カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 9)

2021-08-23 | アリシマ タケオ
 18

 その ヨ フネ は ビクトリヤ に ついた。 ソウコ の たちならんだ ながい サンバシ に “Car to the Town. Fare 15¢” と おおきな しろい カンバン に かいて ある の が ヨメ にも しるく ヨウコ の メマド から みやられた。 ベイコク への ジョウリク が きんぜられて いる シナ の クリー が ここ から ジョウリク する の と、 ソウトウ の ニヤク と で、 フネ の ナイガイ は キュウ に そうぞうしく なった。 ジムチョウ は いそがしい と みえて その ヨ は ついに ヨウコ の ヘヤ に カオ を みせなかった。 そこいら が そうぞうしく なれば なる ほど ヨウコ は タトエヨウ の ない ヘイワ を かんじた。 うまれて イライ、 ヨウコ は セイ に コチャク した フアン から これほど まで きれい に とおざかりうる もの とは おもい も もうけて いなかった。 しかも それ が クウソ な ヘイワ では ない。 とびたって おどりたい ほど の エクスタシー を ク も なく おさえうる つよい チカラ の ひそんだ ヘイワ だった。 スベテ の こと に あきたった ヒト の よう に、 また 25 ネン に わたる ながい くるしい タタカイ に はじめて かって カブト を ぬいだ ヒト の よう に、 ココロ にも ニク にも こころよい ヒロウ を おぼえて、 いわば その ツカレ を ユメ の よう に あじわいながら、 なよなよ と ソファ に ミ を よせて アカリ を みつめて いた。 クラチ が そこ に いない の が あさい ココロノコリ だった。 けれども なんと いって も こころやすかった。 ともすれば ビショウ が クチビル の ウエ を サザナミ の よう に ひらめきすぎた。
 けれども その ヨクジツ から イットウ センキャク の ヨウコ に たいする タイド は テノヒラ を かえした よう に かわって しまった。 イチヤ の アイダ に これほど の ヘンカ を ひきおこす こと の できる チカラ を、 ヨウコ は タガワ フジン の ホカ に ソウゾウ しえなかった。 タガワ フジン が ヨ に ときめく オット を もって、 ヒト の メ に たつ コウサイ を して、 オンナザカリ と イイジョウ、 もう いくらか クダリザカ で ある の に ひきかえて、 どんな ヒト の ハイグウ に して みて も はずかしく ない サイノウ と ヨウボウ と を もった わかわかしい ヨウコ の たよりなげ な ミノウエ と が、 フタリ に ちかづく オトコ たち に ドウジョウ の ケイジュウ を おこさせる の は もちろん だった。 しかし ドウトク は いつでも タガワ フジン の よう な タチバ に ある ヒト の リキ で、 フジン は また それ を ユウリ に つかう こと を わすれない シュルイ の ヒト で あった。 そして センキャク たち の ヨウコ に たいする ドウジョウ の ソコ に ひそむ ヤシン―― はかない、 ヤシン とも いえない ほど の ヤシン―― もう ヒトツ いいかゆれば、 ヨウコ の キオク に シンセツ な オトコ と して、 ユウカン な オトコ と して、 ビボウ な オトコ と して のこりたい と いう ほど な ヤシン―― に ゼツボウ の ダンテイ を あたえる こと に よって、 その ドウジョウ を ひっこめさせる こと の できる の も フジン は こころえて いた。 ジムチョウ が ジコ の セイリョク ハンイ から はなれて しまった こと も フカイ の ヒトツ だった。 こんな こと から ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ は コウミョウ な シュダン で いちはやく センチュウ に つたえられた に ちがいない。 その ケッカ と して ヨウコ は たちまち センチュウ の シャコウ から ほうむられて しまった。 すくなくとも タガワ フジン の マエ では、 センキャク の ダイブブン は ヨウコ に たいして よそよそしい タイド を して みせる よう に なった。 なかにも いちばん あわれ なの は オカ だった。 ダレ が なんと ツゲグチ した の か しらない が、 ヨウコ が アサ おそく メ を さまして カンパン に でて みる と、 イツモ の よう に テスリ に よりかかって、 もう ウチウミ に なった ナミ の イロ を ながめて いた カレ は、 ヨウコ の スガタ を みとめる や いなや、 ふいと その バ を はずして、 どこ へ か カゲ を かくして しまった。 それから と いう もの、 オカ は まるで ユウレイ の よう だった。 フネ の ナカ に いる こと だけ は たしか だ が、 ヨウコ が どうか して その スガタ を みつけた と おもう と、 ツギ の シュンカン には もう みえなく なって いた。 そのくせ ヨウコ は おもわぬ とき に、 オカ が どこ か で ジブン を みまもって いる の を たしか に かんずる こと が たびたび だった。 ヨウコ は その オカ を あわれむ こと すら もう わすれて いた。
 けっく フネ の ナカ の ヒトタチ から ドガイシ される の を きやすい こと と まで は おもわない でも、 ヨウコ は かかる ケッカ には いっこう ムトンジャク だった。 もう フネ は キョウ シヤトル に つく の だ。 タガワ フジン や その ホカ の センキャク たち の いわゆる 「カンシ」 の モト に にがにがしい オモイ を する の も キョウ カギリ だ。 そう ヨウコ は ヘイキ で かんがえて いた。
 しかし フネ が シヤトル に つく と いう こと は、 ヨウコ に ホカ の フアン を もちきたさず には おかなかった。 シカゴ に いって ハントシ か 1 ネン キムラ と つれそう ホカ は あるまい とも おもった。 しかし キベ の とき でも 2 カゲツ とは ドウセイ して いなかった とも おもった。 クラチ と はなれて は 1 ニチ でも いられそう には なかった。 しかし こんな こと を かんがえる には フネ が シヤトル に ついて から でも ミッカ や ヨッカ の ヨユウ は ある。 クラチ は その こと は ダイイチ に かんがえて くれて いる に ちがいない。 ヨウコ は イマ の ヘイワ を しいて こんな モンダイ で かきみだす こと を ほっしなかった ばかり で なく とても できなかった。
 ヨウコ は そのくせ、 センキャク と カオ を あわせる の が フカイ で ならなかった ので、 ジムチョウ に たのんで センキョウ に あげて もらった。 フネ は イマ セトウチ の よう な せまい ウチウミ を ドウヨウ も なく すすんで いた。 センチョウ は ビクトリヤ で やといいれた ミズサキ アンナイ と フタリ ならんで たって いた が、 ヨウコ を みる と イツモ の とおり カオ を マッカ に しながら ボウシ を とって アイサツ した。 ビスマーク の よう な カオ を して、 センチョウ より ヒトガケ も フタガケ も おおきい ハクハツ の ミズサキ アンナイ は ふと ふりかえって じっと ヨウコ を みた が、 そのまま むきなおって、
「Charmin' little lassie! wha' is that?」
と スコットランド-フウ な つよい ハツオン で センチョウ に たずねた。 ヨウコ には わからない つもり で いった の だ。 センチョウ が あわてて ナニ か ささやく と、 ロウジン は からから と わらって ちょっと クビ を ひっこませながら、 もう イチド ふりかえって ヨウコ を みた。
 その ドクケ なく からから と わらう コエ が、 おそろしく キ に いった ばかり で なく、 かわいて はれわたった アキ の アサ の ソラ と なんとも いえない チョウワ を して いる と おもいながら ヨウコ は きいた。 そして その ロウジン の セナカ でも なでて やりたい よう な キ に なった。 フネ は コユルギ も せず に アメリカ マツ の はえしげった オオシマ コシマ の アイダ を ぬって、 ゲンソク に きて ぶつかる サザナミ の オト も のどか だった。 そして ヒル ちかく に なって ちょっと した ミサキ を くるり と フネ が かわす と、 やがて ポート タウンセンド に ついた。 そこ では ベイコク カンケン の ケンサ が カタバカリ ある の だ。 くずした ガケ の ツチ で ウメタテ を して つくった、 サンバシ まで ちいさな ギョソン で、 シカク な ハコ に マド を あけた よう な、 なまなましい 1 ショク の ペンキ で ぬりたてた 2~3 ガイ-ダテ の ヤナミ が、 けわしい シャメン に そうて、 たかく ひくく たちつらなって、 オカ の ウエ には ミズアゲ の フウシャ が、 アオゾラ に しろい ハネ を ゆるゆる うごかしながら、 かったん こっとん と ノンキ-らしく オト を たてて まわって いた。 カモメ が ムレ を なして ネコ に にた コエ で なきながら、 フネ の マワリ を ミズ に ちかく のどか に とびまわる の を みる の も、 ヨウコ には たえて ひさしい モノメズラシサ だった。 アメヤ の ヨビウリ の よう な コエ さえ マチ の ほう から きこえて きた。 ヨウコ は チャート ルーム の カベ に もたれかかって、 ぽかぽか と さす アキ の ヒ の ヒカリ を アタマ から あびながら、 しずか な めぐみぶかい ココロ で、 この ちいさな マチ の ちいさな セイカツ の スガタ を ながめやった。 そして 14 ニチ の コウカイ の アイダ に、 いつのまにか ウミ の ココロ を ココロ と して いた の に キ が ついた。 ホウラツ な、 ウツリギ な、 ソウゾウ も およばぬ パッション に のたうちまわって うめきなやむ あの オオウナバラ―― ヨウコ は うしなわれた ラクエン を したいのぞむ イブ の よう に、 しずか に ちいさく うねる ミズ の シワ を みやりながら、 はるか な ウミ の ウエ の タビジ を おもいやった。
「サツキ さん、 ちょっと そこ から で いい、 カオ を かして ください」
 すぐ シタ で ジムチョウ の こう いう コエ が きこえた。 ヨウコ は ハハ に よびたてられた ショウジョ の よう に、 ウレシサ に ココロ を ときめかせながら、 センキョウ の テスリ から シタ を みおろした。 そこ に ジムチョウ が たって いた。
「One more over there, look!」
 こう いいながら、 ベイコク の ゼイカンリ らしい ヒト に ヨウコ を ゆびさして みせた。 カンリ は うなずきながら テチョウ に ナニ か かきいれた。
 フネ は まもなく この ギョソン を シュッパツ した が、 シュッパツ する と まもなく ジムチョウ は センキョウ に のぼって きた。
「Here we are! Seattle is as good as reached now.」
 センチョウ に とも なく ヨウコ に とも なく いって おいて、 ミズサキ アンナイ と アクシュ しながら、
「Thanks to you.」
と つけたした。 そして 3 ニン で しばらく カイカツ に ヨモヤマ の ハナシ を して いた が、 ふと おもいだした よう に ヨウコ を かえりみて、
「これから また トウブン は メ が まわる ほど せわしく なる で、 その マエ に ちょっと ゴソウダン が ある ん だ が、 シタ に きて くれません か」
と いった。 ヨウコ は センチョウ に ちょっと アイサツ を のこして、 すぐ ジムチョウ の アト に つづいた。 ハシゴダン を おりる とき でも、 メノサキ に みえる ガンジョウ な ひろい カタ から イッシュ の フアン が ぬけでて きて ヨウコ に せまる こと は もう なかった。 ジブン の ヘヤ の マエ まで くる と、 ジムチョウ は ヨウコ の カタ に テ を かけて ト を あけた。 ヘヤ の ナカ には 3~4 ニン の オトコ が こく たちこめた タバコ の ケムリ の ナカ に ところせまく たったり こしかけたり して いた。 そこ には コウロク の カオ も みえた。 ジムチョウ は ヘイキ で ヨウコ の カタ に テ を かけた まま はいって いった。
 それ は しじゅう ジムチョウ や センイ と ヒトカタマリ の グループ を つくって、 サルン の ちいさな テーブル を かこんで ウイスキー を かたむけながら、 ときどき タ の センキャク の カイワ に ブエンリョ な ヒニク や チャチャ を いれたり する レンチュウ だった。 ニホンジン が きる と いかにも イヤミ に みえる アメリカ-フウ の セビロ も、 さして とって つけた よう には みえない ほど、 タイヘイヨウ を イクド も オウライ した らしい ヒトタチ で、 どんな ショクギョウ に ジュウジ して いる の か、 そういう ミワケ には ヒトイチバイ エイビン な カンサツリョク を もって いる ヨウコ に すら ケントウ が つかなかった。 ヨウコ が はいって いって も、 カレラ は かくべつ ジブン たち の ナマエ を なのる でも なく、 いちばん アンラク な イス に こしかけて いた オトコ が、 それ を ヨウコ に ゆずって、 ジブン は フタツ に おれる よう に ちいさく なって、 すでに ヒトリ こしかけて いる シンダイ に まがりこむ と、 イチドウ は その ヨウス に コエ を たてて わらった が、 すぐ また マエドオリ ヘイキ な カオ を して カッテ な クチ を ききはじめた。 それでも イチザ は ジムチョウ には イチモク おいて いる らしく、 また ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ も、 ジムチョウ から のこらず きかされて いる ヨウス だった。 ヨウコ は そういう ヒトタチ の アイダ に ある の を けっく きやすく おもった。 カレラ は ヨウコ を カキュウ センイン の いわゆる 「アネゴ」 アツカイ に して いた。
「ムコウ に ついたら これ で モンチャク もの だぜ。 タガワ の カカア め、 アイツ、 ヒトミソ すらず には おくまい て」
「インゴウ な ウマレ だなあ」
「なんでも ショウメン から ぶっつかって、 いさくさ いわず きめて しまう ホカ は ない よ」
など と カレラ は ジョウダン-ぶった クチョウ で シンミ な ココロモチ を いいあらわした。 ジムチョウ は マユ も うごかさず に、 ツクエ に よりかかって だまって いた。 ヨウコ は これら の コトバ から そこ に いあわす ヒトビト の セイシツ や ケイコウ を よみとろう と して いた。 コウロク の ホカ に 3 ニン いた。 その ウチ の ヒトリ は カイキ の ドテラ を きて いた。
