ノギク の ハカ
イトウ サチオ
ノチ の ツキ と いう ジブン が くる と、 どうも おもわず には いられない。 おさない わけ とは おもう が ナニブン にも わすれる こと が できない。 もう 10 ネン-ヨ も すぎさった ムカシ の こと で ある から、 こまかい ジジツ は オオク は おぼえて いない けれど、 ココロモチ だけ は いまなお キノウ の ごとく、 その とき の こと を かんがえてる と、 まったく トウジ の ココロモチ に たちかえって、 ナミダ が トメド なく わく の で ある。 かなしく も あり たのしく も あり と いう よう な アリサマ で、 わすれよう と おもう こと も ない では ない が、 むしろ くりかえし くりかえし かんがえて は、 ムゲンテキ の キョウミ を むさぼって いる こと が おおい。 そんな ワケ から ちょっと モノ に かいて おこう か と いう キ に なった の で ある。
ボク の イエ と いう の は、 マツド から 2 リ ばかり さがって、 ヤギリ の ワタシ を ヒガシ へ わたり、 こだかい オカ の ウエ で やはり ヤギリ ムラ と いってる ところ。 ヤギリ の サイトウ と いえば、 この カイワイ での キュウカ で、 サトミ の クズレ が 2~3 ニン ここ へ おちて ヒャクショウ に なった ウチ の ヒトリ が サイトウ と いった の だ と ソフ から きいて いる。 ヤシキ の ニシガワ に 1 ジョウ 5~6 シャク も まわる よう な シイ の キ が 4~5 ホン かさなりあって たって いる。 ムラ イチバン の イモリ で ムラジュウ から うらやましがられて いる。 ムカシ から なにほど アラシ が ふいて も、 この シイモリ の ため に、 ボク の イエ ばかり は ヤネ を はがれた こと は ただ の イチド も ない との ハナシ だ。 イエ など も ずいぶん と ふるい、 ハシラ が のこらず シイ の キ だ。 それ が また スス やら アカ やら で なんの キ か ミワケ が つかぬ くらい、 オクノマ の もっとも ケブリ に とおい とこ でも、 テンジョウイタ が まるで アブラズミ で ぬった よう に、 イタ の モクメ も わからぬ ほど くろい。 それでも タチ は わりあい に たかくて、 カンタン な ランマ も あり ドウ の クギカクシ など も うって ある。 その クギカクシ が バカ に おおきい ガン で あった。 もちろん ちょっと みた の では キ か カネ か も しれない ほど ふるびて いる。
ボク の ハハ など も センゾ の イイツタエ だ から と いって、 この センゴク ジダイ の イブツテキ フルイエ を、 タイヘン に ジマン されて いた。 その コロ ハハ は チノミチ で ひさしく わずらって おられ、 クロヌリ-テキ な オク の ヒトマ が いつも ハハ の ビョウジョク と なって いた。 その ツギ の 10 ジョウ の マ の ミナミスミ に、 2 ジョウ の コザシキ が ある。 ボク が いない とき は ハタオリバ で、 ボク が いる うち は ボク の ドクショシツ に して いた。 テスリマド の ショウジ を あけて アタマ を だす と、 シイ の エダ が アオゾラ を さえぎって キタ を おおうて いる。
ハハ は ながらく ぶらぶら して いた から、 イチカワ の シンルイ で ボク には エン の イトコ に なって いる、 タミコ と いう オンナ の コ が シゴト の テツダイ やら ハハ の カンゴ やら に きて おった。 ボク が イマ わすれる こと が できない と いう の は、 その タミコ と ボク との カンケイ で ある。 その カンケイ と いって も、 ボク は タミコ と ゲレツ な カンケイ を した の では ない。
ボク は ショウガッコウ を ソツギョウ した ばかり で 15 サイ、 ツキ を かぞえる と 13 サイ ナン-カゲツ と いう コロ、 タミコ は 17 だ けれど それ も ウマレ が おそい から、 15 と すこし に しか ならない。 ヤセギス で あった けれども カオ は まるい ほう で、 すきとおる ほど しろい ヒフ に アカミ を おんだ、 まことに ツヤ の いい コ で あった。 いつでも いきいき と して ゲンキ が よく、 そのくせ キ は よわくて ニクゲ の すこしも ない コ で あった。
もちろん ボク とは だいの ナカヨシ で、 ザシキ を はく と いって は ボク の ところ を のぞく、 ショウジ を はたく と いって は ボク の ザシキ へ はいって くる、 ワタシ も ホン が よみたい の テナライ が したい の と いう、 たまに は ハタキ の エ で ボク の セナカ を ついたり、 ボク の ミミ を つまんだり して にげて ゆく。 ボク も タミコ の スガタ を みれば こい こい と いうて フタリ で あそぶ の が ナニ より おもしろかった。
ハハ から いつでも しかられる。
「また タミ や は マサ の ところ へ はいってる な。 こらぁ さっさと ソウジ を やって しまえ。 これから は マサ の ドクショ の ジャマ など して は いけません。 タミ や は トシウエ の くせ に……」
など と しきり に コゴト を いう けれど、 そのじつ ハハ も タミコ をば ヒジョウ に かわいがって いる の だ から、 いっこう に コゴト が きかない。 ワタシ にも すこし テナライ を さして…… など と ときどき タミコ は ダダ を いう。 そういう とき の ハハ の コゴト も きまって いる。
「オマエ は テナライ よか サイホウ です。 キモノ が マンゾク に ぬえなくて は オンナ イチニンマエ と して ヨメ に ゆかれません」
この コロ ボク に イッテン の ジャネン が なかった は もちろん で あれど、 タミコ の ほう にも、 いや な カンガエ など は すこしも なかった に ソウイ ない。 しかし ハハ が よく コゴト を いう にも かかわらず、 タミコ は なお アサ の ゴハン だ ヒル の ゴハン だ と いうて は ボク を よび に くる。 よび に くる たび に、 いそいで はいって きて、 ホン を みせろ の フデ を かせ の と いって は しばらく あそんで いる。 その ヒマ にも ハハ の クスリ を もって きた カエリ や、 ハハ の ヨウ を たした カエリ には、 きっと ボク の ところ へ はいって くる。 ボク も タミコ が のぞかない ヒ は なんとなく さびしく ものたらず おもわれた。 キョウ は タミ さん は ナニ を して いる かな と おもいだす と、 ふらふらっ と ショシツ を でる。 タミコ を み に ゆく と いう ほど の ココロ では ない が、 ちょっと タミコ の スガタ が メ に ふれれば キ が おちつく の で あった。 なんの こった やっぱり タミコ を み に きた ん じゃ ない か と、 ジブン で ジブン を あざけった よう な こと が しばしば あった の で ある。
