カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ナオコ 「ナオコ 1」

2020-09-22 | ホリ タツオ
 ナオコ

 1

「やっぱり ナオコ さん だ」 おもわず ツヅキ アキラ は たちどまりながら、 ふりかえった。
 すれちがう まで は ナオコ さん の よう でも あり、 そう で ない よう にも おもえたり して、 カレ は かんがえて いた が、 すれちがった とき キュウ に もう どうしても ナオコ さん だ と いう キ が した。
 アキラ は しばらく めまぐるしい オウライ の ナカ に たちどまった まま、 もう かなり ゆきすぎて しまった しろい ケ の ガイトウ を きた ヒトリ の オンナ と その ツレ の オット らしい スガタ を みおくって いた。 その うち に とつぜん、 その オンナ の ほう でも、 イマ すれちがった の は ダレ だ か しった ヒト の よう だった と やっと きづいた か の よう に、 カレ の ほう を ふりむいた よう だった。 オット も、 それ に つられた よう に、 こっち を ちょいと ふりむいた。 その トタン、 ツウコウニン の ヒトリ が アキラ に カタ を ぶつけ、 うつけた よう に たたずんで いた セ の たかい カレ を おもわず よろめかした。
 アキラ が それ から やっと たちなおった とき は、 もう サッキ の フタリ は ヒトゴミ の ナカ に スガタ を けして いた。
 ナンネン-ぶり か で みた ナオコ は、 ナニ か メ に たって ショウスイ して いた。 しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんで、 ならんで あるいて いる カノジョ より も セ の ひくい オット には ムトンジャク そう に、 カンガエゴト でも して いる よう に、 マッスグ を みた まま で アシバヤ に あるいて いた。 イチド オット が ナニ か カノジョ に はなしかけた よう だった が、 それ は カノジョ に ちらり と さげすむ よう な ホホエミ を うかべさせた だけ だった。 ――ツヅキ アキラ は ジブン の ほう へ むかって くる ヒトゴミ の ナカ に めざとく そういう フタリ の スガタ を みかけ、 ナオコ さん を みる よう な ヒト だ が と おもいだす と、 にわか に ムネ の ドウキ が たかまった。 カレ が その しろい ガイトウ の オンナ から メ を はなさず に あるいて ゆく と、 ムコウ でも イッシュン カレ の ほう を いぶかしそう に みつめだした よう だった。 しかし、 なんとなく こちら を みて いながら、 まだ なんにも きづかない で いる アイダ の よう な、 クウキョ な マナザシ だった。 それでも アキラ は その チュウ に ういた マナザシ を ささえきれない よう に、 おもわず それ から メ を そらせた。 そして カレ が ちょいと なんでも ない ほう を みて いる ヒマ に、 カノジョ は とうとう メノマエ の カレ に それ とは きづかず に、 オット と イッショ に すれちがって いって しまった の だった……。
 アキラ は それから その フタリ とは ハンタイ の ホウコウ へ、 なぜ ジブン だけ が そっち へ むかって あるいて ゆかなければ ならない の か キュウ に わからなく なり でも した か の よう に、 ぜんぜん キ が すすまぬ よう に あるいて いった。 こうして ヒトゴミ の ナカ を あるいて いる の が、 とつぜん なんの イミ も なくなって しまった か の よう だった。 マイバン、 カレ の つとめて いる ケンチク ジムショ から マッスグ に オギクボ の ゲシュク へ かえらず に、 ナン-ジカン も こういう ギンザ の ヒトゴミ の ナカ で なんと いう こと も なし に すごして いた の が、 イマ まで は ともかくも ヒトツ の モクテキ を もって いた のに、 その モクテキ が もう エイキュウ に カレ から うしなわれて しまった と でも いう か の よう だった。
 イマ いる マチ の ナカ は、 3 ガツ ナカバ の、 ひえびえ と くもりだった クレガタ だった。
「なんだか ナオコ さん は あんまり シアワセ そう にも みえなかった な」 と アキラ は かんがえつづけながら、 ユウラク-チョウ エキ の ほう へ アシ を むけだした。 「だが、 そんな こと を カッテ に かんがえたり する オレ の ほう が よっぽど どうか して いる。 まるで ヒト の フシアワセ に なった ほう が ジブン の キ に いる みたい じゃ ない か……」

 2

 ツヅキ アキラ は、 キョネン の ハル シリツ ダイガク の ケンチクカ を ソツギョウ して から、 ある ケンチク ジムショ に つとめだして いた。 カレ は マイニチ オギクボ の ゲシュク から ギンザ の ある ビルディング の 5 カイ に ある その ケンチク ジムショ へ かよって きて は、 キチョウメン に ビョウイン や コウカイドウ なぞ の セッケイ に むかって いた。 この 1 ネン-カン と いう もの、 ときには そんな セッケイ の シゴト に ゼンシン を うばわれる こと は あって も、 しかし カレ は ココロ から それ を たのしい と おもった こと は イチド も なかった。
「オマエ は こんな ところ で ナニ を して いる?」 ときどき ナニモノ か の コエ が カレ に ささやいた。
 このあいだ、 カレ が もう ニド と ムネ に おもいえがくまい と ココロ に ちかって いた ナオコ に はからずも マチナカ で であった とき の こと は、 ダレ に とて はなす アイテ も なく、 ただ カレ の ムネ の ウチ に ふかい カンドウ と して のこされた。 そして それ が もう そこ を はなれなかった。 ――あの ギンザ の ザットウ、 ユウガタ の ニオイ、 イッショ に いた オット らしい オトコ、 まだ それら の もの を ありあり と みる こと が できた。 あの しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんで クウ を みながら あるきすぎた その ヒト も、 ――ことに その クウ を みいって いた よう な あの とき の マナザシ が、 いまだに それ を おもいうかべた だけ でも それ から カレ が メ を そらせず には いられなく なる くらい、 ナニ か いたいたしい カンジ で、 はっきり と おもいだされる の だった。 ――ムカシ から ナオコ は ナニ か キ に いらない こと でも ある と、 ダレ の マエ でも かまわず に あんな クウキョ な マナザシ を しだす シュウヘキ の あった こと を、 カレ は ある ヒ ふと ナニ か の こと から おもいだした。
「そう だ、 こないだ あの ヒト が なんだか フシアワセ な よう な キ が ひょいと した の は、 コト に よる と あの とき の あの ヒト の メツキ の せい だった の かも しれない」
 ツヅキ アキラ は そんな こと を かんがえだしながら、 しばらく セイズ の テ を やすめて、 ジムショ の マド から マチ の ヤネ だの、 その かなた に ある うすぐもった ソラ だの を、 ぼんやり と ながめて いた。 そんな とき フイ に ジブン の たのしかった ショウネン ジダイ の こと なんぞ が よみがえって きたり する と、 アキラ は もう シゴト に ミ を いれず、 どうにも シヨウ が ない よう に、 そういう ツイオク に ジブン を まかせきって いた。……

 その かがやかしい ショウネン の ヒビ は、 ナナツ の とき リョウシン を なくした アキラ を ひきとって そだてて くれた ドクシンシャ の オバ の ちいさな ベッソウ の あった シンシュウ の O ムラ と、 そこ で すごした スウカイ の ナツヤスミ と、 その ムラ の リンジン で あった ミムラ-ケ の ヒトビト、 ――ことに カレ と おなじ トシ の ナオコ と が その チュウシン に なって いた。 アキラ と ナオコ とは よく テニス を し に いったり、 ジテンシャ に のって トオノリ を して きたり した。 が、 その コロ から すでに、 ホンノウテキ に ユメ を みよう と する ショウネン と、 ハンタイ に それ から めざめよう と する ショウジョ と が、 その ムラ を ブタイ に して、 たがいに みえつ かくれつ しながら シンケン に オニゴッコ を して いた の だった。 そして いつも その オニゴッコ から オキザリ に される の は ショウネン の ほう で あった。……
 ある ナツ の ヒ の こと、 ユウメイ な サッカ の モリ オトヒコ が とつぜん カレラ の マエ に スガタ を あらわした。 コウゲン の ヒショチ と して しられた トナリムラ の M ホテル に しばらく ホヨウ に きて いた の だった。 ミムラ フジン は ぐうぜん その ホテル で、 キュウチ の カレ に であって、 つい ながい アイダ ヨモヤマ の ハナシ を しあった。 それから 2~3 ニチ して から、 O ムラ への オリカラ の ユウダチ を おかして の カレ の オトズレ、 ヨウサン を して いる ムラ への ナオコ や アキラ を まじえて の ウゴ の サンポ、 ムラハズレ での たのしい ほど キタイ に みちた ワカレ――、 それ だけ の デアイ が、 すでに ジンセイ に ヒヘイ した よう な この コドク な サッカ を キュウ に わかがえらせ でも させた よう な、 イヨウ な コウフン を あたえず には おかなかった よう に みえた。……
 ヨクトシ の ナツ も また、 トナリムラ の ホテル に ホヨウ に きて いた この コドク な サッカ は フイ に O ムラ へも たずねて きたり した。 その コロ から、 ミムラ フジン が カノジョ の マワリ に ひろげだして いた イッシュ の ヒゲキテキ な フンイキ は、 ナニ か リユウ が わからない なり にも アキラ の コウキシン を ひいて、 それ を フジン の ほう へ ばかり むけさせて いた アイダ、 カレ は それ と おなじ エイキョウ が ナオコ から イマ まで の カイカツ な ショウジョ を キュウ に ぬけださせて しまった こと には すこしも キ が つかなかった。 そして アキラ が やっと そういう ナオコ の ヘンカ に きづいた とき は、 カノジョ は すでに カレ から は ほとんど テ の とどかない よう な ところ に いって しまって いた。 この カチキ な ショウジョ は、 その アイダジュウ、 ヒトリ で ダレ にも うちあけられぬ クルシミ を くるしみぬいて、 その アゲク もう モトドオリ の ショウジョ では なくなって いた の だった。
 その ゼンゴ から して、 カレ の かがやかしかった ショウネン の ヒビ は キュウ に かげりだして いた。……

 ある ヒ、 ショチョウ が ジムショ の ト を あけて はいって きた。
「ツヅキ クン」
 と ショチョウ は アキラ の ソバ にも ちかづいて きた。 アキラ の チンウツ な カオツキ が その ヒト を おどろかせた らしかった。
「キミ は あおい カオ を して いる。 どこ か わるい ん じゃ ない か?」
「いいえ べつに」 と アキラ は なんだか キマリ の わるそう な ヨウス で こたえた。 マエ には もっと ニュウネン に シゴト を して いた では ない か、 どうして こう ネツイ が なくなった の だ、 と ショチョウ の メ が たずねて いる よう に カレ には みえた。
「ムリ を して カラダ を こわして は つまらん」 しかし ショチョウ は おもいのほか の こと を いった。
「ヒトツキ でも フタツキ でも、 キュウカ を あげる から イナカ へ いって きて は どう だ?」
「じつは それ より も――」 と アキラ は すこし いいにくそう に いいかけた が、 キュウ に カレ ドクトク の ひとなつこそう な エガオ に まぎらわせた。 「――が、 イナカ へ いかれる の は いい なあ」
 ショチョウ も それ に つりこまれた よう な エガオ を みせた。
「イマ の シゴト が しあがり-シダイ いきたまえ」
「ええ、 たいてい そう させて もらいます。 じつは もう そんな こと は ジブン には ゆるされない の か と おもって いた の です……」
 アキラ は そう こたえながら、 さっき おもいきって ショチョウ に この ジムショ を やめさせて ください と いいだしかけて、 それ を トチュウ で やめて しまった ジブン の こと を かんがえた。 イマ の シゴト を やめて しまって、 さて その ジブン に すぐ あたらしい ジンセイ を ふみなおす キリョク が ある か どう か ジブン ジシン にも わかって いない こと に キ が つく と、 コンド は ショチョウ の カンコク に したがって、 しばらく どこ か へ いって ヨウジョウ して こよう、 そう したら ジブン の カンガエ も かわる だろう と、 トッサ に おもいついた の だった。
 アキラ は ヒトリ に なる と、 また チンウツ な カオツキ に なって、 ヒト の よさそう な ショチョウ が カレ の ソバ を さって ゆく ウシロスガタ を、 ナニ か カンシャ に みちた メ で ながめて いた。