「このまま この フネ で おかえり なさる が いい ね」
と その ドテラ を きた チュウネン の ヨワタリ-ゴウシャ らしい の が ヨウコ の カオ を うかがい うかがい いう と、 ジムチョウ は すこし クッタク-らしい カオ を して ものうげ に ヨウコ を みやりながら、
「ワタシ も そう おもう ん だ が どう だ」
と たずねた。 ヨウコ は、
「さあ……」
と ナマヘンジ を する ほか なかった。 はじめて クチ を きく イクニン も の オトコ の マエ で、 とつかわ モノ を いう の が さすが に オックウ だった。 コウロク は ジムチョウ の イコウ を よんで とる と、 フンベツ-ぶった カオ を さしだして、
「それ に かぎります よ。 アナタ ひとつ ビョウキ に おなり なさりゃ セワナシ です さ。 ジョウリク した ところ が キュウ に うごく よう には なれない。 また そういう カラダ では ケンエキ が とやかく やかましい に ちがいない し、 コノアイダ の よう に ケンエキジョ で マッパダカ に される よう な こと でも おこれば、 コクサイ モンダイ だの ナン だの って シマツ に おえなく なる。 それ より は シュッパン まで フネ に ねて いらっしゃる ほう が いい と、 そこ は ワタシ が だいじょうぶ やります よ。 そして おいて フネ の デギワ に なって やはり どうしても いけない と いえば それっきり の もん でさあ」
「なに、 タガワ の オクサン が、 キムラ って いう の に、 ミソ さえ しこたま すって くれれば いちばん ええ の だ が」
と ジムチョウ は センイ の コトバ を ムシ した ヨウス で、 ジブン の おもう とおり を ブッキラボウ に いって のけた。
 キムラ は その くらい な こと で ヨウコ から テ を ひく よう な はきはき した キショウ の オトコ では ない。 これまで も ずいぶん イロイロ な ウワサ が ミミ に はいった はず なのに 「ボク は あの オンナ の ケッカン も ジャクテン も みんな ショウチ して いる。 シセイジ の ある の も もとより しって いる。 ただ ボク は クリスチャン で ある イジョウ、 なんと でも して ヨウコ を すくいあげる。 すくわれた ヨウコ を ソウゾウ して みたまえ。 ボク は その とき いちばん リソウテキ な ベター ハーフ を もちうる と しんじて いる」 と いった こと を きいて いる。 トウホクジン の ねんじり むっつり した その キショウ が、 ヨウコ には だいいち ガマン の しきれない ケンオ の タネ だった の だ。
 ヨウコ は だまって ミンナ の いう こと を きいて いる うち に、 コウロク の グンリャク が いちばん ジッサイテキ だ と かんがえた。 そして なれなれしい チョウシ で コウロク を みやりながら、
「コウロク さん、 そう おっしゃれば ワタシ ケビョウ じゃ ない ん です の。 コノアイダジュウ から みて いただこう かしら と イクド か おもった ん です けれども、 あんまり おおげさ-らしい んで ガマン して いた ん です が、 どういう もん でしょう…… すこし は フネ に のる マエ から でした けれども…… オナカ の ここ が ミョウ に ときどき いたむ ん です のよ」
と いう と、 シンダイ に まがりこんだ オトコ は それ を ききながら にやり にやり わらいはじめた。 ヨウコ は ちょっと その オトコ を にらむ よう に して イッショ に わらった。
「まあ シオ の わるい とき に こんな こと を いう もん です から、 いたい ハラ まで さぐられます わね…… じゃ コウロク さん のちほど みて いただけて?」
 ジムチョウ の ソウダン と いう の は こんな タワイ も ない こと で すんで しまった。
 フタリ きり に なって から、
「では ワタシ これから ホントウ の ビョウニン に なります から ね」
 ヨウコ は ちょっと クラチ の カオ を つついて、 その クチビル に ふれた。 そして シヤトル の シガイ から おこる バイエン が トオク に ぼんやり のぞまれる よう に なった ので、 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に かえった。 そして ヨウフウ の しろい ネマキ に きかえて、 カミ を ながい アミサゲ に して ネドコ に はいった。 ジョウダン の よう に して コウロク に ビョウキ の ハナシ を した ものの、 ヨウコ は じっさい かなり ながい イゼン から シキュウ を がいして いる らしかった。 コシ を ひやしたり、 カンジョウ が ゲッコウ したり した アト では、 きっと シュウシュク する よう な イタミ を カフクブ に かんじて いた。 フネ に のった トウザ は、 しばらく の アイダ は わすれる よう に この フカイ な イタミ から とおざかる こと が できて、 イクネン-ぶり か で モウシドコロ の ない ケンコウ の ヨロコビ を あじわった の だった が、 チカゴロ は また だんだん イタミ が はげしく なる よう に なって きて いた。 ハンシン が マヒ したり、 アタマ が キュウ に ぼーっと とおく なる こと も めずらしく なかった。 ヨウコ は シンダイ に はいって から、 かるい イタミ の ある ところ を そっと ヒラテ で さすりながら、 フネ が シヤトル の ハトバ に つく とき の アリサマ を ソウゾウ して みた。 して おかなければ ならない こと が カズ かぎりなく ある らしかった けれども、 ナニ を して おく と いう こと も なかった。 ただ なんでも いい せっせと てあたりしだい シタク を して おかなければ、 それ だけ の ココロヅクシ を みせて おかなければ、 モクロミドオリ シュビ が はこばない よう に おもった ので、 イッペン ヨコ に なった もの を また むくむく と おきあがった。
 まず キノウ きた ハデ な イルイ が そのまま ちらかって いる の を たたんで トランク の ナカ に しまいこんだ。 ねる とき まで きて いた キモノ は、 わざと はなやか な ナガジュバン や ウラジ が みえる よう に エモンダケ に とおして カベ に かけた。 ジムチョウ の おきわすれて いった パイプ や チョウボ の よう な もの は テイネイ に ヒキダシ に かくした。 コトウ が キムラ と ジブン と に あてて かいた 2 ツウ の テガミ を とりだして、 コトウ が して おいた よう に マクラ の シタ に さしこんだ。 カガミ の マエ には フタリ の イモウト と キムラ との シャシン を かざった。 それから ダイジ な こと を わすれて いた の に キ が ついて、 ロウカ-ゴシ に コウロク を よびだして クスリビン や ビョウショウ ニッキ を ととのえる よう に たのんだ。 コウロク の もって きた クスリビン から クスリ を ハンブン-ガタ タンツボ に すてた。 ニホン から キムラ に もって ゆく よう に たくされた シナジナ を トランク から とりわけた。 その ナカ から は フルサト を おもいださせる よう な イロイロ な もの が でて きた。 ニオイ まで が ニホン と いう もの を ほのか に ココロ に ふれさせた。
 ヨウコ は せわしく はたらかして いた テ を やすめて、 ヘヤ の マンナカ に たって アタリ を みまわして みた。 しぼんだ ハナタバ が とりのけられて なくなって いる ばかり で、 アト は ヨコハマ を でた とき の とおり の ヘヤ の スガタ に なって いた。 ふるい キオク が コウ の よう に しみこんだ それら の もの を みる と、 ヨウコ の ココロ は ワレ にも なく ふと ぐらつきかけた が、 ナミダ も さそわず に あわく きえて いった。
 フォクスル で キジュウキ の オト が かすか に ひびいて くる だけ で、 ヨウコ の ヘヤ は ミョウ に しずか だった。 ヨウコ の ココロ は カゼ の ない イケ か ヌマ の オモテ の よう に ただ どんより と よどんで いた。 カラダ は なんの ワケ も なく だるく ものうかった。
 ショクドウ の トケイ が ひきしまった オト で 3 ジ を うった。 それ を アイズ の よう に キテキ が すさまじく なりひびいた。 ミナト に はいった アイズ を して いる の だな と おもった。 と おもう と イマ まで にぶく みゃくうつ よう に みえて いた ムネ が キュウ に はげしく さわぎ うごきだした。 それ が ヨウコ の おもい も もうけぬ ホウコウ に うごきだした。 もう この ながい フナタビ も おわった の だ。 14~15 の とき から シンブン キシャ に なる シュギョウ の ため に きたい きたい と おもって いた ベイコク に ついた の だ。 きたい とは おもいながら ホントウ に こよう とは ゆめにも おもわなかった ベイコク に ついた の だ。 それ だけ の こと で ヨウコ の ココロ は もう しみじみ と した もの に なって いた。 キムラ は くるう よう な ココロ を しいて おししずめながら、 フネ の つく の を フトウ に たって なみだぐみつつ まって いる だろう。 そう おもいながら ヨウコ の メ は キムラ や フタリ の イモウト の シャシン の ほう に さまよって いった。 それ と ならべて シャシン を かざって おく こと も できない サダコ の こと まで が、 あわれぶかく おもいやられた。 セイカツ の ホショウ を して くれる チチオヤ も なく、 ヒザ に だきあげて アイブ して やる ハハオヤ にも はぐれた あの コ は イマ あの イケノハタ の さびしい コイエ で ナニ を して いる の だろう。 わらって いる か と ソウゾウ して みる の も かなしかった。 ないて いる か と ソウゾウ して みる の も あわれ だった。 そして ムネ の ウチ が キュウ に わくわく と ふさがって きて、 せきとめる イトマ も なく ナミダ が はらはら と ながれでた。 ヨウコ は オオイソギ で シンダイ の ソバ に かけよって、 マクラモト に おいといた ハンケチ を ひろいあげて メガシラ に おしあてた。 すなお な カンショウテキ な ナミダ が ただ ワケ も なく アト から アト から ながれた。 この フイ の カンジョウ の ウラギリ には しかし ひきいれられる よう な ユウワク が あった。 だんだん そこぶかく しずんで かなしく なって ゆく その オモイ、 なんの オモイ とも さだめかねた ふかい、 わびしい、 かなしい オモイ。 ウラミ や イカリ を きれい に ぬぐいさって、 あきらめきった よう に スベテ の もの を ただ しみじみ と なつかしく みせる その オモイ。 いとしい サダコ、 いとしい イモウト、 いとしい チチハハ、 ……なぜ こんな なつかしい ヨ に ジブン の ココロ だけ が こう かなしく ヒトリボッチ なの だろう。 なぜ ヨノナカ は ジブン の よう な モノ を あわれむ シカタ を しらない の だろう。 そんな カンジ の レイサイ な ダンペン が つぎつぎ に ナミダ に ぬれて ムネ を ひきしめながら とおりすぎた。 ヨウコ は しらずしらず それら の カンジ に しっかり すがりつこう と した けれども ムエキ だった。 カンジ と カンジ との アイダ には、 ホシ の ない ヨル の よう な、 ナミ の ない ウミ の よう な、 くらい ふかい ハテシ の ない ヒアイ が、 アイゾウ の スベテ を ただ 1 ショク に そめなして、 どんより と ひろがって いた。 セイ を のろう より も シ が ねがわれる よう な オモイ が、 せまる でも なく はなれる でも なく、 ヨウコ の ココロ に まつわりついた。 ヨウコ は ハテ は マクラ に カオ を ふせて、 ホントウ に ジブン の ため に さめざめ と なきつづけた。
 こうして コハントキ も たった とき、 フネ は サンバシ に つながれた と みえて、 2 ド-メ の キテキ が なりはためいた。 ヨウコ は ものうげ に アタマ を もたげて みた。 ハンケチ は ナミダ の ため に しぼる ほど ぬれて まるまって いた。 スイフ ら が ツナギヅナ を うけたり やったり する オト と、 ビョウクギ を うちつけた クツ で カンパン を あるきまわる オト と が いりみだれて、 アタマ の ウエ は さながら カジバ の よう な サワギ だった。 ないて ないて なきつくした コドモ の よう な ぼんやり した トリトメ の ない ココロモチ で、 ヨウコ は ナニ を おもう とも なく それ を きいて いた。
 と とつぜん ソト で ジムチョウ の、
「ここ が オヘヤ です」
と いう コエ が した。 それ が まるで カミナリ か ナニ か の よう に おそろしく きこえた。 ヨウコ は おもわず ぎょっと なった。 ジュンビ を して おく つもり で いながら なんの ジュンビ も できて いない こと も おもった。 イマ の ココロモチ は ヘイキ で キムラ に あえる ココロモチ では なかった。 おろおろ しながら たち は あがった が、 たちあがって も どう する こと も できない の だ と おもう と、 おいつめられた ザイニン の よう に、 アタマ の ケ を リョウテ で おさえて、 カミノケ を むしりながら、 シンダイ の ウエ に がばと ふさって しまった。
 ト が あいた。
「ト が あいた」、 ヨウコ は ジブン ジシン に スクイ を もとめる よう に、 こう ココロ の ウチ で うめいた。 そして イキ も とまる ほど ミウチ が しゃちこばって しまって いた。
「サツキ さん、 キムラ さん が みえました よ」
 ジムチョウ の コエ だ。 ああ ジムチョウ の コエ だ。 ジムチョウ の コエ だ。 ヨウコ は ミ を ふるわせて カベ の ほう に カオ を むけた。 ……ジムチョウ の コエ だ……。
「ヨウコ さん」
 キムラ の コエ だ。 コンド は カンジョウ に ふるえた キムラ の コエ が きこえて きた。 ヨウコ は キ が くるいそう だった。 とにかく フタリ の カオ を みる こと は どうしても できない。 ヨウコ は フタリ に ウシロ を むけ ますます カベ の ほう に もがきよりながら、 ナミダ の ヒマ から キョウジン の よう に さけんだ。 たちまち たかく たちまち ひくい その フルエゴエ は わらって いる よう に さえ きこえた。
