カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

スミダガワ 3

2014-06-21 | ナガイ カフウ
 6

 チョウキチ は カゼ を ひいた。 ナナクサ すぎて ガッコウ が はじまった ところ から 1 ニチ ムリ を して ツウガク した ため に、 リュウコウ の インフルエンザ に かわって ショウガツ いっぱい ねとおして しまった。
 ハチマンサマ の ケイダイ に キョウ は アサ から ハツウマ の タイコ が きこえる。 あたたかい おだやか な ヒルスギ の ニッコウ が イチメン に さしこむ オモテ の マド の ショウジ には、 おりおり ノキ を かすめる コトリ の カゲ が ひらめき、 チャノマ の スミ の うすぐらい ブツダン の オク まで が あかるく みえ、 トコノマ の ウメ が もう ちりはじめた。 ハル は しめきった ウチ の ナカ まで も ヨウキ に おとずれて きた の で ある。
 チョウキチ は 2~3 ニチ マエ から おきて いた ので、 この あたたかい ヒ を ぶらぶら サンポ に でかけた。 すっかり ゼンカイ した イマ に なって みれば、 ハツカ イジョウ も くるしんだ タイビョウ を チョウキチ は モッケ の サイワイ で あった と よろこんで いる。 とても ライゲツ の ガクネン シケン には キュウダイ する ミコミ が ない と おもって いた ところ なので、 ビョウキ ケッセキ の アト と いえば、 ラクダイ して も ハハ に たいして モットモシゴク な モウシワケ が できる と おもう から で あった。
 あるいて ゆく うち いつか アサクサ コウエン の ウラテ へ でた。 ほそい トオリ の カタガワ には ふかい ドブ が あって、 それ を こした テッサク の ムコウ には、 トコロドコロ に フユガレ して たつ タイボク の シタ に、 ゴク の ヨウキュウテン の きたならしい ウラテ が つづいて みえる。 ヤネ の ひくい カタカワマチ の ジンカ は ちょうど ウシロ から ふかい ドブ の ほう へ と おしつめられた よう な キ が する ので、 おおかた その ため で あろう、 それほど に コンザツ も せぬ オウライ が いつも ミョウ に いそがしく みえ、 うろうろ ハイカイ して いる ニンソウ の わるい シャフ が ちょっと ミナリ の こぎれい な ツウコウニン の アト に うるさく つきまとって ジョウシャ を すすめて いる。 チョウキチ は いつも ジュンサ が タチバン して いる ヒダリテ の イシバシ から アワシマサマ の ほう まで が ずっと みとおされる ヨツツジ まで あるいて きて、 トオリガカリ の ヒトビト が たちどまって ながめる まま に、 ジブン も なんと いう こと なく、 マガリカド に だして ある ミヤト-ザ の エカンバン を あおいだ。
 いやに モンジ の アイダ を くっつけて モヨウ の よう に ふとく かいて ある ナダイ の キフダ を マンナカ に して、 その サユウ には おそろしく カオ の ちいさい、 メ の おおきい、 ユビサキ の ふとい ジンブツ が、 ヤグ を かついだ よう な おおきい キモノ を きて、 サマザマ な コチョウテキ の シセイ で カツヤク して いる サマ が えがかれて ある。 この おおきい エカンバン を おおう ヤネガタ の ノキ には、 ダシ に つける よう な ツクリバナ が うつくしく かざりつけて あった。
 チョウキチ は いかほど あたたかい ヒヨリ でも あるいて いる と さすが に まだ リッシュン に なった ばかり の こと とて しばらく の アイダ さむい カゼ を よける ところ を と おもいだした ヤサキ、 シバイ の エカンバン を みて、 そのまま せまい タチミ の トグチ へ と すすみよった。 ウチ へ はいる と アシバ の わるい ハシゴダン が たって いて、 その ナカホド から まがる アタリ は もう うすぐらく、 くさい なまあたたかい ヒトゴミ の ウンキ が なおさら くらい ウエ の ほう から ふきおりて くる。 しきり に ヤクシャ の ナ を よぶ カケゴエ が きこえる。 それ を きく と チョウキチ は トカイソダチ の カンゲキシャ ばかり が ケイケン する トクシュ の カイカン と トクシュ の ネツジョウ と を おぼえた。 ハシゴダン の 2~3 ダン を ヒトトビ に かけあがって ヒトゴミ の ナカ に わりこむ と、 ユカイタ の ナナメ に なった ひくい ヤネウラ の オオムコウ は おおきな フネ の ソコ へ でも おりた よう な ココロモチ。 ウシロ の スミズミ に ついて いる ガス の ハダカビ の ヒカリ は いっぱい に つまって いる ケンブツニン の アタマ に さえぎられて ヒジョウ に くらく、 せまくるしい ので、 サル の よう に ヒト の つかまって いる マエガワ の テツボウ から、 ムコウ に みえる ゲキジョウ の ナイブ は テンジョウ ばかり が いかにも ひろびろ と みえ、 ブタイ は いろづき にごった クウキ の ため に かえって ちいさく はなはだ とおく みえた。 ブタイ は ちょん と うった ヒョウシギ の オト に イマ ちょうど まわって とまった ところ で ある。 きわめて イッチョクセン な イシガキ を みせた ダイ の シタ に よごれた ミズイロ の ヌノ が しいて あって、 ウシロ を かぎる カキワリ には ちいさく ダイミョウ ヤシキ の ネリベイ を えがき、 その ウエ の ソラ イチメン をば ムリ にも ヨル だ と おもわせる よう に スキマ も なく マックロ に ぬりたてて ある。 チョウキチ は カンゲキ に たいする これまで の ケイケン で 「ヨル」 と 「カワバタ」 と いう こと から、 きっと コロシバ に ちがいない と おさない コウキシン から セノビ を して クビ を のばす と、 はたせるかな、 たえざる ひくい オオダイコ の オト に レイ の ごとく イタ を ばたばた たたく オト が きこえて、 ヒダリテ の ツジバンゴヤ の カゲ から チュウゲン と ゴザ を かかえた オンナ と が おおきな コエ で あらそいながら でて くる。 ケンブツニン が わらった。 ブタイ の ジンブツ は おとした もの を さがす テイ で ナニ か を とりあげる と、 とつぜん マエ とは まったく ちがった タイド に なって、 きわめて メイリョウ に ジョウルリ ゲダイ ウメヤナギ ナカ も ヨイヅキ、 つとめまする ヤクニン…… と よみはじめる。 それ を まちかまえて かなたこなた から ケンブツニン が コエ を かけた。 ふたたび かるい ヒョウシギ の オト を アイズ に、 クロゴ の オトコ が ミギテ の スミ に たてた カキワリ の イチブ を ひきとる と カミシモ を きた ジョウルリ カタリ 3 ニン、 シャミセンヒキ フタリ が、 キュウクツ そう に せまい ダイ の ウエ に ならんで いて、 すぐに ひきだす シャミセン から つづいて タユウ が コエ を あわして かたりだした。 チョウキチ は この シュ の オンガク には いつも キョウミ を もって ききなれて いる ので、 ジョウナイ の どこ か で なきだす アカゴ の コエ と それ を シッタ する ケンブツニン の コエ に さまたげられながら、 しかも あきらか に かたる モンク と シャミセン の テ まで を ききわける。
  ♪オボロヨ に ホシ の カゲ さえ フタツ ミツ、 ヨツ か イツツ か カネ の ネ も、 もしや ワガミ の オッテ か と……
 またしても かるい バタバタ が きこえて ムチュウ に なって コエ を かける ケンブツニン のみ ならず ジョウチュウ イッタイ が けしきだつ。 それ も ドウリ だ。 あかい ジュバン の ウエ に ムラサキジュス の はばひろい エリ を つけた ザシキギ の ユウジョ が、 かぶる テヌグイ に カオ を かくして、 マエカガマリ に ハナミチ から かけだした の で ある。 「みえねえ、 マエ が たかいっ」 「ボウシ を とれっ」 「バカヤロウ」 なぞ と どなる モノ が ある。
  ♪おちて ユクエ も シラウオ の、 フネ の カガリ に アミ より も、 ヒトメ いとうて アトサキ に……
 オンナ に ふんした ヤクシャ は ハナミチ の つきる アタリ まで でて ウシロ を みかえりながら セリフ を のべた。 その アト に ウタ が つづく。
  ♪しばし たたずむ ウワテ より ウメミ-ガエリ の フネ の ウタ。 ♪しのぶ なら しのぶ なら ヤミ の ヨ は おかしゃんせ、 ツキ に クモ の サワリ なく、 シンキ マツヨイ、 イザヨイ の、 うち の シュビ は えー よい との よい との。 ♪きく ツジウラ に いそいそ と クモアシ はやき アマゾラ も、 おもいがけなく ふきはれて みかわす ツキ の カオ と カオ……
 ケンブツ が また さわぐ。 マックロ に ぬりたてた ソラ の カキワリ の マンナカ を おおきく くりぬいて ある まるい アナ に ヒ が ついて、 クモガタ の オオイ をば イト で ひきあげる の が こなた から でも よく みえた。 あまり に ツキ が おおきく あかるい から、 ダイミョウ ヤシキ の ヘイ の ほう が とおくて ツキ の ほう が かえって ヒジョウ に ちかく みえる。 しかし チョウキチ は タ の ケンブツ も ドウヨウ すこしも うつくしい ゲンソウ を やぶられなかった。 それ のみ ならず キョネン の ナツ の スエ、 オイト を ヨシチョウ へ おくる ため、 まちあわした イマド の ハシ から ながめた あの おおきな まるい まるい ツキ を おもいおこす と、 もう ブタイ は ブタイ で なくなった。
 キナガシ ザンパツ の オトコ が いかにも おもいやつれた ふう で アシモト あやうく あゆみでる。 オンナ と スレチガイ に カオ を みあわして、
「イザヨイ か」
「セイシン サマ か」
 オンナ は オトコ に すがって、 「あいたかった わいなあ」
 ケンブツニン が 「やあ ゴリョウニン」 「よいしょ。 やけます」 なぞ と さけぶ。 わらう コエ。 「しずか に しろい」 と しかりつける ネツジョウカ も あった。

