カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 8)

2021-09-07 | アリシマ タケオ
 16

 ヨウコ は ホントウ に シ の アイダ を さまよいあるいた よう な フシギ な、 コンラン した カンジョウ の クルイ に デイスイ して、 ジムチョウ の ヘヤ から アシモト も さだまらず に ジブン の センシツ に もどって きた が、 セイ も コン も つきはてて そのまま ソファ の ウエ に ぶったおれた。 メ の マワリ に うすぐろい カサ の できた その カオ は にぶい ナマリイロ を して、 ドウコウ は ヒカリ に たいして チョウセツ の チカラ を うしなって いた。 かるく ひらいた まま の クチビル から もれる ハナミ まで が、 ヒカリ なく、 ただ しろく みやられて、 シ を レンソウ させる よう な みにくい ウツクシサ が ミミ の ツケネ まで みなぎって いた。 ユキゲドキ の イズミ の よう に、 あらん カギリ の カンジョウ が めまぐるしく わきあがって いた その ムネ には、 ソコ の ほう に くらい ヒアイ が こちん と よどんで いる ばかり だった。
 ヨウコ は こんな フシギ な ココロ の ジョウタイ から のがれでよう と、 おもいだした よう に アタマ を はたらかして みた が、 その ドリョク は ココロ にも なく かすか な はかない もの だった。 そして その フシギ に コンラン した ココロ の ジョウタイ も いわば こらえきれぬ ほど の セツナサ は もって いなかった。 ヨウコ は そんな に して ぼんやり と メ を さましそう に なったり、 イシキ の カスイ に おちいったり した。 モウレツ な イケイレン を おこした カンジャ が、 モルヒネ の チュウシャ を うけて、 カンケツテキ に おこる イタミ の ため に ムイシキ に カオ を しかめながら、 マヤク の おそろしい チカラ の モト に、 ただ こんこん と キカイ な カスイ に おちいりこむ よう に、 ヨウコ の ココロ は ムリ ムタイ な ドリョク で ときどき おどろいた よう に みだれさわぎながら、 たちまち ものすごい チンタイ の フチ ふかく おちて ゆく の だった。 ヨウコ の イシ は いかに テ を のばして も、 もう ココロ の おちゆく フカミ には とどきかねた。 アタマ の ナカ は ネツ を もって、 ただ ぼーと きいろく けむって いた。 その きいろい ケムリ の ナカ を ときどき あかい ヒ や あおい ヒ が ちかちか と シンケイ を うずかして かけとおった。 いきづまる よう な ケサ の コウケイ や、 カコ の あらゆる カイソウ が、 いりみだれて あらわれて きて も、 ヨウコ は それ に たいして ケ の スエ ほど も ココロ を うごかされ は しなかった。 それ は とおい とおい コダマ の よう に うつろ に かすか に ひびいて は きえて ゆく ばかり だった。 カコ の ジブン と イマ の ジブン との これほど な おそろしい ヘダタリ を、 ヨウコ は オソレゲ も なく、 なる が まま に まかせて おいて、 おもく よどんだ ゼツボウテキ な ヒアイ に ただ ワケ も なく どこまでも ひっぱられて いった。 その サキ には くらい ボウキャク が まちもうけて いた。 ナミダ で おもった マブタ は だんだん うちひらいた まま の ヒトミ を おおって いった。 すこし ひらいた クチビル の アイダ から は、 うめく よう な かるい イビキ が もれはじめた。 それ を ヨウコ は かすか に イシキ しながら、 ソファ の ウエ に ウツムキ に なった まま、 いつ とは なし に ユメ も ない ふかい ネムリ に おちいって いた。
 どの くらい ねむって いた か わからない。 とつぜん ヨウコ は シンゾウ でも ハレツ しそう な オドロキ に うたれて、 はっと メ を ひらいて アタマ を もたげた。 ずき ずき ずき と アタマ の シン が いたんで、 ヘヤ の ナカ は ヒ の よう に かがやいて オモテ も むけられなかった。 もう ヒルゴロ だな と キ が つく うち にも、 カミナリ とも おもわれる キョウカン が フネ を ふるわして ひびきわたって いた。 ヨウコ は この シュンカン の フシギ に ムネ を どきつかせながら キキミミ を たてた。 フネ の オノノキ とも ジブン の オノノキ とも しれぬ シンドウ が、 ヨウコ の ゴタイ を コノハ の よう に もてあそんだ。 しばらく して その キョウカン が やや しずまった ので、 ヨウコ は ようやく、 ヨコハマ を でて イライ たえて もちいられなかった キテキ の コエ で ある こと を さとった。 ケンエキジョ が ちかづいた の だな と おもって、 エリモト を かきあわせながら、 しずか に ソファ の ウエ に ヒザ を たてて、 メマド から トノモ を のぞいて みた。 ケサ まで は アマグモ に とじられて いた ソラ も みちがえる よう に からっと はれわたって、 コンジョウ の イロ は ヒ の ヒカリ の ため に おくふかく かがやいて いた。 マツ が シゼン に うつくしく ハイチ されて はえしげった イワ-がかった キシ が すぐ メ の サキ に みえて、 ウミ は いかにも イリエ-らしく カレン な サザナミ を つらね、 その ウエ を エノシママル は キカン の ドウキ を うちながら しずか に はしって いた。 イクニチ の あらあらしい カイロ から ここ に きて みる と、 さすが に そこ には ニンゲン の カクレバ-らしい シズカサ が あった。
 キシ の おくまった ところ に しろい カベ の ちいさな カオク が みられた。 その ソバ には エイコク の コッキ が ビフウ に あおられて アオゾラ の ナカ に うごいて いた。 「あれ が ケンエキカン の いる ところ なの だ」 そう おもった イシキ の カツドウ が はじまる や いなや、 ヨウコ の アタマ は はじめて うまれかわった よう に はっきり と なって いった。 そして アタマ が はっきり して くる と ともに、 イマ まで きりはなされて いた スベテ の カコ が ある べき スガタ を とって、 メイリョウ に ゲンザイ の ヨウコ と むすびついた。 ヨウコ は カコ の カイソウ が イマ みた ばかり の ケシキ から でも きた よう に おどろいて、 いそいで メマド から カオ を ひっこめて、 キョウテキ に おそいかかられた コグン の よう に、 たじろぎながら また ソファ の ウエ に ねたおれた。 アタマ の ナカ は キュウ に むらがりあつまる カンガエ を セイリ する ため に はげしく はたらきだした。 ヨウコ は ひとりでに リョウテ で カミノケ の ウエ から コメカミ の ところ を おさえた。 そして すこし ウワメ を つかって カガミ の ほう を みやりながら、 イマ まで ヘイシ して いた ランソウ の よせくる まま に キビン に それ を おくりむかえよう と みがまえた。