「でて…… オフタリ とも どうか でて…… この ヘヤ を…… ゴショウ です から イマ この ヘヤ を…… でて くださいまし……」
 キムラ は ひどく フアンゲ に ヨウコ に よりそって その カタ に テ を かけた。 キムラ の テ を かんずる と キョウフ と ケンオ との ため に ミ を ちぢめて カベ に しがみついた。
「いたい…… いけません…… オナカ が…… はやく でて…… はやく……」
 ジムチョウ は キムラ を よびよせて ナニ か しばらく ひそひそ はなしあって いる よう だった が、 フタリ ながら アシオト を ぬすんで そっと ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は なおも イキ も たえだえ に、
「どうぞ でて…… あっち に いって……」
と いいながら、 いつまでも なきつづけた。

 19

 しばらく の アイダ ショクドウ で ジムチョウ と トオリイッペン の ハナシ でも して いる らしい キムラ が、 コロ を みはからって サイド ヨウコ の ヘヤ の ト を たたいた とき にも、 ヨウコ は まだ マクラ に カオ を ふせて、 フシギ な カンジョウ の ウズマキ の ナカ に ココロ を ひたして いた が、 キムラ が ヒトリ で はいって きた の に きづく と、 はじめて よわよわしく ヨコムキ に ねなおって、 ニノウデ まで ソデグチ の まくれた マッシロ な テ を さしのべて、 だまった まま キムラ と アクシュ した。 キムラ は ヨウコ の はげしく ないた の を みて から、 こらえ こらえて いた カンジョウ が さらに こうじた もの か、 ナミダ を あふれん ばかり メガシラ に ためて、 あつぼったい クチビル を ふるわせながら、 いたいたしげ に ヨウコ の カオツキ を みいって つったった。
 ヨウコ は、 イマ まで つづけて いた チンモク の ダセイ で だいいち クチ を きく の が ものうかった し、 キムラ は なんと いいだした もの か まよう ヨウス で、 フタリ の アイダ には アクシュ の まま イミ-ぶかげ な チンモク が とりかわされた。 その チンモク は しかし カンショウテキ と いう テイド で ある には あまり に ながく つづきすぎた ので、 ガイカイ の シゲキ に おうじて カビン な まで に ミチヒ の できる ヨウコ の カンジョウ は イマ まで ひたって いた ツウレツ な ドウラン から ヒトカワ ヒトカワ ヘイチョウ に かえって、 ハテ は その ソコ に、 こう こうじて は いとわしい と ジブン で すら が おもう よう な ひややか な ヒニク が、 そろそろ アタマ を もちあげて くる の を かんじた。 にぎりあわせた むずかゆい よう な テ を ひっこめて、 メモト まで フトン を かぶって、 そこ から ジブン の マエ に たつ わかい オトコ の ココロ の ミダレ を あざわらって みたい よう な ココロ に すら なって いた。 ながく つづく チンモク が とうぜん ひきおこす イッシュ の アッパク を キムラ も かんじて うろたえた らしく、 なんとか して フタリ の アイダ の キマズサ を ひきさく よう な、 ココロ の セツナサ を あらわす テキトウ の コトバ を あんじもとめて いる らしかった が、 とうとう ナミダ に うるおった ひくい コエ で、 もう イチド、
「ヨウコ さん」
と あいする モノ の ナ を よんだ。 それ は さきほど よばれた とき の それ に くらべる と、 ききちがえる ほど うつくしい コエ だった。 ヨウコ は、 イマ まで、 これほど せつ な ジョウ を こめて ジブン の ナ を よばれた こと は ない よう に さえ おもった。 「ヨウコ」 と いう ナ に きわだって デンキテキ な シキサイ が そえられた よう にも きこえた。 で、 ヨウコ は わざと キムラ と にぎりあわせた テ に チカラ を こめて、 さらに なんとか コトバ を つがせて みたく なった。 その メ も キムラ の クチビル に ハゲマシ を あたえて いた。 キムラ は キュウ に ベンリョク を カイフク して、
「イチニチ センシュウ の オモイ とは この こと です」
と すらすら と なめらか に いって のけた。 それ を きく と ヨウコ は みごと キタイ に ショイナゲ を くわされて、 その バ の コッケイ に おもわず ふきだそう と した が、 いかに ジムチョウ に たいする コイ に おぼれきった オンナゴコロ の ザンギャクサ から も、 さすが に キムラ の タイ ない セイジツ を わらいきる こと は え しない で、 ヨウコ は ただ ココロ の ウチ で シツボウ した よう に 「あれ だ から いや に なっちまう」 と くさくさ しながら かこった。
 しかし この バアイ、 キムラ と ドウヨウ、 ヨウコ も カッコウ な クウキ を ヘヤ の ナカ に つくる こと に トウワク せず には いられなかった。 ジムチョウ と わかれて ジブン の ヘヤ に とじこもって から、 こころしずか に かんがえて おこう と した キムラ に たいする ゼンゴサク も、 おもいよらぬ カンジョウ の クルイ から ソノママ に なって しまって、 イマ に なって みる と、 ヨウコ は どう キムラ を もてあつかって いい の か、 はっきり した モクロミ は できて いなかった。 しかし かんがえて みる と、 キベ コキョウ と わかれた とき でも、 ヨウコ には かくべつ これ と いう ボウリャク が あった わけ では なく、 ただ その トキドキ に ワガママ を ふるまった に すぎなかった の だ けれども、 その ケッカ は ヨウコ が ナニ か おそろしく ふかい タクラミ と テクダ を しめした か の よう に ヒト に とられて いた こと も おもった。 なんとか して こぎぬけられない こと は あるまい。 そう おもって、 まず おちつきはらって キムラ に イス を すすめた。 キムラ が テヂカ に ある タタミイス を とりあげて シンダイ の ソバ に きて すわる と、 ヨウコ は また しなやか な テ を キムラ の ヒザ の ウエ に おいて、 オトコ の カオ を しげしげ と みやりながら、
「ホントウ に しばらく でした わね。 すこし おやつれ に なった よう です わ」
と いって みた。 キムラ は ジブン の カンジョウ に うちまかされて ミ を ふるわして いた。 そして わくわく と ながれでる ナミダ が みるみる メ から あふれて、 カオ を つたって イクスジ と なく ながれおちた。 ヨウコ は、 その ナミダ の ヒトシズク が キマグレ にも、 うつむいた オトコ の ハナ の サキ に やどって、 おちそう で おちない の を みやって いた。
「ずいぶん いろいろ と クロウ なすったろう と おもって、 キ が キ では なかった ん です けれども、 ワタシ の ほう も ゴショウチ の とおり でしょう。 コンド こっち に くる に つけて も、 それ は こまって、 アリッタケ の もの を はらったり して、 ようやく まにあわせた くらい だった もん です から……」
 なお いおう と する の を キムラ は せわしく うちけす よう に さえぎって、
「それ は じゅうぶん わかって います」
と カオ を あげた ヒョウシ に ナミダ の シズク が ぽたり と ハナ の サキ から ズボン の ウエ に おちた の を みた。 ヨウコ は、 ないた ため に ミョウ に はれぼったく あかく なって、 てらてら と ひかる キムラ の ハナ の サキ が キュウ に キ に なりだして、 わるい とは しりながら も、 ともすると そこ へ ばかり メ が いった。
 キムラ は ナニ から どう はなしだして いい か わからない ヨウス だった。
「ワタシ の デンポウ を ビクトリヤ で うけとった でしょう ね」
など とも テレカクシ の よう に いった。 ヨウコ は うけとった オボエ も ない くせ に イイカゲン に、
「ええ、 ありがとう ございました」
と こたえて おいた。 そして イットキ も はやく こんな いきづまる よう に アッパク して くる フタリ の アイダ の ココロ の モツレ から のがれる スベ は ない か と シアン して いた。
「イマ はじめて ジムチョウ から きいた ん です が、 アナタ が ビョウキ だった と いって ました が、 いったい どこ が わるかった ん です。 さぞ こまった でしょう ね。 そんな こと とは ちっとも しらず に、 イマ が イマ まで、 シュクフク された、 かがやく よう な アナタ を むかえられる と ばかり おもって いた ん です。 アナタ は ホントウ に シレン の ウケツヅケ と いう もん です ね。 どこ でした わるい の は」
 ヨウコ は、 フヨウイ にも オンナ を とらえて ジカヅケ に ビョウキ の シュルイ を ききただす オトコ の ココロ の ソザツサ を いみながら、 あたらず さわらず、 マエ から あった イビョウ が、 フネ の ナカ で ショクモツ と キコウ との かわった ため に、 だんだん こうじて きて おきられなく なった よう に いいつくろった。 キムラ は いたましそう に マユ を よせながら きいて いた。
 ヨウコ は もう こんな ホドホド な カイワ には たえきれなく なって きた。 キムラ の カオ を みる に つけて おもいだされる センダイ ジダイ や、 ハハ の シ と いう よう な こと にも かなり なやまされる の を つらく おもった。 で、 ハナシ の チョウシ を かえる ため に しいて いくらか カイカツ を よそおって、
「それ は そう と こちら の ゴジギョウ は いかが」
と シゴト とか ヨウス とか いう カワリ に、 わざと ジギョウ と いう コトバ を つかって こう たずねた。
 キムラ の カオツキ は みるみる かわった。 そして ムネ の ポッケット に のぞかせて あった おおきな リンネル の ハンケチ を とりだして、 キヨウ に カタテ で それ を ふわり と まるめて おいて、 ちん と ハナ を かんで から、 また キヨウ に それ を ポッケット に もどす と、
「ダメ です」
と いかにも ゼツボウテキ な チョウシ で いった が、 その メ は すでに わらって いた。 サン フランシスコ の リョウジ が ザイリュウ ニホンジン の キギョウ に たいして ぜんぜん レイタン で モウモク で ある と いう こと、 ニホンジン-カン に シッシ が はげしい ので、 サン フランシスコ での ジギョウ の モクロミ は ヨキ イジョウ の コショウ に あって だいたい シッパイ に おわった こと、 おもいきった ハッテン は やはり ソウゾウドオリ ベイコク の セイブ より も チュウオウ、 ことに シカゴ を チュウシン と して ケイカク されなければ ならぬ と いう こと、 サイワイ に、 サン フランシスコ で ジブン の ハナシ に のって くれる ある てがたい ドイツジン に トリツギ を たのんだ と いう こと、 シヤトル でも ソウトウ の ミセ を みいだしかけて いる と いう こと、 シカゴ に いったら、 そこ で ニホン の メイヨ リョウジ を して いる かなり な テツモノショウ の ミセ に まず すみこんで ベイコク に おける トリヒキ の テゴコロ を のみこむ と ドウジ に、 その ヒト の シホン の イチブ を うごかして、 ニホン との ジカトリヒキ を はじめる サンダン で ある と いう こと、 シカゴ の スマイ は もう きまって、 かりる べき フラット の ズメン まで とりよせて ある と いう こと、 フラット は フケイザイ の よう だ けれども ヘヤ の あいた ブブン を マタガシ を すれば、 たいして たかい もの にも つかず、 スマイ ベンリ は ヒジョウ に いい と いう こと…… そういう テン に かけて は、 なかなか メンミツ に ゆきとどいた もの で、 それ を いかにも キギョウカ-らしい セップクテキ な クチョウ で ジュンジョ よく のべて いった。 カイワ の ナガレ が こう かわって くる と、 ヨウコ は はじめて ドロ の ナカ から アシ を ぬきあげた よう な キガル な ココロモチ に なって、 ずっと キムラ を みつめながら、 きく とも なし に その ハナシ に キキミミ を たてて いた。 キムラ の ヨウボウ は しばらく の アイダ に みちがえる ほど リファイン されて、 モト から しろかった その ヒフ は ナニ か トクシュ な センリョウ で ソコビカリ の する ほど ミガキ が かけられて、 ニホンジン とは おもえぬ まで なめらか なのに、 アブラ で きれい に わけた こい クロカミ は、 セイヨウジン の キンパツ には また みられぬ よう な オモムキ の ある タイショウ を その ハクセキ の ヒフ に あたえて、 カラー と ネックタイ の カンケイ にも ヒト に キ の つかぬ コリカタ を みせて いた。
「アイタテ から こんな こと を いう の は はずかしい です けれども、 じっさい コンド と いう コンド は クトウ しました。 ここ まで むかえ に くる にも ろくろく リョヒ が ない サワギ でしょう」
と いって さすが に くるしげ に ワライ に まぎらそう と した。 そのくせ キムラ の ムネ には どっしり と おもそう な キングサリ が かかって、 リョウテ の ユビ には ヨッツ まで ホウセキ-イリ の ユビワ が きらめいて いた。 ヨウコ は キムラ の いう こと を ききながら その ユビ に メ を つけて いた が、 ヨッツ の ユビワ の ウチ に コンヤク の とき とりかわした ジュンキン の ユビワ も まじって いる の に キ が つく と、 ジブン の ユビ には それ を はめて いなかった の を おもいだして、 なに くわぬ ヨウス で キムラ の ヒザ の ウエ から テ を ひっこめて アゴ まで フトン を かぶって しまった。 キムラ は ひっこめられた テ に おいすがる よう に イス を のりだして、 ヨウコ の カオ に ちかく ジブン の カオ を さしだした。
「ヨウコ さん」
「ナニ?」
 また ラブ シーン か。 そう おもって ヨウコ は うんざり した けれども、 すげなく カオ を そむける わけ にも ゆかず、 やや トウワク して いる と、 おりよく ジムチョウ が カタバカリ の ノック を して はいって きた。 ヨウコ は ねた まま、 メ で いそいそ と ジムチョウ を むかえながら、
