カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 9)

2021-03-20 | アリシマ タケオ
 37

 テンシン に ちかく ぽつり と ヒトツ しろく わきでた クモ の イロ にも カタチ にも それ と しられる よう な タケナワ な ハル が、 トコロドコロ の ベッソウ の タテモノ の ホカ には みわたす かぎり ふるく さびれた カマクラ の ヤトヤト に まで あふれて いた。 おもい スナツチ の しろばんだ ミチ の ウエ には オチツバキ が ヒトエザクラ の ハナ と まじって ムザン に おちちって いた。 サクラ の コズエ には アカミ を もった ワカバ が きらきら と ヒ に かがやいて、 あさい カゲ を チ に おとした。 ナ も ない ゾウキ まで が うつくしかった。 カエル の コエ が ねむく タンボ の ほう から きこえて きた。 キュウカ で ない せい か、 おもいのほか に ヒト の ザットウ も なく、 ときおり、 おなじ ハナカンザシ を、 オンナ は カミ に オトコ は エリ に さして センダツ らしい の が ムラサキ の コバタ を もった、 とおい ところ から ハル を おって へめぐって きた らしい イナカ の ヒトタチ の ムレ が、 サケノケ も からず に しめやか に はなしあいながら とおる の に ゆきあう くらい の もの だった。
 クラチ も キシャ の ナカ から シゼン に キブン が はれた と みえて、 いかにも クッタク なくなって みえた。 フタリ は テイシャジョウ の フキン に ある ある こぎれい な リョカン を かねた リョウリヤ で チュウジキ を したためた。 ニッチョウ サマ とも ドンブク サマ とも いう テラ の ヤネ が ニワサキ に みえて、 そこ から ガンビョウ の キトウ だ と いう ウチワ-ダイコ の オト が どんぶく どんぶく と タンチョウ に きこえる よう な ところ だった。 ヒガシ の ほう は その ナ さながら の ビョウブヤマ が ワカバ で ハナ より も うつくしく よそおわれて かすんで いた。 みじかく うつくしく かりこまれた シバフ の シバ は まだ もえて は いなかった が、 トコロマバラ に たちつらなった コマツ は ミドリ を ふきかけて、 ヤエザクラ は のぼせた よう に ハナ で うなだれて いた。 もう アワセ 1 マイ に なって、 そこ に タベモノ を はこんで くる ジョチュウ は エリマエ を くつろげながら ナツ が きた よう だ と いって わらったり した。
「ここ は いい わ。 キョウ は ここ で とまりましょう」
 ヨウコ は ケイカク から ケイカク で アタマ を いっぱい に して いた。 そして そこ に いらない もの を あずけて、 エノシマ の ほう まで クルマ を はしらした。
 カエリ には ゴクラクジザカ の シタ で フタリ とも クルマ を すてて カイガン に でた。 もう ヒ は イナムラガサキ の ほう に かたむいて スナハマ は やや くれそめて いた。 コツボ の ハナ の ガケ の ウエ に ワカバ に つつまれて たった 1 ケン たてられた セイヨウジン の シロ ペンキヌリ の ベッソウ が、 ユウヒ を うけて ミドリイロ に そめた コケット の、 カミ の ナカ の ダイヤモンド の よう に かがやいて いた。 その ガケシタ の ミンカ から は スイエン が ユウモヤ と イッショ に なって ウミ の ほう に たなびいて いた。 ナミウチギワ の スナ は いい ほど に しめって ヨウコ の アズマ ゲタ の ハ を すった。 フタリ は ベッソウ から サンポ に でて きた らしい イククミ か の ジョウヒン な ダンジョ の ムレ と であった が、 ヨウコ は ジブン の ヨウボウ なり フクソウ なり が、 その どの ムレ の どの ヒト にも たちまさって いる の を イシキ して、 かるい ホコリ と オチツキ を かんじて いた。 クラチ も そういう オンナ を ジブン の ハンリョ と する の を あながち ムトンジャク には おもわぬ らしかった。
「ダレ か ひょんな ヒト に あう だろう と おもって いました が うまく ダレ にも あわなかって ね。 ムコウ の コツボ の ジンカ の みえる ところ まで いきましょう ね。 そして コウミョウジ の サクラ を みて かえりましょう。 そう する と ちょうど オナカ が いい スキグアイ に なる わ」
 クラチ は なんとも こたえなかった が、 むろん ショウチ で いる らしかった。 ヨウコ は ふと ウミ の ほう を みて クラチ に また クチ を きった。
「あれ は ウミ ね」
「オオセ の とおり」
 クラチ は ヨウコ が ときどき トテツ も なく わかりきった こと を ショウジョ みたい な ムジャキサ で いう、 また それ が はじまった と いう よう に しぶそう な ワライ を カタホオ に うかべて みせた。
「ワタシ もう イチド あの マッタダナカ に のりだして みたい」
「して どう する の だい」
 クラチ も さすが に ながかった ウミ の ウエ の セイカツ を とおく おもいやる よう な カオ を しながら いった。
「ただ のりだして みたい の。 どーっと ミサカイ も なく ふきまく カゼ の ナカ を、 オオナミ に おもいぞんぶん ゆられながら、 ひっくりかえりそう に なって は たてなおって きりぬけて いく あの フネ の ウエ の こと を おもう と、 ムネ が どきどき する ほど もう イチド のって みたく なります わ。 こんな ところ いや ねえ、 すんで みる と」
 そう いって ヨウコ は パラゾル を ひらいた まま エ の サキ で しろい スナ を ざくざく と さしとおした。
「あの さむい バン の こと、 ワタシ が カンパン の ウエ で かんがえこんで いた とき、 アナタ が ヒ を ぶらさげて オカ さん を つれて、 やって いらしった あの とき の こと など を ワタシ は ワケ も なく おもいだします わ。 あの とき ワタシ は ウミ で なければ きけない よう な オンガク を きいて いました わ。 オカ の ウエ には あんな オンガク は きこう と いったって ありゃ しない。 おーい、 おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい…… あれ は ナニ?」
「ナン だ それ は」
 クラチ は ケゲン な カオ を して ヨウコ を ふりかえった。
「あの コエ」
「どの」
「ウミ の コエ…… ヒト を よぶ よう な…… オタガイ で よびあう よう な」
「なんにも きこえ や せん じゃ ない か」
「その とき きいた のよ…… こんな あさい ところ では ナニ が きこえます もの か」
「オレ は ナガネン ウミ の ウエ で くらした が、 そんな コエ は イチド だって きいた こと は ない わ」
「そうお。 フシギ ね。 オンガク の ミミ の ない ヒト には きこえない の かしら。 ……たしか に きこえました よ、 あの バン に…… それ は キミ の わるい よう な ものすごい よう な…… いわば ね、 イッショ に なる べき はず なのに イッショ に なれなかった…… その ヒトタチ が イクオクマン と ウミ の ソコ に あつまって いて、 めいめい しにかけた よう な ひくい オト で、 おーい、 おーい と よびたてる、 それ が イッショ に なって あんな ぼんやり した おおきな コエ に なる か と おもう よう な そんな キミ の わるい コエ なの…… どこ か で イマ でも その コエ が きこえる よう よ」
「キムラ が やって いる の だろう」
 そう いって クラチ は たかだか と わらった。 ヨウコ は ミョウ に わらえなかった。 そして もう イチド ウミ の ほう を ながめやった。 メ も とどかない よう な トオク の ほう に、 オオシマ が ヤマ の コシ から シタ は ユウモヤ に ぼかされて なくなって、 ウエ の ほう だけ が ヘ の ジ を えがいて ぼんやり と ソラ に うかんで いた。
 フタリ は いつか ナメリガワ の カワグチ の ところ まで きついて いた。 イナセガワ を わたる とき、 クラチ は、 ヨコハマ フトウ で ヨウコ に まつわる ワカモノ に した よう に、 ヨウコ の ジョウタイ を ミギテ に かるがる と かかえて、 ク も なく ほそい ナガレ を おどりこして しまった が、 ナメリガワ の ほう は そう は ゆかなかった。 フタリ は カワハバ の せまそう な ところ を たずねて だんだん ジョウリュウ の ほう に ナガレ に そうて のぼって いった が、 カワハバ は ひろく なって ゆく ばかり だった。
「めんどうくさい、 かえりましょう か」
 おおきな こと を いいながら、 コウミョウジ まで には ハンブンミチ も こない うち に、 ゲタ ゼンタイ が めいりこむ よう な スナミチ で つかれはてて しまった ヨウコ は こう いいだした。
「あすこ に ハシ が みえる。 とにかく あすこ まで いって みよう や」
 クラチ は そう いって、 カイガンセン に そうて むっくり もれあがった サキュウ の ほう に つづく スナミチ を のぼりはじめた。 ヨウコ は クラチ に テ を ひかれて イキ を せいせい いわせながら、 キンニク が キョウチョク する よう に つかれた アシ を はこんだ。 ジブン の ケンコウ の スイタイ が いまさら に はっきり おもわせられる よう な それ は ツカレカタ だった。 いまにも ハレツ する よう に シンゾウ が コドウ した。
「ちょっと まって ベンケイガニ を ふみつけそう で あるけ や しません わ」
 そう ヨウコ は モウシワケ-らしく いって イクド か アシ を とめた。 じっさい その ヘン には あかい コウラ を しょった ちいさな カニ が いかめしい ハサミ を あげて、 ざわざわ と オト を たてる ほど おびただしく オウコウ して いた。 それ が いかにも バンシュン の ユウグレ-らしかった。
 サキュウ を のぼりきる と ザイモクザ の ほう に つづく ドウロ に でた。 ヨウコ は どうも フシギ な ココロモチ で、 ハマ から みえて いた ミダレバシ の ほう に ゆく キ に なれなかった。 しかし クラチ が どんどん そっち に むいて あるきだす ので、 すこし すねた よう に その テ に とりすがりながら もつれあって ヒトケ の ない その ハシ の ウエ まで きて しまった。
 ハシ の テマエ の ちいさな カケヂャヤ には シュジン の バアサン が ヨシ で かこった うすぐらい コベヤ の ナカ で、 こそこそ と ミセ を たたむ シタク でも して いる だけ だった。
 ハシ の ウエ から みる と、 ナメリガワ の ミズ は かるく うすにごって、 まだ メ を ふかない リョウギシ の カレアシ の ネ を しずか に あらいながら オト も たてず に ながれて いた。 それ が ムコウ に ゆく と すいこまれた よう に スナ の もれあがった ウシロ に かくれて、 また その サキ に ひかって あらわれて、 おだやか な リズム を たてて よせかえす ウミベ の ナミ の ナカ に とけこむ よう に そそいで いた。
 ふと ヨウコ は メノシタ の カレアシ の ナカ に うごく もの が ある の に キ が ついて みる と、 おおきな ムギワラ の カイスイボウ を かぶって、 クイ に こしかけて、 ツリザオ を にぎった オトコ が、 ボウシ の ヒサシ の シタ から メ を ひからして ヨウコ を じっと みつめて いる の だった。 ヨウコ は なんの キ なし に その オトコ の カオ を ながめた。
 キベ コキョウ だった。
 ボウシ の シタ に かくれて いる せい か、 その カオ は ちょっと みわすれる くらい トシ が いって いた。 そして フクソウ から も、 ヨウス から も、 ラクハク と いう よう な イッシュ の キブン が ただよって いた。 キベ の カオ は カメン の よう に れいぜん と して いた が、 ツリザオ の サキ は フチュウイ にも ミズ に つかって、 ツリイト が オンナ の カミノケ を ながした よう に ミズ に ういて かるく ふるえて いた。
 さすが の ヨウコ も ムネ を どきん と させて おもわず ミ を しざらせた。 「おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい」 ……それ が その シュンカン に ミミ の ソコ を すーっと とおって すーっと ユクエ も しらず すぎさった。 おずおず と クラチ を うかがう と、 クラチ は ナニゴト も しらぬげ に、 あたたか に くれて ゆく アオゾラ を ふりあおいで メイッパイ に ながめて いた。
「かえりましょう」
 ヨウコ の コエ は ふるえて いた。 クラチ は なんの キ なし に ヨウコ を かえりみた が、
「さむく でも なった か、 クチビル が しろい ぞ」
と いいながら ランカン を はなれた。 フタリ が その オトコ に ウシロ を みせて 5~6 ポ あゆみだす と、
「ちょっと おまち ください」
と いう コエ が ハシ の シタ から きこえた。 クラチ は はじめて そこ に ヒト の いた の に キ が ついて、 マユ を ひそめながら ふりかえった。 ざわざわ と アシ を わけながら コミチ を のぼって くる アシオト が して、 ひょっこり メノマエ に キベ の スガタ が あらわれでた。 ヨウコ は その とき は しかし スベテ に たいする ミガマエ を ジュウブン に して しまって いた。
 キベ は すこし バカテイネイ な くらい に クラチ に たいして ボウシ を とる と、 すぐ ヨウコ に むいて、
「フシギ な ところ で オメ に かかりました ね、 しばらく」
と いった。 1 ネン マエ の キベ から ソウゾウ して どんな ゲキジョウテキ な クチョウ で よびかけられる かも しれない と あやぶんで いた ヨウコ は、 あんがい レイタン な キベ の タイド に アンシン も し、 フアン も かんじた。 キベ は どうか する と いなおる よう な こと を しかねない オトコ だ と ヨウコ は かねて おもって いた から だ。 しかし キベ と いう こと を センポウ から いいだす まで は つつめる だけ クラチ には ジジツ を つつんで みよう と おもって、 ただ にこやか に、