 ヨウコ は とにかく おそろしい ガケ の キワ まで きて しまった こと を、 そして ほとんど ムハンセイ で、 ホンノウ に ひきずられる よう に して、 その ナカ に とびこんだ こと を おもわない わけ には ゆかなかった。 シンルイ エンジャ に うながされて、 ココロ にも ない トベイ を よぎなく された とき に ジブン で えらんだ ミチ―― ともかく キムラ と イッショ に なろう。 そして うまれかわった つもり で ベイコク の シャカイ に はいりこんで、 ジブン が みつけあぐねて いた ジブン と いう もの を、 さぐりだして みよう。 オンナ と いう もの が ニホン とは ちがって かんがえられて いる らしい ベイコク で、 オンナ と して の ジブン が どんな イチ に すわる こと が できる か ためして みよう。 ジブン は どうしても うまる べき で ない ジダイ に、 うまる べき で ない ところ に うまれて きた の だ。 ジブン の うまる べき ジダイ と トコロ とは どこ か ベツ に ある。 そこ では ジブン は ジョオウ の ザ に なおって も はずかしく ない ほど の チカラ を もつ こと が できる はず なの だ。 いきて いる うち に そこ を さがしだしたい。 ジブン の シュウイ に まつわって きながら いつのまにか ジブン を うらぎって、 いつ どんな ところ に でも ヘイキ で いきて いられる よう に なりはてた オンナ たち の ハナ を あかさして やろう。 わかい イノチ を もった うち に それ だけ の こと を ぜひ して やろう。 キムラ は ジブン の この ココロ の タクラミ を たすける こと の できる オトコ では ない が、 ジブン の アト に ついて こられない ほど の オトコ でも あるまい。 ヨウコ は そんな こと も おもって いた。 ニッシン センソウ が おこった コロ から ヨウコ ぐらい の ネンパイ の オンナ が ひとしく かんじだした イッシュ の フアン、 イッシュ の ゲンメツ―― それ を はげしく かんじた ヨウコ は、 ムホンニン の よう に しらずしらず ジブン の マワリ の ショウジョ たち に ある カンジョウテキ な キョウサ を あたえて いた の だ が、 ジブン ジシン で すら が どうして この ダイジ な セトギワ を のりぬける の か は、 すこしも わからなかった。 その コロ の ヨウコ は ことごとに ジブン の キョウグウ が キ に くわない で ただ いらいら して いた。 その ケッカ は ただ おもう まま を ふるまって ゆく より シカタ が なかった。 ジブン は どんな もの から も ホントウ に クンレン されて は いない ん だ。 そして ジブン には どう に でも はたらく するどい サイノウ と、 オンナ の ツヨミ (ヨワミ とも いわば いえ) に なる べき すぐれた ニクタイ と はげしい ジョウチョ と が ある の だ。 そう ヨウコ は しらずしらず ジブン を みて いた。 そこ から メクラメッポウ に うごいて いった。 ことに ジダイ の フシギ な メザメ を ケイケン した ヨウコ に とって は おそろしい テキ は オトコ だった。 ヨウコ は その ため に ナンド つまずいた か しれない。 しかし、 ヨノナカ には ホントウ に ヨウコ を たすけおこして くれる ヒト が なかった。 「ワタシ が わるければ なおす だけ の こと を して みせて ごらん」 ヨウコ は ヨノナカ に むいて こう いいはなって やりたかった。 オンナ を まったく ドレイ の キョウガイ に しずめはてた オトコ は もう ムカシ の アダム の よう に ショウジキ では ない ん だ。 オンナ が じっと して いる アイダ は インギン に して みせる が、 オンナ が すこし でも ジブン で たちあがろう と する と、 うってかわって おそろしい ボウオウ に なりあがる の だ。 オンナ まで が おめおめ と オトコ の テツダイ を して いる。 ヨウコ は ジョガッコウ ジダイ に したたか その にがい サカズキ を なめさせられた。 そして 18 の とき キベ コキョウ に たいして、 サイショ の レンアイ-らしい レンアイ の ジョウ を かたむけた とき、 ヨウコ の ココロ は もう ショジョ の ココロ では なくなって いた。 ガイカイ の アッパク に ハンコウ する ばかり に、 イチジ ヒ の よう に ナニモノ をも やきつくして もえあがった カリソメ の ネツジョウ は、 アッパク の ゆるむ と ともに もろくも なえて しまって、 ヨウコ は レイセイ な ヒヒョウカ-らしく ジブン の コイ と コイ の アイテ と を みた。 どうして シツボウ しない で いられよう。 ジブン の イッショウ が この ヒト に しばりつけられて しなびて ゆく の か と おもう とき、 また イロイロ な オトコ に もてあそばれかけて、 かえって オトコ の ココロ と いう もの を うらがえして とっくり と みきわめた その ココロ が、 キベ と いう、 クウソウ の ウエ で こそ ユウキ も セイサイ も あれ、 ジッセイカツ に おいて は みさげはてた ほど ヒンジャク で カンタン な イチ ショセイ の ココロ と しいて むすびつかねば ならぬ と おもった とき、 ヨウコ は ミブルイ する ほど シツボウ して キベ と わかれて しまった の だ。
 ヨウコ の なめた スベテ の ケイケン は、 オトコ に ソクバク を うける キケン を おもわせる もの ばかり だった。 しかし なんと いう シゼン の イタズラ だろう。 それ と ともに ヨウコ は、 オトコ と いう もの なし には イッコク も すごされない もの と なって いた。 ヒセキ の ヨウホウ を あやまった カンジャ が、 その ドク の オソロシサ を しりぬきながら、 その チカラ を かりなければ いきて ゆけない よう に、 ヨウコ は セイ の ヨロコビ の ミナモト を、 まかりちがえば、 セイ ソノモノ を むしばむ べき オトコ と いう もの に、 もとめず には いられない ディレンマ に おちいって しまった の だ。
 ニクヨク の キバ を ならして あつまって くる オトコ たち に たいして、 (そういう オトコ たち が あつまって くる の は ホントウ は ヨウコ ジシン が ふりまく ニオイ の ため だ とは きづいて いて) ヨウコ は レイショウ しながら クモ の よう に アミ を はった。 ちかづく モノ は ヒトリ のこらず その うつくしい ヨツデアミ に からめとった。 ヨウコ の ココロ は しらずしらず ザンニン に なって いた。 ただ あの ヨウリョク ある ジョロウグモ の よう に、 いきて いたい ヨウキュウ から マイニチ その うつくしい アミ を ヨツデ に はった。 そして それ に ちかづき も しえない で ののしりさわぐ ヒトタチ を、 ジブン の セイカツ とは カンケイ の ない キ か イシ で でも ある よう に れいぜん と シリメ に かけた。
 ヨウコ は ホントウ を いう と、 ヒツヨウ に したがう と いう ホカ に ナニ を すれば いい の か わからなかった。