ムラ の ある イエ さ ゴゼ が とまった から きき に ゆかない か、 サイモン が きた から きき に ゆこう の と キンジョ の オンナ ども が さそうて も、 タミコ は ナニ とか コトワリ を いうて けっして イエ を でない。 トナリムラ の マツリ で ハナビ や カザリモノ が ある から との こと で、 レイ の ムコウ の オハマ や トナリ の オセン ら が オオサワギ して み に ゆく と いう に、 ウチ の モノラ まで タミ さん も イッショ に いって みて きたら と いうて も、 タミコ は ハハ の ビョウキ を イイマエ に して ゆかない。 ボク も あまり そんな ところ へ でる は いや で あった から ウチ に おる。 タミコ は こそこそ と ボク の ところ へ はいって きて、 コゴエ で、 ワタシ は ウチ に いる の が いちばん おもしろい わ と いって にっこり わらう。 ボク も なんとなし タミコ をば そんな ところ へ やりたく なかった。
ボク が ミッカ-オキ ヨッカ-オキ に ハハ の クスリ を とり に マツド へ ゆく。 どうか する と カエリ が おそく なる。 タミコ は 3 ド も 4 ド も ウラザカ の ウエ まで でて ワタシ の ほう を みて いた そう で、 いつでも ウチジュウ の モノ に ひやかされる。 タミコ は マジメ に なって、 オカアサン が シンパイ して、 みて おいで みて おいで と いう から だ と イイワケ を する。 ウチ の モノ は ミナ ひそひそ わらって いる との ハナシ で あった。
そういう シダイ だ から、 サクオンナ の オマス など は、 むしょう と タミコ を こづらにくがって、 ナニ か と いう と、
「タミコ さん は マサオ さん とこ へ ばかり ゆきたがる、 ヒマ さえ あれば マサオ さん に こびりついて いる」
など と しきり に いいはやした らしく、 トナリ の オセン や ムコウ の オハマ ら まで かれこれ ウワサ を する。 これ を きいて か アニヨメ が ハハ に チュウイ した らしく、 ある ヒ ハハ は ツネ に なく むずかしい カオ を して、 フタリ を マクラモト へ よびつけ イミ ありげ な コゴト を いうた。
「オトコ も オンナ も 15~16 に なれば もはや コドモ では ない。 オマエラ フタリ が あまり ナカ が よすぎる とて ヒト が かれこれ いう そう じゃ。 キ を つけなくて は いけない。 タミコ が トシカサ の くせ に よく ない。 これから は もう けっして マサ の ところ へ など ゆく こと は ならぬ。 ワガコ を ゆるす では ない が マサ は まだ コドモ だ。 タミ や は 17 では ない か。 つまらぬ ウワサ を される と オマエ の カラダ に キズ が つく。 マサオ だって キ を つけろ……。 ライゲツ から チバ の チュウガク へ ゆく ん じゃ ない か」
タミコ は トシ が おおい し かつは イミ あって ボク の ところ へ ゆく で あろう と おもわれた と キ が ついた か、 ヒジョウ に はじいった ヨウス に、 カオ マッカ に して うつむいて いる。 ツネ は ハハ に すこし ぐらい コゴト いわれて も ずいぶん ダダ を いう の だ けれど、 この ヒ は ただ リョウテ を ついて うつむいた きり ヒトコト も いわない。 なんの やましい ところ の ない ボク は すこぶる フヘイ で、
「オカアサン、 そりゃ あまり ゴムリ です。 ヒト が なんと いったって、 ワタシラ は なんの ワケ も ない のに、 ナニ か たいへん わるい こと でも した よう な オコゴト じゃ ありません か。 オカアサン だって いつも そう いってた じゃ ありません か。 タミコ と オマエ とは キョウダイ も おなじ だ、 オカアサン の メ から は オマエ も タミコ も すこしも ヘダテ は ない、 なかよく しろ よ と いつでも いった じゃ ありません か」
ハハ の シンパイ も ドウリ の ある こと だ が、 ボクラ も そんな いやらしい こと を いわれよう とは すこしも おもって いなかった から、 ボク の フエイ も いくらか の リ は ある。 ハハ は にわか に やさしく なって、
「オマエタチ に なんの ワケ も ない こと は オカアサン も しってる がね、 ヒト の クチ が うるさい から、 ただ これから すこし キ を つけて と いう の です」
イロ あおざめた ハハ の カオ にも いつしか ボクラ を しんから かわいがる エミ が たたえて いる。 やがて、
「タミ や は あの また クスリ を もって きて、 それから ヌイカケ の アワセ を キョウジュウ に しあげて しまいなさい……。 マサ は たった ツイデ に ハナ を きって ブツダン へ あげて ください。 キク は まだ さかない か、 そんなら シオン でも きって くれ よ」
ホンニン たち は なんの キ なし で ある のに、 ヒト が かれこれ いう ので かえって ムジャキ で いられない よう に して しまう。 ボク は ハハ の コゴト も 1 ニチ しか おぼえて いない。 2~3 ニチ たって タミ さん は なぜ チカゴロ は こない の かしらん と おもった くらい で あった けれど、 タミコ の ほう では、 それから と いう もの は ヨウス が からっと かわって しもうた。
タミコ は ソノゴ ボク の ところ へは いっさい カオダシ しない ばかり で なく、 ザシキ の ウチ で ゆきあって も、 ヒト の いる マエ など では ヨウイ に モノ も いわない。 なんとなく きまりわるそう に、 まぶしい よう な ふう で いそいで とおりすぎて しまう。 よんどころなく モノ を いう にも、 イマ まで の ブエンリョ に ヘダテ の ない フウ は なく、 いやに テイネイ に あらたまって クチ を きく の で ある。 ときには ボク が あまり にわか に あらたまった の を おかしがって わらえば、 タミコ も ついには ソデ で ワライ を かくして にげて しまう と いう ふう で、 とにかく ヒトエ の カキ が フタリ の アイダ に むすばれた よう な キアイ に なった。
