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テンシン に ちかく ぽつり と ヒトツ しろく わきでた クモ の イロ にも カタチ にも それ と しられる よう な タケナワ な ハル が、 トコロドコロ の ベッソウ の タテモノ の ホカ には みわたす かぎり ふるく さびれた カマクラ の ヤトヤト に まで あふれて いた。 おもい スナツチ の しろばんだ ミチ の ウエ には オチツバキ が ヒトエザクラ の ハナ と まじって ムザン に おちちって いた。 サクラ の コズエ には アカミ を もった ワカバ が きらきら と ヒ に かがやいて、 あさい カゲ を チ に おとした。 ナ も ない ゾウキ まで が うつくしかった。 カエル の コエ が ねむく タンボ の ほう から きこえて きた。 キュウカ で ない せい か、 おもいのほか に ヒト の ザットウ も なく、 ときおり、 おなじ ハナカンザシ を、 オンナ は カミ に オトコ は エリ に さして センダツ らしい の が ムラサキ の コバタ を もった、 とおい ところ から ハル を おって へめぐって きた らしい イナカ の ヒトタチ の ムレ が、 サケノケ も からず に しめやか に はなしあいながら とおる の に ゆきあう くらい の もの だった。
クラチ も キシャ の ナカ から シゼン に キブン が はれた と みえて、 いかにも クッタク なくなって みえた。 フタリ は テイシャジョウ の フキン に ある ある こぎれい な リョカン を かねた リョウリヤ で チュウジキ を したためた。 ニッチョウ サマ とも ドンブク サマ とも いう テラ の ヤネ が ニワサキ に みえて、 そこ から ガンビョウ の キトウ だ と いう ウチワ-ダイコ の オト が どんぶく どんぶく と タンチョウ に きこえる よう な ところ だった。 ヒガシ の ほう は その ナ さながら の ビョウブヤマ が ワカバ で ハナ より も うつくしく よそおわれて かすんで いた。 みじかく うつくしく かりこまれた シバフ の シバ は まだ もえて は いなかった が、 トコロマバラ に たちつらなった コマツ は ミドリ を ふきかけて、 ヤエザクラ は のぼせた よう に ハナ で うなだれて いた。 もう アワセ 1 マイ に なって、 そこ に タベモノ を はこんで くる ジョチュウ は エリマエ を くつろげながら ナツ が きた よう だ と いって わらったり した。
「ここ は いい わ。 キョウ は ここ で とまりましょう」
ヨウコ は ケイカク から ケイカク で アタマ を いっぱい に して いた。 そして そこ に いらない もの を あずけて、 エノシマ の ほう まで クルマ を はしらした。
カエリ には ゴクラクジザカ の シタ で フタリ とも クルマ を すてて カイガン に でた。 もう ヒ は イナムラガサキ の ほう に かたむいて スナハマ は やや くれそめて いた。 コツボ の ハナ の ガケ の ウエ に ワカバ に つつまれて たった 1 ケン たてられた セイヨウジン の シロ ペンキヌリ の ベッソウ が、 ユウヒ を うけて ミドリイロ に そめた コケット の、 カミ の ナカ の ダイヤモンド の よう に かがやいて いた。 その ガケシタ の ミンカ から は スイエン が ユウモヤ と イッショ に なって ウミ の ほう に たなびいて いた。 ナミウチギワ の スナ は いい ほど に しめって ヨウコ の アズマ ゲタ の ハ を すった。 フタリ は ベッソウ から サンポ に でて きた らしい イククミ か の ジョウヒン な ダンジョ の ムレ と であった が、 ヨウコ は ジブン の ヨウボウ なり フクソウ なり が、 その どの ムレ の どの ヒト にも たちまさって いる の を イシキ して、 かるい ホコリ と オチツキ を かんじて いた。 クラチ も そういう オンナ を ジブン の ハンリョ と する の を あながち ムトンジャク には おもわぬ らしかった。
「ダレ か ひょんな ヒト に あう だろう と おもって いました が うまく ダレ にも あわなかって ね。 ムコウ の コツボ の ジンカ の みえる ところ まで いきましょう ね。 そして コウミョウジ の サクラ を みて かえりましょう。 そう する と ちょうど オナカ が いい スキグアイ に なる わ」
クラチ は なんとも こたえなかった が、 むろん ショウチ で いる らしかった。 ヨウコ は ふと ウミ の ほう を みて クラチ に また クチ を きった。
「あれ は ウミ ね」
「オオセ の とおり」
クラチ は ヨウコ が ときどき トテツ も なく わかりきった こと を ショウジョ みたい な ムジャキサ で いう、 また それ が はじまった と いう よう に しぶそう な ワライ を カタホオ に うかべて みせた。
「ワタシ もう イチド あの マッタダナカ に のりだして みたい」
「して どう する の だい」
クラチ も さすが に ながかった ウミ の ウエ の セイカツ を とおく おもいやる よう な カオ を しながら いった。
「ただ のりだして みたい の。 どーっと ミサカイ も なく ふきまく カゼ の ナカ を、 オオナミ に おもいぞんぶん ゆられながら、 ひっくりかえりそう に なって は たてなおって きりぬけて いく あの フネ の ウエ の こと を おもう と、 ムネ が どきどき する ほど もう イチド のって みたく なります わ。 こんな ところ いや ねえ、 すんで みる と」
そう いって ヨウコ は パラゾル を ひらいた まま エ の サキ で しろい スナ を ざくざく と さしとおした。
「あの さむい バン の こと、 ワタシ が カンパン の ウエ で かんがえこんで いた とき、 アナタ が ヒ を ぶらさげて オカ さん を つれて、 やって いらしった あの とき の こと など を ワタシ は ワケ も なく おもいだします わ。 あの とき ワタシ は ウミ で なければ きけない よう な オンガク を きいて いました わ。 オカ の ウエ には あんな オンガク は きこう と いったって ありゃ しない。 おーい、 おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい…… あれ は ナニ?」
「ナン だ それ は」
クラチ は ケゲン な カオ を して ヨウコ を ふりかえった。
「あの コエ」
「どの」
「ウミ の コエ…… ヒト を よぶ よう な…… オタガイ で よびあう よう な」
「なんにも きこえ や せん じゃ ない か」
「その とき きいた のよ…… こんな あさい ところ では ナニ が きこえます もの か」
「オレ は ナガネン ウミ の ウエ で くらした が、 そんな コエ は イチド だって きいた こと は ない わ」
「そうお。 フシギ ね。 オンガク の ミミ の ない ヒト には きこえない の かしら。 ……たしか に きこえました よ、 あの バン に…… それ は キミ の わるい よう な ものすごい よう な…… いわば ね、 イッショ に なる べき はず なのに イッショ に なれなかった…… その ヒトタチ が イクオクマン と ウミ の ソコ に あつまって いて、 めいめい しにかけた よう な ひくい オト で、 おーい、 おーい と よびたてる、 それ が イッショ に なって あんな ぼんやり した おおきな コエ に なる か と おもう よう な そんな キミ の わるい コエ なの…… どこ か で イマ でも その コエ が きこえる よう よ」
「キムラ が やって いる の だろう」
そう いって クラチ は たかだか と わらった。 ヨウコ は ミョウ に わらえなかった。 そして もう イチド ウミ の ほう を ながめやった。 メ も とどかない よう な トオク の ほう に、 オオシマ が ヤマ の コシ から シタ は ユウモヤ に ぼかされて なくなって、 ウエ の ほう だけ が ヘ の ジ を えがいて ぼんやり と ソラ に うかんで いた。
フタリ は いつか ナメリガワ の カワグチ の ところ まで きついて いた。 イナセガワ を わたる とき、 クラチ は、 ヨコハマ フトウ で ヨウコ に まつわる ワカモノ に した よう に、 ヨウコ の ジョウタイ を ミギテ に かるがる と かかえて、 ク も なく ほそい ナガレ を おどりこして しまった が、 ナメリガワ の ほう は そう は ゆかなかった。 フタリ は カワハバ の せまそう な ところ を たずねて だんだん ジョウリュウ の ほう に ナガレ に そうて のぼって いった が、 カワハバ は ひろく なって ゆく ばかり だった。
「めんどうくさい、 かえりましょう か」
おおきな こと を いいながら、 コウミョウジ まで には ハンブンミチ も こない うち に、 ゲタ ゼンタイ が めいりこむ よう な スナミチ で つかれはてて しまった ヨウコ は こう いいだした。
「あすこ に ハシ が みえる。 とにかく あすこ まで いって みよう や」
クラチ は そう いって、 カイガンセン に そうて むっくり もれあがった サキュウ の ほう に つづく スナミチ を のぼりはじめた。 ヨウコ は クラチ に テ を ひかれて イキ を せいせい いわせながら、 キンニク が キョウチョク する よう に つかれた アシ を はこんだ。 ジブン の ケンコウ の スイタイ が いまさら に はっきり おもわせられる よう な それ は ツカレカタ だった。 いまにも ハレツ する よう に シンゾウ が コドウ した。
「ちょっと まって ベンケイガニ を ふみつけそう で あるけ や しません わ」
そう ヨウコ は モウシワケ-らしく いって イクド か アシ を とめた。 じっさい その ヘン には あかい コウラ を しょった ちいさな カニ が いかめしい ハサミ を あげて、 ざわざわ と オト を たてる ほど おびただしく オウコウ して いた。 それ が いかにも バンシュン の ユウグレ-らしかった。
サキュウ を のぼりきる と ザイモクザ の ほう に つづく ドウロ に でた。 ヨウコ は どうも フシギ な ココロモチ で、 ハマ から みえて いた ミダレバシ の ほう に ゆく キ に なれなかった。 しかし クラチ が どんどん そっち に むいて あるきだす ので、 すこし すねた よう に その テ に とりすがりながら もつれあって ヒトケ の ない その ハシ の ウエ まで きて しまった。
ハシ の テマエ の ちいさな カケヂャヤ には シュジン の バアサン が ヨシ で かこった うすぐらい コベヤ の ナカ で、 こそこそ と ミセ を たたむ シタク でも して いる だけ だった。
ハシ の ウエ から みる と、 ナメリガワ の ミズ は かるく うすにごって、 まだ メ を ふかない リョウギシ の カレアシ の ネ を しずか に あらいながら オト も たてず に ながれて いた。 それ が ムコウ に ゆく と すいこまれた よう に スナ の もれあがった ウシロ に かくれて、 また その サキ に ひかって あらわれて、 おだやか な リズム を たてて よせかえす ウミベ の ナミ の ナカ に とけこむ よう に そそいで いた。
ふと ヨウコ は メノシタ の カレアシ の ナカ に うごく もの が ある の に キ が ついて みる と、 おおきな ムギワラ の カイスイボウ を かぶって、 クイ に こしかけて、 ツリザオ を にぎった オトコ が、 ボウシ の ヒサシ の シタ から メ を ひからして ヨウコ を じっと みつめて いる の だった。 ヨウコ は なんの キ なし に その オトコ の カオ を ながめた。
キベ コキョウ だった。
ボウシ の シタ に かくれて いる せい か、 その カオ は ちょっと みわすれる くらい トシ が いって いた。 そして フクソウ から も、 ヨウス から も、 ラクハク と いう よう な イッシュ の キブン が ただよって いた。 キベ の カオ は カメン の よう に れいぜん と して いた が、 ツリザオ の サキ は フチュウイ にも ミズ に つかって、 ツリイト が オンナ の カミノケ を ながした よう に ミズ に ういて かるく ふるえて いた。
さすが の ヨウコ も ムネ を どきん と させて おもわず ミ を しざらせた。 「おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい」 ……それ が その シュンカン に ミミ の ソコ を すーっと とおって すーっと ユクエ も しらず すぎさった。 おずおず と クラチ を うかがう と、 クラチ は ナニゴト も しらぬげ に、 あたたか に くれて ゆく アオゾラ を ふりあおいで メイッパイ に ながめて いた。
「かえりましょう」
ヨウコ の コエ は ふるえて いた。 クラチ は なんの キ なし に ヨウコ を かえりみた が、
「さむく でも なった か、 クチビル が しろい ぞ」
と いいながら ランカン を はなれた。 フタリ が その オトコ に ウシロ を みせて 5~6 ポ あゆみだす と、
「ちょっと おまち ください」
と いう コエ が ハシ の シタ から きこえた。 クラチ は はじめて そこ に ヒト の いた の に キ が ついて、 マユ を ひそめながら ふりかえった。 ざわざわ と アシ を わけながら コミチ を のぼって くる アシオト が して、 ひょっこり メノマエ に キベ の スガタ が あらわれでた。 ヨウコ は その とき は しかし スベテ に たいする ミガマエ を ジュウブン に して しまって いた。
キベ は すこし バカテイネイ な くらい に クラチ に たいして ボウシ を とる と、 すぐ ヨウコ に むいて、
「フシギ な ところ で オメ に かかりました ね、 しばらく」
と いった。 1 ネン マエ の キベ から ソウゾウ して どんな ゲキジョウテキ な クチョウ で よびかけられる かも しれない と あやぶんで いた ヨウコ は、 あんがい レイタン な キベ の タイド に アンシン も し、 フアン も かんじた。 キベ は どうか する と いなおる よう な こと を しかねない オトコ だ と ヨウコ は かねて おもって いた から だ。 しかし キベ と いう こと を センポウ から いいだす まで は つつめる だけ クラチ には ジジツ を つつんで みよう と おもって、 ただ にこやか に、
「こんな ところ で オメ に かかろう とは…… ワタシ も ホントウ に おどろいて しまいました。 でも まあ ホントウ に おめずらしい…… ただいま こちら の ほう に オスマイ で ございます の?」
「すまう と いう ほど も ない…… くすぶりこんで います よ はははは」
と キベ は うつろ に わらって、 ツバ の ひろい ボウシ を ショセイッポ-らしく アミダ に かぶった。 と おもう と また いそいで とって、
