カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

タカセブネ

2012-04-20 | モリ オウガイ
 タカセブネ

 モリ オウガイ

 タカセブネ は キョウト の タカセガワ を ジョウゲ する コブネ で ある。 トクガワ ジダイ に キョウト の ザイニン が エントウ を もうしわたされる と、 ホンニン の シンルイ が ロウヤシキ へ よびだされて、 そこ で イトマゴイ を する こと を ゆるされた。 それから ザイニン は タカセブネ に のせられて、 オオサカ へ まわされる こと で あった。 それ を ゴソウ する の は、 キョウト マチブギョウ の ハイカ に いる ドウシン で、 この ドウシン は ザイニン の シンルイ の ウチ で、 おもだった 1 ニン を オオサカ まで ドウセン させる こと を ゆるす カンレイ で あった。 これ は カミ へ とおった こと では ない が、 いわゆる オオメ に みる の で あった。 モッキョ で あった。
 トウジ エントウ を もうしわたされた ザイニン は、 もちろん おもい トガ を おかした もの と みとめられた ヒト では ある が、 けっして ヌスミ を する ため に、 ヒト を ころし ヒ を はなった と いう よう な、 ドウアク な ジンブツ が タスウ を しめて いた わけ では ない。 タカセブネ に のる ザイニン の カハン は、 いわゆる ココロエチガイ の ため に、 おもわぬ トガ を おかした ヒト で あった。 ありふれた レイ を あげて みれば、 トウジ アイタイジニ と いった ジョウシ を はかって、 アイテ の オンナ を ころして、 ジブン だけ いきのこった オトコ と いう よう な タグイ で ある。
 そういう ザイニン を のせて、 イリアイ の カネ の なる コロ に こぎだされた タカセブネ は、 くろずんだ キョウト の マチ の イエイエ を リョウガン に みつつ、 ヒガシ へ はしって、 カモガワ を よこぎって くだる の で あった。 この フネ の ナカ で、 ザイニン と その シンルイ の モノ とは よどおし ミノウエ を かたりあう。 いつも いつも くやんで も かえらぬ クリゴト で ある。 ゴソウ の ヤク を する ドウシン は、 ソバ で それ を きいて、 ザイニン を だした シンセキ ケンゾク の ヒサン な キョウグウ を こまか に しる こと が できた。 しょせん マチブギョウショ の シラス で、 オモテムキ の コウキョウ を きいたり、 ヤクショ の ツクエ の ウエ で、 クチガキ を よんだり する ヤクニン の ゆめにも うかがう こと の できぬ キョウグウ で ある。
 ドウシン を つとめる ヒト にも、 イロイロ の セイシツ が ある から、 この とき ただ うるさい と おもって、 ミミ を おおいたく おもう レイタン な ドウシン が ある か と おもえば、 また しみじみ と ヒト の アワレ を ミ に ひきうけて、 ヤクガラ ゆえ ケシキ には みせぬ ながら、 ムゴン の ウチ に ひそか に ムネ を いためる ドウシン も あった。 バアイ に よって ヒジョウ に ヒサン な キョウグウ に おちいった ザイニン と その シンルイ と を、 とくに こころよわい、 なみだもろい ドウシン が サイリョウ して ゆく こと に なる と、 その ドウシン は フカク の ナミダ を きんじえぬ の で あった。
 そこで タカセブネ の ゴソウ は、 マチブギョウショ の ドウシン ナカマ で、 フカイ な ショクム と して きらわれて いた。

 いつ の コロ で あった か。 たぶん エド で シラカワ ラクオウ-コウ が セイヘイ を とって いた カンセイ の コロ で でも あった だろう。 チオンイン の サクラ が イリアイ の カネ に ちる ハル の ユウベ に、 これまで ルイ の ない、 めずらしい ザイニン が タカセブネ に のせられた。
 それ は ナ を キスケ と いって、 30 サイ ばかり に なる、 ジュウショ フジョウ の オトコ で ある。 もとより ロウヤシキ に よびだされる よう な シンルイ は ない ので、 フネ にも ただ ヒトリ で のった。
 ゴソウ を めいぜられて、 イッショ に フネ に のりこんだ ドウシン ハネダ ショウベエ は、 ただ キスケ が オトウト-ゴロシ の ザイニン だ と いう こと だけ を きいて いた。 さて ロウヤシキ から サンバシ まで つれて くる アイダ、 この ヤセジシ の、 イロ の あおじろい キスケ の ヨウス を みる に、 いかにも シンビョウ に、 いかにも おとなしく、 ジブン をば コウギ の ヤクニン と して うやまって、 ナニゴト に つけて も さからわぬ よう に して いる。 しかも それ が、 ザイニン の アイダ に おうおう みうける よう な、 オンジュン を よそおって ケンセイ に こびる タイド では ない。
 ショウベエ は フシギ に おもった。 そして フネ に のって から も、 たんに ヤクメ の オモテ で みはって いる ばかり で なく、 たえず キスケ の キョドウ に、 こまかい チュウイ を して いた。
 その ヒ は クレガタ から カゼ が やんで、 ソラ イチメン を おおった うすい クモ が、 ツキ の リンカク を かすませ、 ようよう ちかよって くる ナツ の アタタカサ が、 リョウガン の ツチ から も、 カワドコ の ツチ から も、 モヤ に なって たちのぼる か と おもわれる ヨ で あった。 シモギョウ の マチ を はなれて、 カモガワ を よこぎった コロ から は、 アタリ が ひっそり と して、 ただ ヘサキ に さかれる ミズ の ササヤキ を きく のみ で ある。
 ヨフネ で ねる こと は、 ザイニン にも ゆるされて いる のに、 キスケ は ヨコ に なろう とも せず、 クモ の ノウタン に したがって、 ヒカリ の ましたり げんじたり する ツキ を あおいで、 だまって いる。 その ヒタイ は はれやか で、 メ には かすか な カガヤキ が ある。
 ショウベエ は マトモ には みて いぬ が、 しじゅう キスケ の カオ から メ を はなさず に いる。 そして フシギ だ、 フシギ だ と、 ココロ の ウチ で くりかえして いる。 それ は キスケ の カオ が タテ から みて も、 ヨコ から みて も、 いかにも たのしそう で、 もし ヤクニン に たいする キガネ が なかった なら、 クチブエ を ふきはじめる とか、 ハナウタ を うたいだす とか しそう に おもわれた から で ある。
