カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 3)

2021-11-22 | アリシマ タケオ
 6

 ヨウコ が ベイコク に シュッパツ する 9 ガツ 25 ニチ は アス に せまった。 ニヒャク ハツカ の あれそこねた その トシ の テンキ は、 いつまで たって も さだまらない で、 キチガイ-ビヨリ とも いう べき テリフリ の ランザツ な ソラアイ が つづきとおして いた。
 ヨウコ は その アサ くらい うち に トコ を はなれて、 クラ の カゲ に なった ジブン の コベヤ に はいって、 マエマエ から かたづけかけて いた イルイ の シマツ を しはじめた。 モヨウ や シマ の ハデ なの は カタハシ から ほどいて まるめて、 ツギ の イモウト の アイコ に やる よう に と カタスミ に かさねた が、 その ナカ には 13 に なる スエ の イモウト の サダヨ に きせて も にあわしそう な オオガラ な もの も あった。 ヨウコ は てばやく それ を えりわけて みた。 そして コンド は フネ に もちこむ シキ の ハレギ を、 トコノマ の マエ に ある マックロ に ふるぼけた トランク の ところ まで もって いって、 フタ を あけよう と した が、 ふと その フタ の マンナカ に かいて ある Y.K. と いう シロ モジ を みて せわしく テ を ひかえた。 これ は キノウ コトウ が アブラエノグ と エフデ と を もって きて かいて くれた ので、 かわききらない テレビン の ニオイ が まだ かすか に のこって いた。 コトウ は、 ヨウコ サツキ の カシラモジ Y.S. と かいて くれ と おりいって ヨウコ の たのんだ の を わらいながら しりぞけて、 ヨウコ キムラ の カシラモジ Y.K. と かく マエ に、 S.K. と ある ジ を ナイフ の サキ で テイネイ に けずった の だった。 S.K. とは キムラ サダイチ の イニシャル で、 その トランク は キムラ の チチ が オウベイ を マンユウ した とき つかった もの なの だ。 その ふるい イロ を みる と、 キムラ の チチ の フトッパラ な するどい セイカク と、 ハラン の おおい ショウガイ の ゴクイン が すわって いる よう に みえた。 キムラ は それ を ヨウコ の ヨウ に と のこして いった の だった。 キムラ の オモカゲ は ふと ヨウコ の アタマ の ナカ を ぬけて とおった。 クウソウ で キムラ を えがく こと は、 キムラ と カオ を みあわす とき ほど の いとわしい オモイ を ヨウコ に おこさせなかった。 くろい カミノケ を ぴったり と きれい に わけて、 さかしい ナカダカ の ホソオモテ に、 ケンコウ-らしい バライロ を おびた ヨウボウ や、 あますぎる くらい ニンジョウ に おぼれやすい ジュンジョウテキ な セイカク は、 ヨウコ に イッシュ の ナツカシサ を さえ かんぜしめた。 しかし じっさい カオ と カオ と を むかいあわせる と、 フタリ は ミョウ に カイワ さえ はずまなく なる の だった。 その さかしい の が いや だった。 ニュウワ なの が キ に さわった。 ジュンジョウテキ な くせ に おそろしく カンジョウ-だかい の が たまらなかった。 セイネン-らしく ドヒョウギワ まで ふみこんで ジギョウ を たのしむ と いう チチ に にた セイカク さえ こましゃくれて みえた。 ことに トウキョウ ウマレ と いって も いい くらい みやこなれた コトバ や ミ の コナシ の アイダ に、 ふと トウホク の キョウド の ニオイ を かぎだした とき には かんで すてたい よう な ハンカン に おそわれた。 ヨウコ の ココロ は イマ、 おぼろげ な カイソウ から、 じっさい ヒザ つきあわせた とき に いや だ と おもった インショウ に うつって いった。 そして テ に もった ハレギ を トランク に いれる の を ひかえて しまった。 ながく なりはじめた ヨ も その コロ には ようやく しらみはじめて、 ロウソク の きいろい ホノオ が ヒカリ の ナキガラ の よう に、 ゆるぎ も せず に ともって いた。 ヨル の アイダ しずまって いた ニシカゼ が おもいだした よう に ショウジ に ぶつかって、 クギダナ の せまい トオリ を、 カシ で シダシ を した わかい モノ が、 おおきな カケゴエ で がらがら と クルマ を ひきながら とおる の が きこえだした。 ヨウコ は キョウ イチニチ に めまぐるしい ほど ある タクサン の ヨウジ を ちょっと ムネ の ナカ で かぞえて みて、 オオイソギ で そこら を かたづけて、 ジョウ を おろす もの には ジョウ を おろしきって、 アマド を 1 マイ くって、 そこ から さしこむ ヒカリ で おおきな テブンコ から ぎっしり つまった オトコモジ の テガミ を ひきだす と フロシキ に つつみこんだ。 そして それ を かかえて、 テショク を ふきけしながら ヘヤ を でよう と する と、 ロウカ に オバ が つったって いた。
「もう おきた ん です ね…… かたづいた かい」
と アイサツ して まだ ナニ か いいたそう で あった。 リョウシン を うしなって から この オバ フウフ と、 6 サイ に なる ハクチ の ヒトリムスコ と が うつって きて ドウキョ する こと に なった の だ。 ヨウコ の ハハ が、 どこ か おもおもしくって おおしい フウサイ を して いた の に ひきかえ、 オバ は カミノケ の うすい、 どこまでも ヒンソウ に みえる オンナ だった。 ヨウコ の メ は その オビシロハダカ な、 ニク の うすい ムネ の アタリ を ちらっと かすめた。
「おや おはよう ございます…… あらかた かたづきました」
と いって そのまま 2 カイ に ゆこう と する と、 オバ は ツメ に いっぱい アカ の たまった リョウテ を もやもや と ムネ の ところ で ふりながら、 さえぎる よう に たちはだかって、
「あの オマエサン が かたづける とき に と おもって いた ん だ がね、 アス の オミオクリ に ワタシ は きて いく もの が ない ん だよ。 オカアサン の もの で まにあう の は ない だろう かしらん。 アス だけ かりれば アト は ちゃんと シマツ を して おく ん だ から ちょっと みて おくれ で ない か」
 ヨウコ は また か と おもった。 ハタラキ の ない オット に つれそって、 15 ネン の アイダ マルオビ ヒトツ かって もらえなかった オバ の クンレン の ない よわい セイカク が、 こう さもしく なる の を あわれまない でも なかった が、 モノオジ しながら、 それでいて、 ヨク に かかる と ずうずうしい、 ヒト の スキ ばかり つけねらう シウチ を みる と、 ムシズ が はしる ほど にくかった。 しかし こんな オモイ を する の も キョウ だけ だ と おもって ヘヤ の ナカ に アンナイ した。 オバ は そらぞらしく キノドク だ とか すまない とか いいつづけながら ジョウ を おろした タンス を いちいち あけさせて、 いろいろ と カッテ に コノミ を いった スエ に、 りゅうと した ヒトソロエ を かりる こと に して、 それから ヨウコ の イルイ まで を とやかく いいながら さりがて に いじくりまわした。 ダイドコロ から は ミソシル の ニオイ が して、 ハクチ の コ が だらしなく なきつづける コエ と、 オジ が オバ を よびたてる コエ と が、 すがすがしい アサ の クウキ を にごす よう に きこえて きた。 ヨウコ は オバ に イイカゲン な ヘンジ を しながら その コエ に ミミ を かたむけて いた。 そして サツキ-ケ の サイゴ の リサン と いう こと を しみじみ と かんじた の で あった。 デンワ は、 ある ギンコウ の ジュウヤク を して いる シンルイ が イイカゲン な コウジツ を つくって ただ もって いって しまった。 チチ の ショサイ ドウグ や コットウヒン は ゾウショ と イッショ に セリウリ を された が、 ウリアゲダイ は とうとう ヨウコ の テ には はいらなかった。 スマイ は スマイ で、 ヨウコ の ヨウコウゴ には、 リョウシン の シゴ ナニ か に ジンリョク した と いう シンルイ の ナニガシ が、 ニソク サンモン で ゆずりうける こと に シンゾク カイギ で きまって しまった。 すこし ばかり ある カブケン と ジショ とは アイコ と サダヨ との キョウイクヒ に あてる メイギ で ボウボウ が ホカン する こと に なった。 そんな カッテ-ホウダイ な マネ を される の を ヨウコ は ミムキ も しない で だまって いた。 もし ヨウコ が すなお な オンナ だったら、 かえって クイノコシ と いう ほど の イサン は あてがわれて いた に ちがいない。 しかし シンゾク カイギ では ヨウコ を テ に おえない オンナ だ と して、 ヨソ に よめいって ゆく の を いい こと に、 イサン の こと には いっさい カンケイ させない ソウダン を した くらい は ヨウコ は とうに かんづいて いた。 ジブン の ザイサン と なれば なる べき もの を イチブブン だけ あてがわれて だまって ひっこんで いる ヨウコ では なかった。 それ か と いって チョウジョ では ある が、 オンナ の ミ と して ゼンザイサン に たいする ヨウキュウ を する こと の ムエキ なの も しって いた。 で、 「イヌ に やる つもり で いよう」 と ホゾ を かためて かかった の だった。 イマ、 アト に のこった もの は ナニ が ある。 キリマワシ よく ミカケ を ハデ に して いる ワリアイ に、 フソクガチ な 3 ニン の シマイ の イルイ ショドウグ が すこし ばかり ある だけ だ。 それ を オバ は ヨウシャ も なく そこ まで きりこんで きて いる の だ。 ハクシ の よう な はかない サビシサ と、 「ハダカ に なる なら きれいさっぱり ハダカ に なって みせよう」 と いう ヒ の よう な ハンコウシン と が、 むちゃくちゃ に ヨウコ の ムネ を ひやしたり やいたり した。 ヨウコ は こんな ココロモチ に なって、 サキホド の テガミ の ツツミ を かかえて たちあがりながら、 うつむいて テザワリ の いい キヌモノ を なでまわして いる オバ を みおろした。
「それじゃ ワタシ は まだ ホカ に ヨウ が あります し します から ジョウ を おろさず に おきます よ。 ごゆっくり ゴラン なさいまし。 そこ に かためて ある の は ワタシ が もって いく ん です し、 ここ に ある の は アイ と サダ に やる の です から ベツ に なすって おいて ください」
と いいすてて、 ずんずん ヘヤ を でた。 オウライ には スナボコリ が たつ らしく カゼ が ふきはじめて いた。
 2 カイ に あがって みる と、 チチ の ショサイ で あった 16 ジョウ の トナリ の 6 ジョウ に、 アイコ と サダヨ と が だきあって ねむって いた。 ヨウコ は ジブン の ネドコ を てばやく たたみながら アイコ を よびおこした。 アイコ は おどろいた よう に おおきな うつくしい メ を ひらく と ハンブン ムチュウ で とびおきた。 ヨウコ は いきなり ゲンジュウ な チョウシ で、
「アナタ は アス から ワタシ の カワリ を しない じゃ ならない ん です よ。 アサネボウ なんぞ して いて どう する の。 アナタ が ぐずぐず して いる と サア ちゃん が かわいそう です よ。 はやく ミジマイ を して シタ の オソウジ でも なさいまし」
と にらみつけた。 アイコ は ヒツジ の よう に ニュウワ な メ を まばゆそう に して、 アネ を ぬすみみながら、 キモノ を きかえて シタ に おりて いった。 ヨウコ は なんとなく ショウ の あわない この イモウト が、 ハシゴダン を おりきった の を ききすまして、 そっと サダヨ の ほう に ちかづいた。 オモザシ の ヨウコ に よく にた 13 の ショウジョ は、 あせじみた カオ には サゲガミ が ねばりついて、 ホオ は ネツ でも ある よう に ジョウキ して いる。 それ を みる と ヨウコ は コツニク の イトシサ に おもわず ほほえませられて、 その ネドコ に いざりよって、 その ドウジョ を ハガイ に かるく だきすくめた。 そして しみじみ と その ネガオ に ながめいった。 サダヨ の かるい コキュウ は かるく ヨウコ の ムネ に つたわって きた。 その コキュウ が ヒトツ つたわる たび に、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に めいって いった。 おなじ ハラ を かりて コノヨ に うまれでた フタリ の ムネ には、 ひたと キョウメイ する フシギ な ヒビキ が ひそんで いた。 ヨウコ は すいとられる よう に その ヒビキ に ココロ を あつめて いた が、 ハテ は さびしい、 ただ さびしい ナミダ が ほろほろ と トメド なく ながれでる の だった。