 3

 ミムラ ナオコ が ケッコン した の は、 イマ から 3 ネン マエ の フユ、 カノジョ の 25 の とき だった。
 ケッコン した アイテ の オトコ、 クロカワ ケイスケ は、 カノジョ より トオ も トシウエ で、 コウショウ シュッシン の、 ある ショウジ-ガイシャ に キンム して いる、 セケンナミ に できあがった オトコ だった。 ケイスケ は ながい こと ドクシン で、 もう 10 ネン も ゴケ を たてとおした ハハ と フタリ きり で、 オオモリ の ある サカ の ウエ に ある、 モト ギンコウカ だった チチ の のこして いった ふるい ヤシキ に ジミ に くらして いた。 その ヤシキ を とりかこんだ スウホン の シイ の キ は、 ウエキズキ だった チチ を いつまでも おもいださせる よう な カッコウ を して エダ を ひろげた まま、 セケン から この ハハ と コ の ヘイワ な クラシ を アンゼン に まもって いる よう に みえた。 ケイスケ は いつも ツトメサキ から の カエリミチ、 ユウガタ、 オリカバン を かかえて サカ を のぼって きて、 ワガヤ の シイ の キ が みえだす と、 ナニ か ほっと しながら おもわず アシバヤ に なる の が ツネ だった。 そして バンメシ の アト も、 ユウカン を ヒザ の ウエ に おいた まま、 ナガヒバチ を へだてて ハハ や ニイヅマ を アイテ に しながら、 ナン-ジカン も クラシムキ の ハナシ など を しつづけて いた。 ――ナオコ は ケッコン した トウザ は、 そういう ハリアイ の ない くらい に しずか な クラシ にも かくべつ フマン-らしい もの を かんじて いる よう な ヨウス は なかった。
 ただ、 ナオコ の ムカシ を しって いる トモダチ たち は、 なぜ カノジョ が ケッコン の アイテ に そんな セケンナミ の オトコ を えらんだ の か、 ミナ フシギ-がった。 が、 ダレヒトリ、 それ は その トウジ カノジョ を おびやかして いた フアン な セイ から のがれる ため だった こと を しる モノ は なかった。 ――そして ケッコン して から 1 ネン ちかく と いう もの は、 ナオコ は ジブン が ケッコン を あやまたなかった と しんじて いられた。 タニン の カテイ は、 その ヘイワ が いかに よそよそしい もの で あろう とも、 カノジョ に とって は カッコウ の ヒナンジョ で あった。 すくなくとも トウジ の カノジョ には そう おもえた。 が、 その ヨクトシ の アキ、 ナオコ の ケッコン から ふかい ココロ の イタデ を おうた よう に みえた カノジョ の ハハ の、 ミムラ フジン が とつぜん キョウシンショウ で なくなって しまう と、 キュウ に ナオコ は ジブン の ケッコン セイカツ が これまで の よう な オチツキ を うしないだした の を かんじた。 しずか に、 イマ の まま の よそよそしい セイカツ に たえて いよう と いう キリョク が なくなった の では なく、 そのよう に ジコ を いつわって まで、 それ に たえて いる リユウ が すこしも なくなって しまった よう に おもえた の だ。
 ナオコ は、 それでも サイショ の うち は、 ナニ か を やっと たえる よう な ヨウス を しながら も、 イマ まで-どおり なんの こと も なさそう に くらして いた。 オット の ケイスケ は、 あいかわらず、 バンメシ-ゴ も チャノマ を はなれず、 コノゴロ は たいてい ハハ と ばかり クラシムキ の ハナシ など を しながら、 ナン-ジカン も すごして いた。 そして いつも ハナシ の ケンガイ に オキザリ に されて いる ナオコ には ほとんど ムトンジャク そう に みえた が、 ケイスケ の ハハ は オンナ だけ に、 そういう ナオコ の おちつかない ヨウス に いつまでも きづかない で いる よう な こと は なかった。 カノジョ の ヨメ が イマ の まま の セイカツ に ナニ か フマン そう に しだして いる こと が、 (カノジョ には なぜか わからなかった が) シマイ には ジブン たち の イッカ の クウキ をも おもくるしい もの に させかねない こと を ナニ より も おそれだして いた。
 コノゴロ は ヨナカ など に、 ナオコ が いつまでも ねむれない で つい セキ など を したり する と、 トナリ の ヘヤ に ねて いる ケイスケ の ハハ は すぐ メ を さました。 そう する と カノジョ は もう ねむれなく なる らしかった。 しかし、 ケイスケ や ホカ の もの の モノオト で メ を さました よう な とき は、 かならず すぐ また ねむって しまう らしかった。 そんな こと が また、 ナオコ には なにもかも わかって、 いちいち ココロ に こたえる の だった。
 ナオコ は、 そういう こと ごと に、 タケ へ ミ を よせて いて、 ジブン の したい こと は なにひとつ できず に いる モノ に ありがち な ムネ を さされる よう な キモチ を たえず ケイケン しなければ ならなかった。 ――それ が ケッコン する マエ から カノジョ の ウチ に センプク して いた らしい ビョウキ を だんだん こうじさせて いった。 ナオコ は メ に みえて やせだした。 そして ドウジ に、 カノジョ の ウチ に いつか わいて きた ケッコン マエ の すでに うしなわれた ジブン ジシン に たいする イッシュ の キョウシュウ の よう な もの は ハンタイ に いよいよ つのる ばかり だった。 しかし、 カノジョ は まだ ジブン でも それ に きづかぬ よう に できる だけ こらえ に こらえて ゆこう と ケッシン して いる らしく みえた。
 3 ガツ の ある クレガタ、 ナオコ は ヨウジ の ため オット と イッショ に ギンザ に でた とき、 ふと ザットウ の ナカ で、 オサナナジミ の ツヅキ アキラ らしい、 ナニ か こう うちしずんだ、 そのくせ あいかわらず ひとなつかしそう な、 セ の たかい スガタ を みかけた。 ムコウ では ハジメ から キ が ついて いた よう だ が、 こちら は それ が アキラ で ある こと を やっと おもいだした の は、 もう すれちがって だいぶ たって から の こと だった。 ふりかえって みた とき は、 もう アキラ の セ の たかい スガタ は ヒトナミ の ナカ に きえて いた。
 それ は ナオコ に とって は、 なんでも ない カイコウ の よう に みえた。 しかし、 それから ヒ が たつ に つれて、 なぜか その とき から オット と イッショ に ガイシュツ したり など する の が ミョウ に フカイ に おもわれだした。 わけても カノジョ を おどろかした の は、 それ が ナニ か ジブン を いつわって いる と いう イシキ から はっきり と きて いる こと に きづいた こと だった。 それ に ちかい カンジョウ は コノゴロ いつも カノジョ が イシキ の シキミ の シタ に ばくぜん と かんじつづけて いた もの だった が、 ナオコ は あの コドク そう な アキラ を みて から、 なぜか キュウ に それ を イシキ の シキミ の ウエ に のぼらせる よう に なった の だった。

 4

 イナカ へ いって こい と いわれた とき ツヅキ アキラ は すぐ ショウネン の コロ、 ナンド も ナツ を すごし に いった シンシュウ の O ムラ の こと を かんがえた。 まだ さむい かも しれない、 ヤマ には ユキ も ある だろう、 なにもかも が そこ では これから だ、 ――そういう いまだ しらぬ ハルサキ の ヤマグニ の フウブツ が ナニ より も カレ を さそった。
 アキラ は その モト は シュクバ だった ふるい ムラ に、 ボタンヤ と いう ナツ の アイダ ガクセイ たち を とめて いた おおきな ヤド の あった こと を おもいだして、 それ へ といあわせて みる と、 いつでも きて くれ と いって よこした ので、 4 ガツ の ハジメ、 アキラ は セイシキ に キュウカ を もらって シンシュウ への タビ を ケッコウ した。
 アキラ の のった シンエツ セン の キシャ が クワバタケ の おおい ジョウシュウ を すぎて、 いよいよ シンシュウ へ はいる と、 キュウ に まだ ふゆがれた まま の、 ヤマカゲ など には マダラユキ の のこって いる、 いかにも ヤマグニ-らしい ケシキ に かわりだした。 アキラ は その ユウガタ ちかく、 ユキドケ アト の イヨウ な アカハダ を した アサマヤマ を ちかぢか と セ に した、 ある ちいさな タニマ の テイシャバ に おりた。
 アキラ には テイシャバ から ムラ まで の トチュウ の、 ムカシ と ほとんど かわらない ケシキ が なんとも いえず さびしい キ が した。 それ は そんな ムカシ の まま の ケシキ に くらべて カレ だけ が もう イゼン の ジブン では なくなった よう な さびしい ココロモチ に させられた ばかり では なく、 その ケシキ ソノモノ も ムカシ から さびしかった の だ。 ――テイシャバ から の サカミチ、 オリカラ の ユウヤケゾラ を ハンシャ させて いる ミチバタ の ザンセツ、 モリ の カタワラ に おきわすれられた よう に たって いる 1 ケン の ハイオク に ちかい コイエ、 つきない モリ、 その モリ も やっと ハンブン すぎた こと を しらせる ある ワカレミチ (その イッポウ は ムラ へ、 もう イッポウ は アキラ が そこ で ショウネン の ナツ の ヒ を すごした モリ の イエ へ つうじて いた……)、 その モリ から でた トタン タビビト の メ に インショウ-ぶかく はいって くる ヒ の ヤマ の スソノ に ヒトカタマリ に なって かたむいて いる ちいさな ムラ……

 O ムラ での しずか な すこし キ の とおく なる よう な セイカツ が はじまった。
 ヤマグニ の ハル は おそかった。 ハヤシ は まだ ほとんど ハダカ だった。 しかし もう コズエ から コズエ へ くぐりぬける コトリ たち の カゲ には ハル-らしい ビンショウサ が みられた。 クレガタ に なる と、 チカク の ハヤシ の ナカ で キジ が よく ないた。
 ボタンヤ の ヒトタチ は、 ショウネン の コロ の アキラ の こと も、 スウネン マエ コジン に なった カレ の オバ の こと も わすれず に いて、 シンセツ に セワ を やいて くれた。 もう 70 を すぎた ロウボ、 アシ の わるい シュジン、 トウキョウ から とついだ その わかい サイクン、 それから デモドリ の シュジン の アネ の オヨウ、 ――アキラ は そんな ヒトタチ の こと を ショウネン の コロ から しる とも なし に しって いた。 ことに その アネ の オヨウ と いう の が わかい コロ その うつくしい キリョウ を のぞまれて、 ユウメイ な ヒショチ の トナリ の ムラ でも イチリュウ の M ホテル へ えんづいた ものの、 どうしても ショウブン から そこ が いや で いや で 1 ネン ぐらい して ジブン から とびだして きて しまった ハナシ なぞ を きかされて いた ので、 アキラ は なんとなく その オヨウ に たいして は マエ から イッシュ の カンシン の よう な もの を いだいて いた。 が、 その オヨウ に コトシ 19 に なる、 けれど もう 7~8 ネン マエ から セキズイエン で トコ に ツキキリ に なって いる、 ハツエ と いう ムスメ の あった こと なぞ は コンド の タイザイ で はじめて しった の だった。……
 そういう カコ の ある ビボウ の オンナ と して は、 オヨウ は イマ では あまり に なんでも ない オンナ の よう な かまわない ヨウス を して いた。 けれども もう 40 に ちかい の だろう に ダイドコロ など で まめまめしく たちはたらいて いる カノジョ の スガタ には、 まだ いかにも ムスメムスメ した ドウサ が ソノママ に のこって いた。 アキラ は こんな ヤマグニ には こんな オンナ の ヒト も いる の か と なつかしく おもった。