「こんな ところ で オメ に かかろう とは…… ワタシ も ホントウ に おどろいて しまいました。 でも まあ ホントウ に おめずらしい…… ただいま こちら の ほう に オスマイ で ございます の?」
「すまう と いう ほど も ない…… くすぶりこんで います よ はははは」
と キベ は うつろ に わらって、 ツバ の ひろい ボウシ を ショセイッポ-らしく アミダ に かぶった。 と おもう と また いそいで とって、
「あんな ところ から いきなり とびだして きて こう なれなれしく サツキ さん に オハナシ を しかけて ヘン に オオモイ でしょう が、 ボク は くだらん ヤクザモノ で、 それでも モト は サツキ-ケ には いろいろ ゴヤッカイ に なった オトコ です。 もうしあげる ほど の ナ も ありません から、 まあ ゴラン の とおり の ヤツ です。 ……どちら に オイデ です」
と クラチ に むいて いった。 その ちいさな メ には すぐれた サイキ と、 マケギライ-らしい キショウ と が ほとばしって は いた けれども、 じじむさい アゴヒゲ と、 のびる まま に のばした カミノケ と で、 ヨウコ で なければ その トクチョウ は みえない らしかった。 クラチ は どこ の ウマ の ホネ か と おもう よう な チョウシ で、 ジブン の ナ を なのる こと は もとより せず に、 かるく ボウシ を とって みせた だけ だった。 そして、
「コウミョウジ の ほう へ でも いって みよう か と おもった の だ が、 カワ が わたれん で…… この ハシ を いって も いかれます だろう」
 3 ニン は ハシ の ほう を ふりかえった。 マッスグ な ドテミチ が しろく ヤマ の キワ の ほう まで つづいて いた。
「いけます がね、 それ は ハマヅタイ の ほう が オモムキ が あります よ。 ボウフ でも つみながら いらっしゃい。 カワ も わたれます、 ゴアンナイ しましょう」
と いった。 ヨウコ は イットキ も はやく キベ から のがれたく も あった が、 ドウジ に しんみり と イチベツ イライ の こと など を かたりあって みたい キ も した。 いつか キシャ の ナカ で あって これ が サイゴ の タイメン だろう と おもった、 あの とき から する と キベ は ずっと さばけた オトコ-らしく なって いた。 その フクソウ が いかにも セイカツ の フキソク なの と キュウハク して いる の を おもわせる と、 ヨウコ は シンミ な ドウジョウ に そそられる の を こばむ こと が できなかった。
 クラチ は 4~5 ホ さきだって、 その アト から ヨウコ と キベ とは アイダ を へだてて ならびながら、 また ベンケイガニ の うざうざ いる スナミチ を ハマ の ほう に おりて いった。
「アナタ の こと は たいてい ウワサ や シンブン で しって いました よ…… ニンゲン て もの は おかしな もん です ね。 ……ワタシ は あれ から ラクゴシャ です。 ナニ を して みて も なりたった こと は ありません。 ツマ も コドモ も サト に かえして しまって イマ は ヒトリ で ここ に ホウロウ して います。 マイニチ ツリ を やって ね…… ああ やって ミズ の ナガレ を みて いる と、 それでも バンメシ の サケ の サカナ ぐらい な もの は つれて きます よ ははははは」
 キベ は また うつろ に わらった が、 その ワライ の ヒビキ が キズグチ に でも こたえた よう に キュウ に だまって しまった。 スナ に くいこむ フタリ の ゲタ の オト だけ が きこえた。
「しかし これ で いて まったく の コドク でも ありません よ。 つい コノアイダ から シリアイ に なった オトコ だ が、 スナヤマ の スナ の ナカ に サケ を うずめて おいて、 ぶらり と やって きて それ を のんで よう の を タノシミ に して いる の と シリアイ に なりまして ね…… ソイツ の ライフ フィロソフィー が バカ に おもしろい ん です。 テッテイ した ウンメイロンシャ です よ。 サケ を のんで ウンメイロン を はく ん です。 まるで センニン です よ」
 クラチ は どんどん あるいて フタリ の ハナシゴエ が ミミ に はいらぬ くらい とおざかった。 ヨウコ は キベ の クチ から レイ の カンショウテキ な コトバ が イマ でる か イマ でる か と おもって まって いた けれども、 キベ には いささかも そんな フウ は なかった。 ワライ ばかり で なく、 スベテ に うつろ な カンジ が する ほど ムカンジョウ に みえた。
「アナタ は ホントウ に イマ ナニ を なさって いらっしゃいます の」
と ヨウコ は すこし キベ に ちかよって たずねた。 キベ は ちかよられた だけ ヨウコ から とおのいて また うつろ に わらった。
「ナニ を する もん です か。 ニンゲン に ナニ が できる もん です か。 ……もう ハル も スエ に なりました ね」
 トテツ も ない コトバ を しいて くっつけて キベ は その よく ひかる メ で ヨウコ を みた。 そして すぐ その メ を かえして、 とおざかった クラチ を こめて とおく ウミ と ソラ との サカイメ に ながめいった。
「ワタシ アナタ と ゆっくり オハナシ が して みたい と おもいます が……」
 こう ヨウコ は しんみり ぬすむ よう に いって みた。 キベ は すこしも それ に ココロ を うごかされない よう に みえた。
「そう…… それ も おもしろい かな。 ……ワタシ は これ でも ときおり は アナタ の コウフク を いのったり して います よ、 おかしな もん です ね、 はははは (ヨウコ が その コトバ に つけいって ナニ か いおう と する の を キベ は ゆうゆう と おっかぶせて) あれ が、 あすこ に みえる の が オオシマ です。 ぽつん と ヒトツ クモ か ナニ か の よう に みえる でしょう ソラ に ういて…… オオシマ って いう イズ の サキ の ハナレジマ です。 あれ が ワタシ の ツリ を する ところ から ショウメン に みえる ん です。 あれ で いて、 ヒ に よって イロ が サマザマ に かわります。 どうか する と フンエン が ぽーっと みえる こと も あります よ」
 また コトバ が ぽつん と きれて チンモク が つづいた。 ゲタ の オト の ホカ に ナミ の オト も だんだん と ちかく きこえだした。 ヨウコ は ただただ ムネ が せつなく なる の を おぼえた。 もう イチド どうしても ゆっくり キベ に あいたい キ に なって いた。
「キベ さん…… アナタ さぞ ワタシ を うらんで いらっしゃいましょう ね。 ……けれども ワタシ アナタ に どうしても もうしあげて おきたい こと が あります の。 なんとか して イチド ワタシ に あって くださいません? その うち に。 ワタシ の バンチ は……」
「おあい しましょう 『その うち に』 ……その うち に は いい コトバ です ね…… その うち に……。 ハナシ が ある から と オンナ に いわれた とき には、 ハナシ を キタイ しない で ホウヨウ か キョム か を カクゴ しろ って メイゲン が あります ぜ、 ははははは」
「それ は あまり な オッシャリカタ です わ」
 ヨウコ は きわめて ジョウダン の よう に また きわめて マジメ の よう に こう いって みた。
「あまり か あまり で ない か…… とにかく メイゲン には ソウイ ありますまい、 ははははは」
 キベ は また うつろ に わらった が、 また いたい ところ に でも ふれた よう に とつぜん わらいやんだ。
 クラチ は ナミウチギワ チカク まで きて も わたれそう も ない ので トオク から こっち に ふりむいて、 むずかしい カオ を して たって いた。
「どれ オフタリ に ハシワタシ を して あげましょう かな」
 そう いって キベ は カワベ の アシ を わけて しばらく スガタ を かくして いた が、 やがて ちいさな タブネ に のって サオ を さして あらわれて きた。 その とき ヨウコ は キベ が ツリドウグ を もって いない の に キ が ついた。
「アナタ ツリザオ は」
「ツリザオ です か…… ツリザオ は ミズ の ウエ に ういてる でしょう。 いまに ここ まで ながれて くる か…… こない か……」
 そう こたえて あんがい ジョウズ に フネ を こいだ。 クラチ は ゆきすぎた だけ を いそいで とって かえして きた。 そして 3 ニン は あぶなかしく たった まま フネ に のった。 クラチ は キベ の マエ も かまわず ワキノシタ に テ を いれて ヨウコ を かかえた。 キベ は れいぜん と して サオ を とった。 ミツキ ほど で たわいなく フネ は ムコウギシ に ついた。 クラチ が いちはやく キシ に とびあがって、 テ を のばして ヨウコ を たすけよう と した とき、 キベ が ヨウコ に テ を かして いた ので、 ヨウコ は すぐに それ を つかんだ。 おもいきり チカラ を こめた ため か、 キベ の テ が フネ を こいだ ため だった か、 とにかく フタリ の テ は にぎりあわされた まま コキザミ に はげしく ふるえた。
「やっ、 どうも ありがとう」
 クラチ は ヨウコ の ジョウリク を たすけて くれた キベ に こう レイ を いった。
 キベ は フネ から は あがらなかった。 そして ツバビロ の ボウシ を とって、
「それじゃ これ で おわかれ します」
と いった。
「くらく なりました から、 オフタリ とも アシモト に キ を おつけなさい。 さようなら」
と つけくわえた。
 3 ニン は ソウトウ の アイサツ を とりかわして わかれた。 1 チョウ ほど きて から キュウ に ユクテ が あかるく なった ので、 みる と コウミョウジ ウラ の ヤマノハ に、 ユウヅキ が こい クモ の キレメ から スガタ を みせた の だった。 ヨウコ は ウシロ を ふりかえって みた。 ムラサキイロ に くれた スナ の ウエ に キベ が フネ を アシマ に こぎかえして ゆく スガタ が カゲエ の よう に くろく ながめられた。 ヨウコ は シロコハク の パラゾル を ぱっと ひらいて、 クラチ には イタズラ に みえる よう に ふりうごかした。
 3~4 チョウ きて から クラチ が コンド は ウシロ を ふりかえった。 もう そこ には キベ の スガタ は なかった。 ヨウコ は パラゾル を たたもう と して おもわず なみだぐんで しまって いた。
「あれ は いったい ダレ だ」
「ダレ だって いい じゃ ありません か」
 クラサ に まぎれて クラチ に ナミダ は みせなかった が、 ヨウコ の コトバ は いたましく かんばしって いた。
「ローマンス の たくさん ある オンナ は ちがった もの だな」
「ええ、 その とおり…… あんな コジキ みたい な みっともない コイビト も もった こと が ある のよ」
「さすが は オマエ だよ」
「だから アイソ が つきた でしょう」
 とつじょ と して また イイヨウ の ない サビシサ、 カナシサ、 クヤシサ が ボウフウ の よう に おそって きた。 また きた と おもって も それ は もう おそかった。 スナ の ウエ に つっぷして、 いまにも たえいりそう に ミモダエ する ヨウコ を、 クラチ は きこえぬ テイド に シタウチ しながら カイホウ せねば ならなかった。
 その ヨ リョカン に かえって から も ヨウコ は いつまでも ねむらなかった。 そこ に きて はたらく ジョチュウ たち を ヒトリヒトリ つっけんどん に きびしく たしなめた。 シマイ には ヒトリ と して よりつく モノ が なくなって しまう くらい。 クラチ も ハジメ の うち は しぶしぶ つきあって いた が、 ついには カッテ に する が いい と いわん ばかり に ザシキ を かえて ヒトリ で ねて しまった。
 ハル の ヨ は ただ、 コト も なく しめやか に ふけて いった。 トオク から きこえて くる カエル の ナキゴエ の ホカ には、 ニッチョウ サマ の モリ アタリ で なく らしい フクロウ の コエ が する ばかり だった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ヨドリ で ありながら、 その コエ には ヒト を バカ に しきった よう な、 それでいて きく に たえない ほど さびしい ヒビキ が ひそんで いた。 ほう、 ほう…… ほう、 ほうほう と まどお に タンチョウ に おなじ キ の エダ と おもわしい ところ から きこえて いた。 ヒトビト が ねしずまって みる と、 フンヌ の ジョウ は いつか きえはてて、 イイヨウ の ない セキバク が その アト に のこった。
 ヨウコ の する こと いう こと は ヒトツヒトツ ヨウコ を クラチ から ひきはなそう と する もの ばかり だった。 コンヤ も クラチ が ヨウコ から まちのぞんで いた もの を ヨウコ は あきらか に しって いた。 しかも ヨウコ は ワケ の わからない イカリ に まかせて ジブン の おもう まま を ふるまった ケッカ、 クラチ には フカイ きわまる シツボウ を あたえた に ちがいない。 こうした まま で ヒ が たつ に したがって、 クラチ は イヤオウ なし に さらに あたらしい セイテキ キョウミ の タイショウ を もとめる よう に なる の は モクゼン の こと だ。 げんに アイコ は その コウホシャ の ヒトリ と して クラチ の メ には うつりはじめて いる の では ない か。 ヨウコ は クラチ との カンケイ を ハジメ から かんがえたどって みる に つれて、 どうしても まちがった ホウコウ に フカイリ した の を くいない では いられなかった。 しかし クラチ を てなずける ため には あの ミチ を えらぶ より シカタ が なかった よう にも おもえる。 クラチ の セイカク に ケッテン が ある の だ。 そう では ない。 クラチ に アイ を もとめて いった ジブン の セイカク に ケッテン が ある の だ。 ……そこ まで リクツ-らしく リクツ を たどって きて みる と、 ヨウコ は ジブン と いう もの が ふみにじって も あきたりない ほど いや な モノ に みえた。