 イッカ の リサン を しらぬ カオ で、 オンナ の ミソラ を ただ ヒトリ ベイコク の ハテ まで さすらって ゆく の を ヨウコ は かくべつ なんとも おもって いなかった。 フリワケガミ の ジブン から、 あくまで イジ の つよい メハシ の きく セイシツ を おもう まま に ゾウチョウ さして、 ぐんぐん と ヨノナカ を ワキメ も ふらず おしとおして 25 に なった イマ、 こんな とき に ふと カコ を ふりかえって みる と、 いつのまにか アタリマエ の オンナ の セイカツ を すりぬけて、 たった ヒトリ み も しらぬ ノズエ に たって いる よう な オモイ を せず には いられなかった。 ジョガッコウ や オンガク ガッコウ で、 ヨウコ の つよい コセイ に ひきつけられて、 リソウ の ヒト で でも ある よう に ちかよって きた ショウジョ たち は、 ヨウコ に おどおどしい ドウセイ の コイ を ささげながら、 ヨウコ に インスパイアー されて、 われしらず ダイタン な ホンポウ な フルマイ を する よう に なった。 その コロ 「コクミン ブンガク」 や 「ブンガクカイ」 に ハタアゲ を して、 あたらしい シソウ ウンドウ を おこそう と した ケッキ な ロマンティック な セイネン たち に、 ウタ の ココロ を さずけた オンナ の オオク は、 おおかた ヨウコ から ケツミャク を ひいた ショウジョ ら で あった。 リンリ ガクシャ や、 キョウイクカ や、 カテイ の シュケンシャ など も その コロ から サイギ の メ を みはって ショウジョコク を カンシ しだした。 ヨウコ の タカン な ココロ は、 ジブン でも しらない カクメイテキ とも いう べき ショウドウ の ため に アテ も なく ゆるぎはじめた。 ヨウコ は タニン を わらいながら、 そして ジブン を さげすみながら、 マックラ な おおきな チカラ に ひきずられて、 フシギ な ミチ に ジカク なく まよいいって、 シマイ には まっしぐら に はしりだした。 ダレ も ヨウコ の ゆく ミチ の シルベ を する ヒト も なく、 タ の ただしい ミチ を おしえて くれる ヒト も なかった。 たまたま おおきな コエ で よびとめる ヒト が ある か と おもえば、 ウラオモテ の みえすいた ペテン に かけて、 ムカシ の まま の オンナ で あらせよう と する モノ ばかり だった。 ヨウコ は その コロ から どこ か ガイコク に うまれて いれば よかった と おもう よう に なった。 あの ジユウ-らしく みえる オンナ の セイカツ、 オトコ と たちならんで ジブン を たてて ゆく こと の できる オンナ の セイカツ…… ふるい リョウシン が ジブン の ココロ を さいなむ たび に、 ヨウコ は ガイコクジン の リョウシン と いう もの を みたく おもった。 ヨウコ は ココロ の オクソコ で ひそか に ゲイシャ を うらやみ も した。 ニホン で オンナ が おんならしく いきて いる の は ゲイシャ だけ では ない か と さえ おもった。 こんな ココロモチ で トシ を とって ゆく アイダ に ヨウコ は もちろん ナンド も つまずいて ころんだ。 そして ヒトリ で ヒザ の チリ を はらわなければ ならなかった。 こんな セイカツ を つづけて 25 に なった イマ、 ふと イマ まで あるいて きた ミチ を ふりかえって みる と、 イッショ に ヨウコ と はしって いた ショウジョ たち は、 とうの ムカシ に ジンジョウ な オンナ に なりすまして いて、 ちいさく みえる ほど トオク の ほう から、 あわれむ よう な さげすむ よう な カオツキ を して、 ヨウコ の スガタ を ながめて いた。 ヨウコ は もと きた ミチ に ひきかえす こと は もう できなかった。 できた ところ で ひきかえそう と する キ は ミジン も なかった。 「カッテ に する が いい」 そう おもって ヨウコ は また ワケ も なく フシギ な くらい チカラ に ひっぱられた。 こういう ハメ に なった イマ、 ベイコク に いよう が ニホン に いよう が すこし ばかり の ザイサン が あろう が なかろう が、 そんな こと は ササイ な ハナシ だった。 キョウグウ でも かわったら ナニ か おこる かも しれない。 モト の まま かも しれない。 カッテ に なれ。 ヨウコ を ココロ の ソコ から うごかしそう な もの は ヒトツ も ミヂカ には みあたらなかった。
 しかし ヒトツ あった。 ヨウコ の ナミダ は ただ ワケ も なく ほろほろ と ながれた。 サダヨ は ナニゴト も しらず に ツミ なく ねむりつづけて いた。 おなじ ハラ を かりて コノヨ に うまれでた フタリ の ムネ には、 ひたと キョウメイ する フシギ な ヒビキ が ひそんで いた。 ヨウコ は すいとられる よう に その ヒビキ に ココロ を あつめて いた が、 この コ も やがて は ジブン が とおって きた よう な ミチ を あるく の か と おもう と、 ジブン を あわれむ とも イモウト を あわれむ とも しれない せつない ココロ に さきだたれて、 おもわず ぎゅっと サダヨ を だきしめながら モノ を いおう と した。 しかし ナニ を いいえよう ぞ。 ノド も ふさがって しまって いた。 サダヨ は だきしめられた ので はじめて おおきく メ を ひらいた。 そして しばらく の アイダ、 ナミダ に ぬれた アネ の カオ を まじまじ と ながめて いた が、 やがて だまった まま ちいさい ソデ で その ナミダ を ぬぐいはじめた。 ヨウコ の ナミダ は あたらしく わきかえった。 サダヨ は いたましそう に アネ の ナミダ を ぬぐいつづけた。 そして シマイ には その ソデ を ジブン の カオ に おしあてて ナニ か いいいい しゃくりあげながら なきだして しまった。

 7

 ヨウコ は その アサ ヨコハマ の ユウセン-ガイシャ の ナガタ から テガミ を うけとった。 カンガクシャ-らしい フウカク の、 ジョウズ な ジ で トウシセン に かかれた モンク には、 ジブン は コ-サツキ シ には カクベツ の コウギ を うけて いた が、 アナタ に たいして も ドウヨウ の コウサイ を つづける ヒツヨウ の ない の を イカン に おもう。 ミョウバン (すなわち その ヨ) の オマネキ にも シュッセキ しかねる、 と けんもほろろ に かきつらねて、 ツイシン に、 センジツ アナタ から イチゴン の ショウカイ も なく ホウモン して きた スジョウ の しれぬ セイネン の ジサン した カネ は いらない から おかえし する。 オット の さだまった オンナ の コウドウ は、 もうす まで も ない が つつしむ が うえ にも ことに つつしむ べき もの だ と ワタシドモ は ききおよんで いる、 と きっぱり かいて、 その キンガク だけ の カワセ が ドウフウ して あった。 ヨウコ が コトウ を つれて ヨコハマ に いった の も、 ケビョウ を つかって ヤドヤ に ひきこもった の も、 ジツ を いう と フナショウバイ を する ヒト には めずらしい ゲンカク な この ナガタ に あう メンドウ を さける ため だった。 ヨウコ は ちいさく シタウチ して、 カワセ-ごと テガミ を ひきさこう と した が、 ふと おもいかえして、 タンネン に スミ を すりおろして イチジ イチジ かんがえて かいた よう な テガミ だけ ずたずた に やぶいて クズカゴ に つっこんだ。
 ヨウコ は ジミ な ヨソイキ に ネマキ を きかえて 2 カイ を おりた。 チョウショク は たべる キ が なかった。 イモウト たち の カオ を みる の も キヅマリ だった。
 シマイ 3 ニン の いる 2 カイ の、 スミ から スミ まで きちんと こぎれい に かたづいて いる の に ひきかえて、 オバ イッカ の すまう シタザシキ は へんに あぶらぎって よごれて いた。 ハクチ の コ が アカンボウ ドウヨウ なので、 ヒガシ の エン に ほして ある ムツキ から たつ しおくさい ニオイ や、 タタミ の ウエ に ふみにじられた まま こびりついて いる メシツブ など が、 すぐ ヨウコ の シンケイ を いらいら させた。 ゲンカン に でて みる と、 そこ には オジ が、 エリ の マックロ に あせじんだ しろい カスリ を うすさむそう に きて、 ハクチ の コ を ヒザ の ウエ に のせながら、 アサッパラ から カキ を むいて あてがって いた。 その カキ の カワ が あかあか と カミクズ と ごった に なって シキイシ の ウエ に ちって いた。 ヨウコ は オジ に ちょっと アイサツ を して ゾウリ を さがしながら、
「アイ さん ちょっと ここ に おいで。 ゲンカン が ごらん、 あんな に よごれて いる から ね、 きれい に ソウジ して おいて ちょうだい よ。 ――コンヤ は オキャクサマ も ある ん だ のに……」
と かけて きた アイコ に わざと つんけん いう と、 オジ は シンケイ の トオク の ほう で あてこすられた の を かんじた ふう で、
「おお、 それ は ワシ が した ん じゃ で、 ワシ が ソウジ しとく。 かもうて くださるな、 おい オシュン―― オシュン と いう に、 ナニ しとる ぞい」
と ノロマ-らしく よびたてた。 オビシロハダカ の オバ が そこ に やって きて、 また くだらぬ クチイサカイ を する の だ と おもう と、 ドロ の ナカ で いがみあう ブタ か なんぞ を おもいだして、 ヨウコ は カカト の チリ を はらわん ばかり に そこそこ イエ を でた。 ほそい クギダナ の オウライ は バショガラ だけ に カドナミ きれい に ソウジ されて、 ウチミズ を した ウエ を、 キ の きいた フウテイ の ダンジョ が いそがしそう に ユキキ して いた。 ヨウコ は ヌケゲ の まるめた の や、 マキタバコ の フクロ の ちぎれた の が ちらばって ホウキ の メ ヒトツ ない ジブン の イエ の マエ を メ を つぶって かけぬけたい ほど の オモイ を して、 つい ソバ の ニッポン ギンコウ に はいって アリッタケ の ヨキン を ひきだした。 そして その マエ の クルマヤ で しじゅう ノリツケ の いちばん リッパ な ジンリキシャ を したてさして、 その アシ で カイモノ に でかけた。 イモウト たち に かいのこして おく べき イフクジ や、 ガイコクジン-ムキ の ミヤゲヒン や、 あたらしい どっしり した トランク など を かいいれる と、 ひきだした カネ は いくらも のこって は いなかった。 そして ゴゴ の ヒ が やや かたむきかかった コロ、 オオツカ クボマチ に すむ ウチダ と いう ハハ の ユウジン を おとずれた。 ウチダ は ネッシン な キリスト-キョウ の デンドウシャ と して、 にくむ ヒト から は ダカツ の よう に にくまれる し、 すき な ヒト から は ヨゲンシャ の よう に スウハイ されて いる テンサイハダ の ヒト だった。 ヨウコ は イツツ ムッツ の コロ、 ハハ に つれられて、 よく その イエ に デイリ した が、 ヒト を おそれず に ぐんぐん おもった こと を かわいらしい クチモト から いいだす ヨウコ の ヨウス が、 しじゅう ヒト から ヘダテ を おかれつけた ウチダ を よろこばした ので、 ヨウコ が くる と ウチダ は、 ナニ か ココロ の こだわった とき でも キゲン を なおして、 せまった マユネ を すこし は ひらきながら、 「また コザル が きた な」 と いって、 その つやつや した オカッパ を なでまわしたり なぞ した。 その うち ハハ が キリスト-キョウ フジン ドウメイ の ジギョウ に カンケイ して、 たちまち の うち に その ギュウジ を にぎり、 ガイコク センキョウシ だ とか、 キフジン だ とか を ひきいれて、 セイリャク-がましく ジギョウ の カクチョウ に ホンソウ する よう に なる と、 ウチダ は すぐ キゲン を そんじて、 サツキ オヤサ を せめて、 キリスト の セイシン を ムシ した ゾクアク な タイド だ と いきまいた が、 オヤサ が いっこう それ に とりあう ヨウス が ない ので、 リョウケ の アイダ は みるみる うとうとしい もの に なって しまった。 それでも ウチダ は ヨウコ だけ には フシギ に アイチャク を もって いた と みえて、 よく ヨウコ の ウワサ を して、 「コザル」 だけ は ひきとって コドモ ドウヨウ に そだてて やって も いい なぞ と いったり した。 ウチダ は リエン した サイショ の ツマ が つれて いって しまった たった ヒトリ の ムスメ に いつまでも ミレン を もって いる らしかった。 どこ でも いい その ムスメ に にた らしい ところ の ある ショウジョ を みる と、 ウチダ は ヒゴロ の ジブン を わすれた よう に あまあましい カオツキ を した。 ヒト が おそれる ワリアイ に、 ヨウコ には ウチダ が おそろしく おもえなかった ばかり か、 その シュンレツ な セイカク の オク に とじこめられて ちいさく よどんだ アイジョウ に ふれる と、 アリキタリ の ニンゲン から は えられない よう な ナツカシミ を かんずる こと が あった。 ヨウコ は ハハ に だまって ときどき ウチダ を おとずれた。 ウチダ は ヨウコ が くる と、 どんな いそがしい とき でも ジブン の ヘヤ に とおして ワライバナシ など を した。 ときには フタリ だけ で コウガイ の しずか な ナミキミチ など を サンポ したり した。 ある とき ウチダ は もう ムスメ-らしく セイチョウ した ヨウコ の テ を かたく にぎって、 「オマエ は カミサマ イガイ の ワタシ の ただ ヒトリ の ミチヅレ だ」 など と いった。 ヨウコ は フシギ な あまい ココロモチ で その コトバ を きいた。 その キオク は ながく わすれえなかった。