 ハヤシ は まだ その エダ を すいて あらわ に みえて いる ヒ の ヤマ の スガタ と ともに ヒゴト に セイキ を おびて きた。
 きて から、 もう 1 シュウカン が すぎた。 アキラ は ほとんど ムラジュウ を みて あるいた。 モリ の ナカ の、 ムカシ すんで いた イエ の ほう へも ナンド も いって みた。 すでに ヒトデ に わたって いる はず の なき オバ の ちいさな ベッソウ も その トナリ の ミムラ-ケ の おおきな ニレ の キ の ある ベッソウ も、 ここ スウネン ダレ も こない らしく どこ も か も クギヅケ に なって いた。 ナツ の ゴゴ など よく そこ へ ミナ で あつまった ニレ の キ の シタ には、 なかば かたむいた ベンチ が いまにも くずれそう な ヨウス で ムスウ の オチバ に うまって いた。 アキラ は その ニレ の コカゲ での サイゴ の ナツ の ヒ の こと を いまだに あざやか に おもいだす こと が できた。 ――その ナツ の スエ、 トナリムラ の ホテル に また きて いる とか と いう ウワサ が マエ から あった モリ オトヒコ が とつぜん O ムラ に たずねて きて から スウジツ-ゴ、 キュウ に ナオコ が ダレ にも しらさず に トウキョウ へ ひきあげて いって しまった。 その ヨクジツ、 アキラ は この キ の シタ で ミムラ フジン から はじめて その こと を きいた。 ナニ か それ が ジブン の せい だ と おもいこんだ らしい ショウネン は おちつかない せかせか した ヨウス で、 おもいきった よう に きいた。 「ナオコ さん は ボク に なんにも いって いきません でした か?」
「ええ べつに なんとも……」 フジン は かんがえぶかそう な、 くらい メツキ で カレ の ほう を みまもった。
「あの コ は あんな ヒト です から……」 ショウネン は ナニ か こらえる よう な ヨウス を して、 おおきく うなずいて みせ、 そのまま そこ を たちさって いった。 ――それ が この ニレ の イエ に アキラ の きた サイゴ に なった。 ヨクトシ から、 アキラ は もう オバ が しんだ ため に この ムラ へは こなく なった。……
 これ で もう ナンド-メ か に その なかば かたむいた ベンチ の ウエ に こしかけた まま、 その サイゴ の ナツ の ヒ の そういう ジョウケイ を ジブン の ウチ に よみがえらせながら、 エイキュウ に こっち を ふりむいて くれそう も ない ショウジョ の こと を もう イッペン かんがえかけた とき、 アキラ は キュウ に たちあがって、 もう ここ へは ふたたび こまい と ケッシン した。

 その うち に ハル-らしい シュウウ が ヒ に 1 ド か 2 ド は かならず とおりすぎる よう に なった。 アキラ は、 そんな ある ヒ、 とおい ハヤシ の ナカ で、 ライメイ さえ ともなった ものすごい アメ に であった。
 アキラ は アタマ から ビショヌレ に なって、 ハヤシ の アキチ に ヒトツ の ワラブキゴヤ を みつける と、 オオイソギ で そこ へ とびこんだ。 ナニ か の ナヤ か と おもったら、 ナカ は マックラ だ が、 カラッポ らしかった。 コヤ の ナカ は おもいのほか ふかい。 カレ は テサグリ で 5~6 ダン ある ハシゴ の よう な もの を おりて いった が、 ソコ の ほう の クウキ が イヨウ に ひえびえ と して いる ので、 おもわず ミブルイ を した。 しかし カレ を もっと おどろかせた の は、 その コヤ の オク に ダレ か が カレ より サキ に はいって アマヤドリ して いる らしい ケハイ の した こと だった。 ようやく シュウイ に メ の なれて きた カレ は トツゼン の チンニュウシャ の ジブン の ため に スミ の ほう へ よって ちいさく なって いる ヒトリ の ムスメ の スガタ を みとめた。
「ひどい アメ だな」 カレ は それ を みとめる と、 てれくさそう に ヒトリゴト を いいながら、 ムスメ の ほう へ セ を むけた まま、 コヤ の ソト ばかり みあげて いた。
 が、 アメ は いよいよ はげしく ふって いた。 それ は コヤ の マエ の カザンバイシツ の ジメン を けずって そこいら を デイリュウ と かして いた。 オチバ や おれた エダ など が それ に おしながされて ゆく の が みられた。
 なかば こわれた ワラヤネ から は、 ショホウ に アマモリ が しはじめ、 アキラ は それまで の バショ に たって いられなく なって、 イッポ イッポ アトズサリ して いった。 ムスメ との キョリ が だんだん ちかづいた。
「ひどい アメ です ね」 と アキラ は サッキ と おなじ モンク を コンド は もっと うわずった コエ で ムスメ の ほう へ むけて いった。
「…………」 ムスメ は だまって うなずいた よう だった。
 アキラ は その とき はじめて その ムスメ を マヂカ に みながら それ が おなじ ムラ の ワタヤ と いう ヤゴウ の イエ の サナエ と いう ムスメ で ある の に きづいた。 ムスメ の ほう では サキ に アキラ に きづいて いた らしかった。
 アキラ は それ を しる と、 こんな うすぐらい コヤ の ナカ に その ムスメ と フタリ きり で だまりあって なんぞ いる ほう が よっぽど キヅマリ に なった ので、 まだ すこし うわずった コエ で、
「この コヤ は いったい ナン です か?」 と とうて みた。
 ムスメ は しかし なんだか もじもじ して いる ばかり で、 なかなか ヘンジ を せず に いた。
「フツウ の ナヤ でも なさそう だ けれど……」 アキラ は もう すっかり メ が なれて きて いる ので コヤ の ナカ を ひとあたり みまわした。
 その とき ムスメ が やっと かすか な ヘンジ を した。
「ヒムロ です」
 まだ ワラヤネ の スキマ から は ぽたり ぽたり と アマダレ が うちつづけて いた が、 さすが の アメ も どうやら ようやく あがりかけた らしかった。 いくぶん ソト が あかるく なって きた。
 アキラ は キュウ に キガル そう に いった。 「ヒムロ と いう の は これ です か。……」
 ムカシ、 この チホウ に テツドウ が フセツ された トウジ、 ムラ の イチブ の ヒトタチ は フユ ごと に テンネンゴオリ を サイシュ し、 それ を たくわえて おいて ナツ に なる と カクチ へ ユソウ して いた が、 トウキョウ の ほう に おおきな セイヒョウ-ガイシャ が できる よう に なる と しだいに ダレ も テ を だす モノ が なくなり、 オオク の ヒムロ が そのまま ショホウ に タチグサレ に なった。 イマ でも まだ モリ の ナカ なんぞ だったら どこ か に のこって いる かも しれない。 ――そんな こと を ムラ の ヒトタチ から も よく きいて いた が アキラ も それ を みる の は はじめて だった。
「なんだか いまにも つぶれて きそう だなあ……」 アキラ は そう いいながら、 もう イチド ゆっくり と コヤ の ナカ を みまわした。 イマ まで アマダレ の して いた ワラヤネ の スキマ から、 とつぜん、 ヒ の ヒカリ が イクスジ も ほそながい セン を ひきだした。 ふいと ムスメ は ムラ の モノ-らしく ない イロジロ な カオ を その ほう へ もたげた。 カレ は それ を ぬすみみて、 イッシュン うつくしい と おもった。
 アキラ が サキ に なって、 フタリ は その コヤ を でた。 ムスメ は ちいさな カゴ を テ に して いた。 ハヤシ の ムコウ の オガワ から セリ を つんで きた カエリ なの だった。 フタリ は ハヤシ を でる と、 それから は ヒトコト も モノ を いいあわず に、 アト に なったり サキ に なったり しながら、 クワバタケ の アイダ を ムラ の ほう へ かえって いった。
 
 その ヒ から、 そんな ヒムロ の ある ハヤシ の ナカ の アキチ は アキラ の すき な バショ に なった。 カレ は ゴゴ に なる と そこ へ いって、 その こわれかかった ヒムロ を マエ に して は クサ の ナカ に よこたわりながら、 その ムコウ の ハヤシ を すいて ヒ の ヤマ が ちかぢか と みえる の を あかず に ながめて いた。
 ユウガタ ちかく に なる と、 セリツミ から もどって きた ワタヤ の ムスメ が カレ の マエ を とおりぬけて いった。 そして しばらく タチバナシ を して ゆく の が フタリ の シュウカン に なった。