「なぜ ワタシ は キベ を すて キムラ を くるしめなければ ならない の だろう。 なぜ キベ を すてた とき に ワタシ は ココロ に のぞんで いる よう な ミチ を まっしぐら に すすんで いく こと が できなかった の だろう。 ワタシ を キムラ に しいて おしつけた イソガワ の オバサン は わるい…… ワタシ の ウラミ は どうしても きえる もの か。 ……と いって おめおめ と その サクリャク に のって しまった ワタシ は なんと いう ふがいない オンナ だった の だろう。 クラチ に だけ は ワタシ は シツボウ したく ない と おもった。 イマ まで の スベテ の シツボウ を あの ヒト で ゼンブ とりかえして まだ あまりきる よう な ヨロコビ を もとう と した の だった。 ワタシ は クラチ とは はなれて は いられない ニンゲン だ と たしか に しんじて いた。 そして ワタシ の もってる スベテ を…… みにくい もの の スベテ をも クラチ に あたえて かなしい とも おもわなかった の だ。 ワタシ は ジブン の イノチ を クラチ の ムネ に たたきつけた。 それだのに イマ は ナニ が のこって いる…… ナニ が のこって いる……。 コンヤ かぎり ワタシ は クラチ に みはなされる の だ。 この ヘヤ を でて いって しまった とき の レイタン な クラチ の カオ!…… ワタシ は いこう。 これから いって クラチ に わびよう、 ドレイ の よう に タタミ に アタマ を こすりつけて わびよう…… そう だ。 ……しかし クラチ が レイコク な カオ を して ワタシ の ココロ を み も かえらなかったら…… ワタシ は いきてる アイダ に そんな クラチ の カオ を みる ユウキ は ない。 ……キベ に わびよう か…… キベ は イドコロ さえ しらそう とは しない の だ もの……」
 ヨウコ は やせた カタ を いたましく ふるわして、 クラチ から ゼツエン されて しまった もの の よう に、 さびしく かなしく ナミダ の かれる か と おもう まで なく の だった。 しずまりきった ヨル の クウキ の ナカ に、 ときどき ハナ を かみながら すすりあげ すすりあげ なきふす いたましい コエ だけ が きこえた。 ヨウコ は ジブン の コエ に つまされて なおさら ヒアイ から ヒアイ の ドンゾコ に しずんで いった。
 やや しばらく して から ヨウコ は ケッシン する よう に、 テヂカ に あった スズリバコ と リョウシ と を ひきよせた。 そして ふるえる テサキ を しいて あやつりながら カンタン な テガミ を ウバ に あてて かいた。 それ には ウバ とも サダコ とも だんぜん エン を きる から イゴ タニン と おもって くれ。 もし ジブン が しんだら ここ に ドウフウ する テガミ を キベ の ところ に もって ゆく が いい。 キベ は きっと どうして でも サダコ を やしなって くれる だろう から と いう イミ だけ を かいた。 そして キベ-アテ の テガミ には、

「サダコ は アナタ の コ です。 その カオ を ヒトメ ゴラン に なったら すぐ おわかり に なります。 ワタシ は イマ まで イジ から も サダコ は ワタシ ヒトリ の コ で ワタシ ヒトリ の もの と する つもり で いました。 けれども ワタシ が ヨ に ない もの と なった イマ は、 アナタ は もう ワタシ の ツミ を ゆるして くださる か とも おもいます。 せめては サダコ を うけいれて くださいましょう。
   ヨウコ の しんだ ノチ
                        あわれ なる サダコ の ママ より
  サダコ の オトウサマ へ」

と かいた。 ナミダ は マキガミ の ウエ に トメド なく おちて ジ を にじました。 トウキョウ に かえったら ためて おいた ヨキン の ゼンブ を ひきだして それ を カワセ に して ドウフウ する ため に フウ を とじなかった。
 サイゴ の ギセイ…… イマ まで とつおいつ すてかねて いた サイアイ の もの を サイゴ の ギセイ に して みたら、 たぶん は クラチ の ココロ が もう イチド ジブン に もどって くる かも しれない。 ヨウコ は アラガミ に サイアイ の もの を イケニエ と して ネガイ を きいて もらおう と する タイコ の ヒト の よう な ヒッシ な ココロ に なって いた。 それ は ムネ を はりさく よう な ギセイ だった。 ヨウコ は ジブン の メ から も エイユウテキ に みえる この ケッシン に カンゲキ して また あたらしく なきくずれた。
「どうか、 どうか、 ……どうーか」
 ヨウコ は ダレ に とも なく テ を あわして、 イッシン に ねんじて おいて、 おおしく ナミダ を おしぬぐう と、 そっと ザ を たって、 クラチ の ねて いる ほう へ と しのびよった。 ロウカ の アカリ は タイハン けされて いる ので、 ガラスマド から おぼろ に さしこむ ツキ の ヒカリ が タヨリ に なった。 ロウカ の ハンブン-ガタ リン の もえた よう な その ヒカリ の ナカ を、 やせほそって いっそう セタケ の のびて みえる ヨウコ は、 カゲ が あゆむ よう に オト も なく しずか に あゆみながら、 そっと クラチ の ヘヤ の フスマ を ひらいて ナカ に はいった。 うすぐらく ともった アリアケ の モト に クラチ は ナニゴト も しらぬげ に こころよく ねむって いた。 ヨウコ は そっと その マクラモト に ザ を しめた。 そして クラチ の ネガオ を みまもった。
 ヨウコ の メ には ひとりでに ナミダ が わく よう に あふれでて、 あつぼったい よう な カンジ に なった クチビル は ワレ にも なく わなわな と ふるえて きた。 ヨウコ は そうした まま で だまって なおも クラチ を みつづけて いた。 ヨウコ の メ に たまった ナミダ の ため に クラチ の スガタ は みるみる にじんだ よう に リンカク が ぼやけて しまった。 ヨウコ は いまさら ヒト が ちがった よう に ココロ が よわって、 ウケミ に ばかり ならず には いられなく なった ジブン が かなしかった。 なんと いう なさけない かわいそう な こと だろう。 そう ヨウコ は しみじみ と おもった。
 だんだん ヨウコ の ナミダ は ススリナキ に かわって いった。 クラチ が ネムリ の ウチ で それ を かんじた らしく、 うるさそう に ウメキゴエ を ちいさく たてて ネガエリ を うった。 ヨウコ は ぎょっと して イキ を つめた。
 しかし すぐ ススリナキ は また かえって きた。 ヨウコ は ナニゴト も わすれはてて、 クラチ の トコ の ソバ に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも なきつづけて いた。

 38

「ナニ を そう おずおず して いる の かい。 その ボタン を ウシロ に はめて くれ さえ すれば それ で いい の だに」
 クラチ は クラチ に して は とくに やさしい コエ で こう いった、 ワイシャツ を きよう と した まま ヨウコ に セ を むけて たちながら。 ヨウコ は とんでもない シッサク でも した よう に、 シャツ の ハイブ に つける カラー ボタン を テ に もった まま おろおろ して いた。
「つい シャツ を しかえる とき それ だけ わすれて しまって……」
「イイワケ なんぞ は いい わい。 はやく たのむ」
「はい」
 ヨウコ は しとやか に そう いって よりそう よう に クラチ に ちかよって その ボタン を ボタンアナ に いれよう と した が、 ノリ が こわい の と、 キオクレ が して いる ので ちょっと は はいりそう に なかった。
「すみません が ちょっと ぬいで くださいまし な」
「メンドウ だな、 コノママ で できよう が」
 ヨウコ は もう イチド こころみた。 しかし おもう よう には ゆかなかった。 クラチ は もう あきらか に いらいら しだして いた。
「ダメ か」
「まあ ちょっと」
「だせ、 かせ オレ に。 なんでも ない こと だに」
 そう いって くるり と ふりかえって ちょっと ヨウコ を にらみつけながら、 ひったくる よう に ボタン を うけとった。 そして また ヨウコ に ウシロ を むけて ジブン で それ を はめよう と かかった。 しかし なかなか うまく ゆかなかった。 みるみる クラチ の テ は はげしく ふるえだした。
「おい、 てつだって くれて も よかろう が」
 ヨウコ が あわてて テ を だす と ハズミ に ボタン は タタミ の ウエ に おちて しまった。 ヨウコ が それ を ひろおう と する マ も なく、 アタマ の ウエ から クラチ の コエ が カミナリ の よう に なりひびいた。
「バカ! ジャマ を しろ と いい や せん ぞ」
 ヨウコ は それでも どこまでも やさしく でよう と した。
「ごめん ください ね、 ワタシ オジャマ なんぞ……」
「ジャマ よ。 これ で ジャマ で なくて ナン だ…… ええ、 そこ じゃ ありゃ せん よ。 そこ に みえとる じゃ ない か」
 クラチ は クチ を とがらして アゴ を つきだしながら、 どしん と アシ を あげて タタミ を ふみならした。
 ヨウコ は それでも ガマン した。 そして ボタン を ひろって たちあがる と クラチ は もう ワイシャツ を ぬぎすてて いる ところ だった。
「ムナクソ の わるい…… おい ニホンフク を だせ」
「ジュバン の エリ が かけず に あります から…… ヨウフク で ガマン して くださいまし ね」
 ヨウコ は ジブン が もって いる と おもう ほど の コビ を ある かぎり メ に あつめて タンガン する よう に こう いった。
「オマエ には たのまん まで よ…… アイ ちゃん」
 クラチ は おおきな コエ で アイコ を よびながら カイカ の ほう に ミミ を すました。 ヨウコ は それでも こんかぎり ガマン しよう と した。 ハシゴダン を しとやか に のぼって アイコ が イツモ の よう に ジュウジュン に ヘヤ に はいって きた。 クラチ は キュウ に ソウゴウ を くずして にこやか に なって いた。
「アイ ちゃん たのむ、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ」
 アイコ は ナニゴト の おこった か を つゆ しらぬ よう な カオ を して、 オトコ の ニッカン を そそる よう な カタジシ の ニクタイ を うつくしく おりまげて、 セッパク の シャツ を テ に とりあげる の だった。 ヨウコ が ちゃんと クラチ に かしずいて そこ に いる の を まったく ムシ した よう な ずうずうしい タイド が、 ひがんで しまった ヨウコ の メ には にくにくしく うつった。
「ヨケイ な こと を おし で ない」
 ヨウコ は とうとう かっと なって アイコ を たしなめながら いきなり テ に ある シャツ を ひったくって しまった。
「キサマ は…… オレ が アイ ちゃん に たのんだ に なぜ ヨケイ な こと を しくさる ん だ」
と そう いって いたけだか に なった クラチ には ヨウコ は もう メ も くれなかった。 アイコ ばかり が ヨウコ の メ には みえて いた。
「オマエ は シタ に いれば それ で いい ニンゲン なん だよ。 オサンドン の シゴト も ろくろく でき は しない くせ に ヨケイ な ところ に でしゃばる もん じゃ ない こと よ。 ……シタ に いって おいで」
 アイコ は こう まで アネ に たしなめられて も、 さからう でも なく おこる でも なく、 だまった まま ジュウジュン に、 タコン な メ で アネ を じっと みて しずしず と その ザ を はずして しまった。
 こんな もつれあった イサカイ が ともすると ヨウコ の イエ で くりかえされる よう に なった。 ヒトリ に なって キ が しずまる と ヨウコ は ココロ の ソコ から ジブン の キョウボウ な フルマイ を くいた。 そして キ を とりなおした つもり で どこまでも アイコ を いたわって やろう と した。 アイコ に アイジョウ を みせる ため には ギリ にも サダヨ に つらく あたる の が トウゼン だ と おもった。 そして アイコ の みて いる マエ で、 あいする モノ が あいする モノ を にくんだ とき ばかり に みせる ザンギャク な カシャク を サダヨ に あたえたり した。 ヨウコ は それ が リフジン きわまる こと だ とは しって いながら、 そう ヘンパ に かたむいて くる ジブン の ココロモチ を どう する こと も できなかった。 それ のみ ならず ヨウコ には ジブン の ウップン を もらす ため の タイショウ が ぜひ ヒトツ ヒツヨウ に なって きた。 ヒト で なければ ドウブツ、 ドウブツ で なければ ソウモク、 ソウモク で なければ ジブン ジシン に ナニ か なし に ショウガイ を あたえて いなければ キ が やすまなく なった。 ニワ の クサ など を つかんで いる とき でも、 ふと キ が つく と ヨウコ は しゃがんだ まま ヒトクキ の ナ も ない クサ を たった 1 ポン つみとって、 メ に ナミダ を いっぱい ためながら ツメ の サキ で ずたずた に きりさいなんで いる ジブン を みいだしたり した。
 おなじ ショウドウ は ヨウコ を かって クラチ の ホウヨウ に ジブン ジシン を おもうぞんぶん しいたげよう と した。 そこ には クラチ の アイ を すこし でも おおく ジブン に つなぎたい ヨッキュウ も てつだって は いた けれども、 クラチ の テ で キョクド の クツウ を かんずる こと に フマンゾク きわまる マンゾク を みいだそう と して いた の だ。 セイシン も ニクタイ も はなはだしく ヤマイ に むしばまれた ヨウコ は ホウヨウ に よって の ウチョウテン な カンラク を あじわう シカク を うしなって から かなり ひさしかった。 そこ には ただ ジゴク の よう な カシャク が ある ばかり だった。 スベテ が おわって から ヨウコ に のこる もの は、 オウト を もよおす よう な ニクタイ の クツウ と、 しいて ジブン を ボウガ に さそおう と もがきながら、 それ が うらぎられて ムエキ に おわった、 その ノチ に おそって くる ダキ す べき ケンタイ ばかり だった。 クラチ が ヨウコ の その ヒサン な ムカンカク を ワケマエ して タトエヨウ も ない ゾウオ を かんずる の は もちろん だった。 ヨウコ は それ を しる と さらに いいしれない タヨリナサ を かんじて また はげしく クラチ に いどみかかる の だった。 クラチ は みるみる イッポ イッポ ヨウコ から はなれて いった。 そして ますます その キブン は すさんで いった。