 それ が あの キベ との ケッコン モンダイ が もちあがる と、 ウチダ は イヤオウ なし に ある ヒ ヨウコ を ジブン の イエ に よびつけた。 そして コイビト の ヘンシン を なじりせめる シット-ぶかい オトコ の よう に、 ヒ と ナミダ と を メ から ほとばしらせて、 うち も すえかねぬ まで に くるいいかった。 その とき ばかり は ヨウコ も ココロ から ゲッコウ させられた。 「ダレ が もう こんな ワガママ な ヒト の ところ に きて やる もの か」 そう おもいながら、 イケガキ の おおい、 ヤナミ の まばら な、 ワダチ の アト の めいりこんだ コイシカワ の オウライ を あるきあるき、 フンヌ の ハギシリ を とめかねた。 それ は ユウヤミ の もよおした バンシュウ だった。 しかし それ と ドウジ に なんだか タイセツ な もの を とりおとした よう な、 ジブン を コノヨ に つりあげて いる イト の ヒトツ が ぷつん と きれた よう な フシギ な サビシサ の ムネ に せまる の を どう する こと も できなかった。
「キリスト に ミズ を やった サマリヤ の オンナ の こと も おもう から、 このうえ オマエ には なにも いうまい―― ヒト の シツボウ も カミ の シツボウ も ちっと は かんがえて みる が いい、 ……ツミ だぞ、 おそろしい ツミ だぞ」
 そんな こと が あって から 5 ネン を すぎた キョウ、 ユウビンキョク に いって、 ナガタ から きた カワセ を ひきだして、 サダコ を あずかって くれて いる ウバ の イエ に もって ゆこう と おもった とき、 ヨウコ は シヘイ の タバ を かぞえながら、 ふと ウチダ の サイゴ の コトバ を おもいだした の だった。 モノ の ない ところ に モノ を さぐる よう な ココロモチ で ヨウコ は ジンリキシャ を オオツカ の ほう に はしらした。
 5 ネン たって も ムカシ の まま の カマエ で、 まばら に さしかえた ヤネイタ と、 めっきり のびた カキゾイ の キリ の キ と が めだつ ばかり だった。 スナキシミ の する コウシド を あけて、 オビマエ を ととのえながら でて きた ニュウワ な サイクン と カオ を あわせた とき は、 さすが に カイキュウ の ジョウ が フタリ の ムネ を さわがせた。 サイクン は おもわず しらず 「まあ どうぞ」 と いった が、 その シュンカン に はっと ためらった よう な ヨウス に なって、 いそいで ウチダ の ショサイ に はいって いった。 しばらく する と タンソク しながら モノ を いう よう な ウチダ の コエ が とぎれとぎれ に きこえた。 「あげる の は カッテ だ が オレ は あう こと は ない じゃ ない か」 と いった か と おもう と、 はげしい オト を たてて ヨミサシ の ショモツ を ぱたん と とじる オト が した。 ヨウコ は ジブン の ツマサキ を みつめながら シタクチビル を かんで いた。
 やがて サイクン が おどおど しながら たちあらわれて、 まず と ヨウコ を チャノマ に しょうじいれた。 それ と イレカワリ に、 ショサイ では ウチダ が イス を はなれた オト が して、 やがて ウチダ は ずかずか と コウシド を あけて でて いって しまった。
 ヨウコ は おもわず ふらふらっ と たちあがろう と する の を、 なにげない カオ で じっと こらえた。 せめては カミナリ の よう な はげしい その イカリ の コエ に うたれたかった。 あわよくば ジブン も おもいきり いいたい こと を いって のけたかった。 どこ に いって も とりあい も せず、 ハナ で あしらい、 ハナ で あしらわれなれた ヨウコ には、 ナニ か シンミ な チカラ で うちくだかれる なり、 うちくだく なり して みたかった。 それ だった のに おもいいって ウチダ の ところ に きて みれば、 ウチダ は ヨ の ツネ の ヒトビト より も いっそう ひややか に むごく おもわれた。
「こんな こと を いって は シツレイ です けれども ね ヨウコ さん、 アナタ の こと を イロイロ に いって くる ヒト が ある もん です から ね、 あの とおり の セイシツ でしょう。 どうも ワタシ には なんとも イイナダメヨウ が ない の です よ。 ウチダ が アナタ を おあげ もうした の が フシギ な ほど だ と ワタシ おもいます の。 コノゴロ は ことさら ダレ にも いわれない よう な ゴタゴタ が イエ の ウチ に ある もん です から、 よけい むしゃくしゃ して いて、 ホントウ に ワタシ どう したら いい か と おもう こと が あります の」
 イジ も キジ も ウチダ の キョウレツ な セイカク の ため に ぞんぶん に うちくだかれた サイクン は、 ジョウヒン な カオダテ に チュウセイキ の アマ に でも みる よう な おもいあきらめた ヒョウジョウ を うかべて、 ステミ の セイカツ の ドンゾコ に ひそむ さびしい フソク を ほのめかした。 ジブン より トシシタ で、 しかも オット から さんざん アクヒョウ を なげられて いる はず の ヨウコ に たいして まで、 すぐ ココロ が くだけて しまって、 ハリ の ない コトバ で ドウジョウ を もとめる か と おもう と、 ヨウコ は ジブン の こと の よう に はがゆかった。 マユ と クチ との アタリ に むごたらしい ケイベツ の カゲ が、 まざまざ と うかびあがる の を かんじながら、 それ を どう する こと も できなかった。 ヨウコ は キュウ に アオミ を ました カオ で サイクン を みやった が、 その カオ は セコ に なれきった サンジュウ オンナ の よう だった。 (ヨウコ は おもう まま に ジブン の トシ を イツツ も ウエ に したり シタ に したり する フシギ な チカラ を もって いた。 カンジョウ-シダイ で その ヒョウジョウ は ヤクシャ の ギコウ の よう に かわった)
「はがゆく は いらっしゃらなくって」
と きりかえす よう に ウチダ の サイクン の コトバ を ひったくって、
「ワタシ だったら どう でしょう。 すぐ オジサン と ケンカ して でて しまいます わ。 それ は ワタシ、 オジサン を えらい カタ だ とは おもって います が、 ワタシ こんな に うまれついた ん です から どう シヨウ も ありません わ。 イチ から ジュウ まで おっしゃる こと を はいはい と きいて は いられません わ。 オジサン も あんまり で いらっしゃいます のね。 アナタ みたい な カタ に、 そう カサ に かからず とも、 ワタシ でも オアイテ に なされば いい のに…… でも アナタ が いらっしゃれば こそ オジサン も ああ やって オシゴト が おでき に なる ん です のね。 ワタシ だけ は ノケモノ です けれども、 ヨノナカ は なかなか よく いって います わ。 ……あ、 それでも ワタシ は もう みはなされて しまった ん です もの ね、 いう こと は ありゃ しません。 ホントウ に アナタ が いらっしゃる ので オジサン は オシアワセ です わ。 アナタ は シンボウ なさる カタ。 オジサン は ワガママ で おとおし に なる カタ。 もっとも オジサン には それ が カミサマ の オボシメシ なん でしょう けれども ね。 ……ワタシ も カミサマ の オボシメシ か なんか で ワガママ で とおす オンナ なん です から オジサン とは どうしても チャワン と チャワン です わ。 それでも オトコ は よう ござんす のね、 ワガママ が とおる ん です もの。 オンナ の ワガママ は とおす より シカタ が ない ん です から ホントウ に なさけなく なります のね。 なにも ゼンセ の ヤクソク なん でしょう よ……」
 ウチダ の サイクン は ジブン より はるか トシシタ の ヨウコ の コトバ を しみじみ と きいて いる らしかった。 ヨウコ は ヨウコ で しみじみ と サイクン の ミナリ を みない では いられなかった。 オトトイ アタリ ゆった まま の ソクハツ だった。 クセ の ない こい カミ には タキギ の ハイ らしい ハイ が たかって いた。 ノリケ の ぬけきった ヒトエ も ものさびしかった。 その ガラ の こまかい ところ には サト の ハハ の キフルシ と いう よう な ニオイ が した。 ユイショ ある キョウト の シゾク に うまれた その ヒト の ヒフ は うつくしかった。 それ が なおさら その ヒト を あわれ に して みせた。
「ヒト の こと なぞ かんがえて いられ や しない」、 しばらく する と ヨウコ は ステバチ に こんな こと を おもった。 そして キュウ に はずんだ チョウシ に なって、
「ワタシ アス アメリカ に たちます の、 ヒトリ で」
と トッピョウシ も なく いった。 あまり の フイ に サイクン は メ を みはって カオ を あげた。
「まあ ホントウ に」
「はあ ホントウ に…… しかも キムラ の ところ に いく よう に なりました の。 キムラ、 ゴゾンジ でしょう」
 サイクン が うなずいて なお シサイ を きこう と する と、 ヨウコ は こともなげ に さえぎって、
「だから キョウ は オイトマゴイ の つもり でした の。 それでも そんな こと は どうでも よう ございます わ。 オジサン が おかえり に なったら よろしく おっしゃって くださいまし、 ヨウコ は どんな ニンゲン に なりさがる かも しれません って…… アナタ どうぞ オカラダ を オダイジ に。 タロウ さん は まだ ガッコウ で ございます か。 おおきく オナリ でしょう ね。 なんぞ もって あがれば よかった のに、 ヨウ が こんな もん です から」
と いいながら リョウテ で おおきな ワ を つくって みせて、 わかわかしく ほほえみながら たちあがった。
 ゲンカン に おくって でた サイクン の メ には ナミダ が たまって いた。 それ を みる と、 ヒト は よく ムイミ な ナミダ を ながす もの だ と ヨウコ は おもった。 けれども あの ナミダ も ウチダ が ムリ ムタイ に しぼりださせる よう な もの だ と おもいなおす と、 シンゾウ の コドウ が とまる ほど ヨウコ の ココロ は かっと なった。 そして クチビル を ふるわしながら、
「もう ヒトコト オジサン に おっしゃって くださいまし。 7 ド を 70 バイ は なさらず とも、 せめて 3 ド ぐらい は ヒト の トガ も ゆるして あげて くださいまし って。 ……もっとも これ は、 アナタ の おため に もうします の。 ワタシ は ダレ に あやまって いただく の も いや です し、 ダレ に あやまる の も いや な ショウブン なん です から、 オジサン に ゆるして いただこう とは てんから おもって など い は しません の。 それ も ついでに おっしゃって くださいまし」