 5

 その うち に いつのまにか、 アキラ と サナエ とは、 マイニチ、 ゴゴ の ナン-ジカン か を その ヒムロ を マエ に して イッショ に すごす よう に なった。
 アキラ が ムスメ の ミミ の すこし とおい こと を しった の は ある カゼ の ある ヒ だった。 やっと めぐみはじめた ハヤシ の ナカ では、 ときおり カゼ が ざわめきすぎて キギ の コズエ が ゆれる たび ごと に、 その サキ に ある キ の メ らしい もの が ギンイロ に ひかった。 そんな とき、 ムスメ は ナニ を ききつける の か、 アキラ が はっと メ を みはる ほど、 こうごうしい よう な カオツキ を する こと が あった。 アキラ は ただ この ムスメ と こう やって なんの ハナシ-らしい ハナシ も しない で あって さえ いれば よかった。 そこ には いいたい こと を いいつくして しまう より か、 それ イジョウ の モノガタリ を しあって いる よう な キブン が あった。 そして それ イガイ の ヨッキュウ は なんにも もとう とは しない こと くらい、 うつくしい デアイ は あるまい と おもって いた。 それ が アイテ にも なんとか して わからない もの かなあ と かんがえながら……
 サナエ は と いえば、 そんな アキラ の ココロ の ナカ は はっきり とは わからなかった けれども、 ナニ か ジブン が ヨケイ な こと を はなしたり しだす と、 すぐ カレ が キゲン を わるく した よう に ムコウ を むいて しまう ので、 ほとんど クチ を きかず に いる こと が おおかった。 カノジョ は ハジメ の うち は それ が よく わからなくて、 カレ の ヤッカイ に なって いる ボタンヤ と ジブン の イエ と が シンセキ の くせ に ムカシ から ナカ が わるい ので、 ジブン が なんの キ なし に はなした オヨウ たち の こと で もって ナニ か アキラ の キ を わるく させる よう な こと でも あった の だろう と かんがえた。 が、 ホカ の こと を いくら はなしだして も おなじ だった。 ただ ヒトツ、 カノジョ の ハナシ に カレ が このんで ミミ を かたむけた の は、 カノジョ が ジブン の ショウジョ ジダイ の こと を ものがたった とき だけ だった。 ことに カノジョ の オサナナジミ だった オヨウ の ムスメ の ハツエ の ちいさい コロ の ハナシ は ナンド も くりかえして はなさせた。 ハツエ は 12 の フユ、 ムラ の ショウガッコウ への ユキガケ に、 しみついた ユキ の ウエ に ダレ か に つきころがされて、 それ が モト で イマ の セキズイエン を わずらった の だった。 その バ に いあわせた オオク の ムラ の コ たち にも ダレ が そんな イタズラ を した の か ついに わからなかった。……
 アキラ は そういう ハツエ の ヨウジ の ハナシ など を ききながら、 ふと あの カチキ そう な オヨウ が どこ か の モノカゲ に ヒトリ で さびしそう に して いる カオツキ を ココロ に えがいたり した。 イマ で こそ オヨウ は ジブン の こと は すっかり あきらめきって、 ムスメ の ため に スベテ を ギセイ に して いきて いる よう だ けれど、 スウネン マエ アキラ が まだ ショウネン で この ムラ へ ナツヤスミ を おくり に きて いた ジブン、 その オヨウ が その トシ の ハル から カノジョ の イエ に ベンキョウ に きて フユ に なって も まだ かえろう と しなかった ある ホウカ の ガクセイ と ある ウワサ が たち、 それ が ベッソウ の ヒトタチ の ワダイ に まで のぼった こと の ある の を アキラ は ふと おもいだしたり して、 そういう マヨイ の ヒトトキ も オヨウ には あった と いう こと が いっそう カレ の ウチ の オヨウ の エスガタ を カンゼン に させる よう に おもえたり した。……
 サナエ は、 カノジョ の ソバ で アキラ が うつけた よう な メツキ を して そんな こと なんぞ を かんがえだして いる アイダ、 てぢかい クサ を たぐりよせて は、 ジブン の アシクビ を なでたり して いた。
 フタリ は そう やって 2~3 ジカン あった ノチ、 ユウガタ、 ベツベツ に ムラ へ かえって ゆく の が ツネ だった。 そんな カエリガケ に アキラ は よく トチュウ の クワバタケ の ナカ で、 ヒトリ の ジュンサ が ジテンシャ に のって くる の に であった。 それ は この キンボウ の ムラムラ を ジュンカイ して いる、 ニンキ の いい、 わかい ジュンサ だった。 アキラ が とおりすぎる とき、 いつも かるい エシャク を して いった。 アキラ は この ヒト の よさそう な わかい ジュンサ が イマ ジブン の あって きた ばかり の ムスメ への ネッシン な キュウコンシャ で ある こと を いつしか しる よう に なった。 カレ は それから は いっそう その わかい ジュンサ に トクシュ な コウイ らしい もの を かんじだして いた。

 6

 ある アサ、 ナオコ は トコ から おきよう と した とき、 キュウ に はげしく せきこんで、 ヘン な タン が でた と おもったら、 それ は マッカ だった。
 ナオコ は あわてず に、 それ を ジブン で シマツ して から、 イツモ の よう に おきて、 ダレ にも いわない で いた。 イチニチジュウ、 ソト には なんにも かわった こと が おこらなかった。 が、 その バン、 ツトメ から かえって きて イツモ の よう に ナニゴト も なさそう に して いる オット を みる と、 とつぜん その オット を ロウバイ させたく なって、 フタリ きり に なって から そっと アサ の カッケツ の こと を うちあけた。
「なに、 それ くらい なら たいした こと は ない さ」 ケイスケ は クチサキ では そう いいながら、 みる も キノドク な ほど カオイロ を かえて いた。
 ナオコ は それ には わざと ヘンジ を せず に、 ただ アイテ を じっと みつめかえして いた。 それ が イマ オット の いった コトバ を いかにも クウキョ に ひびかせた。
 オット は そういう ナオコ の マナザシ から カオ を そらせた まま、 もう そんな キヤスメ の よう な こと は クチ に ださなかった。
 ヨクジツ、 ケイスケ は ハハ には カッケツ の こと は ぬかして、 ナオコ の ビョウキ を はなし、 イマ の うち に どこ か へ テンチ させた ほう が よく は ない か と ソウダン を もちかけた。 ナオコ も それ には ドウイ して いる こと も つけくわえた。 ムカシカタギ の ハハ は、 コノゴロ なにかと きぶっせい な ヨメ を ジブン たち から イチジ ベッキョ させて イゼン の よう に ムスコ と フタリ きり に なれる キラクサ を ケイスケ の マエ では カオイロ に まで あらわしながら、 しかし セケン の テマエ ビョウキ に なった ヨメ を ヒトリ で テンチ させる こと には なかなか ドウイ しない で いた。 やっと ナオコ の みて もらって いる イシャ が、 ハハ を ナットク させた。 テンチサキ は、 その イシャ も すすめる し、 トウニン も キボウ する ので、 シンシュウ の ヤツガタケ の フモト に ある ある コウゲン リョウヨウジョ が えらばれた。

 ある うすぐもった アサ、 ナオコ は オット と ハハ に つきそわれて、 チュウオウ セン の キシャ に のり、 その リョウヨウジョ に むかった。
 ゴゴ、 その サンロク の リョウヨウジョ に ついて、 ナオコ が カンジャ の ヒトリ と して ある ビョウトウ の 2 カイ の イッシツ に シュウヨウ される の を みとどける と、 ヒ の くれる マエ に、 ケイスケ と ハハ は いそいで かえって いった。 ナオコ は、 リョウヨウジョ に いる アイダ たえず ナニ か を おそれる よう に セナカ を まるく して いた ハハ と その ハハ の いる ところ では ジブン に ろくろく クチ も きけない ほど キ の ちいさな オット と を おくりだしながら、 ナニ か その ハハ が わざわざ オット と イッショ に ジブン に つきそって きて くれた こと を すなお には うけとれない よう に かんじて いた。 それほど まで ジブン の こと を きづかって くれる と いう より か、 ケイスケ を こんな ビョウニン の ジブン と フタリ きり に させて おいて カレ の ココロ を ジブン から はなれがたい もの に させて しまう こと を ナニ より も おそれて いる が ため の よう だった。 ナオコ は その イッポウ、 そういう こと まで サイギ しず には いられなく なって いる ジブン を、 イマ こうして こんな ヤマ の リョウヨウジョ に ヒトリ きり で いなければ ならなく なった ジブン より も、 いっそう さびしい よう な キモチ で ながめて いた。

 ここ こそ は たしか に ジブン には もってこい の ヒナンジョ だ、 と ナオコ は サイショ の ヒビ、 ヒトリ で ユウハン を すませ、 ものしずか に その ヒ を おえよう と しながら マド から ヤマ や モリ を ながめて、 そう かんがえた。 ロダイ に でて みて も、 チカク の ムラムラ の モノオト らしい もの が どこ か トオク から の よう に きこえて くる ばかり だった。 ときどき カゼ が キギ の カオリ を あおりながら、 カノジョ の ところ まで さっと ふいて きた。 それ が いわば ここ で ゆるされる ユイイツ の セイ の ニオイ だった。
 カノジョ は ジブン の イガイ な メグリアワセ に ついて ハンセイ する ため に、 どんな に か こういう ヒトリ に なりたかったろう。 どこ から きて いる の か ジブン ジシン にも わからない フシギ な ゼツボウ に ジブン の ココロ を まかせきって キ の すむ まで じっと して いられる よう な バショ を もとめる ため の、 キノウ まで の なんと いう カツボウ、 ――それ が イマ すべて かなえられよう と して いる。 カノジョ は もう イマ は なにもかも キママ に して、 ムリ に きいたり、 わらったり せず とも いい の だ。 カノジョ は ジブン の カオ を よそおったり、 ジブン の メツキ を キ に したり する シンパイ が もう ない の だ。
 ああ、 このよう な コドク の タダナカ での カノジョ の フシギ な ソセイ。 ――カノジョ は こういう シュルイ の コドク で ある ならば それ を どんな に すき だった か。 カノジョ が いいしれぬ コドクカン に ココロ を しめつけられる よう な キ の して いた の は、 イッカ ダンラン の モナカ、 ハハ や オット たち の カタワラ で あった。 イマ、 ヤマ の リョウヨウジョ に、 こうして ヒトリ きり で いなければ ならない カノジョ は、 ここ で はじめて セイ の タノシサ に ちかい もの を あじわって いた。 セイ の タノシサ? それ は たんに ビョウキ ソノモノ の ケダルサ、 その ため に しょうじる スベテ の サジ に たいする ムカンシン の させる ワザ だろう か。 あるいは ヨクセイ せられた セイ に こうして ビョウキ の カッテ に うみだす イッシュ の ゲンカク に すぎない の だろう か。

 イチニチ は ホカ の ヒ の よう に しずか に すぎて いった。
 そういう コドク な、 クッタク の ない ヒビ の ナカ で、 ナオコ が キセキ の よう に セイシンテキ にも ニクタイテキ にも よみがえって きだした の は ジジツ だった。 しかし イッポウ、 カノジョ は よみがえれば よみがえる ほど、 ようやく こうして とりもどしだした ジブン ジシン が、 あれほど それ に たいして カノジョ の キョウシュウ を もよおして いた イゼン の ジブン とは どこ か ちがった もの に なって いる の を みとめない わけ には ゆかなかった。 カノジョ は もう ムカシ の わかい ムスメ では なかった。 もう ヒトリ では なかった。 フホンイ にも、 すでに ヒト の ツマ だった。 その おもくるしい ニチジョウ の ドウサ は、 こんな コドク な クラシ の ナカ でも、 カノジョ の する こと なす こと には もはや その イミ を うしないながら も、 いまだに シツヨウ に クウ を えがきつづけて いた。 カノジョ は イマ でも あいかわらず、 ダレ か が ジブン と イッショ に いる か の よう に、 なんと いう こと も なし に マユ を ひそめたり、 エミ を つくったり して いた。 それから カノジョ の マナザシ は ときどき ひとりでに、 ナニ か キ に いらない もの を ミトガメ でも する よう に、 ながい こと クウ を みつめた きり で いたり した。
 カノジョ は そういう ジブン ジシン の スガタ に キ が つく たび ごと に、 「もうすこし の シンボウ…… もうすこし の……」 と ナニ か ワケ も わからず に、 ただ、 ジブン ジシン に いって きかせて いた。
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ナオコ 「ナオコ 2」

2020-09-07 | ホリ タツオ
 7

 5 ガツ に なった。 ケイスケ の ハハ から は ときどき ながい ミマイ の テガミ が きた が、 ケイスケ ジシン は ほとんど テガミ と いう もの を よこした こと が なかった。 カノジョ は それ を いかにも ケイスケ-らしい と おもい、 けっきょく その ほう が カノジョ にも キママ で よかった。 カノジョ は キブン が よくて キショウ して いる よう な ヒ でも、 シュウト へ ヘンジ を かかなければ ならない とき は、 いつも わざわざ シンダイ に はいり、 アオムケ に なって エンピツ で かきにくそう に かいた。 それ が テガミ を かく カノジョ の キモチ を いつわらせた。 もし アイテ が そんな シュウト では なくて、 もっと ソッチョク な ケイスケ だったら、 カノジョ は カレ を くるしめる ため にも、 ジブン の かんじて いる イマ の コドク の ナカ での ソセイ の ヨロコビ を いつまでも かくしおおせて は いられなかった だろう。……
「かわいそう な ナオコ」 それでも ときどき カノジョ は そんな ヒトリ で イイキ に なって いる よう な ジブン を あわれむ よう に ヒトリゴト を いう こと も あった。 「オマエ が そんな に オマエ の マワリ から ヒトビト を つきのけて ダイジ そう に かかえこんで いる オマエ ジシン が そんな に オマエ には いい の か。 これ こそ ジブン ジシン だ と しんじこんで、 そんな に して まで まもって いた もの が、 タジツ キ が ついて みたら、 いつのまにか クウキョ だった と いう よう な メ に なんぞ あったり する の では ない か……」
 カノジョ は そういう とき、 そんな フホンイ な カンガエ から ジブン を そらせる ため には マド の ソト へ メ を もって ゆき さえ すれば いい こと を しって いた。
 そこ では カゼ が たえず キギ の ハ を いい ニオイ を させたり、 こく あわく ハウラ を かえしたり しながら、 ざわめかせて いた。 「ああ、 あの タクサン の キギ。 ……ああ、 なんて いい カオリ なん だろう……」