 ブタイ は あいあいする ダンジョ の ジュスイ と ともに まわって、 オンナ の ほう が シラウオブネ の ヨアミ に かかって たすけられる ところ に なる。 ふたたび モト の ブタイ に かえって、 オトコ も おなじく しぬ こと が できなくて イシガキ の ウエ に はいあがる。 トオク の サワギウタ、 フウキ の センボウ、 セイゾン の カイラク、 キョウグウ の ゼツボウ、 キカイ と ウンメイ、 ユウワク、 サツジン。 ハラン の うえ にも キャクショク の ハラン を きわめて、 ついに エンゲキ の ヒトマク が おわる。 ミミモト チカク から おそろしい きいろい コエ が、 「かわる よ――う」 と さけびだした。 ケンブツニン が デグチ の ほう へ と ナダレ を うって おりかける。
 チョウキチ は ソト へ でる と いそいで あるいた。 アタリ は まだ あかるい けれど もう ヒ は あたって いない。 ごたごた した センゾクマチ の コウリミセ の ノレン や ハタ なぞ が はげしく ひるがえって いる。 トオリガカリ に ジカン を みる ため コシ を かがめて のぞいて みる と ノキ の ひくい それら の ウチ の オク は マックラ で あった。 チョウキチ は ビョウゴ の ユウカゼ を おそれて ますます アユミ を はやめた が、 しかし サンヤボリ から イマドバシ の ムコウ に ひらける スミダガワ の ケシキ を みる と、 どうしても しばらく たちどまらず には いられなく なった。 カワ の オモテ は かなしく ハイイロ に ひかって いて、 フユ の ヒ の オワリ を いそがす スイジョウキ は タイガン の ツツミ を おぼろ に かすめて いる。 ニブネ の ホ の アイダ をば カモメ が イクワ と なく とびちがう。 チョウキチ は どんどん ながれて ゆく カワミズ をば なにがなし に かなしい もの だ と おもった。 カワムコウ の ツツミ の ウエ には ヒトツ フタツ ヒ が つきだした。 かれた ジュモク、 かわいた イシガキ、 よごれた カワラヤネ、 メ に いる もの は ことごとく あせた さむい イロ を して いる ので、 シバイ を でて から イッシュンカン とて も きえうせない セイシン と イザヨイ の はでやか な スガタ の キオク が、 ハゴイタ の オシエ の よう に また いちだん と きわだって うかびだす。 チョウキチ は ゲキチュウ の ジンブツ をば にくい ほど に うらやんだ。 いくら うらやんで も とうてい および も つかない わが ミノウエ を かなしんだ。 しんだ ほう が まし だ と おもう だけ、 イッショ に しんで くれる ヒト の ない ミノウエ を さらに ツウセツ に かなしく おもった。
 イマドバシ を わたりかけた とき、 テノヒラ で ぴしゃり と ヨコツラ を はりなぐる よう な カワカゼ。 おもわず サムサ に ドウブルイ する と ドウジ に チョウキチ は ノド の オク から、 イマ まで は キオク して いる とも こころづかず に いた ジョウルリ の イッセツ が われしらず に ながれでる の に おどろいた。
  ♪いまさら いう も グチ なれど……
と キヨモト の イッパ が タリュウ の もす べからざる キョクチョウ の ビレイ を たくした イッセツ で ある。 チョウキチ は むろん タユウ さん が クビ と カラダ を のびあがらして うたった ほど ジョウズ に、 かつ また そんな おおきな コエ で うたった の では ない。 ノド から ながれる まま に クチ の ナカ で テイショウ した の で ある が、 それ に よって チョウキチ は やみがたい ココロ の クツウ が イクブン か やわらげられる よう な ココロモチ が した。 いまさら いう も グチ なれど…… ほんに おもえば…… キシ より のぞく アオヤギ の…… と おもいだす フシ の、 トコロドコロ を チョウキチ は ウチ の コウシド を あける とき まで くりかえし くりかえし あるいた。