「まあ ようこそ…… サキホド は シツレイ。 なんだか くだらない こと を かんがえだして いた もん です から、 つい ワガママ を して しまって すみません…… おいそがしい でしょう」
と いう と、 ジムチョウ は カラカイ ハンブン の ジョウダン を キッカケ に、
「キムラ さん の カオ を みる と えらい こと を わすれて いた に キ が ついた で。 キムラ さん から アナタ に デンポウ が きとった の を、 ワタシャ ビクトリヤ での ドサクサ で ころり わすれとった ん だ。 すまん こと でした。 こんな シワ に なりくさった」
と いいながら、 ヒダリ の ポッケット から オリメ に タバコ の コナ が はさまって モミクチャ に なった デンポウシ を とりだした。 キムラ は さっき ヨウコ が それ を みた と たしか に いった その コトバ に たいして、 ケゲン な カオツキ を しながら ヨウコ を みた。 ササイ な こと では ある が、 それ が ジムチョウ にも カンケイ を もつ こと だ と おもう と、 ヨウコ も ちょっと どぎまぎ せず には いられなかった。 しかし それ は ただ イッシュンカン だった。
「クラチ さん、 アナタ は キョウ すこし どうか なすって いらっしゃる わ。 それ は その とき ちゃんと ハイケン した じゃ ありません か」
と いいながら すばやく メクバセ する と、 ジムチョウ は すぐ ナニ か ワケ が ある の を けどった らしく、 たくみ に ヨウコ に バツ を あわせた。
「なに? アナタ みた?…… おお そうそう…… これ は ねぼけかえっとる ぞ、 はははは」
 そして たがいに カオ を みあわせながら フタリ は したたか わらった。 キムラ は しばらく フタリ を カタミガワリ に みくらべて いた が、 これ も やがて コエ を たてて わらいだした。 キムラ の わらいだす の を みた フタリ は むしょうに おかしく なって もう イチド あたらしく わらいこけた。 キムラ と いう おおきな ジャマモノ を メノマエ に すえて おきながら、 タガイ の カンジョウ が ミズ の よう に ク も なく ながれかよう の を フタリ は こどもらしく たのしんだ。
 しかし こんな イタズラ-めいた こと の ため に ハナシ は ちょっと とぎれて しまった。 くだらない こと に フタリ から わきでた すこし ぎょうさん-すぎた ワライ は、 かすか ながら キムラ の カンジョウ を そこねた らしかった。 ヨウコ は、 この バアイ、 なお いのころう と する ジムチョウ を とおざけて、 キムラ と サシムカイ に なる の が トクサク だ と おもった ので、 ホド も なく キマジメ な カオツキ に かえって、 マクラ の シタ を さぐって、 そこ に いれて おいた コトウ の テガミ を とりだして キムラ に わたしながら、
「これ を アナタ に コトウ さん から。 コトウ さん には ずいぶん オセワ に なりまして よ。 でも あの カタ の ブマサ カゲン ったら、 それ は じれったい ほど ね。 アイ や サダ の ガッコウ の こと も おたのみ して きた ん です けれども こころもとない もん よ。 きっと イマゴロ は ケンカゴシ に なって ミンナ と ダンパン でも して いらっしゃる でしょう よ。 みえる よう です わね」
と ミズ を むける と、 キムラ は はじめて ハナシ の リョウブン が ジブン の ほう に うつって きた よう に、 カオイロ を なおしながら、 ジムチョウ を ソッチノケ に した タイド で、 ヨウコ に たいして は ジブン が ダイイチ の ハツゲンケン を もって いる と いわん ばかり に、 いろいろ と はなしだした。 ジムチョウ は しばらく カザムキ を みはからって たって いた が とつぜん ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は すばやく その カオイロ を うかがう と ミョウ に けわしく なって いた。
「ちょっと シツレイ」
 キムラ の クセ で、 こんな とき まで ミョウ に よそよそしく ことわって、 コトウ の テガミ の フウ を きった。 セイヨウ ケイシ に ペン で こまかく かいた イクマイ か の かなり あつい もの で、 それ を キムラ が よみおわる まで には ヒマ が かかった。 その アイダ、 ヨウコ は アオムケ に なって、 カンパン で さかん に ニアゲ して いる ニンソク ら の サワギ を ききながら、 やや くらく なりかけた ヒカリ で キムラ の カオ を みやって いた。 すこし マユネ を よせながら、 テガミ に よみふける キムラ の ヒョウジョウ には、 ときどき クツウ や ギワク や の イロ が いったり きたり した。 よみおわって から ほっと した タメイキ と ともに キムラ は テガミ を ヨウコ に わたして、
「こんな こと を いって よこして いる ん です。 アナタ に みせて も かまわない と ある から ごらんなさい」
と いった。 ヨウコ は べつに よみたく も なかった が、 タショウ の コウキシン も てつだう ので とにかく メ を とおして みた。

「ボク は コンド ぐらい フシギ な ケイケン を なめた こと は ない。 ケイ が さって ノチ の ヨウコ さん の イッシン に かんして、 セキニン を もつ こと なんか、 ボク は したい と おもって も でき は しない が、 もし メイハク に いわせて くれる なら、 ケイ は まだ ヨウコ さん の ココロ を ぜんぜん センリョウ した もの とは おもわれない」
「ボク は オンナ の ココロ には まったく ふれた こと が ない と いって いい ほど の ニンゲン だ が、 もし ボク の ジジツ だ と おもう こと が フコウ に して ジジツ だ と する と、 ヨウコ さん の コイ には ――もし そんな の が コイ と いえる なら―― だいぶ ヨユウ が ある と おもう ね」
「これ が オンナ の タクト と いう もの か と おもった よう な こと が あった。 しかし ボク には わからん」
「ボク は わかい オンナ の マエ に ゆく と へんに どぎまぎ して しまって ろくろく モノ も いえなく なる。 ところが ヨウコ さん の マエ では まったく ちがった カンジ で モノ が いえる。 これ は カンガエモノ だ」
「ヨウコ さん と いう ヒト は ケイ が いう とおり に すぐれた テンプ を もった ヒト の よう にも じっさい おもえる。 しかし あの ヒト は どこ か カタワ じゃ ない かい」
「メイハク に いう と ボク は ああいう ヒト は いちばん きらい だ けれども、 ドウジ に また いちばん ひきつけられる、 ボク は この ムジュン を ときほごして みたくって たまらない。 ボク の タンジュン を ゆるして くれたまえ。 ヨウコ さん は イマ まで の どこ か で ミチ を まちがえた の じゃ ない かしらん。 けれども それにしては あまり ヘイキ だね」
「カミ は アクマ に なにひとつ あたえなかった が アトラクション だけ は あたえた の だ。 こんな こと も おもう。 ……ヨウコ さん の アトラクション は どこ から くる ん だろう。 シッケイ シッケイ。 ボク は ランボウ を いいすぎてる よう だ」
「ときどき は にくむ べき ニンゲン だ と おもう が、 ときどき は なんだか かわいそう で かわいそう で たまらなく なる とき が ある。 ヨウコ さん が ここ を よんだら、 おそらく ツバ でも はきかけたく なる だろう。 あの ヒト は かわいそう な ヒト の くせ に、 かわいそう-がられる の が きらい らしい から」
「ボク には けっきょく ヨウコ さん は ナニ が なんだか ちっとも わからない。 ボク は ケイ が カノジョ を えらんだ ジシン に おどろく。 しかし こう なった イジョウ は、 ケイ は ゼンリョク を つくして カノジョ を リカイ して やらなければ いけない と おもう。 どうか ケイラ の セイカツ が サイゴ の エイカン に いたらん こと を カミ に いのる」

 こんな モンク が ダンペンテキ に ヨウコ の ココロ に しみて いった。 ヨウコ は はげしい ブベツ を コバナ に みせて、 テガミ を キムラ に もどした。 キムラ の カオ には その テガミ を よみおえた ヨウコ の ココロ の ウチ を みとおそう と あせる よう な ヒョウジョウ が あらわれて いた。
「こんな こと を かかれて アナタ どう おもいます」
 ヨウコ は こともなげ に せせらわらった。
「どうも おもい は しません わ。 でも コトウ さん も テガミ の ウエ では イチマイ-ガタ オトコ を あげて います わね」
 キムラ の イキゴミ は しかし そんな こと では ごまかされそう には なかった ので、 ヨウコ は めんどうくさく なって すこし けわしい カオ に なった。
「コトウ さん の おっしゃる こと は コトウ さん の おっしゃる こと。 アナタ は ワタシ と ヤクソク なさった とき から ワタシ を しんじ ワタシ を リカイ して くださって いらっしゃる ん でしょう ね」
 キムラ は おそろしい チカラ を こめて、
「それ は そう です とも」
と こたえた。
「そんなら それ で なにも いう こと は ない じゃ ありません か。 コトウ さん など の いう こと―― コトウ さん なんぞ に わかられたら ニンゲン も スエ です わ―― でも アナタ は やっぱり どこ か ワタシ を うたがって いらっしゃる のね」
「そう じゃ ない……」
「そう じゃ ない こと が ある もん です か。 ワタシ は いったん こう と きめたら どこまでも それ で とおす の が すき。 それ は いきてる ニンゲン です もの、 こっち の スミ あっち の スミ と ちいさな こと を とらえて トガメダテ を はじめたら サイゲン は ありません さ。 そんな バカ な こと ったら ありません わ。 ワタシ みたい な キズイ な ワガママモノ は そんな ふう に されたら キュウクツ で キュウクツ で しんで しまう でしょう よ。 ワタシ が こんな に なった の も、 つまり、 ミンナ で よって たかって ワタシ を うたがいぬいた から です。 アナタ だって やっぱり その ヒトリ か と おもう と こころぼそい もん です のね」
 キムラ の メ は かがやいた。
「ヨウコ さん、 それ は ウタガイスギ と いう もん です」
 そして ジブン が ベイコク に きて から なめつくした フントウ セイカツ も つまり は ヨウコ と いう もの が あれば こそ できた ので、 もし ヨウコ が それ に ドウジョウ と コブ と を あたえて くれなかったら、 その シュンカン に セイ も コン も かれはてて しまう に ちがいない と いう こと を くりかえし くりかえし ネッシン に といた。 ヨウコ は うそうそしく きいて いた が、
「うまく おっしゃる わ」
と トドメ を さして おいて、 しばらく して から おもいだした よう に、
「アナタ タガワ の オクサン に おあい なさって」
と たずねた。 キムラ は まだ あわなかった と こたえた。 ヨウコ は ヒニク な ヒョウジョウ を して、
「いまに きっと おあい に なって よ。 イッショ に この フネ で いらしった ん です もの。 そして イソガワ の オバサン が ワタシ の カントク を おたのみ に なった ん です もの。 イチド おあい に なったら アナタ は きっと ワタシ なんぞ ミムキ も なさらなく なります わ」
「どうして です」
「まあ おあい なさって ゴラン なさいまし」
「ナニ か アナタ ヒナン を うける よう な こと でも した ん です か」
「ええ ええ たくさん しました とも」
「タガワ フジン に? あの ケンプジン の ヒナン を うける とは、 いったい どんな こと を した ん です」
 ヨウコ は さも アイソ が つきた と いう ふう に、
「あの ケンプジン!」
と いいながら たかだか と わらった。 フタリ の カンジョウ の イト は またも もつれて しまった。
「そんな に あの オクサン に アナタ の ゴシンヨウ が ある の なら、 ワタシ から もうして おく ほう が ハヤテマワシ です わね」
と ヨウコ は ハンブン ヒニク な ハンブン マジメ な タイド で、 ヨコハマ シュッコウ イライ フジン から ヨウコ が うけた アンアンリ の アッパク に オヒレ を つけて かたって きて、 ジムチョウ と ジブン との アイダ に ナニ か アタリマエ で ない カンケイ でも ある よう な ウタガイ を もって いる らしい と いう こと を、 ヒトゴト でも はなす よう に レイセイ に のべて いった。 その コトバ の ウラ には、 しかし ヨウコ に トクユウ な ヒ の よう な ジョウネツ が ひらめいて、 その メ は するどく かがやいたり なみだぐんだり して いた。 キムラ は デンカ に でも うたれた よう に ハンダンリョク を うしなって、 イチブ シジュウ を ぼんやり と きいて いた。 コトバ だけ にも どこまでも レイセイ な チョウシ を もたせつづけて ヨウコ は スベテ を かたりおわって から、
「おなじ シンセツ にも シンソコ から の と、 トオリイッペン の と フタツ あります わね。 その フタツ が どうか して ぶつかりあう と、 いつでも ホントウ の シンセツ の ほう が ワルモノ アツカイ に されたり、 ジャマモノ に みられる ん だ から おもしろう ござんす わ。 ヨコハマ を でて から ミッカ ばかり フネ に よって しまって、 どう しましょう と おもった とき にも、 ゴシンセツ な オクサン は、 わざと ゴエンリョ なさって でしょう ね、 サンド サンド ショクドウ には おで に なる のに、 イチド も ワタシ の ほう へは いらしって くださらない のに、 ジムチョウ ったら イクド も オイシャ さん を つれて くる ん です もの、 オクサン の オウタガイ も もっとも と いえば もっとも です の。 それに ワタシ が イビョウ で ねこむ よう に なって から は、 センチュウ の オキャクサマ が それ は ドウジョウ して くださって、 いろいろ と して くださる の が、 オクサン には だいの オキ に いらなかった ん です の。 オクサン だけ が ワタシ を シンセツ に して くださって、 ホカ の カタ は ミンナ よって たかって、 オクサン を シンセツ に して あげて くださる ダンドリ に さえ なれば、 なにもかも ブジ だった ん です けれども ね、 なかでも ジムチョウ の シンセツ に して アゲカタ が いちばん たりなかった ん でしょう よ」