 ある ヒ、 ナオコ が シンサツ を うけ に カイカ の ロウカ を とおって ゆく と、 27 ゴウ-シツ の トビラ の ソト で、 しろい スウェター を きた セイネン が リョウウデ で カオ を おさえながら、 たまらなそう に なきじゃくって いる の を みかけた。 ジュウカンジャ の イイナズケ の わかい ムスメ に つきそって きて いる、 ものしずか そう な セイネン だった。 スウジツ マエ から その イイナズケ が キュウ に キトク に おちいり、 その セイネン が ビョウシツ と イキョク との アイダ を ナニ か ちばしった メツキ を して ヒトリ で いったり きたり して いる、 いつも しろい スウェター を きた スガタ が たえず ロウカ に みえて いた。……
「やっぱり ダメ だった ん だわ、 オキノドク に……」 ナオコ は そう おもいながら、 その いたいたしい セイネン の スガタ を みる に しのびない よう に、 いそいで その ソバ を とおりすぎた。
 カノジョ は カンゴフシツ を とおりかかった とき、 ふいと キ に なった ので そこ へ よって きいて みる と、 ジジツ は その イイナズケ の わかい ムスメ が いましがた キュウ に キセキ の よう に もちなおして ゲンキ に なりだした の だった。 それまで その キトク の イイナズケ の マクラモト に フダン と すこしも かわらない しずか な ヨウス で つきそって いた セイネン は それ を しる と、 キュウ に その ソバ を はなれて、 トビラ の ソト へ とびだして いって しまった。 そして その カゲ で、 とつぜん、 それ が ビョウニン にも わかる ほど、 ウレシナキ に なきじゃくりだした の だ そう だった。……
 シンサツ から かえって きた とき も、 ナオコ は まだ その ビョウシツ の マエ に その しろい スウェター を きた セイネン が、 さすが に もう コエ に だして ないて は いなかった けれど、 やはり おなじ よう に リョウウデ で カオ を おおいながら たちつづけて いる の を みいだした。 ナオコ は コンド は われしらず むさぼる よう な メツキ で、 その セイネン の ふるえる カタ を みいりながら、 その ソバ を オオマタ に ゆっくり とおりすぎた。
 ナオコ は その ヒ から、 ミョウ に ココロ の おもくるしい よう な ヒビ を おくって いた。 キカイ さえ あれば カンゴフ を とらえて、 その わかい ムスメ の ヨウダイ を ジブン でも ココロ から ドウジョウ しながら ねほりはほり きいたり して いた。 しかし、 その わかい ムスメ が それから 5~6 ニチ-ゴ の ある ヨナカ に とつぜん カッケツ して しに、 その しろい スウェター スガタ の セイネン も カノジョ の しらぬ マ に リョウヨウジョ から スガタ を けして しまった こと を しった とき、 ナオコ は ナニ か ジブン でも リユウ の わからず に いた、 また、 それ を けっして わかろう とは しなかった おもくるしい もの から の シャクホウ を かんぜず には いられなかった。 そして その スウジツ の アイダ カノジョ を ココロ にも なく くるしめて いた ムナグルシサ は、 それきり わすれさられた よう に みえた。

 8

 アキラ は あいかわらず、 ヒムロ の ソバ で、 サナエ と おなじ よう な アイビキ を つづけて いた。
 しかし アキラ は ますます きむずかしく なって、 アイテ には めった に クチ さえ きかせない よう に なった。 アキラ ジシン も ほとんど しゃべらなかった。 そして フタリ は ただ、 カタ を ならべて、 ソラ を とおりすぎる ちいさな クモ だの、 ゾウキバヤシ の あたらしい ハ の ひかる グアイ だの を たがいに みあって いた。
 アキラ は ときどき ムスメ の ほう へ メ を そそいで、 いつまでも じっと みつめて いる こと が あった。 ムスメ が なんと いう こと も なし に わらいだす と、 カレ は おこった よう な カオ を して ヨコ を むいた。 カレ は ムスメ が わらう こと さえ ガマン できなく なって いた。 ただ ムスメ が ムシン そう に して いる ヨウス だけ しか カレ には キ に いらない と みえる。 そういう カレ が ムスメ にも だんだん わかって、 シマイ には アキラ に ジブン が みられて いる と キ が ついて も、 それ には キ が つかない よう に して いた。 アキラ の クセ で、 カノジョ の ウエ へ メ を そそぎながら、 カノジョ を とおして その もっと ムコウ に ある もの を みつめて いる よう な メツキ を カタ の ウエ に かんじながら……
 しかし、 そんな アキラ の メツキ が キョウ くらい トオク の もの を みて いる こと は なかった。 ムスメ は ジブン の キ の せい か とも おもった。 ムスメ は キョウ こそ ジブン が この アキ には どうしても とついで ゆかなければ ならぬ こと を それとなく カレ に うちあけよう と おもって いた。 それ を うちあけて みて、 さて アイテ に どう せよ と いう の では ない、 ただ、 カレ に そんな ハナシ を きいて もらって、 おもいきり ないて みたかった。 ジブン の ムスメ と して の スベテ に、 そう やって しみじみ と ワカレ を つげたかった。 なぜなら アキラ と こうして あって いる アイダ くらい、 ジブン が ムスメ-らしい ムスメ に おもわれる こと は なかった の だ。 いくら ジブン に きむずかしい ヨウキュウ を されて も、 その アイテ が アキラ なら、 そんな こと は カノジョ の ハラ を たてさせる どころ か、 そう されれば される ほど、 ジブン が かえって いっそう ムスメ-らしい ムスメ に なって ゆく よう な キ まで した の だった。……
 どこ か トオク の モリ の ナカ で、 キ を きりたおして いる オト が サッキ から きこえだして いた。
「どこ か で キ を きって いる よう だね。 あれ は なんだか ものがなしい オト だなあ」 アキラ は フイ に ヒトリゴト の よう に いった。
「あの ヘン の モリ も モト は のこらず ボタンヤ の モチモノ でした が、 2~3 ネン マエ に みんな うりはらって しまって……」 サナエ は なにげなく そう いって しまって から、 ジブン の イイカタ に もしや カレ の キ を わるく する よう な チョウシ が あり は しなかった か と おもった。
 が、 アキラ は なんとも いわず に、 ただ、 サッキ から クウ を みつめつづけて いる その メツキ を イッシュン せつなげ に ひからせた だけ だった。 カレ は この ムラ で いちばん ユイショ ある らしい ボタンヤ の ジショ も そう やって ぜんじ ヒトデ に わたって ゆく より ホカ は ない の か と おもった。 あの キノドク な キュウカ の ヒトタチ―― アシ の フジユウ な シュジン や、 ロウボ や、 オヨウ や、 その ビョウシン の ムスメ など……。
 サナエ は その ヒ も とうとう ジブン の ハナシ を もちだせなかった。 ヒ が くれかかって きた ので、 アキラ だけ を そこ に のこして、 サナエ は ココロノコリ そう に ヒトリ で サキ に かえって いった。
 アキラ は サナエ を イツモ の よう に すげなく かえした アト、 しばらく して から カノジョ が キョウ は なんとなく ココロノコリ の よう な ヨウス を して いた の を おもいだす と、 キュウ に ジブン も たちあがって、 ソンドウ を かえって ゆく カノジョ の ウシロスガタ の みえる アカマツ の シタ まで いって みた。
 すると、 その ユウヒ に かがやいた ソンドウ を サナエ が トチュウ で イッショ に なった らしい レイ の ジテンシャ を テ に した わかい ジュンサ と はなれたり ちかづいたり しながら あるいて ゆく スガタ が、 だんだん ちいさく なりながら、 いつまでも みえて いた。
「オマエ は そう やって ホンライ の オマエ の ところ へ かえって いこう と して いる……」 と アキラ は ヒトリ ココロ に おもった。 「オレ は むしろ マエ から そう なる こと を ねがって さえ いた。 オレ は いって みれば オマエ を うしなう ため に のみ オマエ を もとめた よう な もの だ。 イマ、 オマエ に さられる こと は オレ には あまり にも せつなすぎる。 だが、 その セツジツサ こそ オレ には ニュウヨウ なの だ。……」
 そんな トッサ の カンガエ が いかにも カレ に キ に いった よう に、 アキラ は もう イ を けっした よう な オモモチ で、 アカマツ に テ を かけた まま、 ユウヒ を セ に あびた サナエ と ジュンサ の スガタ が ついに みえなく なる まで みおくって いた。 フタリ は あいかわらず ジテンシャ を ナカ に して たがいに ちかづいたり はなれたり しながら あるいて いた。

 9

 6 ガツ に はいって から、 20 プン の サンポ を ゆるされる よう に なった ナオコ は、 キブン の いい ヒ など には、 よく サンロク の ボクジョウ の ほう まで ヒトリ で ブラツキ に いった。
 ボクジョウ は はるか かなた まで ひろがって いた。 チヘイセン の アタリ には、 コダチ の ムレ が フキソク な カンカク を おいて は ムラサキイロ に ちかい カゲ を おとして いた。 そんな ノヅラ の ハテ には、 10 スウヒキ の ウシ と ウマ が イッショ に なって、 かしこここ と うつりながら クサ を たべて いた。 ナオコ は、 その ボクジョウ を ぐるり と とりまいた ボクサク に そって あるきながら、 サイショ は トリトメ も ない カンガエ を そこいら に とんで いる きいろい チョウ の よう に さまよわせて いた。 その うち に しだいに カンガエ が イツモ と おなじ もの に なって くる の だった。
「ああ、 なぜ ワタシ は こんな ケッコン を した の だろう?」 ナオコ は そう かんがえだす と、 どこ でも かまわず クサ の ウエ へ コシ を おろして しまった。 そして カノジョ は もっと ホカ の イキカタ は なかった もの か と かんがえた。 「なぜ あの とき あんな ふう な ヌキサシ ならない よう な キモチ に なって、 まるで それ が ユイイツ の ヒナンジョ でも ある か の よう に、 こんな ケッコン の ナカ に にげこんだ の だろう?」 カノジョ は ケッコン の シキ を あげた トウジ の こと を おもいだした。 カノジョ は シキジョウ の イリグチ に シンプ の ケイスケ と ならんで たちながら、 ジブン たち の ところ へ イワイ を のべ に くる わかい オトコ たち に エシャク して いた。 この オトコ たち と だって ジブン は ケッコン できた の だ と おもいながら、 そして その ゆえ に かえって、 ジブン と ならんで たって いる、 ジブン より セ の ひくい くらい の オット に、 ある キヤスサ の よう な もの を かんじて いた。 「ああ、 あの ヒ に ワタシ の かんじて いられた あんな ココロ の ヤスラカサ は どこ へ いって しまった の だろう?」
 ある ヒ、 ボクサク を くぐりぬけて、 かなり トオク まで シバクサ の ウエ を あるいて いった ナオコ は、 ボクジョウ の マンナカ ほど に、 ぽつん と 1 ポン、 おおきな キ が たって いる の を みとめた。 ナニ か その キ の タチスガタ の もって いる ヒゲキテキ な カンジ が カノジョ の ココロ を とらえた。 ちょうど ウシ や ウマ の ムレ が ずっと ノ の ハテ の ほう で クサ を はんで いた ので、 カノジョ は そちら へ キ を くばりながら、 おもいきって それ に ちかづける だけ ちかづいて いって みた。 だんだん ちかづいて みる と、 それ は なんと いう キ だ か しらなかった けれど、 ミキ が フタツ に わかれて、 イッポウ の ミキ には あおい ハ が むらがりでて いる のに、 タホウ の ミキ だけ は いかにも くるしみもだえて いる よう な エダブリ を しながら すっかり かれて いた。 ナオコ は、 カタチ の いい ハ が カゼ に ゆれて ひかって いる イッポウ の コズエ と、 いたいたしい まで に かれた もう イッポウ の コズエ と を みくらべながら、
「ワタシ も あんな ふう に いきて いる の だわ、 きっと。 ハンブン かれた まま で……」 と かんがえた。
 カノジョ は ナニ か そんな カンガエ に ヒトリ で カンドウ しながら、 ボクジョウ を ひきかえす とき には もう ウシ や ウマ を こわい とも おもわなかった。