 ヨウコ に とって は、 ヨウコ の ココロモチ を すこしも リカイ して いない シャカイ ほど おろかしげ な みにくい もの は なかった。 ヨウコ の メ から みた シンルイ と いう ヒトムレ は ただ ドンヨク な センミン と しか おもえなかった。 チチ は あわれむ べく カゲ の うすい ヒトリ の ダンセイ に すぎなかった。 ハハ は―― ハハ は いちばん ヨウコ の ミヂカ に いた と いって いい。 それだけ ヨウコ は ハハ と リョウリツ しえない キュウテキ の よう な カンジ を もった。 ハハ は あたらしい カタ に ワガコ を とりいれる こと を こころえて は いた が、 それ を とりあつかう スベ は しらなかった。 ヨウコ の セイカク が ハハ の そなえた カタ の ナカ で おどろく ほど するする と セイチョウ した とき に、 ハハ は ジブン イジョウ の ホウリキ を にくむ マジョ の よう に ヨウコ の ゆく ミチ に たちはだかった。 その ケッカ フタリ の アイダ には ダイサンシャ から ソウゾウ も できない よう な ハンモク と ショウトツ と が つづいた の だった。 ヨウコ の セイカク は この アントウ の おかげ で キョクセツ の オモシロサ と ミニクサ と を くわえた。 しかし なんと いって も ハハ は ハハ だった。 ショウメン から は ヨウコ の する こと なす こと に ヒテン を うちながら も、 ココロ の ソコ で いちばん よく ヨウコ を リカイ して くれた に ちがいない と おもう と、 ヨウコ は ハハ に たいして フシギ な ナツカシミ を おぼえる の だった。
 ハハ が しんで から は、 ヨウコ は まったく コドク で ある こと を ふかく かんじた。 そして しじゅう はりつめた ココロモチ と、 シツボウ から わきでる カイカツサ と で、 トリ が キ から キ に カジツ を さぐる よう に、 ヒト から ヒト に カンラク を もとめて あるいた が、 どこ から とも なく フイ に おそって くる フアン は ヨウコ を そこしれぬ ユウウツ の ヌマ に けおとした。 ジブン は アライソ に 1 ポン ながれよった ナガレギ では ない。 しかし その ナガレギ より も ジブン は コドク だ。 ジブン は ヒトヒラ カゼ に ちって ゆく カレハ では ない。 しかし その カレハ より ジブン は うらさびしい。 こんな セイカツ より ホカ に する セイカツ は ない の かしらん。 いったい どこ に ジブン の セイカツ を じっと みて いて くれる ヒト が ある の だろう。 そう ヨウコ は しみじみ おもう こと が ない でも なかった。 けれども その ケッカ は いつでも シッパイ だった。 ヨウコ は こうした サビシサ に うながされて、 ウバ の イエ を たずねたり、 とつぜん オオツカ の ウチダ に あい に いったり して みる が、 そこ を でて くる とき には ただ ひとしお の ココロ の ムナシサ が のこる ばかり だった。 ヨウコ は おもいあまって また みだら な マンゾク を もとめる ため に オトコ の ナカ に わって はいる の だった。 しかし オトコ が ヨウコ の メノマエ で ヨワミ を みせた シュンカン に、 ヨウコ は キョウマン な ジョオウ の よう に、 その ホリョ から オモテ を そむけて、 その デキゴト を アクム の よう に いみきらった。 ボウケン の エモノ は きまりきって とる にも たらない ヤクザモノ で ある こと を ヨウコ は しみじみ おもわされた。
 こんな ゼツボウテキ な フアン に せめさいなめられながら も、 その フアン に かりたてられて ヨウコ は キムラ と いう コウサンニン を ともかく その オット に えらんで みた。 ヨウコ は ジブン が なんとか して キムラ に ソリ を あわせる ドリョク を した ならば、 イッショウガイ キムラ と つれそって、 フツウ の フウフ の よう な セイカツ が できない もの でも ない と イチジ おもう まで に なって いた。 しかし そんな ツギハギ な カンガエカタ が、 どうして いつまでも ヨウコ の ココロ の ソコ を むしばむ フアン を いやす こと が できよう。 ヨウコ が キ を おちつけて、 ベイコク に ついて から の セイカツ を かんがえて みる と、 こう あって こそ と おもいこむ よう な セイカツ には、 キムラ は ノケモノ に なる か、 ジャマモノ に なる ホカ は ない よう にも おもえた。 キムラ と くらそう、 そう ケッシン して フネ に のった の では あった けれども、 ヨウコ の キブン は しじゅう グラツキドオシ に ぐらついて いた の だ。 テアシ の ちぎれた ニンギョウ を オモチャバコ に しまった もの か、 いっそ すてて しまった もの か と チュウチョ する ショウジョ の ココロ に にた ぞんざい な タメライ を ヨウコ は いつまでも もちつづけて いた。
 そういう とき とつぜん ヨウコ の マエ に あらわれた の が クラチ ジムチョウ だった。 ヨコハマ の サンバシ に つながれた エノシママル の カンパン の ウエ で、 はじめて モウジュウ の よう な この オトコ を みた とき から、 イナズマ の よう に するどく ヨウコ は この オトコ の ユウエツ を カンジュ した。 ヨ が ヨ ならば、 クラチ は ちいさな キセン の ジムチョウ なんぞ を して いる オトコ では ない。 ジブン と ドウヨウ に まちがって キョウグウ-づけられて うまれて きた ニンゲン なの だ。 ヨウコ は ジブン の ミ に つまされて クラチ を あわれみ も し おそれ も した。 イマ まで ダレ の マエ に でて も ヘイキ で ジブン の おもうぞんぶん を ふるまって いた ヨウコ は、 この オトコ の マエ では おもわず しらず ココロ にも ない キョウショク を ジブン の セイカク の ウエ に まで くわえた。 ジムチョウ の マエ では、 ヨウコ は フシギ にも ジブン の おもって いる の と ちょうど ハンタイ の ドウサ を して いた。 ムジョウケンテキ な フクジュウ と いう こと も ジムチョウ に たいして だけ は ただ のぞましい こと に ばかり おもえた。 この ヒト に おもうぞんぶん うちのめされたら、 ジブン の イノチ は はじめて ホントウ に もえあがる の だ。 こんな フシギ な、 ヨウコ には ありえない ヨクボウ すら が すこしも フシギ で なく うけいれられた。 そのくせ ウワベ では ジムチョウ の ソンザイ を すら キ が つかない よう に ふるまった。 ことに ヨウコ の ココロ を ふかく きずつけた の は、 ジムチョウ の ものうげ な ムカンシン な タイド だった。 ヨウコ が どれほど ヒト の ココロ を ひきつける こと を いった とき でも、 した とき でも、 ジムチョウ は れいぜん と して みむこう とも しなかった こと だ。 そういう タイド に でられる と、 ヨウコ は、 ジブン の こと は タナ に あげて おいて、 はげしく ジムチョウ を にくんだ。 この ニクシミ の ココロ が ヒイチニチ と つのって ゆく の を ヒジョウ に おそれた けれども、 どう シヨウ も なかった の だ。
 しかし ヨウコ は とうとう ケサ の デキゴト に ぶっつかって しまった。 ヨウコ は おそろしい ガケ の キワ から めちゃくちゃ に とびこんで しまった。 ヨウコ の メノマエ で イマ まで すんで いた セカイ は がらっと かわって しまった。 キムラ が どうした。 ベイコク が どうした。 やしなって ゆかなければ ならない イモウト や サダコ が どうした。 イマ まで ヨウコ を おそいつづけて いた フアン は どうした。 ヒト に おかされまい と みがまえて いた その ジソンシン は どうした。 そんな もの は コッパ ミジン に なくなって しまって いた。 クラチ を えたらば どんな こと でも する。 どんな クツジョク でも ミツ と おもう。 クラチ を ジブン ヒトリ に え さえ すれば……。 イマ まで しらなかった、 ホリョ の うくる ミツ より あまい クツジョク!