それでも ある ヒ の 4 ジ-スギ に、 ハハ の イイツケ で ボク が セド の ナスバタケ に ナス を もいで いる と、 いつのまにか タミコ が ザル を テ に もって、 ボク の ウシロ に きて いた。
「マサオ さん……」
だしぬけ に よんで わらって いる。
「ワタシ も オカアサン から いいつかって きた のよ。 キョウ の ヌイモノ は カタ が こったろう、 すこし やすみながら ナス を もいで きて くれ、 アシタ コウジヅケ を つける から って。 オカアサン が そう いう から、 ワタシ とんで きました」
タミコ は ヒジョウ に うれしそう に ゲンキ いっぱい で、 ボク が、
「それでは ボク が サキ に きて いる の を タミ さん は しらない で きた の」
と いう と タミコ は、
「しらなくて さ」
にこにこ しながら ナス を とりはじめる。
ナスバタケ と いう は、 シイモリ の シタ から ヒトエ の ヤブ を とおりぬけて、 イエ より ニシキタ に あたる ウラ の センザイバタケ。 ガケ の ウエ に なってる ので、 トネガワ は もちろん ナカガワ まで も かすか に みえ、 ムサシ イチエン が みわたされる。 チチブ から アシガラ ハコネ の ヤマヤマ、 フジ の タカネ も みえる。 トウキョウ の ウエノ の モリ だ と いう の も それ らしく みえる。 ミズ の よう に すみきった アキ の ソラ、 ヒ は 1 ケン ハン ばかり の ヘン に かたむいて、 ボクラ フタリ が たって いる ナスバタケ を ショウメン に てりかえして いる。 アタリ イッタイ に しんと して また いかにも はっきり と した ケシキ、 ワレラ フタリ は しんに ガチュウ の ヒト で ある。
「まあ なんと いう よい ケシキ でしょう」
タミコ も しばらく テ を やめて たった。
ボク は ここ で ハクジョウ する が、 この とき の ボク は たしか に トオカ イゼン の ボク では なかった。 フタリ は けっして この とき ムジャキ な トモダチ では なかった。 いつのまに そういう ココロモチ が おこって いた か、 ジブン には すこしも わからなかった が、 やはり ハハ に しかられた コロ から、 ボク の ムネ の ウチ にも ちいさな コイ の タマゴ が イクツ か わきそめて おった に ちがいない。 ボク の セイシン ジョウタイ が いつのまにか ヘンカ して きた は、 かくす こと の できない ジジツ で ある。 この ヒ はじめて タミコ を オンナ と して おもった の が、 ボク に ジャネン の メザシ ありし ナニ より の ショウコ じゃ。
タミコ が カラダ を く の ジ に かがめて、 ナス を もぎつつ ある その ヨコガオ を みて、 いまさら の よう に タミコ の うつくしく カワイラシサ に キ が ついた。 これまで にも かわいらしい と おもわぬ こと は なかった が、 キョウ は しみじみ と その ウツクシサ が ミ に しみた。 しなやか に ツヤ の ある ビン の ケ に つつまれた ミミタボ、 ゆたか な ホオ の しろく あざやか な、 アゴ の ククシメ の アイラシサ、 クビ の アタリ いかにも きよげ なる、 フジイロ の ハンエリ や ハナゾメ の タスキ や、 それら が ことごとく ユウビ に メ に とまった。 そう なる と おそろしい もの で、 モノ を いう にも おもいきった こと は いえなく なる、 はずかしく なる、 キマリ が わるく なる、 みな レイ の タマゴ の サヨウ から おこる こと で あろう。
ここ トオカ ほど ナカガキ の ヘダテ が できて、 ろくろく ハナシ も せなかった から、 これ も イマ まで ならば むろん そんな こと かんがえ も せぬ に きまって いる が、 キョウ は ここ で ナニ か はなさねば ならぬ よう な キ が した。 ボク は はじめ ムゾウサ に タミ さん と よんだ けれど、 アト は ムゾウサ に コトバ が つがない。 おかしく ノド が つまって コエ が でない。 タミコ は ナス を ヒトツ テ に もちながら カラダ を おこし、
「マサオ さん、 ナニ……」
「なんでも ない けど タミ さん は チカゴロ ヘン だ から さ。 ボク なんか すっかり きらい に なった よう だ もの」
タミコ は さすが に ニョショウ で、 そういう こと には ボク など より はるか に シンケイ が エイビン に なって いる。 さも くちおしそう な カオ して、 つと ボク の ソバ へ よって きた。
「マサオ さん は あんまり だわ。 ワタシ が いつ マサオ さん に ヘダテ を しました……」
「なにさ、 コノゴロ タミ さん は、 すっかり かわっちまって、 ボク なんか には ヨウ は ない らしい から よ。 それだって タミ さん に フソク を いう わけ では ない よ」
タミコ は せきこんで、
「そんな こと いう は そりゃ マサオ さん ひどい わ、 ゴムリ だわ。 コノアイダ は フタリ を ならべて おいて、 オカアサン に あんな に しかられた じゃ ありません か。 アナタ は オトコ です から ヘイキ で おいで だ けど、 ワタシ は トシ は おおい し オンナ です もの、 ああ いわれて は じつに メンボク が ない じゃ ありません か。 それ です から、 ワタシ は イッショウ ケンメイ に なって たしなんで いる ん でさ。 それ を マサオ さん へだてる の いや に なったろう の と いう ん だ もの、 ワタシ は ホント に つまらい……」
タミコ は なきだしそう な カオツキ で ボク の カオ を じいっと みて いる。 ボク も ただ ハナシ の コグチ に そう いうた まで で ある から、 タミコ に なきそう に なられて は、 かわいそう に キノドク に なって、
「ボク は ハラ を たって いった では ない のに、 タミ さん は ハラ を たった の…… ボク は ただ タミ さん が にわか に かわって、 あって も クチ も きかず、 あそび にも こない から、 いやに さびしく かなしく なっちまった のさ。 それだから これから も ときどき は あそび に おいで よ。 オカアサン に しかられたら ボク が トガ を せおう から…… ヒト が なんと いったって よい じゃ ない か」