 ショウベエ は ココロ の ウチ に おもった。 これまで この タカセブネ の サイリョウ を した こと は イクタビ だ か しれない。 しかし のせて ゆく ザイニン は、 いつも ほとんど おなじ よう に、 メ も あてられぬ キノドク な ヨウス を して いた。 それに この オトコ は どうした の だろう。 ユサンブネ に でも のった よう な カオ を して いる。 ツミ は オトウト を ころした の だ そう だ が、 よしや その オトウト が わるい ヤツ で、 それ を どんな ユキガカリ に なって ころした に せよ、 ヒト の ジョウ と して いい ココロモチ は せぬ はず で ある。 この イロ の あおい ヤセオトコ が、 その ヒト の ジョウ と いう もの が まったく かけて いる ほど の、 よにも まれ な アクニン で あろう か。 どうも そう は おもわれない。 ひょっと キ でも くるって いる の では あるまい か。 いやいや。 それにしては なにひとつ ツジツマ の あわぬ コトバ や キョドウ が ない。 この オトコ は どうした の だろう。 ショウベエ が ため には キスケ の タイド が かんがえれば かんがえる ほど わからなく なる の で ある。

 しばらく して、 ショウベエ は こらえきれなく なって よびかけた。 「キスケ。 オマエ ナニ を おもって いる の か」
「はい」 と いって アタリ を みまわした キスケ は、 ナニゴト を か オヤクニン に みとがめられた の では ない か と きづかう らしく、 イズマイ を なおして ショウベエ の ケシキ を うかがった。
 ショウベエ は ジブン が とつぜん トイ を はっした ドウキ を あかして、 ヤクメ を はなれた オウタイ を もとめる イイワケ を しなくて は ならぬ よう に かんじた。 そこで こう いった。 「いや。 べつに ワケ が あって きいた の では ない。 じつは な、 オレ は サッキ から オマエ の シマ へ ゆく ココロモチ が きいて みたかった の だ。 オレ は これまで この フネ で オオゼイ の ヒト を シマ へ おくった。 それ は ずいぶん イロイロ な ミノウエ の ヒト だった が、 どれ も どれ も シマ へ ゆく の を かなしがって、 ミオクリ に きて、 イッショ に フネ に のる シンルイ の モノ と、 よどおし なく に きまって いた。 それに オマエ の ヨウス を みれば、 どうも シマ へ ゆく の を ク に して は いない よう だ。 いったい オマエ は どう おもって いる の だい」
 キスケ は にっこり わらった。 「ゴシンセツ に おっしゃって くだすって、 ありがとう ございます。 なるほど シマ へ ゆく と いう こと は、 ホカ の ヒト には かなしい こと で ございましょう。 その ココロモチ は ワタクシ にも おもいやって みる こと が できます。 しかし それ は セケン で ラク を して いた ヒト だ から で ございます。 キョウト は ケッコウ な トチ では ございます が、 その ケッコウ な トチ で、 これまで ワタクシ の いたして まいった よう な クルシミ は、 どこ へ まいって も なかろう と ぞんじます。 オカミ の オジヒ で、 イノチ を たすけて シマ へ やって くださいます。 シマ は よしや つらい ところ でも、 オニ の すむ ところ では ございますまい。 ワタクシ は これまで、 どこ と いって ジブン の いて いい ところ と いう もの が ございません でした。 コンド オカミ で シマ に いろ と おっしゃって くださいます。 その いろ と おっしゃる ところ に おちついて いる こと が できます の が、 まず ナニ より も ありがたい こと で ございます。 それに ワタクシ は こんな に かよわい カラダ では ございます が、 ついぞ ビョウキ を いたした こと は ございません から、 シマ へ いって から、 どんな つらい シゴト を したって、 カラダ を いためる よう な こと は あるまい と ぞんじます。 それから コンド シマ へ おやり くださる に つきまして、 200 モン の チョウモク を いただきました。 それ を ここ に もって おります」 こう いいかけて、 キスケ は ムネ に テ を あてた。 エントウ を おおせつけられる モノ には、 チョウモク 200 ドウ を つかわす と いう の は、 トウジ の オキテ で あった。
 キスケ は コトバ を ついだ。 「おはずかしい こと を もうしあげなくて は なりませぬ が、 ワタクシ は コンニチ まで 200 モン と いう オアシ を、 こうして フトコロ に いれて もって いた こと は ございませぬ。 どこ か で シゴト に とりつきたい と おもって、 シゴト を たずねて あるきまして、 それ が みつかり-シダイ、 ホネ を おしまず に はたらきました。 そして もらった ゼニ は、 いつも ミギ から ヒダリ へ ヒトデ に わたさなくて は なりませなんだ。 それ も ゲンキン で モノ が かって たべられる とき は、 ワタクシ の クメン の いい とき で、 タイテイ は かりた もの を かえして、 また アト を かりた の で ございます。 それ が オロウ に はいって から は、 シゴト を せず に たべさせて いただきます。 ワタクシ は それ ばかり でも、 オカミ に たいして すまない こと を いたして いる よう で なりませぬ。 それに オロウ を でる とき に、 この 200 モン を いただきました の で ございます。 こうして あいかわらず オカミ の もの を たべて いて みますれば、 この 200 モン は ワタクシ が つかわず に もって いる こと が できます。 オアシ を ジブン の もの に して もって いる と いう こと は、 ワタクシ に とって は、 これ が ハジメ で ございます。 シマ へ いって みます まで は、 どんな シゴト が できる か わかりません が、 ワタクシ は この 200 モン を シマ で する シゴト の モトデ に しよう と たのしんで おります」 こう いって、 キスケ は クチ を つぐんだ。
 ショウベエ は 「うん、 そう かい」 とは いった が、 きく こと ごと に あまり イヒョウ に でた ので、 これ も しばらく なにも いう こと が できず に、 かんがえこんで だまって いた。