と コトバ を むすんだ。 キムラ は クチビル を かむ よう に して きいて いた が、 いまいましげ に、
「わかりました わかりました」
 ガテン しながら つぶやいた。
 ヨウコ は ヒタイ の ハエギワ の みじかい ケ を ひっぱって は ユビ に まいて ウワメ で ながめながら、 ヒニク な ビショウ を クチビル の アタリ に うかばして、
「おわかり に なった? ふん、 どう です かね」
と そらうそぶいた。
 キムラ は ナニ を おもった か ひどく カンショウテキ な タイド に なって いた。
「ワタシ が わるかった。 ワタシ は どこまでも アナタ を しんずる つもり で いながら、 ヒト の コトバ に タショウ とも シンヨウ を かけよう と して いた の が わるかった の です。 ……かんがえて ください、 ワタシ は シンルイ や ユウジン の スベテ の ハンタイ を おかして ここ まで きて いる の です。 もう アナタ なし には ワタシ の ショウガイ は ムイミ です。 ワタシ を しんじて ください。 きっと 10 ネン を きして オトコ に なって みせます から…… もし アナタ の アイ から ワタシ が はなれなければ ならん よう な こと が あったら…… ワタシ は そんな こと を おもう に たえない…… ヨウコ さん」
 キムラ は こう いいながら メ を かがやかして すりよって きた。 ヨウコ は その おもいつめた らしい タイド に イッシュ の キョウフ を かんずる ほど だった。 オトコ の ホコリ も なにも わすれはて、 すてはてて、 ヨウコ の マエ に チカイ を たてて いる キムラ を、 うまうま いつわって いる の だ と おもう と、 ヨウコ は さすが に ハリ で つく よう な イタミ を するどく ふかく リョウシン の イチグウ に かんぜず には いられなかった。 しかし それ より も その シュンカン に ヨウコ の ムネ を おしひしぐ よう に せばめた もの は、 ソコ の ない ものすごい フアン だった。 キムラ とは どうしても つれそう ココロ は ない。 その キムラ に…… ヨウコ は おぼれた ヒト が キシベ を のぞむ よう に ジムチョウ を おもいうかべた。 オトコ と いう もの の オンナ に あたえる チカラ を いまさら に つよく かんじた。 ここ に ジムチョウ が いて くれたら どんな に ジブン の ユウキ は くわわったろう。 しかし…… どう に でも なれ。 どうか して この ダイジ な セト を こぎぬけなければ うかぶ セ は ない。 ヨウコ は だいそれた ムホンニン の ココロ で キムラ の カレス を うく べき ミガマエ ココロガマエ を あんじて いた。
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ある オンナ (ゼンペン 10)

2021-08-07 | アリシマ タケオ
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 フネ の ついた その バン、 タガワ フサイ は ミマイ の コトバ も ワカレ の コトバ も のこさず に、 オオゼイ の デムカエニン に かこまれて どうどう と イギ を ととのえて ジョウリク して しまった。 その ヨ の ヒトビト の ナカ には わざわざ ヨウコ の ヘヤ を おとずれて きた モノ が スウニン は あった けれども、 ヨウコ は いかにも シタシミ を こめた ワカレ の コトバ を あたえ は した が、 アト まで ココロ に のこる ヒト とて は ヒトリ も いなかった。 その バン ジムチョウ が きて、 せまっこい、 ブドワール の よう な センシツ で おそく まで しめじめ と うちかたった アイダ に、 ヨウコ は ふと 2 ド ほど オカ の こと を おもって いた。 あんな に ジブン を したって い は した が オカ も ジョウリク して しまえば、 せんかたなく ボストン の ほう に たびだつ ヨウイ を する だろう。 そして やがて ジブン の こと も いつ とは なし に わすれて しまう だろう。 それにしても なんと いう ジョウヒン な うつくしい セイネン だったろう。 こんな こと を ふと おもった の も しかし ツカノマ で、 その ツイオク は ココロ の ト を たたいた と おもう と はかなく も どこ か に きえて しまった。 イマ は ただ キムラ と いう ジャマ な カンガエ が、 もやもや と ムネ の ウチ に たちまよう ばかり で、 その オク には ジムチョウ の うちかちがたい くらい チカラ が、 マオウ の よう に コユルギ も せず うずくまって いる のみ だった。
 ニヤク の めまぐるしい サワギ が フツカ つづいた アト の エノシママル は、 なきわめく イゾク に とりかこまれた うつろ な シガイ の よう に、 がらん と しずまりかえって、 そうぞうしい サンバシ の ザットウ の アイダ に さびしく よこたわって いる。
 スイフ が ワギリ に した ヤシ の ミ で よごれた カンパン の イタ を タンチョウ に ごしごし ごしごし と こする オト が、 トキ と いう もの を ゆるゆる すりへらす ヤスリ の よう に ひがなひねもす きこえて いた。
 ヨウコ は はやく はやく ここ を きりあげて ニホン に かえりたい と いう こどもじみた カンガエ の ホカ には、 おかしい ほど その ホカ の キョウミ を うしなって しまって、 タキョウ の フウケイ に イチベツ を あたえる こと も いとわしく、 ジブン の ヘヤ の ナカ に こもりきって、 ひたすら ハッセン の ヒ を まちわびた。 もっとも キムラ が マイニチ ベイコク と いう ニオイ を ハナ を つく ばかり ミノマワリ に ただよわせて、 ヨウコ を おとずれて くる ので、 ヨウコ は うっかり ネドコ を はなれる こと も できなかった。
 キムラ は くる たび ごと に ぜひ ベイコク の イシャ に ケンコウ シンダン を たのんで、 だいじなければ おもいきって ケンエキカン の ケンエキ を うけて、 ともかくも ジョウリク する よう に と すすめて みた が、 ヨウコ は どこまでも いや を いいとおす ので、 フタリ の アイダ には ときどき キケン な チンモク が つづく こと も めずらしく なかった。 ヨウコ は しかし いつでも テギワ よく その バアイ バアイ を あやつって、 それから あまい カンゴ を ひきだす だけ の キサイ を もちあわして いた ので、 この 1 カゲツ ほど みしらぬ ヒト の アイダ に たちまじって、 ビンボウ の クツジョク を ぞんぶん に なめつくした キムラ は、 みるみる オンジュウ な ヨウコ の コトバ や ヒョウジョウ に よいしれる の だった。 カリフォルニヤ から くる みずみずしい ブドウ や バナナ を キヨウ な キョウギ の コカゴ に もったり、 うつくしい ハナタバ を たずさえたり して、 ヨウコ の アサゲショウ が しまった か と おもう コロ には キムラ が かかさず たずねて きた。 そして マイニチ くどくど と コウロク に ヨウコ の ヨウダイ を ききただした。 コウロク は イイカゲン な こと を いって イチニチ ノバシ に のばして いる ので たまらなく なって キムラ が ジムチョウ に ソウダン する と、 ジムチョウ は コウロク より も さらに ヨウリョウ を えない ウケコタエ を した。 しかたなし に キムラ は トホウ に くれて、 また ヨウコ に かえって きて なきつく よう に ジョウリク を せまる の で あった。 その マイニチ の イキサツ を ヨル に なる と ヨウコ は ジムチョウ と はなしあって ワライ の タネ に した。
 ヨウコ は なんと いう こと なし に、 キムラ を こまらして みたい、 いじめて みたい と いう よう な フシギ な ザンコク な ココロ を、 キムラ に たいして かんずる よう に なって いった。 ジムチョウ と キムラ と を メノマエ に おいて、 なにも しらない キムラ を、 ジムチョウ が イチリュウ の きびきび した アクラツ な テ で おもうさま ホンロウ して みせる の を ながめて たのしむ の が イッシュ の コシツ の よう に なった。 そして ヨウコ は キムラ を とおして ジブン の カコ の スベテ に チ の したたる フクシュウ を あえて しよう と する の だった。 そんな バアイ に、 ヨウコ は よく どこ か で ウロオボエ に した クレオパトラ の ソウワ を おもいだして いた。 クレオパトラ が ジブン の ウンメイ の キュウハク した の を しって ジサツ を おもいたった とき、 イクニン も ドレイ を メノマエ に ひきださして、 それ を ドクジャ の エジキ に して、 その イクニン も の ムコ の ヒトビト が もだえながら ゼツメイ する の を、 マユ も うごかさず に みて いた と いう ソウワ を おもいだして いた。 ヨウコ には カコ の スベテ の ジュソ が キムラ の イッシン に あつまって いる よう にも おもいなされた。 ハハ の シイタゲ、 イソガワ ジョシ の ジュッスウ、 キンシン の アッパク、 シャカイ の カンシ、 オンナ に たいする オトコ の キユ、 オンナ の コウゴウ など と いう ヨウコ の テキ を キムラ の イッシン に おっかぶせて、 それ に オンナ の ココロ が たくらみだす ザンギャク な シウチ の あらん カギリ を そそぎかけよう と する の で あった。
「アナタ は ウシ ノ コク マイリ の ワラニンギョウ よ」
 こんな こと を どうか した ヒョウシ に メン と むかって キムラ に いって、 キムラ が ケゲン な カオ で その イミ を くみかねて いる の を みる と、 ヨウコ は ジブン にも ワケ の わからない ナミダ を メ に いっぱい ためながら ヒステリカル に わらいだす よう な こと も あった。
 キムラ を はらいすてる こと に よって、 ヘビ が カラ を ぬけでる と おなじ に、 ジブン の スベテ の カコ を ほうむって しまう こと が できる よう にも おもいなして みた。
 ヨウコ は また ジムチョウ に、 どれほど キムラ が ジブン の おもう まま に なって いる か を みせつけよう と する ユウワク も かんじて いた。 ジムチョウ の メノマエ では ずいぶん ランボウ な こと を キムラ に いったり させたり した。 ときには ジムチョウ の ほう が みかねて フタリ の アイダ を なだめ に かかる こと さえ ある くらい だった。
 ある とき キムラ の きて いる ヨウコ の ヘヤ に ジムチョウ が きあわせた こと が あった。 ヨウコ は マクラモト の イス に キムラ を こしかけさせて、 トウキョウ を たった とき の ヨウス を くわしく はなして きかせて いる ところ だった が、 ジムチョウ を みる と いきなり ヨウス を かえて、 さもさも キムラ を うとんじた ふう で、
「アナタ は ムコウ に いらしって ちょうだい」
と キムラ を ムコウ の ソファ に ゆく よう に メ で サシズ して、 ジムチョウ を その アト に すわらせた。
「さ、 アナタ こちら へ」
と いって アオムケ に ねた まま ウワメ を つかって みやりながら、
「いい オテンキ の よう です こと ね。 ……あの ときどき ごーっ と カミナリ の よう な オト の する の は ナニ?…… ワタシ うるさい」
「トロ です よ」
「そう…… オキャクサマ が たんと おあり ですって ね」
「さあ すこし は しっとる モノ が ある もん だで」
「ユウベ も その うつくしい オキャク が いらしった の? とうとう オハナシ に おみえ に ならなかった のね」
 キムラ を マエ に おきながら、 この ムボウ と さえ みえる コトバ を エンリョ エシャク も なく いいだす の には、 さすが の ジムチョウ も ぎょっと した らしく、 ヘンジ も ろくろく しない で キムラ の ほう に むいて、
「どう です マッキンレー は。 おどろいた こと が もちあがりおった もん です ね」
と ワダイ を てんじよう と した。 この フネ の コウカイチュウ シヤトル に ちかく なった ある ヒ、 トウジ の ダイトウリョウ マッキンレー は キョウト の タンジュウ に たおれた ので、 この ジケン は ベイコク での ウワサ の チュウシン に なって いる の だった。 キムラ は その トウジ の モヨウ を くわしく シンブンシ や ヒト の ウワサ で しりあわせて いた ので、 ノリキ に なって その ハナシ に ミ を いれよう と する の を、 ヨウコ は ニベ も なく さえぎって、
「ナン です ね アナタ は、 キフジン の ハナシ の コシ を おったり して。 そんな ゴマカシ ぐらい では だまされて は いません よ。 クラチ さん、 どんな うつくしい カタ です。 アメリカ キッスイ の ヒト って どんな なん でしょう ね。 ワタシ、 みたい。 あわして くださいまし な コンド きたら。 ここ に つれて きて くださる ん です よ。 ホカ の もの なんぞ なんにも みたく は ない けれども、 これ ばかり は ぜひ みとう ござんす わ。 そこ に いく と ね、 キムラ なんぞ は そりゃあ ヤボ な もん です こと よ」
と いって、 キムラ の いる ほう を はるか に シタメ で みやりながら、
「キムラ さん どう? こっち に いらしって から ちっと は オンナ の オトモダチ が おでき に なって? レディー フレンド と いう の が?」
「それ が できん で たまる か」
と ジムチョウ は キムラ の ナイコウ を みぬいて ウラガキ する よう に おおきな コエ で いった。
「ところが できて いたら オナグサミ、 そう でしょう? クラチ さん まあ こう なの。 キムラ が ワタシ を もらい に きた とき には ね、 イシ の よう に かたく すわりこんで しまって、 まるで イノチ の トリヤリ でも しかねない ダンパン の シカタ です のよ。 その コロ ハハ は タイビョウ で ふせって いました の。 なんとか ハハ に おっしゃって ね、 ハハ に。 ワタシ、 わすれちゃ ならない コトバ が ありました わ。 ええと…… そうそう (キムラ の クチョウ を ジョウズ に まねながら) 『ワタシ、 もし ホカ の ヒト に ココロ を うごかす よう な こと が ありましたら カミサマ の マエ に ツミビト です』 ですって…… そういう チョウシ です もの」