なんと いうて も コドモ だけ に ムチャ な こと を いう。 ムチャ な こと を いわれて タミコ は シンパイ やら うれしい やら、 うれしい やら シンパイ やら、 シンパイ と うれしい と が ムネ の ナカ で、 ごった に なって あらそうた けれど、 とうとう うれしい ほう が カチ を しめて しまった。 なお ミコト ヨコト ハナシ を する うち に、 タミコ は あざやか な クモリ の ない モト の ゲンキ に なった。 ボク も もちろん ユカイ が あふれる……、 ウチュウカン に ただ フタリ きり いる よう な ココロモチ に おたがいに なった の で ある。 やがて フタリ は ナス の モギクラ を する。 おおきな ハタケ だ けれど、 10 ガツ の ナカバスギ では、 ナス も ちらほら しか なって いない。 フタリ で ようやく 2 ショウ ばかり ずつ を とりえた。
「まあ タミ さん、 ごらんなさい、 イリヒ の リッパ な こと」
タミコ は いつしか ザル を シタ へ おき、 リョウテ を ハナ の サキ に あわせて タイヨウ を おがんで いる。 ニシ の ほう の ソラ は イッタイ に ウスムラサキ に ぼかした よう な イロ に なった。 ひたあかく あかい ばかり で コウセン の でない タイヨウ が イマ その ハンブン を ヤマ に うずめかけた ところ、 ボク は タミコ が イッシン イリヒ を おがむ しおらしい スガタ が ながく メ に のこってる。
フタリ が ヨネン なく ハナシ を しながら かえって くる と、 セトグチ の ヨツメガキ の ソト に オマス が ぼんやり たって、 こっち を みて いる。 タミコ は コゴエ で、
「オマス が また なんとか いいます よ」
「フタリ とも オカアサン に いいつかって きた の だ から、 オマス なんか なんと いったって、 かま や しない さ」
イチ ジケン を ふる たび に フタリ が キョウチュウ に わいた コイ の タマゴ は カサ を まして くる。 キ に ふれて コウカン する ソウホウ の イシ は、 ただちに タガイ の キョウチュウ に ある レイ の タマゴ に シダイ な ヨウブン を キュウヨ する。 キョウ の ヒグレ は たしか に その キ で あった。 ぞっと ミブルイ を する ほど、 いちじるしき チョウコウ を あらわした の で ある。 しかし なんと いうて も フタリ の カンケイ は タマゴ ジダイ で きわめて トリトメ が ない。 ヒト に みられて みぐるしい よう な こと も せず、 かえりみて みずから やましい よう な こと も せぬ。 したがって まだまだ ノンキ な もの で、 ヒトマエ を つくろう と いう よう な ココロモチ は きわめて すくなかった。 ボク と タミコ との カンケイ も、 この くらい で オシマイ に なった ならば、 10 ネン わすれられない と いう ほど には ならなかった だろう に。
オヤ と いう もの は どこ の オヤ も おなじ で、 ワガコ を いつまでも コドモ の よう に おもうて いる。 ボク の ハハ など も その 1 ニン に もれない。 タミコ は ソノゴ ときおり ボク の ショシツ へ やって くる けれど、 よほど ヒトメ を はからって キボネ を おって くる よう な ふう で、 いつ きて も すこしも おちつかない。 さきに ボク に イヤミ を いわれた から しかたなし に くる か とも おもわれた が、 それ は まちがって いた。 ボクラ フタリ の セイシン ジョウタイ は 2~3 ニチ と いわれぬ ほど いちじるしき ヘンカ を とげて いる。 ボク の ヘンカ は もっとも はなはだしい。 ミッカ マエ には、 オカアサン が しかれば ワタシ が トガ を せおう から あそび に きて と まで ムチャ を いうた ボク が、 キョウ は とても そんな ワケ の もの で ない。 タミコ が すこし ナガイ を する と、 もう キ が とがめて シンパイ で ならなく なった。
「タミ さん、 また おいで よ、 あまり ながく いる と ヒト が つまらぬ こと を いう から」
タミコ も ココロモチ は おなじ だ けれど、 ボク に もう ゆけ と いわれる と ミョウ に すねだす。
「あれ アナタ は このあいだ なんと いいました。 ヒト が なんと いったって よい から あそび に こい と いい は しません か。 ワタシ は もう ヒト に わらわれて も かまいません の」
こまった こと に なった。 フタリ の カンケイ が ミッセツ する ほど、 ヒトメ を おそれて くる。 ヒトメ を おそれる よう に なって は、 もはや ザイアク を おかしつつ ある か の ごとく、 ココロ も おどおど する の で あった。 ハハ は クチ で こそ、 オトコ も オンナ も 15~16 に なれば コドモ では ない と いって も、 それ は リクツ の ウエ の こと で、 ココロモチ では まだまだ フタリ を まるで コドモ の よう に おもって いる から、 その ノチ タミコ が ボク の ヘヤ へ きて ホン を みたり ハナシ を したり して いる の を、 すぐ マエ を とおりながら いっこう キ に とめる ヨウス も ない。 コノアイダ の コゴト も じつは アニヨメ が いう から でた まで で、 ホントウ に ハラ から でた コゴト では ない。 ハハ の ほう は そう で あった けれど、 アニ や アニヨメ や オマス など は、 さかん に カゲゴト を いうて わらって いた らしく、 ムラジュウ の ヒョウバン には、 フタツ も トシ の おおい の を ヨメ に する キ かしらん など と もっぱら いうて いる との ハナシ。 それ や これ や の こと が うすうす フタリ に しれた ので、 ボク から いいだして とうぶん フタリ は とおざかる ソウダン を した。
ニンゲン の ココロモチ と いう もの は フシギ な もの。 フタリ が すこしも カクイ なき トクシンジョウ の ソウダン で あった の だ けれど、 ボク の ほう から いいだした ばかり に、 タミコ は ミョウ に ふさぎこんで、 まるで ゲンキ が なくなり、 しょうぜん と して いる の で ある。 それ を みる と ボク も また たまらなく キノドク に なる。 カンジョウ の イッシン イッタイ は こんな ふう に もつれつつ あやうく なる の で ある。 とにかく フタリ は ヒョウメン だけ は リッパ に とおざかって 4~5 ニチ を ケイカ した。