「キサマ は オレ に あきた な。 オトコ でも つくりおった ん だろう」
 そう ツバ でも はきすてる よう に いまいましげ に クラチ が あらわ に いう よう な ヒ も きた。
「どう すれば いい ん だろう」
 そう いって ヒタイ の ところ に テ を やって ズツウ を しのびながら ヨウコ は ヒトリ くるしまねば ならなかった。
 ある ヒ ヨウコ は おもいきって ひそか に イシ を おとずれた。 イシ は てもなく、 ヨウコ の スベテ の ナヤミ の ゲンイン は シキュウ コウクツショウ と シキュウ ナイマクエン と を ヘイハツ して いる から だ と いって きかせた。 ヨウコ は あまり に わかりきった こと を イシ が さも シッタカブリ に いって きかせる よう にも、 また その のっぺり した しろい カオ が、 おそろしい ウンメイ が ヨウコ に たいして よそおうた カメン で、 ヨウコ は その コトバ に よって マックラ な ユクテ を あきらか に しめされた よう にも おもった。 そして イカリ と シツボウ と を いだきながら その イエ を でた。 キト ヨウコ は ホンヤ に たちよって フジンビョウ に かんする ダイブ な イショ を かいもとめた。 それ は ジブン の ビョウショウ に かんする テッテイテキ な チシキ を えよう ため だった。 イエ に かえる と ジブン の ヘヤ に とじこもって すぐ ダイタイ を よんで みた。 コウクツショウ は ゲカ シュジュツ を ほどこして イチ キョウセイ を する こと に よって、 ナイマクエン は ナイマクエン を ケッソウ する こと に よって、 それ が キカイテキ の ハツビョウ で ある かぎり ゼンチ の ミコミ は ある が、 イチ キョウセイ の バアイ など に シジュツシャ の フチュウイ から シキュウテイ に センコウ を しょうじた とき など には、 おうおう に して ゲキレツ な フクマクエン を ケッカ する キケン が ともなわない でも ない など と かいて あった。 ヨウコ は クラチ に ジジョウ を うちあけて シュジュツ を うけよう か とも おもった。 フダン ならば ジョウシキ が すぐ それ を ヨウコ に させた に ちがいない。 しかし イマ は もう ヨウコ の シンケイ は キョクド に ゼイジャク に なって、 あらぬ ホウコウ に ばかり ワレ にも なく するどく はたらく よう に なって いた。 クラチ は ウタガイ も なく ジブン の ビョウキ に アイソ を つかす だろう。 たとい そんな こと は ない と して も ニュウイン の キカン に クラチ の ニク の ヨウキュウ が クラチ を おもわぬ ほう に つれて ゆかない とは ダレ が ホショウ できよう。 それ は ヨウコ の ヘキケン で ある かも しれない、 しかし もし アイコ が クラチ の チュウイ を ひいて いる と すれば、 ジブン の ルス の アイダ に クラチ が カノジョ に ちかづく の は ただ イッポ の こと だ。 アイコ が あの トシ で あの ムケイケン で、 クラチ の よう な ヤセイ と ボウリョク と に キョウミ を もたぬ の は もちろん、 イッシュ の エンオ を さえ かんじて いる の は さっせられない では ない。 アイコ は きっと クラチ を しりぞける だろう。 しかし クラチ には おそろしい ムチ が ある。 そして イチド クラチ が オンナ を オノレ の チカラ の モト に とりひしいだら いかなる オンナ も ニド と クラチ から のがれる こと の できない よう な キカイ の マスイ の チカラ を もって いる。 シソウ とか レイギ とか に わずらわされない、 ムジンゾウ に キョウレツ で セイフクテキ な キ の まま な ダンセイ の チカラ は いかな オンナ をも その ホンノウ に たちかえらせる マジュツ を もって いる。 しかも あの ジュウジュン-らしく みえる アイコ は ヨウコ に たいして うまれる と から の テキイ を はさんで いる の だ。 どんな カノウ でも えがいて みる こと が できる。 そう おもう と ヨウコ は ワガミ で ワガミ を やく よう な ミレン と シット の ため に ゼンゴ も わすれて しまった。 なんとか して クラチ を しばりあげる まで は ヨウコ は あまんじて イマ の クツウ に たえしのぼう と した。
 その コロ から あの マサイ と いう オトコ が クラチ の ルス を うかがって は ヨウコ に あい に くる よう に なった。
「アイツ は イヌ だった。 あやうく テ を かませる ところ だった。 どんな こと が あって も よせつける では ない ぞ」
と クラチ が ヨウコ に いいきかせて から 1 シュウカン も たたない ノチ に、 ひょっこり マサイ が カオ を みせた。 なかなか の シャレモノ で、 スンブン の スキ も ない ミナリ を して いた オトコ が、 どこ か に ヒンキュウ を におわす よう に なって いた。 カラー には うっすり アセジミ が できて、 ズボン の ヒザ には ヤケコゲ の ちいさな アナ が あいたり して いた。 ヨウコ が あげる あげない も いわない うち に、 コンイズク-らしく どんどん ゲンカン から あがりこんで ザシキ に とおった。 そして コウカ-らしい セイヨウガシ の うつくしい ハコ を ヨウコ の メノマエ に フロシキ から とりだした。
「せっかく おいで くださいました のに クラチ さん は ルス です から、 はばかり です が でなおして オアソビ に いらしって くださいまし。 これ は それまで オアズカリオキ を ねがいます わ」
 そう いって ヨウコ は カオ には いかにも コンイ を みせながら、 コトバ には ニノク が つげない ほど の レイタンサ と ツヨサ と を しめして やった。 しかし マサイ は しゃあしゃあ と して ヘイキ な もの だった。 ゆっくり ウチカクシ から マキタバコイレ を とりだして、 キングチ を 1 ポン つまみとる と、 スミ の ウエ に たまった ハイ を しずか に かきのける よう に して ヒ を つけて、 のどか に カオリ の いい ケムリ を ザシキ に ただよわした。
「オルス です か…… それ は かえって コウツゴウ でした…… もう ナツ-らしく なって きました ね、 トナリ の バラ も さきだす でしょう…… とおい よう だ が まだ キョネン の こと です ねえ、 オタガイサマ に タイヘイヨウ を いったり きたり した の は…… あの コロ が おもしろい サカリ でした よ。 ワタシタチ の シゴト も まだ にらまれず に いた ん でした から…… ときに オクサン」
 そう いって おりいって ソウダン でも する よう に マサイ は タバコボン を おしのけて ヒザ を のりだす の だった。 ヒト を あなどって かかって くる と おもう と ヨウコ は ぐっと シャク に さわった。 しかし イゼン の よう な ヨウコ は そこ には いなかった。 もし それ が イゼン で あったら、 ジブン の サイキ と リキリョウ と ビボウ と に ジュウブン の ジシン を もつ ヨウコ で あったら、 ケ の スエ ほど も ジブン を うしなう こと なく、 ユウエン に エンカツ に オトコ を ジブン の かけた ワナ の ナカ に おとしいれて、 ジジョウ ジバク の にがい メ に あわせて いる に ちがいない。 しかし ゲンザイ の ヨウコ は タワイ も なく テキ を テモト まで もぐりこませて しまって ただ いらいら と あせる だけ だった。 そういう ハメ に なる と ヨウコ は ぞんがい チカラ の ない ジブン で ある の を しらねば ならなかった。
 マサイ は ヒザ を のりだして から、 しばらく だまって ビンショウ に ヨウコ の カオイロ を うかがって いた が、 これ なら だいじょうぶ と ミキワメ を つけた らしく、
「すこし ばかり で いい ん です、 ひとつ ユウズウ して ください」
と きりだした。
「そんな こと を おっしゃったって、 ワタシ に どう シヨウ も ない くらい は ゴゾンジ じゃ ありません か。 そりゃ ヨジン じゃ なし、 できる もの なら なんとか いたします けれども、 シマイ 3 ニン が どうか こうか して クラチ に やしなわれて いる コンニチ の よう な キョウガイ では、 ワタシ に ナニ が できましょう。 マサイ さん にも にあわない マトチガイ を おっしゃる のね。 クラチ なら ゴソウダン にも なる でしょう から メン と むかって おはなし くださいまし。 ナカ に はいる と ワタシ が こまります から」
 ヨウコ は とりつく シマ も ない よう に と イヤミ な チョウシ で ずけずけ と こう いった。 マサイ は せせらわらう よう に ほほえんで キングチ の ハイ を しずか に ハイフキ に おとした。
「もうすこし ざっくばらん に いって ください よ、 キノウ キョウ の オツキアイ じゃ なし。 クラチ さん と まずく なった くらい は ゴショウチ じゃ ありません か。 ……しって いらしって そういう クチ の キキカタ は すこし ひどすぎます ぜ、 (ここ で カメン を とった よう に マサイ は ふてくされた タイド に なった。 しかし コトバ は どこまでも オントウ だった) きらわれたって ワタシ は なにも クラチ さん を どう しよう の こう しよう の と、 そんな ハクジョウ な こと は しない つもり です。 クラチ さん に ケガ が あれば ワタシ だって ドウザイ イジョウ です から ね。 ……しかし ……ひとつ なんとか ならない もん でしょう か」
 ヨウコ の イカリ に コウフン した シンケイ は マサイ の この ヒトコト に すぐ おびえて しまった。 なにもかも クラチ の リメン を しりぬいてる はず の マサイ が、 ステバチ に なったら クラチ の ミノウエ に どんな サイナン が ふりかからぬ とも かぎらぬ。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる だろう。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる。 ヨウコ は ますます ヨワミ に なった ジブン を すくいだす スベ に こうじはてて いた。
「それ を ゴショウチ で ワタシ の ところ に いらしったって…… たとい ワタシ に ツゴウ が ついた と した ところ で、 どう シヨウ も ありません じゃ ない の。 なんぼ ワタシ だって も、 クラチ と ナカタガエ を なさった アナタ に クラチ の カネ を ナニ する……」
「だから クラチ さん の もの を オネダリ は しません さ。 キムラ さん から も たんまり きて いる はず じゃ ありません か。 その ナカ から…… たんと たあ いいません から、 キュウキョウ を たすける と おもって どうか」
 マサイ は ヨウコ を オトコタラシ と みくびった タイド で、 ジョウフ を もってる メカケ に でも せまる よう な ずうずうしい カオイロ を みせた。 こんな オシモンドウ の ケッカ ヨウコ は とうとう マサイ に 300 エン ほど の カネ を むざむざ と せびりとられて しまった。 ヨウコ は その バン クラチ が かえって きた とき も それ を いいだす キリョク は なかった。 チョキン は ゼンブ サダコ の ほう に おくって しまって、 ヨウコ の テモト には いくらも のこって は いなかった。
 それから と いう もの マサイ は 1 シュウカン と おかず に ヨウコ の ところ に きて は カネ を せびった。 マサイ は その オリオリ に、 エノシママル の サルン の イチグウ に じんどって サケ と タバコ と に ひたりながら、 なにかしらん ヒソヒソバナシ を して いた スウニン の ヒトタチ―― ヒト を みぬく メ の するどい ヨウコ にも どうしても その ヒトタチ の ショクギョウ を スイサツ しえなかった スウニン の ヒトタチ の ナカマ に クラチ が はいって はじめだした ヒミツ な シゴト の コサイ を もらした。 マサイ が ヨウコ を おびやかす ため に、 その ハナシ には コチョウ が くわえられて いる、 そう おもって きいて みて も、 ヨウコ の ムネ に ひやっと させる こと ばかり だった。 クラチ が ニッシン センソウ にも サンカ した ジムチョウ で、 カイグン の ヒトタチ にも コウカイ ギョウシャ にも わりあい に ひろい コウサイ が ある ところ から、 ザイリョウ の シュウシュウシャ と して その ナカマ の ギュウジ を とる よう に なり、 ロコク や ベイコク に むかって もらした ソコク の グンジジョウ の ヒミツ は なかなか ヨウイ ならざる もの らしかった。 クラチ の キブン が すさんで ゆく の も もっとも だ と おもわれる よう な コトガラ を かずかず ヨウコ は きかされた。 ヨウコ は シマイ には ジブン ジシン を まもる ため にも マサイ の キゲン を とりはずして は ならない と おもう よう に なった。 そして マサイ の コトバ が イチゴ イチゴ おもいだされて、 ヨル なぞ に なる と ねむらせぬ ほど に ヨウコ を くるしめた。 ヨウコ は また ヒトツ の おもい ヒミツ を せおわなければ ならぬ ジブン を みいだした。 この つらい イシキ は すぐに また クラチ に ひびく よう だった。 クラチ は ともすると テキ の カンチョウ では ない か と うたがう よう な けわしい メ で ヨウコ を にらむ よう に なった。 そして フタリ の アイダ には また ヒトツ の ミゾ が ふえた。