 7

 あくる ヒ の ヒルスギ に またもや ミヤト-ザ の タチミ に でかけた。 チョウキチ は コイ の フタリ が テ を とって なげく うつくしい ブタイ から、 キノウ はじめて ケイケン した いう べからざる ヒアイ の ビカン に よいたい と おもった の で ある。 それ ばかり で なく くろずんだ テンジョウ と カベ フスマ に かこまれた 2 カイ の ヘヤ が いやに いんきくさくて、 トウカ の おおい、 ヒト の オオゼイ あつまって いる シバイ の ニギワイ が、 ガマン の できぬ ほど こいしく おもわれて ならなかった の で ある。 チョウキチ は うしなった オイト の こと イガイ に おりおり は ただ なんと いう ワケ も なく さびしい かなしい キ が する。 ジブン にも どういう ワケ だ か すこしも わからない。 ただ さびしい、 ただ かなしい の で ある。 この セキバク この ヒアイ を なぐさめる ため に、 チョウキチ は さだめがたい ナニモノ か を イッコク イッコク に はげしく ヨウキュウ して やまない。 ムネ の ソコ に ひそんだ ばくぜん たる クツウ を、 ダレ と かぎらず やさしい コエ で こたえて くれる うつくしい オンナ に うったえて みたくて ならない。 たんに オイト ヒトリ の スガタ のみ ならず、 オウライ で すれちがった みしらぬ オンナ の スガタ が、 シマダ の ムスメ に なったり、 イチョウガエシ の ゲイシャ に なったり、 または マルマゲ の ニョウボウ スガタ に なったり して ユメ の ウチ に うかぶ こと さえ あった。
 チョウキチ は 2 ド みる おなじ シバイ の ブタイ をば はじめて の よう に キョウミ-ぶかく ながめた。 それ と ドウジ に、 コンド は にぎやか な サユウ の サジキ に たいする カンサツ をも けっして カンキャク しなかった。 ヨノナカ には あんな に オオゼイ オンナ が いる。 あんな に オオゼイ オンナ の いる ナカ で、 どうして ジブン は ヒトリ も ジブン を なぐさめて くれる アイテ に めぐりあわない の で あろう。 タレ でも いい。 ジブン に ヒトコト やさしい コトバ を かけて くれる オンナ さえ あれば、 ジブン は こんな に せつなく オイト の こと ばかり おもいつめて は いまい。 オイト の こと を おもえば おもう だけ その クツウ を へらす タ の もの が ほしい。 さすれば ガッコウ と それ に カンレン した ミ の ゼント に たいする ゼツボウ のみ に しずめられて いまい……。
 タチミ の コンザツ の ナカ に その とき とつぜん ジブン の カタ を つく モノ が ある ので おどろいて ふりむく と、 チョウキチ は トリウチボウ を まぶか に くろい メガネ を かけて、 ウシロ の イチダン たかい ユカ から クビ を のばして みおろす わかい オトコ の カオ を みた。
「キチ さん じゃ ない か」
 そう いった ものの、 チョウキチ は キチ さん の フウサイ の あまり に かわって いる の に しばらく は ニノク が つげなかった。 キチ さん と いう の は ジカタマチ の ショウガッコウ ジダイ の トモダチ で、 トコヤ を して いる サンヤ-ドオリ の オヤジ の ミセ で、 これまで チョウキチ の カミ を かって くれた ワカイシュ で ある。 それ が キヌ ハンケチ を クビ に まいて ニジュウマワシ の シタ から オオシマ ツムギ の ハオリ を みせ、 いやに コウスイ を におわせながら、
「チョウ さん、 ボク は ヤクシャ だよ」 と カオ を さしだして チョウキチ の ミミモト に ささやいた。
 タチミ の コンザツ の ナカ でも ある し、 チョウキチ は おどろいた まま だまって いる より シヨウ が なかった が、 ブタイ は やがて キノウ の とおり に カワバタ の ダンマリ に なって、 ゲキ の シュジンコウ が ぬすんだ カネ を フトコロ に ハナミチ へ かけいでながら イシツブテ を うつ、 それ を アイズ に ちょん と ヒョウシギ が ひびく。 マク が うごく。 タチミ の ヒトナカ から レイ の 「かわる よーう」 と さけぶ コエ。 ヒトナダレ が せまい デグチ の ほう へ と おしあう うち に マク が すっかり ひかれて、 シャギリ の タイコ が どこ か わからぬ ブタイ の オク から なりだす。 キチ さん は チョウキチ の ソデ を ひきとめて、
「チョウ さん、 かえる の か。 いい じゃ ない か。 もう ヒトマク みて おいで な」
 ヤクシャ の シキセ を きた いやしい カオ の オトコ が、 シブカミ を はった コザル を もって、 ツギ の マク の リョウキン を あつめ に きた ので、 チョウキチ は ジカン を シンパイ しながら も そのまま いのこった。
「チョウ さん、 きれい だよ、 かけられる ぜ」 キチ さん は ヒト の すいた ウシロ の アカリトリ の マド へ コシ を かけて チョウキチ が ならんで こしかける の を まつ よう に して ふたたび 「ボク あ ヤクシャ だよ。 かわったろう」 と いいながら、 ユウゼン チリメン の ジュバン の ソデ を ひきだして、 わざとらしく はずした くろい キンブチ メガネ の クモリ を ふきはじめた。
