したしく チャブダイ を かこんで チャ を のんだ。 その ヒ オカ は トクベツ に ナニ か いいだしたそう に して いる ヨウス だった が、 やがて、
「キョウ は ワタシ すこし オネガイ が ある ん です が ミナサマ きいて くださる でしょう か」
 おもくるしく いいだした。
「ええ ええ アナタ の おっしゃる こと なら なんでも…… ねえ サア ちゃん (と ここ まで は ジョウダン-らしく いった が キュウ に マジメ に なって) ……なんでも おっしゃって くださいまし な、 そんな タニン ギョウギ を して くださる と ヘン です わ」
と ヨウコ が いった。
「クラチ さん も いて くださる ので かえって いいよい と おもいます が コトウ さん を ここ に おつれ しちゃ いけない でしょう か。 ……キムラ さん から コトウ さん の こと は マエ から うかがって いた ん です が、 ワタシ は はじめて の オカタ に おあい する の が なんだか オックウ な タチ な もの で フタツ マエ の ニチヨウビ まで とうとう オテガミ も あげない で いたら、 その ヒ とつぜん コトウ さん の ほう から たずねて きて くださった ん です。 コトウ さん も イチド おたずね しなければ いけない ん だ が と いって いなさいました。 で ワタシ、 キョウ は スイヨウビ だ から、 ヨウベン ガイシュツ の ヒ だ から、 これから むかえ に いって きたい と おもう ん です。 いけない でしょう か」
 ヨウコ は クラチ だけ に カオ が みえる よう に むきなおって 「ジブン に まかせろ」 と いう メツキ を しながら、
「いい わね」
と ネン を おした。 クラチ は ヒミツ を つたえる ヒト の よう に カオイロ だけ で 「よし」 と こたえた。 ヨウコ は くるり と オカ の ほう に むきなおった。
「よう ございます とも (ヨウコ は その よう に アクセント を つけた) アナタ に オムカイ に いって いただいて は ホント に すみません けれども、 そうして くださる と ホントウ に ケッコウ。 サア ちゃん も いい でしょう。 また もう ヒトリ オトモダチ が ふえて…… しかも めずらしい ヘイタイ さん の オトモダチ……」
「アイ ネエサン が オカ さん に つれて いらっしゃい って このあいだ そう いった のよ」
と サダヨ は エンリョ なく いった。
「そうそう アイコ さん も そう おっしゃって でした ね」
と オカ は どこまでも ジョウヒン な テイネイ な コトバ で コト の ツイデ の よう に いった。
 オカ が イエ を でる と しばらく して クラチ も ザ を たった。
「いい でしょう。 うまく やって みせる わ。 かえって デイリ させる ほう が いい わ」
 ゲンカン に おくりだして そう ヨウコ は いった。
「どう かな アイツ、 コトウ の ヤツ は すこし ほねばりすぎてる…… が わるかったら モトモト だ…… とにかく キョウ オレ の いない ほう が よかろう」
 そう いって クラチ は でて いった。 ヨウコ は ハリダシ に なって いる 6 ジョウ の ヘヤ を きれい に かたづけて、 ヒバチ の ナカ に コウ を たきこめて、 こころしずか に モクロミ を めぐらしながら コトウ の くる の を まった。 しばらく あわない うち に コトウ は だいぶ てごわく なって いる よう にも おもえた。 そこ を ジブン の サイリョク で まるめる の が トキ に とって の キョウミ の よう にも おもえた。 もし コトウ を ナンカ すれば、 キムラ との カンケイ は イマ より も ツナギ が よく なる……。
 30 プン ほど たった コロ ヒトツギ の ヘイエイ から コトウ は オカ に ともなわれて やって きた。 ヨウコ は 6 ジョウ に いて、 サダヨ を トリツギ に だした。
「サダヨ さん だね。 おおきく なった ね」
 まるで マエ の コトウ の コエ とは おもわれぬ よう な おとなびた くろずんだ コエ が して、 がちゃがちゃ と ハイケン を とる らしい オト も きこえた。 やがて オカ の サキ に たって カッコウ の わるい きたない クロ の グンプク を きた コトウ が、 ヒルイ の くさった よう な ニオイ を ぷんぷん させながら ヨウコ の いる ところ に はいって きた。
 ヨウコ は タイ なく コウイ を こめた メツキ で、 ショウジョ の よう に はれやか に おどろきながら コトウ を みた。
「まあ これ が コトウ さん? なんて こわい カタ に なって おしまい なすった ん でしょう。 モト の コトウ さん は オヒタイ の おしろい ところ だけ に しか のこっちゃ いません わ。 がみがみ と しかったり なすっちゃ いや です こと よ。 ホントウ に しばらく。 もう こんりんざい きて は くださらない もの と あきらめて いました のに、 よく…… よく いらしって くださいました。 オカ さん の オテガラ です わ…… ありがとう ございました」
と いって ヨウコ は そこ に ならんで すわった フタリ の セイネン を カタミガワリ に みやりながら かるく アイサツ した。
「さぞ おつらい でしょう ねえ。 オユ は? おめし に ならない? ちょうど わいて います わ」
「だいぶ くさくって オキノドク です が、 1 ド や 2 ド ユ に つかったって なおり は しません から…… まあ はいりません」
 コトウ は はいって きた とき の しかつめらしい ヨウス に ひきかえて カオイロ を やわらがせられて いた。 ヨウコ は ココロ の ウチ で あいかわらず の シンプルトン だ と おもった。
「そう ねえ ナンジ まで モンゲン は?…… え、 6 ジ? それじゃ もう いくらも ありません わね。 じゃ オユ は よして いただいて オハナシ の ほう を たんと しましょう ねえ。 いかが グンタイ セイカツ は、 オキ に いって?」
「はいらなかった マエ イジョウ に きらい に なりました」
「オカ さん は どう なさった の」
「ワタシ は まだ ユウヨチュウ です が ケンサ を うけたって きっと ダメ です。 フゴウカク の よう な ケンコウ を もつ と、 ワタシ グンタイ セイカツ の できる よう な ヒト が うらやましくって なりません。 ……カラダ でも つよく なったら ワタシ、 もうすこし ココロ も つよく なる ん でしょう けれども……」
「そんな こと は ありません ねえ」
 コトウ は ジブン の ケイケン から オカ を セップク する よう に そう いった。
「ボク も その ヒトリ だ が、 オニ の よう な タイカク を もって いて、 オンナ の よう な ヨワムシ が タイ に いて みる と たくさん います よ。 ボク は こんな ココロ で こんな タイカク を もって いる の が センテンテキ の ニジュウ セイカツ を しいられる よう で くるしい ん です。 これから も ボク は この ムジュン の ため に きっと くるしむ に ちがいない」
「ナン です ね オフタリ とも、 ミョウ な ところ で ケンソン の シッコ を なさる のね。 オカ さん だって そう およわく は ない し、 コトウ さん と きたら それ は イシ ケンゴ……」
「そう なら ボク は キョウ も ここ なんか には き や しません。 キムラ クン にも とうに ケッシン を させて いる はず なん です」
 ヨウコ の コトバ を チュウト から うばって、 コトウ は したたか ジブン ジシン を むちうつ よう に はげしく こう いった。 ヨウコ は なにもかも わかって いる くせ に シラ を きって フシギ そう な カオツキ を して みせた。
「そう だ、 おもいきって いう だけ の こと は いって しまいましょう。 ……オカ クン たたない で ください。 キミ が いて くださる と かえって いい ん です」
 そう いって コトウ は ヨウコ を しばらく ジュクシ して から いいだす こと を まとめよう と する よう に シタ を むいた。 オカ も ちょっと カタチ を あらためて ヨウコ の ほう を ぬすみみる よう に した。 ヨウコ は マユ ヒトツ うごかさなかった。 そして ソバ に いる サダヨ に ミミウチ して、 アイコ を てつだって 5 ジ に ユウショク の たべられる ヨウイ を する よう に、 そして サンエンテイ から ミサラ ほど の リョウリ を とりよせる よう に いいつけて ザ を はずさした。 コトウ は おどる よう に して ヘヤ を でて ゆく サダヨ を そっと メ の ハズレ で みおくって いた が、 やがて おもむろに カオ を あげた。 ヒ に やけた カオ が さらに あかく なって いた。
「ボク は ね…… (そう いって おいて コトウ は また かんがえた) ……アナタ が、 そんな こと は ない と アナタ は いう でしょう が、 アナタ が クラチ と いう その ジムチョウ の ヒト の オクサン に なられる と いう の なら、 それ が わるい って おもってる わけ じゃ ない ん です。 そんな こと が ある と すりゃ そりゃ シカタ の ない こと なん だ。 ……そして です ね、 ボク にも そりゃ わかる よう です。 ……わかる って いう の は、 アナタ が そう なれば なりそう な こと だ と、 それ が わかる って いう ん です。 しかし それなら それ で いい から、 それ を キムラ に はっきり と いって やって ください。 そこ なん だ ボク の いわん と する の は。 アナタ は おこる かも しれません が、 ボク は キムラ に イクド も ヨウコ さん とは もう エン を きれ って カンコク しました。 これまで ボク が アナタ に だまって そんな こと を して いた の は わるかった から オコトワリ を します (そう いって コトウ は ちょっと セイジツ に アタマ を さげた。 ヨウコ も だまった まま マジメ に うなずいて みせた)。 けれども キムラ から の ヘンジ は、 それ に たいする ヘンジ は いつでも ドウイツ なん です。 ヨウコ から ハヤク の こと を もうしでて くる か、 クラチ と いう ヒト との ケッコン を もうしでて くる まで は、 ジブン は ダレ の コトバ より も ヨウコ の コトバ と ココロ と に シンヨウ を おく。 シンユウ で あって も この モンダイ に ついて は、 キミ の カンコク だけ では ココロ は うごかない。 こう なん です。 キムラ って の は そんな オトコ なん です よ (コトウ の コトバ は ちょっと くもった が すぐ モト の よう に なった)。 それ を アナタ は だまって おく の は すこし ヘン だ と おもいます」
「それで……」
 ヨウコ は すこし ザ を のりだして コトウ を はげます よう に コトバ を つづけさせた。