 それ ばかり では なかった。 マサイ に ヒミツ な カネ を ユウズウ する ため には クラチ から の アテガイ だけ では とても たりなかった。 ヨウコ は あり も しない こと を まことしやか に かきつらねて キムラ の ほう から ソウキン させねば ならなかった。 クラチ の ため なら とにも かくにも、 クラチ と ジブン の イモウト たち と が ゆたか な セイカツ を みちびく ため に なら とにも かくにも、 ヨウコ は イッシュ の ドウアク な ホコリ を もって それ を して、 オトコ の ため に なら ナニゴト でも と いう ステバチ な マンゾク を かいえない では なかった が、 その カネ が たいてい マサイ の フトコロ に キュウシュウ されて しまう の だ と おもう と、 いくら カンセツ には クラチ の ため だ とは いえ ヨウコ の ムネ は いたかった。 キムラ から は ソウキン の たび ごと に あいかわらず ながい ショウソク が そえられて きた。 キムラ の ヨウコ に たいする アイチャク は ヒ を おうて まさる とも おとろえる ヨウス は みえなかった。 シゴト の ほう にも テチガイ や ゴサン が あって ハジメ の ミコミドオリ には セイコウ とは いえない が、 ヨウコ の ほう に おくる くらい の カネ は どうして でも ツゴウ が つく くらい の シンヨウ は えて いる から かまわず いって よこせ とも かいて あった。 こんな シンジツ な アイジョウ と ネツイ を たえず しめされる コノゴロ は ヨウコ も さすが に ジブン の して いる こと が くるしく なって、 おもいきって キムラ に スベテ を うちあけて、 カンケイ を たとう か と おもいなやむ よう な こと が ときどき あった、 その ヤサキ なので、 ヨウコ は ムネ に ことさら イタミ を おぼえた。 それ が ますます ヨウコ の シンケイ を いらだたせて、 その ビョウキ にも エイキョウ した。 そして ハナ の 5 ガツ が すぎて、 アオバ の 6 ガツ に なろう と する コロ には、 ヨウコ は いたましく やせほそった、 メ ばかり どぎつい じゅんぜん たる ヒステリー-ショウ の オンナ に なって いた。
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ある オンナ (コウヘン 10)

2021-03-05 | アリシマ タケオ
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 ジュンサ の セイフク は イッキ に ナツフク に なった けれども、 その トシ の キコウ は ひどく フジュン で、 その シロフク が うらやましい ほど あつい とき と、 キノドク な ほど ワルビエ の する ヒ が いれかわり たちかわり つづいた。 したがって セイウ も さだめがたかった。 それ が どれほど ヨウコ の ケンコウ に さしひびいた か しれなかった。 ヨウコ は たえず ヨウブ の フユカイ な ドンツウ を おぼゆる に つけ、 あつくて くるしい ズツウ に なやまされる に つけ、 なにひとつ カラダ に モウシブン の なかった 10 ダイ の ムカシ を おもいしのんだ。 セイウ カンショ と いう よう な もの が これほど キブン に エイキョウ する もの とは おもい も よらなかった ヨウコ は、 ネオキ の テンキ を ナニ より も キ に する よう に なった。 キョウ こそ は イチニチ キ が はればれ する だろう と おもう よう な ヒ は 1 ニチ も なかった。 キョウ も また つらい イチニチ を すごさねば ならぬ と いう その いまわしい ヨソウ だけ でも ヨウコ の キブン を そこなう には ジュウブン-すぎた。
 5 ガツ の ハジメゴロ から ヨウコ の イエ に かよう クラチ の アシ は だんだん とおのいて、 ときどき どこ へ とも しれぬ タビ に でる よう に なった。 それ は クラチ が ヨウコ の しつっこい イドミ と、 はげしい シット と、 リフジン な カンペキ の ホッサ と を さける ばかり だ とは ヨウコ ジシン に さえ おもえない フシ が あった。 クラチ の いわゆる ジギョウ には ナニ か かなり チメイテキ な ウチバワレ が おこって、 クラチ の チカラ でも それ を どう する こと も できない らしい こと は おぼろげ ながら ヨウコ にも わかって いた。 サイケンシャ で ある か、 ショウバイ ナカマ で ある か、 とにかく そういう モノ を さける ため に フイ に クラチ が スガタ を かくさねば ならぬ らしい こと は たしか だった。 それにしても クラチ の ソエン は ひたすら に ヨウコ には にくかった。
 ある とき ヨウコ は はげしく クラチ に せまって その シゴト の ナイヨウ を すっかり うちあけさせよう と した。 クラチ の ジョウジン で ある ヨウコ が クラチ の ミ に ダイジ が ふりかかろう と して いる の を しりながら、 それ に ジョリョク も しえない と いう ホウ は ない、 そう いって ヨウコ は せがみ に せがんだ。
「これ ばかり は オンナ の しった こと じゃ ない わい。 オレ が くらいこんで も オマエ には トバッチリ が いく よう には したく ない で、 うちあけない の だ。 どこ に いって も しらない しらない で イッテンバリ に とおす が いい ぜ。 ……ニド と ききたい と せがんで みろ、 オレ は うそほんなし に オマエ とは テ を きって みせる から」
 その サイゴ の コトバ は クラチ の ヘイゼイ に にあわない おもくるしい ヒビキ を もって いた。 ヨウコ が イキ を つめて それ イジョウ を どうしても せまる こと が できない と ダンネン する ほど おもくるしい もの だった。 マサイ の コトバ から はんじて も、 それ は オンナデ など では じっさい どう する こと も できない もの らしい ので ヨウコ は これ だけ は ダンネン して クチ を つぐむ より シカタ が なかった。
 ダラク と いわれよう と、 フテイ と いわれよう と、 ヒトデ を まって いて は とても ジブン の おもう よう な ミチ は ひらけない と ミキリ を つけた ホンノウテキ の ショウドウ から、 しらずしらず ジブン で えらびとった ミチ の ユクテ に メ も くらむ よう な ミライ が みえた と ウチョウテン に なった エノシママル の ウエ の デキゴト イライ 1 ネン も たたない うち に、 ヨウコ が イノチ も ナ も ささげて かかった あたらしい セイカツ は みるみる ドダイ から くさりだして、 もう イマ は イチジン の カゼ さえ ふけば、 さしも の コウロウ も もんどりうって チジョウ に くずれて しまう と おもいやる と、 ヨウコ は しばしば シンケン に ジサツ を かんがえた。 クラチ が タビ に でた ルス に クラチ の ゲシュク に いって 「キュウヨウ あり すぐ かえれ」 と いう デンポウ を その ユクサキ に うって やる。 そして ジブン は こころしずか に クラチ の ネドコ の ウエ で ヤイバ に ふして いよう。 それ は ジブン の イッショウ の マクギレ と して は、 いちばん ふさわしい コウイ らしい。 クラチ の ココロ にも まだ ジブン に たいする アイジョウ は もえかすれながら も のこって いる。 それ が この サイゴ に よって イットキ なり とも うつくしく もえあがる だろう。 それ で いい、 それ で ジブン は マンゾク だ。 そう ココロ から なみだぐみながら おもう こと も あった。
 じっさい クラチ が ルス の はず の ある ヨ、 ヨウコ は ふらふら と ふだん クウソウ して いた その ココロモチ に きびしく とらえられて ゼンゴ も しらず イエ を とびだした こと が あった。 ヨウコ の ココロ は キンチョウ しきって テンキ なの やら くもって いる の やら、 あつい の やら さむい の やら さらに サベツ が つかなかった。 さかん に ハムシ が とびかわして オウライ の ジャマ に なる の を かすか に イシキ しながら、 イエ を でて から コハンチョウ ウラザカ を おりて いった が、 ふと ジブン の カラダ が よごれて いて、 この サン、 ヨッカ ユ に はいらない こと を おもいだす と、 しんだ アト の ミニクサ を おそれて そのまま イエ に とって かえした。 そして イモウト たち だけ が はいった まま に なって いる ユドノ に しのんで いって、 さめかけた フロ に つかった。 イモウト たち は とうに ねいって いた。 テヌグイカケ の タケザオ に ぬれた テヌグイ が フタスジ だけ かかって いる の を みる と、 ねいって いる フタリ の イモウト の こと が ひしひし と ココロ に せまる よう だった。 ヨウコ の ケッシン は しかし その くらい の こと では うごかなかった。 カンタン に ミジマイ を して また イエ を でた。
 クラチ の ゲシュク ちかく なった とき、 その ゲシュク から イソギアシ で でて くる セタケ の ひくい マルマゲ の オンナ が いた。 ヨル の こと では あり、 その ヘン は ガイトウ の ヒカリ も くらい ので、 ヨウコ には さだか に それ と わからなかった が、 どうも ソウカクカン の オカミ らしく も あった。 ヨウコ は かっと なって アシバヤ に その アト を つけた。 フタリ の アイダ は ハンチョウ とは はなれて いなかった。 だんだん フタリ の アイダ の キョリ が ちぢまって いって、 その オンナ が ガイトウ の シタ を とおる とき など に キ を つけて みる と どうしても おもった とおり の オンナ らしかった。 さては イマ まで あの オンナ を マショウジキ に しんじて いた ジブン は まんまと いつわられて いた の だった か。 クラチ の ツマ に たいして も ギリ が たたない から、 コンヤ イゴ ヨウコ とも クラチ の ツマ とも カンケイ を たつ。 わるく おもわない で くれ と たしか に そう いった、 その ギキョウ-らしい クチグルマ に まんまと のせられて、 イマ まで シュショウ な オンナ だ と ばかり おもって いた ジブン の オロカサ は どう だ。 ヨウコ は そう おもう と メ が まわって その バ に たおれて しまいそう な クヤシサ オソロシサ を かんじた。 そして オンナ の カタチ を めがけて よろよろ と なりながら かけだした。 その とき オンナ は その ヘン に ツジマチ を して いる クルマ に のろう と する ところ だった。 とりにがして なる もの か と、 ヨウコ は ヒタハシリ に はしろう と した。 しかし アシ は おもう よう に はかどらなかった。 さすが に その シズケサ を やぶって コエ を たてる こと も はばかられた。 もう 10 ケン と いう くらい の ところ まで きた とき クルマ は がらがら と オト を たてて ジャリミチ を うごきはじめた。 ヨウコ は いきせききって それ に おいつこう と あせった が、 みるみる その キョリ は とおざかって、 ヨウコ は スギモリ で かこまれた さびしい クラヤミ の ナカ に ただ ヒトリ とりのこされて いた。 ヨウコ は なんと いう こと なく その ツジグルマ の いた ところ まで いって みた。 1 ダイ より いなかった ので とびのって アト を おう べき クルマ も なかった。 ヨウコ は ぼんやり そこ に たって、 そこ に ジ でも かきのこして ある か の よう に、 くらい ジメン を じっと みつめて いた。 たしか に あの オンナ に ちがいなかった。 セイカッコウ と いい、 マゲ の カタチ と いい、 コキザミ な アルキブリ と いい、 ……あの オンナ に ちがいなかった。 リョコウ に でる と いった クラチ は ウタガイ も なく ウソ を つかって ゲシュク に くすぶって いる に ちがいない。 そして あの オンナ を ナコウド に たてて センサイ との ヨリ を もどそう と して いる に きまって いる。 それ に なんの フシギ が あろう。 ナガネン つれそった ツマ では ない か。 かわいい 3 ニン の ムスメ の ハハ では ない か。 ヨウコ と いう もの に イチニチ イチニチ うとく なろう と する クラチ では ない か。 それ に なんの フシギ が あろう。 ……それにしても あまり と いえば あまり な シウチ だ。 なぜ それなら そう と あきらか に いって は くれない の だ。 いって さえ くれれば ジブン に だって こいする オトコ に たいして の おんならしい カクゴ は ある。 わかれろ と ならば きれいさっぱり と わかれて も みせる。 ……なんと いう フミツケカタ だ。 なんと いう ハジサラシ だ。 クラチ の ツマ は おおそれた テイジョ-ぶった カオ を ふるわして、 ナミダ を ながしながら、 「それでは オヨウ さん と いう カタ に オキノドク だ から、 ワタシ は もう ない もの と おもって くださいまし……」 ……みて いられぬ、 きいて いられぬ。 ……ヨウコ と いう オンナ は どんな オンナ だ か、 コンヤ こそ は クラチ に しっかり おもいしらせて やる……。
 ヨウコ は よった もの の よう に ふらふら した アシドリ で そこ から ひきかえした。 そして ゲシュクヤ に きついた とき には、 イキグルシサ の ため に コエ も でない くらい に なって いた。 ゲシュク の オンナ たち は ヨウコ を みる と 「また あの キチガイ が きた」 と いわん ばかり の カオ を して、 その ヨ の ヨウコ の ことさら に とりつめた カオイロ には チュウイ を はらう イトマ も なく、 その バ を はずして スガタ を かくした。 ヨウコ は そんな こと には キ も かけず に ものすごい エガオ で ことさららしく チョウバ に いる オトコ に ちょっと アタマ を さげて みせて、 そのまま ふらふら と ハシゴダン を のぼって いった。 ここ が クラチ の ヘヤ だ と いう その フスマ の マエ に たった とき には、 ヨウコ は ナキゴエ に キ が ついて おどろいた ほど、 われしらず すすりあげて ないて いた。 ミ の ハメツ、 コイ の ハメツ は コンヤ の イマ、 そう おもって あらあらしく フスマ を ひらいた。
 ヘヤ の ナカ には アンガイ にも クラチ は いなかった。 スミ から スミ まで かたづいて いて、 クラチ の あの キョウレツ な ハダ の ニオイ も さらに のこって は いなかった。 ヨウコ は おもわず ふらふら と よろけて、 なきやんで、 ヘヤ の ナカ に たおれこみながら アタリ を みまわした。 いる に ちがいない と ヒトリギメ を した ジブン の モウソウ が やぶれた と いう キ は すこしも おこらない で、 たしか に いた モノ が とつぜん とけて しまう か どう か した よう な キミ の わるい フシギサ に おそわれた。 ヨウコ は すっかり キヌケ が して、 カミ も エモン も とりみだした まま ヨコズワリ に すわった きり で ぼんやり して いた。