 ショウベエ は かれこれ ショロウ に テ の とどく トシ に なって いて、 もう ニョウボウ に コドモ を 4 ニン うませて いる。 それに ロウボ が いきて いる ので、 イエ は 7 ニン-グラシ で ある。 ヘイゼイ ヒト には リンショク と いわれる ほど の、 ケンヤク な セイカツ を して いて、 イルイ は ジブン が ヤクメ の ため に きる もの の ホカ、 ネマキ しか こしらえぬ くらい に して いる。 しかし フコウ な こと には、 ツマ を いい シンダイ の ショウニン の イエ から むかえた。 そこで ニョウボウ は オット の もらう フチマイ で クラシ を たてて ゆこう と する ゼンイ は ある が、 ゆたか な イエ に かわいがられて そだった クセ が ある ので、 オット が マンゾク する ほど テモト を ひきしめて くらして ゆく こと が できない。 ややもすれば ゲツマツ に なって カンジョウ が たりなく なる。 すると ニョウボウ が ナイショウ で サト から カネ を もって きて チョウジリ を あわせる。 それ は オット が シャクザイ と いう もの を ケムシ の よう に きらう から で ある。 そういう こと は しょせん オット に しれず には いない。 ショウベエ は ゴセック だ と いって は、 サトカタ から モノ を もらい、 コドモ の シチゴサン の イワイ だ と いって は、 サトカタ から コドモ に イルイ を もらう の で さえ、 こころぐるしく おもって いる の だ から、 クラシ の アナ を うめて もらった の に キ が ついて は、 いい カオ は しない。 かくべつ ヘイワ を やぶる よう な こと の ない ハネダ の イエ に、 おりおり ナミカゼ の おこる の は、 これ が ゲンイン で ある。
 ショウベエ は イマ キスケ の ハナシ を きいて、 キスケ の ミノウエ を わが ミノウエ に ひきくらべて みた。 キスケ は シゴト を して キュウリョウ を とって も、 ミギ から ヒダリ へ ヒトデ に わたして なくして しまう と いった。 いかにも あわれ な、 キノドク な キョウガイ で ある。 しかし イッテン して わが ミノウエ を かえりみれば、 カレ と ワレ との アイダ に、 はたして どれほど の サ が ある か。 ジブン も カミ から もらう フチマイ を、 ミギ から ヒダリ へ ヒトデ に わたして くらして いる に すぎぬ では ない か。 カレ と ワレ との ソウイ は、 いわば ソロバン の ケタ が ちがって いる だけ で、 キスケ の ありがたがる 200 モン に ソウトウ する チョチク だに、 こっち は ない の で ある。
 さて ケタ を ちがえて かんがえて みれば、 チョウモク 200 モン を でも、 キスケ が それ を チョチク と みて よろこんで いる の に ムリ は ない。 その ココロモチ は こっち から さっして やる こと が できる。 しかし いかに ケタ を ちがえて かんがえて みて も、 フシギ なの は キスケ の ヨク の ない こと、 たる こと を しって いる こと で ある。
 キスケ は セケン で シゴト を みつける の に くるしんだ。 それ を みつけ さえ すれば、 ホネ を おしまず に はたらいて、 ようよう クチ を のりする こと の できる だけ で マンゾク した。 そこで ロウ に はいって から は、 イマ まで えがたかった ショク が、 ほとんど テン から さずけられる よう に、 はたらかず に えられる の に おどろいて、 うまれて から しらぬ マンゾク を おぼえた の で ある。
 ショウベエ は いかに ケタ を ちがえて かんがえて みて も、 ここ に カレ と ワレ との アイダ に、 おおいなる ケンカク の ある こと を しった。 ジブン の フチマイ で たてて ゆく クラシ は、 おりおり たらぬ こと が ある に して も、 たいてい スイトウ が あって いる。 テイッパイ の セイカツ で ある。 しかるに そこ に マンゾク を おぼえた こと は ほとんど ない。 ツネ は サイワイ とも フコウ とも かんぜず に すごして いる。 しかし ココロ の オク には、 こうして くらして いて、 ふいと オヤク が ゴメン に なったら どう しよう、 タイビョウ に でも なったら どう しよう と いう ギク が ひそんで いて、 おりおり ツマ が サトカタ から カネ を とりだして きて アナウメ を した こと など が わかる と、 この ギク が イシキ の シキイ の ウエ に アタマ を もたげて くる の で ある。
 いったい この ケンカク は どうして しょうじて くる だろう。 ただ ウワベ だけ を みて、 それ は キスケ には ミ に ケイルイ が ない のに、 こっち には ある から だ と いって しまえば それまで で ある。 しかし それ は ウソ で ある。 よしや ジブン が ヒトリモノ で あった と して も、 どうも キスケ の よう な ココロモチ には なられそう に ない。 この コンテイ は もっと ふかい ところ に ある よう だ と、 ショウベエ は おもった。
 ショウベエ は ただ ばくぜん と、 ヒト の イッショウ と いう よう な こと を おもって みた。 ヒト は ミ に ヤマイ が ある と、 この ヤマイ が なかったら と おもう。 その ヒ その ヒ の ショク が ない と、 くって ゆかれたら と おもう。 マンイチ の とき に そなえる タクワエ が ない と、 すこし でも タクワエ が あったら と おもう。 タクワエ が あって も、 また その タクワエ が もっと おおかったら と おもう。 かく の ごとく に サキ から サキ へ と かんがえて みれば、 ヒト は どこ まで いって ふみとまる こと が できる もの やら わからない。 それ を イマ メノマエ で ふみとまって みせて くれる の が この キスケ だ と、 ショウベエ は キ が ついた。
 ショウベエ は いまさら の よう に キョウイ の メ を みはって キスケ を みた。 この とき ショウベエ は ソラ を あおいで いる キスケ の アタマ から ゴウコウ が さす よう に おもった。

 ショウベエ は キスケ の カオ を まもりつつ また、 「キスケ さん」 と よびかけた。 コンド は 「さん」 と いった が、 これ は ジュウブン の イシキ を もって ショウコ を あらためた わけ では ない。 その コエ が わが クチ から でて わが ミミ に いる や いなや、 ショウベエ は この ショウコ の フオントウ なの に キ が ついた が、 いまさら すでに でた コトバ を とりかえす こと も できなかった。