 クチ の ハタ に ジョウダン-らしく ビショウ を みせながら、 そう いって いる うち に、 オオナミ が どすん どすん と オウカクマク に つきあたる よう な ココチ が して、 ハナヂ でも でそう に ハナ の アナ が ふさがった。 モン を でる とき も クチビル は なお くやしそう に ふるえて いた。 ヒ は ショクブツエン の モリ の ウエ に うすづいて、 クレガタ ちかい クウキ の ナカ に、 ケサ から ふきだして いた カゼ は なぎた。 ヨウコ は イマ の ココロ と、 ケサ はやく カゼ の ふきはじめた コロ に、 ドゾウ ワキ の コベヤ で ニヅクリ を した とき の ココロ と を くらべて みて、 ジブン ながら おなじ ココロ とは おもいえなかった。 そして モン を でて ヒダリ に まがろう と して ふと ミチバタ の ステイシ に けつまずいて、 はっと メ が さめた よう に アタリ を みまわした。 やはり 25 の ヨウコ で ある。 いいえ ムカシ たしか に イチド けつまずいた こと が あった。 そう おもって ヨウコ は メイシンカ の よう に もう イチド ふりかえって ステイシ を みた。 その とき に ヒ は…… やはり ショクブツエン の モリ の あの ヘン に あった。 そして ミチ の クラサ も この くらい だった。 ジブン は その とき、 ウチダ の オクサン に ウチダ の ワルクチ を いって、 ペテロ と キリスト との アイダ に とりかわされた カンジョ に たいする モンドウ を レイ に ひいた。 いいえ、 それ は キョウ した こと だった。 キョウ イミ の ない ナミダ を オクサン が こぼした よう に、 その とき も オクサン は イミ の ない ナミダ を こぼした。 その とき にも ジブン は 25…… そんな こと は ない。 そんな こと の あろう はず が ない…… ヘン な……。 それにしても あの ステイシ には オボエ が ある。 あれ は ムカシ から あすこ に ちゃんと あった。 こう おもいつづけて くる と、 ヨウコ は、 いつか ハハ と あそび に きた とき、 ナニ か おこって その ステイシ に かじりついて うごかなかった こと を まざまざ と ココロ に うかべた。 その とき は おおきな イシ だ と おもって いた のに コレンボッチ の イシ なの か。 ハハ が トウワク して たった スガタ が はっきり メサキ に あらわれた。 と おもう と やがて その リンカク が かがやきだして、 メ も むけられない ほど かがやいた が、 すっと オシゲ も なく きえて しまって、 ヨウコ は ジブン の カラダ が チュウウ から どっしり ダイチ に おりたった よう な カンジ を うけた。 ドウジ に ハナヂ が どくどく クチ から アゴ を つたって ムネ の アワセメ を よごした。 おどろいて ハンケチ を タモト から さぐりだそう と した とき、
「どうか なさりました か」
と いう コエ に おどろかされて、 ヨウコ は はじめて ジブン の アト に ジンリキシャ が ついて きて いた の に キ が ついた。 みる と ステイシ の ある ところ は もう 8~9 チョウ ウシロ に なって いた。
「ハナヂ なの」
と こたえながら ヨウコ は はじめて の よう に アタリ を みた。 そこ には コンノレン を ところせまく かけわたした カミヤ の コミセ が あった。 ヨウコ は とりあえず そこ に はいって、 ヒトメ を さけながら カオ を あらわして もらおう と した。
 40-カッコウ の コクメイ-らしい カミサン が ワガコト の よう に カナダライ に ミズ を うつして もって きて くれた。 ヨウコ は それ で オシロイケ の ない カオ を おもうぞんぶん に ひやした。 そして すこし ヒトゴコチ が ついた ので、 オビ の アイダ から カイチュウ カガミ を とりだして カオ を なおそう と する と、 カガミ が いつのまにか マフタツ に われて いた。 さっき けつまずいた ヒョウシ に われた の かしらん と おもって みた が、 それ くらい で われる はず は ない。 イカリ に まかせて ムネ が かっと なった とき、 われた の だろう か。 なんだか そう らしく も おもえた。 それとも アス の フナデ の フキツ を つげる ナニ か の ワザ かも しれない。 キムラ との ユクスエ の ハメツ を しらせる わるい ツジウラ かも しれない。 また そう おもう と ヨウコ は エリモト に こおった ハリ でも さされる よう に、 ぞくぞく と ワケ の わからない ミブルイ を した。 いったい ジブン は どう なって ゆく の だろう。 ヨウコ は これまで の みきわめられない フシギ な ジブン の ウンメイ を おもう に つけ、 これから サキ の ウンメイ が そらおそろしく ココロ に えがかれた。 ヨウコ は フアン な ユウウツ な メツキ を して ミセ を みまわした。 チョウバ に すわりこんだ カミサン の ヒザ に もたれて、 ナナツ ほど の ショウジョ が、 じっと ヨウコ の メ を むかえて ヨウコ を みつめて いた。 ヤセギス で、 いたいたしい ほど メ の おおきな、 そのくせ クロメ の ちいさな、 あおじろい カオ が、 うすぐらい ミセ の オク から、 コウリョウ や セッケン の カオリ に つつまれて、 ぼんやり うきでた よう に みえる の が、 ナニ か カガミ の われた の と エン でも ある らしく ながめられた。 ヨウコ の ココロ は まったく フダン の オチツキ を うしなって しまった よう に わくわく して、 たって も すわって も いられない よう に なった。 バカ な と おもいながら こわい もの に でも おいすがられる よう だった。
 しばらく の アイダ ヨウコ は この キカイ な ココロ の ドウヨウ の ため に ミセ を たちさる こと も しない で たたずんで いた が、 ふと どう に でも なれ と いう ステバチ な キ に なって ゲンキ を とりなおしながら、 いくらか の レイ を して そこ を でた。 でる には でた が、 もう クルマ に のる キ にも なれなかった。 これから サダコ に あい に いって よそながら ワカレ を おしもう と おもって いた その ココログミ さえ ものうかった。 サダコ に あった ところ が どう なる もの か。 ジブン の こと すら ツギ の シュンカン には トリトメ も ない もの を、 ヒト の こと ――それ は よし ジブン の チ を わけた タイセツ な ヒトリゴ で あろう とも―― など を かんがえる だけ が バカ な こと だ と おもった。 そして もう イチド そこ の ミセ から マキガミ を かって、 スズリバコ を かりて、 おとこはずかしい ヒッセキ で、 シュッパツゼン に もう イチド ウバ を おとずれる つもり だった が、 それ が できなく なった から、 コノゴ とも サダコ を よろしく たのむ。 トウザ の ヒヨウ と して カネ を すこし おくって おく と いう イミ を カンタン に したためて、 ナガタ から おくって よこした カワセ の カネ を フウニュウ して、 その ミセ を でた。 そして いきなり そこ に まちあわして いた ジンリキシャ の ウエ の ヒザカケ を はぐって、 ケコミ に うちつけて ある カンサツ に しっかり メ を とおして おいて、
「ワタシ は これから あるいて いく から、 この テガミ を ここ へ とどけて おくれ、 ヘンジ は いらない の だ から…… オカネ です よ、 すこし どっさり ある から ダイジ に して ね」
と シャフ に いいつけた。 シャフ は ろくに ミシリ も ない モノ に タイキン を わたして ヘイキ で いる オンナ の カオ を いまさら の よう に きょときょと と みやりながら カラグルマ を ひいて たちさった。 ダイハチグルマ が ツヅケサマ に イナカ に むいて かえって ゆく コイシカワ の ユウグレ の ナカ を、 ヨウコ は カサ を ツエ に しながら オモイ に ふけって あるいて いった。
 こもった アイシュウ が、 はっしない サケ の よう に、 ヨウコ の コメカミ を ちかちか と いためた。 ヨウコ は ジンリキシャ の ユクエ を みうしなって いた。 そして ジブン では マッスグ に クギダナ の ほう に いそぐ つもり で いた。 ところが ジッサイ は メ に みえぬ チカラ で ジンリキシャ に むすびつけられ でも した よう に、 しらずしらず ジンリキシャ の とおった とおり の ミチ を あるいて、 はっと キ が ついた とき には いつのまにか、 ウバ が すむ シタヤ イケノハタ の ある マガリカド に きて たって いた。
 そこ で ヨウコ は ぎょっと して たちどまって しまった。 みじかく なりまさった ヒ は ホンゴウ の タカダイ に かくれて、 オウライ には クリヤ の ケムリ とも ユウモヤ とも つかぬ うすい キリ が ただよって、 ガイトウ の ランプ の ヒ が ことに あかく ちらほら ちらほら と ともって いた。 とおりなれた この カイワイ の クウキ は トクベツ な シタシミ を もって ヨウコ の ヒフ を なでた。 ココロ より も ニクタイ の ほう が ヨケイ に サダコ の いる ところ に ひきつけられる よう に さえ おもえた。 ヨウコ の クチビル は あたたかい モモ の カワ の よう な サダコ の ホオ の ハダザワリ に あこがれた。 ヨウコ の テ は もう メレンス の ダンリョク の ある やわらかい ショッカン を かんじて いた。 ヨウコ の ヒザ は ふうわり と した かるい オモミ を おぼえて いた。 ミミ には コドモ の アクセント が やきついた。 メ には、 マガリカド の くちかかった クロイタベイ を とおして、 キベ から うけた エクボ の できる エガオ が イヤオウ なし に すいついて きた。 ……チブサ は くすむったかった。 ヨウコ は おもわず カタホオ に ビショウ を うかべて アタリ を ぬすむ よう に みまわした。 と ちょうど そこ を とおりかかった カミサン が、 ナニ か を マエカケ の シタ に かくしながら じっと ヨウコ の タチスガタ を ふりかえって まで みて とおる の に キ が ついた。
 ヨウコ は アクジ でも はたらいて いた ヒト の よう に、 キュウ に エガオ を ひっこめて しまった。 そして こそこそ と そこ を たちのいて シノバズ ノ イケ に でた。 そして カコ も ミライ も もたない ヒト の よう に、 イケ の ハタ に つくねん と つったった まま、 イケ の ナカ の ハス の ミ の ヒトツ に メ を さだめて、 ミウゴキ も せず に コハントキ たちつくして いた。

ある オンナ (ゼンペン 4)

2021-11-07 | アリシマ タケオ
 8

 ヒ の ヒカリ が とっぷり と かくれて しまって、 オウライ の ヒ ばかり が アシモト の タヨリ と なる コロ、 ヨウコ は ネツビョウ カンジャ の よう に にごりきった アタマ を もてあまして、 クルマ に ゆられる たび ごと に マユ を いたいたしく しかめながら、 クギダナ に かえって きた。
 ゲンカン には イロイロ の アシダ や クツ が ならべて あった が、 リュウコウ を つくろう、 すくなくとも リュウコウ に おくれまい と いう はなやか な ココロ を ほこる らしい ハキモノ と いって は ヒトツ も みあたらなかった。 ジブン の ゾウリ を シマツ しながら、 ヨウコ は すぐに 2 カイ の キャクマ の モヨウ を ソウゾウ して、 ジブン の ため に シンセキ や チジン が よって ワカレ を おしむ と いう その セキ に カオ を だす の が、 ジブン ジシン を バカ に しきった こと の よう に しか おもわれなかった。 こんな くらい なら サダコ の ところ に でも いる ほう が よほど まし だった。 こんな こと の ある はず だった の を どうして また わすれて いた もの だろう。 どこ に いる の も いや だ。 キベ の イエ を でて、 ニド とは かえるまい と ケッシン した とき の よう な ココロモチ で、 ひろいかけた ゾウリ を タタキ に もどそう と した その トタン に、
「ネエサン もう いや…… いや」
と いいながら、 ミ を ふるわして やにわに ムネ に だきついて きて、 チチ の アイダ の クボミ に カオ を うずめながら、 オトナ の する よう な ナキジャクリ を して、
「もう いっちゃ いや です と いう のに」
と からく コトバ を つづけた の は サダヨ だった。 ヨウコ は イシ の よう に たちすくんで しまった。 サダヨ は アサ から フキゲン に なって ダレ の いう こと も ミミ には いれず に、 ジブン の かえる の ばかり を まちこがれて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は キカイテキ に サダヨ に ひっぱられて ハシゴダン を のぼって いった。
 ハシゴダン を のぼりきって みる と キャクマ は しんと して いて、 イソガワ ジョシ の キトウ の コエ だけ が おごそか に きこえて いた。 ヨウコ と サダヨ とは コイビト の よう に だきあいながら、 アーメン と いう コエ の イチザ の ヒトビト から あげられる の を まって ヘヤ に はいった。 レツザ の ヒトビト は まだ シュショウ-らしく アタマ を うなだれて いる ナカ に、 ショウザ ちかく すえられた コトウ だけ は こうぜん と メ を みひらいて、 フスマ を あけた ヨウコ が しとやか に はいって くる の を みまもって いた。
 ヨウコ は コトウ に ちょっと メ で アイサツ を して おいて、 サダヨ を だいた まま マツザ に ヒザ を ついて、 イチドウ に チコク の ワビ を しよう と して いる と、 シュジンザ に すわりこんで いる オジ が、 ワガコ でも たしなめる よう に イギ を つくって、
「なんたら おそい こと じゃ。 キョウ は オマエ の ソウベツカイ じゃ ぞい。 ……ミナサン に いこう おまたせ する が すまん から、 イマ イソガワ さん に キトウ を おたのみ もうして、 ハシ を とって いただこう と おもった ところ で あった…… いったい どこ を……」