 アタリ は シンザン の よう に しーん と して いた。 ただ ヨウコ の メノマエ を うるさく いったり きたり する くろい カゲ の よう な もの が あった。 ヨウコ は ナニモノ と いう フンベツ も なく ハジメ は ただ うるさい と のみ おもって いた が、 シマイ には こらえかねて テ を あげて しきり に それ を おいはらって みた。 おいはらって も おいはらって も その うるさい くろい カゲ は メノマエ を たちさろう とは しなかった。 ……しばらく そうして いる うち に ヨウコ は サムケ が する ほど ぞっと おそろしく なって キ が はっきり した。
 キュウ に アタリ には さわがしい ゲシュクヤ-らしい ザツオン が きこえだした。 ヨウコ を うるさがらした その くろい カゲ は みるみる ちいさく とおざかって、 デントウ の シュウイ を きりきり と まいはじめた。 よく みる と それ は おおきな くろい ヨガ だった。 ヨウコ は カミガカリ が はなれた よう に きょとん と なって、 フシギ そう に イズマイ を ただして みた。
 どこ まで が シンジツ で、 どこ まで が ユメ なん だろう……。
 ジブン の イエ を でた、 それ に マチガイ は ない。 トチュウ から とって かえして フロ を つかった、 ……なんの ため に? そんな バカ な こと を する はず が ない。 でも イモウト たち の テヌグイ が フタスジ ぬれて テヌグイカケ の タケザオ に かかって いた、 (ヨウコ は そう おもいながら ジブン の カオ を なでたり、 テノコウ を しらべて みたり した。 そして たしか に ユ に はいった こと を しった) それなら それ で いい。 それから ソウカクカン の オカミ の アト を つけた の だった が、 ……あの ヘン から ユメ に なった の かしらん。 あすこ に いる ガ を もやもや した くろい カゲ の よう に おもったり して いた こと から かんがえて みる と、 イマイマシサ から ジブン は おもわず セタケ の ひくい オンナ の ゲンエイ を みて いた の かも しれない。 それにしても いる はず の クラチ が いない と いう ホウ は ない が…… ヨウコ は どうしても ジブン の して きた こと に はっきり レンラク を つけて かんがえる こと が できなかった。
 ヨウコ は…… ジブン の アタマ では どう かんがえて みよう も なくなって、 ベル を おして バントウ に きて もらった。
「あのう、 アト で この ガ を おいだして おいて ください な…… それから ね、 サッキ…… と いった ところ が どれほど マエ だ か ワタシ にも はっきり しません がね、 ここ に 30-カッコウ の マルマゲ を ゆった オンナ の ヒト が みえました か」
「コチラサマ には ドナタ も おみえ には なりません が……」
 バントウ は ケゲン な カオ を して こう こたえた。
「コチラサマ だろう が ナン だろう が、 そんな こと を きく ん じゃ ない の。 この ゲシュクヤ から そんな オンナ の ヒト が でて いきました か」
「さよう…… へ、 1 ジカン ばかり マエ なら オヒトリ おかえり に なりました」
「ソウカクカン の オカミサン でしょう」
 ズボシ を さされたろう と いわん ばかり に ヨウコ は わざと オウヨウ な タイド を みせて こう きいて みた。
「いいえ そう じゃ ございません」
 バントウ は アンガイ にも そう きっぱり と いいきって しまった。
「それじゃ ダレ」
「とにかく ホカ の オヘヤ に おいで なさった オキャクサマ で、 テマエドモ の ショウバイジョウ オナマエ まで は もうしあげかねます が」
 ヨウコ も コノウエ の モンドウ の ムエキ なの を しって そのまま バントウ を かえして しまった。
 ヨウコ は もう ナニモノ も シンヨウ する こと が できなかった。 ホントウ に ソウカクカン の オカミ が きた の では ない らしく も あり、 バントウ まで が クラチ と グル に なって いて しらじらしい ウソ を はいた よう にも あった。
 ナニゴト も アテ には ならない。 ナニゴト も ウソ から でた マコト だ。 ……ヨウコ は ホントウ に いきて いる こと が いや に なった。
 ……そこ まで きて ヨウコ は はじめて ジブン が イエ を でて きた ホントウ の モクテキ が ナン で ある か に きづいた。 スベテ に つまずいて、 スベテ に みかぎられて、 スベテ を みかぎろう と する、 くるしみぬいた ヒトツ の タマシイ が、 キョム の セカイ の マボロシ の ナカ から きえて ゆく の だ。 そこ には なんの ミレン も シュウチャク も ない。 うれしかった こと も、 かなしかった こと も、 かなしんだ こと も、 くるしんだ こと も、 ひっきょう は ミズ の ウエ に ういた アワ が また はじけて ミズ に かえる よう な もの だ。 クラチ が、 シガイ に なった ヨウコ を みて なげこう が なげくまい が、 その クラチ さえ マボロシ の カゲ では ない か。 ソウカクカン の オカミ だ と おもった ヒト が、 タニン で あった よう に、 タニン だ と おもった その ヒト が、 あんがい ソウカクカン の オカミ で ある かも しれない よう に、 いきる と いう こと が それ ジシン ゲンエイ で なくって ナン で あろう。 ヨウコ は さめきった よう な、 ねむりほうけて いる よう な イシキ の ナカ で こう おもった。 しんしん と ソコ も しらず すみとおった ココロ が ただ ヒトツ ぎりぎり と シ の ほう に はたらいて いった。 ヨウコ の メ には ヒトシズク の ナミダ も やどって は いなかった。 ミョウ に さえて おちつきはらった ヒトミ を しずか に はたらかして、 ヘヤ の ナカ を しずか に みまわして いた が、 やがて ムユウビョウシャ の よう に たちあがって、 トダナ の ナカ から クラチ の シング を ひきだして きて、 それ を ヘヤ の マンナカ に しいた。 そして しばらく の アイダ その ウエ に しずか に すわって メ を つぶって みた。 それから また たちあがって まったく ムカンジョウ な カオツキ を しながら、 もう イチド トダナ に いって、 クラチ が しじゅう ミヂカ に そなえて いる ピストル を あちこち と たずねもとめた。 シマイ に それ が ホンバコ の ヒキダシ の ナカ の イクツウ か の テガミ と、 カキソコネ の ショルイ と、 4~5 マイ の シャシン と が ごっちゃ に しまいこんで ある その ナカ から あらわれでた。 ヨウコ は ミョウ に ムカンシン な ココロモチ で それ を テ に とった。 そして おそろしい もの を とりあつかう よう に それ を カラダ から はなして ミギテ に ぶらさげて ネドコ に かえった。 そのくせ ヨウコ は ツユ ほど も その キョウキ に オソレ を いだいて いる わけ では なかった。 ネドコ の マンナカ に すわって から ピストル を ヒザ の ウエ に おいて テ を かけた まま しばらく ながめて いた が、 やがて それ を とりあげる と ムネ の ところ に もって きて ケイトウ を ひきあげた。
 きりっ
と ハギレ の いい オト を たてて ダントウ が すこし カイテン した。 ドウジ に ヨウコ の ゼンシン は デンキ を かんじた よう に びりっと おののいた。 しかし ヨウコ の ココロ は ミズ が すんだ よう に ゆるがなかった。 ヨウコ は そうした まま ピストル を また ヒザ の ウエ に おいて じっと ながめて いた。
 ふと ヨウコ は ただ ヒトツ しのこした こと の ある の に キ が ついた。 それ が ナン で ある か を ジブン でも はっきり とは しらず に、 いわば ナニモノ か の よぎない メイレイ に フクジュウ する よう に、 また ネドコ から たちあがって トダナ の ナカ の ホンバコ の マエ に いって ヒキダシ を あけた。 そして そこ に あった シャシン を テイネイ に 1 マイ ずつ とりあげて しずか に ながめる の だった。 ヨウコ は こころひそか に ナニ を して いる ん だろう と ジブン の シウチ を あやしんで いた。
 ヨウコ は やがて ヒトリ の オンナ の シャシン を みつめて いる ジブン を みいだした。 ながく ながく みつめて いた。 ……その うち に、 ハクチ が どうか して だんだん マニンゲン に かえる とき は そう も あろう か と おもわれる よう に、 ヨウコ の ココロ は しずか に しずか に ジブン で はたらく よう に なって いった。 オンナ の シャシン を みて どう する の だろう と おもった。 はやく しななければ いけない の だ が と おもった。 いったい その オンナ は ダレ だろう と おもった。 ……それ は クラチ の ツマ の シャシン だった。 そう だ クラチ の ツマ の わかい とき の シャシン だ。 なるほど うつくしい オンナ だ。 クラチ は イマ でも この オンナ に ミレン を もって いる だろう か。 この ツマ には 3 ニン の かわいい ムスメ が ある の だ。 「イマ でも ときどき おもいだす」 そう クラチ の いった こと が ある。 こんな シャシン が いったい この ヘヤ なんぞ に あって は ならない の だ が。 それ は ホントウ に ならない の だ。 クラチ は まだ こんな もの を ダイジ に して いる。 この オンナ は いつまでも クラチ に かえって こよう と まちかまえて いる の だ。 そして まだ この オンナ は いきて いる の だ。 それ が マボロシ な もの か。 いきて いる の だ、 いきて いる の だ。 ……しなれる か、 それ で しなれる か。 ナニ が マボロシ だ、 ナニ が キョム だ。 この とおり この オンナ は いきて いる では ない か…… あやうく…… あやうく ジブン は クラチ を アンド させる ところ だった。 そして この オンナ を…… この まだ ショウ の ある この オンナ を よろこばせる ところ だった。
 ヨウコ は イッセツナ の チガイ で シ の サカイ から すくいだされた ヒト の よう に、 キョウキ に ちかい ヒョウジョウ を カオ イチメン に みなぎらして さける ほど メ を みはって、 シャシン を もった まま とびあがらん ばかり に つったった が、 キュウ に おそいかかる やるせない シット の ジョウ と フンヌ と に おそろしい ギョウソウ に なって、 ハガミ を しながら、 シャシン の イッタン を くわえて、 「いい……」 と いいながら、 ソウシン の チカラ を こめて マフタツ に さく と、 いきなり ネドコ の ウエ に どうと たおれて、 ものすごい サケビゴエ を たてながら、 ナミダ も ながさず に さけび に さけんだ。
 ミセ の モノ が あわてて ヘヤ に はいって きた とき には、 ヨウコ は しおらしい ヨウス を して、 ピストル を トコ の シタ に かくして しまって、 しくしく と ホントウ に ないて いた。
 バントウ は やむ を えず、 テレカクシ に、
「ユメ でも ゴラン に なりました か、 タイソウ な オコエ だった もの です から、 つい ゴアンナイ も いたさず とびこんで しまいまして」
と いった。 ヨウコ は、
「ええ ユメ を みました。 あの くろい ガ が わるい ん です。 はやく おいだして ください」
 そんな ワケ の わからない こと を いって、 ようやく ナミダ を おしぬぐった。
 こういう ホッサ を くりかえす たび ごと に、 ヨウコ の カオ は くらく ばかり なって いった。 ヨウコ には、 イマ まで ジブン が かんがえて いた セイカツ の ホカ に、 もう ヒトツ フカシギ な セカイ が ある よう に おもわれて きた。 そして ややともすれば その リョウホウ の セカイ に でたり はいったり する ジブン を みいだす の だった。 フタリ の イモウト たち は ただ はらはら して アネ の キョウボウ な フルマイ を みまもる ホカ は なかった。 クラチ は アイコ に ハモノ など に チュウイ しろ と いったり した。
 オカ の きた とき だけ は、 ヨウコ の キゲン は しずむ よう な こと は あって も キョウボウ に なる こと は たえて なかった ので、 オカ は イモウト たち の コトバ に さして オモキ を おいて は いない よう に みえた。

 40

 6 ガツ の ある ユウガタ だった。 もう タソガレドキ で、 デントウ が ともって、 その シュウイ に おびただしく スギモリ の ナカ から ちいさな ハムシ が あつまって うるさく とびまわり、 ヤブカ が すさまじく なきたてて ノキサキ に カバシラ を たてて いる コロ だった。 シバラクメ で きた クラチ が、 ハリダシ の ヨウコ の ヘヤ で サケ を のんで いた。 ヨウコ は やせほそった カタ を ヒトエモノ の シタ に とがらして、 シンケイテキ に エリ を ぐっと かきあわせて、 きちんと ゼン の ソバ に すわって、 きゃしゃ な ウチワ で サケ の カ に よりたかって くる カ を おいはらって いた。 フタリ の アイダ には もう モト の よう に こんこん と イズミ の ごとく わきでる ワダイ は なかった。 たまに ハナシ が すこし はずんだ と おもう と、 どちら に か さしさわる よう な コトバ が とびだして、 ぷつん と カイワ を とだやして しまった。
「サア ちゃん やはり ダダ を こねる か」
 ヒトクチ サケ を のんで、 タメイキ を つく よう に ニワ の ほう に むいて キ を はいた クラチ は、 ジブン で キブン を ひきたてながら おもいだした よう に ヨウコ の ほう を むいて こう たずねた。
「ええ、 シヨウ が なくなっちまいました。 この 4~5 ンチ ったら ことさら ひどい ん です から」
「そうした ジキ も ある ん だろう。 まあ たんと いびらない で おく が いい よ」
「ワタシ ときどき ホントウ に しにたく なっちまいます」
 ヨウコ は トテツ も なく サダヨ の ウワサ とは エン も ユカリ も ない こんな ひょんな こと を いった。