「はい」 と こたえた キスケ も、 「さん」 と よばれた の を フシン に おもう らしく、 おそるおそる ショウベエ の ケシキ を うかがった。
 ショウベエ は すこし マ の わるい の を こらえて いった。 「イロイロ の こと を きく よう だ が、 オマエ が コンド シマ へ やられる の は、 ヒト を あやめた から だ と いう こと だ。 オレ に ついでに その ワケ を はなして きかせて くれぬ か」
 キスケ は ひどく おそれいった ヨウス で、 「かしこまりました」 と いって、 コゴエ で はなしだした。 「どうも とんだ ココロエチガイ で、 おそろしい こと を いたしまして、 なんとも モウシアゲヨウ が ございませぬ。 アト で おもって みます と、 どうして あんな こと が できた か と、 ジブン ながら フシギ で なりませぬ。 まったく ムチュウ で いたしました の で ございます。 ワタクシ は ちいさい とき に フタオヤ が ジエキ で なくなりまして、 オトウト と フタリ アト に のこりました。 ハジメ は ちょうど ノキシタ に うまれた イヌ の コ に フビン を かける よう に チョウナイ の ヒトタチ が おめぐみ くださいます ので、 キンジョ-ジュウ の ハシリヅカイ など を いたして、 ウエコゴエ も せず に、 そだちました。 しだいに おおきく なりまして ショク を さがします にも、 なるたけ フタリ が はなれない よう に いたして、 イッショ に いて、 たすけあって はたらきました。 キョネン の アキ の こと で ございます。 ワタクシ は オトウト と イッショ に、 ニシジン の オリバ に はいりまして、 ソラビキ と いう こと を いたす こと に なりました。 そのうち オトウト が ビョウキ で はたらけなく なった の で ございます。 その コロ ワタクシドモ は キタヤマ の ホッタテゴヤ ドウヨウ の ところ に ネオキ を いたして、 カミヤガワ の ハシ を わたって オリバ へ かよって おりました が、 ワタクシ が くれて から、 タベモノ など を かって かえる と、 オトウト は まちうけて いて、 ワタクシ を ヒトリ で かせがせて は すまない すまない と もうして おりました。 ある ヒ イツモ の よう に なにごころなく かえって みます と、 オトウト は フトン の ウエ に つっぷして いまして、 マワリ は チダラケ なの で ございます。 ワタクシ は びっくり いたして、 テ に もって いた タケ の カワヅツミ や ナニ か を、 そこ へ おっぽりだして、 ソバ へ いって 『どうした どうした』 と もうしました。 すると オトウト は マッサオ な カオ の、 リョウホウ の ホオ から アゴ へ かけて チ に そまった の を あげて、 ワタクシ を みました が、 モノ を いう こと が できませぬ。 イキ を いたす たび に、 キズグチ で ひゅうひゅう と いう オト が いたす だけ で ございます。 ワタクシ には どうも ヨウス が わかりません ので、 『どうした の だい、 チ を はいた の かい』 と いって、 ソバ へ よろう と いたす と、 オトウト は ミギ の テ を トコ に ついて、 すこし カラダ を おこしました。 ヒダリ の テ は しっかり アゴ の シタ の ところ を おさえて います が、 その ユビ の アイダ から クロチ の カタマリ が はみだして います。 オトウト は メ で ワタクシ の ソバ へ よる の を とめる よう に して クチ を ききました。 ようよう モノ が いえる よう に なった の で ございます。 『すまない。 どうぞ カンニン して くれ。 どうせ なおりそう にも ない ビョウキ だ から、 はやく しんで すこし でも アニキ に ラク が させたい と おもった の だ。 フエ を きったら、 すぐ しねる だろう と おもった が イキ が そこ から もれる だけ で しねない。 ふかく ふかく と おもって、 ちからいっぱい おしこむ と、 ヨコ へ すべって しまった。 ハ は こぼれ は しなかった よう だ。 これ を うまく ぬいて くれたら オレ は しねる だろう と おもって いる。 モノ を いう の が せつなくって いけない。 どうぞ テ を かして ぬいて くれ』 と いう の で ございます。 オトウト が ヒダリ の テ を ゆるめる と そこ から また イキ が もります。 ワタクシ は なんと いおう にも、 コエ が でません ので、 だまって オトウト の ノド の キズ を のぞいて みます と、 なんでも ミギ の テ に カミソリ を もって、 ヨコ に フエ を きった が、 それ では しにきれなかった ので、 そのまま カミソリ を、 えぐる よう に ふかく つっこんだ もの と みえます。 エ が やっと 2 スン ばかり キズグチ から でて います。 ワタクシ は それ だけ の こと を みて、 どう しよう と いう シアン も つかず に、 オトウト の カオ を みました。 オトウト は じっと ワタクシ を みつめて います。 ワタクシ は やっと の こと で、 『まって いて くれ、 オイシャ を よんで くる から』 と もうしました。 オトウト は うらめしそう な メツキ を いたしました が、 また ヒダリ の テ で ノド を しっかり おさえて、 『イシャ が ナン に なる、 ああ くるしい、 はやく ぬいて くれ、 たのむ』 と いう の で ございます。 ワタクシ は トホウ に くれた よう な ココロモチ に なって、 ただ オトウト の カオ ばかり みて おります。 こんな とき は、 フシギ な もの で、 メ が モノ を いいます。 オトウト の メ は 『はやく しろ、 はやく しろ』 と いって、 さも うらめしそう に ワタクシ を みて います。 ワタクシ の アタマ の ナカ では、 なんだか こう クルマ の ワ の よう な もの が ぐるぐる まわって いる よう で ございました が、 オトウト の メ は おそろしい サイソク を やめません。 それに その メ の うらめしそう なの が だんだん けわしく なって きて、 とうとう カタキ の カオ を でも にらむ よう な、 にくにくしい メ に なって しまいます。 それ を みて いて、 ワタクシ は とうとう、 これ は オトウト の いった とおり に して やらなくて は ならない と おもいました。 ワタクシ は 『シカタ が ない、 ぬいて やる ぞ』 と もうしました。 