 6 ガツ の スエ に ちかづく と、 ソラ は ツユ-らしく くもって、 イクニチ も ナオコ は サンポ に でられない ヒ が つづいた。 こういう ブリョウ な ヒビ は、 さすが の ナオコ にも ほとんど たえがたかった。 イチニチジュウ、 なんと いう こと も なし に ヒ の くれる の が またれ、 そして やっと ヨル が きた と おもう と、 いつも キ の めいる よう な アメ の オト が しだして いた。
 そんな うすざむい よう な ヒ、 とつぜん ケイスケ の ハハ が ミマイ に きた。 その こと を しって、 ナオコ が ゲンカン まで むかえ に ゆく と、 ちょうど そこ では ヒトリ の わかい カンジャ が ホカ の カンジャ や カンゴフ に みおくられながら タイイン して ゆく ところ だった。 ナオコ も シュウト と イッショ に それ を みおくって いる と、 ソバ に いた カンゴフ の ヒトリ が そっと カノジョ に、 その わかい ノウリン ギシ は ジブン が しかけて きた ケンキュウ を カンセイ して きたい から と いって イシ の チュウコク も きかず に ドクダン で ヤマ を おりて ゆく の だ と ささやいた。 「まあ」 と おもわず クチ に だしながら、 ナオコ は あらためて その わかい オトコ を みた。 カレ だけ は もう セビロスガタ だった ので、 ちょっと みた ところ は ビョウニン とは おもえない くらい だった が、 よく みる と テアシ の マックロ に ヒ に やけた ホカ の カンジャ たち より も ずっと やせこけ、 カオイロ も わるかった。 そのかわり、 ホカ の カンジャ たち に みられない、 ナニ か セッパク した セイキ が ビウ に ただよって いた。 カノジョ は その ミチ の セイネン に イッシュ の コウイ に ちかい もの を かんじた。……
「あそこ に いた の が カンジャ さん たち なの かえ?」 シュウト は ナオコ と ロウカ を あるきだしながら、 いぶかしそう な クチブリ で いった。 「どの ヒト も ミナ フツウ の ヒト より か ジョウブ そう じゃ ない か」
「ああ みえて も、 ミナ わるい のよ」 ナオコ は ココロ にも なく カレラ の ミカタ に ついた。
「キアツ なんか が キュウ に かわったり する と、 あんな ヒトタチ の ナカ から も カッケツ したり する ヒト が すぐ でる のよ。 ああして カンジャ ドウシ が おちあったり する と、 コンド は ダレ の バン だろう と おもいながら、 それ が ジブン の バン かも しれない フアン だけ は おたがいに かくそう と しあう のね、 だから ゲンキ と いう より か、 むしろ はしゃいで いる だけ だわ」
 ナオコ は そんな カノジョ-らしい ドクダン を くだしながら、 ジブン ジシン も シュウト には すっかり よく なった よう に みえ、 こんな ヤマ の リョウヨウジョ に いつまでも ヒトリ で いる の を なにかと いわれ は すまい か と キヅカイ でも する よう に、 ジブン の ヒダリ の ハイ から まだ ラッセル が とれない で いる こと なんぞ を、 いかにも フアン そう に セツメイ したり した。
 ツキアタリ の ビョウトウ の 2 カイ の ハシ チカク に ある ビョウシツ に はいる と、 シュウト は クレゾール の ニオイ の する ビョウシツ の ナカ を ちらり と みまわした きり で、 ながく その ナカ に とどまる こと を おそれる か の よう に、 すぐ ロダイ へ でて いった。 ロダイ は うすらさむそう だった。
「まあ、 どうして この ヒト は ここ へ くる と、 いつも あんな に セナカ を まげて ばかり いる ん だろう?」 と ナオコ は ロダイ の テスリ に テ を かけて ムコウ を むいて いる シュウト の セ を、 ナニ か キ に いらない もの の よう に みすえながら、 ココロ の ナカ で おもって いた。 そのうち フイ に シュウト が カノジョ の ほう へ ふりむいた。 そして ナオコ が ジブン の ほう を うつけた よう に みすえて いる の に きづく と、 いかにも わざとらしい エガオ を して みせた。
 それから 1 ジカン ばかり たった ノチ、 ナオコ は いくら ひきとめて も どうしても すぐ かえる と いう シュウト を みおくりながら、 ふたたび ゲンカン まで ついて いった。 その アイダ も たえず、 ナニ か を おそれ でも する よう に ことさら に まげて いる よう な シュウト の セナカ に、 ナニ か キョギテキ な もの を イマ まで に なく つよく かんじながら……

 10

 クロカワ ケイスケ は、 タニン の ため に くるしむ と いう、 オオク の モノ が ジンセイ の トウショ に おいて ケイケン する ところ の もの を、 ジンセイ ナカバ に して ようやく ミ に おぼえた の だった。……
 9 ガツ ハジメ の ある ヒ、 ケイスケ は マルノウチ の ツトメサキ に ショウダン の ため に ナガヨ と いう トオエン に あたる モノ の ホウモン を うけた。 シュジュ の ショウダン の スエ、 フタリ の カイワ が しだいに コジンテキ な ワヘイ の ウエ に おちて いった とき だった。
「キミ の サイクン は どこ か の サナトリウム に はいって いる ん だって? ソノゴ どう なん だい?」 ナガヨ は ヒト に モノ を きく とき の クセ で ミョウ に メ を またたきながら きいた。
「なに、 たいした こと は なさそう だよ」 ケイスケ は それ を かるく うけながしながら、 それ から ハナシ を そらせよう と した。 ナオコ が ムネ を わずらって ニュウイン して いる こと は、 ハハ が それ を いやがって ダレ にも はなさない よう に して いる のに、 どうして この オトコ が しって いる の だろう か と いぶかしかった。
「なんでも いちばん わるい カンジャ たち の トクベツ な ビョウトウ へ はいって いる ん だ そう じゃ ない か」
「そんな こと は ない。 それ は ナニ か の マチガエ だ」
「そう か。 そんなら いい が……。 そんな こと を このあいだ ウチ の オフクロ が キミ ん チ の オフクロ から きいて きた って いってた ぜ」
 ケイスケ は いつ に なく カオイロ を かえた。 「ウチ の オフクロ が そんな こと を いう はず は ない が……」
 カレ は いつまでも ミョウ な キモチ に なりながら、 その ユウジン を フキゲン そう に おくりだした。

 その バン、 ケイスケ は ハハ と フタリ きり の クチカズ の すくない ショクタク に むかって いる とき、 サイショ なにげなさそう に クチ を きいた。
「ナオコ が ニュウイン して いる こと を ナガヨ が しって いました よ」
 ハハ は ナニ か そらとぼけた よう な ヨウス を した。 「そう かい。 そんな こと が あの ヒトタチ に どうして しれた ん だろう ね」
 ケイスケ は そう いう ハハ から フカイ そう に カオ を そらせながら、 ふいと イマ ジブン の ソバ に いない モノ が キュウ に キ に なりだした よう に、 そちら へ カオ を むけた。 ――こういう バンメシ の とき など、 ナオコ は いつも ハナシ の ケンガイ に オキザリ に されがち だった。 ケイスケ たち は しかし カノジョ には ほとんど ムトンジャク の よう に、 ムカシ の チジン だの サマツ な ヒビ の ケイザイ だの の ハナシ に ジカン を つぶして いた。 そういう とき の ナオコ の ナニ か を じっと こらえて いる よう な、 シンケイ の たった ウツムキガオ を、 イマ ケイスケ は そこ に ありあり と みいだした の だった。 そんな こと は カレ には ほとんど それ が はじめて だ と いって よかった。……
 ハハ は ジブン の ムスコ の ヨメ が ムネ など を わずらって サナトリウム に はいって いる こと を オモテムキ はばかって、 ちょっと シンケイ スイジャク ぐらい で テンチ して いる よう に ヒトマエ を とりつくろって いた。 そして それ を ケイスケ にも ふくませ、 イチド も ツマ の ところ へ ミマイ に ゆかせない くらい に して いた。 それゆえ、 イッポウ カゲ で もって、 その ハハ が ナオコ の ビョウキ の こと を わざと いいふらして いよう など とは、 ケイスケ は イマ まで かんがえて も みなかった の だった。
 ケイスケ は ナオコ から ハハ の モト へ たびたび テガミ が きたり、 また、 ハハ が それ に ヘンジ を だして いる らしい こと は しって は いた。 が、 まれ に ハハ に むかって ビョウニン の ヨウダイ を たずねる くらい で、 いつも カンタン な ハハ の コタエ で マンゾク を し、 それ イジョウ たちいって どういう テガミ を ヤリトリ して いる か、 ぜんぜん しろう とは しなかった。 ケイスケ は その ヒ の ナガヨ の ハナシ から、 ハハ が いつも ナニ か ジブン に カクシダテ を して いる らしい こと に きづく と、 とつぜん アイテ に イイヨウ の ない イラダタシサ を かんじだす と ともに、 イマ まで の ジブン の ヤリカタ にも はげしく コウカイ しはじめた。
 それから 2~3 ニチ-ゴ、 ケイスケ は キュウ に アス カイシャ を やすんで ツマ の ところ へ ミマイ に いって くる と いいはった。 ハハ は それ を きく と、 なんとも いえない にがい カオ を した まま、 しかし べつに それ には ハンタイ も しなかった。