「キムラ から は マエ から アナタ の ところ に いって よく ジジョウ を みて やって くれ、 ビョウキ の こと も シンパイ で ならない から と いって きて は いる ん です が、 ボク は ジブン ながら どう シヨウ も ない ミョウ な ケッペキ が ある もん だ から つい うかがいおくれて しまった の です。 なるほど アナタ は セン より は やせました ね。 そして カオ の イロ も よく ありません ね」
 そう いいながら コトウ は じっと ヨウコ の カオ を みやった。 ヨウコ は アネ の よう に イチダン の タカミ から コトウ の メ を むかえて オウヨウ に ほほえんで いた。 いう だけ いわせて みよう、 そう おもって コンド は オカ の ほう に メ を やった。
「オカ さん。 アナタ イマ コトウ さん の おっしゃる こと を すっかり おきき に なって いて くださいました わね。 アナタ は コノゴロ シツレイ ながら カゾク の ヒトリ の よう に こちら に あそび に おいで くださる ん です が、 ワタシ を どう おおもい に なって いらっしゃる か、 ゴエンリョ なく コトウ さん に おはなし なすって くださいまし な。 けっして ゴエンリョ なく…… ワタシ どんな こと を うかがって も けっして けっして なんとも おもい は いたしません から」
 それ を きく と オカ は ひどく トウワク して カオ を マッカ に して ショジョ の よう に はにかんだ。 コトウ の ソバ に オカ を おいて みる の は、 セイドウ の カビン の ソバ に サキカケ の サクラ を おいて みる よう だった。 ヨウコ は ふと ココロ に うかんだ その タイヒ を ジブン ながら おもしろい と おもった。 そんな ヨユウ を ヨウコ は うしなわない で いた。
「ワタシ こういう コトガラ には モノ を いう チカラ は ない よう に おもいます から……」
「そう いわない で ホントウ に おもった こと を いって みて ください。 ボク は イッテツ です から ひどい オモイマチガイ を して いない とも かぎりません から。 どうか きかして ください」
 そう いって コトウ も ケンショウ-ゴシ に オカ を かえりみた。
「ホントウ に なにも いう こと は ない ん です けれども…… キムラ さん には ワタシ クチ に いえない ほど ゴドウジョウ して います。 キムラ さん の よう な いい カタ が イマゴロ どんな に ヒトリ で さびしく おもって おられる か と おもいやった だけ で ワタシ さびしく なって しまいます。 けれども ヨノナカ には イロイロ な ウンメイ が ある の では ない でしょう か。 そして メイメイ は だまって それ を たえて いく より シカタ が ない よう に ワタシ おもいます。 そこ で ムリ を しよう と する と スベテ の こと が わるく なる ばかり…… それ は ワタシ だけ の カンガエ です けれども。 ワタシ そう かんがえない と イッコク も いきて いられない よう な キ が して なりません。 ヨウコ さん と キムラ さん と クラチ さん との カンケイ は ワタシ すこし は しってる よう にも おもいます けれども、 よく かんがえて みる と かえって ちっとも しらない の かも しれません ねえ。 ワタシ は ジブン ジシン が すこしも わからない ん です から オサンニン の こと など も、 わからない ジブン の、 わからない ソウゾウ だけ の こと だ と おもいたい ん です。 ……コトウ さん には そこ まで は おはなし しません でした けれども、 ワタシ ジブン の ウチ の ジジョウ が たいへん くるしい ので ココロ を うちあける よう な ヒト を もって いません でした が……、 ことに ハハ とか シマイ とか いう オンナ の ヒト に…… ヨウコ さん に オメ に かかったら、 なんでも なく それ が できた ん です。 それで ワタシ は うれしかった ん です。 そして ヨウコ さん が キムラ さん と どうしても キ が おあい に ならない、 その こと も シツレイ です けれども イマ の ところ では ワタシ ソウゾウ が ちがって いない よう にも おもいます。 けれども その ホカ の こと は ワタシ なんとも ジシン を もって いう こと が できません。 そんな ところ まで タニン が ソウゾウ を したり クチ を だしたり して いい もの か どう か も ワタシ わかりません。 たいへん ドクゼンテキ に きこえる かも しれません が、 そんな キ は なく、 ウンメイ に できる だけ ジュウジュン に して いたい と おもう と、 ワタシ すすんで モノ を いったり したり する の が おそろしい と おもいます。 ……なんだか すこしも ヤク に たたない こと を いって しまいまして…… ワタシ やはり チカラ が ありません から、 なにも いわなかった ほう が よかった ん です けれども……」
 そう たえいる よう に コエ を ほそめて オカ は コトバ を むすばぬ うち に クチ を つぐんで しまった。 その アト には チンモク だけ が ふさわしい よう に クチ を つぐんで しまった。
 じっさい その アト には フシギ な ほど しめやか な チンモク が つづいた。 たきこめた コウ の ニオイ が かすか に うごく だけ だった。
「あんな に ケンソン な オカ クン も (オカ は あわてて その サンジ らしい コトウ の コトバ を うちけそう と しそう に した が、 コトウ が どんどん コトバ を つづける ので そのまま カオ を あかく して だまって しまった) アナタ と キムラ と が どうしても おりあわない こと だけ は すくなくとも みとめて いる ん です。 そう でしょう」
 ヨウコ は うつくしい チンモク を がさつ な テ で かきみだされた フカイ を かすか に ものたらなく おもう らしい ヒョウジョウ を して、
「それ は ヨウコウ する マエ、 いつぞや ヨコハマ に イッショ に いって いただいた とき くわしく おはなし した じゃ ありません か。 それ は ワタシ ドナタ に でも もうしあげて いた こと です わ」
「そんなら なぜ…… その とき は キムラ の ホカ には ホゴシャ は いなかった から、 アナタ と して は オイモウト さん たち を そだてて いく うえ にも ジブン を ギセイ に して キムラ に いく キ で おいで だった かも しれません が なぜ…… なぜ イマ に なって も キムラ との カンケイ を ソノママ に して おく ヒツヨウ が ある ん です」
 オカ は はげしい コトバ で ジブン が せめられる か の よう に はらはら しながら クビ を さげたり、 ヨウコ と コトウ の カオ と を カタミガワリ に みやったり して いた が、 とうとう いたたまれなく なった と みえて、 しずか に ザ を たって ヒト の いない 2 カイ の ほう に いって しまった。 ヨウコ は オカ の ココロモチ を おもいやって ひきとめなかった し、 コトウ は、 いて もらった ところ が なんの ヤク にも たたない と おもった らしく これ も ひきとめ は しなかった。 さす ハナ も ない セイドウ の カビン ヒトツ…… ヨウコ は ココロ の ウチ で ヒニク に ほほえんだ。
「それ より サキ に うかがわして ちょうだい な、 クラチ さん は どの くらい の テイド で ワタシタチ を ホゴ して いらっしゃる か ゴゾンジ?」
 コトウ は すぐ ぐっと つまって しまった。 しかし すぐ もりかえして きた。
「ボク は オカ クン と ちがって ブルジョア の イエ に うまれなかった もの です から、 デリカシー と いう よう な ビトク を あまり たくさん もって いない よう だ から、 シツレイ な こと を いったら ゆるして ください。 クラチ って ヒト は サイシ まで リエン した…… しかも ヒジョウ に テイセツ らしい オクサン まで リエン した と シンブン に でて いました」
「そう ね シンブン には でて いました わね。 ……よう ございます わ、 かりに そう だ と したら それ が ナニ か ワタシ と カンケイ の ある こと だ と でも おっしゃる の」
 そう いいながら ヨウコ は すこし キ に さえた らしく、 スミトリ を ひきよせて ヒバチ に ヒ を つぎたした。 サクラズミ の ヒバナ が はげしく とんで フタリ の アイダ に はじけた。
「まあ ひどい この スミ は、 ミズ を かけず に もって きた と みえる のね。 オンナ ばかり の ショタイ だ と おもって デイリ の ゴヨウキキ まで ヒト を バカ に する ん です のよ」
 ヨウコ は そう いいいい マユ を ひそめた。 コトウ は ムネ を つかれた よう だった。
「ボク は ランボウ な もん だ から…… イイスギ が あったら ホントウ に ゆるして ください。 ボク は じっさい いかに シンユウ だ から と いって キムラ ばかり を いい よう に と おもってる わけ じゃ ない ん です けれども、 まったく あの キョウグウ には ドウジョウ して しまう もん だ から…… ボク は アナタ も ジブン の タチバ さえ はっきり いって くだされば アナタ の タチバ も リカイ が できる と おもう ん だ けれども なあ。 ……ボク は あまり チョクセンテキ-すぎる ん でしょう か。 ボク は ヨノナカ を サン-クリアー に みたい と おもいます よ。 できない もん でしょう か」
 ヨウコ は なでる よう な コウイ の ホホエミ を みせた。
「アナタ が ワタシ ホントウ に うらやましゅう ござんす わ。 ヘイワ な カテイ に おそだち に なって すなお に なんでも ゴラン に なれる の は ありがたい こと なん です わ。 そんな カタ ばかり が ヨノナカ に いらっしゃる と メンドウ が なくなって それ は いい ん です けれども、 オカ さん なんか は それ から みる と ホントウ に オキノドク なん です の。 ワタシ みたい な モノ を さえ ああして タヨリ に して いらっしゃる の を みる と いじらしくって キョウ は クラチ さん の みて いる マエ で キス して あげっちまった の。 ……ヒトゴト じゃ ありません わね (ヨウコ の カオ は すぐ くもった)。 アナタ と ドウヨウ はきはき した こと の すき な ワタシ が こんな に イジ を こじらしたり、 ヒト の キ を かねたり、 このんで ゴカイ を かって でたり する よう に なって しまった、 それ を かんがえて ゴラン に なって ちょうだい。 アナタ には イマ は おわかり に ならない かも しれません けれども…… それにしても もう 5 ジ。 アイコ に テリョウリ を つくらせて おきました から ヒサシブリ で イモウト たち にも あって やって くださいまし、 ね、 いい でしょう」
 コトウ は キュウ に かたく なった。