「あんな ところ から いきなり とびだして きて こう なれなれしく サツキ さん に オハナシ を しかけて ヘン に オオモイ でしょう が、 ボク は くだらん ヤクザモノ で、 それでも モト は サツキ-ケ には いろいろ ゴヤッカイ に なった オトコ です。 もうしあげる ほど の ナ も ありません から、 まあ ゴラン の とおり の ヤツ です。 ……どちら に オイデ です」
と クラチ に むいて いった。 その ちいさな メ には すぐれた サイキ と、 マケギライ-らしい キショウ と が ほとばしって は いた けれども、 じじむさい アゴヒゲ と、 のびる まま に のばした カミノケ と で、 ヨウコ で なければ その トクチョウ は みえない らしかった。 クラチ は どこ の ウマ の ホネ か と おもう よう な チョウシ で、 ジブン の ナ を なのる こと は もとより せず に、 かるく ボウシ を とって みせた だけ だった。 そして、
「コウミョウジ の ほう へ でも いって みよう か と おもった の だ が、 カワ が わたれん で…… この ハシ を いって も いかれます だろう」
3 ニン は ハシ の ほう を ふりかえった。 マッスグ な ドテミチ が しろく ヤマ の キワ の ほう まで つづいて いた。
「いけます がね、 それ は ハマヅタイ の ほう が オモムキ が あります よ。 ボウフ でも つみながら いらっしゃい。 カワ も わたれます、 ゴアンナイ しましょう」
と いった。 ヨウコ は イットキ も はやく キベ から のがれたく も あった が、 ドウジ に しんみり と イチベツ イライ の こと など を かたりあって みたい キ も した。 いつか キシャ の ナカ で あって これ が サイゴ の タイメン だろう と おもった、 あの とき から する と キベ は ずっと さばけた オトコ-らしく なって いた。 その フクソウ が いかにも セイカツ の フキソク なの と キュウハク して いる の を おもわせる と、 ヨウコ は シンミ な ドウジョウ に そそられる の を こばむ こと が できなかった。
クラチ は 4~5 ホ さきだって、 その アト から ヨウコ と キベ とは アイダ を へだてて ならびながら、 また ベンケイガニ の うざうざ いる スナミチ を ハマ の ほう に おりて いった。
「アナタ の こと は たいてい ウワサ や シンブン で しって いました よ…… ニンゲン て もの は おかしな もん です ね。 ……ワタシ は あれ から ラクゴシャ です。 ナニ を して みて も なりたった こと は ありません。 ツマ も コドモ も サト に かえして しまって イマ は ヒトリ で ここ に ホウロウ して います。 マイニチ ツリ を やって ね…… ああ やって ミズ の ナガレ を みて いる と、 それでも バンメシ の サケ の サカナ ぐらい な もの は つれて きます よ ははははは」
キベ は また うつろ に わらった が、 その ワライ の ヒビキ が キズグチ に でも こたえた よう に キュウ に だまって しまった。 スナ に くいこむ フタリ の ゲタ の オト だけ が きこえた。
「しかし これ で いて まったく の コドク でも ありません よ。 つい コノアイダ から シリアイ に なった オトコ だ が、 スナヤマ の スナ の ナカ に サケ を うずめて おいて、 ぶらり と やって きて それ を のんで よう の を タノシミ に して いる の と シリアイ に なりまして ね…… ソイツ の ライフ フィロソフィー が バカ に おもしろい ん です。 テッテイ した ウンメイロンシャ です よ。 サケ を のんで ウンメイロン を はく ん です。 まるで センニン です よ」
クラチ は どんどん あるいて フタリ の ハナシゴエ が ミミ に はいらぬ くらい とおざかった。 ヨウコ は キベ の クチ から レイ の カンショウテキ な コトバ が イマ でる か イマ でる か と おもって まって いた けれども、 キベ には いささかも そんな フウ は なかった。 ワライ ばかり で なく、 スベテ に うつろ な カンジ が する ほど ムカンジョウ に みえた。
「アナタ は ホントウ に イマ ナニ を なさって いらっしゃいます の」
と ヨウコ は すこし キベ に ちかよって たずねた。 キベ は ちかよられた だけ ヨウコ から とおのいて また うつろ に わらった。
「ナニ を する もん です か。 ニンゲン に ナニ が できる もん です か。 ……もう ハル も スエ に なりました ね」
トテツ も ない コトバ を しいて くっつけて キベ は その よく ひかる メ で ヨウコ を みた。 そして すぐ その メ を かえして、 とおざかった クラチ を こめて とおく ウミ と ソラ との サカイメ に ながめいった。
「ワタシ アナタ と ゆっくり オハナシ が して みたい と おもいます が……」
こう ヨウコ は しんみり ぬすむ よう に いって みた。 キベ は すこしも それ に ココロ を うごかされない よう に みえた。
「そう…… それ も おもしろい かな。 ……ワタシ は これ でも ときおり は アナタ の コウフク を いのったり して います よ、 おかしな もん です ね、 はははは (ヨウコ が その コトバ に つけいって ナニ か いおう と する の を キベ は ゆうゆう と おっかぶせて) あれ が、 あすこ に みえる の が オオシマ です。 ぽつん と ヒトツ クモ か ナニ か の よう に みえる でしょう ソラ に ういて…… オオシマ って いう イズ の サキ の ハナレジマ です。 あれ が ワタシ の ツリ を する ところ から ショウメン に みえる ん です。 あれ で いて、 ヒ に よって イロ が サマザマ に かわります。 どうか する と フンエン が ぽーっと みえる こと も あります よ」
また コトバ が ぽつん と きれて チンモク が つづいた。 ゲタ の オト の ホカ に ナミ の オト も だんだん と ちかく きこえだした。 ヨウコ は ただただ ムネ が せつなく なる の を おぼえた。 もう イチド どうしても ゆっくり キベ に あいたい キ に なって いた。
「キベ さん…… アナタ さぞ ワタシ を うらんで いらっしゃいましょう ね。 ……けれども ワタシ アナタ に どうしても もうしあげて おきたい こと が あります の。 なんとか して イチド ワタシ に あって くださいません? その うち に。 ワタシ の バンチ は……」
「おあい しましょう 『その うち に』 ……その うち に は いい コトバ です ね…… その うち に……。 ハナシ が ある から と オンナ に いわれた とき には、 ハナシ を キタイ しない で ホウヨウ か キョム か を カクゴ しろ って メイゲン が あります ぜ、 ははははは」
「それ は あまり な オッシャリカタ です わ」
ヨウコ は きわめて ジョウダン の よう に また きわめて マジメ の よう に こう いって みた。
「あまり か あまり で ない か…… とにかく メイゲン には ソウイ ありますまい、 ははははは」
キベ は また うつろ に わらった が、 また いたい ところ に でも ふれた よう に とつぜん わらいやんだ。
クラチ は ナミウチギワ チカク まで きて も わたれそう も ない ので トオク から こっち に ふりむいて、 むずかしい カオ を して たって いた。
「どれ オフタリ に ハシワタシ を して あげましょう かな」
そう いって キベ は カワベ の アシ を わけて しばらく スガタ を かくして いた が、 やがて ちいさな タブネ に のって サオ を さして あらわれて きた。 その とき ヨウコ は キベ が ツリドウグ を もって いない の に キ が ついた。
「アナタ ツリザオ は」
「ツリザオ です か…… ツリザオ は ミズ の ウエ に ういてる でしょう。 いまに ここ まで ながれて くる か…… こない か……」
そう こたえて あんがい ジョウズ に フネ を こいだ。 クラチ は ゆきすぎた だけ を いそいで とって かえして きた。 そして 3 ニン は あぶなかしく たった まま フネ に のった。 クラチ は キベ の マエ も かまわず ワキノシタ に テ を いれて ヨウコ を かかえた。 キベ は れいぜん と して サオ を とった。 ミツキ ほど で たわいなく フネ は ムコウギシ に ついた。 クラチ が いちはやく キシ に とびあがって、 テ を のばして ヨウコ を たすけよう と した とき、 キベ が ヨウコ に テ を かして いた ので、 ヨウコ は すぐに それ を つかんだ。 おもいきり チカラ を こめた ため か、 キベ の テ が フネ を こいだ ため だった か、 とにかく フタリ の テ は にぎりあわされた まま コキザミ に はげしく ふるえた。
「やっ、 どうも ありがとう」
クラチ は ヨウコ の ジョウリク を たすけて くれた キベ に こう レイ を いった。
キベ は フネ から は あがらなかった。 そして ツバビロ の ボウシ を とって、
「それじゃ これ で おわかれ します」
と いった。
「くらく なりました から、 オフタリ とも アシモト に キ を おつけなさい。 さようなら」
と つけくわえた。
3 ニン は ソウトウ の アイサツ を とりかわして わかれた。 1 チョウ ほど きて から キュウ に ユクテ が あかるく なった ので、 みる と コウミョウジ ウラ の ヤマノハ に、 ユウヅキ が こい クモ の キレメ から スガタ を みせた の だった。 ヨウコ は ウシロ を ふりかえって みた。 ムラサキイロ に くれた スナ の ウエ に キベ が フネ を アシマ に こぎかえして ゆく スガタ が カゲエ の よう に くろく ながめられた。 ヨウコ は シロコハク の パラゾル を ぱっと ひらいて、 クラチ には イタズラ に みえる よう に ふりうごかした。
3~4 チョウ きて から クラチ が コンド は ウシロ を ふりかえった。 もう そこ には キベ の スガタ は なかった。 ヨウコ は パラゾル を たたもう と して おもわず なみだぐんで しまって いた。
「あれ は いったい ダレ だ」
「ダレ だって いい じゃ ありません か」
クラサ に まぎれて クラチ に ナミダ は みせなかった が、 ヨウコ の コトバ は いたましく かんばしって いた。
「ローマンス の たくさん ある オンナ は ちがった もの だな」
「ええ、 その とおり…… あんな コジキ みたい な みっともない コイビト も もった こと が ある のよ」
「さすが は オマエ だよ」
「だから アイソ が つきた でしょう」
とつじょ と して また イイヨウ の ない サビシサ、 カナシサ、 クヤシサ が ボウフウ の よう に おそって きた。 また きた と おもって も それ は もう おそかった。 スナ の ウエ に つっぷして、 いまにも たえいりそう に ミモダエ する ヨウコ を、 クラチ は きこえぬ テイド に シタウチ しながら カイホウ せねば ならなかった。
その ヨ リョカン に かえって から も ヨウコ は いつまでも ねむらなかった。 そこ に きて はたらく ジョチュウ たち を ヒトリヒトリ つっけんどん に きびしく たしなめた。 シマイ には ヒトリ と して よりつく モノ が なくなって しまう くらい。 クラチ も ハジメ の うち は しぶしぶ つきあって いた が、 ついには カッテ に する が いい と いわん ばかり に ザシキ を かえて ヒトリ で ねて しまった。
ハル の ヨ は ただ、 コト も なく しめやか に ふけて いった。 トオク から きこえて くる カエル の ナキゴエ の ホカ には、 ニッチョウ サマ の モリ アタリ で なく らしい フクロウ の コエ が する ばかり だった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ヨドリ で ありながら、 その コエ には ヒト を バカ に しきった よう な、 それでいて きく に たえない ほど さびしい ヒビキ が ひそんで いた。 ほう、 ほう…… ほう、 ほうほう と まどお に タンチョウ に おなじ キ の エダ と おもわしい ところ から きこえて いた。 ヒトビト が ねしずまって みる と、 フンヌ の ジョウ は いつか きえはてて、 イイヨウ の ない セキバク が その アト に のこった。
ヨウコ の する こと いう こと は ヒトツヒトツ ヨウコ を クラチ から ひきはなそう と する もの ばかり だった。 コンヤ も クラチ が ヨウコ から まちのぞんで いた もの を ヨウコ は あきらか に しって いた。 しかも ヨウコ は ワケ の わからない イカリ に まかせて ジブン の おもう まま を ふるまった ケッカ、 クラチ には フカイ きわまる シツボウ を あたえた に ちがいない。 こうした まま で ヒ が たつ に したがって、 クラチ は イヤオウ なし に さらに あたらしい セイテキ キョウミ の タイショウ を もとめる よう に なる の は モクゼン の こと だ。 げんに アイコ は その コウホシャ の ヒトリ と して クラチ の メ には うつりはじめて いる の では ない か。 ヨウコ は クラチ との カンケイ を ハジメ から かんがえたどって みる に つれて、 どうしても まちがった ホウコウ に フカイリ した の を くいない では いられなかった。 しかし クラチ を てなずける ため には あの ミチ を えらぶ より シカタ が なかった よう にも おもえる。 クラチ の セイカク に ケッテン が ある の だ。 そう では ない。 クラチ に アイ を もとめて いった ジブン の セイカク に ケッテン が ある の だ。 ……そこ まで リクツ-らしく リクツ を たどって きて みる と、 ヨウコ は ジブン と いう もの が ふみにじって も あきたりない ほど いや な モノ に みえた。
「なぜ ワタシ は キベ を すて キムラ を くるしめなければ ならない の だろう。 なぜ キベ を すてた とき に ワタシ は ココロ に のぞんで いる よう な ミチ を まっしぐら に すすんで いく こと が できなかった の だろう。 ワタシ を キムラ に しいて おしつけた イソガワ の オバサン は わるい…… ワタシ の ウラミ は どうしても きえる もの か。 ……と いって おめおめ と その サクリャク に のって しまった ワタシ は なんと いう ふがいない オンナ だった の だろう。 クラチ に だけ は ワタシ は シツボウ したく ない と おもった。 イマ まで の スベテ の シツボウ を あの ヒト で ゼンブ とりかえして まだ あまりきる よう な ヨロコビ を もとう と した の だった。 ワタシ は クラチ とは はなれて は いられない ニンゲン だ と たしか に しんじて いた。 そして ワタシ の もってる スベテ を…… みにくい もの の スベテ をも クラチ に あたえて かなしい とも おもわなかった の だ。 ワタシ は ジブン の イノチ を クラチ の ムネ に たたきつけた。 それだのに イマ は ナニ が のこって いる…… ナニ が のこって いる……。 コンヤ かぎり ワタシ は クラチ に みはなされる の だ。 この ヘヤ を でて いって しまった とき の レイタン な クラチ の カオ!…… ワタシ は いこう。 これから いって クラチ に わびよう、 ドレイ の よう に タタミ に アタマ を こすりつけて わびよう…… そう だ。 ……しかし クラチ が レイコク な カオ を して ワタシ の ココロ を み も かえらなかったら…… ワタシ は いきてる アイダ に そんな クラチ の カオ を みる ユウキ は ない。 ……キベ に わびよう か…… キベ は イドコロ さえ しらそう とは しない の だ もの……」