 11

 クロカワ ケイスケ が、 コト に よる と ジブン の ツマ は ジュウタイ で しにかけて いる の かも しれない と いう よう な ばくぜん と した フアン に おののきながら、 シンシュウ の ミナミ に むかった の は、 ちょうど ニヒャク ハツカ マエ の アレモヨウ の ヒ だった。 ときどき カゼ が はげしく なって、 キシャ の マドガラス には オオツブ の アメ が オト を たてて あたった。 そんな はげしい フキブリ の ナカ にも、 キシャ は クニザカイ に ちかい サンチ に かかる と、 ナンド も キリカエ の ため に アトモドリ しはじめた。 その たび ごと に、 ソト の ケシキ の ほとんど みえない ほど アメ に くもった マド の ウチ で、 タビ に なれない ケイスケ は、 なんだか ジブン が まったく ミチ の ホウコウ へ つれて ゆかれる よう な オモイ が した。
 キシャ が サンカン-らしい ホカ の エキ と すこしも かわらない ちいさな エキ に ついた ノチ、 あやうく ハッシャ しよう と する マギワ に なって、 それ が リョウヨウジョ の ある エキ で ある の に きづいて、 ケイスケ は あわてて フキブリ の ナカ に ビショヌレ に なりながら とびおりた。
 エキ の マエ には アメ に うたれた ふるぼけた ジドウシャ が 1 ダイ とまって いた きり だった。 ケイスケ の ホカ にも、 わかい オンナ の キャク が ヒトリ いた が、 おなじ リョウヨウジョ へ ゆく ので、 フタリ は イッショ に のって ゆく こと に した。
「キュウ に わるく なられた カタ が あって、 いそいで おります ので……」 そう その わかい オンナ の ほう で いいわけがましく いった。 その わかい オンナ は リンケン の K シ の カンゴフ で、 リョウヨウジョ の カンジャ が カッケツ など して キュウ に ツキソイ が いる よう に なる と デンワ で よばれて くる こと を はなした。
 ケイスケ は とつぜん ムナサワギ が して、 「オンナ の カンジャ です か?」 と だしぬけ に きいた。
「いいえ、 コンド はじめて カッケツ を なすった おわかい オトコ の カタ の よう です」 アイテ は なんの こと も なさそう に ヘンジ を した。
 ジドウシャ は フキブリ の ナカ を、 カイドウ に そった きたない イエイエ へ ミズタマリ の ミズ を ナンド も はねかえしながら、 ちいさな ムラ を とおりすぎ、 それから ある ケイシャチ に たった リョウヨウジョ の ほう へ よじのぼりだした。 キュウ に エンジン の オト を たかめたり、 シャダイ を かしがせたり して、 ケイスケ を まだ なんとなく フアン に させた まま……

 リョウヨウジョ に つく と、 ちょうど カンジャ たち の アンセイ ジカン-チュウ らしく、 ゲンカンサキ には ダレ の スガタ も みえない ので、 ケイスケ は ぬれた クツ を ぬぎ、 ヒトリ で スリッパー を つっかけて、 かまわず ロウカ へ あがり、 ここいら だったろう と おもった ビョウトウ に おれて いった が、 やっと マチガエ に キ が ついて ひきかえして きた。 トチュウ の、 ある ビョウシツ の トビラ が ハンビラキ に なって いた。 トオリスガリ に、 なんの キ なし に ナカ を のぞいて みる と、 つい ハナサキ の シンダイ の ウエ に、 わかい オトコ の、 うすい アゴヒゲ を はやした、 ロウ の よう な カオ が あおむいて いる の が ちらり と みえた。 ムコウ でも トビラ の ソト に たって いる ケイスケ の スガタ に キ が つく と、 その カオ の ムキ を かえず に、 トリ の よう に おおきく みひらいた メ だけ を カレ の ほう へ そろそろ と むけだした。
 ケイスケ は おもわず ぎょっと しながら、 その トビラ の ソバ を いそいで とおりすぎよう と する と、 ドウジ に ウチガワ から も ダレ か が ちかづいて きて その トビラ を しめた。 その トタン、 なにやら ひょいと エシャク を された よう なので、 キ が ついて みる と、 それ は もう ハクイ に きかえた、 エキ から イッショ に きた サッキ の わかい オンナ だった。
 ケイスケ は やっと ロウカ で ヒトリ の カンゴフ を とらえて きく と、 ナオコ の いる ビョウトウ は もう ヒトツ サキ の ビョウトウ だった。 おそわった とおり、 ツキアタリ の カイダン を あがる と、 ああ ここ だった な と マエ に ツマ の ニュウイン に つきそって きた とき の こと を なにかと おもいだし、 キュウ に ムネ を ときめかせながら ナオコ の いる 3 ゴウ-シツ に ちかづいて いった。 コト に よったら、 ナオコ も すっかり スイジャク して、 サッキ の わかい カッケツ カンジャ の よう な ブキミ な ほど おおきな メ で こちら を サイショ ダレ だ か わからない よう に みる の では ない か と かんがえながら、 そんな ジシン の カンガエ に おもわず ミブルイ を した。
 ケイスケ は まず ココロ を おちつけて、 ちょっと トビラ を たたいて から、 それ を しずか に あけて みる と、 ビョウニン は シンダイ の ウエ に ムコウムキ に なった まま で いた。 ビョウニン は ダレ が はいって きた の だ か しりたく も なさそう だった。
「まあ、 アナタ でした の?」 ナオコ は やっと ふりかえる と、 すこし やつれた せい か、 いっそう おおきく なった よう な メ で カレ を みあげた。 その メ は イッシュン イヨウ に かがやいた。
 ケイスケ は それ を みる と、 ナニ か ほっと し、 おもわず ムネ が いっぱい に なった。
「イチド こよう とは おもって いた ん だ がね。 なかなか いそがしくて こられなかった」
 オット が そう いいわけがましい こと を いう の を きく と、 ナオコ の メ から は イマ まで あった イヨウ な カガヤキ が すうと きえた。 カノジョ は キュウ に くらく かげった メ を オット から はなす と、 ニジュウ に なった ガラスマド の ほう へ それ を むけた。 カゼ は その ソトガワ の ガラス へ ときどき おもいだした よう に オオツブ の アメ を ぶつけて いた。
 ケイスケ は こんな フキブリ を おかして まで ヤマ へ きた ジブン を ツマ が べつに なんとも おもわない らしい こと が すこし フマン だった。 が、 カレ は メノマエ に カノジョ を みる まで ジブン の ムネ を おしつぶして いた レイ の フアン を おもいだす と、 キュウ に キ を とりなおして いった。
「どう だ。 あれ から ずっと いい ん だろう?」 ケイスケ は いつも ツマ に あらたまって モノ を いう とき の クセ で メ を そらせながら いった。
「…………」 ナオコ も、 そんな オット の クセ を しりながら、 アイテ が ジブン を みて いよう と いまい と かまわない よう に、 だまって うなずいた だけ だった。
「なあに、 ここ に もう しばらく おちついて いれば、 オマエ の なんぞ は すぐ なおる さ」 ケイスケ は さっき おもわず メ に いれた あの カッケツ カンジャ の しにかかった トリ の よう な ブキミ な メツキ を うかべながら、 ナオコ の ほう へ おもいきって さぐる よう な メ を むけた。
 しかし カレ は その とき ナオコ の ナニ か カレ を あわれむ よう な メツキ と メ を あわせる と、 おもわず カオ を そむけ、 どうして この オンナ は いつも こんな メツキ で しか オレ を みられない ん だろう と いぶかりながら、 アメ の ふきつけて いる マド の ほう へ ちかづいて いった。 マド の ソト には、 ムコウガワ の ビョウトウ も みえない くらい ヒマツ を ちらしながら、 キギ が コノハ を ざわめかせて いた。

 クレガタ に なって も、 この アレギミ の アメ は やまず、 その ため ケイスケ も いっこう かえろう とは しなかった。 とうとう ヒ が くれかかって きた。
「ここ の リョウヨウジョ へ とめて もらえる かしら?」 マドギワ に ウデ を くんで キギ の ザワメキ を みつめて いた ケイスケ が フイ に クチ を きいた。
 カノジョ は いぶかしそう に ヘンジ を した。 「とまって いらっしゃって いい の? そんなら ムラ へ いけば ヤドヤ だって ない こと は ない わ。 しかし、 ここ じゃ……」
「しかし ここ だって とめて もらえない こと は ない ん だろう。 オレ は ヤドヤ なんぞ より ここ の ほう が よっぽど いい」 カレ は いまさら の よう に せまい ビョウシツ の ナカ を みまわした。
「ヒトバン ぐらい なら、 ここ の ユカイタ に だって ねられる さ。 そう さむい と いう ほど でも ない し……」
 ナオコ は 「まあ この ヒト が……」 と おどろいた よう に しげしげ と ケイスケ を みつめた。 それから いって も いわなく とも いい こと を いう よう に、 「かわって いる わね……」 と かるく ヤユ した。 しかし、 その とき の ナオコ の ヤユ する よう な マナザシ には ケイスケ を いらいら させる よう な もの は なにひとつ かんぜられなかった。
 ケイスケ は ヒトリ で オンナ の おおい ツキソイニン たち の ショクドウ へ ユウショク を し に ゆき、 トウチョク の カンゴフ に とまる ヨウイ も ヒトリ で たのんで きた。

 8 ジ-ゴロ、 トウチョク の カンゴフ が ケイスケ の ため に ツキソイニン-ヨウ の クミタテシキ の ベッド や モウフ など を はこんで きて くれた。 カンゴフ が ヨル の ケンオン を みて かえった アト、 ケイスケ は ヒトリ で ブキヨウ そう に ベッド を こしらえだした。 ナオコ は シンダイ の ウエ から、 ふいと ヘヤ の スミ に ケイスケ の ハハ の すこし ケン を おびた マナザシ らしい もの を かんじながら、 かるく マユ を ひそめる よう に して ケイスケ の する こと を みて いた。
「これ で ベッド は できた と……」 ケイスケ は それ を ためす よう に ソクセイ の ベッド に コシ を かけて みながら、 カクシ に テ を つっこんで ナニ か さがして いる よう な ヨウス を して いた が、 やがて マキタバコ を 1 ポン とりだした。
「ロウカ なら タバコ を のんで きて も いい かな」
 ナオコ は しかし それ には とりあわない よう に だまって いた。
 ケイスケ は とりつく シマ も なさそう に、 のそのそ と ロウカ へ でて いった が、 その うち に カレ が タバコ を のみながら ヘヤ の ソト を いったり きたり して いる らしい アシオト が きこえて きた。 ナオコ は その アシオト と コノハ を ざわめかせて いる アメカゼ の オト と に かわるがわる ミミ を かたむけて いた。
 カレ が ふたたび ヘヤ に はいって くる と、 ガ が ツマ の マクラモト を とびまわり、 テンジョウ にも おおきな くるおしい カゲ を なげて いた。
「ねる マエ に アカリ を けして ね」 カノジョ が うるさそう に いった。
 カレ は ツマ の マクラモト に ちかづき、 ガ を おいはらって、 アカリ を けす マエ に、 まぶしそう に メ を つぶって いる カノジョ の メ の マワリ の くろずんだ カサ を いかにも いたいたしそう に みやった。

「まだ おやすみ に なれない の?」 クラガリ の ナカ から ナオコ は とうとう ジブン の シンダイ の スソ の ほう で いつまでも ズック-バリ の ベッド を きしませて いる オット の ほう へ コエ を かけた。
「うん……」 オット は わざとらしく ねぼけた よう な コエ を した。 「どうも アメ の オト が ひどい なあ。 オマエ も まだ ねられない の か?」
「ワタシ は ねられなくったって ヘイキ だわ。 ……いつだって そう なん です もの……」
「そう なの かい。 ……でも、 こんな バン は こんな ところ に ヒトリ で なんぞ いる の は いや だろう な。……」 ケイスケ は そう いいかけて、 くるり と カノジョ の ほう へ セ を むけた。 それ は ツギ の コトバ を おもいきって いう ため だった。 「……オマエ は ウチ へ かえりたい とは おもわない かい?」
 クラガリ の ナカ で ナオコ は おもわず ミ を すくめた。
「カラダ が すっかり よく なって から で なければ、 そんな こと は かんがえない こと に して いて よ」 そう いった ぎり、 カノジョ は ネガエリ を うって だまりこんで しまった。
 ケイスケ も その サキ は もう なんにも いわなかった。 フタリ を シホウ から とりかこんだ ヤミ は、 それから しばらく の アイダ は、 キギ を ざわめかす アメ の オト だけ に みたされて いた。