 メン と むかって は、 ヨウコ に クチコゴト ヒトツ いいきらぬ キリョウナシ の オジ が、 バショ も オリ も あろう に こんな バアイ に ミセビラカシ を しよう と する。 ヨウコ は そっち に ミムキ も せず、 オジ の コトバ を まったく ムシ した タイド で キュウ に はれやか な イロ を カオ に うかべながら、
「ようこそ ミナサマ…… おそく なりまして。 つい いかなければ ならない ところ が フタツ ミッツ ありました もん です から……」
と ダレ に とも なく いって おいて、 するする と たちあがって、 クギダナ の オウライ に むいた おおきな マド を ウシロ に した ジブン の セキ に ついて、 イモウト の アイコ と ジブン との アイダ に わりこんで くる サダヨ の アタマ を なでながら、 ジブン の ウエ に ばかり そそがれる マンザ の シセン を こうるさそう に はらいのけた。 そして カタホウ の テ で だいぶ みだれた ビン の ホツレ を かきあげて、 ヨウコ の シセン は ひともなげ に コトウ の ほう に はしった。
「しばらく でした のね…… とうとう アシタ に なりまして よ。 キムラ に もって いく もの は、 イッショ に おもち に なって?…… そう」
と かるい チョウシ で いった ので、 イソガワ ジョシ と オジ と が きりだそう と した コトバ は、 もののみごと に さえぎられて しまった。 ヨウコ は コトウ に それ だけ の こと を いう と、 コンド は とうの カタキ とも いう べき イソガワ ジョシ に ふりむいて、
「オバサマ、 キョウ トチュウ で それ は おかしな こと が ありました のよ。 こう なん です の」
と いいながら ダンジョ を あわせて 8 ニン ほど いならんだ シンルイ たち に ずっと メ を くばって、
「クルマ で かけとおった ん です から マエ も アト も よく は わからない ん です けれども、 オオドケイ の カド の ところ を ヒロコウジ に でよう と したら、 その カド に タイヘン な ヒトダカリ です の。 ナン だ と おもって みて みます と ね、 キンシュカイ の ダイドウ エンゼツ で、 おおきな ハタ が 2~3 ボン たって いて、 キュウゴシラエ の テーブル に つったって、 ムチュウ に なって エンゼツ して いる ヒト が ある ん です の。 それ だけ なら なにも べつに めずらしい と いう こと は ない ん です けれども、 その エンゼツ を して いる ヒト が…… ダレ だ と おおもい に なって…… ヤマワキ さん です の」
 イチドウ の カオ には おもわず しらず オドロキ の イロ が あらわれて、 ヨウコ の コトバ に ミミ を そばだてて いた。 さっき しかつめらしい カオ を した オジ は もう ハクチ の よう に クチ を あけた まま で ウスワライ を もらしながら ヨウコ を みつめて いた。
「それ が また ね、 イツモ の とおり に キントキ の よう に クビスジ まで マッカ です の。 『ショクン』 とか なんとか いって オオデ を ふりたてて しゃべって いる の を、 カンジン の キンシュ カイイン たち は アッケ に とられて、 だまった まま ひきさがって みて いる ん です から、 ケンブツニン が わいわい と おもしろがって たかって いる の も まったく もっとも です わ。 その うち に、 あ、 オジサン、 ハシ を おつけ に なる よう に ミナサマ に おっしゃって くださいまし」
 オジ が あわてて クチ の シマリ を して ブッチョウヅラ に たちかえって、 ナニ か いおう と する と、 ヨウコ は また それ には トンジャク なく イソガワ ジョシ の ほう に むいて、
「あの オカタ の コリ は すっかり おなおり に なりまして」
と いった ので、 イソガワ ジョシ の こたえよう と する コトバ と、 オジ の いいだそう と する コトバ は きまずく も ハチアワセ に なって、 フタリ は しょざいなげ に だまって しまった。 ザシキ は、 ソコ の ほう に キミ の わるい アンリュウ を ひそめながら ツクリワライ を しあって いる よう な フカイ な キブン に みたされた。 ヨウコ は 「さあ こい」 と ムネ の ウチ で ミガマエ を して いた。 イソガワ ジョシ の ソバ に すわって、 シンケイシツ-らしく マユ を きらめかす チュウロウ の カンリ は、 いる よう な いまいましげ な ガンコウ を ときどき ヨウコ に あびせかけて いた が、 いたたまれない ヨウス で ちょっと イズマイ を なおす と、 ぎくしゃく した チョウシ で クチ を きった。
「ヨウコ さん、 アナタ も いよいよ ミ の かたまる セトギワ まで こぎつけた ん だ が……」
 ヨウコ は スキ を みせたら きりかえす から と いわん ばかり な キンチョウ した、 ドウジ に モノ を モノ とも しない ふう で その オトコ の メ を むかえた。
「なにしろ ワタシドモ サツキ-ケ の シンルイ に とって は こんな めでたい こと は まず ない。 ない には ない が これから が アナタ に タノミドコロ だ。 どうぞ ひとつ ワタシドモ の カオ を たてて、 コンド こそ は リッパ な オクサン に なって おもらい したい が いかが です。 キムラ クン は ワタシ も よく しっとる が、 シンコウ も かたい し、 シゴト も めずらしく はきはき できる し、 わかい に にあわぬ モノ の わかった ジン だ。 こんな こと まで ヒカク に もちだす の は どう か しらない が、 キベ シ の よう な ジッコウリョク の ともなわない ムソウカ は、 ワタシ など は ハジメ から フサンセイ だった。 コンド の は じたい ダン が ちがう。 ヨウコ さん が キベ シ の ところ から にげかえって きた とき には、 ワタシ も けしからん と いった じつは ヒトリ だ が、 イマ に なって みる と ヨウコ さん は さすが に メ が たかかった。 でて きて おいて まことに よかった。 いまに みなさい キムラ と いう ジン なりゃ、 リッパ に セイコウ して、 ダイイチリュウ の ジツギョウカ に なりあがる に きまって いる。 これから は なんと いって も シンヨウ と カネ だ。 カンカイ に でない の なら、 どうしても ジツギョウカイ に いかなければ ウソ だ。 テキシン ホウコク は カンリ たる モノ の イチ トッケン だ が、 キムラ さん の よう な マジメ な シンジャ に しこたま カネ を つくって もらわん じゃ、 カミ の ミチ を ニホン に つたえひろげる に して から が ヨウイ な こと じゃ ありません よ。 アナタ も ちいさい とき から ベイコク に わたって シンブン キシャ の シュギョウ を する と クチグセ の よう に ミョウ な こと を いった もん だ が (ここ で イチザ の ヒト は なんの イミ も なく たかく わらった。 おそらくは あまり しかつめらしい クウキ を うちやぶって、 なんとか そこ に ユトリ を つける つもり が、 ミンナ に おこった の だろう けれども、 ヨウコ に とって は それ が そう は ひびかなかった。 その ココロモチ は わかって も、 そんな こと で ヨウコ の ココロ を はぐらかそう と する カレラ の アサハカサ が ぐっと シャク に さわった) シンブン キシャ は ともかくも…… じゃ ない、 そんな もの に なられて は こまりきる が (ここ で イチザ は また ワケ も なく ばからしく わらった) ベイコク-ユキ の ネガイ は たしか に かなった の だ。 ヨウコ さん も ゴマンゾク に ちがいなかろう。 アト の こと は ワタシドモ が たしか に ひきうけた から シンパイ は ムヨウ に して、 ミ を しめて イモウト さん がた の シメシ にも なる ほど の フンパツ を たのみます…… ええと、 ザイサン の ほう の ショブン は ワタシ と タナカ さん と で マチガイ なく かためる し、 アイコ さん と サダヨ さん の オセワ は、 イソガワ さん、 アナタ に おねがい しよう じゃ ありません か、 ゴメイワク です が。 いかが でしょう ミナサン (そう いって カレ は イチザ を みわたした。 あらかじめ モウシアワセ が できて いた らしく イチドウ は まちもうけた よう に うなずいて みせた)。 どう じゃろう ヨウコ さん」
 ヨウコ は コジキ の タンガン を きく ジョオウ の よう な ココロモチ で、 ○○ キョクチョウ と いわれる この オトコ の いう こと を きいて いた が、 ザイサン の こと など は どうでも いい と して、 イモウト たち の こと が ワダイ に のぼる と ともに、 イソガワ ジョシ を ムコウ に まわして キツモン の よう な タイワ を はじめた。 なんと いって も イソガワ ジョシ は その バン そこ に あつまった ヒトビト の ウチ では いちばん ネンパイ でも あった し、 いちばん はばかられて いる の を ヨウコ は しって いた。 イソガワ ジョシ が シカク を おもいださせる よう な ガンジョウ な ホネグミ で、 がっしり と ショウザ に いなおって、 ヨウコ を コドモ アシライ に しよう と する の を みてとる と、 ヨウコ の ココロ は はやりねっした。
「いいえ、 ワガママ だ と ばかり おおもい に なって は こまります。 ワタシ は ゴショウチ の よう な ウマレ で ございます し、 これまで も たびたび ゴシンパイ を かけて きて おります から、 ヒトサマ ドウヨウ に みて いただこう とは コレッパカリ も おもって は おりません」
と いって ヨウコ は ユビ の アイダ に なぶって いた ヨウジ を ロウジョシ の マエ に ふいと なげた。
「しかし アイコ も サダヨ も イモウト で ございます。 ゲンザイ ワタシ の イモウト で ございます。 くちはばったい と おぼしめす かも しれません が、 この フタリ だけ は ワタシ たとい ベイコク に おりまして も リッパ に テシオ に かけて ゴラン に いれます から、 どうか おかまい なさらず に くださいまし。 それ は アカサカ ガクイン も リッパ な ガッコウ には チガイ ございますまい。 ゲンザイ ワタシ も オバサマ の オセワ で あすこ で そだてて いただいた の です から、 わるく は もうしたく は ございません が、 ワタシ の よう な ニンゲン が ミナサマ の オキ に いらない と すれば…… それ は ウマレツキ も ございましょう とも、 ございましょう けれども、 ワタシ を そだてあげた の は あの ガッコウ で ございます から ねえ。 なにしろ ゲンザイ いて みた うえ で、 ワタシ この フタリ を あすこ に いれる キ には なれません。 オンナ と いう もの を あの ガッコウ では いったい なんと みて いる の で ござんす かしらん……」
 こう いって いる うち に ヨウコ の ココロ には ヒ の よう な カイソウ の フンヌ が もえあがった。 ヨウコ は その ガッコウ の キシュクシャ で イッコ の チュウセイ ドウブツ と して とりあつかわれた の を わすれる こと が できない。 やさしく、 あいらしく、 しおらしく、 うまれた まま の うつくしい コウイ と ヨクネン との めいずる まま に、 おぼろげ ながら カミ と いう もの を こいしかけた 12~13 サイ-ゴロ の ヨウコ に、 ガッコウ は キトウ と、 セツヨク と、 サツジョウ と を キョウセイテキ に たたきこもう と した。 14 の ナツ が アキ に うつろう と した コロ、 ヨウコ は ふと おもいたって、 うつくしい 4 スン ハバ ほど の カクオビ の よう な もの を キヌイト で あみはじめた。 アイ の ジ に シロ で ジュウジカ と ジツゲツ と を あしらった モヨウ だった。 モノゴト に ふけりやすい ヨウコ は ミ も タマシイ も うちこんで その シゴト に ムチュウ に なった。 それ を つくりあげた うえ で どうして カミサマ の ミテ に とどけよう、 と いう よう な こと は もとより かんがえ も せず に、 はやく つくりあげて およろこばせ もうそう と のみ あせって、 シマイ には ヨノメ も ろくろく あわさなく なった。 2 シュウカン に あまる クシン の スエ に それ は あらかた できあがった。 アイ の ジ に カンタン に シロ で モヨウ を ぬく だけ なら さしたる こと でも ない が、 ヨウコ は ヒト の まだ しなかった ココロミ を くわえよう と して、 モヨウ の シュウイ に アイ と シロ と を クミアワセ に した ちいさな ササベリ の よう な もの を うきあげて あみこんだり、 ひどく ノビチヂミ が して モヨウ が イビツ に ならない よう に、 めだたない よう に カタンイト を あみこんで みたり した。 デキアガリ が ちかづく と ヨウコ は カタトキ も アミバリ を やすめて は いられなかった。 ある とき セイショ の コウギ の コウザ で そっと ツクエ の シタ で シゴト を つづけて いる と、 ウン わるく も キョウシ に みつけられた。 キョウシ は しきり に その ヨウト を といただした が、 はじやすい オトメゴコロ に どうして この ユメ より も はかない モクロミ を ハクジョウ する こと が できよう。 キョウシ は その オビ の イロアイ から おして、 それ は オトコムキ の シナモノ に ちがいない と きめて しまった。 そして ヨウコ の ココロ は ソウジュク の コイ を おう もの だ と ダンテイ した。 そして コイ と いう もの を セイライ しらぬげ な 45~46 の みにくい ヨウボウ の シャカン は、 ヨウコ を カンキン ドウヨウ に して おいて、 ヒマ さえ あれば その オビ の モチヌシ たる べき ヒト の ナ を せまりとうた。