すると オトウト の メ の イロ が からり と かわって、 はれやか に、 さも うれしそう に なりました。 ワタクシ は なんでも ひとおもいに しなくて は と おもって ヒザ を つく よう に して カラダ を マエ へ のりだしました。 オトウト は ついて いた ミギ の テ を はなして、 イマ まで ノド を おさえて いた テ の ヒジ を トコ に ついて、 ヨコ に なりました。 ワタクシ は カミソリ の エ を しっかり にぎって、 ずっと ひきました。 この とき ワタクシ の ウチ から しめて おいた オモテグチ の ト を あけて、 キンジョ の バアサン が はいって きました。 ルス の マ、 オトウト に クスリ を のませたり ナニ か して くれる よう に、 ワタクシ の たのんで おいた バアサン なの で ございます。 もう だいぶ ウチ の ナカ が くらく なって いました から、 ワタクシ には バアサン が どれ だけ の こと を みた の だ か わかりません でした が、 バアサン は あっ と いった きり、 オモテグチ を アケハナシ に して おいて かけだして しまいました。 ワタクシ は カミソリ を ぬく とき、 てばやく ぬこう、 マッスグ に ぬこう と いう だけ の ヨウジン は いたしました が、 どうも ぬいた とき の テゴタエ は、 イマ まで きれて いなかった ところ を きった よう に おもわれました。 ハ が ソト の ほう へ むいて いました から、 ソト の ほう が きれた の で ございましょう。 ワタクシ は カミソリ を にぎった まま、 バアサン の はいって きて また かけだして いった の を、 ぼんやり して みて おりました。 バアサン が いって しまって から、 キ が ついて オトウト を みます と、 オトウト は もう イキ が きれて おりました。 キズグチ から は タイソウ な チ が でて おりました。 それから トシヨリシュウ が おいで に なって、 ヤクバ へ つれて ゆかれます まで、 ワタクシ は カミソリ を ソバ に おいて、 メ を ハンブン あいた まま しんで いる オトウト の カオ を みつめて いた の で ございます」
 すこし ウツムキ カゲン に なって ショウベエ の カオ を シタ から みあげて はなして いた キスケ は、 こう いって しまって シセン を ヒザ の ウエ に おとした。
 キスケ の ハナシ は よく ジョウリ が たって いる。 ほとんど ジョウリ が たちすぎて いる と いって も いい くらい で ある。 これ は ハントシ ほど の アイダ、 トウジ の こと を イクタビ も おもいうかべて みた の と、 ヤクバ で とわれ、 マチブギョウショ で しらべられる その たび ごと に、 チュウイ に チュウイ を くわえて さらって みさせられた の との ため で ある。
 ショウベエ は その バ の ヨウス を まのあたり みる よう な オモイ を して きいて いた が、 これ が はたして オトウト-ゴロシ と いう もの だろう か、 ヒトゴロシ と いう もの だろう か と いう ウタガイ が、 ハナシ を ハンブン きいた とき から おこって きて、 きいて しまって も、 その ウタガイ を とく こと が できなかった。 オトウト は カミソリ を ぬいて くれたら しなれる だろう から、 ぬいて くれ と いった。 それ を ぬいて やって しなせた の だ、 ころした の だ とは いわれる。 しかし ソノママ に して おいて も、 どうせ しななくて は ならぬ オトウト で あった らしい。 それ が はやく しにたい と いった の は、 クルシサ に たえなかった から で ある。 キスケ は その ク を みて いる に しのびなかった。 ク から すくって やろう と おもって イノチ を たった。 それ が ツミ で あろう か。 ころした の は ツミ に ソウイ ない。 しかし それ が ク から すくう ため で あった と おもう と、 そこ に ウタガイ が しょうじて、 どうしても とけぬ の で ある。
 ショウベエ の ココロ の ウチ には、 イロイロ に かんがえて みた スエ に、 ジブン より ウエ の モノ の ハンダン に まかす ほか ない と いう ネン、 オートリテー に したがう ほか ない と いう ネン が しょうじた。 ショウベエ は オブギョウ サマ の ハンダン を、 そのまま ジブン の ハンダン に しよう と おもった の で ある。 そう は おもって も、 ショウベエ は まだ どこやら に フ に おちぬ もの が のこって いる ので、 なんだか オブギョウ サマ に きいて みたくて ならなかった。
 しだいに ふけて ゆく オボロヨ に、 チンモク の ヒト フタリ を のせた タカセブネ は、 くろい ミズ の オモテ を すべって いった。
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ラショウモン

2012-04-04 | アクタガワ リュウノスケ
 ラショウモン

 アクタガワ リュウノスケ

 ある ヒ の クレガタ の こと で ある。 ヒトリ の ゲニン が、 ラショウモン の シタ で アマヤミ を まって いた。
 ひろい モン の シタ には、 この オトコ の ホカ に タレ も いない。 ただ、 ところどころ ニヌリ の はげた、 おおきな マルバシラ に、 キリギリス が 1 ピキ とまって いる。 ラショウモン が、 スザク オオジ に ある イジョウ は、 この オトコ の ホカ にも、 アマヤミ を する イチメガサ や モミエボシ が、 もう 2~3 ニン は ありそう な もの で ある。 それ が、 この オトコ の ホカ には タレ も いない。
 なぜか と いう と、 この 2~3 ネン、 キョウト には、 ジシン とか ツジカゼ とか カジ とか キキン とか いう ワザワイ が つづいて おこった。 そこで ラクチュウ の サビレカタ は ヒトトオリ では ない。 キュウキ に よる と、 ブツゾウ や ブツグ を うちくだいて、 その ニ が ついたり、 キンギン の ハク が ついたり した キ を、 ミチバタ に つみかさねて、 タキギ の シロ に うって いた と いう こと で ある。 ラクチュウ が その シマツ で ある から、 ラショウモン の シュウリ など は、 もとより タレ も すてて かえりみる モノ が なかった。 すると その あれはてた の を よい こと に して、 コリ が すむ。 ヌスビト が すむ。 とうとう シマイ には、 ヒキトリテ の ない シニン を、 この モン へ もって きて、 すてて ゆく と いう シュウカン さえ できた。 そこで、 ヒノメ が みえなく なる と、 タレ でも キミ を わるがって、 この モン の キンジョ へは アシブミ を しない こと に なって しまった の で ある。