イトウ サチオ
ノチ の ツキ と いう ジブン が くる と、 どうも おもわず には いられない。 おさない わけ とは おもう が ナニブン にも わすれる こと が できない。 もう 10 ネン-ヨ も すぎさった ムカシ の こと で ある から、 こまかい ジジツ は オオク は おぼえて いない けれど、 ココロモチ だけ は いまなお キノウ の ごとく、 その とき の こと を かんがえてる と、 まったく トウジ の ココロモチ に たちかえって、 ナミダ が トメド なく わく の で ある。 かなしく も あり たのしく も あり と いう よう な アリサマ で、 わすれよう と おもう こと も ない では ない が、 むしろ くりかえし くりかえし かんがえて は、 ムゲンテキ の キョウミ を むさぼって いる こと が おおい。 そんな ワケ から ちょっと モノ に かいて おこう か と いう キ に なった の で ある。
ボク の イエ と いう の は、 マツド から 2 リ ばかり さがって、 ヤギリ の ワタシ を ヒガシ へ わたり、 こだかい オカ の ウエ で やはり ヤギリ ムラ と いってる ところ。 ヤギリ の サイトウ と いえば、 この カイワイ での キュウカ で、 サトミ の クズレ が 2~3 ニン ここ へ おちて ヒャクショウ に なった ウチ の ヒトリ が サイトウ と いった の だ と ソフ から きいて いる。 ヤシキ の ニシガワ に 1 ジョウ 5~6 シャク も まわる よう な シイ の キ が 4~5 ホン かさなりあって たって いる。 ムラ イチバン の イモリ で ムラジュウ から うらやましがられて いる。 ムカシ から なにほど アラシ が ふいて も、 この シイモリ の ため に、 ボク の イエ ばかり は ヤネ を はがれた こと は ただ の イチド も ない との ハナシ だ。 イエ など も ずいぶん と ふるい、 ハシラ が のこらず シイ の キ だ。 それ が また スス やら アカ やら で なんの キ か ミワケ が つかぬ くらい、 オクノマ の もっとも ケブリ に とおい とこ でも、 テンジョウイタ が まるで アブラズミ で ぬった よう に、 イタ の モクメ も わからぬ ほど くろい。 それでも タチ は わりあい に たかくて、 カンタン な ランマ も あり ドウ の クギカクシ など も うって ある。 その クギカクシ が バカ に おおきい ガン で あった。 もちろん ちょっと みた の では キ か カネ か も しれない ほど ふるびて いる。
ボク の ハハ など も センゾ の イイツタエ だ から と いって、 この センゴク ジダイ の イブツテキ フルイエ を、 タイヘン に ジマン されて いた。 その コロ ハハ は チノミチ で ひさしく わずらって おられ、 クロヌリ-テキ な オク の ヒトマ が いつも ハハ の ビョウジョク と なって いた。 その ツギ の 10 ジョウ の マ の ミナミスミ に、 2 ジョウ の コザシキ が ある。 ボク が いない とき は ハタオリバ で、 ボク が いる うち は ボク の ドクショシツ に して いた。 テスリマド の ショウジ を あけて アタマ を だす と、 シイ の エダ が アオゾラ を さえぎって キタ を おおうて いる。
ハハ は ながらく ぶらぶら して いた から、 イチカワ の シンルイ で ボク には エン の イトコ に なって いる、 タミコ と いう オンナ の コ が シゴト の テツダイ やら ハハ の カンゴ やら に きて おった。 ボク が イマ わすれる こと が できない と いう の は、 その タミコ と ボク との カンケイ で ある。 その カンケイ と いって も、 ボク は タミコ と ゲレツ な カンケイ を した の では ない。
ボク は ショウガッコウ を ソツギョウ した ばかり で 15 サイ、 ツキ を かぞえる と 13 サイ ナン-カゲツ と いう コロ、 タミコ は 17 だ けれど それ も ウマレ が おそい から、 15 と すこし に しか ならない。 ヤセギス で あった けれども カオ は まるい ほう で、 すきとおる ほど しろい ヒフ に アカミ を おんだ、 まことに ツヤ の いい コ で あった。 いつでも いきいき と して ゲンキ が よく、 そのくせ キ は よわくて ニクゲ の すこしも ない コ で あった。
もちろん ボク とは だいの ナカヨシ で、 ザシキ を はく と いって は ボク の ところ を のぞく、 ショウジ を はたく と いって は ボク の ザシキ へ はいって くる、 ワタシ も ホン が よみたい の テナライ が したい の と いう、 たまに は ハタキ の エ で ボク の セナカ を ついたり、 ボク の ミミ を つまんだり して にげて ゆく。 ボク も タミコ の スガタ を みれば こい こい と いうて フタリ で あそぶ の が ナニ より おもしろかった。
ハハ から いつでも しかられる。
「また タミ や は マサ の ところ へ はいってる な。 こらぁ さっさと ソウジ を やって しまえ。 これから は マサ の ドクショ の ジャマ など して は いけません。 タミ や は トシウエ の くせ に……」
など と しきり に コゴト を いう けれど、 そのじつ ハハ も タミコ をば ヒジョウ に かわいがって いる の だ から、 いっこう に コゴト が きかない。 ワタシ にも すこし テナライ を さして…… など と ときどき タミコ は ダダ を いう。 そういう とき の ハハ の コゴト も きまって いる。
「オマエ は テナライ よか サイホウ です。 キモノ が マンゾク に ぬえなくて は オンナ イチニンマエ と して ヨメ に ゆかれません」
この コロ ボク に イッテン の ジャネン が なかった は もちろん で あれど、 タミコ の ほう にも、 いや な カンガエ など は すこしも なかった に ソウイ ない。 しかし ハハ が よく コゴト を いう にも かかわらず、 タミコ は なお アサ の ゴハン だ ヒル の ゴハン だ と いうて は ボク を よび に くる。 よび に くる たび に、 いそいで はいって きて、 ホン を みせろ の フデ を かせ の と いって は しばらく あそんで いる。 その ヒマ にも ハハ の クスリ を もって きた カエリ や、 ハハ の ヨウ を たした カエリ には、 きっと ボク の ところ へ はいって くる。 ボク も タミコ が のぞかない ヒ は なんとなく さびしく ものたらず おもわれた。 キョウ は タミ さん は ナニ を して いる かな と おもいだす と、 ふらふらっ と ショシツ を でる。 タミコ を み に ゆく と いう ほど の ココロ では ない が、 ちょっと タミコ の スガタ が メ に ふれれば キ が おちつく の で あった。 なんの こった やっぱり タミコ を み に きた ん じゃ ない か と、 ジブン で ジブン を あざけった よう な こと が しばしば あった の で ある。