ヨウコ は やせた カタ を いたましく ふるわして、 クラチ から ゼツエン されて しまった もの の よう に、 さびしく かなしく ナミダ の かれる か と おもう まで なく の だった。 しずまりきった ヨル の クウキ の ナカ に、 ときどき ハナ を かみながら すすりあげ すすりあげ なきふす いたましい コエ だけ が きこえた。 ヨウコ は ジブン の コエ に つまされて なおさら ヒアイ から ヒアイ の ドンゾコ に しずんで いった。
やや しばらく して から ヨウコ は ケッシン する よう に、 テヂカ に あった スズリバコ と リョウシ と を ひきよせた。 そして ふるえる テサキ を しいて あやつりながら カンタン な テガミ を ウバ に あてて かいた。 それ には ウバ とも サダコ とも だんぜん エン を きる から イゴ タニン と おもって くれ。 もし ジブン が しんだら ここ に ドウフウ する テガミ を キベ の ところ に もって ゆく が いい。 キベ は きっと どうして でも サダコ を やしなって くれる だろう から と いう イミ だけ を かいた。 そして キベ-アテ の テガミ には、
「サダコ は アナタ の コ です。 その カオ を ヒトメ ゴラン に なったら すぐ おわかり に なります。 ワタシ は イマ まで イジ から も サダコ は ワタシ ヒトリ の コ で ワタシ ヒトリ の もの と する つもり で いました。 けれども ワタシ が ヨ に ない もの と なった イマ は、 アナタ は もう ワタシ の ツミ を ゆるして くださる か とも おもいます。 せめては サダコ を うけいれて くださいましょう。
ヨウコ の しんだ ノチ
あわれ なる サダコ の ママ より
サダコ の オトウサマ へ」
と かいた。 ナミダ は マキガミ の ウエ に トメド なく おちて ジ を にじました。 トウキョウ に かえったら ためて おいた ヨキン の ゼンブ を ひきだして それ を カワセ に して ドウフウ する ため に フウ を とじなかった。
サイゴ の ギセイ…… イマ まで とつおいつ すてかねて いた サイアイ の もの を サイゴ の ギセイ に して みたら、 たぶん は クラチ の ココロ が もう イチド ジブン に もどって くる かも しれない。 ヨウコ は アラガミ に サイアイ の もの を イケニエ と して ネガイ を きいて もらおう と する タイコ の ヒト の よう な ヒッシ な ココロ に なって いた。 それ は ムネ を はりさく よう な ギセイ だった。 ヨウコ は ジブン の メ から も エイユウテキ に みえる この ケッシン に カンゲキ して また あたらしく なきくずれた。
「どうか、 どうか、 ……どうーか」
ヨウコ は ダレ に とも なく テ を あわして、 イッシン に ねんじて おいて、 おおしく ナミダ を おしぬぐう と、 そっと ザ を たって、 クラチ の ねて いる ほう へ と しのびよった。 ロウカ の アカリ は タイハン けされて いる ので、 ガラスマド から おぼろ に さしこむ ツキ の ヒカリ が タヨリ に なった。 ロウカ の ハンブン-ガタ リン の もえた よう な その ヒカリ の ナカ を、 やせほそって いっそう セタケ の のびて みえる ヨウコ は、 カゲ が あゆむ よう に オト も なく しずか に あゆみながら、 そっと クラチ の ヘヤ の フスマ を ひらいて ナカ に はいった。 うすぐらく ともった アリアケ の モト に クラチ は ナニゴト も しらぬげ に こころよく ねむって いた。 ヨウコ は そっと その マクラモト に ザ を しめた。 そして クラチ の ネガオ を みまもった。
ヨウコ の メ には ひとりでに ナミダ が わく よう に あふれでて、 あつぼったい よう な カンジ に なった クチビル は ワレ にも なく わなわな と ふるえて きた。 ヨウコ は そうした まま で だまって なおも クラチ を みつづけて いた。 ヨウコ の メ に たまった ナミダ の ため に クラチ の スガタ は みるみる にじんだ よう に リンカク が ぼやけて しまった。 ヨウコ は いまさら ヒト が ちがった よう に ココロ が よわって、 ウケミ に ばかり ならず には いられなく なった ジブン が かなしかった。 なんと いう なさけない かわいそう な こと だろう。 そう ヨウコ は しみじみ と おもった。
だんだん ヨウコ の ナミダ は ススリナキ に かわって いった。 クラチ が ネムリ の ウチ で それ を かんじた らしく、 うるさそう に ウメキゴエ を ちいさく たてて ネガエリ を うった。 ヨウコ は ぎょっと して イキ を つめた。
しかし すぐ ススリナキ は また かえって きた。 ヨウコ は ナニゴト も わすれはてて、 クラチ の トコ の ソバ に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも なきつづけて いた。
38
「ナニ を そう おずおず して いる の かい。 その ボタン を ウシロ に はめて くれ さえ すれば それ で いい の だに」
クラチ は クラチ に して は とくに やさしい コエ で こう いった、 ワイシャツ を きよう と した まま ヨウコ に セ を むけて たちながら。 ヨウコ は とんでもない シッサク でも した よう に、 シャツ の ハイブ に つける カラー ボタン を テ に もった まま おろおろ して いた。
「つい シャツ を しかえる とき それ だけ わすれて しまって……」
「イイワケ なんぞ は いい わい。 はやく たのむ」
「はい」
ヨウコ は しとやか に そう いって よりそう よう に クラチ に ちかよって その ボタン を ボタンアナ に いれよう と した が、 ノリ が こわい の と、 キオクレ が して いる ので ちょっと は はいりそう に なかった。
「すみません が ちょっと ぬいで くださいまし な」
「メンドウ だな、 コノママ で できよう が」
ヨウコ は もう イチド こころみた。 しかし おもう よう には ゆかなかった。 クラチ は もう あきらか に いらいら しだして いた。
「ダメ か」
「まあ ちょっと」
「だせ、 かせ オレ に。 なんでも ない こと だに」
そう いって くるり と ふりかえって ちょっと ヨウコ を にらみつけながら、 ひったくる よう に ボタン を うけとった。 そして また ヨウコ に ウシロ を むけて ジブン で それ を はめよう と かかった。 しかし なかなか うまく ゆかなかった。 みるみる クラチ の テ は はげしく ふるえだした。
「おい、 てつだって くれて も よかろう が」
ヨウコ が あわてて テ を だす と ハズミ に ボタン は タタミ の ウエ に おちて しまった。 ヨウコ が それ を ひろおう と する マ も なく、 アタマ の ウエ から クラチ の コエ が カミナリ の よう に なりひびいた。
「バカ! ジャマ を しろ と いい や せん ぞ」
ヨウコ は それでも どこまでも やさしく でよう と した。
「ごめん ください ね、 ワタシ オジャマ なんぞ……」
「ジャマ よ。 これ で ジャマ で なくて ナン だ…… ええ、 そこ じゃ ありゃ せん よ。 そこ に みえとる じゃ ない か」
クラチ は クチ を とがらして アゴ を つきだしながら、 どしん と アシ を あげて タタミ を ふみならした。
ヨウコ は それでも ガマン した。 そして ボタン を ひろって たちあがる と クラチ は もう ワイシャツ を ぬぎすてて いる ところ だった。
「ムナクソ の わるい…… おい ニホンフク を だせ」
「ジュバン の エリ が かけず に あります から…… ヨウフク で ガマン して くださいまし ね」
ヨウコ は ジブン が もって いる と おもう ほど の コビ を ある かぎり メ に あつめて タンガン する よう に こう いった。
「オマエ には たのまん まで よ…… アイ ちゃん」
クラチ は おおきな コエ で アイコ を よびながら カイカ の ほう に ミミ を すました。 ヨウコ は それでも こんかぎり ガマン しよう と した。 ハシゴダン を しとやか に のぼって アイコ が イツモ の よう に ジュウジュン に ヘヤ に はいって きた。 クラチ は キュウ に ソウゴウ を くずして にこやか に なって いた。
「アイ ちゃん たのむ、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ」
アイコ は ナニゴト の おこった か を つゆ しらぬ よう な カオ を して、 オトコ の ニッカン を そそる よう な カタジシ の ニクタイ を うつくしく おりまげて、 セッパク の シャツ を テ に とりあげる の だった。 ヨウコ が ちゃんと クラチ に かしずいて そこ に いる の を まったく ムシ した よう な ずうずうしい タイド が、 ひがんで しまった ヨウコ の メ には にくにくしく うつった。
「ヨケイ な こと を おし で ない」
ヨウコ は とうとう かっと なって アイコ を たしなめながら いきなり テ に ある シャツ を ひったくって しまった。
「キサマ は…… オレ が アイ ちゃん に たのんだ に なぜ ヨケイ な こと を しくさる ん だ」
と そう いって いたけだか に なった クラチ には ヨウコ は もう メ も くれなかった。 アイコ ばかり が ヨウコ の メ には みえて いた。
「オマエ は シタ に いれば それ で いい ニンゲン なん だよ。 オサンドン の シゴト も ろくろく でき は しない くせ に ヨケイ な ところ に でしゃばる もん じゃ ない こと よ。 ……シタ に いって おいで」
アイコ は こう まで アネ に たしなめられて も、 さからう でも なく おこる でも なく、 だまった まま ジュウジュン に、 タコン な メ で アネ を じっと みて しずしず と その ザ を はずして しまった。
こんな もつれあった イサカイ が ともすると ヨウコ の イエ で くりかえされる よう に なった。 ヒトリ に なって キ が しずまる と ヨウコ は ココロ の ソコ から ジブン の キョウボウ な フルマイ を くいた。 そして キ を とりなおした つもり で どこまでも アイコ を いたわって やろう と した。 アイコ に アイジョウ を みせる ため には ギリ にも サダヨ に つらく あたる の が トウゼン だ と おもった。 そして アイコ の みて いる マエ で、 あいする モノ が あいする モノ を にくんだ とき ばかり に みせる ザンギャク な カシャク を サダヨ に あたえたり した。 ヨウコ は それ が リフジン きわまる こと だ とは しって いながら、 そう ヘンパ に かたむいて くる ジブン の ココロモチ を どう する こと も できなかった。 それ のみ ならず ヨウコ には ジブン の ウップン を もらす ため の タイショウ が ぜひ ヒトツ ヒツヨウ に なって きた。 ヒト で なければ ドウブツ、 ドウブツ で なければ ソウモク、 ソウモク で なければ ジブン ジシン に ナニ か なし に ショウガイ を あたえて いなければ キ が やすまなく なった。 ニワ の クサ など を つかんで いる とき でも、 ふと キ が つく と ヨウコ は しゃがんだ まま ヒトクキ の ナ も ない クサ を たった 1 ポン つみとって、 メ に ナミダ を いっぱい ためながら ツメ の サキ で ずたずた に きりさいなんで いる ジブン を みいだしたり した。
おなじ ショウドウ は ヨウコ を かって クラチ の ホウヨウ に ジブン ジシン を おもうぞんぶん しいたげよう と した。 そこ には クラチ の アイ を すこし でも おおく ジブン に つなぎたい ヨッキュウ も てつだって は いた けれども、 クラチ の テ で キョクド の クツウ を かんずる こと に フマンゾク きわまる マンゾク を みいだそう と して いた の だ。 セイシン も ニクタイ も はなはだしく ヤマイ に むしばまれた ヨウコ は ホウヨウ に よって の ウチョウテン な カンラク を あじわう シカク を うしなって から かなり ひさしかった。 そこ には ただ ジゴク の よう な カシャク が ある ばかり だった。 スベテ が おわって から ヨウコ に のこる もの は、 オウト を もよおす よう な ニクタイ の クツウ と、 しいて ジブン を ボウガ に さそおう と もがきながら、 それ が うらぎられて ムエキ に おわった、 その ノチ に おそって くる ダキ す べき ケンタイ ばかり だった。 クラチ が ヨウコ の その ヒサン な ムカンカク を ワケマエ して タトエヨウ も ない ゾウオ を かんずる の は もちろん だった。 ヨウコ は それ を しる と さらに いいしれない タヨリナサ を かんじて また はげしく クラチ に いどみかかる の だった。 クラチ は みるみる イッポ イッポ ヨウコ から はなれて いった。 そして ますます その キブン は すさんで いった。
「キサマ は オレ に あきた な。 オトコ でも つくりおった ん だろう」
そう ツバ でも はきすてる よう に いまいましげ に クラチ が あらわ に いう よう な ヒ も きた。
「どう すれば いい ん だろう」
そう いって ヒタイ の ところ に テ を やって ズツウ を しのびながら ヨウコ は ヒトリ くるしまねば ならなかった。