「ボク は かえります。 ボク は キムラ に はっきり した ホウコク も できない うち に、 こちら で ゴハン を いただいたり する の は なんだか キ が とがめます。 ヨウコ さん たのみます、 キムラ を すくって ください。 そして アナタ ジシン を すくって ください。 ボク は ホントウ を いう と トオク に はなれて アナタ を みて いる と どうしても きらい に なっちまう ん です が、 こう やって おはなし して いる と シツレイ な こと を いったり ジブン で おこったり しながら も、 アナタ は ジブン でも あざむけない よう な もの を もって おられる の を かんずる よう に おもう ん です。 キョウグウ が わるい ん だ きっと。 ボク は イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 ライセ が あろう が カコセ が あろう が この イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 イキガイ が あった と おもう よう に いきて いきたい と おもいます よ。 ころんだって たおれたって そんな こと を セケン の よう に かれこれ くよくよ せず に、 ころんだら たって、 たおれたら おきあがって いきたい と おもいます。 ボク は すこし ヒトナミ はずれて バカ の よう だ けれども、 バカモノ で さえ が そうして いきたい と おもってる ん です」
 コトウ は メ に ナミダ を ためて いたましげ に ヨウコ を みやった。 その とき デントウ が キュウ に ヘヤ を あかるく した。
「アナタ は ホントウ に どこ か わるい よう です ね。 はやく なおって ください。 それじゃ ボク は これ で キョウ は ゴメン を こうむります。 さようなら」
 メジカ の よう に ビンカン な オカ さえ が いっこう チュウイ しない ヨウコ の ケンコウ ジョウタイ を、 ドンジュウ-らしい コトウ が いちはやく みてとって あんじて くれる の を みる と、 ヨウコ は この ソボク な セイネン に ナツカシミ を かんずる の だった。 ヨウコ は たって ゆく コトウ の ウシロ から、
「アイ さん サア ちゃん コトウ さん が おかえり に なる と いけない から はやく きて おとめ もうして おくれ」
と さけんだ。 ゲンカン に でた コトウ の ところ に ダイドコログチ から サダヨ が とんで きた。 とんで き は した が、 クラチ に たいして の よう に すぐ おどりかかる こと は え しない で、 クチ も きかず に、 すこし はずかしげ に そこ に たちすくんだ。 その アト から アイコ が テヌグイ を アタマ から とりながら イソギアシ で あらわれた。 ゲンカン の ナゲシ の ところ に テリカエシ を つけて おいて ある ランプ の ヒカリ を マトモ に うけた アイコ の カオ を みる と、 コトウ は みいられた よう に その ビ に うたれた らしく、 モクレイ も せず に その タチスガタ に ながめいった。 アイコ は にこり と ヒダリ の クチジリ に エクボ の でる ビショウ を みせて、 ミギテ の ユビサキ が ロウカ の イタ に やっと さわる ほど ヒザ を おって かるく アタマ を さげた。 アイコ の カオ には シュウチ らしい もの は すこしも あらわれなかった。
「いけません、 コトウ さん。 イモウト たち が ゴオンガエシ の つもり で イッショウ ケンメイ に した ん です から、 おいしく は ありません が、 ぜひ、 ね。 サア ちゃん オマエサン その オボウシ と ケン と を もって おにげ」
 ヨウコ に そう いわれて サダヨ は すばしこく ボウシ だけ とりあげて しまった。 コトウ は おめおめ と いのこる こと に なった。
 ヨウコ は クラチ をも よびむかえさせた。
 12 ジョウ の ザシキ には この イエ に めずらしく にぎやか な ショクタク が しつらえられた。 5 ニン が おのおの ザ に ついて ハシ を とろう と する ところ に クラチ が はいって きた。
「さあ いらっしゃいまし、 コンヤ は にぎやか です のよ。 ここ へ どうぞ (そう いって コトウ の トナリ の ザ を メ で しめした)。 クラチ さん、 この カタ が いつも オウワサ を する キムラ の シンユウ の コトウ ギイチ さん です。 キョウ めずらしく いらしって くださいました の。 これ が ジムチョウ を して いらしった クラチ サンキチ さん です」
 ショウカイ された クラチ は こころおきない タイド で コトウ の ソバ に すわりながら、
「ワタシ は たしか ソウカクカン で ちょっと オメ に かかった よう に おもう が ゴアイサツ も せず シッケイ しました。 こちら には しじゅう オセワ に なっとります。 イゴ よろしく」
と いった。 コトウ は ショウメン から クラチ を じっと みやりながら ちょっと アタマ を さげた きり モノ も いわなかった。 クラチ は かるがるしく だした ジブン の イマ の コトバ を フカイ に おもった らしく、 にがりきって カオ を ショウメン に なおした が、 しいて ドリョク する よう に エガオ を つくって もう イチド コトウ を かえりみた。
「あの とき から する と みちがえる よう に かわられました な。 ワタシ も ニッシン センソウ の とき は ハンブン グンジン の よう な セイカツ を した が、 なかなか おもしろかった です よ。 しかし くるしい こと も たまに は おあり だろう な」
 コトウ は ショクタク を みやった まま、
「ええ」
と だけ こたえた。 クラチ の ガマン は それまで だった。 イチザ は その キブン を かんじて なんとなく しらけわたった。 ヨウコ の てなれた タクト でも それ は なかなか イッソウ されなかった。 オカ は その キマズサ を キョウレツ な デンキ の よう に かんじて いる らしかった。 ヒトリ サダヨ だけ はしゃぎかえった。
「この サラダ は アイ ネエサン が オス と オリーブ-ユ を まちがって アブラ を たくさん かけた から きっと あぶらっこくって よ」
 アイコ は おだやか に サダヨ を にらむ よう に して、
「サア ちゃん は ひどい」
と いった。 サダヨ は ヘイキ だった。
「そのかわり ワタシ が また オス を アト から いれた から すっぱすぎる ところ が ある かも しれなく なって よ。 もすこし ついでに オハ も いれれば よかって ねえ、 アイ ネエサン」
 ミンナ は おもわず わらった。 コトウ も わらう には わらった。 しかし その ワライゴエ は すぐ しずまって しまった。
 やがて コトウ が とつぜん ハシ を おいた。
「ボク が わるい ため に せっかく の ショクタク を たいへん フユカイ に した よう です。 すみません でした。 ボク は これ で シツレイ します」
 ヨウコ は あわてて、
「まあ そんな こと は ちっとも ありません こと よ。 コトウ さん そんな こと を おっしゃらず に シマイ まで いらしって ちょうだい どうぞ。 ミンナ で トチュウ まで おおくり します から」
と とめた が コトウ は どうしても きかなかった。 ヒトビト は ショクジ ナカバ で たちあがらねば ならなかった。 コトウ は クツ を はいて から、 オビカワ を とりあげて ケン を つる と、 ヨウフク の シワ を のばしながら、 ちらっと アイコ に するどく メ を やった。 ハジメ から ほとんど モノ を いわなかった アイコ は、 この とき も だまった まま、 タコン な ニュウワ な メ を おおきく みひらいて、 チュウザ を して ゆく コトウ を うつくしく たしなめる よう に じっと みかえして いた。 それ を ヨウコ の するどい シカク は みのがさなかった。
「コトウ さん、 アナタ これから きっと たびたび いらしって くださいまし よ。 まだまだ もうしあげる こと が たくさん のこって います し、 イモウト たち も おまち もうして います から、 きっと です こと よ」
 そう いって ヨウコ も シタシミ を こめた ヒトミ を おくった。 コトウ は しゃちこばった グンタイシキ の リツレイ を して、 さくさく と ジャリ の ウエ に クツ の オト を たてながら、 ユウヤミ の もよおした スギモリ の シタミチ の ほう へ と きえて いった。
 ミオクリ に たたなかった クラチ が ザシキ の ほう で ヒトリゴト の よう に ダレ に むかって とも なく 「バカ!」 と いう の が きこえた。
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ある オンナ (コウヘン 8)

2021-04-04 | アリシマ タケオ
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 ヨウコ と クラチ とは タケシバ-カン イライ たびたび イエ を あけて ちいさな コイ の ボウケン を たのしみあう よう に なった。 そういう とき に クラチ の イエ に デイリ する ガイコクジン や マサイ など が ドウハン する こと も あった。 ガイコクジン は おもに ベイコク の ヒト だった が、 ヨウコ は クラチ が そういう ヒトタチ を ドウザ させる イミ を しって、 その なめらか な エイゴ と、 ダレ でも ――ことに カオ や テ の ヒョウジョウ に ホンノウテキ な キョウミ を もつ ガイコクジン を―― コワク しない では おかない はなやか な オウセツブリ と で、 カレラ を トリコ に する こと に セイコウ した。 それ は クラチ の シゴト を すくなからず たすけた に ちがいなかった。 クラチ の カネマワリ は ますます ジュンタク に なって ゆく らしかった。 ヨウコ イッカ は クラチ と キムラ と から みつがれる カネ で チュウリュウ カイキュウ には ありえない ほど ヨユウ の ある セイカツ が できた のみ ならず、 ヨウコ は ジュウブン の シオクリ を サダコ に して、 なお あまる カネ を おんならしく マイゲツ ギンコウ に あずけいれる まで に なった。
 しかし それ と ともに クラチ は ますます すさんで いった。 メ の ヒカリ に さえ モト の よう に タイカイ に のみ みる カンカツ な ムトンジャク な そして おそろしく ちからづよい ヒョウジョウ は なくなって、 いらいら と アテ も なく もえさかる セキタン の ヒ の よう な ネツ と フアン と が みられる よう に なった。 ややともすると クラチ は とつぜん ワケ も ない こと に きびしく ハラ を たてた。 マサイ など は コッパ ミジン に しかりとばされたり した。 そういう とき の クラチ は アラシ の よう な キョウボウ な イリョク を しめした。