ムラ の ある イエ さ ゴゼ が とまった から きき に ゆかない か、 サイモン が きた から きき に ゆこう の と キンジョ の オンナ ども が さそうて も、 タミコ は ナニ とか コトワリ を いうて けっして イエ を でない。 トナリムラ の マツリ で ハナビ や カザリモノ が ある から との こと で、 レイ の ムコウ の オハマ や トナリ の オセン ら が オオサワギ して み に ゆく と いう に、 ウチ の モノラ まで タミ さん も イッショ に いって みて きたら と いうて も、 タミコ は ハハ の ビョウキ を イイマエ に して ゆかない。 ボク も あまり そんな ところ へ でる は いや で あった から ウチ に おる。 タミコ は こそこそ と ボク の ところ へ はいって きて、 コゴエ で、 ワタシ は ウチ に いる の が いちばん おもしろい わ と いって にっこり わらう。 ボク も なんとなし タミコ をば そんな ところ へ やりたく なかった。
ボク が ミッカ-オキ ヨッカ-オキ に ハハ の クスリ を とり に マツド へ ゆく。 どうか する と カエリ が おそく なる。 タミコ は 3 ド も 4 ド も ウラザカ の ウエ まで でて ワタシ の ほう を みて いた そう で、 いつでも ウチジュウ の モノ に ひやかされる。 タミコ は マジメ に なって、 オカアサン が シンパイ して、 みて おいで みて おいで と いう から だ と イイワケ を する。 ウチ の モノ は ミナ ひそひそ わらって いる との ハナシ で あった。
そういう シダイ だ から、 サクオンナ の オマス など は、 むしょう と タミコ を こづらにくがって、 ナニ か と いう と、
「タミコ さん は マサオ さん とこ へ ばかり ゆきたがる、 ヒマ さえ あれば マサオ さん に こびりついて いる」
など と しきり に いいはやした らしく、 トナリ の オセン や ムコウ の オハマ ら まで かれこれ ウワサ を する。 これ を きいて か アニヨメ が ハハ に チュウイ した らしく、 ある ヒ ハハ は ツネ に なく むずかしい カオ を して、 フタリ を マクラモト へ よびつけ イミ ありげ な コゴト を いうた。
「オトコ も オンナ も 15~16 に なれば もはや コドモ では ない。 オマエラ フタリ が あまり ナカ が よすぎる とて ヒト が かれこれ いう そう じゃ。 キ を つけなくて は いけない。 タミコ が トシカサ の くせ に よく ない。 これから は もう けっして マサ の ところ へ など ゆく こと は ならぬ。 ワガコ を ゆるす では ない が マサ は まだ コドモ だ。 タミ や は 17 では ない か。 つまらぬ ウワサ を される と オマエ の カラダ に キズ が つく。 マサオ だって キ を つけろ……。 ライゲツ から チバ の チュウガク へ ゆく ん じゃ ない か」
タミコ は トシ が おおい し かつは イミ あって ボク の ところ へ ゆく で あろう と おもわれた と キ が ついた か、 ヒジョウ に はじいった ヨウス に、 カオ マッカ に して うつむいて いる。 ツネ は ハハ に すこし ぐらい コゴト いわれて も ずいぶん ダダ を いう の だ けれど、 この ヒ は ただ リョウテ を ついて うつむいた きり ヒトコト も いわない。 なんの やましい ところ の ない ボク は すこぶる フヘイ で、
「オカアサン、 そりゃ あまり ゴムリ です。 ヒト が なんと いったって、 ワタシラ は なんの ワケ も ない のに、 ナニ か たいへん わるい こと でも した よう な オコゴト じゃ ありません か。 オカアサン だって いつも そう いってた じゃ ありません か。 タミコ と オマエ とは キョウダイ も おなじ だ、 オカアサン の メ から は オマエ も タミコ も すこしも ヘダテ は ない、 なかよく しろ よ と いつでも いった じゃ ありません か」
ハハ の シンパイ も ドウリ の ある こと だ が、 ボクラ も そんな いやらしい こと を いわれよう とは すこしも おもって いなかった から、 ボク の フエイ も いくらか の リ は ある。 ハハ は にわか に やさしく なって、
「オマエタチ に なんの ワケ も ない こと は オカアサン も しってる がね、 ヒト の クチ が うるさい から、 ただ これから すこし キ を つけて と いう の です」
イロ あおざめた ハハ の カオ にも いつしか ボクラ を しんから かわいがる エミ が たたえて いる。 やがて、
「タミ や は あの また クスリ を もって きて、 それから ヌイカケ の アワセ を キョウジュウ に しあげて しまいなさい……。 マサ は たった ツイデ に ハナ を きって ブツダン へ あげて ください。 キク は まだ さかない か、 そんなら シオン でも きって くれ よ」
ホンニン たち は なんの キ なし で ある のに、 ヒト が かれこれ いう ので かえって ムジャキ で いられない よう に して しまう。 ボク は ハハ の コゴト も 1 ニチ しか おぼえて いない。 2~3 ニチ たって タミ さん は なぜ チカゴロ は こない の かしらん と おもった くらい で あった けれど、 タミコ の ほう では、 それから と いう もの は ヨウス が からっと かわって しもうた。
タミコ は ソノゴ ボク の ところ へは いっさい カオダシ しない ばかり で なく、 ザシキ の ウチ で ゆきあって も、 ヒト の いる マエ など では ヨウイ に モノ も いわない。 なんとなく きまりわるそう に、 まぶしい よう な ふう で いそいで とおりすぎて しまう。 よんどころなく モノ を いう にも、 イマ まで の ブエンリョ に ヘダテ の ない フウ は なく、 いやに テイネイ に あらたまって クチ を きく の で ある。 ときには ボク が あまり にわか に あらたまった の を おかしがって わらえば、 タミコ も ついには ソデ で ワライ を かくして にげて しまう と いう ふう で、 とにかく ヒトエ の カキ が フタリ の アイダ に むすばれた よう な キアイ に なった。