 そのかわり また カラス が どこ から か、 たくさん あつまって きた。 ヒルマ みる と、 その カラス が ナンバ と なく ワ を えがいて、 たかい シビ の マワリ を なきながら、 とびまわって いる。 ことに モン の ウエ の ソラ が、 ユウヤケ で あかく なる とき には、 それ が ゴマ を まいた よう に はっきり みえた。 カラス は、 もちろん、 モン の ウエ に ある シニン の ニク を、 ついばみ に くる の で ある。 ――もっとも キョウ は、 コクゲン が おそい せい か、 1 ワ も みえない。 ただ、 ところどころ、 くずれかかった、 そうして その クズレメ に ながい クサ の はえた イシダン の ウエ に、 カラス の クソ が、 てんてん と しろく こびりついて いる の が みえる。 ゲニン は 7 ダン ある イシダン の いちばん ウエ の ダン に、 あらいざらした コン の アオ の シリ を すえて、 ミギ の ホオ に できた、 おおきな ニキビ を キ に しながら、 ぼんやり、 アメ の ふる の を ながめて いた。
 サクシャ は さっき、 「ゲニン が アマヤミ を まって いた」 と かいた。 しかし、 ゲニン は アメ が やんで も、 かくべつ どう しよう と いう アテ は ない。 フダン なら、 もちろん、 シュジン の イエ へ かえる べき はず で ある。 ところが その シュジン から は、 4~5 ニチ マエ に ヒマ を だされた。 マエ にも かいた よう に、 トウジ キョウト の マチ は ヒトトオリ ならず スイビ して いた。 イマ この ゲニン が、 ナガネン、 つかわれて いた シュジン から、 ヒマ を だされた の も、 じつは この スイビ の ちいさな ヨハ に ほかならない。 だから 「ゲニン が アマヤミ を まって いた」 と いう より も 「アメ に ふりこめられた ゲニン が、 ユキドコロ が なくて、 トホウ に くれて いた」 と いう ほう が、 テキトウ で ある。 そのうえ、 キョウ の ソラモヨウ も すくなからず、 この ヘイアンチョウ の ゲニン の センチメンタリズム に エイキョウ した。 サル ノ コク サガリ から ふりだした アメ は、 いまだに あがる ケシキ が ない。 そこで、 ゲニン は、 ナニ を おいて も さしあたり アス の クラシ を どうにか しよう と して―― いわば どうにも ならない こと を、 どうにか しよう と して、 トリトメ も ない カンガエ を たどりながら、 サッキ から スザク オオジ に ふる アメ の オト を、 きく とも なく きいて いた の で ある。
 アメ は、 ラショウモン を つつんで、 トオク から、 ざあっ と いう オト を あつめて くる。 ユウヤミ は しだいに ソラ を ひくく して、 みあげる と、 モン の ヤネ が、 ナナメ に つきだした イラカ の サキ に、 おもたく うすくらい クモ を ささえて いる。
 どうにも ならない こと を、 どうにか する ため には、 シュダン を えらんで いる イトマ は ない。 えらんで いれば、 ツイジ の シタ か、 ミチバタ の ツチ の ウエ で、 ウエジニ を する ばかり で ある。 そうして、 この モン の ウエ へ もって きて、 イヌ の よう に すてられて しまう ばかり で ある。 えらばない と すれば―― ゲニン の カンガエ は、 ナンド も おなじ ミチ を テイカイ した アゲク に、 やっと この キョクショ へ ホウチャク した。 しかし この 「すれば」 は、 いつまで たって も、 けっきょく 「すれば」 で あった。 ゲニン は、 シュダン を えらばない と いう こと を コウテイ しながら も、 この 「すれば」 の カタ を つける ため に、 とうぜん、 その ノチ に きたる べき 「ヌスビト に なる より ホカ に シカタ が ない」 と いう こと を、 セッキョクテキ に コウテイ する だけ の、 ユウキ が でず に いた の で ある。
 ゲニン は、 おおきな クサメ を して、 それから、 タイギ そう に たちあがった。 ユウヒエ の する キョウト は、 もう ヒオケ が ほしい ほど の サムサ で ある。 カゼ は モン の ハシラ と ハシラ との アイダ を、 ユウヤミ と ともに エンリョ なく、 ふきぬける。 ニヌリ の ハシラ に とまって いた キリギリス も、 もう どこ か へ いって しまった。
 ゲニン は、 クビ を ちぢめながら、 ヤマブキ の カザミ に かさねた、 コン の アオ の カタ を たかく して モン の マワリ を みまわした。 アメカゼ の ウレエ の ない、 ヒトメ に かかる オソレ の ない、 ヒトバン ラク に ねられそう な ところ が あれば、 そこ で ともかくも、 ヨ を あかそう と おもった から で ある。 すると、 さいわい モン の ウエ の ロウ へ のぼる、 ハバ の ひろい、 これ も ニ を ぬった ハシゴ が メ に ついた。 ウエ なら、 ヒト が いた に して も、 どうせ シニン ばかり で ある。 ゲニン は そこで、 コシ に さげた ヒジリヅカ の タチ が さやばしらない よう に キ を つけながら、 ワラゾウリ を はいた アシ を、 その ハシゴ の いちばん シタ の ダン へ ふみかけた。
 それから、 ナンプン か の ノチ で ある。 ラショウモン の ロウ の ウエ へ でる、 ハバ の ひろい ハシゴ の チュウダン に、 ヒトリ の オトコ が、 ネコ の よう に ミ を ちぢめて、 イキ を ころしながら、 ウエ の ヨウス を うかがって いた。 ロウ の ウエ から さす ヒ の ヒカリ が、 かすか に、 その オトコ の ミギ の ホオ を ぬらして いる。 みじかい ヒゲ の ナカ に、 あかく ウミ を もった ニキビ の ある ホオ で ある。 ゲニン は、 ハジメ から、 この ウエ に いる モノ は、 シニン ばかり だ と タカ を くくって いた。 それ が、 ハシゴ を 2~3 ダン のぼって みる と、 ウエ では タレ か ヒ を とぼして、 しかも その ヒ を そこここ と うごかして いる らしい。 これ は、 その にごった、 きいろい ヒカリ が、 スミズミ に クモノス を かけた テンジョウウラ に、 ゆれながら うつった ので、 すぐに それ と しれた の で ある。 この アメ の ヨ に、 この ラショウモン の ウエ で、 ヒ を ともして いる から は、 どうせ タダ の モノ では ない。