 ヨウコ の ココロ は こんな に ジュンジョ-だって いた わけ では ない。 しかし ヨウコ は リョウテ で アタマ を おさえて カガミ を みいりながら こんな ココロモチ を ハテシ も なく かみしめた。 そして ツイソウ は オオク の メイロ を たどりぬいた スエ に、 フシギ な カスイ ジョウタイ に おちいる マエ まで すすんで きた。 ヨウコ は ソファ を メジカ の よう に たちあがって、 カコ と ミライ と を たちきった ゲンザイ セツナ の くらむ ばかり な ヘンシン に うちふるいながら ほほえんだ。
 その とき ろくろく ノック も せず に ジムチョウ が はいって きた。 ヨウコ の ただならぬ スガタ には トンジャク なく、
「もう すぐ ケンエキカン が やって くる から、 サッキ の ヤクソク を たのみます よ。 モトデ いらず で タイヤク が つとまる ん だ。 オンナ と いう もの は いい もの だな。 や、 しかし アナタ の は だいぶ モトデ が かかっとる でしょう ね。 ……たのみます よ」
と ジョウダン-らしく いった。
「はあ」
 ヨウコ は なんの ク も なく シタシミ の カギリ を こめた ヘンジ を した。 その ヒトコエ の ウチ には、 ジブン でも おどろく ほど な コワク の チカラ が こめられて いた。
 ジムチョウ が でて ゆく と、 ヨウコ は コドモ の よう に アシナミ かるく ちいさな センシツ の ウチ を コオドリ して とびまわった。 そして とびまわりながら、 カミ を ほごし に かかって、 ときどき カガミ に うつる ジブン の カオ を みやりながら、 こらえきれない よう に ヌスミワライ を した。

 17

 ジムチョウ の サシガネ は うまい ツボ に はまった。 ケンエキカン は エノシママル の ケンエキ ジム を すっかり としとった ジイ の イカン に まかせて しまって、 ジブン は センチョウシツ で センチョウ、 ジムチョウ、 ヨウコ を アイテ に、 ハナシ に ハナ を さかせながら トランプ を いじりとおした。 アタリマエ ならば、 なんとか かとか かならず クジョウ の もちあがる べき エイコク-フウ の こやかましい ケンエキ も あっさり すんで ホウトウモノ らしい ケッキザカリ な ケンエキカン は、 フネ に きて から 2 ジカン そこそこ で キゲン よく かえって ゆく こと に なった。
 とまる とも なく シンコウ を とめて いた エノシママル は カゼ の まにまに すこし ずつ ホウコウ を かえながら、 フタリ の イカン を のせて ゆく モーターボート が ゲンソク を はなれる の を まって いた。 おりめただしい ナガメ な コン の セビロ を きた ケンエキカン は ボート の カジザ に たちあがって、 テスリ から ヨウコ と イッショ に ムネ から ウエ を のりだした センチョウ と なお ジョウダン を とりかわした。 フナバシゴ の シタ まで イカン を みおくった ジムチョウ は、 ものなれた ヨウス で ポッケット から いくらか を スイフ の テ に つかませて おいて、 ウエ を むいて アイズ を する と、 フナバシゴ は きりきり と スイヘイ に まきあげられて ゆく、 それ を こともなげ に みがるく かけあがって きた。 ケンエキカン の メ は ジムチョウ への アイサツ も そこそこ に、 おもいきり ハデ な ヨソオイ を こらした ヨウコ の ほう に すいつけられる らしかった。 ヨウコ は その メ を むかえて ジョウ を こめた ナガシメ を おくりかえした。 ケンエキカン が その いそがしい アイダ にも ナニ か しきり に モノ を いおう と した とき、 けたたましい キテキ が イチマツ の ハクエン を アオゾラ に あげて なりはためき、 センビ から は すさまじい スイシンキ の シンドウ が おこりはじめた。 この あわただしい フネ の ワカレ を おしむ よう に、 ケンエキカン は ボウシ を とって ふりうごかしながら、 ソウオン に もみけされる コトバ を つづけて いた が、 もとより ヨウコ には それ は きこえなかった。 ヨウコ は ただ にこにこ と ほほえみながら うなずいて みせた。 そして ただ イチジ の イタズラゴコロ から カミ に さして いた ちいさな ゾウカ を なげて やる と、 それ が あわよく ケンエキカン の カタ に あたって アシモト に すべりおちた。 ケンエキカン が カタテ に カジヅナ を あやつりながら、 ウチョウテン に なって それ を ひろおう と する の を みる と、 フナバタ に たちならんで ものめずらしげ に リクチ を ケンブツ して いた ステヤレージ の ダンジョ の キャク は イッセイ に テ を たたいて どよめいた。 ヨウコ は アタリ を みまわした。 セイヨウ の フジン たち は ひとしく ヨウコ を みやって、 その はなばなしい フクソウ から、 カルハズミ-らしい キョドウ を にがにがしく おもう らしい カオツキ を して いた。 それら の ガイコクジン の ナカ には タガワ フジン も まじって いた。
 ケンエキカン は エノシママル が のこして いった シブキ の ナカ で、 コシ を ふらつかせながら、 わらいきょうずる グンシュウ に まで イクド も アタマ を さげた。 グンシュウ は また おもいだした よう に マンバ を はなって わらいどよめいた。 それ を きく と ニホンゴ の よく わかる ハクハツ の センチョウ は、 イツモ の よう に カオ を あかく して、 キノドク そう に はずかしげ な メ を ヨウコ に おくった が、 ヨウコ が はしたない グンシュウ の コトバ にも、 にがにがしげ な センキャク の カオイロ にも、 すこしも トンジャク しない ふう で、 ほほえみつづけながら モーターボート の ほう を みまもって いる の を みる と、 オボコ-らしく さらに マッカ に なって その バ を はずして しまった。
 ヨウコ は ナニゴト も クッタク なく ただ おもしろかった。 カラダジュウ を くすぐる よう な セイ の ヨロコビ から、 ややもすると なんでも なく ビショウ が シゼン に うかびでよう と した。 「ケサ から ワタシ は こんな に うまれかわりました ごらんなさい」 と いって ダレ に でも ジブン の ヨロコビ を ヒロウ したい よう な キブン に なって いた。 ケンエキカン の カンシャ の しろい カベ も、 その ほう に むかって はしって ゆく モーターボート も みるみる とおざかって ちいさな ハコニワ の よう に なった とき、 ヨウコ は センチョウシツ での キョウ の オモイダシ ワライ を しながら、 テスリ を はなれて ココロアテ に ジムチョウ を メ で たずねた。 と、 ジムチョウ は、 はるか はなれた センソウ の デグチ に タガワ フサイ と カナエ に なって、 ナニ か むずかしい カオ を しながら タチバナシ を して いた。 イツモ の ヨウコ ならば 3 ニン の ヨウス で ナニゴト が かたられて いる か ぐらい は すぐ みてとる の だ が、 その ヒ は ただ うきうき した ムジャキ な ココロ ばかり が サキ に たって、 ダレ に でも コウイ の ある コトバ を かけて、 おなじ コトバ で むくいられたい ショウドウ に かられながら、 なんの キ なし に そっち に アシ を むけよう と して、 ふと キ が つく と、 ジムチョウ が 「きて は いけない」 と はげしく メ に モノ を いわせて いる の が さとれた。 キ が ついて よく みる と タガワ フジン の カオ には まがう カタ なき アクイ が ひらめいて いた。
「また オセッカイ だな」
 1 ビョウ の チュウチョ も なく オトコ の よう な クチョウ で ヨウコ は こう ちいさく つぶやいた。 「かまう もの か」 そう おもいながら ヨウコ は ジムチョウ の メヅカイ にも ムトンジャク に、 カイカツ な アシドリ で いそいそ と タガワ フサイ の ほう に ちかづいて いった。 それ を ジムチョウ も どう する こと も できなかった。 ヨウコ は 3 ニン の マエ に くる と かるく コシ を まげて オクレゲ を かきあげながら カオジュウ を コワクテキ な ホホエミ に して アイサツ した。 タガワ ハカセ の ホオ には いちはやく それ に おうずる ものやさしい ヒョウジョウ が うかぼう と して いた。