ある ヒ ヨウコ は おもいきって ひそか に イシ を おとずれた。 イシ は てもなく、 ヨウコ の スベテ の ナヤミ の ゲンイン は シキュウ コウクツショウ と シキュウ ナイマクエン と を ヘイハツ して いる から だ と いって きかせた。 ヨウコ は あまり に わかりきった こと を イシ が さも シッタカブリ に いって きかせる よう にも、 また その のっぺり した しろい カオ が、 おそろしい ウンメイ が ヨウコ に たいして よそおうた カメン で、 ヨウコ は その コトバ に よって マックラ な ユクテ を あきらか に しめされた よう にも おもった。 そして イカリ と シツボウ と を いだきながら その イエ を でた。 キト ヨウコ は ホンヤ に たちよって フジンビョウ に かんする ダイブ な イショ を かいもとめた。 それ は ジブン の ビョウショウ に かんする テッテイテキ な チシキ を えよう ため だった。 イエ に かえる と ジブン の ヘヤ に とじこもって すぐ ダイタイ を よんで みた。 コウクツショウ は ゲカ シュジュツ を ほどこして イチ キョウセイ を する こと に よって、 ナイマクエン は ナイマクエン を ケッソウ する こと に よって、 それ が キカイテキ の ハツビョウ で ある かぎり ゼンチ の ミコミ は ある が、 イチ キョウセイ の バアイ など に シジュツシャ の フチュウイ から シキュウテイ に センコウ を しょうじた とき など には、 おうおう に して ゲキレツ な フクマクエン を ケッカ する キケン が ともなわない でも ない など と かいて あった。 ヨウコ は クラチ に ジジョウ を うちあけて シュジュツ を うけよう か とも おもった。 フダン ならば ジョウシキ が すぐ それ を ヨウコ に させた に ちがいない。 しかし イマ は もう ヨウコ の シンケイ は キョクド に ゼイジャク に なって、 あらぬ ホウコウ に ばかり ワレ にも なく するどく はたらく よう に なって いた。 クラチ は ウタガイ も なく ジブン の ビョウキ に アイソ を つかす だろう。 たとい そんな こと は ない と して も ニュウイン の キカン に クラチ の ニク の ヨウキュウ が クラチ を おもわぬ ほう に つれて ゆかない とは ダレ が ホショウ できよう。 それ は ヨウコ の ヘキケン で ある かも しれない、 しかし もし アイコ が クラチ の チュウイ を ひいて いる と すれば、 ジブン の ルス の アイダ に クラチ が カノジョ に ちかづく の は ただ イッポ の こと だ。 アイコ が あの トシ で あの ムケイケン で、 クラチ の よう な ヤセイ と ボウリョク と に キョウミ を もたぬ の は もちろん、 イッシュ の エンオ を さえ かんじて いる の は さっせられない では ない。 アイコ は きっと クラチ を しりぞける だろう。 しかし クラチ には おそろしい ムチ が ある。 そして イチド クラチ が オンナ を オノレ の チカラ の モト に とりひしいだら いかなる オンナ も ニド と クラチ から のがれる こと の できない よう な キカイ の マスイ の チカラ を もって いる。 シソウ とか レイギ とか に わずらわされない、 ムジンゾウ に キョウレツ で セイフクテキ な キ の まま な ダンセイ の チカラ は いかな オンナ をも その ホンノウ に たちかえらせる マジュツ を もって いる。 しかも あの ジュウジュン-らしく みえる アイコ は ヨウコ に たいして うまれる と から の テキイ を はさんで いる の だ。 どんな カノウ でも えがいて みる こと が できる。 そう おもう と ヨウコ は ワガミ で ワガミ を やく よう な ミレン と シット の ため に ゼンゴ も わすれて しまった。 なんとか して クラチ を しばりあげる まで は ヨウコ は あまんじて イマ の クツウ に たえしのぼう と した。
その コロ から あの マサイ と いう オトコ が クラチ の ルス を うかがって は ヨウコ に あい に くる よう に なった。
「アイツ は イヌ だった。 あやうく テ を かませる ところ だった。 どんな こと が あって も よせつける では ない ぞ」
と クラチ が ヨウコ に いいきかせて から 1 シュウカン も たたない ノチ に、 ひょっこり マサイ が カオ を みせた。 なかなか の シャレモノ で、 スンブン の スキ も ない ミナリ を して いた オトコ が、 どこ か に ヒンキュウ を におわす よう に なって いた。 カラー には うっすり アセジミ が できて、 ズボン の ヒザ には ヤケコゲ の ちいさな アナ が あいたり して いた。 ヨウコ が あげる あげない も いわない うち に、 コンイズク-らしく どんどん ゲンカン から あがりこんで ザシキ に とおった。 そして コウカ-らしい セイヨウガシ の うつくしい ハコ を ヨウコ の メノマエ に フロシキ から とりだした。
「せっかく おいで くださいました のに クラチ さん は ルス です から、 はばかり です が でなおして オアソビ に いらしって くださいまし。 これ は それまで オアズカリオキ を ねがいます わ」
そう いって ヨウコ は カオ には いかにも コンイ を みせながら、 コトバ には ニノク が つげない ほど の レイタンサ と ツヨサ と を しめして やった。 しかし マサイ は しゃあしゃあ と して ヘイキ な もの だった。 ゆっくり ウチカクシ から マキタバコイレ を とりだして、 キングチ を 1 ポン つまみとる と、 スミ の ウエ に たまった ハイ を しずか に かきのける よう に して ヒ を つけて、 のどか に カオリ の いい ケムリ を ザシキ に ただよわした。
「オルス です か…… それ は かえって コウツゴウ でした…… もう ナツ-らしく なって きました ね、 トナリ の バラ も さきだす でしょう…… とおい よう だ が まだ キョネン の こと です ねえ、 オタガイサマ に タイヘイヨウ を いったり きたり した の は…… あの コロ が おもしろい サカリ でした よ。 ワタシタチ の シゴト も まだ にらまれず に いた ん でした から…… ときに オクサン」
そう いって おりいって ソウダン でも する よう に マサイ は タバコボン を おしのけて ヒザ を のりだす の だった。 ヒト を あなどって かかって くる と おもう と ヨウコ は ぐっと シャク に さわった。 しかし イゼン の よう な ヨウコ は そこ には いなかった。 もし それ が イゼン で あったら、 ジブン の サイキ と リキリョウ と ビボウ と に ジュウブン の ジシン を もつ ヨウコ で あったら、 ケ の スエ ほど も ジブン を うしなう こと なく、 ユウエン に エンカツ に オトコ を ジブン の かけた ワナ の ナカ に おとしいれて、 ジジョウ ジバク の にがい メ に あわせて いる に ちがいない。 しかし ゲンザイ の ヨウコ は タワイ も なく テキ を テモト まで もぐりこませて しまって ただ いらいら と あせる だけ だった。 そういう ハメ に なる と ヨウコ は ぞんがい チカラ の ない ジブン で ある の を しらねば ならなかった。
マサイ は ヒザ を のりだして から、 しばらく だまって ビンショウ に ヨウコ の カオイロ を うかがって いた が、 これ なら だいじょうぶ と ミキワメ を つけた らしく、
「すこし ばかり で いい ん です、 ひとつ ユウズウ して ください」
と きりだした。
「そんな こと を おっしゃったって、 ワタシ に どう シヨウ も ない くらい は ゴゾンジ じゃ ありません か。 そりゃ ヨジン じゃ なし、 できる もの なら なんとか いたします けれども、 シマイ 3 ニン が どうか こうか して クラチ に やしなわれて いる コンニチ の よう な キョウガイ では、 ワタシ に ナニ が できましょう。 マサイ さん にも にあわない マトチガイ を おっしゃる のね。 クラチ なら ゴソウダン にも なる でしょう から メン と むかって おはなし くださいまし。 ナカ に はいる と ワタシ が こまります から」
ヨウコ は とりつく シマ も ない よう に と イヤミ な チョウシ で ずけずけ と こう いった。 マサイ は せせらわらう よう に ほほえんで キングチ の ハイ を しずか に ハイフキ に おとした。
「もうすこし ざっくばらん に いって ください よ、 キノウ キョウ の オツキアイ じゃ なし。 クラチ さん と まずく なった くらい は ゴショウチ じゃ ありません か。 ……しって いらしって そういう クチ の キキカタ は すこし ひどすぎます ぜ、 (ここ で カメン を とった よう に マサイ は ふてくされた タイド に なった。 しかし コトバ は どこまでも オントウ だった) きらわれたって ワタシ は なにも クラチ さん を どう しよう の こう しよう の と、 そんな ハクジョウ な こと は しない つもり です。 クラチ さん に ケガ が あれば ワタシ だって ドウザイ イジョウ です から ね。 ……しかし ……ひとつ なんとか ならない もん でしょう か」
ヨウコ の イカリ に コウフン した シンケイ は マサイ の この ヒトコト に すぐ おびえて しまった。 なにもかも クラチ の リメン を しりぬいてる はず の マサイ が、 ステバチ に なったら クラチ の ミノウエ に どんな サイナン が ふりかからぬ とも かぎらぬ。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる だろう。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる。 ヨウコ は ますます ヨワミ に なった ジブン を すくいだす スベ に こうじはてて いた。
「それ を ゴショウチ で ワタシ の ところ に いらしったって…… たとい ワタシ に ツゴウ が ついた と した ところ で、 どう シヨウ も ありません じゃ ない の。 なんぼ ワタシ だって も、 クラチ と ナカタガエ を なさった アナタ に クラチ の カネ を ナニ する……」
「だから クラチ さん の もの を オネダリ は しません さ。 キムラ さん から も たんまり きて いる はず じゃ ありません か。 その ナカ から…… たんと たあ いいません から、 キュウキョウ を たすける と おもって どうか」
マサイ は ヨウコ を オトコタラシ と みくびった タイド で、 ジョウフ を もってる メカケ に でも せまる よう な ずうずうしい カオイロ を みせた。 こんな オシモンドウ の ケッカ ヨウコ は とうとう マサイ に 300 エン ほど の カネ を むざむざ と せびりとられて しまった。 ヨウコ は その バン クラチ が かえって きた とき も それ を いいだす キリョク は なかった。 チョキン は ゼンブ サダコ の ほう に おくって しまって、 ヨウコ の テモト には いくらも のこって は いなかった。
それから と いう もの マサイ は 1 シュウカン と おかず に ヨウコ の ところ に きて は カネ を せびった。 マサイ は その オリオリ に、 エノシママル の サルン の イチグウ に じんどって サケ と タバコ と に ひたりながら、 なにかしらん ヒソヒソバナシ を して いた スウニン の ヒトタチ―― ヒト を みぬく メ の するどい ヨウコ にも どうしても その ヒトタチ の ショクギョウ を スイサツ しえなかった スウニン の ヒトタチ の ナカマ に クラチ が はいって はじめだした ヒミツ な シゴト の コサイ を もらした。 マサイ が ヨウコ を おびやかす ため に、 その ハナシ には コチョウ が くわえられて いる、 そう おもって きいて みて も、 ヨウコ の ムネ に ひやっと させる こと ばかり だった。 クラチ が ニッシン センソウ にも サンカ した ジムチョウ で、 カイグン の ヒトタチ にも コウカイ ギョウシャ にも わりあい に ひろい コウサイ が ある ところ から、 ザイリョウ の シュウシュウシャ と して その ナカマ の ギュウジ を とる よう に なり、 ロコク や ベイコク に むかって もらした ソコク の グンジジョウ の ヒミツ は なかなか ヨウイ ならざる もの らしかった。 クラチ の キブン が すさんで ゆく の も もっとも だ と おもわれる よう な コトガラ を かずかず ヨウコ は きかされた。 ヨウコ は シマイ には ジブン ジシン を まもる ため にも マサイ の キゲン を とりはずして は ならない と おもう よう に なった。 そして マサイ の コトバ が イチゴ イチゴ おもいだされて、 ヨル なぞ に なる と ねむらせぬ ほど に ヨウコ を くるしめた。 ヨウコ は また ヒトツ の おもい ヒミツ を せおわなければ ならぬ ジブン を みいだした。 この つらい イシキ は すぐに また クラチ に ひびく よう だった。 クラチ は ともすると テキ の カンチョウ では ない か と うたがう よう な けわしい メ で ヨウコ を にらむ よう に なった。 そして フタリ の アイダ には また ヒトツ の ミゾ が ふえた。
それ ばかり では なかった。 マサイ に ヒミツ な カネ を ユウズウ する ため には クラチ から の アテガイ だけ では とても たりなかった。 ヨウコ は あり も しない こと を まことしやか に かきつらねて キムラ の ほう から ソウキン させねば ならなかった。 クラチ の ため なら とにも かくにも、 クラチ と ジブン の イモウト たち と が ゆたか な セイカツ を みちびく ため に なら とにも かくにも、 ヨウコ は イッシュ の ドウアク な ホコリ を もって それ を して、 オトコ の ため に なら ナニゴト でも と いう ステバチ な マンゾク を かいえない では なかった が、 その カネ が たいてい マサイ の フトコロ に キュウシュウ されて しまう の だ と おもう と、 いくら カンセツ には クラチ の ため だ とは いえ ヨウコ の ムネ は いたかった。 キムラ から は ソウキン の たび ごと に あいかわらず ながい ショウソク が そえられて きた。 キムラ の ヨウコ に たいする アイチャク は ヒ を おうて まさる とも おとろえる ヨウス は みえなかった。 シゴト の ほう にも テチガイ や ゴサン が あって ハジメ の ミコミドオリ には セイコウ とは いえない が、 ヨウコ の ほう に おくる くらい の カネ は どうして でも ツゴウ が つく くらい の シンヨウ は えて いる から かまわず いって よこせ とも かいて あった。 こんな シンジツ な アイジョウ と ネツイ を たえず しめされる コノゴロ は ヨウコ も さすが に ジブン の して いる こと が くるしく なって、 おもいきって キムラ に スベテ を うちあけて、 カンケイ を たとう か と おもいなやむ よう な こと が ときどき あった、 その ヤサキ なので、 ヨウコ は ムネ に ことさら イタミ を おぼえた。 それ が ますます ヨウコ の シンケイ を いらだたせて、 その ビョウキ にも エイキョウ した。 そして ハナ の 5 ガツ が すぎて、 アオバ の 6 ガツ に なろう と する コロ には、 ヨウコ は いたましく やせほそった、 メ ばかり どぎつい じゅんぜん たる ヒステリー-ショウ の オンナ に なって いた。