 ゲニン は、 ヤモリ の よう に アシオト を ぬすんで、 やっと キュウ な ハシゴ を、 いちばん ウエ の ダン まで はう よう に して のぼりつめた。 そうして カラダ を できる だけ、 たいら に しながら、 クビ を できる だけ、 マエ へ だして、 おそるおそる、 ロウ の ウチ を のぞいて みた。
 みる と、 ロウ の ウチ には、 ウワサ に きいた とおり、 イクツ か の シガイ が、 ムゾウサ に すてて ある が、 ヒ の ヒカリ の およぶ ハンイ が、 おもった より せまい ので、 カズ は イクツ とも わからない。 ただ、 おぼろげ ながら、 しれる の は、 その ナカ に ハダカ の シガイ と、 キモノ を きた シガイ と が ある と いう こと で ある。 もちろん、 ナカ には オンナ も オトコ も まじって いる らしい。 そうして、 その シガイ は みな、 それ が、 かつて、 いきて いた ニンゲン だ と いう ジジツ さえ うたがわれる ほど、 ツチ を こねて つくった ニンギョウ の よう に、 クチ を あいたり テ を のばしたり して、 ごろごろ ユカ の ウエ に ころがって いた。 しかも、 カタ とか ムネ とか の たかく なって いる ブブン に、 ぼんやり した ヒ の ヒカリ を うけて、 ひくく なって いる ブブン の カゲ を いっそう くらく しながら、 エイキュウ に オシ の ごとく だまって いた。
 ゲニン は、 それら の シガイ の フラン した シュウキ に おもわず、 ハナ を おおった。 しかし、 その テ は、 ツギ の シュンカン には、 もう ハナ を おおう こと を わすれて いた。 ある つよい カンジョウ が、 ほとんど ことごとく この オトコ の キュウカク を うばって しまった から で ある。
 ゲニン の メ は、 その とき、 はじめて その シガイ の ナカ に うずくまって いる ニンゲン を みた。 ヒワダイロ の キモノ を きた、 セ の ひくい、 やせた、 シラガアタマ の、 サル の よう な ロウバ で ある。 その ロウバ は、 ミギ の テ に ヒ を ともした マツ の キギレ を もって、 その シガイ の ヒトツ の カオ を のぞきこむ よう に ながめて いた。 カミノケ の ながい ところ を みる と、 たぶん オンナ の シガイ で あろう。
 ゲニン は、 6 ブ の キョウフ と 4 ブ の コウキシン と に うごかされて、 ザンジ は イキ を する の さえ わすれて いた。 キュウキ の キシャ の ゴ を かりれば、 「トウシン の ケ も ふとる」 よう に かんじた の で ある。 すると ロウバ は、 マツ の キギレ を、 ユカイタ の アイダ に さして、 それから、 イマ まで ながめて いた シガイ の クビ に リョウテ を かける と、 ちょうど、 サル の オヤ が サル の コ の シラミ を とる よう に、 その ながい カミノケ を 1 ポン ずつ ぬきはじめた。 カミ は テ に したがって ぬける らしい。
 その カミノケ が、 1 ポン ずつ ぬける の に したがって、 ゲニン の ココロ から は、 キョウフ が すこし ずつ きえて いった。 そうして、 それ と ドウジ に、 この ロウバ に たいする はげしい ゾウオ が、 すこし ずつ うごいて きた。 ――いや、 この ロウバ に たいする と いって は、 ゴヘイ が ある かも しれない。 むしろ、 あらゆる アク に たいする ハンカン が、 1 プン ごと に ツヨサ を まして きた の で ある。 この とき、 タレ か が この ゲニン に、 さっき モン の シタ で この オトコ が かんがえて いた、 ウエジニ を する か ヌスビト に なる か と いう モンダイ を、 あらためて もちだしたら、 おそらく ゲニン は、 なんの ミレン も なく、 ウエジニ を えらんだ こと で あろう。 それほど、 この オトコ の アク を にくむ ココロ は、 ロウバ の ユカ に さした マツ の キギレ の よう に、 イキオイ よく もえあがりだして いた の で ある。
 ゲニン には、 もちろん、 なぜ ロウバ が シニン の カミノケ を ぬく か わからなかった。 したがって、 ゴウリテキ には、 それ を ゼンアク の いずれ に かたづけて よい か しらなかった。 しかし ゲニン に とって は、 この アメ の ヨ に、 この ラショウモン の ウエ で、 シニン の カミノケ を ぬく と いう こと が、 それ だけ で すでに ゆるす べからざる アク で あった。 もちろん、 ゲニン は、 サッキ まで ジブン が、 ヌスビト に なる キ で いた こと なぞ は、 とうに わすれて いる の で ある。
 そこで、 ゲニン は、 リョウアシ に チカラ を いれて、 いきなり、 ハシゴ から ウエ へ とびあがった。 そうして ヒジリヅカ の タチ に テ を かけながら、 オオマタ に ロウバ の マエ へ あゆみよった。 ロウバ が おどろいた の は いう まで も ない。
 ロウバ は、 ヒトメ ゲニン を みる と、 まるで イシユミ に でも はじかれた よう に、 とびあがった。
「オノレ、 どこ へ ゆく」
 ゲニン は、 ロウバ が シガイ に つまずきながら、 あわてふためいて にげよう と する ユクテ を ふさいで、 こう ののしった。 ロウバ は、 それでも ゲニン を つきのけて ゆこう と する。 ゲニン は また、 それ を ゆかすまい と して、 おしもどす。 フタリ は シガイ の ナカ で、 しばらく、 ムゴン の まま、 つかみあった。 しかし ショウハイ は、 ハジメ から わかって いる。 ゲニン は とうとう、 ロウバ の ウデ を つかんで、 ムリ に そこ へ ねじたおした。 ちょうど、 トリ の アシ の よう な、 ホネ と カワ ばかり の ウデ で ある。
「ナニ を して いた。 いえ。 いわぬ と、 これ だ ぞよ」