「そう だ オレ も そう おもう こと が ある て。 ……オチメ に なったら サイゴ、 ニンゲン は うきあがる が メンドウ に なる。 フネ でも が シンスイ しはじめたら ラチ は あかん から な。 ……したが、 オレ は まだ もう ヒトソリ そって みて くれる。 しんだ キ に なって、 やれん こと は ヒトツ も ない から な」
「ホントウ です わ」
 そう いった ヨウコ の メ は いらいら と かがやいて、 にらむ よう に クラチ を みた。
「マサイ の ヤツ が くる そう じゃ ない か」
 クラチ は また ワダイ を てんずる よう に こう いった。 ヨウコ が そう だ と さえ いえば、 クラチ は わりあい に ヘイキ で うけて 「こまった ヤツ に みこまれた もの だ が、 みこまれた イジョウ は シカタ が ない から、 ひもじがらない だけ の シムケ を して やる が いい」 と いう に ちがいない こと は、 ヨウコ に よく わかって は いた けれども、 イマ まで ヒミツ に して いた こと を なんとか いわれ や しない か との キヅカイ の ため か、 それとも クラチ が ヒミツ を もつ の なら こっち も ヒミツ を もって みせる ぞ と いう ハラ に なりたい ため か、 ジブン にも はっきり とは わからない ショウドウ に かられて、 なんと いう こと なし に、
「いいえ」
と こたえて しまった。
「こない?…… そりゃ オマエ イイカゲン じゃろう」
と クラチ は たしなめる よう な チョウシ に なった。
「いいえ」
 ヨウコ は ガンコ に いいはって ソッポ を むいて しまった。
「おい その ウチワ を かして くれ、 あおがず に いて は カ で たまらん…… こない こと が ある もの か」
「ダレ から そんな バカ な こと おきき に なって?」
「ダレ から でも いい わさ」
 ヨウコ は クラチ が また ハ に キヌ きせた モノ の イイカタ を する と おもう と かっと ハラ が たって ヘンジ も しなかった。
「ヨウ ちゃん。 オレ は オンナ の キゲン を とる ため に うまれて き は せん ぞ。 イイカゲン を いって あまく みくびる と よく は ない ぜ」
 ヨウコ は それでも ヘンジ を しなかった。 クラチ は ヨウコ の スネカタ に フカイ を もよおした らしかった。
「おい ヨウコ! マサイ は くる の か こん の か」
 マサイ の くる こない は ダイジ では ない が、 ヨウコ の キョゲン を テイセイ させず には おかない と いう よう に、 クラチ は つめよせて きびしく といせまった。 ヨウコ は ニワ の ほう に やって いた メ を かえして フシギ そう に クラチ を みた。
「いいえ と いったら いいえ と より イイヨウ は ありません わ。 アナタ の 『いいえ』 と ワタシ の 『いいえ』 は 『いいえ』 が ちがい でも します かしら」
「サケ も なにも のめる か…… オレ が ヒマ を ムリ に つくって ゆっくり くつろごう と おもうて くれば、 いらん こと に カド を たてて…… なんの クスリ に なる かい それ が」
 ヨウコ は もう ムネイッパイ かなしく なって いた。 ホントウ は クラチ の マエ に つっぷして、 ジブン は ビョウキ で しじゅう カラダ が ジユウ に ならない の が クラチ に キノドク だ。 けれども どうか すてない で あいしつづけて くれ。 カラダ が ダメ に なって も ココロ の つづく カギリ は ジブン は クラチ の ジョウジン で いたい。 そう より できない。 そこ を あわれんで せめては ココロ の マコト を ささげさして くれ。 もし クラチ が あからさま に いって くれ さえ すれば、 モト の サイクン を よびむかえて くれて も かまわない。 そして せめては ジブン を あわれんで なり あいして くれ。 そう タンガン が したかった の だ。 クラチ は それ に カンゲキ して くれる かも しれない。 オレ は オマエ も あいする が さった ツマ も すてる には しのびない。 よく いって くれた。 それなら オマエ の コトバ に あまえて あわれ な ツマ を よびむかえよう。 ツマ も さぞ オマエ の オウゴン の よう な ココロ には かんずる だろう。 オレ は ツマ とは カテイ を もとう。 しかし オマエ とは コイ を もとう。 そう いって なみだぐんで くれる かも しれない。 もし そんな バメン が おこりえたら ヨウコ は どれほど うれしい だろう。 ヨウコ は その シュンカン に、 うまれかわって、 ただしい セイカツ が ひらけて くる のに と おもった。 それ を かんがえた だけ で ムネ の ナカ から は うつくしい ナミダ が にじみだす の だった。 けれども、 そんな バカ を いう もの では ない、 オレ の あいして いる の は オマエ ヒトリ だ。 モト の ツマ など に オレ が ミレン を もって いる と おもう の が マチガイ だ。 ビョウキ が ある の なら さっそく ビョウイン に はいる が いい、 ヒヨウ は いくらでも だして やる から。 こう クラチ が いわない とも かぎらない。 それ は ありそう な こと だ。 その とき ヨウコ は ジブン の ココロ を たちわって マコト を みせた コトバ が、 ナサケ も ヨウシャ も オモイヤリ も なく、 ふみにじられ けがされて しまう の を みなければ ならない の だ。 それ は ジゴク の カシャク より も ヨウコ には たえがたい こと だ。 たとい クラチ が マエ の タイド に でて くれる カノウセイ が 99 あって、 アト の タイド を とりそう な カノウセイ が ヒトツ しか ない と して も、 ヨウコ には おもいきって タンガン を して みる ユウキ が でない の だ。 クラチ も クラチ で おなじ よう な こと を おもって くるしんで いる らしい。 なんとか して モト の よう な カケヘダテ の ない ヨウコ を みいだして、 だんだん と おちいって ゆく セイカツ の キュウキョウ の ウチ にも、 せめては しばらく なり とも ニンゲン-らしい ココロ に なりたい と おもって、 ヨウコ に ちかづいて きて いる の だ。 それ を どこまでも しりぬきながら、 そして ミ に つまされて ふかい ドウジョウ を かんじながら、 どうしても メン と むかう と ころしたい ほど にくまない では いられない ヨウコ の ココロ は ジブン ながら かなしかった。
 ヨウコ は クラチ の サイゴ の ヒトコト で その キュウショ に ふれられた の だった。 ヨウコ は クラチ の メノマエ で みるみる しおれて しまった。 なくまい と きばりながら イクド も おおしく ナミダ を のんだ。 クラチ は あきらか に ヨウコ の ココロ を かんじた らしく みえた。
「ヨウコ! オマエ は なんで コノゴロ そう よそよそしく して いなければ ならん の だ。 え?」
と いいながら ヨウコ の テ を とろう と した。 その シュンカン に ヨウコ の ココロ は ヒ の よう に おこって いた。
「よそよそしい の は アナタ じゃ ありません か」
 そう しらずしらず いって しまって、 ヨウコ は モギドウ に テ を ひっこめた。 クラチ を にらみつける メ から は あつい オオツブ の ナミダ が ぼろぼろ と こぼれた。 そして、
「ああ…… あ、 ジゴク だ ジゴク だ」
と ココロ の ウチ で ゼツボウテキ に せつなく さけんだ。
 フタリ の アイダ には またもや いまわしい チンモク が くりかえされた。
 その とき ゲンカン に アンナイ の コエ が きこえた。 ヨウコ は その コエ を きいて コトウ が きた の を しった。 そして オオイソギ で ナミダ を おしぬぐった。 2 カイ から おりて きて トリツギ に たった アイコ が やがて 6 ジョウ の マ に はいって きて、 コトウ が きた と つげた。
「2 カイ に おとおし して オチャ でも あげて おおき。 なんだって イマゴロ…… ゴハンドキ も かまわない で……」
と めんどうくさそう に いった が、 あれ イライ きた こと の ない コトウ に あう の は、 イマ の この くるしい アッパク から のがれる だけ でも ツゴウ が よかった。 このまま つづいたら また レイ の ホッサ で クラチ に アイソ を つかさせる よう な こと を しでかす に きまって いた から。
「ワタシ ちょっと あって みます から ね、 アナタ かまわない で いらっしゃい。 キムラ の こと も さぐって おきたい から」
 そう いって ヨウコ は その ザ を はずした。 クラチ は ヘンジ ヒトツ せず に サカズキ を とりあげて いた。
 2 カイ に いって みる と、 コトウ は レイ の グンプク に ジョウトウヘイ の ケンショウ を つけて、 アグラ を かきながら サダヨ と ナニ か ハナシ を して いた。 ヨウコ は イマ まで なきくるしんで いた とは おもえぬ ほど うつくしい キゲン に なって いた。 カンタン な アイサツ を すます と コトウ は レイ の いう べき こと から サキ に いいはじめた。
「ゴメンドウ です がね、 アス テイキ ケンエツ な ところ が コンド は シツナイ の セイトン なん です。 ところが ボク は セイトン-ブロシキ を センタク して おく の を すっかり わすれて しまって ね。 イマ トクベツ に ガイシュツ を ゴチョウ に そっと たのんで ゆるして もらって、 これだけ キレ を かって きた ん です が、 フチ を ぬって くれる ヒト が ない んで よわって かけつけた ん です。 オオイソギ で やって いただけない でしょう か」
「おやすい ゴヨウ です とも ね。 アイ さん!」
 おおきく よぶ と カイカ に いた アイコ が ヘイゼイ に にあわず、 あたふた と ハシゴダン を のぼって きた。 ヨウコ は ふと また クラチ を ネントウ に うかべて いや な キモチ に なった。 しかし その コロ サダヨ から アイコ に アイ が うつった か と おもわれる ほど ヨウコ は アイコ を ダイジ に とりあつかって いた。 それ は マエ にも かいた とおり、 しいて も タニン に たいする アイジョウ を ころす こと に よって、 クラチ との アイ が より かたく むすばれる と いう メイシン の よう な ココロ の ハタラキ から おこった こと だった。 あいして も あいしたりない よう な サダヨ に つらく あたって、 どうしても キ の あわない アイコ を ムシ を ころして ダイジ に して みたら、 あるいは クラチ の ココロ が かわって くる かも しれない と そう ヨウコ は なにがなし に おもう の だった。 で、 クラチ と アイコ との アイダ に どんな キカイ な チョウコウ を みつけだそう とも、 ネン に かけて も ヨウコ は アイコ を せめまい と カクゴ を して いた。
「アイ さん コトウ さん が ね、 オオイソギ で この フチ を ぬって もらいたい と おっしゃる ん だ から、 アナタ して あげて ちょうだい な。 コトウ さん、 イマ シタ には クラチ さん が きて いらっしゃる ん です が、 アナタ は おきらい ね おあい なさる の は…… そう、 じゃ こちら で オハナシ でも します から どうぞ」
 そう いって コトウ を イモウト たち の ヘヤ の トナリ に アンナイ した。 コトウ は トケイ を みいみい せわしそう に して いた。
「キムラ から タヨリ が あります か」
 キムラ は ヨウコ の オット では なく ジブン の シンユウ だ と いった よう な ふう で、 コトウ は もう キムラ クン とは いわなかった。 ヨウコ は このまえ コトウ が きた とき から それ を きづいて いた が、 キョウ は ことさら その ココロモチ が めだって きこえた。 ヨウコ は たびたび くる と こたえた。
「こまって いる よう です ね」
「ええ、 すこし は ね」
「すこし どころ じゃ ない よう です よ、 ボク の ところ に くる テガミ に よる と。 なんでも ライネン に ひらかれる はず だった ハクランカイ が サライネン に のびた ので、 キムラ は また コノマエ イジョウ の キュウキョウ に おちいった らしい の です。 わかい うち だ から いい よう な ものの あんな フウン な オトコ も すくない。 カネ も おくって は こない でしょう」
 なんと いう ブシツケ な こと を いう オトコ だろう と ヨウコ は おもった が、 あまり いう こと に ワダカマリ が ない ので ヒニク でも いって やる キ には なれなかった。
「いいえ あいかわらず おくって くれます こと よ」
「キムラ って いう の は そうした オトコ なん だ」
 コトウ は なかば ジブン に いう よう に カンゲキ した チョウシ で こう いった が、 ヘイキ で シオクリ を うけて いる らしく モノ を いう ヨウコ には ひどく ハンカン を もよおした らしく、
「キムラ から の ソウキン を うけとった とき、 その カネ が アナタ の テ を やきただらかす よう には おもいません か」
と はげしく ヨウコ を マトモ に みつめながら いった。 そして アブラ で よごれた よう な あかい テ で、 せわしなく ムネ の シンチュウ ボタン を はめたり はずしたり した。
「なぜ です の」
「キムラ は こまりきってる ん です よ。 ……ホントウ に アナタ かんがえて ごらんなさい……」
 いきおいこんで なお いいつのろう と した コトウ は、 フスマ も あけひらいた まま の トナリ の ヘヤ に アイコ たち が いる の に きづいた らしく、
「アナタ は このまえ オメ に かかった とき から する と、 また ひどく やせました ねえ」
と コトバ を そらした。
「アイ さん もう できて?」
と ヨウコ も チョウシ を かえて アイコ に トオク から こう たずね、 「いいえ まだ すこし」 と アイコ が いう の を シオ に ヨウコ は そちら に たった。 サダヨ は ひどく つまらなそう な カオ を して、 ツクエ に リョウヒジ を もたせた まま、 ぼんやり と ニワ の ほう を みやって、 3 ニン の キョドウ など には メ も くれない ふう だった。 カキネゾイ の コノマ から は、 シュジュ な イロ の バラ の ハナ が ユウヤミ の ナカ にも ちらほら と みえて いた。 ヨウコ は コノゴロ の サダヨ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら、 アイコ の ヌイカケ の キレ を とりあげて みた。 それ は まだ ハンブン も ぬいあげられて は いなかった。 ヨウコ の カンシャク は ぎりぎり つのって きた けれども、 しいて ココロ を おししずめながら、