 キムラ は すこし ドキ を ほのめかす カオツキ を して、 トオク から ヨウコ を みつめた まま クチ も きかない で いた。 ジムチョウ は からから と わらいながら、
「それじゃ キムラ さん イマゴロ は カミサマ の マエ に いいくらかげん ツミビト に なっとる でしょう」
と キムラ を みかえした ので、 キムラ も やむなく にがりきった ワライ を うかべながら、
「オノレ を もって ヒト を はかる ヒッポウ です ね」
と こたえ は した が、 ヨウコ の コトバ を ヒニク と かいして、 ヒトマエ で たしなめる に して は やや かるすぎる し、 ジョウダン と みて わらって しまう に して は たしか に つよすぎる ので、 キムラ の カオイロ は ミョウ に ぎごちなく こだわって しまって いつまでも はれなかった。 ヨウコ は クチビル だけ に かるい ワライ を うかべながら、 タンジュウ の みなぎった よう な その カオ を シタメ で こころよげ に まじまじ と ながめやった。 そして にがい セイリョウザイ でも のんだ よう に ムネ の ツカエ を すかして いた。
 やがて ジムチョウ が ザ を たつ と、 ヨウコ は、 マユ を ひそめて こころよからぬ カオ を した キムラ を、 しいて また モト の よう に ジブン の ソバ ちかく すわらせた。
「いや な ヤツ っちゃ ない の。 あんな ハナシ でも して いない と、 ホカ に なんにも ハナシ の タネ の ない ヒト です の…… アナタ さぞ ゴメイワク でしたろう ね」
と いいながら、 ジムチョウ に した よう に ウワメ に コビ を あつめて じっと キムラ を みた。 しかし キムラ の カンジョウ は ひどく ほつれて、 ヨウイ に とける ヨウス は なかった。 ヨウコ を コイ に イアツ しよう と たくらむ わざと な アラタマリカタ も みえた。 ヨウコ は イタズラモノ-らしく ハラ の ナカ で くすくす わらいながら、 キムラ の カオ を コウイ を こめた メツキ で ながめつづけた。 キムラ の ココロ の オク には ナニ か いいだして みたい くせ に、 なんとなく ハラ の ナカ が みすかされそう で、 いいだしかねて いる もの が ある らしかった が、 とぎれがち ながら ハナシ が コハントキ も すすんだ とき、 トテツ も なく、
「ジムチョウ は、 ナン です か、 ヨル に なって まで アナタ の ヘヤ に はなし に くる こと が ある ん です か」
と さりげなく たずねよう と する らしかった が、 その ゴビ は ワレ にも なく ふるえて いた。 ヨウコ は ワナ に かかった ムチ な ケモノ を あわれみわらう よう な ビショウ を クチビル に うかべながら、
「そんな こと が されます もの か この ちいさな フネ の ナカ で。 かんがえて も ゴラン なさいまし。 さきほど ワタシ が いった の は、 コノゴロ は マイバン ヨル に なる と ヒマ なので、 あの ヒトタチ が ショクドウ に あつまって きて、 サケ を のみながら おおきな コエ で いろんな くだらない ハナシ を する ん です の。 それ が よく ここ まで きこえる ん です。 それに ユウベ あの ヒト が こなかった から からかって やった だけ なん です のよ。 コノゴロ は タチ の わるい オンナ まで が タイ を くむ よう に して どっさり フネ に きて、 それ は そうぞうしい ん です の。 ……ほほほほ アナタ の クロウショウ ったら ない」
 キムラ は とりつく シマ を みうしなって、 ニノク が つげない で いた。 それ を ヨウコ は かわいい メ を あげて、 ムジャキ な カオ を して みやりながら わらって いた。 そして ジムチョウ が はいって きた とき とぎらした ハナシ の イトグチ を みごと に わすれず に ひろいあげて、 トウキョウ を たつ とき の モヨウ を また シサイ に はなしつづけた。
 こうした ふう で カットウ は ヨウコ の テ ヒトツ で カッテ に まぎらされたり ホゴ されたり した。
 ヨウコ は ヒトリ の オトコ を しっかり と ジブン の ハジ の ウチ に おいて、 それ を ネコ が ネズミ でも なぶる よう に、 カッテ に なぶって たのしむ の を やめる こと が できなかった と ドウジ に、 ときどき は キムラ の カオ を ヒトメ みた ばかり で、 ムシズ が はしる ほど エンオ の ジョウ に かりたてられて、 われながら どうして いい か わからない こと も あった。 そんな とき には ただ イチズ に フクツウ を コウジツ に して、 ヒトリ に なって、 ハラダチマギレ に ありあわせた もの を とって ユカ の ウエ に ほうったり した。 もう なにもかも いって しまおう。 もてあそぶ にも たらない キムラ を ちかづけて おく には あたらない こと だ。 なにもかも あきらか に して キブン だけ でも さっぱり したい と そう おもう こと も あった。 しかし ドウジ に ヨウコ は センジュツカ の レイセイサ を もって、 ジッサイ モンダイ を カンジョウ に いれる こと も わすれ は しなかった。 ジムチョウ を しっかり ジブン の テ の ナカ に にぎる まで は、 ソウケイ に キムラ を にがして は ならない。 「ヤドヤ きめず に ワラジ を ぬぐ」 ……ハハ が こんな こと を ヨウコ の ちいさい とき に おしえて くれた の を おもいだしたり して、 ヨウコ は ヒトリ で ニガワライ も した。
 そう だ、 まだ キムラ を にがして は ならぬ。 ヨウコ は ココロ の ウチ に かきしるして でも おく よう に、 ウワメ を つかいながら こんな こと を おもった。
 また ある とき ヨウコ の テモト に ベイコク の キッテ の はられた テガミ が とどいた こと が あった。 ヨウコ は フネ へ なぞ あてて テガミ を よこす ヒト は ない はず だ が と おもって ひらいて みよう と した が、 また レイ の イタズラ な ココロ が うごいて、 わざと キムラ に カイフウ させた。 その ナイヨウ が どんな もの で ある か の ソウゾウ も つかない ので、 それ を キムラ に よませる の は、 ブキ を アイテ に わたして おいて、 ジブン は スデ で カクトウ する よう な もの だった。 ヨウコ は そこ に キョウミ を もった。 そして どんな フイ な ナンダイ が もちあがる だろう か と、 ココロ を ときめかせながら ケッカ を まった。 その テガミ は ヨウコ に カンタン な アイサツ を のこした まま ジョウリク した オカ から きた もの だった。 いかにも ヒトガラ に フニアイ な ヘタ な ジタイ で、 ヨウコ が ひょっと する と ジョウリク を みあわせて そのまま かえる と いう こと を きいた が、 もし そう なったら ジブン も だんぜん キチョウ する。 キチガイ-じみた シワザ と おわらい に なる かも しれない が、 ジブン には どう かんがえて みて も それ より ホカ に ミチ は ない。 ヨウコ に はなれて ロボウ の ヒト の アイダ に ごしたら それこそ キョウキ に なる ばかり だろう。 イマ まで うちあけなかった が、 ジブン は ニホン でも クッシ な ゴウショウ の ミウチ に ヒトリゴ と うまれながら、 カラダ が よわい の と ハハ が ママハハ で ある ため に、 チチ の ジヒ から ヨウコウ する こと に なった が、 ジブン には ココク が したわれる ばかり で なく、 ヨウコ の よう に シタシミ を おぼえさして くれた ヒト は ない ので、 ヨウコ なし には イッコク も ガイコク の ツチ に アシ を とどめて いる こと は できぬ。 キョウダイ の ない ジブン には ヨウコ が ゼンセ から の アネ と より おもわれぬ。 ジブン を あわれんで オトウト と おもって くれ。 せめては ヨウコ の コエ の きこえる ところ カオ の みえる ところ に いる の を ゆるして くれ。 ジブン は それ だけ の アワレミ を えたい ばかり に、 カゾク や コウケンニン の ソシリ も なんとも おもわず に キコク する の だ。 ジムチョウ にも それ を ゆるして くれる よう に たのんで もらいたい。 と いう こと が、 すこし あまい、 しかし シンソツ な ネツジョウ を こめた ブンタイ で ながなが と かいて あった の だった。
 ヨウコ は キムラ が とう まま に つつまず オカ との カンケイ を はなして きかせた。 キムラ は かんがえぶかく それ を きいて いた が、 そんな ヒト なら ぜひ あって ハナシ を して みたい と いいだした。 ジブン より イチダン わかい と みる と、 かくばかり カンダイ に なる キムラ を みて ヨウコ は フカイ に おもった。 よし、 それでは オカ を とおして クラチ との カンケイ を キムラ に しらせて やろう。 そして キムラ が シット と フンヌ と で マックロ に なって かえって きた とき、 それ を おもう まま あやつって また モト の サヤ に おさめて みせよう。 そう おもって ヨウコ は キムラ の いう まま に まかせて おいた。
 ツギ の アサ、 キムラ は ふかい カンゲキ の イロ を たたえて フネ に きた。 そして オカ と カイケン した とき の ヨウス を くわしく ものがたった。 オカ は オリエンタル ホテル の リッパ な イッシツ に たった ヒトリ で いた が、 その ホテル には タガワ フサイ も ドウシュク なので、 ニホンジン の デイリ が うるさい と いって こまって いた。 キムラ の ホウモン した と いう の を きいて、 ひどく なつかしそう な ヨウス で でむかえて、 アニ でも うやまう よう に もてなして、 やや おちついて から カクシダテ なく シンソツ に ヨウコ に たいする ジブン の ドウケイ の ホド を うちあけた ので、 キムラ は ジブン の いおう と する コクハク を、 タニン の クチ から まざまざ と きく よう な せつ な ジョウ に ほだされて、 モライナキ まで して しまった。 フタリ は たがいに あいあわれむ と いう よう な ナツカシミ を かんじた。 これ を エン に キムラ は どこまでも オカ を オトウト とも おもって したしむ つもり だ。 が、 ニホン に かえる ケッシン だけ は おもいとどまる よう に すすめて おいた と いった。 オカ は さすが に ソダチ だけ に ジムチョウ と ヨウコ との アイダ の イキサツ を ソウゾウ に まかせて、 はしたなく キムラ に かたる こと は しなかった らしい。 キムラ は その こと に ついて は なんとも いわなかった。 ヨウコ の キタイ は まったく はずれて しまった。 ヤクシャベタ な ため に、 せっかく の シバイ が シバイ に ならず に しまった こと を ものたらなく おもった。 しかし この こと が あって から オカ の こと が ときどき ヨウコ の アタマ に うかぶ よう に なった。 オンナ に して も みまほしい か の きゃしゃ な セイシュン の スガタ が どうか する と いとしい オモイデ と なって、 ヨウコ の ココロ の スミ に ひそむ よう に なった。
 フネ が シヤトル に ついて から 5~6 ニチ たって、 キムラ は タガワ フサイ にも メンカイ する キカイ を つくった らしかった。 その コロ から キムラ は とつぜん ワキメ にも それ と キ が つく ほど かんがえぶかく なって、 ともすると ヨウコ の コトバ すら ききおとして あわてたり する こと が あった。 そして ある とき とうとう ヒトリ ムネ の ウチ には おさめて いられなく なった と みえて、
「ワタシ にゃ アナタ が なぜ あんな ヒト と ちかしく する か わかりません がね」
と ジムチョウ の こと を ウワサ の よう に いった。 ヨウコ は すこし フクブ に イタミ を おぼえる の を ことさら コチョウ して ワキバラ を ヒダリテ で おさえて、 マユ を ひそめながら きいて いた が、 もっともらしく イクド も うなずいて、
「それ は ホントウ に おっしゃる とおり です から なにも このんで ちかづきたい とは おもわない ん です けれども、 これまで ずいぶん セワ に なって います し ね、 それに ああ みえて いて おもいのほか シンセツギ の ある ヒト です から、 ボーイ でも スイフ でも こわがりながら なついて います わ。 おまけに ワタシ オカネ まで かりて います もの」
と さも トウワク した らしく いう と、
「アナタ オカネ は なし です か」
 キムラ は ヨウコ の トウワクサ を ジブン の カオ にも あらわして いた。
「それ は おはなし した じゃ ありません か」
「こまった なあ」
 キムラ は よほど こまりきった らしく にぎった テ を ハナ の シタ に あてがって、 シタ を むいた まま しばらく シアン に くれて いた が、
「いくら ほど カリ に なって いる ん です」
「さあ シンサツリョウ や ジヨウヒン で 100 エン ちかく にも なって います かしらん」
「アナタ は カネ は まったく なし です ね」
 キムラ は さらに くりかえして いって タメイキ を ついた。
 ヨウコ は ものなれぬ オトウト を おしえいたわる よう に、
「それに まんいち ワタシ の ビョウキ が よく ならない で、 ひとまず ニホン へ でも かえる よう に なれば、 なおなお カエリ の フネ の ナカ では セワ に ならなければ ならない でしょう。 ……でも だいじょうぶ そんな こと は ない とは おもいます けれども、 サキザキ まで の カンガエ を つけて おく の が タビ に あれば いちばん ダイジ です もの」
 キムラ は なおも にぎった テ を ハナ の シタ に おいた なり、 なんにも いわず、 ミウゴキ も せず かんがえこんで いた。
 ヨウコ は すべなさそう に キムラ の その カオ を おもしろく おもいながら まじまじ と みやって いた。
 キムラ は ふと カオ を あげて しげしげ と ヨウコ を みた。 ナニ か そこ に ジ でも かいて あり は しない か と それ を よむ よう に。 そして だまった まま ふかぶか と タンソク した。
「ヨウコ さん。 ワタシ は ナニ から ナニ まで アナタ を しんじて いる の が いい こと なの でしょう か。 アナタ の ミ の ため ばかり おもって も いう ほう が いい か とも おもう ん です が……」
「では おっしゃって くださいまし な なんでも」