 ヨウコ も ジブン の ケンコウ が だんだん わるい ほう に むいて ゆく の を イシキ しない では いられなく なった。 クラチ の ココロ が すさめば すさむ ほど ヨウコ に たいして ヨウキュウ する もの は もえただれる ジョウネツ の ニクタイ だった が、 ヨウコ も また しらずしらず ジブン を それ に テキオウ させ、 かつは ジブン が クラチ から ドウヨウ な キョウボウ な アイブ を うけたい ヨクネン から、 サキ の こと も アト の こと も かんがえず に、 ゲンザイ の カノウ の スベテ を つくして クラチ の ヨウキュウ に おうじて いった。 ノウ も シンゾウ も ふりまわして、 ゆすぶって、 たたきつけて、 イッキ に モウカ で あぶりたてる よう な ゲキジョウ、 タマシイ ばかり に なった よう な、 ニク ばかり に なった よう な キョクタン な シンケイ の コンラン、 そして その アト に つづく シメツ と ドウゼン の ケンタイ ヒロウ。 ニンゲン が ゆうする セイメイリョク を ドンゾコ から ためし こころみる そういう ギャクタイ が ヒ に 2 ド も 3 ド も くりかえされた。 そうして その アト では クラチ の ココロ は きっと ヤジュウ の よう に さらに すさんで いた。 ヨウコ は フカイ きわまる ビョウリテキ の ユウウツ に おそわれた。 しずか に にぶく セイメイ を おびやかす ヨウブ の イタミ、 2 ヒキ の ショウマ が ニク と ホネ との アイダ に はいりこんで、 ニク を カタ に あてて ホネ を ふんばって、 うんと チカラマカセ に そりあがる か と おもわれる ほど の カタ の コリ、 だんだん コドウ を ひくめて いって、 コキュウ を くるしく して、 イマ ハタラキ を とめる か と あやぶむ と、 イチジ に ミミ に まで オト が きこえる くらい はげしく うごきだす フキソク な シンゾウ の ドウサ、 もやもや と ヒ の キリ で つつまれたり、 トウメイ な コオリ の ミズ で みたされる よう な ズノウ の クルイ、 ……こういう ゲンショウ は ヒイチニチ と セイメイ に たいする、 そして ジンセイ に たいする ヨウコ の サイギ を はげしく した。
 ウチョウテン の デキラク の アト に おそって くる さびしい とも、 かなしい とも、 はかない とも ケイヨウ の できない その クウキョサ は ナニ より も ヨウコ に つらかった。 たとい その バ で イノチ を たって も その クウキョサ は エイエン に ヨウコ を おそう もの の よう にも おもわれた。 ただ これ から のがれる ただ ヒトツ の ミチ は ステバチ に なって、 イチジテキ の もの だ とは しりぬきながら、 そして その アト には さらに くるしい クウキョサ が マチブセ して いる とは カクゴ しながら、 ツギ の デキラク を おう ホカ は なかった。 キブン の すさんだ クラチ も おなじ ヨウコ と おなじ ココロ で おなじ こと を もとめて いた。 こうして フタリ は テイシ する ところ の ない いずこ か へ テ を つないで まよいこんで いった。
 ある アサ ヨウコ は アサユ を つかって から、 レイ の 6 ジョウ で キョウダイ に むかった が イチニチ イチニチ に かわって ゆく よう な ジブン の カオ には ただ おどろく ばかり だった。 すこし タテ に ながく みえる カガミ では ある けれども、 そこ に うつる スガタ は あまり に ほそって いた。 そのかわり メ は マエ にも まして おおきく スズ を はって、 ケショウヤケ とも おもわれぬ うすい ムラサキイロ の シキソ が その マワリ に あらわれて きて いた。 それ が ヨウコ の メ に たとえば シンリン に かこまれた すんだ ミズウミ の よう な フカミ と シンピ と を そえる よう にも みえた。 ハナスジ は やせほそって セイシンテキ な ビンカンサ を きわだたして いた。 ホオ の いたいたしく こけた ため に、 ヨウコ の カオ に いう べからざる アタタカミ を あたえる エクボ を うしなおう と して は いた が、 その カワリ に そこ には なやましく ものおもわしい ハリ を くわえて いた。 ただ ヨウコ が どうしても ベンゴ の できない の は ますます めだって きた かたい シタアゴ の リンカク だった。 しかし とにも かくにも ニクジョウ の コウフン の ケッカ が カオ に ヨウセイ な セイシンビ を つけくわえて いる の は フシギ だった。 ヨウコ は これまで の ケショウホウ を ぜんぜん あらためる ヒツヨウ を その アサ に なって しみじみ と かんじた。 そして イマ まで きて いた イルイ まで が のこらず キ に くわなく なった。 そう なる と ヨウコ は ヤ も タテ も たまらなかった。
 ヨウコ は ベニ の まじった オシロイ を ほとんど つかわず に ケショウ を した。 アゴ の リョウガワ と メ の マワリ との オシロイ を わざと うすく ふきとった。 マクラ を いれず に マエガミ を とって、 ソクハツ の マゲ を おもいきり さげて ゆって みた。 ビン だけ を すこし ふくらました ので アゴ の はった の も めだたず、 カオ の ほそく なった の も いくらか チョウセツ されて、 そこ には ヨウコ ジシン が キタイ も しなかった よう な ハイタイテキ な ドウジ に シンケイシツテキ な すごく も うつくしい ヒトツ の ガンメン が ソウゾウ されて いた。 アリアワセ の もの の ナカ から できる だけ ジミ な ヒトソロイ を えらんで それ を きる と ヨウコ は すぐ エチゴヤ に クルマ を はしらせた。
 ヒルスギ まで ヨウコ は エチゴヤ に いて チュウモン や カイモノ に トキ を すごした。 イフク や ミノマワリ の もの の ミタテ に ついて は ヨウコ は テンサイ と いって よかった。 ジブン でも その サイノウ には ジシン を もって いた。 したがって おもいぞんぶん の カネ を フトコロ に いれて いて カイモノ を する くらい キョウ の おおい もの は ヨウコ に とって は タ に なかった。 エチゴヤ を でる とき には、 カンキョウ と コウフン と に ジブン を いためちぎった ゲイジュツカ の よう に へとへと に つかれきって いた。
 かえりついた ゲンカン の クツヌギイシ の ウエ には オカ の ほそながい きゃしゃ な ハングツ が ぬぎすてられて いた。 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に いって カイチュウモノ など を しまって、 ユノミ で なみなみ と 1 パイ の サユ を のむ と、 すぐ 2 カイ に あがって いった。 ジブン の あたらしい ケショウホウ が どんな ふう に オカ の メ を シゲキ する か、 ヨウコ は こどもらしく それ を こころみて みたかった の だ。 カノジョ は フイ に オカ の マエ に あらわれよう ため に ウラバシゴ から そっと のぼって いった。 そして フスマ を あける と そこ に オカ と アイコ だけ が いた。 サダヨ は タイコウエン に でも いって あそんで いる の か そこ には スガタ を みせなかった。
 オカ は シシュウ らしい もの を ひらいて みて いた。 そこ には なお 2~3 サツ の ショモツ が ちらばって いた。 アイコ は エンガワ に でて テスリ から ニワ を みおろして いた。 しかし ヨウコ は フシギ な ホンノウ から、 ハシゴダン に アシ を かけた コロ には、 フタリ は けっして イマ の よう な イチ に、 イマ の よう な タイド で いた の では ない と いう こと を チョッカク して いた。 フタリ が ヒトリ は ホン を よみ、 ヒトリ が エン に でて いる の は、 いかにも シゼン で ありながら ヒジョウ に フシゼン だった。
 とつぜん―― それ は ホントウ に とつぜん どこ から とびこんで きた の か しれない フカイ の ネン の ため に ヨウコ の ムネ は かきむしられた。 オカ は ヨウコ の スガタ を みる と、 わざっと くつろがせて いた よう な シセイ を キュウ に ただして、 よみふけって いた らしく みせた シシュウ を あまり に オシゲ も なく とじて しまった。 そして イツモ より すこし なれなれしく アイサツ した。 アイコ は エンガワ から しずか に こっち を ふりむいて フダン と すこしも かわらない タイド で、 ジュウジュン に ムヒョウジョウ に エンイタ の ウエ に ちょっと ヒザ を ついて アイサツ した。 しかし その チンチャク にも かかわらず、 ヨウコ は アイコ が イマ まで ナミダ を メ に ためて いた の を つきとめた。 オカ も アイコ も あきらか に ヨウコ の カオ や カミ の ヨウス の かわった の に きづいて いない くらい ココロ に ヨユウ の ない の が あきらか だった。
「サア ちゃん は」
と ヨウコ は たった まま で たずねて みた。 フタリ は おもわず あわてて こたえよう と した が、 オカ は アイコ を ぬすみみる よう に して ひかえた。
「トナリ の ニワ に ハナ を かい に いって もらいました の」
 そう アイコ が すこし シタ を むいて マゲ だけ を ヨウコ に みえる よう に して すなお に こたえた。 「ふふん」 と ヨウコ は ハラ の ナカ で せせらわらった。 そして はじめて そこ に すわって、 じっと オカ の メ を みつめながら、
「ナニ? よんで いらしった の は」
と いって、 そこ に ある シロク ホソガタ の うつくしい ヒョウソウ の ショモツ を とりあげて みた。 クロカミ を みだした ヨウエン な オンナ の アタマ、 ヤ で つらぬかれた シンゾウ、 その シンゾウ から ぽたぽた おちる チ の シタタリ が おのずから ジ に なった よう に ズアン された 「ミダレガミ」 と いう ヒョウダイ―― モジ に したしむ こと の だいきらい な ヨウコ も ウワサ で きいて いた ユウメイ な ホウ アキコ の シシュウ だった。 そこ には 「ミョウジョウ」 と いう ブンゲイ ザッシ だの、 シュンウ の 「イチジク」 だの、 チョウミン コジ の 「イチネン ユウハン」 だの と いう シンカン の ショモツ も ちらばって いた。
「まあ オカ さん も なかなか の ロマンティスト ね、 こんな もの を アイドク なさる の」
と ヨウコ は すこし ヒニク な もの を クチジリ に みせながら たずねて みた。 オカ は しずか な チョウシ で テイセイ する よう に、
「それ は アイコ さん の です。 ワタシ イマ ちょっと ハイケン した だけ です」
「これ は」
と いって ヨウコ は コンド は 「イチネン ユウハン」 を とりあげた。
「それ は オカ さん が キョウ かして くださいました の。 ワタシ わかりそう も ありません わ」
 アイコ は アネ の ドクゼツ を あらかじめ ふせごう と する よう に。
「へえ、 それじゃ オカ さん、 アナタ は また たいした リアリスト ね」