それでも ある ヒ の 4 ジ-スギ に、 ハハ の イイツケ で ボク が セド の ナスバタケ に ナス を もいで いる と、 いつのまにか タミコ が ザル を テ に もって、 ボク の ウシロ に きて いた。
「マサオ さん……」
だしぬけ に よんで わらって いる。
「ワタシ も オカアサン から いいつかって きた のよ。 キョウ の ヌイモノ は カタ が こったろう、 すこし やすみながら ナス を もいで きて くれ、 アシタ コウジヅケ を つける から って。 オカアサン が そう いう から、 ワタシ とんで きました」
タミコ は ヒジョウ に うれしそう に ゲンキ いっぱい で、 ボク が、
「それでは ボク が サキ に きて いる の を タミ さん は しらない で きた の」
と いう と タミコ は、
「しらなくて さ」
にこにこ しながら ナス を とりはじめる。
ナスバタケ と いう は、 シイモリ の シタ から ヒトエ の ヤブ を とおりぬけて、 イエ より ニシキタ に あたる ウラ の センザイバタケ。 ガケ の ウエ に なってる ので、 トネガワ は もちろん ナカガワ まで も かすか に みえ、 ムサシ イチエン が みわたされる。 チチブ から アシガラ ハコネ の ヤマヤマ、 フジ の タカネ も みえる。 トウキョウ の ウエノ の モリ だ と いう の も それ らしく みえる。 ミズ の よう に すみきった アキ の ソラ、 ヒ は 1 ケン ハン ばかり の ヘン に かたむいて、 ボクラ フタリ が たって いる ナスバタケ を ショウメン に てりかえして いる。 アタリ イッタイ に しんと して また いかにも はっきり と した ケシキ、 ワレラ フタリ は しんに ガチュウ の ヒト で ある。
「まあ なんと いう よい ケシキ でしょう」
タミコ も しばらく テ を やめて たった。
ボク は ここ で ハクジョウ する が、 この とき の ボク は たしか に トオカ イゼン の ボク では なかった。 フタリ は けっして この とき ムジャキ な トモダチ では なかった。 いつのまに そういう ココロモチ が おこって いた か、 ジブン には すこしも わからなかった が、 やはり ハハ に しかられた コロ から、 ボク の ムネ の ウチ にも ちいさな コイ の タマゴ が イクツ か わきそめて おった に ちがいない。 ボク の セイシン ジョウタイ が いつのまにか ヘンカ して きた は、 かくす こと の できない ジジツ で ある。 この ヒ はじめて タミコ を オンナ と して おもった の が、 ボク に ジャネン の メザシ ありし ナニ より の ショウコ じゃ。
タミコ が カラダ を く の ジ に かがめて、 ナス を もぎつつ ある その ヨコガオ を みて、 いまさら の よう に タミコ の うつくしく カワイラシサ に キ が ついた。 これまで にも かわいらしい と おもわぬ こと は なかった が、 キョウ は しみじみ と その ウツクシサ が ミ に しみた。 しなやか に ツヤ の ある ビン の ケ に つつまれた ミミタボ、 ゆたか な ホオ の しろく あざやか な、 アゴ の ククシメ の アイラシサ、 クビ の アタリ いかにも きよげ なる、 フジイロ の ハンエリ や ハナゾメ の タスキ や、 それら が ことごとく ユウビ に メ に とまった。 そう なる と おそろしい もの で、 モノ を いう にも おもいきった こと は いえなく なる、 はずかしく なる、 キマリ が わるく なる、 みな レイ の タマゴ の サヨウ から おこる こと で あろう。
ここ トオカ ほど ナカガキ の ヘダテ が できて、 ろくろく ハナシ も せなかった から、 これ も イマ まで ならば むろん そんな こと かんがえ も せぬ に きまって いる が、 キョウ は ここ で ナニ か はなさねば ならぬ よう な キ が した。 ボク は はじめ ムゾウサ に タミ さん と よんだ けれど、 アト は ムゾウサ に コトバ が つがない。 おかしく ノド が つまって コエ が でない。 タミコ は ナス を ヒトツ テ に もちながら カラダ を おこし、
「マサオ さん、 ナニ……」
「なんでも ない けど タミ さん は チカゴロ ヘン だ から さ。 ボク なんか すっかり きらい に なった よう だ もの」
タミコ は さすが に ニョショウ で、 そういう こと には ボク など より はるか に シンケイ が エイビン に なって いる。 さも くちおしそう な カオ して、 つと ボク の ソバ へ よって きた。
「マサオ さん は あんまり だわ。 ワタシ が いつ マサオ さん に ヘダテ を しました……」
「なにさ、 コノゴロ タミ さん は、 すっかり かわっちまって、 ボク なんか には ヨウ は ない らしい から よ。 それだって タミ さん に フソク を いう わけ では ない よ」
タミコ は せきこんで、
「そんな こと いう は そりゃ マサオ さん ひどい わ、 ゴムリ だわ。 コノアイダ は フタリ を ならべて おいて、 オカアサン に あんな に しかられた じゃ ありません か。 アナタ は オトコ です から ヘイキ で おいで だ けど、 ワタシ は トシ は おおい し オンナ です もの、 ああ いわれて は じつに メンボク が ない じゃ ありません か。 それ です から、 ワタシ は イッショウ ケンメイ に なって たしなんで いる ん でさ。 それ を マサオ さん へだてる の いや に なったろう の と いう ん だ もの、 ワタシ は ホント に つまらい……」
タミコ は なきだしそう な カオツキ で ボク の カオ を じいっと みて いる。 ボク も ただ ハナシ の コグチ に そう いうた まで で ある から、 タミコ に なきそう に なられて は、 かわいそう に キノドク に なって、
「ボク は ハラ を たって いった では ない のに、 タミ さん は ハラ を たった の…… ボク は ただ タミ さん が にわか に かわって、 あって も クチ も きかず、 あそび にも こない から、 いやに さびしく かなしく なっちまった のさ。 それだから これから も ときどき は あそび に おいで よ。 オカアサン に しかられたら ボク が トガ を せおう から…… ヒト が なんと いったって よい じゃ ない か」