「かわった よ。 ボク あ はじめ ダレ か と おもった」
「おどろいた かい。 ははははは」 キチ さん は なんとも いえぬ ほど うれしそう に わらって、 「たのむ ぜ。 チョウ さん。 こう みえたって はばかりながら ヤクシャ だ。 イイ イチザ の シンハイユウ だ。 アサッテ から また シントミ-チョウ よ。 でそろったら み に きたまえ。 いい かい。 ガクヤグチ へ まわって、 タマミズ を よんで くれ って いいたまえ」
「タマミズ……?」
「うむ、 タマミズ サブロウ……」 いいながら せわしなく フトコロ から オンナモチ の カミイレ を さぐりだして、 ちいさな メイシ を みせ、 「ね、 タマミズ サブロウ。 ムカシ の キチ さん じゃ ない ぜ。 ちゃんと もう バンヅケ に でて いる ん だぜ」
「おもしろい だろう ね。 ヤクシャ に なったら」
「おもしろかったり、 つらかったり…… しかし オンナ にゃあ フジユウ しねえ よ」 キチ さん は ちょっと チョウキチ の カオ を みて、 「チョウ さん、 キミ は あそぶ の かい」
 チョウキチ は 「まだ」 と こたえる の が その シュンカン オトコ の ハジ で ある よう な キ が して だまった。
「エド イチ の カジタ-ロウ って いう ウチ を しってる かい。 コンヤ イッショ に おいで な。 シンパイ しない でも いい ん だよ。 のろける ん じゃ ない が、 シンパイ しない でも いい ワケ が ある ん だ から。 おやすく ない だろう。 ははははは」 と キチ さん は タワイ も なく わらった。 チョウキチ は トツゼン に、
「ゲイシャ は たかい ん だろう ね」
「チョウ さん、 キミ は ゲイシャ が すき なの か、 ゼイタク だ」 と シンハイユウ の キチ さん は イガイ-らしく チョウキチ の カオ を みかえした が、 「しれた もん さ。 しかし カネ で オンナ を かう なんざあ、 ちっと オヒト が よすぎらあ。 ボク あ コウエン で 2~3 ゲン マチアイ を しってる よ。 つれてって やろう。 バンジ ホウスン の ウチ に あり さ」
 サッキ から 3 ニン 4 ニン と たえず あがって くる ケンブツニン で オオムコウ は かなり ザットウ して きた。 マエ の マク から いのこって いる レンジュウ には まちくたびれて テ を ならす モノ も ある。 ブタイ の オク から ヒョウシギ の オト が ながい マ を おきながら、 それでも しだいに ちかく きこえて くる。 チョウキチ は キュウクツ に コシ を かけた アカリトリ の マド から たちあがる。 すると キチ さん は、
「まだ、 なかなか だ」 と ヒトリゴト の よう に いって、 「チョウ さん。 あれ あ マワリ の ヒョウシギ と いって ドウグダテ の できあがった って こと を、 ヤクシャ の ヘヤ の ほう へ しらせる アイズ なん だ。 あく まで にゃあ まだ、 なかなか よ」
 ゆうぜん と して マキタバコ を すいはじめる。 チョウキチ は 「そう か」 と カンプク した らしく ヘンジ を しながら、 しかし たちあがった まま に タチミ の テツゴウシ から ブタイ の ほう を ながめた。 ハナミチ から ヒラドマ の マス の アイダ をば キチ さん の ごとく マワリ の ヒョウシギ の ナン たる か を しらない ケンブツニン が、 すぐに も マク が あく の か と おもって、 であるいて いた ソト から カクジ の セキ に もどろう と ウホウ サホウ へ と コンザツ して いる。 ヨコテ の サジキウラ から ナナメ に ヒキマク の イッポウ に さしこむ ユウヒ の ヒカリ が、 その すすみいる ミチスジ だけ、 クウチュウ に ただよう チリ と タバコ の ケムリ をば ありあり と メ に みせる。 チョウキチ は この ユウヒ の ヒカリ をば なんと いう こと なく かなしく かんじながら、 おりおり ふきこむ ソト の カゼ が おおきな ナミ を うたせる ヒキマク の ウエ を ながめた。 ヒキマク には イチカワ ○○-ジョウ へ、 アサクサ コウエン ゲイギ レンジュウ と して イクタリ と なく かきつらねた ゲイシャ の ナ が よまれた。 しばらく して、
「キチ さん、 キミ、 あの ナカ で しってる ゲイシャ が ある かい」
「たのむ よ。 コウエン は オイラタチ の ナワバリウチ だぜ」 キチ さん は イッシュ の クツジョク を かんじた の で あろう、 ウソ か マコト か、 マク の ウエ に かいて ある ゲイシャ の ヒトリヒトリ の ケイレキ、 ヨウボウ、 セイシツ を キリ も なく セツメイ しはじめた。
 ヒョウシギ が ちょんちょん と フタツ なった。 マクアキ の ウタ と シャミセン が きこえ ひかれた マク が しだいに こまかく はやめる ヒョウシギ の リツ に つれて かたよせられて ゆく。 オオムコウ から はやくも ヤクシャ の ナ を よぶ カケゴエ。 タイクツ した ケンブツニン の ハナシゴエ が イチジ に やんで、 ジョウナイ は ヨ の あけた よう な イッシュ の アカルサ と イッシュ の カッキ を そえた。