 ヨウコ は ふと ココロ の メ を ひらいた。 そして その ココロ は それ イライ ミネ から ミネ を とんだ。 15 の ハル には ヨウコ は もう トオ も トシウエ な リッパ な コイビト を もって いた。 ヨウコ は その セイネン を おもうさま ホンロウ した。 セイネン は まもなく ジサツ ドウヨウ な シニカタ を した。 イチド ナマチ の アジ を しめた トラ の コ の よう な カツヨク が ヨウコ の ココロ を うちのめす よう に なった の は それから の こと で ある。
「コトウ さん アイ と サダ とは アナタ に ねがいます わ。 ダレ が どんな こと を いおう と、 アカサカ ガクイン には いれない で くださいまし。 ワタシ キノウ タジマ さん の ジュク に いって、 タジマ さん に おあい もうして よっく おたのみ して きました から、 すこし かたづいたら はばかりさま です が アナタ ゴジシン で フタリ を つれて いらしって ください。 アイ さん も サダ ちゃん も わかりましたろう。 タジマ さん の ジュク に はいる と ね、 ネエサン と イッショ に いた とき の よう な わけ には いきません よ……」
「ネエサン てば…… ジブン で ばかり モノ を おっしゃって」
と いきなり うらめしそう に、 サダヨ は アネ の ヒザ を ゆすりながら その コトバ を さえぎった。
「サッキ から ナンド かいた か わからない のに ヘイキ で ホント に ひどい わ」
 イチザ の ヒトビト から ミョウ な コ だ と いう ふう に ながめられて いる の にも トンジャク なく、 サダヨ は アネ の ほう に むいて ヒザ の ウエ に しなだれかかりながら、 アネ の ヒダリテ を ながい ソデ の シタ に いれて、 その テノヒラ に ショクシ で カナ を 1 ジ ずつ かいて テノヒラ で ふきけす よう に した。 ヨウコ は だまって、 かいて は けし かいて は けし する ジ を たどって みる と、
「ネーサマ は いい コ だ から 『アメリカ』 に いって は いけません よよよよ」
と よまれた。 ヨウコ の ムネ は われしらず あつく なった が、 しいて ワライ に まぎらしながら、
「まあ キキワケ の ない コ だ こと、 シカタ が ない。 イマ に なって そんな こと を いったって シカタ が ない じゃ ない の」
と たしなめさとす よう に いう と、
「シカタ が ある わ」
と サダヨ は おおきな メ で アネ を みあげながら、
「オヨメ に いかなければ よろしい じゃ ない の」
と いって、 くるり と クビ を まわして イチドウ を みわたした。 サダヨ の かわいい メ は 「そう でしょう」 と うったえて いる よう に みえた。 それ を みる と イチドウ は ただ なんと いう こと も なく オモイヤリ の ない ワライカタ を した。 オジ は ことに おおきな トンキョ な コエ で たかだか と わらった。 サッキ から だまった まま で うつむいて さびしく すわって いた アイコ は、 しずんだ うらめしそう な メ で じっと オジ を にらめた と おもう と、 たちまち わく よう に ナミダ を ほろほろ と ながして、 それ を リョウソデ で ぬぐい も やらず たちあがって その ヘヤ を かけだした。 ハシゴダン の ところ で ちょうど シタ から あがって きた オバ と ゆきあった ケハイ が して、 フタリ が ナニ か いいあらそう らしい コエ が きこえて きた。
 イチザ は また しらけわたった。
「オジサン にも もうしあげて おきます」
と チンモク を やぶった ヨウコ の コエ が ミョウ に サッキ を おびて ひびいた。
「これまで なにかと オセワサマ に なって ありがとう ございました けれども、 この イエ も たたんで しまう こと に なれば、 イモウト たち も イマ もうした とおり ジュク に いれて しまいます し、 コノゴ は これ と いって たいして ゴヤッカイ は かけない つもり で ございます。 アカ の タニン の コトウ さん に こんな こと を ねがって は ホント に すみません けれども、 キムラ の シンユウ で いらっしゃる の です から、 ちかい タニン です わね。 コトウ さん、 アナタ ビンボウクジ を しょいこんだ と おぼしめして、 どうか フタリ を みて やって くださいまし な。 いい でしょう。 こう シンルイ の マエ で はっきり もうして おきます から、 ちっとも ゴエンリョ なさらず に、 いい と おおもい に なった よう に なさって くださいまし。 あちら へ ついたら ワタシ また きっと どうとも いたします から。 きっと そんな に ながい アイダ ゴメイワク は かけません から。 いかが、 ひきうけて くださいまして?」
 コトウ は すこし チュウチョ する ふう で イソガワ ジョシ を みやりながら、
「アナタ は サッキ から アカサカ ガクイン の ほう が いい と おっしゃる よう に うかがって います が、 ヨウコ さん の いわれる とおり に して さしつかえない の です か。 ネン の ため に うかがって おきたい の です が」
と たずねた。 ヨウコ は また あんな ヨケイ な こと を いう と おもいながら いらいら した。 イソガワ ジョシ は ヒゴロ の エンカツ な ヒトズレ の した チョウシ に にず、 ナニ か に ひどく ゲッコウ した ヨウス で、
「ワタシ は なくなった オヤサ さん の オカンガエ は こう も あろう か と おもった ところ を もうした まで です から、 それ を ヨウコ さん が わるい と おっしゃる なら、 そのうえ とやかく いいと も ない の です が、 オヤサ さん は かたい ムカシフウ な シンコウ を もった カタ です から、 タジマ さん の ジュク は マエ から きらい で ね…… よろしゅう ございましょう、 そう なされば。 ワタシ は とにかく アカサカ ガクイン が イチバン だ と どこまでも おもっとる だけ です」
と いいながら、 みさげる よう に ヨウコ の ムネ の アタリ を まじまじ と ながめた。 ヨウコ は サダヨ を だいた まま しゃんと ムネ を そらして メノマエ の カベ の ほう に カオ を むけて いた、 たとえば ばらばら と なげられる ツブテ を さけよう とも せず に つったつ ヒト の よう に。
 コトウ は ナニ か ジブン ヒトリ で ガテン した と おもう と、 かたく ウデグミ を して これ も ジブン の マエ の メハチブ の ところ を じっと みつめた。
 イチザ の キブン は ほとほと ウゴキ が とれなく なった。 その アイダ で いちばん はやく キゲン を なおして ソウゴウ を かえた の は イソガワ ジョシ だった。 コドモ を アイテ に して ハラ を たてた、 それ を トシガイ ない と でも おもった よう に、 キ を かえて きさく に タチジタク を しながら、
「ミナサン いかが、 もう オイトマ に いたしましたら…… おわかれ する マエ に もう イチド オイノリ を して」
「オイノリ を ワタシ の よう な モノ の ため に なさって くださる の は ゴムヨウ に ねがいます」
 ヨウコ は やわらぎかけた ヒトビト の キブン には さらに トンジャク なく、 カベ に むけて いた メ を サダヨ に おとして、 いつのまにか ねいった その ヒト の つやつやしい カオ を なでさすりながら きっぱり と いいはなった。
 ヒトビト は おもいおもい な ワカレ を つげて かえって いった。 ヨウコ は サダヨ が いつのまにか ヒザ の ウエ で ねて しまった の を コウジツ に して ヒトビト を ミオクリ には たたなかった。
 サイゴ の キャク が かえって いった アト でも、 オジ オバ は 2 カイ を カタヅケ には あがって こなかった。 アイサツ ヒトツ しよう とも しなかった。 ヨウコ は マド の ほう に アタマ を むけて、 レンガ の トオリ の ウエ に ぼうっと たつ ヒ の テリカエシ を みやりながら、 ヨカゼ に ほてった カオ を ひやさせて、 サダヨ を だいた まま だまって すわりつづけて いた。 まどお に ニホンバシ を わたる テツドウ バシャ の オト が きこえる ばかり で、 クギダナ の ヒトドオリ は さびしい ほど まばら に なって いた。
 スガタ は みせず に、 どこ か の スミ で アイコ が まだ なきつづけて ハナ を かんだり する オト が きこえて いた。
「アイ さん…… サア ちゃん が ねました から ね、 ちょっと オトコ を しいて やって ちょうだい な」
 われながら おどろく ほど やさしく アイコ に クチ を きく ジブン を ヨウコ は みいだした。 ショウ が あわない と いう の か、 キ が あわない と いう の か、 ふつう アイコ の カオ さえ みれば ヨウコ の キブン は くずされて しまう の だった。 アイコ が ナニゴト に つけて も ネコ の よう に ジュウジュン で すこしも ジョウ と いう もの を みせない の が ことさら にくかった。 しかし その ヨ だけ は フシギ にも やさしい クチ を きいた。 ヨウコ は それ を イガイ に おもった。 アイコ が イツモ の よう に すなお に たちあがって、 ハナ を すすりながら だまって トコ を とって いる アイダ に、 ヨウコ は おりおり オウライ の ほう から ふりかえって、 アイコ の しとやか な アシオト や、 ワタ を うすく いれた ナツブトン の タタミ に ふれる ささやか な オト を みいり でも する よう に その ほう に メ を さだめた。 そう か と おもう と また いまさら の よう に、 くいあらされた タベモノ や、 しいた まま に なって いる ザブトン の きたならしく ちらかった キャクマ を まじまじ と みわたした。 チチ の ショダナ の あった ブブン の カベ だけ が シカク に こい イロ を して いた。 その すぐ ソバ に セイヨウレキ が ムカシ の まま に かけて あった。 7 ガツ 16 ニチ から サキ は はがされず に のこって いた。
「ネエサマ しけました」
 しばらく して から、 アイコ が こう かすか に トナリ で いった。 ヨウコ は、
「そう ごくろうさま よ」
と また しとやか に こたえながら、 サダヨ を だきかかえて たちあがろう と する と、 また アタマ が ぐらぐらっ と して、 おびただしい ハナヂ が サダヨ の ムネ の アワセメ に ながれおちた。

 9

 ソコビカリ の する キラライロ の アマグモ が ヌイメ なし に どんより と おもく ソラ いっぱい に はだかって、 ホンモク の オキアイ まで トウキョウ ワン の ウミ は ものすごい よう な クサイロ に、 ちいさく ナミ の たちさわぐ 9 ガツ 25 ニチ の ゴゴ で あった。 キノウ の カゼ が ないで から、 キオン は キュウ に ナツ-らしい ムシアツサ に かえって、 ヨコハマ の シガイ は、 エキビョウ に かかって よわりきった ロウドウシャ が、 そぼふる アメ の ナカ に ぐったり と あえいで いる よう に みえた。
 クツ の サキ で カンパン を こつこつ と たたいて、 うつむいて それ を ながめながら、 オビ の アイダ に テ を さしこんで、 キムラ への デンゴン を コトウ は ヒトリゴト の よう に ヨウコ に いった。 ヨウコ は それ に ミミ を かたむける よう な ヨウス は して いた けれども、 ホントウ は さして チュウイ も せず に、 ちょうど ジブン の メノマエ に、 タクサン の ミオクリニン に かこまれて、 オウセツ に イトマ も なげ な タガワ ホウガク ハカセ の メジリ の さがった カオ と、 その フジン の ヤセギス な カタ との えがく ビサイ な カンジョウ の ヒョウゲン を、 ヒヒョウカ の よう な ココロ で するどく ながめやって いた。 かなり ひろい プロメネード デッキ は タガワ-ケ の カゾク と ミオクリニン と で エンニチ の よう に にぎわって いた。 ヨウコ の ミオクリ に きた はず の イソガワ ジョシ は サッキ から タガワ フジン の ソバ に つききって、 セワズキ な、 ヒト の よい オバサン と いう よう な タイド で、 ミオクリニン の ハンブン-ガタ を ジブン で ひきうけて アイサツ して いた。 ヨウコ の ほう へは みむこう と する モヨウ も なかった。 ヨウコ の オバ は ヨウコ から 2~3 ゲン はなれた ところ に、 クモ の よう な ハクチ の コ を コオンナ に せおわして、 ジブン は ヨウコ から あずかった テカバン と フクサヅツミ と を とりおとさん ばかり に ぶらさげた まま、 はなばなしい タガワ-ケ の カゾク や ミオクリニン の ムレ を みて アッケ に とられて いた。 ヨウコ の ウバ は、 どんな おおきな フネ でも フネ は フネ だ と いう よう に ひどく オクビョウ そう な あおい カオツキ を して、 サルン の イリグチ の ト の カゲ に たたずみながら、 シカク に たたんだ テヌグイ を マッカ に なった メ の ところ に たえず おしあてて は、 ぬすみみる よう に ヨウコ を みやって いた。 ソノタ の ヒトビト は ジミ な イチダン に なって、 タガワ-ケ の イコウ に あっせられた よう に スミ の ほう に かたまって いた。