 ヨウコ の クチ は すこし シタシミ を こめて ジョウダン-らしく こたえて いた が、 その メ から は キムラ を だまらせる だけ の ヒカリ が いられて いた。 カルハズミ な こと を いやしくも いって みる が いい、 アタマ を さげさせない では おかない から。 そう その メ は たしか に いって いた。
 キムラ は おもわず ジブン の メ を たじろがして だまって しまった。 ヨウコ は カタイジ にも メ で ツヅケサマ に キムラ の カオ を むちうった。 キムラ は その シモト の ヒトツヒトツ を かんずる よう に どぎまぎ した。
「さ、 おっしゃって くださいまし…… さ」
 ヨウコ は その コトバ には どこまでも コウイ と シンライ と を こめて みせた。 キムラ は やはり チュウチョ して いた。 ヨウコ は いきなり テ を のばして キムラ を シンダイ に ひきよせた。 そして ハンブン おきあがって その ミミ に ちかく クチ を よせながら、
「アナタ みたい に みずくさい モノ の オッシャリカタ を なさる カタ も ない もん ね。 なんと でも おもって いらっしゃる こと を おっしゃって くだされば いい じゃ ありません か。 ……あ、 いたい…… いいえ さして いたく も ない の。 ナニ を おもって いらっしゃる ん だ か おっしゃって くださいまし、 ね、 さ。 ナン でしょう ねえ。 うかがいたい こと ね。 そんな タニン ギョウギ は…… あ、 あ、 いたい、 おお いたい…… ちょっと ここ の ところ を おさえて くださいまし。 ……さしこんで きた よう で…… あ、 あ」
と いいながら、 メ を つぶって、 トコ の ウエ に ねたおれる と、 キムラ の テ を もちそえて ジブン の ヒバラ を おさえさして、 つらそう に ハ を くいしばって シーツ に カオ を うずめた。 カタ で つく イキ が かすか に セッパク の シーツ を ふるわした。
 キムラ は あたふた しながら、 イマ まで の コトバ など は ソッチノケ に して カイホウ に かかった。

 21

 エノシママル は シヤトル に ついて から 12 ニチ-メ に トモヅナ を といて キコウ する はず に なって いた。 その シュッパツ が あと ミッカ に なった 10 ガツ 15 ニチ に、 キムラ は、 センイ の コウロク から、 ヨウコ は どうしても ひとまず キコク させる ほう が アンゼン だ と いう サイゴ の センコク を くだされて しまった。 キムラ は その とき には もう だいたい カクゴ を きめて いた。 かえろう と おもって いる ヨウコ の シタゴコロ を おぼろげ ながら みてとって、 それ を ひるがえす こと は できない と あきらめて いた。 ウンメイ に ジュウジュン な ヒツジ の よう に、 しかし しゅうねく ショウライ の キボウ を イノチ に して、 ゲンザイ の フマン に フクジュウ しよう と して いた。
 イド の たかい シヤトル に フユ の おそいかかって くる サマ は すさまじい もの だった。 カイガンセン に そうて はるか トオク まで レンゾク して みわたされる ロッキー の ヤマヤマ は もう たっぷり と ユキ が かかって、 おだやか な ユウゾラ に あらわれなれた クモ の ミネ も、 フルワタ の よう に カタチ の くずれた イロ の さむい アラレグモ に かわって、 ヒト を おびやかす しろい もの が、 いまにも チ を はらって ふりおろして くる か と おもわれた。 ウミゾイ に はえそろった アメリカ マツ の ミドリ ばかり が どくどくしい ほど くろずんで、 メ に たつ ばかり で、 カツヨウジュ の タグイ は、 いつのまにか、 ハ を はらいおとした エダサキ を ハリ の よう に するどく ソラ に むけて いた。 シヤトル の マチナミ が ある と おもわれる アタリ から は ――フネ の つながれて いる ところ から シガイ は みえなかった―― キュウ に バイエン が たちまさって、 せわしく フユジタク を ととのえながら、 やがて キタ ハンキュウ を つつんで せめよせて くる マッシロ な カンキ に たいして おぼつかない テイコウ を ヨウイ する よう に みえた。 ポッケット に リョウテ を さしいれて、 アタマ を チヂメギミ に、 ハトバ の イシダタミ を あるきまわる ヒトビト の スガタ にも、 フアン と ショウソウ との うかがわれる せわしい シゼン の ウツリカワリ の ナカ に、 エノシママル は あわただしい ハッコウ の ジュンビ を しはじめた。 コウバン の ハグルマ の きしむ オト が センシュ と センビ と から やかましく さえかえって きこえはじめた。
 キムラ は その ヒ も アサ から ヨウコ を おとずれて きた。 ことに あおじろく みえる カオツキ は、 ナニ か わくわく と ムネ の ウチ に にえかえる オモイ を まざまざ と うらぎって、 みる ヒト の アワレ を さそう ほど だった。 ハイスイ の ジン と ジブン でも いって いる よう に、 ボウフ の ザイサン を ありったけ カネ に かえて、 テッパライ に ニホン の ザッカ を かいいれて、 こちら から ツウチショ ヒトツ だせば、 いつでも ニホン から おくって よこす ばかり に して ある ものの、 テモト には いささか の ゼニ も のこって は いなかった。 ヨウコ が きた ならば と カネ の ウエ にも ココロ の ウエ にも アテ に して いた の が みごと に はずれて しまって、 ヨウコ が かえる に つけて は、 ナケナシ の ところ から またまた なんとか しなければ ならない ハメ に たった キムラ は、 2~3 ニチ の うち に、 ヌカヨロコビ も イチジ の アイダ で、 コドク と フユ と に かこまれなければ ならなかった の だ。
 ヨウコ は キムラ が けっきょく ジムチョウ に すがりよって くる ホカ に ミチ の ない こと を さっして いた。
 キムラ は はたして ジムチョウ を ヨウコ の ヘヤ に よびよせて もらった。 ジムチョウ は すぐ やって きた が、 フク など も シゴトギ の まま で ナニ か よほど せわしそう に みえた。 キムラ は まあ と いって クラチ に イス を あたえて、 キョウ は イツモ の すげない タイド に にず、 おりいって いろいろ と ヨウコ の ミノウエ を たのんだ。 ジムチョウ は ハジメ の せわしそう だった ヨウス に ひきかえて、 どっしり と コシ を すえて ショウメン から レイ の おおきく キムラ を みやりながら、 シンミ に ミミ を かたむけた。 キムラ の ヨウス の ほう が かえって そわそわしく ながめやられた。
 キムラ は おおきな カミイレ を とりだして、 50 ドル の キッテ を ヨウコ に テワタシ した。
「なにもかも ゴショウチ だ から クラチ さん の マエ で いう ほう が セワナシ だ と おもいます が、 なんと いって も これ だけ しか できない ん です。 こ、 これ です」
と いって さびしく わらいながら、 リョウテ を だして ひろげて みせて から、 チョッキ を たたいた。 ムネ に かかって いた おもそう な キングサリ も、 ヨッツ まで はめられて いた ユビワ の ミッツ まで も なくなって いて、 たった ヒトツ コンヤク の ユビワ だけ が びんぼうくさく ヒダリ の ユビ に はまって いる ばかり だった。 ヨウコ は さすが に 「まあ」 と いった。
「ヨウコ さん、 ワタシ は どう に でも します。 オトコ イッピキ なりゃ どこ に ころがりこんだ から って、 ――そんな ケイケン も おもしろい くらい の もの です が、 コレンバカリ じゃ アナタ が たりなかろう と おもう と、 メンボク も ない ん です。 クラチ さん、 アナタ には これまで で さえ いいかげん セワ を して いただいて なんとも すみません です が、 ワタシドモ フタリ は おうちあけ もうした ところ、 こういう テイタラク なん です。 ヨコハマ へ さえ おとどけ くだされば その サキ は また どう に でも します から、 もし リョヒ に でも フソク します よう でしたら、 ゴメイワク ツイデ に なんとか して やって いただく こと は できない でしょう か」
 ジムチョウ は ウデグミ を した まま まじまじ と キムラ の カオ を みやりながら きいて いた が、
「アナタ は ちっとも もっとらん の です か」
と きいた。 キムラ は わざと カイカツ に しいて こわだかく わらいながら、
「きれい な もん です」
と また チョッキ を たたく と、
「そりゃ いかん。 なに、 フナチン なんぞ いります もの か。 トウキョウ で ホンテン に おはらい に なれば いい ん じゃ し、 ヨコハマ の シテンチョウ も バンジ こころえとられる ん だで、 ゴシンパイ いりません わ。 そりゃ アナタ おもち に なる が いい。 ガイコク に いて モンナシ では こころぼそい もん です よ」
と レイ の シオカラゴエ で やや フキゲン-らしく いった。 その コトバ には フシギ に おもおもしい チカラ が こもって いて、 キムラ は しばらく かれこれ と オシモンドウ を して いた が、 けっきょく ジムチョウ の シンセツ を ム に する こと の キノドクサ に、 すぐ な ココロ から なお いろいろ と リョチュウ の セワ を たのみながら、 また おおきな カミイレ を とりだして キッテ を たたみこんで しまった。
「よしよし それ で なにも いう こと は なし。 サツキ さん は ワシ が ひきうけた」
と フテキ な ビショウ を うかべながら、 ジムチョウ は はじめて ヨウコ の ほう を みかえった。
 ヨウコ は フタリ を メノマエ に おいて、 イツモ の よう に みくらべながら フタリ の カイワ を きいて いた。 アタリマエ なら、 ヨウコ は タイテイ の バアイ、 よわい モノ の ミカタ を して みる の が ツネ だった。 どんな とき でも、 つよい モノ が その ツヨミ を ふりかざして よわい モノ を アッパク する の を みる と、 ヨウコ は かっと なって、 リ が ヒ でも よわい モノ を かたして やりたがった。 イマ の バアイ キムラ は たんに ジャクシャ で ある ばかり で なく、 その キョウグウ も みじめ な ほど たよりない くるしい もの で ある こと は ぞんぶん に しりぬいて いながら、 キムラ に たいして の ドウジョウ は フシギ にも わいて こなかった。 トシ の ワカサ、 スガタ の シナヤカサ、 キョウグウ の ユタカサ、 サイノウ の ハナヤカサ と いう よう な もの を タヨリ に する オトコ たち の コワク の チカラ は、 ジムチョウ の マエ では ふけば とぶ チリ の ごとく タイショウ された。 この オトコ の マエ には、 よわい モノ の アワレ より も ミニクサ が さらけだされた。
 なんと いう フコウ な セイネン だろう。 わかい とき に チチオヤ に しにわかれて から、 バンジ オモイ の まま だった セイカツ から いきなり フジユウ な ウキヨ の ドンゾコ に ほうりだされながら、 めげ も せず に せっせと はたらいて、 ウシロユビ を さされない だけ の ヨワタリ を して、 ダレ から も ハタラキ の ある ユクスエ たのもしい ヒト と おもわれながら、 それでも ココロ の ウチ の サビシサ を うちけす ため に おもいいった コイビト は アダシオトコ に そむいて しまって いる。 それ を また そう とも しらず に、 その オトコ の ナサケ に すがって、 きえる に きまった ヤク を のがすまい と して いる。 ……ヨウコ は しいて ジブン を セップク する よう に こう かんがえて みた が、 すこしも ミ に しみた カンジ は おこって こない で、 ややもすると わらいだしたい よう な キ に すら なって いた。
「よしよし それ で なにも いう こと は なし。 サツキ さん は ワシ が ひきうけた」
と いう コエ と フテキ な ビショウ と が どやす よう に ヨウコ の ココロ の ト を うった とき、 ヨウコ も おもわず ビショウ を うかべて それ に おうじよう と した。 が、 その シュンカン、 めざとく キムラ の みて いる の に キ が ついて、 カオ には ワライ の カゲ は ミジン も あらわさなかった。
「ワシ への ヨウ は それ だけ でしょう。 じゃ せわしい で いきます よ」
と ブッキラボウ に いって ジムチョウ が ヘヤ を でて いって しまう と、 のこった フタリ は ミョウ に てれて、 しばらく は たがいに カオ を みあわす の も はばかって だまった まま で いた。
 ジムチョウ が いって しまう と ヨウコ は キュウ に チカラ が おちた よう に おもった。 イマ まで の こと が まるで シバイ でも みて たのしんで いた よう だった。 キムラ の やるせない ココロ の ウチ が キュウ に ヨウコ に せまって きた。 ヨウコ の メ には キムラ を あわれむ とも ジブン を あわれむ とも しれない ナミダ が いつのまにか やどって いた。
 キムラ は いたましげ に だまった まま で しばらく ヨウコ を みやって いた が、
「ヨウコ さん イマ に なって そう ないて もらっちゃ ワタシ が たまりません よ。 キゲン を なおして ください。 また いい ヒ も めぐって くる でしょう から。 カミ を しんずる モノ―― そういう シンコウ が イマ アナタ に ある か どう か しらない が―― オカアサン が ああいう かたい シンジャ で ありなさった し、 アナタ も センダイ ジブン には たしか に シンコウ を もって いられた と おもいます が、 こんな バアイ には なおさら おなじ カミサマ から くる シンコウ と キボウ と を もって すすんで いきたい もの だ と おもいます よ。 ナニゴト も カミサマ は しって いられる…… そこ に ワタシ は たゆまない キボウ を つないで いきます」
 ケッシン した ところ が ある らしく ちからづよい コトバ で こう いった。 なんの キボウ! ヨウコ は キムラ の こと に ついて は、 キムラ の いわゆる カミサマ イジョウ に キムラ の ミライ を しりぬいて いる の だ。 キムラ の キボウ と いう の は やがて シツボウ に そして ゼツボウ に おわる だけ の もの だ。 なんの シンコウ! なんの キボウ! キムラ は ヨウコ が すえた ミチ を ――ユキドマリ の フクロコウジ を―― テンシ の ノボリオリ する クモ の カケハシ の よう にも おもって いる。 ああ なんの シンコウ!