 8

 オトヨ は イマドバシ まで あるいて きて ジセツ は イマ まさに らんまん たる ハル の 4 ガツ で ある こと を はじめて しった。 テヒトツ の オンナジョタイ に おわれて いる ミ は ソラ が あおく はれて ヒ が マド に さしこみ、 スジムコウ の 「ミヤトガワ」 と いう ウナギヤ の カドグチ の ヤナギ が ミドリイロ の メ を ふく の に やっと ジコウ の ヘンセン を しる ばかり。 いつも リョウガワ の よごれた カワラヤネ に アタリ の チョウボウ を さえぎられた ジメン の ひくい バスエ の ヨコチョウ から、 イマ とつぜん、 ハシ の ウエ に でて みた 4 ガツ の スミダガワ は、 1 ネン に 2~3 ド と かぞえる ほど しか ソトデ する こと の ない ハハオヤ オトヨ の ロウガン をば しんじられぬ ほど に おどろかした の で ある。 はれわたった ソラ の シタ に、 ながれる ミズ の カガヤキ、 ツツミ の アオクサ、 その ウエ に つづく サクラ の ハナ、 サマザマ の ハタ が ひらめく ダイガク の テイコ、 その ヘン から おこる ヒトビト の サケビゴエ、 テッポウ の ヒビキ。 ワタシブネ から アガリオリ する ハナミ の ヒト の コンザツ。 アタリ イチメン の コウケイ は つかれた ハハオヤ の メ には あまり に シキサイ が キョウレツ-すぎる ほど で あった。 オトヨ は ワタシバ の ほう へ おりかけた けれど、 キュウ に おそるる ごとく クビス を かえして、 キンリュウザン シタ の ヒカゲ に なった カワラマチ を いそいだ。 そして トオリガカリ の なるべく きたない クルマ、 なるべく イクジ の なさそう な シャフ を みつけて おそるおそる、
「クルマヤ さん、 コウメ まで やすく やって ください な」 と いった。
 オトヨ は ハナミ どころ の サワギ では ない。 もう どうして いい の か わからない。 ノゾミ を かけた ヒトリムスコ の チョウキチ は シケン に ラクダイ して しまった ばかり か、 もう ガッコウ へは ゆきたく ない、 ガクモン は いや だ と いいだした。 オトヨ は トホウ に くれた ケッカ、 アニ の ラゲツ に ソウダン して みる より ホカ に シヨウ が ない と おもった の で ある。
 3 ド-メ に かけあった ロウシャフ が、 やっと の こと で オトヨ の のぞむ チンギン で コウメ-ユキ を ショウチ した。 アズマバシ は ゴゴ の ニッコウ と ジンアイ の ナカ に おびただしい ヒトデ で ある。 きかざった わかい ハナミ の ダンジョ を のせて イキオイ よく はしる クルマ の アイダ をば、 オトヨ を のせた ロウシャフ は カジ を ふりながら よたよた あるいて ハシ を わたる や いなや オウカ の ニギワイ を ヨソ に、 すぐと ナカノゴウ へ まがって ナリヒラバシ へ でる と、 この ヘン は もう ハル と いって も きたない コケラブキ の ヤネ の ウエ に ただ あかるく ヒ が あたって いる と いう ばかり で、 チンタイ した ホリワリ の ミズ が うららか な アオゾラ の イロ を ソノママ に うつして いる ヒキフネ-ドオリ。 ムカシ は キンペイロウ の コダユウ と いわれた ラゲツ の コイニョウボウ は、 ヌノコ の エリモト に テヌグイ を かけ オシロイヤケ の した シワ の おおい カオ に いっぱい の ヒ を うけて、 コドモ の ムレ が メンコ や コマ の アソビ を して いる ホカ には いたって ヒトドオリ の すくない ミチバタ の コウシド サキ で、 ハリイタ に ハリモノ を して いた。 かけて きて とまる クルマ と、 それ から おりる オトヨ の スガタ を みて、
「まあ おめずらしい じゃ ありません か。 ちょいと イマド の オシショウ さん です よ」 と あけた まま の コウシド から ウチ の ナカ へ と しらせる。 ナカ には アルジ の ソウショウ が オモト の ハチ を ならべた エンサキ へ コヅクエ を すえ しきり に テンチジン の ジュンジョ を つける ハイカイ の セン に いそがしい ところ で あった。
 かけて いる メガネ を はずして、 ラゲツ は ツクエ を はなれて ザシキ の マンナカ に すわりなおった が、 タスキ を とりながら はいって くる ツマ の オタキ と ライホウ の オトヨ、 おなじ トシゴロ の おいた オンナ ドウシ は イクタビ と なく オジギ の ユズリアイ を して は ながながしく アイサツ した。 そして その アイサツ の ナカ に、 「チョウ ちゃん も オジョウブ です か」 「はあ、 しかし あれ にも こまりきります」 と いう よう な モンドウ から、 ヨウケン は アンガイ に はやく ラゲツ の マエ に テイシュツ される こと に なった の で ある。 ラゲツ は しずか に タバコ の スイガラ を はたいて、 ダレ に かぎらず わかい うち は とかくに キ の まよう こと が ある。 キ の まよって いる とき には、 ジブン にも オボエ が ある が、 オヤ の イケン も アダ と しか きこえない。 ハタ から あまり きびしく カンショウ する より は かえって キマカセ に して おく ほう が クスリ に なり は しまい か と ろんじた。 しかし メ に みえない ショウライ の キョウフ ばかり に みたされた オンナオヤ の せまい ムネ には かかる ツウジン の ホウニン シュギ は とうてい いれられ べき もの で ない。 オトヨ は チョウキチ が ひさしい イゼン から しばしば ガッコウ を やすむ ため に ジブン の ミトメイン を ぬすんで トドケショ を ギゾウ して いた こと をば、 アンコク な ウンメイ の ゼンチョウ で ある ごとく、 コエ まで ひそめて ながながしく ものがたる……。
「ガッコウ が いや なら どう する つもり だ と きいたら、 まあ どう でしょう、 ヤクシャ に なる ん だ って いう ん です よ。 ヤクシャ に。 まあ、 どう でしょう。 ニイサン。 ワタシャ そんな に チョウキチ の コンジョウ が くさっちまった の か と おもったら、 もう じつに くやしくって ならない ん です よ」
「へーえ、 ヤクシャ に なりたい」 いぶかる マ も なく ラゲツ は ナナツ ヤツ の コロ に よく シャミセン を オモチャ に した チョウキチ の オイタチ を カイソウ した。 「トウニン が たって と のぞむ なら シカタ の ない ハナシ だ が…… こまった もの だ」
 オトヨ は ジブン の ミ こそ イッカ の フコウ の ため に ユウゲイ の シショウ に レイラク した けれど、 ワガコ まで も そんな いやしい もの に して は センゾ の イハイ に たいして モウシワケ が ない と のべる。 ラゲツ は イッカ の ハサン メツボウ の ムカシ を いいだされる と カンドウ まで された ホウトウ-ザンマイ の ミ は、 ナン に つけ、 ハゲアタマ を かきたい よう な トウワク を かんずる。 もともと ゲイニン シャカイ は だいすき な シュミセイ から、 オトヨ の ヘンクツ な シソウ をば コウゲキ したい と ココロ では おもう ものの そんな こと から またしても ながたらしく 「センゾ の イハイ」 を ろんじだされて は たまらない と あやぶむ ので、 ソウショウ は まず その バ を エンカツ に、 オトヨ を アンシン させる よう に と ハナシ を まとめかけた。
「とにかく いちおう は ワシ が イケン します よ、 わかい うち は まよう だけ に かえって シマツ の いい もの さ。 コンヤ に でも アシタ に でも チョウキチ に あそび に くる よう に いって おきなさい。 ワシ が きっと カイシン さして みせる から、 まあ そんな に シンパイ しない が いい よ。 なに ヨノナカ は あんじる より うむ が やすい さ」
 オトヨ は なにぶん よろしく と たのんで オタキ が ひきとめる の を ジタイ して その イエ を でた。 ハル の ユウヒ は あかあか と アズマバシ の ムコウ に かたむいて、 ハナミガエリ の コンザツ を いっそう ひきたてて みせる。 その ウチ に オトヨ は ことさら ゲンキ よく あるいて ゆく キンボタン の ガクセイ を みる と、 それ が はたして ダイガッコウ の セイト で ある か イナ か は わからぬ ながら、 ワガコ も あのよう な リッパ な ガクセイ に したてたい ばかり に、 イクネン-カン オンナ の ミ ヒトツ で セイカツ と たたかって きた が、 イマ は イノチ に ひとしい キボウ の ヒカリ も まったく きえて しまった の か と おもう と じつに たえられぬ ヒシュウ に おそわれる。 アニ の ラゲツ に イライ して は みた ものの やっぱり アンシン が できない。 なにも ムカシ の ドウラクモノ だ から と いう わけ では ない。 チョウキチ に ココロザシ を たてさせる の は とうてい ニンゲンワザ では およばぬ こと、 カミホトケ の チカラ に たよらねば ならぬ と おもいだした。 オトヨ は のって きた クルマ から キュウ に カミナリモン で おりた。 ナカミセ の ザットウ をも イマ では すこしも おそれず に カンノンドウ へ と いそいで、 キガン を こらした ノチ に、 オミクジ を ひいて みた。 ふるびた カミキレ に モクハンズリ で、

ダイ 62 ダイキチ
サイカン じじ に しりぞく = ワザワイ も おいおい に しりぞき ウン ひらく との こと なり
ナ あらわれて シホウ に あがる = ナ の ホマレ おいおい テンカ に かくれなし との こと なり
ふるき を あらためて かさねて ロク に じょうず = ふるき こと は あらたまりて ふたたび ロク を うる なり
たかき に のぼって フク おのずから さかえん = リッシン シュッセ して フッキ ハンジョウ する テイ なり
ガンモウ かなう べし ○ ビョウニン ホンプク す ○ ウセモノ でる ○ マチビト きたる ○ ヤヅクリ ワタマシ サワリ なし ○ タビダチ よし ○ ヨメトリ ムコトリ ゲンプク ヒト を かかえる よろず よし