なんと いうて も コドモ だけ に ムチャ な こと を いう。 ムチャ な こと を いわれて タミコ は シンパイ やら うれしい やら、 うれしい やら シンパイ やら、 シンパイ と うれしい と が ムネ の ナカ で、 ごった に なって あらそうた けれど、 とうとう うれしい ほう が カチ を しめて しまった。 なお ミコト ヨコト ハナシ を する うち に、 タミコ は あざやか な クモリ の ない モト の ゲンキ に なった。 ボク も もちろん ユカイ が あふれる……、 ウチュウカン に ただ フタリ きり いる よう な ココロモチ に おたがいに なった の で ある。 やがて フタリ は ナス の モギクラ を する。 おおきな ハタケ だ けれど、 10 ガツ の ナカバスギ では、 ナス も ちらほら しか なって いない。 フタリ で ようやく 2 ショウ ばかり ずつ を とりえた。
「まあ タミ さん、 ごらんなさい、 イリヒ の リッパ な こと」
タミコ は いつしか ザル を シタ へ おき、 リョウテ を ハナ の サキ に あわせて タイヨウ を おがんで いる。 ニシ の ほう の ソラ は イッタイ に ウスムラサキ に ぼかした よう な イロ に なった。 ひたあかく あかい ばかり で コウセン の でない タイヨウ が イマ その ハンブン を ヤマ に うずめかけた ところ、 ボク は タミコ が イッシン イリヒ を おがむ しおらしい スガタ が ながく メ に のこってる。
フタリ が ヨネン なく ハナシ を しながら かえって くる と、 セトグチ の ヨツメガキ の ソト に オマス が ぼんやり たって、 こっち を みて いる。 タミコ は コゴエ で、
「オマス が また なんとか いいます よ」
「フタリ とも オカアサン に いいつかって きた の だ から、 オマス なんか なんと いったって、 かま や しない さ」
イチ ジケン を ふる たび に フタリ が キョウチュウ に わいた コイ の タマゴ は カサ を まして くる。 キ に ふれて コウカン する ソウホウ の イシ は、 ただちに タガイ の キョウチュウ に ある レイ の タマゴ に シダイ な ヨウブン を キュウヨ する。 キョウ の ヒグレ は たしか に その キ で あった。 ぞっと ミブルイ を する ほど、 いちじるしき チョウコウ を あらわした の で ある。 しかし なんと いうて も フタリ の カンケイ は タマゴ ジダイ で きわめて トリトメ が ない。 ヒト に みられて みぐるしい よう な こと も せず、 かえりみて みずから やましい よう な こと も せぬ。 したがって まだまだ ノンキ な もの で、 ヒトマエ を つくろう と いう よう な ココロモチ は きわめて すくなかった。 ボク と タミコ との カンケイ も、 この くらい で オシマイ に なった ならば、 10 ネン わすれられない と いう ほど には ならなかった だろう に。
オヤ と いう もの は どこ の オヤ も おなじ で、 ワガコ を いつまでも コドモ の よう に おもうて いる。 ボク の ハハ など も その 1 ニン に もれない。 タミコ は ソノゴ ときおり ボク の ショシツ へ やって くる けれど、 よほど ヒトメ を はからって キボネ を おって くる よう な ふう で、 いつ きて も すこしも おちつかない。 さきに ボク に イヤミ を いわれた から しかたなし に くる か とも おもわれた が、 それ は まちがって いた。 ボクラ フタリ の セイシン ジョウタイ は 2~3 ニチ と いわれぬ ほど いちじるしき ヘンカ を とげて いる。 ボク の ヘンカ は もっとも はなはだしい。 ミッカ マエ には、 オカアサン が しかれば ワタシ が トガ を せおう から あそび に きて と まで ムチャ を いうた ボク が、 キョウ は とても そんな ワケ の もの で ない。 タミコ が すこし ナガイ を する と、 もう キ が とがめて シンパイ で ならなく なった。
「タミ さん、 また おいで よ、 あまり ながく いる と ヒト が つまらぬ こと を いう から」
タミコ も ココロモチ は おなじ だ けれど、 ボク に もう ゆけ と いわれる と ミョウ に すねだす。
「あれ アナタ は このあいだ なんと いいました。 ヒト が なんと いったって よい から あそび に こい と いい は しません か。 ワタシ は もう ヒト に わらわれて も かまいません の」
こまった こと に なった。 フタリ の カンケイ が ミッセツ する ほど、 ヒトメ を おそれて くる。 ヒトメ を おそれる よう に なって は、 もはや ザイアク を おかしつつ ある か の ごとく、 ココロ も おどおど する の で あった。 ハハ は クチ で こそ、 オトコ も オンナ も 15~16 に なれば コドモ では ない と いって も、 それ は リクツ の ウエ の こと で、 ココロモチ では まだまだ フタリ を まるで コドモ の よう に おもって いる から、 その ノチ タミコ が ボク の ヘヤ へ きて ホン を みたり ハナシ を したり して いる の を、 すぐ マエ を とおりながら いっこう キ に とめる ヨウス も ない。 コノアイダ の コゴト も じつは アニヨメ が いう から でた まで で、 ホントウ に ハラ から でた コゴト では ない。 ハハ の ほう は そう で あった けれど、 アニ や アニヨメ や オマス など は、 さかん に カゲゴト を いうて わらって いた らしく、 ムラジュウ の ヒョウバン には、 フタツ も トシ の おおい の を ヨメ に する キ かしらん など と もっぱら いうて いる との ハナシ。 それ や これ や の こと が うすうす フタリ に しれた ので、 ボク から いいだして とうぶん フタリ は とおざかる ソウダン を した。
ニンゲン の ココロモチ と いう もの は フシギ な もの。 フタリ が すこしも カクイ なき トクシンジョウ の ソウダン で あった の だ けれど、 ボク の ほう から いいだした ばかり に、 タミコ は ミョウ に ふさぎこんで、 まるで ゲンキ が なくなり、 しょうぜん と して いる の で ある。 それ を みる と ボク も また たまらなく キノドク に なる。 カンジョウ の イッシン イッタイ は こんな ふう に もつれつつ あやうく なる の で ある。 とにかく フタリ は ヒョウメン だけ は リッパ に とおざかって 4~5 ニチ を ケイカ した。