「アナタ は ズイブン な ランボウ を なさる カタ です のね」
 いきなり フルエ を おびた ひややか な コトバ が タガワ フジン から ヨウコ に ヨウシャ も なく なげつけられた。 それ は ソコイジ の わるい チョウセンテキ な チョウシ で ふるえて いた。 タガワ ハカセ は この トッサ の きまずい バメン を つくろう ため ナニ か コトバ を いれて その フユカイ な キンチョウ を ゆるめよう と する らしかった が、 フジン の アクイ は せきたって つのる ばかり だった。 しかし フジン は クチ に だして は もう なんにも いわなかった。
 オンナ の アイダ に おこる フシギ な ココロ と ココロ との コウショウ から、 ヨウコ は なんと いう こと なく、 ジムチョウ と ジブン との アイダ に ケサ おこった ばかり の デキゴト を、 リンカク だけ では ある と して も タガワ フジン が かんづいて いる な と チョッカク した。 ただ ヒトコト では あった けれども、 それ は ケンエキカン と トランプ を いじった こと を せめる だけ に して は、 はげしすぎ、 アクイ が こめられすぎて いる こと を チョッカク した。 イマ の はげしい コトバ は、 その こと を ふかく ネ に もちながら、 ケンエキイ に たいする フキンシン な タイド を たしなめる コトバ の よう に して つかわれて いる の を チョッカク した。 ヨウコ の ココロ の スミ から スミ まで を、 リュウイン の さがる よう な コキミヨサ が コオドリ しつつ はせめぐった。 ヨウコ は ナニ を そんな に ことごとしく たしなめられる こと が ある の だろう と いう よう な すこし しゃあしゃあ した ムジャキ な カオツキ で、 クビ を かしげながら フジン を みまもった。
「コウカイチュウ は とにかく ワタシ ヨウコ さん の オセワ を おたのまれ もうして いる ん です から ね」
 ハジメ は しとやか に おちついて いう つもり らしかった が、 それ が だんだん げきして とぎれがち な コトバ に なって、 フジン は シマイ には ゲキドウ から イキ を さえ はずまして いた。 その シュンカン に ヒ の よう な フジン の ヒトミ と、 ヒニク に おちつきはらった ヨウコ の ヒトミ と が、 ばったり でくわして コゼリアイ を した が、 また ドウジ に けかえす よう に はなれて ジムチョウ の ほう に ふりむけられた。
「ごもっとも です」
 ジムチョウ は アブ に トウワク した クマ の よう な カオツキ で、 ガラ にも ない キンシン を よそおいながら こう うけこたえた。 それから とつぜん ホンキ な ヒョウジョウ に かえって、
「ワタシ も ジムチョウ で あって みれば、 どの オキャクサマ に たいして も セキニン が ある の だで、 ゴメイワク に なる よう な こと は せん つもり です が」
 ここ で カレ は キュウ に カメン を とりさった よう に にこにこ しだした。
「そう ムキ に なる が ほど の こと でも ない じゃ ありません か。 たかが サツキ さん に 1 ド か 2 ド アイキョウ を いうて いただいて、 それ で ケンエキ の ジカン が 2 ジカン から ちがう の です もの。 いつでも ここ で 4 ジカン の イジョウ も ムダ を せにゃ ならん の です て」
 タガワ フジン が ますます せきこんで、 ヤツギバヤ に まくしかけよう と する の を、 ジムチョウ は こともなげ に かるがる と おっかぶせて、
「それ に して から が オハナシ は いかが です、 ヘヤ で うかがいましょう か。 ホカ の オキャクサマ の テマエ も いかが です。 ハカセ、 レイ の とおり せまっこい ところ です が、 カンパン では ゆっくり も できません で、 あそこ で オチャ でも いれましょう。 サツキ さん アナタ も いかが です」
と わらいわらい いって から くるりっ と ヨウコ の ほう に むきなおって、 タガワ フサイ には キ が つかない よう に トンキョウ な カオ を ちょっと して みせた。
 ヨコハマ で クラチ の アト に つづいて センシツ への ハシゴダン を くだる とき はじめて かぎおぼえた ウイスキー と ハマキ との まじりあった よう な あまたるい イッシュ の ニオイ が、 この とき かすか に ヨウコ の ハナ を かすめた と おもった。 それ を かぐ と ヨウコ は ジョウネツ の ホムラ が イチジ に あおりたてられて、 ヒトマエ では かんがえられ も せぬ よう な オモイ が、 ツムジカゼ の ごとく アタマ の ナカ を こそいで とおる の を おぼえた。 オトコ に それ が どんな インショウ を あたえる か を かえりみる イトマ も なく、 タガワ フサイ の マエ と いう こと も はばからず に、 ジブン では みにくい に ちがいない と おもう よう な ビショウ が、 おぼえず ヨウコ の マユ の アイダ に うかびあがった。 ジムチョウ は また こむずかしい カオ に なって ふりかえりながら、
「いかが です」
と もう イチド タガワ フサイ を うながした。 しかし タガワ ハカセ は ジブン の ツマ の おとなげない の を あわれむ モノワカリ の いい シンシ と いう タイド を みせて、 ていよく ジムチョウ に コトワリ を いって、 フジン と イッショ に そこ を たちさった。
「ちょっと いらっしゃい」
 タガワ フサイ の スガタ が みえなく なる と、 ジムチョウ は ろくろく ヨウコ を ミムキ も しない で こう いいながら サキ に たった。 ヨウコ は コムスメ の よう に いそいそ と その アト に ついて、 うすぐらい ハシゴダン に かかる と オトコ に おぶいかかる よう に して こぜわしく おりて いった。 そして キカンシツ と センインシツ との アイダ に ある レイ の くらい ロウカ を とおって、 ジムチョウ が ジブン の ヘヤ の ト を あけた とき、 ぱっと あかるく なった しろい ヒカリ の ナカ に、 ノンシャラント な ダイアボリック な オトコ の スガタ を いまさら の よう に イッシュ の オソレ と ナツカシサ と を こめて うちながめた。
 ヘヤ に はいる と ジムチョウ は、 タガワ フジン の コトバ でも おもいだした らしく めんどうくさそう に トイキ ヒトツ して、 チョウボ を ジム テーブル の ウエ に ほうりなげて おいて、 また ト から アタマ だけ つきだして、 「ボーイ」 と おおきな コエ で よびたてた。 そして ト を しめきる と、 はじめて マトモ に ヨウコ に むきなおった。 そして ハラ を ゆすりあげて ツヅケサマ に おもうぞんぶん わらって から、
「え」
と おおきな コエ で、 ハンブン は モノ でも たずねる よう に、 ハンブン は 「どう だい」 と いった よう な チョウシ で いって、 アシ を ひらいて アキンボー を して つったちながら、 ちょいと ムジャキ に クビ を かしげて みせた。
 そこ に ボーイ が ト の ウシロ から カオ だけ だした。
「シャンペン だ。 センチョウ の ところ に バー から もって こさした の が、 2~3 ボン のこってる よ。 ジュウ の ジ ミッツ ぞ (ダイシキュウ と いう グンタイ ヨウゴ)。 ……ナニ が おかしい かい」
 ジムチョウ は ヨウコ の ほう を むいた まま こう いった の で ある が、 じっさい その とき ボーイ は イミ ありげ に にやにや ウスワライ を して いた。