 オトヨ は ダイキチ と いう モジ を みて アンシン は した ものの、 ダイキチ は かえって キョウ に かえりやすい こと を おもいだして、 またもや ジブン から サマザマ な キョウフ を つくりだしつつ、 ヒジョウ に つかれて ウチ へ かえった。
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スミダガワ 4

2014-06-06 | ナガイ カフウ
 9

 ヒルスギ から カメイド の リュウガンジ の ショイン で ハイカイ の ウンザ が ある と いう ので、 ラゲツ は その ヒ の ゴゼン に たずねて きた チョウキチ と チャヅケ を すました ノチ、 コウメ の スマイ から オシアゲ の ホリワリ を ヤナギシマ の ほう へ と つれだって はなしながら あるいた。 ホリワリ は ちょうど マヒル の ヒキシオ で マックロ な きたない デイド の ソコ を みせて いる うえ に、 4 ガツ の あたたかい ニッコウ に てりつけられて、 ドブドロ の シュウキ を さかん に ハッサン して いる。 どこ から とも なく バイエン の スス が とんで きて、 どこ と いう こと なし に セイゾウバ の キカイ の オト が きこえる。 ミチバタ の ジンカ は ミチ より も イチダン ひくい ジメン に たてられて ある ので、 ハル の ヒ の ヒカリ を ヨソ に ニョウボウ ども が せっせと ナイショク して いる うすぐらい カナイ の サマ が、 とおりながら に すっかり と みとおされる。 そういう コイエ の マガリカド の よごれた ハメ には バイヤク と ウラナイ の コウコク に まじって いたる ところ ジョコウ ボシュウ の ハリガミ が メ に ついた。 しかし まもなく この インウツ な オウライ は うねりながら に すこしく ツマサキアガリ に なって ゆく か と おもう と、 カタガワ に あかく ぬった ミョウケンジ の ヘイ と、 それ に たいして ココロモチ よく あらいざらした リョウリヤ ハシモト の イタベイ の ため に とつぜん メンボク を イッペン させた。 まずしい ホンジョ の 1 ク が ここ に つきて イタバシ の かかった カワムコウ には ノグサ に おおわれた ドテ を こして、 カメイド ムラ の ハタケ と コダチ と が うつくしい デンエン の ハルゲシキ を ひろげて みせた。 ラゲツ は ふみとどまって、
「ワシ の ゆく オテラ は すぐ ムコウ の カワバタ さ、 マツ の キ の ソバ に ヤネ が みえる だろう」
「じゃ、 オジサン。 ここ で シツレイ しましょう」 チョウキチ は はやくも ボウシ を とる。
「いそぐ ん じゃ ない。 ノド が かわいた から、 まあ チョウキチ、 ちょっと やすんで ゆこう よ」
 あかく ぬった イタベイ に そうて、 ミョウケンジ の モンゼン に ヨシズ を はった ヤスミヂャヤ へ と、 ラゲツ は サキ に コシ を おろした。 イッチョクセン の ホリワリ は ここ も おなじ よう に ヒキシオ の きたない ミナソコ を みせて いた が、 トオク の ハタケ の ほう から ふいて くる カゼ は いかにも さわやか で、 テンジンサマ の トリイ が みえる ムコウ の ツツミ の ウエ には ヤナギ の ワカメ が うつくしく ひらめいて いる し、 すぐ ウシロ の テラ の モン の ヤネ には スズメ と ツバメ が たえまなく さえずって いる ので、 そこここ に セイゾウバ の ケムダシ が イクホン も たって いる に かかわらず、 マチ から は とおい ハル の ヒルスギ の ノドケサ は ジュウブン に ココロモチ よく あじわわれた。 ラゲツ は しばらく アタリ を ながめた ノチ、 それとなく チョウキチ の カオ を のぞく よう に して、
「サッキ の ハナシ は ショウチ して くれたろう な」
 チョウキチ は ちょうど チャ を のみかけた ところ なので、 うなずいた まま、 クチ に だして ヘンジ は しなかった。
「とにかく もう 1 ネン シンボウ しなさい。 イマ の ガッコウ さえ ソツギョウ しちまえば…… オフクロ だって だんだん とる トシ だ、 そう ガンコ ばかり も い やあ しまい から」
 チョウキチ は ただ クビ を うなずかせて、 どこ と アテ も なし に トオク を ながめて いた。 ヒキシオ の ホリワリ に つないだ ツチブネ から は ニンソク が 2~3 ニン して ツツミ の ムコウ の セイゾウバ へ と しきり に ツチ を はこんで いる。 ヒトドオリ と いって は ヒトリ も ない こなた の キシ をば、 イガイ にも とつぜん 2 ダイ の ジンリキシャ が テンジンバシ の ほう から かけて きて、 フタリ の やすんで いる テラ の モンゼン で とまった。 おおかた ハカマイリ に きた の で あろう。 チョウカ の ナイギ らしい マルマゲ の オンナ が ナナ、 ヤッツ に なる ムスメ の テ を ひいて モン の ナカ へ はいって いった。
 チョウキチ は ラゲツ の オジ と ハシ の ウエ で わかれた。 わかれる とき に ラゲツ は ふたたび シンパイ そう に、
「じゃ……」 と いって しばらく だまった ノチ、 「いや だろう けれど とうぶん シンボウ しなさい。 オヤコウコウ して おけば わるい ムクイ は ない よ」
 チョウキチ は ボウシ を とって かるく レイ を した が そのまま、 かける よう に ハヤアシ に もと きた オシアゲ の ほう へ あるいて いった。 ドウジ に ラゲツ の スガタ は ザッソウ の ワカメ に おおわれた カワムコウ の ドテ の カゲ に かくれた。 ラゲツ は 60 に ちかい この トシ まで キョウ ほど こまった こと、 つらい カンジョウ に せめられた こと は ない と おもった の で ある。 イモウト オトヨ の タノミ も ムリ では ない。 ドウジ に チョウキチ が シバイドウ へ はいろう と いう ノゾミ も また わるい とは おもわれない。 イッスン の ムシ にも ゴブ の タマシイ で、 ヒト には ソレゾレ の キシツ が ある。 よかれ あしかれ、 モノゴト を ムリ に しいる の は よく ない と おもって いる ので、 ラゲツ は リョウホウ から イタバサミ に なる ばかり で、 いずれ に とも サンドウ する こと が できない の だ。 ことに ジブン が カコ の ケイレキ を カイソウ すれば、 ラゲツ は チョウキチ の ココロ の ウチ は とわず とも ソコ の ソコ まで あきらか に スイサツ される。 わかい コロ の ジブン には オヤダイダイ の うすぐらい シチヤ の ミセサキ に すわって うららか な ハル の ヒ を ヨソ に はたらきくらす の が、 いかに つらく いかに なさけなかった で あろう。 インキ な トモシビ の シタ で ダイフクチョウ へ デイリ の キンダカ を かきいれる より も、 カワゾイ の あかるい ニカイヤ で シャレホン を よむ ほう が いかに おもしろかった で あろう。 チョウキチ は ヒゲ を はやした かたくるしい ツトメニン など に なる より も、 ジブン の すき な ユウゲイ で ヨ を わたりたい と いう。 それ も イッショウ、 これ も イッショウ で ある。 しかし ラゲツ は イマ よんどころなく イケンヤク の チイ に たつ かぎり、 そこ まで に ジコ の カンソウ を バクロ して しまう わけ には ゆかない ので、 その ハハオヤ に たいした と おなじ よう な、 ソノバカギリ の キヤスメ を いって おく より シヨウ が なかった。