 12

 ヨクジツ、 ナオコ は、 カゼ の ため に そこ へ たたきつけられた コノハ が 1 マイ、 マドガラス の マンナカ に ぴったり と くっついた まま に なって いる の を フシギ そう に みまもって いた。 その うち に ナニ か オモイダシ ワライ の よう な もの を ひとりでに うかべて いる ジブン ジシン に キ が ついて、 カノジョ は おもわず はっと した。
「ゴショウ だ から、 オマエ、 そんな メツキ で オレ を みる こと だけ は やめて もらえない かな」 カエリギワ に ケイスケ は あいかわらず カノジョ から メ を そらせながら かるく コウギ した。 ――カノジョ は、 イマ、 アラシ の ナカ で それ だけ が マヒ した よう に なって いる 1 マイ の コノハ を フシギ そう に みまもって いる ジブン の メツキ から ふいと その オット の イガイ な コウギ を おもいだした の だった。
「なにも こんな ワタシ の メツキ は イマ はじまった こと では ない。 ムスメ の ジブン から、 しんだ ハハ など にも なにかと いやがられた もの だ けれど、 あの ヒト は やっと イマ これ に キ が ついた の かしら。 それとも イマ まで それ が キ に なって いて も ワタシ に いいえず、 やっと キョウ うちとけて いえる よう に なった の かしら。 なんだか ユウベ など は まるで あの ヒト で ない みたい だった。 ……だが、 あいかわらず キ の ちいさな あの ヒト は、 キシャ の ナカ で こんな アラシ に あって どんな に ヒトリ で こわがって いる だろう。……」
 ヒトバンジュウ ナニ か に おびえた よう に ねむれない ヨル を あかした スエ、 ヨクジツ の ヒル ちかく ようやく クモ が きれ、 イチメン に こい キリ が ひろがりだす の を みる と、 ほっと した よう な カオ を して テイシャバ へ いそいで いった が、 また テンコウ が イッペン して、 キシャ に のりこんだ か のりこまない か の うち に こんな アラシ に ソウグウ して いる オット の こと を、 ナオコ は べつに そう キ を もみ も しない で おもいやりながら、 いつか また マドガラス に えがかれた よう に こびりついて いる 1 マイ の コノハ を ナニ か キ に なる よう に みつめだして いた。 その うち に、 カノジョ は また ジブン でも きづかない ほど かすか に ワライ を もらしはじめて いた。……

 その おなじ コロ、 クロカワ ケイスケ を のせた ノボリ レッシャ は、 アラシ に もまれながら、 シンリン の おおい クニザカイ を よこぎって いた。
 ケイスケ に とって は、 しかし その アラシ イジョウ に、 ヤマ の リョウヨウジョ で ケイケン した スベテ の こと が イジョウ で、 いまだに キガカリ で ならなかった。 それ は カレ に とって は、 いわば ある ミチ の セカイ との サイショ の セッショク だった。 ユキ の とき より も もっと ひどい アラシ の ため、 マド と スレスレ の ところ で くるしげ に ハ を ゆすりながら ミモダエ して いる よう な キギ の ホカ には ほとんど なにも みえない キャクシャ の ナカ で、 ケイスケ は うまれて はじめて の フミン の ため に トリトメ も なくなった シコウリョク で、 いよいよ コドク の ソウ を おびだした ツマ の こと だの、 その ソバ で まるで ジブン イガイ の モノ に なった よう な キモチ で イチヤ を あかした ユウベ の ジブン ジシン の こと だの、 オオモリ の イエ で ヒトリ で まんじり とも しない で ジブン を まちつづけて いた で あろう ハハ の こと だの を かんがえとおして いた。 コノヨ に ジブン と ムスコ と だけ いれば いい と おもって いる よう な ハイタテキ な ハハ の モト で、 ツマ まで ヨソ へ おいやって、 フタリ して タイセツ そう に まもって きた イッカ の ヘイワ なんぞ と いう もの は、 いまだに カレ の メサキ に ちらついて いる、 ナオコ が その エスガタ の チュウシン と なった、 フシギ に ジュウコウ な カンジ の する セイ と シ との ジュウタン の マエ に あって は、 いかに ウスデ な もの で ある か を かんがえたり して いた。 カレ の イマ おちこんで いる イヨウ な シンテキ コウフン が ナニ か そんな カンガエ を イマ まで の カレ の アンイツサ を ネコソギ に する ほど に まで キョウリョク な もの に させた の だった。 ――シンリン の おおい クニザカイ ヘン を キシャ が アラシ を ついて シッソウ して いる アイダ、 ケイスケ は そういう カンガエ に ヒタリキリ に なって ほとんど メ も つぶった まま に して いた。 ときおり ソト の アラシ に キ が つく よう に はっと なって メ を ひらいた が、 しかし シン が つかれて いる ので、 おのずから メ が ふさがり、 すぐ また ユメウツツ の サカイ に はいって ゆく の だった。 そこ では また、 ゲンザイ の カンカク と、 ゲンザイ おもいだしつつ ある カンカク と が からまりあって、 ジブン が ニジュウ に かんぜられて いた。 イマ イッシン に ソウガイ を みよう と しながら なにも みえない ので クウ を みつめて いる だけ の ジブン ジシン の メツキ が、 キノウ ヤマ へ つく なり ある ハンビラキ の トビラ の カゲ から ふと メ を あわせて しまった ヒンシ の カンジャ の ブキミ な メツキ に かんぜられたり、 あるいは いつも ジブン が それ から カオ を そらせず には いられない ナオコ の うつけた よう な マナザシ に にて ゆく よう な キ が したり、 あるいは その ミッツ の マナザシ が へんに コウサク しあったり した。……
 キュウ に マド の ソト が あかるく なりだした こと が、 そういう カレ をも いくぶん ほっと させた。 くもった ガラス を ユビ で ふいて ソト を みる と、 キシャ が やっと クニザカイ ヘン の サンチ を とおりすぎて、 おおきな ボンチ の マンナカ へ でて きた ため らしかった。 フウウ は いまだに よわまらない で いた。 ケイスケ の うつけきった メ には、 そこら イッタイ の ブドウバタケ の アイダ に 5~6 ニン ずつ ミノ を つけた ヒトタチ が たって なにやら わめきあって いる よう な コウケイ が いかにも イヨウ に うつった。 そういう ブドウバタケ の ヒトタチ の ただならぬ スガタ が ナンニン も ナンニン も みかけられる よう に なった コロ には、 シャナイ も おのずから そうぜん と しだして いた。 ユウベ の ゴウウ が この チホウ では タリョウ の ヒョウ を ともなって いた ため、 ようやく うれだした ブドウ の ハタケ と いう ハタケ が こっぴどく やられ、 ノウフ たち は イマ の ところ は テ を こまねいて アラシ の やむ の を ただ みまもって いる の だ と いう こと が、 シュウイ の ヒトビト の ハナシ から ケイスケ にも しぜん わかって きた。
 エキ に つく ごと に、 ヒトビト の サワギ が いっそう ものものしく なり、 アメ の ナカ を ビショヌレ に なった エキイン が ナニ か ののしりながら はしりさる よう な スガタ も ソウガイ に みられた。

 キシャ が そんな サンジョウ を しめした ブドウバタケ の おおい ヘイチ を すぎた ノチ、 ふたたび サンチ に はいりだした コロ は、 ついに クモ が キレメ を みせ、 ときどき そこ から ヒ の ヒカリ が もれて マドガラス を まぶしく ひからせた。 ケイスケ は ようやく カクセイ した ヒト に なりはじめた。 ドウジ に カレ には、 イマ まで の カレ ジシン が キュウ に ブキミ に おもえだした。 もう あの ヒンシ の トリ の よう な ビョウニン の イヨウ な メツキ も、 それ を しらずしらず に マネ して いた よう な ジブン ジシン の イマシガタ の メツキ も けろり と わすれさり、 ただ、 ナオコ の いたいたしい マナザシ だけ が カレ の マエ に いぜん と して あざやか に のこって いる きり だった。……
 キシャ が アメアガリ の シンジュク エキ に ついた コロ には、 コウナイ いっぱい ニシビ が あかあか と みなぎって いた。 ケイスケ は ゲシャ した トタン に、 コウナイ の クウキ の むしむし して いる の に おどろいた。 ふいと ヤマ の リョウヨウジョ の ハダ を しめつける よう な ツメタサ が こころよく よみがえって きた。 カレ は プラットフォーム の ヒトゴミ を ぬけながら、 なにやら その マエ に ヒトダカリ が して いる の を みる と、 なんの キ なし に アシ を とめて ケイジバン を のぞいた。 それ は イマ カレ の のって きた チュウオウ セン の レッシャ が イチブ フツウ に なった シラセ だった。 それ で みる と、 カレ の のりあわせて いた レッシャ が ツウカ した アト で、 ヤマカイ の ある テッキョウ が ホウカイ し、 ツギ の レッシャ から アラシ の ナカ に タチオウジョウ に なった らしかった。
 ケイスケ は それ を しる と、 ナン だ、 そんな こと だった の か と いった カオツキ で、 ふたたび プラットフォーム の ヒトゴミ の ナカ を イッシュ イヨウ な カンジョウ を あじわいながら ぬけて いった。 こんな に タクサン の ヒトタチ の ナカ で、 ジブン だけ が ヤマ から ジブン と イッショ に ついて きた ナニ か イジョウ な もの で ココロ を みたされて いる の だ と いった カンガエ から、 マッスグ を むいて あるきながら ナニ か ヒトリ で ヒツウ な キモチ に さえ なって いた。 しかし、 カレ は イマ ジブン の ココロ を みたして いる もの が、 じつは シ の イッポ テマエ の ソンザイ と して の セイ の フアン で ある と いう よう な ふかい ジジョウ には おもいいたらなかった。

 その ヒ は、 クロカワ ケイスケ は どうしても そのまま オオモリ の イエ へ かえって ゆく キ が しなかった。 カレ は シンジュク の ある ミセ で ヒトリ で ショクジ を し、 それから ホカ の おなじ よう な ミセ で チャ を ゆっくり のみ、 それから コンド は ギンザ へ でて、 いつまでも ヨル の ヒトゴミ の ナカ を ぶらついて いた。 そんな こと は 40 ちかく に なって カレ の しった はじめて の ケイケン と いって よかった。 カレ は ジブン の ルス の アイダ、 ハハ が どんな に フアン に なって ジブン の かえる の を まって いる だろう か と ときどき キ に なった。 その たび ごと に、 そういう ハハ の くるしんで いる スガタ を ジブン の ウチ に もうすこし たもって いたい ため か の よう に、 わざと かえる の を ひきのばした。 よくも あんな ヒトケ の ない イエ で フタリ きり の クラシ に ガマン して いられた もの だ と おもい さえ した。 カレ は その アイダ も たえず ジブン に つきまとうて くる ナオコ の マナザシ を すこしも うるさがらず に いた。 しかし、 ときどき カレ の ノウリ を かすめる、 セイ と シ との ジュウタン は その たび ごと に すこし ずつ ぼやけて きはじめた。 カレ は だんだん ジブン の ソンザイ が ジブン と アト に なり サキ に なり して あるいて いる ホカ の ヒトタチ の と あまり かわらなく なって きた よう な キ が しだした。 カレ は それ が ゼンジツライ の ヒロウ から きて いる こと に やっと キ が ついた。 カレ は ナニモノ か に ジブン が ひきずられて ゆく の を もう どうにも シヨウ が ない よう な ココロモチ で、 ついに オオモリ の イエ に むかって、 はじめて ジブン の かえろう と して いる の が ハハ の モト だ と いう こと を ミョウ に イシキ しながら、 12 ジ ちかく かえって いった。
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