 あまり に こともなげ な クラチ の ヨウス を みて いる と ヨウコ は ジブン の ココロ の セツナサ に くらべて、 オトコ の ココロ を うらめしい もの に おもわず に いられなく なった。 ケサ の キオク の まだ なまなましい ヘヤ の ナカ を みる に つけて も、 はげしく たかぶって くる ジョウネツ が ミョウ に こじれて、 いて も たって も いられない モドカシサ が くるしく ムネ に せまる の だった。 イマ まで は まるきり ガンチュウ に なかった タガワ フジン も、 サントウ の オンナキャク の ナカ で、 ショジョ とも ツマ とも つかぬ フタリ の ニジュウ オンナ も、 ハテ は ジムチョウ に まつわりつく あの コムスメ の よう な オカ まで が、 シャシン で みた ジムチョウ の サイクン と イッショ に なって、 くるしい テキイ を ヨウコ の ココロ に あおりたてた。 ボーイ に まで ワライモノ に されて、 オトコ の カワ を きた この コウショク の ヤジュウ の ナブリモノ に されて いる の では ない か。 ジブン の ミ も ココロ も ただ ヒトイキ に ひしぎつぶす か と みえる あの おそろしい チカラ は、 ジブン を セイフク する と ともに スベテ の オンナ に たいして も おなじ チカラ で はたらく の では ない か。 その タクサン の オンナ の ナカ の カゲ の うすい ヒトリ の オンナ と して カレ は ジブン を あつかって いる の では ない か。 ジブン には ナニモノ にも かえがたく おもわれる ケサ の デキゴト が あった アト でも、 ああ ヘイキ で いられる その ノンキサ は どうした もの だろう。 ヨウコ は モノゴコロ が ついて から しじゅう ジブン でも いいあらわす こと の できない ナニモノ か を おいもとめて いた。 その ナニモノ か は ヨウコ の すぐ テヂカ に ありながら、 しっかり と つかむ こと は どうしても できず、 そのくせ いつでも その チカラ の モト に カイライ の よう に アテ も なく うごかされて いた。 ヨウコ は ケサ の デキゴト イライ なんとなく おもいあがって いた の だ。 それ は その ナニモノ か が おぼろげ ながら カタチ を とって テ に ふれた よう に おもった から だ。 しかし それ も イマ から おもえば ゲンエイ に すぎない らしく も ある。 ジブン に トクベツ な チュウイ も はらって いなかった この オトコ の デキゴコロ に たいして、 こっち から すすんで ジョウ を そそる よう な こと を した ジブン は なんと いう こと を した の だろう。 どう したら この トリカエシ の つかない ジブン の ハメツ を すくう こと が できる の だろう と おもって くる と、 1 ビョウ でも この いまわしい キオク の さまよう ヘヤ の ナカ には いたたまれない よう に おもえだした。 しかし ドウジ に ジムチョウ は たちがたい シュウチャク と なって ヨウコ の ムネ の ソコ に こびりついて いた。 この ヘヤ を コノママ で でて ゆく の は しぬ より も つらい こと だった。 どうしても はっきり と ジムチョウ の ココロ を にぎる まで は…… ヨウコ は ジブン の ココロ の ムジュン に ゴウ を にやしながら、 ジブン を さげすみはてた よう な ゼツボウテキ な イカリ の イロ を クチビル の アタリ に やどして、 だまった まま インウツ に たって いた。 イマ まで そわそわ と ショウマ の よう に ヨウコ の ココロ を めぐりおどって いた はなやか な ヨロコビ―― それ は どこ に いって しまった の だろう。
 ジムチョウ は それ に きづいた の か キ が つかない の か、 やがて ヨリカカリ の ない まるい ジム コシカケ に シリ を すえて、 コドモ の よう な ツミ の ない カオ を しながら、 ヨウコ を みて かるく わらって いた。 ヨウコ は その カオ を みて、 おそろしい ダイタン な アクジ を アカゴ ドウヨウ の ムジャキサ で おかしうる タチ の オトコ だ と おもった。 ヨウコ は こんな ムジカク な ジョウタイ には とても なって いられなかった。 ヒトアシ ずつ サキ を こされて いる の かしらん と いう フアン まで が ココロ の ヘイコウ を さらに くるわした。
「タガワ ハカセ は バカバカ で、 タガワ の オクサン は リコウバカ と いう ん だ。 ははははは」
 そう いって わらって、 ジムチョウ は ヒザガシラ を はっし と うった テ を かえして、 ツクエ の ウエ に ある ハマキ を つまんだ。 ヨウコ は わらう より も はらだたしく、 はらだたしい より も なきたい くらい に なって いた。 クチビル を ぶるぶる と ふるわしながら ナミダ でも たまった よう に かがやく メ は ケン を もって、 ウラミ を こめて ジムチョウ を みいった が、 ジムチョウ は ムトンジャク に シタ を むいた まま、 イッシン に ハマキ に ヒ を つけて いる。 ヨウコ は ムネ に おさえあまる ウラミツラミ を いいだす には、 ココロ が あまり に ふるえて ノド が かわききって いる ので、 シタクチビル を かみしめた まま だまって いた。
 クラチ は それ を かんづいて いる の だ のに と ヨウコ は オキザリ に された よう な ヤリドコロ の ない サビシサ を かんじて いた。
 ボーイ が シャンペン と コップ と を もって はいって きた。 そして テイネイ に それ を ジム テーブル の ウエ に おいて、 サッキ の よう に イミ ありげ な ビショウ を もらしながら、 そっと ヨウコ を ぬすみみた。 まちかまえて いた ヨウコ の メ は しかし ボーイ を わらわして は おかなかった。 ボーイ は ぎょっと して とんでもない こと を した と いう ふう に、 すぐ つつしみぶかい キュウジ-らしく、 そこそこ に ヘヤ を でて いった。
 ジムチョウ は ハマキ の ケムリ に カオ を しかめながら、 シャンペン を ついで ボン を ヨウコ の ほう に さしだした。 ヨウコ は だまって たった まま テ を のばした。 ナニ を する にも ココロ にも ない ツクリゴト を して いる よう だった。 この みじかい シュンカン に、 イマ まで の デキゴト で いいかげん みだれて いた ココロ は、 ミ の ハメツ が とうとう きて しまった の だ と いう おそろしい ヨソウ に おしひしがれて、 アタマ は コオリ で まかれた よう に つめたく けうとく なった。 ムネ から ノドモト に つきあげて くる つめたい そして あつい タマ の よう な もの を おおしく のみこんで も のみこんで も ナミダ が ややともすると メガシラ を あつく うるおして きた。 ウスデ の コップ に アワ を たてて もられた コガネイロ の サケ は ヨウコ の テ の ナカ で こまかい サザナミ を たてた。 ヨウコ は それ を けどられまい と、 しいて ヒダリ の テ を かるく あげて ビン の ケ を かきあげながら、 コップ を ジムチョウ の と うちあわせた が、 それ を キッカケ に ガン でも ほどけた よう に イマ まで からく もちこたえて いた ジセイ は ねこそぎ くずれて しまった。
 ジムチョウ が コップ を キヨウ に クチビル に あてて、 アオムキ カゲン に のみほす アイダ、 ヨウコ は サカズキ を テ に もった まま、 ぐびり ぐびり と うごく オトコ の ノド を みつめて いた が、 いきなり ジブン の サカズキ を のまない まま ボン の ウエ に かえして、
「よくも アナタ は そんな に ヘイキ で いらっしゃる のね」
と チカラ を こめる つもり で いった その コエ は イクジ なく も なかん ばかり に ふるえて いた。 そして セキ を きった よう に ナミダ が ながれでよう と する の を イトキリバ で かみきる ばかり に しいて くいとめた。
 ジムチョウ は おどろいた らしかった。 メ を おおきく して ナニ か いおう と する うち に、 ヨウコ の シタ は ジブン でも おもいもうけなかった ジョウネツ を おびて ふるえながら うごいて いた。
「しって います、 しって います とも……。 アナタ は ホント に…… ひどい カタ です のね。 ワタシ なんにも しらない と おもって らっしゃる の。 ええ、 ワタシ は ぞんじません、 ぞんじません、 ホント に……」
 ナニ を いう つもり なの か ジブン でも わからなかった。 ただ はげしい シット が アタマ を ぐらぐら させる ばかり に こうじて くる の を しって いた。 オトコ が ある キカイ には テキズ も おわない で ジブン から はなれて ゆく…… そういう いまいましい ヨソウ で とりみだされて いた。 ヨウコ は セイライ こんな みじめ な マックラ な オモイ に とらえられた こと が なかった。 それ は セイメイ が みすみす ジブン から はなれて ゆく の を みまもる ほど みじめ で マックラ だった。 この ヒト を ジブン から はなれさす くらい なら ころして みせる、 そう ヨウコ は トッサ に おもいつめて みたり した。