 ヨウコ は アイコ を ガンチュウ にも おかない ふう で こう いった。 キョネン の シモハンキ の シソウカイ を シンカン した よう な この ショモツ と ゾクヘン とは クラチ の まずしい ショカ の ナカ にも あった の だ。 そして ヨウコ は おもしろく おもいながら その ナカ を ときどき ヒロイヨミ して いた の だった。
「なんだか ワタシ とは すっかり ちがった セカイ を みる よう で いながら、 ジブン の ココロモチ が のこらず いって ある よう でも ある んで…… ワタシ それ が すき なん です。 リアリスト と いう わけ では ありません けれども……」
「でも この ホン の ヒニク は すこし ヤセガマン ね。 アナタ の よう な カタ には ちょっと フニアイ です わ」
「そう でしょう か」
 オカ は なんとはなく いまに でも ハレモノ に さわられる か の よう に そわそわ して いた。 カイワ は すこしも イツモ の よう には はずまなかった。 ヨウコ は いらいら しながら も それ を カオ には みせない で コンド は アイコ の ほう に ヤリサキ を むけた。
「アイ さん オマエ こんな ホン を いつ オカイ だった の」
と いって みる と、 アイコ は すこし ためらって いる ヨウス だった が、 すぐに すなお な オチツキ を みせて、
「かった ん じゃ ない ん です の。 コトウ さん が おくって くださいました の」
と いった。 ヨウコ は さすが に おどろいた。 コトウ は あの カイショク の バン、 チュウザ した っきり、 この イエ には アシブミ も しなかった のに……。 ヨウコ は すこし はげしい コトバ に なった。
「なんだって また こんな ホン を おくって およこし なさった ん だろう。 アナタ オテガミ でも あげた のね」
「ええ、 ……くださいました から」
「どんな オテガミ を」
 アイコ は すこし ウツムキ カゲン に だまって しまった。 こういう タイド を とった とき の アイコ の シブトサ を ヨウコ は よく しって いた。 ヨウコ の シンケイ は びりびり と キンチョウ して きた。
「もって きて おみせ」
 そう ゲンカク に いいながら、 ヨウコ は そこ に オカ の いる こと も イシキ の ウチ に くわえて いた。 アイコ は シツヨウ に だまった まま すわって いた。 しかし ヨウコ が もう イチド サイソク の コトバ を だそう と する と、 その シュンカン に アイコ は つと たちあがって ヘヤ を でて いった。
 ヨウコ は その スキ に オカ の カオ を みた。 それ は まだ ムク ドウテイ の セイネン が フシギ な センリツ を ムネ の ウチ に かんじて、 ハンカン を もよおす か、 ひきつけられ か しない では いられない よう な メ で オカ を みた。 オカ は ショウジョ の よう に カオ を あかめて、 ヨウコ の シセン を うけきれない で ヒトミ を たじろがしつつ メ を ふせて しまった。 ヨウコ は いつまでも その デリケート な ヨコガオ を みつめつづけた。 オカ は ツバ を のみこむ の も はばかる よう な ヨウス を して いた。
「オカ さん」
 そう ヨウコ に よばれて、 オカ は やむ を えず おずおず アタマ を あげた。 ヨウコ は コンド は なじる よう に その わかわかしい ジョウヒン な オカ を みつめて いた。
 そこ に アイコ が しろい セイヨウ フウトウ を もって かえって きた。 ヨウコ は オカ に それ を みせつける よう に とりあげて、 とる にも たらぬ かるい もの でも あつかう よう に とびとび に よんで みた。 それ には ただ アタリマエ な こと だけ が かいて あった。 シバラクメ で みた フタリ の おおきく なって かわった の には おどろいた とか、 せっかく よって つくって くれた ゴチソウ を すっかり ショウミ しない うち に かえった の は ザンネン だ が、 ジブン の ショウブン と して は あの うえ ガマン が できなかった の だ から ゆるして くれ とか、 ニンゲン は タニン の ミヨウ ミマネ で そだって いった の では ダメ だ から、 たとい どんな キョウグウ に いて も ジブン の ケンシキ を うしなって は いけない とか、 フタリ には クラチ と いう ニンゲン だけ は どうか して ちかづけさせたく ない と おもう とか、 そして サイゴ に、 アイコ さん は エイカ が なかなか ジョウズ だった が コノゴロ できる か、 できる なら それ を みせて ほしい、 グンタイ セイカツ の カンソウ ムミ なの には たえられない から と して あった。 そして アテナ は アイコ、 サダヨ の フタリ に なって いた。
「バカ じゃ ない の アイ さん、 アナタ この オテガミ で イイキ に なって、 ヘタクソ な ヌタ でも おみせ もうした ん でしょう…… イイキ な もの ね…… この ゴホン と イッショ にも オテガミ が きた はず ね」
 アイコ は すぐ また たとう と した。 しかし ヨウコ は そう は させなかった。
「1 ポン 1 ポン オテガミ を とり に いったり かえったり した ん じゃ ヒ が くれます わ。 ……ヒ が くれる と いえば もう くらく なった わ。 サア ちゃん は また ナニ を して いる だろう…… アナタ はやく よび に いって イッショ に オユウハン の シタク を して ちょうだい」
 アイコ は そこ に ある ショモツ を ヒトカカエ に ムネ に だいて、 うつむく と あいらしく フタエ に なる アゴ で おさえて ザ を たって いった。 それ が いかにも しおしお と、 こまかい キョドウ の ヒトツヒトツ で オカ に アイソ する よう に みれば みなされた。 「たがいに みかわす よう な こと を して みる が いい」 そう ヨウコ は ココロ の ウチ で フタリ を たしなめながら、 フタリ に キ を くばった。 オカ も アイコ も もうしあわした よう に ベッシ も しあわなかった。 けれども ヨウコ は フタリ が せめては メ だけ でも なぐさめあいたい ネガイ に ムネ を ふるわして いる の を はっきり と かんずる よう に おもった。 ヨウコ の ココロ は おぞましく も にがにがしい サイギ の ため に くるしんだ。 ワカサ と ワカサ と が たがいに きびしく もとめあって、 ヨウコ など を やすやす と ソデ に する まで に その ジョウエン は こうじて いる と おもう と たえられなかった。 ヨウコ は しいて ジブン を おししずめる ため に、 オビ の アイダ から タバコイレ を とりだして ゆっくり ケムリ を ふいた。 キセル の サキ が はしなく ヒバチ に かざした オカ の ユビサキ に ふれる と デンキ の よう な もの が ヨウコ に つたわる の を おぼえた。 ワカサ…… ワカサ……。
 そこ には フタリ の アイダ に しばらく ぎこちない チンモク が つづいた。 オカ が ナニ を いえば アイコ は ないた ん だろう。 アイコ は ナニ を ないて オカ に うったえて いた の だろう。 ヨウコ が かぞえきれぬ ほど ケイケン した イクタ の コイ の バメン の ナカ から、 ゲキジョウテキ な イロイロ の コウケイ が つぎつぎ に アタマ の ナカ に えがかれる の だった。 もう そうした ネンレイ が オカ にも アイコ にも きて いる の だ。 それ に フシギ は ない。 しかし あれほど ヨウコ に あこがれおぼれて、 いわば コイ イジョウ の コイ とも いう べき もの を スウハイテキ に ささげて いた オカ が、 あの ジュンチョク な ジョウヒン な そして きわめて ウチキ な オカ が、 みるみる ヨウコ の ハジ から はなれて、 ヒト も あろう に アイコ―― イモウト の アイコ の ほう に うつって ゆこう と して いる らしい の を みなければ ならない の は なんと いう こと だろう。 アイコ の ナミダ―― それ は さっする こと が できる。 アイコ は きっと なみだながら に ヨウコ と クラチ との アイダ に コノゴロ つのって ゆく ホンポウ な ホウラツ な シュウコウ を うったえた に ちがいない。 ヨウコ の アイコ と サダヨ と に たいする ヘンパ な アイゾウ と、 アイコ の ウエ に くわえられる ゴテン ジョチュウ-フウ な アッパク と を なげいた に ちがいない。 しかも それ を あの オンナ に トクユウ な タコン-らしい、 ひややか な、 さびしい ヒョウゲンホウ で、 そして いきづまる よう な ワカサ と ワカサ との キョウメイ の ウチ に……。
 ぼつぜん と して やく よう な シット が ヨウコ の ムネ の ウチ に かたく こごりついて きた。 ヨウコ は すりよって おどおど して いる オカ の テ を ちからづよく にぎりしめた。 ヨウコ の テ は コオリ の よう に つめたかった。 オカ の テ は ヒバチ に かざして あった せい か、 めずらしく ほてって オクビョウ-らしい アブラアセ が テノヒラ に しとど に しみでて いた。
「アナタ は ワタシ が おこわい の」
 ヨウコ は さりげなく オカ の カオ を のぞきこむ よう に して こう いった。
「そんな こと……」
 オカ は しょうことなし に ハラ を すえた よう に わりあい に しゃんと した コエ で こう いいながら、 ヨウコ の メ を ゆっくり みやって、 にぎられた テ には すこしも チカラ を こめよう とは しなかった。 ヨウコ は うらぎられた と おもう フマン の ため に もう それ イジョウ レイセイ を よそおって は いられなかった。 ムカシ の よう に どこまでも ジブン を うしなわない、 ネバリケ の つよい、 するどい シンケイ は もう ヨウコ には なかった。
「アナタ は アイコ を あいして いて くださる のね。 そう でしょう。 ワタシ が ここ に くる マエ アイコ は あんな に ないて ナニ を もうしあげて いた の?…… おっしゃって ください な。 アイコ が アナタ の よう な カタ に あいして いただける の は もったいない くらい です から、 ワタシ よろこぶ とも トガメダテ など は しません、 きっと。 だから おっしゃって ちょうだい。 ……いいえ、 そんな こと を おっしゃって そりゃ ダメ、 ワタシ の メ は まだ これ でも くろう ござんす から。 ……アナタ そんな みずくさい オシムケ を ワタシ に なさろう と いう の? まさか とは おもいます が アナタ ワタシ に おっしゃった こと を わすれなさっちゃ こまります よ。 ワタシ は これ でも シンケン な こと には シンケン に なる くらい の セイジツ は ある つもり です こと よ。 ワタシ アナタ の オコトバ は わすれて は おりません わ。 アネ だ と イマ でも おもって いて くださる なら ホントウ の こと を おっしゃって ください。 アイコ に たいして は ワタシ は ワタシ だけ の こと を して ゴラン に いれます から…… さ」