テンシン に ちかく ぽつり と ヒトツ しろく わきでた クモ の イロ にも カタチ にも それ と しられる よう な タケナワ な ハル が、 トコロドコロ の ベッソウ の タテモノ の ホカ には みわたす かぎり ふるく さびれた カマクラ の ヤトヤト に まで あふれて いた。 おもい スナツチ の しろばんだ ミチ の ウエ には オチツバキ が ヒトエザクラ の ハナ と まじって ムザン に おちちって いた。 サクラ の コズエ には アカミ を もった ワカバ が きらきら と ヒ に かがやいて、 あさい カゲ を チ に おとした。 ナ も ない ゾウキ まで が うつくしかった。 カエル の コエ が ねむく タンボ の ほう から きこえて きた。 キュウカ で ない せい か、 おもいのほか に ヒト の ザットウ も なく、 ときおり、 おなじ ハナカンザシ を、 オンナ は カミ に オトコ は エリ に さして センダツ らしい の が ムラサキ の コバタ を もった、 とおい ところ から ハル を おって へめぐって きた らしい イナカ の ヒトタチ の ムレ が、 サケノケ も からず に しめやか に はなしあいながら とおる の に ゆきあう くらい の もの だった。
クラチ も キシャ の ナカ から シゼン に キブン が はれた と みえて、 いかにも クッタク なくなって みえた。 フタリ は テイシャジョウ の フキン に ある ある こぎれい な リョカン を かねた リョウリヤ で チュウジキ を したためた。 ニッチョウ サマ とも ドンブク サマ とも いう テラ の ヤネ が ニワサキ に みえて、 そこ から ガンビョウ の キトウ だ と いう ウチワ-ダイコ の オト が どんぶく どんぶく と タンチョウ に きこえる よう な ところ だった。 ヒガシ の ほう は その ナ さながら の ビョウブヤマ が ワカバ で ハナ より も うつくしく よそおわれて かすんで いた。 みじかく うつくしく かりこまれた シバフ の シバ は まだ もえて は いなかった が、 トコロマバラ に たちつらなった コマツ は ミドリ を ふきかけて、 ヤエザクラ は のぼせた よう に ハナ で うなだれて いた。 もう アワセ 1 マイ に なって、 そこ に タベモノ を はこんで くる ジョチュウ は エリマエ を くつろげながら ナツ が きた よう だ と いって わらったり した。
「ここ は いい わ。 キョウ は ここ で とまりましょう」
ヨウコ は ケイカク から ケイカク で アタマ を いっぱい に して いた。 そして そこ に いらない もの を あずけて、 エノシマ の ほう まで クルマ を はしらした。
カエリ には ゴクラクジザカ の シタ で フタリ とも クルマ を すてて カイガン に でた。 もう ヒ は イナムラガサキ の ほう に かたむいて スナハマ は やや くれそめて いた。 コツボ の ハナ の ガケ の ウエ に ワカバ に つつまれて たった 1 ケン たてられた セイヨウジン の シロ ペンキヌリ の ベッソウ が、 ユウヒ を うけて ミドリイロ に そめた コケット の、 カミ の ナカ の ダイヤモンド の よう に かがやいて いた。 その ガケシタ の ミンカ から は スイエン が ユウモヤ と イッショ に なって ウミ の ほう に たなびいて いた。 ナミウチギワ の スナ は いい ほど に しめって ヨウコ の アズマ ゲタ の ハ を すった。 フタリ は ベッソウ から サンポ に でて きた らしい イククミ か の ジョウヒン な ダンジョ の ムレ と であった が、 ヨウコ は ジブン の ヨウボウ なり フクソウ なり が、 その どの ムレ の どの ヒト にも たちまさって いる の を イシキ して、 かるい ホコリ と オチツキ を かんじて いた。 クラチ も そういう オンナ を ジブン の ハンリョ と する の を あながち ムトンジャク には おもわぬ らしかった。
「ダレ か ひょんな ヒト に あう だろう と おもって いました が うまく ダレ にも あわなかって ね。 ムコウ の コツボ の ジンカ の みえる ところ まで いきましょう ね。 そして コウミョウジ の サクラ を みて かえりましょう。 そう する と ちょうど オナカ が いい スキグアイ に なる わ」
クラチ は なんとも こたえなかった が、 むろん ショウチ で いる らしかった。 ヨウコ は ふと ウミ の ほう を みて クラチ に また クチ を きった。
「あれ は ウミ ね」
「オオセ の とおり」
クラチ は ヨウコ が ときどき トテツ も なく わかりきった こと を ショウジョ みたい な ムジャキサ で いう、 また それ が はじまった と いう よう に しぶそう な ワライ を カタホオ に うかべて みせた。
「ワタシ もう イチド あの マッタダナカ に のりだして みたい」
「して どう する の だい」
クラチ も さすが に ながかった ウミ の ウエ の セイカツ を とおく おもいやる よう な カオ を しながら いった。
「ただ のりだして みたい の。 どーっと ミサカイ も なく ふきまく カゼ の ナカ を、 オオナミ に おもいぞんぶん ゆられながら、 ひっくりかえりそう に なって は たてなおって きりぬけて いく あの フネ の ウエ の こと を おもう と、 ムネ が どきどき する ほど もう イチド のって みたく なります わ。 こんな ところ いや ねえ、 すんで みる と」
そう いって ヨウコ は パラゾル を ひらいた まま エ の サキ で しろい スナ を ざくざく と さしとおした。
「あの さむい バン の こと、 ワタシ が カンパン の ウエ で かんがえこんで いた とき、 アナタ が ヒ を ぶらさげて オカ さん を つれて、 やって いらしった あの とき の こと など を ワタシ は ワケ も なく おもいだします わ。 あの とき ワタシ は ウミ で なければ きけない よう な オンガク を きいて いました わ。 オカ の ウエ には あんな オンガク は きこう と いったって ありゃ しない。 おーい、 おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい…… あれ は ナニ?」
「ナン だ それ は」
クラチ は ケゲン な カオ を して ヨウコ を ふりかえった。
「あの コエ」
「どの」
「ウミ の コエ…… ヒト を よぶ よう な…… オタガイ で よびあう よう な」
「なんにも きこえ や せん じゃ ない か」
「その とき きいた のよ…… こんな あさい ところ では ナニ が きこえます もの か」
「オレ は ナガネン ウミ の ウエ で くらした が、 そんな コエ は イチド だって きいた こと は ない わ」
「そうお。 フシギ ね。 オンガク の ミミ の ない ヒト には きこえない の かしら。 ……たしか に きこえました よ、 あの バン に…… それ は キミ の わるい よう な ものすごい よう な…… いわば ね、 イッショ に なる べき はず なのに イッショ に なれなかった…… その ヒトタチ が イクオクマン と ウミ の ソコ に あつまって いて、 めいめい しにかけた よう な ひくい オト で、 おーい、 おーい と よびたてる、 それ が イッショ に なって あんな ぼんやり した おおきな コエ に なる か と おもう よう な そんな キミ の わるい コエ なの…… どこ か で イマ でも その コエ が きこえる よう よ」
「キムラ が やって いる の だろう」
そう いって クラチ は たかだか と わらった。 ヨウコ は ミョウ に わらえなかった。 そして もう イチド ウミ の ほう を ながめやった。 メ も とどかない よう な トオク の ほう に、 オオシマ が ヤマ の コシ から シタ は ユウモヤ に ぼかされて なくなって、 ウエ の ほう だけ が ヘ の ジ を えがいて ぼんやり と ソラ に うかんで いた。
フタリ は いつか ナメリガワ の カワグチ の ところ まで きついて いた。 イナセガワ を わたる とき、 クラチ は、 ヨコハマ フトウ で ヨウコ に まつわる ワカモノ に した よう に、 ヨウコ の ジョウタイ を ミギテ に かるがる と かかえて、 ク も なく ほそい ナガレ を おどりこして しまった が、 ナメリガワ の ほう は そう は ゆかなかった。 フタリ は カワハバ の せまそう な ところ を たずねて だんだん ジョウリュウ の ほう に ナガレ に そうて のぼって いった が、 カワハバ は ひろく なって ゆく ばかり だった。
「めんどうくさい、 かえりましょう か」
おおきな こと を いいながら、 コウミョウジ まで には ハンブンミチ も こない うち に、 ゲタ ゼンタイ が めいりこむ よう な スナミチ で つかれはてて しまった ヨウコ は こう いいだした。
「あすこ に ハシ が みえる。 とにかく あすこ まで いって みよう や」
クラチ は そう いって、 カイガンセン に そうて むっくり もれあがった サキュウ の ほう に つづく スナミチ を のぼりはじめた。 ヨウコ は クラチ に テ を ひかれて イキ を せいせい いわせながら、 キンニク が キョウチョク する よう に つかれた アシ を はこんだ。 ジブン の ケンコウ の スイタイ が いまさら に はっきり おもわせられる よう な それ は ツカレカタ だった。 いまにも ハレツ する よう に シンゾウ が コドウ した。
「ちょっと まって ベンケイガニ を ふみつけそう で あるけ や しません わ」
そう ヨウコ は モウシワケ-らしく いって イクド か アシ を とめた。 じっさい その ヘン には あかい コウラ を しょった ちいさな カニ が いかめしい ハサミ を あげて、 ざわざわ と オト を たてる ほど おびただしく オウコウ して いた。 それ が いかにも バンシュン の ユウグレ-らしかった。
サキュウ を のぼりきる と ザイモクザ の ほう に つづく ドウロ に でた。 ヨウコ は どうも フシギ な ココロモチ で、 ハマ から みえて いた ミダレバシ の ほう に ゆく キ に なれなかった。 しかし クラチ が どんどん そっち に むいて あるきだす ので、 すこし すねた よう に その テ に とりすがりながら もつれあって ヒトケ の ない その ハシ の ウエ まで きて しまった。
ハシ の テマエ の ちいさな カケヂャヤ には シュジン の バアサン が ヨシ で かこった うすぐらい コベヤ の ナカ で、 こそこそ と ミセ を たたむ シタク でも して いる だけ だった。
ハシ の ウエ から みる と、 ナメリガワ の ミズ は かるく うすにごって、 まだ メ を ふかない リョウギシ の カレアシ の ネ を しずか に あらいながら オト も たてず に ながれて いた。 それ が ムコウ に ゆく と すいこまれた よう に スナ の もれあがった ウシロ に かくれて、 また その サキ に ひかって あらわれて、 おだやか な リズム を たてて よせかえす ウミベ の ナミ の ナカ に とけこむ よう に そそいで いた。
ふと ヨウコ は メノシタ の カレアシ の ナカ に うごく もの が ある の に キ が ついて みる と、 おおきな ムギワラ の カイスイボウ を かぶって、 クイ に こしかけて、 ツリザオ を にぎった オトコ が、 ボウシ の ヒサシ の シタ から メ を ひからして ヨウコ を じっと みつめて いる の だった。 ヨウコ は なんの キ なし に その オトコ の カオ を ながめた。
キベ コキョウ だった。
ボウシ の シタ に かくれて いる せい か、 その カオ は ちょっと みわすれる くらい トシ が いって いた。 そして フクソウ から も、 ヨウス から も、 ラクハク と いう よう な イッシュ の キブン が ただよって いた。 キベ の カオ は カメン の よう に れいぜん と して いた が、 ツリザオ の サキ は フチュウイ にも ミズ に つかって、 ツリイト が オンナ の カミノケ を ながした よう に ミズ に ういて かるく ふるえて いた。
さすが の ヨウコ も ムネ を どきん と させて おもわず ミ を しざらせた。 「おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい」 ……それ が その シュンカン に ミミ の ソコ を すーっと とおって すーっと ユクエ も しらず すぎさった。 おずおず と クラチ を うかがう と、 クラチ は ナニゴト も しらぬげ に、 あたたか に くれて ゆく アオゾラ を ふりあおいで メイッパイ に ながめて いた。
「かえりましょう」
ヨウコ の コエ は ふるえて いた。 クラチ は なんの キ なし に ヨウコ を かえりみた が、
「さむく でも なった か、 クチビル が しろい ぞ」
と いいながら ランカン を はなれた。 フタリ が その オトコ に ウシロ を みせて 5~6 ポ あゆみだす と、
「ちょっと おまち ください」
と いう コエ が ハシ の シタ から きこえた。 クラチ は はじめて そこ に ヒト の いた の に キ が ついて、 マユ を ひそめながら ふりかえった。 ざわざわ と アシ を わけながら コミチ を のぼって くる アシオト が して、 ひょっこり メノマエ に キベ の スガタ が あらわれでた。 ヨウコ は その とき は しかし スベテ に たいする ミガマエ を ジュウブン に して しまって いた。
キベ は すこし バカテイネイ な くらい に クラチ に たいして ボウシ を とる と、 すぐ ヨウコ に むいて、
「フシギ な ところ で オメ に かかりました ね、 しばらく」
と いった。 1 ネン マエ の キベ から ソウゾウ して どんな ゲキジョウテキ な クチョウ で よびかけられる かも しれない と あやぶんで いた ヨウコ は、 あんがい レイタン な キベ の タイド に アンシン も し、 フアン も かんじた。 キベ は どうか する と いなおる よう な こと を しかねない オトコ だ と ヨウコ は かねて おもって いた から だ。 しかし キベ と いう こと を センポウ から いいだす まで は つつめる だけ クラチ には ジジツ を つつんで みよう と おもって、 ただ にこやか に、
「こんな ところ で オメ に かかろう とは…… ワタシ も ホントウ に おどろいて しまいました。 でも まあ ホントウ に おめずらしい…… ただいま こちら の ほう に オスマイ で ございます の?」
「すまう と いう ほど も ない…… くすぶりこんで います よ はははは」
と キベ は うつろ に わらって、 ツバ の ひろい ボウシ を ショセイッポ-らしく アミダ に かぶった。 と おもう と また いそいで とって、