 ヨウコ は もう ガマン にも そこ に たって いられなく なった。 ジムチョウ に たおれかかりたい ショウドウ を しいて じっと こらえながら、 きれい に ととのえられた シンダイ に ようやく コシ を おろした。 ビミョウ な キョクセン を ながく えがいて のどか に ひらいた マユネ は いたましく ミケン に あつまって、 キュウ に やせた か と おもう ほど ほそった ハナスジ は おそろしく カンショウテキ な イタイタシサ を その カオ に あたえた。 いつ に なく わかわかしく よそおった フクソウ まで が、 ヒニク な ハンゴ の よう に コマタ の きれあがった ヤセガタ な その ニク を いたましく しいたげた。 ながい ソデ の シタ で リョウテ の ユビ を おれよ と ばかり くみあわせて、 なにもかも さいて すてたい ヒステリック な ショウドウ を ケンメイ に おさえながら、 ヨウコ は ツバ も のみこめない ほど くるおしく なって しまって いた。
 ジムチョウ は グウゼン に フシギ を みつけた コドモ の よう な コウキ な あきれた カオツキ を して、 ヨウコ の スガタ を みやって いた が、 カタホウ の スリッパ を ぬぎおとした シロタビ の アシモト から、 やや みだれた ソクハツ まで を しげしげ と みあげながら、
「どうした ん です」
と いぶかる ごとく きいた。 ヨウコ は ひったくる よう に サソク に ヘンジ を しよう と した けれども、 どうしても それ が できなかった。 クラチ は その ヨウス を みる と コンド は マジメ に なった。 そして クチ の ハタ まで もって いった ハマキ を そのまま トレイ の ウエ に おいて たちあがりながら、
「どうした ん です」
と もう イチド ききなおした。 それ と ドウジ に、 ヨウコ も おもいきり レイコク に、
「どうも し や しません」
と いう こと が できた。 フタリ の コトバ が もつれかえった よう に、 フタリ の フシギ な カンジョウ も もつれあった。 もう こんな ところ には いない、 ヨウコ は コノウエ の アッパク には たえられなく なって、 はなやか な スソ を けみだしながら、 まっしぐら に トグチ の ほう に はしりでよう と した。 ジムチョウ は その シュンカン に ヨウコ の なよやか な カタ を さえぎりとめた。 ヨウコ は さえぎられて ぜひなく ジム テーブル の ソバ に たちすくんだ が、 ホコリ も ハジ も ヨワサ も わすれて しまって いた。 どう に でも なれ、 ころす か しぬ か する の だ、 そんな こと を おもう ばかり だった。 こらえ に こらえて いた ナミダ を ながれる に まかせながら、 ジムチョウ の おおきな テ を カタ に かんじた まま で、 しゃくりあげて うらめしそう に たって いた が、 テヂカ に かざって ある ジムチョウ の カゾク の シャシン を みる と、 かっと キ が のぼせて ゼンゴ の ワキマエ も なく、 それ を ひったくる と ともに リョウテ に あらん カギリ の チカラ を こめて、 ヒトゴロシ でも する よう な キオイ で ずたずた に ひきさいた。 そして モミクタ に なった シャシン の クズ を オトコ の ムネ も とおれ と なげつける と、 シャシン の あたった その ところ に かみつき も しかねまじき キョウラン の スガタ と なって ステミ に むしゃぶりついた。 ジムチョウ は おもわず ミ を ひいて リョウテ を のばして はしりよる ヨウコ を せきとめよう と した が、 ヨウコ は ワレ にも なく ガムシャ に すりいって、 オトコ の ムネ に カオ を ふせた。 そして リョウテ で カタ の フクジ を ツメ も たてよ と つかみながら、 しばらく ハ を くいしばって ふるえて いる うち に、 それ が だんだん ススリナキ に かわって いって、 シマイ には さめざめ と コエ を たてて なきはじめた。 そして しばらく は ヨウコ の ゼツボウテキ な ナキゴエ ばかり が ヘヤ の ナカ の シズカサ を かきみだして ひびいて いた。
 とつぜん ヨウコ は クラチ の テ を ジブン の セナカ に かんじて、 デンキ に でも ふれた よう に おどろいて とびのいた。 クラチ に なきながら すがりついた ヨウコ が クラチ から どんな もの を うけとらねば ならぬ か は しれきって いた のに、 やさしい コトバ でも かけて もらえる か の ごとく ふるまった ジブン の ムジュン に あきれて、 オソロシサ に リョウテ で カオ を おおいながら ヘヤ の スミ に さがって いった。 クラチ は すぐ ちかよって きた。 ヨウコ は ネコ に みこまれた カナリヤ の よう に ミモダエ しながら ヘヤ の ナカ を にげ に かかった が、 ジムチョウ は てもなく おいすがって、 ヨウコ の ニノウデ を とらえて チカラマカセ に ひきよせた。 ヨウコ も ホンキ に あらん カギリ の チカラ を だして さからった。 しかし その とき の クラチ は もう フダン の クラチ では なくなって いた。 ケサ シャシン を みて いた とき、 ウシロ から ヨウコ を だきしめた その クラチ が めざめて いた。 おこった ヤジュウ に みる キョウボウ な、 フセギヨウ の ない チカラ が アラシ の よう に オトコ の ゴタイ を さいなむ らしく、 クラチ は その チカラ の モト に うめきもがきながら、 ヨウコ に まっしぐら に つかみかかった。
「また オレ を バカ に しやがる な」
と いう コトバ が くいしばった ハ の アイダ から カミナリ の よう に ヨウコ の ミミ を うった。
 ああ この コトバ―― この ムキダシ な ウチョウテン な コウフン した コトバ こそ ヨウコ が オトコ の クチ から たしか に きこう と まちもうけた コトバ だった の だ。 ヨウコ は ランボウ な ホウヨウ の ナカ に それ を きく と ともに、 ココロ の スミ に かるい ヨユウ の できた の を かんじて ジブン と いう もの が どこ か の スミ に アタマ を もたげかけた の を おぼえた。 クラチ の とった タイド に たいして サクイ の ある オウタイ が できそう に さえ なった。 ヨウコ は マエドオリ に ススリナキ を つづけて は いた が、 その ナミダ の ナカ には もう イツワリ の シズク すら まじって いた。
「いや です はなして」
 こう いった コトバ も ヨウコ には どこ か ギキョクテキ な フシゼン な コトバ だった。 しかし クラチ は ハンタイ に ヨウコ の イチゴ イチゴ に よいしれて みえた。
「ダレ が はなす か」
 ジムチョウ の コトバ は みじめ にも かすれおののいて いた。 ヨウコ は どんどん うしなった ところ を とりかえして ゆく よう に おもった。 そのくせ その タイド は ハンタイ に ますます たよりなげ な やるせない もの に なって いた。 クラチ の ひろい ムネ と ふとい ウデ との アイダ に ハガイ に だきしめられながら、 コトリ の よう に ぶるぶる と ふるえて、
「ホントウ に はなして くださいまし」
「いや だよ」
 ヨウコ は クラチ の セップン を ミギ に ヒダリ に よけながら、 さらに はげしく すすりないた。 クラチ は チメイショウ を うけた ケモノ の よう に うめいた。 その ウデ には アクマ の よう な チ の ながれる の が ヨウコ にも かんぜられた。 ヨウコ は ホド を みはからって いた。 そして オトコ の はりつめた ジョウヨク の イト が たちきれん ばかり に キンチョウ した とき、 ヨウコ は ふと なきやんで きっと クラチ の カオ を ふりあおいだ。 その メ から は クラチ が おもい も かけなかった するどい つよい ヒカリ が はなたれて いた。
「ホントウ に はなして いただきます」
と きっぱり いって、 ヨウコ は キビン に ちょっと ゆるんだ クラチ の テ を すりぬけた。 そして いちはやく ヘヤ を ヨコスジカイ に トグチ まで にげのびて、 ハンドル に テ を かけながら、
「アナタ は ケサ この ト に カギ を おかけ に なって、 ……それ は テゴメ です…… ワタシ……」