 そう かんばしった コエ で いいながら ヨウコ は ときどき にぎって いる オカ の テ を ヒステリック に はげしく ふりうごかした。 ないて は ならぬ と おもえば おもう ほど ヨウコ の メ から は ナミダ が ながれた。 さながら コイビト に フジツ を せめる よう な ネツイ が おもうざま わきたって きた。 シマイ には オカ にも その ココロモチ が うつって いった よう だった。 そして ミギテ を にぎった ヨウコ の テ の ウエ に ヒダリ の テ を そえながら、 ジョウゲ から はさむ よう に おさえて、 オカ は フルエゴエ で しずか に いいだした。
「ゴゾンジ じゃ ありません か、 ワタシ、 コイ の できる よう な ニンゲン では ない の を。 トシ こそ わこう ございます けれども ココロ は ミョウ に いじけて おいて しまって いる ん です。 どうしても コイ の とげられない よう な オンナ の カタ に で なければ ワタシ の コイ は うごきません。 ワタシ を こいして くれる ヒト が ある と したら、 ワタシ、 ココロ が ソクザ に ひえて しまう の です。 イチド ジブン の テ に いれたら、 どれほど とうとい もの でも ダイジ な もの でも、 もう ワタシ には とうとく も ダイジ でも なくなって しまう ん です。 だから ワタシ、 さびしい ん です。 なんにも もって いない、 なんにも むなしい…… そのくせ そう しりぬきながら ワタシ、 ナニ か どこ か に ある よう に おもって つかむ こと の できない もの に あこがれます。 この ココロ さえ なくなれば さびしくって も それ で いい の だ がな と おもう ほど くるしく も あります。 ナン に でも ジブン の リソウ を すぐ あてはめて ねっする よう な、 そんな わかい ココロ が ほしく も あります けれども、 そんな もの は ワタシ には き は しません…… ハル に でも なって くる と よけい ヨノナカ は むなしく みえて たまりません。 それ を さっき ふと アイコ さん に もうしあげた ん です。 そう したら アイコ さん が おなき に なった ん です。 ワタシ、 アト で すぐ わるい と おもいました、 ヒト に いう よう な こと じゃ なかった の を……」
 こういう こと を いう とき の オカ は いう コトバ にも にず レイコク とも おもわれる ほど ただ さびしい カオ に なった。 ヨウコ には オカ の コトバ が わかる よう でも あり、 ミョウ に からんで も きこえた。 そして ちょっと すかされた よう に キセイ を そがれた が、 どんどん わきあがる よう に ナイブ から おそいたてる チカラ は すぐ ヨウコ を リフジン に した。
「アイコ が そんな オコトバ で なきました って? フシギ です わねえ。 ……それなら それ で よう ござんす。…… (ここ で ヨウコ は ジブン にも こらえきれず に さめざめ と なきだした) オカ さん ワタシ も さびしい…… さびしくって、 さびしくって……」
「おさっし もうします」
 オカ は あんがい しんみり した コトバ で そう いった。
「おわかり に なって?」
と ヨウコ は なきながら とりすがる よう に した。
「わかります。 ……アナタ は ダラク した テンシ の よう な カタ です。 ごめん ください。 フネ の ナカ で はじめて オメ に かかって から ワタシ、 ちっとも ココロモチ が かわって は いない ん です。 アナタ が いらっしゃる んで ワタシ、 ようやく サビシサ から のがれます」
「ウソ!…… アナタ は もう ワタシ に アイソ を オツカシ なの よ。 ワタシ の よう に ダラク した モノ は……」
 ヨウコ は オカ の テ を はなして、 とうとう ハンケチ を カオ に あてた。
「そういう イミ で いった わけ じゃ ない ん です けれども……」
 やや しばらく チンモク した ノチ に、 トウワク しきった よう に さびしく オカ は ひとりごちて また だまって しまった。 オカ は どんな に さびしそう な とき でも なかなか なかなかった。 それ が カレ を いっそう さびしく みせた。
 3 ガツ スエ の ユウガタ の ソラ は なごやか だった。 ニワサキ の ヒトエザクラ の コズエ には ミナミ に むいた ほう に しろい カベン が どこ から か とんで きて くっついた よう に ちらほら みえだして いた。 その サキ には あかく しもがれた スギモリ が ゆるやか に くれそめて、 ヒカリ を ふくんだ アオゾラ が しずか に ながれる よう に ただよって いた。 タイコウエン の ほう から エンテイ が まどお に ハサミ を ならす オト が きこえる ばかり だった。
 ワカサ から おいて ゆかれる…… そうした サビシミ が シット に かわって ひしひし と ヨウコ を おそって きた。 ヨウコ は ふと ハハ の オヤサ を おもった。 ヨウコ が キベ との コイ に フカイリ して いった とき、 それ を みまもって いた とき の オヤサ を おもった。 オヤサ の その ココロ を おもった。 ジブン の バン が きた…… その ココロモチ は たまらない もの だった。 と、 とつぜん サダコ の スガタ が ナニ より も なつかしい もの と なって ムネ に せまって きた。 ヨウコ は ジブン にも その トツゼン の レンソウ の ケイロ は わからなかった。 トツゼン も あまり に トツゼン―― しかし ヨウコ に せまる その ココロモチ は、 さらに ヨウコ を タタミ に つっぷして なかせる ほど つよい もの だった。
 ゲンカン から ヒト の はいって くる ケハイ が した。 ヨウコ は すぐ それ が クラチ で ある こと を かんじた。 ヨウコ は クラチ と おもった だけ で、 フシギ な ゾウオ を かんじながら その ドウセイ に ミミ を すました。 クラチ は ダイドコロ の ほう に いって アイコ を よんだ よう だった。 フタリ の アシオト が ゲンカン の トナリ の 6 ジョウ の ほう に いった。 そして しばらく しずか だった。 と おもう と、
「いや」
と ちいさく のける よう に いう アイコ の コエ が たしか に きこえた。 だきすくめられて、 もがきながら はなたれた コエ らしかった が、 その コエ の ナカ には ゾウオ の カゲ は あきらか に うすかった。
 ヨウコ は カミナリ に うたれた よう に とつぜん なきやんで アタマ を あげた。
 すぐ クラチ が ハシゴダン を のぼって くる オト が きこえた。
「ワタシ ダイドコロ に まいります から ね」
 なにも しらなかった らしい オカ に、 ヨウコ は わずか に それ だけ を いって、 とつぜん ザ を たって ウラバシゴ に いそいだ。 と、 カケチガイ に クラチ は ザシキ に はいって きた。 つよい サケ の カ が すぐ ヘヤ の クウキ を よごした。
「やあ ハル に なりおった。 サクラ が さいた ぜ。 おい ヨウコ」
 いかにも きさく-らしく しおがれた コエ で こう さけんだ クラチ に たいして、 ヨウコ は ヘンジ も できない ほど コウフン して いた。 ヨウコ は テ に もった ハンケチ を クチ に おしこむ よう に くわえて、 ふるえる テ で カベ を こまかく たたく よう に しながら ハシゴダン を おりた。
 ヨウコ は アタマ の ナカ に テンチ の くずれおちる よう な オト を ききながら、 そのまま エン に でて ニワゲタ を はこう と あせった けれども どうしても はけない ので、 ハダシ の まま ニワ に でた。 そして ツギ の シュンカン に ジブン を みいだした とき には いつ ト を あけた とも しらず モノオキゴヤ の ナカ に はいって いた。

 36

 ソコ の ない ユウウツ が ともすると はげしく ヨウコ を おそう よう に なった。 イワレ の ない ゲキド が つまらない こと にも ふと アタマ を もたげて、 ヨウコ は それ を おししずめる こと が できなく なった。 ハル が きて、 キ の メ から タタミ の トコ に いたる まで スベテ の もの が ふくらんで きた。 アイコ も サダヨ も みちがえる よう に うつくしく なった。 その ニクタイ は サイボウ の ヒトツヒトツ まで すばやく ハル を かぎつけ、 キュウシュウ し、 ホウマン する よう に みえた。 アイコ は その アッパク に たえない で ハル の きた の を うらむ よう な ケダルサ と サビシサ と を みせた。 サダヨ は セイメイ ソノモノ だった。 アキ から フユ に かけて にょきにょき と のびあがった ほそぼそ した カラダ には、 ハル の セイ の よう な ホウレイ な シボウ が しめやか に しみわたって ゆく の が メ に みえた。 ヨウコ だけ は ハル が きて も やせた。 くる に つけて やせた。 ゴムマリ の コセン の よう な カタ は ほねばった リンカク を、 ウスギ に なった キモノ の シタ から のぞかせて、 ジュンタク な カミノケ の オモミ に たえない よう に クビスジ も ほそぼそ と なった。 やせて ユウウツ に なった こと から しょうじた ベッシュ の ビ―― そう おもって ヨウコ が タヨリ に して いた ビ も それ は だんだん さえまさって ゆく シュルイ の ビ では ない こと を きづかねば ならなく なった。 その ビ は その ユクテ には ナツ が なかった。 さむい フユ のみ が まちかまえて いた。
 カンラク も もう カンラク ジシン の カンラク は もたなく なった。 カンラク の ノチ には かならず ビョウリテキ な クツウ が ともなう よう に なった。 ある とき には それ を おもう こと すら が シツボウ だった。 それでも ヨウコ は スベテ の フシゼン な ホウホウ に よって、 イマ は ふりかえって みる カコ に ばかり ながめられる カンラク の ゼッチョウ を ゲンエイ と して でも ゲンザイ に えがこう と した。 そして クラチ を ジブン の チカラ の シハイ の モト に つなごう と した。 ケンコウ が おとろえて ゆけば ゆく ほど この ショウソウ の ため に ヨウコ の ココロ は やすまなかった。 ゼンセイキ を すぎた ギゲイ の オンナ に のみ みられる よう な、 いたましく ハイタイ した、 フキン の リンコウ を おもわせる セイサン な コワクリョク を わずか な チカラ と して ヨウコ は どこまでも クラチ を トリコ に しよう と あせり に あせった。