 チョウキチ は いずこ も おなじ よう な まずしい ホンジョ の マチ から マチ をば てくてく あるいた。 チカミチ を とって イッチョクセン に イマド の ウチ へ かえろう と おもう の でも ない。 どこ へ か マワリミチ して あそんで かえろう と かんがえる の でも ない。 チョウキチ は まったく ゼツボウ して しまった。 チョウキチ は ヤクシャ に なりたい ジブン の シュイ を とおす には、 ドウジョウ の ふかい コウメ の オジサン に たよる より ホカ に ミチ が ない。 オジサン は きっと ジブン を たすけて くれる に ちがいない と ヨキ して いた が、 その キボウ は まったく ジブン を あざむいた。 オジ は ハハオヤ の よう に ショウメン から はげしく ハンタイ を となえ は しなかった けれど、 きいて ゴクラク みて ジゴク の タトエ を ひき、 ゲキドウ の セイコウ の コンナン、 ブタイ の セイカツ の クツウ、 ゲイニン シャカイ の コウサイ の ハンサ な こと なぞ を ながなが と かたった ノチ、 ハハオヤ の ココロ をも スイサツ して やる よう に と、 オジ の チュウコク を またず とも よく わかって いる こと を のべつづけた の で あった。 チョウキチ は ニンゲン と いう もの は トシ を とる と、 わかい ジブン に ケイケン した わかい モノ しか しらない ハンモン フアン をば けろり と わすれて しまって、 ツギ の ジダイ に うまれて くる わかい モノ の ミノウエ を きわめて ムトンチャク に クンカイ ヒヒョウ する こと の できる ベンリ な セイシツ を もって いる もの だ、 トシ を とった モノ と わかい モノ の アイダ には とうてい イッチ されない ケンカク の ある こと を つくづく かんじた。
 どこ まで あるいて いって も ミチ は せまくて ツチ が くろく しめって いて、 オオカタ は ロジ の よう に ユキドマリ か と あやぶまれる ほど まがって いる。 コケ の はえた コケラブキ の ヤネ、 くさった ドダイ、 かたむいた ハシラ、 よごれた ハメ、 ほして ある ボロ や オシメ や、 ならべて ある ダガシ や アラモノ など、 インウツ な コイエ は フキソク に カギリ も なく ひきつづいて、 その アイダ に ときどき おどろく ほど おおきな モンガマエ の みえる の は ことごとく セイゾウバ で あった。 カワラヤネ の たかく そびえて いる の は フルデラ で あった。 フルデラ は たいがい あれはてて、 やぶれた ヘイ から ウラテ の ラントウバ が すっかり みえる。 タバ に なって たおれた ソトバ と ともに アオゴケ の シミ に おおわれた ハカイシ は、 キシ と いう ゲンカイ さえ くずれて しまった ミズタマリ の よう な フルイケ の ナカ へ、 イクツ と なく のめりこんで いる。 むろん あたらしい タムケ の ハナ なぞ は ヒトツ も みえない。 フルイケ には はやくも ヒルナカ に カワズ の コエ が きこえて、 キョネン の まま なる カレクサ は ミズ に ひたされて くさって いる。
 チョウキチ は ふと キンジョ の イエ の ヒョウサツ に ナカノゴウ タケチョウ と かいた マチ の ナ を よんだ。 そして すぐさま、 コノゴロ に アイドク した タメナガ シュンスイ の 「ウメゴヨミ」 を おもいだした。 ああ、 ハクメイ な あの コイビト たち は こんな キミ の わるい シッチ の マチ に すんで いた の か。 みれば モノガタリ の サシエ に にた タケガキ の イエ も ある。 カキネ の タケ は かれきって その ネモト は ムシ に くわれて おせば たおれそう に おもわれる。 クグリモン の イタヤネ には やせた ヤナギ が からくも ワカメ の ミドリ を つけた エダ を たらして いる。 フユ の ヒルスギ ひそか に ヨネハチ が ビョウキ の タンジロウ を おとずれた の も かかる ワビズマイ の トグチ で あったろう。 ハンジロウ が アメ の ヨ の カイダン に はじめて オイト の テ を とった の も やはり かかる イエ の ヒトマ で あったろう。 チョウキチ は なんとも いえぬ コウコツ と ヒアイ と を かんじた。 あの あまく して やわらかく、 たちまち に して レイタン な ムトンチャク な ウンメイ の テ に もてあそばれたい、 と いう やみがたい クウソウ に かられた。 クウソウ の ツバサ の ひろがる だけ、 ハル の アオゾラ が イゼン より も あおく ひろく メ に えいじる。 トオク の ほう から アメウリ の チョウセンブエ が ひびきだした。 フエ の ネ は おもいがけない ところ で、 ミョウ な フシ を つけて オンチョウ を ひくめる の が、 コトバ に いえない ユウシュウ を もよおさせる。
 チョウキチ は イマ まで ムネ に わだかまった オジ に たいする フマン を しばらく わすれた。 ゲンジツ の クモン を しばらく わすれた……。