「あんな ところ から いきなり とびだして きて こう なれなれしく サツキ さん に オハナシ を しかけて ヘン に オオモイ でしょう が、 ボク は くだらん ヤクザモノ で、 それでも モト は サツキ-ケ には いろいろ ゴヤッカイ に なった オトコ です。 もうしあげる ほど の ナ も ありません から、 まあ ゴラン の とおり の ヤツ です。 ……どちら に オイデ です」
と クラチ に むいて いった。 その ちいさな メ には すぐれた サイキ と、 マケギライ-らしい キショウ と が ほとばしって は いた けれども、 じじむさい アゴヒゲ と、 のびる まま に のばした カミノケ と で、 ヨウコ で なければ その トクチョウ は みえない らしかった。 クラチ は どこ の ウマ の ホネ か と おもう よう な チョウシ で、 ジブン の ナ を なのる こと は もとより せず に、 かるく ボウシ を とって みせた だけ だった。 そして、
「コウミョウジ の ほう へ でも いって みよう か と おもった の だ が、 カワ が わたれん で…… この ハシ を いって も いかれます だろう」
3 ニン は ハシ の ほう を ふりかえった。 マッスグ な ドテミチ が しろく ヤマ の キワ の ほう まで つづいて いた。
「いけます がね、 それ は ハマヅタイ の ほう が オモムキ が あります よ。 ボウフ でも つみながら いらっしゃい。 カワ も わたれます、 ゴアンナイ しましょう」
と いった。 ヨウコ は イットキ も はやく キベ から のがれたく も あった が、 ドウジ に しんみり と イチベツ イライ の こと など を かたりあって みたい キ も した。 いつか キシャ の ナカ で あって これ が サイゴ の タイメン だろう と おもった、 あの とき から する と キベ は ずっと さばけた オトコ-らしく なって いた。 その フクソウ が いかにも セイカツ の フキソク なの と キュウハク して いる の を おもわせる と、 ヨウコ は シンミ な ドウジョウ に そそられる の を こばむ こと が できなかった。
クラチ は 4~5 ホ さきだって、 その アト から ヨウコ と キベ とは アイダ を へだてて ならびながら、 また ベンケイガニ の うざうざ いる スナミチ を ハマ の ほう に おりて いった。
「アナタ の こと は たいてい ウワサ や シンブン で しって いました よ…… ニンゲン て もの は おかしな もん です ね。 ……ワタシ は あれ から ラクゴシャ です。 ナニ を して みて も なりたった こと は ありません。 ツマ も コドモ も サト に かえして しまって イマ は ヒトリ で ここ に ホウロウ して います。 マイニチ ツリ を やって ね…… ああ やって ミズ の ナガレ を みて いる と、 それでも バンメシ の サケ の サカナ ぐらい な もの は つれて きます よ ははははは」
キベ は また うつろ に わらった が、 その ワライ の ヒビキ が キズグチ に でも こたえた よう に キュウ に だまって しまった。 スナ に くいこむ フタリ の ゲタ の オト だけ が きこえた。
「しかし これ で いて まったく の コドク でも ありません よ。 つい コノアイダ から シリアイ に なった オトコ だ が、 スナヤマ の スナ の ナカ に サケ を うずめて おいて、 ぶらり と やって きて それ を のんで よう の を タノシミ に して いる の と シリアイ に なりまして ね…… ソイツ の ライフ フィロソフィー が バカ に おもしろい ん です。 テッテイ した ウンメイロンシャ です よ。 サケ を のんで ウンメイロン を はく ん です。 まるで センニン です よ」
クラチ は どんどん あるいて フタリ の ハナシゴエ が ミミ に はいらぬ くらい とおざかった。 ヨウコ は キベ の クチ から レイ の カンショウテキ な コトバ が イマ でる か イマ でる か と おもって まって いた けれども、 キベ には いささかも そんな フウ は なかった。 ワライ ばかり で なく、 スベテ に うつろ な カンジ が する ほど ムカンジョウ に みえた。
「アナタ は ホントウ に イマ ナニ を なさって いらっしゃいます の」
と ヨウコ は すこし キベ に ちかよって たずねた。 キベ は ちかよられた だけ ヨウコ から とおのいて また うつろ に わらった。
「ナニ を する もん です か。 ニンゲン に ナニ が できる もん です か。 ……もう ハル も スエ に なりました ね」
トテツ も ない コトバ を しいて くっつけて キベ は その よく ひかる メ で ヨウコ を みた。 そして すぐ その メ を かえして、 とおざかった クラチ を こめて とおく ウミ と ソラ との サカイメ に ながめいった。
「ワタシ アナタ と ゆっくり オハナシ が して みたい と おもいます が……」
こう ヨウコ は しんみり ぬすむ よう に いって みた。 キベ は すこしも それ に ココロ を うごかされない よう に みえた。
「そう…… それ も おもしろい かな。 ……ワタシ は これ でも ときおり は アナタ の コウフク を いのったり して います よ、 おかしな もん です ね、 はははは (ヨウコ が その コトバ に つけいって ナニ か いおう と する の を キベ は ゆうゆう と おっかぶせて) あれ が、 あすこ に みえる の が オオシマ です。 ぽつん と ヒトツ クモ か ナニ か の よう に みえる でしょう ソラ に ういて…… オオシマ って いう イズ の サキ の ハナレジマ です。 あれ が ワタシ の ツリ を する ところ から ショウメン に みえる ん です。 あれ で いて、 ヒ に よって イロ が サマザマ に かわります。 どうか する と フンエン が ぽーっと みえる こと も あります よ」
また コトバ が ぽつん と きれて チンモク が つづいた。 ゲタ の オト の ホカ に ナミ の オト も だんだん と ちかく きこえだした。 ヨウコ は ただただ ムネ が せつなく なる の を おぼえた。 もう イチド どうしても ゆっくり キベ に あいたい キ に なって いた。
「キベ さん…… アナタ さぞ ワタシ を うらんで いらっしゃいましょう ね。 ……けれども ワタシ アナタ に どうしても もうしあげて おきたい こと が あります の。 なんとか して イチド ワタシ に あって くださいません? その うち に。 ワタシ の バンチ は……」
「おあい しましょう 『その うち に』 ……その うち に は いい コトバ です ね…… その うち に……。 ハナシ が ある から と オンナ に いわれた とき には、 ハナシ を キタイ しない で ホウヨウ か キョム か を カクゴ しろ って メイゲン が あります ぜ、 ははははは」
「それ は あまり な オッシャリカタ です わ」
ヨウコ は きわめて ジョウダン の よう に また きわめて マジメ の よう に こう いって みた。
「あまり か あまり で ない か…… とにかく メイゲン には ソウイ ありますまい、 ははははは」
キベ は また うつろ に わらった が、 また いたい ところ に でも ふれた よう に とつぜん わらいやんだ。
クラチ は ナミウチギワ チカク まで きて も わたれそう も ない ので トオク から こっち に ふりむいて、 むずかしい カオ を して たって いた。
「どれ オフタリ に ハシワタシ を して あげましょう かな」
そう いって キベ は カワベ の アシ を わけて しばらく スガタ を かくして いた が、 やがて ちいさな タブネ に のって サオ を さして あらわれて きた。 その とき ヨウコ は キベ が ツリドウグ を もって いない の に キ が ついた。
「アナタ ツリザオ は」
「ツリザオ です か…… ツリザオ は ミズ の ウエ に ういてる でしょう。 いまに ここ まで ながれて くる か…… こない か……」
そう こたえて あんがい ジョウズ に フネ を こいだ。 クラチ は ゆきすぎた だけ を いそいで とって かえして きた。 そして 3 ニン は あぶなかしく たった まま フネ に のった。 クラチ は キベ の マエ も かまわず ワキノシタ に テ を いれて ヨウコ を かかえた。 キベ は れいぜん と して サオ を とった。 ミツキ ほど で たわいなく フネ は ムコウギシ に ついた。 クラチ が いちはやく キシ に とびあがって、 テ を のばして ヨウコ を たすけよう と した とき、 キベ が ヨウコ に テ を かして いた ので、 ヨウコ は すぐに それ を つかんだ。 おもいきり チカラ を こめた ため か、 キベ の テ が フネ を こいだ ため だった か、 とにかく フタリ の テ は にぎりあわされた まま コキザミ に はげしく ふるえた。
「やっ、 どうも ありがとう」
クラチ は ヨウコ の ジョウリク を たすけて くれた キベ に こう レイ を いった。
キベ は フネ から は あがらなかった。 そして ツバビロ の ボウシ を とって、
「それじゃ これ で おわかれ します」
と いった。
「くらく なりました から、 オフタリ とも アシモト に キ を おつけなさい。 さようなら」
と つけくわえた。
3 ニン は ソウトウ の アイサツ を とりかわして わかれた。 1 チョウ ほど きて から キュウ に ユクテ が あかるく なった ので、 みる と コウミョウジ ウラ の ヤマノハ に、 ユウヅキ が こい クモ の キレメ から スガタ を みせた の だった。 ヨウコ は ウシロ を ふりかえって みた。 ムラサキイロ に くれた スナ の ウエ に キベ が フネ を アシマ に こぎかえして ゆく スガタ が カゲエ の よう に くろく ながめられた。 ヨウコ は シロコハク の パラゾル を ぱっと ひらいて、 クラチ には イタズラ に みえる よう に ふりうごかした。
3~4 チョウ きて から クラチ が コンド は ウシロ を ふりかえった。 もう そこ には キベ の スガタ は なかった。 ヨウコ は パラゾル を たたもう と して おもわず なみだぐんで しまって いた。
「あれ は いったい ダレ だ」
「ダレ だって いい じゃ ありません か」
クラサ に まぎれて クラチ に ナミダ は みせなかった が、 ヨウコ の コトバ は いたましく かんばしって いた。
「ローマンス の たくさん ある オンナ は ちがった もの だな」
「ええ、 その とおり…… あんな コジキ みたい な みっともない コイビト も もった こと が ある のよ」
「さすが は オマエ だよ」
「だから アイソ が つきた でしょう」
とつじょ と して また イイヨウ の ない サビシサ、 カナシサ、 クヤシサ が ボウフウ の よう に おそって きた。 また きた と おもって も それ は もう おそかった。 スナ の ウエ に つっぷして、 いまにも たえいりそう に ミモダエ する ヨウコ を、 クラチ は きこえぬ テイド に シタウチ しながら カイホウ せねば ならなかった。
その ヨ リョカン に かえって から も ヨウコ は いつまでも ねむらなかった。 そこ に きて はたらく ジョチュウ たち を ヒトリヒトリ つっけんどん に きびしく たしなめた。 シマイ には ヒトリ と して よりつく モノ が なくなって しまう くらい。 クラチ も ハジメ の うち は しぶしぶ つきあって いた が、 ついには カッテ に する が いい と いわん ばかり に ザシキ を かえて ヒトリ で ねて しまった。
ハル の ヨ は ただ、 コト も なく しめやか に ふけて いった。 トオク から きこえて くる カエル の ナキゴエ の ホカ には、 ニッチョウ サマ の モリ アタリ で なく らしい フクロウ の コエ が する ばかり だった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ヨドリ で ありながら、 その コエ には ヒト を バカ に しきった よう な、 それでいて きく に たえない ほど さびしい ヒビキ が ひそんで いた。 ほう、 ほう…… ほう、 ほうほう と まどお に タンチョウ に おなじ キ の エダ と おもわしい ところ から きこえて いた。 ヒトビト が ねしずまって みる と、 フンヌ の ジョウ は いつか きえはてて、 イイヨウ の ない セキバク が その アト に のこった。
ヨウコ の する こと いう こと は ヒトツヒトツ ヨウコ を クラチ から ひきはなそう と する もの ばかり だった。 コンヤ も クラチ が ヨウコ から まちのぞんで いた もの を ヨウコ は あきらか に しって いた。 しかも ヨウコ は ワケ の わからない イカリ に まかせて ジブン の おもう まま を ふるまった ケッカ、 クラチ には フカイ きわまる シツボウ を あたえた に ちがいない。 こうした まま で ヒ が たつ に したがって、 クラチ は イヤオウ なし に さらに あたらしい セイテキ キョウミ の タイショウ を もとめる よう に なる の は モクゼン の こと だ。 げんに アイコ は その コウホシャ の ヒトリ と して クラチ の メ には うつりはじめて いる の では ない か。 ヨウコ は クラチ との カンケイ を ハジメ から かんがえたどって みる に つれて、 どうしても まちがった ホウコウ に フカイリ した の を くいない では いられなかった。 しかし クラチ を てなずける ため には あの ミチ を えらぶ より シカタ が なかった よう にも おもえる。 クラチ の セイカク に ケッテン が ある の だ。 そう では ない。 クラチ に アイ を もとめて いった ジブン の セイカク に ケッテン が ある の だ。 ……そこ まで リクツ-らしく リクツ を たどって きて みる と、 ヨウコ は ジブン と いう もの が ふみにじって も あきたりない ほど いや な モノ に みえた。
「なぜ ワタシ は キベ を すて キムラ を くるしめなければ ならない の だろう。 なぜ キベ を すてた とき に ワタシ は ココロ に のぞんで いる よう な ミチ を まっしぐら に すすんで いく こと が できなかった の だろう。 ワタシ を キムラ に しいて おしつけた イソガワ の オバサン は わるい…… ワタシ の ウラミ は どうしても きえる もの か。 ……と いって おめおめ と その サクリャク に のって しまった ワタシ は なんと いう ふがいない オンナ だった の だろう。 クラチ に だけ は ワタシ は シツボウ したく ない と おもった。 イマ まで の スベテ の シツボウ を あの ヒト で ゼンブ とりかえして まだ あまりきる よう な ヨロコビ を もとう と した の だった。 ワタシ は クラチ とは はなれて は いられない ニンゲン だ と たしか に しんじて いた。 そして ワタシ の もってる スベテ を…… みにくい もの の スベテ をも クラチ に あたえて かなしい とも おもわなかった の だ。 ワタシ は ジブン の イノチ を クラチ の ムネ に たたきつけた。 それだのに イマ は ナニ が のこって いる…… ナニ が のこって いる……。 コンヤ かぎり ワタシ は クラチ に みはなされる の だ。 この ヘヤ を でて いって しまった とき の レイタン な クラチ の カオ!…… ワタシ は いこう。 これから いって クラチ に わびよう、 ドレイ の よう に タタミ に アタマ を こすりつけて わびよう…… そう だ。 ……しかし クラチ が レイコク な カオ を して ワタシ の ココロ を み も かえらなかったら…… ワタシ は いきてる アイダ に そんな クラチ の カオ を みる ユウキ は ない。 ……キベ に わびよう か…… キベ は イドコロ さえ しらそう とは しない の だ もの……」