 ヨウコ は ふと おなじ メ を ジブン に むけて みた。 キムラ を カッテ キママ に こづきまわす イリョク を そなえた ジブン は また ダレ に ナニモノ に カッテ に される の だろう。 どこ か で おおきな テ が ナサケ も なく ヨウシャ も なく れいぜん と ジブン の ウンメイ を あやつって いる。 キムラ の キボウ が はかなく たちきれる マエ、 ジブン の キボウ が いちはやく たたれて しまわない と どうして ホショウ する こと が できよう。 キムラ は ゼンニン だ。 ジブン は アクニン だ。 ヨウコ は いつのまにか ジュン な カンジョウ に とらえられて いた。
「キムラ さん。 アナタ は きっと、 シマイ には きっと シュクフク を おうけ に なります…… どんな こと が あって も シツボウ なさっちゃ いや です よ。 アナタ の よう な よい カタ が フコウ に ばかり おあい に なる わけ が ありません わ。 ……ワタシ は うまれる と から のろわれた オンナ なん です もの。 カミ、 ホントウ は カミサマ を しんずる より…… しんずる より にくむ ほう が にあって いる ん です…… ま、 きいて…… でも、 ワタシ ヒキョウ は いや だ から しんじます…… カミサマ は ワタシ みたい な モノ を どう なさる か、 しっかり メ を あいて サイゴ まで みて います」
と いって いる うち に ダレ に とも なく クヤシサ が ムネイッパイ に こみあげて くる の だった。
「アナタ は そんな シンコウ は ない と おっしゃる でしょう けれども…… でも ワタシ には これ が シンコウ です。 リッパ な シンコウ です もの」
と いって きっぱり おもいきった よう に、 ヒ の よう に あつく メ に たまった まま で ながれず に いる ナミダ を、 ハンケチ で ぎゅっと おしぬぐいながら、 あんぜん と アタマ を たれた キムラ に、
「もう やめましょう こんな オハナシ。 こんな こと を いってる と、 いえば いう ほど サキ が くらく なる ばかり です。 ホント に おもいきって フシアワセ な ヒト は こんな こと を つべこべ と クチ に なんぞ だし は しません わ。 ね、 いや、 アナタ は ジブン の ほう から めいって しまって、 ワタシ の いった こと ぐらい で ナン です ねえ、 オトコ の くせ に」
 キムラ は ヘンジ も せず に マッサオ に なって うつむいて いた。
 そこ に 「ごめんなさい」 と いう か と おもう と、 いきなり ト を あけて はいって きた モノ が あった。 キムラ も ヨウコ も フイ を うたれて キサキ を くじかれながら、 みる と、 いつぞや イカリヅナ で アシ を ケガ した とき、 ヨウコ の セワ に なった ロウスイフ だった。 カレ は とうとう ビッコ に なって いた。 そして スイフ の よう な シゴト には とても ヤク に たたない から、 さいわい オークランド に ショウノウチ を もって とにかく クラシ を たてて いる オイ を たずねて ヤッカイ に なる こと に なった ので、 レイ-かたがた イトマゴイ に きた と いう の だった。 ヨウコ は あかく なった メ を すこし はずかしげ に またたかせながら、 いろいろ と なぐさめた。
「なに ね こう おいぼれちゃ、 こんな カギョウ を やってる が てんで ウソ なれど、 ジムチョウ さん と ボンスン (スイフチョウ) と が かわいそう だ と いって つかって くれる で、 イイキ に なった が バチ あたった ん だね」
と いって オクビョウ に わらった。 ヨウコ が この ロウジン を あわれみいたわる サマ は ワキメ にも いじらしかった。 ニホン には デンゴン を たのむ よう な ミヨリ さえ ない ミ だ と いう よう な こと を きく たび に、 ヨウコ は なきだしそう な カオ を して ガテン ガテン して いた が、 シマイ には キムラ の とめる の も きかず ネドコ から おきあがって、 キムラ の もって きた クダモノ を ありったけ カゴ に つめて、
「オカ に あがれば いくらも ある ん だろう けれども、 これ を もって おいで。 そして その ナカ に クダモノ で なく はいって いる もの が あったら、 それ も オマエサン に あげた ん だ から ね、 ヒト に とられたり しちゃ いけません よ」
と いって それ を わたして やった。
 ロウジン が きて から ヨウコ は ヨ が あけた よう に はじめて はれやか な フダン の キブン に なった。 そして レイ の イタズラ-らしい にこにこ した アイキョウ を カオ イチメン に たたえて、
「なんと いう きさく なん でしょう。 ワタシ、 あんな オジイサン の オカミサン に なって みたい…… だから ね、 いい もの を やっちまった」
 きょとり と して まじまじ キムラ の むっつり と した カオ を みやる ヨウス は おおきな コドモ と より おもえなかった。
「アナタ から いただいた エンゲージ リング ね、 あれ を やりまして よ。 だって なんにも ない ん です もの」
 なんとも いえない コビ を つつむ オトガイ が フタエ に なって、 きれい な ハナミ が ワライ の サザナミ の よう に クチビル の ミギワ に よせたり かえしたり した。
 キムラ は、 ヨウコ と いう オンナ は どうして こう ムラキ で ウワスベリ が して しまう の だろう、 なさけない と いう よう な ヒョウジョウ を カオ イチメン に みなぎらして、 ナニ か いう べき コトバ を ムネ の ウチ で ととのえて いる よう だった が、 キュウ に おもいすてた と いう ふう で、 だまった まま ほっと ふかい タメイキ を ついた。
 それ を みる と イマ まで めずらしく おさえつけられて いた ハンコウシン が、 またもや センプウ の よう に ヨウコ の ココロ に おこった。 「ネチネチサ ったら ない」 と ムネ の ウチ を いらいら させながら、 ツイデ の こと に すこし いじめて やろう と いう タクラミ が アタマ を もたげた。 しかし カオ は どこまでも マエ の まま の ムジャキサ で、
「キムラ さん オミヤゲ を かって ちょうだい な。 アイ や サダ も です けれども、 シンルイ たち や コトウ さん なんぞ にも ナニ か しない じゃ カオ が むけられません もの。 イマゴロ は タガワ の オクサン の テガミ が イソガワ の オバサン の ところ に ついて、 トウキョウ では きっと オオサワギ を して いる に チガイ ありません わ。 たつ とき には セワ を やかせ、 ルス は ルス で シンパイ させ、 ぽかん と して オミヤゲ ヒトツ もたず に かえって くる なんて、 キムラ も いったい キムラ じゃ ない か と いわれる の が、 ワタシ、 しぬ より つらい から、 すこし は おどろく ほど の もの を かって ちょうだい。 サキホド の オカネ で ソウトウ の もの が とれる でしょう」
 キムラ は ダダッコ を なだめる よう に わざと おとなしく、
「それ は よろしい、 かえ と なら かい も します が、 ワタシ は アナタ が あれ を まとまった まま もって かえったら と おもって いる ん です。 タイテイ の ヒト は ヨコハマ に ついて から ミヤゲ を かう ん です よ。 その ほう が じっさい カッコウ です から ね。 モチアワセ も なし に トウキョウ に つきなさる こと を おもえば、 ミヤゲ なんか どうでも いい と おもう ん です がね」
「トウキョウ に つき さえ すれば オカネ は どう に でも します けれども、 オミヤゲ は…… アナタ ヨコハマ の シイレモノ は すぐ しれます わ…… ごらんなさい あれ を」
と いって タナ の ウエ に ある ボウシイレ の ボール-バコ に メ を やった。
「コトウ さん に つれて いって いただいて あれ を かった とき は、 ずいぶん ギンミ した つもり でした けれども、 フネ に きて から みて いる うち に すぐ あきて しまいました の。 それに タガワ の オクサン の ヨウフク スガタ を みたら、 ガマン にも ニホン で かった もの を かぶったり きたり する キ には なれません わ」
 そう いってる うち に キムラ は タナ から ハコ を おろして ナカ を のぞいて いた が、
「なるほど カタ は ちっと ふるい よう です ね。 だが シナ は これ なら こっち でも ジョウ の ブ です ぜ」
「だから いや です わ。 リュウコウオクレ と なる と ネダン の はった もの ほど みっともない ん です もの」
 しばらく して から、
「でも あの オカネ は アナタ ゴニュウヨウ です わね」
 キムラ は あわてて ベンカイテキ に、
「いいえ、 あれ は どのみち アナタ に あげる つもり で いた ん です から……」
と いう の を ヨウコ は ミミ にも いれない ふう で、
「ホント に バカ ね ワタシ は…… オモイヤリ も なんにも ない こと を もうしあげて しまって、 どう しましょう ねえ。 ……もう ワタシ どんな こと が あって も その オカネ だけ は いただきません こと よ。 こう いったら ダレ が なんと いったって ダメ よ」
と きっぱり いいきって しまった。 キムラ は もとより イチド いいだしたら アト へは ひかない ヨウコ の ヒゴロ の ショウブン を しりぬいて いた。 で、 いわず かたらず の うち に、 その カネ は シナモノ に して もって かえらす より ホカ に ミチ の ない こと を カンネン した らしかった。
     *     *     *
 その バン、 ジムチョウ が シゴト を おえて から ヨウコ の ヘヤ に くる と、 ヨウコ は ナニ か キ に さえた フウ を して ろくろく モテナシ も しなかった。
「とうとう カタ が ついた。 19 ニチ の アサ の 10 ジ だよ シュッコウ は」
と いう ジムチョウ の カイカツ な コトバ に ヘンジ も しなかった。 オトコ は ケゲン な カオツキ で みやって いる。
「アクトウ」
と しばらく して から、 ヨウコ は ヒトコト これ だけ いって ジムチョウ を にらめた。
「ナン だ?」
と シリアガリ に いって ジムチョウ は わらって いた。
「アナタ みたい な ザンコク な ニンゲン は ワタシ はじめて みた。 キムラ を ごらんなさい かわいそう に。 あんな に てひどく しなくったって…… おそろしい ヒト って アナタ の こと ね」
「ナニ?」
と また ジムチョウ は シリアガリ に おおきな コエ で いって ネドコ に ちかづいて きた。
「しりません」
と ヨウコ は なお おこって みせよう と した が、 いかにも キザミ の あらい、 タンジュン な、 タイ の ない オトコ の カオ を みる と、 カラダ の どこ か が ゆすられる キ が して きて、 わざと ひきしめて みせた クチビル の ヘン から おもわず も ワライ の カゲ が ひそみでた。
 それ を みる と ジムチョウ は にがい カオ と わらった カオ と を イッショ に して、
「ナン だい くだらん」
と いって、 デントウ の キンジョ に イス を よせて、 おおきな ながい アシ を なげだして、 ユウカン シンブン を おおきく ひらいて メ を とおしはじめた。
 キムラ とは ひきかえて ジムチョウ が この ヘヤ に くる と、 ヘヤ が ちいさく みえる ほど だった。 うわむけた クツ の オオキサ には ヨウコ は ふきだしたい くらい だった。 ヨウコ は メ で なでたり さすったり する よう に して、 この おおきな コドモ みた よう な ボウクン の アタマ から アシ の サキ まで を みやって いた。 ごわっごわっ と ときどき シンブン を おりかえす オト だけ が きこえて、 ツミニ が あらかた かたづいた センシツ の ヨ は しずか に ふけて いった。
 ヨウコ は そうした まま で ふと キムラ を おもいやった。
 キムラ は ギンコウ に よって キッテ を ゲンキン に かえて、 ミセ の しまらない うち に いくらか カイモノ を して、 それ を コワキ に かかえながら、 ユウショク も したためず に、 ジャクソン-ガイ に ある と いう ニホンジン の リョテン に かえりつく コロ には、 マチマチ に ヒ が ともって、 さむい モヤ と ケムリ との アイダ を ロウドウシャ たち が つかれた ゴタイ を ひきずりながら あるいて ゆく の に たくさん であって いる だろう。 ちいさな ストーブ に ケムリ の おおい セキタン が ぶしぶし もえて、 けばけばしい デントウ の ヒカリ だけ が、 むちうつ よう に がらん と した ヘヤ の ウスギタナサ を こうこう と てらして いる だろう。 その ヒカリ の シタ で、 ぐらぐら する イス に こしかけて、 ストーブ の ヒ を みつめながら キムラ が かんがえて いる。 しばらく かんがえて から さびしそう に みる とも なく ヘヤ の ナカ を みまわして、 また ストーブ の ヒ に ながめいる だろう。 その うち に あの ナミダ の でやすい メ から は ナミダ が ほろほろ と トメド も なく ながれでる に ちがいない。
 ジムチョウ が オト を たてて シンブン を おりかえした。
 キムラ は ヒザガシラ に テ を おいて、 その テ の ナカ に カオ を うずめて ないて いる。 いのって いる。 ヨウコ は クラチ から メ を はなして、 ウワメ を つかいながら キムラ の イノリ の コエ に ミミ を かたむけよう と した。 とぎれとぎれ な せつない イノリ の コエ が ナミダ に しめって たしか に…… たしか に きこえて くる。 ヨウコ は マユ を よせて チュウイリョク を シュウチュウ しながら、 キムラ が ホントウ に どう ヨウコ を おもって いる か を はっきり みきわめよう と した が、 どうしても おもいうかべて みる こと が できなかった。
 ジムチョウ が また シンブン を おりかえす オト を たてた。
 ヨウコ は はっと して ヨドミ に ささえられた コノハ が また ながれはじめた よう に、 すらすら と キムラ の ショサ を ソウゾウ した。 それ が だんだん オカ の ウエ に うつって いった。 あわれ な オカ! オカ も まだ ねない で いる だろう。 キムラ なの か オカ なの か いつまでも いつまでも ねない で ヒ の きえかかった ストーブ の マエ に うずくまって いる の は…… ふける まま に しみこむ サムサ は そっと トコ を つたわって アシ の サキ から はいあがって くる。 オトコ は それ にも キ が つかぬ ふう で イス の ウエ に うなだれて いる。 スベテ の ヒト は ねむって いる とき に、 キムラ の ヨウコ も ジムチョウ に いだかれて やすやす と ねむって いる とき に……。
 ここ まで ソウゾウ して くる と ショウセツ に よみふけって いた ヒト が、 ほっと タメイキ を して ばたん と ショモツ を ふせる よう に、 ヨウコ も なんとはなく ふかい タメイキ を して はっきり と ジムチョウ を みた。 ヨウコ の ココロ は ショウセツ を よんだ とき の とおり ムカンシン の ペーソス を かすか に かんじて いる ばかり だった。
「おやすみ に ならない の?」
と ヨウコ は スズ の よう に すずしい ちいさい コエ で クラチ に いって みた。 おおきな コエ を する の も はばかられる ほど アタリ は しんと しずまって いた。
「う」
と ヘンジ は した が ジムチョウ は タバコ を くゆらした まま シンブン を みつづけて いた。 ヨウコ も だまって しまった。
 やや しばらく して から ジムチョウ も ほっと タメイキ を して、
「どれ ねる かな」
と いいながら イス から たって ネドコ に はいった。 ヨウコ は ジムチョウ の ひろい ムネ に すくう よう に まるまって すこし ふるえて いた。
 やがて コドモ の よう に すやすや と やすらか な ちいさな イビキ が ヨウコ の クチビル から もれて きた。
 クラチ は クラヤミ の ナカ で ながい アイダ まんじり とも せず おおきな メ を あいて いた が、 やがて、
「おい アクトウ」
と ちいさな コエ で よびかけて みた。
 しかし ヨウコ の キソク ただしく たのしげ な ネイキ は ツユ ほど も みだれなかった。
 マヨナカ に、 おそろしい ユメ を ヨウコ は みた。 よく は おぼえて いない が、 ヨウコ は ころして は いけない いけない と おもいながら ヒトゴロシ を した の だった。 イッポウ の メ は ジンジョウ に マユ の シタ に ある が、 イッポウ の は フシギ にも マユ の ウエ に ある、 その オトコ の ヒタイ から クロチ が どくどく と ながれた。 オトコ は しんで も ものすごく にやり にやり と わらいつづけて いた。 その ワライゴエ が キムラ キムラ と きこえた。 ハジメ の うち は コエ が ちいさかった が だんだん おおきく なって カズ も ふえて きた。 その 「キムラ キムラ」 と いう カズ カギリ も ない コエ が うざうざ と ヨウコ を とりまきはじめた。 ヨウコ は イッシン に テ を ふって そこ から のがれよう と した が テ も アシ も うごかなかった。

             キムラ……
          キムラ
       キムラ   キムラ……
    キムラ   キムラ
 キムラ   キムラ   キムラ……
    キムラ   キムラ
       キムラ   キムラ……
          キムラ
             キムラ……

 ぞっと して サムケ を おぼえながら、 ヨウコ は ヤミ の ナカ に メ を さました。 おそろしい キョウム の ナゴリ は、 ど、 ど、 ど…… と はげしく たかく うつ シンゾウ に のこって いた。 ヨウコ は キョウフ に おびえながら イッシン に くらい ナカ を おどおど と テサグリ に さぐる と ジムチョウ の ムネ に ふれた。
「アナタ」
と ちいさい フルエゴエ で よんで みた が オトコ は ふかい ネムリ の ナカ に あった。 なんとも いえない キミワルサ が こみあげて きて、 ヨウコ は おもいきり オトコ の ムネ を ゆすぶって みた。
 しかし オトコ は ザイモク の よう に かんじなく ジュクスイ して いた。
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