 10

 キコウ が ナツ の スエ から アキ に うつって ゆく とき と おなじ よう、 ハル の スエ から ナツ の ハジメ に かけて は、 おりおり オオアメ が ふりつづく。 センゾクマチ から ヨシワラ タンボ は めずらしく も なく レイネン の とおり に ミズ が でた。 ホンジョ も おなじ よう に ショショ に シュッスイ した そう で、 ラゲツ は オトヨ の すむ イマド の キンペン は どう で あった か と、 2~3 ニチ すぎて から、 ショヨウ の カエリ の ユウガタ に ミマイ に きて みる と、 デミズ の ほう は ブジ で あった カワリ に、 それ より も、 もっと イガイ な サイナン に びっくり して しまった。 オイ の チョウキチ が ツリダイ で、 いましも ホンジョ の ヒビョウイン に おくられよう と いう サワギ の サイチュウ で ある。 ハハオヤ の オトヨ は チョウキチ が ハツアワセ の ウスギ を した まま、 センゾクマチ キンペン の デミズ の コンザツ を み に と ユウガタ から ヨル おそく まで、 ドロミズ の ナカ を あるきまわった ため に、 その ヨ から カゼ を ひいて たちまち チョウ チブス に なった の だ と いう イシャ の セツメイ を そのまま かたって、 なきながら ツリダイ の アト に ついて いった。 トホウ に くれた ラゲツ は オトヨ の かえって くる まで、 イヤオウ なく ルスバン に と ウチ の ナカ に とりのこされて しまった。
 ウチ の ナカ は クヤクショ の シュッチョウイン が イオウ の ケムリ と セキタンサン で ショウドク した アト、 まるで ススハキ か ヒッコシ の とき の よう な ロウゼキ に、 ちょうど ヒトケ の ない サビシサ を くわえて、 ソウシキ の カンオケ を おくりだした アト と おなじ よう な ココロモチ で ある。 セケン を はばかる よう に まだ ヒ の くれぬ サキ から アマド を しめた オモテ には、 ヨル と ともに とつぜん つよい カゼ が ふきだした と みえて、 イエジュウ の アマド が がたがた なりだした。 キコウ は いやに はださむく なって、 おりおり カッテグチ の ヤブレショウジ から ザシキ の ナカ まで ふきこんで くる カゼ が、 うすぐらい ツルシ ランプ の ヒ をば ふきけしそう に ゆする と、 その たびたび、 くろい ユエン が ホヤ を くもらして、 ランザツ に おきなおされた カグ の カゲ が、 よごれた タタミ と コシバリ の はがれた カベ の ウエ に うごく。 どこ か チカク の イエ で ヒャクマンベン の ネンブツ を となえはじめる コエ が、 ふと ものあわれ に ミミ に ついた。 ラゲツ は たった ヒトリ で ショザイ が ない。 タイクツ でも ある。 うすさびしい ココロモチ も する。 こういう とき には サケ が なくて は ならぬ と おもって、 ダイドコロ を さがしまわった が、 オンナジョタイ の こと とて サカズキ ヒトツ みあたらない。 オモテ の マドギワ まで たちもどって アマド の 1 マイ を すこし ばかり ひきあけて オウライ を ながめた けれど、 ムコウガワ の ケントウ には サカヤ らしい シルシ の もの は ヒトツ も みえず、 バスエ の マチ は ヨイ ながら に もう オオカタ は ト を しめて いて、 インキ な ヒャクマンベン の コエ が かえって はっきり きこえる ばかり。 カワ の ほう から はげしく ふきつける カゼ が ヤネ の ウエ の デンセン を ひゅーひゅー ならす の と、 ホシ の ヒカリ の さえて みえる の と で、 カゼ の ある ヨル は とつぜん フユ が きた よう な さむい ココロモチ を させた。
 ラゲツ は しかたなし に アマド を しめて、 ふたたび ぼんやり ツルシ ランプ の シタ に すわって、 ツヅケザマ に タバコ を のんで は ハシラドケイ の ハリ の うごく の を ながめた。 ときどき ネズミ が おそろしい ヒビキ を たてて テンジョウウラ を はしる。 ふと ラゲツ は ナニ か その ヘン に よむ ホン でも ない か と おもいついて、 タンス の ウエ や オシイレ の ナカ を あっちこっち と のぞいて みた が、 ショモツ と いって は トキワズ の ケイコボン に トジゴヨミ の ふるい もの ぐらい しか みあたらない ので、 とうとう ツルシ ランプ を カタテ に さげて、 チョウキチ の ヘヤ に なった 2 カイ まで あがって いった。
 ツクエ の ウエ に ショモツ は イクサツ も かさねて ある。 スギイタ の ホンバコ も おかれて ある。 ラゲツ は カミイレ の ナカ に はさんだ ロウガンキョウ を フトコロ から とりだして、 まず ヨウソウ の キョウカショ をば ものめずらしく 1 サツ 1 サツ ひろげて みて いた が、 する うち に ばたり と タタミ の ウエ に おちた もの が ある ので、 ナニ か と とりあげて みる と ハルギ の ゲイシャ スガタ を した オイト の シャシン で あった。 そっと モト の よう に ショモツ の アイダ に おさめて、 なおも その ヘン の 1 サツ 1 サツ を ナニゴコロ も なく あさって ゆく と、 コンド は おもいがけない 1 ツウ の テガミ に ゆきあたった。 テガミ は かきおわらず に やめた もの らしく、 ひきさいた マキガミ と ともに モンク は とぎれて いた けれど、 よみうる だけ の モジ で ジュウブン に ゼンタイ の イミ を かいする こと が できる。 チョウキチ は ヒトタビ わかれた オイト とは たがいに ことなる その キョウグウ から ヒイチニチ と その ココロ まで が とおざかって いって、 せっかく の オサナナジミ も ついには アカ の タニン に ひとしい もの に なる で あろう。 よし ときどき に テガミ の トリヤリ は して みて も カンジョウ の イッチ して ゆかない ゼヒナサ を、 こまごま と うらんで いる。 それ に つけて、 ヤクシャ か ゲイニン に なりたい と おもいさだめた が、 その ノゾミ も ついに とげられず、 むなしく トコヤ の キチ さん の コウフク を うらやみながら、 マイニチ ぼんやり と モクテキ の ない ジカン を おくって いる ツマラナサ、 イマ は ジサツ する ユウキ も ない から ビョウキ に でも なって しねば よい と かいて ある。
 ラゲツ は なんと いう ワケ も なく、 チョウキチ が デミズ の ナカ を あるいて ビョウキ に なった の は コイ に した こと で あって、 ゼンカイ する ノゾミ は もう たえはてて いる よう な じつに はかない カンジ に うたれた。 ジブン は なぜ あの とき あのよう な ココロ にも ない イケン を して チョウキチ の ノゾミ を さまたげた の か と コウカイ の ネン に せめられた。 ラゲツ は もう イチド おもう とも なく、 オンナ に まよって オヤ の イエ を おいだされた わかい ジブン の こと を カイソウ した。 そして ジブン は どうしても チョウキチ の ミカタ に ならねば ならぬ。 チョウキチ を ヤクシャ に して オイト と そわして やらねば、 オヤダイダイ の イエ を つぶして これまで に ウキヨ の クロウ を した カイ が ない。 ツウジン を もって ジニン する ショウフウアン ラゲツ ソウショウ の ナ に はじる と おもった。
 ネズミ が また だしぬけ に テンジョウウラ を はしる。 カゼ は まだ ふきやまない。 ツルシ ランプ の ヒ は たえず ゆらめく。 ラゲツ は イロ の しろい メ の ぱっちり した オモナガ の チョウキチ と、 マルガオ の クチモト に アイキョウ の ある メジリ の あがった オイト との、 わかい うつくしい フタリ の スガタ をば、 ニンジョウボン の サクシャ が クチエ の イショウ でも かんがえる よう に、 イクタビ か ならべて ココロ の ウチ に えがきだした。 そして、 どんな ネツビョウ に とりつかれて も きっと しんで くれるな。 チョウキチ、 アンシン しろ。 オレ が ついて いる ん だぞ と ココロ に さけんだ。
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