ヨウコ は やせた カタ を いたましく ふるわして、 クラチ から ゼツエン されて しまった もの の よう に、 さびしく かなしく ナミダ の かれる か と おもう まで なく の だった。 しずまりきった ヨル の クウキ の ナカ に、 ときどき ハナ を かみながら すすりあげ すすりあげ なきふす いたましい コエ だけ が きこえた。 ヨウコ は ジブン の コエ に つまされて なおさら ヒアイ から ヒアイ の ドンゾコ に しずんで いった。
やや しばらく して から ヨウコ は ケッシン する よう に、 テヂカ に あった スズリバコ と リョウシ と を ひきよせた。 そして ふるえる テサキ を しいて あやつりながら カンタン な テガミ を ウバ に あてて かいた。 それ には ウバ とも サダコ とも だんぜん エン を きる から イゴ タニン と おもって くれ。 もし ジブン が しんだら ここ に ドウフウ する テガミ を キベ の ところ に もって ゆく が いい。 キベ は きっと どうして でも サダコ を やしなって くれる だろう から と いう イミ だけ を かいた。 そして キベ-アテ の テガミ には、
「サダコ は アナタ の コ です。 その カオ を ヒトメ ゴラン に なったら すぐ おわかり に なります。 ワタシ は イマ まで イジ から も サダコ は ワタシ ヒトリ の コ で ワタシ ヒトリ の もの と する つもり で いました。 けれども ワタシ が ヨ に ない もの と なった イマ は、 アナタ は もう ワタシ の ツミ を ゆるして くださる か とも おもいます。 せめては サダコ を うけいれて くださいましょう。
ヨウコ の しんだ ノチ
あわれ なる サダコ の ママ より
サダコ の オトウサマ へ」
と かいた。 ナミダ は マキガミ の ウエ に トメド なく おちて ジ を にじました。 トウキョウ に かえったら ためて おいた ヨキン の ゼンブ を ひきだして それ を カワセ に して ドウフウ する ため に フウ を とじなかった。
サイゴ の ギセイ…… イマ まで とつおいつ すてかねて いた サイアイ の もの を サイゴ の ギセイ に して みたら、 たぶん は クラチ の ココロ が もう イチド ジブン に もどって くる かも しれない。 ヨウコ は アラガミ に サイアイ の もの を イケニエ と して ネガイ を きいて もらおう と する タイコ の ヒト の よう な ヒッシ な ココロ に なって いた。 それ は ムネ を はりさく よう な ギセイ だった。 ヨウコ は ジブン の メ から も エイユウテキ に みえる この ケッシン に カンゲキ して また あたらしく なきくずれた。
「どうか、 どうか、 ……どうーか」
ヨウコ は ダレ に とも なく テ を あわして、 イッシン に ねんじて おいて、 おおしく ナミダ を おしぬぐう と、 そっと ザ を たって、 クラチ の ねて いる ほう へ と しのびよった。 ロウカ の アカリ は タイハン けされて いる ので、 ガラスマド から おぼろ に さしこむ ツキ の ヒカリ が タヨリ に なった。 ロウカ の ハンブン-ガタ リン の もえた よう な その ヒカリ の ナカ を、 やせほそって いっそう セタケ の のびて みえる ヨウコ は、 カゲ が あゆむ よう に オト も なく しずか に あゆみながら、 そっと クラチ の ヘヤ の フスマ を ひらいて ナカ に はいった。 うすぐらく ともった アリアケ の モト に クラチ は ナニゴト も しらぬげ に こころよく ねむって いた。 ヨウコ は そっと その マクラモト に ザ を しめた。 そして クラチ の ネガオ を みまもった。
ヨウコ の メ には ひとりでに ナミダ が わく よう に あふれでて、 あつぼったい よう な カンジ に なった クチビル は ワレ にも なく わなわな と ふるえて きた。 ヨウコ は そうした まま で だまって なおも クラチ を みつづけて いた。 ヨウコ の メ に たまった ナミダ の ため に クラチ の スガタ は みるみる にじんだ よう に リンカク が ぼやけて しまった。 ヨウコ は いまさら ヒト が ちがった よう に ココロ が よわって、 ウケミ に ばかり ならず には いられなく なった ジブン が かなしかった。 なんと いう なさけない かわいそう な こと だろう。 そう ヨウコ は しみじみ と おもった。
だんだん ヨウコ の ナミダ は ススリナキ に かわって いった。 クラチ が ネムリ の ウチ で それ を かんじた らしく、 うるさそう に ウメキゴエ を ちいさく たてて ネガエリ を うった。 ヨウコ は ぎょっと して イキ を つめた。
しかし すぐ ススリナキ は また かえって きた。 ヨウコ は ナニゴト も わすれはてて、 クラチ の トコ の ソバ に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも なきつづけて いた。
38
「ナニ を そう おずおず して いる の かい。 その ボタン を ウシロ に はめて くれ さえ すれば それ で いい の だに」
クラチ は クラチ に して は とくに やさしい コエ で こう いった、 ワイシャツ を きよう と した まま ヨウコ に セ を むけて たちながら。 ヨウコ は とんでもない シッサク でも した よう に、 シャツ の ハイブ に つける カラー ボタン を テ に もった まま おろおろ して いた。
「つい シャツ を しかえる とき それ だけ わすれて しまって……」
「イイワケ なんぞ は いい わい。 はやく たのむ」
「はい」
ヨウコ は しとやか に そう いって よりそう よう に クラチ に ちかよって その ボタン を ボタンアナ に いれよう と した が、 ノリ が こわい の と、 キオクレ が して いる ので ちょっと は はいりそう に なかった。
「すみません が ちょっと ぬいで くださいまし な」
「メンドウ だな、 コノママ で できよう が」
ヨウコ は もう イチド こころみた。 しかし おもう よう には ゆかなかった。 クラチ は もう あきらか に いらいら しだして いた。
「ダメ か」
「まあ ちょっと」
「だせ、 かせ オレ に。 なんでも ない こと だに」
そう いって くるり と ふりかえって ちょっと ヨウコ を にらみつけながら、 ひったくる よう に ボタン を うけとった。 そして また ヨウコ に ウシロ を むけて ジブン で それ を はめよう と かかった。 しかし なかなか うまく ゆかなかった。 みるみる クラチ の テ は はげしく ふるえだした。
「おい、 てつだって くれて も よかろう が」
ヨウコ が あわてて テ を だす と ハズミ に ボタン は タタミ の ウエ に おちて しまった。 ヨウコ が それ を ひろおう と する マ も なく、 アタマ の ウエ から クラチ の コエ が カミナリ の よう に なりひびいた。
「バカ! ジャマ を しろ と いい や せん ぞ」
ヨウコ は それでも どこまでも やさしく でよう と した。
「ごめん ください ね、 ワタシ オジャマ なんぞ……」
「ジャマ よ。 これ で ジャマ で なくて ナン だ…… ええ、 そこ じゃ ありゃ せん よ。 そこ に みえとる じゃ ない か」
クラチ は クチ を とがらして アゴ を つきだしながら、 どしん と アシ を あげて タタミ を ふみならした。
ヨウコ は それでも ガマン した。 そして ボタン を ひろって たちあがる と クラチ は もう ワイシャツ を ぬぎすてて いる ところ だった。
「ムナクソ の わるい…… おい ニホンフク を だせ」
「ジュバン の エリ が かけず に あります から…… ヨウフク で ガマン して くださいまし ね」
ヨウコ は ジブン が もって いる と おもう ほど の コビ を ある かぎり メ に あつめて タンガン する よう に こう いった。
「オマエ には たのまん まで よ…… アイ ちゃん」
クラチ は おおきな コエ で アイコ を よびながら カイカ の ほう に ミミ を すました。 ヨウコ は それでも こんかぎり ガマン しよう と した。 ハシゴダン を しとやか に のぼって アイコ が イツモ の よう に ジュウジュン に ヘヤ に はいって きた。 クラチ は キュウ に ソウゴウ を くずして にこやか に なって いた。
「アイ ちゃん たのむ、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ」
アイコ は ナニゴト の おこった か を つゆ しらぬ よう な カオ を して、 オトコ の ニッカン を そそる よう な カタジシ の ニクタイ を うつくしく おりまげて、 セッパク の シャツ を テ に とりあげる の だった。 ヨウコ が ちゃんと クラチ に かしずいて そこ に いる の を まったく ムシ した よう な ずうずうしい タイド が、 ひがんで しまった ヨウコ の メ には にくにくしく うつった。
「ヨケイ な こと を おし で ない」
ヨウコ は とうとう かっと なって アイコ を たしなめながら いきなり テ に ある シャツ を ひったくって しまった。
「キサマ は…… オレ が アイ ちゃん に たのんだ に なぜ ヨケイ な こと を しくさる ん だ」
と そう いって いたけだか に なった クラチ には ヨウコ は もう メ も くれなかった。 アイコ ばかり が ヨウコ の メ には みえて いた。
「オマエ は シタ に いれば それ で いい ニンゲン なん だよ。 オサンドン の シゴト も ろくろく でき は しない くせ に ヨケイ な ところ に でしゃばる もん じゃ ない こと よ。 ……シタ に いって おいで」
アイコ は こう まで アネ に たしなめられて も、 さからう でも なく おこる でも なく、 だまった まま ジュウジュン に、 タコン な メ で アネ を じっと みて しずしず と その ザ を はずして しまった。
こんな もつれあった イサカイ が ともすると ヨウコ の イエ で くりかえされる よう に なった。 ヒトリ に なって キ が しずまる と ヨウコ は ココロ の ソコ から ジブン の キョウボウ な フルマイ を くいた。 そして キ を とりなおした つもり で どこまでも アイコ を いたわって やろう と した。 アイコ に アイジョウ を みせる ため には ギリ にも サダヨ に つらく あたる の が トウゼン だ と おもった。 そして アイコ の みて いる マエ で、 あいする モノ が あいする モノ を にくんだ とき ばかり に みせる ザンギャク な カシャク を サダヨ に あたえたり した。 ヨウコ は それ が リフジン きわまる こと だ とは しって いながら、 そう ヘンパ に かたむいて くる ジブン の ココロモチ を どう する こと も できなかった。 それ のみ ならず ヨウコ には ジブン の ウップン を もらす ため の タイショウ が ぜひ ヒトツ ヒツヨウ に なって きた。 ヒト で なければ ドウブツ、 ドウブツ で なければ ソウモク、 ソウモク で なければ ジブン ジシン に ナニ か なし に ショウガイ を あたえて いなければ キ が やすまなく なった。 ニワ の クサ など を つかんで いる とき でも、 ふと キ が つく と ヨウコ は しゃがんだ まま ヒトクキ の ナ も ない クサ を たった 1 ポン つみとって、 メ に ナミダ を いっぱい ためながら ツメ の サキ で ずたずた に きりさいなんで いる ジブン を みいだしたり した。
おなじ ショウドウ は ヨウコ を かって クラチ の ホウヨウ に ジブン ジシン を おもうぞんぶん しいたげよう と した。 そこ には クラチ の アイ を すこし でも おおく ジブン に つなぎたい ヨッキュウ も てつだって は いた けれども、 クラチ の テ で キョクド の クツウ を かんずる こと に フマンゾク きわまる マンゾク を みいだそう と して いた の だ。 セイシン も ニクタイ も はなはだしく ヤマイ に むしばまれた ヨウコ は ホウヨウ に よって の ウチョウテン な カンラク を あじわう シカク を うしなって から かなり ひさしかった。 そこ には ただ ジゴク の よう な カシャク が ある ばかり だった。 スベテ が おわって から ヨウコ に のこる もの は、 オウト を もよおす よう な ニクタイ の クツウ と、 しいて ジブン を ボウガ に さそおう と もがきながら、 それ が うらぎられて ムエキ に おわった、 その ノチ に おそって くる ダキ す べき ケンタイ ばかり だった。 クラチ が ヨウコ の その ヒサン な ムカンカク を ワケマエ して タトエヨウ も ない ゾウオ を かんずる の は もちろん だった。 ヨウコ は それ を しる と さらに いいしれない タヨリナサ を かんじて また はげしく クラチ に いどみかかる の だった。 クラチ は みるみる イッポ イッポ ヨウコ から はなれて いった。 そして ますます その キブン は すさんで いった。
「キサマ は オレ に あきた な。 オトコ でも つくりおった ん だろう」
そう ツバ でも はきすてる よう に いまいましげ に クラチ が あらわ に いう よう な ヒ も きた。
「どう すれば いい ん だろう」
そう いって ヒタイ の ところ に テ を やって ズツウ を しのびながら ヨウコ は ヒトリ くるしまねば ならなかった。