 ゲニン は、 ロウバ を つきはなす と、 いきなり、 タチ の サヤ を はらって、 しろい ハガネ の イロ を その メノマエ へ つきつけた。 けれども、 ロウバ は だまって いる。 リョウテ を わなわな ふるわせて、 カタ で イキ を きりながら、 メ を、 ガンキュウ が マブタ の ソト へ でそう に なる ほど、 みひらいて、 オシ の よう に しゅうねく だまって いる。 これ を みる と、 ゲニン は はじめて メイハク に この ロウバ の セイシ が、 ぜんぜん、 ジブン の イシ に シハイ されて いる と いう こと を イシキ した。 そうして この イシキ は、 イマ まで けわしく もえて いた ゾウオ の ココロ を、 いつのまにか さまして しまった。 アト に のこった の は、 ただ、 ある シゴト を して、 それ が エンマン に ジョウジュ した とき の、 やすらか な トクイ と マンゾク と が ある ばかり で ある。 そこで、 ゲニン は、 ロウバ を みおろしながら、 すこし コエ を やわらげて こう いった。
「オレ は ケビイシ ノ チョウ の ヤクニン など では ない。 いましがた この モン の シタ を とおりかかった タビ の モノ だ。 だから オマエ に ナワ を かけて、 どう しよう と いう よう な こと は ない。 ただ イマジブン、 この モン の ウエ で、 ナニ を して いた の だ か、 それ を オレ に はなし さえ すれば いい の だ」
 すると、 ロウバ は、 みひらいて いた メ を、 いっそう おおきく して、 じっと その ゲニン の カオ を みまもった。 マブタ の あかく なった、 ニクショクチョウ の よう な、 するどい メ で みた の で ある。 それから、 シワ で、 ほとんど、 ハナ と ヒトツ に なった クチビル を、 ナニ か モノ でも かんで いる よう に うごかした。 ほそい ノド で、 とがった ノドボトケ の うごいて いる の が みえる。 その とき、 その ノド から、 カラス の なく よう な コエ が、 あえぎあえぎ、 ゲニン の ミミ へ つたわって きた。
「この カミ を ぬいて な、 この カミ を ぬいて な、 カズラ に しょう と おもうた の じゃ」
 ゲニン は、 ロウバ の コタエ が ぞんがい、 ヘイボン なの に シツボウ した。 そうして シツボウ する と ドウジ に、 また マエ の ゾウオ が、 ひややか な ブベツ と イッショ に、 ココロ の ナカ へ はいって きた。 すると、 その ケシキ が、 センポウ へも つうじた の で あろう。 ロウバ は、 カタテ に、 まだ シガイ の アタマ から とった ながい ヌケゲ を もった なり、 ヒキ の つぶやく よう な コエ で、 くちごもりながら、 こんな こと を いった。
「なるほど な、 シビト の カミノケ を ぬく と いう こと は、 なんぼう わるい こと かも しれぬ。 じゃが、 ここ に いる シビト ども は、 ミナ、 その くらい な こと を、 されて も いい ニンゲン ばかり だ ぞよ。 げんに、 ワシ が イマ、 カミ を ぬいた オンナ など は な、 ヘビ を 4 スン ばかり ずつ に きって ほした の を、 ホシウオ だ と いうて、 タテワキ の ジン へ うり に いんだ わ。 エヤミ に かかって しななんだら、 イマ でも うり に いんで いた こと で あろ。 それ も よ、 この オンナ の うる ホシウオ は、 アジ が よい と いうて、 タテワキ ども が、 かかさず サイリョウ に かって いた そう な。 ワシ は、 この オンナ の した こと が わるい とは おもうて いぬ。 せねば、 ウエジニ を する の じゃ て、 シカタ が なく した こと で あろ。 されば、 イマ また、 ワシ の して いた こと も わるい こと とは おもわぬ ぞよ。 これ とて も やはり せねば、 ウエジニ を する じゃ て、 シカタ が なく する こと じゃ わいの。 じゃて、 その シカタ が ない こと を、 よく しって いた この オンナ は、 おおかた ワシ の する こと も オオメ に みて くれる で あろ」
 ロウバ は、 だいたい こんな イミ の こと を いった。
 ゲニン は、 タチ を サヤ に おさめて、 その タチ の ツカ を ヒダリ の テ で おさえながら、 れいぜん と して、 この ハナシ を きいて いた。 もちろん、 ミギ の テ では、 あかく ホオ に ウミ を もった おおきな ニキビ を キ に しながら、 きいて いる の で ある。 しかし、 これ を きいて いる うち に、 ゲニン の ココロ には、 ある ユウキ が うまれて きた。 それ は、 さっき モン の シタ で、 この オトコ には かけて いた ユウキ で ある。 そうして、 また さっき この モン の ウエ へ あがって、 この ロウバ を とらえた とき の ユウキ とは、 ぜんぜん、 ハンタイ な ホウコウ に うごこう と する ユウキ で ある。 ゲニン は、 ウエジニ を する か ヌスビト に なる か に、 まよわなかった ばかり では ない。 その とき の この オトコ の ココロモチ から いえば、 ウエジニ など と いう こと は、 ほとんど、 かんがえる こと さえ できない ほど、 イシキ の ソト に おいだされて いた。
「きっと、 そう か」
 ロウバ の ハナシ が おわる と、 ゲニン は あざける よう な コエ で ネン を おした。 そうして、 ヒトアシ マエ へ でる と、 フイ に ミギ の テ を ニキビ から はなして、 ロウバ の エリガミ を つかみながら、 かみつく よう に こう いった。
「では、 オレ が ヒハギ を しよう と うらむまい な。 オレ も そう しなければ、 ウエジニ を する カラダ なの だ」
 ゲニン は、 すばやく、 ロウバ の キモノ を はぎとった。 それから、 アシ に しがみつこう と する ロウバ を、 てあらく シガイ の ウエ へ けたおした。 ハシゴ の クチ まで は、 わずか に 5 ホ を かぞえる ばかり で ある。 ゲニン は、 はぎとった ヒワダイロ の キモノ を ワキ に かかえて、 またたく マ に キュウ な ハシゴ を ヨル の ソコ へ かけおりた。
 しばらく、 しんだ よう に たおれて いた ロウバ が、 シガイ の ナカ から、 その ハダカ の カラダ を おこした の は、 それから まもなく の こと で ある。 ロウバ は つぶやく よう な、 うめく よう な コエ を たてながら、 まだ もえて いる ヒ の ヒカリ を タヨリ に、 ハシゴ の クチ まで、 はって いった。 そうして、 そこ から、 みじかい シラガ を サカサマ に して、 モン の シタ を のぞきこんだ。 ソト には、 ただ、 こくとうとう たる ヨル が ある ばかり で ある。
 ゲニン の ユクエ は、 タレ も しらない。
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