 ヨウコ は かねて イソガワ ジョシ から、 タガワ フウフ が ドウセン する から フネ の ナカ で ショウカイ して やる と いいきかせられて いた。 タガワ と いえば、 ホウソウカイ では かなり ナ の きこえた ワリアイ に、 どこ と いって とりとめた トクショク も ない セイカク では ある が、 その ヒト の ナ は むしろ フジン の ウワサ の ため に セジン の キオク に あざやか で あった。 カンジュリョク の エイビン な そして なんらか の イミ で ジブン の テキ に まわさなければ ならない ヒト に たいして ことに チュウイ-ぶかい ヨウコ の アタマ には、 その フジン の オモカゲ は ながい こと シュクダイ と して かんがえられて いた。 ヨウコ の アタマ に えがかれた フジン は ガ の つよい、 ジョウ の ほしいまま な、 ヤシン の ふかい ワリアイ に タクト の ロコツ な、 オット を かるく みて ややともすると カサ に かかりながら、 それでいて オット から ドクリツ する こと の とうてい できない、 いわば シン の よわい ツヨガリヤ では ない かしらん と いう の だった。 ヨウコ は イマ ウシロムキ に なった タガワ フジン の カタ の ヨウス を ヒトメ みた ばかり で、 ジショ でも くりあてた よう に、 ジブン の ソウゾウ の ウラガキ された の を ムネ の ウチ で ほほえまず には いられなかった。
「なんだか ハナシ が コンザツ した よう だ けれども、 それ だけ いって おいて ください」
 ふと ヨウコ は レヴェリー から やぶれて、 コトウ の いう これ だけ の コトバ を とらえた。 そして イマ まで コトウ の クチ から でた デンゴン の モンク は たいてい ききもらして いた くせ に、 そらぞらしげ にも なく しんみり と した ヨウス で、
「たしか に…… けれども アナタ アト から テガミ で でも くわしく かいて やって くださいまし ね。 マチガイ でも して いる と タイヘン です から」
と コトウ を のぞきこむ よう に して いった。 コトウ は おもわず ワライ を もらしながら、 「まちがう と タイヘン です から」 と いう コトバ を、 ときおり ヨウコ の クチ から きく チャーム に みちた こどもらしい コトバ の ヒトツ と でも おもって いる らしかった。 そして、
「なに、 まちがったって ダイジ は ない けれども…… だが テガミ は かいて、 アナタ の バース の マクラ の シタ に おいときました から、 ヘヤ に いったら どこ に でも しまって おいて ください。 それから、 それ と イッショ に もう ヒトツ……」
と いいかけた が、
「なにしろ わすれず に マクラ の シタ を みて ください」
 この とき とつぜん 「タガワ ホウガク ハカセ バンザイ」 と いう おおきな コエ が、 サンバシ から デッキ まで どよみわたって きこえて きた。 ヨウコ と コトウ とは ハナシ の コシ を おられて たがいに フカイ な カオ を しながら、 テスリ から シタ の ほう を のぞいて みる と、 すぐ メノシタ に、 その コロ ヒト の すこし あつまる ところ には どこ に でも カオ を だす トドロキ と いう ケンブ の シショウ だ か ゲッケン の シショウ だ か する ガンジョウ な オトコ が、 おおきな イツツモン の クロバオリ に しろっぽい カツオジマ の ハカマ を はいて、 サンバシ の イタ を ホオノキ ゲタ で ふみならしながら、 ここ を センド と わめいて いた。 その コエ に おうじて、 デッキ まで は のぼって こない ソウシ-テイ の セイカク や ボウ-シリツ セイジ ガッコウ の セイト が イッセイ に バンザイ を くりかえした。 デッキ の ウエ の ガイコク センキャク は モノメズラシサ に いちはやく、 ヨウコ が よりかかって いる テスリ の ほう に おしよせて きた ので、 ヨウコ は コトウ を うながして、 いそいで テスリ の おれまがった カド に ミ を ひいた。 タガワ フウフ も ほほえみながら、 サルン から アイサツ の ため に ちかづいて きた。 ヨウコ は それ を みる と、 コトウ の ソバ に よりそった まま、 ヒダリテ を やさしく あげて、 ビン の ホツレ を かきあげながら、 アタマ を こころもち ヒダリ に かしげて じっと タガワ の メ を みやった。 タガワ は サンバシ の ほう に キ を とられて イソギアシ で テスリ の ほう に あるいて いた が、 とつぜん みえぬ チカラ に ぐっと ひきつけられた よう に、 ヨウコ の ほう に ふりむいた。
 タガワ フジン も おもわず オット の むく ほう に アタマ を むけた。 タガワ の イゲン に とぼしい メ にも するどい ヒカリ が きらめいて は きえ、 さらに きらめいて きえた の を みすまして、 ヨウコ は はじめて タガワ フジン の メ を むかえた。 ヒタイ の せまい、 アゴ の かたい フジン の カオ は、 ケイベツ と サイギ の イロ を みなぎらして ヨウコ に むかった。 ヨウコ は、 ナマエ だけ を かねて から ききしって したって いた ヒト を、 イマ メノマエ に みた よう に、 ウヤウヤシサ と シタシミ との まじりあった ヒョウジョウ で これ に おうじた。 そして すぐ その ソバ から、 フジン の マエ にも トンジャク なく、 ユウワク の ヒトミ を こらして その オット の ヨコガオ を じっと みやる の だった。
「タガワ ホウガク ハカセ フジン バンザイ」 「バンザイ」 「バンザイ」
 タガワ その ヒト に たいして より も さらに こわだか な ダイカンコ が、 サンバシ に いて カサ を ふり ボウシ を うごかす ヒトビト の ムレ から おこった。 タガワ フジン は せわしく ヨウコ から メ を うつして、 グンシュウ に トットキ の エガオ を みせながら、 レース で ササベリ を とった ハンケチ を ふらねば ならなかった。 タガワ の すぐ ソバ に たって、 ムネ に ナニ か あかい ハナ を さして カタ の いい フロック コート を きて、 ほほえんで いた フウリュウ な ワカシンシ は、 サンバシ の カンコ を ひきとって、 タガワ フジン の メンゼン で ボウシ を たかく あげて バンザイ を さけんだ。 デッキ の ウエ は また ひとしきり どよめきわたった。
 やがて カンパン の ウエ は、 こんな サワギ の ホカ に なんとなく せわしく なって きた。 ジムイン や スイフ たち が、 ものせわしそう に ヒトナカ を ぬうて あちこち する アイダ に、 テ を とりあわん ばかり に ちかよって ワカレ を おしむ ヒトビト の ムレ が ここ にも かしこ にも みえはじめた。 サルーン デッキ から みる と、 サントウキャク の ミオクリニン が ボーイ チョウ に せきたてられて、 ぞくぞく ゲンモン から おりはじめた。 それ と イレカワリ に、 ボウシ、 ウワギ、 ズボン、 エリカザリ、 クツ など の チョウワ の すこし も とれて いない くせ に、 むやみ に きどった ヨウソウ を した ヒバン の カキュウ センイン たち が、 ぬれた カサ を ひからしながら かけこんで きた。 その サワギ の アイダ に、 イッシュ なまぐさい よう な あたたかい ジョウキ が カンパン の ヒト を とりまいて、 フォクスル の ほう で、 イマ まで やかましく ニモツ を まきあげて いた クレーン の オト が とつぜん やむ と、 かーん と する ほど ヒトビト の ミミ は かえって とおく なった。 へだたった ところ から たがいに よびかわす スイフ ら の たかい コエ は、 この フネ に どんな ダイキケン でも おこった か と おもわせる よう な フアン を まきちらした。 したしい アイダ の ヒトタチ は ワカレ の セツナサ に ココロ が わくわく して ろくに クチ も きかず、 ギリ イッペン の ミオクリニン は、 ややともすると マワリ に キ が とられて みおくる べき ヒト を みうしなう、 そんな あわただしい バツビョウ の マギワ に なった。 ヨウコ の マエ にも キュウ に イロイロ な ヒト が よりあつまって きて、 おもいおもい に ワカレ の コトバ を のこして フネ を おりはじめた。 ヨウコ は こんな コンザツ な アイダ にも タガワ の ヒトミ が ときどき ジブン に むけられる の を イシキ して、 その ヒトミ を おどろかす よう な なまめいた ポーズ や、 たよりなげ な ヒョウジョウ を みせる の を わすれない で、 コトバスクナ に それら の ヒト に アイサツ した。 オジ と オバ とは ハカ の アナ まで ブジ に カン を はこんだ ニンプ の よう に、 トオリイッペン の こと を いう と、 アズカリモノ を ヨウコ に わたして、 テ の チリ を はたかん ばかり に すげなく、 マッサキ に ゲンテイ を おりて いった。 ヨウコ は ちらっと オバ の ウシロスガタ を みおくって おどろいた。 イマ の イマ まで どこ とて にかよう ところ の みえなかった オバ も、 その アネ なる ヨウコ の ハハ の キモノ を オビ まで かりて きこんで いる の を みる と、 はっと おもう ほど アネ に そっくり だった。 ヨウコ は なんと いう こと なし に いや な ココロモチ が した。 そして こんな キンチョウ した バアイ に こんな ちょっと した こと に まで こだわる ジブン を ミョウ に おもった。 そう おもう マ も あらせず、 コンド は シンルイ の ヒトタチ が 5~6 ニン ずつ、 クチグチ に こやかましく ナニ か いって、 あわれむ よう な ねたむ よう な メツキ を なげあたえながら、 ゲンエイ の よう に ヨウコ の メ と キオク と から きえて いった。 マルマゲ に ゆったり キョウシ-らしい ジミ な ソクハツ に あげたり して いる 4 ニン の ガッコウ トモダチ も、 イマ は ヨウコ とは かけへだたった キョウガイ の コトバヅカイ を して、 ムカシ ヨウコ に ちかった コトバ など は わすれて しまった ウラギリモノ の そらぞらしい ナミダ を みせたり して、 アメ に ぬらすまい と タモト を ダイジ に かばいながら、 カサ に かくれて これ も ゲンテイ を きえて いって しまった。 サイゴ に モノオジ する ヨウス の ウバ が ヨウコ の マエ に きて コシ を かがめた。 ヨウコ は とうとう ゆきつまる ところ まで きた よう な オモイ を しながら、 ふりかえって コトウ を みる と、 コトウ は いぜん と して テスリ に ミ を よせた まま、 キヌケ でも した よう に、 メ を すえて ジブン の 2~3 ゲン サキ を ぼんやり ながめて いた。
「ギイチ さん、 フネ の でる の も マ が なさそう です から どうか これ…… ワタシ の ウバ です の…… の テ を ひいて おろして やって くださいまし な。 すべり でも する と こおう ござんす から」
と ヨウコ に いわれて コトウ は はじめて ワレ に かえった。 そして ヒトリゴト の よう に、
「この フネ で ボク も アメリカ に いって みたい なあ」
と ノンキ な こと を いった。
「どうか サンバシ まで みて やって くださいまし ね。 アナタ も そのうち ぜひ いらっしゃいまし な…… ギイチ さん、 それでは これ で オワカレ。 ホントウ に、 ホントウ に」
と いいながら ヨウコ は なんとなく シタシミ を いちばん ふかく この セイネン に かんじて、 おおきな メ で コトウ を じっと みた。 コトウ も いまさら の よう に ヨウコ を じっと みた。
「オレイ の モウシヨウ も ありません。 コノウエ の オネガイ です、 どうぞ イモウト たち を みて やって くださいまし。 あんな ヒトタチ には どうしたって たのんで は おけません から。 ……さようなら」
「さようなら」
 コトウ は オウムガエシ に モギドウ に これ だけ いって、 ふいと テスリ を はなれて、 ムギワラ ボウシ を まぶか に かぶりながら、 ウバ に つきそった。