「コレッポッチ…… アイコ さん どうした と いう ん だろう。 どれ ネエサン に おかし、 そして アナタ は…… サア ちゃん も コトウ さん の ところ に いって オアイテ を して おいで……」
「ボク は クラチ さん に あって きます」
 とつぜん ウシロムキ の コトウ は タタミ に カタテ を ついて カタゴシ に むきかえりながら こう いった。 そして ヨウコ が ヘンジ を する イトマ も なく たちあがって ハシゴダン を おりて ゆこう と した。 ヨウコ は すばやく アイコ に メクバセ して、 シタ に アンナイ して フタリ の ヨウ を たして やる よう に と いった。 アイコ は いそいで たって いった。
 ヨウコ は ヌイモノ を しながら タショウ の フアン を かんじた。 あの なんの ギコウ も ない コトウ と、 カンシャク が つのりだして ジブン ながら シマツ を しあぐねて いる よう な クラチ と が マトモ に ぶつかりあったら、 どんな こと を しでかす かも しれない。 キムラ を テ の ナカ に まるめて おく こと も キョウ フタリ の カイケン の ケッカ で ダメ に なる かも わからない と おもった。 しかし キムラ と いえば、 コトウ の いう こと など を きいて いる と ヨウコ も さすが に その ココロネ を おもいやらず には いられなかった。 ヨウコ が コノゴロ クラチ に たいして もって いる よう な キモチ から は、 キムラ の タチバ や ココロモチ が あからさま-すぎる くらい ソウゾウ が できた。 キムラ は こいする モノ の ホンノウ から とうに クラチ と ヨウコ との カンケイ は リョウカイ して いる の に ちがいない の だ。 リョウカイ して ヒトリポッチ で くるしめる だけ くるしんで いる に ちがいない の だ。 それ にも かかわらず その ゼンリョウ な ココロ から どこまでも ヨウコ の コトバ に シンヨウ を おいて、 いつかは ジブン の セイイ が ヨウコ の ココロ に てっする の を、 ありう べき こと の よう に おもって、 くるしい イチニチ イチニチ を くらして いる の に ちがいない。 そして また おちこもう と する キュウキョウ の ナカ から チ の でる よう な カネ を かかさず に おくって よこす。 それ を おもう と、 コトウ が いう よう に その カネ が ヨウコ の テ を やかない の は フシギ と いって いい ほど だった。 もっとも ヨウコ で あって みれば、 キムラ に みにくい エゴイズム を みいださない ほど ノンキ では なかった。 キムラ が どこまでも ヨウコ の コトバ を シンヨウ して かかって いる テン にも、 チ の でる よう な カネ を おくって よこす テン にも、 ヨウコ が クラチ に たいして もって いる より は もっと レイセイ な コウリテキ な ダサン が おこなわれて いる と きめる こと が できる ほど キムラ の ココロ の ウラ を さっして いない では なかった。 ヨウコ の クラチ に たいする ココロモチ から かんがえる と キムラ の ヨウコ に たいする ココロモチ には まだ スキ が ある と ヨウコ は おもった。 ヨウコ が もし キムラ で あったら、 どうして おめおめ ベイコク-サンガイ に いつづけて、 トオク から ヨウコ の ココロ を ひるがえす シュダン を こうずる よう な ノンキ な マネ が して すまして いられよう。 ヨウコ が キムラ の タチバ に いたら、 ジギョウ を すてて も、 コジキ に なって も、 すぐ ベイコク から かえって こない じゃ いられない はず だ。 ベイコク から ヨウコ と イッショ に ニホン に ひきかえした オカ の ココロ の ほう が どれだけ すなお で まことしやか だ か しれ や しない。 そこ には セイカツ と いう モンダイ も ある。 ジギョウ と いう こと も ある。 オカ は セイカツ に たいして ケネン など する ヒツヨウ は ない し、 ジギョウ と いう よう な もの は てんで もって は いない。 キムラ とは なんと いって も タチバ が ちがって は いる。 と いった ところ で、 キムラ の もつ セイカツ モンダイ なり ジギョウ なり が、 ヨウコ と イッショ に なって から ノチ の こと を コリョ して されて いる こと だ と して みて も、 そんな キモチ で いる キムラ には、 なんと いって も ヨユウ が ありすぎる と おもわない では いられない モノタリナサ が あった。 よし マッパダカ に なる ほど、 ショクギョウ から はなれて ムイチモン に なって いて も いい、 ヨウコ の のって かえって きた フネ に キムラ も のって イッショ に かえって きたら、 ヨウコ は あるいは キムラ を フネ の ナカ で ひとしれず ころして ウミ の ナカ に なげこんで いよう とも、 キムラ の キオク は かなしく なつかしい もの と して しぬ まで ヨウコ の ムネ に きざみつけられて いたろう もの を。 ……それ は そう に ソウイ ない。 それにしても キムラ は キノドク な オトコ だ。 ジブン の あいしよう と する ヒト が タニン に ココロ を ひかれて いる…… それ を ハッケン する こと だけ で ヒサン は ジュウブン だ。 ヨウコ は ホントウ は、 クラチ は ヨウコ イガイ の ヒト に ココロ を ひかれて いる とは おもって は いない の だ。 ただ すこし ヨウコ から はなれて きた らしい と うたがいはじめた だけ だ。 それ だけ でも ヨウコ は すでに ネッテツ を のまされる よう な ショウソウ と シット と を かんずる の だ から、 キムラ の タチバ は さぞ くるしい だろう。 ……そう スイサツ する と ヨウコ は ジブン の あまり と いえば あまり に ザンギャク な ココロ に ムネ の ウチ が ちくちく と さされる よう に なった。 「カネ が テ を やく よう に おもい は しません か」 との コトウ の いった コトバ が ミョウ に ミミ に のこった。
 そう おもいおもい キレ の イッポウ を てばやく ぬいおわって、 ヌイメ を キヨウ に しごきながら メ を あげる と、 そこ には サダヨ が サッキ の まま ツクエ に リョウヒジ を ついて、 たかって くる カ も おわず に ぼんやり と ニワ の ムコウ を みつづけて いた。 キリサゲ に した あつい コクシツ の カミノケ の シタ に のぞきだした ミミタブ は シモヤケ でも した よう に あかく なって、 それ を みた だけ でも、 サダヨ は ナニ か コウフン して ムコウ を むきながら ないて いる に ちがいなく おもわれた。 オボエ が ない では ない。 ヨウコ も サダヨ ほど の トシ の とき には ナニ か しらず キュウ に ヨノナカ が かなしく みえる こと が あった。 ナニゴト も ただ あかるく こころよく たのもしく のみ みえる その ソコ から ふっと かなしい もの が ムネ を えぐって わきでる こと が あった。 とりわけて カイカツ では あった が、 ヨウコ は おさない とき から ミョウ な こと に オクビョウ-がる コ だった。 ある とき カゾク-ジュウ で ホッコク の さびしい イナカ の ほう に ヒショ に でかけた こと が あった が、 ある バン がらん と キャク の すいた おおきな ハタゴヤ に とまった とき、 マクラ を ならべて ねた ヒトタチ の ナカ で ヨウコ は トコノマ に ちかい いちばん ハシ に ねかされた が、 どうした カゲン で か キミ が わるくて たまらなく なりだした。 くらい トコノマ の ジクモノ の ナカ から か、 オキモノ の カゲ から か、 エタイ の わからない もの が あらわれでて きそう な よう な キ が して、 そう おもいだす と ぞくぞく と ソウシン に フルエ が きて、 とても アタマ を マクラ に つけて は いられなかった。 で、 ねむりかかった チチ や ハハ に せがんで、 その フタリ の ナカ に わりこまして もらおう と おもった けれども、 チチ も ハハ も そんな に おおきく なって ナニ を バカ を いう の だ と いって すこしも ヨウコ の いう こと を とりあげて は くれなかった。 ヨウコ は しばらく リョウシン と あらそって いる うち に いつのまにか ねいった と みえて、 ヨクジツ メ を さまして みる と、 やはり ジブン が キミ の わるい と おもった ところ に ねて いた ジブン を みいだした。 その ユウガタ、 おなじ ハタゴヤ の 2 カイ の テスリ から すこし あれた よう な ニワ を なんの キ なし に じっと みいって いる と、 キュウ に サクヤ の こと を おもいだして ヨウコ は かなしく なりだした。 チチ にも ハハ にも ヨノナカ の スベテ の もの にも ジブン は どうか して みはなされて しまった の だ。 シンセツ-らしく いって くれる ヒト は ミンナ ジブン に ウソ を して いる の だ。 イイカゲン の ところ で ジブン は どんと ミンナ から つきはなされる よう な かなしい こと に なる に ちがいない。 どうして それ を イマ まで きづかず に いた の だろう。 そう なった アカツキ に ヒトリ で この ニワ を こうして みまもったら どんな に かなしい だろう。 ちいさい ながら に そんな こと を ヒトリ で おもいふけって いる と もう トメド なく かなしく なって きて チチ が なんと いって も ハハ が なんと いって も、 ジブン の ココロ を ジブン の ナミダ に ひたしきって ないた こと を おぼえて いる。
 ヨウコ は サダヨ の ウシロスガタ を みる に つけて ふと その とき の ジブン を おもいだした。 ミョウ な ココロ の ハタラキ から、 その とき の ヨウコ が サダヨ に なって そこ に マボロシ の よう に あらわれた の では ない か と さえ うたがった。 これ は ヨウコ には しじゅう ある クセ だった。 はじめて おこった こと が、 どうしても いつか の カコ に そのまま おこった こと の よう に おもわれて ならない こと が よく あった。 サダヨ の スガタ は サダヨ では なかった。 タイコウエン は タイコウエン では なかった。 ビジン ヤシキ は ビジン ヤシキ では なかった。 シュウイ だけ が ミョウ に もやもや して シン の ほう だけ が すみきった ミズ の よう に はっきり した その アタマ の ナカ には、 サダヨ の とも、 おさない とき の ジブン の とも クベツ の つかない ハカナサ カナシサ が こみあげる よう に わいて いた。 ヨウコ は しばらく は ハリ の ハコビ も わすれて しまって、 デントウ の ヒカリ を セ に おって ユウヤミ に うもれて ゆく コダチ に ながめいった サダヨ の スガタ を、 オソロシサ を かんずる まで に なりながら みつづけた。
「サア ちゃん」
 とうとう だまって いる の が ブキミ に なって ヨウコ は チンモク を やぶりたい ばかり に こう よんで みた。 サダヨ は ヘンジ ヒトツ しなかった。 ……ヨウコ は ぞっと した。 サダヨ は ああした まま で トオリマ に でも みいられて しんで いる の では ない か。 それとも もう イチド ナマエ を よんだら、 センコウ の ウエ に たまった ハイ が すこし の カゼ で くずれおちる よう に、 コエ の ヒビキ で ほろほろ と かきけす よう に あの いたいけ な スガタ は なくなって しまう の では ない だろう か。 そして その アト には ユウヤミ に つつまれた タイコウエン の コダチ と、 2 カイ の エンガワ と、 ちいさな ツクエ だけ が のこる の では ない だろう か…… フダン の ヨウコ ならば なんと いう バカ だろう と おもう よう な こと を おどおど しながら マジメ に かんがえて いた。
 その とき カイカ で クラチ の ひどく ゲッコウ した コエ が きこえた。 ヨウコ は はっと して ながい アクム から でも さめた よう に ワレ に かえった。 そこ に いる の は スガタ は モト の まま だ が、 やはり まがう カタ なき サダヨ だった。 ヨウコ は あわてて いつのまにか ヒザ から ずりおとして あった ハクフ を とりあげて、 カイカ の ほう に きっと キキミミ を たてた。 ジタイ は だいぶ ダイジ らしかった。
「サア ちゃん。 ……サア ちゃん……」
 ヨウコ は そう いいながら たちあがって いって、 サダヨ を ウシロ から ハガイ に だきしめて やろう と した。 しかし その シュンカン に ジブン の ムネ の ウチ に シゼン に できあがらして いた ケチガン を おもいだして、 ココロ を オニ に しながら、
「サア ちゃん と いったら オヘンジ を なさい な。 なんの こと です すねた マネ を して。 ダイドコロ に いって アト の ススギガエシ でも して おいで、 ベンキョウ も しない で ぼんやり ばかり して いる と ドク です よ」
「だって オネエサマ ワタシ くるしい ん です もの」
「ウソ を おいい。 コノゴロ は アナタ ホントウ に いけなく なった こと。 ワガママ ばかし して いる と ネエサン は ききません よ」
 サダヨ は さびしそう な うらめしそう な カオ を マッカ に して ヨウコ の ほう を ふりむいた。 それ を みた だけ で ヨウコ は すっかり うちくだかれて いた。 ミゾオチ の アタリ を すっと コオリ の ボウ でも とおる よう な ココロモチ が する と、 ノド の ところ は もう なきかけて いた。 なんと いう ココロ に ジブン は なって しまった の だろう…… ヨウコ は そのうえ その バ には いたたまれない で、 いそいで カイカ の ほう へ おりて いった。
 クラチ の コエ に まじって コトウ の コエ も げきして きこえた。
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