 しかし それ は ヨウコ の いたましい ジカク だった。 ビ と ケンコウ との スベテ を そなえて いた ヨウコ には イマ の ジブン が そう ジカク された の だ けれども、 はじめて ヨウコ を みる ダイサンシャ は、 ものすごい ほど さえきって みえる オンナザカリ の ヨウコ の ワクリョク に、 ニホン には みられない よう な コケット の テンケイ を みいだしたろう。 おまけに ヨウコ は ニクタイ の フソク を キョクタン に ヒトメ を ひく イフク で おぎなう よう に なって いた。 その トウジ は ニチロ の カンケイ も ニチベイ の カンケイ も アラシ の マエ の よう な くらい チョウコウ を あらわしだして、 コクジン ゼンタイ は イッシュ の アッパク を かんじだして いた。 ガシン ショウタン と いう よう な アイコトバ が しきり と ゲンロンカイ には とかれて いた。 しかし それ と ドウジ に ニッシン センソウ を ソウトウ に とおい カコ と して ながめうる まで に、 その センエキ の おもい フタン から キ の ゆるんだ ヒトビト は、 ようやく チョウセイ されはじめた ケイザイ ジョウタイ の モト で、 セイカツ の ビソウ と いう こと に かたむいて いた。 シゼン シュギ は シソウ セイカツ の コンテイ と なり、 トウジ ビョウテンサイ の ナ を ほしいまま に した タカヤマ チョギュウ ら の イチダン は ニーチェ の シソウ を ヒョウボウ して 「ビテキ セイカツ」 とか 「キヨモリ ロン」 と いう よう な ダイタン ホンポウ な ゲンセツ を もって シソウ の イシン を さけんで いた。 フウゾク モンダイ とか ジョシ の フクソウ モンダイ とか いう ギロン が シュキュウハ の ヒトビト の アイダ には かまびすしく もちだされて いる アイダ に、 その ハンタイ の ケイコウ は、 カラ を やぶった ケシ の タネ の よう に シホウ ハッポウ に とびちった。 こうして ナニ か イマ まで の ニホン には なかった よう な もの の シュツゲン を まちもうけ みまもって いた わかい ヒトビト の メ には、 ヨウコ の スガタ は ヒトツ の テンケイ の よう に うつった に ちがいない。 ジョユウ-らしい ジョユウ を もたず、 カフェー-らしい カフェー を もたない トウジ の ロジョウ に ヨウコ の スガタ は まぶしい もの の ヒトツ だ。 ヨウコ を みた ヒト は ダンジョ を とわず メ を そばだてた。
 ある アサ ヨウコ は ヨソオイ を こらして クラチ の ゲシュク に でかけた。 クラチ は ネゴミ を おそわれて メ を さました。 ザシキ の スミ には ヨ を ふかして たのしんだ らしい シュコウ の ノコリ が すえた よう に かためて おいて あった。 レイ の シナ カバン だけ は ちゃんと ジョウ が おりて トコノマ の スミ に かたづけられて いた。 ヨウコ は イツモ の とおり しらん フリ を しながら、 そこら に ちらばって いる テガミ の サシダシニン の ナマエ に するどい カンサツ を あたえる の だった。 クラチ は シュクスイ を フカイ-がって アタマ を たたきながら ネドコ から ハンシン を おこす と、
「なんで ケサ は また そんな に しゃれこんで はやく から やって きおった ん だ」
と ソッポ に むいて、 アクビ でも しながら の よう に いった。 これ が 1 カゲツ マエ だったら、 すくなくとも 3 カゲツ マエ だったら、 イチヤ の アンミン に、 あの たくましい セイリョク の ゼンブ を カイフク した クラチ は、 いきなり ネドコ の ナカ から とびだして きて、 そう は させまい と する ヨウコ を イヤオウ なし に トコ の ウエ に ねじふせて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は ワキメ にも こせこせ と うるさく みえる よう な スバシコサ で その ヘン に ちらばって いる もの を、 テガミ は テガミ、 カイチュウモノ は カイチュウモノ、 チャドウグ は チャドウグ と どんどん かたづけながら、 クラチ の ほう も みず に、
「キノウ の ヤクソク じゃ ありません か」
と ブアイソウ に つぶやいた。 クラチ は その コトバ で はじめて ナニ か いった の を かすか に おもいだした ふう で、
「なにしろ オレ は キョウ は いそがしい で ダメ だよ」
と いって、 ようやく ノビ を しながら たちあがった。 ヨウコ は もう ハラ に すえかねる ほど イカリ を はっして いた。
「おこって しまって は いけない。 これ が クラチ を レイタン に させる の だ」 ――そう ココロ の ウチ には おもいながら も、 ヨウコ の ココロ には どうしても その いう こと を きかぬ イタズラズキ な コアクマ が いる よう だった。 ソクザ に その バ を ヒトリ だけ で とびだして しまいたい ショウドウ と、 もっと たくみ な テクダ で どうしても クラチ を おびきださなければ いけない と いう レイセイ な シリョ と が はげしく たたかいあった。 ヨウコ は しばらく の ノチ に かろうじて その フタツ の ココロモチ を まぜあわせる こと が できた。
「それでは ダメ ね…… また に しましょう か。 でも くやしい わ、 この いい オテンキ に…… いけない、 アナタ の いそがしい は ウソ です わ。 いそがしい いそがしい って いっときながら オサケ ばかり のんで いらっしゃる ん だ もの。 ね、 いきましょう よ。 こら みて ちょうだい」
 そう いいながら ヨウコ は たちあがって、 リョウテ を サユウ に ひろく ひらいて、 タモト が のびた まま リョウウデ から すらり と たれる よう に して、 やや ケン を もった ワライ を わらいながら クラチ の ほう に ちかよって いった。 クラチ も さすが に、 いまさら その ウツクシサ に みとれる よう に ヨウコ を みやった。 テンサイ が もつ と しょうせられる あの アオイロ を さえ おびた ニュウハクショク の ヒフ、 それ が やや あさぐろく なって、 メ の フチ に ウレイ の クモ を かけた よう な ウスムラサキ の カサ、 かすんで みえる だけ に そっと はいた オシロイ、 きわだって あかく いろどられた クチビル、 くろい ホノオ を あげて もえる よう な ヒトミ、 ウシロ に さばいて たばねられた コクシツ の カミ、 おおきな スペイン-フウ の タイマイ の カザリグシ、 くっきり と しろく ほそい ノド を せめる よう に きりっと かさねあわされた フジイロ の エリ、 ムネ の ヘコミ に ちょっと のぞかせた、 もえる よう な ヒ の オビアゲ の ホカ は、 ぬれた か と ばかり カラダ に そぐって ソコビカリ の する シコンイロ の アワセ、 その シタ に つつましく ひそんで きえる ほど うすい ムラサキイロ の タビ (こういう イロタビ は ヨウコ が クフウ しだした あたらしい ココロミ の ヒトツ だった)、 そういう もの が タガイタガイ に とけあって、 のどやか な アサ の クウキ の ナカ に ぽっかり と、 ヨウコ と いう よにも まれ な ほど セイエン な ヒトツ の ソンザイ を うきださして いた。 その ソンザイ の ナカ から くろい ホノオ を あげて もえる よう な フタツ の ヒトミ が いきて うごいて クラチ を じっと みやって いた。
 クラチ が モノ を いう か、 ミ を うごかす か、 とにかく ツギ の ドウサ に うつろう と する その マエ に、 ヨウコ は キミ の わるい ほど なめらか な アシドリ で、 クラチ の メ の サキ に たって その ムネ の ところ に、 リョウテ を かけて いた。
「もう ワタシ に アイソ が つきたら つきた と はっきり いって ください、 ね。 アナタ は たしか に レイタン に オナリ ね。 ワタシ は ジブン が にくう ござんす、 ジブン に アイソ を つかして います。 さあ いって ください、 ……イマ ……この バ で、 はっきり…… でも しね と おっしゃい、 ころす と おっしゃい。 ワタシ は よろこんで…… ワタシ は どんな に うれしい か しれない のに。 ……よう ござんす わ、 なんでも ワタシ ホントウ が しりたい ん です から。 さ、 いって ください。 ワタシ どんな きつい コトバ でも カクゴ して います から。 ワルビレ なんか し は しません から…… アナタ は ホントウ に ひどい……」
 ヨウコ は そのまま クラチ の ムネ に カオ を あてた。 そして ハジメ の うち は しめやか に しめやか に ないて いた が、 キュウ に はげしい ヒステリー-フウ な ススリナキ に かわって、 きたない もの に でも ふれて いた よう に クラチ の ネツケ の つよい ムナモト から とびしざる と、 ネドコ の ウエ に がばと つっぷして はげしく コエ を たてて なきだした。
 この トッサ の はげしい イキョウ に、 チカゴロ そういう ドウサ には なれて いた クラチ だった けれども、 あわてて ヨウコ に ちかづいて その カタ に テ を かけた。 ヨウコ は おびえる よう に その テ から とびのいた。 そこ には ケモノ に みる よう な ヤセイ の まま の トリミダシカタ が うつくしい イショウ に まとわれて えんぜられた。 ヨウコ の ハ も ツメ も とがって みえた。 カラダ は はげしい ケイレン に おそわれた よう に いたましく ふるえおののいて いた。 フンヌ と キョウフ と ケンオ と が もつれあい いがみあって のたうちまわる よう だった。 ヨウコ は ジブン の ゴタイ が アオゾラ とおく かきさらわれて ゆく の を ケンメイ に くいとめる ため に フトン でも タタミ でも ツメ の たち ハ の たつ もの に しがみついた。 クラチ は ナニ より も その はげしい ナキゴエ が トナリキンジョ の ミミ に はいる の を はじる よう に セ に テ を やって なだめよう と して みた けれども、 その たび ごと に ヨウコ は さらに なきつのって のがれよう と ばかり あせった。
「ナニ を オモイチガイ を しとる、 これ」
 クラチ は ノドブエ を あけっぱなした ひくい コエ で ヨウコ の ミミモト に こう いって みた が、 ヨウコ は リフジン にも はげしく アタマ を ふる ばかり だった。 クラチ は ケッシン した よう に チカラマカセ に あらがう ヨウコ を だきすくめて、 その クチ に テ を あてた。
「ええ、 ころす なら ころして ください…… ください とも」
と いう キョウキ-じみた コエ を しっ と せいしながら、 その ミミモト に ささやこう と する と、 ヨウコ は われながら ムチュウ で あてがった クラチ の テ を ホネ も くだけよ と かんだ。
「いたい…… ナニ しやがる」