 ヨウコ は ハシゴ の アガリグチ まで いって フタリ に カサ を かざして やって、 1 ダン 1 ダン とおざかって ゆく フタリ の スガタ を みおくった。 トウキョウ で ワカレ を つげた アイコ や サダヨ の スガタ が、 アメ に ぬれた カサ の ヘン を ゲンエイ と なって みえたり かくれたり した よう に おもった。 ヨウコ は フシギ な ココロ の シュウチャク から サダコ には とうとう あわない で しまった。 アイコ と サダヨ とは ぜひ ミオクリ が したい と いう の を、 ヨウコ は しかりつける よう に いって とめて しまった。 ヨウコ が ジンリキシャ で イエ を でよう と する と、 なんの キ なし に アイコ が マエガミ から ぬいて ビン を かこう と した クシ が、 もろく も ぽきり と おれた。 それ を みる と アイコ は こらえ こらえて いた ナミダ の セキ を きって コエ を たてて なきだした。 サダヨ は ハジメ から ハラ でも たてた よう に、 もえる よう な メ から トメド なく ナミダ を ながして、 じっと ヨウコ を みつめて ばかり いた。 そんな いたいたしい ヨウス が その とき まざまざ と ヨウコ の メノマエ に ちらついた の だ。 ヒトリポッチ で とおい タビ に かしまだって ゆく ジブン と いう もの が あじきなく も おもいやられた。 そんな ココロモチ に なる と せわしい アイダ にも ヨウコ は ふと タガワ の ほう を ふりむいて みた。 チュウガッコウ の セイフク を きた フタリ の ショウネン と、 カミ を オサゲ に して、 オビ を オハサミ に しめた ショウジョ と が、 タガワ と フジン との アイダ に からまって ちょうど コクベツ を して いる ところ だった。 ツキソイ の モリ の オンナ が ショウジョ を だきあげて、 タガワ フジン の クチビル を その ヒタイ に うけさして いた。 ヨウコ は そんな バメン を みせつけられる と、 ヒトゴト ながら ジブン が ヒニク で むちうたれる よう に おもった。 リュウ をも かして メスブタ に する の は ハハ と なる こと だ。 イマ の イマ まで やく よう に サダコ の こと を おもって いた ヨウコ は、 タガワ フジン に たいして すっかり ハンタイ の こと を かんがえた。 ヨウコ は その いまいましい コウケイ から メ を うつして ゲンテイ の ほう を みた。 しかし そこ には もう ウバ の スガタ も コトウ の カゲ も なかった。
 たちまち センシュ の ほう から けたたましい ドラ の オト が ひびきはじめた。 フネ の ジョウゲ は サイゴ の ドヨメキ に ゆらぐ よう に みえた。 ながい ツナ を ひきずって ゆく スイフ が ボウシ の おちそう に なる の を ミギ の テ で ささえながら、 アタリ の クウキ に はげしい ドウヨウ を おこす ほど の イキオイ で いそいで ヨウコ の ソバ を とおりぬけた。 ミオクリニン は イッセイ に ボウシ を ぬいで ゲンテイ の ほう に あつまって いった。 その サイ に なって イソガワ ジョシ は はたと ヨウコ の こと を おもいだした らしく、 タガワ フジン に ナニ か いって おいて ヨウコ の いる ところ に やって きた。
「いよいよ おわかれ に なった が、 いつぞや おはなし した タガワ の オクサン に おひきあわせ しよう から ちょっと」
 ヨウコ は イソガワ ジョシ の シンセツブリ の ギセイ に なる の を ショウチ しつつ、 イッシュ の コウキシン に ひかされて、 その アト に ついて ゆこう と した。 ヨウコ に はじめて モノ を いう タガワ の タイド も みて やりたかった。 その とき、
「ヨウコ さん」
と とつぜん いって、 ヨウコ の カタ に テ を かけた モノ が あった。 ふりかえる と ビール の ヨイ の ニオイ が むせかえる よう に ヨウコ の ハナ を うって、 メ の シン まで あかく なった しらない ワカモノ の カオ が、 ちかぢか と ハナサキ に あらわれて いた。 はっと ミ を ひく イトマ も なく、 ヨウコ の カタ は ビショヌレ に なった ヨイドレ の ウデ で がっしり と まかれて いた。
「ヨウコ さん、 おぼえて います か ワタシ を…… アナタ は ワタシ の イノチ なん だ。 イノチ なん です」
と いう うち にも、 その メ から は ほろほろ と にえる よう な ナミダ が ながれて、 まだ うらわかい なめらか な ホオ を つたった。 ヒザ から シタ が ふらつく の を ヨウコ に すがって あやうく ささえながら、
「ケッコン を なさる ん です か…… おめでとう…… おめでとう…… だが アナタ が ニホン に いなく なる と おもう と…… いたたまれない ほど こころぼそい ん だ…… ワタシ は……」
 もう コエ さえ つづかなかった。 そして ふかぶか と イキ を ひいて しゃくりあげながら、 ヨウコ の カタ に カオ を ふせて さめざめ と オトコナキ に なきだした。
 この フイ な デキゴト は さすが に ヨウコ を おどろかし も し、 キマリ も わるく させた。 ダレ だ とも、 いつ どこ で あった とも おもいだす ヨシ が ない。 キベ コキョウ と わかれて から、 なんと いう こと なし に ステバチ な ココチ に なって、 ダレカレ の サベツ も なく ちかよって くる オトコ たち に たいして カッテ キママ を ふるまった その アイダ に、 グウゼン に であって グウゼン に わかれた ヒト の ウチ の ヒトリ でも あろう か。 あさい ココロ で もてあそんで いった ココロ の ウチ に この オトコ の ココロ も あった の で あろう か。 とにかく ヨウコ には すこしも おもいあたる フシ が なかった。 ヨウコ は その オトコ から はなれたい イッシン に、 テ に もった テカバン と ツツミモノ と を カンパン の ウエ に ほうりなげて、 ワカモノ の テ を やさしく ふりほどこう と して みた が ムエキ だった。 シンルイ や ホウバイ たち の ことあれがし な メ が ひとしく ヨウコ に そそがれて いる の を ヨウコ は いたい ほど ミ に かんじて いた。 と ドウジ に、 オトコ の ナミダ が うすい ヒトエ の メ を とおして、 ヨウコ の ハダ に しみこんで くる の を かんじた。 みだれた つやつやしい カミ の ニオイ も つい ハナ の サキ で ヨウコ の ココロ を うごかそう と した。 ハジ も ガイブン も わすれはてて、 オオゾラ の シタ で すすりなく オトコ の スガタ を みて いる と、 そこ には かすか な ホコリ の よう な キモチ が わいて きた。 フシギ な ニクシミ と イトシサ が こんがらがって ヨウコ の ココロ の ウチ で うずまいた。 ヨウコ は、
「さ、 もう はなして くださいまし、 フネ が でます から」
と きびしく いって おいて、 かんで ふくめる よう に、
「ダレ でも いきてる アイダ は こころぼそく くらす ん です のよ」
と その ミミモト に ささやいて みた。 ワカモノ は よく わかった と いう ふう に ふかぶか と うなずいた。 しかし ヨウコ を だく テ は きびしく ふるえ こそ すれ、 ゆるみそう な ヨウス は すこしも みえなかった。
 ものものしい ドラ の ヒビキ は サゲン から ウゲン に まわって、 また センシュ の ほう に きこえて ゆこう と して いた。 センイン も ジョウキャク も もうしあわした よう に ヨウコ の ほう を みまもって いた。 サッキ から テモチ ブサタ そう に ただ たって ナリユキ を みて いた イソガワ ジョシ は おもいきって ちかよって きて、 ワカモノ を ヨウコ から ひきはなそう と した が、 ワカモノ は むずかる コドモ の よう に ジダンダ を ふんで ますます ヨウコ に よりそう ばかり だった。 センシュ の ほう に むらがって シゴト を しながら、 この ヨウス を みまもって いた スイフ たち は イッセイ に たかく ワライゴエ を たてた。 そして その ウチ の ヒトリ は わざと フネジュウ に きこえわたる よう な クサメ を した。 バツビョウ の ジコク は 1 ビョウ 1 ビョウ に せまって いた。 モノワライ の マト に なって いる、 そう おもう と ヨウコ の ココロ は イトシサ から はげしい イトワシサ に かわって いった。
「さ、 おはなし ください、 さ」
と きわめて レイコク に いって、 ヨウコ は タスケ を もとめる よう に アタリ を みまわした。
 タガワ ハカセ の ソバ に いて ナニ か ハナシ を して いた ヒトリ の タイヒョウ な センイン が いた が、 ヨウコ の トウワク しきった ヨウス を みる と、 いきなり オオマタ に ちかづいて きて、
「どれ、 ワタシ が シタ まで おつれ しましょう」
と いう や いなや、 ヨウコ の ヘンジ も またず に ワカモノ を コト も なく だきすくめた。 ワカモノ は この ランボウ に かっと なって いかりくるった が、 その センイン は ちいさな ニモツ でも あつかう よう に、 ワカモノ の ドウ の アタリ を ミギワキ に かいこんで、 やすやす と ゲンテイ を おりて いった。 イソガワ ジョシ は あたふた と ヨウコ に アイサツ も せず に その アト に つづいた。 しばらく する と ワカモノ は サンバシ の グンシュウ の アイダ に センイン の テ から おろされた。
 けたたましい キテキ が とつぜん なりはためいた。 タガワ フサイ の ミオクリニン たち は この コエ で カツ を いれられた よう に なって、 どよめきわたりながら、 タガワ フサイ の バンザイ を もう イチド くりかえした。 ワカモノ を サンバシ に つれて いった、 かの キョダイ な センイン は、 おおきな タイク を マシラ の よう に かるく もてあつかって、 オト も たてず に サンバシ から しずしず と はなれて ゆく フネ の ウエ に ただ ヒトスジ の ツナ を つたって あがって きた。 ヒトビト は また その ハヤワザ に おどろいて メ を みはった。
 ヨウコ の メ は ドキ を ふくんで テスリ から しばらく の アイダ かの ワカモノ を みすえて いた。 ワカモノ は キョウキ の よう に リョウテ を ひろげて フネ に かけよろう と する の を、 キンジョ に いあわせた 3~4 ニン の ヒト が あわてて ひきとめる、 それ を また すりぬけよう と して くみふせられて しまった。 ワカモノ は くみふせられた まま ヒダリ の ウデ を クチ に あてがって おもいきり かみしばりながら なきしずんだ。 その ウシ の ウメキゴエ の よう な ナキゴエ が けうとく フネ の ウエ まで きこえて きた。 ミオクリニン は おもわず ナリ を しずめて この キョウボウ な ワカモノ に メ を そそいだ。 ヨウコ も ヨウコ で、 スガタ も かくさず テスリ に カタテ を かけた まま つったって、 おなじく この ワカモノ を みすえて いた。 と いって ヨウコ は その ワカモノ の ウエ ばかり を おもって いる の では なかった。 ジブン でも フシギ だ と おもう よう な、 うつろ な ヨユウ が そこ には あった。 コトウ が ワカモノ の ほう には メ も くれず に じっと アシモト を みつめて いる の にも キ が ついて いた。 しんだ アネ の ハレギ を カリギ して いい ココチ に なって いる よう な オバ の スガタ も メ に うつって いた。 フネ の ほう に ウシロ を むけて (おそらく それ は カナシミ から ばかり では なかったろう。 その ワカモノ の キョドウ が おいた ココロ を ひしいだ に ちがいない) テヌグイ を しっかり と リョウメ に あてて いる ウバ も みのがして は いなかった。
 いつのまに うごいた とも なく フネ は サンバシ から とおざかって いた。 ヒト の ムレ が クロアリ の よう に あつまった そこ の コウケイ は、 ヨウコ の メノマエ に ひらけて ゆく おおきな ミナト の ケシキ の チュウケイ に なる まで に ちいさく なって いった。 ヨウコ の メ は ヨウコ ジシン にも うたがわれる よう な こと を して いた。 その メ は ちいさく なった ヒトカゲ の ナカ から ウバ の スガタ を さぐりだそう と せず、 イッシュ の ナツカシミ を もつ ヨコハマ の シガイ を ミオサメ に ながめよう と せず、 ぎょうぜん と して ちいさく うずくまる ワカモノ の らしい コクテン を みつめて いた。 ワカモノ の さけぶ コエ が、 サンバシ の ウエ で うちふる ハンケチ の ときどき ぎらぎら と ひかる ごと に、 ヨウコ の アタマ の ウエ に はりわたされた アマヨケ の ホヌノ の ハシ から シタタリ が ぽつり ぽつり と ヨウコ の カオ を うつ たび に、 ダンゾク して きこえて くる よう に おもわれた。 「ヨウコ さん、 アナタ は ワタシ を ミゴロシ に する ん です か…… ミゴロシ に する ん……」