と いって すこし ジョウ に げきして うつむいて また ナニ か いいつづけよう と する らしかった が、 とつぜん ト を あけて でて いって しまった。
 とりのこされた クラチ は あきれて しばらく たって いる よう だった が、 やがて エイゴ で ランボウ な ジュソ を くちばしりながら、 いきなり ヘヤ を でて ヨウコ の アト を おって きた。 そして まもなく ヨウコ の ヘヤ の ト の ところ に きて ノック した。 ヨウコ は カギ を かけた まま だまって こたえない で いた。 ジムチョウ は なお 2~3 ド ノック を つづけて いた が、 いきなり ナニ か オオゴエ で モノ を いいながら センイ の コウロク の ヘヤ に はいる の が きこえた。
 ヨウコ は コウロク が ジムチョウ の サシガネ で なんとか いい に くる だろう と ひそか に ココロマチ に して いた。 ところが なんとも いって こない ばかり か、 センイシツ から は ときどき アタリ を はばからない タカワライ さえ きこえて、 ジムチョウ は ヨウイ に その ヘヤ を でて ゆきそう な ケハイ も なかった。 ヨウコ は コウフン に もえたつ いらいら した ココロ で そこ に いる ジムチョウ の スガタ を イロイロ に ソウゾウ して いた。 ホカ の こと は ヒトツ も アタマ の ナカ には はいって こなかった。 そして つくづく ジブン の ココロ の カワリカタ の ハゲシサ に おどろかず には いられなかった。 「サダコ! サダコ!」 ヨウコ は トナリ に いる ヒト を よびだす よう な キ で ちいさな コエ を だして みた。 その サイアイ の ナ を コエ に まで だして みて も、 その ヒビキ の ウチ には わすれて いた ユメ を おもいだした ほど の コタエ も なかった。 どう すれば ヒト の ココロ と いう もの は こんな に まで かわりはてる もの だろう。 ヨウコ は サダコ を あわれむ より も、 ジブン の ココロ を あわれむ ため に なみだぐんで しまった。 そして なんの キ なし に ショウタク の マエ に コシ を かけて、 タイセツ な もの の ナカ に しまって おいた、 その コロ ニホン では めずらしい ファウンテン ペン を とりだして、 フデ の うごく まま に そこ に あった カミキレ に ジ を かいて みた。

「オンナ の よわき ココロ に つけいりたまう は あまり に むごき オココロ と ただ うらめしく ぞんじまいらせそろ ワラワ の ウンメイ は この フネ に むすばれたる くしき エニシ や そうらいけん ココロガラ とは もうせ イマ は カコ の スベテ ミライ の スベテ を うちすてて ただ メノマエ の はずかしき オモイ に ただよう ばかり なる ネナシグサ の ミ と なりはて まいらせそろ を こともなげ に みやりたまう が うらめしく うらめしく シ」

と なんの クフウ も なく、 よく イミ も わからない で イッシャ センリ に かきながして きた が、 「シ」 と いう ジ に くる と、 ヨウコ は ペン も おれよ と いらいらしく その ウエ を ぬりけした。 オモイ の まま を ジムチョウ に いって やる の は、 おもうぞんぶん ジブン を もてあそべ と いって やる の と おなじ こと だった。 ヨウコ は イカリ に まかせて ヨハク を ランボウ に イタズラガキ で よごして いた。
 と、 とつぜん センイ の ヘヤ から たかだか と クラチ の ワライゴエ が きこえて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく ツムリ を あげて、 しばらく キキミミ を たてて から、 そっと トグチ に あゆみよった が、 アト は それなり また しずか に なった。
 ヨウコ は はずかしげ に ザ に もどった。 そして カミ の ウエ に おもいだす まま に カッテ な ジ を かいたり、 カタチ の しれない カタチ を かいて みたり しながら、 ずきん ずきん と いたむ ヒタイ を ぎゅっと ヒジ を ついた カタテ で おさえて なんと いう こと も なく かんがえつづけた。
 ネン が とどけば キムラ にも サダコ にも なんの ヨウ が あろう。 クラチ の ココロ さえ つかめば アト は ジブン の イジ ヒトツ だ。 そう だ。 ネン が とどかなければ…… ネン が とどかなければ…… とどかなければ あらゆる もの に ヨウ が なくなる の だ。 そう したら うつくしく しのう ねえ…… どうして…… ワタシ は どうして…… けれども…… ヨウコ は いつのまにか ジュンスイ に カンショウテキ に なって いた。 ジブン にも こんな オボコ な オモイ が ひそんで いた か と おもう と、 だいて なでさすって やりたい ほど ジブン が かわゆく も あった。 そして キベ と わかれて イライ たえて あじわわなかった この あまい ジョウチョ に ジブン から ほだされ おぼれて、 シンジュウ でも する ヒト の よう な、 コイ に ミ を まかせる ココロヤスサ に ひたりながら コヅクエ に つっぷして しまった。
 やがて よいつぶれた ヒト の よう に ツムリ を もたげた とき は、 とうに ヒ が かげって ヘヤ の ナカ には はなやか に デントウ が ともって いた。
 いきなり センイ の ヘヤ の ト が ランボウ に ひらかれる オト が した。 ヨウコ は はっと おもった。 その とき ヨウコ の ヘヤ の ト に どたり と つきあたった ヒト の ケハイ が して、 「サツキ さん」 と にごって しおがれた ジムチョウ の コエ が した。 ヨウコ は ミ の すくむ よう な ショウドウ を うけて、 おもわず たちあがって たじろぎながら ヘヤ の スミ に にげかくれた。 そして カラダジュウ を ミミ の よう に して いた。
「サツキ さん オネガイ だ。 ちょっと あけて ください」
 ヨウコ は てばやく コヅクエ の ウエ の カミ を クズカゴ に なげすてて、 ファウンテン ペン を モノカゲ に ほうりこんだ。 そして せかせか と アタリ を みまわした が、 あわてながら メマド の カーテン を しめきった。 そして また たちすくんだ、 ジブン の ココロ の オソロシサ に まどいながら。
 ガイブ では ニギリコブシ で ツヅケサマ に ト を たたいて いる。 ヨウコ は そわそわ と スソマエ を かきあわせて、 カタゴシ に カガミ を みやりながら ナミダ を ふいて マユ を なでつけた。
「サツキ さん!!」
 ヨウコ は やや しばし とつおいつ チュウチョ して いた が、 とうとう ケッシン して、 ナニ か あわてくさって、 カギ を がちがち やりながら ト を あけた。
 ジムチョウ は ひどく よって はいって きた。 どんな に のんで も カオイロ も かえない ほど の ゴウシュ な クラチ が、 こんな に よう の は めずらしい こと だった。 しめきった ト に ニオウダチ に よりかかって、 れいぜん と した ヨウス で はなれて たつ ヨウコ を まじまじ と みすえながら、
「ヨウコ さん、 ヨウコ さん が わるければ サツキ さん だ。 サツキ さん…… ボク の する こと は する だけ の カクゴ が あって する ん です よ。 ボク は ね、 ヨコハマ イライ アナタ に ほれて いた ん だ。 それ が わからない アナタ じゃ ない でしょう。 ボウリョク? ボウリョク が ナン だ。 ボウリョク は おろか な こった。 ころしたく なれば ころして も しんぜる よ」
 ヨウコ は その サイゴ の コトバ を きく と メマイ を かんずる ほど に ウチョウテン に なった。
「アナタ に キムラ さん と いう の が ついてる くらい は、 ヨコハマ の シテンチョウ から きかされとる ん だ が、 どんな ヒト だ か ボク は もちろん しりません さ。 しらん が ボク の ほう が アナタ に フカボレ しとる こと だけ は、 この ムネサンズン で ちゃんと しっとる ん だ。 それ、 それ が わからん? ボク は ハジ も なにも さらけだして いっとる ん です よ。 これ でも わからん です か」
 ヨウコ は メ を かがやかしながら、 その コトバ を むさぼった。 かみしめた。 そして のみこんだ。
 こうして ヨウコ に とって の ウンメイテキ な イチニチ は すぎた。

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