ある ヒ ヨウコ は おもいきって ひそか に イシ を おとずれた。 イシ は てもなく、 ヨウコ の スベテ の ナヤミ の ゲンイン は シキュウ コウクツショウ と シキュウ ナイマクエン と を ヘイハツ して いる から だ と いって きかせた。 ヨウコ は あまり に わかりきった こと を イシ が さも シッタカブリ に いって きかせる よう にも、 また その のっぺり した しろい カオ が、 おそろしい ウンメイ が ヨウコ に たいして よそおうた カメン で、 ヨウコ は その コトバ に よって マックラ な ユクテ を あきらか に しめされた よう にも おもった。 そして イカリ と シツボウ と を いだきながら その イエ を でた。 キト ヨウコ は ホンヤ に たちよって フジンビョウ に かんする ダイブ な イショ を かいもとめた。 それ は ジブン の ビョウショウ に かんする テッテイテキ な チシキ を えよう ため だった。 イエ に かえる と ジブン の ヘヤ に とじこもって すぐ ダイタイ を よんで みた。 コウクツショウ は ゲカ シュジュツ を ほどこして イチ キョウセイ を する こと に よって、 ナイマクエン は ナイマクエン を ケッソウ する こと に よって、 それ が キカイテキ の ハツビョウ で ある かぎり ゼンチ の ミコミ は ある が、 イチ キョウセイ の バアイ など に シジュツシャ の フチュウイ から シキュウテイ に センコウ を しょうじた とき など には、 おうおう に して ゲキレツ な フクマクエン を ケッカ する キケン が ともなわない でも ない など と かいて あった。 ヨウコ は クラチ に ジジョウ を うちあけて シュジュツ を うけよう か とも おもった。 フダン ならば ジョウシキ が すぐ それ を ヨウコ に させた に ちがいない。 しかし イマ は もう ヨウコ の シンケイ は キョクド に ゼイジャク に なって、 あらぬ ホウコウ に ばかり ワレ にも なく するどく はたらく よう に なって いた。 クラチ は ウタガイ も なく ジブン の ビョウキ に アイソ を つかす だろう。 たとい そんな こと は ない と して も ニュウイン の キカン に クラチ の ニク の ヨウキュウ が クラチ を おもわぬ ほう に つれて ゆかない とは ダレ が ホショウ できよう。 それ は ヨウコ の ヘキケン で ある かも しれない、 しかし もし アイコ が クラチ の チュウイ を ひいて いる と すれば、 ジブン の ルス の アイダ に クラチ が カノジョ に ちかづく の は ただ イッポ の こと だ。 アイコ が あの トシ で あの ムケイケン で、 クラチ の よう な ヤセイ と ボウリョク と に キョウミ を もたぬ の は もちろん、 イッシュ の エンオ を さえ かんじて いる の は さっせられない では ない。 アイコ は きっと クラチ を しりぞける だろう。 しかし クラチ には おそろしい ムチ が ある。 そして イチド クラチ が オンナ を オノレ の チカラ の モト に とりひしいだら いかなる オンナ も ニド と クラチ から のがれる こと の できない よう な キカイ の マスイ の チカラ を もって いる。 シソウ とか レイギ とか に わずらわされない、 ムジンゾウ に キョウレツ で セイフクテキ な キ の まま な ダンセイ の チカラ は いかな オンナ をも その ホンノウ に たちかえらせる マジュツ を もって いる。 しかも あの ジュウジュン-らしく みえる アイコ は ヨウコ に たいして うまれる と から の テキイ を はさんで いる の だ。 どんな カノウ でも えがいて みる こと が できる。 そう おもう と ヨウコ は ワガミ で ワガミ を やく よう な ミレン と シット の ため に ゼンゴ も わすれて しまった。 なんとか して クラチ を しばりあげる まで は ヨウコ は あまんじて イマ の クツウ に たえしのぼう と した。
その コロ から あの マサイ と いう オトコ が クラチ の ルス を うかがって は ヨウコ に あい に くる よう に なった。
「アイツ は イヌ だった。 あやうく テ を かませる ところ だった。 どんな こと が あって も よせつける では ない ぞ」
と クラチ が ヨウコ に いいきかせて から 1 シュウカン も たたない ノチ に、 ひょっこり マサイ が カオ を みせた。 なかなか の シャレモノ で、 スンブン の スキ も ない ミナリ を して いた オトコ が、 どこ か に ヒンキュウ を におわす よう に なって いた。 カラー には うっすり アセジミ が できて、 ズボン の ヒザ には ヤケコゲ の ちいさな アナ が あいたり して いた。 ヨウコ が あげる あげない も いわない うち に、 コンイズク-らしく どんどん ゲンカン から あがりこんで ザシキ に とおった。 そして コウカ-らしい セイヨウガシ の うつくしい ハコ を ヨウコ の メノマエ に フロシキ から とりだした。
「せっかく おいで くださいました のに クラチ さん は ルス です から、 はばかり です が でなおして オアソビ に いらしって くださいまし。 これ は それまで オアズカリオキ を ねがいます わ」
そう いって ヨウコ は カオ には いかにも コンイ を みせながら、 コトバ には ニノク が つげない ほど の レイタンサ と ツヨサ と を しめして やった。 しかし マサイ は しゃあしゃあ と して ヘイキ な もの だった。 ゆっくり ウチカクシ から マキタバコイレ を とりだして、 キングチ を 1 ポン つまみとる と、 スミ の ウエ に たまった ハイ を しずか に かきのける よう に して ヒ を つけて、 のどか に カオリ の いい ケムリ を ザシキ に ただよわした。
「オルス です か…… それ は かえって コウツゴウ でした…… もう ナツ-らしく なって きました ね、 トナリ の バラ も さきだす でしょう…… とおい よう だ が まだ キョネン の こと です ねえ、 オタガイサマ に タイヘイヨウ を いったり きたり した の は…… あの コロ が おもしろい サカリ でした よ。 ワタシタチ の シゴト も まだ にらまれず に いた ん でした から…… ときに オクサン」
そう いって おりいって ソウダン でも する よう に マサイ は タバコボン を おしのけて ヒザ を のりだす の だった。 ヒト を あなどって かかって くる と おもう と ヨウコ は ぐっと シャク に さわった。 しかし イゼン の よう な ヨウコ は そこ には いなかった。 もし それ が イゼン で あったら、 ジブン の サイキ と リキリョウ と ビボウ と に ジュウブン の ジシン を もつ ヨウコ で あったら、 ケ の スエ ほど も ジブン を うしなう こと なく、 ユウエン に エンカツ に オトコ を ジブン の かけた ワナ の ナカ に おとしいれて、 ジジョウ ジバク の にがい メ に あわせて いる に ちがいない。 しかし ゲンザイ の ヨウコ は タワイ も なく テキ を テモト まで もぐりこませて しまって ただ いらいら と あせる だけ だった。 そういう ハメ に なる と ヨウコ は ぞんがい チカラ の ない ジブン で ある の を しらねば ならなかった。
マサイ は ヒザ を のりだして から、 しばらく だまって ビンショウ に ヨウコ の カオイロ を うかがって いた が、 これ なら だいじょうぶ と ミキワメ を つけた らしく、
「すこし ばかり で いい ん です、 ひとつ ユウズウ して ください」
と きりだした。
「そんな こと を おっしゃったって、 ワタシ に どう シヨウ も ない くらい は ゴゾンジ じゃ ありません か。 そりゃ ヨジン じゃ なし、 できる もの なら なんとか いたします けれども、 シマイ 3 ニン が どうか こうか して クラチ に やしなわれて いる コンニチ の よう な キョウガイ では、 ワタシ に ナニ が できましょう。 マサイ さん にも にあわない マトチガイ を おっしゃる のね。 クラチ なら ゴソウダン にも なる でしょう から メン と むかって おはなし くださいまし。 ナカ に はいる と ワタシ が こまります から」
ヨウコ は とりつく シマ も ない よう に と イヤミ な チョウシ で ずけずけ と こう いった。 マサイ は せせらわらう よう に ほほえんで キングチ の ハイ を しずか に ハイフキ に おとした。
「もうすこし ざっくばらん に いって ください よ、 キノウ キョウ の オツキアイ じゃ なし。 クラチ さん と まずく なった くらい は ゴショウチ じゃ ありません か。 ……しって いらしって そういう クチ の キキカタ は すこし ひどすぎます ぜ、 (ここ で カメン を とった よう に マサイ は ふてくされた タイド に なった。 しかし コトバ は どこまでも オントウ だった) きらわれたって ワタシ は なにも クラチ さん を どう しよう の こう しよう の と、 そんな ハクジョウ な こと は しない つもり です。 クラチ さん に ケガ が あれば ワタシ だって ドウザイ イジョウ です から ね。 ……しかし ……ひとつ なんとか ならない もん でしょう か」
ヨウコ の イカリ に コウフン した シンケイ は マサイ の この ヒトコト に すぐ おびえて しまった。 なにもかも クラチ の リメン を しりぬいてる はず の マサイ が、 ステバチ に なったら クラチ の ミノウエ に どんな サイナン が ふりかからぬ とも かぎらぬ。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる だろう。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる。 ヨウコ は ますます ヨワミ に なった ジブン を すくいだす スベ に こうじはてて いた。
「それ を ゴショウチ で ワタシ の ところ に いらしったって…… たとい ワタシ に ツゴウ が ついた と した ところ で、 どう シヨウ も ありません じゃ ない の。 なんぼ ワタシ だって も、 クラチ と ナカタガエ を なさった アナタ に クラチ の カネ を ナニ する……」
「だから クラチ さん の もの を オネダリ は しません さ。 キムラ さん から も たんまり きて いる はず じゃ ありません か。 その ナカ から…… たんと たあ いいません から、 キュウキョウ を たすける と おもって どうか」
マサイ は ヨウコ を オトコタラシ と みくびった タイド で、 ジョウフ を もってる メカケ に でも せまる よう な ずうずうしい カオイロ を みせた。 こんな オシモンドウ の ケッカ ヨウコ は とうとう マサイ に 300 エン ほど の カネ を むざむざ と せびりとられて しまった。 ヨウコ は その バン クラチ が かえって きた とき も それ を いいだす キリョク は なかった。 チョキン は ゼンブ サダコ の ほう に おくって しまって、 ヨウコ の テモト には いくらも のこって は いなかった。
それから と いう もの マサイ は 1 シュウカン と おかず に ヨウコ の ところ に きて は カネ を せびった。 マサイ は その オリオリ に、 エノシママル の サルン の イチグウ に じんどって サケ と タバコ と に ひたりながら、 なにかしらん ヒソヒソバナシ を して いた スウニン の ヒトタチ―― ヒト を みぬく メ の するどい ヨウコ にも どうしても その ヒトタチ の ショクギョウ を スイサツ しえなかった スウニン の ヒトタチ の ナカマ に クラチ が はいって はじめだした ヒミツ な シゴト の コサイ を もらした。 マサイ が ヨウコ を おびやかす ため に、 その ハナシ には コチョウ が くわえられて いる、 そう おもって きいて みて も、 ヨウコ の ムネ に ひやっと させる こと ばかり だった。 クラチ が ニッシン センソウ にも サンカ した ジムチョウ で、 カイグン の ヒトタチ にも コウカイ ギョウシャ にも わりあい に ひろい コウサイ が ある ところ から、 ザイリョウ の シュウシュウシャ と して その ナカマ の ギュウジ を とる よう に なり、 ロコク や ベイコク に むかって もらした ソコク の グンジジョウ の ヒミツ は なかなか ヨウイ ならざる もの らしかった。 クラチ の キブン が すさんで ゆく の も もっとも だ と おもわれる よう な コトガラ を かずかず ヨウコ は きかされた。 ヨウコ は シマイ には ジブン ジシン を まもる ため にも マサイ の キゲン を とりはずして は ならない と おもう よう に なった。 そして マサイ の コトバ が イチゴ イチゴ おもいだされて、 ヨル なぞ に なる と ねむらせぬ ほど に ヨウコ を くるしめた。 ヨウコ は また ヒトツ の おもい ヒミツ を せおわなければ ならぬ ジブン を みいだした。 この つらい イシキ は すぐに また クラチ に ひびく よう だった。 クラチ は ともすると テキ の カンチョウ では ない か と うたがう よう な けわしい メ で ヨウコ を にらむ よう に なった。 そして フタリ の アイダ には また ヒトツ の ミゾ が ふえた。
それ ばかり では なかった。 マサイ に ヒミツ な カネ を ユウズウ する ため には クラチ から の アテガイ だけ では とても たりなかった。 ヨウコ は あり も しない こと を まことしやか に かきつらねて キムラ の ほう から ソウキン させねば ならなかった。 クラチ の ため なら とにも かくにも、 クラチ と ジブン の イモウト たち と が ゆたか な セイカツ を みちびく ため に なら とにも かくにも、 ヨウコ は イッシュ の ドウアク な ホコリ を もって それ を して、 オトコ の ため に なら ナニゴト でも と いう ステバチ な マンゾク を かいえない では なかった が、 その カネ が たいてい マサイ の フトコロ に キュウシュウ されて しまう の だ と おもう と、 いくら カンセツ には クラチ の ため だ とは いえ ヨウコ の ムネ は いたかった。 キムラ から は ソウキン の たび ごと に あいかわらず ながい ショウソク が そえられて きた。 キムラ の ヨウコ に たいする アイチャク は ヒ を おうて まさる とも おとろえる ヨウス は みえなかった。 シゴト の ほう にも テチガイ や ゴサン が あって ハジメ の ミコミドオリ には セイコウ とは いえない が、 ヨウコ の ほう に おくる くらい の カネ は どうして でも ツゴウ が つく くらい の シンヨウ は えて いる から かまわず いって よこせ とも かいて あった。 こんな シンジツ な アイジョウ と ネツイ を たえず しめされる コノゴロ は ヨウコ も さすが に ジブン の して いる こと が くるしく なって、 おもいきって キムラ に スベテ を うちあけて、 カンケイ を たとう か と おもいなやむ よう な こと が ときどき あった、 その ヤサキ なので、 ヨウコ は ムネ に ことさら イタミ を おぼえた。 それ が ますます ヨウコ の シンケイ を いらだたせて、 その ビョウキ にも エイキョウ した。 そして ハナ の 5 ガツ が すぎて、 アオバ の 6 ガツ に なろう と する コロ には、 ヨウコ は いたましく やせほそった、 メ ばかり どぎつい じゅんぜん たる ヒステリー-ショウ の オンナ に なって いた。