 クラチ は いきなり イッポウ の テ で ヨウコ の ホソクビ を とって ジブン の ヒザ の ウエ に のせて しめつけた。 ヨウコ は コキュウ が だんだん くるしく なって ゆく の を この キョウラン の ウチ にも イシキ して こころよく おもった。 クラチ の テ で しんで ゆく の だな と おもう と それ が なんとも いえず うつくしく こころやすかった。 ヨウコ の ゴタイ から は ひとりでに チカラ が ぬけて いって、 フルエ を たてて かみあって いた ハ が ゆるんだ。 その シュンカン を すかさず クラチ は かまれて いた テ を ふりほどく と、 いきなり ヨウコ の ホオゲタ を ひしひし と 5~6 ド ツヅケサマ に ヒラテ で うった。 ヨウコ は それ が また こころよかった。 その びりびり と シンケイ の マッショウ に こたえて くる カンカク の ため に カラダジュウ に イッシュ の トウスイ を かんずる よう に さえ おもった。 「もっと おぶちなさい」 と いって やりたかった けれども コエ は でなかった。 そのくせ ヨウコ の テ は ホンノウテキ に ジブン の ホオ を かばう よう に クラチ の テ の くだる の を ささえよう と して いた。 クラチ は リョウヒジ まで つかって、 ばたばた と スソ を けみだして あばれる リョウアシ の ホカ には ヨウコ を ミウゴキ も できない よう に して しまった。 サケ で シンゾウ の コウフン しやすく なった クラチ の コキュウ は アラレ の よう に せわしく ヨウコ の カオ に かかった。
「バカ が…… しずか に モノ を いえば わかる こと だに…… オレ が オマエ を みすてる か みすてない か…… しずか に かんがえて も みろ、 バカ が…… ハジサラシ な マネ を しやがって…… カオ を あらって でなおして こい」
 そう いって クラチ は すてる よう に ヨウコ を ネドコ の ウエ に どんと ほうりなげた。
 ヨウコ の チカラ は つかいつくされて なきつづける キリョク さえ ない よう だった。 そして そのまま こんこん と して ねむる よう に あおむいた まま メ を とじて いた。 クラチ は カタ で はげしく イキ を つきながら いたましく とりみだした ヨウコ の スガタ を まんじり と ながめて いた。
 1 ジカン ほど の ノチ には ヨウコ は しかし たったいま ひきおこされた ランミャク サワギ を けろり と わすれた もの の よう に カイカツ で ムジャキ に なって いた。 そして フタリ は たのしげ に ゲシュク から シンバシ エキ に クルマ を はしらした。 ヨウコ が うすぐらい フジン マチアイシツ の イロ の はげた モロッコ-ガワ の ディバン に こしかけて、 クラチ が キップ を かって くる の を まってる アイダ、 そこ に いあわせた キフジン と いう よう な 4~5 ニン の ヒトタチ は、 すぐ イマ まで の ハナシ を すてて しまって、 こそこそ と ヨウコ に ついて ささやきかわす らしかった。 コウマン と いう の でも なく ケンソン と いう の でも なく、 きわめて シゼン に おちついて マッスグ に こしかけた まま、 エ の ながい シロ の コハク の パラゾル の ニギリ に テ を のせて いながら、 ヨウコ には その キフジン たち の ナカ の ヒトリ が どうも ミシリゴシ の ヒト らしく かんぜられた。 あるいは ジョガッコウ に いた とき に ヨウコ を スウハイ して その フウゾク を すら まねた レンチュウ の ヒトリ で ある か とも おもわれた。 ヨウコ が どんな こと を ウワサ されて いる か は、 その フジン に ミミウチ されて、 みる よう に みない よう に ヨウコ を ぬすみみる タ の フジン たち の メイロ で ソウゾウ された。
「オマエタチ は あきれかえりながら ココロ の ウチ の どこ か で ワタシ を うらやんで いる の だろう。 オマエタチ の、 その モノオジ しながら も カネメ を かけた ハデヅクリ な イショウ や ケショウ は、 シャカイジョウ の イチ に はじない だけ の ツクリ なの か、 オット の メ に こころよく みえよう ため なの か。 それ ばかり なの か。 オマエタチ を みる ロボウ の オトコ たち の メ は カンジョウ に いれて いない の か。 ……オクビョウ ヒキョウ な ギゼンシャ ども め!」
 ヨウコ は そんな ニンゲン から は 1 ダン も 2 ダン も たかい ところ に いる よう な キグライ を かんじた。 ジブン の イデタチ が その ヒトタチ の どれ より も たちまさって いる ジシン を ジュウニブン に もって いた。 ヨウコ は ジョオウ の よう に ホコリ の ヒツヨウ も ない と いう ミズカラ の オウヨウ を みせて すわって いた。
 そこ に ヒトリ の フジン が はいって きた。 タガワ フジン―― ヨウコ は その カゲ を みる か みない か に みてとった。 しかし カオイロ ヒトツ うごかさなかった (クラチ イガイ の ヒト に たいして は ヨウコ は その とき でも かなり すぐれた ジセイリョク の モチヌシ だった)。 タガワ フジン は もとより そこ に ヨウコ が いよう など とは おもい も かけない ので、 ヨウコ の ほう に ちょっと メ を やりながら も いっこう に きづかず に、
「おまたせ いたしまして すみません」
と いいながら キフジン ら の ほう に ちかよって いった。 タガイ の アイサツ が すむ か すまない うち に、 イチドウ は タガワ フジン に よりそって ひそひそ と ささやいた。 ヨウコ は しずか に キカイ を まって いた。 ぎょっと した ふう で、 ヨウコ に ウシロ を むけて いた タガワ フジン は、 カタゴシ に ヨウコ の ほう を ふりかえった。 まちもうけて いた ヨウコ は イマ まで ショウメン に むけて いた カオ を しとやか に むけかえて タガワ フジン と メ を みあわした。 ヨウコ の メ は にくむ よう に わらって いた。 タガワ フジン の メ は わらう よう に にくんで いた。 「ナマイキ な」 ……ヨウコ は タガワ フジン が メ を そらさない うち に、 すっくと たって タガワ フジン の ほう に よって いった。 この フイウチ に ド を うしなった フジン は (あきらか に ヨウコ が マッカ に なって カオ を ふせる と ばかり おもって いた らしく、 いあわせた フジン たち も その サマ を みて、 ヨウボウ でも フクソウ でも ジブン ら を けおとそう と する ヨウコ に たいして リュウイン を おろそう と して いる らしかった) すこし イロ を うしなって、 ソッポ を むこう と した けれども もう おそかった。 ヨウコ は フジン の マエ に かるく アタマ を さげて いた。 フジン も やむ を えず アイサツ の マネ を して、 タカビシャ に でる つもり らしく、
「アナタ は ドナタ?」
 いかにも オウヘイ に さきがけて クチ を きった。
「サツキ ヨウ で ございます」
 ヨウコ は タイトウ の タイド で わるびれ も せず こう うけた。
「エノシママル では いろいろ オセワサマ に なって ありがとう そんじました。 あのう…… ホウセイ シンポウ も ハイケン させて いただきました。 (フジン の カオイロ が ヨウコ の コトバ ヒトツ ごと に かわる の を ヨウコ は めずらしい もの でも みる よう に まじまじ と ながめながら) たいそう おもしろう ございました こと。 よく あんな に くわしく ゴツウシン に なりまして ねえ、 おいそがしく いらっしゃいましたろう に。 ……クラチ さん も おりよく ここ に きあわせて いらっしゃいます から…… イマ ちょっと キップ を かい に…… おつれ もうしましょう か」
 タガワ フジン は みるみる マッサオ に なって しまって いた。 おりかえして いう べき コトバ に きゅうして しまって、 つたなく も、
「ワタシ は こんな ところ で アナタ と おはなし する の は ぞんじがけません。 ゴヨウ でしたら タク へ オイデ を ねがいましょう」
と いいつつ いまにも クラチ が そこ に あらわれて くる か と ひたすら それ を おそれる ふう だった。 ヨウコ は わざと フジン の コトバ を とりちがえた よう に、
「いいえ どう いたしまして ワタシ こそ…… ちょっと おまち ください すぐ クラチ さん を および もうして まいります から」
 そう いって どんどん マチアイジョ を でて しまった。 アト に のこった タガワ フジン が その キフジン たち の マエ で どんな カオ を して トウワク した か、 それ を ヨウコ は メ に みる よう に ソウゾウ しながら イタズラモノ-らしく ほくそえんだ。 ちょうど そこ に クラチ が キップ を かって きかかって いた。
 イットウ の キャクシツ には タ に 2~3 ニン の キャク が いる ばかり だった。 タガワ フジン イカ の ヒトタチ は ダレ か の ミオクリ か デムカエ に でも きた の だ と みえて、 キシャ が でる まで カゲ も みせなかった。 ヨウコ は さっそく クラチ に コト の シジュウ を はなして きかせた。 そして フタリ は おもいぞんぶん ムネ を すかして わらった。
「タガワ の オクサン かわいそう に まだ あすこ で いまにも アナタ が くる か と もじもじ して いる でしょう よ、 ホカ の ヒトタチ の テマエ ああ いわれて こそこそ と にげだす わけ にも いかない し」
「オレ が ひとつ カオ を だして みせれば また おもしろかった に な」
「キョウ は ミョウ な ヒト に あって しまった から また きっと ダレ か に あいます よ。 キミョウ ねえ、 オキャクサマ が きた と なる と フシギ に たてつづく し……」
「フシアワセ なんぞ も きだす と タバ に なって きくさる て」
 クラチ は ナニ か こころありげ に こう いって しぶい カオ を しながら この ワライバナシ を むすんだ。
 ヨウコ は ケサ の ホッサ の ハンドウ の よう に、 タガワ フジン の こと が あって から ただ なんとなく ココロ が うきうき して シヨウ が なかった。 もし そこ に キャク が いなかったら、 ヨウコ は コドモ の よう に タンジュン な アイキョウモノ に なって、 クラチ に しぶい カオ ばかり は させて おかなかったろう。 「どうして ヨノナカ には どこ に でも ヒト の ジャマ に きました と いわん ばかり に こう たくさん ヒト が いる ん だろう」 と おもったり した。 それ すら が ヨウコ には ワライ の タネ と なった。 ジブン たち の ムコウザ に しかつめらしい カオ を して ロウネン の フウフモノ が すわって いる の を、 ヨウコ は しばらく まじまじ と みやって いた が、 その ヒトタチ の しかつめらしい の が むしょうに グロテスク な フシギ な もの に みえだして、 とうとう ガマン が しきれず に、 ハンケチ を クチ に あてて きゅっきゅっ と ふきだして しまった。
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